(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022143162
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】急性脳梗塞の予後予測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20220926BHJP
【FI】
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021043539
(22)【出願日】2021-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】591122956
【氏名又は名称】株式会社LSIメディエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】桑城 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】田辺 和弘
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045DA36
2G045DA38
2G045FB03
(57)【要約】
【課題】臨床検査現場での使用に耐え得る、採取・取り扱いが容易な血液検体において、急性脳梗塞患者の予後を正確に予測することが可能なマーカーを提供する。
【解決手段】前記マーカーは、対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCartilage Acidic Protein 1(CRTAC1)値である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCartilage Acidic Protein 1(CRTAC1)値によって、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法。
【請求項2】
対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値が、転帰良好患者又は健常人群に由来する血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値と比較して高いことが、対象患者の予後不良であることを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値を測定する工程、
前記の酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値が、転帰良好患者又は健常人群に由来する血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値と比較して高値である場合に、予後不良であると判断する工程
を含む、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法。
【請求項4】
対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値、CRTAC1値、及びDダイマー値が、転帰良好患者又は健常人群に由来する血液中酸化アルブミン値、CRTAC1値、及びDダイマー値と比較して高いことが、対象患者の予後不良であることを示す、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
下記式1:
式1:mRS-PI = A × (Dダイマー濃度) + B × (酸化アルブミン比) + C × (CRTAC1濃度)
で判別されることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の方法を用いた、急性脳梗塞の治療法を選択する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性脳梗塞の予後予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血管閉塞およびそれに伴う虚血を原因とする急性脳梗塞症は、最も生命を脅かす、または身体自由を奪う危険な疾患である。また、脳梗塞ペナンブラ領域に発生する活性酸素発生を抑制することは、新たな脳細胞死を抑え、患者予後を改善させる重要なファクターである。例えば、ラジカルスカベンジャーであるエダラボンは活性酸素を取り除き、脳神経破壊のさらなるリスクを減らす。しかしながら、多量のエダラボン投与は深刻な腎不全を引き起こすため、厳しい投与量管理が行われている。
【0003】
またこれまで、脳梗塞の予後状態と酸化ストレスの関係を調べる様々な試験が行われている。虚血脳から放出される尿中の8-OHdg(Urinary 8-hydroxy-2'-deoxyguanosine)は、身機能不全と深く関連し、またMDA(malondialdehyde)は脳梗塞性うつや認知症に関係することが報告されている。さらには8-イソプロスタン(8-isoprostane)は脳梗塞死と関連し、OxLDL(oxidized low-density lipoprotein)は血管炎症と閉塞因子としてとらえられている。しかしながら、これらエビデンスは未だ不足しており、これらマーカーが実際にどの程度酸化ストレス状態を反映しているかは未だ不明である。
