(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022142846
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】質量分析方法、および、それを用いた発生ガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220926BHJP
【FI】
G01N27/62 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021043074
(22)【出願日】2021-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000151243
【氏名又は名称】株式会社東レリサーチセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100186484
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 満
(72)【発明者】
【氏名】古島 圭智
(72)【発明者】
【氏名】畠 幹生
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA04
2G041EA06
2G041HA01
(57)【要約】
【課題】等温あるいは加熱時に発生するガスを質量分析計で検出されるまでの時間遅れを取り除く。
【解決手段】質量分析における、時間の関数としての強度曲線または温度の関数としての強度曲線にデコンボリューションによる解析を行う、質量分析方法、および、上記質量分析方法を用い、試料の加熱時に発生するガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法である。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析における、時間の関数としての強度曲線または温度の関数としての強度曲線にデコンボリューションによる解析を行う、質量分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析方法を用い、試料の加熱時に発生するガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析方法を用い、試料の等温保持時に発生するガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法。
【請求項4】
試料の、加熱時あるいは等温保持時において、昇温速度、設定温度、設定時間を任意に決める、請求項2または3に記載の発生ガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法。
【請求項5】
パルス状のガスを試料加熱炉に注入した後の質量分析計の強度変化をインパルス応答関数とする、請求項2~4のいずれかに記載の発生ガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法、および、それを用いた発生ガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加熱発生ガス質量分析を以下、TPD-MSと記すことがある。TPD-MSは、物質の温度を調節されたプログラムに従って等温あるいは非等温(昇温や冷却)に変化させる際に、生じる発生ガスを質量分析法(以下、MSと記すことがある。)により、各ガス種の分子量に対応する質量分析計の強度(以下、MS強度と記すことがある。)を、温度あるいは時間の関数として測定する手法である(非特許文献1)。TPD-MS測定で得られる結果はMS強度-温度曲線あるいはMS強度-時間曲線である(以下、TPD-MS曲線と記すことがある)。
【0003】
従来のTPD-MS測定においては、試料から発生したガスが質量分析計で検出されるまでのタイムラグ、および、発生したガスが装置内で滞留することにより、質量分析計では信号が時間分布を有して検出される(以下、ブロード化と記すことがある。)が、いずれも補正されない。特にブロード化の影響は昇温速度が大きくなるほど深刻になり、一例として、パルス状に注入したガスが検出時に300sにブロード化する場合、昇温速度10℃/minの測定においては、発生ガス挙動が見かけ上50℃の温度分布を有することになり、正確な発生ガス挙動を把握できない。さらに昇温速度を変えて発生ガス挙動を解析する反応速度論解析において、深刻な解析誤差を生む主要因となる。また、構成される装置系によりタイムラグおよびブロード化の時間は変わるという課題もある。
【0004】
分析手法において、信号解析の一つであるデコンボリューション(非特許文献2)は、一般的にスペクトル、X線回折、液体クロマトグラフィー質量分析法(以下、LC-MSと記すことがある。)、ガスクロマトグラフィー質量分析法(以下、GC-MSと記すことがある。)、ゲル浸透クロマトグラフィー(以下にGPCと記すことがある。)のピーク分離に用いられる。LC-MS、GC-MSでは、実測されるMS強度は単成分のピークであるコンポーネントが重なっており、デコンボリューションにより求めた各コンポーネントのマススペクトルはマススペクトルライブラリから検索することができるため、ピークトップの保持時間およびピーク形状の違いにより、同一ピークか否かを判別することが可能となる(非特許文献3)。その他に、物質の温度を調節されたプログラムに従って等温あるいは非等温(昇温や冷却)に変化させた際の、試料からの熱の出入りを調べる分析におけるデコンボリューションの適用事例として、等温における熱量計へのインパルス熱応答解析(非特許文献4、5)や高速カロリメトリーを用いた高分子の融解速度の解析(非特許文献6)がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】朝比奈均,矢口金二,材料研究におけるTPD-MS(Temperature Programmed Desorption or Decomposition Mass-Spectrometry)の応用, J. Mass Spectrum. Soc. Jpn., Vol.46, No.4(1998)357-360.
