(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022144437
(43)【公開日】2022-10-03
(54)【発明の名称】Fe基合金及び金属粉末
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220926BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20220926BHJP
B22F 3/16 20060101ALI20220926BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20220926BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20220926BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20220926BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20220926BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20220926BHJP
B23K 35/30 20060101ALN20220926BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
B22F3/105
B22F3/16
B22F1/00 T
B22F1/00 U
C22C38/00 301Z
C22C38/34
C22C38/60
B33Y70/00
B33Y10/00
B23K35/30 340C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021045453
(22)【出願日】2021-03-19
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】吉本 隆
(72)【発明者】
【氏名】小山 智紀
(72)【発明者】
【氏名】井上 幸一郎
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA32
4K018BA15
4K018BA16
4K018BB04
4K018BC28
4K018BD09
4K018CA44
4K018EA51
4K018EA60
(57)【要約】
【課題】肉盛り溶接、積層造形などの溶融凝固成形に用いた時に耐摩耗性が高く、かつ、靱性が高い肉盛り層、積層造形物等を得ることが可能なFe基合金、及び、これと同等の平均組成を有する金属粉末を提供すること。
【解決手段】Fe基合金は、0.5≦C≦0.9mass%、0.5≦Si≦3.0mass%、0.1≦Mn≦1.0mass%、3.0≦Cr≦8.0mass%、及び、0.1≦Mo≦4.0mass%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、-0.5>Si-(5C+2Mn)>-3.0を満たす。金属粉末は、平均組成が本発明に係るFe基合金と同等であり、平均粒子径が10μm以上300μm以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.5≦C≦0.9mass%、
0.5≦Si≦3.0mass%、
0.1≦Mn≦1.0mass%、
3.0≦Cr≦8.0mass%、及び、
0.1≦Mo≦4.0mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
次の式(1)を満たすFe基合金。
-0.5>Si-(5C+2Mn)>-3.0 …(1)
【請求項2】
0.1≦V≦1.0mass%、及び/又は、
0.1≦W≦4.0mass%
をさらに含む請求項1に記載のFe基合金。
【請求項3】
0.001≦S≦0.100mass%
をさらに含む請求項1又は2に記載のFe基合金。
【請求項4】
0.01≦Ni≦3.0mass%
をさらに含む請求項1から3までのいずれか1項に記載のFe基合金。
【請求項5】
次の式(2)をさらに満たす請求項1から4までのいずれか1項に記載のFe基合金。
0.033Mo+0.063W+0.2V≦0.4 …(2)
【請求項6】
平均組成が請求項1から5までのいずれか1項に記載のFe基合金と同等である金属粉末。
【請求項7】
