(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022140932
(43)【公開日】2022-09-29
(54)【発明の名称】内燃機関のピストンおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 3/10 20060101AFI20220921BHJP
F02F 3/00 20060101ALI20220921BHJP
【FI】
F02F3/10 B
F02F3/00 L
F02F3/00 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021041018
(22)【出願日】2021-03-15
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100205682
【弁理士】
【氏名又は名称】高嶋 一彰
(72)【発明者】
【氏名】高橋 智一
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 正登
(72)【発明者】
【氏名】稲葉 宏
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴範
(57)【要約】
【課題】固体潤滑被膜の剥離を抑制可能な内燃機関のピストンおよび製造方法を提供する。
【解決手段】内燃機関のピストン1は、その外周に形成された反スラスト側スカート部8を有している。反スラスト側スカート部8の表面には非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10が形成され、該DLCコーティング10の表面には、結合樹脂11aおよび固体潤滑剤11bを含む固体潤滑被膜11が形成されている。DLCコーティング10は、燃焼生成物である硝酸イオン等を含む水分が固体潤滑被膜11を通じて反スラスト側スカート部8の表面へ到達することを抑制する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スカート部の表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンであって、
樹脂および固体潤滑剤を有した第1被膜と、
前記第1被膜を構成する複数の分子の平均分子間距離よりも小さい平均原子間距離を有した第2被膜と、
を備えることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項2】
請求項1に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記平均原子間距離は3Åよりも小さいことを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項3】
スカート部の表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンであって、
樹脂および固体潤滑剤を有した第1被膜と、
非晶質炭素被膜として構成された第2被膜と、
を備えることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項4】
スカート部の表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンであって、
固体潤滑剤を有した第1被膜と、
前記第1被膜よりも気体の透過率が小さい第2被膜と、
を備えることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項5】
請求項4に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記気体は、酸素であることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項6】
請求項1,3,4のいずれかに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記第2被膜は、冠面に形成されることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項7】
請求項1,3,4のいずれかに記載の内燃機関のピストンにおいて、
ピストンピンが挿入されるピン孔を有し、
前記第2被膜は、前記ピン孔に形成されることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項8】
請求項1,3,4のいずれかに記載の内燃機関のピストンにおいて、
ピストンリングが嵌め込まれるリング溝を有し、
前記第2被膜は、前記リング溝に形成されることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項9】
請求項1,3,4のいずれかに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記第2被膜は、当該ピストン全体に形成されることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項10】
請求項1,3,4のいずれかに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記第1被膜は、当該ピストンの表面に形成されることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項11】
請求項1,3,4のいずれかに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記第2被膜は、当該ピストンの表面に形成されることを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項12】
請求項11に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記第2被膜は、ケイ素を含むことを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項13】
請求項12に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記第2被膜は、窒素を含むことを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項14】
請求項11に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記第2被膜は、15~30原子パーセントのケイ素と、30~60原子パーセントの炭素と、2~25原子パーセントの窒素とを含むことを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項15】
表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンの製造方法であって、
金属材料によって前記ピストンを成形する工程と、
前記ピストンの少なくともスカート部の表面に、化学蒸着により、非晶質炭素被膜を形成する工程と、
前記非晶質炭素被膜の表面に固体潤滑被膜を形成する工程と、
を含む内燃機関のピストンの製造方法。
【請求項16】
表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンの製造方法であって、
金属材料によって前記ピストンを成形する工程と、
前記ピストンの少なくともスカート部の表面に固体潤滑被膜を形成する工程と、
前記固体潤滑被膜の表面に、化学蒸着により、非晶質炭素被膜を形成する工程と、
を含むことを特徴とする内燃機関のピストンの製造方法。
【請求項17】
請求項15または16に記載の内燃機関のピストンの製造方法において、
前記化学蒸着は、プラズマ化学蒸着であることを特徴とする内燃機関のピストンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のピストンおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のピストンとして、例えば以下の特許文献1に記載されたピストンが知られている。
【0003】
特許文献1に記載のピストンのスカート部には、シリンダとの間の摺動抵抗を低減するために、樹脂を含む固体潤滑被膜が形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記内燃機関では、燃焼時に、例えば水や硫酸イオン、硝酸イオン等を含む燃焼生成物が生成され、この燃焼生成物が固体潤滑被膜を通じてスカート部の表面に到達することがある。このため、燃焼生成物がスカート部の表面を腐食し、これにより、固体潤滑被膜が剥離する虞がある。
