(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147839
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】学習モデル生成方法、情報処理装置、予測方法、情報処理プログラム、および、化粧品の製造方法
(51)【国際特許分類】
G06N 20/00 20190101AFI20220929BHJP
G06Q 10/04 20120101ALI20220929BHJP
【FI】
G06N20/00 130
G06Q10/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021049279
(22)【出願日】2021-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】390011442
【氏名又は名称】株式会社マンダム
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】武藤 謙
(72)【発明者】
【氏名】目片 秀明
(72)【発明者】
【氏名】倉田 祐子
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049AA04
(57)【要約】
【課題】配合成分に限定されることなく化粧品の保存効力を予測する。
【解決手段】情報処理装置(1)は、予測対象となる対象化粧品の原料配合量データを取得するデータ取得部(101)と、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを教師データとする機械学習によって生成された学習済モデルに、前記対象化粧品の原料配合量データを入力して前記対象化粧品の保存効力を予測する予測部(103)と、を備えている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化粧品の原料配合量データと保存効力データとを含む教師データを複数取得し、
前記教師データを用いて、対象化粧品の原料配合量を入力、前記対象化粧品の保存効力を出力とする学習モデルを生成する、学習モデル生成方法。
【請求項2】
前記学習モデルは、ラッソ回帰、リッジ回帰、またはElastic Netに基づく、請求項1に記載の学習モデル生成方法。
【請求項3】
前記学習モデルは、以下の式を目的関数とする最小化問題を解くElastic Netに基づくものである、請求項2に記載の学習モデル生成方法。
【数1】
l :対数尤度関数
β
0、β :回帰係数
w
i :データの重み
λ、α :正則化パラメータ
x
i :入力変数
y
i :応答変数
【請求項4】
予測対象となる対象化粧品の原料配合量データを取得するデータ取得部と、
化粧品の原料配合量データと保存効力データとを教師データとする機械学習によって生成された学習済モデルに、前記対象化粧品の原料配合量データを入力して前記対象化粧品の保存効力を予測する予測部と、を備える情報処理装置。
【請求項5】
前記予測部により予測された保存効力と所定の基準とを比較して、前記対象化粧品の保存効力を評価する評価部をさらに備える、請求項4に記載の情報処理装置。
【請求項6】
前記所定の基準は、ISO11930、日本薬局方、United States Pharmacopoeia(USP)、European Pharmacopoeia(EP)、及びユーザの自主基準の少なくとも1つから選択される、請求項5に記載の情報処理装置。
【請求項7】
前記学習済モデルは、ラッソ回帰、リッジ回帰、またはElastic Netに基づく、請求項4から6の何れか1項に記載の情報処理装置。
【請求項8】
前記学習済モデルは、式(1)を目的関数とする最小化問題を解くElastic Netに基づくものである、請求項7に記載の情報処理装置。
【数2】
l :対数尤度関数
β
0、β :回帰係数
w
i :データの重み
λ、α :正則化パラメータ
x
i :入力変数
y
i :応答変数
【請求項9】
前記保存効力は、化粧品に含まれる菌数の対数減少値により規定される、請求項4から8の何れか1項に記載の情報処理装置。
【請求項10】
1または複数のコンピュータによって実行される化粧品の保存効力の予測方法であって、
予測対象となる対象化粧品の原料配合量データを取得する取得ステップと、
化粧品の原料配合量データと保存効力データとを教師データとする機械学習によって生成された学習済モデルに、前記取得ステップにて取得した、前記対象化粧品の原料配合量データを入力して前記対象化粧品の保存効力を予測する予測ステップと、を含む予測方法。
【請求項11】
