(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022148447
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】精子運動活性化処理装置及び精子運動活性化処理方法
(51)【国際特許分類】
A61B 17/43 20060101AFI20220929BHJP
A61J 1/05 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
A61B17/43
A61J1/05 313Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021050131
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】515225448
【氏名又は名称】ミツボシプロダクトプラニング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 弘
(72)【発明者】
【氏名】中田 久美子
(72)【発明者】
【氏名】向井 徹
【テーマコード(参考)】
4C047
4C160
【Fターム(参考)】
4C047AA05
4C047AA40
4C047BB03
4C047BB04
4C047BB13
4C047BB17
4C047BB20
4C160HH01
4C160MM32
(57)【要約】
【課題】採精されたままの状態の精子に対して、取り扱いが容易な処理で、精子の運動を活性化させることができる精子運動活性化処理装置を提供する。
【解決手段】採精された精子Sの運動を活性化させるための精子運動活性化処理装置1は、水素水HWの貯留が可能で蓋22を有するとともに、溶解された水素を透過させることのない素材によって形成された貯水容器2と、採精された精子が収容されるとともに水素の透過が可能な素材によって形成された貯留部31を有する採精容器3とを備えている。
そして、貯水容器の中に採精容器が配置されることによって、貯留部の周囲に水素水が充満される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
採精された精子の運動を活性化させるための精子運動活性化処理装置であって、
水素水の貯留が可能で蓋を有するとともに、溶解された水素を透過させることのない素材によって形成された貯水容器と、
採精された精子が収容されるとともに前記水素の透過が可能な素材によって形成された貯留部を有する採精容器とを備え、
前記貯水容器の中に前記採精容器が配置されることによって、前記貯留部の周囲に前記水素水が充満されることを特徴とする精子運動活性化処理装置。
【請求項2】
前記採精容器は、精子を収容する内容器及び前記内容器を被覆する外容器を有する容器本体と、前記内容器の容積を小さくするように前記内容器の内部に挿入される内蓋とを備えており、
前記水素水は、前記内容器の周囲及び前記内蓋の内部に充填されることを特徴とする請求項1に記載の精子運動活性化処理装置。
【請求項3】
前記水素水は、水素濃度が3.5ppmから7ppmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の精子運動活性化処理装置。
【請求項4】
前記採精容器の前記貯留部は、ポリプロピレンによって形成されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の精子運動活性化処理装置。
【請求項5】
採精された精子の運動を活性化させるための精子運動活性化処理方法であって、
水素濃度が3.5ppmから7ppmとなる水素水の貯留が可能で蓋を有するとともに、溶解された水素を透過させることのない素材によって形成された貯水容器を準備するステップと、
採精された精子が収容されるとともに前記水素の透過が可能な素材によって形成された貯留部を有する採精容器を前記貯水容器の前記水素水の中に配置するステップと、
前記貯水容器の前記蓋をして、2時間以上静置させるステップとを備えたことを特徴とする精子運動活性化処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、採精された精子の運動を活性化させるための精子運動活性化処理装置及び精子運動活性化処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人工授精(AIH:Artificial Insemination of Husband)、体外受精(IVF:In Vitro Fertilization)、顕微授精(ICSI:Intracytoplasmic sperm injection)などの生殖補助医療(ART:Assisted Reproductive Technology)の現場では、採精容器に精子を採取し、その採精容器を患者が自宅から医療機関まで持参することが行われている。
