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  • 特開-表面窒化方法 図1
  • 特開-表面窒化方法 図2
  • 特開-表面窒化方法 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147604
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】表面窒化方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/02 20060101AFI20220929BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C23C8/02
C23C8/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021048916
(22)【出願日】2021-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000191009
【氏名又は名称】新東工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100161425
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100190470
【弁理士】
【氏名又は名称】谷澤 恵美
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐次
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA02
4K028AB01
4K028AC07
(57)【要約】
【課題】窒化時間を短縮すると共に、窒化層の厚さの制御性を高めることが可能な表面窒化方法を提供する。
【解決手段】表面窒化方法は、金属材料からなる対象物の表面に予め設定された厚さの窒化層を形成する表面窒化方法であって、対象物の表面に予め設定された厚さに応じた深さで歪を導入する工程S2と、導入する工程S2後の対象物を窒化する工程S3と、を含む。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料からなる対象物の表面に予め設定された厚さの窒化層を形成する表面窒化方法であって、
前記対象物の表面に前記予め設定された厚さに応じた深さで歪を導入する工程と、
前記導入する工程後の前記対象物を窒化する工程と、を含む、
表面窒化方法。
【請求項2】
前記深さは、2μm以上150μm以下である、
請求項1に記載の表面窒化方法。
【請求項3】
前記導入する工程では、前記対象物の表面に外力を加える加工を行い、前記対象物の表面に歪を導入する、
請求項1又は2に記載の表面窒化方法。
【請求項4】
前記導入する工程では、前記対象物の表面に歪付与媒体を衝突させ、前記対象物の表面に歪を導入する、
請求項3に記載の表面窒化方法。
【請求項5】
前記予め設定された厚さに応じて、前記歪付与媒体のサイズ及び衝突速度の少なくとも1つからなる条件を設定する工程を更に含み、
前記導入する工程では、前記条件で前記対象物の表面に前記歪付与媒体を衝突させる、
請求項4に記載の表面窒化方法。
【請求項6】
前記導入する工程では、前記対象物の表面に押圧部材を押し付けながら摺動させることにより、前記対象物の表面に歪を導入する、
請求項3に記載の表面窒化方法。
【請求項7】
前記予め設定された厚さに応じて、前記押圧部材のサイズ及び押し付け力の少なくとも1つからなる条件を設定する工程を更に含み、
前記導入する工程では、前記条件で前記対象物の表面に前記押圧部材を押し付けながら摺動させる、
請求項6に記載の表面窒化方法。
【請求項8】
前記押圧部材は、前記押圧部材の軸方向が前記対象物の表面に直交する方向に対して傾斜するように前記対象物の表面に押し付けられる、
請求項6又は7に記載の表面窒化方法。
【請求項9】
前記対象物は、鉄系合金又はチタン系合金からなる、
請求項1~8のいずれか一項に記載の表面窒化方法。
【請求項10】
前記対象物は、ダイカスト金型又はトランスミッション用歯車である、
請求項1~9のいずれか一項に記載の表面窒化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、表面窒化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料の表面を窒化する表面窒化法が知られている(例えば、特許文献1)。窒化は、マルテンサイト膨張を伴わない熱処理なので、熱歪みが少ない。よって、窒化は、様々な部材の製造に広く利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-28588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
