(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147457
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】積層構造体の製造方法及び積層構造体
(51)【国際特許分類】
C04B 35/569 20060101AFI20220929BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20220929BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C04B35/569
C04B41/87 J
B32B9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021048701
(22)【出願日】2021-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000220767
【氏名又は名称】東京窯業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【弁理士】
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】山田 知幸
(72)【発明者】
【氏名】清木 晋
【テーマコード(参考)】
4F100
【Fターム(参考)】
4F100AA01
4F100AA01A
4F100AA15
4F100AA15A
4F100AA15C
4F100AB11
4F100AB11A
4F100AB16
4F100AB16B
4F100BA02B
4F100BA07
4F100BA44
4F100BA44A
4F100EJ41
4F100GB90
4F100JG01
4F100JG01A
4F100JJ10
4F100JJ10B
(57)【要約】
【課題】接触抵抗を低減しつつ、導電性炭化珪素質焼結体の表面に、熱膨張率の大きさが炭化珪素と金属との間である導電体が安定的に積層されている積層構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】導電性炭化珪素質焼結体である基体11の表面に、ニッケルを含有する炭化タングステンを積層することにより熱膨張差低減層12を形成した後、非酸化性雰囲気で熱処理を行うことにより、ニッケルの一部を熱膨張差低減層12から基体11に拡散させ、基体11において熱膨張差低減層12との境界面の近傍(境界面に直交する断面における境界線BLの近傍)に、ニッケルを含有する炭化珪素の相20を形成する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に、ニッケルを含有する炭化タングステンを積層することにより熱膨張差低減層を形成した後、
非酸化性雰囲気で熱処理を行うことにより、ニッケルの一部を前記熱膨張差低減層から前記基体に拡散させ、前記基体において前記熱膨張差低減層との境界面の近傍に、ニッケルを含有する炭化珪素の相を形成する
ことを特徴とする積層構造体の製造方法。
【請求項2】
導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に、ニッケルを含有する炭化タングステンである熱膨張差低減層が積層されており、
前記基体において前記熱膨張差低減層との境界面に沿って、ニッケルを含有する炭化珪素の相が存在している
ことを特徴とする積層構造体。
【請求項3】
前記ニッケルを含有する炭化珪素の相は、前記基体において前記境界面から深さが3μm~28μmの範囲の境界層に存在している
ことを特徴とする請求項2に記載の積層構造体。
【請求項4】
前記ニッケルを含有する炭化珪素の相は、前記境界層における前記境界面に直交する断面の面積に対して、23%~44%の面積割合で存在している
ことを特徴とする請求項3に記載の積層構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性炭化珪素質焼結体の表面に他の層が形成されている積層構造体の製造方法、及び、該製造方法により製造される積層構造体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
導電性セラミックスに通電するに当たり、電気的な配線のためにセラミックスの表面に形成される電極は、一般的に銀、銅、合金鋼などの金属である。しかしながら、金属とセラミックスとでは熱膨張率が大きく相違するため、通電による発熱等に伴ってセラミックスが高温となったときに電極が剥離するおそれがある。特に、炭化珪素はセラミックスの中でも熱膨張率が小さいため、金属の電極が高温下で剥離するおそれが高い。
【0003】
