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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022147978
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/58 20060101AFI20220929BHJP
   F16C 33/38 20060101ALI20220929BHJP
   F16C 33/41 20060101ALI20220929BHJP
   F16C 33/78 20060101ALI20220929BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
F16C33/58
F16C33/38
F16C33/41
F16C33/78 Z
F16C19/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021049474
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴之
【テーマコード(参考)】
3J216
3J701
【Fターム(参考)】
3J216AA02
3J216AA12
3J216AB05
3J216AB09
3J216AB15
3J216AB22
3J216BA16
3J216BA30
3J216CA01
3J216CA04
3J216CB03
3J216CB12
3J216CB13
3J216CC03
3J216CC17
3J216CC33
3J216DA01
3J216DA02
3J216DA11
3J216DA22
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA21
3J701BA24
3J701BA34
3J701BA44
3J701BA51
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA57
3J701BA73
3J701DA20
3J701EA01
3J701EA31
3J701EA63
3J701FA13
3J701FA38
3J701FA44
3J701GA01
3J701GA60
(57)【要約】
【課題】製造工程が簡易でありながら、玉軸受内部へのグリースの封入量を増やしても、低トルクでグリース漏れを抑制できる玉軸受を提供する。
【解決手段】玉軸受1は、外周に内輪軌道溝2aを有する内輪2と、内周に外輪軌道溝3aを有する外輪3と、内輪軌道溝2aと外輪軌道溝3aとの間に組み込まれた複数の玉4と、複数の玉4を保持する保持器6と、外輪3に設けられた外輪シール溝3bに一方の端部が固定され、内輪2に設けられた内輪シール溝2bに他方の端部が接触するシール部材5とを備えてなり、玉軸受1の内部にグリースが封入され、玉軸受1は、内輪2の外径面のうち、内輪軌道溝2aと内輪シール溝2bとの間に配置される肩部2cの表面と、保持器6のうち内輪2の外径面と対向する該保持器の内径面6cのみとに撥油コーティング層を有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周に内輪軌道溝を有する内輪と、内周に外輪軌道溝を有する外輪と、前記内輪軌道溝と前記外輪軌道溝との間に組み込まれた複数の玉と、前記複数の玉を保持する保持器と、前記外輪に設けられた外輪シール溝に一方の端部が固定され、前記内輪に設けられた内輪シール溝に他方の端部が接触するシール部材とを備えてなり、軸受内部にグリースが封入される玉軸受であって、
前記玉軸受は、前記内輪の外径面のうち、前記内輪軌道溝と前記内輪シール溝との間に配置される肩部の表面と、前記保持器のうち前記内輪の外径面と対向する該保持器の内径面のみとに撥油コーティング層を有することを特徴とする玉軸受。
【請求項2】
前記玉軸受は、さらに、前記外輪の内径面のうち前記シール部材により軸方向から突き当てられる突き当て面に前記撥油コーティング層を有することを特徴とする請求項1記載の玉軸受。
【請求項3】
前記玉軸受は、前記シール部材の表面に前記撥油コーティング層を有しないことを特徴とする請求項1または請求項2記載の玉軸受。
【請求項4】
