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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022142896
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】有価元素の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 7/00 20060101AFI20220926BHJP
   C22B 34/34 20060101ALI20220926BHJP
   C22B 23/00 20060101ALI20220926BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20220926BHJP
   C22B 3/04 20060101ALI20220926BHJP
【FI】
C22B7/00 B
C22B34/34
C22B23/00 102
C22B3/44 101A
C22B3/44 101Z
C22B3/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021043153
(22)【出願日】2021-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】500103236
【氏名又は名称】JFEマテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【弁理士】
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(72)【発明者】
【氏名】田部 正大
(72)【発明者】
【氏名】山口 東洋司
(72)【発明者】
【氏名】村井 亮太
(72)【発明者】
【氏名】奥山 悟郎
(72)【発明者】
【氏名】杉森 博一
(72)【発明者】
【氏名】小畑 太一
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA02
4K001AA07
4K001AA10
4K001AA17
4K001BA22
4K001DB01
4K001DB22
4K001DB23
(57)【要約】
【課題】廃触媒からモリブデン、コバルト等の有価元素を回収できる新規な方法を提供する。
【解決手段】少なくともモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを含有する廃触媒を過酸化水素水に浸漬させて、上記廃触媒からモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンが浸出した浸出液を得て、上記浸出液をpH調整することによって、リンを鉄およびアルミニウムと反応させ、生成したリン沈殿物および上記廃触媒をろ過によって分離することにより、ろ液Bを得て、上記ろ液Bにアルカリ処理を施し、生成したコバルト沈殿物をろ過によって分離することにより、ろ液Cを得て、上記ろ液Cにカルシウム源を添加してモリブデンと反応させ、生成したモリブデン沈殿物をろ過によって分離する、有価元素の回収方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを含有する廃触媒を過酸化水素水に浸漬させて、前記廃触媒からモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンが浸出した浸出液を得て、
前記浸出液をpH調整することによって、リンを鉄およびアルミニウムと反応させ、生成したリン沈殿物および前記廃触媒をろ過によって分離することにより、ろ液Bを得て、
前記ろ液Bにアルカリ処理を施し、生成したコバルト沈殿物をろ過によって分離することにより、ろ液Cを得て、
前記ろ液Cにカルシウム源を添加してモリブデンと反応させ、生成したモリブデン沈殿物をろ過によって分離する、有価元素の回収方法。
【請求項2】
前記廃触媒を、前記過酸化水素水に浸漬させるに先立って、粉砕する、請求項1に記載の有価元素の回収方法。
【請求項3】
前記過酸化水素水と前記廃触媒との質量比(過酸化水素水/廃触媒)が、2/1以上である、請求項1または2に記載の有価元素の回収方法。
【請求項4】
前記pH調整することによって、前記浸出液のpHを3以上7以下にする、請求項1~3のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【請求項5】
