(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147470
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】刺激応答性化合物
(51)【国際特許分類】
C07C 69/606 20060101AFI20220929BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20220929BHJP
G02B 5/08 20060101ALI20220929BHJP
G02B 5/23 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C07C69/606 CSP
C09K3/00 105
G02B5/08 A
G02B5/23
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021048724
(22)【出願日】2021-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100163212
【氏名又は名称】溝渕 良一
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100156535
【弁理士】
【氏名又は名称】堅田 多恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】桑折 道済
(72)【発明者】
【氏名】小島 佑樹
【テーマコード(参考)】
2H042
2H148
4H006
【Fターム(参考)】
2H042DA08
2H042DB02
2H042DE01
2H042DE08
2H148DA04
2H148DA21
4H006AA01
4H006AB92
(57)【要約】
【課題】外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化する新規な刺激応答性化合物を提供する。
【解決手段】末端に可視光領域において吸収のない置換基を有するジアセチレン誘導体からなる化合物である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
末端に可視光領域において吸収のない置換基を有するジアセチレン誘導体からなる化合物であることを特徴とする刺激応答性化合物。
【請求項2】
可視光領域において吸収のない置換基を両末端に有することを特徴とする請求項1に記載の刺激応答性化合物。
【請求項3】
前記ジアセチレン誘導体は、末端の可視光領域において吸収のない置換基による置換基部位とジアセチレン部位の間にリンカー部位を有し、当該リンカー部位における炭素数が1以上5以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の刺激応答性化合物。
【請求項4】
前記置換基部位は、スチルベン誘導体によるスチルベン部位であることを特徴とする請求項3に記載の刺激応答性化合物。
【請求項5】
前記スチルベン部位は、トランス体のスチルベン誘導体であり、置換基であるアルコキシ基に炭素数1以上10以下の分岐アルキル鎖を含有することを特徴とする請求項4に記載の刺激応答性化合物。
【請求項6】
前記化合物の結晶構造体は、平板状結晶が積層した層状配向構造を形成することを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の刺激応答性化合物。
【請求項7】
前記化合物の結晶構造体は、紫外光等の電磁波の照射によりパターニングの境界が100μm以下で位置選択的に色調変化することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の刺激応答性化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外部刺激に応答して色調変化する刺激応答性化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
金属は、一般に硬く、例えば、家電や自動車等の機械的強度が必要な部品に使用されているだけでなく、金属光沢を有するため、質感に優れ、家具や雑貨等、日常生活のありとあらゆる物品において使用されている。しかしながら、金属は、材料そのものが高価であるだけでなく、加工も容易ではないことから、金属製の物品は高価になる傾向がある。
【0003】
安価に金属光沢を有する物品を製造する方法として、例えば、高分子化合物やガラスから造形された物品の表面に金属の薄膜を被覆する金属めっきや、微粒子またはフレーク状の金属を添加した塗料を物品の表面に塗布する等の表面処理技術が用いられている。