【0006】
本発明は、従来の実情に鑑みて案出されたもので、固体潤滑被膜の剥離を抑制可能な内燃機関のピストンおよび製造方法を提供することを1つの目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明では、その一態様として、内燃機関のピストンが、樹脂および固体潤滑剤を有した第1被膜と、前記第1被膜を構成する樹脂の複数の分子の平均分子間距離よりも小さい平均原子間距離を有した第2被膜と、を備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、内燃機関のピストンからの第1被膜の剥離を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1の実施形態のピストンおよびシリンダの要部縦断面図である。
【
図2】第1の実施形態のピストンの半断面図である。
【
図3】
図2のA部分を示した反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図4】第1の実施形態のDLCコーティングおよび固体潤滑被膜と水分子を示す概略図である。
【
図5】第1の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【
図6】第1の実施形態のピストンの製造方法の非晶質炭素被膜形成工程を示す工程図である。
【
図7】第1の実施形態のピストンの製造方法の固体潤滑被膜塗布工程を示す工程図である。
【
図8】第2の実施形態のピストンの反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図9】第2の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【
図10】第3の実施形態のピストンの反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図11】第3の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【
図12】第4の実施形態のピストンの反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図13】第4の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【
図14】第5の実施形態のピストンの反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図15】第5の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【
図16】第6の実施形態のピストンの反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図17】第6の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【
図18】第7の実施形態のピストンの反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図19】第7の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【
図20】第8の実施形態のピストンの反スラスト側スカート部の拡大断面図である。
【
図21】第8の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明に係る内燃機関のピストンの各実施形態につき、図面に基づいて詳細に説明する。なお、下記の各実施形態では、当該ピストンを自動車に適用した例を基に説明する。
[第1の実施形態]
図1は、第1の実施形態のピストンおよびシリンダの要部縦断面図である。
図2は、第1の実施形態のピストンの半断面図である。
図3は、
図2のA部分を示した反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図4は、第1の実施形態のDLCコーティング10および固体潤滑被膜11と水分子を示す概略図である。なお、
図4では、間隔の広いドットで結合樹脂11aを示しており、結合樹脂11aよりも間隔の狭いドットで固体潤滑剤11bを示してある。また、
図4では、説明の便宜のため、固体潤滑被膜11の厚みがDLCコーティング10の厚みよりも大幅に大きくなるように示してある。
【0011】
ピストン1は、
図1に示すように、シリンダブロック2に形成された円筒状のシリンダ壁3に対して摺動可能に設けられ、該シリンダ壁3と図外のシリンダヘッドとの間に燃焼室Cを形成するようになっている。また、
図1および
図2に示すように、ピストン1の周壁部には、ピストンピン4が挿入される円形のピン孔1aが、ピストン1の径方向に沿って貫通形成されている。ピストンピン4は、コンロッド5に連結されており、該コンロッド5を介して図外のクランクシャフトに連係されている。
【0012】
このピストン1は、全体が例えばAC8AなどAl-Si系のアルミニウム合金材によって円筒状に一体に鋳造されている。また、ピストン1は、
図1および
図2に示すように、冠面6a上に燃焼室Cを画定する冠部6と、該冠部6の下端側外周に一体に設けられた一対のスラスト側スカート部7および反スラスト側スカート部8と、該スカート部7,8の周方向の両端部に接続される一対のエプロン部9,9と、を備えている。スカート部7,8は、ピストン1の外周に沿って円弧面状に延びており、ピストン1の径方向に互いに対向する位置に設けられている。
【0013】
ピストン1の表面には、後述するプラズマ化学蒸着装置12を用いて、非晶質炭素被膜、例えばDLC(diamond-like carbon)コーティング10が形成されており、さらに、DLCコーティング10の表面のうちスカート部7,8に対応する箇所に、固体潤滑被膜11が形成されている。なお、本実施形態では、DLCコーティング10がピストン1の表面全体、つまり後述の反応ガス18が接触可能なピストン1の露出した表面全体に形成されるが、
図3および
図4では、代表して、反スラスト側スカート部8の表面に形成された例について説明する。
【0014】
DLCコーティング10は、15~30at%(原子パーセント)のケイ素(Si)と、30~60at%の炭素(C)と、2~25at%の窒素(N)とを含む。DLCコーティング10を構成する複数の原子の平均原子間距離は約1Åであり、固体潤滑被膜11を構成する複数の分子の平均分子間距離である約5Åよりも小さくなっている。また、DLCコーティング10における気体、例えば酸素の透過率は、固体潤滑被膜11における酸素の透過率よりも小さくなっている。従って、酸素分子よりも大きい水分子は、固体潤滑被膜11と比べてDLCコーティング10を通過し難くなっている。このため、DLCコーティング10は、内燃機関の燃料時に生じた燃焼生成物がエンジンオイル(エンジンオイル中の水分)に混入し、燃焼生成物を含む水分が反スラスト側スカート部8の表面に到達することを抑制する。より詳細には、DLCコーティング10は、燃焼生成物を含む水分の平均分子間距離である約3Åよりも小さい平均原子間距離である約1Åを有しており、
図4に示すように、矢印Bで示す水分子の反スラスト側スカート部8側への移動を抑制する。燃焼生成物としては、例えば、硝酸イオン(NO
3
-)、亜硝酸イオン(NO
2-)、硫酸イオン(SO
4
2-)、亜硫酸イオン(SO
3
2-)が挙げられ、これらは、特に希薄燃焼時に生じやすい。
【0015】
また、
図3および
図4に示すように、反スラスト側スカート部8に対応する箇所におけるDLCコーティング10の外側の表面、つまり反スラスト側スカート部8と反対側にある表面10aには、後述するスクリーン印刷装置20を用いて固体潤滑被膜11が形成されている。固体潤滑被膜11は、結合樹脂11aであるエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂(PAI)のいずれか1種が50wt%以上となるように設定されるとともに、被膜自体の形成に供する固体潤滑剤11bであるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二流化モリブデン(MoS