窒化は焼き入れに比べて時間がかかるので、窒化時間を短縮することが求められている。また、窒化層の厚さの制御性を高めることも求められている。
【0005】
本開示は、窒化時間を短縮すると共に、窒化層の厚さの制御性を高めることが可能な表面窒化方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面に係る表面窒化方法は、金属材料からなる対象物の表面に予め設定された厚さの窒化層を形成する表面窒化方法であって、対象物の表面に予め設定された厚さに応じた深さで歪を導入する工程と、導入する工程後の対象物を窒化する工程と、を含む。
【0007】
この表面窒化方法では、金属材料からなる対象物の表面に歪を導入した後、窒化するので、窒素が歪に捕捉されることにより、窒化が促進される。よって、窒化時間を短縮することができる。また、歪は予め設定された窒化層の厚さに応じて導入されるので、窒化層の厚さの制御性を高めることができる。
【0008】
本開示の一実施形態において、深さは、2μm以上150μm以下であってもよい。この場合、対象物の使用形態に応じた厚さの窒化層を形成することができる。
【0009】
本開示の一実施形態において、導入する工程では、対象物の表面に外力を加える加工を行い、対象物の表面に歪を導入してもよい。この場合、歪を容易に導入することができる。
【0010】
本開示の一実施形態において、導入する工程では、対象物の表面に歪付与媒体を衝突させ、対象物の表面に歪を導入してもよい。この場合、対象物の表面に均一に歪を導入することができる。
【0011】
本開示の一実施形態において、上記表面窒化方法は、予め設定された厚さに応じて、歪付与媒体のサイズ及び衝突速度の少なくとも1つからなる条件を設定する工程を更に含み、導入する工程では、条件で対象物の表面に歪付与媒体を衝突させてもよい。この場合、予め設定された厚さの歪を精度よく導入することができる。
【0012】
本開示の一実施形態において、導入する工程では、対象物の表面に押圧部材を押し付けながら摺動させることにより、対象物の表面に歪を導入してもよい。この場合、対象物の表面に歪を導入しながら、対象物の表面を滑らかに整えることができる。
【0013】
本開示の一実施形態において、上記表面窒化方法は、予め設定された厚さに応じて、押圧部材のサイズ及び押し付け力の少なくとも1つからなる条件を設定する工程を更に含み、導入する工程では、条件で対象物の表面に押圧部材を押し付けながら摺動させてもよい。この場合、予め設定された厚さの歪を精度よく導入することができる。
【0014】
本開示の一実施形態において、押圧部材は、押圧部材の軸方向が対象物の表面に直交する方向に対して傾斜するように対象物の表面に押し付けられてもよい。この場合、押圧部材の軸方向が対象物の表面に直交するように対象物の表面に押し付けられる場合と比べて、歪が導入され易い。
【0015】
本開示の一実施形態において、対象物は、鉄系合金又はチタン系合金からなってもよい。鉄系合金及びチタン合金は広く用いられているので、窒化時間の短縮及び窒化層の厚さの制御性の向上が特に求められている。
【0016】
本開示の一実施形態において、対象物は、ダイカスト金型又はトランスミッション用歯車であってもよい。この場合、窒化時間の短縮及び窒化層の厚さの制御性の向上が特に求められている。
【発明の効果】
【0017】
本開示に係る表面窒化方法によれば、窒化時間を短縮すると共に、窒化層の厚さの制御性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施形態に係る表面窒化方法を示すフローチャートである。
図2】摺動方法について説明するための斜視図である。
図3】窒化処理後の金属材料の断面顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、添付図面を参照して、実施形態について詳細に説明する。説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用い、重複する説明を省略する。
【0020】
