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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022146791
(43)【公開日】2022-10-05
(54)【発明の名称】操船システム及び船舶
(51)【国際特許分類】
   B63H 25/42 20060101AFI20220928BHJP
【FI】
B63H25/42 B
B63H25/42 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021047950
(22)【出願日】2021-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】特許業務法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中安 良和
(57)【要約】
【課題】操船フィーリングの向上を図れる操船システム及び船舶を提供する。
【解決手段】操船システム3は、船舶の船体に装備可能に構成される船外機4と、船外機4が発生する推進力の船体に対する舵角を変化させる転舵ユニット42と、船舶の航走速度を検出する速度センサ50と、コントローラ60とを含む。コントローラ60は、転舵ユニット42を制御して、舵角の最大値を、速度センサ50が検出する航走速度に応じて変化させる。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶に装備される操船システムであって、
前記船舶の船体に装備可能に構成され、推進力を発生する推進機と、
前記推進機が発生する推進力の前記船体に対する舵角を変化させる転舵ユニットと、
前記船舶の航走速度を検出する速度センサと、
前記転舵ユニットを制御して、前記舵角の最大値を、前記速度センサが検出する航走速度に応じて変化させるコントローラと、を含む、操船システム。
【請求項2】
前記コントローラは、
前記速度センサが検出する航走速度が所定の閾値以上である場合には、前記舵角の最大値を第1設定値に設定し、
前記速度センサが検出する航走速度が前記閾値未満である場合には、前記舵角の最大値を、前記第1設定値よりも大きい第2設定値に設定する、請求項1に記載の操船システム。
【請求項3】
前記閾値は、前記船舶が滑走を開始するときの航走速度である、請求項2に記載の操船システム。
【請求項4】
船舶に装備される操船システムであって、
前記船舶の船体に装備可能に構成され、推進力を発生する推進機と、
前記推進機が発生する推進力の前記船体に対する舵角を変化させる転舵ユニットと、
操船のために操船者によって操作されることにより、第1操船指令を発生する第1操作子と、
前記第1操作子とは別に設けられ、操船のために操船者によって操作されることにより、第2操船指令を発生する第2操作子と、
前記第1操船指令に応答して、第1設定値の最大舵角以内で前記転舵ユニットを制御し、前記第2操船指令に応答して、前記第1設定値よりも大きい第2設定値の最大舵角以内で前記転舵ユニットを制御するコントローラと、を含む、操船システム。
【請求項5】
前記第2操作子は、ジョイスティックである、請求項4に記載の操船システム。
【請求項6】
前記船体の左右方向に並んで装備される複数の前記推進機を含み、
前記複数の推進機がそれぞれ発生する推進力の作用線の交差位置が、前記船体の抵抗中心と、前記抵抗中心よりも前方の位置と、前記抵抗中心よりも後方の位置とを含む範囲内において可変であるように、前記第2設定値が定められている、請求項2~5のいずれか一項に記載の操船システム。
【請求項7】
前記作用線が前後方向に沿っているときの前記舵角を0度とした場合において、前記第2設定値は、30度以上である、請求項6に記載の操船システム。
【請求項8】
前記推進機は、前記船体の船尾に設けられ、縦軸まわりに回動可能な船外機であり、
前記第2設定値は、前記船外機の回動可能角度と同じである、請求項2~7のいずれか一項に記載の操船システム。
【請求項9】
船体と、
前記船体に搭載される請求項1~8のいずれか一項に記載の操船システムと、を含む船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操船システム、及び、これを含む船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1は、船体と、操船システムの一例として船体に搭載される船舶用推進システムとを含む船舶を開示している。この船舶は、船体の操船席に設けられたステアリングホイール、スロットルレバー及びジョイスティックをさらに含む。船舶用推進システムは、船体の船尾に取り付けられた左右一対の船外機を含む。各船外機は、垂直回動軸まわりに回動可能であって推進力を発生する推進ユニットと、推進ユニットを船尾に取り付ける取り付け機構とを含む。推進ユニットが垂直回動軸まわりに回動すると、船体の中心線に対する推進力の方向である舵角が変更されるので、船舶の舵取りが実現される。
【0003】
ステアリングホイールは、舵取りのために操船者によって操作される。スロットルレバーは、各船外機の出力調整のために操船者によって操作される。ジョイスティックは、舵取り及び各船外機の出力調整のために操船者によって操作される。そのため、この船舶では、ステアリングホイール及びスロットルレバーを用いたステアリング操船と、ジョイスティックを用いたジョイスティック操船とが利用可能である。ジョイスティック操船において、操船者が、ジョイスティックを例えば右方へ傾倒させる。すると、左の船外機は、推進ユニットが左方へ回動して右前方への推進力を発生するように制御され、右の船外機は、推進ユニットが右方へ回動して右後方への推進力を発生するように制御される。これらの推進力の合力、すなわち合成推進力が船体に作用すると、船舶が右方へ横移動する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-168921号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載はないが、ステアリング操船及びジョイスティック操船を選択できる船舶では、高速航走時にはステアリング操船を利用し、離着岸等のための低速航走時にはジョイスティック操船を利用するのが便利であり、かつ一般的である。
従来の操船システムでは、操船モード(ステアリング操船又はジョイスティック操船)の違いや航走速度の違いに関わらず、舵角の最大値が一定である。舵角の最大値が小さいと、最大舵角まで推進ユニットが回動した状態で得られる推進力の左右方向成分が小さい。そのため、例えば、ジョイスティック操船の際に操船者がジョイスティックを右方へ傾倒させた場合に、操船者は、右方への十分な推進力が得られないと感じるかもしれない。また、左右の船外機の間隔が広い構成において舵角の最大値が小さいと、左の船外機の推進力の作用線と右の船外機の推進力の作用線との交点の移動範囲が船体の抵抗中心よりも前方の領域に制限される。そのため、ジョイスティック操船によって船舶を横方向に平行移動させようとしても、抵抗中心から前方に離れた交点に合成推進力が作用して、船体に回頭モーメントが作用する。したがって、従来の操船システムには、より良好な操船フィーリングのために改善の余地がある。
