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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022143690
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220926BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20220926BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220926BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
C23C14/06 A
C23C14/06 P
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021044341
(22)【出願日】2021-03-18
(71)【出願人】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】田中 茂揮
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF02
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF19
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
3C046HH04
4K029AA04
4K029AA21
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA58
4K029BB02
4K029BB08
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA03
4K029DD06
4K029EA01
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供する。
【解決手段】立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と、該基材の上に形成された被覆層とを備え、被覆層が最下層と交互積層構造とをこの順で含み、最下層は(Al1-xCrx)Nを含有し、最下層の平均厚さが0.01μm以上0.2μm以下であり、交互積層構造が(Al1-y1Cry1)Nを含有する第1化合物層と、(Al1-y2Cry2)Nを含有する第2化合物層との互いに異なる2種の化合物層を交互に2回以上繰り返しており、交互積層構造全体の平均厚さが0.1μm以上1.2μm以下であり、被覆層全体の平均厚さが0.2μm以上1.3μm以下であり、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下である、被覆切削工具。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と、該基材の上に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、最下層と交互積層構造とをこの順で含み、
前記最下層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(Al1-xCrx)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.20≦x≦0.50を満足する。]、
前記最下層の平均厚さが0.01μm以上0.2μm以下であり、
前記交互積層構造が、下記式(2)で表される組成を有する化合物を含有する第1化合物層と、下記式(3)で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層と、を交互に2回以上繰り返し積層した交互積層構造であり、
(Al1-y1Cry1)N・・・(2)
[式(2)中、y1はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y1≦0.60を満足する。]、
(Al1-y2Cry2)N・・・(3)
[式(3)中、y2はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y2≦0.60を満足する。]、
前記交互積層構造において、前記第1化合物層と、前記第2化合物層とは、原子比y1とy2とが互いに異なる2種の化合物層であり、
前記交互積層構造全体の平均厚さが0.1μm以上1.2μm以下であり、
前記被覆層全体の平均厚さが0.2μm以上1.3μm以下であり、
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記第1化合物層の1層当たりの平均厚さが、1nm以上100nm以下であり、
前記第2化合物層の1層当たりの平均厚さが、1nm以上100nm以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(220)面における圧縮残留応力が2.0GPa以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆切削工具が、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に交差稜線部とを有し、
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、前記交差稜線部と平行な方向の前記被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11と、前記交差稜線部と垂直な方向の前記被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ22との差の絶対値|σ11-σ22|が0.5GPa未満である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記σ11が、0.0GPa以上3.0GPa以下である、請求項4に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記σ22が、0.0GPa以上3.0GPa以下である、請求項4又は5に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(111)面及び該立方晶(220)面のX線回折強度をそれぞれ順にI(111)及びI(220)とした場合に、I(111)/I(220)の値が2.5以上である、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
前記被覆層は、前記交互積層構造の前記基材とは反対の表面に、上部層を有し、
前記上部層が、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含有し、
前記上部層の平均厚さが、0.02μm以上0.3μm以下であり、
被覆層全体の平均厚さに占める前記上部層の平均厚さの割合が25%以下である、請求項1~7のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
前記立方晶窒化硼素含有焼結体が、その全体100体積%に対して、立方晶窒化硼素を55体積%以上75体積%以下と、結合相を25体積%以上45体積%以下とを含み、
前記立方晶窒化硼素が粒子であり、該粒子の平均粒径が、0.5μm以上2.0μm以下である、請求項1~8のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
焼結金属の切削加工には、超硬合金、セラミック又は立方晶窒化硼素(以下「cBN」とも記す)焼結体からなる切削工具が用いられることが多い。特に、60HRcを超えるような硬度を有する焼結金属を高速で切削加工する場合、一部のセラミック工具を除いて、cBN焼結体からなる切削工具が選択されることが多い。cBN焼結体は、超硬合金と比較して、1,000℃以上の高温下における化学的安定性及び機械特性が優れるためである。cBN焼結体の表面に、TiCN層、TiAlN層又はAlCrN層などの被覆層を1層又は2層以上含む被覆cBN焼結体工具は、その優れた耐摩耗性から、焼結金属の高速連続切削加工の用途で広く用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、cBN粒子の粒度分布を最適化したcBN焼結体の表面にAlCrN層とTiAlN層との両方を基材側から順に2層被覆することで、被覆層の基材密着力が高まり、結果的に加工中の異常剥離とこれが原因の異常摩耗が抑えられることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-208807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
焼結金属の強断続加工では、被覆層の剥離を原因とした摩耗の他に、切り込み境界部における刃先のチッピングが発生することがある。被覆層と基材との密着力を高めることで、被覆層の剥離を起点とするチッピングは抑えられるが、強断続加工における工具刃先と被削材との衝突によって発生するチッピングを抑えるには、被覆層と基材との密着力だけでなく、被覆層の構成の最適化を図る必要がある。特許文献1に記載の技術では、AlCrN密着層の上にTiAlN層を配することで、被覆層と基材との密着力と、耐摩耗性とを同時に改善することが示されているが、耐チッピング性には焦点が当てられていない。焼結金属の強断続加工においては、耐チッピング性と耐摩耗性とのバランスをとることが重要で、TiAlN層は耐摩耗性に優れる一方で、耐チッピング性が不十分となる場合がある。また、特許文献1に示されているような、例えば、厚さが1.4mを超えるような被覆層を有する切削工具では、加工強度に耐えられず、加工の初期段階で刃先が大きく欠損することがしばしば発生する。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と、該基材の上に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、最下層と交互積層構造とをこの順で含み、