【0003】
そして、医療機関では、精子検査や所定の処置を行うまでの間、患者が持参した精液を採精容器に収容した状態で保管している。採取した精子は、持ち運び時間や保管時間が長くなればなるほど、採精容器内の空気との接触による酸化や温度変化の影響を受け易くなり、精子のエイジング(老化)が進み、生殖補助医療における受精着床の精度に影響することになる。
【0004】
そこで、特許文献1に開示されているように、精子の劣化の抑制効果に優れ、しかも精子を効率的に回収することが可能な採精容器が開発されている。このような採精容器を使って自宅などで採精された精子は、運搬時の劣化が抑えられた状態で医療機関に持ち込まれ、保管される。
【0005】
ところで不妊治療の成功率は、精子の運動率を活性化させることで向上させることができる。上記した特許文献1に記載された採精容器を使用することで、精子の運搬時や保管時の劣化を抑制することはできるが、別の採精容器を使用したり、採精後に医療機関に持ち込むまでに長時間が経過したり温度の影響を受けたりすると、精子の機能が劣化することがある。
【0006】
そして、男性不妊症の患者は、精液検査の所見が基準値を下回る場合が多く、運動率が低い精子は人工授精や体外受精に使用することができないこともある。そこで、特許文献2に開示されているように、水素分子を1(v/v)%以上含む気体、又は水素分子を飽和溶解度の1%以上含む液体に、直接、精子含有液を接触させることで、精子の運動性を改善させることが行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-126453号公報
【特許文献2】特許第6572129号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2に開示された手法は、水素ガスや、水素ガスをバブリングなどにより生理食塩水等に溶解させた液体を、採精容器から取り出されて精子処理された後の精子懸濁液に、直接、接触させるものである。採精容器からの精子の回収は、培養室で専門の知識を有する者(胚培養士)によって行われる処置で、早い段階から専門性が高い処理が必要になるうえに、精子を劣化させるリスクを伴う処理でもある。
【0009】
そこで、本発明は、採精されたままの状態の精子に対して、取り扱いが容易な処理で、精子の運動を活性化させることができる精子運動活性化処理装置及び精子運動活性化処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するために、本発明の精子運動活性化処理装置は、採精された精子の運動を活性化させるための精子運動活性化処理装置であって、水素水の貯留が可能で蓋を有するとともに、溶解された水素を透過させることのない素材によって形成された貯水容器と、採精された精子が収容されるとともに前記水素の透過が可能な素材によって形成された貯留部を有する採精容器とを備え、前記貯水容器の中に前記採精容器が配置されることによって、前記貯留部の周囲に前記水素水が充満されることを特徴とする。
【0011】
ここで、前記採精容器は、精子を収容する内容器及び前記内容器を被覆する外容器を有する容器本体と、前記内容器の容積を小さくするように前記内容器の内部に挿入される内蓋とを備えており、前記水素水は、前記内容器の周囲及び前記内蓋の内部に充填される構成とすることができる。
【0012】
また、前記水素水は、水素濃度が3.5ppmから7ppmであることが好ましい。さらに、前記採精容器の前記貯留部は、ポリプロピレンによって形成されていることが好ましい。
【0013】
そして、精子運動活性化処理方法の発明は、採精された精子の運動を活性化させるための精子運動活性化処理方法であって、水素濃度が3.5ppmから7ppmとなる水素水の貯留が可能で蓋を有するとともに、溶解された水素を透過させることのない素材によって形成された貯水容器を準備するステップと、採精された精子が収容されるとともに前記水素の透過が可能な素材によって形成された貯留部を有する採精容器を前記貯水容器の前記水素水の中に配置するステップと、前記貯水容器の前記蓋をして、2時間以上静置させるステップとを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
