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特開2022-145976パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤及びベルセトラグ誘導体
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  • 特開-パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤及びベルセトラグ誘導体 図1
  • 特開-パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤及びベルセトラグ誘導体 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022145976
(43)【公開日】2022-10-05
(54)【発明の名称】パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤及びベルセトラグ誘導体
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4709 20060101AFI20220928BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220928BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220928BHJP
   C07D 451/04 20060101ALI20220928BHJP
【FI】
A61K31/4709
A61P25/28
A61P43/00 111
C07D451/04 CSP
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021046728
(22)【出願日】2021-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】504193837
【氏名又は名称】国立大学法人室蘭工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100110766
【弁理士】
【氏名又は名称】佐川 慎悟
(74)【代理人】
【識別番号】100165515
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 清子
(74)【代理人】
【識別番号】100169340
【弁理士】
【氏名又は名称】川野 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100195682
【弁理士】
【氏名又は名称】江部 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100206623
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 智行
(72)【発明者】
【氏名】石井 利明
(72)【発明者】
【氏名】中野 博人
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA03
4C086CB15
4C086GA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA05
4C086NA06
4C086NA14
4C086ZA15
4C086ZC41
(57)【要約】      (修正有)
【課題】パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を効果的に改善し、かつ副作用の発生が少ない剤及び新規のベルセトラグ誘導体を提供する。
【解決手段】下記式(II)及び(III)に代表されるベルセトラグ誘導体を有効成分とする、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進の改善剤である。

【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)
【化1】
(式中、Xは、OH、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表し、Yは、H、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表すが、同時にXがOHかつYがHであることはなく、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体におけるアミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分とする、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤。
【請求項2】
海馬歯状回におけるcAMPを増加させるために用いられる、
ことを特徴とする請求項1に記載の剤。
【請求項3】
下記式(II)又は(III)
【化2】
(式中、アミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分とする、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の剤。
【請求項4】
下記式(I)
【化3】
(式中、Xは、OH、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表し、Yは、H、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表すが、同時にXがOHかつYがHであることはなく、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体におけるアミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩であるベルセトラグ誘導体。
【請求項5】
下記式(II)又は(III)
【化4】
(式中、アミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩である、
ことを特徴とする請求項4に記載のベルセトラグ誘導体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤及びベルセトラグ誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病は黒質の変性を主病変とする神経変性疾患の1つであり、脳内のドパミン不足とアセチルコリンの相対的増加とを病態とする。パーキンソン病はアルツハイマー病についで頻度の高い疾患であり、有病率は10万人あたり100人である。症状としては振戦、固縮、無動、姿勢反射障害等を認めるとともに、様々な全身症状や精神症状も合併する。症状がゆっくりと進行するため、本人の自覚症状がないまま症状が悪化することもある。パーキンソン病の約95%は孤発例であり、遺伝的な影響は低いとされている。患者の約40%に認知症が併発するといわれている。
【0003】
パーキンソン病による記憶障害では、学習・記憶形成・記憶固定は正常である一方で、記憶の消去のみが異常に促進し、認知障害を生じる(非特許文献1)。これは海馬歯状回でのcAMP濃度減弱及びpCREB(cAMP response element binding protein)発現減少に起因することが知られている(非特許文献2)。
【0004】
特許文献1及び非特許文献3には、プルカロプリド及びベルセトラグといった5-HT4受容体作動薬が、正中縫線核から海馬歯状回に投射するセロトニン神経系を刺激し、海馬歯状回におけるcAMP濃度を上昇させることで、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-168072号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kinoshita,K.,Tada,Y.,Muroi,Y.,Unno,T.,and Ishii,T.Life Sci.2015,137,28-36.
