(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147887
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】導電性塗料並びにそれを用いたコンクリート構造物の電気防食方法及び陽極材の補修方法
(51)【国際特許分類】
C23F 13/12 20060101AFI20220929BHJP
C23F 13/02 20060101ALI20220929BHJP
E04B 1/64 20060101ALI20220929BHJP
C04B 41/69 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C23F13/12
C23F13/02 B
C23F13/02 L
E04B1/64 Z
C04B41/69
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021049341
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000221616
【氏名又は名称】東日本旅客鉄道株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000211891
【氏名又は名称】株式会社ナカボーテック
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松田 芳範
(72)【発明者】
【氏名】松尾 賢
(72)【発明者】
【氏名】仲谷 伸人
(72)【発明者】
【氏名】石井 辰弥
(72)【発明者】
【氏名】蝦名 仁美
【テーマコード(参考)】
2E001
4G028
4K060
【Fターム(参考)】
2E001DH26
2E001EA01
2E001FA30
2E001GA06
2E001HB08
2E001HD11
2E001JB01
4G028DA01
4G028DB07
4G028DB11
4G028DC01
4K060AA03
4K060BA02
4K060BA05
4K060BA17
4K060BA19
4K060EA08
4K060EB01
4K060FA07
(57)【要約】
【課題】比較的簡易に施工・補修でき、且つ防食効果に優れる外部電源方式の電気防食構造を提供可能な技術を提供することを提供すること。
【解決手段】本発明の導電性塗料は、鋼材2を含むコンクリート構造物1の外部電源方式による電気防食において、コンクリート構造物1の表面に塗布されて陽極材3として使用されるもので、チタン粉末、チタン粉末以外の導電性物質及び樹脂を含有し、該チタン粉末の含有量が5~25質量%である。本発明の導電性塗料は、金属溶射を行わず、チタン溶射方式に比べて施工が簡易なコンクリート構造物の電気防食方法に使用できる他、チタンを含有する金属溶射被膜の補修にも使用することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食において、該コンクリート構造物の表面に塗布されて陽極材として使用される導電性塗料であって、
チタン粉末、チタン粉末以外の導電性物質及び樹脂を含有し、該チタン粉末の含有量が5~25質量%である、導電性塗料。
【請求項2】
前記チタン粉末の平均粒径が5~150μmである、請求項1に記載の導電性塗料。
【請求項3】
前記導電性物質は、銅、銀、ニッケル及び炭素系材料から選択される1種又は2種以上であり、前記樹脂はポリエステルウレタン樹脂である、請求項1又は2に記載の導電性塗料。
【請求項4】
鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食方法であって、
前記コンクリート構造物のコンクリート表面に、請求項1~3の何れか1項に記載の導電性塗料を塗布して導電性被膜を形成する被膜形成工程と、
前記コンクリート構造物のコンクリート表面又は前記導電性被膜に、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウム、鉄、コバルト、マンガン及びニッケルから選択される1種以上を含む電気的触媒を付与する触媒付与工程と、
