(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022143321
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】制御装置、制御方法、コンピュータプログラム、及びエンジンシステム
(51)【国際特許分類】
G05B 13/04 20060101AFI20220926BHJP
G05B 11/32 20060101ALI20220926BHJP
F02D 45/00 20060101ALI20220926BHJP
【FI】
G05B13/04
G05B11/32 A
F02D45/00 372
F02D45/00 374
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021043777
(22)【出願日】2021-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】100160691
【弁理士】
【氏名又は名称】田邊 淳也
(74)【代理人】
【識別番号】100157277
【弁理士】
【氏名又は名称】板倉 幸恵
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 英人
(72)【発明者】
【氏名】上田 松栄
(72)【発明者】
【氏名】森安 竜大
(72)【発明者】
【氏名】池田 太郎
(72)【発明者】
【氏名】川口 翔
【テーマコード(参考)】
3G384
5H004
【Fターム(参考)】
3G384BA01
3G384BA31
3G384DA01
3G384DA14
3G384DA56
3G384EA25
3G384EE01
5H004GB12
5H004HA01
5H004HA03
5H004HB01
5H004HB03
5H004KC01
5H004KC27
5H004KD61
(57)【要約】
【課題】制御装置において、処理負荷や計算機容量を増大させることなく、一部の操作量を被制御系から切り離した状態での被制御系の特殊動作を可能とする。
【解決手段】多入力多出力の被制御系が有する複数の機能部品に対する各操作量を制御する制御装置であって、次の時刻の被制御系の各状態量を予測するモデルと、モデルを用いて各状態量が予め設定された目標値にそれぞれ追従するように各機能部品に対する各操作量をそれぞれ決定し出力する制御部とを備える。制御部は、モデルによって予測される各状態量と各目標値との偏差を評価関数として、評価関数が最小化するような現時刻の各操作量を制御周期ごとにそれぞれ決定するものであり、任意の契機で、現時刻の目標値の1つ以上に対して、1時刻前の情報を用いてモデルにより予測された現時刻の状態量を代入する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の操作量が入力され、複数の状態量をそれぞれ出力する多入力多出力の被制御系であって、各前記状態量に対する各前記操作量の影響が互いに干渉した多入力多出力の被制御系において、前記被制御系が有する複数の機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ制御する制御装置であって、
現時刻における、前記被制御系の前記各状態量に影響を与える運転条件、及び前記被制御系の前記各状態量と、各前記機能部品に対する前記各操作量とを用いて、次の時刻の前記被制御系の前記各状態量を予測するモデルと、
前記モデルを用いて、前記各状態量が予め設定された目標値にそれぞれ追従するように、前記各機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ決定し、出力する制御部と、
を備え、
前記制御部は、
前記モデルによって予測される前記各状態量と、対応する各前記目標値と、の偏差を評価関数として、前記評価関数が最小化するような現時刻の前記各操作量を、制御周期ごとにそれぞれ決定するものであり、
任意の契機で、現時刻の前記目標値の1つ以上に対して、1時刻前の情報を用いて前記モデルにより予測された現時刻の前記状態量を代入する、制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の制御装置であって、
前記制御部は、前記契機が与えられない場合において、各前記目標値として、前記制御装置の外部から与えられた値を用いる、制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の制御装置であって、
前記制御部は、前記評価関数として、
現時刻から任意に設定された評価区間内における、前記各状態量と対応する各前記目標値との偏差の総和と、
