(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022148544
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】軌道輪及びシャフト
(51)【国際特許分類】
F16C 33/58 20060101AFI20220929BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20220929BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20220929BHJP
F16C 19/26 20060101ALI20220929BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20220929BHJP
C21D 9/40 20060101ALN20220929BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
F16C33/58
C22C38/00 301N
C22C38/38
F16C19/26
F16C33/64
C21D9/40 A
C21D1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021050276
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保田 好信
【テーマコード(参考)】
3J701
4K042
【Fターム(参考)】
3J701AA13
3J701AA14
3J701AA24
3J701AA32
3J701AA42
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3J701XE01
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4K042AA14
4K042AA22
4K042BA03
4K042BA04
4K042CA06
4K042CA08
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC04
4K042DD02
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】耐表面疲労特性を改善することが可能な軌道輪を提供する。
【解決手段】軌道輪は、直径が1.5mm以上4.0mm以下かつ長さを直径で除した値が4以上10以下のころに接触する表面を有し、鋼製である。軌道輪は、表面にある表層部と、表層部の内側にある芯部とを備えている。表層部にある鋼中の窒素の含有量は、芯部にある鋼中の窒素の含有量よりも高い。表面からの距離が0.05mmとなる第1位置及び表面からの距離が0.20mmとなる第2位置において、鋼の硬さは、720Hv以上である。第1位置における鋼の硬さから第2位置における鋼の硬さを減じた値は、30Hv以下である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
直径が1.5mm以上4.0mm以下かつ長さを前記直径で除した値が4以上10以下のころに接触する表面を有する鋼製の軌道輪であって、
前記表面にある表層部と、
前記表層部の内側にある芯部とを備え、
前記表層部にある前記鋼中の窒素の含有量は、前記芯部にある前記鋼中の窒素の含有量よりも高く、
前記表面からの距離が0.05mmとなる第1位置及び前記表面からの距離が0.20mmとなる第2位置において、前記鋼の硬さは、720Hv以上であり、
前記第1位置における前記鋼の硬さから前記第2位置における前記鋼の硬さを減じた値は、30Hv以下である、軌道輪。
【請求項2】
前記表面にある前記鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量は、それぞれ、0.6重量パーセント以上0.9質量パーセント以下及び0.3質量パーセント以上0.8質量パーセント以下であり、
前記表層部にある前記鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量は、それぞれ、前記芯部にある前記鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量よりも高く、
前記芯部にある前記鋼中の炭素含有量は、0.15質量パーセント以上0.4質量パーセント以下であり、
前記鋼は、クロムと、マンガンと、シリコンと、モリブデンとを含有しており、
前記鋼中において、クロムの含有量は、0.5質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であり、