そこで、本発明者らは、導電性炭化珪素質焼結体と金属電極との間に、熱膨張率の大きさが炭化珪素と金属との間である導電体の層を設けることにより、層間の熱膨張率の差を低減することを想到した。しかしながら、二つの導電体を接触させると、接触抵抗が生じることにより、通電時に接触面が発熱するおそれがある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、接触抵抗を低減しつつ、導電性炭化珪素質焼結体の表面に、熱膨張率の大きさが炭化珪素と金属との間である導電体が積層されている積層構造体の製造方法、及び、該製造方法により製造される積層構造体の提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる積層構造体の製造方法(単に「製造方法」と称することがある)は、
「導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に、ニッケルを含有する炭化タングステンを積層することにより熱膨張差低減層を形成した後、
非酸化性雰囲気で熱処理を行うことにより、ニッケルの一部を前記熱膨張差低減層から前記基体に拡散させ、前記基体において前記熱膨張差低減層との境界面の近傍に、ニッケルを含有する炭化珪素の相を形成する」ものである。
【0006】
ここでは、「導電性炭化珪素質焼結体」の語は、「導電性炭化珪素質セラミックス焼結体」と同意で使用している。また、「導電性」とは、比抵抗値が1000Ωcm未満の場合を指している。
【0007】
炭化珪素の熱膨張率(熱膨張係数)は4.6×10-6/Kであり、炭化タングステンの熱膨張率は5~9×10-6/Kである。一方、電極に用いられる金属は、熱膨張率が10~20×10-6/Kのものが多く、例えば、銀は18.9×10-6/Kであり、銅は16.8×10-6/Kである。つまり、炭化タングステンは、熱膨張率の大きさが、金属と炭化珪素それぞれの熱膨張率の間である。
【0008】
従って、導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に炭化タングステンを主成分とする熱膨張差低減層を設けて積層構造体とすれば、この外側に更に金属電極を設けた場合、金属電極と熱膨張差低減層との間、熱膨張差低減層と基体との間それぞれの熱膨張率の差を、基体の表面に直接に金属電極を設けた場合の熱膨張率の差より、低減することができる。更に、炭化珪素と炭化タングステンは、熱膨張率の差がさほど大きくないため、後述するように、導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に、剥離することなく安定的に炭化タングステンを積層することができる。
【0009】
そして、本発明では、炭化タングステンを主成分とする熱膨張差低減層にニッケルを含有させておき、非酸化性雰囲気で熱処理をすることによって、熱膨張差低減層の炭化タングステンに含まれていたニッケルの一部を、導電性炭化珪素質焼結体である基体に拡散させる。詳細は後述するように、このような熱処理を行うことにより、導電性炭化珪素質焼結体である基体と、炭化タングステンを主成分とする熱膨張差低減層との間の接触抵抗を低減することができる。これは、熱膨張差低減層と基体との境界面を挟んで、両側の層に、共通してニッケルが存在することにより、電気伝導の経路が両層をつなぐように形成されるためと考えられた。また、共通の成分が境界面を挟んで両層をつなぐように存在することにより、両層の機械的な接合を強化する作用効果(アンカー効果)があり、熱膨張差低減層が基体から剥離することが抑制されると考えられた。
【0010】
次に、本発明にかかる積層構造体は、
「導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に、ニッケルを含有する炭化タングステンである熱膨張差低減層が積層されており、
前記基体において前記熱膨張差低減層との境界面に沿って、ニッケルを含有する炭化珪素の相が存在している」ものである。
【0011】
これは、上記の製造方法によって製造される積層構造体の構成である。
【0012】
本発明にかかる積層構造体は、上記構成に加え、
「前記ニッケルを含有する炭化珪素の相は、前記基体において前記境界面から深さが3μm~28μmの範囲の境界層に存在している」ものとすることができる。
【0013】
導電性炭化珪素質焼結体である基体において、このような深さ範囲にニッケルを含有する炭化珪素の相が存在することにより、詳細は後述するように、基体から剥離することなく、且つ、接触抵抗を低減して、炭化タングステンを主成分とする熱膨張差低減層を基体の表面に積層することができる。なお、後述するように、境界面から深さ範囲を5μm~28μmの境界層とすれば、接触抵抗を限りなくゼロに近付けることができるため、より望ましい。
【0014】
本発明にかかる積層構造体は、境界層を上記深さ範囲とした上記構成において、
「前記ニッケルを含有する炭化珪素の相は、前記境界層における前記境界面に直交する断面の面積に対して、23%~44%の面積割合で存在している」ものとすることができる。
【0015】
