(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147213
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】モータの異常診断装置、異常診断方法及び異常診断プログラム
(51)【国際特許分類】
H02P 29/024 20160101AFI20220929BHJP
【FI】
H02P29/024
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021048367
(22)【出願日】2021-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】國分 博之
【テーマコード(参考)】
5H501
【Fターム(参考)】
5H501BB20
5H501CC05
5H501DD03
5H501DD04
5H501HB07
5H501HB08
5H501HB16
5H501JJ03
5H501JJ04
5H501JJ16
5H501JJ26
5H501KK05
5H501LL01
5H501LL22
5H501LL23
5H501LL39
5H501LL53
5H501MM09
(57)【要約】
【課題】数式や行列式からなるモータモデルにより演算した電流や電圧等のモータ状態量に関する第1の特徴量と、実機のモータ状態量から抽出した第2の特徴量との乖離度に基づいて、モータの正常・異常をリアルタイムで診断する。
【解決手段】モータへの印加電圧、モータの電流及び速度を少なくとも検出するモータ状態量生成部としての検出部10と、検出部10による検出値とモータ定数とを含む数式や行列式をモータモデルとして演算するモータモデル演算部20と、モータモデルを用いて推定した電流、電圧等のモータ状態量から第1の特徴量を抽出する第1の特徴量抽出部30と、第1の特徴量の抽出に用いたものと同種のモータ状態量から第2の特徴量を抽出する第2の特徴量抽出部40と、第1の特徴量に対する第2の特徴量の乖離度に基づきモータの正常・異常を診断する比較診断部50と、異常診断時に異常発生を通知する異常通知部60と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電力変換装置により駆動されるモータへの印加電圧相当値、前記モータに流れる電流相当値、及び前記モータの速度相当値を少なくとも含む各値を、モータ状態量として生成するモータ状態量生成部と、
前記モータ状態量と前記モータの定数とを含む数式または行列式をモータモデルとして演算するモータモデル演算部と、
前記モータモデル演算部が前記モータモデルを用いて推定演算したモータ状態量に基づいて第1の特徴量を抽出する第1の特徴量抽出部と、
前記モータ状態量生成部が生成したモータ状態量が前記モータモデル演算部を介さずに入力され、入力されたモータ状態量のうち、前記第1の特徴量抽出部が推定演算したモータ状態量と同種のモータ状態量に基づいて第2の特徴量を抽出する第2の特徴量抽出部と、
前記第1の特徴量に対する前記第2の特徴量の乖離度を求め、当該乖離度に基づいて前記モータの正常・異常を診断する比較診断部と、
を備えたことを特徴とするモータの異常診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載したモータの異常診断装置において、
前記モータモデルが、前記モータに流れる電流を求める微分方程式であることを特徴とするモータの異常診断装置。
【請求項3】
請求項1に記載したモータの異常診断装置において、
前記モータモデルが、前記モータに印加される電圧を求める電圧方程式であることを特徴とするモータの異常診断装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載したモータの異常診断装置において、
前記第1の特徴量抽出部は、前記モータモデルを用いて、前記モータ状態量生成部が生成した電圧相当値から前記モータに流れる電流を推定し、推定した電流に基づいて前記第1の特徴量を抽出することを特徴とするモータの異常診断装置。
【請求項5】
請求項1または3に記載したモータの異常診断装置において、
前記第1の特徴量抽出部は、前記モータモデルを用いて、前記モータ状態量生成部が生成した電流相当値から前記モータに印加される電圧を推定し、推定した電圧に基づいて前記第1の特徴量を抽出することを特徴とするモータの異常診断装置。
【請求項6】
請求項1に記載したモータの異常診断装置において、