前記撥油コーティング層は、フッ素系のコーティング剤からなる被膜であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載の玉軸受。
【請求項5】
前記保持器は、一側面に一部が開口されて玉を保持する複数のポケット部と、隣り合う前記ポケット部を連結する連結板部とを有する環状体からなる冠形の玉軸受用保持器であることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載の玉軸受。
【請求項6】
前記玉軸受は、回転翼および該回転翼を回転させるモータを有する駆動部を複数備え、前記回転翼の回転によって飛行する電動垂直離着陸機に搭載され、
前記駆動部における回転軸を支持する軸受であることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項記載の玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玉軸受に関し、特に家電や、産業機器、自動車電装品などに用いられる玉軸受においてグリース漏れ対策機能を有する玉軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
玉軸受は、一般的に内輪、外輪、転動体である玉、および保持器で構成されている。また、外部からの異物の混入を防ぐためや、軸受内空間に封入したグリースの漏れを防止するため、開口端部にシール部材が設けられている。シール付き玉軸受において、グリースが、軌道輪である内輪または外輪の軸方向両端部に設けられたシール溝に付着するとグリース漏れに繋がる場合がある。これに対し、グリース漏れは、シール部材のシールリップと軌道輪との接触力を大きくすることにより抑制できる。しかし、その一方で、摩擦抵抗が大きくなり、トルクの上昇や発熱の原因となることが知られている。従来、シール性を確保しつつ、摩擦抵抗を低減する技術として種々の提案がなされている。
【0003】
従来のシール付き玉軸受では、軸受の回転時、玉に付着したグリースが、自転により保持器に掻き取られて保持器に付着する。保持器の内径側に付着するグリースが堆積すると、内輪の外径面のうち、内輪軌道溝と内輪シール溝との間に配置される肩部の表面に付着する。回転に伴い内輪の肩部の表面に付着したグリースが増加し、保持器のポケット部とぶつかると、内輪のシール溝からポケット部までグリースが付着し、グリース漏れが起こる場合がある。
【0004】
特許文献1および2には、保持器の形状を従来の形状から変更することでグリース漏れの抑制を図った軸受が記載されている。特許文献1および2では、保持器のポケット部に凹み部を設けることで、保持器に付着できるグリース量が増えるとともに、保持器の外径側へグリースが移動しやすくなり、内径側に留まり得るグリース量を減少させている。これにより、内輪の肩部の表面にグリースが付着するのを抑制し、グリース漏れの抑制を図っている。
【0005】
また、シール接触部を表面加工することでグリース漏れの抑制を図るものとして特許文献3が提案されている。特許文献3では、シール溝にシールリップを摺接させる密封装置において、シール溝のシールリップが摺接する摺接面にショットピーニング加工が施されている。この構成により、軸受が流体シールされることで密封性が確保されるとともに、シールリップの吸着現象の発生がなく、安定した回転トルクが得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5465297号公報
【特許文献2】特許第5507837号公報
【特許文献3】特開2005-69404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
自動車電装補機では小型化が進み、それに伴って軸受の高速回転化も進んでいる。また、近年において開発が進められている電動垂直離着陸機に搭載される軸受についても、高速回転での使用が想定される。軸受が高速回転状態で使用される場合、グリース潤滑を良好にして低トルク化することが求められる。グリース封入量を増やせば潤滑は確保されるが、封入量が多くなる分、内輪の肩部の表面に付着するグリース量が多くなり、グリース漏れが発生しやすくなるおそれがある。
【0008】