2)または黒鉛(グラファイト)のいずれか1種以上が50wt%以下となるように設定されている。この設定は、固体潤滑被膜11において、結合樹脂11aが50wt%未満であると、DLCコーティング10との密着性が低下することに基づくものである。
【0016】
また、固体潤滑被膜11の結合樹脂11aの平均分子間距離(隙間)は約5Åであり、このため、
図4に示すように、燃焼生成物を含む水分が結合樹脂11aの隣接する分子間の隙間を通過することが可能となっている。
【0017】
冠部6は、
図2に示すように、比較的厚肉に形成された円盤状をなしており、冠面6aには、図外の吸排気弁との干渉の回避に供するバルブリセス6bが設けられている。また、この冠部6の外周部には、プレッシャリングやオイルリングなどの3つのピストンリングPL1~PL3の保持に供するリング溝6c~6eが切欠形成されている。
【0018】
各スカート部7,8は、ピストン1の軸心を中心として左右対称に配置され、比較的薄肉の厚さ幅をもって横断面円弧状となるように形成されている。そして、スラスト側スカート部7については、膨張行程時などにおいてピストン1が下降ストロークした際に、コンロッド5の角度との関係からシリンダ壁3に対して傾きながら接触する。一方、反スラスト側スカート部8については、圧縮行程時などにおいてピストン1が上昇ストロークした際に、シリンダ壁3に対して反対に傾きながら接触する。なお、各スカート部7,8のシリンダ壁3に作用する荷重については、燃焼圧力を受けてシリンダ壁3に接触するスラスト側スカート部7の方が大きくなる。
【0019】
図5は、第1の実施形態のピストンの製造方法を示すフローチャートである。
図6は、第1の実施形態のピストンの製造方法の非晶質炭素被膜形成工程を示す工程図である。
図7は、第1の実施形態のピストンの製造方法の固体潤滑被膜塗布工程を示す工程図である。
【0020】
まず、
図5のステップS1の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作(成形)する。
【0021】
次に、ステップS2の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0022】
そして、ステップS3の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0023】
次に、ステップS4の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12を用いて、ピストン1の表面全体に非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、冠面6aが上方を向く姿勢で切削加工後のピストン1をプラズマ化学蒸着装置12の真空チャンバ13内に配置する。そして、
図6に示すように、真空チャンバ13の外壁に陽極14を接続するとともに、ピストン1の露出した表面、例えば外周部の表面に図示せぬ治具を介して陰極15を接続しておく。さらに、陰極15をコンデンサ16を介して高周波電源17に接続しておく。次に、図示省略したポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きする。そして、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス18、例えばアセチレンを導入する。また、反応ガス18として、メタンまたはベンゼンを用いても良い。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、ピストン1の表面全体にDLCコーティング10を形成する。
【0024】
DLCコーティング10の形成後には、ステップS5の固体潤滑被膜塗布工程において、スクリーン印刷装置20を用いて、DLCコーティング10の表面のうちスカート部7,8に対応する箇所に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、DLCコーティング10の表面のうちスカート部7,8に対応する箇所に、結合樹脂11aおよび固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。具体的には、
図7に示すように、枠部材21に張ったスクリーン22に被膜形成塗料11cを載せ、スクリーン22を擦るように該スクリーン22に対してスキージ23を所定の圧力でもって接触させつつ移動させることによって、被膜形成塗料11cを、スクリーン22を通じて、DLCコーティング10の表面のうちスカート部7,8に対応する箇所に転写させる。
【0025】
次に、ステップS6の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。より詳細には、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0026】
[第1の実施形態の効果]
第1の実施形態では、ピストン1のスカート部7,8の表面に隣接した位置に、固体潤滑被膜11に加えて、DLCコーティング10が設けられている。そして、DLCコーティング10を構成する複数の原子の平均原子間距離(約1Å)が、固体潤滑被膜11の結合樹脂11aの平均原子間距離(約5Å)よりも小さくなっている。このため、硝酸イオン等の燃焼生成物を含む水分が、固体潤滑被膜11を通過するが、DLCコーティング10を通過し難くなる。これにより、燃焼生成物を含む水分がスカート部7,8の表面に到達し難くなり、該表面の腐食が抑制される。従って、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0027】
また、第1の実施形態では、DLCコーティング10の平均原子間距離が約3Åよりも小さくなっている。つまり、DLCコーティング10の約1Åである平均原子間距離は、硝酸イオン等が溶け込む水分(水)の約3Åである平均分子間距離よりも小さくなっている。このため、硝酸イオン等を含む水分がDLCコーティング10を通じてスカート部7,8に到達する虞がなくなり、やはりスカート部7,8の表面の腐食をより効果的に抑制することができる。従って、上記固体潤滑被膜11の剥離の抑制およびスカート部7,8の摺動抵抗の増加の抑制を達成することができる。
【0028】
さらに、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、固体潤滑被膜11よりも気体の透過率が小さい。より詳細には、DLCコーティング10は、固体潤滑被膜11よりも酸素の透過率が小さい。酸素分子は水分子に比べて小さいため、酸素分子がDLCコーティング10を透過し難ければ、水分子はDLCコーティング10を尚更透過し難くなる。よって、上記のように酸素の透過率を設定することで、上記固体潤滑被膜11の剥離の抑制およびスカート部7,8の摺動抵抗の増加の抑制をより確実に達成することができる。
【0029】
また、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、ピストン1の表面に形成されている。さらに、固体潤滑被膜11は、DLCコーティング10の表面10aに形成されている。このため、固体潤滑被膜11がシリンダ壁3との摺動により摩耗したとしても、DLCコーティング10により、硝酸イオン等を含む水分がスカート部7,8の表面に到達し難くなり、固体潤滑被膜11の剥離およびスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。換言すれば、ピストン1の摺動によりDLCコーティング10が摩耗せず、固体潤滑被膜11の剥離およびスカート部7,8の摺動抵抗の増加の抑制の効果を長期的に持続させることができる。
【0030】
また、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、ピストン1の表面の一部だけでなく、ピストン1の表面全体に形成されていることから、ピストン1の製造時にマスキングの取付工程や除去工程が必要ない。従って、ピストン1の製造作業の簡素化が図れ、ピストン1の製造時間を短縮するとともに、製造コストを削減することができる。
【0031】
さらに、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、ケイ素を含む。これにより、アルミニウム合金材から形成されるピストン1の表面とDLCコーティング10との密着度が向上し、ピストン1の摺動時の振動等の要因によりDLCコーティング10がピストン1から剥がれ落ちることを抑制することができる。
【0032】
