(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022144060
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】同期機制御装置および同期機制御方法、並びに電気車
(51)【国際特許分類】
H02P 21/10 20160101AFI20220926BHJP
H02P 21/05 20060101ALI20220926BHJP
【FI】
H02P21/10
H02P21/05
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021044902
(22)【出願日】2021-03-18
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】谷口 峻
(72)【発明者】
【氏名】中尾 矩也
(72)【発明者】
【氏名】戸張 和明
(72)【発明者】
【氏名】安島 俊幸
(72)【発明者】
【氏名】松尾 健太郎
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505AA19
5H505BB04
5H505CC04
5H505DD06
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG10
5H505HA09
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ06
5H505JJ22
5H505JJ23
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ26
5H505KK05
5H505LL22
5H505LL41
5H505LL58
(57)【要約】
【課題】
同期機の安定化制御を適正に実行できる同期機制御装置を提供する。
【解決手段】
同期機制御装置は、同期機(1)が接続される電力変換器(2)を制御するものであって、同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算する第一磁束指令演算部(21)と、同期機の電流検出値から同期機の磁束値を推定する磁束推定部(23)と、第一磁束指令値と磁束値が一致するように電力変換器の電圧指令値を作成する電圧演算部(19)と、磁束値の振動成分に基づいて、振動成分が減衰するように、電圧指令値の補正量を作成する減衰比制御部(27)と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同期機が接続される電力変換器を制御する同期機制御装置において、
前記同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算する第一磁束指令演算部と、
前記同期機の電流検出値から前記同期機の磁束値を推定する磁束推定部と、
前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように前記電力変換器の電圧指令値を作成する電圧演算部と、
前記磁束値の振動成分に基づいて、前記振動成分が減衰するように、前記電圧指令値の補正量を作成する減衰比制御部と、
を備えることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
さらに、前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように第二磁束指令値を演算する第二磁束指令演算部を備え、
前記電圧演算部は、前記第二磁束指令値と、前記同期機の速度とに基づいて、前記電圧指令値を作成することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記補正量によって、前記電圧指令値の電圧値が補正されることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記減衰比制御部は、前記磁束値と前記第一磁束指令値との差分値から前記振動成分を抽出することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項5】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記減衰比制御部は、前記磁束値から前記振動成分を抽出することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記減衰比制御部は、前記振動成分をハイパスフィルタによって抽出することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項7】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記磁束値がd軸磁束値であり、前記電圧指令値がd軸電圧指令値であることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項8】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記磁束値がq軸磁束値であり、前記電圧指令値がq軸電圧指令値であることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項9】