詳細は後述するように、基体から剥離することなく、且つ、接触抵抗を低減して、炭化タングステンを主成分とする熱膨張差低減層が基体の表面に積層されている積層構造体では、境界面からの深さ範囲が上記範囲である境界層において、ニッケルを含有する炭化珪素の相がこのような面積割合で存在している。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明によれば、接触抵抗を低減しつつ、導電性炭化珪素質焼結体の表面に、熱膨張率の大きさが炭化珪素と金属との間である導電体が安定的に積層されている積層構造体の製造方法、及び、該製造方法により製造される積層構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】試料E0の反射電子像及びマッピング像である。
【
図2】試料E3の反射電子像及びマッピング像である。
【
図3】試料E5の反射電子像及びマッピング像である。
【
図4】(a)試料E0の線分析の結果を反射電子像と共に示す図であり、(b)試料E3の線分析の結果を反射電子像と共に示す図である。
【
図5】境界層及びニッケルを含有する炭化珪素の相を模式的に示す図である。
【
図6】境界線における長さ比の測定を模式的に説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の具体的な実施形態である積層構造体の製造方法、及び、この製造方法によって製造される積層構造体について、図面を用いて説明する。本実施形態の製造方法は、熱膨張差低減層形成工程と、熱処理工程とを備えている。
【0019】
熱膨張差低減層形成工程では、導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に、炭化タングステンを主成分としニッケルを含有する溶射材料を溶射する。これにより、基体の表面に、ニッケルを含有する炭化タングステンの層である熱膨張低減層が積層された積層構造体が製造される。溶射材料におけるニッケルの割合は、少なければ基体に拡散させる作用が不十分となり、多過ぎると炭化タングステンの熱膨張率に影響するため、3質量%~40質量%とすることが望ましく、5質量%~20質量%とすればより望ましい。
【0020】
熱処理工程では、熱膨張差低減層形成工程を経た積層構造体を、非酸化性雰囲気で熱処理(アニール)する。この工程により、炭化タングステンに含有されていたニッケルの一部が熱膨張差低減層から基体に拡散し、基体において熱膨張差低減層との境界面に沿って、ニッケルを含有する炭化珪素の層が形成される。この相では、ニッケルは単体のニッケルとして、或いは、ニッケルシリサイドとして存在していると考えられる。
【0021】
熱処理工程の温度は、低過ぎればニッケルの拡散が不十分であり、高過ぎればニッケルの拡散の程度を熱処理時間で制御することが困難となるため、800℃~1200℃とすることが望ましく、900℃~1000℃とすればより望ましい。
【0022】
熱処理を行う「非酸化性雰囲気」は、アルゴン等の不活性ガス雰囲気、窒素雰囲気、不活性ガスと窒素ガスの混合雰囲気、真空雰囲気とすることができる。
【実施例0023】
実際に、導電性炭化珪素質焼結体である基体の表面に、ニッケルを含有する炭化タングステンを溶射して熱膨張差低減層を積層し、熱処理を行って、試料E1~E5の積層構造体を製造した。基体は、窒素のドープにより導電性が付与された炭化珪素焼結体であり、単一の方向に延びて列設された隔壁により区画された複数のセルを備えるハニカム構造に形成されている。具体的には、基体はサイズ36mm×36mm×30mm、セル密度300cpsi、隔壁の厚さ10milのハニカム構造体であり、電気抵抗率は51.4Ω・cmである。
【0024】
試料E1~E5では、溶射材料として、炭化タングステン75質量%、ニッケル7質量%、クロム18質量%の組成のものを使用した。
【0025】
熱処理の条件は、試料E1~E5の何れについても、熱処理温度1000℃、常温から1000℃までの昇温速度を50℃/hとし、非酸化性雰囲気はアルゴン雰囲気とした。熱処理時間は、試料E1では1分、試料E2では3分、試料E3では10分、試料E4では25分、試料E5では30分とした。
【0026】
比較のために、試料E1~E5と同一の基体に、同一の溶射材料を溶射して熱膨張差低減層を積層したが、熱処理工程を行わなかったものを試料E0とした。
【0027】
更に、比較のために、試料E1~E5と同一の基体に、溶射により銀を主成分とする層を積層し、熱処理した試料R1、及び、溶射により銅を主成分とする層を積層し、熱処理した試料R2を製造した。試料R1,R2の溶射材料は、試料E1~E5の溶射材料の炭化タングステンを、それぞれ銀または銅で置換したものである。試料R1,R2の熱処理条件については、昇温速度は試料E1~E5と同様に50℃/hとし、熱処理時間は試料E3と同様に10分とした。熱処理温度は、銀及び銅の融点が炭化タングステンより低いことを考慮し、試料R1については850℃、試料R2については950℃とした。なお、融点は、炭化タングステンは2870℃であるのに対し、銀は962℃、銅は1085℃である。
【0028】
熱処理を行った試料E1~E5,R1,R2のうち、試料E1~E4では炭化タングステンを主成分とする層(熱膨張差低減層)が、基体の表面に密着性よく安定的に形成されていた。熱処理時間が最も長い試料E5では、熱膨張差低減層と基体との間に亀裂が生じていたが、熱膨張差低減層は残存していた。