請求項4に記載の情報処理装置としてコンピュータを機能させるための情報処理プログラムであって、前記データ取得部および前記予測部としてコンピュータを機能させるための情報処理プログラム。
【請求項12】
請求項10の予測方法を用いて、化粧品の保存効力を予測する工程を一工程として含む、化粧品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化粧品の保存効力を予測する装置および方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
化粧品の保存効力は様々な要因が複雑に影響しており、そのような要因としては、抗菌成分、物性、配合原料、または抗菌成分の相乗効果等が挙げられる。
【0003】
従来、化粧品の保存効力は、抗菌成分、物性、配合原料、または抗菌成分の相乗効果等の影響を複雑に受けるため、精度の高い予測を簡便に得ることは難しい。ある程度は属人的な経験に基づき予測できるが、経験に基づく予測は、予測者の経験の度合などにも影響を受けることから、十分に精度が高いとは言えない。
【0004】
そのため、より客観的で、かつ高い精度で化粧品の保存効力を予測する方法が模索されていた。そのような方法として、例えば特許文献1が挙げられる。特許文献1は、界面活性剤含有組成物中の有効防腐剤濃度を定量するための評価システムを開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の評価システムは、界面活性剤および防腐剤を含有する組成物に対してのみ有効である。そのため、特許文献1に記載の評価システムは、界面活性剤および防腐剤を含有しない組成物には適用できないという課題を有する。
【0007】
本発明は、前記問題点に鑑みなされたものであり、その目的は、配合成分に限定されることのなく化粧品の保存効力を予測する装置および方法等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するために、本発明に係る学習モデル生成方法は、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを含む教師データを複数取得し、前記教師データを用いて、対象化粧品の原料配合量を入力、前記対象化粧品の保存効力を出力とする学習モデルを生成する構成である。
【0009】
前記の課題を解決するために、本発明に係る情報処理装置は、予測対象となる対象化粧品の原料配合量データを取得するデータ取得部と、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを教師データとする機械学習によって生成された学習済モデルに、前記対象化粧品の原料配合量データを入力して前記対象化粧品の保存効力を予測する予測部と、を備える。
【0010】
前記の課題を解決するために、本発明に係る予測方法は、1または複数のコンピュータによって実行される化粧品の保存効力の予測方法であって、予測対象となる対象化粧品の原料配合量データを取得する取得ステップと、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを教師データとする機械学習によって生成された学習済モデルに、前記取得ステップにて取得した、前記対象化粧品の原料配合量データを入力して前記対象化粧品の保存効力を予測する予測ステップと、を含む。
【0011】
本発明の各態様に係る情報処理装置は、コンピュータによって実現してもよく、この場合には、コンピュータを前記情報処理装置が備える各部(ソフトウェア要素)として動作させることにより前記情報処理装置をコンピュータにて実現させる情報処理装置の情報処理プログラム、およびそれを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も、本発明の範疇に入る。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、配合成分に限定されることのなく化粧品の保存効力を予測する装置および方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態に係る情報処理装置の要部構成の一例を示すブロック図である。
【
図2】本実施形態に係る情報処理装置の処理の流れを説明するフローシートである。
【
図3】本実施形態に係るデータ取得部が取得するデータの一例である。
【
図4】本実施形態に係る予測部により出力された化粧品の保存効力を示すデータの一例である。
【
図5】本実施形態に係る評価部により出力された化粧品の保存効力を示すデータの一例である。
【