【0004】
ヒト血清アルブミンは、17のジスルフィド結合と、一つのチオール基をもち、これは血中遊離システインとジスルフィド結合を形成しうる。この遊離システインとの結合型を酸化アルブミン(OxHSA)と呼ぶ。健常人の酸化アルブミン比は一般に40%以下だが、糖尿病、腎不全、心不全、肝不全など強い酸化ストレスを受けると、酸化アルブミン比が50%を超えることもある。アルブミンは血中の主要タンパク質(3.5~5.5g/dL)であるため、その酸化率は体全体の酸化ストレスを反映する最も確からしい指標である。脳梗塞と酸化アルブミンの関係を調べた研究が過去いくつか実施されている。
【0005】
Moonらは脳脊髄液の酸化アルブミン比が健常人に比べ、脳梗塞患者にて著しく増加していることを見出した(非特許文献1)。またRaelらは退院時のmRS(modified Rankin Scale)と酸化アルブミン比の関係を調べて、酸化アルブミン比が少ないほど退院時mRSが高いことを示した(非特許文献2)。酸化アルブミンは最も有力は酸化ストレスマーカーにも関わらず、その検査工程が長くかつ煩わしいため、これまで臨床検査として実用化されてこなかった。Moonらが使った電気泳動法は極めて煩雑であり、複数検体を測定するには向いていなかった。一方、液体クロマトグラフィーは測定に30分以上かかる上、ピーク分離が不十分であり正確性に欠く。これら問題を解決するために、南雲らは高分解能質量分析装置を導入し、スループットと正確性を著しく向上させた(非特許文献3)。
【0006】
もう一つの大きな課題として採血後の酸化アルブミンの安定性がある。アルブミンは採血後、直ちに遊離システインと結合し、酸化アルブミンを生成するため、採血後の酸化抑制が大きな課題である。久保田らは採血後直ちに酸(0.5mol/Lクエン酸バッファー(pH4.2))を血液に加えると酸化を抑制できることを見出した(非特許文献4)。高分解能質量分析と酸化抑制法の組合せにより、酸化アルブミンは精度よく、かつ高スループットで検査できるようになった。
【0007】
酸化アルブミンのみでなく、ペナンブラ領域の神経再生状態も脳梗塞患者の予後を占う上で重要な指標である。内因性のNPC細胞(Neural precursor cells)はすみやかに脳損傷部位に移動し、神経再生を促進することが知られている。しかしながらこの神経再生機能は一般的に不十分であり、完全な神経再生に至らない。一方、血漿タンパク質であるCRTAC1(Cartilage Acidic Protein 1)タンパク質は脳内のNogoレセプター1(NgR1)に結合し、アクソン伸張を促す。Nogoタンパク質はNogoレセプターに結合し、神経再生を阻害する働きがあるため、結果としてCRTAC1がNogoレセプターへ結合すると、神経伸張を促進する。また高瀬らはCRTAC1の血中濃度を高めると、それが神経再生を促すことを、動物モデルを使って明らかにした(非特許文献5)。
【0008】
一方、血液を使った脳梗塞の判定、もしくは重症度・予後の判定技術は、古くから強いニーズがあったが、現時点で医療に使われているマーカーはDダイマーのみである。しかし、Dダイマーは、疾患に対して特異性が低く、臨床現場からは更に病態を正確に反映するマーカーが求められている。また、血液試料中のCRTAC1(Cartilage Acidic Protein 1)タンパク質の量を測定する工程を含み、該タンパク質量が健常者と比較して低下していた場合に脳梗塞であると判断することを特徴とする、該動物における脳梗塞の診断のための検査方法が知られている(特許文献1)。しかし、健常人と比較して低下していることを指標にするバイオマーカーは、臨床現場で使用することが難しく、実用化に至っていない。
【0009】
最近発明されたバイオマーカーとして、島津製作所、国立循環器センター(特許文献2)のRNF213 p.R4810K遺伝子多型、バイオオコモ、三重大学(特許文献3)のロイシンリッチα2グリコプロテイン(LRG)、さらには藤倉化成、国立がん研究センター(特許文献4)のDIDO1蛋白質、CPSF2蛋白質などがあるが、いずれも臨床意義が不明確であり、実用化に至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2012/067151号
【特許文献2】特開2020-092660号公報
【特許文献3】特開2019-144218号公報
【特許文献4】特開2019-100811号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Moon GJ, Shin DH, Im DS, Bang OY, Nam HS, Lee JH, et al. Identification of oxidized serum albumin in the cerebrospinal fluid of ischaemic stroke patients. European journal of neurology. 2011;18:1151-1158