【0029】
熱処理後の試料R1及びR2では、それぞれ銀及び銅を主成分とする層が残存していなかった。これは、基体を構成する炭化珪素と、金属である銀、銅との熱膨張率の差が大きいために、溶射により積層した層が、熱処理工程における加熱によって基体の表面から剥離したものと考えられた。これら熱処理後の亀裂・剥離の有無を表1に示す。表1では、亀裂も剥離も生じていない場合を「〇」で評価している。
【0030】
【0031】
また、全試料E1~E5,E0,R1,及びR2について、それぞれ炭化タングステン、銀及び銅を主成分とする層が積層された積層構造体について、熱処理を行っていない状態での電気抵抗率を四端子法により測定した。測定された電気抵抗率(R1)について、基体の電気抵抗率(R0)に対する割合(R1/R0)を算出し、抵抗値比とした。その値を表1に併せて示す。表1に示すように、何れの試料も抵抗値比(R1/R0)は1.6~1.7であり、基体の表面に異質な導電性層を積層することによって、両層間に大きな接触抵抗が生じていることが分かる。
【0032】
熱処理後にも、炭化タングステンを主成分とする層が基体の表面に密着性よく安定的に形成されていた試料E1~E4について、上記と同様に四端子法により電気抵抗率を測定した。測定された電気抵抗率(R2)について、基体の電気抵抗率(R0)に対する割合(R2/R0)を算出し、抵抗値比とした。抵抗値比(R2/R0)が1.05以下の場合を、接触抵抗がほぼゼロであるとして「◎」で評価し、抵抗値比(R2/R0)が抵抗値比(R1/R0)より有意に低下している場合として、(R2/R0)が(R1/R0)の8割以下に低下している場合を「〇」で、それ以外の場合を「×」で評価した。また、炭化タングステンを主成分とする層が基体の表面に密着性よく安定的に形成されておらず、電気抵抗率が測定できなかった試料についても「×」で評価した。評価結果を表1に併せて示す。
【0033】
表1に示すように、試料E1~E4の何れも、抵抗値比(R2/R0)は抵抗値比(R1/R0)より有意に小さくなっており、熱処理によって接触抵抗を低減することができたことが分かる。特に、試料E2~E4は抵抗値比(R2/R0)が1.05以下であり、熱処理前に生じていた接触抵抗が熱処理によってほぼゼロとなっている。このことから、熱処理温度及び昇温速度の条件が上記の場合、熱処理時間は1分~25分とするとよく、3分~25分とすることがより望ましいと言える。
【0034】
上述したように、炭化タングステンを主成分とする層を炭化珪素質焼結体である基体の表面に積層すると接触抵抗が生じるが、熱処理を行うことによって接触抵抗を低減することができる。そこで、熱処理によってどのような現象が生じているかを調べるために、熱処理を行っている試料E1~E5、及び、熱処理を行っていない試料E0について、元素分析を行った。
【0035】
元素分析は、熱処理後の試料を、熱膨張差低減層と基体との境界面に直交する方向に切断して試験片とし、樹脂に埋設して研磨した断面について、電子プローブマイクロアナライザ(日本電子製、JXA8530F)を用いて、面分析、及び、線分析を行った。
【0036】
まず、熱処理を行っていない試料E0についての面分析の結果を
図1に示す。また、熱処理を行った試料の例として、熱処理を10分間行った試料E3についての面分析の結果を
図2に、熱処理を30分間行い、亀裂が発生した試料E5についての面分析の結果を
図3に示す。
図1及び
図2では、タングステン、珪素、ニッケルを分析対象としたマッピング像をそれぞれ(b),(c),(d)に示し、同視野の反射電子像を(a)に示している。また、
図3では、ニッケルを分析対象としたマッピング像を(b)に、同視野の反射電子像を(a)に示している。
【0037】
なお、マッピング像では、分析対象の元素が多く存在する部分ほど、輝度が高く白っぽく見える。また、反射電子像では、重い元素は明るく軽い元素は暗く観察される。タングステンは珪素より原子番号が大きく重い元素であるため、炭化タングステンを主成分とする熱膨張差低減層は、反射電子像では基体より明るく表示される。
【0038】
図1(a)の反射電子像を見ると、画像上部の明るい層と、下部の濃色の層との境界が非常にくっきりとしており、
図1(b)のタングステンのマッピング像、及び、
図1(c)の珪素のマッピング像と考え合わせると、境界線を挟んで上部が熱膨張差低減層であり、下部が基体である。そして、
図1(d)のニッケルのマッピング像より、ニッケルの分布はタングステンの分布と一致しており、熱処理を行っていない状態では、ニッケルは熱膨張差低減層のみに存在していることが分かる。
【0039】
これに対し、熱処理を行った試料では、
図2に例示するように、ニッケルが基体側に移動(拡散)していることが明らかである。
図2(d)から、熱処理を行った試料では、ニッケルが存在する白っぽい相が、境界線に沿って、境界線より基体側に分布していることが分かる。この白っぽい相は、ニッケルを含有する炭化珪素の相である。一方、
図2(b)及び