前記ろ液Bに前記アルカリ処理を施すことにより、前記ろ液BのpHを7以上にする、請求項1~4のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【請求項6】
前記カルシウム源を添加する前の前記ろ液CのpHを7以上にする、請求項1~5のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【請求項7】
前記廃触媒が、使用済み脱硫触媒である、請求項1~6のいずれか1項に記載の有価元素の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油精製に用いられた使用済み脱硫触媒などの廃触媒から有価元素を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、石油精製において、脱硫触媒を用いた脱硫が行なわれる。より詳細には、石油と高圧水素とを脱硫触媒上で反応させ、石油に含まれる硫黄分を硫化水素として除去する水素化脱硫が行なわれる。
このような脱硫触媒は、使用されるに従い、石油に含まれる重金属やタール分などで次第に被毒されて触媒活性が低下するため、定期的に交換される。この際、使用済み脱硫触媒(廃触媒)が発生する。
従来、資源循環の点から、廃触媒に含まれる種々の元素を回収する方法が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-133233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
脱硫触媒は、例えば、アルミナ(Al)などの担体上に、モリブデン(Mo)、コバルト(Co)等の金属元素を担持する。リン酸塩系バインダを使用している場合には、リン(P)も含む。加えて、使用済み脱硫触媒は、多量の油分、タール分、石油からの鉄(Fe)分なども含み得る。
モリブデンは、鋼に添加すると機械的強度や剛性が高まるため、特殊鋼やステンレス鋼に使用され、更に、高温で展性や延性に富むため、グリス等にも使用される。コバルトは、リチウムイオン二次電池の正極材として消費量が増加している。
近年、使用済み脱硫触媒などの廃触媒から、これらの元素(有価元素)を回収することが強く望まれている。
そこで、本発明は、廃触媒からモリブデン、コバルト等の有価元素を回収できる新規な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意検討した結果、下記構成を採用することにより、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[7]を提供する。
[1]少なくともモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを含有する廃触媒を過酸化水素水に浸漬させて、上記廃触媒からモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンが浸出した浸出液を得て、上記浸出液をpH調整することによって、リンを鉄およびアルミニウムと反応させ、生成したリン沈殿物および上記廃触媒をろ過によって分離することにより、ろ液Bを得て、上記ろ液Bにアルカリ処理を施し、生成したコバルト沈殿物をろ過によって分離することにより、ろ液Cを得て、上記ろ液Cにカルシウム源を添加してモリブデンと反応させ、生成したモリブデン沈殿物をろ過によって分離する、有価元素の回収方法。
[2]上記廃触媒を、上記過酸化水素水に浸漬させるに先立って、粉砕する、上記[1]に記載の有価元素の回収方法。
[3]上記過酸化水素水と上記廃触媒との質量比(過酸化水素水/廃触媒)が、2/1以上である、上記[1]または[2]に記載の有価元素の回収方法。
[4]上記pH調整することによって、上記浸出液のpHを3以上7以下にする、上記[1]~[3]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[5]上記ろ液Bに上記アルカリ処理を施すことにより、上記ろ液BのpHを7以上にする、上記[1]~[4]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[6]上記カルシウム源を添加する前の上記ろ液CのpHを7以上にする、上記[1]~[5]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