【非特許文献2】J.Pharmacol.Sci.2017,134:55-58
【非特許文献3】Int.J.Mol.Sci.2019,20(21):5340
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高齢になるほど有病率が高くなるパーキンソン病は、昨今の高齢化によりその罹患数が増加し続けており、特に、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進は、患者本人のみならず周囲にも多大な影響を及ぼすため、有効な治療薬の開発が待たれている状況にあった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を効果的に改善し、かつ副作用の発生が少ない剤及び新規のベルセトラグ誘導体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係るパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤は、
下記式(I)
【化1】
(式中、Xは、OH、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表し、Yは、H、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表すが、同時にXがOHかつYがHであることはなく、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体におけるアミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分とする。
【0010】
例えば、海馬歯状回におけるcAMPを増加させるために用いられる。
【0011】
例えば、下記式(II)又は(III)
【化2】
(式中、アミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩を有効成分とする。
【0012】
本発明の第2の観点に係るベルセトラグ誘導体は、
下記式(I)
【化3】
(式中、Xは、OH、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表し、Yは、H、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表すが、同時にXがOHかつYがHであることはなく、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体におけるアミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩である。
【0013】
例えば、下記式(II)又は(III)
【化4】
(式中、アミノ基は保護基により保護されていてもよい。)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を効果的に改善し、かつ副作用の発生が少ない剤及び新規のベルセトラグ誘導体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ベルセトラグを作用させた海馬中央部(海馬歯状回を含む)のcAMPレベルの測定結果を表すグラフ図である。
図2】新規のベルセトラグ誘導体(No.1検体、No.2検体)を作用させた海馬中央部(海馬歯状回を含む)のcAMPレベルの測定結果を表すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(1.ベルセトラグ誘導体)
本発明によるベルセトラグ誘導体は、下記式(I)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩である。なお、式中、Xは、OH、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表し、Yは、H、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表すが、同時にXがOHかつYがHであることはない。
【化5】
【0017】
上記のアミノ酸として、グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、バリン(Val)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、システイン(Cys)、メチオニン(Met)、アスパラギン(Asn)、グルタミン(Gln)、プロリン(Pro)、ヒドロキシプロリン(Hyp)等の中性アミノ酸、アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)等の酸性アミノ酸、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)等の塩基性アミノ酸、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、トリプトファン(Trp)等の芳香族アミノ酸、オルニチン(Orn)、サルコシン(Sar)、シトルリン(Cit)、ノルバリン(Nva)、ノルロイシン(Nle)、α-アミノ酪酸(Abu)、タウリン(Tau)、tert-ロイシン(t-Leu)、シクロロイシン(Cle)、α-アミノイソ酪酸(2-メチルアラニン)(Aib)、ペニシラミン(Pen)、ホモセリン(Hse)等の他のアミノ酸が挙げられる。