請求項1に記載の同期機制御装置において、
前記補正量によって、前記電圧指令値の位相が補正されることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項10】
請求項9に記載の同期機制御装置において、
前記減衰比制御部は、前記振動成分の前記磁束値の振幅方向の成分に基づいて、前記電圧指令値の前記位相を補正する前記補正量を作成することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項11】
請求項9に記載の同期機制御装置において、
前記電圧指令値の前記位相が、前記補正量に応じて回転されることにより、前記位相が補正されることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項12】
請求項9に記載の同期機制御装置において、
前記電圧指令値の制御座標軸が前記補正量に応じて回転されることにより、前記位相が補正されることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項13】
同期機が接続される電力変換器を制御する同期機制御方法において、
前記同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算し、
前記同期機の電流検出値から前記同期機の磁束値を推定し、
前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように前記電力変換器の電圧指令値を作成し、
前記磁束値の振動成分に基づいて、前記振動成分が減衰するように、前記電圧指令値の補正量を作成することを特徴とする同期機制御方法。
【請求項14】
同期機によって駆動される電気車において、
前記同期機に接続され、前記同期機に電力を供給する電力変換器と、
前記電力変換器を制御する同期機制御装置と、
を備え、
前記同期機制御装置は、
前記同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算する第一磁束指令演算部と、
前記同期機の電流検出値から前記同期機の磁束値を推定する磁束推定部と、
前記第一磁束指令値と前記磁束値が一致するように前記電力変換器の電圧指令値を作成する電圧演算部と、
前記磁束値の振動成分に基づいて、前記振動成分が減衰するように、前記電圧指令値の補正量を作成する減衰比制御部と、
を備えることを特徴とする電気車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同期モータなどの同期機を駆動するための同期機制御装置および同期機制御方法、並びにそれを用いる電気車に関する。
【背景技術】
【0002】
同期モータを小型化するために、モータの高速回転化や高磁束密度化が進んでいる。特に、電気自動車などの電気車においては、モータの重量が消費電力量に影響を与えるため、その傾向は顕著である。
【0003】
高速回転化に対応するために、モータを安定に駆動するための安定化制御が要求される。
【0004】
安定化制御に関する従来技術として、特許文献1および特許文献2に記載された技術が知られている。
【0005】
特許文献1に記載された技術では、電流検出値の振動成分に基づいて、逆方向に電圧を制御することで、モータの共振周波数に対する電流制御のゲインを低下させる。
【0006】
特許文献2に記載された技術では、電流検出値の振動成分に基づいて、回転位相角を制御することで、モータの共振周波数に対するゲイン特性を制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5948266号公報
【特許文献2】特許第4797074号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の技術では、電流に応じて電圧を制御するため、制御演算において、電流値にインダクタンスが乗算される。ここで考慮されるインダクタンスは動的インダクタンスに相当するが、動的インダクタンスは、磁気飽和によって変化する。また、動的インダクタンスは、制御パラメータの適合が難しい。このため、精度よく安定化制御を行うことが難しい。