[7]上記廃触媒が、使用済み脱硫触媒である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の有価元素の回収方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、廃触媒からモリブデン、コバルト等の有価元素を回収できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】有価元素の回収方法の流れを示すフローチャートである。
図2A】廃触媒を粉砕しないで過酸化水素水に浸漬させた場合における過酸化水素水の濃度と浸出率との関係を示すグラフである。
図2B】廃触媒を粉砕してから過酸化水素水に浸漬させた場合における過酸化水素水の濃度と浸出率との関係を示すグラフである。
図3】浸出液のpHと各元素の残存率との関係を示すグラフである。
図4】カルシウム源を添加する前のろ液CのpHとモリブデン回収率との関係を示すグラフである。
図5】モル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)とモリブデン回収率との関係を示すグラフである。
図6】カルシウム源の添加により生成した沈殿物を示すSEM-EDX像である。
図7】反応時間とモリブデン回収率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の有価元素の回収方法は、少なくともモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを含有する廃触媒を過酸化水素水に浸漬させて、上記廃触媒からモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンが浸出した浸出液を得て、上記浸出液をpH調整することによって、リンを鉄およびアルミニウムと反応させ、生成したリン沈殿物および上記廃触媒をろ過によって分離することにより、ろ液Bを得て、上記ろ液Bにアルカリ処理を施し、生成したコバルト沈殿物をろ過によって分離することにより、ろ液Cを得て、上記ろ液Cにカルシウム源を添加してモリブデンと反応させ、生成したモリブデン沈殿物をろ過によって分離する。
【0010】
例えば、特許文献1に記載された従来の方法では、最初に廃触媒を焙焼する。この場合、焙焼機などの設備を要する。焙焼などの熱処理は、実用上、ある程度の大きさの設備規模で実施してスケールメリットを享受することが求められる。
これに対して、本発明では、廃触媒を焙焼しないでよいため、設備を簡素化できる。
【0011】
また、乾式処理では、例えば、リンなどの元素の分離は、ロスが大きく、効率的に実施できない場合がある。
これに対して、本発明では、湿式処理によって、高効率で分離して回収できる。
【0012】
以下、本発明の好適な実施形態を、図1に基づいて説明する。
図1は、有価元素の回収方法の流れを示すフローチャートである。
【0013】
〈廃触媒の準備〉
廃触媒は、少なくともモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを含有する、例えば、使用済み脱硫触媒である。脱硫触媒は、例えば、アルミナ(Al)などの担体上に、モリブデン(Mo)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などの金属元素を担持する。更に、脱硫触媒は、リン酸塩系バインダを使用している場合には、リン(P)を含む。加えて、使用済み脱硫触媒は、多量の油分、タール分、硫黄(S)分、石油からのバナジウム(V)分、鉄(Fe)分なども含み得る。
【0014】
〈粉砕〉
廃触媒は、後述するように、過酸化水素水に浸漬させるが、これに先立って、粉砕することが好ましい。これにより、高効率な浸出が期待できる。廃触媒がアルミナ担体を有する(アルミナ骨格を有する)脱硫触媒である場合は、特に有用である。
廃触媒を粉砕する方法としては、特に限定されず、ジェットミル等を用いる公知の方法によって、簡便に粉砕できる。
粉砕後における廃触媒の粒度としては、500μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましい。
【0015】
〈過酸化水素水への浸漬:浸出液の取得〉