実施形態に係る表面窒化方法は、金属材料からなる対象物の表面に予め設定された厚さ(以下「設定厚さ」ともいう。)の窒化層を形成する方法である。対象物は、例えば、ダイカスト金型又はトランスミッション用歯車である。典型的なダイカスト金型の材料はSKD61(JIS規格)である。JIS規格のSKD61は、ISO規格(ISO4957:1999)のX40CrMoV5-1に対応している。
【0021】
対象物は、例えば、鉄系合金又はチタン系合金からなる。鉄系合金は、例えば、鉄鋼材料である。鉄鋼材料として、具体的には、炭素含有量が0.5%~0.6%である中炭素の焼入材、炭素含有量が0.8%~1.1%である高炭素の浸炭材等が挙げられる。中炭素の焼入材は、例えば、ばね材、アルミダイカスト用の金型材に用いられる。高炭素の浸炭材は、例えば、歯車材に用いられる。対象物が鉄系合金からなる場合、対象物は、基本的には焼き入れ焼き戻し後の鋼材、すなわち、マルテンサイト組織を有するマルテンサイト鋼であるが、熱処理前の生材であってもよい。
【0022】
チタン系合金は、例えば、αチタン合金(例えば、Ti-5Al-1Mo-1V)、α-βチタン合金(例えば、Ti-6Al-4V)、又は、βチタン合金(例えば、Ti-14-3-3-3)である。チタン系合金の中では、α-βチタン合金であるTi-6Al-4V、いわゆる64チタンが最も使用されている。使用用途は、人工関節をはじめとしたインプラント、及び、航空機の骨組み部材等である。
【0023】
窒化により強化したい組織の深さ、窒化により強化したい組織の硬さ等の機械的特性の程度、及び、窒化により強化したい箇所は、対象物である部品の使われ方によって決まっている。そこで、窒化層の厚さは、対象物に応じて予め設定されている。窒化層の設定厚さは、例えば、2μm以上150μm以下であり、20μm以上60μm以下であることがより好ましい。
【0024】
窒化は、熱処理の一種である。窒化は、窒素雰囲気中で対象物を高温で長時間保持することにより、窒素を対象物に含浸させ、その結果、窒化物の析出を得る熱処理である。窒化は、ステンレス及びチタンでも生じる。窒化処理は、析出物を得る必要があるため、焼き入れに比べて非常に長い時間を要する。ショットピーニングやバニシングにより金属組織中に発生する転位を代表とする歪には、窒素や水素等の軽い原子が捕捉(トラップ)されやすいことがわかっている。そこで、本実施形態では、対象物の表面に予め歪を導入した後、窒化を行うことで、窒化を促進し、窒化時間の短縮化を図る。
【0025】
図1は、実施形態に係る表面窒化方法を示すフローチャートである。図1に示されるように、表面窒化方法は、条件設定工程S1と、歪導入工程S2と、窒化工程S3とを含む。以下、各工程について説明する。
【0026】
条件設定工程S1は、上述の対象物の表面に設定厚さに応じた深さで歪を導入するための条件を設定する工程である。
【0027】
歪導入工程S2は、上述の対象物の表面に予め設定された厚さに応じた深さで歪を導入する工程である。歪導入工程S2は、条件設定工程S1で設定された条件で実施される。歪は、例えば、転位である。歪を導入する深さは、例えば、窒化層の設定厚さと等しい値に設定される。したがって、歪を導入する深さは、例えば、2μm以上150μm以下である。当該深さは、例えば、20μm以上60μm以下であることがより好ましい。
【0028】
歪導入工程S2では、対象物の表面に外力を加える加工を行い、対象物の表面に歪を導入する。対象物の表面に歪を導入する方法として、例えば、対象物の表面に歪付与媒体を衝突させる方法(以下「衝突方法」とも言う。)、及び、対象物の表面に押圧部材を押し付けながら摺動させる方法(以下「摺動方法」とも言う。)が挙げられる。
【0029】
衝突方法では、歪付与媒体のサイズ、及び、歪付与媒体が対象物の表面に衝突する衝突速度によって、対象物の表面に付与される歪の深さが変化する。したがって、上述の条件設定工程S1では、窒化層の設定厚さに応じて、歪付与媒体のサイズ及び衝突速度の少なくとも1つからなる条件が設定される。歪導入工程S2では、この条件で対象物の表面に歪付与媒体を衝突させる。
【0030】
歪付与媒体の一例は、例えば、金属からなる剛球である。この例では、歪付与媒体のサイズは、例えば、歪付与媒体の粒径である。歪付与媒体のサイズは、歪付与媒体が球状である場合、歪付与媒体の直径である。歪付与媒体のサイズは、例えば、0.045mm以上1.180mm以下である。歪付与媒体の衝突速度は、例えば、50m/s以上150m/s以下である。この例では、衝突方法は、例えば、ショットピーニング、又は、ショットブラストとすることができる。
【0031】
歪付与媒体の別の例は、例えば、先端が丸められた棒材(ニードル)であり、その先端を対象物の表面に連続的に衝突させる。この例では、衝突方法は、例えば、ニードルピーニングとすることができる。