前記鋼中において、マンガンの含有量、シリコンの含有量及びモリブデンの含有量の合計は、1.0質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であり、
前記表面と前記鋼の硬さが653Hvとなる第3位置との間の距離は、0.25mm以上0.60mm以下である、請求項1に記載の軌道輪。
【請求項3】
前記芯部にある前記鋼中の残留オーステナイト量は、3体積パーセント以下である、請求項2に記載の軌道輪。
【請求項4】
前記表面にある前記鋼中の残留オーステナイト量は、25体積パーセント以上40体積パーセント以下である、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の軌道輪。
【請求項5】
表面を有する鋼製のシャフトであって、
前記表面にある表層部と、
前記表層部の内側にある芯部とを備え、
前記シャフトの直径は、6mm以上30mm以下であり、
前記表面からの距離が0.05mmとなる第1位置及び前記表面からの距離が0.20mmとなる第2位置において、前記鋼の硬さは、720Hv以上であり、
前記第1位置における前記鋼の硬さから前記第2位置における前記鋼の硬さを減じた値は、30Hv以下である、シャフト。
【請求項6】
前記表面にある前記鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量は、それぞれ、0.6重量パーセント以上0.9質量パーセント以下及び0.3質量パーセント以上0.8質量パーセント以下であり、
前記表層部にある前記鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量は、それぞれ、前記芯部にある前記鋼中の窒素含有量及び炭素含有量よりも高く、
前記芯部にある前記鋼中の炭素の含有量は、0.15質量パーセント以上0.4質量パーセント以下であり、
前記鋼は、クロムと、マンガンと、シリコンと、モリブデンとを含有しており、
前記鋼中において、クロムの含有量は、0.5質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であり、
前記鋼中において、マンガンの含有量、シリコンの含有量及びモリブデンの含有量の合計は、1.0質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であり、
前記表面と前記鋼の硬さが653Hvとなる第3位置との間の距離は、0.25mm以上0.60mm以下である、請求項5に記載のシャフト。
【請求項7】
前記芯部にある前記鋼中の残留オーステナイト量は、3体積パーセント以下である、請求項5又は請求項6に記載のシャフト。
【請求項8】
前記表面にある前記鋼中の残留オーステナイト量は、25体積パーセント以上40体積パーセント以下である、請求項5~請求項7のいずれか1項に記載のシャフト。
【請求項9】
前記シャフトは、遊星減速機用である、請求項5~請求項8のいずれか1項に記載のシャフト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軌道輪及びシャフトに関する。
【背景技術】
【0002】
特許第4423754号公報(特許文献1)には、軌道輪が記載されている。特許文献1に記載の軌道輪では、表面(軌道面)に対して浸炭浸窒処理が行われるとともに、焼入れが行われている。これにより、特許文献1に記載の軌道輪では、耐表面疲労特性が改善されている。
【0003】
特開2010-1521号公報(特許文献2)には、シャフトが記載されている。特許文献2に記載のシャフトは、遊星歯車機構用のピニオンシャフトである。特許文献2に記載のシャフトでは、表面(軌道面)に対して浸炭浸窒処理が行われるとともに、焼入れが行われている。これにより、特許文献2に記載のシャフトでは、耐表面疲労特性が改善されている。
【0004】
その他に、歯車や軸受部品の耐表面疲労特性を改善するための熱処理として、特許第4800444号公報(特許文献3)に記載の方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4423754号公報
【特許文献2】特開2010-1521号公報
【特許文献3】特許第4800444号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の軌道輪及び特許文献2に記載のシャフトは、耐表面疲労特性に改善の余地がある。