【0018】
上記のアミノ酸誘導体としては、上記アミノ酸の各種誘導体をいう。アミノ酸誘導体としては、例えば、非天然アミノ酸、アミノアルコール、並びに末端カルボニル基、末端アミノ基及びシステインのチオール基等の官能基の1又は2以上が各種置換基により置換されたアミノ酸が挙げられる。置換基として、具体的には、例えば、アルキル基、アシル基、水酸基、アミノ基、アルキルアミノ基、ニトロ基、スルフォニル基、各種保護基(Boc基(tert-ブトキシカルボニル基)、Z基、アセチル基、トリフルオロアセチル基など)が挙げられる。
【0019】
アミノ酸誘導体として、例えば、グリシン(Gly)の下記Aが各種置換基により置換されたグリシン誘導体が挙げられる。置換基として、具体的には、例えば、アルキル基、アシル基、水酸基、アミノ基、アルキルアミノ基、ニトロ基、スルフォニル基、各種保護基(Boc基(tert-ブトキシカルボニル基)、Z基、アセチル基、トリフルオロアセチル基など)が挙げられる。
【化6】
【0020】
上記のペプチドとして、アミノ酸がアミド結合又はエステル結合して形成されるものであれば特に制限なく用いられ、例えば、ジペプチド、トリペプチド等を挙げることができる。ペプチドには、直鎖部を有する鎖状ペプチドの他、環状ペプチドも含まれる。環状ペプチドは、ペプチドが同一分子内で共有結合を介して環化され、環状部を有するペプチドである。
【0021】
上記のペプチド誘導体として、上記のアミノ酸誘導体がアミド結合又はエステル結合して形成されるものであれば特に制限なく用いられ、例えば、ジペプチド誘導体、トリペプチド誘導体等を挙げることができる。前述同様、鎖状ペプチドの他、環状ペプチドも含まれる。ペプチド誘導体には、上記のペプチドをさらに化学修飾して得られるものも含まれる。
【0022】
上記のアミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体におけるアミノ基は、保護基により保護されていてもよい。保護基としては、通常アミノ基の保護基として用いられているBoc基(tert-ブトキシカルボニル基)、Z基、アセチル基、トリフルオロアセチル基等が例示される。
【0023】
本発明のベルセトラグ誘導体は、例えば、下記式(II)又は(III)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩であってもよい。下記式(II)又は(III)中、アミノ基は保護基(前述同様)により保護されていてもよい。
【0024】
【化7】
【0025】
本明細書において「薬学的に許容可能な塩」とは、開示された化合物の誘導体を意味し、そこにおいて、親化合物は、塩にするために、酸又は塩基部分の交換によって修飾される。薬学的に許容可能な塩の例は、非限定的ではあるが、アミン、アルカリのような塩基性残基の鉱物若しくは有機酸塩、又はカルボキシル酸などのような酸性残基の有機塩が含まれる。本明細書において、薬学的に許容可能な塩は、例えば非中毒性の無機又は有機酸から形成される親化合物の従来の非中毒性塩を含む。本明細書において、薬学的に許容可能な塩は、従来の化学的方法によって塩基性又は酸性部分を含む親化合物から合成されることがある。通常、このような塩は、水中又は有機溶媒中または2つの混合溶液中において適切な塩基又は酸の化学量論的な量で、これらの化合物の遊離酸又は遊離塩基を反応させることで調製されることがある。一般的には、エーテル、酢酸エチル、エタノール、イソプロパノール、アセトニトリル(ACN)等のような非水系媒体が好適である。適当な塩のリストは、Remington’s Pharmaceutical Sciences,17th ed.,Mack Publishing Company、Easton、Pa.,1985,p.1418及びJournal of Pharmaceutical Science,66,2(1977)に記載されている。
【0026】
本発明のベルセトラグ誘導体の合成方法の一例を以下に示す。ベルセトラグとアミノ酸(アミノ基が保護基により保護されていてもよい)とをdry CHClにそれぞれ溶解し、その溶液に4-ジメチルアミノピリジン(DMAP)と1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド(EDCI)を加えAr気流下、0℃で20時間撹拌する。その後、水を加えて反応を停止し、反応液をCHClで抽出する。有機層を無水NaSOで乾燥後、溶媒を減圧留去する。得られた粗生成物をカラムクロマトグラフィーで分離精製して、ベルセトラグ誘導体を得る。このように、ベルセトラグとアミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体との縮合反応によりベルセトラグ誘導体を得ることができる。他に、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体の置換反応又は付加反応によってもベルセトラグ誘導体を得ることができる。
【0027】
(2.パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤)
本発明によるパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤は、下記式(I)で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩(前述のベルセトラグ誘導体)を有効成分とする。なお、式中、Xは、OH、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表し、Yは、H、アミノ酸、アミノ酸誘導体、ペプチド又はペプチド誘導体を表すが、同時にXがOHかつYがHであることはない。