廃触媒を、任意で粉砕した後、過酸化水素水(過酸化水素の水溶液)に浸漬させる。これにより、廃触媒に含まれるモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを、過酸化水素水に浸出させる。
すなわち、得られる浸出液は、廃触媒、ならびに、この廃触媒から溶け出した成分であるモリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを含有する、強酸性のスラリーである。
【0016】
この際、過酸化水素水と廃触媒との質量比(過酸化水素水/廃触媒)は、効率良く浸出できるという理由から、2/1以上が好ましく、3/1以上がより好ましい。
とりわけ、モリブデンなどを効率良く浸出させる観点から、質量比(過酸化水素水/廃触媒)は、10/1以上が好ましく、15/1以上がより好ましく、20/1以上が更に好ましい。
一方、使用する過酸化水素水が適量となり、反応容器の増大およびコスト増を抑制できるという理由から、質量比(過酸化水素水/廃触媒)は、50/1以下が好ましく、40/1以下がより好ましい。
【0017】
用いる過酸化水素水の濃度(過酸化水素水における過酸化水素の含有量)は、質量比(過酸化水素水/廃触媒)に比例して増減する。
質量比(過酸化水素水/廃触媒)が上記範囲である場合、過酸化水素水の濃度は、効率良く浸出できるという理由から、3質量%以上が好ましく、4質量%以上がより好ましく、5質量%以上が更に好ましく、6質量%以上が特に好ましい。
一方、過酸化水素水の濃度を過剰に高くした場合、得られる効果は飽和しやすい。このため、コスト面の観点からは、過酸化水素水の濃度は、例えば、20質量%以下であり、18質量%以下が好ましく、15質量%以下がより好ましい。
【0018】
廃触媒を過酸化水素水に浸漬させる時間(浸漬時間)は、例えば、15分間以上である。上限は特に限定されないが、事前に廃触媒を粉砕した場合は、1時間あれば廃触媒内部の有価元素を十分に浸出できる。
【0019】
過酸化水素水を酸性にすることにより、廃触媒から有価元素を効率的に浸出できる。
もっとも、廃触媒が使用済み脱硫触媒である場合、酸を過酸化水素水に添加しなくてもよい。廃触媒中の硫化物が、過酸化水素によって硫酸体となり、硫酸イオンとなって過酸化水素水中に溶解することで、硫酸添加と同様の効果を発現するからである。実際に、過酸化水素水中に廃触媒(使用済み脱硫触媒)を入れると、pHは速やかに低下し、1前後に収まる。
【0020】
〈pH調整:リン沈殿物の生成〉
上述したように、浸出液は、廃触媒、ならびに、モリブデン、コバルト、鉄、アルミニウムおよびリンを含有する強酸性のスラリーである。
このような浸出液について、ろ過することなく、pHを調整する。これにより、リン沈殿物を生成させる。すなわち、浸出液中において、リンは、鉄およびアルミニウムと反応して、リン酸鉄およびリン酸アルミニウムとして沈殿する。
【0021】
リンと鉄との反応における好適なpHは4~5であり、リンとアルミニウムとの反応における好適なpHは6である。このため、リン沈殿物(特に、リン酸鉄)が形成されやすく、リンを効率的に回収できるという理由から、浸出液の調整後のpHは、3以上が好ましく、4以上がより好ましい。
一方、コバルト等の沈殿が抑制されて分離性に優れるという理由から、このpHは、7以下が好ましく、6以下がより好ましい。
【0022】
浸出液中において、リンはリン酸(HPO)として存在しており、3価の鉄と反応して、リン酸鉄(FePO)として沈殿すると解される。
そして、浸出液中の鉄は、浸出液中に微量に残留している未反応の過酸化水素の酸化力によって酸化されて、2価から3価となり、リンとの反応およびリン酸鉄としての沈殿が促進されると考えられる。
もっとも、浸出液を取得してからの時間の経過がするとともに、浸出液中に残留している過酸化水素が自己分解して、この作用効果が得られにくい場合がある。このため、浸出液のpH調整は、浸出液の取得後、直ちに実施することが好ましい。具体的には、浸出液の取得後、ろ過することなくpH調整することにより、処理工程が簡略化されるので、浸出液の取得後、直ちにpH調整できる。
【0023】
〈ろ過によるリン沈殿物および廃触媒の分離:ろ液Bの取得〉
次に、リン沈殿物が生成した浸出液をろ過する。これにより、固形分であるリン沈殿物および廃触媒を浸出液から分離して、ろ液Bを得る。
ろ液Bは、廃触媒から溶け出した成分のうち、鉄、アルミニウムおよびリンが除去されており、モリブデンおよびコバルトを含有する。