図6】化粧品の保存効力に対する幾つかの保存効力試験の判定基準の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔実施形態〕
従来、化粧品の保存効力は、抗菌成分、物性、配合原料、または抗菌成分の相乗効果等の様々な要因を考慮した経験に基づき予測されていた。しかしながら、このような予測方法は予測者の主観的な経験にも依存することから、より客観的で精度の高い予測方法が求められていた。
【0015】
本発明者らは、このような課題を解決するため鋭意検討した結果、配合成分に限定されることのない、化粧品の保存効力を予測する装置および方法等を新たに見出した。具体的には、本発明者らは、原料配合量(wt%)と細菌/真菌(酵母)/真菌(カビ)の菌数減少値等との相関関係をモデル化した予測モデルを採用する構成に想到し、本発明を完成するに至った。以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。
【0016】
最初に、本実施形態で使用される用語について説明する。
【0017】
本実施形態は、任意の化粧品について、化粧品の保存効力を予測することができる。化粧品とは、人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、要望を変え、又は皮膚若しくは毛髪を健やかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることを目的とする物であり、人体に対する作業が緩和なものをいう。本実施形態の対象とする化粧品は、例えば、メーキャップ化粧品、基礎化粧品、ヘアトニック、香水、歯磨き、シャンプー、リンス、(身体を洗うための)石鹸、入浴剤、医薬部外品、医薬品、または雑貨などを含む。また、組成物の剤型としては、液体、クリーム、乳化物、ジェル状物、固体なども含む。後述の本実施形態に係る情報処理装置1は、解析データの範囲を拡げることにより、任意の化粧品の保存効力を予測することができる。
【0018】
本実施形態における「原料配合量」は、化粧品原料配合量をいい、成分ではなく、原料の単位で示される。後述するように、情報処理装置1は、すべての原料を説明変数(入力単位:wt%)として取り込む。原料が複数存在する場合、合計値は必ず100wt%となる。
【0019】
本実施形態における「保存効力」は、製品使用中の微生物汚染(ある対象物に微生物が混入して、生存もしくは増殖すること)を防ぐ力をいい、二次汚染に対する抵抗性を示す。評価方法は、一定量の製品に細菌、酵母、カビなどを添加し、その微生物の菌数が製品の抗菌力や殺菌力によってどれだけ減少するかを経日的に観察、基準値と比較するのが一般的である。保存効力は、菌数の対数減少値、あるいは、化粧品の使用後に含まれる菌数、菌の発育状態などで表現されてよい。菌の発育状態の場合には、発育状態の良し悪しという定性的な状態に基づき化粧品の保存効力が示されてよい。
【0020】
製品(化粧品)の防腐処方を決定するための試験である。腐敗試験、防腐力試験、防腐効力試験、またはチャレンジテストと称する場合もある。
【0021】
(装置構成)
本実施形態に係る情報処理装置1の概要を
図1に基づいて説明する。
図1は、情報処理装置1の要部構成の一例を示すブロック図である。
【0022】
図示のように、情報処理装置1は、情報処理装置1の各部を統括して制御する制御部10、情報処理装置1が使用する各種データを記憶する記憶部20、および情報処理装置1が他の装置と通信するための通信部30を備えている。制御部10には、データ取得部101、予測モデル生成部102、予測部103、評価部104、及び出力制御部105が含まれている。記憶部20には、データ格納部201、予測モデル格納部202、及び予測結果格納部203が含まれている。情報処理装置1は、例えばPC(Personal Computer)等で構成することができる。
【0023】
データ取得部101は、通信部30を介した通信により、または、データ格納部201より、予測モデルを生成するうえで予測モデル生成部102が必要とするデータを取得する。また、データ取得部101は、通信部30を介した通信により、または、データ格納部201より、予測モデル格納部202に生成された予測モデルを用いて化粧品の保存効力を予測するのに予測部103が必要とするデータを取得する。
【0024】
データ取得部101により取得されるデータは、複数の化粧品の、原料配合量とそれら化粧品の保存効力に関するデータを含む。データは、原料配合量と保存効力とをそれぞれ対応付けたリスト形式であってよい。データには、化粧品のカテゴリーなどの他の情報を含んでよく、整数、実数、または文字列等の形式であってよい。データ取得部101に入力されるデータは、情報処理装置1のユーザにより指定(選択)されてよい。