このように構成された本発明の精子運動活性化処理装置は、水素水が貯留された貯水容器の中に、水素水の水素の透過が可能な貯留部を有する採精容器を配置させることで、採精された精子が収容された貯留部の周囲に水素水を充満させる。
【0015】
すなわち、患者が自宅などで採精に使用した採精容器の貯留部に収容されたままの状態の精子に対して、水素水に溶解された水素分子により精子の運動を活性化させることができる。
【0016】
こうした精子運動の活性化処理は、取り扱いが容易な処理で、培養室で高度な専門知識を有する胚培養士が人工授精などの処置を行う前の段階から、行っておくことができる。要するに、採精容器から精子を回収する前に活性化処理を行うことができるので、精子を劣化させるリスクがなく、精子の運動性を活性化させるための時間も、充分に確保することができる。
【0017】
特に、採精容器が、採精がしやすいうえに、採精後に容積が小さい貯留部に精子を収容できる形態のものであれば、運搬時や保管時の精子の劣化を抑制できるうえに、貯水容器の中で水素水に接触する貯留部の表面積を広くすることができ、水素による精子の運動性の活性化を促進させることができる。
【0018】
また、貯水容器に貯留される水素水の水素濃度が高濃度であれば、精子運動率が増加する可能性を、より高めることができる。このように、採精、運搬及び水素水による精子運動活性化処理に適した採精容器の貯留部は、ポリプロピレンによって形成することができる。
【0019】
そして、精子運動活性化処理方法の発明では、高濃度の水素水の中に、採精されたままの精子が貯留部に収容された採精容器を配置して、一定時間以上、静置させる。このような簡単な処理で、精子の運動を活性化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の実施の形態の精子運動活性化処理装置の概要を示した説明図である。
【
図2】採精容器による採精状況を模式的に示した説明図である。
【
図3】運搬時の採精容器の状態を説明する断面図である。
【
図4】採精容器の準備状況を模式的に示した説明図である。
【
図5】高濃度の水素水の製造方法を例示する説明図である。
【
図7】貯水容器の水素水の中に採精容器を静置させた状態を例示する説明図である。
【
図8】採精容器から精子を回収する処置を示した説明図である。
【
図9】本発明の実施の形態の精子運動活性化処理方法の処理の流れを説明するフローチャートである。
【
図10】複数の検体を使って精子運動率の変化を確認した実験結果を説明するグラフである。
【
図11】条件の違いによる精子運動率の違いを確認した実験結果を説明するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本実施の形態の精子運動活性化処理装置1の概要を示した説明図である。
【0022】
不妊原因は、女性側、男性側の双方に原因があり得るが、男性不妊症の患者の場合、精液検査の所見が基準値を下回る場合が多い。男性が受ける検査としては、造精機能を調べる目的の標準精液検査、精子機能を調べる目的の高度精子機能検査1などがある。標準精液検査では、WHOラボマニュアル基準に基づいて総運動率が検査項目となり、40%以上が正常を示す基準値となる。この他にも男性が受ける検査項目には、精液量、精子濃度、総精子数、前進運動率、正常精子形態率、白血球数、高度精子機能検査2(ORP検査(酸化ストレスレベル))などがある。
【0023】
そして、精子の運動性が低い場合は、精子無力症と診断される。精子無力症とは、精子運動率が40%以下、前進運動率が32%以下のことをいう。健常男性の精子運動率は、通常60%-80%で、この運動率が低下すると受精能が落ちると言われている。
【0024】
そこで、採精された精子の運動を活性化させるために、本実施の形態の精子運動活性化処理装置1を使った処置を行う。本実施の形態の精子運動活性化処理装置1は、
図1に示すように、水素水HWを貯留する貯水容器2と、採精された精子Sが貯留部31に収容される採精容器3とを備えている。
【0025】
貯水容器2は、水素水HWに溶解された水素分子(H2)を透過させることのない素材によって形成されていればよい。例えば、ステンレス、アルミニウム、アルミニウム合金などによって製作された貯水容器2であれば、水素を透過させてしまうことはない。
【0026】
貯水容器2の形状としては、例えば
図1及び
図6に示すように、円筒形に成形することができる。例えば、底のある円筒形の胴体部21に対して、開閉自在の蓋22を組み合わせた形態にすることができる。
