(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147237
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】走査電磁石装置及び荷電粒子ビーム照射システム
(51)【国際特許分類】
A61N 5/10 20060101AFI20220929BHJP
【FI】
A61N5/10 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021048406
(22)【出願日】2021-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高山 茂貴
(72)【発明者】
【氏名】折笠 朝文
【テーマコード(参考)】
4C082
【Fターム(参考)】
4C082AC05
4C082AE01
4C082AG12
(57)【要約】
【課題】走査コイルを形成する導体のターン数を増加させることなく、発生する磁場強度を増大させて、ビーム照射装置の照射野を広く確保できること。
【解決手段】荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に対して直交するX方向またはY方向に荷電粒子ビーム1を偏向させて走査するX方向走査コイル21A、21BまたはY方向走査コイル22A、22Bを備え、これらの走査コイルは、荷電粒子ビームの軌道位置3を挟んで、入射方向及びビーム偏向方向(X方向またはY方向)に対し直交する方向に対向して配置され、これらの走査コイルは、前記入射方向に沿う口径が上流側よりも下流側で大きく設けられ、各走査コイルは、前記入射方向に対し垂直な断面における開口角α、βが前記入射方向に沿う上流側よりも下流側で大きく設定されたものである。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームの入射方向に対して直交する第1方向に前記荷電粒子ビームを偏向させて走査する走査コイルを備え、
前記走査コイルは、前記荷電粒子ビームの軌道位置を挟んで、前記入射方向及び前記第1方向に対し直交する第2方向に対向して複数配置され、
これらの走査コイルは、前記入射方向に沿う口径が上流側よりも下流側で大きく設定され、
前記各走査コイルは、導体が巻き回されて形成されると共に、前記入射方向に対し垂直な断面における前記導体の一端位置と前記第2方向とのなす角である開口角が、前記入射方向に沿う上流側よりも下流側で大きく設定されて構成されたことを特徴とする走査電磁石装置。
【請求項2】
荷電粒子ビームの入射方向に対して直交する第1方向に前記荷電粒子ビームを偏向させて走査する第1走査コイルを備えた第1走査電磁石装置と、
前記入射方向及び前記第1方向に対して直交する第2方向に前記荷電粒子ビームを偏向させて走査する第2走査コイルを備えた第2走査電磁石装置とを有し、
前記第2走査電磁石装置が、前記第1走査電磁石装置に対し、外側または内側で且つ前記入射方向における同一位置に配置され、
前記第1走査コイルが、前記荷電粒子ビームの軌道位置を挟んで前記第2方向に対向して複数配置され、前記第2走査コイルが、前記荷電粒子ビームの軌道位置を挟んで前記第1方向に対向して複数配置され、
これらの第1走査コイル及び第2走査コイルは、前記入射方向に沿う口径が、上流側よりも下流側で大きく設定され、
前記各第1走査コイルは、導体が巻き回されて形成されると共に、前記入射方向に対し垂直な断面における前記導体の一端位置と前記第2方向とのなす角である第1開口角が、前記入射方向に沿う上流側よりも下流側で大きく設定され、
前記各第2走査コイルは、前記導体が巻き回されて形成されると共に、前記入射方向に対し垂直な断面における前記導体の一端位置と前記第1方向とのなす角である第2開口角が、前記入射方向に沿う上流側よりも下流側で大きく設定されて構成されたことを特徴とする走査電磁石装置。
【請求項3】
前記走査コイル、前記第1走査コイルまたは前記第2走査コイルは、非金属材料からなるコイル支持体により所定位置に保持されるよう構成されたことを特徴とする請求項1または2に記載の走査電磁石装置。
【請求項4】
前記走査コイル、前記第1走査コイルまたは前記第2走査コイルは、表面が絶縁材で絶縁された導体である素線を複数本撚り合せて形成されるリッツ線が巻き回されて構成されたことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の走査電磁石装置。
【請求項5】
前記走査コイル、前記第1走査コイルまたは前記第2走査コイルを構成するリッツ線が、液体冷媒に浸漬されて構成されたことを特徴とする請求項4に記載の走査電磁石装置。
【請求項6】
前記走査コイル、前記第1走査コイルまたは前記第2走査コイルを構成するリッツ線が樹脂に含浸され、この樹脂が液体冷媒に接触して構成されたことを特徴とする請求項4に記載の走査電磁石装置。