【0025】
データ取得部101は、取得したデータを予測モデル生成部102、及び/又は、予測部103に出力する。
【0026】
予測モデル生成部102は、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを含む教師データを複数取得し、その教師データを用いて、対象化粧品の原料配合量を入力、対象化粧品の保存効力を出力とする学習モデル(予測モデル)を生成する。予測モデルは、機械学習の各種方法からユーザが選択することができる。例えば、予測モデルは、線形手法、非線形手法など、データ数、データの属性などに応じて適宜選択することができる。予測モデル生成部102の構成および動作は、
図2等を用いて後述する。
【0027】
予測モデル生成部102は、生成した予測モデルを予測部103に出力する。予測モデル生成部102は、生成した予測モデル、及び/又は、予測モデルに用いられる各種パラメータを予測モデル格納部202に記憶させてもよい。
【0028】
予測部103は、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを教師データとする機械学習によって生成された予測モデル(学習済モデル)に、対象化粧品の原料配合量データを入力して対象化粧品の保存効力を予測する。
【0029】
評価部104は、予測部103により予測された保存効力と、所定の基準(ISO11930、日本薬局方、United States Pharmacopoeia(USP)、European Pharmacopoeia(EP)などの公的基準、及びユーザの自主基準の少なくとも1つから選択される判定基準)とを照らし合わせて、化粧品の保存効力を評価する。評価部104は、予測対象の化粧品それぞれの保存効力(菌数減少値等)と、保存効力を評価した結果(判定基準に基づく合否等の結果)を予測結果格納部203に記憶させてよい。
【0030】
予測部103および評価部104の構成、動作については、
図2等を参照して改めて説明する。
【0031】
出力制御部105は、予測モデル生成部102が生成した予測モデル、予測モデルに使用される各種パラメータ、予測部103が予測した予測結果、及び/又は、評価部104に評価された化粧品の保存効力を所定の出力装置(不図示)に出力させる。
図1には、出力制御部105が通信部30を介した通信によって出力装置の制御を行う例を示しているが、例えば情報処理装置1と出力装置とが有線接続されている場合には、出力制御部105は、その有線接続を利用して出力装置の制御を行ってもよい。
【0032】
(処理の流れ)
次に、情報処理装置1の動作を
図2等により説明する。
図2は、情報処理装置1の処理の流れを説明するフローシートである。
【0033】
まず、S10にて、データ取得部101が、予測モデルを生成するうえで予測モデル生成部102が必要とするデータ(訓練データ)を取得する。データは、原料配合量データと保存効力データとをそれぞれ対応付けたリスト形式であってよい。その一例を
図3により説明する。
【0034】
図3は、データ取得部101が取得するデータ(訓練データ)の一例である。図示の例では、「原料名」に「学習処方1~12」が含まれる。学習処方1~12はデータ番号を示す。当然に、学習処方は、数百、数千、数万といった単位で、学習処方13以降に複数のデータを含んでよい。
図3では学習処方1~12しか記載していないが、これらは学習処方のごく一部であって、実際にはさらに多くの学習データを含む。
【0035】
「原料配合量(wt%)」は、学習処方ごとの原料配合量を単位「wt%」で示した数字である。合計値は100wt%となる。
【0036】
「菌数の対数減少値」は、「細菌」、「真菌(酵母)」、及び「真菌(カビ)」ごとの菌数の対数減少値を示す。
【0037】
次に、
図2のS12を説明する。S12では、取得したデータを解析する手法が選択される。上述したように、予測モデルは、データ数、データの属性などに応じて線形手法、あるいは非線形手法などの手法が適宜選択される。例えば、線形回帰、ポアソン回帰、ロジスティック回帰、又は多項ロジスティック回帰などの解析手法が選択されてよい。解析手法の選択は、ユーザにより適宜行われてもよいし、予め決められた手法が自動的に選択されてもよい。本実施形態では、予測モデルとして、一般化線形回帰(Elastic Net)を用いる。以下、その内容を説明する。
【0038】
(Elastic Net)
本実施形態ではElastic Netによる一般化線形回帰モデルを採用するものとして説明する。Elastic Netとは、リッジ回帰およびラッソ回帰の一般式で、下記の式(1)を目的関数とする最小化問題を解くモデリング手法である。