【0004】
しかしながら、金属めっきは、表面処理を行うことができる材質に制限があり、金属を添加した塗料は、塗料中におけるポリマーバインダーと金属との比重の違いにより、金属粒子が沈降し、塗膜にしたときに斑が生じやすくなってしまうといった課題がある。
【0005】
そこで、金属以外の非金属物質を用いて金属光沢を発現させることにより、上記課題を解決することが行われており、金属光沢を示す非金属物質に関する技術として、例えば特許文献1に記載の技術がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2018-40953号公報(第5頁~第13頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の技術は、例えばビスフェニル構造を有する有機化合物を合成し、当該有機化合物を溶媒に溶解し、得られた溶解液から有機化合物を再結晶させ、平板状結晶が複数個積み重なった積層構造を有する結晶構造体を形成することにより、金属元素に由来せずに金属光沢、具体的には銀色調を呈する金属光沢材料が得られる。金属元素に由来せずに更に高級感のある金色調を呈する金属光沢材料も知られているが、特許文献1と同様に単一色しか発現させることができないものであった。
【0008】
発明者らの研究から、外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化する新規な化合物を見出すに至り、金属光沢材料の全く知られていなかった新しい様々な利用の可能性が見込まれる。
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化する新規な刺激応答性化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の刺激応答性化合物は、
末端に可視光領域において吸収のない置換基を有するジアセチレン誘導体からなる化合物であることを特徴とする。
この特徴によれば、新規な刺激応答性化合物は、外部刺激に応答して、銀色調から金色調に色調変化するものであった。これは、末端に可視光領域において吸収のない置換基を有することにより化合物の結晶構造体が銀色調を示すとともに、外部刺激に応答して結晶中のジアセチレン部位でトポケミカル重合が進行し共役系高分子であるポリジアセチレンを形成することによるからである。
【0011】
可視光領域において吸収のない置換基を両末端に有することを特徴とする。
これによれば、銀色調から金色調に一層明瞭に色調変化するものであった。
【0012】
前記ジアセチレン誘導体は、末端の可視光領域において吸収のない置換基による置換基部位とジアセチレン部位の間にリンカー部位を有し、当該リンカー部位における炭素数が1以上5以下であることを特徴とする。
この特徴によれば、リンカー部位の炭素数に応じて分子間に働く力が調整でき、炭素数が1以上5以下の場合には、化合物の結晶中におけるジアセチレンの重合特性が良好に制御されるため、外部刺激に応答して確実に銀色調から金色調への色調変化が起こる。
【0013】
前記置換基部位は、スチルベン誘導体によるスチルベン部位であることを特徴としている。
この特徴によれば、スチルベン部位は可視光領域において吸収がなく、かつ熱力学的に安定であることにより、銀色調および金色調を安定して発現させることができる。
【0014】
前記スチルベン部位は、トランス体のスチルベン誘導体であり、置換基であるアルコキシ基に炭素数1以上10以下の分岐アルキル鎖を含有することを特徴とする。
この特徴によれば、スチルベン部位が熱力学的により安定なトランス体のスチルベンをベースとし、置換基であるアルコキシ基に炭素数1以上10以下の分岐アルキル鎖を含有することにより、乾燥状態においても結晶構造が維持されることで光沢感を失わず、銀色調および金色調を安定して発現させることができる。
【0015】
前記化合物の結晶構造体は、平板状結晶が積層した層状配向構造を形成することを特徴とする。
この特徴によれば、化合物の結晶構造体に平滑な表面が形成されることにより、可視光線の一部が鏡面反射して光沢を発現しやすい。
【0016】
前記化合物の結晶構造体は、紫外光等の電磁波の照射によりパターニングの境界が100μm以下で位置選択的に色調変化することを特徴とする。
この特徴によれば、銀色調と金色調のパターニングの境界がはっきりと確認できるものであって、細かいパターンを表現することができる。
【発明の効果】
【0017】
