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特開2022-148804ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022148804
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20220929BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 A
B23K35/30 320A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021050622
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】岩上 友勝
(72)【発明者】
【氏名】大村 大輔
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA03
4E084AA09
4E084AA17
4E084AA18
4E084AA20
4E084AA21
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA05
4E084BA09
4E084BA10
4E084BA11
4E084BA12
4E084BA18
4E084BA29
4E084CA03
4E084CA23
4E084CA24
4E084CA25
4E084DA10
4E084EA06
4E084FA12
4E084HA06
(57)【要約】
【課題】低入熱の溶接条件から大入熱で高パス間温度のような高能率の溶接条件で溶接をしても、良好な機械的性質を有する溶接金属を得ることができ、アークが安定して溶接作業性に優れるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.04~0.10%、Si:0.4~1.4%、Mn:1.7~2.5%未満、Mo:0.6~1.0%、Cu:0.05~0.5%、Ti:0.1~0.4%、B:0.0015~0.010%を含有し、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、F換算値の合計:0.005~0.10%、SiO換算値の合計:0.01~0.2%、NaO換算値とKO換算値の合計:0.02~0.14%を含有することを特徴とする。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
C:0.04~0.10%、
Si:0.4~1.4%、
Mn:1.7~2.5%未満、
Mo:0.6~1.0%、
Cu:0.05~0.5%、
Ti:0.1~0.4%、
B:0.0015~0.010%を含有し、
さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、
金属弗化物:F換算値の合計で0.005~0.10%、
Si酸化物:SiO換算値の合計で0.01~0.2%、
Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:NaO換算値とKO換算値の合計で0.02~0.14%を含有し、
残部が鋼製外皮のFe、成分調整のために添加する鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、
Al及びMgの一方または両方の合計:0.25%以下をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低入熱の溶接条件から大入熱・高パス間温度の高能率の溶接条件で溶接をしても、良好な機械的性質を有する溶接金属を得ることができ、高電流の溶接においてもアークが安定してスパッタ発生量が少なく溶接作業性に優れるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
造船及び建築鉄骨等の分野では、鋼構造物の高能率な溶接施工法としてソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接が多用されている。適用される溶接条件は高電流で30~40kJ/cmの大入熱溶接となり、さらに、各溶接パスの時間を短くしてなるべく連続的に溶接を行おうとすると、高パス間温度となる。近年、さらなる溶接効率向上のため、さらに40kJ/cmを超える大入熱・高パス間温度での溶接に移行しつつあるが、溶接金属には所定の強度と靭性を有することが必要である。しかしながらこのような大入熱、高パス間温度で溶接した場合、溶接金属の機械的性質は劣化する傾向にあり、健全な溶接継手が得られないとともに、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを用いて高電流で溶接をすると大粒のスパッタが多く発生し、溶接作業性も著しく劣化するという問題がある。
【0003】
これらの問題を解決する手段として、大入熱・高パス間温度での溶接において、優れた機械的性質を有する溶接金属を得られる溶接用ソリッドワイヤとして、Ti-B系の溶接材料の提案がいくつかなされている。例えば、特許文献1には、C、Si、Mn、Ti及びMgまたはAlの1種類以上を含有し、B、Cu、Ni、Cr、Moを所定量含む溶接用ソリッドワイヤの提案がされている。
【0004】
また、特許文献2には、C、Si、Mn,Ti、Al、Cu、Mo、Bを含有し、さらにNiを所定量含有し、Nを一定量以下に制限し、さらにKを所定量含む溶接用ソリッドワイヤが提案されている。しかし、これら特許文献1及び特許文献2に開示された溶接用ソリッドワイヤは、溶接入熱量が40kj/cmまでの大入熱・高パス間溶接条件で溶接した場合、溶接金属の強度および靭性は優れた性質を得られるが、横向姿勢溶接等の溶接入熱量20kJ/cm程度の低入熱の溶接条件の場合、溶接金属は強度が過多になるなど、所定の機械的性質を満足できない。
【0005】
また、特許文献3には、C、Si、Mn、Mo、Ti、B、Cu、Ni及びCrを適量含有することによって、低入熱から高入熱・高パス間温度の溶接を行っても溶接金属の強度及び靭性が得られる溶接用ソリッドワイヤの開示がある。しかし、特許文献3に開示された溶接用ソリッドワイヤにおいても溶接入熱量が40kJ/cmを超える大入熱で高パス間温度の溶接条件においては、溶接金属の強度及び靭性が得られず、溶接時のスパッタ発生量が多くなるという問題がある。