前記第1の特徴量抽出部は、前記モータモデルを用いて、前記モータ状態量生成部が生成した複数のモータ状態量の組み合わせに基づいて前記第1の特徴量を抽出し、
前記第2の特徴量抽出部は、前記複数のモータ状態量の組み合わせと同種の複数のモータ状態量の組み合わせに基づいて前記第2の特徴量を抽出することを特徴とするモータの異常診断装置。
【請求項7】
電力変換装置により駆動されるモータへの印加電圧相当値、前記モータに流れる電流相当値、及び前記モータの速度相当値を少なくとも含むモータ状態量を生成する手順と、
前記モータ状態量と前記モータの定数とを含む数式または行列式をモータモデルとして演算する手順と、
前記モータモデルを用いて推定演算したモータ状態量に基づいて第1の特徴量を抽出する手順と、
前記第1の特徴量の抽出に用いたモータ状態量と同種のモータ状態量に基づいて、前記モータモデルを介さずに第2の特徴量を抽出する手順と、
前記第1の特徴量に対する前記第2の特徴量の乖離度を求め、当該乖離度に基づいて前記モータの正常・異常を診断する手順と、
を一定周期で繰り返し実行することを特徴とするモータの異常診断方法。
【請求項8】
電力変換装置により駆動されるモータへの印加電圧相当値、前記モータに流れる電流相当値、及び前記モータの速度相当値を少なくとも含むモータ状態量を生成する機能と、
前記モータ状態量と前記モータの定数とを含む数式または行列式をモータモデルとして演算する機能と、
前記モータモデルを用いて推定演算したモータ状態量に基づいて第1の特徴量を抽出する機能と、
前記第1の特徴量の抽出に用いたモータ状態量と同種のモータ状態量に基づいて、前記モータモデルを介さずに第2の特徴量を抽出する機能と、
前記第1の特徴量に対する前記第2の特徴量の乖離度を求め、当該乖離度に基づいて前記モータの正常・異常を診断する機能と、
を演算処理装置に一定周期で繰り返し実現させることを特徴とするモータの異常診断プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力変換装置により駆動されるモータの異常診断技術に関し、例えば、各種建築物や製造・加工機械、輸送機械、搬送・荷役装置等に使用されるクレーン、エレベータ、ベルトコンベア、圧縮機、ファン・ブロア、ロボット等の動力源であるモータの異常診断技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
前述した各種分野において、モータは、単独運転されるだけでなく、インバータ等の電力変換装置やPLC(Programmable Logic Controller)、モーションコントローラ、各種センサ等と組み合わせて使用されることが多い。
電力変換装置及びモータは、適用分野に応じて細分化が進んでおり、複数台の電力変換装置やモータを有するシステムでは故障診断や動作検証の内容も複雑化している。
【0003】
現在、電力変換装置の動作検証を効率的に行うために、Power HILS(Hardware In The Loop SystemまたはHardware In The Loop Simulator)と呼ばれるテスト環境が用いられてきている。このPower HILSでは、リアルタイムのシミュレーションにより電力変換装置の主回路やモータの動作を模擬している。
【0004】
通常、電力変換装置の動作検証には、モータ負荷装置(MGセットまたはダイナモとも呼ばれる)が多く利用されてきた。この装置は、電力変換装置の容量ごとに用意する必要があるためコスト高になると共に装置が大型化するという問題がある。また、回転体である実際のモータを使用するため、安全性の観点から作業員による監視が必要である。
【0005】
そこで、実際のモータ(以下、実機ともいう)を必要とせずに、実機の動作を電子的な装置によって置き換える動きが進んでいる。例えば、特許文献1に記載された「モータ模擬装置」は、実機を用いずに、様々な負荷条件を模擬負荷用インバータとソフトウェアによってリアルタイムかつ実電力で再現可能なモータエミュレータであり、実際の機械負荷と同等の条件でモータの負荷試験を電子的に行うことができる。
【0006】
モータエミュレータの制御方式としては、二つの方式が挙げられる。
第1の方式は“ItoV”方式であり、この方式では、電流を検出して電圧方程式からモータの誘起電圧を計算する。この方式は演算の構成がシンプルであることから、多くのモータシミュレータにより利用されている。しかし、使用可能な電力変換装置は、電流制御系を持つベクトル制御可能なインバータに限られるため、汎用性に乏しい。
【0007】