前記電気的触媒を活性化させる活性化処理工程とを有する、コンクリート構造物の電気防食方法。
【請求項5】
鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食構造における、コンクリート表面に形成された陽極材の補修方法であって、
前記陽極材は、チタンを含有する金属溶射被膜であり、
前記金属溶射被膜における補修が必要な箇所に、請求項1~3の何れか1項に記載の導電性塗料を塗布する工程を有する、陽極材の補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食において陽極材として使用可能な導電性塗料に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄筋、PC鋼線、鉄骨等の鋼材を含むコンクリート構造物は、塩害等による該鋼材の腐食により劣化し、強度が著しく低下する場合ある。このようなコンクリート構造物中の鋼材の腐食は電気化学的反応によって進行することから、電気防食方法をコンクリート構造物に適用してコンクリートの劣化を防止することが従来行われている。電気防食方法は流電陽極方式と外部電源方式とに大別される。流電陽極方式は、亜鉛等の流電陽極材と鋼材等の防食対象との間の電位差により防食電流を得る方式であるため、コンクリートの電気抵抗が高いと防食電流が不十分となって防食効果が十分に奏されないことがある。これに対し外部電源方式は、防食対象を陰極として使用するとともに、外部電源装置としての直流電源装置と陽極材とを使用して電気回路を構成し、該直流電源装置により該陽極材から該防食対象に直流電流(防食電流)を流入させる方式であり、外部電源を用いるために長期間にわたって安定した電力を得ることができる、防食電流の調節が可能である、といった長所を有し、流電陽極方式では十分な防食効果が得られない場合にも対応し得る。
【0003】
外部電源方式は、使用する陽極材の種類によって面状陽極、線状陽極、点状陽極に分類される。面状陽極は、防食対象に対して陽極材を面状に設置するため、防食電流の均一性に優れるという特長を有する。特許文献1、2には、面状陽極の一種であるチタン溶射方式の改良技術が記載されている。チタン溶射方式は、チタン線材をアーク溶射機によりコンクリート表面に付着させて陽極材としての溶射被膜を形成し、直流電源装置を用いて該溶射被膜から防食対象に防食電流を供給する方式であり、溝切削等の作業が不要、複雑表面形状のコンクリート構造物又は構造部材にも容易に適用可能といった利点を有する。特許文献1には、粗面化処理されたコンクリート構造物のコンクリート表面に、チタン等の耐食性金属を含む溶射被膜を形成し、更に該溶射被膜にコバルト等の活性物質を含む水溶液を塗布した後、加熱又は通電による活性化処理により、該溶射被膜を陽極材とすることが記載されている。特許文献2には、特許文献1に記載の技術の改良技術として、コンクリート構造物のコンクリート表面に形成する溶射被膜を、該コンクリート表面に近い順に、活性化したチタン溶射被膜からなる第一被膜層と、亜鉛等の電気伝導度の高い金属を含む第二被膜層とから構成する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7-291679号公報
【特許文献2】特開平2000-26173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
チタン溶射方式は、その施工に溶射機やコンプレッサー等の比較的大型の機材が必須で、簡易に施工できないという問題がある。従来のチタン溶射方式と同等以上の防食効果を有しながらも、より簡易に施工できる外部電源方式が要望されている。
【0006】
また、チタン溶射方式による電気防食が施されたコンクリート構造物においては、その表面に形成された溶射被膜が長期間の使用により消耗、劣化し、あるいは何らかの理由により損傷するなどして欠損する場合がある。溶射被膜が消耗、劣化、欠損すると、電気防食効果が低減するため補修が必要になるところ、溶射被膜の補修作業は、再溶射のための溶射機やコンプレッサー等の比較的大型の機材が必須で、簡易に実施できるものではなかった。そのため、チタン溶射方式の電気防食構造の補修方法の簡易化が要望されている。
