(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022148675
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】二次電池用正極活物質および前記正極活物質を用いたフッ化物イオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/58 20100101AFI20220929BHJP
H01M 10/36 20100101ALI20220929BHJP
C01C 3/11 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
H01M4/58
H01M10/36 A
C01C3/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021050442
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】517132810
【氏名又は名称】地方独立行政法人大阪産業技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100082072
【弁理士】
【氏名又は名称】清原 義博
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 誠
(72)【発明者】
【氏名】西村 崇
【テーマコード(参考)】
5H029
5H050
【Fターム(参考)】
5H029AJ02
5H029AJ12
5H029AK01
5H029AL04
5H029HJ02
5H050AA02
5H050AA15
5H050BA08
5H050CA01
5H050CB04
5H050HA02
(57)【要約】
【課題】
満足できる高い出力電圧が得られ、製造直後の状態で充電が可能であり、よって市場で入手可能である負極材料を用いて構成することができ、電解液の発火を回避できる高い安全性を有する、正極活物質および当該活物質を用いたフッ化物イオン二次電池を提供すること。
【解決手段】
一般式がM
xMo(CN)
8・yH
2Oで表される金属錯体であって、前記一般式においてMは、Fe,Co,Ni,Znからなる群から選択される1種であり、xおよびyは、それぞれ1.95<x<2.05および0≦y≦9の関係を満たし、フッ化物イオンを挿入種とする電気化学反応において酸化可能状態、すなわち充電可能状態にあることを特徴とする二次電池用正極活物質と、前記正極活物質を用いたフッ化物イオン二次電池。
【選択図】
図1(A)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式がMxMo(CN)8・yH2Oで表される金属錯体であって、前記一般式においてMは、Fe,Co,Ni,Znからなる群から選択される1種であり、xおよびyは、それぞれ1.95<x<2.05および0≦y≦9の関係を満たし、フッ化物イオンを挿入種とする電気化学反応において酸化可能状態、すなわち充電可能状態にあることを特徴とする二次電池用正極活物質。
【請求項2】
請求項1に記載の二次電池用正極活物質を用いたフッ化物イオン二次電池であって、当該フッ化物イオン二次電池は、
正極と、負極と、電解液と、セパレータとを備え、
前記正極は、前記二次電池用正極活物質を含み、
前記電解液は、フッ化物塩を溶解させた水溶液であり、
前記セパレータは、前記正極と前記負極の間に設けられている、
ことを特徴とするフッ化物イオン二次電池。
【請求項3】
前記電解液が前記セパレータに浸潤されて調製された密閉型電池であることを特徴とする請求項2に記載のフッ化物イオン二次電池。
【請求項4】
前記フッ化物塩は、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化ルビジウム、フッ化セシウムから選択される1種以上であることを特徴とする、請求項2または3に記載のフッ化物イオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池用正極活物質および前記正極活物質を用いたフッ化物イオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、単セル当たりの電圧が高く、また、エネルギー密度が高いことから、携帯用電子機器、電気自動車、電力貯蔵用電池など幅広い用途に用いられている。
リチウムイオン二次電池は、リチウムイオンと正極活物質との反応、および、リチウムイオンと負極活物質との反応を利用した二次電池である。同様にアルカリ金属イオンをキャリアとして使用したカチオンベースの電池として、リチウムと同じアルカリ金属であるナトリウムおよびカリウムを用いて、ナトリウムイオン二次電池およびカリウムイオン二次電池の開発が進められている。
リチウムイオン二次電池においては、正極と負極の2つの電極の間を行き来するリチウムイオンを収容するために、電極にインターカレーション反応と呼ばれる原理が使われている。インターカレーション反応型では、活物質の結晶構造の隙間にリチウムイオンが挿入され、蓄えられる。充電と放電を繰り返しても電極自体はあまり変化しないので、従来の電極溶解型二次電池で生じていた充放電の繰り返しによる電極の変形などの現象が抑制される。電極の変形を考慮して、必要以上に大きく設定されていた電極間距離を小さくできるので、電池自体をコンパクトな設計とすることができる。
【従来技術】
【0003】
[
リチウムイオン二次電池とシアノ金属酸塩]