【0039】
【0040】
l :対数尤度関数
β0、β :回帰係数
wi :データの重み
λ、α :正則化パラメータ
xi :入力変数
yi :応答変数
リッジ回帰とは、正則化された線形回帰の一つで、学習した重みの二乗(L2正則化項)を線形回帰に加えた手法である。説明変数が非常に多い時にはモデルの解釈が複雑になる。
【0041】
ラッソ回帰とは、リッジ回帰と同じく正則化された線形回帰の一つである。ラッソ回帰は、リッジ回帰と違って不要と判断される説明変数の係数(重み)が0になる性質があり、モデル構築においていくつかの特徴量(説明変数)が完全に無視される。また実際どの特徴量(説明変数)が目的変数へ作用する度合いが強いのか、重要であるか、が明らかになる。一方で、複数の相関が強い説明変数が存在する場合、そのグループの中で一つの変数のみを選択してしまう。
【0042】
説明変数間で同じ傾向(一方が増加すれば他方も増加する、など相関係数が高いもの)がある場合、それらの間で式が不安定になる問題が多重共線性として知られている。多重共線性を有する変数をモデルに組み込むと、本来それらの変数が目的変数の値を高める(つまり回帰係数の値が正である)としても、最終的な目的変数の値に合わせるため、回帰係数の値が本来の正負とは逆になってしまうなどの現象が発生する。その解消法の1つとしては、相関係数が高い変数のどちらかをモデルから除外する、という方法がある。
【0043】
こういった問題を解消するために、リッジ回帰とラッソ回帰で用いられる正則化項の両方を使う方法が「Elastic Net」として知られている。Elastic Netは、リッジ回帰とラッソ回帰を折衷したモデリング手法であり、ラッソ回帰のモデルに取り込める説明変数の数には制限がある、という問題点を解消できる方法である。この理由により、Elastic Net回帰はモデリング手法の一つとして好適であると判断される。また、線形式の解析であれば、次元が低く、パラメータが少ない方法を採用することにより、防腐成分など、必ず効いてくる原料が存在する場合には、その効果を容易に確認することができる。また、線形式の解析であれば、その式が構築された理由を調べることができる。また、過学習を行わないため、汎用性を高めやすくなる。
【0044】
式(1)において、第1項は、通常の一般化線形回帰の目的関数となる。第2項は、正則化項と呼ばれる回帰係数が大きくなることにペナルティを与えるための項である。第2項の影響により回帰係数が0に近づくように自動的に調整され、変数選択を行うことができる。α=0の場合はリッジ回帰、α=1の場合はラッソ回帰のモデルとなる。Elastic Netを採用することにより、リッジ回帰およびラッソ回帰の両方の効果を併せ持つ予測モデルが得られる。
【0045】
次に、
図2のS14を説明する。S14では、式(1)における正則化パラメータα、λを探索する。正則化パラメータα、λは、既存のソフトを活用して、パラメータ探索によって決定することができる。例えば、株式会社NTTデータ数理システム製の「Visual R Platform」を使用することにより、正則化パラメータα、λを容易に探索することができる。Visual R Platformは、R言語が持つ多くの統計手法を、簡単なマウス操作で実行できる統計解析ツールである。このツールにおいて、α及びλを探索する範囲(最小値、最大値)と探索(試行)する個数を設定すると、それらの候補の組み合わせの中からグリッドサーチによって最適なα、λが探索される。グリッドサーチは、調整したいパラメータの値の候補を明示的に複数指定し、パラメータセットを作成し、そのときのモデルの評価を繰り返すことでモデルとして最適なパラメータセットを作成するために用いられる手法である。
【0046】
そして、各候補のα、λの組み合わせについて交差検証による評価値を算出し、評価値が最も良いα、λの組み合わせを決定する。並列実行数を指定することで異なるαについて並列に探索して計算時間を短縮することも可能である。
【0047】
交差検証では、指定された交差ブロック数(データ分割数)にランダムにデータ全体を分割する。乱数の初期値を指定することでデータの分割の仕方を毎回再現させることができる。交差ブロック毎に予測・評価を行って評価値を算出し、全ブロックの評価値の平均値を各候補に対する評価値とする。
【0048】
Visual R Platformでは、αまたはλを交差検証により決定した場合には、探索したα、λの組み合わせが用いられ、そうでない場合は指定したα、λの組み合わせが用いられる。それらのα、λの組み合わせを用いてデータ全体で一般化線形回帰モデルを作成する。
【0049】