【0009】
また、特許文献2に記載の技術では、電流と回転位相角との関係が一意的ではないため、トルクや速度によっては、安定化制御が適正に働かない場合がある。
【0010】
したがって、これらの従来技術は、自動車用途のように、モータの一次抵抗が小さく、トルクおよび速度の変動範囲が広い場合、安定化制御が適正に動作しない恐れがある。
【0011】
そこで、本発明は、同期機の安定化制御を適正に実行できる同期機制御装置および同期機制御方法、並びにこの同期機制御装置によって制御される同期機を搭載する電気車を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明による同期機制御装置は、同期機が接続される電力変換器を制御するものであって、同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算する第一磁束指令演算部と、同期機の電流検出値から同期機の磁束値を推定する磁束推定部と、第一磁束指令値と磁束値が一致するように電力変換器の電圧指令値を作成する電圧演算部と、磁束値の振動成分に基づいて、振動成分が減衰するように、電圧指令値の補正量を作成する減衰比制御部と、を備える。
【0013】
また、上記課題を解決するために、本発明による同期機制御方法は、同期機が接続される電力変換器を制御する方法であって、同期機の電流指令値から第一磁束指令値を演算し、同期機の電流検出値から同期機の磁束値を推定し、第一磁束指令値と磁束値が一致するように電力変換器の電圧指令値を作成し、磁束値の振動成分に基づいて、振動成分が減衰するように、電圧指令値の補正量を作成する。
【0014】
また、上記課題を解決するために、本発明による電気車は、同期機によって駆動されるものであって、同期機に接続され、同期機に電力を供給する電力変換器と、電力変換器を制御する同期機制御装置と、を備え、同期機制御装置が上記本発明による同期機制御装置である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、トルクや速度に依らず、減衰比を適切に制御できる電流制御系を実現できる。
【0016】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】実施例1である同期機制御装置の構成を示す機能ブロック図である。
【
図2】第二dq軸磁束指令演算部25(
図1)におけるPI制御器の構成を示す機能ブロック図である。
【
図3】減衰比制御部27(
図1)の構成を示す機能ブロック図である。
【
図4】式(1)に基づく電圧ベクトル演算部19の構成を示す機能ブロック図である。
【
図5】実施例1の制御系のモデル化された構成を示すブロック図である。
【
図6】実施例1の制御系のゲイン特性の一例を示すボード線図である。
【
図7】実施例1の制御系のゲイン特性の一例を示すボード線図である。
【
図8】比較例の制御系のゲイン特性の一例を示すボード線図である。
【
図9】変形例である同期機制御装置における減衰比制御部の構成を示すブロック図である。
【
図10】実施例2である同期機制御装置の構成を示す機能ブロック図である。
【
図11】減衰比制御部27A(
図10)の構成を示す機能ブロック図である。
【
図12】電圧ベクトル演算部19A(
図10)の構成を示す機能ブロック図である。
【
図13】実施例2の変形例である同期機制御装置における減衰比制御部の構成を示すブロック図である。
【
図14】実施例3である同期機制御装置の構成を示す機能ブロック図である。
【
図15】減衰比制御部27B(
図14)の構成を示す機能ブロック図である。
【
図16】電圧ベクトル演算部19B(
図14)の構成を示す機能ブロック図である。
【
図17】電圧ベクトルと磁束ベクトルを示すベクトル図である。
【
図18】1パルス制御における、ゲート信号および電圧指令値を示す波形図である。
【
図19】実施例4である同期機制御装置の構成を示す機能ブロック図である。
【
図20】電圧ベクトル演算部19C(
図19)の構成を示す機能ブロック図である。
【
図21】実施例5である電気車の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、下記の実施例1~5により、図面を用いながら説明する。各図において、参照番号が同一のものは同一の構成要件あるいは類似の機能を備えた構成要件を示している。
【0019】
各実施例において、制御対象である同期機は、永久磁石同期モータ(以下、「PMSM」(Permanent Magnet Synchronous Motorの略)と記す)である。