以上、本発明により、単一の有機化合物の結晶構造体が銀色調を示すとともに、外部刺激により銀色調から金色調に色調変化する新規な刺激応答性化合物を提供することができる。また、外部刺激として例えば紫外光の照射を位置選択的に行うことにより、化合物の結晶構造体に対して銀色調と金色調をパターニングすることができるため、銀色調と金色調のパターンを有する高級感のある装飾性に優れた外装等の材料として使用できる。これにより、金属光沢材料の全く知られていなかった新しい様々な利用の可能性が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施形態に係る刺激応答性化合物(DStilbene-DA)の分子構造を示す説明図である。
【
図2】実施形態に係る刺激応答性化合物(DStilbene-DA)の白色粉末を示す写真図である。
【
図3】実施形態に係る刺激応答性化合物の結晶構造体(DStilbene-DAフィルム)に紫外光を照射することにより、銀色調から金色調に色調変化した様子を示す写真図である。
【
図4】実施例のDStilbene-DAフィルム作製方法の概要を示す模式図である。
【
図5】(a)は、紫外光を照射前のDStilbene-DAフィルムと銀板の反射スペクトルを比較したグラフであり、(b)は、紫外光を3時間照射後のDStilbene-DA(UV)フィルムと金箔の反射スペクトルを比較したグラフである。
【
図6】実施例のDStilbene-DAフィルムの表面を走査型電子顕微鏡により観察した写真図であり、(b)は、同じくDStilbene-DAフィルムの断面を走査型電子顕微鏡により観察した写真図である。
【
図7】実施例のDStilbene-DAフィルムに紫外光を照射することにより、銀色調から金色調に経時的に色調変化する様子を示す写真図である。
【
図8】実施例のDStilbene-DAフィルムに紫外光を照射することによる経時的な反射スペクトルの変化を示すグラフである。
【
図9】実施例のDStilbene-DAフィルムに紫外光を照射することによる色調変化をCIE1931色空間に対応させた図である。
【
図10】(a)は、実施例のDStilbene-DAフィルムに紫外光をパターニング照射する工程を示す概略図であり、(b)は、(a)の工程により銀色調と金色調にパターニングされたDStilbene-DA(UV)フィルムを示す写真図である。
【
図11】
図10(b)のDStilbene-DA(UV)フィルムの表面を光学顕微鏡で観察した写真図であり、(a)は銀色調領域、(b)は銀色調と金色調の境界領域、(c)は金色調領域を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について、
図1から
図11を用いて詳細に説明する。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態、実施例の例示に限定されるものではない。
【0020】
本発明に係る刺激応答性化合物は、末端に可視光領域において吸収のない置換基を有するジアセチレン誘導体からなる化合物であり、本実施形態における刺激応答性化合物の下記構造式(1)に示す。尚、上記置換基は、いわゆる狭義の置換基であり、HやOH等は含まず、置換基R1,R2の一方はHやOH等であってもよい。また、可視光領域において吸収のないとは、すなわち分光光度計を使用した測定により波長380~750nmのすべてにおいて透過率5%以下であって可視光領域の反射率が高い反射特性を示す状態のことである。
【0021】
【0022】
また、可視光領域において吸収のない置換基は、刺激応答性化合物が外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化することが可能である限りにおいて限定されるわけではないが、スチルベン誘導体、ビスフェノール誘導体、またはジフェニル誘導体のいずれかであることが好ましく、より確実に外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化することを可能とするためにはスチルベン誘導体であることが好ましい。
【0023】
本実施形態における刺激応答性化合物の一例を下記構造式(2)に示す。詳しくは、本実施形態における刺激応答性化合物であるDStilbene-DA(bis(4-((E)-4-(isopentyloxy)styryl)phenyl)dodeca-5,7-diynedioate)は、両末端の置換基部位、すなわち置換基R1,R2が同一のスチルベン誘導体により構成された側鎖分岐構造を有するスチルベン部位と、分子内に共役した2つの三重結合を有するジアセチレン部位と、両末端のスチルベン部位とジアセチレン部位の間におけるリンカー部位(炭素数n=1)を有する有機化合物である(