前記最下層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(Al1-xCrx)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.20≦x≦0.50を満足する。]、
前記最下層の平均厚さが0.01μm以上0.2μm以下であり、
前記交互積層構造が、下記式(2)で表される組成を有する化合物を含有する第1化合物層と、下記式(3)で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層と、を交互に2回以上繰り返し積層した交互積層構造であり、
(Al1-y1Cry1)N・・・(2)
[式(2)中、y1はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y1≦0.60を満足する。]、
(Al1-y2Cry2)N・・・(3)
[式(3)中、y2はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y2≦0.60を満足する。]、
前記交互積層構造において、前記第1化合物層と、前記第2化合物層とは、原子比y1とy2とが互いに異なる2種の化合物層であり、
前記交互積層構造全体の平均厚さが0.1μm以上1.2μm以下であり、
前記被覆層全体の平均厚さが0.2μm以上1.3μm以下であり、
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下である、被覆切削工具。
[2]
前記第1化合物層の1層当たりの平均厚さが、1nm以上100nm以下であり、
前記第2化合物層の1層当たりの平均厚さが、1nm以上100nm以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(220)面における圧縮残留応力が2.0GPa以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記被覆切削工具が、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に交差稜線部とを有し、
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、前記交差稜線部と平行な方向の前記被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11と、前記交差稜線部と垂直な方向の前記被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ22との差の絶対値|σ11-σ22|が0.5GPa未満である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記σ11が、0.0GPa以上3.0GPa以下である、[4]に記載の被覆切削工具。
[6]
前記σ22が、0.0GPa以上3.0GPa以下である、[4]又は[5]に記載の被覆切削工具。
[7]
前記被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(111)面及び該立方晶(220)面のX線回折強度をそれぞれ順にI(111)及びI(220)とした場合に、I(111)/I(220)の値が2.5以上である、[1]~[6]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[8]
前記被覆層は、前記交互積層構造の前記基材とは反対の表面に、上部層を有し、
前記上部層が、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含有し、
前記上部層の平均厚さが、0.02μm以上0.3μm以下であり、
被覆層全体の平均厚さに占める前記上部層の平均厚さの割合が25%以下である、[1]~[7]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[9]
前記立方晶窒化硼素含有焼結体が、その全体100体積%に対して、立方晶窒化硼素を55体積%以上75体積%以下と、結合相を25体積%以上45体積%以下とを含み、
前記立方晶窒化硼素が粒子であり、該粒子の平均粒径が、0.5μm以上2.0μm以下である、[1]~[8]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
図2】本発明の被覆切削工具の具体的な一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0012】
本実施形態の被覆切削工具は、立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と、該基材の上に形成された被覆層とを備え、被覆層が、基材側から被覆層の表面側に向かって、最下層と交互積層構造とをこの順で含み、最下層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
最下層の平均厚さが0.01μm以上0.2μm以下であり、交互積層構造が、下記式(2)で表される組成を有する化合物を含有する第1化合物層と、下記式(3)で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層と、を交互に2回以上繰り返し積層した交互積層構造であり、交互積層構造において、第1化合物層と、第2化合物層とは、原子比y1とy2とが互いに異なる2種の化合物層であり、交互積層構造全体の平均厚さが0.1μm以上1.2μm以下であり、被覆層全体の平均厚さが0.2μm以上1.3μm以下であり、被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下である。
(Al1-xCrx)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.20≦x≦0.50を満足する。]
(Al1-y1Cry1)N・・・(2)
[式(2)中、y1はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y1≦0.60を満足する。]
(Al1-y2Cry2)N・・・(3)
[式(3)中、y2はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y2≦0.60を満足する。]
【0013】
このような被覆切削工具が、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる要因は、詳細には明らかではないが、本発明者はその要因を下記のように考えている。ただし、要因はこれに限定されない。すなわち、本実施形態の被覆切削工具は、基材が、立方晶窒化硼素含有焼結体からなるため、例えば、焼入れ鋼や耐熱合金の加工において、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる。また、被覆層全体の平均厚さが0.2μm以上1.3μm以下であると、十分な耐欠損性を確保することができる。また、被覆層が、基材側から被覆層の表面側に向かって、最下層と交互積層構造とをこの順で含み、最下層の上記式(1)で表される組成(Al1-xCrx)Nにおけるxが0.2以上であると、機械特性の低下や脆化が生じるのを抑制できるため、耐チッピング性が向上し、また、立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と被覆層との密着力向上に有利に働く。一方、最下層の上記式(1)で表される組成(Al1-xCrx)Nにおけるxが0.5以下であると、最下層において(220)面よりも(111)面が強く配向するため、立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と被覆層との密着力向上に有利に働く。また、最下層の平均厚さが0.01μm以上0.2μm以下であると、被覆層の耐欠損性を損なわずに密着力を確保することができる。また、被覆層が、第1化合物層と第2化合物層とを交互に2回以上繰り返し積層したAlCrN同士の交互積層構造を有することにより、AlCrNの単層構造よりも優れた耐欠損性(耐チッピング性)を発現する。また、交互積層構造全体の平均厚さが0.1μm以上であると、耐摩耗性が向上し、1.2μm以下であると、耐欠損性が向上し、焼結金属の強断続加工強度に耐えることができる。また、第1化合物層の上記式(2)で表される組成(Al1-y1Cry1)Nにおけるy1が0.1以上であると、交互積層構造部分の高温下における化学的安定性が向上し、切削加工中の被覆層の脆化を防ぐことができるため、被覆層全体の耐欠損性向上に貢献する。一方、y1が0.6以下であると、Alを含有することによる高温硬さ、耐熱性が向上するので、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第2化合物層の上記式(3)で表される組成(Al1-y2Cry2)Nにおけるy2が0.1以上であると、交互積層構造部分の高温下における化学的安定性が向上し、切削加工中の被覆層の脆化を防ぐことができるため、被覆層全体の耐欠損性向上に貢献する。一方、y1が0.6以下であると、Alを含有することによる高温硬さ、耐熱性が向上するので、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下であると、被覆層の密着力が向上し、被覆層中の応力の歪みが引き金となって発生する異常損傷の発生リスクを低減できる。