【請求項7】
前記液体冷媒が流れる冷媒流路を備え、この冷媒流路が非金属材料にて構成されたことを特徴とする請求項5または6に記載の走査電磁石装置。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれか1項に記載の走査電磁石装置を備えたビーム照射装置を有し、このビーム照射装置が、前記走査電磁石装置により荷電粒子ビームを偏向して走査し照射対象に照射するよう構成されたことを特徴とする荷電粒子ビーム照射システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、荷電粒子ビームを走査する走査電磁石装置、及びこの走査電磁石装置を備えたビーム照射装置を有する荷電粒子ビーム照射システムに関する。
【背景技術】
【0002】
癌などの患者の患部(照射対象)に重粒子線等の荷電粒子ビームを照射する治療では、ビーム発生装置で生成した荷電粒子ビームをビーム加速装置で加速し、この荷電粒子ビームを、ビーム輸送装置を経て治療室のビーム照射装置により患部に照射している。
【0003】
荷電粒子ビームの照射方法の一つとして、細く絞ったスポットビームを、照射目標である患部の立体形状に合わせて3次元的に塗りつぶすように照射するスキャニング法がある。このスキャニング法の場合、ビーム入射方向の照射位置は、荷電粒子ビームのビームエネルギーで制御され、ビーム入射方向に対し垂直面内での照射位置は、走査電磁石装置により荷電粒子ビームを偏向することで制御される。走査電磁石装置は、水平方向走査電磁石装置及び垂直方向走査電磁石装置の2組で構成される。各走査電磁石装置は直列、または並列(ビーム入射方向の同一位置)に配置され、荷電粒子ビームを直交する2方向に走査する方式が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-20163号公報
【特許文献2】特開2016-83344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
様々な部位及び大きさの異なる癌部に荷電粒子ビームを照射するためには、照射可能な領域(照射野)を広く確保することが望ましい。照射野を広くするためには、走査電磁石装置の走査コイルを荷電粒子ビームに近接させて、荷電粒子ビームに作用する磁場強度を増大させることが望ましい。
【0006】
そのため、水平方向走査電磁石装置と垂直方向走査電磁石装置とが並列に配置される走査電磁石装置では、荷電粒子ビームが走査される前の上流部において口径を小さくし、荷電粒子ビームが走査されて広がった状態になる下流部において、ビーム軌道に沿って口径を大きくすることが望ましい。一方、下流部では口径が大きくなるため、荷電粒子ビームに作用する磁場強度が上流部に比べて小さくなり、荷電粒子ビームの偏向が十分に得られず、走査電磁石装置を備えたビーム照射装置の照射野を十分に確保できなくなる恐れがある。
【0007】
本発明の実施形態は、上述の事情を考慮してなされたものであり、走査コイルを形成する導体のターン数を増加させることなく、発生する磁場強度を増大させて、ビーム照射装置の照射野を広く確保できる走査電磁石装置、及びこの走査電磁石装置を備えたビーム照射装置を有する荷電粒子ビーム照射システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態における走査電磁石装置は、荷電粒子ビームの入射方向に対して直交する第1方向に前記荷電粒子ビームを偏向させて走査する走査コイルを備え、前記走査コイルは、前記荷電粒子ビームの軌道位置を挟んで、前記入射方向及び前記第1方向に対し直交する第2方向に対向して複数配置され、これらの走査コイルは、前記入射方向に沿う口径が上流側よりも下流側で大きく設定され、前記各走査コイルは、導体が巻き回されて形成されると共に、前記入射方向に対し垂直な断面における前記導体の一端位置と前記第2方向とのなす角である開口角が、前記入射方向に沿う上流側よりも下流側で大きく設定されて構成されたことを特徴とするものである。
【0009】
本発明の実施形態における荷電粒子ビーム照射システムは、前記発明の実施形態における走査電磁石装置を備えたビーム照射装置を有し、このビーム照射装置が、前記走査電磁石装置により荷電粒子ビームを偏向して走査し照射対象に照射するよう構成されたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態によれば、走査コイルを形成する導体のターン数を増加させることなく、発生する磁場強度を増大させて、ビーム照射装置の照射野を広く確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る走査電磁石装置を備えたビーム照射装置を有する荷電粒子ビーム照射システムを示す構成図。
【
図3】
図2の走査電磁石装置を示し、(A)が平面図、(B)、(C)が