これに対し、第2の方式である“VtoI”方式は、電圧及び電流を検出して電流フィードバック制御を行う方式である。この方式では、微分方程式を含む複雑な演算やセンサ回路が必要になるものの、多くのモータ駆動システムに使用される電圧制御型のV/f制御インバータに適用可能であるという利点がある。
【0008】
一方、予防保全の観点から、工場に設置されたモータ等の状態を常時診断して異常を予兆段階で検知し、その結果に応じてメンテナンスを随時、実行するCBM(Condition Based Maintenance)のニーズが高まってきている。
例えば、特許文献2に記載された「電動機の予防保全装置」では、モータの操作量とセンサにより取得した状態量との関係を示す評価用データを相関評価モデルと比較する。また、特許文献3に記載された「電動機の予防保全装置」では、モータの正常時における操作量と状態量との相関モデルを予め記憶しておき、実際の運転時の操作量に対応して相関モデルに基づいて算出した状態量を運転時に取得した状態量と比較する。これらの予防保全装置は、何れも、それぞれの比較結果に基づいてモータの異常を予兆段階で検知し、迅速なメンテナンスを促している。
【0009】
また、他の診断技術としては、特許文献4のように、モータを流れる電流のパワースペクトルを解析し、平均化されたパワースペクトルの側帯波が設定値以上になった時に異常を検出する「電動機の診断装置」が知られている。
更に、モータに振動センサを取り付け、センサ出力信号のスペクトル解析により特定周波数成分の変化を観測して異常診断を行う方法や、モータの消費電力の変化を過去のデータと比較して異常診断を行う方法等も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4998693号公報
【特許文献2】特開2012-137386号公報
【特許文献3】特開2013-223284号公報
【特許文献4】国際公開第2019/3389号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載された「モータ模擬装置」は、インバータにより駆動されるモータの挙動を別のインバータによって模擬するため、回路構成が複雑化し易い。
特許文献2,3に記載された「電動機の予防保全装置」では、相関評価モデルや相関モデルが、過去のデータや実験的な故障データに基づく近似式等から構築されており、捉えることができる異常要因が限られるという問題がある。
また、特許文献4において、異常検出の基準となる設定値も、モータの過去の故障時のデータに基づいて決定されるため、故障事例が少ない場合には異常判定精度が低くなる。
その他の従来技術の中には、直入れモータのみを対象とするものもあり、PWM(Pulse Width Modulation)制御されるインバータ等の電力変換装置には適用できないという問題もあった。
【0012】
そこで、本発明の目的は、各種制御方式の電力変換装置により駆動されるモータを診断対象として、数式や行列式からなるモータモデルにより演算した電圧や電流等のモータ状態量に関する第1の特徴量と、実機から得たモータ状態量に関する第2の特徴量との乖離度に基づいて、モータの正常・異常をリアルタイムで診断可能としたモータの異常診断装置、異常診断方法及び異常診断プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、本発明に係るモータの異常診断装置は、電力変換装置により駆動されるモータへの印加電圧相当値、モータに流れる電流相当値及びモータの速度相当値を少なくとも含む各値をモータ状態量として生成するモータ状態量生成部と、モータ状態量とモータ定数とを含む数式または行列式をモータモデルとして演算するモータモデル演算部と、モータモデルを用いて推定演算した電流、電圧等のモータ状態量から第1の特徴量を抽出する第1の特徴量抽出部と、モータ状態量生成部が生成したモータ状態量がモータモデル演算部を介さずに入力され、入力されたモータ状態量のうち、第1の特徴量抽出部が推定演算したモータ状態量と同種のモータ状態量に基づいて第2の特徴量を抽出する第2の特徴量抽出部と、第1の特徴量に対する第2の特徴量の乖離度に基づいてモータの正常・異常を診断する比較診断部と、を備えている。
【0014】
ここで、第1の特徴量抽出部は、モータモデルを用いて、モータ状態量のうち、例えばモータに印加される電圧の検出値、指令値、推定値等からモータに流れる電流を推定し、推定した電流の変化から第1の特徴量を抽出する。あるいは、第1の特徴量抽出部は、モータモデルを用いて、例えばモータに流れる電流の検出値、指令値、推定値等からモータへの印加電圧を推定し、推定した電圧の変化から第1の特徴量を抽出する。