特許文献1および2記載の保持器は、保持器に作用する遠心力を積極的に利用することにより、シールリップと軌道輪との接触力を大きくせずに、低トルク化とグリース漏れの抑制を図っている。これらの保持器を有する軸受は、特に、高速回転下におけるグリースの漏れ対策として有効である。しかし、軸受の使用条件は、高速回転下に限らず、低速回転下でも使用され、また、軸受の回転速度は変動する。そのため、グリースの封入量が多く、かつ、低速回転下での使用が多い場合、上記軸受が性能を発揮しにくくなるおそれがある。よって、グリースの封入量が多い場合でも、グリース漏れの抑制効果に一層優れる軸受の要望がある。
【0009】
特許文献3は、流体シールによる密封効果があったとしても、ショットピーニングによりシールリップとシール溝との接触面積は減少する。そのため、グリースの封入量が多い場合には、グリース漏れの抑制効果が不十分となることが予想される。
【0010】
また、特許文献1および2記載の保持器は、通常の保持器に比べ、ポケット部の内面に凹み部を設ける加工が追加で必要であり、特許文献3記載の軸受は、内輪のシール溝の表面に噴射加工の一種であるショットピーニングを行う必要がある。そのため、より簡易な製造工程で製造された保持器でもグリース漏れを抑制できることが好ましい。特に、既存品から形状を大きく変更せずに、密封性を向上でき、かつ、トルクの低減も可能な軸受が望まれている。
【0011】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、製造工程が簡易でありながら、玉軸受内部のグリースの封入量を増やしても、低トルクでグリース漏れを抑制できる玉軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の玉軸受は、外周に内輪軌道溝を有する内輪と、内周に外輪軌道溝を有する外輪と、上記内輪軌道溝と上記外輪軌道溝との間に組み込まれた複数の玉と、上記複数の玉を保持する保持器と、上記外輪に設けられた外輪シール溝に一方の端部が固定され、上記内輪に設けられた内輪シール溝に他方の端部が接触するシール部材とを備えてなり、軸受内部にグリースが封入され、上記内輪の外径面のうち、上記内輪軌道溝と上記内輪シール溝との間に配置される肩部の表面と、上記保持器のうち上記内輪の外径面と対向する該保持器の内径面のみとに撥油コーティング層を有することを特徴とする。
【0013】
上記玉軸受は、さらに、上記外輪の内径面のうち上記シール部材により軸方向から突き当てられる突き当て面に上記撥油コーティング層を有することを特徴とする。
【0014】
上記玉軸受は、上記シール部材の表面に上記撥油コーティング層を有しないことを特徴とする。
【0015】
上記撥油コーティング層は、フッ素系のコーティング剤からなる被膜であることを特徴とする。
【0016】
上記保持器は、一側面に一部が開口されて玉を保持する複数のポケット部と、隣り合う上記ポケット部を連結する連結板部とを有する環状体からなる冠形の玉軸受用保持器であることを特徴とする。
【0017】
上記玉軸受は、回転翼および該回転翼を回転させるモータを有する駆動部を複数備え、上記回転翼の回転によって飛行する電動垂直離着陸機に搭載され、上記駆動部における回転軸を支持する軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の玉軸受は、内輪と、外輪と、玉と、保持器と、シール部材とを備えてなり、軸受内部にグリースが封入され、内輪の外径面のうち、内輪軌道溝と内輪シール溝との間に配置される肩部の表面と、保持器のうち内輪の外径面と対向する該保持器の内径面のみとに撥油コーティング層を有するので、グリースは撥油性が高い内輪の肩部の表面および保持器の内径面よりも、外輪軌道溝と外輪シール溝との間に配置され比較的撥油性が低い外輪の肩部の表面および保持器の外径面に対して親和性が高く、内輪側に堆積しにくい。それにより、軸受が低速回転で遠心力が比較的弱い場合でも、グリースが軸受の内輪側から外輪側へと移動しやすい。その結果、グリース漏れが起こりやすい内輪のシール溝へのグリースの付着が起こりにくくなるので、玉軸受内部へのグリースの封入量を増やしても、シール部材のシールリップと軌道輪との接触力を大きくすることなく、低トルクでグリース漏れを抑制できる。また、保持器を特殊な形状に加工しなくても、撥油コーティング層の形成のみで簡易に軸受内の所定の箇所を撥油化でき、製造工程をより簡素化できる。
【0019】