リチウムイオン二次電池、ナトリウムイオン二次電池およびカリウムイオン二次電池の正極においてインターカレーションを実現する材料として、金属イオンがシアノ基で架橋された金属錯体(以下、シアノ金属酸塩)は有望な候補である。なぜならば、金属イオンがシアノ基で架橋されることにより、
図1(A)で示すジャングルジムのような三次元構造が形成され、該ジャングルジム構造の隙間に電荷キャリアを挿入することが可能となるからである。
【0004】
例えば、特許文献1は、鉄基シアノ金属酸塩からなる一般式AxMn[Fe(CN)6]y・zH2Oで表される電池用正極材を開示している。ここで、Aはアルカリカチオンおよびアルカリ土類のカチオン、x=1~2、y=0.5~1、z=0~3.5である。さらに特許文献1には、当該AxMn[Fe(CN)6]y・zH2Oを含む正極と、Aを含む有機電解液および、負極を用いて製作した二次電池の充放電特性が記載されている。それによれば、充電および放電特性には出力電圧がほぼ一定である単一のプラトー放電曲線が存在し、当該単一のプラトー放電曲線は、全放電容量の85%~15%の領域をカバーしていた。放電特性においては、前記単一プラトー曲線の85%の点において、当該二次電池は正極活物質1グラムあたり90ミリアンペア時(mAh/g)を超える放電容量を有していた。Aをナトリウムとし、NaxMn[Fe(CN)6]y・zH2Oを正極活物質として用い、有機電解液および負極を含む二次電池を試作したところ、1グラムあたり170ミリアンペア時(mAh/g)の大きな放電容量が得られ、このとき出力電圧は2~4.2Vであった。
【0005】
[リチウムイオン二次電池の高出力電圧化:リチウムイオン二次電池の第一の問題点]
電池のエネルギー密度を高めるためには、出力電圧をさらに高めることが有効な手段である。理論的にみれば、高い出力電圧を得るためには、正極と負極に用いられる材料の酸化還元電位の差をさらに大きくすればよい。これは、負極に酸化還元電位が低い酸化還元反応を示す物質を使用し、一方正極には酸化還元電位が高い酸化還元反応を示す物質を使用することで実現される。
【0006】
特許文献1に開示された発明では、シアノ基が配位した鉄錯イオン、もしくはマンガン錯イオンの下記酸化還元反応が正極活物質として使用され、充放電反応を担っている。
[MIII(CN)6]3- + e- ⇔ [MII(CN)6]4- (ここで、MはFe、Mnである)
この反応において、M(CN)6の酸化還元電位は高いほどよい。しかしながら、非特許文献1に開示されているとおり、Mが鉄Feの場合、酸化還元電位は+0.355V(対標準水素電極電位)、MがマンガンMnの場合-0.240V(対標準水素電極電位)であり、この電位は他のシアノ金属酸塩のそれと比べて決して高いとはいえない。
【0007】
上記酸化還元電位を改善するために、MをモリブデンMoとすることが考えられる。その理由は、下式で表されるシアノ基が配位したモリブデン錯イオンの酸化還元反応
[MoV(CN)8]3- + e- ⇔ [MoIV(CN)8]4-
の酸化還元電位は+0.725V(対標準水素電極電位)であることが非特許文献2に開示されており、前記鉄錯イオンやマンガン錯イオンの酸化還元電位と比較して高い電位であるからである。それゆえ、MにモリブデンMoを用いれば、鉄FeやマンガンMnを用いた場合に比べて、二次電池の出力電圧を高めることができ、結果としてエネルギー密度が高い二次電池が得られる可能性がある。
したがって、AxMn[Mo(CN)8]y・zH2Oのような材料(AはリチウムLi,ナトリウムNa,カリウムKのようなアルカリカチオンおよびアルカリ土類のカチオン)を合成することができれば、これをそのまま特許文献1に示された構成の二次電池に適用することで、出力電圧の向上を期待することができる。出願人はこのような材料の探索を鋭意行なったが、[Mo(CN)8]という構造を含み、AかつMnを含むような物質を発見することはできなかった。
【0008】
ただし、非特許文献3には、5価のモリブデンを含んだシアノ酸塩の例として、[Mn(H2O)][Mn(HCOO)2/3(H2O)2/3]3/4[Mo(CN)8]・H2Oが開示され、該物質にリチウムイオンやナトリウムイオンが可逆的に挿入脱離することが示されている。非特許文献3には、二次電池の試作例は示されていないが、当該物質には出力電圧向上の鍵となるモリブデン錯イオン骨格[Mo(CN)8]の構造が含まれ、リチウムイオンやナトリウムイオンのインターカレーション反応が可能であることから、当該モリブデン基シアノ酸塩を特許文献1に示された構成の二次電池に適用すれば、高い出力電圧を有するリチウムイオン二次電池が実現できる可能性がある。
【0009】
しかし、非特許文献3に開示された[Mn(H2O)][Mn(HCOO)2/3(H2O)2/3]3/4[Mo(CN)8]・H2Oには、欠点がある。第一に、一般にモリブデン基シアノ酸塩の原料は4価のモリブデンを含んだ化合物として得られるため、5価のモリブデンを含んだシアノ酸塩はあらかじめ酸化処理を施した原料物質を用いるなど煩雑な合成手順を要する。第二に、上記物質はリチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンを物質製造時に含んでいないので、上記モリブデン基シアノ酸塩を正極活物質として使用した場合、必然的に初回の反応は、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンを物質内に挿入させ、同時にモリブデンは電子を電極側から受け入れて5価から4価([MoV(CN)8]3- → [MoIV(CN)8]4-)へ還元される反応となる。これは初回の反応が放電であることを意味する。この場合、負極は同じく放電可能状態(還元状態)としておく必要がある。放電可能な負極材料として、例えば、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンを吸蔵したグラファイトなどが例示できる。しかしこのような化合物は市場で通常入手できず、かつ、大気中で不安定である。市場で通常入手できる負極活物質は酸化状態(充電可能状態)の物質に限られる。したがって、非特許文献3に開示された[Mn(H2O)][Mn(HCOO)2/3(H2O)2/3]3/4[Mo(CN)8]・H2Oを用いて、リチウムイオン二次電池を作製することは困難である。