【0007】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、耐表面疲労特性を改善することが可能な軌道輪及びシャフトを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1態様に係る軌道輪は、直径が1.5mm以上4.0mm以下かつ長さを直径で除した値が4以上10以下のころに接触する表面を有し、鋼製である。軌道輪は、表面にある表層部と、表層部の内側にある芯部とを備えている。表層部にある鋼中の窒素の含有量は、芯部にある鋼中の窒素の含有量よりも高い。表面からの距離が0.05mmとなる第1位置及び表面からの距離が0.20mmとなる第2位置において、鋼の硬さは、720Hv以上である。第1位置における鋼の硬さから第2位置における鋼の硬さを減じた値は、30Hv以下である。
【0009】
本発明の第1態様に係る軌道輪では、表面にある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量が、それぞれ、0.6重量パーセント以上0.9質量パーセント以下及び0.3質量パーセント以上0.8質量パーセント以下であってもよい。表層部にある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量は、それぞれ、芯部にある鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量よりも高くてもよい。芯部にある鋼中の炭素含有量は、0.15質量パーセント以上0.4質量パーセント以下であってもよい。鋼は、クロムと、マンガンと、シリコンと、モリブデンとを含有していてもよい。鋼中において、クロムの含有量は、0.5質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であってもよい。鋼中において、マンガンの含有量、シリコンの含有量及びモリブデンの含有量の合計は、1.0質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であってもよい。表面と鋼の硬さが653Hvとなる第3位置との間の距離は、0.25mm以上0.60mm以下であってもよい。
【0010】
本発明の第1態様に係る軌道輪では、芯部にある鋼中の残留オーステナイト量が、3体積パーセント以下であってもよい。
【0011】
本発明の第1態様に係る軌道輪では、表面にある鋼中の残留オーステナイト量は、25体積パーセント以上40体積パーセント以下であってもよい。
【0012】
本発明の第2態様に係るシャフトは、表面を有し、鋼製である。シャフトは、表面にある表層部と、表層部の内側にある芯部とを備えている。シャフトの直径は、6mm以上30mm以下である。表層部にある鋼中の窒素の含有量は、芯部にある鋼中の窒素の含有量よりも高い。表面からの距離が0.05mmとなる第1位置及び表面からの距離が0.20mmとなる第2位置において、鋼の硬さは、720Hv以上である。第1位置における鋼の硬さから第2位置における鋼の硬さを減じた値は、30Hv以下である。
【0013】
表面にある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量は、それぞれ、0.6重量パーセント以上0.9質量パーセント以下及び0.3質量パーセント以上0.8質量パーセント以下である。芯部にある鋼中の炭素の含有量は、0.15質量パーセント以上0.4質量パーセント以下である。鋼は、クロムと、マンガンと、シリコンと、モリブデンとを含有している。鋼中において、クロムの含有量は、0.5質量パーセント以上3.0質量パーセント以下である。鋼中において、マンガンの含有量、シリコンの含有量及びモリブデンの含有量の合計は、1.0質量パーセント以上3.0質量パーセント以下である。
【0014】
本発明の第2態様に係るシャフトでは、芯部にある鋼中の残留オーステナイト量が、3体積パーセント以下であってもよい。
【0015】
本発明の第2態様に係るシャフトでは、表面にある鋼中の残留オーステナイト量が、25体積パーセント以上40体積パーセント以下であってもよい。本発明の第2態様に係るシャフトは、遊星減速機用であってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の第1態様に係る軌道輪及び本発明の第2態様に係るシャフトによると、耐表面疲労特性を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図5】サンプル1~サンプル4での外周面40aからの距離と鋼の硬さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態の詳細を、図面を参照しながら説明する。以下の図面では、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は繰り返さない。
【0019】
実施形態に係る転がり軸受(以下「転がり軸受100」とする)を説明する。転がり軸受け100は、針状ころ軸受である。転がり軸受100は、例えば、自動車の変速機(例えば、遊星減速機)に使用される転がり軸受である。但し、転がり軸受100は、自動車の変速機以外の用途に用いることができる。