【0032】
摺動方法では、押圧部材のサイズ及び押し付け力によって、対象物の表面に付与される歪の深さが変化する。したがって、上述の条件設定工程S1では、窒化層の設定厚さに応じて、押圧部材のサイズ及び押し付け力の少なくとも1つからなる条件が設定される。歪導入工程S2では、この条件で対象物の表面に押圧部材を押し付けながら、押圧部材を摺動させる。
【0033】
図2は、摺動方法について説明するための斜視図である。図2に示されるように、対象物1の表面2は、Z方向に垂直なXY平面である。表面2には、Y方向に平行な複数のカッターマーク3がX方向に所定間隔をあけて形成されている。カッターマーク3は、研磨仕上げで形成された筋目であり、ツールマークとも呼ばれる。カッターマーク3は、X方向に平行であってもよいし、Y方向及びX方向のいずれとも交差する方向に沿っていてもよい。
【0034】
押圧部材4は、例えば、先端に半球状の押圧面5を有する棒状部材である。この場合、押圧部材4のサイズは、押圧面5をなす半球の直径である。押圧部材4のサイズは、例えば、1mm以上10mm以下である。押圧部材4の押し付け力(押圧力)は、例えば、20N以上200N以下である。摺動方法は、例えば、バニシングとすることができる。この場合、押圧部材4は、バニシング工具である。
【0035】
図2において、押圧部材4は、表面2の上方のスタート位置に配置されている。押圧部材4は、スタート位置から表面2の法線方向(Z方向)に移動して表面2と接触した後、表面2を押圧しながらX方向に摺動する。X方向は、押圧部材の送り方向D1(摺動方向)である。このとき、一例として、押圧部材4は、押圧部材4の軸方向6がZ方向に対して傾斜するように表面2に押し付けられる。軸方向6がZ方向に対して傾斜する角度αは、例えば、10度以上45度以下である。軸方向6は、X方向に直交すると共に、Y方向に対して(90-α)度で傾斜している。
【0036】
押圧部材4は、軸方向6周りに回転しながら、X方向に摺動する。押圧部材4の回転方向は、例えば、押圧部材4の送り方向D1に反する方向である。押圧部材4は、表面2のX方向の端まで摺動すると、Z方向に移動して表面2から離間した後、X方向に沿って送り方向D1と反対方向に移動し、スタート位置に戻る。押圧部材4は、スタート位置からY方向に所定距離移動し、この位置を新たなスタート位置として同じ動作を繰り返す。Y方向は、押圧部材4の横送り方向D2である。
【0037】
押圧部材4は、軸方向6が表面2に垂直となるように表面2に押し付けられてもよいが、Z方向に対して傾斜するように表面2に押し付けられた方が表面2に歪を導入し易い。押圧部材4は、軸方向6周りに回転させなくてもよいが、押圧部材4の送り方向D1に反する方向に回転させた方が表面2に歪を導入し易い。
【0038】
歪導入工程S2は、対象物の表面全体に行われてもよいし、対象物の表面の一部領域に行われてもよい。衝突方法では、一部領域以外の部分にマスキングを行い、一部領域のみに歪付与媒体を直接衝突させれば、一部領域に歪を導入することができる。摺動方法では、一部領域のみに押圧部材を押し付けて摺動させれば、一部領域に歪を導入することができる。なお、これらの方法では、一部領域の周辺領域にも歪が導入され得るが、周辺領域の歪は、一部領域の歪よりも浅くなる。
【0039】
窒化工程S3は、歪導入工程S2後の対象物を窒化する工程である。窒化のタイプとして、塩浴軟窒化、ガス窒化、及び、プラズマ窒化が挙げられる。対象物の表面には設定厚さに応じた深さの歪が導入されているため、窒化工程S3により設定厚さの窒化層が形成される。窒化は雰囲気熱処理であり、対象物の全体を加熱する。よって、歪導入工程S2が対象物の表面全体に行われた場合、窒化工程S3では、対象物の表面全体に設定厚さの窒化層が形成される。また、歪導入工程S2が対象物の一部領域に行われた場合、窒化工程S3では、対象物の一部領域に設定厚さの窒化層が形成され、それ以外の領域には設定厚さよりも薄い窒化層が形成される。
【0040】
図3は、窒化処理後の金属材料の断面顕微鏡写真である。図3(a)は、比較例の断面顕微鏡写真である。図3(b)は、実施例1の断面顕微鏡写真である。図3(c)は、実施例2の断面顕微鏡写真である。比較例では、対象物の表面に予め歪を導入せず、窒化を行った。実施例1,2では、それぞれ図2に示すように摺動方法により対象物の表面に予め歪を導入した後、窒化を行った。実施例1では、上述の角度αが0度、すなわち、押圧部材の軸方向が対象物の表面に対して垂直となるようにした。実施例2では、上述の角度αが10度となるように押圧部材の軸方向を傾斜させた。実施例1及び実施例2では、押圧部材のサイズ及び押し付け力を一致させた。比較例及び実施例1,2では、同じ窒化条件で窒化を行った。