図3(A)のそれぞれIIIB-IIIB線、IIIC-IIIC線に沿う断面図。
【
図4】
図3のX方向走査電磁石装置を示し、(A)が平面図、(B)、(C)が
図4(A)のそれぞれIVB-IVB線、IVC-IVC線に沿う断面図。
【
図5】
図3のY方向走査電磁石装置を示し、(A)が平面図、(B)、(C)が
図5(A)のそれぞれVB-VB線、VC-VC線に沿う断面図。
【
図8】第2実施形態に係る走査電磁石装置の一部を示し、
図4(A)のM-M線に沿う断面に相当する断面図。
【
図10】
図9のリッツ線に対する比較形態としてのホローコンダクタを示す斜視図。
【
図11】第3実施形態に係る走査電磁石装置の一部を示す断面図。
【
図12】従来のX方向走査電磁石装置を示し、(A)が平面図、(B)、(C)が
図12(A)のそれぞれXIIB-XIIB線、XIIC-XIIC線に沿う断面図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態を、図面に基づき説明する。
[A]第1実施形態(
図1~
図7)
図1は、第1実施形態に係る走査電磁石装置を備えたビーム照射装置を有する荷電粒子ビーム照射システムを示す構成図である。この
図1に示す荷電粒子ビーム照射システム10は、例えば負パイ中間子、陽子、ヘリウムイオン、炭素イオン、ネオンイオン、シリコンイオン、またはアルゴンイオンを治療照射用の荷電粒子ビーム1とする照射システムである。この荷電粒子ビーム照射システム10は、ビーム発生装置11、真空ダクト11A、ビーム加速装置12、ビーム輸送装置13、及びビーム照射装置14を有し、照射対象2としての患者の患部に荷電粒子ビーム1を照射する。
【0013】
ビーム発生装置11は、荷電粒子ビーム1を発生する装置であり、例えば電磁波やレーザなどを用いて生成したイオンを引き出す装置などがある。また、真空ダクト11Aは、内部が真空状態に維持されており、その中に荷電粒子ビーム1を通過させることで、荷電粒子ビーム1と空気との散乱によるビームロスを抑制する。この真空ダクト11Aは、
図1及び
図2に示すように、ビーム発生装置11から照射対象としての患者の位置直前まで延在している。
【0014】
ビーム加速装置12は、荷電粒子ビーム1を所定のエネルギに加速する装置である。このビーム加速装置12の一例としては、図示しない前段加速装置と後段加速装置の2段で構成される。前段加速装置は、線形加速器(ドリフトチューブリニアックDTLや高周波四重極型線形加速器RFQ)で、後段加速装置は、シンクロトンやサイクロトロンでそれぞれ構成される例がある。
【0015】
このビーム加速装置12は、具体的には、荷電粒子ビーム1の通過空間を真空気密に保持する図示しないビームダクト(配管)、荷電粒子ビーム1を電場によって加速する図示しない高周波加速空洞、荷電粒子ビーム1を安定的に誘導するいずれも図示しない偏向装置(二極電磁石)、ビーム集束・発散装置(四極電磁石)、ビーム軌道補正装置(ステアリング電磁石)、及びそれらの制御装置などで構成される。
【0016】
ビーム輸送装置13は、加速された荷電粒子ビーム1を、治療室内に設置されたビーム照射装置14へ輸送する装置であり、いずれも図示しないビームダクト、偏向装置、ビーム集束・発散装置、ビーム軌道補正装置、及びそれらの制御装置などで構成される。
【0017】
ビーム照射装置14は、ビーム輸送装置13の下流側に設けられる。このビーム照射装置14は、ビーム輸送装置13を通過した特定エネルギの荷電粒子ビーム1が照射対象2の照射点に正しく照射されるように荷電粒子ビーム1の軌道を調整すると共に、照射対象2における荷電粒子ビーム1の照射位置及び照射線量を監視する。このビーム照射装置14は、
図2に示すように、X方向走査電磁石装置15、Y方向走査電磁石装置16、走査電磁石電源17、位置モニタ18A、線量計18B及び制御装置19を有して構成される。
【0018】
X方向走査電磁石装置15及びY方向走査電磁石装置16は、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿って同一位置に配置されて、走査電磁石装置20を構成する。この場合、Y方向走査電磁石装置16は、X方向走査電磁石装置15の外側または内側、本第1実施形態では外側に配置される。
【0019】
X方向走査電磁石装置15は、後に詳説するが、荷電粒子ビーム1の軌道を、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に対して直交する第1方向(このX方向走査電磁石装置15ではX方向;例えば水平方向)に偏向させて調整し走査する。Y方向走査電磁石装置16は、後に詳説するが、荷電粒子ビーム1の軌道を、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)及び第1方向(X方向)に対して直交する第2方向(このY方向走査電磁石装置16ではY方向;例えば垂直方向)に偏向させて調整し走査する。