【化8】
【0028】
本発明によるパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤は、例えば、下記式(II)又は(III)
【化9】
で表される化合物又はその薬学的に許容可能な塩であるベルセトラグ誘導体を有効成分としてもよい。上記式(II)及び(III)中、アミノ基は保護基により保護されていてもよく、保護基としては、通常アミノ基の保護基として用いられているBoc基(tert-ブトキシカルボニル基)、Z基、アセチル基、トリフルオロアセチル基等が例示される。
【0029】
本発明の剤は、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進、つまりパーキンソン病に起因する記憶消失亢進に治療効果を有するものであって、パーキンソン病自体には治療効果を有しない。パーキンソン病では、学習・記憶形成・記憶固定は正常である一方で、記憶の消去のみが異常に促進する(Kinoshita,K.,Tada,Y.,Muroi,Y.,Unno,T.,and Ishii,T.Life Sci.2015,137,28-36.)。本発明の剤がパーキンソン病自体に治療効果を有しないのは、該剤が(パーキンソン病患者の破壊された)中脳黒質及び黒質-線条体のドパミン神経に影響を与えないからである。
【0030】
本発明によるパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤は、例えば、海馬歯状回におけるcAMPを増加させるために用いられてもよい。海馬歯状回における未分化細胞のcAMPを上昇させてリン酸化CREB(pCREB)を増加させることで、該記憶消失亢進を改善させることができる。パーキンソン病に併発した記憶障害においては、神経細胞でのpCREBの発現量には変化がなく、海馬歯状回の(神経細胞ではない)未分化細胞のみにpCREBの減少が生じる(一方で、海馬歯状回の神経細胞のpCREB発現は正常で変化がない)ため、海馬歯状回におけるcAMPを増加させることが重要となる。
【0031】
本発明によるパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤の治療効果は、例えば、パーキンソン病モデルマウス(以下、「PDマウス」と称する)を用いた文脈的恐怖条件付けテストによって確認することができる。
【0032】
PDマウスは、中脳黒質のドパミン神経細胞を特異的に破壊する1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine(MPTP)を腹腔内投与することで作出する。より具体的には、マウスに、生理食塩水に溶解したMPTPを複数回、腹腔内に投与することで作出する。なお、MPTPによる病態はほぼ黒質線条体に限局され、海馬等の神経細胞に直接的な毒性は示さないとされている。PDマウスの作製については、Kinoshita et al.(2015)Life Sci.137:28-36を参照してもよい。
【0033】
文脈的恐怖条件付けテストについて以下に説明する。このテストは、装置にマウスを入れ(条件刺激:CS)、嫌悪刺激となる電気刺激を与える(無条件刺激:US)ことで、その装置内に置かれた環境に対する恐怖を学習・記憶させるテストである。近年、獲得後固定された記憶は想起とともに一度不安定な状態となり、再固定という過程を経て長期記憶となることや、不安定な記憶は他の記憶と塗り替えられることで記憶の消去につながることが示唆されている。このテストでは、記憶の固定(装置にマウスを入れ(条件刺激:CS)、嫌悪刺激となる電気刺激を与える(無条件刺激:US))の後、30分間のCS暴露(消去トレーニング)を再度行い、記憶の消去を誘導する。記憶の評価は、マウスの恐怖行動の指標であるフリージング行動を測定することで行った。フリージング行動の割合が低いほど、記憶の消去が亢進していることを表す。
【0034】
上記のPDマウスにおいて、MPTP投与後一定期間経過後に、本発明の剤を腹腔内投与し、PDマウスが示す記憶の消去亢進及び記憶の保持能力の低下が改善されるか否かについて解析する。記憶の保持能力は、例えば、記憶の固定(0日目)後、1~3日目の間、毎日、30分間CS暴露(消去トレーニング)を行い、その際のフリージング行動を測定する(30分間のCS暴露中の、始めの3分間及び終わりの3分間)ことで、毎日の連続的な消去誘導後にどの程度記憶が保持されているのか、すなわち記憶の保持能力を解析する。
【0035】
フリージング行動の測定について説明する。“フリージング”を、1秒間以上、呼吸以外のすべての動きが無いことと定義し、マウスをビデオカメラで撮影記録し、低速で再生しながらフリージングの総時間を計測し、例えば、3分間内でフリージングした総時間(秒)を3分(180秒)で割り算して求めた割合を求める。
【0036】
本発明の剤を、例えば、上記1~3日目における30分間のCS暴露の2時間前に、3mg/kgの用量で腹腔内投与する。時間が経過するにつれて、PDマウスのフリージング行動の減少、すなわち記憶の消去亢進が観察される。本発明の剤を投与することによって、PDマウスのフリージング行動の減少を抑制、すなわち記憶の消去亢進を抑制することができる。