ろ過の方法は、対象とする固形分を分離して所望のろ液を取得できれば、特に限定されず、従来公知の方法を適宜採用できる。これは、後述するろ過においても、同様である。
【0024】
〈アルカリ処理:コバルト沈殿物の生成〉
次に、ろ液Bにアルカリ処理を施して、コバルト沈殿物を生成させる。すなわち、ろ液Bに、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリを添加することにより、ろ液B中のコバルトが水酸化コバルトとして沈殿する。
ろ液Bにアルカリ処理を施すことにより、ろ液BのpHを調整するが、このpHは、モリブデンの共沈が抑制され、コバルトとモリブデンとの分離性に優れるという理由から、7以上が好ましく、7超がより好ましく、8以上が更に好ましく、9以上が特に好ましい。
一方、中和のための酸が少量となり経済的であるという理由から、このpHは、13以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0025】
〈ろ過によるコバルト沈殿物の分離:ろ液Cの取得〉
次に、コバルト沈殿物が生成したろ液Bをろ過する。これにより、固形分であるコバルト沈殿物をろ液Bから分離して、ろ液Cを得る。
ろ液Cは、廃触媒から溶け出した成分のうち、鉄、アルミニウム、リンおよびコバルトが除去されており、モリブデンを含有する。
【0026】
〈カルシウム源の添加:モリブデン沈殿物の生成〉
次に、ろ液Cにカルシウム源を添加してモリブデンと反応させ、モリブデン沈殿物を生成させる。カルシウム源は、溶解してカルシウムイオンになりやすい化合物であればよく、その具体例としては、塩化カルシウムなどが挙げられる。
ろ液C中において、モリブデンは、オキソアニオンであるモリブデン酸イオンを形成しており、これが、下記式で示すように、カルシウムイオンと結合して化合物を形成し、沈殿すると考えられる。
Ca2++MoO 2-→CaMoO
【0027】
MoO 2-は、一般的に、中性~アルカリ性で安定に存在する。このため、モリブデンを効率良く回収できるという理由から、カルシウム源を添加する前のろ液CのpHは、7以上が好ましく、8以上がより好ましい。
一方、添加するアルカリが少量となり経済的であるという理由から、このpHは、13以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0028】
上記式に示すように、カルシウムイオンとモリブデン酸イオンとは等しいモル比で反応するが、前者を多少過剰に添加することが好ましい。
これは、カルシウムイオンが、モリブデン酸イオンだけでなく、硫酸イオン(使用済み脱硫触媒である場合に廃触媒が含む硫化物に由来)とも競合的に反応して、モリブデン酸カルシウムおよび硫酸カルシウムを生じるからである(後述する図6を参照)。
具体的には、カルシウムイオンとモリブデン酸イオンとのモル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)は、2/1以上が好ましく、3/1以上がより好ましい。
【0029】
もっとも、カルシウムイオンは、モリブデン酸イオンとの沈殿形成能が相対的に高いことから、多量に存在する硫酸イオンよりも、モリブデン酸イオンの方が幾らか優先的に沈殿する。このため、カルシウム源を大過剰に添加しなくてもよい。
具体的には、モル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)は、8/1以下が好ましく、6/1以下がより好ましく、4/1以下が更に好ましい。
【0030】
実際には、カルシウム源の添加量は、モリブデン酸イオンおよび硫酸イオンの存在量や沈殿生成の状況などに応じて、適宜決定すればよい。
モリブデン沈殿物(モリブデン酸カルシウム)は、生成速度が非常に早く、1時間あれば十分に生成する。
【0031】
〈ろ過によるモリブデン沈殿物の分離〉
次に、モリブデン沈殿物が生成したろ液Cをろ過する。これにより、固形分であるモリブデン沈殿物をろ液Cから分離して、廃液を得る。
分離したモリブデン沈殿物は、電炉還元など任意の処理を施すことにより、フェロモリブデン等の製品としてリサイクルできる。
【実施例0032】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施例に限定されない。
【0033】
〈廃触媒の準備〉
図1に基づいて説明した流れに沿って、廃触媒から有価元素を回収した。