【0020】
走査電磁石電源17は、X方向走査電磁石装置15及びY方向走査電磁石装置16に対して荷電粒子ビーム1の走査に必要な励磁電流を供給する。また、位置モニタ18Aは、この位置モニタ18Aを通過した荷電粒子ビーム1の位置、即ち照射対象2における荷電粒子ビーム1の照射位置の指標となる信号を制御装置19へ出力する。更に、線量計18Bは、この線量計18Bを通過した荷電粒子ビーム1の強度または線量に応じた信号を制御装置19へ出力する。
【0021】
制御装置19は、位置モニタ18A及び線量計18Bからの両信号に基づき、走査電磁石装置20から照射される荷電粒子ビーム1が照射対象2の所定位置に照射されるように走査電磁石電源17を制御して、X方向走査電磁石装置15及びY方向走査電磁石装置16へ供給される励磁電流の値を制御する。
【0022】
X方向走査電磁石装置15は、
図3及び
図4に示すように、コイル支持体としての構造体23の外表面に、一対のX方向走査コイル21A及び21Bが対向して配置されて構成される。構造体23は、渦電流が発生しない非金属、例えばFRP(Fiber-Reinforced Plastic)にて形成され、X方向走査コイル21A及び21Bを外表面の所定位置に保持する。
【0023】
構造体23は中空形状で、且つ荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う口径が上流側よりも下流側で大きく、つまり上流側から下流側へ連続して漸次増大する形状に形成される。従って、この構造体23の外表面に保持されるX方向走査コイル21A及び21Bも、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う口径が上流側よりも下流側で大きく、つまり上流側から下流側へ連続して漸次増大するよう設けられる。また、構造体23は、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿ってシームレスに構成されている。
【0024】
X方向走査コイル21A及び21Bは、荷電粒子ビーム1の軌道位置3を挟んで、S方向及びX方向に直交するY方向(例えば垂直方向)に対向して配置される。このうち、X方向走査コイル21Aは、最も内側に設けられたコイルエレメント21A1と、このコイルエレメント21A1の外側に設けられたコイルエレメント21A2と、このコイルエレメント21A2の外側に設けられたコイルエレメント21A3と、を有して構成される。また、X方向走査コイル21Bは、最も内側に設けられたコイルエレメント21B1と、このコイルエレメント21B1の外側に設けられたコイルエレメント21B2と、このコイルエレメント21B2の外側に設けられたコイルエレメント21B3と、を有して構成される。
【0025】
上述のコイルエレメント21A1、21A2、21A3、21B1、21B2及び21B3は、それぞれ、複数本の導体24が鞍型形状に巻き回されて構成される。これらのコイルエレメント21A1、21A2、21A3、21B1、21B2及び21B3に、走査電磁石電源17から励磁電流が供給されることで、X方向走査電磁石装置15にY方向の磁場Byが形成され、この磁場Byにより荷電粒子ビーム1がX方向に偏向して走査される。なお、X方向走査コイル21A及び21Bは、それぞれ3個のコイルエレメントにより構成されている例で示したが、1個、2個または4個以上のコイルエレメントにより構成されてもよい。
【0026】
Y方向走査電磁石装置16は、
図3及び
図5に示すように、構造体25の外表面に、一対のY方向走査コイル22A及び22Bが対向して配置されて構成される。これらのY方向走査コイル22A及び22Bは、荷電粒子ビーム1の軌道位置3を挟んで、S方向及びY方向に直交するX方向(例えば水平方向)に対向して配置される。構造体25は、渦電流が発生しない非金属、例えばFRP(Fiber-Reinforced Plastic)にて形成され、Y方向走査コイル22A及び22Bを外表面の所定位置に保持する。
【0027】
構造体25は中空形状で、且つ荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う口径が上流側よりも下流側で大きく、つまり上流側から下流側へ連続して漸次増大する形状に形成される。従って、Y方向走査コイル22A及び22Bも、構造体25の外表面の所定位置に保持されることで、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う口径が上流側よりも下流側で大きく、つまり上流側から下流側へ連続して漸次増大するよう設けられる。
【0028】
また、構造体25は、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿って平行な分割面26を有し、Y方向に分割可能な半割形状に形成される。これにより、構造体25はその内側に、X方向走査電磁石装置15(構造体23及びX方向走査コイル21A及び21B)を内包する。
