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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022145679
(43)【公開日】2022-10-04
(54)【発明の名称】反応生成物の製法
(51)【国際特許分類】
   C07C 17/08 20060101AFI20220926BHJP
   B01J 19/00 20060101ALI20220926BHJP
   B01J 19/12 20060101ALI20220926BHJP
   H05B 3/10 20060101ALI20220926BHJP
   C07C 19/075 20060101ALI20220926BHJP
   C07C 19/01 20060101ALI20220926BHJP
【FI】
C07C17/08
B01J19/00 321
B01J19/12 C
H05B3/10 B
C07C19/075
C07C19/01
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022099434
(22)【出願日】2022-06-21
(62)【分割の表示】P 2017216578の分割
【原出願日】2017-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2016152522
(32)【優先日】2016-08-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】特許業務法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 孝介
(72)【発明者】
【氏名】近藤 良夫
(72)【発明者】
【氏名】磯部 宏晃
(72)【発明者】
【氏名】青木 道郎
(57)【要約】
【課題】赤外線を出発原料に照射しながら所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る製法であって、幅広い出発原料に適用可能な製法を提供する。
【解決手段】本発明は、出発原料から所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る反応生成物の製法であって、(a)前記出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて前記有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定する工程と、(b)外から内に向かって金属パターンと誘電体層と金属基板とがこの順に積層された構造体から前記目的波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーターを準備する工程と、(c)前記目的波長にピークを持つ赤外線を前記赤外線ヒーターから前記出発原料に照射しながら前記有機合成反応を進行させることにより前記反応生成物を得る工程と、を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
出発原料から所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る反応生成物の製法であって、(a)前記出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて前記有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定する工程と、
(b)外から内に向かって金属パターンと誘電体層と金属基板とがこの順に積層された構造体から前記目的波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーターを準備する工程と、
(c)前記目的波長にピークを持つ赤外線を前記赤外線ヒーターから前記出発原料に照射しながら前記有機合成反応を進行させることにより前記反応生成物を得る工程と、
を含む反応生成物の製法。
【請求項2】
前記金属パターンは、前記誘電体層上に同じ形状で同じサイズの金属電極が互いに等間隔に配設されたものであり、
前記赤外線ヒーターは、前記金属電極の幅に応じて放射する赤外線のピーク波長が変化する、
請求項1に記載の反応生成物の製法。
【請求項3】
前記目的波長は、波長2.5μm以上25μm以下の範囲で設定される、