【0007】
本発明の課題は、比較的簡易に施工・補修でき、且つ防食効果に優れる外部電源方式の電気防食構造を提供可能な技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食において、該コンクリート構造物の表面に塗布されて陽極材として使用される導電性塗料であって、チタン粉末、チタン粉末以外の導電性物質及び樹脂を含有し、該チタン粉末の含有量が5~25質量%である、導電性塗料である。
【0009】
また本発明は、鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食方法であって、前記コンクリート構造物のコンクリート表面に、前記の本発明の導電性塗料を塗布して導電性被膜を形成する被膜形成工程と、前記コンクリート構造物のコンクリート表面又は前記導電性被膜に、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウム、鉄、コバルト、マンガン及びニッケルから選択される1種以上を含む電気的触媒を付与する触媒付与工程と、前記電気的触媒を活性化させる活性化処理工程とを有する、コンクリート構造物の電気防食方法である。
【0010】
また本発明は、鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食構造における、コンクリート表面に形成された陽極材の補修方法であって、前記陽極材は、チタンを含有する金属溶射被膜であり、前記金属溶射被膜における補修が必要な箇所に、前記の本発明の導電性塗料を塗布する工程を有する、陽極材の補修方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、比較的簡易に施工・補修でき、且つ防食効果に優れる外部電源方式の電気防食構造を提供可能な技術として、導電性塗料並びにそれを用いたコンクリート構造物の電気防食方法及び陽極材の補修方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の電気防食方法が施されたコンクリート構造物の一例を、導電性被膜を一部破断して模式的に示す斜視図である。
【
図2】
図2は、実施例及び比較例のアノード分極曲線である。
【
図3】
図3は、実施例及び比較例の電流-浴電圧曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき図面を参照して説明する。なお、以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には、同一又は類似の符号を付している。図面は基本的に模式的なものであり、各寸法の比率などは現実のものとは異なる場合がある。
【0014】
まず、本発明の導電性塗料について説明する。本発明の導電性塗料は、鉄筋、PC鋼線、鉄骨等の鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食において、該コンクリート構造物の表面に塗布されて陽極材として使用されるものである。
本発明でいう「コンクリート」には、硬化したコンクリートのみならず、硬化したセメント、モルタルも包含される。
本発明の導電性塗料は、少なくともチタン粉末、チタン粉末以外の導電性物質(以下、「非チタン導電性物質」とも言う。)及び樹脂を含有する。
【0015】
本発明の導電性塗料に含有されるチタン粉末としては、金属チタンの他、窒化チタン、チタン合金等のチタン化合物を用いることができる。本発明の導電性塗料には、組成の異なる2種以上のチタン粉末を含有させてもよい。
【0016】
チタン粉末の平均粒径は特に制限されないが、好ましくは5~150μm、より好ましくは20~50μmである。チタン粉末の平均粒径が小さすぎると、粉末接点抵抗が悪くなり導電性塗料の導電性が低下するおそれがあり、チタン粉末の平均粒径が大きすぎると、沈降が生じ導電性塗料の塗料としての形態や性能が損なわれるおそれがある。本明細書において「平均粒径」は、レーザー回折散乱法によって得られた粒度分布(体積基準)の粒子径D50(メジアン径)の値を指す。
【0017】