請求項6に記載の金属粉末を用いて積層造形物を製造した場合において、前記積層造形物のビッカース硬さが650HV以上である請求項6に記載の金属粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe基合金及び金属粉末に関し、さらに詳しくは、積層造形による肉盛りに適用した時に、冷間ダイス鋼相当の硬さ(約650HV以上)が得られるFe基合金、及び、これと同等の平均組成を有する金属粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板の冷間プレス加工などの冷間加工用の金型や耐摩耗性が要求される各種の部材(以下、これらを総称して単に「耐摩耗部材」ともいう)には、耐摩耗性のため特に表面部の硬度が高いことが求められる。これらの耐摩耗部材には、従来、JIS-SKD11やSKH51に代表される冷間ダイス鋼や高速度工具鋼が用いられている。しかしながら、冷間ダイス鋼や高速度工具鋼から機械加工により耐摩耗部材を製造する方法を用いる場合、高硬度な鋼材が被加工材となるため、工具の損傷が激しく、加工コストが高い。
【0003】
一方、安価な基材の表面に高硬度な金属を肉盛る方法を用いて耐摩耗部材を製造することも行われている。このような方法を用いると、耐摩耗部材の素材費や加工費を低減することができる。さらに、プラズマ等を熱源とする肉盛りは、摩耗や欠けが生じた金型の補修にも用いられている。
【0004】
しかしながら、従来の肉盛りは、以下の3点の課題があった。
(1)母材への熱影響が大きく、母材の熱影響部が軟化する。
(2)ダイス鋼やハイス鋼を肉盛りした場合、残留オーステナイト量が多くなり、肉盛り部の硬さが不足する。
(3)C、Mo、W、Vを多量に含む鋼を肉盛りした場合、粒界に析出した炭化物を起点に破壊が進行しやすく、靱性が低下する。
上記課題は、肉盛り後の熱処理により改善することができる。しかし、熱処理は、補修コストを増加させ、あるいは、母材の機械的特性を低下させる原因となる場合がある。
【0005】
近年では、粉末やワイヤーをレーザーで溶融し、堆積させる指向性エネルギー堆積(Direct Energy Deposition、DED)方式の積層造形技術の発達により、TIGやPPWより結晶粒が微細で、母材への熱影響の小さい肉盛りが可能となっている。そのため、熱影響部の軟化の課題は、解決されつつある。しかしながら、残留オーステナイトに起因する硬さ不足及び粒界に析出した炭化物に起因する靱性の低下の課題は、未解決である。
【0006】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、C:0.65~1.1mass%、Cr:4.5~10.5mass%、及び、Mo:0.05~1.0mass%を含み、残部がFe及び不純物からなる硬化肉盛合金が開示されている。
同文献には、このような硬化肉盛合金を用いると、溶接されたままの状態で約48HRC~約52HRCの硬さが得られる点が記載されている。
【0007】
特許文献2には、表面硬化層が、C:0.2~0.9mass%、Si:0.6~1.9mass%、Mn:0.6~1.6mass%、Cr:2.5~7.5mass%、W:0.1mass%以上1.5mass%未満、V:0.1mass%以上1.5mass%未満、Mo:1.0~8.0mass%、及び、B:0.2mass%超0.8mass%以下を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる溶着金属によって構成されている表面硬化部材が開示されている。
【0008】
同文献には、
(A)耐割れ性を高めるために炭化物の生成を抑制すると、溶着金属の硬度が低下し、耐摩耗性が低下する点、及び、
(B)溶着金属中のMoとBの含有量を適切に制御し、溶着金属組織を鋼のマルテンサイトと硼化物からなる複合組織とすると、溶着金属の硬度が高くなると同時に、溶着金属組織が微細化され、耐割れ性も向上する点
が記載されている。
【0009】
特許文献1、2に記載されているように、合金添加量を調節すると、残留オーステナイトに起因する硬さ不足及び粒界に析出した炭化物に起因する靱性の低下の課題をある程度解決することができる。しかしながら、DED方式の積層造形のように、同一箇所に繰り返し肉盛りを行う方法では、肉盛りの繰り返しにより肉盛り層の焼戻し(軟化)が生じるという問題がある。
【0010】