請求項1又は2に記載の反応生成物の製法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反応生成物の製法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機合成反応の新たな試みとして、赤外パルスレーザー光を利用することが検討されている。例えば、非特許文献1には、プロペンオキシド及び1-ブテンオキシドに、984cm-1及び916cm-1の赤外パルスレーザー光の照射による転位反応を試みたところ、ともに40分間の照射で対応するアルデヒドに変換できたことが報告されている。非特許文献2には、中赤外パルスレーザー光の照射による炭素-窒素結合の開裂反応について、ジイソプロピルエチルアミンに波長6.96μmのパルスレーザーを照射するとこれを定量的に消費することができたことやジイソプロピルアミンに波長8.33μmのパルスレーザーを照射しても定量的に反応させることができたことが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】普神 敬悟、“中赤外パルスレーザー光による選択的有機合成化学の創生”、[on line]、2008年5月7日、科学研究費助成事業データベース 2006年度実績報告書、[2016年7月11日検索]、インターネット、<URL:https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-18655036/RECORD-186550362006jisseki/>
【非特許文献2】普神 敬悟、“中赤外パルスレーザー光による選択的有機合成化学の創生”、[on line]、2010年2月3日、科学研究費助成事業データベース KAKEN 2007年度実績報告書、[2016年7月11日検索]、インターネット、<URL:https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-18655036/RECORD-186550362007jisseki/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、赤外パルスレーザー光の赤外線波長は、レーザ媒質によって決まるため、任意に設定することができないという問題があった。そのため、限られた出発原料にしか適用できず、汎用性が低かった。
【0005】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、赤外線を出発原料に照射しながら所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る製法であって、幅広い出発原料に適用可能な製法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の反応生成物の製法は、
出発原料から所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る反応生成物の製法であって、(a)前記出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて前記有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定する工程と、
(b)外から内に向かって金属パターンと誘電体層と金属基板とがこの順に積層された構造体から前記目的波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーターを準備する工程と、
(c)前記目的波長にピークを持つ赤外線を前記赤外線ヒーターから前記出発原料に照射しながら前記有機合成反応を進行させることにより前記反応生成物を得る工程と、
を含むものである。
【0007】
この製法では、外から内に向かって金属パターンと誘電体層と金属基板とがこの順に積層された構造体から特定波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーターを用いる。こうした赤外線ヒーターは、放射する赤外線のピーク波長が目的波長に精度よく合うように設計することができる。そのため、出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定したとき、その目的波長にピークを持つ赤外線を放射するように赤外線ヒーターを設計することができる。そして、目的波長にピークを持つ赤外線を出発原料に照射しながら有機合成反応を進行させることにより、効率よく反応生成物を得ることができる。このように、本発明によれば、赤外線を出発原料に照射しながら所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る製法を、幅広い出発原料に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】赤外線ヒーター10の斜視図。
図2】赤外線ヒーター10の部分底面図。
図3】放射面38から放射される赤外線の放射特性の一例を示すグラフ。
図4】1-デセンの赤外吸収スペクトルのグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下の本発明の好適な実施形態について説明する。
【0010】
本実施形態の反応生成物の製法は、出発原料から所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る反応生成物の製法であって、