【0020】
(実施形態に係る転がり軸受の構成)
図1は、転がり軸受100の断面図である。
図1に示されるように、転がり軸受100は、軌道輪10と、複数のころ20と、保持器30とを有している。転がり軸受100はシャフト40に取り付けられている。
【0021】
軌道輪10は、リング状である。軌道輪10の中心軸を、中心軸Aとする。中心軸Aの方向を、軸方向とする。中心軸Aを通り、かつ中心軸Aに直交している方向を、径方向とする。中心軸Aを中心とする円周に沿う方向を、周方向とする。
【0022】
軌道輪10は、端面10aと、端面10bと、内周面10cと、外周面10dとを有している。端面10a、端面10b、内周面10c及び外周面10dを、まとめて軌道輪10の表面とすることがある。
【0023】
端面10a及び端面10bは、軸方向における軌道輪10の端面を構成している。端面10bは、軸方向における端面10aの反対面である。
【0024】
内周面10cは、周方向に延在している。内周面10cは、中心軸A側を向いている。内周面10cの軸方向における一方端は、端面10aに連なっている。内周面10cの軸方向における他方端は、端面10bに連なっている。内周面10cは、軌道輪10の軌道面である。すなわち、軌道輪10は、内周面10cにおいて、ころ20と接触している。
【0025】
外周面10dは、周方向に延在している。外周面10dは、中心軸Aとは反対側を向いている。すなわち、外周面10dは、径方向における内周面10cの反対面である。外周面10dの軸方向における一方端は、端面10aに連なっている。外周面10dの軸方向における他方端は、端面10bに連なっている。
【0026】
軌道輪10は、鋼製である。より具体的には、軌道輪10は、焼入れ及び焼戻しが行われた鋼製である。軌道輪10を構成している鋼は、クロムと、マンガンと、シリコンと、モリブデンとを含有している。
【0027】
軌道輪10を構成している鋼中のクロムの含有量は、焼入れ性の向上及び炭化物析出による耐表面疲労特性の改善の観点から0.5質量パーセント以上であることが好ましい。軌道輪10を構成している鋼中のクロムの含有量は、鋼材コスト抑制の観点から3.0質量パーセント以下であることが好ましい。
【0028】
軌道輪10を構成している鋼中のマンガンの含有量、シリコンの含有量及びモリブデンの含有量の合計は、焼入れ性の向上及び耐熱性の向上の観点から1.0質量パーセント以上であることが好ましい。軌道輪10を構成している鋼中のマンガンの含有量、シリコンの含有量及びモリブデンの含有量の合計は、鋼材コスト抑制の観点から3.0質量パーセント以下であることが好ましい。
【0029】
図2は、軌道輪10の拡大断面図である。
図2に示されるように、軌道輪10は、表層部11と、芯部12とを有している。表層部11は、軌道輪10の表面にある軌道輪10の部分である。芯部12は、表層部11の内側にある軌道輪10の部分である。表層部11にある鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量は、それぞれ、芯部12にある鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量よりも大きい。すなわち、軌道輪10の表面には、浸炭浸窒処理が行われている。
【0030】
表層部11にある鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量は、軌道輪10の表面からの離れるにしたがって小さくなる。芯部12にある鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量は、位置によらずに一定である。そのため、軌道輪10の表面から深さ方向(軌道輪10の表面に直交している方向)に沿って順次鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量を測定し、測定された窒素の含有量及び炭素の含有量が一定になる位置が、表層部11と芯部12との境界になる。
【0031】
なお、軌道輪10の表面に対して浸炭処理が行われず、浸窒処理のみが行われている場合、表層部11にある鋼中の炭素の含有量及び芯部12にある鋼中の炭素の含有量は、同一である。そのため、この場合、軌道輪10の表面から深さ方向に沿って順次鋼中の窒素の含有量を測定し、測定された窒素の含有量が一定になる位置が、表層部11と芯部12との境界になる。
【0032】
軌道輪10の表面にある鋼中の窒素の含有量は、焼戻し軟化抵抗の向上及び残留オーステナイト量の増加による耐表面疲労特性の改善の観点から0.3質量パーセント以上であることが好ましい。軌道輪10の表面にある鋼中の窒素の含有量は、残留オーステナイト量が過多になることに伴う硬さ低下の抑制の観点から0.8質量パーセント以下であることが好ましい。