【0006】
そこで、本発明の一実施形態は、操船フィーリングの向上を図れる操船システム及び船舶を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施形態は、船舶の船体に装備可能に構成される推進機と、前記推進機が発生する推進力の前記船体に対する舵角を変化させる転舵ユニットと、速度センサと、コントローラとを含み、船舶に装備される操船システムを提供する。前記速度センサは、前記船舶の航走速度を検出する。前記コントローラは、前記転舵ユニットを制御して、前記舵角の最大値を、前記速度センサが検出する航走速度に応じて変化させる。
【0008】
この構成により、舵角の最大値が、航走速度に応じて変化する。それにより、舵角の最大値が一定とされる従来の操船システムよりも優れた操作フィーリングを実現可能である。
本発明の一実施形態においては、前記速度センサが検出する航走速度が所定の閾値以上である場合には、前記コントローラは、前記舵角の最大値を第1設定値に設定する。前記速度センサが検出する航走速度が前記閾値未満である場合には、前記コントローラは、前記舵角の最大値を、前記第1設定値よりも大きい第2設定値に設定する。
【0009】
この構成により、航走速度が閾値以上のときには舵角の最大値が第1設定値とされる一方で、航走速度が閾値未満の比較的低速のときには、舵角の最大値が、第1設定値よりも大きい第2設定値に設定される。そのため、低速航走時には、大きな舵角によって、推進力の左右方向成分を大きくすることができる。それにより、低速航走時に左右方向への大きな推進力成分を得ることができるので、操船フィーリングの向上を図れる。
【0010】
本発明の一実施形態においては、前記閾値は、前記船舶が滑走を開始するときの航走速度であってもよい。
本発明の一実施形態は、船舶の船体に装備可能に構成される推進機と、前記推進機が発生する推進力の前記船体に対する舵角を変化させる転舵ユニットと、第1操作子と、第2操作子と、コントローラとを含み、船舶に装備される操船システムを提供する。前記第1操作子は、操船のために操船者によって操作されることにより、第1操船指令を発生する。前記第2操作子は、前記第1操作子とは別に設けられ、操船のために操船者によって操作されることにより、第2操船指令を発生する。前記コントローラは、前記第1操船指令に応答して、第1設定値の最大舵角以内で前記転舵ユニットを制御し、前記第2操船指令に応答して、前記第1設定値よりも大きい第2設定値の最大舵角以内で前記転舵ユニットを制御する。
【0011】
この構成により、舵角の最大値は、操船者による第1操作子及び第2操作子の操作に応じて第1設定値及び第2設定値にそれぞれ設定される。そのため、操作子に応じて適切に舵角の最大値を設定することが可能である。
例えば、第1操作子が高速航走時の操船に適し、第2操作子が低速航走時の操船に適していてもよい。低速航走時に船舶を左右方向に移動させるために第2操作子が操作されると、舵角の最大値が、第1設定値よりも大きい第2設定値に設定される。すると、舵角が第1設定値を超えて増大したときに推進機が発生する推進力は、大きな左右方向成分を有するので、左右方向への大きな推進力を得ることができ、操船フィーリングの向上を図れる。
【0012】
本発明の一実施形態においては、前記第2操作子は、ジョイスティックである。
この構成により、操船者によってジョイスティックが操作されると、舵角の最大値が、第1設定値よりも大きい第2設定値に設定される。そのため、操船者がジョイスティックを操作して船舶を左右方向に移動させるときには、舵角が第1設定値を超えて増大したときに推進機が発生する推進力は、大きな左右方向成分を有するので、左右方向への大きな推進力を得ることができ、優れた操船応答性を実現できる。それにより、操船フィーリングの向上を図れる。
【0013】
本発明の一実施形態においては、前記船体の左右方向に並んで装備される複数の前記推進機を含む。前記複数の推進機がそれぞれ発生する推進力の作用線の交差位置が、前記船体の抵抗中心と、前記抵抗中心よりも前方の位置と、前記抵抗中心よりも後方の位置とを含む範囲内において可変であるように、前記第2設定値が定められている。
この構成により、複数の推進機がそれぞれ発生する推進力の作用線の交差位置を、船体の抵抗中心に対して前方及び後方に配置でき、かつ抵抗中心と一致させることができる。それにより、船体の回頭及び並進を自由に制御することが可能になるので、船舶を様々な挙動で移動させる。それにより、操船フィーリングの向上を図れる。
【0014】
本発明の一実施形態においては、前前記作用線が前後方向に沿っているときの前記舵角を0度とした場合において、前記第2設定値は、30度以上であってもよい。
本発明の一実施形態においては、前記推進機は、前記船体の船尾に設けられ、縦軸まわりに回動可能な船外機である。前記第2設定値は、前記船外機の回動可能角度と同じである。
【0015】
この構成により、推進機が船外機である場合において、舵角の最大値についての第2設定値が船外機の回動可能角度と同じである。これにより、第2設定値が適用されるときには、船外機を回動可能角度まで回動させることができるので、船外機が発生する推進力の最大の左右方向成分を利用できる。それにより、左右方向の十分な推進力を得ることができるので、操船フィーリングの向上を図れる。
【0016】
本発明の一実施形態は、船体と、前記船体に搭載される前記操船システムと、を含む船舶を提供する。
この構成により、舵角の最大値が、状況に応じて変化する。それにより、舵角の最大値が一定とされる従来の操船システムを備えた船舶よりも優れた操船フィーリングの船舶を実現できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、操船フィーリングの向上を図れる操船システム及び船舶を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る船舶の構成を説明するための概念図である。
図2】船舶に備えられた推進機の構成を説明するための図解的な断面図である。
図3】船舶に備えられた操船システムの電気的構成を示すブロック図である。
図4】操船による船舶の第1の挙動を説明するための平面図である。
図5】操船による船舶の第2の挙動を説明するための平面図である。
図6】操船による船舶の第3の挙動を説明するための平面図である。
図7】操船による船舶の第4の挙動を説明するための平面図である。
図8】操船による船舶の第5の挙動を説明するための平面図である。