また、第2の特徴量抽出部には、モータ状態量がモータモデル演算部を介さずに直接入力される。この第2の特徴量抽出部は、入力されたモータ状態量のうち、第1の特徴量抽出部が推定演算したモータ状態量と同種のモータ状態量(上記の例では、電流または電圧)に基づいて第2の特徴量を抽出する。
【0015】
更に、本発明は、上述した異常診断装置の各部がそれぞれ実行する手順からなる異常診断方法と、異常診断装置の各部の機能を実現するためのプログラムも要旨としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明においては、診断対象のモータの電圧、電流、速度等に関するモータモデルを用いて第1の特徴量を抽出すると共に、運転中のモータの電流、電圧等の検出値、指令値等から第2の特徴量を抽出し、これら第1,第2の特徴量の乖離度を判定基準としてモータの正常・異常をオンラインにて診断することができる。
そして、モータが異常と診断された場合には、電流、電圧等の値やその変化を詳細に分析して異常要因を突き止め、異常対象部位を速やかに修理、または除去する等の対策を行って被害を最小限にすることができる。
また、本発明に係る異常診断機能を、電力変換装置の内部や、外部のPLC、クラウドサーバ等に搭載することにより、複数のモータを備えた機械設備に対する異常診断にも適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態に係る異常診断装置のブロック図である。
【
図2】
図1の実施形態をPMモータのセンサレスベクトル制御システムに適用した場合のブロック図である。
【
図3】
図1の実施形態をモータエミュレータに適用した場合のブロック図である。
【
図4】モータの典型的な故障モードを示す図である。
【
図5】
図1の異常診断装置による異常診断動作を示すフローチャートである。
【
図6】
図1の異常診断装置を内蔵した電力変換装置の一例を示す構成図である。
【
図7】本発明の異常診断装置の応用例を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
図1は、本発明の実施形態に係るモータの異常診断装置のブロック図である。この異常診断装置は、検出部10、モータモデル演算部20、第1の特徴量抽出部30、第2の特徴量抽出部40、比較診断部50、及び異常通知部60によって構成されている。
【0019】
上記構成において、検出部10以外の各部の機能は、例えば、診断対象としての三相のモータを駆動する電力変換装置内の演算処理装置に実装されたプログラムによって実現される。上記演算処理装置としては、例えばDSP(Digital Signal Processor)やFPGA(Field Programmable Gate Array)、または、高速演算が可能なマイコン(マイクロコンピュータ)等を用いることができる。
なお、電力変換装置の外部に診断装置を独立して設け、その診断装置に内蔵されたDSPやFPGAに上記プログラムを実装して検出部10以外の各部の機能を実現しても良い。
次に、
図1における各部の機能を順に説明する。
【0020】
(1)検出部10
検出部10は、実機である三相のモータを対象として、少なくとも電流、電圧、速度等のモータ状態量を検出する。なお、必要に応じて、モータの巻線抵抗を補正するために、モータ状態量として温度を検出しても良い。
上記検出部10は、モータ状態量生成部の一例としてモータ状態量を検出する機能を有しているが、本発明のモータ状態量生成部としては、モータ状態量の指令値を生成する機能、または、モータ状態量の推定値を生成する機能を備えていれば良い。
すなわち、上記検出部10がなく、例えば、モータへの印加電圧(電力変換装置の出力電圧)を検出できない場合には、電圧検出値に代えて、電力変換装置の制御回路から得た出力電圧指令値や推定値を用いても良い。更に、モータの速度を検出できない場合には、速度検出値に代えて、上記制御回路から得た速度指令値や推定値を用いても良い。
すなわち、本発明では、診断対象であるモータに関するモータ状態量として、電流、電圧、速度等の検出値、指令値、または推定値を、モータ状態量生成部から得られれば良い。なお、モータ状態量としては、電流、電圧、速度等の検出値、指令値、または推定値そのものに限らず、これらの定格運転時における値(100%)に対する割合を示す「ユニット値」を用いても良い。
なお、
図1に示す実施形態では、検出部10によりモータの電流、電圧、速度等の検出値を得るものとして説明する。