【0033】
軌道輪10の表面にある鋼中の炭素の含有量は、0.6質量パーセント以上0.9質量パーセント以下であることが好ましい。芯部12にある鋼中の炭素の含有量(すなわち、浸炭処理が行われる前における鋼中の炭素の含有量)は、加工性の向上及び残留オーステナイト量の低減による強度の確保の観点から0.15質量パーセント以上0.40質量パーセント以下であることが好ましい。
【0034】
軌道輪10を構成している鋼の残部は、鉄及び不可避不純物である。軌道輪10を構成している鋼中の各成分の含有量は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いて測定される。
【0035】
軌道輪10は、好ましくは、表1に示されている組成の第1鋼材、第2鋼材又は第3鋼材により形成されている。なお、第1鋼材は、JIS規格(JIS G 4053:2016)に定められているクロムモリブデン鋼であるSCM420に対応している。軌道輪10は、表1に示されている組成の第4鋼材により形成されていてもよい。なお、第3鋼材は、JIS規格(JIS G 4805:2018)に定められている高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2に対応している。
【0036】
【0037】
軌道輪10の表面からの距離が0.05mmである位置を、位置P1とする。軌道輪10の表面からの距離が0.20mmである位置を、位置P2とする。位置P1及び位置P2における鋼の硬さは、720Hv以上である。位置P1における鋼の硬さは、位置P2における鋼の硬さよりも大きい。位置P1における鋼の硬さから位置P2における鋼の硬さを減じた値は、30Hv以下であることが好ましい。
【0038】
鋼の硬さが653Hvとなる位置を、位置P3とする。位置P3は、位置P2よりも軌道輪10の表面から離れている。より具体的には、軌道輪10の表面と位置P3との間の距離は、0.25mm以上0.6mm以下であることが好ましい。
【0039】
なお、軌道輪10を構成している鋼の硬さは、JIS規格(JIS Z 2245:2009)に定められているビッカース硬さ試験法により測定される。
【0040】
軌道輪10の表面にある鋼中の残留オーステナイト量は、25体積パーセント以上40体積パーセント以下であることが好ましい。軌道輪10の表面にある鋼中の残留オーステナイト量は、30体積パーセント以上35体積パーセント以下であることがさらに好ましい。芯部12にある鋼中の残留オーステナイト量は、3体積パーセント以下であることが好ましい。
【0041】
鋼中の残留オーステナイト量は、X線回折法により測定される。より具体的には、鋼中の残留オーステナイト量は、鋼中のオーステナイトのX線回折ピークの積分強度と鋼中のその他の相のX線回折ピークの積分強度とを比較することにより測定される。
【0042】
図1に示されるように、ころ20は、針状(ニードル)ころである。ころ20は、軸方向に延在している。ころ20は、端面20aと、端面20bと、外周面20cとを有している。端面20a及び端面20bは、軸方向における端面である。端面20bは、軸方向における端面20aの反対面である。
【0043】
外周面20cは、周方向に延在している。外周面20cの軸方向における一方端は、端面20aに連なっている。外周面20cの軸方向における他方端は、端面20bに連なっている。ころ20は、外周面20cにおいて、内周面10cに接触している。複数の20は、周方向に沿って配列されている。ころ20は、外周面20cにおいてシャフト40に接触している。これにより、転がり軸受100は、シャフト40を中心軸A回りに回転可能に軸支する。
【0044】
ころ20の直径は、1.5mm以上4.0mm以下である。ころ20の長さをころ20の直径で除した値は、4以上10以下である。なお、ころ20の長さは、軸方向における長さ、すなわち、端面20aと端面20bとの間の距離である。
【0045】
ころ20は、例えば、鋼製である。ころ20を構成している鋼は、軌道輪10を構成している鋼と同一であってもよく、軌道輪10を構成している鋼と異なっていてもよい。保持器30は、軌道輪10とシャフト40との間に配置されている。保持器30は、複数のころ20を保持している。これにより、周方向において隣り合う2つのころ20の間の間隔が一定範囲内に保たれている。
【0046】
シャフト40は、軸方向に延在している。シャフト40の直径は、6mm以上30mm以下である。シャフト40は、外周面40aを有している。外周面40aは、周方向に延在している。シャフト40は、外周面40aにおいて、ころ20に接触している。すなわち、外周面40aは、シャフト40の軌道面である。シャフト40は、焼入れ及び焼戻しが行われた鋼製である。