また、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、ケイ素に加えて、窒素を含んでも良い。具体的には、DLCコーティング10は、ケイ素と窒素とが化合してなる窒化ケイ素を含む。このため、窒化ケイ素を含むDLCコーティング10は、窒化ケイ素を含まないDLCコーティングと比べて、平均原子間距離がさらに小さくなり、硝酸イオン等を含む水分をさらに通過させ難くする。よって、窒化ケイ素を含まないDLCコーティングと比べて、固体潤滑被膜11の剥離をさらに抑制するとともに、スカート部7,8の摺動抵抗の増加をさらに抑制することができる。
【0033】
さらに、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、15~30原子パーセントのケイ素と、30~60原子パーセントの炭素と、2~25原子パーセントの窒素とを含んでも良い。このようにDLCコーティング10を構成すると、ピストン1の表面とDLCコーティング10の密着度や耐薬品性を向上させることができる。
【0034】
また、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、プラズマ化学蒸着により、ピストン1の表面に形成される。このようにプラズマ化学蒸着を適用すると、反応ガスの選択肢を広げる、つまりメタン、アセチレンおよびベンゼン等から様々な反応ガスを適宜選択することができる。さらに、反応ガスの濃度を変える、または1つの反応ガスに他の反応ガスを加えることにより、DLCコーティング10の平均原子間距離等の特性を調整することができる。また、プラズマ化学蒸着によって、他の化学蒸着と比べて被膜を均一に形成することができる。
【0035】
さらに、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、プレッシャリングが嵌めこまれるリング溝6cに形成されている。このため、DLCコーティング10によって、プレッシャリングよるリング溝6cの壁面の摩耗を抑制することができる。より詳細には、DLCコーティング10が無い一般的なピストンでは、プレッシャリングによる摩耗の低減のため、リング溝に陽極酸化被膜を形成するが、陽極酸化被膜を改めて形成することなく、ピストン1の表面全体へのDLCコーティング10の形成時に設けられたリング溝6cのDLCコーティング10によって、リング溝6cの壁面の摩耗を効率的に抑制することができる。
【0036】
また、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、ピストン1の冠面6aに形成される。このため、DLCコーティング10を密着層とし、この密着層の上に撥油性の被膜を形成することにより、冠面6aへの煤等の燃焼生成物の付着および堆積を抑制することができる。
【0037】
さらに、第1の実施形態では、DLCコーティング10は、ピストンピン4が挿入されるピン孔1aに形成される。このため、DLCコーティング10によって、ピストンピン4の外周面とピン孔1aの内周面との間の摩擦を低減し、ピストン1を円滑に移動させることができる。
【0038】
[第2の実施形態]
図8は、第2の実施形態のピストン1の反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図9は、第2の実施形態のピストン1の製造方法を示すフローチャートである。
【0039】
第2の実施形態では、
図8に示すように、反スラスト側スカート部8の表面に固体潤滑被膜11が形成されており、さらに、該固体潤滑被膜11の外側の表面11dにDLCコーティング10が形成されている。
【0040】
以下に、
図9を参照して、第2の実施形態のピストン1の製造方法について説明する。なお、第2の実施形態のピストン1の製造方法の各工程は、第1の実施形態のピストン1の製造方法の対応する工程と同様の工程であり、工程の順序のみが異なる。
【0041】
まず、
図9のステップS11の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作する。
【0042】
次に、ステップS12の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0043】
そして、ステップS13の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0044】
次に、ステップS14の固体潤滑膜塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、スカート部7,8の表面に、結合樹脂11aおよび固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。
【0045】
次に、ステップS15の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。より詳細には、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0046】
固体潤滑被膜11の形成後には、ステップS16の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12(
図6参照)を用いて、固体潤滑被膜11の表面11dと、該固体潤滑被膜11が塗布されていないピストン1の残りの表面に、非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、ポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きした後、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス18、例えばアセチレンを導入する(
図6参照)。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、固体潤滑被膜11の表面11dと、固体潤滑被膜11が塗布されていないピストン1の残りの表面に、DLCコーティング10を形成する。
【0047】
[第2の実施形態の効果]
第2の実施形態では、固体潤滑被膜11は、ピストン1のスカート部7,8の表面に形成されている。そして、DLCコーティング10は、固体潤滑被膜11の表面11dに形成されている。このように固体潤滑被膜11の外側にDLCコーティング10が形成される場合であっても、硝酸イオン等の燃焼生成物を含む水分がスカート部7,8の表面に到達し難くなり、該表面の腐食が抑制される。従って、DLCコーティング10によって、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0048】
また、第2の実施形態において、スカート部7,8の外側に固体潤滑被膜11およびDLCコーティング10を形成する際には、スクリーン印刷および焼成によってスカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11を形成した後に、プラズマ化学蒸着により固体潤滑被膜11の表面11dにDLCコーティング10を形成することになる。従って、DLCコーティング10の形成の際には、プラズマ化学蒸着の際に生じる熱により、既に焼成された固体潤滑被膜11がさらに焼成される。このため、固体潤滑被膜11の結合樹脂11aの分子が大きくなり、分子間力が強くなる。よって、スカート部7,8の表面に対する固体潤滑被膜11の密着力を増加させることができる。
【0049】
また、スカート部の表面に固体潤滑被膜を形成してなる従来のピストン1の構成にDLCコーティング10を付加するだけで第2の実施形態のピストン1を製造することができるから、生産ラインの設計の大幅な変更を伴うことなく容易にピストン1を製造することができる。
【0050】
[第3の実施形態]
図10は、第3の実施形態のピストン1の反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図11は、第3の実施形態のピストン1の製造方法を示すフローチャートである。
【0051】
第3の実施形態のピストン1は、第2の実施形態の固体潤滑被膜11とDLCコーティング10との間に高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成されたものとして構成されている。つまり、第3の実施形態のピストン1では、