【0021】
電力変換装置をPWM制御してモータを駆動する場合、モータに印加されるパルス状のPWM電圧を検出する。この検出電圧は線間電圧でも相電圧でも良いが、検出が容易な線間電圧が得られる場合には、検出された線間電圧を相電圧に変換することが望ましい。
パルス状のPWM電圧を得るには、例えばΔΣ変調器を用いてディジタル値に変換することや、制御系を考慮してローパスフィルタを用いても良い。電力変換装置が正弦波電圧を出力する場合には、検出した電圧をそのまま用いても良い。モータを流れる電流は、ホールセンサやシャント抵抗等を用いて検出し、A/D変換器を用いてディジタル値に変換する。
また、モータの速度は、A相,B相パルスを出力するエンコーダやレゾルバ等を用いて検出する。速度の検出方式は、光学式、磁気式の何れでも良い。
上述した検出部10による電流、電圧、速度等の検出値は、モータモデル演算部20及び第2の特徴量抽出部40に入力される。
【0022】
(2)モータモデル演算部20
モータモデル演算部20は、検出部10から入力される各検出値とモータ定数とを用いた数式または行列式としてのモータモデルを演算する。ここで、モータ定数は、モータのインピーダンス(巻線抵抗及びインダクタンス)、鎖交磁束等である。これらのモータ定数は、既知の値を利用しても良いし、オフラインまたはオンラインチューニングによって得た値を使用しても良い。
【0023】
検出部10による各検出値やモータ定数は、U,V,W相等の静止座標系の値として得られるが、回転座標系である周知のd,q軸座標系(d軸はモータの磁束方向の制御軸、q軸はd軸に直交する制御軸)に置き換えて使用されることが一般的である。このため、本実施形態では、数式や行列式における電流、電圧、インダクタンス等をd,q軸座標系の値として表現する。勿論、電流、電圧、インダクタンス等を静止座標系の値として表現しても差し支えない。
【0024】
診断対象であるモータが、電力変換装置によりベクトル制御されるPMモータである場合、d,q軸座標系の電圧方程式は、例えば数式1によって表される。
【数1】
数式1において、Rはモータの巻線抵抗、L
d,L
qはモータの巻線のd軸インダクタンス及びq軸インダクタンス、ωは角速度、φはモータの永久磁石が発生する鎖交磁束、i
d,i
qは巻線に流れるd軸電流及びq軸電流、v
d,v
qは巻線に発生するd軸電圧及びq軸電圧である。
【0025】
数式1の電圧方程式から電流を得る微分方程式として、入力信号を電圧の形に変形すると、例えば数式2が得られる。
【数2】
【0026】
一方、永久磁石を用いないモータの代表例として、かご形誘導モータについて考えると、そのd,q軸座標系の電圧方程式は数式3となる。
【数3】
数式3において、R
1はモータの一次巻線抵抗、R
2は二次巻線抵抗、L
1,L
2はモータの一次インダクタンス及び二次インダクタンス、ω
φは二次鎖交磁束の角周波数、ω
sはすべり角周波数、Mは相互インダクタンス、v
1d,v
1qは一次電圧v
1のd軸成分及びq軸成分(二次側は短絡されているため、v
2d,v
2q=0)、i
1d,i
1qは一次電流i
1のd軸成分及びq軸成分、i
2d,i
2qは二次電流i
2のd軸成分及びq軸成分、pは微分演算子である。
【0027】
数式3の電圧方程式から一次電流i
1及び二次電流i
2のd軸,q軸成分を得る微分方程式は、数式4によって表される。
【数4】
【0028】
以上のように、検出部10により検出したモータの電圧や角速度等をモータ定数と共に数式2や数式4の微分方程式に与えて解くことにより、モータに流れる電流を算出することができる。なお、微分方程式は、電流ではなく磁束を用いたものでも良い。
微分方程式、つまり、f(x,y)=dy/dxまたはf(x
n,y
n)=dy
n/dx
nを解くためには、周知のオイラー法やルンゲクッタ法等を使用すればよい。
ちなみに、オイラー法は数式5のように表され、ルンゲクッタ法は数式6のように表される。
【数5】
【数6】
数式6において、hは刻み幅、k
1~k
4は勾配である。
【0029】
これらの方法によって微分方程式を高速に解けば、モータに流れる電流を推定することができる。リアルタイムでモータの電流を推定するためには、前述したDSPやFPGA、または、高速演算が可能なマイクロコンピュータ等を用いることが望ましい。
このようにして、モータモデル演算部20はモータモデルを用いてリアルタイムで電流推定値を求め、この電流推定値を含む演算結果を第1の特徴量抽出部30に出力する。
【0030】