これらの効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と、その基材の表面に形成された被覆層とを備える。本実施形態の被覆切削工具は、基材が、立方晶窒化硼素含有焼結体からなるため、例えば、焼入れ鋼や耐熱合金の加工において、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具において、立方晶窒化硼素含有焼結体が、その全体100体積%に対して、立方晶窒化硼素を55体積%以上75体積%以下と、結合相を25体積%以上45体積%以下とを含むことが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、立方晶窒化硼素含有焼結体が、立方晶窒化硼素55体積%以上と、結合相45体積%以下とを含むと、耐欠損性が向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、立方晶窒化硼素含有焼結体が、立方晶窒化硼素75体積%以下と、結合相25体積%以上とを含むと、耐摩耗性が向上する傾向にある。同様の観点から、立方晶窒化硼素含有焼結体は、その全体100体積%に対して、立方晶窒化硼素を57体積%以上73体積%以下と、結合相を27体積%以上43体積%以下とを含むことがより好ましく、立方晶窒化硼素を60体積%以上70体積%以下と、結合相を30体積%以上40体積%以下とを含むことがさらに好ましい。
【0016】
なお、本実施形態において、立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真から市販の画像解析ソフトで解析して求めることができる。より具体的には、例えば、以下のとおり求めることができる。まず、立方晶窒化硼素焼含有結体の表面又は任意の断面を鏡面研磨し、SEMを用いて立方晶窒化硼素焼結体の研磨面の反射電子像を観察する。SEMを用いて5,000~20,000倍に拡大した立方晶窒化硼素焼含有結体の研磨面を反射電子像で観察する。SEMに付属しているエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて、研磨面の反射電子像における黒色領域は立方晶窒化硼素であり、黒色以外の領域は結合相であることを特定することができる。その後、SEMを用いて組織写真を撮影する。市販の画像解析ソフトを用い、得られた組織写真から立方晶窒化硼素及び結合相の占有面積をそれぞれ求め、その値を立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)とする。
【0017】
本実施形態の被覆切削工具において、立方晶窒化硼素が粒子であり、該粒子の平均粒径が、0.5μm以上2.0μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径が、0.5μm以上であると、熱伝導率が向上し、反応摩耗を抑制することができ、その結果、切れ刃の強度の低下を抑制することができるため、耐欠損性が一層向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具において、立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径が、2.0μm以下であると、結合相の厚さが均一になるため、立方晶窒化硼含有素焼結体の強度が向上する。同様の観点から、立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径は0.6μm以上1.8μm以下であるとより好ましく、0.8μm以上1.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0018】
なお、本実施形態において、立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径は、例えば、SEMで撮影した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真から市販の画像解析ソフトで解析して求めることができる。より具体的には、例えば、以下のとおり求めることができる。まず、立方晶窒化硼素含有焼結体の表面又は任意の断面を鏡面研磨し、SEMを用いて立方晶窒化硼素含有焼結体の研磨面の反射電子像を観察する。SEMを用いて5,000~20,000倍に拡大した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真を撮影する。撮影した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真を、市販の画像解析ソフトを用い、ASTM E 112-96に準拠して解析して得られた値を、断面組織内に存在する立方晶窒化硼素の粒子の粒径とする。3つの視野において、立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真を撮影し、断面組織内に存在する立方晶窒化硼素の粒子の粒径をそれぞれ求め、その平均値(相加平均)を立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径とする。
【0019】
本実施形態の被覆切削工具において、結合相は、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)、V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、Ta(タンタル)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Al(アルミニウム)及びCo(コバルト)からなる群より選択される少なくとも1種の金属元素を含むことが好ましい。あるいは、結合相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びCoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素と、C(炭素)、N(窒素)、O(酸素)及びB(硼素)からなる群より選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことが好ましい。具体的には、特に限定されないが、例えば、Al23、TiN、TiC、TiCN、TiB2、AlN、AlB2、WC、ZrO2、ZrO、ZrN、ZrB2、WB、W2B、CoWB、WCo216、Co33C、Co42Cが挙げられ、中でも、Al23、AlN、TiNが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、結合相がこのような化合物を含むと、耐摩耗性と耐欠損性とのバランスに一層優れる傾向にある。
また、本実施形態の被覆切削工具において、結合相が2種以上の化合物からなる場合、結合相中の各化合物の含有割合は特に限定されないが、例えば、結合相が、Al化合物及びTi化合物からなる場合、結合相中のAl化合物の含有割合は、3.0~15.0体積%であることが好ましく、4.0~14.0体積%であることがより好ましく、5.0~13.5体積%であることがさらに好ましく、また、結合相中のTi化合物の含有割合は、15.0~38.0体積%であることが好ましく、16.0~37.0体積%であることがより好ましく、17.5~36.0体積%であることがさらに好ましい。
【0020】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さは、0.2μm以上1.3μm以下である。本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが0.2μm以上1.3μm以下であると、十分な耐欠損性を確保することができる。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは0.25μm以上1.25μm以下であると好ましく、0.3μm以上1.2μm以下であるとより好ましい。
【0021】
〔最下層〕
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、基材側から被覆層の表面側に向かって、最下層と交互積層構造とをこの順で含む。
最下層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する。
(Al1-xCrx)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.20≦x≦0.50を満足する。]
【0022】
本実施形態の被覆切削工具は、最下層の上記式(1)で表される組成(Al1-xCrx)Nにおけるxが0.2以上であると、機械特性の低下や脆化が生じるのを抑制できるため、耐チッピング性が向上し、また、立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と被覆層との密着力向上に有利に働く。一方、実施形態の被覆切削工具は、最下層の上記式(1)で表される組成(Al1-xCrx)Nにおけるxが0.5以下であると、最下層において(220)面よりも(111)面が強く配向するため、立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と被覆層との密着力向上に有利に働く。同様の観点から、最下層の上記式(1)で表される組成(Al1-xCrx)Nにおけるxは、0.22以上0.45以下であると好ましく、0.25以上0.4以下であるとより好ましい。
【0023】
