(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022148365
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220929BHJP
F16C 33/06 20060101ALI20220929BHJP
C22C 27/06 20060101ALN20220929BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
F16C33/06
C22C27/06
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021050016
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】久保田 寛隆
(57)【要約】
【課題】硬質相の脱落を低減し、高温の環境下においても、耐摩耗性が高い摺動部材を提供する。
【解決手段】本実施形態の摺動部材10は、ステンレス系の鋼合金で形成されている。摺動部材10は、マトリクス相11、硬質相12及び中間硬質相13を備える。硬質相12は、マトリクス相11よりも硬度が大きく、マトリクス相11に分散している。中間硬質相13は、硬度がマトリクス相11と硬質相12との間である。硬質相12は、中間硬質相13に包囲されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス系の鋼合金で形成されている摺動部材であって、
合金のマトリクス相と、
前記マトリクス相よりも硬度が大きく、前記マトリクス相に分散している硬質相と、
硬度が前記マトリクス相と前記硬質相との間である中間硬質相と、を備え、
前記硬質相は、前記中間硬質相に包囲されている摺動部材。
【請求項2】
前記中間硬質相が任意の観察視野において占める面積率は、10~50%である請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記中間硬質相の円相当径は、10~100μmである請求項1又は2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記硬質相の円相当径は、0.5~10μmである請求項1から3のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項5】
前記硬質相は、100μm×100μmに設定した任意の観察視野に、1~20個含まれている請求項1から4のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項6】
前記硬質相は、(Cr,Fe)3C2化合物であり、
前記中間硬質相は、(Cr,Fe)7C3化合物である、請求項1から5のいずれか一項記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、ステンレス系の鋼合金で形成されている摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば排気タービンなどのように燃焼後の排気に用いる回転体は、高温の環境に晒される。そのため、回転体を支持する軸受に用いられる摺動部材は、高い耐熱性が要求される。また、摺動部材は、高温の環境下においても、高い耐摩耗性が求められる。特許文献1は、硬質相としてCo合金相を含む鉄系の焼結合金を開示している。
【0003】
しかしながら、従来の摺動部材の場合、摺動部材におけるマトリクスの割合が高く、高温の環境下ではマトリクスが摺動の相手材に凝着しやすい。そのため、凝着による摺動部材の摩耗が進展しやすいという問題がある。一方、摺動部材における硬質相の割合を高めると、相手材への凝着は低減されるものの、相手部材に対する摺動部材の攻撃性が高まる。そのため、相手材の摩耗が進展するという問題がある。特に、微細な硬質相が増大すると、硬質相がマトリクスから脱落しやすく、脱落した硬質相が研磨剤として作用する。そのため、摩擦係数が大きくなり、結果的に摺動部材及び相手材の双方の摩耗が進展しやすいという問題がある。また、硬質相の脱落を低減するために硬質相を大きくすると、相手材への攻撃性が高まり、結果的に相手材の摩耗が進展しやすいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、硬質相の脱落を低減し、高温の環境下においても、耐摩耗性が高い摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために本実施形態の摺動部材は、ステンレス系の鋼合金で形成されている。摺動部材は、マトリクス相、硬質相及び中間硬質相を備える。