図9】操船による船舶の第6の挙動を説明するための平面図である。
図10】比較例に係る船舶の構成を説明するための概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下では、本発明の実施形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る船舶1の平面視における構成を説明するための概念図である。図中、船舶1の前進方向(船首方向)を矢印FWDで表し、その後進方向(船尾方向)を矢印BWDで表してある。さらに、船舶1の右舷(スターボードサイド)方向を矢印RIGHTで表し、その左舷(ポートサイド)方向を矢印LEFTで表してある。
【0020】
船舶1は、船体2と、船体2に搭載される操船システム3を含む。操船システム3は、船体2に装備可能に構成される推進機の一例としての複数の船外機4と、これらの船外機4を制御するBCU(ボートコントロールユニット)5とを含む。
複数の船外機4は、船体2の船尾2Aに左右方向に並んで装備され、船体2の瞬間的な旋回中心である抵抗中心P(後述する図4等を参照)よりも後方で推進力を発生するように設計されている。抵抗中心Pは、平面視において船体2の重心と一致するとは限らないし、船体2における定位置にあるとは限らない。
【0021】
この実施形態では、複数の船外機4は、船尾2Aに取り付けられた左船外機4L及び右船外機4Rを含む。左船外機4L及び右船外機4Rは、船体2の船尾2A及び船首2Bを通って前後方向に沿う中心線Cに対して、左右対称な位置に取り付けられている。具体的には、左船外機4Lは、船体2の左舷後部に取り付けられており、右船外機4Rは、船体2の右舷後部に取り付けられている。なお、左右方向における左船外機4Lと右船外機4Rとの間隔は、例えば28.5インチという標準ピッチであってもよいし、35~40インチといった大ピッチであってもよい。
【0022】
左船外機4L及び右船外機4Rのそれぞれには、コントローラの一例としてのECU(電子制御ユニット)6が内蔵されている。BCU5及び各ECU6のぞれぞれは、CPU(中央処理装置)及びメモリを含むマイクロコンピュータによって構成されていて、マイクロコンピュータが所定のソフトウェア処理を実行する。以下では、左船外機4Lに内蔵されたECU6を「左ECU6L」といい、右船外機4Rに内蔵されたECU6を「右ECU6R」という。ただし、図1では、便宜上、左船外機4Lと左ECU6Lとは分離して表してあり、右船外機4Rと右ECU6Rとは分離して表してある。
【0023】
船体2の操船席には、操船のための操作台7が設けられている。操作台7には、舵取りのために操作されるステアリング操作部8と、各船外機4の出力調整のために操作されるスロットル操作部9と、舵取り及び各船外機4の出力調整のために操作されるジョイスティック10とが備えられている。ステアリング操作部8及びスロットル操作部9は、操船のために操船者によって操作される第1操作子の一例である。ジョイスティック10は、第1操作子とは別に設けられ、操船のために操船者によって操作される第2操作子の一例である。これらの操作子は、操船システム3に含まれる。
【0024】
この実施形態では、ステアリング操作部8及びスロットル操作部9を用いた通常の操船(以下では「ステアリング操船」という。)と、ジョイスティック10を用いた操船(以下では「ジョイスティック操船」という。)とが利用可能である。操作台7では、例えば、ステアリング操作部8が左寄りの位置に配置され、スロットル操作部9が右寄りの位置に配置され、ジョイスティック10がステアリング操作部8とスロットル操作部9との間に配置されているが、これらのレイアウトは任意に変更できる。
【0025】
ステアリング操作部8は、左右に回動可能なステアリングホイール8Aを備えている。スロットル操作部9は、左船外機4L及び右船外機4Rにそれぞれに対応したスロットルレバー9L及び9Rを備えている。左のスロットルレバー9Lは、左船外機4Lの出力制御のために用いられる。右のスロットルレバー9Rは、右船外機4Rの出力制御のために用いられる。スロットルレバー9L及び9Rは、それぞれ前後方向に所定角度範囲で回動可能である。スロットルレバー9L及び9Rを中立位置から前方へ所定量傾倒させたときのスロットルレバー9L及び9Rの傾倒位置は、前進シフトイン位置である。スロットルレバー9L及び9Rを中立位置から後方へ所定量傾倒させたときのスロットルレバー9L及び9Rの傾倒位置は、後進シフトイン位置である。
【0026】
スロットルレバー9L及び9Rの各頭部は、互いに近接する方向に折り曲げられて、ほぼ水平な把持部を形成している。これにより、操船者は、スロットルレバー9L及び9Rを両方同時に回動させて、左船外機4L及び右船外機4Rのスロットル開度を実質的に等しく保ちながら、左船外機4L及び右船外機4Rの出力を制御できる。
ジョイスティック10は、操作台7から突設されたレバーである。ジョイスティック10は、操船者の操作によって中立位置から前後左右の自由な方向(斜め方向も含む)へ傾倒させることができる。ジョイスティック10の頭部には、ジョイスティック10の軸線まわりに回動操作することができるノブ11が設けられている。ノブ11は、ジョイスティック10の一部である。ノブ11の代わりに、ジョイスティック10全体が、その軸線まわりに回動操作できてもよい。
【0027】
BCU5は、船体2内に配置された通信バス12を介して、各ECU6との間で通信を行う。通信バス12は、例えばCAN(Control Area Network)によって構成されている。通信バス12は、BCU5と各ECU6とをつなぐ第1通信バス12Aと、ステアリングホイール8Aと各ECU6とをつなぐ第2通信バス12Bと、BCU5とジョイスティック10とをつなぐ第3通信バス12Cとを含む。通信バス12は、スロットルレバー9Lと左ECU6Lとをつなぐ第4通信バス12Lと、スロットルレバー9Rと右ECU6Rとをつなぐ第5通信バス12Rとを含む。なお、通信バス12の配線に係る構成は、適宜変更可能である。
【0028】
図2は、左船外機4L及び右船外機4Rの共通の構成を説明するための図解的な断面図である。各船外機4は、取り付け機構21を介して船体2の船尾2Aに取り付けられている。取り付け機構21を船外機4の一部とみなしてもよい。取り付け機構21は、船尾2Aに着脱自在に固定されるクランプブラケット22と、クランプブラケット22に横軸としてのチルト軸23を中心に回動自在に結合されたスイベルブラケット24とを備えている。スイベルブラケット24をチルト軸23まわりに回動させることによって、船外機4のトリム角を変化させることができる。
【0029】
船外機4は、スイベルブラケット24に、縦軸としての操舵軸25まわりに回動自在に取り付けられている。これにより、船外機4を操舵軸25まわりに回動させることによって、舵角(船外機4が発生する推進力の船体2の中心線Cに対する方向)を変化させることができる。