本実施形態の被覆切削工具は、最下層の平均厚さが0.01μm以上0.2μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、最下層の平均厚さが0.01μm以上0.2μm以下であると、被覆層の耐欠損性を損なわずに密着力を確保することができる。同様の観点から、最下層の平均厚さは0.03μm以上0.18μm以下であると好ましく、0.05μm以上0.15μm以下であるとより好ましい。
【0024】
〔第1化合物層〕
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、下記式(2)で表される組成を有する化合物を含有する第1化合物層を有する。
(Al1-y1Cry1)N・・・(2)
[式(2)中、y1はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y1≦0.60を満足する。]
【0025】
第1化合物層の上記式(2)で表される組成(Al1-y1Cry1)Nにおけるy1が0.1以上であると、交互積層構造部分の高温下における化学的安定性が向上し、切削加工中の被覆層の脆化を防ぐことができるため、被覆層全体の耐欠損性向上に貢献し、y1が0.6以下であると、Alを含有することによる高温硬さ、耐熱性が向上するので、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、第1化合物層の上記式(2)で表される組成(Al1-y1Cry1)Nにおけるy1は、0.2以上0.55以下であると好ましく、0.3以上0.5以下であるとより好ましい。
なお、本実施形態に用いる被覆層において、最下層の上記式(1)で表される組成(Al1-xCrx)Nにおけるxと、第1化合物層の上記式(2)で表される組成(Al1-y1Cry1)Nにおけるy1とは互いに異なる値をとり、最下層と第1化合物層とは区別できる。
【0026】
また、本実施形態において、各化合物層の組成を(Al0.80Cr0.20)Nと表記する場合は、Al元素とCr元素との合計に対するAl元素の原子比が0.80、Al元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比が0.20であることを意味する。すなわち、Al元素とCr元素との合計に対するAl元素の量が80原子%、Al元素とCr元素との合計に対するCr元素の量が20原子%であることを意味する。
【0027】
さらに、本実施形態の被覆切削工具は、第1化合物層の1層当たりの平均厚さが、1nm以上100nm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、第1化合物層の1層当たりの平均厚さが1nm以上100nm以下であると、交互積層構造全体の平均厚さが1.2μm以下であっても、耐欠損性と耐摩耗性との両方が向上する交互積層効果を得るために十分な積層数を設けることができる。同様の観点から、第1化合物層の1層当たりの平均厚さは、3nm以上70nm以下であるとより好ましく、5nm以上50nm以下であるとさらに好ましい。
【0028】
〔第2化合物層〕
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、下記式(3)で表される組成を有する化合物を含有する第1化合物層を有する。
(Al1-y2Cry2)N・・・(3)
[式(3)中、y2はAl元素とCr元素との合計に対するCr元素の原子比を表し、0.10≦y1≦0.60を満足する。]
【0029】
第2化合物層の上記式(3)で表される組成(Al1-y2Cry2)Nにおけるy2が0.1以上であると、交互積層構造部分の高温下における化学的安定性が向上し、切削加工中の被覆層の脆化を防ぐことができるため、被覆層全体の耐欠損性向上に貢献し、y1が0.6以下であると、Alを含有することによる高温硬さ、耐熱性が向上するので、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、第2化合物層の上記式(3)で表される組成(Al1-y2Cry2)Nにおけるy2は、0.2以上0.55以下であると好ましく、0.3以上0.5以下であるとより好ましい。
なお、交互積層構造において、第1化合物層と、第2化合物層とは、原子比y1とy2とが互いに異なる2種の化合物層である。
【0030】
さらに、本実施形態の被覆切削工具は、第2化合物層の1層当たりの平均厚さが、1nm以上100nm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、第2化合物層の1層当たりの平均厚さが1nm以上100nm以下であると、交互積層構造全体の平均厚さが1.2μm以下であっても、耐欠損性と耐摩耗性との両方が向上する交互積層効果を得るために十分な積層数を設けることができる。同様の観点から、第2化合物層の1層当たりの平均厚さは、3nm以上70nm以下であるとより好ましく、5nm以上50nm以下であるとさらに好ましい。
【0031】
〔交互積層構造〕
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、第1化合物層と第2化合物層とを交互に2回以上繰り返し積層した交互積層構造を有する。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、第1化合物層と第2化合物層とを交互に2回以上繰り返し積層したAlCrN同士の交互積層構造を有することにより、AlCrNの単層構造よりも優れた耐欠損性(耐チッピング性)を発現する。このような効果を発現するメカニズムは明らかではないが、本発明者は以下のとおり推定している。一般的に、被覆層が厚いほど加工中の衝撃で被覆層が大きく破壊されて、その規模が基材にまで及ぶことで、刃先のチッピングや欠損が発生する。したがって、その破壊の起点となる被覆層の厚さそのものを薄くすることで、被覆層が破壊されるリスクを下げることができる。つまり、被覆層が薄いほど被覆工具の耐チッピング性が向上する。しかし、被覆層を薄くすると、耐摩耗性が低下する。そこで、本実施形態に用いる被覆層においては、十分な耐摩耗性を得られる厚さを確保しつつ、耐チッピング性を損なわないために、AlCrNの交互積層構造を採用している。AlCrNからなることで、交互積層構造全体に亘って柱状組織が得られやすい。柱状組織は粒状組織よりも耐摩耗性に優れ、例えば、被覆層全体の平均厚さが1.3μm以下であっても、被覆層による摩耗抑制効果を十分に得ることができる。また、本実施形態ではAlCrN同士の交互積層構造とすることで、層-層界面における結晶格子の不整合による歪みを抑制し、被覆層の圧縮残留応力を低減でき、その結果、AlCrNの単層構造よりも優れた耐欠損性(耐チッピング性)を発現すると考えられる。さらに、本実施形態に用いる被覆層においては、最下層と交互積層構造とを同じ組成系からなるAlCrNに統一することによって、基材-被覆層間の密着力だけでなく、層-層間の密着力も強固となり、加工中に層間剥離が発生することを抑制できると考えられる。そのため、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、最下層と交互積層構造とを同じ組成系からなるAlCrNに統一することによって、焼結金属の強断続加工で高温に曝されるような環境でも安定した加工性能を発揮できると考えられる。
【0032】
本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造において、第1化合物層と第2化合物層との繰り返し数が、2回以上であり、2回以上100回以下が好ましく、5回以上95回以下がより好ましい。
なお、本実施形態において、第1化合物層と、第2化合物層とを1層ずつ形成した場合、「繰り返し数」は1回である。
【0033】
また、本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造全体の平均厚さが0.1μm以上1.2μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造全体の平均厚さが0.1μm以上であると、耐摩耗性が向上し、1.2μm以下であると、耐欠損性が向上し、焼結金属の強断続加工強度に耐えることができる。同様の観点から、交互積層構造全体の平均厚さは、0.15μm以上1.15μm以下であると好ましく、0.19μm以上1.12μm以下であるとより好ましい。
【0034】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。被覆切削工具8は、基材1と、その基材1の表面上に形成された被覆層7とを備える。被覆層7は、最下層2と、第1化合物層3と第2化合物層4とが交互に2回以上繰り返し形成した交互積層構造6と、上部層5とを備える。
【0035】
〔圧縮残留応力〕
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下である。なお、本実施形態において、ここでの立方晶(111)面における圧縮残留応力は、後述の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11及びσ22を測定した場合、σ11及びσ22のいずれか大きい方の値とする。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下であると、被覆層の密着力が向上し、被覆層中の応力の歪みが引き金となって発生する異常損傷の発生リスクを低減できる。同様の観点から、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力は、0.0GPa以上3.0GPa以下であることが好ましく、0.1GPa以上3.0GPa以下であることがより好ましい。
【0036】