【0010】
上記のように、モリブデン錯イオン骨格を含んだシアノ酸塩を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池は、理論的には作製可能と考えられる。
しかしながら、現実に作製するためには入手が困難で大気中で不安定な負極材料を要するなど、課題が多い。
【0011】
モリブデン錯イオン骨格[Mo(CN)8]を使用すればリチウムイオン二次電池の高電圧化が実現できる可能性が知られているにも関わらず、これが実現できないことが、リチウムイオン二次電池における「第一の問題点」である。
【0012】
[リチウムイオン二次電池の安全性:リチウムイオン二次電池の第二の問題点]
さらに、リチウムイオン二次電池に関して、構造上そして物性上どうしても避けられない「安全性が低い」という問題点がある。この問題は、リチウムイオン二次電池には、有機系の電解液を使用しなければならず、有機系の電解液は発火する可能性があることに起因している。
【0013】
リチウムイオン二次電池には本質的に有機系の電解液しか使用できない。これは、水系電解液を用いた場合、リチウムイオンが還元されて負極に吸蔵される反応よりも、水が還元されて水素が発生する反応の方が起こりやすいため、リチウムが負極に吸蔵されず、リチウムイオンを用いた電荷のやり取りが電極と電解液の間でできなくなるためである。
【0014】
次に有機電解液の発火する原因を述べる。リチウムイオン二次電池が過充電されると、負極内に吸蔵しきれなくなった金属リチウムが負極上に析出する現象が生じることがある。金属リチウムがセパレータを横切って成長して正極に到達した場合、電池内で内部短絡が引き起こされ、この内部短絡により発熱が起こる。この発熱により、有機系の電解液が発火しうる。
【0015】
さらに、正極活物質に酸化物系材料を用いた場合、高温時に正極活物質中の酸素原子が放出されることが知られている。放出された酸素原子は高活性であり、有機電解液と反応して燃焼を引き起こすことがある。
【0016】
このように、リチウムイオン二次電池は、非常に高い性能を有するにもかかわらず、安全性に関し、避けることのできない問題点を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】国際公開第2014/118854号公報
【特許文献2】特開2019-204775号公報
【特許文献3】特開2017-220301号公報
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Handbook of Chemical Equilibria in Analytical Chemistry, Wiley, New York,1985.
【非特許文献2】電気化学便覧第5版, 丸善, 東京,2020
【非特許文献3】Inorganic Chemistry, vol.52, pp.3772-3779, 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
[アニオンベース二次電池:第一および第二の問題を同時に解決する方法]
本出願人は、従来のリチウムイオン二次電池が抱えてきた上記の2つの問題について鋭意検討を行なった結果、第一の問題と第二の問題を同時に解決する方法を見出すに至った。
【0020】
すなわち、キャリアをカチオンではなくアニオンとし、水系の電解液を用いることである。
【0021】
第一の問題は、初回の反応が放電となる点である。電荷キャリアが正極に挿入される反応が、二次電池にとって充電となるためには、電荷キャリアをカチオンではなくアニオンとすればよい。
【0022】
第二の問題は、リチウムイオン二次電池の安全性が低い点である。これは電荷キャリアがカチオンであることに由来している。すなわち電荷キャリアがカチオンであった場合、電荷キャリアはリチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどであるため、必然的に電解液に有機溶媒を用いる必要があり、有機溶媒が燃える、といった危険性が存在する。
キャリアをカチオンではなくアニオンの中から選択し、かつ水系の電解液を用いることができれば、電解液の発火を回避できる可能性がある。
【0023】
[フッ化物イオン二次電池]
アニオンを電荷キャリアとするアニオンベースの二次電池として、フッ化物イオンの反応を利用したフッ化物イオン二次電池が研究されてきた。一般にアニオンはイオン半径が大きくインターカレーション反応には適さないとされてきたが、安定アニオンの中で最小のフッ化物イオンは、ナトリウムイオンやカリウムイオンと同程度の小さい原子半径を有しているため、インターカレーション型電極が有する分子構造の隙間に唯一自由に出入りできる。フッ化物イオンを用いることで、アニオンベースのインターカレーション型電極が実現できる可能性がある。
【0024】