なお、電力変換装置がベクトル制御等の電流制御を行う場合には、モータの種類に応じて、前述したPMモータの電圧方程式(数式1)や誘導モータの電圧方程式(数式3)をそのまま用いれば、モータに印加される電圧を推定することができ、この電圧推定値を含む演算結果を第1の特徴量抽出部30に出力する。
【0031】
ここで、
図2は、本実施形態をPMモータのセンサレスベクトル制御システムに適用した場合のブロック図である。
この制御システムでは、速度調節器92及び電流調節器93を介して演算した電圧指令値に従って電力変換装置の主回路100を制御することにより実電圧を発生させ、その実電圧を実機のモータMに印加した時の実電流と、上記の実電圧に応じて電力変換装置の制御回路内のモータモデルMMにより演算した電流推定値との偏差を加減算手段94が求める。上記のモータモデルMMは、例えば下記の数式7によって表される。
【数7】
数式7において、Rはモータの巻線抵抗、L
1は巻線のインダクタンス、ω
rは回転子角速度、ω
r
∧は速度推定値、Δθは磁極位置誤差である。
【0032】
図2におけるモータモデルMMは、数式7により、電圧指令値(数式7におけるv
d,v
qに相当)、モータ定数、及び速度推定値ω
r
∧等を用いて電流i
d,i
qを推定する。
そして、加減算手段94により求めた電流偏差を位置・速度推定器95に入力して前記速度推定値ω
r
∧を求め、この速度推定値ω
r
∧を積分して回転子の磁極位置を推定する。更に、速度指令値と速度推定値ω
r
∧との偏差を加減算手段91により求め、この偏差をなくすように速度調節器92が電流指令値を演算する。
【0033】
次に、モータによって駆動される機械負荷(負荷トルク)を得る方法について説明する。
例えば、PMモータのトルクは数式8によって表される。
[数8]
T=po{φiq+(Ld-Lq)idiq}
ここで、Tはトルク、poは極対数、φは鎖交磁束である。
また、速度と電力との関係としては、数式9によって表される。
[数9]
P=2π・N・T
ここで、Pは電力、Nは回転速度(回転数)[r/min]、Tはトルク[N/m]である。
【0034】
更に、イナーシャと発生トルクと負荷トルクとを用いて求められる角速度は、数式10となる。
[数10]
ωm=(1/J)∫(TM-TL)
ここで、ωmは角速度、Jはイナーシャ、TMは発生トルク、TLは負荷トルクである。
【0035】
以上を用いて負荷トルクオブザーバを設計すれば、モータの速度とモータに与える電力との推移から発生トルクTMを算出して負荷トルクTLを推定することができる。
また、速度センサが取り付けられているモータであれば、数式10の両辺を微分して数式11を求めると共に、この数式11を変形して数式12とし、速度センサにより検出した角速度ωmを数式12に与えて負荷トルクTLを算出しても良い。
[数11]
(d/dt)ωm=(1/J)(TM-TL)
[数12]
TL=TM-J(d/dt)ωm
【0036】
負荷トルクを推定する負荷トルクオブザーバは古くから提案されており、主にモータ制御を高精度化するために用いられている。この負荷トルクオブザーバを、例えば
図3に示すモータエミュレータの制御回路210に組み込むことにより、トルク指令や現在の回転速度からイナーシャ及び負荷トルクを推定し、機械負荷(負荷トルク)を駆動するモータの挙動を再現することができる。
【0037】
なお、
図3に示したモータエミュレータは、被試験電力変換装置230に対して三相交流電源Gにより駆動されるモータを模擬負荷として与えるように、カップリングネットワーク220を介して接続された電力変換装置200及び被試験電力変換装置230を制御する。
すなわち、制御回路210には、電力変換装置200の動作によって模擬されるモータのモータ定数が設定されている。制御回路210は、電流検出器222による電流検出値及びモータ定数を用いて、電圧検出器221による電圧検出値が模擬対象のモータの電圧方程式から求めた電圧に等しくなるように、模擬的な速度・位置検出信号を演算して被試験電力変換装置230に与える。被試験電力変換装置230は、上記速度・位置検出信号を用いてフィードバック制御を行い、実際にモータを回転させた時と同様の状態を作り出す。
【0038】
(3)第1の特徴量抽出部30及び第2の特徴量抽出部40
図1に戻って、第1の特徴量抽出部30は、モータモデル演算部20から入力された電流推定値そのもの、または、後述する様々な方法により求めた電流推定値の変化(推移)傾向、脈動の様子等を第1の特徴量として抽出する。また、第2の特徴量検出部40は、検出部10から入力された各検出値の中の電流検出値そのもの、または、電流検出値の変化傾向、脈動の様子等を第2の特徴量として抽出する。