現時刻から任意に設定された評価区間の終端における、前記各状態量と対応する各前記目標値との偏差と、のいずれか一方、もしくは両方を用いる、制御装置。
【請求項4】
複数の操作量が入力され、複数の状態量をそれぞれ出力する多入力多出力の被制御系であって、各前記状態量に対する各前記操作量の影響が互いに干渉した多入力多出力の被制御系において、前記被制御系が有する複数の機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ制御する制御方法であって、情報処理装置が、
現時刻における、前記被制御系の前記各状態量に影響を与える運転条件、及び前記被制御系の前記各状態量と、各前記機能部品に対する前記各操作量とを用いて、次の時刻の前記被制御系の前記各状態量を予測する工程と、
前記モデルを用いて、前記各状態量が予め設定された目標値にそれぞれ追従するように、前記各機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ決定し、出力する制御工程と、
を備え、
前記制御工程では、
前記モデルによって予測される前記各状態量と、対応する各前記目標値と、の偏差を評価関数として、前記評価関数が最小化するような現時刻の前記各操作量を、制御周期ごとにそれぞれ決定するものであり、
任意の契機で、現時刻の前記目標値の1つ以上に対して、1時刻前の情報を用いて前記モデルにより予測された現時刻の前記状態量を代入する、制御方法。
【請求項5】
複数の操作量が入力され、複数の状態量をそれぞれ出力する多入力多出力の被制御系であって、各前記状態量に対する各前記操作量の影響が互いに干渉した多入力多出力の被制御系において、前記被制御系が有する複数の機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ制御するコンピュータプログラムであって、情報処理装置に、
現時刻における、前記被制御系の前記各状態量に影響を与える運転条件、及び前記被制御系の前記各状態量と、各前記機能部品に対する前記各操作量とを用いて、次の時刻の前記被制御系の前記各状態量を予測する機能と、
前記モデルを用いて、前記各状態量が予め設定された目標値にそれぞれ追従するように、前記各機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ決定し、出力する制御機能と、
を実行させ、
前記制御機能では、
前記モデルによって予測される前記各状態量と、対応する各前記目標値と、の偏差を評価関数として、前記評価関数が最小化するような現時刻の前記各操作量を、制御周期ごとにそれぞれ決定するものであり、
任意の契機で、現時刻の前記目標値の1つ以上に対して、1時刻前の情報を用いて前記モデルにより予測された現時刻の前記状態量を代入する、コンピュータプログラム。
【請求項6】
エンジンシステムであって、
内燃機関と、
前記内燃機関に設けられ、前記内燃機関の出力性能、排気性能、振動性能、及び騒音性能のうちの少なくともいずれかを調整可能な複数の機能部品と、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の制御装置と、
を備え、
前記制御装置は、前記各機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ決定し、出力する、エンジンシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御装置、制御方法、コンピュータプログラム、及びエンジンシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
被制御系の入出力変数に応じたモデルを用いて、被制御系の状態量変化を予測する技術が知られている。例えば、特許文献1には、車両のブレーキ圧制御に関し、評価関数Jを最小化するバルブ切替パターンを予測し、予測されたバルブ切替パターンに応じて油圧系の電磁弁を切り替えることで、少ないバルブ切替回数で良好なブレーキ圧制御を可能とすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、複数の操作量が入力され、複数の状態量をそれぞれ出力する多入力多出力の被制御系であって、各状態量に対する各操作量の影響が互いに干渉した多入力多出力の被制御系が知られている。このような多入力多出力の被制御系の一例には、複数の操作量(入力)として、内燃機関の吸排気路にそれぞれ設けられたエンジンスロットルの開度、EGRバルブの開度、及び可変ノズルの開度が使用され、複数の状態量(出力)として、内燃機関のポンプ損失、内燃機関のEGR率、及び吸気管圧力が使用される被制御系を挙げることができる。このような多入力多出力の被制御系において、被制御系からの要求により一部の操作量を固定開度とする場合の一例として、一部の操作量に関わるバルブもしくはアクチュエータの開閉動作が正常であることの評価・確認をする場合や、一部の操作量に関わるバルブもしくはアクチュエータが故障して操作ができなくなった場合などに、一時的に当該一部の操作量を被制御系から切り離した状態で被制御系を動作(以降「特殊動作」とも呼ぶ)させたいという要望があった。