特許文献2では、アルカリ金属、アルカリ土類金属、スカンジウム、イットリウム、およびランタノイドからなる群より選択される少なくとも1種の金属と、第1の遷移金属と、前記第1の遷移金属とは異なる第2の遷移金属と、フッ素と、を含有する金属フッ化物ならびに金属酸フッ化物が、フッ化物イオン電池の正極材料として示されている。特許文献2には、このような正極活物質を用いた場合、1グラムあたり165ミリアンペア時(mAh/g)の大きな放電容量を得られたこと、およびキャリア収納のメカニズムとして、インターカレーション反応が電極において生じているのではないかという推測が記載されている。
【0025】
また特許文献3では、層状ペロブスカイト構造を有する金属酸フッ化物An+1BnO3n+1-αFxからなる電池用正極材が開示されている。ここで、Aはアルカリ土類金属元素・希土類元素の少なくとも一方、Bは、Mn、Co、Ti、Cr、Fe、Cu、Zn、V、Ni、Zr、Nb、Mo、Ru、Pd、W、Re、Bi、Sbの少なくとも一つ、nは1又は2、0≦α≦3.5、0≦x≦5.5である。
特許文献3では、上記活物質には、充電によりフッ化物イオンがインターカレーション反応により挿入され、さらにその後、充電を続けると一部のO元素がF元素に置換され、その結果、高電位の新たな電極反応が生じること、さらに、この2段階の電極反応の結果、充電容量は1グラムあたり225ミリアンペア時(mAh/g)になることが開示されている。
【0026】
特許文献2および3にかかる二次電池は、インターカレーション反応によってフッ化物イオンが正極に挿入されることは記載されているが、正極はシアノ金属酸塩を含んでおらず、当然のことながらモリブデン錯イオン骨格[Mo(CN)8]の使用による出力電圧の改善もなされるには至っていない。
【0027】
また、特許文献2および3にかかる二次電池は、金属フッ化物を正極活物質として用いているが、これらは空気中で吸湿して容易に分解してしまうという使用上の欠点、さらに、該物質を合成する上で、フッ素気流あるいは不活性雰囲気中での燃焼を要するなど工程が多くなるという製造上の欠点を含む。
【0028】
特に、特許文献3に開示された金属酸フッ化物においては、酸素を含むこと、さらに、電解液には有機溶媒を用いることから燃焼、爆発の原因となり得る。すなわち、上述した第二の問題点の解決について認識されていない。
【0029】
このように、従来の技術にかかる二次電池においては、フッ化物イオンを電荷キャリアとして用いたインターカレーション型の二次電池は開示されているものの、いずれも上記第一の問題点および第二の問題点を同時に解決するものではない。
【0030】
本願発明者は鋭意研究した結果、モリブデン錯イオン骨格[Mo(CN)8]を含むモリブデン基シアノ金属酸塩を含む正極を用いるとともに、フッ化物イオンをキャリアとして用いることにより、上記第一の問題と第二の問題を解決することに成功した。すなわち、満足できる高い出力電圧が得られ、製造直後の状態で充電が可能であり、よって市場で入手可能である負極材料を用いて構成することができ、電解液の発火を回避できる高い安全性を有する正極活物質および当該正極活物質を用いたフッ化物イオン二次電池を提供することに成功した。
【課題を解決するための手段】
【0031】
請求項1による発明は、一般式がMxMo(CN)8・yH2Oで表される金属錯体であって、前記一般式においてMは、Fe,Co,Ni,Znからなる群から選択される1種であり、xおよびyは、それぞれ1.95<x<2.05および0≦y≦9の関係を満たし、フッ化物イオンを挿入種とする電気化学反応において酸化可能状態、すなわち充電可能状態にあることを特徴とする二次電池用正極活物質に関する。
【0032】
請求項2による発明は、請求項1に記載の二次電池用正極活物質を用いたフッ化物イオン二次電池であって、当該フッ化物イオン二次電池は、正極と、負極と、電解液と、セパレータとを備え、前記正極は、前記二次電池用正極活物質を含み、前記電解液は、フッ化物塩を溶解させた水溶液であり、前記セパレータは、前記正極と前記負極の間に設けられている、ことを特徴とするフッ化物イオン二次電池に関する。
【0033】
請求項3による発明は、前記電解液が前記セパレータに浸潤されて調製された密閉型電池であることを特徴とする請求項2に記載のフッ化物イオン二次電池に関する。
【0034】
請求項4による発明は、前記フッ化物塩は、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化ルビジウム、フッ化セシウムから選択される1種以上であることを特徴とする、請求項2または3に記載のフッ化物イオン二次電池に関する。
【発明の効果】
【0035】
請求項1に係る発明によれば、一般式がMxMo(CN)8・yH2Oで表される金属錯体であって、前記一般式においてMは、Fe,Co,Ni,Znからなる群から選択される1種であり、xおよびyは、それぞれ1.95<x<2.05および0≦y≦9の関係を満たし、フッ化物イオンを挿入種とする電気化学反応において酸化可能状態、すなわち充電可能状態にあることを特徴とする二次電池用正極活物質を含む正極を用いてフッ化物イオン二次電池を作製することで、従来のリチウムイオン二次電池が有していた、前記第一の問題と第二の問題を解決することができる。すなわち、満足できる高い出力電圧が得られ、当該フッ化物イオン二次電池の正極は製造直後に充電可能であり、よって市場で入手可能である負極材料を用いて負極を構成することができ、かつ爆発的な燃焼や、電解液の発火を回避できる高い安全性を有する二次電池を作製するのに必要な正極活物質を提供することができる。