【0047】
図3は、シャフト40の拡大断面図である。シャフト40は、表層部41と、芯部42とを有している。表層部41は、外周面40aにあるシャフト40の部分である。芯部42は、表層部41の内側にあるシャフト40の部分である。表層部41にある鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量は、それぞれ、芯部42にある鋼中の窒素の含有量及び炭素の含有量よりも大きい。すなわち、外周面40aには、浸炭浸窒処理が行われている。
【0048】
但し、外周面40aには、浸炭処理が行われていなくてもよい。この場合、表層部41にある鋼中の炭素の含有量は、芯部42にある鋼中の炭素の含有量と同一である。
【0049】
シャフト40を構成している鋼は、クロムと、マンガンと、シリコンと、モリブデンとを含有している。シャフト40を構成している鋼中のクロムの含有量は、0.5質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であることが好ましい。シャフト40を構成している鋼中のマンガンの含有量、シリコンの含有量及びモリブデンの含有量の合計は、1.0質量パーセント以上3.0質量パーセント以下であることが好ましい。
【0050】
外周面40aにある鋼中の炭素の含有量は、0.6質量パーセント以上0.9質量パーセント以下であることが好ましい。芯部42にある鋼中の炭素の含有量は、0.15質量パーセント以上0.40質量パーセント以下であることが好ましい。外周面40aにある鋼中の窒素の含有量は、0.3質量パーセント以上0.8質量パーセント以下であることが好ましい。シャフト40を構成している鋼の残部は、鉄及び不可避不純物である。
【0051】
シャフト40は、第1鋼材、第2鋼材又は第3鋼材により形成されていることが好ましい。シャフト40は、第4鋼材により形成されていてもよい。
【0052】
外周面40aからの距離が0.05mmである位置を、位置P4とする。外周面40aからの距離が0.20mmである位置を、位置P5とする。位置P4及び位置P5における鋼の硬さは、720Hv以上である。位置P4における鋼の硬さは、位置P5における鋼の硬さよりも大きい。位置P4における鋼の硬さから位置P5における鋼の硬さを減じた値は、30Hv以下であることが好ましい。
【0053】
鋼の硬さが653Hvとなる位置を、位置P6とする。位置P6は、位置P5よりも外周面40aから離れている。より具体的には、軌道輪10の表面と位置P3との間の距離は、0.25mm以上0.6mm以下であることが好ましい。
【0054】
外周面40aにある鋼中の残留オーステナイト量は、好ましくは、25体積パーセント以上40体積パーセント以下である。さらに好ましくは、外周面40aにある鋼中の残留オーステナイト量は、30体積パーセント以上35体積パーセント以下である。芯部42にある鋼中の残留オーステナイト量は、3体積パーセント以下であることが好ましい。
【0055】
<軌道輪10の製造方法>
図4は、軌道輪10の製造方法を示す工程図である。
図4に示されるように、軌道輪10の製造方法は、準備工程S1と、浸炭浸窒工程S2と、焼入れ工程S3と、焼戻し工程S4と、後処理工程S5とを有している。浸炭浸窒工程S2は、準備工程S1の後に行われる。焼入れ工程S3は、浸炭浸窒工程S2の後に行われる。焼戻し工程S4は、焼入れ工程S3の後に行われる。後処理工程S5は、焼戻し工程S4の後に行われる。
【0056】
準備工程S1では、加工対象部材が準備される。加工対象部材は、リング状である。加工対象部材は、例えば、鍛造及び旋削等の機械加工を行って素形材を軌道輪10に近い形状に成形することにより準備される。
【0057】
浸炭浸窒工程S2では、加工対象部材の表面に対する浸炭浸窒処理が行われる。浸炭浸窒処理は、熱処理ガス中において、加工対象部材を所定の熱処理温度に保持することにより行われる。熱処理ガスには、例えば、吸熱型変成ガス(RXガス)に窒素源となるガス(例えば、アンモニアガス)が添加されたものが用いられる。所定の熱処理温度は、例えば、加工対象部材を構成している鋼のA1変態点以上の温度である。なお、浸炭浸窒工程S2に代えて、浸窒処理のみが行われてもよい。
【0058】
なお、軌道輪10の表面にある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量並びに表層部11の深さは、熱処理ガス中の炭素ポテンシャル及び窒素ポテンシャル並びに保持時間により調整することができる。
【0059】
焼入れ工程S3では、加工対象部材に対する焼入れが行われる。焼入れは、加工対象部材を、加工対象部材を構成している鋼のA1変態点以上の温度で保持した後に加工対象部材を構成している鋼のMS変態点以下の温度に急冷することにより行われる。加工対象部材の急冷は、例えば、水冷又は油冷することにより行われる。