【0005】
この点、特許文献1に記載の技術において、上述した特殊動作をさせようとする場合、評価関数Jに重みQ行列を導入して、切り離し対象の操作量の重みqn(nは任意の自然数)にゼロを代入して演算することで対応できる。しかし、この方法では、被制御系に特殊動作をさせる場合に限らず、通常動作をさせる場合でも常に重みQ行列の演算をする必要が生じるため、制御装置における処理負荷が増大するという課題があった。また、特許文献1に記載の技術において、切り離し対象の操作量を被制御系から除外したモデルを別途用意しておき、特殊動作をさせようとする場合に、適用するモデルを切り替えることもできる。しかし、この方法では、複数のモデル(すなわち、複数の操作量のそれぞれが被制御系から除外された複数のモデル)を予め準備しておく必要があるため、手間と時間が掛かると共に、制御装置の計算機容量が増加するという課題があった。
【0006】
なお、このような課題は、例示した内燃機関の被制御系に限らず、複数の操作量が入力され、複数の状態量をそれぞれ出力する多入力多出力の被制御系であって、各状態量に対する各操作量の影響が互いに干渉した多入力多出力の被制御系に共通する課題であった。
【0007】
本発明は、上述した課題を解決するためになされたものであり、多入力多出力の被制御系を制御する制御装置において、処理負荷や計算機容量を増大させることなく、一部の操作量を被制御系から切り離した状態での被制御系の特殊動作を可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態として実現することが可能である。
【0009】
(1)本発明の一形態によれば、複数の操作量が入力され、複数の状態量をそれぞれ出力する多入力多出力の被制御系であって、各前記状態量に対する各前記操作量の影響が互いに干渉した多入力多出力の被制御系において、前記被制御系が有する複数の機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ制御する制御装置が提供される。この制御装置は、現時刻における、前記被制御系の前記各状態量に影響を与える運転条件、及び前記被制御系の前記各状態量と、各前記機能部品に対する前記各操作量とを用いて、次の時刻の前記被制御系の前記各状態量を予測するモデルと、前記モデルを用いて、前記各状態量が予め設定された目標値にそれぞれ追従するように、前記各機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ決定し、出力する制御部と、を備え、前記制御部は、前記モデルによって予測される前記各状態量と、対応する各前記目標値と、の偏差を評価関数として、前記評価関数が最小化するような現時刻の前記各操作量を、制御周期ごとにそれぞれ決定するものであり、任意の契機で、現時刻の前記目標値の1つ以上に対して、1時刻前の情報を用いて前記モデルにより予測された現時刻の前記状態量を代入することで、1つ以上の現時刻の前記操作量の被制御系からの切り離し(すなわち、被制御系の特殊動作)を可能とする。
【0010】
この構成によれば、制御部は、モデルによって予測される各状態量と、対応する各目標値と、の偏差を評価関数として、評価関数が最小化するような現時刻の各操作量を、制御周期ごとにそれぞれ決定することによって、各状態量が予め設定された目標値にそれぞれ追従するように、各機能部品に対する各操作量を制御できる。また、制御部は、任意の契機で、現時刻の目標値の1つ以上に対して、1時刻前の情報を用いてモデルにより予測された現時刻の状態量を代入することによって、被制御系の特殊動作を実現し、すなわち、1つ以上の現時刻の操作量を被制御系から切り離した状態で被制御系を動作させることが可能となる。すなわち、本構成によれば、従来の構成で特殊動作をさせようとする場合に必要であった重みQ行列の演算や、複数のモデルを必要とせず、被制御系の特殊動作を実現できる。このため、本構成によれば、多入力多出力の被制御系を制御する制御装置において、処理負荷や計算機容量を増大させることなく、一部の操作量を被制御系から切り離した状態での被制御系の特殊動作を可能とできる。
【0011】
(2)上記形態の制御装置において、前記制御部は、前記契機が与えられない場合において、各前記目標値として、前記制御装置の外部から与えられた値を用いてもよい。