本発明において、正極活物質が「充電可能状態である」とは正極活物質の酸化反応に伴う電荷補償反応のために、正極活物質中の結晶構造の空隙部に、フッ化物イオンなどの陰イオン(アニオン)が挿入できる余剰部が存在することを言う。
【0036】
請求項2に係る構成のフッ化物イオン二次電池は、正極と、負極と、電解液と、セパレータとを備え、前記正極は、前記二次電池用正極活物質を含むため、満足できる高い電圧を出力することができ、また、前記電解液はフッ化物塩を溶解させているため、初回の反応が充電となる。よって市場で入手可能である負極材料を用いて構成することができる。さらに、請求項2に係るフッ化物イオン二次電池は、溶媒に水を使用するため、有機電解液をはじめとする非水系の電解液を使用する必要はない。したがって万が一、発熱が生じた場合であっても、電解液が発火することは無く安全性が高い。
【0037】
請求項3に係る発明によれば、前記電解液が前記セパレータに浸潤されて調製された密閉型電池であることを特徴とする、実用性の高いコンパクトなフッ化物イオン二次電池が提供される。
【0038】
請求項4に係る発明によれば、前記電解液のフッ化物塩は、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化ルビジウム、フッ化セシウムから選択される1種以上である。これらのフッ化物塩は市場で容易に入手でき、大気中で安定である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1(A)】
図1(A)は本発明に係る一般式 M
xMo(CN)
8・yH
2Oで表される金属錯体の分子構造を示す模式図である。
【
図1(B)】
図1(B)は本発明に係るフッ化物イオン二次電池の正極活物質を含む正極にてフッ化物イオンが挿入される充電状態を示す模式図である。
【
図2(A)】
図2(A)は、本発明に係るフッ化物イオン二次電池の電荷キャリアの充電時の流れを示す模式図である。
【
図2(B)】
図2(B)は、本発明に係るフッ化物イオン二次電池の電荷キャリアの放電時の様子を示す模式図である。
【
図3(A)】
図3(A)は、本発明の実施例2に係るZn
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラム(実線)を示すグラフである。
【
図3(B)】
図3(B)は、比較例2に係るZn
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを示すグラフである。
【
図3(C)】
図3(C)は、比較例3に係るZnFe(CN)
6のサイクリックボルタモグラムを示すグラフである。
【
図4】本発明に係る実施例3の密閉型のフッ化物イオン二次電池の概略図である。
【
図5】本発明に係る実施例3の密閉型のフッ化物イオン二次電池の充放電特性を示すグラフである。
【
図6】本発明の実施例4に係るFe
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを示すグラフである。
【
図7】本発明の実施例5に係るCo
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを示すグラフである。
【
図8】本発明の実施例6に係るNi
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明に係る正極活物質および前記正極活物質を用いたフッ化物イオン二次電池の実施形態について、添付の図面を参照しつつ詳細に説明する。
【0041】
[実施の形態]
<1.正極活物質>
図1(A)は、本実施形態に係る一般式 M
xMo(CN)
8・yH
2Oで表される金属錯体(5)の分子構造を示す模式図である。該金属錯体にはMイオン(3)、モリブデンイオン(2)、シアノ基(4)が含まれる。電荷キャリアであるフッ化物イオン(1)は当該金属錯体(5)のジャングルジムのような立体(3次元)構造の隙間に挿入される。
一般的にアニオンはカチオンよりもイオン半径が大きいため、化合物中への挿入脱離は容易ではないが、フッ化物イオン(1)はカリウムイオンと同等のイオン半径であることから化合物中に挿入が可能である。
【0042】
図1(B)は、本実施形態に係る二次電池用正極活物質を含む正極の動作を模式的に示した図である。一般式M
xMo(CN)
8・yH
2Oで表される金属錯体中のモリブデン(2)が電子(6)を電極側に放出し4価から5価(Mo
4+→Mo
5+)へと酸化されるとともに、金属錯体中にフッ化物イオンが挿入される。
【0043】
<2.フッ化物イオン二次電池におけるキャリアの流れ>
図2(A)は、外部回路を含めた電荷キャリアの流れを示す図である。正極(11)から電子(6)が外部回路に流出すると同時にフッ化物イオン(1)が正極活物質に挿入される。正極(11)から放出された電子(6)は、正極(11)から外部回路に流出し、さらに外部回路を介して負極(12)に流入する。電子(6)が正極(11)から負極(12)に移動しているということは、電流(15)は負極(12)から正極(11)に流れていることを意味する。これは外部電源(16)を用いて二次電池を充電している状態に相当する。
【0044】
図2(A)に示すフッ化物イオン二次電池において、負極(12)には一般的な金属亜鉛電極を使用している。外部回路から負極(12)に流入した電子(6)は負極(12)において電解液中の亜鉛イオン(17)、または負極(12)の表面に析出しているフッ化亜鉛ZnF
2(19)から放出された亜鉛イオンと結合し亜鉛Znとなる。このとき、同時に、フッ化物イオン(1)が溶液中に放出される。