【0027】
また、蓋22が処理中に開かないように、胴体部21に対して閉じられた蓋22は、留め具23によって固定される。処理中は、水素水HWに溶解された水素が放出されて、貯水容器2の内部の圧力が高まることになるので、留め具23によって蓋22をしっかりと固定させる。
【0028】
これに対して、採精容器3の少なくとも貯留部31は、水素水HWに溶解された水素分子(H2)の透過が可能な素材によって形成される。例えば、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート・ポリエステル(PET)、ポリエチレンなどが使用できる。
【0029】
要するに、水素を透過させることのない素材によって形成された貯水容器2の外には、内部に貯留された水素水HWの水素が漏れ出すことがない。他方、水素水HWの中に静置された採精容器3の貯留部31の壁は、水素水HWに溶解された水素のみを透過させる。この結果、貯水容器2の中に採精容器3を配置するだけで、貯留部31の精子Sを水素によって活性化させることができるようになる。
【0030】
以下では、採精容器3について詳述する。採精容器3は、
図2に示すように、精子Sを収容する貯留部31を有する容器本体32と、採精後に貯留部31を密閉空間にするための内蓋33とを備えている。
【0031】
容器本体32は、精子Sを収容する円錐状の内容器321と、内容器321の周囲を被覆する円筒状の外容器322とが一体に成形されている。ここでは、ポリプロピレンによって一体に成型された、透明又は半透明の容器本体32について説明する。
【0032】
一方、内蓋33も、ポリプロピレンによって截頭円錐状に成型されている。
図3に、容器本体32の内容器321の内側に、内蓋33を嵌め合わせた具体例の断面図を示した。内容器321のテーパー部分(截頭円錐形部分)の内周面と、内蓋33の外周面とは、ほぼ同じ形状であり、容器本体32の軸線に対するテーパー部分の傾斜角度は、10°から30°程度にすることができる。
【0033】
貯留部31は、内容器321の下部と内蓋33の底面に囲まれた空間が該当する。すなわち、内容器321において円筒状に形成される貯留部31より上部の截頭円錐状の内周面には、内蓋33の外周面が密着し、内蓋33の底面は、貯留部31の天井面となる。
【0034】
ここで、精子(精液)の1回の採精量は、3cc-10cc程度であることから、貯留部31の容積も、10ccより少し大きくなる程度に形成されていればよい。また、内容器321の内周面及び貯留部31の内面は、精液が壁面に付着しにくくなるように、鏡面加工が施されている。
【0035】
そして、内容器321の容積を小さくするように、内容器321の内部に挿入される内蓋33の上縁には、容器本体32の上縁に設けられたネジ溝と噛み合うネジ溝を有する把持部331が設けられる。把持部331の内側には、必要に応じてパッキンなどを設けてもよく、これによって精子Sの漏れや外気の侵入を防止する効果を高めることができる。
【0036】
この把持部331のネジ溝を、容器本体32のネジ溝にねじ込むと、容器本体32に対して内蓋33がしっかりと固定され、底のある円筒状の貯留部31と内蓋33の底面とに囲まれた空間に封入された精子Sは、空気に触れたり漏れたりすることなく医療機関まで運搬される。
【0037】
このようにして精子Sが収容される内容器321の周囲は、円筒状の外容器322によって覆われている。そして、運搬時には、外容器322の下面開口は下蓋34で塞がれ、容器本体32に装着された内蓋33の上面開口は、上蓋35で塞がれる。
【0038】
この結果、貯留部31の周囲には空気層が形成されることになる。すなわち、外容器322と内容器321との二重構造の隙間には、下蓋34によって空気が封入され、内蓋33の内空には、上蓋35によって空気が封入される。こうした空気層の断熱効果によって、貯留部31の温度変化を抑制することができる。
【0039】
ここで、上蓋35及び下蓋34は、
図4に示すように着脱自在であって、医療機関に到着後に、精子運動活性化処理を行ったり、精子Sを回収する際(
図8参照)には、取り外されるが、内容器321の外側が外容器322で覆われていることによって、貯留部31の保護性能を高めることができる。また、下蓋34を装着することによって、後述するように薄肉に形成される貯留部31の回収部311を保護することができる。
【0040】