この構成によれば、制御部は、契機が与えられない場合は、各状態量が、制御装置の外部から与えられた目標値にそれぞれ追従するように、各機能部品に対する各操作量を制御できる。すなわち制御部は、任意の契機がない場合は被制御系に通常動作をさせ、任意の契機がある場合は被制御系に特殊動作をさせる、というように被制御系の動作を切り替えて実行できる。
【0012】
(3)上記形態の制御装置において、前記制御部は、前記評価関数として、現時刻から任意に設定された評価区間内における、前記各状態量と対応する各前記目標値との偏差の総和と、現時刻から任意に設定された評価区間の終端における、前記各状態量と対応する各前記目標値との偏差と、のいずれか一方、もしくは両方を用いてもよい。
この構成によれば、制御部は、評価関数として、評価区間内における偏差の総和と、評価区間の終端における偏差と、のいずれか一方、もしくは両方を用いることで、評価関数の演算負荷の軽減が可能となる。
【0013】
(4)本発明の一形態によれば、エンジンシステムが提供される。このエンジンシステムは、内燃機関と、前記内燃機関に設けられ、前記内燃機関の出力性能、排気性能、振動性能、及び騒音性能のうちの少なくともいずれかを調整可能な複数の機能部品と、上記形態の制御装置と、を備え、前記制御装置は、前記各機能部品に対する前記各操作量をそれぞれ決定し、出力する。
この構成によれば、制御部は、内燃機関の出力性能、排気性能、振動性能、及び騒音性能のうちの少なくともいずれかを調整可能な複数の機能部品に対する各操作量をそれぞれ決定し、出力することができる。
【0014】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、多入力多出力の被制御系を制御する情報処理装置やECU(Engine Control Unit)、制御装置と被制御系とを含むシステム、これら装置及びシステムの制御方法、これら装置及びシステムにおいて実行されるコンピュータプログラム、そのコンピュータプログラムを配布するためのサーバ装置、そのコンピュータプログラムを記憶した一時的でない記憶媒体等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】制御システムの構成を例示した説明図である。
【
図2】通常動作時の制御部の処理について説明する図である。
【
図3】特殊動作時の制御部の処理について説明する図である。
【
図4】特殊動作時の制御システムについて説明する図である。
【
図5】制御システムの具体例について説明する図である。
【
図6】
図5に示す被制御系における第1~3操作量の変化を示す図である。
【
図7】
図5に示す被制御系における第1~3状態量の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<実施形態>
図1は、制御システム1の構成を例示した説明図である。本発明の一実施形態としての制御システム1は、複数の機能部品を有する被制御系20と、被制御系20を制御する制御装置10とを備えている。被制御系20は、複数の操作量u
1~
3が入力され、複数の状態量x
1~
3をそれぞれ出力する多入力多出力の被制御系であり、かつ、各状態量x
1~
3に対する各操作量u
1~
3の影響が互いに干渉した多入力多出力の被制御系である。制御装置10は、モデル12を用いて、各状態量x
1~
3が予め設定された第1~3目標値r
1~
3にそれぞれ追従するように、各操作量u
1~
3を決定し、出力する。ここで、制御装置10は、各状態量x
1~
3が各目標値r
1~
3にそれぞれ追従するように各操作量u
1~
3を制御する「通常動作」と、1つ以上の操作量u
n(n=1,2,3)を被制御系から切り離した状態で被制御系を動作させる「特殊動作」と、を切り替えて実行可能である。
【0017】
制御装置10は、例えば、パーソナルコンピュータ(PC:Personal Computer)や、車載ECU(Electronic Control Unit)として実現され得る。制御装置10は、図示しないCPU、記憶部、ROM/RAM、及び通信部を含んで構成されており、制御部11、モデル12、及び運転条件13として機能する。
【0018】
制御部11は、ROMに格納されているコンピュータプログラムをRAMに展開して実行することにより、現時刻の第1~3操作量u1~3をそれぞれ決定して、出力する。具体的には、制御部11は、モデル12を用いて、第1~3状態量x1~3が予め設定された第1~3目標値r1~3にそれぞれ追従するように、第1~3操作量u1~3をそれぞれ決定する。そして、制御部11は、決定した第1操作量u1を第1機能部品21に出力し、決定した第2操作量u2を第2機能部品22に出力し、決定した第3操作量u3を第3機能部品23に出力する。詳細は後述する。
【0019】