廃触媒として、石油精製プラントより供試された、使用済み間接脱硫触媒を用いた。この廃触媒は、直径2~3mmおよび長さ3~5mm前後の円筒形であり、アルミナ担体に種々の元素が担持されていた。廃触媒の組成をICP(誘導結合プラズマ)発光分光分析法によって求めた。廃触媒の組成を下記表1に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
〈粉砕および浸漬〉
準備した廃触媒を、過酸化水素水に浸漬させて、浸出液を得た。過酸化水素水と廃触媒との質量比(過酸化水素水/廃触媒)は、20/1とした。
得られた浸出液について、ろ過により固形分(廃触媒)を除去してから液組成を求めた。ろ過(吸引ろ過)には、5Cろ紙(保持粒子径:1μm)を用いた(以下同様)。液組成はICP発光分光分析法によって求めた(以下同様)。固形分(廃触媒)を除去した浸出液の液組成および廃触媒の組成(表1を参照)から、各元素の浸出率(単位:質量%)を求めた。
過酸化水素水の濃度(単位:質量%)を変化させて、濃度ごとに浸出率(単位:質量%)を求めた。
このとき、廃触媒を粉砕しないでそのまま過酸化水素水に浸漬させた場合と、廃触媒を500μm以下に粉砕してから過酸化水素水に浸漬させた場合とで対比した。浸漬時間は、どちらも1時間とした。結果を図2Aおよび図2Bのグラフに示す。
【0036】
図2Aは、廃触媒を粉砕しないで過酸化水素水に浸漬させた場合における過酸化水素水の濃度と浸出率との関係を示すグラフである。一方、図2Bは、廃触媒を粉砕してから過酸化水素水に浸漬させた場合における過酸化水素水の濃度と浸出率との関係を示すグラフである。
図2Aおよび図2Bのグラフに示すように、廃触媒を粉砕しなかった場合(図2A)よりも、粉砕した場合(図2B)の方が、いずれの元素も浸出率は増加した。この傾向は、含有量の多い主たる回収元素であるモリブデンおよびコバルトにおいて特に顕著だった。
過酸化水素水の濃度が低い場合に、廃触媒の粉砕の有無による浸出率の差が大きく、コストの面からも粉砕した方が有利であることが分かった。
【0037】
以下では、500μm以下に粉砕した廃触媒を、過酸化水素水(濃度:7.5質量%)に、質量比(過酸化水素水/廃触媒)を20/1として浸漬させて得られた浸出液を用いた。得られた浸出液の液組成(ろ過により固形分を除去してから求めた液組成)を、下記表2に示す。なお、この浸出液のpHは1であった。
【0038】
【表2】
【0039】
〈pH調整〉
ろ過していない浸出液(廃触媒を含む)に、水酸化ナトリウム水溶液を添加して、pHを種々の値に調整した。これにより、浸出液中において、リンを鉄およびアルミニウムと反応させて、リン沈殿物を生成させた。反応時間(撹拌時間)は1時間とした。
反応後の浸出液について、ろ過により固形分(リン沈殿物および廃触媒)を除去してから液組成を求め、各元素の残存率を反応前の液組成(表2を参照)に基づいて求めた。その際、pH調整による液量の増加および成分量の減少は補正した。
調整後の浸出液のpHを変化させて、各元素の残存率(単位:質量%)を求めた。結果を図3のグラフに示す。
【0040】
図3は、浸出液のpHと各元素の残存率との関係を示すグラフである。pHが1の浸出液は、pH調整せずに、1時間撹拌のみを行なった浸出液である。
図3のグラフから、pHの増加に伴い、リン、鉄およびアルミニウムが選択的に沈殿することが分かった。pH5では、コバルトも若干沈殿していた。
例えば、pH4では、浸出液の液組成に含まれるリンの約85質量%が沈殿した(以下では、この浸出液を用いた)。ただし、もともと、廃触媒からリンの浸出率は20質量%以下であったから(図2Bを参照)、系全体におけるリンの回収率としては、95質量%以上が見込める。
pHを4に調整してリン沈殿物が生成した浸出液をろ過することにより、リン沈殿物および廃触媒を分離して、ろ液Bを得た。
【0041】
〈アルカリ処理およびろ過〉
ろ液Bにアルカリ処理を施した。すなわち、ろ液Bに水酸化ナトリウム水溶液を添加することにより、ろ液BのpHを9に調整し、1時間経過させた。これにより、ろ液B中に沈殿物を生成させた。
沈殿物が生成したろ液Bをろ過することにより、沈殿物を分離して、ろ液Cを得た。得られたろ液Cの液組成を下記表3に示す。
【0042】
【表3】
【0043】
上記表3に示すように、ろ液Cにおけるコバルト含有量は、1mg/L未満であり、定量下限未満であった。このことから、ろ液B中のコバルトは、上述したアルカリ処理によって沈殿し、更に、ろ過によって分離されたことが分かった。