【0029】
Y方向走査コイル22Aは、最も内側に設けられたコイルエレメント22A1と、このコイルエレメント22A1の外側に設けられたコイルエレメント22A2と、このコイルエレメント22A2の外側に設けられたコイルエレメント22A3と、を有して構成される。また、Y方向走査コイル22Bは、最も内側に設けられたコイルエレメント22B1と、このコイルエレメント22B1の外側に設けられたコイルエレメント22B2と、このコイルエレメント22B2の外側に設けられたコイルエレメント22B3と、を有して構成される。
【0030】
上述のコイルエレメント22A1、22A2、22A3、22B1、22B2及び22B3は、それぞれ、複数本の導体24が鞍型形状に巻き回されて構成される。これらのコイルエレメント22A1、22A2、22A3、22B1、22B2及び22B3に、走査電磁石電源17から励磁電流が供給されることで、Y方向走査電磁石装置16にX方向の磁場Bxが形成され、この磁場Bxにより荷電粒子ビーム1がY方向に偏向して走査される。なお、Y方向走査コイル22A及び22Bは、それぞれ3個のコイルエレメントにより構成されている例で示したが、1個、2個または4個以上のコイルエレメントにより構成されてもよい。
【0031】
また、Y方向走査電磁石装置16の外側にヨーク28(
図3)が設置されてもよい。このヨーク28は、鉄などの磁性体で構成されると共に、内周面がY方向走査電磁石装置16の外周に接触するかまたは接近する大きさに形成され、外周面が外径一定に形成される。このヨーク28が設けられることで、荷電粒子ビーム1に強い磁場を作用することが可能になるほか、外部への磁場の漏れを抑制することが可能になる。
【0032】
ところで、
図2に示すビーム照射装置14から荷電粒子ビーム1を照射対象2である患部の様々な部位や異なる大きさの癌部に照射するためには、荷電粒子ビーム1の照射野4を広く確保することが望ましい。照射野4を広くするためには、X方向走査電磁石装置15のX方向走査コイル21A及び21B、Y方向走査電磁石装置16のY方向走査コイル22A及び22Bを荷電粒子ビーム1に接近させ、荷電粒子ビーム1に作用する磁場強度を増大させることが好ましい。一方、X方向走査コイル21A及び21B、Y方向走査コイル22A及び22Bを荷電粒子ビーム1に接近させ過ぎると、荷電粒子ビーム1がこれらのX方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bに衝突して照射野4が削られ小さくなってしまう。
【0033】
そこで、
図3~
図5に示すように、X方向走査コイル21A及び21BとY方向走査コイル22A及び22Bは、荷電粒子ビーム1が走査される前の上流側では口径を小さく設定し、荷電粒子ビーム1が走査されて荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に対して直交する方向に広がる下流側では、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿って口径を大きく設定する。このように、X方向走査コイル21A及び21BとY方向走査コイル22A及び22Bの口径が、荷電粒子ビーム1に対して一定の距離以上に保持されることで、荷電粒子ビーム1との衝突を回避しながら、荷電粒子ビーム1に作用する磁場強度を増大させることが可能になる。
【0034】
更に、本第1実施形態では、荷電粒子ビーム1に作用する磁場強度を増大させるために、X方向走査電磁石装置15では、X方向走査コイル21A、21Bは、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に対し垂直な断面(
図4(B)、(C))における導体24の一端位置とY方向とのなす角である第1開口角αが、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う上流側(
図4(B))よりも下流側(
図4(C))で大きく設定される。また、Y方向走査電磁石装置16では、Y方向走査コイル22A、22Bは、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に対し垂直な断面(
図5(B)、(C))における導体24の一端位置とX方向とのなす角である第2開口角βが、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う上流側(
図5(B))よりも下流側(
図5(C))で大きく設定されている。
【0035】
ここで、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bが発生する磁場(中心磁場B)は次式で表される。
【数1】
【0036】
上式における各パラメータを
図6、