【0060】
焼戻し工程S4では、加工対象部材に対する焼戻しが行われる。焼戻しは、加工対象部材を、加工対象部材を構成している鋼のA
1変態点未満の温度で保持することにより行われる。後処理工程S5では、加工対象部材に対する後処理が行われる。この後処理には、加工対象部材の表面への機械加工(研削、研磨等)及び洗浄が含まれる。以上により、
図1及び
図2に示される構造の軌道輪10が製造される。
【0061】
(シャフト40の製造方法)
シャフト40の製造方法は、軌道輪10の製造方法と同様に、準備工程S1と、浸炭浸窒工程S2と、焼入れ工程S3と、焼戻し工程S4と、後処理工程S5とを有している。但し、シャフト40の製造方法は、準備工程S1において準備される加工対象部材の形状が、軌道輪10の製造方法と異なっている。
【0062】
(軌道輪10の効果)
自動車の変速機に使用される転がり軸受は、燃費向上のための潤滑油の低粘度化や潤滑油の供給量の減少により軌道面ところの表面との間に十分な油膜が形成されない状態で使用されることがある。特に、針状ころ軸受では、ころが細長い形状であり、ころの表面における加工精度が確保しにくいため、軌道面ところの表面との間に油膜が形成されにくくなる。その結果、針状ころ軸受では、軌道面ところの表面との金属接触により、ころの表面及び軌道面において疲労破壊が生じやすい。
【0063】
針状ころ軸受では、通常、軌道面ところの表面との最大接触面圧が3500MPa程度である。そのため、軌道面からの距離が最大0.10mm程度までの位置に、軌道面ところの表面との接触による最大せん断応力が加わることになる。この最大せん断応力は、軌道輪の耐表面疲労特性に影響する。
【0064】
軌道輪10では、位置P1と位置P2との間に、最大せん断応力が生じる位置が存在する。軌道輪10では、位置P1における鋼の硬さ及び位置P2における鋼の硬さが720Hv以上になっている。また、軌道輪10では、位置P1における鋼の硬さから位置P2における鋼の硬さを減じた値が、30Hv以下になっている。このように、軌道輪10では、最大せん断応力が生じる位置の近傍での鋼の硬さが十分に確保されているとともに、その硬さ分布の均一性が高いため、耐表面疲労特性が改善されている。
【0065】
位置P3と軌道輪10との表面からの距離を0.25mm以上0.60mm以下にしようとする場合には、炭素及び窒素の浸入深さを短くすることになる。そのため、位置P3と軌道輪10との表面からの距離を0.25mm以上0.60mm以下とすることで、浸炭浸窒工程S2の短時間化により製造コストを低減できる。
【0066】
芯部12にある鋼中の残留オーステナイト量が3体積パーセント以下である場合、残留オーステナイトのクリープによる軌道輪10の経時変化を抑制することができる。軌道輪10の表面にある鋼中の残留オーステナイト量が25体積パーセント以上40体積パーセント以下である場合には、硬質異物(摩耗粉等)が噛み込まれることにより軌道輪10の表面に形成された圧痕を起点とする疲労剥離が抑制されるため、耐表面疲労特性がさらに改善される。
【0067】
(シャフト40の効果)
シャフト40では、位置P4における鋼の硬さ及び位置P5における鋼の硬さが720Hv以上であり、かつ位置P4における鋼の硬さから位置P5における鋼の硬さを減じた値が30Hv以下であるため、耐表面疲労特性が改善されている。
【0068】
位置P6と外周面40aからの距離が0.25mm以上0.60mm以下になっている場合、浸炭浸窒工程S2の短時間化により製造コストを低減できる。
【0069】
芯部42にある鋼中の残留オーステナイト量が3体積パーセント以下である場合、残留オーステナイトのクリープによるシャフト40の経時変化(より具体的には、シャフト40の曲がり)を抑制することができる。外周面40aにある鋼中の残留オーステナイト量が25体積パーセント以上40体積パーセント以下である場合には、硬質異物が噛み込まれることにより外周面40aに形成された圧痕を起点とする疲労剥離が抑制されるため、耐表面疲労特性がさらに改善される。
【0070】
(実施例)
シャフト40の効果を確認するために、転動疲労試験を行った。転動疲労試験では、ころ20の直径が4mmとされ、ころ20の長さが19mmとされた。転動疲労試験では、シャフト40のサンプルとして、表2に示されるように、サンプル1~サンプル4が準備された。サンプル1は、第4鋼材により形成された。サンプル2は、第2鋼材により形成された。サンプル3は、第3鋼材により形成された。サンプル4は、第1鋼材により形成された。
【0071】
【0072】