【実施例0020】
図1は、本発明の実施例1である同期機制御装置の構成を示す機能ブロック図である。なお、本実施例においては、マイクロコンピュータなどのコンピュータシステムが、所定のプログラムを実行することにより、
図1に示す同期機制御装置として機能する(他の実施例も同様)。
【0021】
図1において、電力変換器2の交流側および直流側には、それぞれPMSM1および直流電圧源9(例えばバッテリ)が接続される。電力変換器2は、直流電圧源9からの直流電力を交流電力に変換してPMSM1へ出力する。PMSM1は、この交流電力によって、回転駆動される。電力変換器2は、半導体スイッチング素子からなるインバータ主回路を備えている。半導体スイッチング素子がゲート信号によってオン・オフ制御されることにより、直流電力が交流電力に変換される。なお、半導体スイッチング素子としては、例えば、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が適用される。
【0022】
相電流検出器3は、電力変換器2からPMSM1に流れる3相のモータ電流、すなわちU相電流Iu、V相電流IvおよびW相電流Iwを検出して、それぞれU相電流検出値Iuc、V相電流検出値IvcおよびW相電流検出値Iwcとして出力する。なお、相電流検出器3としては、ホールCT(Current Transformer)などが適用される。
【0023】
磁極位置検出器4は、PMSM1の磁極位置を検出して、磁極位置情報θ*を出力する。磁極位置検出器4としては、レゾルバなどが適用される。
【0024】
周波数演算部5は、磁極位置検出器4が出力する磁極位置情報θ*から、時間微分演算などによって速度情報ω1
*を演算して出力する。
【0025】
座標変換部7は、相電流検出器が出力するIuc,Ivc,Iwcを、磁極位置情報θ*に応じて、回転座標系におけるdq軸電流検出値Idc,Iqcに変換して、Idc,Iqcを出力する。
【0026】
dq軸磁束推定部23は、座標変換部7が出力するdq軸電流検出値Idc,Iqcに基づいて、ルックアップテーブル(テーブルデータ)を参照して、dq軸磁束推定値φdc,φqcを推定する。dq軸磁束推定部23が参照するルックアップテーブル(テーブルデータ)は、Idc,Iqcとφdc,φqcとの対応を表す表データであり、本実施例の同期機制御装置が備える記憶装置(図示せず)に記憶されている。なお、ルックアップテーブルに替えて、所定の関数(近似式など)を用いてもよい。
【0027】
第一dq軸磁束指令演算部21は、上位制御装置などから与えられるdq軸電流指令値Idc*,Iqc*に基づいて、ルックアップテーブル(テーブルデータ)を参照して、第一dq軸磁束指令値φd*,φq*を演算して出力する。第一dq軸磁束指令演算部21が参照するルックアップテーブル(テーブルデータ)は、Idc*,Iqc*とφd*,φq*との対応を表す表データであり、本実施例の同期機制御装置が備える記憶装置(図示せず)に記憶されている。なお、ルックアップテーブルに替えて、所定の関数(近似式など)を用いてもよい。
【0028】
第二dq軸磁束指令演算部25は、第一dq軸磁束指令値φd*,φq*とdq軸磁束推定値φdc,φqcが一致するように、比例積分(PI)制御器によって第二dq軸磁束指令値φd**,φq**を演算して出力する。
【0029】
図2は、第二dq軸磁束指令演算部25(
図1)におけるPI制御器の構成を示す機能ブロック図である。
【0030】
図2の上図に示すように、第二d軸磁束指令値φd
**を演算するPI制御器においては、加減算器81によって、第一d軸磁束指令値φd
*とd軸磁束推定値φdcとの差分(φd
*-φdc)が演算され、比例器87によって、差分演算値に、比例ゲイン(K
P)が乗算される。また、差分演算値は、積分器83によって積分され、比例器85によって、積分値に積分ゲイン(K
I)が乗算される。比例ゲインK
Pが乗算された差分演算値と、積分ゲインK
Pが乗算された積分値とが、加算器89によって加算され、第二d軸磁束指令値φd
**が演算される。
【0031】
図2の下図に示すように、第二q軸磁束指令値φq
**を演算するPI制御器においては、加減算器91によって、第一q軸磁束指令値φq
*とq軸磁束推定値φqcとの差分(φq
*-φqc)が演算され、比例器97によって、差分演算値に比例ゲイン(K
P)が乗算される。また、差分演算値は、積分器93によって積分され、比例器95によって、積分値に積分ゲイン(K
I)が乗算される。比例ゲインK
Pが乗算された差分演算値と、積分ゲインK
Iが乗算された積分値とが、加算器99によって加算され、第二q軸磁束指令値φq
**が演算される。
【0032】