また、グリースが外輪側に移動して堆積しやすくなると、シール部材の外径側(固定部側)から基油が漏れる可能性も考えられるところ、玉軸受は、さらに、外輪の内径面のうちシール部材により軸方向から突き当てられる突き当て面に撥油コーティング層を有するので、シール部材の外径側からの基油漏れも抑制できる。
【0020】
玉軸受は、シール部材の表面に撥油コーティング層を有しないので、撥油コーティング層が形成される部材の点数が少なく、製造工程を一層簡素化できる。また、撥油コーティング層を形成するためのコーティング剤の使用量を削減できるので、原料コストも低減できる。
【0021】
撥油コーティング層は、フッ素系のコーティング剤からなる被膜であるので、グリース漏れを抑制する効果により優れる。
【0022】
保持器は、一側面に一部が開口されて玉を保持する複数のポケット部と、隣り合うポケット部を連結する連結板部とを有する環状体からなる冠形の玉軸受用保持器であるので、玉の自転により保持器に掻き取られ、保持器に堆積するグリースの量が減少するとともに、内輪側から外輪側へのグリースの移動を促進できる。その結果、グリース漏れを抑制する効果に一層優れる。
【0023】
また、本発明の玉軸受は、低トルクで、かつ、軸受内部のグリースの封入量を増やしてもグリース漏れを抑制できるので、高速回転での使用が想定される電動垂直離着陸機に使用される軸受に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の玉軸受の第1実施形態の断面図である。
図2】撥油コーティングを施した保持器の斜視断面図である。
図3】撥油コーティングを施した内輪の斜視断面図である。
図4】撥油コーティングを施した外輪の斜視断面図である。
図5】本発明の玉軸受の第2実施形態の断面図である。
図6】本発明の玉軸受が搭載される電動垂直離着陸機の斜視図である。
図7】電動垂直離着陸機の駆動部におけるモータの一部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(第1実施形態)
本発明に係る玉軸受の第1実施形態を図1図4に基づいて説明する。図1は、グリースが封入された深溝玉軸受を縦に見た場合の上側の軸方向断面図である。図1に示すように、玉軸受1は、外周に内輪軌道溝2aを有する内輪2と、内周に外輪軌道溝3aを有する外輪3とが同心に配置される。内輪軌道溝2aと外輪軌道溝3aとの間には複数の玉4が組み込まれる。この複数の玉4が保持器6により周方向等間隔に保持される。玉軸受1は、内・外輪の軸方向両端の開口部にシール部材5を備える。玉軸受1は、内輪2と外輪3とシール部材5とで構成される軸受内空間に封入されたグリース(図示省略)によって潤滑される。グリースは、少なくとも玉4の周囲に封入される。
【0026】
図2は、保持器の斜視断面図である。図2に示すように、保持器6は、一側面に一部が開口されて玉を保持する複数のポケット部6aと、隣り合うポケット部6aを連結する連結板部6bとを有する環状体からなる冠形の玉軸受用保持器である。これにより、一般的な打ち抜き保持器と比べ、玉の自転によりグリースが掻き取られ、保持器に堆積するグリースの量が減少するとともに、内輪側から外輪側へのグリースの移動を促進する。その結果、グリース漏れを抑制する効果に優れる。また、保持器6は、樹脂製の保持器である。なお、保持器は、樹脂製に限らず、金属製であってもよい。また、保持器の形状は、上述した冠形の玉軸受用保持器に限られず、打ち抜き保持器などであってもよい。
【0027】
図3は、内輪の斜視断面図である。図3に示すように、内輪2は、該内輪の外径面に、玉が接触する内輪軌道溝2aと、シール部材の一方の端部が接触する内輪シール溝2bと、内輪軌道溝2aと内輪シール溝2bとの間に配置される肩部2cとを有する。内輪シール溝2bは、内輪2の外径面の軸方向両端部に設けられる。
【0028】
図4は、外輪の斜視断面図である。図4に示すように、外輪3は、該外輪の内径面に、玉が接触する外輪軌道溝3aと、シール部材の一方の端部(固定部)が固定される外輪シール溝3bと、外輪軌道溝3aと外輪シール溝3bとの間に配置される肩部3cとを有する。外輪シール溝3bは、外輪3の内径面の軸方向両端部に設けられる。
【0029】