本発明の導電性塗料におけるチタン粉末の含有量は、該導電性塗料の全質量に対して、5~25質量であり、好ましくは10~25質量%、より好ましくは16~20質量%である。チタン粉末の含有量が前記特定範囲から外れると、本発明の所定の効果が奏されないおそれがあり、特に、5質量%未満であると、防食効果が不十分となるおそれがあり、25質量%を超えると、抵抗値が過大となって防食電流が流れにくくなるおそれがある。
【0018】
本発明の導電性塗料に含有される非チタン導電性物質としては、樹脂を含む塗膜に導電性を付与し得るものが好ましく、具体的には例えば、電気抵抗率が好ましくは5Ω・m以下、より好ましくは1Ω・m以下の物質が好ましい。非チタン導電性物質としては、例えば、金属粒子、金属酸化物、金属繊維等の金属系;カーボンブラック、炭素繊維、黒鉛等の炭素系材料等が挙げられ、本発明ではこれらの1種を単独で用いるか又は2種以上を併用することができる。これらの非チタン導電性物質の中でも、耐久性の観点から、金属系のものが好ましい。炭素系材料は、通電するとpHが上昇し脱炭素化するなどして、脆くなることがある。金属系の非チタン導電性物質の具体例として、金、銀、銅、ニッケル、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウムを例示できる。これらの金属系の非チタン導電性物質の中でも特に銀、銅は、導電性が高く防食効果の向上の観点から本発明で好ましく用いられる。
【0019】
本発明の導電性塗料に含有される非チタン導電性物質は、典型的には、粒子である。非チタン導電性物質の平均粒径は特に制限されないが、導電性、塗料としての要求性能等を考慮すると、好ましくは5~150μm、より好ましくは20~30μmである。
【0020】
本発明の導電性塗料における非チタン導電性物質の含有量は、該導電性塗料の全質量に対して、好ましくは10~25質量%、より好ましくは16~20質量%である。非チタン導電性物質の含有量が少なすぎると、導電性塗料の塗膜の導電性が不十分となって、該塗膜を外部電源方式の陽極材として使用することが困難になるおそれがあり、非チタン導電性物質の含有量が多すぎると、導電性塗料の塗膜に通電したときに該塗膜が溶解するおそれがある。
【0021】
本発明の所定の効果をより一層確実に奏させるようにする観点から、本発明の導電性塗料においてチタン粉末と非チタン導電性物質との含有質量比は、前者/後者として、好ましくは10/90~20/80、より好ましくは16/84~20/80である。
【0022】
本発明の導電性塗料に含有される樹脂は、該導電性塗料に含有される他の成分(チタン粉末、非チタン導電性物質)どうしを相互に接着させるとともに、該他の成分をコンクリート表面に接着させるためのものであり、その要求性能として、コンクリート表面との密着強度が高く剥離を生じ難いこと、耐食性及び耐摩耗性が高いこと、チタン粉末及び非チタン導電性物質に対する親和性が強く分散性に優れていることなどが挙げられる。樹脂としては、例えば、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂が挙げられ、これらの1種を単独で用いるか又は2種以上を併用することができる。
熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体等のポリオレフィン、変性ポリオレフィン、ポリアミド(例:ナイロン6、ナイロン46、ナイロン66、ナイロン610、ナイロン612、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン6-12、ナイロン6-66)、熱可塑性ポリイミド、芳香族ポリエステル等の液晶ポリマー、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンサルファイド、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリエーテル、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリアセタール、スチレン系、ポリオレフィン系、ポリ塩化ビニル系、ポリウレタン系、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリブタジエン系、トランスポリイソプレン系、フッ素系、フッ素ゴム系、塩素化ポリエチレン系等の各種熱可塑性エラストマー等;前記熱可塑性樹脂を主とする共重合体、ブレンド体、ポリマーアロイ等が挙げられる。