【非特許文献2】Rael LT, Leonard J, Salottolo K, Bar-Or R, Bartt RE, Wagner JC, et al. Plasma oxidized albumin in acute ischemic stroke is associated with better outcomes. Frontiers in neurology. 2019;10:709
【非特許文献3】Nagumo K, Tanaka M, Chuang VT, Setoyama H, Watanabe H, Yamada N, et al. Cys34-cysteinylated human serum albumin is a sensitive plasma marker in oxidative stress-related chronic diseases. PloS one. 2014;9:e85216
【非特許文献4】Kubota K, Nakayama A, Takehana K, Kawakami A, Yamada N, Suzuki E. A simple stabilization method of reduced albumin in blood and plasma for the reduced/oxidized albumin ratio measurement. International journal of biomedical science : IJBS. 2009;5:293-301
【非特許文献5】Takase H, Kurihara Y, Yokoyama TA, Kawahara N, Takei K. Lotus overexpression accelerates neuronal plasticity after focal brain ischemia in mice. PloS Ine. 2017;12:e0184258
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者らは、臨床検査現場での使用に耐え得る、採取・取り扱いが容易な血液検体において、急性脳梗塞患者の予後を正確に予測することが可能なマーカーを開発することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、急性脳梗塞治療の過程で、患者から採取された血液検体において、酸化アルブミン及び/又はCRTAC1の血中の値が変動し、それが患者の予後と関係することを見出した。
【0014】
すなわち、本発明は、
[1]対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCartilage Acidic Protein 1(CRTAC1)値によって、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法、
[2]対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値が、転帰良好患者又は健常人群に由来する血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値と比較して高いことが、対象患者の予後不良であることを示す、[1]の方法、
[3]対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値を測定する工程、
前記の酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値が、転帰良好患者又は健常人群に由来する血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値と比較して高値である場合に、予後不良であると判断する工程
を含む、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法、
[4]対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値、CRTAC1値、及びDダイマー値が、転帰良好患者又は健常人群に由来する血液中酸化アルブミン値、CRTAC1値、及びDダイマー値と比較して高いことが、対象患者の予後不良であることを示す、[1]~[3]のいずれかの方法、
[5]下記式1:
式1:mRS-PI = A × (Dダイマー濃度) + B × (酸化アルブミン比) + C × (CRTAC1濃度)
で判別されることを特徴とする、[4]の方法、
[6][1]~[5]のいずれかの方法を用いた、急性脳梗塞の治療法を選択する方法
に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法により、急性脳梗塞患者の病態に応じて、退院時期や治療法の選択をすることができる。例えば、患者の酸化ストレス状態を正確に把握することで、患者それぞれに適したラジカルスカベンジャー量を投与することが可能となり、患者の予後をさらに改善させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】入院当日(0日目)から7日後までの酸化アルブミン比(