【非特許文献2】Arend den Harder, Leo De Galan, Evaluation of a method for real-time deconvolution, Analytical Chemistry Vol.46, No.11 (1974) 1464-1470.
【非特許文献3】佐藤貴弥、高原健太郎、近藤友明、小笠原亮、野上知花, 質量分析法における解析技術, 日本農薬学会誌 42(1), (2017) 203-215.
【非特許文献4】Satohiro Tanaka, Linear theory applied to a calorimeter during quasi-isothermal operation, Thermochimica Acta 115 (1987) 303-316.
【非特許文献5】T. Yamane, S. Katayama, M. Todoki, Application of a deconvolution method to kinetic studies with conduction type microcalorimeters, Thermochimica Acta 183 (1991) 329-338.
【非特許文献6】Y. Furushima, M. Nakada, M. Murakami, T. Yamane, A. Toda, C. Schick, Method for Calculation of the Lamellar Thickness Distribution of Not-Reorganized Linear Polyethylene Using Fast Scanning Calorimetry in Heating, Macromolecules 48 (2015) 8831-8837.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明では、デコンボリューションをTPD-MS曲線に適用することで、従来のTPD-MS測定で試料から発生したガスが質量分析計で検出される際に起こる、信号のブロード化を取り除き、実際の発生ガス挙動を把握することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成からなる。
【0008】
つまり、質量分析における、時間の関数としての強度曲線または温度の関数としての強度曲線にデコンボリューションによる解析を行う、質量分析方法、および、上記質量分析方法を用い、試料の加熱時に発生するガスの温度変化または時間変化に補正を行う分析方法、である。
【発明の効果】
【0009】
本発明におけるデータ補正法(デコンボリューション)をTPD-MS曲線に適用することで、試料からの実際の発生ガス挙動を取得することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一般的なTPD-MS測定装置の構成の一例である。
【
図2】
図1の装置で等温保持下のTPD-MS曲線である。
【
図3】
図1の装置で等温保持下のTPD-MS曲線とそのデコンボリューション後の結果である。
【
図4】
図1の装置で吸湿させたゼオライトを10℃/minで昇温させた際のTPD-MS曲線とデコンボリューション後の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1に典型的なTPD-MSの装置図を例示する。試料を設置する炉内は温度制御され、試料を加熱して発生したガスは、キャリアガスと共に配管とキャピラリーを通過して質量分析計に導入される。当該装置では、炉より下流のガスが、流れる配管とキャピラリーは、好ましくは100~400℃の範囲で、保持されるのが好ましく、例えば250℃に保持される。当該装置で設定される昇温速度は0.1~90℃/minの範囲が好ましく、好ましく10℃/minが例示される。本発明では、低分子ガスとして、例えば、1-ブテン(濃度7.99%) (以下、1-Buと記すことがある)、二酸化炭素(以下、CO
2と記すことがある)、窒素(以下、N
2と記すことがある)のいずれかが例示され、キャリアガス流下(当該装置ではヘリウム流50mL/min)で、
図1に示す試料導入部の直上に設置された逆止弁からマイクロシリンジを使い、パルス状に注入(当該装置では好ましくは1μL~10μLで実施)すると、試料導入部の温度(当該装置では好ましくは25℃~500℃で実施)に依らず、パルスのガスを打ち込んで質量分析計で検出されるまでに同一のタイムラグ(当該装置では、例として12秒)を生じさせることができる。このタイムラグは、キャリアガスの流速と試料導入部から質量分析計の検出器までの距離に比例して変化する。