サンプル1及びサンプル2に対する焼戻しは、180℃での保持により行われた。サンプル3に対する焼戻しは、160℃での保持により行われた。サンプル4に対する焼戻しは、170℃での保持によりで行われた。サンプル1に対しては、浸窒処理のみが行われた。サンプル2~サンプル4に対しては、浸炭浸窒処理が行われた。
【0073】
サンプル1では、外周面40aにある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量が、それぞれ1.0質量パーセント及び0.13質量パーセントであった。サンプル2では、外周面40aにある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量が、それぞれ0.80質量パーセント及び0.45質量パーセントであった。サンプル3では、外周面40aにある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量が、それぞれ0.65質量パーセント及び0.55質量パーセントであった。サンプル4では、外周面40aにある鋼中の炭素の含有量及び窒素の含有量が、それぞれ0.75質量パーセント及び0.55質量パーセントであった。
【0074】
サンプル1では、芯部42にある鋼中の残留オーステナイト量が13体積パーセントであった。サンプル2では、芯部42にある鋼中の残留オーステナイト量が2体積パーセントであった。サンプル3では、芯部42にある鋼中の残留オーステナイト量が4体積パーセントであった。サンプル4では、芯部42にある鋼中の残留オーステナイト量が2体積パーセントであった。
【0075】
図5は、サンプル1~サンプル4での外周面40aからの距離と鋼の硬さとの関係を示すグラフである。
図5に示されるように、サンプル1では、位置P4における鋼の硬さが756Hvであり、位置P5における鋼の硬さが751Hvであり、外周面40aから位置P6までの距離は0.6mmを超えていた。サンプル2では、位置P4における鋼の硬さが742Hvであり、位置P5における鋼の硬さが701Hvであり、外周面40aから位置P6までの距離は0.48mmであった。
【0076】
サンプル3では、位置P4における鋼の硬さが740Hvであり、位置P5における鋼の硬さが732Hvであり、外周面40aから位置P6までの距離は0.55mmであった。サンプル4では、位置P4における鋼の硬さが733Hvであり、位置P5における鋼の硬さが723Hvであり、外周面40aから位置P6までの距離は0.39mmであった。
【0077】
サンプル1、サンプル3及びサンプル4の転動疲労寿命(L10寿命)は、サンプル2の転動疲労寿命に対する倍率で評価した。サンプル1の転動疲労寿命は、サンプル2の転動疲労寿命の3.52倍であった。サンプル3の転動疲労寿命は、サンプル2の転動疲労寿命の7.89倍であった。サンプル4の転動疲労寿命は、サンプル2の転動疲労寿命の3.90倍であった。
【0078】
位置P4における鋼の硬さ及び位置P5における鋼の硬さが720Hv以上であることを、条件A1とする。位置P4における鋼の硬さから位置P5における鋼の硬さを減じた値が30Hv以上であることを、条件A2とする。外周面40aと位置P6との間の距離が0.25mm以上0.60mm以下であることを、条件Bとする。
【0079】
サンプル2は、条件A1及び条件A2を満たしていなかった。他方で、サンプル1、サンプル3及びサンプル4は、条件A1及び条件A2を満たしていた。この比較から、条件A1及び条件A2が満たされることにより、シャフト40の耐表面疲労特性が改善されることが実験的に明らかにされた。
【0080】
サンプル1、サンプル3及びサンプル4の曲がり量を、サンプル2の曲がり量の比率に対する倍率で評価した。サンプル1の曲がり量は、サンプル2の曲がり量の4.33倍であった。サンプル3の曲がり量は、サンプル2の曲がり量の2.66倍であった。サンプル4の曲がり量は、サンプル2の曲がり量の1.00倍であった。
【0081】
芯部42にある鋼中の残留オーステナイト量が3体積パーセント以下であることを、条件Cとする。サンプル2及びサンプル4では条件Cが満たされていたが、サンプル1及びサンプル3では条件Cが満たされていなかった。この比較から、条件Cが満たされることによりシャフト40の変形(曲がり)が抑制されることが実験的に明らかにされた。
【0082】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含むことが意図される。
【符号の説明】
【0083】
10 軌道輪、10a,10b 端面、10c 内周面、10d 外周面、11 表層部、12 芯部、20 ころ、20a,20b 端面、20c 外周面、30 保持器、40 シャフト、40a 外周面、41 表層部、42 芯部、100 転がり軸受、A 中心軸、P1,P2,P3,P4,P5,P6 位置、S1 準備工程、S2 浸炭浸窒工程、S3 焼入れ工程、S4 焼戻し工程、S5 後処理工程。