硬質相は、マトリクス相よりも硬度が大きく、マトリクス相に分散している。
中間硬質相は、硬度がマトリクス相と硬質相との間である。
そして、硬質相は、中間硬質相に包囲されている。
【0007】
このように、本実施形態の摺動部材は、中間硬質相を備えている。硬質相は、中間硬質相に包囲されている。そのため、硬質相は、単独で存在することなく、周囲に中間硬質相が存在する。これにより、硬質相は、マトリクス相よりも硬度の近い中間硬質相に保持され、微細化しても脱落しにくくなる。その結果、硬質相の脱落が低減され、脱落した硬質相による自身及び相手材の摩耗が低減される。また、硬質相の脱落が低減されるため、硬質相の割合を維持したまま摩耗量の低減が図られる。したがって、高温の環境下においても、耐摩耗性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】一実施形態による摺動部材の組織構造を説明するための断面を示す模式図
【
図2】一実施形態による摺動部材を構成する材料の組成を示す概略図
【
図3】一実施形態による摺動部材の試験条件を示す概略図
【
図4】一実施形態による摺動部材の実施例及び比較例の試験結果を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、一実施形態による摺動部材を図面に基づいて詳細に説明する。
図1に示すように摺動部材10は、マトリクス相11、硬質相12及び中間硬質相13を備える。摺動部材10は、ステンレス系の鋼合金で形成されている。摺動部材10は、例えばCrを含むSUS316などのステンレス鋼で形成されている。マトリクス相11は、摺動部材10を形成するステンレス鋼の組織の主体となる部分であり、組織中に硬質相12及び中間硬質相13を含んでいる。
図1は、摺動部材10を任意の面で切断した断面に相当する。この場合、断面は、摺動部材10の板厚方向、板厚方向に垂直、又はこれらから傾斜した面など、任意に設定することができる。
【0010】
硬質相12は、マトリクス相11よりも硬度が大きく、マトリクス相11に分散している。硬質相12は、ステンレス鋼を構成する金属元素の化合物で形成されている。中間硬質相13は、硬度がマトリクス相11と硬質相12との間である。すなわち、中間硬質相13は、マトリクス相11よりも硬度が大きいものの、硬質相12よりも硬度が小さい。ステンレス鋼として例えばSUS316を用いる場合、硬質相12は(Cr,Fe)3C2化合物であり、中間硬質相13は、(Cr,Fe)7C3化合物である。
【0011】
マトリクス相11に分散する硬質相12は、中間硬質相13に包囲されている。すなわち、硬質相12は、マトリクス相11に単独で析出することなく、中間硬質相13に包囲された状態でマトリクス相11に析出している。一方、中間硬質相13は、硬質相12を包囲することなくマトリクス相11に単独で析出しているものが含まれる。つまり、本実施形態の摺動部材10は、組織中に硬質相12を含む中間硬質相13と、組織中に硬質相12を含まない中間硬質相13との双方を含んでいる。なお、
図1では、簡単のため硬質相12の一部にのみ符号を付している。中間硬質相13に囲まれている粒子は、硬質相12である。
【0012】
硬質相12は、マトリクス相11に比較して大きな硬度を有している。そのため、硬質相12は、微粒化し、マトリクス相11に分散して含ませると、硬度の差が大きなマトリクス相11から脱落しやすくなる。つまり、硬質相12は、粒子径を小さくすると、硬度の差の大きなマトリクス相11から脱落しやすくなる。脱落した硬質相12の粒子は、相手部材と摺動部材10との摺動部分において研磨剤に類似した作用を示し、相手部材及び摺動部材10の摩耗の進展を招く。
【0013】
一方、硬質相12は、粒子径を大きくすると、マトリクス相11から脱落しにくくなるものの、硬度が大きいことから相手材を傷つけやすく、相手部材の摩耗の進展につながる。これらのことから、硬質相12は、微粒化させつつ、マトリクス相11からの脱落を回避することが求められる。本実施形態の場合、中間硬質相13は、上述のようにマトリクス相11と硬質相12との間の硬度を有している。これにより、硬質相12は、マトリクス相11と比較して硬度の差が小さい中間硬質相13によって保持され、脱落が低減される。このように、本実施形態の摺動部材10は、マトリクス相11と硬質相12との間の硬度を有する中間硬質相13を備え、中間硬質相13で硬質相12を包囲することにより、硬質相12の微粒化を図りつつ、硬質相12のマトリクス相11からの脱落を低減している。