図1に示す減衰比制御部27は、モータ磁束の振動成分を抽出し、抽出した振動成分に応じて、この振動成分を減衰させるための電圧指令値(以下、「安定化電圧指令値」と称す)を作成する。本実施例では、
図1に示すように、減衰比制御部27は、第一d軸磁束指令値φd
*およびd軸磁束推定値φdcに基づき、d軸磁束の振動成分を抽出し、抽出した振動成分に応じて、この振動成分を減衰させるためのd軸安定化電圧指令値Vdd
*を作成する。
【0033】
電圧指令に対するモータの応答(電流など)における減衰比の値は、通常は、モータ定数(電機子巻線の抵抗や電機子巻線のインダクタンスなど)によって設定され、制御が難しい。これに対し、本実施例1では、このような減衰比が、減衰比制御部27によって、等価的に、応答の振動を抑えるように制御される。
【0034】
図3は、減衰比制御部27(
図1)の構成を示す機能ブロック図である。
【0035】
図3に示すように、減衰比制御部27においては、一次遅れ演算器61によって、第一d軸磁束指令φd
*の一次遅れが演算される。なお、本実施例1では、制御系のカットオフ角周波数ωcの逆数を、一次遅れにおける時定数とする。
【0036】
さらに、d軸磁束推定値φdcと、第一d軸磁束指令φd
*の一次遅れとの差分(φdc-(φd
*の一次遅れ))が、加減算器63によって演算される。差分演算値の振動成分が、ハイパスフィルタ65(
図3中に伝達関数を示す)によって抽出される。抽出された振動成分に、比例器67によって、ゲイン(2ζ)が乗算される。
【0037】
ここで、ζは、振動成分の減衰の程度に関わる制御パラメータである。すなわち、ζは、モータの応答における減衰比に相当するが、制御系において、モータの応答における減衰比とは独立に、任意(ただし、0<ζ≦1)に設定される定数である。そこで、以下、ζを「減衰比」と称する。
【0038】
図3に示すように、ゲイン(2ζ)が乗算されたd軸磁束の振動成分に、PMSM1(
図1)の速度情報ω
1
*の絶対値が、乗算器69によって乗算される。これにより、磁束値が電圧値に変換され、d軸安定化電圧指令値Vdd
*が作成される。なお、速度情報ω
1
*の絶対値は、絶対値演算器68(ABS)によって演算される。
【0039】
図1に示す電圧ベクトル演算部19は、モータの磁束を状態量とするモータモデルの逆モデルを用いて、電圧指令値を作成する。
【0040】
モータモデルの逆モデルは、モータのd軸磁束およびq軸磁束をそれぞれφdおよびφqとし、モータのd軸電圧およびq軸電圧をそれぞれVdおよびVqとし、モータ速度をω1とすると、例えば、式(1)のような電圧方程式によって表される。
【0041】
【0042】
本実施例1においては、式(1)で表される逆モデルが適用されるが、φdおよびφqをそれぞれ第二d軸磁束指令値φd**および第二q軸磁束指令値φq**とし、ω1を速度情報ω1
*とする。電圧ベクトル演算部19は、式(1)によって演算したVdと、減衰比制御部27が出力するd軸安定化電圧指令値Vdd*とに基づいて、d軸電圧指令値Vd*を作成して出力する。また、電圧ベクトル演算部19は、式(1)によって演算したVqを、q軸電圧指令値Vq*として出力する。
【0043】
次に、説明するように、式(1)においては、モータの磁気飽和が考慮されている。
【0044】
磁束(dq軸磁束φd,φq)を状態量とする場合、磁気飽和を考慮すると、電圧方程
式は式(2)のように表される。
【0045】
【0046】
自動車用などの多くの高効率PMSMでは巻線抵抗Rは十分小さいので、モータ制御における式(2)の第一項の影響は比較的小さい。このため、式(1)のように近似して、さらにLd,Lq,Keを一定値として設定しても、モータ制御に対する影響は小さい。したがって、本実施例1における電圧ベクトル演算部19は、上述の式(1)を用いて、電圧指令を作成する。
【0047】
なお、式(1)および式(2)のように、磁束(dq軸磁束)を状態量にすることにより、電流(dq軸電流)を状態量とする場合(磁気飽和を考慮)に比べ、電圧方程式中で用いられるインダクタンス値(dq軸インダクタンス(動的インダクタンスおよび静的インダクタンスを含む))の個数が低減される。これにより、磁気飽和を考慮しながらも、制御系が簡単化されるので、同期機制御装置の演算負荷が軽減できたり、パラメータ同定時間を短縮できたりする。
【0048】
また、本実施例1では、第二dq軸磁束指令演算部25によって作成される第二dq軸磁束指令値φd**,φq**に基づいて、dq軸電圧指令値Vd*,Vq*が作成される。このため、高速領域においても、d軸磁束推定値φdcおよびq軸磁束推定値φqcを、それぞれ第二d軸磁束指令値φd**および第二q軸磁束指令値φq**に、精度よく一致させることができる。したがって、本実施例1による同期機制御装置によれば、PMSM1の高速回転の制御が可能になる。