熱硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル(不飽和ポリエステル)樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂、ポリウレタン樹脂等が挙げられる。
これらの樹脂の中でも特にポリエステルウレタン樹脂は、前記の要求性能を高いレベルで満たし得ることから、本発明で好ましく用いられる。
【0023】
本発明の導電性塗料における樹脂の含有量は、該導電性塗料の全質量に対して、好ましくは15~20質量%、より好ましくは16~17質量%である。樹脂の含有量が少なすぎると、導電性塗料の塗膜の接着性が低下して該塗膜がコンクリート表面に密着し難くなるおそれがあり、樹脂の含有量が多すぎると、導電性塗料の塗膜を外部電源方式による電気防食の陽極材として使用した場合に、浴電圧が上昇し、防食効果が低下するおそれがある。
【0024】
本発明の導電性塗料は、前記成分(チタン粉末、非チタン導電性物質、樹脂)以外の他の成分を、本発明の所定の効果が損なわれない範囲で含有していてもよい。他の成分としては、例えば、染料、顔料等の着色剤;分散剤、レベリング剤、可塑剤、滑剤、沈降防止剤、電解シールド材が挙げられ、これらの1種を単独で用いるか又は2種以上を併用することができる。
【0025】
本発明の導電性塗料は、水性でも油性でもよい。本発明の導電性塗料の一実施形態として、分散質としてチタン粉末及び非チタン導電性物質(例えば金属粒子)を含有し、分散媒として樹脂を含有するものが挙げられる。本発明の導電性塗料の他の実施形態として、分散質としてチタン粉末、非チタン導電性物質(例えば金属粒子)及び樹脂を含有し、分散媒として水又は水性有機溶媒を含有するものが挙げられる。
【0026】
本発明の導電性塗料の塗布方法は特に制限されず、コンクリート表面に塗料を塗布し得る公知の方法を適宜利用することができ、例えば、刷毛塗り、スプレー等を用いた噴霧が挙げられる。本発明の導電性塗料をコンクリート表面に塗布して塗布層を形成し、該塗布層を必要に応じ乾燥させることで、コンクリート表面に導電性被膜が形成される。前記導電性被膜は、外部電源方式の電気防食における陽極材として機能し得る。前記塗布層の乾燥方法は特に制限されず、自然乾燥でもよく、加熱乾燥等の強制乾燥でもよい。
【0027】
次に、本発明のコンクリート構造物の電気防食方法について説明する。本発明の電気防食方法は、鉄筋、PC鋼線、鉄骨等の鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食方法である。
【0028】
図1には、本発明の電気防食方法が施されたコンクリート構造物(電気防食構造)の一例が示されている。
図1に示すコンクリート構造物1の内部には、防食対象の鋼材である鉄筋2が複数埋設されている。コンクリート構造物1のコンクリート表面1Sは、陽極材である導電性被膜3で被覆されている。導電性被膜3は、リード線4を介して外部電源装置である直流電源装置5の陽極と電気的に接続され、鉄筋2は、リード線4を介して直流電源装置5の陰極と電気的に接続されており、これにより、導電性被膜3(陽極)から鉄筋2(陰極)に向かって防食電流が流れる電気回路が形成されている。
図1に示す形態では、防食対象の鉄筋2に照合電極6が設置され、照合電極6はリード線4を介して直流電源装置5と電気的に接続されている。照合電極6により、鉄筋2の電位を測定して防食効果を確認することができる。
【0029】
本発明の電気防食方法は、1)コンクリート構造物1のコンクリート表面1Sに、前述した本発明の導電性塗料を塗布して導電性被膜3(陽極材)を形成する被膜形成工程と、2)コンクリート構造物1のコンクリート表面1S又は導電性被膜3に電気的触媒を付与する触媒付与工程と、3)該電気的触媒を活性化させる活性化処理工程とを有する。
【0030】