次に、
図2のS16では、決定した正則化パラメータα、λ、およびS10で取得したデータを与えることにより、式(1)に示す最小化問題を解いて回帰係数β
0、βを得る。例えば、Visual R Platformでは、最適化計算の詳細を「詳細設定」タブにて設定(調整)することができる。
【0050】
S16にて回帰係数β0、βを得ると、S18にて予測モデルが作成される。S12~S18の各ステップは、予測モデル生成部102により行われる。
【0051】
続いて、予測部103が、予測対象となる対象化粧品の原料配合量データを、予測モデル生成部102から取得した予測モデルに入力し(S20)、対象化粧品の保存効力を予測する(S22)。得られた結果の一例を
図4に示す。
【0052】
図4は、予測部103により出力された化粧品の保存効力を示すデータの一例である。「原料名」には「予測処方1~7」が含まれている。予測処方1~7は、予測対象となる対象化粧品の番号を示す。7つの化粧品の各データはそれぞれ、「原料配合量(wt%)」の欄に記載する原料配合量を含む。予測部103は、これらのデータを予測モデルに入力し、「対数の対数減少値(予測値)」として予測結果を出力する。対数の対数減少値(予測値)は、「細菌」、「真菌(酵母)」、及び「真菌(カビ)」ごとの菌数の対数減少値(予測値)を含む。例えば、予測処方1の場合、細菌、真菌(酵母)、及び真菌(カビ)はそれぞれ、「4.1」、「2.9」、「0.3」という予測結果が示されている。
【0053】
続いて、S22にて得られた保存効力の予測結果に基づいて、S24にて、評価部104が化粧品の保存効力を評価する。その一例を
図5に示す。
図5は、評価部104により出力された化粧品の保存効力を示すデータの一例である。
図5に記載の予測処方1~7は、
図4の予測処方1~7に対応する。
【0054】
図示するように、評価部104は、「菌数の対数減少値(予測)」における「細菌」、「真菌(酵母)」、及び「真菌(カビ)」の「減少値」の欄にそれぞれ対応して、「合否」の結果を出力する。この例では、評価部104は、化粧品の抗菌安定化を評価するための規格であるISO11930 「Criteria A」の判定基準に基づいて合否を評価している。
【0055】
ISO11930は、「Criteria A」と「Criteria B」とに分類される。Criteria Aでは、処方は、使用者に対し潜在的リスクを有する微生物の増殖が無いよう防御されており、追加の防御因子は考慮されない。Criteria Bでは、処方とは関係ない防御因子の存在がリスク分析で証明され、微生物学的リスクを化粧製品として許容できる場合、防御の程度は受容できるものとする。
【0056】
例えば、Criteria Aの判定基準は以下のとおりである。
【0057】
〔ISO11930(Criteria A)〕
(1)細菌
7日後:接種菌数に比べ3 log以上の減少。
14日後:接種菌数に比べ3 log以上の減少、かつ7日後に比べ増加がない。
28日後:接種菌数に比べ3 log以上の減少、かつ14日後に比べ増加がない。
【0058】
(2)酵母
7日後:接種菌数に比べ1 log以上の減少。
14日後:接種菌数に比べ1 log以上の減少、かつ7日後に比べ増加がない。
28日後:接種菌数に比べ1 log以上の減少、かつ14日後に比べ増加がない。
【0059】
(3)カビ
14日後:接種菌数から増加がない。
28日後:接種菌数に比べ1 log以上の減少、かつ14日後に比べ増加がない。
【0060】
このように、ISO11930のCriteria Aは、細菌、酵母、及びカビごとに保存効力の判定基準が数値として規定されている。
図5に記載する「合格」および「不合格」の評価は、この(1)~(3)の判定基準に照らして評価された結果である。例えば、細菌は次の基準を満たすと「合格」と評価される。
7日後:接種菌数に比べ3 log以上の減少。
14日後:接種菌数に比べ3 log以上の減少、かつ7日後に比べ増加がない。
28日後:接種菌数に比べ3 log以上の減少、かつ14日後に比べ増加がない。
【0061】
図5の例では、評価部104は、ISO11930のCriteria Aの判定基準に照らして、予測処方1~7の「細菌」の欄それぞれで合否を評価する。同様に、評価部104は、ISO11930 Criteria Aの判定基準に照らして「真菌(酵母)」及び「真菌(カビ)」の合否を評価する。
【0062】
保存効力は、ISO11930、日本薬局方、United States Pharmacopoeia(USP)、European Pharmacopoeia(EP)などの公的基準、及びユーザの自主基準から選択される少なくとも1つの判定基準に基づき評価されてよい。これらの基準に基づき、評価部104は、合否の評価結果を出力する。あるいは、評価部104は、上述したすべての規格の判定基準に照らして、それぞれの規格ごとに合否の評価結果を出力してもよい。一例として