【0049】
また、本実施例1では、磁束の温度依存性の影響は、第二dq軸磁束指令演算部25が備えるPI制御器またはI制御器によって緩和される。このため、磁束(φd,φq)の演算に用いるテーブルデータまたは関数は、変数として温度を含まず、電流のみを変数とするテーブルデータまたは関数(近似式など)でもよい。これにより、同期機制御装置の演算負荷が軽減できたり、パラメータ同定時間を短縮できたりする。
【0050】
また、第一dq軸磁束指令演算部21とdq軸磁束推定部23で同じテーブルデータまたは関数を用いることにより、Idc,Iqcが、いわば磁束を介して、それぞれId*,Iq*に一致するように制御される。この場合、実質、電流制御系が構成されることになる。
【0051】
また、第一dq軸磁束指令演算部21およびdq軸磁束推定部23の各々が独立したテーブルデータまたは関数を用いることにより、軸間の相互干渉を考慮した制御が可能になる。この場合、第一dq軸磁束指令演算部21、およびdq軸磁束推定部23は、それぞれ、dq軸磁束指令値(φd*,φq*)とdq軸電流指令値(Id*,Iq*)との対応関係を表すテーブルデータまたは関数、およびdq軸磁束推定値(φdc,φqc)とdq軸電流検出値(Idc,Iqc)との対応関係を表すテーブルデータまたは関数を用いる。
【0052】
なお、本実施例1の同期機制御装置は、モータの動的インダクタンスおよび静的インダクタンスが実質的に考慮されているので、磁気飽和の影響が大きなPMSMが用いられ、かつ正確なトルク応答が求められる電気自動車などの電気車への適用に好適である。
【0053】
なお、PMSM1における磁束と電流の対応関係を表す情報である、上述のルックアップテーブル、テーブルデータ、関数(近似式)は、実測や磁場解析などに基づいて、設定することができる。
【0054】
図4は、式(1)で表される逆モデルに基づく電圧ベクトル演算部19の構成を示す機能ブロック図である。なお、R,Ld,Lq,Keは、それぞれPMSM1における巻線抵抗、d軸インダクタンス、q軸インダクタンス、磁石磁束である。
【0055】
図4に示すように、微分器45により、φd
**の微分が演算される。また、加減算器44により、φd
**とKeとの差分(φd
**-Ke)が演算される。この差分演算値に、比例器46によって、R/Ldが乗じられる。微分器45による微分演算値と、比例器46によってゲインであるR/Ldが乗じられた差分演算値とが、加算器47によって加算される。また、乗算器48によって、ω
1
*とφq
**とが乗算される。さらに、加減算器49によって、加算器47による加算演算値から、乗算器48による乗算値と、減衰比制御部27(
図1)によって作成されたd軸安定化電圧指令値Vdd
*とが減算される。これにより、Vd
*が作成される。
【0056】
図4に示すように、微分器35により、φq
**の微分が演算される。また、比例器36によって、φq
**にR/Lqが乗じられる。微分器35による微分演算値と、比例器36によってR/Lqが乗じられたφq
**とが、加算器37によって加算される。また、乗算器38によって、ω
1
*とφd
**とが乗算される。さらに、加算器39によって、加算器37による加算演算値と、乗算器38による乗算値とが加算される。これにより、Vq
*が作成される。
【0057】
このように、モータ磁束を状態量とする電圧方程式(数式(1))を用いて演算される電圧指令値(加算器47の出力するd軸電圧値)が、モータ磁束(d軸磁束)の振動成分に応じた電圧指令値(d軸安定化電圧指令値Vdd*)によって補正される。これにより、PMSM1を安定に制御できる。
【0058】
図1に示す座標変換部11は、電圧ベクトル演算部19が出力する、電力変換器2に対するdq軸電圧指令値Vd
*,Vq
*を磁極位置検出器4で検出される磁極位置情報θ
*を用いて座標変換することにより、電力変換器2に対する三相電圧指令値Vu
*,Vv
*,Vw
*を作成して出力する。
【0059】
直流電圧検出器6は、直流電圧源9の電圧を検出して、直流電圧情報Vdcを出力する。
【0060】
図1に示すPWM制御器12は、座標変換部11から三相電圧指令値Vu
*,Vv
*,Vw
*を受けるとともに、直流電圧検出器6から直流電圧情報Vdcを受け、これらに基づいて、パルス幅変調によって、電力変換器2に与えるゲート信号を作成して出力する。PWM制御器12は、例えば、キャリア信号として三角波を用い、三相電圧指令値を変調波とするパルス幅変調によってゲート信号を作成する。
【0061】
以下、本実施例1による同期機制御装置の作用効果について説明する。