図1A)とCATAC1濃度レベル(
図1B)の推移を示すグラフである。
【
図2】主成分分析を行った結果を示すグラフであり、
図2Aは、低mRS群と高mRS群の両方の患者の分布を表すPCAスコアプロットであり、
図2Bは、バイオマーカーの発現の類似性と非類似性を示すローディングプロットである。
【
図3】各種バイオマーカーによる低mRS群と高mRS群の有意差の検討を行った結果を示すグラフである。
図3Aは酸化アルブミン比の入院から7日後の結果であり、
図3BはCATAC1濃度の入院から7日後の結果であり、
図3CはDダイマーの入院当日(0日目)の結果であり、
図3Dは式1aで規定されるmRS-PIの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下において、本発明の実施形態について詳細に説明するが、利用方法の態様についてはこれに限定されるものではない。
【0018】
本発明は、対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値によって、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法である。
本発明の別の態様としては、対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値が、健常人又は転帰良好患者に由来する血液中に存在する酸化アルブミン値及び/又はCRTAC1値と比較して高いことが、対象患者の予後不良であることを示す、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法である。
本発明の更に別の態様としては、対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値、CRTAC1値及びDダイマー値が、転帰良好患者に由来する血液中酸化アルブミン値、CRTAC1値及びDダイマー値と比較して高いことが、対象患者の予後不良であることを示す、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法である。
【0019】
本発明で使用可能な血液検体としては、対象の患者から採取可能且つ対象のマーカーが分析可能であれば良く、例えば、全血、血漿、血清等が挙げられる。また、前記血液検体の採取・調製法は、当業者であれば、公知の方法から適宜選択して使用することができる。
【0020】
以下、対象患者から採取された血液中に存在する酸化アルブミン値、CRTAC1値、Dダイマー値によって、急性脳梗塞患者の予後を予測する方法への適用の一例について説明をするが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0021】
本発明で使用可能な酸化アルブミン値、CRTAC1値、Dダイマー値の分析方法それ自体は公知であり、公知の測定方法、市販の測定試薬や測定装置を使用することもできる。測定方法としては、質量分析法や免疫学的測定法等から適宜選択することができる。例えば、酸化アルブミン値としては、国際公開第2007/013679号に記載の方法を参考に、酸化アルブミン比(総アルブミン量に対する酸化型アルブミンの存在比率)や酸化アルブミン濃度を使用することができる。また、CRTAC1値としては、国際公開第2012/067151号に記載の方法を参考に、CRTAC1濃度を使用することができる。また、Dダイマー値としては、公知の臨床検査に使用されるDダイマー濃度を使用することができる。
【0022】
本発明方法では、対象患者から採取された血液中の酸化アルブミン値の上昇を、急性脳梗塞患者の予後不良を予測する指標とすることができる。例えば、後述する実施例5に示すように、高mRS群では有意に酸化アルブミン比が高くなる。そのため、酸化アルブミン比が高いことを指標に、急性脳梗塞患者の転帰不良を判別することができる。好ましくは、酸化アルブミン比が低mRS群に対して高いことを指標に、急性脳梗塞患者の転帰不良を判別することができる。一方、酸化アルブミン比が、低mRS群と同等以下であることを指標に、急性脳梗塞患者の転帰良好を判別することができる。例えば、転帰不良と判断される場合には、入院期間を延長したり、治療薬(脳保護剤等)を追加したりすることができる。
また、別の態様としては、酸化アルブミン比が健常人群に対して高いことを指標に、急性脳梗塞患者の転帰不良を判別することができる。一方、酸化アルブミン比が、健常人群と同等であることを指標に、急性脳梗塞患者の転帰良好を判別することができる。判定のための基準は、事前に用意しておいた「閾値」を使用することができる。
【0023】