前記被膜形成工程は、前述した本発明の導電性塗料を用いて常法に従って行うことができる。導電性塗料の塗布方法等については前述したとおりである。
前記被膜形成工程において、コンクリート表面1Sへの導電性塗料の塗布量は、導電性塗料の組成等に応じて適宜調整すればよく特に制限されないが、防食効果の向上、塗膜性能の耐久性等の観点から、固形分として、好ましくは0.2~0.5kg/m2、より好ましくは0.3~0.4kg/m2である。コンクリート表面への導電性塗料の塗布量が少なすぎると十分な防食効果が得られないおそれがあり、該塗布量が多すぎると、導電性被膜の耐久性が低下し、塗膜ひび割れなどが起こりやすくなるおそれがある。
導電性塗料をコンクリート表面1Sに塗布した後、その塗布部分を必要に応じ乾燥させることで、コンクリート表面1S上に陽極材としての導電性被膜3が形成される。導電性被膜3の厚みは、導電性塗料の塗布量と同様の観点から、好ましくは25~150μm、より好ましくは50~75μmである。
【0031】
前記触媒付与工程は、前記被膜形成工程の実施前に行ってもよく、実施後に行ってもよい。前者の場合は、電気的触媒をコンクリート表面1Sに付与することになり、後者の場合は、電気的触媒をコンクリート表面1Sに形成された導電性被膜3に付与することになる。典型的には前者であり、前記触媒付与工程、前記被膜形成工程の順で実施される。
【0032】
前記触媒付与工程で用いる電気的触媒は、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウム、鉄、コバルト、マンガン及びニッケルから選択される1種以上の金属元素を含む。電気的触媒は、これらの金属又は金属酸化物等の化合物であり得る。これらの電気的触媒の中でも特にコバルト又はコバルトの酸化物は、安定した低電位で高い電流が発生するため、本発明で好ましく用いられる。
【0033】
前記触媒付与工程において、コンクリート表面1S又は導電性被膜3への電気的触媒の付与量は、使用する電気的触媒の種類等に応じて適宜調整すればよく特に制限されないが、防食効果の向上、耐久性等の観点から、電気的触媒を水等の溶媒に分散又は溶解させて調製した触媒含有液の付与量として、好ましくは0.2~0.6kg/m2、より好ましくは0.3~0.5kg/m2であり、電気的触媒にコバルトを含む場合、コバルトの付与量として、好ましくは12~36g/m2、より好ましくは18~30g/m2である。電気的触媒の付与量が少なすぎると十分な防食効果が得られないおそれがあり、電気的触媒の付与量が多すぎると、電気的触媒の総付与量に対するコンクリート表面に留まる電気的触媒の量の割合が頭打ちとなり、電気的触媒が無駄になるおそれがある。
【0034】
前記触媒付与工程において、コンクリート表面1S又は導電性被膜3に電気的触媒を付与する方法は特に制限されない。斯かる方法の一例として、電気的触媒を水等の溶媒に分散又は溶解させて調製した触媒含有液を、コンクリート表面1S又は導電性被膜3に塗布する方法が挙げられる。また、触媒含有液の塗布方法も特に制限されず、触媒含有液の種類等に応じて適宜選択でき、例えば、刷毛塗り、スプレー等を用いた噴霧が挙げられる。
触媒含有液中の溶質の濃度は特に制限されず、電気的触媒をはじめとする溶質及び溶媒の種類等に応じて適宜調整し得るが、防食効果の向上、触媒含有液の保存性、塗布する際の作業性等の観点から、該触媒含有液の全質量に対して、好ましくは20~50質量%、より好ましくは25~35質量%である。
触媒含有液をコンクリート表面1S又は導電性被膜3に塗布した後、その塗布部分を、自然乾燥又は加熱乾燥等の強制乾燥により乾燥させてもよい。
前記触媒付与工程、前記被膜形成工程の順で実施した場合、コンクリート表面1S及びその近傍(コンクリート表層部、鉄筋2のかぶり部)に電気的触媒が存在するようになる。前記被膜形成工程、前記触媒付与工程の順で実施した場合、少なくとも導電性被膜3に電気的触媒が存在し、更に、例えば導電性被膜3が多孔質であるなどして透水性を有する場合は、導電性被膜3で被覆されたコンクリート表層部にも電気的触媒が存在し得る。
【0035】