また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(220)面における圧縮残留応力が2.0GPa以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力が2.0GPa以下であると、立方晶(111)面の場合と同様に、被膜の剥離リスクが低下して、被覆層の密着力が向上する傾向にある。また、被膜硬度が極端に高くならないため、焼結金属の強断続加工に適した耐欠損性と耐摩耗性とのバランスを制御しやすい。同様の観点から、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力は、0.0GPa以上2.0GPa以下であることがより好ましく、0.1GPa以上2.0GPa以下であることがさらに好ましい。
【0037】
また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力が、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力よりも高い方が好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力が、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力よりも高いと、耐摩耗性よりも耐欠損性が大きく向上するため、焼結金属の強断続加工に使用する上で好適な被膜特性が得られる傾向にある。このメカニズムは明らかではないが、被覆層が立方晶(111)面に強く配向していることが影響していると推定している。
【0038】
また、本実施形態の被覆切削工具は、すくい面と、逃げ面と、すくい面と逃げ面との間に交差稜線部とを有し、被覆層が、立方晶の結晶を含み、交差稜線部と平行な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11と、交差稜線部と垂直な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ22との差の絶対値|σ11-σ22|が0.5GPa未満であることが好ましい。
【0039】
図2は、本実施形態の被覆切削工具の具体的な一例を示す斜視図である。図2において、被覆切削工具8は、すくい面9と、逃げ面10と、すくい面9と逃げ面10との間に交差稜線部11とを有する。ここで、圧縮残留応力σ11は、交差稜線部と平行な方向s11の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力であり、圧縮残留応力σ22は、交差稜線部と垂直な方向s22の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力である。
【0040】
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力が3.0GPa以下であり、かつ、交差稜線部と平行な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11と、交差稜線部と垂直な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ22との差の絶対値|σ11-σ22|が0.5GPa未満であると、被覆層の面内歪みの異方性が小さくなり、被覆層の密着力と耐欠損性とを同時に向上させることができる傾向にある。また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力が2.0GPa以下であり、かつ、|σ11-σ22|が0.5GPa未満であると、安定した耐摩耗性が期待できる。同様の観点から、|σ11-σ22|は、0GPa以上0.48GPa以下であることがより好ましく、0GPa以上0.45GPa以下であることがさらに好ましい。
【0041】
また、本実施形態の被覆切削工具は、σ11が、0.0GPa以上3.0GPa以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、σ11が、0.0GPa以上3.0GPa以下であると、被覆層の密着力が向上し、被覆層中の応力の歪みが引き金となって発生する異常損傷の発生リスクを一層低減できる傾向にある。同様の観点から、σ11は、0.05GPa以上2.80GPa以下であることがより好ましく、0.10GPa以上2.55GPa以下であることがさらに好ましい。
【0042】
また、本実施形態の被覆切削工具は、σ22が、0.0GPa以上3.0GPa以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、σ22が、0.0GPa以上3.0GPa以下であると、被覆層の密着力が向上し、被覆層中の応力の歪みが引き金となって発生する異常損傷の発生リスクを一層低減できる傾向にある。同様の観点から、σ22は、0.05GPa以上3.0GPa以下であることがより好ましく、0.10GPa以上3.0GPa以下であることがさらに好ましい。
【0043】
本実施形態において、被覆層の立方晶(111)面及び立方晶(220)面の圧縮残留応力は2D法(多軸応力測定法/フルデバイリングフィッティング法)を用いて測定する。X線回折測定の条件としては、X線の線源としてCuKα線を用い、出力=50kV、1.0mAの条件とする。当該条件で照射して、交差稜線部と平行な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11と、交差稜線部と垂直な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ22と、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力とを測定する。このとき、圧縮残留応力値は、交差稜線部から0.4mm離れた位置の逃げ面の被覆層を測定することが好ましい。被覆層の各面について任意の3点における圧縮残留応力を2D法により測定し、これら3点の圧縮残留応力の相加平均値を求めることが好ましい。具体的には、被覆層の立方晶(111)面及び立方晶(220)面の圧縮残留応力は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0044】
なお、本実施形態において、圧縮残留応力の測定対象は、被覆層全体であるが、被覆層が後述の上部層を有する場合、該上部層は圧縮残留応力の測定対象から除外する。上部層を圧縮残留応力の測定対象から除外する方法は、特に限定されないが、例えば、バフ研磨により上部層を除去する方法が挙げられる。
【0045】
〔X線回折強度〕
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、立方晶の結晶を含み、該立方晶(111)面及び該立方晶(220)面のX線回折強度をそれぞれ順にI(111)及びI(220)とした場合に、I(111)/I(220)の値が2.5以上であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層のI(111)/I(220)の値が2.5以上であると、焼結金属の強断続加工に求められる立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材と被覆層との密着力、及び、被覆層の耐欠損性の両方を十分に確保することができる傾向にある。同様の観点から、被覆層のI(111)/I(220)の値は、2.5以上10.0以下であることがより好ましく、2.6以上7.6以下であることがさらに好ましい。
【0046】
被覆層の立方晶(111)面及び立方晶(220)面のX線回折強度は、市販のX線回折装置を用いることにより、測定することができる。例えば、2次元検出器VÅNTEC-500と集束平行ビームMontelミラーとを備えたIμS X線源(Cu-Kα線、50kV、1.0mA)を装備したBruker社製のD8 DISCOVERを用いて、コリメータ径:0.3mm、スキャンスピード:10分/ステップ(ステップ幅:25°)、2θ測定範囲:20~120°という条件にてX線回折測定を行うと、各結晶面のX線回折強度を測定することができる。測定箇所は、逃げ面の被覆層の刃先稜線部から0.4mmの位置とする。X線回折図形から各結晶面のX線回折強度を求めるときに、X線回折装置に付属した解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアでは、測定で得られたデバイ・シェラー環をχ=±10°の範囲で一次元化した後、三次式近似を用いてバックグラウンド処理及びKα2ピーク除去を行い、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行うことによって、各結晶面のX線回折強度を求めることができる。
【0047】
〔上部層〕
本実施形態に用いる被覆層は、交互積層構造の基材とは反対側(例えば、基材から最も離れた第2化合物層の上層)に上部層を有してもよい。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含有することが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、このような化合物を含む上部層を有していると、使用コーナを識別することが容易となる傾向にある。また、同様の観点から、上部層は、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むとより好ましく、Ti、Nb、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C及びNからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むとさらに好ましく、Ti、Nb、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むとよりさらに好ましい。上部層に含まれる具体的な化合物としては、特に限定されないが、例えば、TiN、AlN、TiAlN、TiCN、TiNbN、TiWN,TiAlCrSiNなどが挙げられる。また、上部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0048】