(a)前記出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて前記有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定する工程と、
(b)外から内に向かって金属パターンと誘電体層と金属基板とがこの順に積層された構造体から前記目的波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーターを準備する工程と、
(c)前記目的波長にピークを持つ赤外線を前記赤外線ヒーターから前記出発原料に照射しながら前記有機合成反応を進行させることにより前記反応生成物を得る工程と、
を含むものである。
【0011】
本実施形態の製法では、出発原料は1種類の場合もあるし、2種類以上の場合もある。例えば、分子内反応の場合は出発原料は1種類であるし、同一分子の分子間反応の場合も出発原料は1種類である。異種分子の分子間反応の場合は出発原料は2種類以上である。
【0012】
本実施形態の製法では、工程(a)で、出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定する。
【0013】
例えば、所定の有機合成反応が分子内脱水反応の場合、1分子中の互いに隣り合う炭素原子の一方にヒドロキシ基、他方に水素原子が存在するアルコール化合物を出発原料として用いて、ヒドロキシ基と水素原子とを脱水させることにより、オレフィン化合物が得られる。その場合、出発原料は1種類である。また、出発原料のアルコール化合物の赤外吸収スペクトルにおいて、分子内脱水反応に関与する反応部位であるC-O部位のピーク波長を目的波長に設定するのが好ましい。そのC-O部位のピーク波長としては、C-O伸縮振動のピーク波長が好ましい。一般的に、アルコール化合物のC-O伸縮振動のピーク波長は1260~1000cm-1(7.93~10.00μm)である。
【0014】
また、所定の有機合成反応が非特許文献1に記載された転位反応の場合、エポキシ化合物であるプロペンオキシドを出発原料として用いて転位反応させることにより、アルデヒド化合物が得られる。その場合も、出発原料は1種類である。また、出発原料のエポキシ化合物の赤外吸収スペクトルにおいて、転位反応に関与する反応部位であるエポキシ環の対称伸縮のピーク波長あるいはエポキシ環の逆対称伸縮のピーク波長を目的波長に設定するのが好ましい。一般的に、エポキシ化合物のエポキシ環の対称伸縮のピーク波長は1250cm-1(8.00μm)付近であり、エポキシ環の逆対称伸縮のピーク波長は950~810cm-1(10.53~12.35μm)である。
【0015】
また、所定の有機合成反応が求電子付加反応の場合、オレフィン化合物と求電子体(例えば塩化水素など)とを出発原料として用いて反応させることにより、求電子付加化合物が得られる。その場合、出発原料はオレフィン化合物と求電子体の2種類である。また、出発原料のオレフィン化合物の赤外吸収スペクトルにおいて、求電子付加反応に関与する反応部位であるC=C部位のピーク波長を目的波長に設定するのが好ましい。そのC=C部位のピーク波長としては、C=C伸縮振動のピーク波長が好ましい。一般的に、オレフィン化合物のC=C伸縮振動のピーク波長は1660~1640cm-1(6.00~6.10μm)である。
【0016】
本実施形態の製法では、工程(b)で、外から内に向かって金属パターンと誘電体層と金属基板とがこの順に積層された構造体から目的波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーターを準備する。
【0017】
図1は、赤外線ヒーター10の斜視図であり、一部を断面で示した。図2は、赤外線ヒーター10の部分底面図である。なお、左右方向、前後方向及び上下方向は、図1に示した通りとする。赤外線ヒーター10は、ヒーター本体11と、構造体30と、ケーシング70とを備えている。この赤外線ヒーター10は、下方に配置された図示しない対象物に向けて赤外線を放射する。
【0018】
ヒーター本体11は、いわゆる面状ヒーターとして構成されており、線状の部材をジグザグに湾曲させた発熱体12と、発熱体12に接触して発熱体12の周囲を覆う絶縁体である保護部材13とを備えている。発熱体12の材質としては、例えばW,Mo,Ta,Fe-Cr-Al合金及びNi-Cr合金などが挙げられる。保護部材13の材質としては、例えばポリイミドなどの絶縁性の樹脂やセラミックス等が挙げられる。ヒーター本体11は、ケーシング70の内部に配置されている。発熱体12の両端は、ケーシング70に取り付けられた図示しない一対の入力端子にそれぞれ接続されている。この一対の入力端子を介して、発熱体12に外部から電力を供給可能である。なお、ヒーター本体11は、絶縁体にリボン状の発熱体を巻き付けた構成の面状ヒーターとしてもよい。
【0019】
構造体30は、発熱体12の下方に配設された板状の部材である。構造体30は、赤外線ヒーター10の下方外側から内側に向かって、第1導体層31と、誘電体層34と、第2導体層35と、支持基板37とがこの順に積層されている。構造体30は、ケーシング70の下方の開口を塞ぐように配置されている。