【0045】
図2(B)は、外部回路を含めた電荷キャリアの流れを示す図である。負極(12)から放出された電子(6)は、負極(12)から外部回路に流出し、さらに外部回路を介して正極に流入する。電子が負極(12)から正極(11)に移動しているということは、電流は正極(11)から負極(12)に流れていることを意味する。これは二次電池から負荷(18)に電流が流れている状態に相当する。
【0046】
図2(B)に示すフッ化物イオン二次電池において、負極(12)の金属亜鉛電極からは電子(6)が外部回路に出ていくと同時に、溶液中に亜鉛は亜鉛イオン(17)となって溶出する。溶出した亜鉛イオン(17)は直ちに、溶液中のフッ化物イオン(1)と結合してフッ化亜鉛ZnF
2(19)となって負極表面に析出する。フッ化亜鉛(19)の溶解度は極めて低いため、この反応は直ちに起こる。
【0047】
<3.密閉型のフッ化物イオン二次電池>
図4に、密閉型のフッ化物イオン二次電池(20)の概略図を示す。密閉型のフッ化物イオン二次電池は、正極(11)、負極(12)およびセパレータ(13)から成る。上部に正極(11)、下部に負極(12)が配され、正極(11)と負極(12)の間にはセパレータ(13)が存在している。セパレータ(13)には電解液(図示せず)が浸潤されている。前記正極(11)と前記負極(12)は、前記セパレータ(13)を介して接しており、前記正極(11)と、前記負極(12)と、前記電解液と、前記セパレータ(13)は同一領域に外装体(14)により密閉されている。
【0048】
<3-1.正極>
正極(11)は導電用基材に正極合材を固定したものである。該正極合材は、本実施形態に係る一般式MxMo(CN)8・yH2Oで表される金属錯体を含む正極活物質と、導電助剤および結着剤から作製される。
【0049】
<3-2.導電助剤>
本実施形態に用いられる導電助剤としては、カーボンブラック類、黒鉛類、カーボンナノチューブ(CNT)、気相成長炭素繊維(VGCF)などの炭素材料が好適に挙げられる。カーボンブラック類としては、アセチレンブラック、オイルファーネス、ケッチェンブラックなどが挙げられる。導電助剤は、1種単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。正極活物質と導電助剤との混合比は、特に制限はないが、正極における導電助剤の含有量は、正極に含まれる正極活物質の全質量に対し、1質量%~500質量%であることが好ましく、1質量%~300質量%であることがより好ましく、1質量%~200質量%であることがさらに好ましく、1質量%~150質量%であることが特に好ましい。
【0050】
<3-3.結着剤>
結着剤は、特に制限はなく、公知の結着剤として、高分子化合物が挙げられ、フッ素樹脂、ポリオレフィン樹脂、ゴム状重合体、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂(ポリアミドイミドなど)、および、セルロースエーテルなどが好ましく使用可能である。
【0051】
結着剤として具体的には、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ビニリデンフルオライド-ヘキサフルオロプロピレン系フッ素ゴム(VDF-HFP系フッ素ゴム)、ビニリデンフルオライド-ヘキサフルオロプロピレン-テトラフルオロエチレン系フッ素ゴム(VDF-HFP-TFE系フッ素ゴム)、ポリエチレン、芳香族ポリアミド、セルロース、スチレン-ブタジエンゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴム、エチレン-プロピレンゴム、スチレン-ブタジエン-スチレンブロック共重合体、その水素添加物、スチレン-エチレン-ブタジエン-スチレン共重合体、スチレン-イソプレン-スチレンブロック共重合体、その水素添加物、シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、プロピレン-α-オレフィン(炭素数2~12)共重合体、デンプン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルヒドロキシエチルセルロース、ニトロセルロース、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリロニトリルなどが挙げられる。
【0052】
結着剤は、1種単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。
【0053】
正極活物質と結着剤との混合比は、特に制限はないが、正極における結着剤の含有量は、正極に含まれる正極活物質の全質量に対し、1質量%~50質量%であることが好ましく、1質量%~25質量%であることがさらに好ましい。
【0054】
<3-4.正極集電体>
正極集電体としては、カーボンペーパー、ニッケル、ステンレス(SUS)などの導電性の材料を用いた箔、メッシュ、エキスパンドグリッド(エキスパンドメタル)、パンチドメタル、不織布、多孔体などが挙げられる。目開き、線径、メッシュ数、気孔率などは特に限定されず、従来公知のものを使用できる。
【0055】
正極集電体の形状は、特に制限はなく、所望の正極の形状に合わせて選択すればよい。例えば、箔状、板状などが挙げられる。
【0056】
<3-5.負極>
負極(12)は正極活物質よりも卑な電位で酸化還元するものであればよい。例えば、亜鉛Zn、スズSn、鉛Pbから成る群から選択される一種以上の金属を含む金属フッ化物が挙げられる。