船外機4のハウジングは、トップカウリング26とアッパケース27とロアケース28とで構成されている。トップカウリング26内には、駆動源となるエンジン29が、そのクランク軸の軸線が上下方向となるように設置されている。エンジン29のクランク軸下端に連結される動力伝達用のドライブシャフト30は、上下方向にアッパケース27内を通ってロアケース28内にまで延びている。
【0030】
ロアケース28の下部後方には、推進力発生部材となるプロペラ31が回転自在に装着されている。ロアケース28内には、プロペラ31の回転軸であるプロペラシャフト32が水平方向に通されている。プロペラシャフト32には、ドライブシャフト30の回転が、ドッグクラッチによって構成されたシフト機構33を介して伝達される。
シフト機構33は、ドライブシャフト30の下端に固定された駆動ギヤ33Aと、プロペラシャフト32上に回動自在に配置された前進ギヤ33B及び後進ギヤ33Cと、前進ギヤ33B及び後進ギヤ33Cの間に配置されたスライダ33Dとを含む。駆動ギヤ33A、前進ギヤ33B及び後進ギヤ33Cのそれぞれは、ベベルギヤからなる。前進ギヤ33Bは、前方から駆動ギヤ33Aに噛合しており、後進ギヤ33Cは後方から駆動ギヤ33Aに噛合している。そのため、前進ギヤ33B及び後進ギヤ33Cは互いに反対方向に回転される。
【0031】
スライダ33Dは、プロペラシャフト32にスプライン結合されている。すなわち、スライダ33Dは、プロペラシャフト32に対してその軸方向に摺動自在であるけれども、プロペラシャフト32に対する相対回動はできず、プロペラシャフト32とともに回転する。スライダ33Dは、ドライブシャフト30と平行に上下方向に延びるシフトロッド34の軸まわりの回動によって、プロペラシャフト32上で摺動される。これにより、スライダ33Dは、前進ギヤ33Bと結合した前進位置と、後進ギヤ33Cと結合した後進位置と、前進ギヤ33B及び後進ギヤ33Cのいずれとも結合されないニュートラル位置とのいずれかのシフト位置に配置される。
【0032】
スライダ33Dが前進位置にあるとき、前進ギヤ33Bの回転がスライダ33Dを介してプロペラシャフト32に伝達される。これにより、プロペラ31は、一方向に回転し、船体2を前進させる方向(前進方向)の推進力を発生する。このときのプロペラ31の回転を「正回転」という。一方、スライダ33Dが後進位置にあるとき、後進ギヤ33Cの回転がスライダ33Dを介してプロペラシャフト32に伝達される。後進ギヤ33Cは、前進ギヤ33Bとは反対方向に回転するため、プロペラ31は、反対方向に回転し、船体2を後進させる方向(後進方向)の推進力を発生する。このときのプロペラ31の回転を「逆回転」という。このように、船外機4は、エンジン29によって前進方向又は後進方向の推進力を発生する。スライダ33Dがニュートラル位置にあるとき、ドライブシャフト30の回転はプロペラシャフト32に伝達されない。すなわち、エンジン29とプロペラ31との間の駆動力伝達経路が遮断されるので、いずれの方向の推進力も生じない。
【0033】
船外機4には、エンジン29を始動させるためのスタータモータ35が配置されている。スタータモータ35は、ECU6によって制御される。また、船外機4には、エンジン29のスロットルバルブ36を作動させてスロットル開度を変化させ、エンジン29の吸入空気量を変化させるためのスロットルアクチュエータ37が備えられている。スロットルアクチュエータ37は、電動モータからなっていてもよい。スロットルアクチュエータ37の動作は、ECU6によって制御される。そのため、スロットルバルブ36は、電子制御されるスロットルバルブである。エンジン29には、さらに、スロットル開度を検出するためのスロットル開度センサ38が備えられている。
【0034】
シフトロッド34に関連して、スライダ33Dのシフト位置を変化させるためのシフトアクチュエータ39が設けられている。シフトアクチュエータ39は、例えば、電動モータからなり、ECU6によって動作制御される。
船外機4には、例えば前方へ延びる操舵ロッド40が固定されている。操舵ロッド40には、ECU6によって制御される操舵アクチュエータ41が結合されている。操舵アクチュエータ41は、例えば、DCサーボモータ及び減速器を含む構成とすることができる。操舵アクチュエータ41を駆動することによって、船外機4を操舵軸25まわりに回動させることができ、舵取り操作を行うことができる。このように、操舵アクチュエータ41、操舵ロッド40及び操舵軸25は、船外機4において、舵角を変化させる転舵ユニット42を構成している。転舵ユニット42は、操船システム3に含まれる。転舵ユニット42には、舵角を検出するための舵角センサ43が備えられている。舵角センサ43は、例えば、ポテンショメータからなる。
【0035】
クランプブラケット22とスイベルブラケット24との間には、例えば液圧シリンダを含み、ECU6によって制御されるトリムアクチュエータ44が設けられている。トリムアクチュエータ44は、チルト軸23まわりにスイベルブラケット24を回動させることにより、船外機4をチルト軸23まわりに回動させて、船外機4のトリム角を変化させる。
【0036】
図3は、操船システム3の電気的構成を示すブロック図である。操船システム3は、前進時及び後進時のそれぞれにおける船舶1の航走速度を検出してBCU5に入力する速度センサ50と、船舶1の現在位置信号を生成してBCU5に入力する位置検出装置51とをさらに含む。速度センサ50は、ピトー管を用いて構成することができる。速度センサ50は、対水速度を検出するものでも、対地速度を検出するものでもよい。位置検出装置51は、船舶1の現在位置信号を生成するものであり、例えば、GPS(Global Positioning System)衛星からの電波を受信して現在位置情報を生成するGPS受信機で構成することができる。現在位置信号は、船体2の方位(舳先の向き)の情報を含んでもよい。
【0037】
操船システム3は、ステアリングホイール8Aの回動位置(回動方向及び回動量)を検出して左ECU6L及び右ECU6Rに入力するステアリングセンサ52をさらに含む。操船システム3は、スロットルレバー9L及び9Rの前後方向の傾倒位置(傾倒方向及び傾倒量)をそれぞれ検出して左ECU6L及び右ECU6Rにそれぞれ入力する左センサ53L及び右センサ53Rをさらに含む。以下、左センサ53L及び右センサ53Rを総称するときは「スロットルセンサ53」という。ステアリングセンサ52及びスロットルセンサ53は、それぞれ、ポテンショメータで構成することができる。
【0038】