図10に示すように、反スラスト側スカート部8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dに固体潤滑剤として比較的高い濃度の二硫化モリブデンを含む高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成され、さらに、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の表面24aにDLCコーティング10が形成されている。
【0052】
以下に、
図11を参照して、第3の実施形態のピストン1の製造方法について説明する。なお、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の塗布工程およびその後の焼成工程を除く第3の実施形態のピストン1の製造方法の各工程は、第1および第2実施形態のピストン1の製造方法の対応する工程と同様の工程である。
【0053】
まず、
図11のステップS21の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作する。
【0054】
次に、ステップS22の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0055】
そして、ステップS23の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0056】
次に、ステップS24の固体潤滑被膜の塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、スカート部7,8の表面に、結合樹脂11aと固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。
【0057】
固体潤滑被膜11の塗布後には、ステップS25の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0058】
次に、ステップS26の高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、固体潤滑被膜11の表面11dに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24を塗布する。高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、固体潤滑被膜11の表面11dに、結合樹脂と固定潤滑剤としての二硫化モリブデンとを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料を塗布する。
【0059】
そして、ステップS27の焼成工程において、被膜形成塗料が塗布されたピストン1の焼成を行う。より詳細には、被膜形成塗料が塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24を形成する。
【0060】
次に、ステップS28の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12(
図6参照)を用いて、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の表面24aと、固体潤滑被膜11,24が塗布されていないピストン1の残りの表面に、非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、ポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きした後、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス、例えばアセチレンを導入する。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の表面24aと、固体潤滑被膜11,24が塗布されていないピストン1の残りの表面に、DLCコーティング10を形成する。
【0061】
[第3の実施形態の効果]
第3の実施形態では、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成され、さらに、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の表面24aにDLCコーティング10が形成されている。従って、第3実施形態のピストン1においても、DLCコーティング10によって、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0062】
[第4の実施形態]
図12は、第4の実施形態のピストン1の反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図13は、第4の実施形態のピストン1の製造方法を示すフローチャートである。
【0063】
第4の実施形態のピストン1は、第1の実施形態のピストン1の固体潤滑被膜11の表面11dに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成されたものとして構成されている。つまり、第4の実施形態のピストン1では、
図12に示すように、反スラスト側スカート部8の表面にDLCコーティング10が形成され、該DLCコーティング10の表面10aのうち反スラスト側スカート部8に対応する箇所に固体潤滑被膜11が形成され、さらに、固体潤滑被膜11の表面11dに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成されている。
【0064】
以下に、
図13を参照して、第4の実施形態のピストン1の製造方法について説明する。なお、第4の実施形態のピストン1の製造方法の各工程は、第3の実施形態のピストン1の製造方法の対応する工程と同様の工程であり、工程の順序のみが異なる。
【0065】
まず、
図13のステップS31の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作する。
【0066】
次に、ステップS32の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0067】
そして、ステップS33の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0068】
次に、ステップS34の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12(
図6参照)を用いて、ピストン1の表面全体に非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、ポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きした後、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス18、例えばアセチレンを導入する(
図6参照)。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、ピストン1の表面全体にDLCコーティング10を形成する。
【0069】
DLCコーティング10の形成後には、ステップS35の固体潤滑被膜塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、DLCコーティング10の表面10aのうちスカート部7,8に対応する箇所に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、DLCコーティング10の表面10aのうちスカート部7,8に対応する箇所に、結合樹脂11aと固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。
【0070】
次に、ステップS36の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0071】
固体潤滑被膜11の形成後には、ステップS37の高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、固体潤滑被膜11の表面11dに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24を塗布する。
【0072】
高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の塗布後には、ステップS38の焼成工程において、被膜形成塗料が塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24を形成する。
【0073】