本実施形態の被覆切削工具において、上部層の平均厚さが0.02μm以上0.3μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、上部層の平均厚さが0.02μm以上0.3μm以下であると、耐摩耗性により優れる傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さは、0.03μm以上0.25μm以下であるとより好ましく、0.05μm以上0.2μm以下であるとさらに好ましい。
【0049】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さに占める上部層の平均厚さの割合は、25%以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さに占める上部層の平均厚さの割合は、25%以下であると、交互積層構造の効果が損なわれない傾向にある。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さに占める上部層の平均厚さの割合は、5~25%であるとより好ましく、7~24%であるとさらに好ましい。
【0050】
〔被覆切削工具の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具の製造方法について、具体例を用いて説明する。なお、本実施形態の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に制限されるものではない。
【0051】
本実施形態の被覆切削工具において、立方晶窒化硼素含有焼結体からなる基材は、特に限定されないが、例えば、以下の(A)~(H)の工程を含む方法によって製造することができる。
【0052】
工程(A):立方晶窒化硼素55体積%以上75体積%と、結合相の粉末25体積%以上45体積%以下とを混合する(ただし、これらの合計は、100体積%である)。結合相の粉末は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びCoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素を含むことが好ましい。あるいは、結合相の粉末は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al及びCoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素と、炭素、窒素、酸素及び硼素からなる群より選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことが好ましい。具体的には、特に限定されないが、例えば、Al23、TiN、TiC、TiCN、TiB2、AlN、AlB2、WC、ZrO2、ZrO、ZrN、ZrB2、WB、W2B、CoWB、WCo216、Co33C、Co42Cが挙げられ、中でも、Al23、AlN、及びTiNが好ましい。
【0053】
工程(B):工程(A)で得られた原料粉を、超硬合金製ボールにて5~24時間の湿式ボールミルにより混合する。
【0054】
工程(C):工程(B)で得られた混合物を、所定の形状に成形して成形体を得る。
【0055】
工程(D):工程(C)で得られた成形体を、超高圧発生装置の内部で、4.0~7.0GPaの圧力にて、1300~1500℃の範囲の焼結温度で、所定の時間保持して焼結する。
【0056】
工程(E):工程(D)で得られた焼結体を、放電加工機により、工具形状に合わせて切り出す。
【0057】
工程(F):超硬合金からなる基体を用意する。
【0058】
工程(G):工程(E)で切り出した焼結体を、工程(F)で用意した基体にろう付け等によって接合する。
【0059】
工程(H):工程(G)によって得られた工具に、ホーニング加工を施す。
【0060】
本実施形態に用いる立方晶窒化硼素含有焼結体中の立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径を所望の値にするには、例えば、上述の基材を作製する過程(例えば、工程(B))において、原料の立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径を適宜調整するとよい。
【0061】
〔被覆層の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。物理蒸着法を使用して、被覆層を形成すると、シャープエッジを形成することができるので好ましい。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層と基材との密着性に一層優れるので、より好ましい。
【0062】
まず、工具形状に加工した基材を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、金属蒸発源を反応容器内に設置する。その後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きし、反応容器内のヒーターにより基材をその温度が200℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-500V~-350Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40A~50Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。
【0063】
本実施形態に用いる最下層を形成する場合、基材をその温度が450℃~550℃になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を2.0Pa~3.0Paにする。その後、基材に-60V~-20Vのバイアス電圧を印加し、最下層の金属成分(Al、Cr)に応じた金属蒸発源を140A~160Aとするアーク放電により蒸発させて、最下層を形成するとよい。
【0064】
本実施形態に用いる第1化合物層を形成する場合、基材をその温度が450℃~550℃になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を2.5Pa~3.5Paにする。その後、基材に-60V~-20Vのバイアス電圧を印加し、第1化合物層の金属成分(Al、Cr)に応じた金属蒸発源を100A~150Aとするアーク放電により蒸発させて、第1化合物層を形成するとよい。
【0065】
本実施形態に用いる第2化合物層を形成する場合、基材をその温度が450℃~550℃になるように制御する。なお、その基材の温度を、第1化合物層を形成する際の基材の温度と同じにすると、第1化合物層と第2化合物層とを連続して形成することができるので好ましい。温度を制御した後、反応容器内にN2ガスを導入して、反応容器内の圧力を2.5Pa~3.5Paとする。次いで、基材に-60V~-20Vのバイアス電圧を印加し、アーク電流100A~150Aのアーク放電により第2化合物層の金属成分(Al、Cr)に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第2化合物層を形成するとよい。
【0066】
第1化合物層と第2化合物層との交互積層構造を形成するには、2種類以上の金属蒸発源を上述した条件にて、交互にアーク放電により蒸発させることによって、各化合物層を交互に形成するとよい。金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、交互積層構造を構成する各化合物層の厚さを制御することができる。
【0067】
本実施形態に用いる被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力を所定の値にするには、上述の被覆層を形成する過程において、基材の温度を調整したり、バイアス電圧を調整するとよい。より具体的には、被覆層を形成する過程において、基材の温度を低くしたり、負のバイアス電圧を大きく(ゼロから遠い側)すると、被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力が大きくなる傾向がある。
【0068】
本実施形態に用いる被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力を所定の値にするには、上述の被覆層を形成する過程において、基材の温度を調整したり、バイアス電圧を調整するとよい。より具体的には、被覆層を形成する過程において、基材の温度を低くしたり、負のバイアス電圧を大きく(ゼロから遠い側)すると、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力が大きくなる傾向がある。
【0069】
本実施形態に用いる被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11及びσ22を所定の値にするには、上述の被覆層を形成する過程において、バイアス電圧を調整したり、被覆層の厚さを調整するとよい。より具体的には、被覆層を形成する過程において、負のバイアス電圧を大きく(ゼロから遠い側)したり、被覆層の厚さを厚くすると、圧縮残留応力σ11及びσ22が大きくなる傾向がある。特に、被覆層を形成する過程において、負のバイアス電圧を大きく(ゼロから遠い側)すると、圧縮残留応力σ11及びσ22が顕著に大きくなる傾向がある。
【0070】