操船システム3は、任意の方向に傾倒されたときのジョイスティック10における前後方向の傾倒位置を検出してBCU5に入力する前後センサ54と、ジョイスティック10における左右方向の傾倒位置を検出してBCU5に入力する左右センサ55とをさらに含む。前後方向及び左右方向の両方に傾斜した斜め方向にジョイスティック10が傾倒された場合には、斜め方向が前後方向と左右方向とに分解されて、前後方向の傾倒位置が前後センサ54によって検出されて、左右方向の傾倒位置が左右センサ55によって検出される。操船システム3は、ノブ11の回動位置を検出してBCU5に入力する回動センサ56をさらに含む。前後センサ54、左右センサ55及び回動センサ56は、それぞれ、ポテンショメータで構成することができる。
【0039】
操船システム3は、船体2の回頭を抑制して船体2の方位を保持するために操船者によって押下操作される方位保持ボタン57と、船体2の位置を現在位置に保持するために操船者によって押下操作される定点保持ボタン58とをさらに含む。方位保持ボタン57及び定点保持ボタン58は、前述した第2操作子の一例であり、操作台7において操船者の指が届きやすい位置、例えばジョイスティック10の根元等に設けられている(図1参照)。方位保持ボタン57が押下操作されると、その旨を示す信号がBCU5に入力される。この信号は、方位保持ボタン57が発生する第2操船指令の一例である。定点保持ボタン58が押下操作されると、その旨を示す信号がBCU5に入力される。この信号は、定点保持ボタン58が発生する第2操船指令の一例である。
【0040】
ステアリング操船の場合、ステアリングホイール8Aの回動位置を表わす信号が、ステアリング操作部8が発生する第1操船指令の一例として、左ECU6L及び右ECU6Rに入力される。具体的には、各ECU6は、ステアリングセンサ52によって検出されるステアリングホイール8Aの回動位置に応じて、舵角の目標値(以下、「目標舵角」という。)を設定する。具体的には、中立位置から右方向へのステアリングホイール8Aの回動操作に対しては、各ECU6は、右旋回のための目標舵角を設定する。同様に、中立位置から左方向へのステアリングホイール8Aの回動操作に対しては、各ECU6は、左旋回のための目標舵角を設定する。いずれの場合も、中立位置からのステアリングホイール8Aの回動量が大きいほど、目標舵角は、その絶対値(中立位置からの偏角)が大きな値とされる。各ECU6は、舵角センサ43によって検出される舵角が目標舵角に一致するように、対応する操舵アクチュエータ41を制御する。通常、左船外機4L及び右船外機4Rのそれぞれの目標舵角は等しく設定される。
【0041】
ステアリング操船の場合、スロットルレバー9Lの傾倒位置を表す信号が、左ECU6Lに入力され、スロットルレバー9Rの傾倒位置を表す信号が、右ECU6Rに入力される。スロットルレバー9L及びスロットルレバー9Rのそれぞれの傾倒位置を表す信号は、スロットル操作部9が発生する第1操船指令の一例である。
具体的には、左ECU6Lは、左センサ53Lによって検出されるスロットルレバー9Lの傾倒位置に応じて、左船外機4Lのためのシフト位置及びスロットル開度の目標値を設定する。以下では、シフト位置の目標値を「目標シフト位置」といい、スロットル開度の目標値を「目標スロットル開度」という。右ECU6Rは、右センサ53Rによって検出されるスロットルレバー9Rの傾倒位置に応じて、右船外機4Rのための目標シフト位置及び目標スロットル開度を設定する。
【0042】
スロットルレバー9L及び9Rのそれぞれの傾倒位置は、スロットルバルブ36の開度についてのリクエスト値を含む。各ECU6は、入力されたリクエスト値に基づいて、目標スロットル開度、つまりスロットルバルブ36の開度についての目標値を設定する。スロットルレバー9Lの前方への傾倒量が前進シフトイン位置に相当する値以上であれば、左ECU6Lは、左船外機4Lの目標シフト位置を前進位置とする。スロットルレバー9Lが前進シフトイン位置を超えてさらに前方へ傾倒されると、左ECU6Lは、その傾倒量が大きいほど大きな目標スロットル開度を設定する。同様に、スロットルレバー9Lの後方への傾倒量が後進シフトイン位置に相当する値以上であれば、左ECU6Lは、左船外機4Lの目標シフト位置を後進位置とする。スロットルレバー9Lが後進シフトイン位置を超えてさらに後方へ傾倒されると、左ECU6Lは、その傾倒量が大きいほど大きな目標スロットル開度を設定する。
【0043】
スロットルレバー9Lの傾倒位置が前進シフトイン位置と後方シフトイン位置との間にあるときは、左ECU6Lは、左船外機4Lの目標シフト位置をニュートラル位置とする。このとき、エンジン29の駆動力はプロペラ31に伝達されないので、船外機4からの推進力は発生しない。すなわち、前進シフトイン位置と後進シフトイン位置との間の操作領域は、推進力の発生に関与しない不感帯であり、中立位置は、不感帯に含まれる。
【0044】
右ECU6Rは、右センサ53Rによって検出されるスロットルレバー9Rの傾倒位置に対しても同様の処理を行う。すなわち、スロットルレバー9Rの傾倒位置に応じて、右ECU6Rは、右船外機4Rの目標シフト位置及び目標スロットル開度を設定する。
このように目標シフト位置及び目標スロットル開度が設定されると、各ECU6は、スライダ33Dが目標シフト位置に配置されるように、対応するシフトアクチュエータ39を制御する。各ECU6は、スロットル開度センサ38によって検出されるスロットル開度が目標スロットル開度に一致するように、対応するスロットルアクチュエータ37を制御する。
【0045】
ジョイスティック操船の場合、ジョイスティック10の傾倒位置及びノブ11の回動位置を表す信号が、ジョイスティック10が発生する第2操船指令の一例として、BCU5に入力される。BCU5は、各ECU6に対して、第2操船指令に基づく目標シフト位置(前進、ニュートラル、後進)、目標スロットル開度及び目標舵角を表すデータを与える。
【0046】
具体的に、BCU5は、ジョイスティック10の傾倒位置に応じて目標シフト位置及び目標スロットル開度を設定する。ジョイスティック10の傾倒位置は、スロットルバルブ36の開度についてのリクエスト値を含む。BCU5は、入力されたリクエスト値に基づいて、目標スロットル開度、つまり各船外機4のスロットルバルブ36の開度についての目標値を設定する。
【0047】
より具体的には、ジョイスティック10の前方への傾倒量が前進シフトイン位置に相当する値以上であれば、BCU5は、目標シフト位置を前進位置とする。ジョイスティック10が前進シフトイン位置を超えてさらに前方へ傾倒されると、BCU5は、その傾倒量が大きいほど大きな目標スロットル開度を設定する。同様に、ジョイスティック10の後方への傾倒量が後進シフトイン位置に相当する値以上であれば、BCU5は、目標シフト位置を後進位置とする。ジョイスティック10が後進シフトイン位置を超えてさらに後方へ傾倒されると、BCU5は、その傾倒量が大きいほど大きな目標スロットル開度を設定する。ジョイスティック10の前後方向の傾倒位置が前進シフトイン位置と後方シフトイン位置との間の中立位置にあるときは、BCU5は、目標シフト位置をニュートラル位置とする。
【0048】