本発明方法において、急性脳梗塞患者の予後不良を予測するための酸化アルブミン値の閾値は、種々条件、例えば、性別、年齢などにより変化することが予想されるが、当業者であれば、被験者に対応する適当な母集団を適宜選択して、その集団から得られたデータを用いて統計学的処理を行うことにより、判定用閾値を決定することができる。本発明方法では、判定用閾値を決定し、患者血液中の酸化アルブミン値と判定用閾値を比較することにより、医師の判断を補助可能な、急性脳梗塞患者の予後を予測することができる。
【0024】
また、本発明方法では、対象患者から採取された血液中のCRTAC1値の上昇を、急性脳梗塞患者の予後不良を予測する指標とすることができる。例えば、後述する実施例6に示すように、高mRS群では有意にCRTAC1濃度が高くなる。そのため、CRTAC1濃度が、低mRS群に対して高いことを指標に、急性脳梗塞患者の転帰不良を判別することができる。一方、CRTAC1濃度が、低mRS群と同等以下であることを指標に、急性脳梗塞患者の転帰良好を判別することができる。例えば、転帰不良と判断される場合には、入院期間を延長したり、治療薬(脳保護剤等)を追加したりすることができる。
また、別の態様としては、CRTAC1濃度が健常人群に対して高いことを指標に、急性脳梗塞患者の転帰不良を判別することができる。一方、CRTAC1濃度が、健常人群と同等であることを指標に、急性脳梗塞患者の転帰良好を判別することができる。判定のための基準は、事前に用意しておいた「閾値」を使用することができる。
【0025】
本発明方法において、急性脳梗塞患者の予後不良を予測するためのCRTAC1値の閾値は、種々条件、例えば、性別、年齢などにより変化することが予想されるが、当業者であれば、被験者に対応する適当な母集団を適宜選択して、その集団から得られたデータを用いて統計学的処理を行うことにより、判定用閾値を決定することができる。本発明方法では、判定用閾値を決定し、患者血液中のCRTAC1値と判定用閾値を比較することにより、医師の判断を補助可能な、急性脳梗塞患者の予後を予測することができる。
【0026】
また、本発明方法では、対象患者から採取された血液中の酸化アルブミン値、CRTAC1値、Dダイマー値を組み合わせて、急性脳梗塞患者の予後不良を予測する指標とすることができる。例えば、後述する実施例4に示すように、高mRS群では有意に酸化アルブミン比、CRTAC1濃度、Dダイマー濃度が高くなる。そのため、これらを組み合わせて判別することが好ましい。
【0027】
また、実施例7のように、下記の式1で定義されるmRS-PI(mRS-predictive index)値を使用することにより、簡便且つ正確に判別できるので更に好ましい。
式1:mRS-PI = A × (Dダイマー濃度) + B × (酸化アルブミン比) + C × (CRTAC1濃度)
【0028】
mRS-PI値が、低mRS群に対して高いことを指標に、急性脳梗塞患者の転帰不良を判別することができる。一方、mRS-PI値が、低mRS群と同等以下であることを指標に、急性脳梗塞患者の転帰良好を判別することができる。例えば、転帰不良と判断される場合には、入院期間を延長したり、治療薬(脳保護剤等)を追加したりすることができる。判定のための基準は、事前に用意しておいた「閾値」を使用することができる。なお、Dダイマー濃度、酸化アルブミン比、CRTAC1濃度は測定値そのものでもよく、または測定値の対数でもよい。さらには平均値をゼロ、分散を1に正規化した値を使うことが望ましい。
【0029】
本発明方法において、急性脳梗塞患者の予後不良を予測するためのmRS-PI値の閾値は、種々条件、例えば、性別、年齢などにより変化することが予想されるが、当業者であれば、被験者に対応する適当な母集団を適宜選択して、その集団から得られたデータを用いて統計学的処理を行うことにより、判定用閾値を決定することができる。本発明方法では、判定用閾値を決定し、患者血液中の酸化アルブミン値、CRTAC1値、Dダイマー値を測定し、それらから算出されるmRS-PI値と判定用のmRS-PI値の閾値を比較することにより、医師の判断を補助可能な、急性脳梗塞患者の予後を予測することができる。
【0030】
本発明方法において、転帰不良を評価する閾値を決定するための分類は、公知のスケールを使用することができるが、例えば、mRS(modified Ranking Scale:脳卒中の概括予後評価スケール)、NIHSS(National Institute of Health Stroke Scale:脳卒中神経学的重症度評価スケール)等から選択して使用することができる。特に、mRS(例えば、日本版modified Rankin Scale(mRS)判定基準(篠原幸人らmRS信頼性研究グループ、modified Rankin Scaleの信頼性に関する研究-日本語版判定基準書および問診表の紹介、脳卒中 2007;29:6-13))は、脳梗塞からの転帰不良との関連性が高く評価できるので好ましい。脳梗塞における転帰不良(すなわち障害)とは、主に自立歩行を目安にし、その他、会話、認知機能、排泄機能、運動機能などに障害があることも含まれる。
mRSの場合、「0」(全く症候がない)から「6」(死亡)の7段階に区分され、高mRSとは、上記障害が認められるmRS値が2より大きいことで分類することができ、また、より障害が強く認められるmRSが3より大きいことで分類しても良い。当業者であれば、被験者に対応する適当な母集団を適宜選択して閾値を決定することができる。