モデル12は、現時刻における運転条件のもと、現時刻における第1~3状態量x1~3を有する被制御系20に対して、第1~3操作量u1~3で指定される操作を行った場合に、次の時刻に得られるであろうと推定される被制御系20の第1~3状態量x1~3を算出するためのモデルである。例えば、モデル12は、現時刻における運転条件と、現時刻における第1~3状態量x1~3と、第1~3操作量u1~3とを入力変数とし、次の時刻における第1~3状態量x1~3を出力変数とする機械学習モデルにより実現できる。モデル12は、予め実験等により求められ、制御装置10の記憶部に記憶されている。なお、モデル12は、上述した入力変数と出力変数とを含む物理式やマップ等の、周知の他の方法により実現されてもよい。
【0020】
運転条件13は、被制御系20における第1~3状態量x1~3に影響を与える、1つ以上の外部要因(外生入力とも呼ばれる)である。運転条件13としては、被制御系20の具体的な構成や、第1~3機能部品21~23に応じて種々の条件を用いることができる。運転条件13は省略されてもよい。運転条件13は、予め設定され、制御装置10の記憶部に記憶されている。なお、運転条件13は、制御装置10に接続されたセンサや通信部を介して、外部からリアルタイムに取得されてもよい。また、運転条件13は、上述したモデル12とは異なるモデル(機械学習モデル、物理式、マップ等)を用いて推定された推定値であってもよい。
【0021】
図2は、通常動作時の制御部11の処理について説明する図である。
図2(A)は1時刻前の処理の様子を、
図2(B)は現時刻の処理の様子を、
図2(C)は1時刻後の処理の様子を、それぞれ示す。以降の説明では、制御装置10の制御周期を「Δt」と表し、
図1と同様にn=1,2,3の場合を例示する。通常動作時において、制御部11は、制御周期Δtごとに以下のa1~a4の制御を繰り返し実行する。
(a1)制御部11は、現時刻tを基準とした評価区間τを設定する。評価区間τとしては任意の間隔を用いることができる。
(a2)制御部11は、モデル12に対して、現時刻tの運転条件dと、現時刻tの状態量x
nと、操作量u
1~
3とをそれぞれ入力することで、次の時刻(現時刻tよりも将来の時刻)における状態量x
nの時系列変化(
図2:破線で表す曲線)を予測する。
(a3)制御部11は、モデル12により予測された状態量x
nと、状態量x
nに対応する目標値r
nとの偏差es
nをそれぞれ求める。偏差es
nは、
図2(A)において斜線を付したハッチングで表す値であり、評価区間τにおける状態量x
nと目標値r
nとの偏差の総和を意味する。なお、制御部11は、偏差es
nに代えて、評価区間τの終端における状態量x
nと目標値r
nとの偏差ef
nを求めてもよい。なお、目標値r
nは、制御装置10の外部から与えられた値である。
(a4)制御部11は、偏差es
nまたは偏差ef
nの二乗、もしくは偏差es
nと偏差ef
nのそれぞれの二乗を、下記式(1)に示す評価関数Jとして、評価関数Jを最小化するような操作量u
1~
3を算出し、これを現時刻tの操作量u
1~
3とする。
J=e
1
2+e
2
2+e
3
2 ・・・(1)
【0022】
制御部11は、
図2(A)に示す1時刻前t-Δt、
図2(B)に示す現時刻t、
図2(C)に示す1時刻後t+Δtの各制御周期について、上述したa1~a4の制御を繰り返し実行する。これにより、制御部11は、
図2(A)~(C)に示すように、第1~3状態量x
1~
3を第1~3目標値r
1~
3に追従させるための、第1~3操作量u
1~
3を決定し、第1~第3機能部品21~23に出力できる。
【0023】
図3は、特殊動作時の制御部11の処理について説明する図である。
図3(A)は1時刻前の処理の様子を、
図3(B)は現時刻の処理の様子を、それぞれ示す。制御部11は、任意の契機があった際に、
図2で説明した通常動作処理に代えて、以降説明する特殊動作処理を行う。この契機は任意に定めることができ、例えば、予め定められた時刻の到来、予め定められた命令の入力、予め定められたアプリケーションの実行等を採用できる。特殊動作時において、制御部11は、制御周期Δtごとに以下のb1~b3の制御を繰り返し実行する。
(b1)制御部11は、現時刻tを基準とした評価区間τを設定する。
(b2)制御部11は、1時刻前(t-Δt)において、モデル12により予測された状態量x
nの時系列変化(
図3:破線で表す曲線)のうち、現時刻tに対応する状態量x
nの予測値x^
n,t(
図3:星印を付した箇所の値)を取得する。
(b3)制御部11は、取得した状態量x^
n,tを、現時刻tにおける対応する目標値r
n,tに代入する。これにより、現時刻tの目標値r
n,tに対して、モデル12により予測された現時刻tの状態量x
nの予測値x^