【0020】
第1導体層31は、図2に示すように、誘電体層34上に同じ形状で同じサイズの金属電極32が互いに等間隔に配設された周期構造をもつ金属パターンとして構成されている。具体的には、第1導体層31は、複数の四角形状の金属電極32が誘電体層34上で左右方向に間隔D1ずつ離れて互いに等間隔に配設されると共に前後方向に間隔D2ずつ離れて互いに等間隔に配設された金属パターンとして構成されている。金属電極32は、厚さ(上下高さ)が横幅W1(左右方向の幅)及び縦幅W2(前後方向の幅)よりも小さい形状をしている。金属パターンの横方向の周期はΛ1=D1+W1、縦方向の周期はΛ2=D2+W2である。ここではD1とD2とは等しく、W1とW2とは等しいとする。金属電極32の材料としては、例えば金、アルミニウム(Al)などが挙げられる。金属電極32は、図示しない接着層を介して誘電体層34に接合されている。接着層の材質としては、例えばクロム(Cr)、チタン(Ti)、ルテニウム(Ru)などが挙げられる。
【0021】
誘電体層34は、上面が第2導体層35に接合された平板状の部材である。誘電体層34は、第1導体層31と第2導体層35との間に挟まれている。誘電体層34の下面のうち金属電極32が配設されていない部分は、対象物に赤外線を放射する放射面38となっている。誘電体層34の材質としては、例えばアルミナ(Al23),シリカ(SiO2)などが挙げられる。
【0022】
第2導体層35は、上面が支持基板37に図示しない接着層を介して接合された金属板である。第2導体層35の材質は、第1導体層31と同様の材質を用いることができる。接着層の材質としては、例えばクロム(Cr)、チタン(Ti)、ルテニウム(Ru)などが挙げられる。
【0023】
支持基板37は、ケーシング70の内部に図示しない固定具などにより固定された平板状の部材であり、第1導体層31、誘電体層34及び第2導体層35を支持する。支持基板37の材質としては、例えばSiウェハ、ガラスなどのように、平滑面が維持しやすく、耐熱性が高く、熱反りが低い素材が挙げられる。支持基板37は、ヒーター本体11の下面に接触していてもよいし、接触せず空間を介して上下に離間して配設されていてもよい。支持基板37とヒーター本体11とが接触している場合には両者は接合されていてもよい。
【0024】
こうした構造体30は、特定の波長の赤外線を選択的に放射する特性を有するメタマテリアルエミッターとして機能する。この特性は、マグネティックポラリトン(Magneticpolariton)で説明される共鳴現象によるものと考えられている。なお、マグネティックポラリトンとは、上下2層の導体(第1導体層31及び第2導体層35)間の誘電体(誘電体層34)内において強い電磁場の閉じ込め効果が得られる共鳴現象のことである。これにより、構造体30では、誘電体層34のうち第2導体層35と金属電極32とによって挟まれる部分が赤外線の放射源となる。そして、その放射源から放たれる赤外線は金属電極32をまわり込んで、誘電体層34のうち金属電極32が配設されていない部分(すなわち放射面38)から周囲環境に放射される。また、この構造体30では、第1導体層31、誘電体層34及び第2導体層35の材質や、第1導体層31の形状及び周期構造を調整することで、共鳴波長を調整することができる。これにより、構造体30の放射面38から放射される赤外線は、特定の波長の赤外線の放射率が高くなる特性を示す。本実施形態では、構造体30が、波長0.9μm以上25μm以下(好ましくは2.5μm以上25μm以下(4000~400cm-1))の範囲内に半値幅が1.5μm以下(好ましくは1.0μm以下)で放射率が0.7以上(好ましくは0.8以上)の最大ピークを有する赤外線を放射面38から放射する特性(以下、単に「所定の放射特性」と称する)を有するように、上述した材質、形状及び周期構造などが調整される。すなわち、構造体30は、半値幅が比較的小さく放射率が比較的高い急峻な最大ピークを有する赤外線を放射する特性を有する。
【0025】
なお、このような構造体30は、例えば以下のように作製することができる。まず、支持基板37の表面(図1の下面)にスパッタリングにより接着層(図示せず)及び第2導体層35をこの順に形成する。次に、第2導体層35の表面(図1の下面)にALD法(atomiclayerdeposition:原子層堆積法)により誘電体層34を形成する。続いて、誘電体層34の表面(図1の下面)に所定のレジストパターンを形成してからヘリコンスパッタリング法により接着層(図示せず)及び第1導体層31の材質からなる層を順次形成する。そして、レジストパターンを除去することにより、第1導体層31(複数の金属電極32)を形成する。
【0026】
ケーシング70は、内部に空間を有し且つ底面が開放された略直方体の形状をしている。このケーシング70内部の空間に、ヒーター本体11及び構造体30が配置されている。ケーシング70は、発熱体12から放出される赤外線を反射するように金属(例えばSUSやアルミニウム)で形成されている。