本実施形態に用いる被覆層のI(111)/I(220)を所定の値にするには、上述の被覆層を形成する過程において、基材の温度を調整したり、基材の圧力を調整するとよい。より具体的には、被覆層を形成する過程において、基材の温度を低くしたり、基材の圧力を低くすると、被覆層のI(111)/I(220)が大きくなる傾向がある。
【0071】
本実施形態に用いる上部層を形成する場合、まず、基材をその温度が400℃~450℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を3.0Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-60V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~150Aのアーク放電により各層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成するとよい。
【0072】
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織から、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における3箇所以上の断面から各層の厚さを測定して、その平均値(相加平均値)を計算することで求めることができる。
【0073】
また、本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0074】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐摩耗性及び耐欠損性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用又は旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、及びエンドミルなどを挙げることができる。
【実施例0075】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0076】
(実施例1)
基材として、表1に示す組成の原料を用いて下記(1)~(8)の工程を方法により、H30相当の立方晶窒化硼素含有焼結体(ISO規格:CNGA120408インサート)を作製した。
【0077】
工程(1):表1に示す割合で、立方晶窒化硼素と、結合相の粉末とを混合した(ただし、これらの合計は、100体積%とした)。
工程(2):工程(1)で得られた原料粉を、超硬合金製ボールにて12時間の湿式ボールミルにより混合した。
工程(3):工程(2)で得られた混合物を、所定の形状に成形して成形体を得た。
工程(4):工程(3)で得られた成形体を、超高圧発生装置の内部で、6.0GPaの圧力にて、1300℃の焼結温度で、1時間保持して焼結した。
工程(5):工程(4)で得られた焼結体を、放電加工機により、上記工具形状に合わせて切り出した。
工程(6):超硬合金からなる基体を用意した。
工程(7):工程(5)で切り出した焼結体を、工程(6)で用意した基体にろう付けによって接合した。
工程(8):工程(7)によって得られた工具に、ホーニング加工を施した。
【0078】
アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表2に示す各層の組成になるよう金属蒸発源を配置した。上記作製した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0079】
その後、反応容器を密閉し、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0080】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0081】
発明品1~14及び比較品1~6及び8~12について、真空引き後、基材をその温度が表3に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内を表3に示す圧力に調整した。その後、基材に表3に示すバイアス電圧を印加して、表2に示す組成の最下層の金属蒸発源を、表3に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、基材の表面に最下層を形成した。このとき表3に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、最下層の厚さは、表2に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。なお、比較品7については、最下層を形成しなかった。
【0082】
次に、発明品1~14及び比較品1~5及び7~12について、表3に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内を表3に示す圧力に調整した。その後、表3に示すバイアス電圧を印加して、表2に示す組成の第1化合物層と第2化合物層との金属蒸発源をこの順で交互に、表3に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させることにより、比較品7については基材の表面に、発明品1~14及び比較品1~5及び8~12については最下層の表面に、第1化合物層と第2化合物層とをこの順で交互に積層し、交互積層構造を形成した。このとき表3に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、第1化合物層の厚さ及び第2化合物層の厚さは、表2に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。なお、比較品6については、交互積層構造を形成せずに、表3に示す条件で、基材の表面に、表2に示す組成の第1化合物層の単層を形成した。
【0083】
基材の表面に表2に示す所定の平均厚さまで各層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0084】
【表1】
【0085】
【表2】
【0086】
【表3】
【0087】
上記作製した基材において、立方晶窒化硼素含有焼結体に含まれる結合相の組成を、X線回折装置によって同定した。結果を表1に示す。立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)は、以下のとおり走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真から画像解析ソフトで解析して求めた。まず、立方晶窒化硼素焼含有結体の表面又は任意の断面を鏡面研磨し、SEMを用いて立方晶窒化硼素焼結体の研磨面の反射電子像を観察した。SEMを用いて10,000倍に拡大した立方晶窒化硼素焼含有結体の研磨面を反射電子像で観察した。SEMに付属しているエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて、研磨面の反射電子像における黒色領域は立方晶窒化硼素であり、黒色以外の領域は結合相であることを特定した。その後、SEMを用いて組織写真を撮影した。画像解析ソフトを用い、得られた組織写真から立方晶窒化硼素及び結合相の占有面積をそれぞれ求め、その値を立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)とした。結果を表1に示す。
【0088】
立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径は、以下のとおりSEMで撮影した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真から画像解析ソフトで解析して求めた。まず、立方晶窒化硼素含有焼結体の表面又は任意の断面を鏡面研磨し、SEMを用いて立方晶窒化硼素含有焼結体の研磨面の反射電子像を観察した。SEMを用いて10,000倍に拡大した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真を撮影した。撮影した立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真を、市販の画像解析ソフトを用い、ASTM E 112-96に準拠して解析して得られた値を、断面組織内に存在する立方晶窒化硼素の粒子の粒径とした。3つの視野において、立方晶窒化硼素含有焼結体の組織写真を撮影し、断面組織内に存在する立方晶窒化硼素の粒子の粒径をそれぞれ求め、その平均値(相加平均)を立方晶窒化硼素の粒子の平均粒径とした。結果を表1に示す。
【0089】
得られた試料の各層の平均厚さは、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEM観察し、各層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。第1化合物層の1層当たりの平均厚さは、各々の第1化合物層の厚さを合計した総厚さを第1化合物層の数(繰り返し数)で除した値として算出した。第2化合物層の1層当たりの平均厚さも同様に、各々の第2化合物層の厚さを合計した総厚さを第2化合物層の数(繰り返し数)で除した値として算出した。それらの結果を表2に示す。
【0090】
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて測定した。それらの結果も表2に示す。なお、表2の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。
【0091】
〔圧縮残留応力〕