[第4の実施形態の効果]
第4の実施形態では、ピストン1の表面にDLCコーティング10が形成され、該DLCコーティング10の表面10aのうちスカート部7,8に対応する箇所に固体潤滑被膜11が形成され、さらに、該固体潤滑被膜11の表面11dに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成されている。従って、第4実施形態のピストン1においても、DLCコーティング10によって、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0074】
また、第4実施形態では、固体潤滑被膜11および高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24がDLCコーティング10の外側に位置している。このため、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24がシリンダ壁3との摺動により摩耗しても、固体潤滑被膜11によりシリンダ壁3との摺動抵抗を低減することができる。
また、仮に、固体潤滑被膜11がシリンダ壁3との摺動により摩耗しても、DLCコーティング10により、硝酸イオン等を含む水分がスカート部7,8の表面に到達し難くなり、固体潤滑被膜11の剥離およびスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0075】
[第5の実施形態]
図14は、第5の実施形態のピストン1の反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図15は、第5の実施形態のピストン1の製造方法を示すフローチャートである。
【0076】
第5の実施形態のピストン1は、第2の実施形態のピストン1のDLCコーティング10の表面10aに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成されたものとして構成されている。つまり、第5の実施形態のピストン1では、
図14に示すように、反スラスト側スカート部8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dにDLCコーティング10が形成され、さらに、DLCコーティング10の表面10aに高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成されている。
【0077】
以下に、
図15を参照して、第5の実施形態のピストン1の製造方法について説明する。なお、第5の実施形態のピストン1の製造方法の各工程は、第3および第4の実施形態のピストン1の製造方法の対応する工程と同様の工程であり、工程の順序のみが異なる。
【0078】
まず、
図15のステップS41の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作する。
【0079】
次に、ステップS42の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0080】
そして、ステップS43の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0081】
次に、ステップS44の固体潤滑被膜の塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、スカート部7,8の表面に、結合樹脂11aと固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。
【0082】
固体潤滑被膜11の塗布後には、ステップS45の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0083】
固体潤滑被膜11の形成後には、ステップS46の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12(
図6参照)を用いて、固体潤滑被膜11の表面11dと、固体潤滑被膜11が塗布されていないピストン1の残りの表面に、非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、ポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きした後、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス18、例えばアセチレンを導入する。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、固体潤滑被膜11の表面11dと、固体潤滑被膜11が塗布されていないピストン1の残りの表面に、DLCコーティング10を形成する。
【0084】
DLCコーティング10の形成後には、ステップS47の高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、DLCコーティング10の表面10aのうちスカート部7,8に対応する箇所に高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24を塗布する。
【0085】
高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24の塗布後には、ステップS48の焼成工程において、被膜形成塗料が塗布されたピストン1の焼成を行う。より詳細には、被膜形成塗料が塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24を形成する。
【0086】
[第5の実施形態の効果]
第5の実施形態では、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dにDLCコーティング10が形成され、さらに、DLCコーティング10の表面10aのうちスカート部7,8に対応する箇所に高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24が形成されている。従って、DLCコーティング10によって、第5実施形態のピストン1においても、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0087】
また、第5の実施形態では、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24がDLCコーティング10の外側に位置している。従って、高濃度二硫化モリブデン含有固体潤滑被膜24がシリンダ壁3との摺動により摩耗しても、DLCコーティング10により、硝酸イオン等を含む水分がスカート部7,8の表面に到達し難くなり、固体潤滑被膜11の剥離およびスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0088】
[第6の実施形態]
図16は、第6の実施形態のピストン1の反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図17は、第6の実施形態のピストン1の製造方法を示すフローチャートである。
【0089】
第6の実施形態のピストン1は、第1の実施形態のピストン1の固体潤滑被膜11の表面11dに電着ポリマー被膜25が形成されたものとして構成されている。つまり、第6の実施形態のピストン1では、
図16に示すように、反スラスト側スカート部8の表面にDLCコーティング10が形成され、該DLCコーティング10の表面10aに固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dに電着ポリマー被膜25が形成されている。
電着ポリマー被膜25は、固体潤滑被膜11の表面11dの平滑性を向上させるものである。電着ポリマー被膜25は、結合樹脂としてエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂またはポリアミドイミド樹脂(PAI)のいずれか1種が所定の量だけ含まれるように設定されている。電着ポリマー被膜25は、所定の電着装置を用いて電着塗料を電着し、乾燥させることにより、固体潤滑被膜11の表面11dに形成される。
【0090】
以下に、
図17を参照して、第6の実施形態のピストン1の製造方法について説明する。
【0091】
まず、
図17のステップS51の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作する。
【0092】