【0031】
本発明方法において、検体の採取時期は、急性脳梗塞の疑いが生じた段階、入院時(入院0日目)、入院後(入院1日後、7日後、14日後等)、治療を行った後、などが好ましい。経時的に採取して測定することにより、適切に病態の変化を把握することができる。また、退院時期の判断や治療法を選択する際に実施することが好ましく、例えば、所定の処置を行った7日後で、最も有意に急性脳梗塞患者の予後を予測することができるので特に好ましい。
【0032】
本発明方法において、選択できる治療法等としては、エダラボンなどの脳保護剤投与量の増加、投与期間の延長などが挙げられる。
【実施例0033】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0034】
《実施例1:検査項目の測定と測定値の解析》
(1)検体の準備
後述する実施例において、2017年3月から2018年2月までの間、脳梗塞被験者から前向きに収集した検体を使用した。国立病院機構九州医療センターおよび株式会社LSIメディエンス双方にて倫理委員会の承認を得た。
【0035】
脳梗塞症状を示してから24時間以内に九州医療センターに搬送された患者を対象とした。すべての患者に対し、CT検査により脳梗塞を確認し、深刻な腎臓、肝臓、肺、心臓の機能低下を有する症例は研究対象から除外した。また入院時に感染症、パーキンソン病、統合失調症、うつ、身体麻痺を発症している患者はすべて除外した。すべての患者からインフォームドコンセントを得た。
【0036】
また、すべての患者は入院時、退院時にNIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale:脳卒中神経学的重症度評価スケール)およびmRS(modified Ranking Scale:脳卒中の概括予後評価スケール)を判定するためのフィジカルテストを受けた。さらに退院3か月後にmRSを受診した。入院時に循環器リスク、既往歴、喫煙歴を記録した他、さらに肝機能、脂質代謝、腎機能に関する検査を入院時に実施した。酸化アルブミン比およびCRTAC1濃度の検査のために、入院時、入院1日後、7日後、14日後にそれぞれ採血した。ただし約40%以上が14日前に退院したため、14日後のデータは使用しなかった。
【0037】
患者の特徴を表1にまとめた。AIS(acute ischemic stroke:急性虚血性脳卒中)患者74名を退院後3ヵ月後のmRSのレベルによって2つのグループに分けた。低mRS群はmRSが0または1として48名、高mRS群はmRSが2以上として26名であった。低mRS群は男性32人(67%)、女性16人(33%)で、平均年齢は70.4歳、そのうちアテローム性動脈硬化症5人、ラクナ梗塞11人、心原性脳塞栓症8人、未分類24人であった。高mRS群は男性13人(50%)、女性13人(50%)で、平均年齢74.2歳、うちアテローム性動脈硬化症3人、ラクナ梗塞4人、心原性脳塞栓症7人、未分類12人であった。
【0038】
【0039】
また、各々の患者から、約2mLの血液をニプロ社製0.5mol/Lクエン酸血漿採血管(pH4.3)にて採血した。それぞれの採血管は採血後4時間以内に遠心し、上清(血漿)を1mLマイクロチューブに移した。また採血後、採血管を4℃冷蔵庫に保管し、24時間以内に血漿を分離した。分離血漿は-80℃にて保管し、酸化アルブミン比については3か月以内に分析した。
【0040】
また、患者に対して、以下の血液学、凝固、生化学に関する検査を入院時に実施した。白血球数、赤血球数、ヘマトクリット値、ヘモグロビン値、血小板数、AST(aspartate aminotransferase)、ALT(alanine aminotransferase)、LDH(lactate dehydorogenase)、ALP(alkaline phosphatase)、γ-GTP(γ-glutamyltransferase)、T-Bil(総ビリルビン)、総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライド、TP(総タンパク質)、アルブミン、CPK(Creatine phosphokinase)、BUN(blood urea nitrogen)、Cr(クレアチニン)、eGFR(estimated glomerular filtration rate)、尿酸、FBS(fasting blood sugar)、BS(血糖値)、HbA1c(ヘモグロビンA1c)、CRP(C反応性タンパク質)、PT-INR(プロトロンビン時間)、APTT(activated partial thromboplastin time)、フィブリノーゲン、Dダイマー。
【0041】
(2)酸化アルブミン比(%OxHSA)の分析