図1に示すように、シール部材5は、外輪シール溝3bに固定部が嵌合して固定され、内輪シール溝2bに他方の端部が接触する。シール部材5の固定部は、外輪3の内径面のうち軸方向から突き当たる突き当て面3dと全周にわたり密着し、グリースの流出を抑制する。図1において、突き当て面3dは、シール溝3bの軸方向内側の側壁面である。
【0030】
シール部材5は、ゴムや合成樹脂で構成される弾性部材と、この弾性部材に埋設状に付設される金属板とで構成される。なお、シール部材5は、ゴム成形体と、プラスチック板、セラミック板などとの複合体でもよく、あるいは金属製またはゴム成形体単独でもよい。耐久性、グリース封止性能などの観点からは、ゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
【0031】
次に、撥油コーティング層の形成箇所について説明する。本発明の玉軸受は、少なくとも、(1)内輪の外径面のうち、内輪軌道溝と内輪シール溝との間に配置される肩部の表面と、(2)保持器のうち内輪の外径面と対向する該保持器の内径面のみとに撥油コーティング層を有することを特徴としている。第1実施形態の玉軸受1は、内輪2の肩部2cの表面と、保持器6の内径面6cに加えて、外輪3の内径面のうち、シール部材5により軸方向から突き当てられる突き当て面3dにも撥油コーティング層を有している(図1図4参照)。
【0032】
第1実施形態では、撥油コーティング層を上述の箇所に形成することにより、撥油性が比較的高い内輪2の肩部2cの表面、保持器6の内径面6c、および突き当て面3dよりも、撥油性が比較的低い外輪3の肩部3cの表面や保持器6の外径面など対してグリースの親和性が高くなるため、内輪側にグリースが堆積しにくくなる(図1~4参照)。それにより、軸受が低速回転で遠心力が比較的弱い場合でも、グリースは下地の表面エネルギーに起因した表面張力を受け、玉軸受1の内輪側から外輪側へと移動する。その結果、グリース漏れが起こりやすい内輪のシール溝へのグリースの付着が起こりにくくなるので、グリースの封入量が多くてもグリース漏れを抑制できる。さらに、突き当て面3dにも撥油コーティング層を形成することで、外輪のシール溝からのグリース漏れも抑制できる。また、既存の部品から形状を大きく変更しなくても、撥油コーティング層の形成のみで容易に軸受内の所定の箇所を撥油化でき、製造工程をより簡素化できる。
【0033】
図1において、玉軸受1は、外輪3の肩部3cの表面および保持器6の外径面には撥油コーティング層を有していない。例えば、これらの面にも撥油コーティング層を形成した場合には、軸受の回転時にグリースが内輪2のシール溝2bへ移動しやすくなると考えられるため、グリース漏れの観点から、これらの面には撥油コーティング層を形成していない。
【0034】
本発明の玉軸受は、軸受部材のその他の表面にも撥油コーティング層を有していてもよい。例えば外輪のシール溝(突き当て面を含む)やシール部材の表面に撥油コーティング層を有していてもよい。例えば、外輪のシール溝の表面および該シール溝に固定されるシール部材の固定部の表面に撥油コーティング層を形成することで、外輪側に耳残りがあっても、基油を球状化でき、基油漏れを防ぐことができる。
【0035】
一方で、図1に示すように、シール部材5の表面に撥油コーティング層を形成しない構成も採用できる。これにより、撥油コーティング層が形成される部材の点数が少なく、製造工程を一層簡素化できる。また、撥油コーティング層を形成するためのコーティング剤の使用量を大幅に削減できる。特に、コーティング剤がフッ素系のコーティング剤である場合、比較的高価であるので、使用量の削減により原料コストも低減できる。
【0036】
本発明に用いる撥油コーティング層として、例えばフッ素系のコーティング剤からなる被膜が用いられる。当該被膜の形成は、撥油性を付与したい箇所にフッ素系のコーティング剤を塗装し、乾燥させることにより行われる。第1実施形態の場合、内輪の肩部の表面、保持器の内径面、および外輪の突き当て面以外の箇所にマスキングテープを貼り付けた後、フッ素系のコーティング剤をスプレーコーティングにより塗装し、室温下で所定時間(例えば数秒程度)乾燥させることにより撥油コーティング層が形成される。
【0037】
撥油コーティング層は、下地となる内輪や、外輪、保持器の表面に対して分子間力によって付着する。そのため、化学結合を形成するための高温加熱プロセスが不要であり、自然乾燥のみで下地面を容易に撥油化できるので、製造工程を簡素化できる。また、フッ素系のコーティング剤は粘着塗装され、下地面に粘着しているので軸受の回転によっても下地面から飛散しない。