【0057】
<3-6.セパレータ>
セパレータ(13)は、正極と負極とを物理的に隔絶して、内部短絡を防止する役割を果たす。セパレータ(13)には電解質が含浸され、電池反応を確保するために、フッ化物イオン透過性を有する。
【0058】
セパレータ(13)としては、例えば、樹脂製の多孔膜の他、不織布などが使用できる。セパレータは、多孔膜の層または不織布の層だけで形成してもよく、組成や形態の異なる複数の層の積層体で形成してもよい。積層体としては、組成の異なる複数の樹脂多孔層を有する積層体、多孔膜の層と不織布の層とを有する積層体などが好適に用いられるが、これに限られない。
【0059】
セパレータ(13)の材質は、電池の使用温度、電解質の組成などを考慮して選択できる。
【0060】
多孔膜および不織布を形成する繊維に含まれる樹脂としては、例えば、セルロースやニトロセルロースなどの誘導体;ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-プロピレン共重合体などのポリオレフィン樹脂;ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニレンサルファイドケトンなどのポリフェニレンサルファイド樹脂;芳香族ポリアミド樹脂(アラミド樹脂など)などのポリアミド樹脂;ポリイミド樹脂から成る群から選択される一種以上が採用される。ここで、当該樹脂は親水化処理が施されていてもよい。
【0061】
セパレータ(13)の形状や大きさは、特に限定されず、所望の電池の形状などに合わせて適宜選択すればよい。
【0062】
<3-7.電解液>
電解液は、水にフッ化物塩を溶解させることにより作製される。水はイオン交換水や超純水など不純物を除去した水が好ましい。電解液はフッ化物イオンを含むこと、正極活物質が溶解しない中性から弱アルカリ性であることが必要である。フッ化物塩は、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化ルビジウム、フッ化セシウムの少なくとも1つを含み得る。濃度は、1mol/L~13.5mol/Lであることが好ましく、5mol/L~13mol/Lであることがより好ましく、10mol/L~13mol/Lであることがさらに好ましい。また、負極活物質が電解液に溶出する場合は、あらかじめ負極活物質化合物を飽和させておいてもよい。
【0063】
上記フッ化物塩はリチウムイオン二次電池などで用いられるヘキサフルオロリン酸塩(LiPF6,NaPF6,KPF6)やテトラフルオロほう酸塩(LiBF4,NaBF4,KBF4)などと比較して、市場での入手性が高く、大気中での安定性が高い。
【0064】
本実施形態に係るフッ化物イオン二次電池は、溶媒に水を使用する。有機電解液をはじめとする非水系の電解液を使用する必要はない。したがって万が一、発熱が生じた場合であっても、電解液が発火することは無いので安全性が高い。
【実施例0065】
<実施例1:正極活物質の作製>
正極活物質(Zn2Mo(CN)8)を下記のように合成した。
【0066】
自製のオクタシアノモリブデン酸カリウムK4Mo(CN)8・2H2O、10gを超純水200mLに溶解させたモリブデン源溶液と、硫酸亜鉛(ZnSO4・7H2O、キシダ化学)60gを超純水200mLに溶解させた亜鉛源溶液とを混和し、得られた沈殿を水洗、濾過、乾燥させて正極活物質を合成した。本工程をZn工程とする。
【0067】
上記Zn工程において、硫酸亜鉛ZnSO4・7H2Oを、硫酸鉄FeSO4・7H2Oに変えることにより、Fe2Mo(CN)8を合成した。
【0068】
上記Zn工程において、硫酸亜鉛ZnSO4・7H2Oを、硫酸コバルトCoSO4・7H2Oに変えることにより、Co2Mo(CN)8を合成した。
【0069】
上記Zn工程において、硫酸亜鉛ZnSO4・7H2Oを、硫酸ニッケルNiSO4・6H2Oに変えることにより、Ni2Mo(CN)8を合成した。
【0070】
<実施例2:正極活物質Zn
2Mo(CN)
8を含む正極の評価>
実施例1において作製されたZn
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを実施した。正極を作用極とし、白金対極と、鉛|フッ化鉛参照極(以下、Pb|Pb
2+と表記)から構成される3極式電気化学セルに、電解液として10mol/Lのフッ化カリウム水溶液を満たし、仏国BioLogic社製ポテンシオスタットを用いてサイクリックボルタモグラムを行い、1.0V(Pb|Pb
2+)から1.6または1.65Vの電圧範囲における酸化還元応答を調べることで充放電特性を評価した。
結果を
図3(A)において実線で示す。
【0071】
約1.46Vと約1.31Vに対となる酸化ピークおよび還元ピークを確認した。この化合物が可逆的に酸化還元されること、すなわち充放電を行えることが判った。
【0072】
<比較例1:正極活物質を含まない正極の評価>
正極活物質Zn
2Mo(CN)
8を含まない正極合材スラリーをカーボンペーパーに塗布し正極を作製した。その他は、実施例2と同様な構成の評価装置にて前記正極のサイクリックボルタモグラムを実施した。
結果を
図3(A)において破線で示す。
【0073】
本結果において、酸化ピーク、還元ピークのいずれも確認されず、実施例2で確認された酸化ピークおよび還元ピークは、正極活物質Zn2Mo(CN)8によるものであることが判った。
【0074】
<比較例2:正極活物質Zn
2Mo(CN)
8を含む正極(電解液が硫酸カリウム水溶液の場合)の評価>