【0014】
摺動部材10は、中間硬質相13の面積率が10~50%に設定されている。すなわち、摺動部材10は、任意の観察視野を設定し、この観察視野を観察したとき、この観察視野に面積率で10~50%の中間硬質相13を含んでいる。中間硬質相13の面積率は、20~40%であることがより好ましい。中間硬質相13の面積率が10%未満であると、中間硬質相13により硬質相12を保持する能力は不十分となる。また、中間硬質相13は、マトリクス相11よりも硬度が大きい。そのため、摺動部材10の全体に含まれる中間硬質相13の面積率が50%を超えると、硬度の大きな中間硬質相13によって摺動部材10が脆くなる。したがって、任意の観察視野における中間硬質相13の面積率は、10~50%であることが好ましい。
【0015】
中間硬質相13の円相当径は、平均で10~100μmに設定されている。中間硬質相13の円相当径は、20~80μmであることが好ましく、30~60μmであることがより好ましい。中間硬質相13は、円相当径が10μm未満であると、粒子が過小となり、中間硬質相13の組織中に硬質相12を含むことが困難になる。一方、中間硬質相13の円相当径が100μmを超えると、マトリクス相11における中間硬質相13の粒子が過大となり、摺動部材10が脆くなる。したがって、中間硬質相13の円相当径は、平均で10~100μmであることが好ましい。
【0016】
硬質相12の円相当径は、平均して0.5μm~10μmに設定されている。硬質相12の円相当径は、1.0~8.0μmであることが好ましい。硬質相12は、円相当径が0.5μm未満であると、粒子が過小となり、硬質相12に求められる耐摩耗性が発揮されない。一方、硬質相12の円相当径が10μmを超えると、硬質相12の攻撃性が過大となり、相手部材の摩耗を招く。したがって、硬質相12の円相当径は、平均で0.5μm~10μmであることが好ましい。
【0017】
硬質相12は、100μm×100μmに設定した任意の観察視野において、平均して1~20個含まれている。この観察視野における硬質相12の数は、2~10個含まれることが好ましく、3~5個含まれることがより好ましい。当該観察視野における硬質相12の数が1個未満であると、当然のことながら硬質相12に求められる耐摩耗性が発揮されない。一方、当該観察視野における硬質相12の数が20個を超えるものは製造困難である。したがって、硬質相12は、所定の観察視野において、平均して1~20個含まれることが好ましい。
【0018】
次に、上記の構成による摺動部材10の製造方法について説明する。
本実施形態では、SUS316Lの粉末、粉末A、及び粉末Bを混合することにより、混合粉末が得られる。得られた混合粉末は、成形時の焼付を防止するための添加物としてステアリン酸亜鉛が添加される。SUS316L、粉末A、及び粉末Bの各粉末は、
図2に示すように各元素を含んでいる。これらの各粉末の混合割合を調整することにより、得られる実施例に含まれる各元素の組成が設定される。
【0019】
添加物が添加された混合粉末は、円筒形状の金型に充填し、7t/cm2程度の力を加えて成形する。成形された成形体は、焼結炉において1100℃~1200℃程度で加熱し、焼結する。これにより、本実施形態の摺動部材10の成形体が得られる。この場合、本実施形態の摺動部材10は、材料となる各粉末の混合割合すなわち各元素の組成によって、マトリクス相11に析出する硬質相12及び中間硬質相13の生成が制御される。そのため、得られた成形体は、焼鈍や焼き入れなどの熱処理が不要である。例えば添加する元素としてCが不足すると、マトリクス相11に硬質相12は析出しない。また、添加する元素としてCrが不足すると、マトリクス相11に中間硬質相13は析出しない。
【0020】
各粉末を由来として摺動部材10に含まれる各元素の含有量及び作用について説明する。
Crは、21.5~28.4質量%含まれ、23.0~27.0質量%含まれることが好ましい。Crは、耐食性及び破壊靱性の向上に寄与する。Crの含有量が過大になると、摺動部材10は高温の環境下における強度の低下を招きやすい。
【0021】