BCU5は、ノブ11の回動位置に応じて、目標舵角を設定する。具体的には、右方向へのノブ11の回動操作に対しては、右旋回のための目標舵角が設定され、その絶対値(中立位置からの偏角)は、中立位置からの回動量が大きいほど大きくされる。同様に、左方向へのノブ11の回動操作に対しては、左旋回のための目標舵角が設定され、その絶対値は、中立位置からの回動量が大きいほど大きくされる。
【0049】
別の動作例として、BCU5は、ジョイスティック10の斜め左方向又は斜め右方向の傾倒に応じて、目標シフト位置及び目標スロットル開度だけでなく、目標舵角も設定してもよい。その場合、BCU5は、ジョイスティック10の斜め左方向への傾倒操作に対しては、左旋回のための目標舵角を設定する。同様に、ジョイスティック10の斜め右方向への傾倒操作に対しては、BCU5は、右旋回のための目標舵角を設定する。いずれの場合も、ジョイスティック10の中立位置からの傾倒量が大きいほど、目標舵角は、その絶対値(中立位置からの偏角)が大きな値とされる。
【0050】
BCU5は、このように設定した目標値(目標シフト位置、目標スロットル開度及び目標舵角)を各船外機4のECU6に与える。ジョイスティック操船では、通常、左船外機4L及び右船外機4Rのそれぞれの目標値は等しく設定される。各ECU6は、スライダ33Dが目標シフト位置に配置されるように、対応するシフトアクチュエータ39を制御する。各ECU6は、スロットル開度センサ38によって検出されるスロットル開度が目標スロットル開度に一致するように、対応するスロットルアクチュエータ37を制御する。各ECU6は、舵角センサ43によって検出される舵角が目標舵角に一致するように、対応する操舵アクチュエータ41を制御する。
【0051】
BCU5は、ジョイスティック10の左右方向の操作(真横への操作)に応じて目標シフト位置、目標スロットル開度及び目標舵角を設定してもよい。その場合、BCU5は、ジョイスティック10の左方向への傾倒操作に対しては、抵抗中心Pまわりの回頭を伴わない左方への直線移動のための目標シフト位置、目標スロットル開度及び目標舵角を設定する。このような直線移動を「並進移動」という。BCU5は、ジョイスティック10の右方向への傾倒操作に対しては、右方への並進移動のための目標シフト位置、目標スロットル開度及び目標舵角を設定する。並進移動の場合、左船外機4Lの目標シフト位置と、右船外機4Rの目標シフト位置とは、互いに反対になるように設定される。左船外機4Lの目標スロットル開度と、右船外機4Rの目標スロットル開度とは同じになるように設定される。BCU5は、中立位置からのジョイスティック10の傾倒量が大きいほど大きな目標スロットル開度を設定する。目標舵角の絶対値は、左船外機4Lと右船外機4Rとで同じになるように設定されるが、左船外機4Lの回動方向と右船外機4Rの回動方向とは、互いに反対になるように設定される。詳しくは、後述する。
【0052】
以下では、BCU5及び各ECU6のまとまりをコントローラ60といい、BCU5及び各ECU6のそれぞれを、コントローラ60を構成する複数の機能処理部のいずれかとみなす。
次に、操船者による様々な操船のパターンについて説明する。図4図9は、各パターンの操船による船舶1の挙動を説明するための模式的な平面図である。
【0053】
操船者が、ステアリング操船として、ステアリングホイール8Aを中立位置に保った状態でスロットルレバー9L及び9Rの両方を前進シフトイン位置よりも前方へ同時に回動させる。すると、コントローラ60は、目標舵角を零に設定し、スロットルレバー9L及び9Rの傾倒位置に応じた目標スロットル開度を設定するので、図4に示すように、各船外機4は、船体2の中心線Cに沿った前進方向の等しい推進力αを発生する。これにより、船舶1が前方へ直進する。以下では、左船外機4Lが発生する推進力αを「左推進力αL」といい、右船外機4Rが発生する推進力αを「右推進力αR」という。
【0054】
図5を参照して、各船外機4の舵角βは、船体2の中心線C又は中心線Cと平行な仮想線Qに対する各船外機4のプロペラ31の回転軸線の偏角である。プロペラ31の回転軸線は、船外機4が発生する推進力αの作用線γと、平面視で一致する。以下では、左船外機4Lの舵角βを「左舵角βL」といい、右船外機4Rの舵角βを「右舵角βR」という。また、左推進力αLの作用線γを「左作用線γL」といい、右推進力αRの作用線γを「右作用線γR」という。
【0055】
本実施形態では、平面視において、作用線γが中心線C及び仮想線Qと平行なときの舵角βを0度とし、一例として、左方へ増加するときの舵角βを正の値とし、右方へ増加するときの舵角βを負の値としている。各船外機4が物理的に回動できる範囲における舵角βの上限値を、「回動可能角度」という。本実施形態における回動可能角度の絶対値は、一例として、45度である。
【0056】
船舶1が前方へ直進している状態(図4参照)で、操船者が、ステアリング操船として、スロットルレバー9L及び9Rの両方を前方へ傾倒させた状態で、ステアリングホイール8Aを中立位置から左方へ回動させる。すると、コントローラ60は、スロットルレバー9L及び9Rの傾倒位置に応じた目標スロットル開度を設定するとともに、左旋回のための目標舵角をステアリングホイール8Aの回動位置に応じて設定する。この場合の左船外機4L及び右船外機4Rのそれぞれの目標舵角は、等しい正の値である。これにより、各船外機4は、右前方へ向く等しい推進力αを発生する。これにより、船舶1が左旋回する。
【0057】
コントローラ60は、各船外機4の操舵アクチュエータ41、つまり転舵ユニット42を制御して、各船外機4の舵角βの最大値を変化させる。
一例として、コントローラ60は、舵角βの最大値を、速度センサ50が検出する航走速度に応じて変化させる。具体的には、速度センサ50が検出する航走速度が所定の閾値以上である場合には、コントローラ60は、舵角βの絶対値についての最大値を第1設定値に設定する。一方、速度センサ50が検出する航走速度が閾値未満である場合には、コントローラ60は、舵角βの絶対値についての最大値を、第1設定値よりも大きい第2設定値に設定する。
【0058】
閾値の一例は、船舶1が滑走を開始するときの航走速度(時速20km~30km)である。第1設定値の一例は、20度である。第2設定値の一例は、30度以上であり、本実施形態では各船外機4の回動可能角度と同じ45度である。これらの閾値、第1設定値及び第2設定値は、コントローラ60(例えばBCU5やECU6のメモリ)に記憶されている。
【0059】
図5に示すように船舶1の航走速度が閾値以上の中速又は高速である場合には、コントローラ60は、各船外機4の舵角βの最大値を第1設定値に制限する。そのため、操船者がステアリングホイール8Aを左方又は右方へ目一杯回動させても、船外機4の舵角βの最大値は、第1設定値を上回らない。