次に、ステップS52の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0093】
そして、ステップS53の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0094】
次に、ステップS54の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12(
図6参照)を用いて、ピストン1の表面全体に非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、ポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きした後、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス18、例えばアセチレンを導入する(
図6参照)。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、ピストン1の表面全体にDLCコーティング10を形成する。
【0095】
DLCコーティング10の形成後には、ステップS55の固体潤滑被膜塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、DLCコーティング10の表面のうちスカート部7,8に対応する箇所に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、DLCコーティング10の表面10aのうちスカート部7,8に対応する箇所に、結合樹脂11aおよび固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。
【0096】
次に、ステップS56の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。より詳細には、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0097】
固体潤滑被膜11の形成後には、ステップS57の電着塗装工程において、所定の電着装置を用いて、固体潤滑被膜11の表面11dに電着塗料を電着する。
【0098】
次に、ステップS58の乾燥工程において、固体潤滑被膜11の表面に電着された電着塗料を、所定の温度で所定の時間だけ乾燥させ、電着ポリマー被膜25を形成する。
【0099】
[第6の実施形態の効果]
第6の実施形態では、ピストン1の表面にDLCコーティング10が形成され、該DLCコーティング10の表面10aに固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dに電着ポリマー被膜25が形成されている。従って、第6実施形態のピストン1においても、DLCコーティング10によって、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0100】
また、第6の実施形態では、電着ポリマー被膜25がピストン1の最も外側に形成されているので、固体潤滑被膜11の表面11dの平滑性が向上する。従って、固体潤滑被膜11のみを有するピストンと比べて、シリンダ壁3に対する摺動抵抗を低減させることができる。
【0101】
[第7の実施形態]
図18は、第7の実施形態のピストン1の反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図19は、第7の実施形態のピストン1の製造方法を示すフローチャートである。
【0102】
第7の実施形態では、第2の実施形態のピストン1のDLCコーティング10の表面10aに第6の実施形態と同様の電着ポリマー被膜25が形成されたものとして構成されている。つまり、第7の実施形態のピストン1では、
図18に示すように、反スラスト側スカート部8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dにDLCコーティング10が形成され、さらに、DLCコーティング10の表面10aに電着ポリマー被膜25が形成されている。
【0103】
以下に、
図19を参照して、第7の実施形態のピストン1の製造方法について説明する。なお、第7の実施形態のピストン1の製造方法の各工程は、第6の実施形態のピストン1の製造方法の対応する工程と同様の工程であり、工程の順序のみが異なる。
【0104】
まず、
図19のステップS61の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作する。
【0105】
次に、ステップS62の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0106】
そして、ステップS63の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0107】
次に、ステップS64の固体潤滑膜塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、スカート部7,8の表面に、結合樹脂11aおよび固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。
【0108】
次に、ステップS65の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0109】
固体潤滑被膜11の形成後には、ステップS66の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12(
図6参照)を用いて、固体潤滑被膜11の表面11dと、該固体潤滑被膜11が塗布されていないピストン1の残りの表面に、非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、ポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きした後、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス18、例えばアセチレンを導入する(
図6参照)。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、固体潤滑被膜11の表面11dと、該固体潤滑被膜11が塗布されていないピストン1の残りの表面に、DLCコーティング10を形成する。
【0110】
DLCコーティング10の形成後には、ステップ67の電着塗装工程において、所定の電着装置を用いて、DLCコーティング10の表面10aのうちスカート部7,8に対応する箇所に電着塗料を電着する。
【0111】
次に、ステップS68の乾燥工程において、DLCコーティング10の表面10aに電着された電着塗料を、所定の温度で所定の時間だけ乾燥させ、電着ポリマー被膜25を形成する。
【0112】
[第7の実施形態の効果]
第7の実施形態では、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dにDLCコーティング10が形成され、さらに、DLCコーティング10の表面10aに電着ポリマー被膜25が形成されている。従って、第7実施形態のピストン1においても、DLCコーティング10によって、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0113】
また、第7の実施形態では、DLCコーティング10の表面10aが電着ポリマー被膜25により平滑になるので、DLCコーティング10の表面10aの凸部10bがシリンダ壁3に直接接触する場合と比べて、DLCコーティング10の摩耗量を減少させることができる。
【0114】
[第8の実施形態]
図20は、第8の実施形態のピストン1の反スラスト側スカート部8の拡大断面図である。
図21は、第8の実施形態のピストン1の製造方法を示すフローチャートである。
【0115】
第8の実施形態のピストン1は、第7の実施形態のDLCコーティング10の配置と電着ポリマー被膜25の配置を入れ替えたものとして構成されている。つまり、第8の実施形態のピストン1では、
図20に示すように、反スラスト側スカート部8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dに電着ポリマー被膜25が形成され、さらに、電着ポリマー被膜25の表面25aにDLCコーティング10が形成されている。
【0116】
以下に、