n,tが再循環される。
【0024】
ここで、
図3(A)に示す1時刻前t-Δtから、
図3(B)に示す現時刻tまでの間に、運転条件13に変化がない場合(または運転条件13の変化が十分小さい場合)、以下の項目c1,c2の偏差e
n,tは生じない(または偏差e
n,tはわずかとなる)。この結果、現時刻tにおける評価関数J
t(式1参照)は最小化されるため、操作量u
nが制御から切り離された状態を実現できる。
(c1)1時刻前t-Δtにおいて予測された現時刻tの状態量x^
n,t
(c2)1時刻前t-Δtにおいて決定された操作量u
n,t-Δ
tによって実現される、現時刻tの状態量x
n,t
【0025】
図4は、特殊動作時の制御システム1について説明する図である。本実施形態の制御システム1は、3入力3出力の被制御系20を有している。このため、
図3で説明したnには、1,2,3の中から任意に選択された1以上の値が用いられる。換言すれば、制御部11は、第1~3状態量x
1~
3、第1~3操作量u
1~
3、及び第1~3目標値r
1~
3のうちのいくつかに対して、
図3で説明した処理を行う。
図4では、3入力3出力の被制御系20のうち、第1操作量u
1と、第1状態量x
1を被制御系から切り離した特殊動作をさせる場合を例示している。
【0026】
この場合、1時刻前においてモデル12により予測された現時刻tの第1状態量x^1,tを、現時刻tの第1目標値r1に代入すると共に、現時刻tの第1操作量u1に固定値を与える。このとき、1時刻前までの制御で最適化された第1操作量u1と、現時刻tにおいて与えられた第1操作量u1(固定値)と、の間に隔たりがある場合、現時刻tでは、第1操作量u1が固定値である前提の下で、評価関数Jt(式1参照)を最小化するように、固定されていない操作量(すなわち、第2操作量u2と第3操作量u3)が決定される。このサイクルを複数回繰り返して被制御系20が定常状態になると、第2目標値r2と第3目標値r3とが同時に達成されるように、第2操作量u2と第3操作量u3とが最適化される。この結果、第1操作量u1と第1状態量x1とが被制御系20から切り離されて、残存した第2,3操作量u2,3によって、第2,3目標値r2,3に対する追従制御が継続されることとなる。
【0027】
図5は、制御システム1の具体例について説明する図である。
図5には、
図1で説明した被制御系20の一例としての、被制御系20aの構成を示す。被制御系20aは、内燃機関としてのディーゼルエンジン210と、インタークーラ220と、エアクリーナ230と、コンプレッサ240と、過給機250と、タービン260と、EGR(Exhaust Gas Recirculation)クーラ270と、これらを接続する吸排気路280と、ディーゼルスロットル291と、EGRバルブ292と、可変ノズル293と、を備えている。
図5における矢印は、空気の流れを表す。なお、内燃機関としてのディーゼルエンジン210を搭載した被制御系20aを「エンジンシステム」とも呼ぶ。
【0028】
図5に示す被制御系20aにおいて、制御装置10は、上述した第1~3状態量x
1~
3、第1~3目標値r
1~
3、第1~3操作量u
1~
3、及び運転条件13として、次のd1~d7に示す各値を使用する。
(d1)第1状態量x
1及び第1目標値r
1:ポンプ損失SV1(平均有効圧力)[kPa]
(d2)第2状態量x
2及び第2目標値r
2:EGR率SV2[%]
(d3)第3状態量x
3及び第3目標値r
3:吸気管圧力SV3(過給圧)[kPa]
(d4)第1操作量u
1:ディーゼルスロットル291の開度[%]
(d5)第2操作量u
2:EGRバルブ292の開度[%]
(d6)第3操作量u
3:可変ノズル293の開度[%]
(d7)運転条件13:エンジン回転数[rpm]、燃料噴射量[mm
3/st.]
【0029】
例えば、第1状態量x
1としてのポンプ損失SV1、第2状態量x
2としてのEGR率SV2、及び、第3状態量x
3としての吸気管圧力SV3は、図示しない空気流量センサ、各部の温度/圧力センサ、運転条件13等から推定された値を利用できる。第2,3状態量x
2,3の推定には、マップと物理式を組み合わせたモデルや、機械学習モデルを用いることができる。また、エンジン回転数は、車速とギア比によって決定され、燃料噴射量は、運転者のアクセル踏み込み量(要求トルク)によって決定される。このため、エンジン回転数と燃料噴射量は、運転条件13となる。制御装置10は、この運転条件13に合わせて燃費、排気、及び騒音性能を最適化するために、筒内の酸素量/空気量を調整する制御を、
図2~
図4で説明した手順に従って実施する。
【0030】
図6は、
図5に示す被制御系20aにおける第1~3操作量u
1~
3の変化を示す図である。
図7は、