(1)で調製した血漿25μLを50mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)1mLに希釈した。希釈したサンプルはボンドエリュートC18 EWPカラム(Agilent Technologies, Palo Alto, CA, USA)に通液し、1mLの溶液A(0.1%ギ酸、9.9%アセトニトリル、90%水(%v/v))にて洗浄後、1mLの溶液B(0.1%ギ酸、9.9%水、90%アセトニトリル(%v/v))にて酸化アルブミンをカラムから溶出した。LC-MSデータは液体クロマトグラフィー質量分析装置(Agilent HP1200, Agilent 6520, Agilent Technologies)を使用した。液体クロマトグラフィーと質量分析装置は内径0.1mm、長さ1mのステンレス管で接続し、カラムは使用していない。0.1%ギ酸及び40%アセトニトリル水溶液を溶離液とし、流速50μL/分、室温にて溶出した。質量分析装置はキャピラリーボルテージ4000V、陽イオンモードに設定した。ネブライザーガス圧は20psi、対抗ガスは325℃、5L/minとした。質量計測範囲は800~3000とした。注入量は2μLとした。全分析時間は約3分である。LC-MSデータはマスハンターソフトウエア(Agilent Technologies)にてCSV形式に変換し、エクセルVBAプログラム(Microsoft)にてデコンボリューションした。
【0042】
(3)CRTAC1濃度の分析
CRTAC1の血中濃度は、(1)で調製した血漿を用いて、ELISAキット(Human Cartilage acidic protein 1 (CRTAC1) ELISA kit, CUSABIO, Houston, USA)を使用して測定した。分析方法はメーカー指定のインストラクションマニュアルに従った。
【0043】
(4)主成分分析
酸化アルブミン比、CRTAC1濃度、生化学検査のデータを主成分分析にて解析した。主成分分析にはSIMCAソフトウエア(version 13.0.3; Umetrics; Umea, Sweden)を使用した。主成分分析前に全データに対してユニットスケーリング、およびゼロ平均センタリングを実施した。欠損値は無視した。
【0044】
《実施例2:急性脳梗塞と入院時の検査項目との関係》
表2に、血管リスク(血圧)、肝機能(AST、ALT、LDH、ALP、γ-GTP、T-Bil、血小板、アルブミン、PT-INR)、脂質代謝(総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセリド)、糖代謝(BS、FBS、HbA1c)、腎機能(BUN、Cr、尿酸、eGFR)に関連する入院時の臨床検査の平均値と標準偏差を示した。線維溶解により血栓から生成したフィブリン分解産物であるDダイマー濃度のみが、低mRS群と比較して高mRS群で顕著に上昇した(p<0.05)。一方、それ以外のマーカーにおいては、低mRS群と高mRS群の間には有意差はなかった(p>0.1)。p値はすべてスチューデントt検定により求めた。
【0045】
【0046】
《実施例3:入院中の酸化アルブミンおよびCATAC1の推移》
図1に、入院当日(0日目)から7日後までの酸化アルブミン比とCATAC1濃度レベルの推移を示す。72例中48例(2例欠測)で7日後に酸化アルブミン比の低下が認められた。0日目の酸化アルブミン比の平均値(41.1%)は、7日目には40.1%と減少した(p=0.15、
図1A)。一方、CRTAC1濃度の増加は71人中58人(3人欠測)に認められ、0日目の平均値(187.5ng/mL)が7日後には276.1ng/mLと有意に上昇した(p<10
-5、
図1B)。p値は、スチューデントt検定により求めた。
【0047】
《実施例4:主成分分析》
主成分分析(PCA)を行い、1)低mRS群と高mRS群の患者の分布、2)バイオマーカーの存在パターンの類似性と非類似性、3)mRSに対するバイオマーカーの寄与を検討した。
図2Aは、低mRS群と高mRS群の両方の患者の分布を表すPCAスコアプロットを示し、赤丸は高mRS群の患者を表し、青丸は低mRS群の患者を意味する。高mRS群(赤丸)の分布は低mRS群(青丸)の分布からやや左上方向にシフトしている。
図2Bは、バイオマーカーの発現の類似性と非類似性を示すローディングプロットを示している。例えば、赤血球、ヘマトクリット、ヘモグロビンは右上の隣接領域に位置しており、AIS患者間での発現パターンが比較的類似していることが示唆される。スコアプロットとローディングプロットの軸は、2つのプロットが比較できるように相同性があり、ローディングプロット(
図2B)の左上に位置するバイオマーカーは、低mRS群と高mRS群の識別に寄与していることを意味する。そして、酸化アルブミン比、CRTAC1濃度、およびDダイマー濃度がこの領域で観察された。
【0048】
《実施例5:酸化アルブミンにおける低mRS群と高mRS群の有意差の検討》
入院当日(0日目)、1日後、7日後の酸化アルブミン比を、低mRS群と高mRS群の間でスチューデントt検定を行ったところ、0日目、1日後、7日後の高mRS群の酸化アルブミン比は、低mRS群に比べて有意に上昇していた(表3、