【0037】
本発明の剤は、後述するように、ベルセトラグよりも治療有効域が広く、副作用の発生リスクが低い。
【0038】
本発明によるパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤は、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進が生じている対象、例えばマウス、ラット、ハムスター、モルモットを含むげっ歯類、ヒト、チンパンジー、アカゲザルを含む霊長類、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジを含む家畜、イヌ、ネコを含む愛玩動物といった哺乳動物に投与される。好ましい対象は、ヒトである。
【0039】
本発明によるパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤の投与方法は、経口投与、局所投与(例えば、脳への局所投与、特には海馬歯状回への局所投与)、静脈内投与、腹腔内投与、皮内投与、舌下投与等、適宜選択され得る。投与剤型も任意であってよく、例えば、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等の経口用固形製剤、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤、注射剤などの非経口用液体製剤等に適宜調製することができる。また、適切なドラッグデリバリーシステム(DDS)(例えば、脳血液関門を通過するためのDDS)を用いてもよい。さらに製剤上の必要に応じて、医薬的に許容し得る各種の製剤用物質を配合することができる。製剤用物質は製剤の剤形により適宜選択でき、例えば、緩衝化剤、界面活性剤、安定化剤、防腐剤、賦形剤、希釈剤、添加剤、崩壊剤、結合剤、被覆剤、潤滑剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、可溶化剤等が挙げられる。
【0040】
本発明によるパーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善するための剤の投与量及び投与回数は、有効量が患者に投与されるように、患者の状態、年齢、体重、投与経路、投与形態等に応じて当業者が適宜設定できる。
【0041】
(3.まとめ)
以上説明したように、本発明により、新規のベルセトラグ誘導体を提供できる。また、本発明による剤は、新規のベルセトラグ誘導体を有効成分とし、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を効果的に改善し、かつベルセトラグよりも治療有効域が広く、副作用の発生リスクが低い。
【実施例0042】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)
新規のベルセトラグ誘導体(No.1検体、No.2検体)を合成した。
【0044】
ベルセトラグ(1.0eq)(Axon Medchem)とN-Boc-アラニン又はN-Boc-グリシン(1.5eq)(いずれも東京化成工業株式会社)とをdry CHCl(1mL)にそれぞれ溶解し、その溶液に4-ジメチルアミノピリジン(DMAP)(0.2eq)と1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド(EDCI)(1.5eq)を加えAr気流下、0℃で20時間撹拌した。その後、水を加えて反応を停止し、反応液をCHClで抽出した。有機層を無水NaSOで乾燥後、溶媒を減圧留去した。得られた粗生成物をカラムクロマトグラフィー(SiO:CHCl/MeOH=95/5)で分離精製して、それぞれ対応する生成物であるベルセトラグ-アラニン(No.1検体)又はベルセトラグ-グリシン(No.2検体)を得た。
【0045】
ベルセトラグ-アラニン(No.1検体)のH-NMRのデータを以下に示す。
White semisolid.50% yield.H-NMR(500 MHz,CDCl)δ10.44(d,7.4 Hz,1H),8.81(s,1H),7.73(d,J=8.0Hz,1H),7.58-7.67(m,2H),7.29-7.25(m,1H),5.19-4.98(m,2H),4.35-4.15(m,2H),3.54-3.31(m,2H),3.24-3.13(m,2H),2.95(s,3H),2.84(s,3H),2.57-2.41(m,2H),2.34-1.94(m,7H),1.79-1.70(m,2H),1.67(d,J=6.9Hz,6H),1.43(s,9H),1.41(s,3H).
【0046】
ベルセトラグ-グリシン(No.2検体)のH-NMRのデータを以下に示す。
White semisolid.40% yield.H-NMR(500 MHz,CDCl)δ10.54(d,7.2 Hz,1H),8.81(s,1H),7.74(d,J=7.7Hz,1H),7.68-7.57(m,2H),7.29-7.19(m,1H),5.36-5.20(m,1H),4.30-4.22(m,1H),3.98-3.89(m,2H),3.82-3.74(m,1H),3.54-3.35(m,4H),2.95(s,3H),2.82(s,3H),2.5-2.35(m,1H),2.35-1.97(m,8H),1.92-1.80(m,2H),1.67(d,J=7.2Hz,6H),1.44(s,9H).