図5に示す被制御系20aにおける第1~3状態量x
1~
3の変化を示す図である。
図6(A)及び
図7(A)は、第1操作量u
1の経時的変化と、第1状態量x
1の第1目標値r
1への追従性とを表している。同様に、
図6(B)及び
図7(B)は、第2操作量u
2の経時的変化と、第2状態量x
2の第2目標値r
2への追従性とを表し、
図6(C)及び
図7(C)は、第3操作量u
3の経時的変化と、第3状態量x
3の第3目標値r
3への追従性とを表す。
【0031】
ここでは、予め定められた時刻Tの到来を契機として、
図6(A)に示すようにディーゼルスロットル291の開度(第1操作量u
1)を固定値とし、ディーゼルスロットル291の開度(第1操作量u
1)と、ポンプ損失SV1(第1状態量x
1)を被制御系から切り離した特殊動作をさせている。なお、
図7(A)では、時刻T以降の第1目標値r
1に1時刻前の値を継続して描画しているが、実際には
図3の制御b3で説明した通り、時刻T以降の第1目標値r
1には、モデル12により予測された現時刻tの第1状態量x
1の予測値x^
1,tが代入される。
【0032】
制御切替前(時刻Tより前)は、
図6に示すディーゼルスロットル291、EGRバルブ292、及び可変ノズル293の各開度(第1~3操作量u
1~
3)が、
図7に示すポンプ損失SV、EGR率SV2、及び吸気管圧力SV3の第1~3目標値r
1~
3を達成するように最適化されている。なお、第1~3目標値r
1~
3には、制御装置10の外部から与えられた値が使用される。
【0033】
制御切替後(時刻Tより後)においては、
図6(A)に示すディーゼルスロットル291の開度(第1操作量u
1)が外部からの指令により固定される。この結果、
図7(A)~(C)に示すポンプ損失SV1、EGR率SV2、及び吸気管圧力SV3についての、第1~3状態量x
1~
3と第1~3目標値r
1~
3との間に偏差が生じる。そして、
図3及び
図4で説明したように、EGR率SV2及び吸気管圧力SV3についての第2,3目標値r
2,3が同時に達成されるように、EGRバルブ292の開度及び可変ノズル293の開度(第2,3操作量u
2,3)が最適化される。これにより、ディーゼルスロットル291の開度(第1操作量u
1)とポンプ損失SV1(第1状態量x
1)とが被制御系20aから切り離される。すなわち、被制御系20aは、時刻Tより前は3バルブ制御であり、時刻Tより後は2バルブ制御となる。
【0034】
以上のように、本実施形態の制御システム1によれば、制御装置10の制御部11は、モデル12によって予測される各状態量xnと、対応する各目標値rnと、の偏差e(例えばesn,efn)を評価関数Jとして、評価関数Jが最小化するような現時刻tの各操作量unを、制御周期Δtごとにそれぞれ決定することによって、各状態量xnが予め設定された目標値rnにそれぞれ追従するように、各機能部品(第1機能部品21、第2機能部品22、第3機能部品23)に対する各操作量unを制御できる。また、制御部11は、任意の契機で、現時刻tの目標値rnの1つ以上に対して、1時刻前t-Δtの情報を用いてモデル12により予測された現時刻tの状態量^n,tを代入することによって、被制御系20の特殊動作を実現し、すなわち、1つ以上の現時刻tの操作量unを被制御系20から切り離した状態で被制御系20を動作させることを可能とできる。すなわち、上記実施形態の制御システム1によれば、従来の構成で特殊動作をさせようとする場合に必要であった重みQ行列の演算や、複数のモデルを必要とせず、被制御系20の特殊動作を実現できる。このため、制御システム1によれば、多入力多出力の被制御系20を制御する制御装置10において、処理負荷や計算機容量を増大させることなく、一部の操作量unを被制御系20から切り離した状態での被制御系20の特殊動作を可能とできる。
【0035】
また、本実施形態の制御システム1によれば、制御部11は、任意の契機が与えられない場合(例えば、
図6及び
図7の例では、時刻Tが到来する前)は、各状態量x
nが、制御装置10の外部から与えられた目標値r
nにそれぞれ追従するように、各機能部品(第1機能部品21、第2機能部品22、第3機能部品23)に対する各操作量u
nを制御できる。すなわち制御部11は、任意の契機がない場合は被制御系20に通常動作をさせ、任意の契機がある場合は被制御系20に特殊動作をさせる、というように被制御系20の動作を切り替えて実行できる。
【0036】
さらに、本実施形態の制御システム1によれば、制御部11は、評価関数Jとして、評価区間τ内における偏差の総和esnと、評価区間τの終端における偏差efnと、のいずれか一方、もしくは両方を用いることで、評価関数Jの演算負荷の軽減が可能となる。
【0037】
さらに、