DED方式の積層造形では、肉盛り層は繰り返し入熱を受け、溶融池から離れた部位でも室温~400℃の温度で保持される。この時、マルテンサイト組織は焼き戻され、急冷凝固したままの組織に比べて硬さが低下する。そのため、マルテンサイトの低温焼戻しを考慮して合金添加量を調節しなかった場合、造形終了後にはマルテンサイトの硬さが不足し、十分な耐摩耗性が得られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2004-503386号公報
【特許文献2】特許第3462742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、肉盛り溶接、積層造形などの溶融凝固成形に用いた時に耐摩耗性が高く、かつ、靱性が高い肉盛り層、積層造形物等を得ることが可能なFe基合金、及び、これと同等の平均組成を有する金属粉末を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明に係るFe基合金は、
0.5≦C≦0.9mass%、
0.5≦Si≦3.0mass%、
0.1≦Mn≦1.0mass%、
3.0≦Cr≦8.0mass%、及び、
0.1≦Mo≦4.0mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
次の式(1)を満たすことを要旨とする。
-0.5>Si-(5C+2Mn)>-3.0 …(1)
【0014】
本発明に係る金属粉末は、平均組成が本発明に係るFe基合金と同等であるものからなる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るFe基合金は、合金元素の含有量、特に、Si、C及びMnの含有量を最適化しているので、肉盛り層の残留オーステナイト量が相対的に少ない。また、MoやVなどの2次硬化を生じさせる元素の含有量を最適化しているので、粗大炭化物の析出に起因する靱性の低下を抑制することができる。さらに、Si量を最適化しているので、焼戻し軟化抵抗が大きい。そのため、本発明に係るFe基合金を溶融凝固成形に適用すると、耐摩耗性が高く、かつ、靱性が高い肉盛り層や積層造形物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図2】Si-(5C+2Mn)と残留オーステナイトの体積分率との関係を示す図である。
【
図3】Si-(5C+2Mn)と肉盛り層硬さの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. Fe基合金]
[1.1. 成分]
本発明に係るFe基合金は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0018】
[1.1.1. 主構成元素]
(1)0.5≦C≦0.9mass%:
Cは、マルテンサイト組織の硬さを高めるために必要な元素である。C含有量が少なくなりすぎると、マルテンサイトへのC固溶量が不足し、造形物の硬さが不足する。従って、C含有量は、0.5mass%以上である必要がある。
一方、C含有量が過剰になると、マルテンサイト変態開始温度が低下する。その結果、造形物に含まれる残留オーステナイトの体積分率が多くなり、造形物の硬さが不足する。従って、C含有量は、0.9mass%以下である必要がある。C含有量は、好ましくは、0.7mass%以下、さらに好ましくは、0.65mas%以下、さらに好ましくは、0.61mass%以下である。
【0019】
(2)0.5≦Si≦3.0mass%:
Siは、~400℃での焼戻し軟化抵抗を高めるために必要な元素である。また、Siは、切削加工性を高める元素でもある。Si含有量が少なくなりすぎると、熱影響により造形物の軟化が激しくなり、造形物の硬さが不足する。また、切削加工性も著しく悪化する。従って、Si含有量は、0.5mass%以上である必要がある。Si含有量は、好ましくは、0.75mass%以上、さらに好ましくは、1.5mass%以上、さらに好ましくは、1.7mass%以上である。
一方、Si含有量が過剰になると、マルテンサイトにSiが固溶し、靱性が著しく低下する。従って、Si含有量は、3.0mass%以下である必要がある。Si含有量は、好ましくは、2.5mass%以下、さらに好ましくは、2.25mass%以下である。
【0020】
(3)0.1≦Mn≦1.0mass%:
Mnは、焼入れ性を向上させる作用がある元素である。Mn含有量が少なくなりすぎると、焼入れ性が不足し、マルテンサイト組織が得られなくなる場合がある。従って、Mn含有量は、0.1mass%以上である必要がある。Mn含有量は、好ましくは、0.2mass%以上、さらに好ましくは、0.3mass%以上である。