【0047】
以上より、下記のNo.1検体及びNo.2検体が得られたことを確認した。
【化10】
【0048】
(実施例2)
実施例1で合成したNo.1検体及びNo.2検体を用いて、ex vivoスクリーニング系によって海馬歯状回のcAMPレベルを測定した。
【0049】
マウス摘出海馬の組織ブロック標本を用いたex vivoスクリーニング系について説明する。マウスを安楽屠殺後、全脳を摘出し、氷上にて正中縦切断後、すぐさま酸素混合ガス通気下で1/3vol.がシャーベット状に冷却した人工脳脊髄液(ACSF)に沈め3分間冷却した。次に、氷上にて海馬を摘出し、片側海馬を3分割に横断後、海馬中央部(海馬歯状回を含む)を海馬組織ブロック標本とし、以下の環流実験に使用した。
【0050】
予め30℃に加温したACSFを満たした環流チャンバーに海馬ブロック標本を入れ環流を開始した。環流開始後7分間を前環流とし、海馬組織ブロック標本を安定化させた。前環流7分後、環流を止め、適用量の薬物(ベルセトラグ:0.1μM、0.3μM、1.0μM、3.0μM)(No.1検体:0.3μM、1.0μM)(No.2検体:0.1μM、0.3μM、3.0μM、10.0μM、30.0μM)を直接環流チャンバーのACSFに添加し、15分間薬物を作用させた。その後、海馬組織ブロック標本を環流チャンバーから取り出し、液体窒素で急速冷凍し保存した。なお、本スクリーニング系での必要薬物量は、分子量500の薬物の場合、5μgである。
【0051】
冷凍保存した海馬組織ブロック標本を秤量後、10vol.の5%トリクロロ酢酸(TCA)添加しホモジナイズした。1500×gで10分間遠心分離後、上清を回収し、沈渣(ペレット)を4℃で保存した。回収した上清からTCAを抽出除去するために、蒸留水で飽和したエーテルを加え激しく撹拌した。上層のエーテル層を除き、再度エーテルを加え同様に激しく撹拌した(この操作を3回繰り返した)。TCA抽出操作後に70℃で5分間加温することで残余のエーテルを除去した後、その溶液をcAMP定量用のサンプル溶液とした。
【0052】
サンプルのcAMP量を、Cyclic AMP EIA kit(Cayman Chemical co.)を用いてkit商品に添付されている方法に従い測定した。4℃で保存したペレットに、エタノール・エーテル(1:3)溶液を加え攪拌することでTCAを抽出除去し、1500×gで10分間遠心後エーテル層を除いた。ペレットを、70℃で5分間加温することで残余のエーテルを除き、秤量した。なお、cAMP含量は、pmol/mg TCA沈殿組織重量の単位として示した。
【0053】
結果を図1、2に示す。なお、図1、2において「Control」は、薬物を作用させないこと以外は上記同様に処理しcAMP含量を測定したものである。
【0054】
ベルセトラグ(図1)では、0.3μMまでは用量依存的にcAMPレベルが増加したが、1.0μM以降では逆に用量依存的にcAMPレベルが減少した。1.0μM以降でcAMPレベルが減少したのは、cAMPレベル過剰産生による細胞死が生じたことと、薬物自体の毒性によるものと推測された。
【0055】
一方で、No.1検体0.3μMでは、Controlに比してcAMPレベルが増加し(図2)、No.1検体1.0μMでも同程度であった(図示せず)。また、No.2検体(図2)では、3.0μMまでは用量依存的にcAMPレベルが増加し、その増加の度合いはベルセトラグ(図1)よりも高かった。No.2検体10.0μM以降では用量依存的にcAMPレベルが減少し(図2)、これは、前述同様、cAMPレベル過剰産生による細胞死が生じたことと、薬物自体の毒性によるものと推測された。しかしながら、ベルセトラグ(図1)では1.0μM以降でcAMPレベル減少がみられた一方で、No.2検体(図2)では10.0μM以降ではじめてcAMPレベル減少がみられたことから、ベルセトラグよりもNo.2検体では治療有効域が広く、副作用の発生リスクが低いことが示された。
【0056】
以上より、新規のベルセトラグ誘導体であるNo.1検体及びNo.2検体は、海馬歯状回におけるcAMPレベルを増加させることで、パーキンソン病に併発した記憶消失亢進を改善させることが示された。また、No.1検体及びNo.2検体は、ベルセトラグよりも治療有効域が広く、副作用の発生が少ないことが示された。
図1
図2