【0012】
次に、質量分析計で検出されるガス成分の開始時刻をゼロ秒として、MS強度の経時変化を調べた結果を
図2に示す。ガス種に依存せずMS強度の時間変化は形状が一致することが確認できる。また、同一設備を使うと、ガス注入量(1μL~10μLの範囲内で実施することが好ましい)に依存せず、測定の繰り返し再現性も良いことが確認できる。このことから、
図2に示すMS強度の経時変化(以下、実測のMS強度の経時変化を時間tの関数としてθ(t)と記すことがある。)は、パルス状にガスを注入した際の装置での応答関数(以下、インパルス応答関数g(t)と記すことがある。)と見なすことができるから、θ(t)とg(t)の間に線形関係が成り立つ場合、以下の関係式(1)が成り立つ。なお、θ(t)で取得されるガス成分と同じ分子をパルスで打ち込んでg(t)を取得することもある。
【0013】
【0014】
ここで、ν(η)は応答遅れのないMS強度の経時変化であり、実際の発生ガス挙動を表す。g(t-η)はインパルス応答関数であり、装置で検出されるまでの発生ガスのブロード化を規定する遅延関数である。ここで、デコンボリューション解析を用いることにより、θ(t)とg(t)からν(η)を導出することができる。デコンボリューション解析の方法は、非特許文献2、4,5を参考にすることができる。なお、g(t)は、事前に
図2で示すように、パルス状のガスを注入した際のMSの信号強度を調べることで取得できる。θ(t)は評価したい試料からの発生ガスをTPD-MS測定した際の実測のMS強度の経時変化である。
【0015】
本発明は、質量分析における時間の関数としての強度曲線または温度の関数としての強度曲線にデコンボリューションによる解析を行う質量分析方法であり、この質量分析強度曲線に関するデコンボリューション解析法は、初めてTPD-MS曲線にデコンボリューションを適用したものである。そのデコンボリューションの基本式は以下の式(2)~(4)である。
【0016】
【0017】
【0018】
【0019】
ここでiは虚数単位、ωは周波数である。式(2)と式(3)はそれぞれθ(t)とg(t)のフーリエ変換を表し、式(4)は、式(2)と式(3)をもとに、フーリエ変換して得られる関数の商を得た後、逆フーリエ変換することでν(η)を導出することができる。
【0020】
分析の対象としては、多孔質材料、無機物、有機物、医薬品、生体分子、触媒、高分子材料(例えば、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂)が例示され、なかでも、気体や液体を吸着することができる多孔質材料の一つであるゼオライトが好ましく例示される。
【実施例0021】
以下、本発明を実施例により説明する。
【0022】
MS測定には島津製作所製の質量分析計であるGCMS-QP2010を使用した。測定雰囲気として、キャリアガスとして50mL/minのへリウム流で実施した。
【0023】
室温にて、マイクロシリンジを使い、
図1に示す逆止弁から5μLの1-Buを1min間隔で2回パルス状に注入した。
【0024】
5μLの1-Buを1回注入して得られるTPD-MS曲線を
図2に示した。5μLのN
2、および、CO
2を1回注入して得られるTPD-MS曲線も
図2に示した。
【0025】
質量分析計で1-Buに由来するMS信号を検出開始した時点を0sとしてプロットした、実測のTPD-MS曲線(この曲線はθ(t)に対応する。)を
図3に点線で示す。2回のガス注入に対応して2つのピークが見られ、信号が検出され終わるまでに300sほど要し、パルス状に注入したガスがブロード化することが確認できる(未デコンボリューション)。
【0026】
図2に示した5μLの1-Buを2回注入して得られるTPD-MS曲線をg(t)として、式(2)~(4)を用いて算出されるν(η)を
図3に実線で示す。デコンボリューション結果として、注入時間に対応する位置に2つのピークが現れており、実測のTPD-MS曲線よりもピーク形状が先鋭化することが確認できる。実際の注入時間とデコンボリューション後のピーク位置が近くなることも確認できる。
【0027】
図4に、室温の飽和蒸気圧下で3日間吸湿させたゼオライト(4A型 、富士フイルム和光純薬株式会社製)を10℃/minで昇温させた際の水分子のTPD-MS曲線を示す。点線で示す実測TPD-MS曲線に対してデコンボリューション曲線は低温側でピークを示し、ピーク幅も狭くなり、信号のブロード化が除かれる補正が施されていることがわかる。デコンボリューション前後でピーク温度は10℃ほど変化しており、時間にして60sほどのブロード化が補正されていることがわかる。