図5で説明した構成の制御システム1によれば、制御部11は、ディーゼルエンジン210(内燃機関)の出力性能、排気性能、振動性能、及び騒音性能のうちの少なくともいずれかを調整可能な複数の機能部品としての、ディーゼルスロットル291(エンジンスロットル)、EGRバルブ292、及び可変ノズル293に対する各操作量u
nをそれぞれ決定し、出力することができる。また、制御部11は、ディーゼルスロットル291、EGRバルブ292、及び可変ノズル293のうちの少なくとも1つ以上を被制御系20aから切り離した状態で被制御系20aを動作させることができる。具体的には、ディーゼルスロットル291に固定開度を与えた状態においても、被制御系20aは、残ったEGRバルブ292、及び可変ノズル293によって制御動作を継続することができる。
【0038】
<本実施形態の変形例>
本発明は上記の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば、ハードウェアによって実現されるとした構成の一部をソフトウェアに置き換えるようにしてもよく、逆に、ソフトウェアによって実現されるとした構成の一部をハードウェアに置き換えるようにしてもよい。そのほか、例えば次のような変形も可能である。
【0039】
[変形例1]
上記実施形態では、制御システム1の構成の一例を示した。しかし、制御システム1の構成は種々の変形が可能である。例えば、制御システム1のうち、制御装置10と被制御系20とは、ネットワークを介して通信可能に接続され、物理的に離れた位置に存在していてもよい。例えば、制御システム1は、制御装置10及び被制御系20とは異なる機能部を有していてもよい。具体的には、例えば、モデル12と運転条件13とを用いて各状態量x1~3を推定する「状態推定器」を、制御装置10の外部に設けてもよい。この状態推定器は、各状態量x1~3の推定のみを目的としたECU等である。制御装置10と別に状態推定器を設けることにより、制御装置10の処理負荷を低減させて、制御装置10の処理速度を向上させることができる。
【0040】
[変形例2]
上記実施形態では、制御装置10の構成の一例を示した。しかし、制御装置10の構成は種々の変形が可能である。例えば、制御装置10は、写像変換などの関数を使って構成された変換部をさらに備えてもよい。変換部は、モデル12への入力変数を変換(エンコード)し、モデル12からの出力変数を変換(デコード)する。このような変換部を用いることで、例えば、非線形であったモデル12を線形化することが可能になるので、制御部11での最適化計算において安定的に最適解が得られるようになり、制御装置10の信頼性を向上できる。また、変換部の関数及びモデル12を変更することなく、被制御系20の状態量、目標値、及び操作量の切り離しが可能となるため、制御装置10の信頼性と、制御の柔軟性とを同時に向上できる。
【0041】
[変形例3]
上記実施形態では、被制御系20aの構成の一例を示した。しかし、被制御系20aの構成は種々の変形が可能である。例えば、被制御系20aは、内燃機関としてのディーゼルエンジン210に代えて、ガソリンエンジンや、水素、アンモニア、天然ガス等を動力とするエンジンなどを含んで構成されてもよい。例えば、被制御系20aは、内燃機関とモータとを組み合わせて構成されたHV(ハイブリッド)システムを含んで構成されてもよい。例えば、被制御系20は、上述した3入力3出力に限られず、任意の複数入力/任意の複数出力とされてもよい。ここで、被制御系20への入力の数と、被制御系20からの出力の数とはそれぞれ相違してもよい。また、被制御系20は、1入力1出力の被制御系を複数組み合わせて構成されており、全体として多入力多出力の被制御系を構成していてもよい。
【0042】
以上、実施形態、変形例に基づき本態様について説明してきたが、上記した態様の実施の形態は、本態様の理解を容易にするためのものであり、本態様を限定するものではない。本態様は、その趣旨並びに特許請求の範囲を逸脱することなく、変更、改良され得ると共に、本態様にはその等価物が含まれる。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することができる。
【符号の説明】
【0043】
1…制御システム
10…制御装置
11…制御部
12…モデル
13…運転条件
20,20a…被制御系
21…第1機能部品
22…第2機能部品
23…第3機能部品
210…ディーゼルエンジン
220…インタークーラ
230…エアクリーナ
240…コンプレッサ
250…過給機
260…タービン
270…クーラ
280…吸排気路
291…ディーゼルスロットル
292…EGRバルブ
293…可変ノズル
J…評価関数
SV1…ポンプ損失
SV2…EGR率
SV3…吸気管圧力