図6を用いて説明する。
【0063】
図6は、化粧品の保存効力に対する幾つかの保存効力試験の判定基準の例を示す。
図6の例では、判定基準として、第十七改正日本薬局方(JP17)、United States Pharmacopoeia(USP 42)、European Pharmacopoeia(EP 9.0)、ISO11939:2019が示されている。
図6に示すように、判定基準は、国または国際規格等によって相違する。評価部104は、指定された1つの判定基準に基づいて保存効力を評価してもよいし、すべての判定基準に照らして保存効力を評価してもよい。
【0064】
評価部104は、
図5では「合否」により保存効力を評価しているが、「良、不良」とった評価結果を出力してもよいし、1~5の5段階の数字で評価結果を出力してもよい。あるいは、評価部104は、「ISO11930では合格、日本基準では不合格、米国基準では合格」といった形式で評価結果を出力してもよい。
【0065】
(効果)
従来、化粧品の保存効力は、抗菌成分、物性、配合原料、または抗菌成分の相乗効果等を考慮した、属人的な経験に基づき予測できる。しかしながら、経験に基づく予測は、予測者の経験の度合などにも影響を受けることから、十分に精度が高いとは言えなかった。
【0066】
これに対して、本発明者らは、原料配合量(wt%)と細菌/真菌(酵母)/真菌(カビ)の菌数減少値との相関関係をモデル化した予測モデルを採用する構成に想到し、数々の実験の結果、配合成分に限定されることのない、化粧品の保存効力を予測する装置および方法等を新たに見出した。
【0067】
このような、本実施形態に係る、化粧品の保存効力を予測する装置および方法等を採用することにより、保存効力の予測および保存効力の評価について、時間、コスト、及び研究リソースなどを大幅に削減することができる。また、適切かつ最低限度の防腐成分のみを含有する化粧品を設計できることから、人体に対する安全性に優れた商品の開発が容易となる。さらに、従来よりも多くの化粧品の保存効力を短時間に評価できることから、魅力的な商品をより迅速に市場に投入することも可能となる。このように、本実施形態に係る、化粧品の保存効力を予測する装置および方法等は、様々な顕著な効果を奏することができる。
【0068】
また、前記の予測モデルは、学習データを追加することで予測精度をさらに向上させることができる。それゆえ、本実施形態に係る、化粧品の保存効力を予測する装置および方法等は、上述した様々な効果をより一層ユーザにもたらすことができる。
【0069】
〔その他の実施形態〕
ISO11930、日本薬局方、United States Pharmacopoeia(USP)、European Pharmacopoeia(EP)などの各種規格の保存効力試験は、水分を含む化粧品に適用する試験である。しかしながら、水分を含まない化粧品についても、本実施形態に係る構成を適用することにより、その化粧品の保存効力を予測し、保存効力を評価することができる。
【0070】
具体的には、情報処理装置1は、化粧品の原料配合量データと保存効力データ(例えば、使用後に含まれる菌数を示すデータ、又は、カビの発育状態を示すデータ)とを含む教師データを複数取得する。そして、情報処理装置1は、その教師データを用いて、対象化粧品の原料配合量を入力、対象化粧品の保存効力(使用後に含まれる菌数を示すデータ、又は、カビの発育状態を示すデータ)を出力とする学習モデルを生成する。このようにして生成された学習モデルを用いて、情報処理装置1は、水分を含まない化粧品についても、その化粧品の保存効力を予測し、保存効力を評価することができる。
【0071】
カビの発育状態を示すデータについては、仮に数値化されていなくても文字列による学習が可能なため、〇、△、×といったデータでも学習することができる。非水系で行う「カビ抵抗性試験」は、発育状態によって0、1、2もしくは-、+、++などで判定するものになるため、数値化しない方がよいことがある点を付言しておく。
【0072】