【0038】
フッ素系のコーティング剤は表面エネルギーの低下効果に優れる。そのため、フッ素系のコーティング剤により撥油コーティング層が形成された箇所の表面エネルギーが大幅に低下し、撥油コーティング層が形成された箇所と形成されていない箇所のグリースの濡れ性に大きな違いが生じる。その結果、グリースは軸受内部において、表面エネルギーの低い箇所からより高い箇所へと移動しやすくなる。
【0039】
また、フッ素系のコーティング剤は、科学的に安定した構造であるので、グリースと化学反応して潤滑に影響を与えることがない。フッ素系のコーティング剤としては、例えば、完全フッ素化樹脂、部分フッ素化樹脂、フッ素化樹脂共重合体などを用いることができる。
【0040】
また、フッ素系のコーティング剤は、パーフルオロアルキル基を有するフッ素樹脂を含有することが好ましい。パーフルオロアルキル基は、アルキル基の水素が全てフッ素原子に置換されているため、塗膜の表面エネルギー低下に大きく寄与する。フッ素樹脂中に含有するパーフルオロアルキル基の炭素数は1~6の範囲内であることが好ましい。該炭素数を1~6の範囲内にすることで、環境適合性に優れ、種々の用途へ適用することができる。ここで、フッ素系の撥油コーティング剤として、例えば、アサヒガード(AGC株式会社製)、サーフロン(AGCセイミケミカル株式会社製)、METAX(カントーカセイ株式会社製)、レインガード(LION社製)などが好適に使用できる。
【0041】
なお、撥油コーティング層は、フッ素系のコーティング剤に限らず、シリコーン系のコーティング剤などによって形成されてもよい。シリコーン系のコーティング剤としては、例えば、ジメチルシロキサン、メチルフェニルシロキサンなどを用いることができる。
【0042】
各種コーティング剤の塗装方法としては、スプレーコーティングの他、例えば、ディップコーティング、ジェットディスペンサーコーティング 、ハンドコーティングなど種々の方法を選択できる。塗装の容易さおよび塗膜の膜厚均一性の観点からは、スプレーコーティングやディップコーティングが好ましい。乾燥方法は特に限定されず、室温乾燥や加熱乾燥を採用できる。加熱乾燥を行う手段としては、例えば、ドライヤー、熱風炉、高周波誘導加熱炉、赤外線炉などを用いることができる。
【0043】
撥油コーティング層の膜厚は自由に選択できるが、0.05μm~10μmの範囲内であることが好ましい。この範囲内であることにより、膜厚均一性と撥油性を両立することができる。撥油コーティング層の膜厚は、コスト低減の観点からは、0.05μm~1μmの範囲内であることがより好ましい。また、撥油コーティング層の下地への密着性向上のために、撥油コーティング層を塗装する際に予めプライマー層を設けるなど前処理を行ってもよい。
【0044】
本発明の玉軸受は、グリースで潤滑される。グリースは軸受内空間に封入され、軌道面などに介在して潤滑がなされる。グリースを構成する基油としては、通常、玉軸受に用いられるものであれば特に制限なく用いることができる。例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油などの鉱油、ポリブテン油、ポリ-α-オレフィン油、アルキルベンゼン油、アルキルナフタレン油などの炭化水素系合成油、または、天然油脂やポリオールエステル油、りん酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、フッ素化油などの非炭化水素系合成油などが挙げられる。これらの潤滑油は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。
【0045】
グリースを構成する増ちょう剤としては、例えば、アルミニウム石けん、リチウム石けん、ナトリウム石けん、複合リチウム石けん、複合カルシウム石けん、複合アルミニウム石けんなどの金属石けん系増ちょう剤、ジウレア化合物、ポリウレア化合物などのウレア系化合物、PTFE樹脂などのフッ素樹脂粉末などが挙げられる。これらの増ちょう剤は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。
【0046】