図21を参照して、第8の実施形態のピストン1の製造方法について説明する。なお、第8の実施形態のピストン1の製造方法の各工程は、第6および第7の実施形態のピストン1の製造方法の対応する工程と同様の工程であり、工程の順序のみが異なる。
【0117】
まず、
図21のステップS71の素材作製工程において、アルミニウム合金材料を用いた所定の製法、例えば鋳造により、ピストン1の素材を製作する。
【0118】
次に、ステップS72の熱処理工程において、ピストン1の素材に所定の熱処理、例えば焼入れ等を行う。
【0119】
そして、ステップS73の切削工程において、所定の切削工具を用いて、熱処理後のピストン1の素材を切削加工し、スラスト側スカート部7、反スラスト側スカート部8、リング溝6c~6e、冠面6aおよびピン孔1aを形成する。
【0120】
次に、ステップS74の固体潤滑膜塗布工程において、スクリーン印刷装置20(
図7参照)を用いて、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11を塗布する。この固体潤滑被膜11の塗布の際には、スクリーン印刷装置20を用いて、スカート部7,8の表面に、結合樹脂11aおよび固体潤滑剤11bを含む被膜組成物を所定の有機溶剤に溶かしてなる被膜形成塗料11cを塗布する。
【0121】
次に、ステップS75の焼成工程において、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1の焼成を行う。より詳細には、被膜形成塗料11cが塗布されたピストン1を乾燥炉に投入し、所定の温度で所定の時間だけ加熱することによって、被膜形成塗料11c中の有機溶剤を揮発させつつエポキシ樹脂等の被膜組成物を硬化させて、固体潤滑被膜11を形成する。
【0122】
固体潤滑被膜11の形成後には、ステップS76の電着塗装工程において、所定の電着装置を用いて、固体潤滑被膜11に電着塗料を電着する。
【0123】
次に、ステップS77の乾燥工程において、固体潤滑被膜11の表面に電着された電着塗料を、所定の温度で所定の時間だけ乾燥させ、電着ポリマー被膜25を形成する。
【0124】
電着ポリマー被膜25の形成後には、ステップS78の非晶質炭素被膜形成工程において、プラズマ化学蒸着装置12(
図6参照)を用いて、電着ポリマー被膜25の表面25aと、該電着ポリマー被膜25が形成されていないピストン1の残りの表面に、非晶質炭素被膜であるDLCコーティング10を形成する。より詳細には、ポンプ装置を用いて真空チャンバ13内を所定の圧力まで真空引きした後、真空チャンバ13に設けられた導入口19から真空チャンバ13内へ、DLCコーティング10の原料となる反応ガス18、例えばアセチレンを導入する(
図6参照)。アセチレンの導入後には、高周波電源17をオンにし、真空チャンバ13に高周波を照射することで、プラズマを発生させ、これにより、電着ポリマー被膜25の表面25aと、該電着ポリマー被膜25が形成されていないピストン1の残りの表面とに、DLCコーティング10を形成する。
【0125】
[第8の実施形態の効果]
第8の実施形態では、スカート部7,8の表面に固体潤滑被膜11が形成され、該固体潤滑被膜11の表面11dに電着ポリマー被膜25が形成され、さらに、電着ポリマー被膜25の表面25aにDLCコーティング10が形成されている。従って、第8実施形態のピストン1においても、DLCコーティング10によって、スカート部7,8の表面の腐食に伴う固体潤滑被膜11の剥離を抑制することができ、さらに、固体潤滑被膜11の剥離に起因するスカート部7,8の摺動抵抗の増加を抑制することができる。
【0126】
以上説明した実施形態に基づく内燃機関のピストンとしては、例えば以下に述べる態様のものが考えられる。
【0127】
スカート部の表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンは、その一態様として、樹脂および固体潤滑剤を有した第1被膜と、前記第1被膜を構成する複数の分子の平均分子間距離よりも小さい平均原子間距離を有した第2被膜と、を備える。
【0128】
前記内燃機関のピストンの好ましい態様において、前記平均原子間距離は3Åよりも小さい。
【0129】
また、以上説明した実施形態に基づく他の内燃機関のピストンとしては、例えば以下に述べる態様のものが考えられる。
【0130】
スカート部の表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンは、その一態様として、樹脂および固体潤滑剤を有した第1被膜と、非晶質炭素被膜として構成された第2被膜と、を備える。
【0131】
さらに、以上説明した実施形態に基づく別の内燃機関のピストンとしては、例えば以下に述べる態様のものが考えられる。
【0132】
スカート部の表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンは、その一態様として、固体潤滑剤を有した第1被膜と、前記第1被膜よりも気体の透過率が小さい第2被膜と、を備える。
【0133】
前記内燃機関のピストンの好ましい態様において、前記気体は、酸素である。
【0134】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記第2被膜は、冠面に形成される。
【0135】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記内燃機関のピストンは、ピストンピンが挿入されるピン孔を有し、前記第2被膜は、前記ピン孔に形成される。
【0136】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記内燃機関のピストンは、ピストンリングが嵌め込まれるリング溝を有し、前記第2被膜は、前記リング溝に形成される。
【0137】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記第2被膜は、当該ピストン全体に形成される。
【0138】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記第1被膜は、当該ピストンの表面に形成される。
【0139】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記第2被膜は、当該ピストンの表面に形成される。
【0140】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記第2被膜は、ケイ素を含む。
【0141】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記第2被膜は、窒素を含む。
【0142】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの態様のいずれかにおいて、前記第2被膜は、15~30原子パーセントのケイ素と、30~60原子パーセントの炭素と、2~25原子パーセントの窒素とを含む。
【0143】
また、以上説明した実施形態に基づく内燃機関のピストンの製造方法としては、例えば以下に述べる態様のものが考えられる。
【0144】
表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンの製造方法は、その一態様として、金属材料によって前記ピストンを成形する工程と、前記ピストンの少なくともスカート部の表面に、化学蒸着により、非晶質炭素膜を形成する工程と、前記非晶質炭素膜の表面に固体潤滑被膜を形成する工程と、を含む。
【0145】
さらに、以上説明した実施形態に基づく他の内燃機関のピストンの製造方法としては、例えば以下に述べる態様のものが考えられる。
【0146】
表面に複数の被膜が形成される内燃機関のピストンの製造方法は、その一態様として、金属材料によって前記ピストンを成形する工程と、前記ピストンの少なくともスカート部の表面に固体潤滑被膜を形成する工程と、前記固体潤滑被膜の表面に、化学蒸着により、非晶質炭素膜を形成する工程と、を含む。
【0147】
別の好ましい態様では、前記内燃機関のピストンの製造方法の態様のいずれかにおいて、前記化学蒸着は、プラズマ化学蒸着である。
【符号の説明】
【0148】
1・・・ピストン、1a・・・ピン孔、6・・・冠部、6a・・・冠面、7・・・スラスト側スカート部、8・・・反スラスト側スカート部、10・・・DLCコーティング、11・・・固体潤滑被膜、11a・・・結合樹脂、11b・・・固体潤滑剤、12・・・プラズマ化学蒸着装置、13・・・真空チャンバ、14・・・陽極、15・・・陰極、17・・・高周波電源、20・・・スクリーン印刷装置、25・・・電着ポリマー被膜