【0027】
こうした赤外線ヒーター10の使用例を以下に説明する。まず、図示しない電源から入力端子を介して発熱体12の両端に電力を供給する。電力の供給は、発熱体12の温度が予め設定された温度(特に限定するものではないが、ここでは350℃とする)になるように行う。所定の温度に達した発熱体12からは、伝導・対流・放射の伝熱3形態のうち1以上の形態によって周囲にエネルギーが伝達され、構造体30が加熱される。その結果、構造体30は所定温度に上昇し、二次放射体となって、赤外線を放射するようになる。このとき、構造体30が上述したように第1導体層31、誘電体層34及び第2導体層35を有することで、赤外線ヒーター10は所定の放射特性に基づいた赤外線を放射する。
【0028】
図3は、放射面38から放射される赤外線の放射特性の一例を示すグラフである。図3に示す曲線a~dは、金属電極32の横幅W1及び縦幅W2を変化させた場合の放射面38からの赤外線の放射率を測定して、測定値をグラフにしたものである。放射率の測定は、以下のように行った。まず、積分球を有するFT-IR(フーリエ変換赤外分光計)で放射面38からの赤外線の垂直入射半球反射率を測定した。次に、透過率を値0として、キルヒホッフの法則を適用することで得られる、(放射率)=1-(反射率)の式により換算した値を、放射率の測定値とした。なお、曲線a~dのいずれも、第1導体層31及び第2導体層35を金とし、誘電体層34をアルミナとし、第1導体層31の厚さを100μmとし、間隔D1及び間隔D2を1.50μmとし、誘電体層34の厚さを120μmとし、構造体30の温度を200℃とした状態での結果である。曲線a(細い実線)、曲線b(破線)、曲線c(一点鎖線)、曲線d(太い実線)は、それぞれ横幅W1(=縦幅W2)を1.65μm、1.70μm、1.75μm、1.80μmとした場合のグラフである。曲線a~dのいずれも、最大ピークの半値幅は1.5μm以下で更に1.0μm以下であり、最大ピークの放射率が0.7(=70%)を超え更に0.8(=80%)を超えていた。また、金属電極32の幅が1.65μmから1.85μmに大きくなるに従って、ピーク波長(共鳴波長)は長波長側にシフトしていくことがわかった。表1にピーク波長の計算値と測定値を示す。計算値は、LC回路モデルによる共鳴波長の理論予測値とした。表1から計算値と測定値とは概ね良く一致していた。ここでは、金属電極32の幅を0.05μm刻みで作製したところ、ピーク波長はコンマ数μm刻みで発生した。そのため、ピーク波長を目的波長に精度よく合わせることができる。なお、金属電極32の幅を0.01μm刻みで設計すれば、ピーク波長を数10nm刻みで発生させることができると予測される。その場合、ピーク波長を目的波長により精度よく合わせることが可能になる。
【0029】
【表1】
【0030】
本実施形態の製法では、工程(c)で、目的波長にピークを持つ赤外線を赤外線ヒーターから出発原料に照射しながら有機合成反応を進行させることにより反応生成物を得る。上述した赤外線ヒーター10は、目的波長の赤外線を主として放射するように設計されてはいるが、構造体30の赤外線放射において、目的波長以外の放射をすべて除外することは困難であり、また大気下では、ヒーター各部からの周囲への対流放熱も予測される。したがって、実際のプロセスを構成する場合、こうした付随の熱流動が起因となって原料等が過度に温度上昇しないよう、装置形状等に各種考慮がなされるべきである。
【0031】
反応温度は反応速度などを考慮して適宜設定すればよい。また、反応時間は、出発原料や反応温度などに応じて適宜設定すればよい。更に、必要に応じて有機合成反応を促進する触媒を添加してもよい。得られた反応生成物は、通常知られている単離手法により単離することができる。例えば、反応混合物中の反応溶媒を減圧濃縮した後、カラムクロマトグラフィーや再結晶などで精製することにより、目的とする反応生成物を単離することができる。
【0032】
例えば、有機合成反応が上述した求電子付加反応の場合の一例として、下記式(1)を示す。式(1)では、1-デセンと塩化水素との求電子付加反応により2-クロロデカンが得られる。1-デセンの赤外吸収スペクトルのグラフを図4に示す。この場合、1-デセンの求電子付加反応に関与する反応部位であるC=C伸縮振動のピーク波長は1645cm-1(6.08μm、図4のピークCを参照)を目的波長に設定するのが好ましい。上述した赤外線ヒーターは、正方形状の金属電極の幅(横幅W1及び縦幅W2)がこのピーク波長の赤外線を放射するように精度よく設定される。そして、1-デセンに赤外線ヒーターでその赤外線を照射しながら、1-デセンと塩化水素との求電子付加反応を行う。こうすれば、1-デセンのC=C部位の選択的振動励起により遷移状態が効率よく生成されるため、効率よく反応が進行すると考えられる。そのため、反応時間の短縮化や反応温度の低温化が期待される。また、このような効果は脂肪族化合物および芳香族化合物など、原子間にπ結合を形成している部位に対して得られ、この部位特有の赤外吸収波長に対して、選択的に赤外光を照射することで、既に公知となっている各種試薬との反応において、効率よく反応を進行させることが可能となるとともに、これまで困難とされている反応においても、特定波長の赤外光の照射により実現することが可能となる。