図7を用いて説明する。Bは中心磁場であって、荷電粒子ビーム1の軌道位置3における磁場である。μは真空の透磁率である。Jは、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bを流れる電流の電流密度である。n
tは、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bにおける導体24のターン数である。Iは、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bを流れる電流の通電電流値である。Rinは、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bの内半径、Routは、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bの外半径である。θは、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bのコイル角度(0<θ≦π/2)である。
【0037】
なお、従来のX方向走査電磁石装置100を
図12に示す。このX方向走査電磁石装置100では、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に対して直交するX方向に、荷電粒子ビーム1を偏向させて走査するX方向走査コイル101A、101Bが、荷電粒子ビーム1の軌道位置102を挟んで、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)及びX方向に直交するY方向に対向して設けられる。更に、これらのX方向走査コイル101A、101Bは、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う口径が、上流側よりも下流側で大きく設定されている。
【0038】
このようなX方向走査コイル101A、101Bでは、口径が大きくなる下流側で内半径Rin及び外半径Routが大きくなって、X方向走査コイル101A、101Bを形成する導体103が、磁場発生領域である軌道位置102から離れてしまう。このため、X方向走査コイル101A、101Bでは、軌道位置102における中心磁場Bが低下してしまう。
【0039】
本第1実施形態のX方向走査電磁石装置15及びY方向走査電磁石装置16においても、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)の下流側で、内半径Rin及び外半径Routが上流側よりも大きくなる。ところが、このX方向走査電磁石装置15及びY方向走査電磁石装置16では、荷電粒子ビーム1の軌道位置3における中心磁場Bの強度を増大させるために、前述のように、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)の下流側(
図4(C)、
図5(C)、
図6及び
図7)で、第1開口角α、第2開口角βが大きく設定されている。従って、X方向走査電磁石装置15ではX方向走査コイル21A、21Bのコイル角度θが、Y方向走査電磁石装置16ではY方向走査コイル22A、22Bのコイル角度θが小さくなって0度に近づくことで、上式における(sinθ)/θが大きくなる。これにより、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bの中心磁場Bを増大させることが可能になる。
【0040】
X方向走査電磁石装置15の上流側(
図4(B))では、X方向走査コイル21Aのコイルエレメント21A1、21A2、21A3の隙間と、X方向走査コイル21Bのコイルエレメント21B1、21B2、21B3の隙間が共に狭いため、第1開口角αは大きく設定されていない。同様に、Y方向走査電磁石装置16の上流側(
図5(B))でも、Y方向走査コイル22Aのコイルエレメント22A1、22A2、22A3の隙間と、Y方向走査コイル22Bのコイルエレメント22B1、22B2、22B3の隙間が共に狭いため、第2開口角βは大きく設定されていない。
【0041】
なお、従来のX方向走査電磁石装置100(
図12)では、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に対し垂直な断面における導体103の一端位置とY方向とのなす角である開口角γは、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う上流側と下流側で略同一の値に設定されている。
【0042】
以上のように構成されたことから、本第1実施形態によれば、次の効果(1)を奏する。
(1)
図3~