図1参照)。尚、本実施形態における刺激応答性化合物は、リンカー部位と結合する直鎖状の鎖式飽和炭化水素(C
2H
4)および当該鎖式飽和炭化水素と置換基部位との間にエステル結合(-COO-)を有する構造であるが、両末端の置換基部位とジアセチレン部位の間の構造は、刺激応答性化合物が外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化することが可能であれば、これに限らず、例えば分岐状の鎖式飽和炭化水素や多重結合を有する鎖式不飽和炭化水素、エーテル結合やアミド結合等を有する他の構造であってもよい。
【0024】
【0025】
本実施形態における刺激応答性化合物(DStilbene-DA)を構成するスチルベン部位は、熱力学的により安定なトランス体のスチルベン誘導体であり、置換基であるアルコキシ基に炭素数5の分岐アルキル鎖を含有している。また、スチルベン部位は、可視光領域において吸収のないものである。
【0026】
また、ジアセチレン部位は、紫外光等の外部刺激により結晶状態においてトポケミカル重合と呼ばれる固相重合が進行し架橋することにより重合した共役系高分子であるポリジアセチレンを形成する。ポリジアセチレンは、重合時の共役長の伸長により、可視光領域に吸収を持つことから色調が変化する。尚、本実施形態における刺激応答性化合物は、熱をかけてもクロミズム挙動を示さないため、銀色調から金色調に色調が変化した後、その金色調が保持される。
【0027】
尚、本発明に係る刺激応答性化合物を構成するリンカー部位は、外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化させる観点から炭素数が1以上5以下であることが好ましい。この理由としては、リンカー部位の炭素数に応じて刺激応答性化合物の分子間に働く力が調整され、上述したジアセチレン部位の重合特性が制御されるためである。
【0028】
また、本発明に係る刺激応答性化合物を構成するスチルベン部位は、本実施形態のようにトランス体のスチルベン誘導体であり、置換基であるアルコキシ基に炭素数5の分岐アルキル鎖を含有するものに限らず、可視光領域において吸収のないものであれば、例えば末端の分岐アルキル鎖が炭素数1以上10以下の範囲で自由に構成されてよい。また、後述するように、外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化することが可能であれば、末端のアルキル鎖の構造は、分岐鎖に限らず、直鎖であってもよく、スチルベン部位は、トランス体のスチルベン誘導体に限らず、シス体のスチルベン誘導体であってもよい。尚、スチルベン誘導体は、スチルベンの2~6位の少なくともいずれか、およびスチルベンの2´~6´位の少なくともいずれかに置換基を有するものであればよく、外部刺激に応答して銀色調から金色調に明瞭に色調変化させる観点から、スチルベンの3~5位の少なくともいずれか、およびスチルベンの3´~5´位の少なくともいずれかに置換基を有することが好ましい。さらに、銀色調から金色調に一層明瞭に色調変化させるためには、上記構造式(2)に示されるように、スチルベンの4位および4´位に置換基を有することが好ましい。
【0029】
また、スチルベン誘導体における置換基は、外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化することが可能である限りにおいて限定されるわけではないが、アルコキシ基、エステル基、ポリエチレングリコール基、チオアルコキシ基、またはチオエステル基のいずれかであることが好ましく、より確実に外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化することを可能とするためにはアルコキシ基、またはエステル基であることが好ましい。
【0030】
尚、置換基がアルコキシ基である場合、炭素数1~10であることが好ましい。炭素数1~10とすることで、末端アルキル鎖の運動性が調整され、上述したジアセチレン部位の重合特性への影響を抑制し、銀色調から金色調に色調変化するために必要であると推測されるポリジアセチレン主鎖の共役長を適正に制御することができる。
【0031】
また、置換基がエステル基である場合、炭素数1~10であることが好ましい。炭素数1~10とすることで、末端アルキル鎖の運動性が調整され、上述したジアセチレン部位の重合特性への影響を抑制し、銀色調から金色調に色調変化するために必要であると推測されるポリジアセチレン主鎖の共役長を適正に制御することができる。
【0032】