貯水容器2に貯留される水素水HWについては、所定濃度が確保できるのであれば、どのようにして製造されたものであっても使用することができる。例えば、水素水HWは、水素濃度が3.5ppmから7ppm、好ましくは5ppmから7ppmとなるものを使用する。
【0041】
例えば、水素濃度7ppmの水素水HWを作る方法について、
図5を参照しながら説明する。常温で常圧下における水素分子(H
2)の水への溶解度(飽和濃度)は、1.6ppm(1.6mg/L)なので、これよりも濃度の高い水素水HWを製造するには、水に圧力をかけた状態にする必要がある。
【0042】
例えば、耐圧型ペットボトルなどの耐圧ボトル4に、試験管などの小管43を配置し、その中に水素発生剤41を入れる。小管43の上端は逆止弁44で塞ぎ、小管43の中には周囲の水が入らないようにする。
【0043】
また、耐圧ボトル4の内空の小管43の周囲には、精製水42を充填する。水素発生剤41に少量の水を加えると、化学反応を起こして水素ガスを発生することになるが、小管43の開口を逆止弁44で塞いでいるため、小管43の中から水素(H2)だけが上方に抜け出して、耐圧ボトル4の内部に充満されて精製水42が加圧されることになる。
【0044】
また、次々と発生する水素ガスによって、耐圧ボトル4の中では水素ガスの循環が起き、24時間程度静置することで、精製水42には超飽和濃度となる7ppm-10ppm(7mg/L-10mg/L)の水素分子が溶け込む。このとき、耐圧ボトル4の内部には、5気圧から6.5気圧程度の圧力が作用している。
【0045】
このようにして製造した水素水HWを貯留させる貯水容器2は、例えば
図6に示すような円筒状のステンレス容器によって形成される。貯水容器2は、処理中の温度変化を防ぐために、二重構造など保温性の高い構造となっていることが好ましい。
【0046】
また、貯水容器2の大きさとしては、直径が70mm-150mm程度、高さが110mm-160mm程度のものが使用できる。採精容器3の容器本体32が、直径50mm-100mm程度、高さが70mm-150mm程度の大きさとなるので、貯留する水素水HWの量に合わせて、貯水容器2の大きさを決めればよい。
【0047】
図7は、貯水容器2の中に採精容器3を配置し、水素水HWを貯留した状態を示している。この図に示すように、下蓋34と上蓋35を外した採精容器3に対しては、容器本体32の外容器322の下部に、必要に応じて切込み部322aを設けることで、水素水HWを外容器322内側にも回り込みやすくすることができる。この切込み部322aの形状は、図示では二等辺三角形状にしているが、この形状や大きさに限定されるものではなく、設ける数についても任意に設定することができる。また、外容器322に、予め切込み部322aの切り取り線を設けておき、切り取りやすくすることもできる。
【0048】
水素水HWは、内蓋33の内部にも充填されるので、切込み部322aを設けたことによる効果と併せて、水素水HWの中で採精容器3を安定させることができる。そして、このようにして貯水容器2の中に採精容器3を設置することで、精子Sが収容された貯留部31の全方向の周囲を水素水HWで充満させることができる。
【0049】
図8は、精子運動活性化処理後に貯水容器2から取り出された採精容器3から、精子Sを回収する処置の状況を示した説明図である。貯留部31となる内容器321の底部の中央には、回収部311が設けられている。
【0050】
回収部311は、精子Sを回収するシリンジ5の針51(カヌラ)によって穿孔しやすいように形成された円形の薄肉部である。回収部311は、例えば直径1mm程度で、厚さ0.1mm程度に周囲より薄肉にして形成される。
【0051】
次に、本実施の形態の精子運動活性化処理方法について、
図9に示したフローチャートを参照しながら説明する。
【0052】
ステップS1では、患者は自宅や医療機関の控室などで、採精容器3を使用して精子Sを採取する。採精容器3は、
図2に示すように、内容器321の上方の投入口が漏斗状に広がっているので、採精が行いやすい。
【0053】
下蓋34が付いた状態の容器本体32の内容器321に向けて射精された精子Sは、鏡面加工された内容器321の内周面に沿って流れ落ち、貯留部31に収容される。容器本体32が透明又は半透明であれば、精子Sが貯留部31に収容されていることや採精量を、患者自身が目視で簡単に確認することができる。
【0054】
患者は、採精後に素早く上蓋35が付いた状態の内蓋33を容器本体32に嵌め合わせて、ねじ込むことで容器本体32に内蓋33をしっかりと固定する。こうすることで、採精後の精子Sが空気に接触することがなくなり、酸化による精子Sの劣化を抑制することができる。