図2(c)に例示するように、タングステン及び珪素については、熱処理による移動はほとんどないと考えられた。なお、図示は省略しているが、本実施形態で熱膨張差低減層に含有されているクロムについては、熱処理による移動は確認されなかった。
【0040】
以上のことから、ニッケルを含有する炭化タングステンの層から、熱処理によってニッケルの一部が基体に移動(拡散)していると考えられる。元素分析(線分析)の結果の中から、例として、熱処理を行っていない試料E0について、タングステン及びニッケルを分析対象とした線分析の結果を、同視野の反射電子像と共に
図4(a)に示し、熱処理を10分間行った試料E3について、タングステン及びニッケルを分析対象とした線分析の結果を、同視野の反射電子像と共に
図4(b)に示す。
図4(a)と
図4(b)の対比から、熱膨張差低減層に含まれていたニッケルが、熱処理によって基体側に移動していることが明らかである。
【0041】
そこで、熱処理に伴うニッケルの移動(拡散)を、定量的に評価するために、熱処理時間の相違する試料E1~E5について、境界層の深さ、面積割合、境界線における長さ比を測定・算出した。
【0042】
図5に模式的に示すように、境界面からの深さDは、基体11と熱膨張差低減層12(炭化タングステンを主成分とする層)との境界面に直交する断面の画像において、基体11と熱膨張差低減層12との境界線BLを基準として、ニッケルを含有する炭化珪素の相20が、基体11側にどの程度の深さまで達しているかを示す数値である。
図2(d)に例示するように、ニッケルを含有する炭化珪素の相は境界線に沿って均一の深さで分布している訳ではないため、ニッケルを検出対象としたマッピング像から、ニッケルを含有する炭化珪素の相が最も境界線から離れている距離を、境界面からの深さDとしている。つまり、境界層11bは、基体11において境界面(断面では境界線BL)から深さDまでの範囲の層であり、ニッケルを含有する炭化珪素の相20が、炭化珪素マトリクスに含有されている層である。各試料E1~E5について、測定した境界面からの深さを表1に併せて示す。
【0043】
面積割合は、境界面に直交する断面のうち境界層11bの全面積に対する、ニッケルを含有する炭化珪素の相20の割合(百分率)である。境界層11bの全面積、及び、ニッケルを含有する炭化珪素の相20の面積は、境界面に直交する断面の画像に、一定の距離をおいて直角に交わる多数の縦線及び横線(方眼)を引き、マス目の数を計測することにより測定した。各試料E1~E5について、測定した面積割合を表1に併せて示す。
【0044】
境界線における長さ比は、
図6に模式的に示すように、境界面に直交する断面において、境界線BLの全長Y0に対して、ニッケルを含有する炭化珪素の相20が境界線BLに接している長さ(図の例では、Y1+Y2+Y3+Y4)の総和が占める割合(百分率)である。各試料E1~E5について、測定した境界線における長さ比を表1に併せて示す。
【0045】
測定結果から、ニッケルを含有する炭化珪素の相が存在する境界線からの深さは、熱処理時間が長くなるのに伴って増加している。これに対し、境界線における長さ比は、熱処理時間25分までは増加しているものの熱処理時間が30分で減少しており、境界層の全面積に対するニッケルを含有する炭化珪素の相の面積割合も、熱処理時間3分までは増加しているものの熱処理時間が10分以上となると減少している。これは、最も熱処理時間の長い試料E5について、ニッケルを検出対象としたマッピング像を
図3に示すように、熱処理時間が長くなると、ニッケルを含有する炭化珪素の相が凝集するように局所的に集合してしまうためと考えられた。これは、マトリクス中に異質な相が存在する場合、その相の表面積が小さいほど安定化することから、熱処理時間が長くなることに伴ってニッケルが移動できる距離も増えることにより、表面積を小さくするようにニッケルが移動しているためと考えられた。
【0046】
以上のように、熱処理時間が長くなるほど、基体において深くまでニッケルが拡散するものの、ある時間を超えると、ニッケルを含有する炭化珪素の相の面積割合が減少したり、熱膨張差低減層と基体との間に亀裂が生じたりするおそれがある。そのため、熱処理は、境界面からの深さが3μm~28μmとなるように行うことが望ましく、その深さが5μm~28μmであれば、熱膨張差低減層と基体との間の接触抵抗をほぼゼロとすることができる。また、接触抵抗がほぼゼロであった試料E2~E4では、境界層の全面積に対するニッケルを含有する炭化珪素の相の面積割合は23%~44%であり、境界線における長さ比は30%~90%であった。
【0047】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0048】
例えば、基体に積層された熱膨張差低減層に、更に金属電極を積層することができる。熱膨張差低減層の主成分である炭化タングステンの熱膨張率は、炭化珪素の熱膨張率より大きく金属の熱膨張率より小さいため、導電性炭化珪素質焼結体の表面に、直接に金属電極を形成する場合に比べて、各層間の熱膨張率の差を低減し、剥離や亀裂を抑制して導電性炭化珪素質焼結体の基体に対して金属電極を形成することができる。