一方、Mn含有量が過剰になると、残留オーステナイトの体積分率が多くなり、造形物の硬さが不足する。従って、Mn含有量は、1.0mass%以下である必要がある。Mn含有量は、好ましくは、0.6mass%以下である。
【0021】
(4)3.0≦Cr≦8.0mass%:
Crは、焼入れ性及び耐食性を高める作用がある元素である。Cr含有量が少なくなりすぎると、焼入れ性が不足し、耐食性も著しく悪化する。従って、Cr含有量は、3.0mass%以上である必要がある。Cr含有量は、好ましくは、4.0mass%以上、さらに好ましくは、5.0mass%以上である。
一方、Cr含有量が過剰になると、焼入れ性に及ぼす効果が飽和するだけでなく、残留オーステナイト量が増加する。従って、Cr含有量は、8.0mass%以下である必要がある。Cr含有量は、好ましくは、7.0mass%以下である。
【0022】
(5)0.1≦Mo≦4.0mass%:
Moは、焼入れ性を向上させ、焼戻し軟化抵抗を高める作用がある元素である。また、造形物の焼戻しを行う場合、Moは、2次硬化を生じさせる元素でもある。Mo含有量が少なくなりすぎると、焼入れ性が不足し、耐摩耗部材に必要とされる硬さが得られない。従って、Mo含有量は、0.1mass%以上である必要がある。Mo含有量は、好ましくは、0.2mass%以上、さらに好ましくは、0.3mass%以上である。
一方、Mo含有量が過剰になると、炭化物が造形部の粒界に偏析し、靱性が低下する。従って、Mo含有量は、4.0mass%以下である必要がある。Mo含有量は、好ましくは、2.0mass%以下、さらに好ましくは、1.0mass%以下、さらに好ましくは、0.7mass%以下である。
【0023】
[1.1.2. 成分バランス]
[A. 式(1)]
本発明に係るFe基合金は、次の式(1)を満たしている必要がある。
-0.5>Si-(5C+2Mn)>-3.0 …(1)
【0024】
「Si-(5C+2Mn)」(以下、「変数A」ともいう)は、高い硬さを得るために必要な「残留オーステナイト量」と「軟化抵抗」の指標である。マルテンサイト組織の硬さを十分に発揮させるためには、軟質な残留オーステナイト量が少ないことが必要である。C含有量及び/又はMn含有量が増加してマルテンサイト変態開始温度が低下すると、残留オーステナイトが増加し、マルテンサイト組織全体の硬さが低下する。
さらに、マルテンサイト組織の硬さは、焼戻しによっても低下する。焼戻しでの硬さ低下が小さいものを、「軟化抵抗が高い」と表現する。Si含有量が多くなるほど、軟化抵抗が高くなり、肉盛り中の入熱による硬さ低下を抑制することができる。
【0025】
変数Aが小さくなりすぎると、残留オーステナイト量が過剰となり、及び/又は、軟化抵抗が不足する。従って、変数Aは、-3.0超である必要がある。変数Aは、好ましくは、-2.5以上である。
一方、変数Aが大きくなりすぎると、C量が不足し、造形物の硬さが不足する。従って、変数Aは、-0.5未満である必要がある。変数Aは、好ましくは、-1.0以下、さらに好ましくは、-1.5以下である。
【0026】
[B. 式(2)]
本発明に係るFe基合金は、さらに次の式(2)を満たしているのが好ましい。
0.033Mo+0.063W+0.2V≦0.4 …(2)
【0027】
「0.033Mo+0.063W+0.2V」(以下、「変数B」ともいう)は、粒界に形成され、靱性を低下させるおそれのあるMo、W、V炭化物の量の指標を表す。これらの炭化物は、凝固時に粒界に形成され、破壊の起点となるため、靱性を低下させる原因となる。変数Bが大きくなりすぎると、粒界の炭化物量が増加し、靱性が低下する。従って、変数Bは、0.4以下が好ましい。変数Bは、さらに好ましくは、0.2以下である。
【0028】
例えば、SKH51やSKH54のような高速度工具鋼は、変数Bが高いため、凝固時に硬質な炭化物が結晶粒界を覆うように多量に晶出する。このことで、肉盛り層の硬さは高くなるが、結晶粒界を起点とする破壊が生じやすく、靱性に乏しい組織となる。
一方、変数Bを0.4以下に抑えると、炭化物の晶出が抑えられ、靱性を高く保つことができる。
【0029】
[1.1.3. 副構成元素]
本発明に係るFe基合金は、上述した元素に加えて、以下のような1種又は2種以上の元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0030】
(1)0.1≦V≦1.0mass%:
Vは、造形物の焼き戻しを行う場合、2次硬化を生じさせる元素である。また、Vは、硬質炭化物を生じ、耐摩耗性を向上させる元素でもある。このような効果を得るためには、V含有量は、0.1mass%以上が好ましい。