ここで、本実施形態における刺激応答性化合物(DStilbene-DA)の製造方法(以下、単に「本方法」という。)について説明する。
【0033】
本方法は、4-ヨードフェノール(4-iodophenol)を出発物質とした4段階反応によって、両末端に側鎖分岐構造を持ったスチルベン部位を有するジアセチレン誘導体として刺激応答性化合物(DStilbene-DA)を合成する工程、を有する。
【0034】
本方法により得られた刺激応答性化合物(DStilbene-DA)は、光沢感のないマットな質感の白色粉末である(
図2参照)。
【0035】
ここで、本実施形態における刺激応答性化合物(DStilbene-DA)から形成される刺激応答性化合物の結晶構造体の製造方法(以下、「DStilbene-DAフィルムの製造方法」という。)について説明する。
【0036】
DStilbene-DAフィルムの製造方法は、遮光状態でDStilbene-DAを溶媒に加えて加熱・溶解させ、再結晶を行い、析出した結晶を吸引ろ過し、ろ紙上に堆積させた後、乾燥させてフィルムを作製する工程を有する。
【0037】
尚、刺激応答性化合物の結晶中で集合したモノマー分子は固定されており、外部刺激によるジアセチレン部位の重合時には分子構造と分子配列が完全に制御されたポリマー結晶が得られると推測される。
【0038】
本方法により得られた刺激応答性化合物の結晶構造体(DStilbene-DAフィルム)は、銀色調を呈し、波長254nmの紫外光に応答して銀色調から金色調に色調変化した(
図3参照)。
【0039】
尚、銀色調とは、波長380~750nmのすべての可視光領域の反射率が高い反射特性を示す光沢を持つ白色系の色調である。詳しくは、
図5、8を参照し、銀色調は、波長380~750nmにおいて反射率18~27%程度で反射する特徴を有するものである。また、波長380nm以下の紫外線帯で吸収を有するものである。
【0040】
また、金色調とは、波長500nm以上の反射率が可視光領域において高い反射特性を示す光沢を持つ黄色系の色調である。詳しくは、
図5,8を参照し、金色調は、波長380~450nmにおいて反射率10~12%程度、波長650~750nmにおいて反射率16%~18%程度に増加する傾向を有するものである。言い換えると、波長450~550nmにおける反射率が波長600~750nmにおける反射率よりも僅かに低く、波長450~600nmにおける反射率が漸増する傾向を有するものである。また、波長380nm以下の紫外線帯で吸収を有するものである。
【0041】
また、ここで言う光沢とは、金や銀等の金属にみられる艶感、すなわち金属光沢を示し、分光測色計を用いた測定により、反射スペクトルにおける拡散反射成分に対して正反射成分が大きい物質に発現する光学特性である。
【0042】
また、本実施形態における刺激応答性化合物の結晶構造体(DStilbene-DAフィルム)は、刺激応答性化合物(DStilbene-DA)の両末端に分岐アルキル鎖を有することにより、水分子を介さない結晶構造を形成していると推測され、乾燥状態においても結晶構造が維持されることで光沢感を失わず、金属光沢材料としての高い安定性を有している。
【0043】
以上、本発明により、単一の有機化合物の結晶構造体が銀色調を示すとともに、外部刺激により銀色調から金色調に色調変化する新規な刺激応答性化合物を提供することができる。
【0044】
尚、前記実施形態においては、外部刺激として波長254nmの紫外光の照射により刺激応答性化合物の結晶構造体が銀色調から金色調に色調変化する態様について説明したが、これに限らず、外部刺激としては、例えば紫外線レーザ、放射線、熱等が用いられてもよい。
【実施例0045】
ここで、上記実施形態に係る実施例の刺激応答性化合物を実際に作製し、その効果を確認した。以下具体的に説明する。
【0046】
(刺激応答性化合物(DStilbene-DA)の合成)
まず、上記実施形態で説明した本方法の工程により、4-ヨードフェノール(4-iodophenol)を出発物質とした下記反応式(3)に示される4段階反応によって、両末端に側鎖分岐構造を持ったスチルベン部位を有するジアセチレン誘導体としてDStilbene-DAを合成する。
【0047】
【0048】
詳しくは、4-ヨードフェノール(4-iodophenol)を出発原料とし、分岐アルキル基として1-bromo-3-methylbutaneを用いたWilliamsonエーテル合成により、中間体1(1-iodo-4-(isopentyloxy)benzene)を得た。尚、DStilbene-DAの両末端のスチルベン部位における分岐アルキル鎖(
図1参照)は、1-bromo-3-methylbutaneに由来する。