【0062】
図5は、PMSM1を含む本実施例1の制御系のモデル化された構成を示すブロック図である。
図5では、第二dq軸磁束指令演算部25(
図1)の入力からPMSM1(
図1)の出力までが示されている。
【0063】
なお、dq軸磁束推定部23は誤差なく磁束を推定できるものとし、第二dq軸磁束指令演算部25においては、K
P=0、K
I=ωcとしている(積分器201,202)。また、減衰比制御部27における、
図3に示すような、比例器67(2ζ)と絶対値演算器68(ABS)と乗算器69とは、
図5では、ゲイン設定器75(2ζ|ω
1|)として、一つの演算器で表している。また、
図5のモデルは、微分器35,45の制御遅れを表す制御遅れ部71,73(e
-ts)、並びに、電圧ベクトル演算部19とPMSM1との間における制御遅れを表す制御遅れ部77,79(e
-ts)を含んでいる。
【0064】
図6は、
図5のようにモデル化された本実施例1の制御系のゲイン特性の一例を示すボード線図である。すなわち、
図6は、本発明者が、
図5における一巡伝達関数を用いて、ゲイン特性を検討した結果である(後述する、
図7も同様)。
【0065】
図6では、減衰比制御部のゲイン設定器75における減衰比ζの値が零に設定されている。この場合、減衰比制御部27は、実質的に動作しない。このため、
図6に示すように、モータ基本波周波数での共振(51)が発生する。
【0066】
図7は、
図5のようにモデル化された本実施例1の制御系のゲイン特性の一例を示すボード線図である。
【0067】
図7では、減衰比制御部のゲイン設定器75における減衰比ζの値が0.04に設定されている。この場合、減衰比制御部27が動作するため、モータ基本波周波数での共振(51A)が抑えられている。すなわち、モータ基本波周波数でのモータ磁束の振動が防止され、制御の安定性が向上する。
【0068】
図8は、比較例の制御系のゲイン特性の一例を示すボード線図である。
図8は、本発明者による検討結果の一例である。
【0069】
本比較例では、電圧指令値を作成するために電流を状態量とする電圧方程式が用いられ、従来技術(例えば、上述の特許文献1もしくは特許文献2に記載の技術)が適用されている。
【0070】
比較例では、
図7の場合よりは共振の大きさは抑えられてはいるが、磁気飽和によってモータのインダクタンスが変化するため、
図8に示すように、モータ基本周波数で共振(51B)が発生している。
【0071】
図9は、実施例1の変形例である同期機制御装置における減衰比制御部の構成を示すブロック図である。
【0072】
図9に示すように、本変形例においては、減衰比制御部におけるハイパスフィルタ65にd軸磁束推定値φdcが入力され、ハイパスフィルタ65によってd軸磁束推定値φdcの振動成分が抽出される。本変形例によれば、減衰比制御部の構成を簡略化できる。
【0073】
なお、前述の実施例1では、d軸磁束推定値φdcと、第一d軸磁束指令値φd*の一次遅れとの差分の振動成分が抽出されるので、第一d軸磁束指令値φd*が大きく変動しても、精度よくモータ磁束(d軸磁束)の振動成分を抽出できる。
【0074】
モータ磁束の振動成分を抽出する手段としては、本実施例1におけるハイパスフィルタ65に限らず、基本波周波数の振動成分を抽出できる各種手段を適用できる。例えば、フーリエ級数展開、フーリエ変換、バンドパスフィルタなどを適用できる。
【0075】
上述のように、本実施例1によれば、同期機の磁束が第一磁束指令値に一致するように電力変換器の電圧指令値を、磁束の振動成分に応じて補正することにより、同期機の共振を抑制できる。したがって、同期機の制御の安定性が向上する。
【0076】
さらに、同期機の磁束が第一磁束指令値に一致するように第二磁束指令値を作成し、第二磁束指令値を用いて電圧指令値を作成することにより、同期機を高速域まで安定に制御できる。
【0077】
また、本実施例1では、磁束を状態量として電圧指令値を作成するので、磁気飽和により同期機のインダクタンスが変化しても、同期機を安定に制御できる。
本実施例2によれば、実施例1と同様に、同期機の磁束が第一磁束指令値に一致するように電力変換器の電圧指令値を、磁束の振動成分に応じて補正することにより、同期機の共振を抑制できる。したがって、同期機の制御の安定性が向上する。
さらに、実施例1と同様に、同期機の磁束が第一磁束指令値に一致するように第二磁束指令値を作成し、第二磁束指令値を用いて電圧指令値を作成することにより、同期機を高速域まで安定に制御できる。
また、本実施例2では、実施例1と同様に、磁束を状態量として電圧指令値を作成するので、磁気飽和により同期機のインダクタンスが変化しても、同期機を安定に制御できる。