一方、V含有量が過剰になると、炭化物が造形物の粒界に析出し、靱性が低下する。従って、V含有量は、1.0mass%以下が好ましい。V含有量は、さらに好ましくは、0.75mass%以下、さらに好ましくは、0.4mass%以下である。
【0031】
(2)0.1≦W≦4.0mass%:
Wは、造形物の焼き戻しを行う場合、2次硬化を生じさせる元素である。また、Wは、硬質炭化物を生じ、耐摩耗性を向上させる元素でもある。このような効果を得るためには、W含有量は、0.1mass%以上が好ましい。
一方、W含有量が過剰になると、炭化物が造形物の粒界に析出し、靱性が低下する。従って、W含有量は、4.0mass%以下が好ましい。W含有量は、さらに好ましくは、2.0mass%以下である。
【0032】
(3)0.001≦S≦0.100mass%:
Sは、製造時に不可避的に混入する不純物である。しかしながら、S含有量を必要以上に低減するのは、効果に差がないだけでなく、製造コストを上昇させる原因となる。従って、S含有量は、0.001mass%以上が好ましい。S含有量は、好ましくは、0.005mass%以上である。
一方、Sは、MnSを形成し、被削性を向上させる作用がある元素でもある。しかしながら、S含有量が過剰になると、粒界に偏析して靱性を低下させる。従って、S含有量は、0.100mass%以下が好ましい。S含有量は、さらに好ましくは、0.050mass%以下である。
【0033】
(4)0.01≦Ni≦3.0mass%:
Niは、焼入れ性を向上させる元素である。Ni含有量が少なくなりすぎると、焼入れ性が不足する場合がある。従って、Ni含有量は、0.01mass%以上が好ましい。
一方、Niは、マルテンサイト変態開始温度を下げる元素でもある。そのため、Ni含有量が過剰になると、残留オーステナイトの体積分率が多くなり、造形物の硬さが不足する。従って、Ni含有量は、3.0mass%以下が好ましい。Ni含有量は、さらに好ましくは、1.0mass%以下である。
【0034】
(5)Al≦0.5mass%:
Alは、脱酸材として添加される。しかしながら、Al含有量が過剰になると、鋼中のOやNと反応し、酸化物や窒化物が生成する。これらの量が多くなると、靱性が低下する。従って、Al含有量は、0.5mass%以下が好ましい。Al含有量は、さらに好ましくは、0.1mass%以下、さらに好ましくは、0.03mass%以下である。
【0035】
(6)O≦0.10mass%:
Oは、製造時に不可避的に混入する不純物である。O含有量が過剰になると、酸化物が形成され、靱性が低下する。従って、O含有量は、0.10mass%以下が好ましい。O含有量は、さらに好ましくは、0.05mass%以下である。
なお、粉末の場合、表面積が大きいため、酸素の多くは粉末の表面に存在する。
【0036】
(7)N≦0.10mass%:
Nは、製造時に不可避的に混入する不純物である。N含有量が過剰になると、窒化物が形成され、靱性が低下する。従って、N含有量は、0.10mass%以下が好ましい。N含有量は、さらに好ましくは、0.05mass%以下である。
【0037】
[1.1.4. 不可避的不純物]
本発明に係るFe基合金において、以下に示す成分が以下に示す量で含まれる場合がある。このような場合、本発明においては、これらの成分を不可避的不純物として扱う。
Co≦0.05mass%、Cu≦0.50mass%、Sn≦0.05mass%、
Nb≦0.05mass%、Ta≦0.05mass%、Ti≦0.05mass%、
Zr≦0.05mass%、B≦0.01mass%、Ca≦0.01mass%、
Se≦0.03mass%、Te≦0.01mass%、Bi≦0.01mass%、
Pb≦0.05mass%、Mg≦0.02mass%、REM≦0.01mass%。
【0038】
[1.2. 特性: 積層造形物の硬さ]
「積層造形物のビッカース硬さ」とは、
(a)指向性堆積エネルギー(DED)法を用いて、積層高さ:2mm以上の大きさの造形物を作製し、
(b)前記積層造形物について積層方向と平行に切断した切断面を用い、上面から1mmの位置で測定されたビッカース硬さ、
をいう。
この時、造形条件は、造形物の断面に全長:1mm以上の割れや空隙が生じないよう、適宜調節して良い。
本発明に係るFe基合金を用いて積層造形を行う場合において、Fe基合金の組成を最適化すると、積層造形物のビッカース硬さは、650HV以上となる。Fe基合金の組成をさらに最適化すると、積層造形物のビッカース硬さは、680HV以上となる。