なお、上記表3に示すように、ろ液Cにおけるニッケル含有量も、1mg/L未満であった。このことから、ろ液B中のコバルトだけでなくニッケルも、上述したアルカリ処理によって沈殿し、ろ過によって併せて分離されたことが分かった。
【0044】
〈カルシウム源の添加およびろ過〉
ろ液Cに、カルシウム源として塩化カルシウムを添加して、ろ液C中のモリブデンと反応させて、沈殿物を生成させた。その後、ろ過することにより、沈殿物を分離しつつ、ろ液(廃液)を得て、得られた廃液の液組成を求めた。
ろ液Cの液組成(表3を参照)および廃液の液組成から、モリブデンの回収率(単位:質量%)を求めた。例えば、廃液のモリブデン含有量が0mg/Lである場合、モリブデン回収率は100質量%である。
【0045】
《試験1》
まず、ろ液CのpHがモリブデン回収率に与える影響を調べた。
具体的には、酸(過酸化水素)および/またはアルカリ(水酸化ナトリウム)を用いて、カルシウム源を添加する前のろ液CのpHを2~12の間で変化させた。カルシウム源を添加する際のモル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)を6/1とした。反応時間(撹拌時間)は1時間とした。結果を図4のグラフに示す。
【0046】
図4は、カルシウム源を添加する前のろ液CのpHとモリブデン回収率との関係を示すグラフである。
図4のグラフに示すように、カルシウム源を添加する前のろ液CのpHが7以上である場合に、98質量%程度の高いモリブデン回収率が得られた。
pHが低い場合にモリブデン回収率が低いのは、次のように推測される。すなわち、アルカリ性で安定な4モリブデン酸イオン(MoO 2-)が、pHの低下によって、7モリブデン酸イオン(Mo24 6-)や8モリブデン酸イオン(Mo26 4-)等のポリ酸となり、沈殿が不安定になったためと考えられる。
【0047】
《試験2》
次に、カルシウム源の添加量がモリブデン回収率に与える影響を調べた。
具体的には、カルシウム源を添加する際のモル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)を、約0.5/1~5/1の範囲で変化させた。カルシウム源を添加する前のろ液CのpHは9に調整し、反応時間(撹拌時間)は1時間とした。結果を図5のグラフに示す。
【0048】
図5は、モル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)とモリブデン回収率との関係を示すグラフである。
図5のグラフに示すように、モル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)が約2/1以上で、モリブデン回収率は約90質量%を達成し、最大で約98質量%で一定となる挙動を示した。
【0049】
このとき、モル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)を2.5/1にした場合に得られた沈殿物を、走査型電子顕微鏡に付属したエネルギー分散型X線分析(SEM-EDX)装置を用いて観察した。結果を図6に示す。
図6は、カルシウム源の添加により生成した沈殿物を示すSEM-EDX像である。
図6に示すように、生成した沈殿物において、カルシウム(Ca)およびモリブデン(Mo)を含む凝集体のほか、カルシウム(Ca)および硫黄(S)を含む角形状体も見られた。この結果は、カルシウム源(カルシウムイオン)が、モリブデン酸イオンだけでなく、硫酸イオンとも競合的に反応して、沈殿物として、モリブデン酸カルシウムのほかに、硫酸カルシウムを与えることを裏付ける。
【0050】
《試験3》
次に、反応時間(撹拌時間)がモリブデン回収率に与える影響を調べた。
具体的には、ろ液Cに添加したカルシウム源をモリブデンと反応させる際の反応時間(単位:分)を変化させた。カルシウム源を添加する前のろ液CのpHは12に調整し、モル比(カルシウムイオン/モリブデン酸イオン)は6/1とした。結果を図7のグラフに示す。
【0051】
図7は、反応時間とモリブデン回収率との関係を示すグラフである。
図7のグラフに示すように、反応時間が5分間でモリブデン回収率は90質量%を超えていた。このことから、カルシウム源の添加によるモリブデン沈殿物の生成は、工業的に十分な反応速度を有していることが分かった。
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7