【0033】
【化1】
【0034】
以上詳述した本実施形態の製法では、発熱体12からのエネルギーを吸収した構造体30から特定波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーター10を用いる。この赤外線ヒーター10は、放射する赤外線のピーク波長を目的波長に精度よく合うように設計することができる。そのため、出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定したとき、その目的波長にピークを持つ赤外線を放射するように赤外線ヒーター10を設計することができる。そして、目的波長にピークを持つ赤外線を出発原料に照射しながら有機合成反応を進行させることにより、効率よく反応生成物を得ることができる。このように、本実施形態によれば、赤外線を出発原料に照射しながら所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る製法を、幅広い出発原料に適用することができる。
【0035】
また、第1導体層31は、同じ形状で同じサイズの金属電極32が互いに等間隔に配設された周期構造をもつ金属パターンとして構成されている。赤外線ヒーター10は、金属電極32の横幅W1及び縦幅W2に応じて放射する赤外線のピーク波長が変化する。金属電極32の横幅W1及び縦幅W2は、例えば周知の電子線描画装置による描画とリフトオフにより設計値通りに精度よく作ることができる。そのため、赤外線ヒーター10から放射される赤外線のピーク波長を目的波長に合わせる作業を、比較的簡単に且つ精度よく行うことができる。
【0036】
更に、目的波長は、波長0.9μm以上25μm以下(好ましくは2.5μm以上25μm以下(4000~400cm-1))の範囲で設定されるため、通常の赤外吸収スペクトルの測定範囲を網羅することができる。
【0037】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0038】
例えば、上述した実施形態では、有機合成反応として分子内脱水反応や転位反応、求電子付加反応を例示したが、特にこれに限定されるものではなく、例えば求核付加反応や求核置換反応など種々の有機合成反応に利用することができる。こうした有機合成反応の例として、アルケン、アルキン等不飽和炭化水素やポリオレフィンに代表される脂肪族化合物やベンゼン環構造に代表される芳香族化合物のハロゲン化、重水素化、水付加であったり、アミド化合物、エステル化合物の加水分解など、π結合を形成している部位に対する反応が挙げられる。
【0039】
上述した実施形態では、金属電極32は四角形状としたが、これに限られない。例えば、金属電極32は、円形状や十字形状(長方形が垂直に交差した形状)としてもよい。金属電極32が円形状の場合、円の直径が横幅W1及び縦幅W2に相当し、十字形状の場合、交差する2つの長方形の各々の長辺の長さが横幅W1及び縦幅W2に相当する。また、金属電極32は左右方向及び前後方向に沿って等間隔に格子状に配列されていたが、これに限られない。例えば金属電極32は左右方向のみ又は前後方向のみに等間隔に配列されていてもよい。
【0040】
上述した実施形態では、構造体30は支持基板37を備えていたが、支持基板37を省略してもよい。また、構造体30において、第1導体層31と誘電体層34とが接着層を介さずに直接接合されていてもよいし、第2導体層35と支持基板37とが接着層を介さずに直接接合されていてもよい。
【実施例0041】
[実施例1]
62.8mLの1-ヘキセン(0.5mol:東京化成工業株式会社製)を反応容器に加え、Arガスにより15分間パージさせた。続いて、この反応容器を冷却しながら(-20℃)、反応容器上部から1650cm-1にピークをもつ1600~1700cm-1の赤外線の照射(5W:赤外線照射面積3cm角/単位面積当たりの照射エネルギー:約0.5W/cm2)を開始した。続いて、攪拌している1-ヘキセンに臭化水素ガス(太陽日酸)を0.21mol/hrの条件で導入した。臭化水素ガス導入から30分後、1時間後、2時間後、3時間後にそれぞれガスの導入を停止し、反応容器内をArガスに置換後、各反応液を-196℃中で保存した。
【0042】
[比較例1]
62.8mLの1-ヘキセン(0.5mol:東京化成工業株式会社製)を反応容器に加え、Arガスにより15分間パージさせた。続いて、この反応容器を冷却させ(-20℃)、攪拌している1-ヘキセンに臭化水素ガス(太陽日酸株式会社製)を0.21mol/hrの条件で導入した。臭化水素ガス導入から30分後、1時間後、2時間後、3時間後にそれぞれガスの導入を停止し、反応容器内をArガスに置換後、各反応液を-196℃中で保存した。