一方、船舶1の航走速度が閾値未満の低速である場合には、コントローラ60は、各船外機4の舵角βの最大値を、中速時及び高速時よりも大きい第2設定値に設定する。そのため、操船者がステアリングホイール8Aを左方又は右方へ目一杯回動させれば、船外機4の舵角βを、図6に示すように、第1設定値を上回る第2設定値まで増大させることができる。これにより、船舶1の旋回半径を小さくして、船舶1を、その場回頭に近い挙動で移動させることができる。
【0060】
舵角βの最大値を、船舶1の航走速度に応じて可変とする構成に限らず、例えば、船外機4のエンジン29の回転数に応じて可変としてもよい。エンジン29の回転数は、コントローラ60に入力される。この場合には、回転数が所定に閾値以上であれば、コントローラ60は、舵角βの最大値を、前述した第1設定値に設定し、回転数が当該閾値未満であれば、コントローラ60は、舵角βの最大値を、前述した第2設定値に設定する。
【0061】
さらに別の例として、コントローラ60は、舵角βの最大値を、ステアリング操作部8及びスロットル操作部9の少なくとも一方が発生する第1操船指令と、ジョイスティック10が発生する第2操船指令とに応じて変化させてもよい。その場合、コントローラ60は、第1操船指令に応答して、前述した第1設定値の最大舵角内で転舵ユニット42を制御し、第2操船指令に応答して、前述した第2設定値の最大舵角内で転舵ユニット42を制御してもよい。
【0062】
具体的には、操船者がステアリング操船している場合には、コントローラ60には、第1操船指令しか入力されないので、コントローラ60は、各船外機4の舵角βの最大値を第1設定値に制限する。そのため、操船者がステアリングホイール8Aを左方又は右方へ目一杯回動させても、船外機4の舵角βの最大値は、第1設定値を上回らない(図5参照)。一方、操船者がジョイスティック操船している場合には、コントローラ60には、第2操船指令しか入力されないので、コントローラ60は、各船外機4の舵角βの最大値を、ステアリング操船時よりも大きい第2設定値に設定する(図6参照)。
【0063】
以下では、図7図9を参照して、左右方向成分を含む方向(例えば左方)に船体2を横移動させる操船について説明する。
操船者がステアリングホイール8A、スロットルレバー9L、9R及びジョイスティック10のいずれかを操作すると、コントローラ60には、操船者による操船要求である第1操船指令又は第2操船指令が入力される。第1操船指令が入力された場合には、コントローラ60(厳密には各ECU6)は、ステアリング操船のために、船外機4の目標値(目標シフト位置、目標スロットル開度及び目標舵角)である船外機目標値を決定し、船外機4を、この船外機目標値に応じて駆動させる。
【0064】
図7を参照して、船体2を左方へ移動させる場合には、コントローラ60は、各船外機4の舵角βの絶対値が最大値になるまで、左船外機4Lを左方へ回動させ、右船外機4Rを右方へ回動させる。左舵角βLの絶対値と右舵角βRの絶対値とは同じである。そして、コントローラ60は、左船外機4Lには後進方向の左推進力αLを発生させ、右船外機4Rには前進方向の右推進力αRを発生させる。これにより、左推進力αLと右推進力αRとの合力が、左方への推進力Fとして、中心線C上における左作用線γLと右作用線γRとの交差位置Xにおいて船体2に作用する。
【0065】
ただし、ステアリング操船の場合の舵角βの最大値は、第1設定値であって、本実施形態では20度と小さいので、舵角βがいずれの値であっても、交差位置Xは、船体2の抵抗中心Pよりも前方に偏って配置される。この場合には、左向きの推進力Fによる平面視で反時計まわりのヨーイングモーメント(以下、「モーメント」という。)M1が発生するので、船舶1は、矢印Y1で示すように、左後方への回頭を伴って左方へ移動しようとする。
【0066】
一方、コントローラ60に入力された操船要求が第2操船指令であって、例えば操船者がジョイスティック10を左方へ傾倒させた場合を想定する。この場合には、左右センサ55が検出した左方へのジョイスティック10の傾倒位置を表す信号が、第2操船指令として、コントローラ60に入力される。すると、コントローラ60は、船体2に作用させるべき推進力Fの目標値である船体目標値を決定する。そして、コントローラ60は、この船体目標値に応じた各船外機4の船外機目標値を決定し、対応する船外機4を船外機目標値に応じて駆動させる。これにより、各船外機4の推進力で船体2が左方へ移動する。
【0067】
ジョイスティック操船の場合、コントローラ60は、各船外機4の舵角βの絶対値を、ジョイスティック10の傾倒量に応じた値になるように第2設定値内で変化させる。そのため、船体2を左方へ移動させる場合には、コントローラ60は、左船外機4Lを左方へ回動させ、右船外機4Rを右方へ回動させる。左舵角βLの絶対値と右舵角βRの絶対値とは同じである。そして、コントローラ60は、左船外機4Lには後進方向の左推進力αLを発生させ、右船外機4Rには前進方向の右推進力αRを発生させる。そのため、ジョイスティック操船でも、ステアリング操船と同様に、左推進力αLと右推進力αRとの合力が、左方への推進力Fとして、中心線C上における左作用線γLと右作用線γRとの交差位置Xにおいて船体2に作用する。
【0068】
ジョイスティック操船における第2設定値は、第1設定値よりも大きく、本実施形態では45度である。そのため、ジョイスティック10の傾倒量に応じた各船外機4の舵角βが小さければ、交差位置Xが船体2の抵抗中心Pよりも前方に偏って配置されるので、船舶1を、図7の矢印Y1で示すように、左後方への回頭を伴って左方へ移動させることができる。
【0069】
そして、左方へのジョイスティック10の傾倒量の増大に応じて各船外機4の舵角βが第1設定値を超えて大きくなると、図8に示すように、交差位置Xが船体2の抵抗中心Pと一致する。すると、前述したモーメントM1含む一切のモーメントが発生しないので、船舶1を、矢印Y2で示すように、回頭を伴わずに左方へ並進移動させることができる。このときの各船外機4の推進力αにおける左右方向成分は、交差位置Xが船体2の抵抗中心Pよりも前方に位置したとき(図7参照)よりも大きいので、船体2に作用する左方への推進力Fも大きくなる。
【0070】
左方へのジョイスティック10の傾倒量の増大に応じて各船外機4の舵角βがさらに大きくなって第2設定値に到達すると、図9に示すように、交差位置Xが船体2の抵抗中心Pよりも後方に位置する。すると、左向きの推進力Fによる平面視で時計まわりのモーメントM2が発生するので、船舶1は、矢印Y3で示すように、左前方への回頭を伴って左方へ移動しようとする。このときの各船外機4の推進力αにおける左右方向成分は、交差位置Xが船体2の抵抗中心Pに一致したとき(図8参照)よりも大きいので、船体2に作用する左方への推進力Fも大きくなる。
【0071】
以上のように、複数の船外機4がそれぞれ発生する推進力αの作用線γの交差位置Xが、抵抗中心Pと、抵抗中心Pよりも前方の位置と、抵抗中心Pよりも後方の位置とを含む範囲W内において可変であるように、第2設定値が定められている。範囲Wの後端は、船尾2Aである。