【0039】
[1.3. 形状]
本発明において、Fe基合金の形状は特に限定されない。Fe基合金の形状としては、塊、棒、管、線、粉末などがある。特に、粉末は溶融凝固成形の原料として好適である。
【0040】
[2. 金属粉末]
本発明に係る金属粉末は、平均組成が本発明に係るFe基合金と同等であるものからなる。金属粉末は、平均粒子径が10μm以上300μm以下であるものが好ましい。
【0041】
[2.1. 成分]
「平均組成がFe基合金と同等である」とは、
(a)金属粉末が同一の組成を有する1種類の金属粒子の集合体からなり、かつ、個々の金属粒子が上述した組成範囲内にあること、
(b)金属粉末が異なる組成を有する2種以上の金属粒子の混合物からなり、かつ、個々の金属粒子がそれぞれ上述した成分範囲内にあること、又は、
(c)金属粉末が異なる組成を有する2種以上の金属粒子の混合物からなり、かつ、1種又は2種以上の金属粒子が上述した成分範囲内にはないが、金属粉末全体の組成の平均値が上述した成分範囲内にあること、
をいう。
【0042】
金属粉末が異なる組成を有する2種以上の金属粒子の混合物からなる場合、個々の金属粒子は単一の金属元素を含む純金属粒子であっても良く、あるいは、2種以上の金属元素を含む合金粒子であっても良い。金属粉末が混合物からなる場合、その平均組成は、例えば、混合物から10g程度の試料を抜き取り、蛍光X線分析法、燃焼赤外線吸収法、プラズマ発光分光分析法などの方法を用いて分析することにより得られる。
金属粉末の組成(平均組成)の詳細については、上述したFe基合金と同様であるので、説明を省略する。
【0043】
[2.2. 平均粒径]
「平均粒径」とは、個数頻度D50(μm)、すなわち、粉末の累積50個数%粒子径(メディアン径)をいう。D50の測定方法としては、例えば、
(a)レーザー回折・散乱法に基づく粒子分布測定装置を用いて測定する方法、
(b)粒子画像分析装置を用いて測定する方法、
(c)コールターカウンターを用いて測定する方法、
などがある。
本発明において、「D50」というときは、レーザー回折・散乱法に基づく粒子分布測定装置により測定されたメディアン径をいう。
金属粉末の平均粒径及び粒度分布は、金属粉末の製造条件、及び、金属粉末の分級条件により制御することができる。
【0044】
金属粉末を用いた溶融凝固成形においては、ノズルを用いて造形領域に金属粉末を供給する場合がある。この場合において、金属粉末の平均粒径が小さくなりすぎると、金属粉末の流動性が低下し、金属粉末を安定的に供給するのが困難となる場合がある。従って、金属粉末の平均粒径は、10μm以上が好ましい。平均粒径は、好ましくは、50μm以上、さらに好ましくは、80μm以上である。
【0045】
一方、金属粉末の平均粒径が大きくなりすぎると、粒径の大きな粒子がノズルに詰まり、安定して粉末を供給できなくなる場合がある。従って、金属粉末の平均粒径は、300μm以下が好ましい。平均粒径は、好ましくは、200μm以下、さらに好ましくは、150μm以下である。
【0046】
[2.3. 粒子形状]
金属粉末に含まれる個々の金属粒子の粒子形状は、特に限定されない。金属粒子は、球状粒子でも良く、あるいは、不規則形状粒子でも良い。高い流動性を得るには、金属粒子は、球状粒子が好ましい。
【0047】
[2.4. 表面被覆]
金属粒子は、表面がナノ粒子で被覆されていても良い。「ナノ粒子」とは、直径が1nm以上100nm以下である無機化合物の粒子をいう。
金属粒子の表面をある種のナノ粒子で被覆すると、金属粒子の凝集を抑制することができる場合がある。金属粒子の凝集を抑制する作用があるナノ粒子としては、例えば、シリカ(SiO2)、アルミナ(Al2O3)、酸化マンガン(MnO)、酸化鉄(Fe2O3)、酸化カルシウム(CaO)、酸化マグネシウム(MgO)などの金属酸化物がある。
【0048】
金属粒子の表面をナノ粒子で被覆する場合、被覆量が少なすぎると、金属粒子の凝集を十分に抑制することができなくなる場合がある。従って、ナノ粒子の含有量は、0.005mass%以上が好ましい。
一方、ナノ粒子の被覆量が過剰になると、ナノ粒子が介在物となり、溶融凝固成形を行った時に造形物の強度及び/又は靱性が低下する場合がある。従って、ナノ粒子の含有量は、0.05mass%以下が好ましい。
【0049】
[2.5. 用途]
本発明に係る金属粉末は、溶融凝固成形用の原料粉末として用いることができる。