電解液に飽和硫酸カリウム水溶液を使用すること、参照極に水銀|酸化水銀電極を用いることの他は、実施例2と同様な構成の評価装置にてサイクリックボルタモグラムを実施した。
結果を
図3(B)に示す。
【0075】
本結果において、水の酸化にともなう微弱な酸化波は確認されたものの、対となる還元波が確認されなかった。これより、実施例2で確認された酸化ピークおよび、還元ピークにはフッ化物イオンの存在が必須であることが判った。
【0076】
<比較例3:正極活物質ZnFe(CN)
6を含む正極の評価>
本願発明の課題の一つは、高い二次電池の出力電圧を得ることであり、そのためにシアノ基が配位したモリブデン錯イオン骨格[Mo(CN)
8]を選んだのは前述のとおりである。そこで実施例2で得られた酸化ピークおよび還元ピークの電位が、当該モリブデン骨格に起因するものであるか否かを検証する必要がある。
この検証のため、比較例として、シアノ基が配位したモリブデン錯イオン骨格[Mo(CN)
8]の代わりにシアノ基が配位した鉄錯イオン骨格[Fe(CN)
6]からなるZnFe(CN)
6を合成した。次に、正極活物質Zn
2Mo(CN)
8をZnFe(CN)
6に変更した他は、その他の測定条件および評価装置は実施例2と同じにしてサイクリックボルタモグラムを実施した。
結果を
図3(C)に示す。
【0077】
1.09Vと0.95Vに対となる酸化ピークおよび還元ピークを確認した。正極活物質Zn2Mo(CN)8を用いた場合(実施例2)に比べて、酸化ピークおよび還元ピークの電位は両者とも0.36V低いことが判った。実施例2で得られた酸化ピークおよび還元ピークの電位はシアノ基が配位したモリブデン錯イオン骨格[Mo(CN)8]の寄与を含むことを示している。
すなわち、Zn2Mo(CN)8を主構造とする化合物を用いることで、ZnFe(CN)6を主構造とする化合物を用いた場合に比べて、正極の酸化還元電位を0.36V引き上げることができる。
さらに本実験結果は、当該モリブデン錯イオン骨格を用いた場合、他のシアノ配位錯イオン骨格を用いた場合に比べて、実際に高い二次電池の出力電圧が得られることを示している。
【0078】
<実施例3:密閉型のフッ化物イオン二次電池の作製>
密閉型のフッ化物イオン二次電池の作製方法を下記に示す。
【0079】
正極活物質として40重量部のZn2Mo(CN)8と、50重量部の導電助剤としてのデンカブラック(デンカ株式会社)と、10重量部の結着剤としてのポリフッ化ビニリデン(株式会社クレハ、#1100)とを、n-メチルピロリドン溶媒(固形分に対して3重量倍)で混和し、正極合材スラリーを作製した。当該正極合材スラリーを正極集電体であるカーボンペーパー(東レ株式会社、TGP-H090)に塗布、乾燥させて正極を作製した。
【0080】
負極は、亜鉛金属箔を、負極集電体としてカーボンペーパーに固定することによって作製した。
【0081】
前記正極作成手順にて作製した正極と負極とを、セパレータの親水化ポリオレフィン不織布を介して積層させ、ラミネートフィルム内に電解液の10mol/Lのフッ化カリウム水溶液(フッ化亜鉛飽和)とともに封入して密閉型のフッ化物イオン二次電池を作製した。
密閉型のフッ化物イオン二次電池の概略図を
図4に示す。
【0082】
ポテンシオスタット(前出)を用いて、得られた密閉型のフッ化物イオン二次電池の充放電試験を行った。
結果を
図5に示す。
【0083】
充電曲線より求められる充電の中間電圧は1.6Vであり、放電曲線より求められる放電の中間電圧は1.15Vであり、正極活物質1グラム当たりの放電容量は40mAh/gであった。
【0084】
<実施例4:正極活物質Fe
2Mo(CN)
8を含む正極の評価>
正極活物質Zn
2Mo(CN)
8をFe
2Mo(CN)
8に変更した他は、実施例2と同様な評価装置および条件にてFe
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを実施した。
結果を
図6に示す。
【0085】
1.37Vに極大を持つ酸化ピークと1.2Vから1.3Vに平坦部を有する還元ピークの対を確認した。Fe2Mo(CN)8が可逆的に酸化還元されること、すなわち充放電を行えることが判った。
【0086】
<実施例5:正極活物質Co
2Mo(CN)
8を含む正極の評価>
正極活物質Zn
2Mo(CN)
8をCo
2Mo(CN)
8に変更した他は、実施例2と同様な評価装置および条件にてCo
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを実施した。
結果を
図7に示す。
【0087】
1.35Vと1.48Vに2つの極大を持つ酸化ピークと1.31Vに極大を持つ還元ピークの対を確認した。Co2Mo(CN)8が可逆的に酸化還元されること、すなわち充放電を行えることが判った。
【0088】
<実施例6:正極活物質Ni
2Mo(CN)
8を含む正極の評価>
正極活物質Zn
2Mo(CN)
8をNi
2Mo(CN)
8に変更した他は、実施例2と同様な評価装置および条件にてNi
2Mo(CN)
8のサイクリックボルタモグラムを実施した。
結果を
図8に示す。
【0089】
1.47Vに極大を持つ酸化ピークと1.39Vに極大を持つ還元ピークの対を確認した。Ni2Mo(CN)8が可逆的に酸化還元されること、すなわち充放電を行えることが判った。
満足できる高い出力電圧が得られ、製造直後の状態で充電が可能であり、よって市場で入手可能である負極材料を用いて構成することができ、電解液の発火を回避できる高い安全性を有する、正極活物質および当該活物質を用いたフッ化物イオン二次電池とすることができる。