図3A)。これにより、酸化アルブミン比は、AISからの転帰と強く関連していると考えられる。本発明では、急性脳梗塞発症から転帰に際して、転帰不良患者の血液中酸化アルブミン比が、転帰良好患者の血液中酸化アルブミン比に比較して高いことを明らかにし、このことにより、血液中酸化アルブミン比により、退院時期の判断、治療法の選択等が行えることを示すことができた。またこれらの結果から、転帰不良患者の虚血脳では転帰良好患者よりもはるかに多くの活性酸素が発生している可能性が高く、酸化アルブミン比は活性酸素の発生量を相対的に反映していることが考えられる。
【0049】
【0050】
ここで、本発明者らが知る限り、2019年に報告されたRael氏の研究は、血中の酸化アルブミン比とAIS転帰との関係を実証した唯一の研究である(非特許文献2)。この研究でRael氏は、退院時のmRSと酸化アルブミン比との間にわずかな負の相関があることを明らかにした(r=-0.17、p=0.08)ことから、酸化アルブミン比が高い患者ほど比較的良好な転帰を示している。この結果は、本実施例の結果とは反対であったので、グループ分けの基準の違い(Rael氏の研究ではカットオフを3としたのに対し、本実施例では2とした)や、mRSの判定時期の違い(Rael氏の研究では退院時に判定したのに対し、本実施例では退院後3ヶ月後に判定した)によるものなのかを検証した。つまり、本実施例において、Rael氏の基準に従って患者を2つのグループに再分類し、新しい2つのグループ間の酸化アルブミン比のスチューデントt検定のp値を再計算した。その結果、高mRS(3以上)群の酸化アルブミン比は低mRS(<3)群と比較して有意に上昇しており(p<0.05)、本実施例の結果は、患者の割り付けやmRSの測定時期のわずかな変更による影響を強く受けていないことが確認された。本実施例で異なる結果が得られた理由の1つは、採血方法に起因するものが考えられる。上述したように、ヒト血清アルブミン(HSA)は酸化環境に弱く、血漿を酸性に保たないと採血後に酸化しやすい。第二に、Rael氏の研究で使用した液体クロマトグラフィーでは、分離が不十分な場合があり、酸化アルブミンの値が正しくなかったことが予想される。
【0051】
《実施例6:CRTAC1濃度における低mRS群と高mRS群の有意差の検討》
高mRS群のCRTAC1濃度のレベルは、入院7日後には低mRS群に比べて有意に上昇した(表3、
図3B)。これにより、7日後のCRTAC1濃度は、AISからの転帰と強く関連していると考えられる。高瀬らは、CRTAC1を過剰発現させた虚血ラットモデルでは、CRTAC1がNgR1シグナルを阻害して神経系を再生させることで、神経学的スコアが有意に改善されることを明らかにしている(非特許文献5)。つまり、高瀬らの結果は、重度の虚血状態では神経系の回復に十分な量のCRTAC1が必要であることを示唆している。また、北園らは、血液試料中のCRTAC1濃度が健常人と比較して低下していた場合に脳梗塞であると判断できると報告している(特許文献1)。これらの結果から、重度の脳梗塞患者では、血液中CRTAC1濃度が低いことが予想される。しかし意外にも、本発明では、急性脳梗塞発症から転帰に際して、転帰不良患者の血液中CRTAC1濃度が、転帰良好患者の血液中CRTAC1濃度に比較して高いことを明らかにし、このことにより、血液中CRTAC1濃度により、退院時期の判断、治療法の選択等が行えることを示すことができた。
【0052】
《実施例7:mRS-PIによる低mRS群と高mRS群の有意差の検討》
Dダイマー濃度については、既にZhangらによって報告されているように、高mRS群では、入院0日目のDダイマー濃度のレベルが低mRS群に比べて有意に上昇していた(
図3C)。なお、1日目と7日目はDダイマーの解析は行わなかった。
そこで、本発明では、酸化アルブミン比、CRTAC1濃度、Dダイマー濃度を用いてAIS患者の転帰を予測するための新しい指標を作成することを試みた。その結果、次の式で定義されるmRS-PI(mRS-predictive index)は、高mRS群で有意な上昇を示した(p=0.0004、
図3D)。係数はExcelソルバーで提供される逐次二次計画法により最適化した。
式1a:mRS-PI = 0.23 × (Dダイマー濃度) + 0.44 × (酸化アルブミン比) + 0.33 × (CRTAC1濃度)
ここで、Dダイマー濃度、酸化アルブミン比、CRTAC1濃度の値は、単位分散とゼロ平均中心で予備的に正規化した。
このように、mRS-PIにより、低mRS群と高mRS群を非常に高い確度(p=0.0004)で有意に判別することができた。また、mRS-PIを使用することにより、各々のマーカーを個別に判断するよりも更に簡便且つ正確に判別し、退院時期の判断、治療法の選択等が行えることを示すことができた。
本発明は、非侵襲性の血液検体を使用した急性脳梗塞患者の予後予測に利用することができる。脳梗塞患者に対し、ある時点での予後を適切に予測できれば、治療(例えば脳保護剤の投与)期間の延長など、適正な処置を施すことができる。これらのように、簡便且つ正確に梗塞巣の状態を把握して、適切な治療方針の策定に役立てることができることは患者、医師にとって重要である。