【0049】
次に、中間体1および4-ビニルフェニルアセテート(4-vinylphenyl acetate)を用いたMizoroki-Heck反応により、中間体2((E)-4-(4-(isopentyloxy)styryl)phenylacetate)を得た。
【0050】
次に、中間体2のアセチル基を加水分解し、中間体3((E)-4-(4-(isopentyloxy)styryl)phenol)を得た。
【0051】
次に、中間体3およびジアセチレン化合物(dodeca-5,7-diynedioic acid)をSteglichエステル化によりエステル化反応を進行させ、リンカー部位の炭素数n=1の刺激応答性化合物であるDStilbene-DAを得た。尚、DStilbene-DAのジアセチレン部位、リンカー部位および直鎖状の鎖式飽和炭化水素(C
2H
4)(
図1参照)は、dodeca-5,7-diynedioic acidに由来する。
【0052】
(刺激応答性化合物の結晶構造体(DStilbene-DAフィルム)の作製)
反応容器内にDStilbene-DAおよびテトラヒドロフラン(THF)を加え、超音波処理を行った後、H
2Oを加えた。その後、
図4に示されるように、反応容器を図示しないアルミホイルで覆って遮光し、80℃のホットプレート上で化合物を完全に溶解させた。その後、ホットプレート上で室温まで放冷して再結晶を行った後、析出した結晶を直径が8mmのろ紙を用いた桐山ろ過によりろ紙上に堆積させた。その後、得られた結晶をデシケーターにより1日真空乾燥し、銀色調を呈するDStilbene-DAフィルムを得た。
【0053】
(DStilbene-DAフィルムの光学特性の評価)
次に、作製した銀色調を呈するDStilbene-DAフィルムの光学特性を調査するために、可視光領域における反射率の測定を行った。尚、反射スペクトルの測定には、顕微紫外可視赤外分光光度計(日本分光社製 MSV-370)を使用して測定を行った。その結果、可視光全波長領域において反射率が一定であり、最大反射率は27%程度(
図8における0minのグラフ参照)を示した。また、DStilbene-DAフィルムの反射特性を銀の反射スペクトルとの比較するため、銀板(Silver plate)の反射スペクトルを測定した。その結果、
図5(a)に示されるように、DStilbene-DAフィルムは、最大反射率が銀板と比較して低い値ではあるが、反射スペクトルは同形状であり、銀と類似した反射特性を有することを確認した。尚、DStilbene-DAフィルムは、最大反射率が18~27%の範囲を示すことにより銀色調を呈する。
【0054】
次に、DStilbene-DAフィルムについて、走査型電子顕微鏡(SEM)による結晶構造の評価を行った。
図6(a)に示されるように、DStilbene-DAフィルムの表面観察からDStilbene-DAの平板状結晶が集積することによる平滑な表面を確認した。また、
図6(b)に示されるように、DStilbene-DAフィルムの断面観察からDStilbene-DAの平板状結晶が積層した層状構造を確認した。このように、DStilbene-DAフィルムは、平板状結晶の集積による平滑な表面によって光の一部が鏡面反射するため、光沢を持つ銀色調を呈したと推測される。
【0055】
(DStilbene-DAフィルムへの紫外光照射)
作製したDStilbene-DAフィルムへの紫外光照射は、波長254nm、出力11Wの低圧水銀フラットパネル(Ushio社製 Form An Arc Lamp)を用いて行った。その結果、DStilbene-DAフィルムは、波長254nmの紫外光に応答して銀色調から金色調に色調変化した(
図3参照)。以下、紫外光照射により銀色調から金色調に色調変化したDStilbene-DAフィルムをDStilbene-DA(UV)フィルムという。
【0056】
(DStilbene-DA(UV)フィルムの光学特性の評価)
DStilbene-DA(UV)フィルムは、紫外光照射により銀色調から金色調に色調変化したことから、化合物中に吸収体が生じたものと推測される。また、
図7に示されるように、紫外光の照射時間によって色調は銀色調から金色調に徐々に変化し、照射時間を調整することで銀や金の中間色の表現も可能であることを確認した。
【0057】
次に、紫外光照射時にDStilbene-DA(UV)フィルムの光学特性にどのような影響が生じているか調査するため、時間依存性反射率測定を行った。尚、反射スペクトルの測定には、顕微紫外可視赤外分光光度計(日本分光社製 MSV-370)を使用して測定を行った。その結果、