前記活性化処理工程は、コンクリート表面1S又は導電性被膜3に付与された電気的触媒を活性化させる処理であり、前記の触媒付与工程及び被膜形成工程の実施後に実施される。斯かる電気的触媒の活性化処理は、電気的触媒を電気化学的に活性な物質に変成する処理であり、例えば電気的触媒として硝酸コバルトを用い、硝酸コバルト水溶液を対象に塗布した場合、斯かる活性化処理により、この硝酸コバルトは、電気化学的に活性な物質である酸化コバルトに変換される。
【0036】
前記電気的触媒の活性化処理方法は、電気的触媒を加熱し得る方法であればよく、例えば、コンクリート構造物における前記活性化処理工程が施された部分を、火炎、赤外線加熱等により加熱する方法が挙げられる。あるいは、防食電流が流れる電気回路に通電し電気抵抗熱によって電気的触媒を加熱してもよい。斯かる電気抵抗加熱は、例えば
図1に示す形態であれば、直流電源装置5の陽極と導電性被膜3とを接続するとともに、直流電源装置5の陰極と防食対象である鉄筋2とを接続し、直流電源装置5から鉄筋2に電流を流す(導電性被膜3と鉄筋2との間に電圧を印加する)ことで実施できる。
【0037】
前記活性化処理工程において、電気的触媒の加熱温度は、電気的触媒の種類等に応じて適宜設定すればよく特に制限されない。例えば、電気的触媒がコバルト及び/又はルテニウムを含む場合、該電気的触媒を活性化させるための加熱温度(加熱中の電気的触媒の品温)は、好ましくは30~200℃、より好ましくは50~80℃であり、加熱時間(前記加熱温度を維持する時間)は、好ましくは0.2~1時間、より好ましくは0.3~0.5時間である。
【0038】
以上の工程(被膜形成工程、触媒付与工程、活性化処理工程)を有する本発明の電気防食方法によって外部電源方式の電気防食が施されたコンクリート構造物1においては、直流電源装置5の陽極と導電性被膜3(陽極材)とを接続するとともに、直流電源装置5の陰極と防食対象である鉄筋2とを接続し、直流電源装置5から鉄筋2に電流を流す(導電性被膜3と鉄筋2との間に電圧を印加する)ことで、鉄筋2の防食効果が発現し、これによりコンクリート構造物1の劣化が長期的に防止される。本発明の電気防食方法は、電気的触媒と前述した本発明の導電性塗料とを併用するために防食効果に優れ、しかも、金属溶射の如き、施工に大型の機材を要する工程を有していないため、簡易に施工・補修することができる。
【0039】
次に、本発明の陽極材の補修方法について説明する。本発明の補修方法は、前述した本発明の導電性塗料を用いることを主たる特徴の一つとするものである。本発明の補修方法については、前述した本発明の導電性塗料及び電気防食方法と異なる構成を主に説明する。本発明の補修方法について特に説明しない構成は、前述した本発明の導電性塗料及び電気防食方法についての説明が適宜適用される。
【0040】
本発明の補修方法は、鋼材を含むコンクリート構造物の外部電源方式による電気防食構造における、コンクリート表面に形成された陽極材の補修方法であり、該陽極材における補修が必要な箇所に、前述した本発明の導電性塗料を塗布する工程を有する。
本発明の補修方法は、例えば、
図1に示すコンクリート構造物1の陽極材である導電性被膜3の補修に使用することができる。すなわち、コンクリート構造物1の導電性被膜3が使用により消耗、劣化し、あるいは何らかの理由により損傷するなどして欠損した場合、その導電性被膜3の欠損部分に本発明の導電性塗料を塗布することで、導電性被膜3を補修することができる。前述したとおり、導電性被膜3は本発明の導電性塗料の塗布物であるから、導電性被膜3の欠損部分に該導電性塗料を塗布してこれを補修することは当然のことである。
本発明の補修方法は、本発明の導電性塗料の塗布物ではない陽極材、具体的には、チタンを含有する金属溶射被膜の欠損部分の補修に使用できる点で特徴付けられる。金属溶射被膜の欠損部分を補修する場合は、該金属溶射被膜の形成時と同様に金属溶射を利用するのが通常であるが、本発明の補修方法によれば、チタンを含有する金属溶射被膜の欠損部分に本発明の導電性塗料を刷毛法や噴霧法等の公知の塗布方法により塗布するだけでよく、大型の機材を必要とする金属溶射は不要である。したがって本発明の補修方法によれば、チタン溶射方式による電気防食構造の補修を簡易に行うことができる。
【0041】