【0041】
比較例の窒化層の厚さは、30μm程度である。実施例1の窒化層の厚さは、30μm程度である。実施例1の窒化層は、比較例の窒化層と同等の厚さであるが、比較例の窒化層よりも高濃度で窒化物が析出している。実施例2の窒化層の厚さは、40μm程度である。実施例2の窒化層は、比較例の窒化層よりも厚く、高濃度で窒化物が析出している。このように、予め歪を導入した実施例1,2では、予め歪を導入しなかった比較例に比べて、窒化が促進され、窒化層が厚くなったり、窒化物の析出濃度が向上したりすることが確認できる。
【0042】
実施例1及び実施例2では、表面近くの粒界がナノ結晶(粒径100nm以下)レベルまで微細化されている。これにより、窒化物の析出濃度が向上したと考えられる。実施例1よりも実施例2の方が窒化層の厚さが厚いこと、及び、高濃度で窒化物が析出されていることから、押圧部材を傾斜させると、歪が導入され易いことが確認できる。
【0043】
以上説明したように、本実施形態に係る表面窒化方法は、対象物の表面に歪を導入するための条件を設定する工程S1と、対象物の表面に設定厚さに応じた深さで歪を導入する工程S2と、工程S2後の対象物を窒化する工程S3と、を含む。この表面窒化方法では、対象物の表面に歪を導入した後、窒化するので、窒素が歪に捕捉されることにより、窒化が促進される。よって、窒化時間を短縮することができる。また、歪は予め設定された窒化層の厚さに応じて導入されるので、窒化層の厚さの制御性を高めることができる。
【0044】
歪を導入する深さは、2μm以上150μm以下である。これにより、対象物の使用形態に応じた厚さの窒化層を形成することができる。
【0045】
工程S2では、対象物の表面に外力を加える加工を行い、対象物の表面に歪を導入する。これにより、歪を容易に導入することができる。
【0046】
工程S2では、対象物の表面に外力を加える加工の一例として、対象物の表面に歪付与媒体を衝突させる。これにより、対象物の表面に均一に歪を導入することができる。工程S1では、設定厚さに応じて、歪付与媒体のサイズ及び衝突速度の少なくとも1つからなる条件を設定する。工程S2では、工程S1で設定された条件で対象物の表面に歪付与媒体を衝突させる。歪付与媒体のサイズ及び衝突速度は調整が容易であるため、設定厚さの歪を精度よく導入することができる。
【0047】
工程S2では、対象物の表面に外力を加える加工の他の例として、対象物1の表面2に押圧部材4を押し付けながら摺動させることにより、対象物1の表面2に歪を導入する。これにより、対象物1の表面2に歪を導入しながら、対象物1の表面2を滑らかに整えることができる。また、対象物1の表面2において、歪を導入する領域(範囲)を容易に設定できる。工程S1では、設定厚さに応じて、押圧部材4のサイズ及び押し付け力の少なくとも1つからなる条件を設定する。工程S2では、工程S1で設定された条件で対象物1の表面2に押圧部材4を押し付けながら摺動させる。押圧部材4のサイズ及び押し付け力は調整が容易であるため、設定厚さの歪を精度よく導入することができる。押圧部材4は、押圧部材4の軸方向6が対象物1の表面2に直交する方向に対して傾斜するように対象物1の表面2に押し付けられる。これにより、軸方向6が表面2に直交するように押圧部材4が表面2に押し付けられる場合と比べて、対象物1に歪が導入され易い。
【0048】
対象物は、鉄系合金又はチタン系合金からなる。鉄系合金及びチタン系合金は広く用いられているので、窒化時間の短縮及び窒化層の厚さの制御性の向上が特に求められている。よって、本実施形態に係る表面窒化方法が特に有効である。
【0049】
対象物は、ダイカスト金型又はトランスミッション用歯車である。ダイカスト金型は、その内面(キャビティ面)が溶湯と接触するので、耐ヒートチェック性を向上させるために、窒化層の厚さの制御性の向上が求められている。また、窒化処理は再結晶温度以上での温度(例えば650℃程度)で行われるので、寸法精度の観点から窒化時間の短縮が求められている。トランスミッション用歯車は、高い耐衝撃性に加え、高い寸法精度も求められているので、窒化時間の短縮及び窒化層の厚さの制御性の向上が求められている。よって、本実施形態に係る表面窒化方法が有効である。
【0050】
本発明は必ずしも上述した実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変更が可能である。
【符号の説明】
【0051】
1…対象物、2…表面、4…押圧部材、6…軸方向。
図1
図2
図3