また、学習モデルとして、Elastic Netではなく、リッジ回帰またはラッソ回帰を採用してもよい。重回帰では、予測値と目的変数の二乗誤差を最小にするように回帰係数を推定する。それに対して、リッジ回帰またはラッソ回帰には、二乗誤差を小さくしようとする以外に、回帰係数自体が大きくなることを避ける工夫がされている。一般に、回帰係数が大きいモデルは、インプットの少しの動きでアウトプットが大きく動く。つまり、入出力関数が敏感または複雑なモデルになる。このようなモデルは、過学習を引き起こす可能性が高い。そこで、リッジ回帰またはラッソ回帰を採用することにより、回帰係数を推定する際に、モデルの複雑さを表す項を損失関数に追加し、その損失関数を含め誤差を最小化するように回帰係数を推定する。これにより、対象化粧品の保存効力を高い精度で予測することが可能となる。このような理由により、リッジ回帰またはラッソ回帰に基づく学習モデルを採用する構成も本実施形態の一態様とすることができる。
【0073】
また、学習モデルとして、線形モデルではなく、非線形モデルを使用してもよい。データ数、データの属性などによっては、非線形モデルの方が高い精度で化粧品の保存効力を予測できる場合もある。従って、データ数、データの属性などによっては、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを教師データとする機械学習によって生成された非線形式の学習済モデルに、対象化粧品の原料配合量データを入力して対象化粧品の保存効力を予測する構成も本実施形態の一態様とすることができる。
【0074】
また、正則化パラメータα、λ、回帰係数β0、βを取得するツールとして、R言語が持つ多くの統計手法を、簡単なマウス操作で実行できる統計解析ツール「Visual R Platform」を採用する構成を説明した。しかしながら、他の統計解析ツールを採用してもよいし、R言語以外の言語(Python等)により同様の処理を行うことも当然に可能である。そのような構成も本実施形態の一態様に含まれる。
【0075】
本発明に係る一実施形態は、入力層と、出力層とを備え、入力層に化粧品の原料配合量データが入力されると、出力層から前記対象化粧品の保存効力を出力するようにコンピュータを機能させる学習済モデルを含む。
【0076】
本発明に係る一実施形態は、学習モデルを情報処理装置にインストールさせるために、当該学習モデルを情報処理装置に配信することにより、学習モデルを有する情報処理装置(を含むシステム)を製造する方法も含む。
【0077】
本発明に係る一実施形態は、化粧品の原料配合量データと保存効力データとを含む教師データを複数取得し、前記教師データを用いて、対象化粧品の原料配合量を入力、前記対象化粧品の保存効力を出力とする学習モデルを生成する、学習モデル生成方法も含む。つまり、菌数減少値(数値)で示される予測結果ではなく、「合格」、「不合格」といった評価結果のみを出力する学習モデルが生成されてもよい。この場合は、合否を判定する基準となる判定基準が予め学習モデルに組み込まれてよい。
【0078】
〔ソフトウェアによる実現例〕
情報処理装置1の制御ブロック(特に、データ取得部101、予測モデル生成部102、予測部103、評価部104、及び出力制御部105)は、集積回路(ICチップ)等に形成された論理回路(ハードウェア)によって実現してもよいし、ソフトウェアによって実現してもよい。
【0079】
後者の場合、情報処理装置1は、各機能を実現するソフトウェアであるプログラムの命令を実行するコンピュータを備えている。このコンピュータは、例えば1つ以上のプロセッサを備えていると共に、前記プログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な記録媒体を備えている。そして、前記コンピュータにおいて、前記プロセッサが前記プログラムを前記記録媒体から読み取って実行することにより、本発明の目的が達成される。前記プロセッサとしては、例えばCPU(Central Processing Unit)を用いることができる。前記記録媒体としては、「一時的でない有形の媒体」、例えば、ROM(Read Only Memory)等の他、テープ、ディスク、カード、半導体メモリ、プログラマブルな論理回路などを用いることができる。また、前記プログラムを展開するRAM(Random Access Memory)などをさらに備えていてもよい。また、前記プログラムは、該プログラムを伝送可能な任意の伝送媒体(通信ネットワークや放送波等)を介して前記コンピュータに供給されてもよい。なお、本発明の一態様は、前記プログラムが電子的な伝送によって具現化された、搬送波に埋め込まれたデータ信号の形態でも実現され得る。
【0080】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0081】
1 情報処理装置
10 制御部
20 記憶部
30 通信部
101 データ取得部
102 予測モデル生成部
103 予測部
104 評価部
105 出力制御部
201 データ格納部
202 予測モデル格納部
203 予測結果格納部