図8に示されるように、波長350~450nm付近の反射率が紫外光照射の時間経過に伴い徐々に低下することを確認した。これは、DStilbene-DA(UV)フィルムの結晶中におけるDStilbene-DAのジアセチレン部位のトポケミカル重合の進行によるポリジアセチレン部位の共役長の伸長によるものと推測される。また、銀色調(白色系)から金色調(黄色系)の外観となった理由については、ポリジアセチレン部位の共役長の伸長が生じ、結果として吸収波長が変化し、銀色調(白色系)から金色調(黄色系)に色調変化が生じたものと推測される。
【0058】
また、3時間の紫外光照射を行ったDStilbene-DA(UV)フィルムの反射スペクトルは、波長500nmから反射率が上昇し波長550nm以上で最大反射率は18%程度を示した(
図8における180minのグラフ参照)。また、DStilbene-DAフィルム(UV)の反射特性を金の反射スペクトルとの比較するため、金箔(Gold foil)の反射スペクトルを測定した。その結果、
図5(b)に示されるように、DStilbene-DA(UV)フィルムは、最大反射率が金箔と比較して低い値ではあるが、反射スペクトルは同形状であり、金と類似した反射特性を有することを確認した。尚、DStilbene-DA(UV)フィルムは、最大反射率が16~18%の範囲を示すことにより金色調を呈する。
【0059】
さらに、
図9に示されるように、CIE1931色空間に対応させた場合においても、同様に銀色調(白色系)から金色調(黄色系)への色の変化を示した。詳しくは、
図9のCIE色度図において、銀色調を示す0minは座標(0.30,0.30)であり、金色調を示す180minは座標(0.35,0.35)であった。尚、
図9のCIE色度図において、銀板(Silver plate)は座標(0.30,0.31)を示すが、x=0.25~0.35、y=0.26~0.36程度の範囲を示すものを銀色調とする。同じく、金箔(Gold leaf)は座標(0.37,0.38)を示すが、x=0.32~0.42、y=0.33~0.43程度の範囲を示すものを金色調とする。また、CIE1931色空間測定には、顕微紫外可視赤外分光光度計(日本分光社製 MSV-370)を使用して測定を行った。
【0060】
また、SEM観察によるDStilbene-DA(UV)フィルムの結晶形状の観察を行ったところ、紫外光照射前のDStilbene-DAフィルムの結晶形状(
図6参照)からの大きな変化は見られず、紫外光照射後も平滑な表面を確認した。また、銀色調から金色調に色調変化した理由については、平滑な表面によって光が鏡面反射するとともに、上述したようにポリジアセチレン部位の共役長の伸長が生じ、結果として吸収波長が変化したためであると推測される。
【0061】
次に、ジアセチレンの重合特性には、結晶中の分子パッキング状態が大きな影響を与える観点から、DStilbene-DAフィルムの結晶構造を1次元X線回折(1D-XRD)測定により調査した。尚、1次元X線回折測定には、1D-XRD装置(Rigaku社製 RINT-2000)を使用し、CuKα線を用いて測定を行った。その結果、XRDのパターンより、回折ピークは等間隔に見られ、DStilbene-DAフィルムの結晶中にラメラ構造、すなわち周期的な層状配向構造が存在することを確認した。また、連続的に等間隔な10次以上の回折ピークが見られ、長距離秩序の高度に分子が積層した分子層構造の形成を確認した。また、ラメラ層間隔をBraggの式より算出したところ4.3nmであるとともに、DFT計算よりDStilbene-DAの分子長を算出したところ5.24nmであったことから、XRDから得られたラメラ層間隔よりもDStilbene-DAの分子長が長いことを確認した。すなわち、DStilbene-DAフィルムの結晶中のDStilbene-DA分子は、ラメラ層構造のラメラ層方向(積層方向)に対して傾きをもって存在しているものと推測される。尚、DStilbene-DA分子の傾斜角を算出すると56度であり、通常のジアセチレンの重合における分子の傾斜角45度と比較して非常に大きい傾斜角を形成していると推測される。DStilbene-DAフィルムの結晶中における周期的な層状配向構造は、各ラメラ層においてDStilbene-DA分子がラメラ層構造のラメラ層方向に対して56度の傾きをもって積層されている。尚、外部刺激に応答して銀色調から金色調に明瞭に色調変化させる観点から、各ラメラ層におけるDStilbene-DA分子の傾きは、好ましくは50~60度、更に好ましくは55~57度である。
【0062】
(DStilbene-DAフィルムの重合挙動の評価)