操船者が方位保持ボタン57や定点保持ボタン58を押下操作すると、これらの操作に対応する保持指令が、コントローラ60に入力される。保持指令の入力があると、コントローラ60は、目標値を演算する。具体的には、コントローラ60は、位置検出装置51が生成した船舶1の現在位置信号に基いて、船舶1の位置の瞬間的な変化量を演算し、この変化量から、船舶1に作用している波や波等による外力を演算する。そして、コントローラ60は、演算した外力に釣り合う合力が発生するように各船外機4が発生すべき推進力α及び舵角βの目標値を演算する。その際、コントローラ60は、舵角βの最大値を、前述した第2設定値に設定する。そして、コントローラ60は、この目標値の推進力αを発生するように各船外機4を駆動させ、第2設定値の最大舵角内で転舵ユニット42を制御する。これにより、各船外機4が発生する推進力αによって、船舶1の方位や位置が保持される。
【0072】
船舶1は、船外機4を1つだけ備えていてもよい。この場合、1つの船外機4が、船体2の船尾2Aにおいて左右方向における中央部に取り付けられていて、船舶1のスロットル操作部9は、スロットルレバーを1つだけ備えていて、ECU6は、1つだけ備えられている。船外機4を1つだけ備えた船舶1では、舵角βの最大値が第2設定値に設定されることにより、船外機4を複数備える船舶1よりも、その場回頭に一層近い挙動を実現することができる。
【0073】
以上のように、操船システム3を備えた船舶1では、舵角βの最大値が、状況に応じて変化する。それにより、舵角βの最大値が一定とされる従来の操船システムを備えた船舶よりも優れた操船フィーリングの船舶を実現できる。
一例として、操船システム3のコントローラ60は、転舵ユニット42を制御して、舵角βの最大値を、速度センサ50が検出する航走速度に応じて変化させる。この構成により、舵角βの最大値が、航走速度に応じて変化する。それにより、舵角の最大値が一定とされる従来の操船システムよりも優れた操作フィーリングを実現可能である。また、舵角βの最大値が可変であれば、比較例の船舶100(図10参照)のように、大きい舵角を確保するために船外機101を左右方向の外方へ向くように船体102の船尾102Aに取り付けるくさび状のアタッチメント103を省略できる。
【0074】
この実施形態においては、航走速度が閾値以上のときには舵角βの最大値が第1設定値とされる一方で、航走速度が閾値未満の比較的低速のときには、舵角βの最大値が、第1設定値よりも大きい第2設定値に設定される。そのため、低速航走時には、大きな舵角βによって、推進力αの左右方向成分を大きくすることができる。それにより、低速航走時に左右方向への大きな推進力成分を得ることができるので、操船フィーリングの向上を図れる。
【0075】
この実施形態においては、舵角βの最大値が、操船者によるステアリング操作部8及びジョイスティック10の操作に応じて第1設定値及び第2設定値にそれぞれ設定されてもよい。そのため、これらの操作子に応じて適切に舵角βの最大値を設定することが可能である。
例えば、ステアリング操作部8が高速航走時の操船に適して、ジョイスティック10が低速航走時の操船に適していてもよい。低速航走時に船舶1を左右方向に移動させるためにジョイスティック10が操作されると、舵角βの最大値が、第1設定値よりも大きい第2設定値に設定される。すると、舵角βが第1設定値を超えて増大したときに船外機4が発生する推進力αは、大きな左右方向成分を有するので、左右方向への大きな推進力を得ることができる(図6図8及び図9参照)。これにより、優れた操船応答性を実現できるので、操船フィーリングの向上を図れる。
【0076】
この実施形態においては、複数の船外機4がそれぞれ発生する推進力αの作用線γの交差位置Xが、船体2の抵抗中心Pと、抵抗中心Pよりも前方の位置と、抵抗中心Pよりも後方の位置とを含む範囲W内において可変であるように、第2設定値が定められている。
この構成により、複数の船外機4がそれぞれ発生する推進力αの作用線γの交差位置Xを、船体2の抵抗中心Pに対して前方及び後方に配置でき、かつ抵抗中心Pと一致させることができる(図7図9参照)。それにより、船体2の回頭及び並進を自由に制御することが可能になるので、船舶1を様々な挙動で移動させる。それにより、操船フィーリングの向上を図れる。
【0077】
この実施形態においては、舵角βの最大値についての第2設定値が船外機4の回動可能角度と同じである。これにより、第2設定値が適用されるときには、船外機4を回動可能角度まで回動させることができるので、船外機4が発生する推進力αの最大の左右方向成分を利用できる。それにより、左右方向の十分な推進力を得ることができるので、操船フィーリングの向上を図れる。
【0078】
以上、この発明の一実施形態について説明したが、この発明は、さらに他の形態で実施することもできる。いくつかの例を以下に列記する。
例えば、船舶1の移動について、左方への移動について説明したが、このような横移動は一例に過ぎない。そのため、この発明の特徴の1つである舵角βの最大値を第1設定値と第2設定値との間で可変とする構成は、斜め移動等の左右方向成分を含む全ての方向への移動(並進移動も含む)に適用でき、並進移動以外の移動(例えば通常航走中における旋回)にも適用できる。舵角βの最大値は、第1設定値及び第2設定値だけでなく、3つ以上の設定値に設定できてもよい。
【0079】
また、船外機4以外の推進機の一例として、船内外機や、ウォータージェットドライブを用いてもよい。船内外機は、原動機が船内に配置され、推進力発生部材及び舵切り機構を含むドライブユニットが船外に配置されたものである。船内機は、原動機及びドライブユニットがいずれも船体2に内蔵され、ドライブユニットからプロペラシャフトが船外に延び出た形態を有する。この場合、舵取り機構は別途設けられる。ウォータージェットドライブは、船底から吸い込んだ水をポンプで加速し、船尾の噴射ノズルから噴射することで推進力を得るものである。この場合、舵取り機構は、噴射ノズルと、この噴射ノズルを水平面に沿って回動させる機構とで構成される。
【0080】
以上で説明した様々な特徴は、適宜組み合わされてもよい。
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0081】
1:船舶、2:船体、2A:船尾、3:操船システム、4:船外機、8:ステアリング操作部、9:スロットル操作部、10:ジョイスティック、25:操舵軸、42:転舵ユニット、50:速度センサ、57:方位保持ボタン、58:定点保持ボタン、60:コントローラ、P:抵抗中心、W:範囲、X:交差位置、α:船外機4が発生する推進力、β:船体2に対する推進力αの舵角、γ:推進力αの作用線
図1
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図10