図5に示すように、荷電粒子ビーム1を偏向させて走査するX方向走査コイル21A、21Bの第1開口角α、Y方向走査コイル22A、22Bの第2開口角βが、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う上流側よりも下流側で大きく設定されている。このため、X方向走査コイル21A、21B、Y方向走査コイル22A、22Bを形成する導体24のターン数を増加させることなく、X方向走査コイル21A、21Bを備えたX方向走査電磁石装置15、Y方向走査コイル22A、22Bを備えたY方向走査電磁石装置16のそれぞれの軌道位置3における中心磁場Bの磁場強度を、荷電粒子ビーム1の入射方向(S方向)に沿う上流側に比べて下流側で増大できる。これにより、これらのX方向走査電磁石装置15及びY方向走査電磁石装置16(つまり走査電磁石装置20)を備えたビーム照射装置14の照射野4を広く確保できる。
【0043】
[B]第2実施形態(
図8~
図10)
図8は、第2実施形態に係る走査電磁石装置の一部を示し、
図4(A)のM-M線に沿う断面に相当する断面図である。また、
図9は
図8のリッツ線を示す斜視図である。この第2実施形態において第1実施形態と同様な部分については、第1実施形態と同一の符号を付すことにより説明を簡略化し、または省略する。
【0044】
本第2実施形態の走査電磁石装置30が第1実施形態と異なる点は、
図8及び
図9に示すように、X方向走査コイル21A及び21Bのコイルエレメント21A1~21A3、21B1~21B3、Y方向走査コイル22A及び22Bのコイルエレメント22A1~22A3、22B1~22B3をそれぞれ構成する導体24がリッツ線31であり、このリッツ線31が水等の液体冷媒5に浸漬される点である。
【0045】
比較形態としての走査電磁石装置では、一対の走査コイルは、
図10に示す導体としてのホローコンダクタ200が巻き回されて構成される。このホローコンダクタ200は、一般にビーム加速装置12(
図1)用の電磁石に用いられており、一辺が数mm程度の矩形断面形状で中空に形成され、中空部201に冷却水が通水可能に設けられる。
【0046】
このホローコンダクタ200を走査用コイルに用いた上述の比較形態の走査電磁石装置では、荷電粒子ビーム1を走査するために、走査コイルを形成するホローコンダクタ200に流れる電流値を変化させると、一対の走査コイル間に生ずる磁場が変化し、これにより、ホローコンダクタ200に渦電流202が発生する。この渦電流202により生じた磁場が一対の走査コイル間の磁場を乱して、走査電磁石装置の磁場精度が低下する恐れがある。
【0047】
これに対し、本第2実施形態の走査電磁石装置30(X方向走査電磁石装置15(
図3、
図4)、Y方向走査電磁石装置16(
図3、
図5))では、それぞれのX方向走査コイル21A及び21Bのコイルエレメント21A1~21A3、21B1~21B3、Y方向走査コイル22A及び22Bのコイルエレメント22A1~22A3、22B1~22B3が、
図9に示すリッツ線31を巻き回して構成される。このリッツ線31は、絶縁材(例えばエナメル等)で外表面が絶縁された導体である細い素線32を複数本撚り合せて形成された導体である。
【0048】
X方向走査コイル21A及び21Bのコイルエレメント21A1~21A3、21B1~21B3とY方向走査コイル22A及び22Bのコイルエレメント22A1~22A3、22B1~22B3はそれぞれリッツ線31にて構成されている。このため、リッツ線31に流れる電流値が変化して、X方向走査コイル21A、21B間の磁場By、Y方向走査コイル22A、22B間の磁場Bxがそれぞれ変化しても、リッツ線31の各素線32には、渦電流202よりも小さなループの渦電流33が発生する。この小さなループの渦電流33により発生する磁場は小さいので、この渦電流33により発生した磁場によって、X方向走査コイル21A、21B間の磁場By、Y方向走査コイル22A、22B間の磁場Bxの乱れが低減される。
【0049】
また、
図8に示すリッツ線31の配置構造では、構造体23の外表面に複数の溝35が形成され、X方向走査電磁石装置15のX方向走査コイル21A、21Bのコイルエレメント21A1、21A2、21A3、21B1、21B2、21B3、Y方向走査電磁石装置16のY方向走査コイル22A、22Bのコイルエレメント22A1、22A2、22A3、22B1、22B2、22B3のそれぞれが、各溝35に収容される。
図8には、コイルエレメント21A3が溝35に収容された状態を示している。
【0050】
そして、構造体23の外表面を覆うように非金属材料製の蓋部材36が配置されることで、構造体23の外表面と蓋部材36との間に、液体冷媒5が流れる冷媒流路37が形成される。これにより、構造体23の溝35内に収容されたコイルエレメント21A1~21A3、21B1~21B3、22A1~22A3、22B1~22B3をそれぞれ構成するリッツ線31が、冷媒流路37内の液体冷媒5に浸漬されて冷却される。
【0051】
以上のように構成されことから、本第2実施形態においても、第1実施形態の効果(1)と同様な効果を奏するほか、次の効果(2)及び(3)を奏する。