第1,第2の特徴量は上述した電流情報に限らず、モータの電圧、速度または負荷トルクそのもの、あるいは、これらの値の変化(推移)傾向、脈動の様子等であっても良い。
【0039】
特徴量の抽出方法としては、特徴量が例えば電流情報である場合には、時間軸に沿った変化量や変化率、平均値等を抽出し、あるいは、時間軸を除去して分析する方法等がある。
時間軸を除去する方法としては、リサジュー図形を用いる方法、レインフロー法やレンジペア法等の波形計数法、FFT(Fast Fourier Transform)による周波数スペクトル解析、移動平均や特定周波数の信号を抜き出すノッチフィルタを用いる方法、多変量解析等の何れでも良い。
【0040】
ここで、具体例を挙げると、例えば第1,第2の特徴量が電流情報である場合、U,V,W相の三相電流を静止座標系に変換してiu,iv,iwを求め、更に回転座標系であるd,q軸座標系のId,Iqに変換してリサジュー図形を作る。そして、そのリサジュー図形を点群とみなして多変量解析により、独立主成分分析によって点群の大きさや重心、点群の主成分の傾き成分を求め、その傾き成分の大きさ、傾き等を第1,第2の特徴量のそれぞれについて求めれば良い。
波形計数法を用いる場合には、第1,第2の特徴量のそれぞれについて、モータの速度ごとに波形計数法を用いて振幅のサイクル数を求め、度数分布を作成する。この度数分布の推移を第1,第2の特徴量のそれぞれについて求め、下記の比較診断部50における診断に用いても良い。
【0041】
(4)比較診断部50
比較診断部50は、第1,第2の特徴量を常時比較してモータの正常、異常を診断する。すなわち、第1,第2の特徴量が一致すれば(第1の特徴量に対する第2の特徴量の乖離度がゼロの場合)、モータは正常であると診断し、第1,第2の特徴量が一致しなければ(第1の特徴量に対する第2の特徴量の乖離度が所定の閾値以上である場合)、モータは異常であると診断する。
図4は、モータの異常要因としての、典型的な故障モードを示している。これらはあくまで例示的なものであり、他の故障モードも存在することは言うまでもない。
【0042】
比較診断部50が異常と診断する基準としては、上述したように乖離度が閾値以上になった場合のほか、第1の特徴量と第2の特徴量との差の増加率が所定値以上になった場合等が考えられる。
また、教師データとして第1の特徴量を用いた学習済みのニューラルネットワークに第2の特徴量を入力し、その時の出力値の教師データに対する乖離度を評価して異常を判断しても良い。
【0043】
図4に例示した典型的な故障モードの何れかが想定される場合には、一時的に故障モードを模擬してモータモデルを演算し、実機のモータと比較して同じ波形となるようにゲインや振動成分をフィードバックしながら調整し、異常か否かを判定する方法を採っても良い。
また、負荷トルクの変化や速度変化と電流変化との間には一定の関係性があり、通常は、負荷変化に応じて電流が増加する。従って、負荷トルクや電流、速度などの複数種類の信号・波形を組み合わせて第1,第2の特徴量を生成し、これら第1,第2の特徴量を比較してモータの正常・異常を診断しても良い。
更に、モータの種類や制御方式の違いにより、電流の変化パターンには法則性や条件がある。この法則性や条件に従っていない状況等が発生する場合には、何らかの異常やその兆候が生じているとみなすことができる。これらについても考慮に入れて、モータモデルによる第1の特徴量と実機に基づく第2の特徴量とをリアルタイムで比較すると良い。
【0044】
(5)異常通知部60
異常通知部60は、比較診断部50による診断結果によって認識した異常発生を通知する機能を有する。異常通知の具体的な方法としては、RS485やイーサネット等の通信規格を用いて異常発生信号を外部に伝送しても良いし、制御回路を備えた電力変換装置等のディスプレイ画面に表示出力しても良い。また、異常発生信号を装置のディジタル出力端子等から電圧信号または電流信号として出力しても良い。
【0045】
以上説明したように、この実施形態では、検出部10、モータモデル演算部20、第1の特徴量抽出部30、第2の特徴量抽出部40、比較診断部50、及び異常通知部60の機能により、モータの異常を検出して通知することができる。
【0046】
次に、
図5は、上記の各部による一連の異常診断処理を示すフローチャートである。
まず、異常診断装置を起動して診断を開始し(ステップS1)、