また、グリースには、必要に応じて公知の添加剤を添加できる。添加剤としては、例えば、有機亜鉛化合物、有機モリブデン化合物などの極圧剤、アミン系、フェノール系、イオウ系化合物などの酸化防止剤、イオウ系、リン系化合物などの摩耗抑制剤、多価アルコールエステルなどの防錆剤、ポリメタクリレート、ポリスチレンなどの粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイトなどの固体潤滑剤、エステル、アルコールなどの油性剤などが挙げられる。
【0047】
グリースの封入量は、所望の潤滑特性を確保できる範囲であれば特に限定されないが、例えば、軸受内空間における静止空間体積の65%~100%(体積比率)であり、好ましくは静止空間体積の80%~100%である。本発明の玉軸受は、グリースの封入量が多くなっても、グリース漏れを抑制できる。ここで「静止空間体積」とは、転動体と保持器が回転してもグリースが静止できる空間(軸受回転時に転動体および保持器が通過しない空間)の体積である。
【0048】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態の玉軸受を、図5に基づいて説明する。なお、図1を用いて説明した第1実施形態と同一の構成には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0049】
図5に示すように、玉軸受11は第1実施形態の玉軸受と比較して、保持器16の形状が、金属製の打ち抜き保持器である点で異なる。また、第2実施形態の玉軸受における撥油コーティング層の形成箇所は、内輪2の肩部2cの表面および保持器16の内径面16cの2か所である点で異なる。玉軸受11は、玉4がリベットで加締められた保持器16で保持されていることにより、玉軸受1に比べて振動や加速度に対して高い強度を有する。
【0050】
第2実施形態では、撥油コーティング層の形成箇所が上述の2か所のみであるので、第1実施形態に比べて、製造時に使用する撥油コーティング剤の使用量を削減でき、製造工程を一層簡素化できる。また、保持器16は、従来の打ち抜き保持器の内径面に撥油コーティングを施すことで得られることから、既存品から形状を大きく変更せずに製造できる。
【0051】
以上、各図などに基づき、本発明の実施形態を説明したが、本発明の玉軸受はこれらに限定されるものではない。例えば、アンギュラ玉軸受、スラスト玉軸受などの任意の玉軸受に適用できる。
【0052】
本発明の玉軸受の用途は特に限定されないが、例えば、ファンカップリング装置用深溝玉軸受、自動車用オルタネータ用深溝玉軸受、アイドラプーリ用深溝玉軸受などの自動車電装・補機用深溝玉軸受などに用いることができる。
【0053】
また、本発明の玉軸受は、例えば、近年、自動車に代わる移動手段として注目されている空飛ぶクルマにも適用できる。空飛ぶクルマは、種々の社会的問題の解消に期待されており、地域内移動、地域間移動、観光・レジャー、救急医療、災害救助など、様々な場面での活用が期待されている。
【0054】
空飛ぶクルマとしては、垂直離着陸機(VTOL;Vertical Take-Off and Landing aircraft)が注目されている。垂直離着陸機は、空と離発着場を垂直に昇降できることから、滑走路が必要とならず、利便性に優れる。特に、近年ではCOの削減に向けた社会的要請などからバッテリとモータで飛行するタイプの電動垂直離着陸機(eVTOL)が開発の主流となっている。
【0055】
本発明の玉軸受が搭載される電動垂直離着陸機について、図6に基づいて説明する。図6に示す電動垂直離着陸機21は、機体中央に位置する本体部22と、前後左右に配置された4つの駆動部23を有するマルチコプターである。駆動部23は、電動垂直離着陸機21の揚力および推進力を発生させる装置であり、駆動部23の駆動によって電動垂直離着陸機21が飛行する。電動垂直離着陸機21において駆動部23は複数あればよく、4つに限定されない。
【0056】
本体部22は乗員(例えば1~2名程度)が搭乗可能な居住空間を有している。この居住空間には、進行方向や高度などを決めるための操作系や、高度、速度、飛行位置などを示す計器類などが設けられている。本体部22からは4本のアーム22aがそれぞれ延び、各アーム22aの先端に駆動部23が設けられている。図6において、アーム22aには、回転翼24を保護するため、回転翼24の回転周囲を覆う円環部が一体に設けられている。また、本体部22の下部には、着陸時に機体を支えるスキッド22bが設けられている。