【0055】
採精容器3は、保管時や運搬時には、下蓋34と上蓋35とが容器本体32に嵌められていて、貯留部31の周囲に空気層が形成されている。この空気層の断熱効果によって、貯留部31に収容された精子Sの温度を、適度な温度に保つことができる。さらに運搬時には、採精容器3を発泡スチロールなどの断熱材によって形成された外部容器に収納したり、蓄熱材や保冷剤などで調整したりすることで、精子Sの保管に適した温度(例えば25℃から35℃程度)に保つことができる。蓄熱材等は、内蓋33と上蓋35とに囲まれた空間に入れることができる。
【0056】
このように温度変化が起きにくい状態にして、採精容器3は医療機関まで運搬される(ステップS2)。医療機関では、予め所定濃度の水素水(例えば水素濃度7ppmの水素水HW)と、貯水容器2が準備されている(ステップS3)。
【0057】
また、医療機関に持ち込まれた採精容器3に対しては、
図4に示すように、採精容器3から上蓋35と下蓋34を外し(ステップS4)、必要に応じて外容器322の下部には、切込み部322aを設ける(ステップS5)。
【0058】
ステップS6では、貯水容器2の蓋22を開いて、その中に採精容器3を入れる。また、
図5に示すように耐圧ボトル4で製造された水素水HWを、貯水容器2に注ぐ。この水素水HWには、高圧下で超飽和濃度となる7ppm-10ppmの水素分子が溶解されているが、溶解した水素分子は、貯水容器2に注いでもすぐには大気に放出されることはないので、
図7に示すように、所望する濃度の水素水HWの中に採精容器3を浸すことができる。
【0059】
水素水HWの充填後に貯水容器2の蓋22をして、留め具23で蓋22が開かないように固定したのちに、2時間、静置させる(ステップS7)。この静置させる時間は、1時間から2時間、あるいは2時間以上とすることができる。
【0060】
ここで、水素濃度7ppmの水素水HWの中に、採精容器3を2時間、静置したときの精子運動率(%)の変化について調べた実験結果を、
図10を使って説明する。精子Sは、検体差が大きいため、今回の実験では7つの検体を使用して実験を行った。グラフの横軸に記した「開始時」とは、採精直後の状態を示す。開始時においても、精子運動率は、検体によって30%から80%のばらつきを示している。
【0061】
続いて、水素水HWによる活性化処理の効果を明確にするために、精子Sの保管に適した温度(例えば25℃から35℃程度)よりも低い10℃で採精容器3に入れたままの状態にして、2時間、放置した。これは、採精後に医療機関まで運搬される間の様々な状態を想定しているとも言える。
【0062】
この10℃で2時間の放置によって、採精容器3に入れたままであっても、精子運動率は、すべての検体で10%以下に低下した。そこで、採精容器3ごと水素濃度7ppmの水素水HWの中に入れ、そのまま採精容器3を2時間静置させる処置を行った。
【0063】
この結果、7つの検体の中で、2つの検体(#3,#6)については、精子運動率の顕著な改善が見られた。詳細には、10%以下に低下した精子運動率が30%から40%に改善した。運搬時も精子Sの保管に適した温度に保たれていれば、水素水HWの処理により、正常値である40%以上の総運動率を達成できる検体が増えることが想定できる。
【0064】
そこで、条件を変えて、精子運動率(%)の違いを確認する実験を行った。その実験結果を
図11に示す。ここで、「パターン1」は、採精容器3に入れた精子Sを、10℃の環境下に2時間放置した後、さらに常温環境で2時間放置した精子Sの実験結果を示している。また、「パターン3」は、採精容器3を断熱性の高い外部容器に入れて、10℃の環境下に2時間放置した後、さらに常温環境で2時間放置した精子Sの実験結果を示している。
【0065】
一方、「パターン2」は、採精容器3に入れた精子Sを、10℃の環境下に2時間放置した後、上述した水素水HWによる処理を2時間行った精子Sの実験結果を示している。また、「パターン4」は、採精容器3を断熱性の高い外部容器に入れて、10℃の環境下に2時間放置した後、上述した水素水HWによる処理を2時間行った精子Sの実験結果を示している。
【0066】
すなわち、
図11の「パターン2」と「パターン4」が、水素濃度7ppmの水素水HWの中に採精容器3を2時間静置させる処置を行った結果を示している。実験は、それぞれのパターンで10の検体を使用して行い、
図11には、精子運動率(%)の最大値と最小値を示すとともに、中央値(0.5)の周囲の0.25-0.75の範囲を太くして示した。
【0067】