本発明の補修方法は、チタンを含有する金属溶射被膜を陽極材とする電気防食構造であれば特に制限なく適用することができるが、特に、該金属溶射被膜で被覆されたコンクリート構造物のコンクリート表層部(鋼材のかぶり部)又は該金属溶射被膜に、電気化学的に活性化された電気的触媒が含有されている場合に有効である。ここでいう「電気化学的に活性化された電気的触媒」とは、例えば、前述した白金等の電気的触媒に前述した活性化処理工程の如き加熱処理を施したものである。つまり本発明の補修方法は、前述した本発明の電気防食方法における触媒付与工程及び活性化処理工程と同様の工程を経て形成された、チタンを含有する金属溶射被膜の補修に特に有効である。
【実施例0042】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、斯かる実施例に制限されない。
【0043】
〔導電性塗料の調製及びその導電性の評価試験〕
表1に示す組成の導電性塗料A~Hを調製し、それらの導電性を評価した。具体的には、絶縁性を有する樹脂製の板(縦35mm、横140mm、厚さ3mmの平面視長方形形状の板)の片面に、評価対象の導電性塗料を固形分として0.3g/m2塗布し、乾燥させて測定サンプルを得、該測定サンプルの電気抵抗値をテスターで測定した。その結果を表1に示す。なお、前記樹脂製の板自体の電気抵抗値は∞Ωである。
【0044】
【0045】
一般的に、導電性塗料におけるチタン粉末の含有量が増加すると、電気抵抗値が増加し導電性が低下する傾向がある。表1に示すとおり、導電性塗料B、C及びH(実施例に相当)は、チタン粉末の含有量が25質量%以下であるため、これを満たさないチタン粉末入りの導電性塗料D~G(比較例に相当)に比べて電気抵抗値が小さく、チタン粉末非含有の導電性塗料A(比較例に相当)と電気抵抗値が同程度であり、導電性が良好であった。
【0046】
〔実施例1~2、比較例1~2〕
導電性が良好であった前記導電性塗料A、B及びHの何れかを用いて、鋼材を含むコンクリート構造物の該鋼材を防食対象とした電気防食方法を実施した。直径10mmの鉄筋(丸鋼)を内部に有する、縦300mm、横300mm、厚さ100mmの直方体形状のコンクリート構造物を試験体とした。この試験体は、水/セメント比(W/C)が55%、含有塩分量が15kg/m2であった。試験体における縦300mm、横300mmの一対のコンクリート表面のうちの一方の全域に、触媒含有液(硝酸コバルト6水和物の含有量30質量%の硝酸コバルト水溶液)及び/又は導電性塗料を塗布して導電性被膜を形成した後、直流電源装置の陽極と該導電性被膜とを接続するとともに、該直流電源装置の陰極と該試験体の鉄筋とを接続し、該直流電源装置から該鉄筋に電流密度10mA/m2で7日間通電して、該触媒含有液中の硝酸コバルトを酸化コバルトに変成させることにより、電気的触媒を活性化させる(活性化処理工程)。触媒含有液の塗布(触媒付与工程)及び導電性塗料の塗布(被膜形成工程)の双方を実施する場合は、触媒付与工程、被膜形成工程の順で実施した。表2に、各実施例及び比較例の電気防食方法を示す。
【0047】
【0048】
〔試験体の分極試験〕
前記活性化処理工程の実施から2日経過後に、前記試験体について分極試験を実施した。具体的には、照合電極、飽和塩化銀電極、電位掃引装置、ポテンショスタット及び記録計を用いて、インスタントオフ電位(IRドロップを除いた電位)又は浴電圧を掃引速度20mV/minの条件で上昇させ、各インスタントオフ電位又は各浴電圧に対する電流値を測定した。
【0049】
図2には、各実施例及び比較例のアノード分極曲線、
図3には、各実施例及び比較例の電流-浴電圧曲線がそれぞれ示されている。電気防食の陽極特性としては望ましいのは「高電流-低分極」であり、すなわち電気防食の陽極は、電流密度を大きくしても陽極電位の上昇が少なく、陽極電位が低い値で安定していることが望ましい。また一般に、電気防食の設計時における必要な電流は30mA/m
2とされているため、少なくともこの電流を確保できる陽極特性が望まれる。この点、
図2、3から明らかなように、比較例1、2は「低電流-高分極」であるのに対し、実施例1、2は「高電流-低分極」ある。このことから、触媒付与工程とチタン粉末を含有する導電性塗料を用いた被膜形成工程とを備えた実施例1、2の電気防食方法の有効性が明らかである。