図1の検出部10の各センサが電流、電圧、速度等を検出する(ステップS2)。次いで、モータモデル演算部20がモータの電圧方程式やその微分方程式からなるモータモデルを演算する(ステップS3)。
続いて、第1の特徴量抽出部30はモータモデルに基づいて第1の特徴量を抽出し、第2の特徴量抽出部40は、検出部10から入力された各検出値に基づいて第2の特徴量を抽出する(ステップS4)。そして、比較診断部50が第1,第2の特徴量を比較して両者の乖離度からモータの正常・異常を診断し(ステップS5)、その結果を異常通知部60が通知する。
更に、診断結果をメモリに保存して1サイクルを終了し(ステップS6)、以後は前記ステップS2以降の処理を繰り返す。これら一連の処理(ステップS2~S6)は、一定の周期で繰り返し実行される。
【0047】
次に、
図6は、この実施形態の異常診断装置を備えた電力変換装置の一例を示す構成図である。
図6において、100は、整流回路及びインバータ部等からなる電力変換装置の主回路である。主回路100とモータMとの間には電圧センサ120及び電流センサ130が接続され、モータMには速度センサ140が取り付けられている。これらのセンサ120,130,140は、
図1における検出部10を構成している。
【0048】
主回路100の直流中間回路の電圧は電圧センサ110により検出されて制御回路70に入力され、前記電圧センサ120、電流センサ130、及び速度センサ140による検出値も制御回路70に入力されている。制御回路70は、入力された各検出値を用いて主回路100のインバータ部のスイッチング素子に対するPWM指令を生成し、ゲート駆動回路80を介して各スイッチング素子に駆動信号を送る。
【0049】
一方、制御回路70に接続された異常診断装置の構成は、実質的に
図1と同一である。なお、
図6では、特徴量抽出部を単一のブロック(30,40)によって示しているが、このブロックは、
図1における第1の特徴量抽出部30の機能と第2の特徴量抽出部40の機能とを併せ持っている。
【0050】
すなわち、第1の特徴量抽出部30は、モータモデル演算部20がモータモデルにより演算した電流推定値や電圧推定値等から第1の特徴量を抽出して比較診断部50に出力し、第2の特徴量抽出部40は、制御回路70を介して取り込んだ電流検出値、電圧検出値、速度検出値から第2の特徴量を抽出して比較診断部50に出力する。
比較診断部50は、前述したごとく、第1の特徴量と第2の特徴量との乖離度に基づいてモータMの正常・異常を診断し、その結果を異常通知部60に出力する。
そして、異常通知部60から制御回路70に異常発生信号が入力され、制御回路70では、外部に対する異常情報の伝送やディスプレイ画面への異常表示等が行われる。
【0051】
なお、
図7は、本発明の異常診断装置の応用例を示す構成図である。
図7において、M
1,M
2は診断対象であるモータ、240,250はモータM
1,M
2をそれぞれ駆動する電力変換装置である。
電力変換装置240とモータM
1との間には外部診断装置310が設けられ、電力変換装置250とモータM
2との間には外部診断装置320が設けられている。また、外部診断装置310,320同士は産業用高速通信路330によって通信可能となっている。
なお、400はこのシステム全体を統括的に制御するコントローラである。
【0052】
外部診断装置310,320は
図1に示したような異常診断装置の機能を備え、モータM
1,M
2の正常・異常をリアルタイムで診断している。これらの診断結果をコントローラ400が常時収集することにより、モータM
1,M
2の状態を統括的に監視することができる。
この応用例によれば、電力変換装置及びモータからなるモータ駆動システムを複数備えた工場やプラントにおいて、複数のモータの状態をオンラインかつリアルタイムに把握することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
10:検出部
20:モータモデル演算部
30:第1の特徴量抽出部
40:第2の特徴量抽出部
50:比較診断部
60:異常通知部
70:制御回路
80:ゲート駆動回路
91,94:加減算手段
92:速度調節器
93:電流調節器
95:位置・速度推定器
100:主回路
110,120:電圧センサ
130:電流センサ
140:速度センサ
200:電力変換装置
210:制御回路
220:カップリングネットワーク
221:電圧センサ
222:電流センサ
230:被試験電力変換装置
240,250:電力変換装置
310,320:外部診断装置
330:産業用高速通信路
400:コントローラ
G:三相交流電源
M,M1,M2:モータ
MM:モータモデル