【0052】
(2)
図3~
図5及び
図9に示すように、X方向走査電磁石装置15のX方向走査コイル21A及び21Bのコイルエレメント21A1~21A3、21B1~21B3、Y方向走査電磁石装置16のY方向走査コイル22A及び22Bのコイルエレメント22A1~22A3、22B1~22B3がそれぞれリッツ線31にて構成され、このリッツ線31の素線32に発生する渦電流33のループが小さいので、この渦電流33により生ずる磁場が抑制される。このように渦電流33による磁場が抑制されることで、X方向走査電磁石装置15の磁場Byの磁場精度及びY方向走査電磁石装置16の磁場Bxの磁場精度を向上させることができる。この結果、X方向走査電磁石装置15及びY方向走査電磁石装置16を備えたビーム照射装置14による荷電粒子ビーム1の照射精度を向上させることができる。
【0053】
(3)例えば、導体である細い素線32を複数本撚り合せて形成されたリッツ線31が図示しない冷却配管の外周に配置された場合には、素線32が巻ほぐれ等で内側に隣接する素線32から浮き上がってしまったとき、この素線32は、冷却配管を流れる液体冷媒により冷却されず、温度上昇して焼損する恐れがある。
【0054】
これに対し、
図8に示すリッツ線31の配置構造のように、リッツ線31が液体冷媒5に浸漬されることで、リッツ線31を形成する全ての素線32が液体冷媒5に接触することになる。この結果、リッツ線31を形成する素線32が例え巻ほぐれ等で隣接する素線32から浮き上がってしまっても、全ての素線32を液体冷媒5により好適に冷却でき、リッツ線31の冷却不良を回避できる。
【0055】
[C]第3実施形態(
図11)
図11は、第3実施形態に係る走査電磁石装置の一部を示す断面図である。この第3実施形態において第1及び第2実施形態と同様な部分については、第1及び第2実施形態と同一の符号を付すことにより説明を簡略化し、または省略する。
【0056】
本第3実施形態の走査電磁石装置40が第1及び第2実施形態と異なる点は、X方向走査コイル21A及び21Bのコイルエレメント21A1~21A3、21B1~21B3、Y方向走査コイル22A及び22Bのコイルエレメント22A1~22A3、22B1~22B3をそれぞれ構成するリッツ線31が樹脂41に含浸され、この樹脂41が液体冷媒5に接触する点である。
【0057】
つまり、構造体23の外表面に複数の溝42が形成され、X方向走査電磁石装置15、Y方向走査電磁石装置16のコイルエレメント21A1、21A2、21A3、21B1、21B2、21B3、22A1、22A2、22A3、22B1、22B2、22B3のそれぞれが各溝42に収容されて、樹脂41により含浸される。
図11では、コイルエレメント21A3が溝42内に収容されて樹脂41により含浸された状態を示している。
【0058】
そして、構造体23の外表面と蓋部材36との間に、液体冷媒5が流れる冷媒流路43が形成され、この冷媒流路43内の液体冷媒5が樹脂41に接触する。これにより、構造体23の溝42内に収容されて樹脂41に含浸されたコイルエレメント21A1~21A3、21B1~21B3、22A1~22A3、22B1~22B3を構成するリッツ線31が、樹脂41を介して液体冷媒5により冷却される。
【0059】
以上のように構成されたことから、本第3実施形態によれば、第1及び第2実施形態の効果(1)~(3)と同様な効果を奏するほか、次の効果(4)を奏する。
【0060】
(4)リッツ線31が樹脂41に含浸され、この樹脂41が液体冷媒5に接触している。これにより、リッツ線31を形成する全ての素線32が、樹脂41を介して液体冷媒5により好適に冷却される。更に、リッツ線31が構造体23の溝42内に収容され且つ樹脂41に含浸されることで、リッツ線31に電磁力が作用した場合にも、リッツ線31の振動を確実に抑制することができる。
【0061】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができ、また、それらの置き換えや変更は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0062】
例えば、X方向走査電磁石装置15とY方向走査電磁石装置16が荷電粒子ビーム1の入射方向(S)方向に沿って直列に配置されていても、本実施形態を適用することが可能である。
【符号の説明】
【0063】
1…荷電粒子ビーム、2…照射対象、10…荷電粒子ビーム照射システム、14…ビーム照射装置、15…X方向走査電磁石装置、16…Y方向走査電磁石装置、20…走査電磁石装置、21A、21B…X方向走査コイル、22A、22B…Y方向走査コイル、23、25…構造体(コイル支持体)、24…導体、30…走査電磁石装置、31…リッツ線、32…素線、37…冷媒流路、40…走査電磁石装置、41…樹脂、43…冷媒流路、α…第1開口角、β…第2開口角