Niは、7.9~15.0質量%含まれ、8.5~11.8質量%含まれることが好ましい。Niは、耐食性及び耐衝撃性の向上に寄与する。Niは、高価であることから、耐食性及び耐衝撃性の向上に寄与する範囲において、できる限り含有量の低減を図ることが好ましい。
Moは、0.5~4.0質量%含まれ、1.0~3.0質量%含まれることが好ましい。Moは、高温の環境下における強度及び耐食性の向上に寄与する。Moの含有量が過大になると、摺動部材10は破壊靱性の低下を招きやすい。
【0022】
Cは、1.0~2.2質量%含まれ、1.2~2.0質量%含まれることが好ましい。Cは、硬質相となる炭化物の生成に寄与する。Cの含有量が過大になると、摺動部材10は破壊靱性の低下を招きやすい。
Siは、0~1.0質量%含まれている。Siは、添加が必須ではないものの、各粉末の製造段階で脱酸素のために添加されている。Siの含有量が過大になると、摺動部材10は強度や靱性の低下を招きやすい。
【0023】
Pは、0.4~1.5質量%含まれ、0.6~1.3質量%含まれることが好ましい。Pは、焼結性の向上に寄与する。Pの含有量が過大になると、摺動部材10は耐食性の低下を招きやすい。
Sは、不可避的不純物である。
Mnは、0~2.0質量%含まれている。Mnは、添加が必須ではないものの、強度の向上に寄与する。Mnの含有量が過大になると、摺動部材10は靱性の低下を招きやすい。
【0024】
(実施例)
以下、本実施形態の実施例及び比較例について説明する。
実施例及び比較例の試験片は、
図3に示す条件で摺動試験を行ない、摩耗量に基づいて耐摩耗性を評価した。摺動試験は、温度を750℃の高温の環境に設定し、3Nの荷重を加えて行なった。試験片は、相手部材との間において、10Hzで0.5mmの距離を15分間摺動させた。試験片は、平板形状とした。試験片と摺動する相手部材は、形状を半径が5mmの球状とし、材質をSUS316Lに設定した。
【0025】
実施例1~実施例23は、いずれも中間硬質相13に囲まれた硬質相12を備えている。これに対し、比較例1は硬質相12を含んでおらず、比較例2は中間硬質相13を含んでいない。このように、硬質相12を含んでいない比較例1は、高温の環境下における強度が不足するとともに、硬質相12の作用が期待できず、摩耗量が増加する。一方、中間硬質相13を含んでいない比較例2は、摺動時に硬質相12の脱落を招き、結果として摩耗量が増加する。したがって、中間硬質相13に囲まれた硬質相12を含む実施例1~実施例23は、高温の環境下における強度が向上するとともに、硬質相12の脱落が回避され、耐摩耗性が向上することがわかる。
【0026】
実施例1~実施例13は、いずれも中間硬質相13の面積率が10~50%である。また、実施例1~実施例13は、中間硬質相13の円相当径が10~100μmであり、硬質相12の円相当径が0.5~10μmであり、100μm×100μmに設定した任意の観察視野に硬質相12が1~20個含まれている。これらの条件を満たす実施例1~実施例13は、高温の環境下における耐摩耗性が顕著に向上することがわかる。
【0027】
これに対し、実施例14及び実施例15は、中間硬質相13に囲まれた硬質相12を備えているものの、中間硬質相13の面積率、中間硬質相13の円相当径、硬質相12の面積率、及び硬質相12の円相当径が上記の条件から外れている。そのため、実施例14及び実施例15は、高温の環境下における耐摩耗性が比較例1及び比較例2に比較して向上するものの、実施例1~実施例13に比較して低下する。
【0028】
同様に、実施例16及び実施例17は、中間硬質相13の面積率が条件から外れている。実施例18及び実施例19は、中間硬質相13の円相当径及び面積率が条件から外れている。実施例20及び実施例21は、硬質相12の円相当径が条件から外れている。実施例22及び実施例23は、硬質相12の円相当径及び個数が条件から外れている。これにより、上記の条件、つまり中間硬質相13の面積率、中間硬質相13の円相当径、硬質相12の円相当径又は硬質相12の個数の条件をすべて満たす実施例1~実施例13は、これらを1つでも満たさない実施例14~実施例23に比較して、耐焼付性がより向上することがわかる。
【0029】
以上説明した本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の実施形態に適用可能である。
【符号の説明】
【0030】
図面中、10は摺動部材、11はマトリクス相、12は硬質相、13は中間硬質相を示す。