【0043】
実施例1及び比較例1の反応時間ごとの反応液のNMR測定と、原料である1-ヘキセンのNMR測定とを行い、その結果から、反応時間ごとの反応液ルに含まれる、1-ヘキセンと2-ブロモヘキサンの重量%を算出した。結果を表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
表2より、1650cm-1にピークをもつ1600~1700cm-1の赤外線の照射を行った実施例1と赤外線の照射を行わなかった比較例1とでは、実施例1の方が1-ヘキセンから2-ブロモヘキサンへの反応が早く進むことが確認できた。この結果から、目的波長にピークを持つ赤外線を出発原料に照射しながら有機合成反応を進行させることにより、効率よく反応生成物を得ることができることが示された。
【0046】
[実施例2]
0.25molの1-オクテン(39.2mL:東京化成工業株式会社製)と0.025molのトリブチルヘキサデシルホスホニウムブロミド(12.7g:東京化成工業株式会社製)と3.75molのHCl水溶液(40mL)を反応容器に加え、Arガスにより15分間パージさせた。続いて、油浴中(115℃)に反応容器を移し、反応容器上部(有機相上部)から1630cm-1にピークをもつ1580~1680cm-1の赤外線の照射(5W:赤外線照射面積3cm角/単位面積当たりの照射エネルギー:約0.5W/cm2)を開始し、混合液を攪拌し反応を開始した。反応開始から25時間後に赤外線の照射および攪拌を止め、反応容器を油浴から取り出し反応を停止させた。
【0047】
[比較例2]
0.25molの1-オクテン(39.2mL:東京化成工業株式会社製)と0.025molのトリブチルヘキサデシルホスホニウムブロミド(12.7g:東京化成工業株式会社製)と3.75molのHCl水溶液(40mL)を反応容器に加え、Arガスにより15分間パージさせた。続いて、油浴中(115℃)にて混合液を攪拌し反応を開始した。反応開始から25時間後に攪拌を止め、反応容器を油浴から取り出し反応を停止させた。
【0048】
実施例2及び比較例2の反応液のNMR測定と、原料である1-オクテンのNMR測定とを行い、その結果から、反応時間ごとの反応液に含まれる、1-オクテンと2-クロロオクタンの重量%を算出した。結果を表3に示す。
【0049】
【表3】
【0050】
表3より、1630cm-1にピークをもつ1580~1680cm-1の赤外線の照射を行った実施例2と赤外線の照射を行わなかった比較例2とでは、実施例2の方が1-オクテンから2-クロロオクタンへの反応が早く進むことが確認できた。この結果から、目的波長にピークを持つ赤外線を出発原料に照射しながら有機合成反応を進行させることにより、効率よく反応生成物を得ることができることが示された。
【0051】
なお、上述した実施例は本発明を何ら限定するものでないことは言うまでもない。
【0052】
本出願は、2016年8月3日に出願された日本国特許出願第2016-152522号を優先権主張の基礎としており、引用によりその内容の全てが本明細書に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、各種の反応生成物を合成する際に利用可能である。
【符号の説明】
【0054】
10 赤外線ヒーター、11 ヒーター本体、12 発熱体、13 保護部材、30 構造体、31 第1導体層、32 金属電極、34 誘電体層、35 第2導体層、37 支持基板、38 放射面、70 ケーシング、W1 横幅、W2 縦幅、D1,D2 間隔。
図1
図2
図3
図4
【手続補正書】
【提出日】2022-07-13
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
出発原料から所定の有機合成反応を経て反応生成物を得る反応生成物の製法であって、(a)前記出発原料の赤外吸収スペクトルにおいて前記有機合成反応に関与する反応部位のピーク波長を目的波長に設定する工程と、
(b)前記目的波長にピークを持つ赤外線を放射する板状の赤外線ヒーターを準備する工程と、
(c)前記目的波長にピークを持つ赤外線を前記赤外線ヒーターから前記出発原料に照射しながら前記有機合成反応を進行させることにより前記反応生成物を得る工程と、
を含み、
前記赤外線ヒーターから照射される赤外線の最大ピークの放射率は、0.7以上である、
反応生成物の製法。
【請求項2】
前記板状の赤外線ヒーターは、外から内に向かって金属パターンと誘電体層と金属基板とがこの順に積層された構造体から前記目的波長にピークを持つ赤外線を放射する赤外線ヒーターであり、前記金属パターンは、前記誘電体層上に同じ形状で同じサイズの金属電極が互いに等間隔に配設されたものであり、
前記赤外線ヒーターは、前記金属電極の幅に応じて放射する赤外線のピーク波長が変化する、
請求項1に記載の反応生成物の製法。
【請求項3】
前記目的波長は、波長2.5μm以上25μm以下の範囲で設定される、
請求項1又は2に記載の反応生成物の製法。