得られた試料について、2D法(多軸応力測定法/フルデバイリングフィッティング法)を用いて、被覆層の立方晶(111)面及び立方晶(220)面の圧縮残留応力を測定した。X線回折測定の条件としては、X線の線源としてCuKα線を用い、出力:50kV、1.0mAの条件とした。当該条件で照射して、交差稜線部と平行な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11と、交差稜線部と垂直な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ22と、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力とを測定した。このとき、圧縮残留応力値は、交差稜線部から0.4mm離れた位置の逃げ面の被覆層を測定した。被覆層の各面について任意の3点における圧縮残留応力値を2D法により測定し、これら3点の圧縮残留応力の相加平均値を求めた。また、得られた測定結果から、σ11とσ22との差の絶対値|σ11-σ22|を求めた。それらの測定結果を表4に示す。なお、本実施例において、被覆層全体の立方晶(111)面における圧縮残留応力は、σ11及びσ22のいずれか大きい方の値とした。
【0092】
〔I(111)/I(220)〕
得られた試料について、被覆層の立方晶(111)面及び立方晶(220)面のX線回折強度を、2次元検出器VÅNTEC-500と集束平行ビームMontelミラーとを備えたIμS X線源(Cu-Kα線、50kV、1.0mA)を装備したBruker社製のD8 DISCOVERを用いて測定した。具体的には、コリメータ径:0.3mm、スキャンスピード:10分/ステップ(ステップ幅:25°)、2θ測定範囲:20~120°という条件にてX線回折測定を行って、各結晶面のX線回折強度を測定した。測定箇所は、逃げ面の被覆層の刃先稜線部から0.4mmの位置とした。X線回折図形から各結晶面のX線回折強度を求めるときに、X線回折装置に付属した解析ソフトウェアを用いた。解析ソフトウェアでは、測定で得られたデバイ・シェラー環をχ=±10°の範囲で一次元化した後、三次式近似を用いてバックグラウンド処理及びKα2ピーク除去を行い、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行うことによって、各結晶面のX線回折強度を求めた。被覆層の立方晶(111)面及び立方晶(220)面のX線回折強度をそれぞれ順にI(111)及びI(220)とした場合に、I(111)/I(220)の値を求めた。結果を表4に示す。
【0093】
【表4】
【0094】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0095】
[切削試験]
被削材:SCM415H(60HRc)
被削材形状:φ110mm×20mmの円板(端面にφ6mmの穴が20個)
切削速度:100m/分
切込み深さ:0.20mm
送り:0.10mm/rev
クーラント:水溶性
評価項目:試料が欠損(試料の切れ刃部に欠けが生じる)したとき、又は逃げ面摩耗幅が0.15mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工時間を測定した。加工時間が長いことは、耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることを意味する。得られた評価の結果を表5に示す。
【0096】
【表5】
【0097】
表5に示す結果より、発明品の加工時間は28分以上であり、全ての比較品の加工時間よりも長かった。
【0098】
以上の結果より、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させたことにより、発明品の工具寿命が長くなっていることが分かった。
【0099】
(実施例2)
基材として、表6に示す組成の原料を用いて下記(1)~(8)の工程を方法により、H30相当の立方晶窒化硼素含有焼結体(ISO規格:CNGA120408インサート)を作製した。
【0100】
工程(1):表6に示す割合で、立方晶窒化硼素と、結合相の粉末とを混合した(ただし、これらの合計は、100体積%とした)。
工程(2):工程(1)で得られた原料粉を、超硬合金製ボールにて12時間の湿式ボールミルにより混合した。
工程(3):工程(2)で得られた混合物を、所定の形状に成形して成形体を得た。
工程(4):工程(3)で得られた成形体を、超高圧発生装置の内部で、6.0GPaの圧力にて、1300℃の焼結温度で、1時間保持して焼結した。
工程(5):工程(4)で得られた焼結体を、放電加工機により、上記工具形状に合わせて切り出した。
工程(6):超硬合金からなる基体を用意した。
工程(7):工程(5)で切り出した焼結体を、工程(6)で用意した基体にろう付けによって接合した。
工程(8):工程(7)によって得られた工具に、ホーニング加工を施した。
【0101】
アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表7に示す各層の組成になるよう金属蒸発源を配置した。上記作製した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0102】
その後、反応容器を密閉し、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0103】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0104】
発明品15~17については発明品1と同様に、発明品18~20については発明品6と同様に、発明品21~23については発明品13と同様に、基材の表面に最下層を形成し、最下層の表面に、第1化合物層と第2化合物層とをこの順で交互に積層し、交互積層構造を形成した。
【0105】
次に、発明品15~23について、表8に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、窒素ガス(N2)、又は、窒素ガス(N2)とアセチレン(C22)ガスとの混合ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を表8に示す圧力に調整した。その後、表8に示すバイアス電圧を印加して、表8に示す組成の上部層の金属蒸発源を、表8に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、交互積層構造の表面に上部層を形成した。このとき表8に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、上部層の厚さは、表8に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0106】
基材の表面に表8に示す所定の平均厚さまで各層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0107】
【表6】
【0108】
【表7】
【0109】
【表8】
【0110】
上記作製した基材において、立方晶窒化硼素含有焼結体に含まれる結合相の組成を、X線回折装置によって同定した。結果を表6に示す。立方晶窒化硼素及び結合相の含有量(体積%)並びに立方晶窒化硼素の平均粒径は、実施例1と同様にして求めた。それらの結果を表6に示す。
【0111】
得られた試料の各層の平均厚さは、実施例1と同様にして算出した。それらの結果を表7に示す。また、得られた試料の各層の組成は、実施例1と同様にして測定した。それらの結果も表7に示す。なお、表7の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。
【0112】
〔圧縮残留応力〕
得られた試料について、実施例1と同様にして、交差稜線部と平行な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ11と、交差稜線部と垂直な方向の被覆層の立方晶(111)面における圧縮残留応力σ22と、被覆層の立方晶(220)面における圧縮残留応力とを測定した。また、得られた測定結果から、σ11とσ22との差の絶対値|σ11-σ22|を求めた。それらの測定結果を表9に示す。
【0113】
〔I(111)/I(220)〕
得られた試料について、実施例1と同様にして、被覆層の立方晶(111)面及び立方晶(220)面のX線回折強度を測定し、I(111)/I(220)の値を求めた。結果を表9に示す。
【0114】
【表9】
【0115】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0116】
[切削試験]
被削材:SCM415H(60HRc)
被削材形状:φ110mm×20mmの円板(端面にφ6mmの穴が20個)
切削速度:100m/分
切込み深さ:0.20mm
送り:0.10mm/rev
クーラント:水溶性
評価項目:試料が欠損(試料の切れ刃部に欠けが生じる)したとき、又は逃げ面摩耗幅が0.15mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工時間を測定した。加工時間が長いことは、耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることを意味する。得られた評価の結果を表10に示す。
【0117】
【表10】
【0118】
表10に示す結果より、発明品の加工時間は32分以上であり、全ての比較品の加工時間よりも長かった。
【0119】
以上の結果より、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させたことにより、発明品の工具寿命が長くなっていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0121】
1…基材、2…最下層、3…第1化合物層、4…第2化合物層、5…上部層、6…交互積層構造、7…被覆層、8…被覆切削工具、9…すくい面、10…逃げ面、11…交差稜線部、s11…交差稜線部と平行な方向、s22…交差稜線部と垂直な方向。
図1
図2