ここで、「溶融凝固成形法」とは、種々の熱源を用いて金属粉末を溶融させ、溶融した金属粉末を凝固及び堆積させることにより造形物の全部又は一部を形成する方法をいう。
「造形物の全部を形成する」とは、金属粉末の溶融、凝固及び堆積のみによって、造形物の全体を形成することをいう。
「造形物の一部を形成する」とは、造形物の一部を構成する基材の表面に、金属粉末の溶融、凝固及び堆積により造形物の他の一部を構成する新たな層を積層すること(例えば、金型の補修)をいう。
【0050】
溶融凝固成形法の内、代表的なものとしては、例えば、
(a)指向性エネルギー堆積(Direct Energy Deposition、DED)法、
(b)粉末床溶融法、
(c)プラズマ肉盛溶接法、
などがある。
【0051】
これらの内、「指向性エネルギー堆積(DED)法」とは、金属粉末を供給しながらレーザーや電子ビームを照射し、溶融金属を既存部材や基板等の被肉盛り材上に選択的に堆積させる方法をいう。DED法は、金属層を繰り返し堆積させることができ、線状、壁状、塊状などの種々の形状に肉盛りすることができる。レーザーを熱源に用いた装置を用いることで、堆積させる融液の体積を絞ることができ、被肉盛り材との界面に発生する成分の混合による品質低下を抑制することができる。そのため、被肉盛り材には、Fe基合金、Ni基合金、Co基合金などの様々な材料を用いることができる。
【0052】
「粉末床溶融法」とは、3D-CAD等により生成された3次元データ(例えば、STLデータ)に基づいて数十μm単位のスライスデータを作成し、得られたスライスデータを用いて粉末床に対してレーザーを選択的に走査させながら照射し、焼結層を積層させることで造形する方法をいう。
「プラズマ肉盛溶接法」とは、電極と基材との間にプラズマアークを発生させ、この中に金属粉末を投入して金属粉末を溶融させ、基材表面に金属を盛り上げる方法をいう。
【0053】
[3. 金属粉末の製造方法]
本発明に係る金属粉末は、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、プラズマアトマイズ法、プラズマ回転電極法、遠心力アトマイズ法などの方法を用いて製造することができる。あるいは、このようにして得られた粉末に対して、還元性熱プラズマによる球状化処理を組み合わせてもよい。
【0054】
これらの内、「ガスアトマイズ法」とは、合金原料を誘導溶解炉等で溶融させ、溶湯をタンディッシュの底部から落下させながら溶湯に高圧ガスを吹き付け、溶湯を粉砕、凝固させることで金属粉末を得る方法をいう。高圧ガスには、窒素、アルゴン、ヘリウムなどの不活性ガスが用いられる。ガスアトマイズ条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0055】
ガスアトマイズ法を用いて金属粉末を製造した後、分級を行い、平均粒径及び粒度分布を調整するのが好ましい。分級方法としては、例えば、乾式サイクロン、湿式サイクロン、乾式ふるい、超音波ふるいなどがある。平均粒径及び粒度分布が制御された金属粉末を用いると、溶融凝固成形に適用した時に緻密な造形物を得ることができる。
さらに、必要に応じて組成の異なる2種以上の金属粉末を混合し、成分調整を行っても良い。
【0056】
[4. 作用]
本発明に係るFe基合金は、合金元素の含有量、特に、Si、C及びMnの含有量を最適化しているので、肉盛り層の残留オーステナイト量が相対的に少ない。また、MoやVなどの2次硬化を生じさせる元素の含有量を最適化しているので、粗大炭化物の析出に起因する靱性の低下を抑制することができる。さらに、Si量を最適化しているので、焼戻し軟化抵抗が大きい。そのため、本発明に係るFe基合金を溶融凝固成形に適用すると、耐摩耗性が高く、かつ、靱性が高い肉盛り層や積層造形物を得ることができる。
【実施例0057】
(実施例1~9、比較例1~7)
[1. 試料の作製]
[1.1. 金属粉末の作製]
ガスアトマイズ法を用いて、表1に示す16種類の金属粉末を作製した。なお、表中に記載されていない元素が不純物として規定された量の範囲内で含まれる場合がある。
【0058】
【0059】
[1.2. 肉盛り造形物の作製]
作製した金属粉末及びDED方式のレーザー金属積層造形装置(金属3Dプリンタ)を用いて造形物を作製した。
図1に、金属3Dプリンタの模式図を示す。
図1において、金属3Dプリンタ10は、粉末供給ノズル12と、レーザー発信器(図示せず)と、粉末供給装置(図示せず)と、シールドガス供給装置(図示せず)とを備えている。粉末供給ノズル12は、二重管構造になっており、外管12aと内管12bとの間に金属粉末14とキャリアガス(シールドガス)を供給できるようになっている。レーザー光が通過する内管12b内には集光レンズ(図示せず)が設置されている。さらに、内管12b内には、金属粉末14の酸化を防ぐためのシールドガスを供給できるようになっている。