ジアセチレン部位の重合の進行について、顕微ラマン分光装置(日本分光社製 NRS4500)を使用したラマン分光法による炭素原子の二重結合、三重結合由来のピークから調査した。DStilbene-DAフィルムおよびDStilbene-DA(UV)フィルムのラマン分光測定を行った結果、紫外光照射前のモノマー分子では2272cm-1にジアセチレン由来の三重結合ならびに1600cm-1付近にスチルベン由来の二重結合のピークが見られた。紫外光を照射すると、モノマー分子状態では見られなかったポリジアセチレン由来と思われる共役したalkene-alkyne構造由来のピークがそれぞれ1489cm-1(二重結合)および2123cm-1(三重結合)に見られた。更に紫外光照射時間を伸ばすと、それらピークは増大しさらなる共役系の出現を確認した。また、いずれの照射時間においてもスチルベン由来のピークは確認でき、DStilbene-DAフィルムの銀色調から金色調への色調変化は、ポリジアセチレン由来の共役系の出現によるものであり、スチルベン由来の共役系の出現によるものではないことを確認した。
【0063】
(DStilbene-DAフィルムのパターニング)
次に、
図10(a)に示されるように、DStilbene-DAフィルムを紫外光照射によって露光する部分またはしない部分をアルミニウム板(Al plate)によってパターニングすることにより色調変化の調査を行った。その結果、
図10(b)に示されるように、アルミニウム板で遮光した部分は銀色調を維持し、紫外光が露光した部分は金色調に変化したことから、DStilbene-DAフィルムのパターニングが可能であることを確認した。
【0064】
また、パターニングを行ったDStilbene-DAフィルムの結晶表面を光学顕微鏡で観察すると、銀色調領域(
図11(a)参照)においては白色ないし無色の結晶が積層していることを確認した。また、金色調領域(
図11(c)参照)においては黄色の結晶が積層していることを確認した。黄色の結晶が鏡面反射するため黄色の色彩に光沢が加わり金色調を発現したと推測される。また、銀色調領域と金色調領域の境界(
図11(b)参照)においては、その境界をおよそ100μm以下、更には50μm以下ではっきりと確認した。このように、DStilbene-DAフィルムは、より細かなパターンを表現可能な銀・金色調の金属光沢材料として応用可能である。例えば、波長266nmの紫外線レーザをDStilbene-DAフィルムに照射することにより、銀色調から金色調に瞬時に色調変化が起こることが確認できており、紫外線レーザを使用したDStilbene-DAフィルムへの銀・金色調の細かな直接描画が可能である。
【0065】
以上、本実施例により、単一の有機化合物である刺激応答性化合物の結晶構造体(DStilbene-DAフィルム)が銀色調を示すとともに、外部刺激により銀色調から金色調に色調変化する新規な刺激応答性化合物を提供することができる。また、外部刺激として例えば紫外光の照射を位置選択的に行うことにより、DStilbene-DAフィルムに対して銀色調と金色調をパターニングすることができるため、銀色調と金色調のパターンを有する高級感のある装飾性に優れた外装等の材料として使用できる。また、紫外光の照射時間あるいは照射強度を調整することで銀色調と金色調の中間色の表現も可能であり、銀色調と金色調のパターンを更に増やすことが可能である。
【0066】
尚、前記実施例では、DStilbene-DAフィルムの作製は、DStilbene-DAの再結晶と吸引ろ過の工程により行うものとして説明したが、これに限らず、刺激応答性化合物の結晶構造体の作製は他の工程により行われてもよく、例えば、刺激応答性化合物の結晶を高濃度で高沸点溶媒に溶解させ、基材の表面で徐々に乾燥させる等の工程により、基材の表面に刺激応答性化合物の結晶構造体の塗膜を形成してもよい。
【0067】
また、刺激応答性化合物の結晶構造体をサブミクロンサイズ以下に調整することにより、刺激応答性化合物の結晶構造体を含有するインク材料への応用も可能である。
【0068】
以上、これら実施形態および実施例により、外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化する金属光沢材料を提供することができる。
本発明は、単一の有機化合物である刺激応答性化合物の結晶構造体であり、外部刺激に応答して銀色調から金色調に色調変化する金属光沢材料として産業上の利用可能性がある。本発明は、フィルム、インク材料等の形状での応用が可能であり、応用範囲として自動車、通信機器、家電機器、包装材料等の外装部材、塗料、インク、コーティング剤等、応用範囲は広い。