【0057】
駆動部23は、回転翼24と、該回転翼24を回転させるモータ25とを有する。駆動部23において、回転翼24はモータ25を挟んで軸方向両側に一対設けられている。各回転翼24は、径方向外側へ延びる2枚の羽根をそれぞれ有する。
【0058】
本体部22には、バッテリ(図示省略)および制御装置(図示省略)が設けられている。制御装置はフライトコントローラとも呼ばれる。電動垂直離着陸機21の制御は、制御装置によって、例えば以下のように実施される。制御装置が、現姿勢と目標姿勢の差から揚力を調整すべきモータ25に回転数変更の指令を出力する。その指令に基づいて、モータ25に備えられたアンプがバッテリからモータ25へ送る電力量を調整し、モータ25(および回転翼24)の回転数が変更される。また、モータ25の回転数の調整は、複数のモータ25に対して、同時に実施され、それによって機体の姿勢が決まる。
【0059】
図7は、駆動部におけるモータの一部断面図を示している。図7において、モータ25の回転軸27の一端側(図上側)には上述の回転翼が取り付けられ、他端側(図下側)にはロータが取り付けられる。ロータは、ハウジングに固定されたステータに対向配置され、該ステータに対して回転可能になっている。なお、モータ25は、アウターロータ型のブラシレスモータや、インナーロータ型のブラシレスモータの構成を採用できる。
【0060】
図7において、モータ25は、ハウジング(装置ハウジング)26と、ロータ(図示省略)と、ステータ(図示省略)と、アンプ(図示省略)と、2個の深溝玉軸受31、31とを備える。ハウジング26は外筒26aと内筒26bを有し、これらの間には冷却媒体流路26cが設けられている。この流路26cに冷却媒体を流すことにより、過度の温度上昇を防止できる。また、深溝玉軸受31、31は、内筒26b内で回転軸27を回転自在に支持している。深溝玉軸受31は、シール部材35を備え、軸受内部にグリースが封入される軸受であり、本発明の玉軸受に相当する。
【0061】
深溝玉軸受31において、外輪33の外径形状は、ハウジング内周の嵌合部と略同一の形状であり、ハウジング26に対して、軸受ハウジングなどを介さずに直接嵌合されている。深溝玉軸受31および31の間には内輪間座28、外輪間座29が挿入され、予圧が印加されている。
【0062】
電動垂直離着陸機では、高い安全性が求められる一方で、軸受の使用においては高速回転条件などが想定される。本発明の玉軸受は低トルクで、かつ、軸受内部のグリースの封入量を増やしてもグリース漏れを抑制できるので、高速回転での使用が想定される電動垂直離着陸機に使用される軸受に好適である。また、グリース漏れに起因する他部材などへの悪影響を低減でき、その結果、電動垂直離着陸機の安全な飛行などに繋がる。
【0063】
なお、駆動部における軸受構成は、図7の構成に限定されない。図7では、モータの回転軸と回転翼の回転軸とを同一の回転軸としたが、モータの回転軸と回転翼の回転軸とが伝達機構を介して接続された構成であってもよい。この場合、駆動部における回転軸を支持する玉軸受は、モータの回転軸を支持する玉軸受でもよく、回転翼の回転軸を支持する玉軸受でもよい。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の玉軸受は、製造工程が簡易でありながら、玉軸受内部へのグリースの封入量を増やしても、低トルクでグリース漏れを抑制できるので、種々の用途における玉軸受として広く利用できる。
【符号の説明】
【0065】
1 玉軸受
2 内輪
2a 内輪軌道溝
2b 内輪シール溝
2c 肩部
3 外輪
3a 外輪軌道溝
3b 外輪シール溝
3c 肩部
3d 突き当て面
4 玉
5 シール部材
6 保持器
6a ポケット部
6b 連結板部
6c 内径面
11 玉軸受
16 保持器
16c 内径面
21 電動垂直離着陸機
22 本体部
23 駆動部
24 回転翼
25 モータ
26 ハウジング
27 回転軸
28 内輪間座
29 外輪間座
31 深溝玉軸受
32 内輪
33 外輪
34 玉
35 シール部材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7