【0060】
このような金属3Dプリンタ10を用いた肉盛りは、具体的には、以下のようにして行う。すなわち、まず、被肉盛り材20の上面に粉末供給ノズル12を近接して配置する。次いで、外管12a及び内管12bとの隙間に金属粉末14及びキャリアガスを供給し、内管12b内にはシールドガスを供給する。この状態で、集光レンズ(図示せず)に向かってレーザー光を照射すると、レーザー光の焦点近傍において金属粉末14と被肉盛り材20の表層部分が溶融して一体化する。さらに、粉末供給ノズル12を水平方向に移動させると、溶融して一体化した融液が凝固して肉盛り層22となる。
【0061】
実施例1~9及び比較例1~7において、被肉盛り材20には、SKD61の平板(50×70×10mm)を用いた。また、造形時の条件は、以下の通りである。なお、造形条件は、98%以上の密度が得られるように適宜調節した。
レーザー出力: 1500~2000W
粉末流量: 5~10g/min
送り速度: 100~1000mm/min
造形物の寸法: 高さ5~10mm×幅10~12mm×長さ60~70mm
【0062】
[2. 試験方法]
[2.1. 硬さ]
基板及び造形物を5mm厚に切断し、造形物から離れた基板の不要部分を除去した。次いで、基板が除去された造形物を樹脂に埋め込んだ。この試料を研磨紙及びダイヤモンド砥石、アルミナバフにて、金属面が鏡面になるまで研磨した。
研磨後、ビッカース硬さ試験機を用い、肉盛り層中央部にてビッカース硬さ(JIS Z 2244)を測定した。荷重は300gfとし、1試料につき10点測定し、その平均値を算出した。
【0063】
[2.2. 肉盛り層の残留オーステナイト相分率]
基板及び造形物を5mm厚に切断し、造形物から離れた基板の不要部分を除去した。次いで、基板が除去された造形物を樹脂に埋め込んだ。この試料を研磨紙及びダイヤモンド砥粒にて、金属面が鏡面になるまで研磨した。
この試料に対して、リン酸水溶液を用いて電解研磨を行い、0.05μm分の厚さを除去した。電解研磨後の試料の肉盛り部を狙ってX線回折装置(XRD)を用いてマルテンサイト組織とオーステナイト組織のピーク強度比から残留オーステナイトの平均割合(体積割合(%))を求めた。
【0064】
[2.3. 吸収エネルギー]
造形後の試験片から、3×5×30mmの角棒を切り出し、3点曲げ試験で靱性を評価した。靱性は、ひずみの零点から最大荷重点までの区間における、荷重とひずみの積分値である「吸収エネルギー」で評価した。吸収エネルギーが大きいことは、材料が破断までに大きなエネルギーを要することを示し、靱性が高いと言える。
【0065】
[3. 結果]
表2に、結果を示す。
図2に、Si-(5C+2Mn)と残留オーステナイトの体積分率との関係を示す。さらに、
図3に、Si-(5C+2Mn)と肉盛り層硬さの関係を示す。表2、及び
図2~
図3より、以下のことが分かる。
【0066】
(1)比較例1、2、7は、肉盛り層の硬さが低い。これは、変数Aが-3以下であり、残留オーステナイトが多いためと考えられる。比較例1、2は、特にC量が過剰であることが残留オーステナイト量の増加を招いたと考えられる。比較例7は、特にMn量が過剰であるため、残留オーステナイト量の増加を招いたと考えられる。
(2)比較例3、4は、肉盛り層の硬さは高いものの、変数Aは-3以下であり、残留オーステナイト量が多かった。さらに、比較例3、4は、靱性が低下した。これは、炭化物が多量に析出したためと考えられる。
【0067】
(3)比較例5、6は、変数Aが-3以上であるが、硬さは低くなった。これは、C量が不足してマルテンサイト組織の硬さが不足したためと考えられる。
(4)実施例1~9は、いずれも肉盛り層の硬さが650HVを超えた。また、残留オーステナイト層は、いずれも30%以下であった。これは、変数Aが適切な範囲にあるためと考えられる。
(5)実施例1~6、8、9の吸収エネルギーは、いずれも0.4J以上であった。一方、実施例7、比較例3、4は、吸収エネルギーが0.4J未満となり、靱性が低い。これは、変数Bが0.4以上であり、炭化物が粒界に多く形成され、破壊の起点になったためと考えられる。
【0068】
【0069】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。