これらの結果を見ると、水素水HWによる処理(「パターン2」,「パターン4」)を行うことによって、精子運動率が全体的に高くなることが確認できた。また、水素水HWによる処理を行う前は、採精容器3に精子Sを保存しておくだけで、精子Sの運動率を再び活性化させることが充分に可能であることも確認できた(「パターン2」と「パターン4」との比較を参照)。
【0068】
ステップS8では、所定の時間、水素水HWによる処理を行った採精容器3を貯水容器2から取り出して、
図8に示すように、シリンジ5の針51を貯留部31の回収部311に挿し込んで、貯留部31に収容された精子Sをシリンジ5に回収する。この際、内蓋33は嵌めたままの状態で良いので、精子Sと外気との接触を避けることができ、精子Sの酸化やゴミ等の侵入を防ぐことができる。
【0069】
シリンジ5によって回収された精子Sは、スピリッツ管に移された後に、ろ過や調製などの精子処理がされて、人工授精(AIH)、体外受精(IVF)、顕微授精(ICSI)などの生殖補助医療(ART)に使用される(ステップS9)。
【0070】
次に、本実施の形態の精子運動活性化処理装置1及び精子運動活性化処理方法の作用について説明する。
このように構成された本実施の形態の精子運動活性化処理装置1は、水素水HWが貯留された貯水容器2の中に、水素水HWの水素の透過が可能な貯留部31を有する採精容器3を配置させることで、採精された精子Sが収容された貯留部31の周囲に水素水HWを充満させる。
【0071】
すなわち、患者が自宅などで採精に使用した採精容器3の貯留部31に収容されたままの状態の精子Sに対して、精子Sを取り出したときに起きる酸化やゴミ等の侵入などのリスクを負うことなく、水素水HWに溶解された水素分子により精子Sの運動を活性化させることができる。
【0072】
こうした精子Sの運動性の活性化処理は、取り扱いが容易な処理で、培養室で高度な専門知識を有する胚培養士が人工授精などの処置を始める前の段階から、行っておくことができる。要するに、生殖補助医療(ART)を行う前の医療機関に持ち込まれた時点から、精子Sを劣化させるリスクを伴うことなく、水素水HWによる精子Sの活性化処理を始めることができる。このため、精子Sの運動率を活性化させるための時間も、充分に確保することができ、前進運動性や前進運動する精子の移動距離などの運動性が向上した精子Sに対して、専門知識を有する者が人工授精などの処置を実施することができるようになる。
【0073】
特に、採精容器3が、採精がしやすいうえに、採精後に容積が小さい貯留部31に精子Sを収容できる形態のものであれば、運搬時や保管時の精子Sの劣化を抑制できるうえに、貯水容器2の中で水素水HWに接触する貯留部31の表面積を広くすることができ、水素による精子Sの運動性の活性化を、より促進させることができる。
【0074】
また、貯水容器2に貯留される水素水HWの水素濃度が高濃度であれば、精子運動率が増加する可能性を、より高めることができる。このように、採精、運搬及び水素水HWによる精子運動活性化処理に適した採精容器3の貯留部31は、ポリプロピレンによって形成することができる。
【0075】
そして、本実施の形態の精子運動活性化処理方法では、高濃度の水素水HWの中に、採精されたままの精子Sが貯留部31に収容された採精容器3を配置して、一定時間以上、静置させるだけで良い。このような簡単な処理で、精子Sの運動性を活性化させることができ、受精率を高めることが可能になる。
【0076】
以上、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成は、この実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本発明に含まれる。
【0077】
例えば、前記実施の形態では、具体的な採精容器3の形状を説明したが、これに限定されるものではなく、精子Sを収容する貯留部31が水素透過性の素材によって形成された採精容器であれば、そのまま貯水容器に入れて、水素水HWによって精子Sの運動性を活性化させることができる。
【0078】
また、前記実施の形態では、水素水HWを水素発生剤と耐圧ボトル4を使って製造する場合について説明したが、これに限定されるものではなく、市販されている水素水生成機などで製造された水素水や、市販されている水素水を使用することもできる。
【符号の説明】
【0079】
1 :精子運動活性化処理装置
2 :貯水容器
22 :蓋
3 :採精容器
31 :貯留部
32 :容器本体
321 :内容器
322 :外容器
33 :内蓋
HW :水素水
S :精子