【0006】
高電流での溶接で問題となる、スパッタ発生量が少ないガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤの開発が行われており、例えば特許文献4には、希土類元素を含有し、ワイヤ表面に固形潤滑剤を有し、さらに固形潤滑剤の外周面に液体潤滑剤皮膜を有することによって、スパッタ発生量が少なく、かつワイヤ送給性を良好にする技術が開示されている。
【0007】
また、特許文献5には、2種類以上のアルカリ金属を含侵させたアルカリ金属含侵部をワイヤ表層下に形成させることによってスパッタ発生量を低減できるガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤが開示されている。しかし、ガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤを用いた大電流溶接では、発生するスパッタ自体が多いので、たとえワイヤ送給性が良好になってもスパッタ発生量を十分に低減できず、またビード外観・形状も改善できないという問題があった。
【0008】
一方、大入熱・高パス間温度の溶接施工条件で溶接金属の強度及び靭性を確保しつつ、溶接作業性が良好なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤとして、例えば特許文献6や特許文献7には、大入熱・高パス間温度の溶接施工条件の下で、良好な溶接作業性が得られるとともに、機械的性質が優れた溶接金属が得られるフラックス入りワイヤが開示されている。しかし、これらのフラックス入りワイヤにおいても、溶接入熱量が40kJ/cmを超える高入熱で高パス間温度の溶接施工条件では溶接金属の強度及び靭性が得られないという問題があった。また、後者はスラグ生成量も多くなるので、スラグ巻き込みなどの溶接欠陥が発生しやすくなるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008-142726号公報
【特許文献2】特開2004-237361号公報
【特許文献3】特開2003-136281号公報
【特許文献4】特開2005-169415号公報
【特許文献5】特開2009-255142号公報
【特許文献6】特開2005-279683号公報
【特許文献7】特開2015-205303号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、溶接入熱量20kJ/cm程度の低入熱の溶接条件から溶接入熱量60kJ/cmの大入熱で高パス間温度のような高能率の溶接条件で溶接をしても、溶接欠陥が生じることなく良好な機械的性質を有する溶接金属を得ることができ、高電流の溶接でもアークが安定してスパッタ発生量が少なく溶接作業性に優れるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、溶接入熱量20kJ/cm程度の低入熱の溶接条件から溶接入熱量60kJ/cmの大入熱で高パス間温度のような高能率の溶接条件で溶接をしても、溶接欠陥が生じることなく良好な機械的性質を有する溶接金属を得ることができ、高電流の溶接でもアークが安定してスパッタ発生量が少ない等の溶接作業性に優れるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成について詳細に検討した。
【0012】
その結果、溶接入熱量20kJ/cm程度の低入熱の溶接条件、高電流の溶接施工条件及び溶接入熱量60kJ/cmの大入熱・高パス間温度の溶接施工条件においても溶接欠陥が生じることなく、溶接金属の適正な強度と安定した靱性を達成するためには、ワイヤ中のスラグ生成剤である酸化物を極力減らし、合金成分のC、Si、Mn、Cu及びTiのそれぞれの適量化が有効であることを見出した。
【0013】
また、ワイヤ中のMo、B量を適量にすることにより、溶接入熱量60kJ/cmの大入熱で高パス間温度の溶接施工条件においても、溶接金属の靱性を低下させることなく所定の引張強さを有する溶接金属を得られることを見出した。
【0014】
さらに、ワイヤ中のAl及びMgを適量にすることにより、溶接金属の靭性をさらに良好にすることも見出した。
【0015】
また、溶接作業性は、C、Ti、金属弗化物のF換算値の合計及びNa酸化物及びK酸化物のNaO換算値とKO換算値の合計を適量とすることでアークを安定化させてスパッタ発生量を低減させ、Si酸化物のSiO換算値の合計を適量とすることでビード外観・形状を良好にできることを見出した。
【0016】
すなわち、本発明の要旨は、鋼製外皮にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、C:0.04~0.10%、Si:0.4~1.4%、Mn:1.7~2.5%未満、Mo:0.6~1.0%、Cu:0.05~0.5%、Ti:0.1~0.4%、B:0.0015~0.010%を含有し、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、フラックス中に、金属弗化物:F換算値の合計で0.005~0.10%、Si酸化物:SiO換算値の合計で0.01~0.2%、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:NaO換算値とKO換算値の合計で0.02~0.14%を含有し、残部が鋼製外皮のFe、成分調整のために添加する鉄粉、鉄合金粉のFe分及び不可避不純物からなることを特徴とする。
【0017】
また、ワイヤ全質量に対する質量%で、鋼製外皮とフラックスの合計で、Al及びMgの一方または両方の合計:0.25%以下をさらに含有することも特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにある。
【発明の効果】
【0018】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、溶接入熱量20kJ/cm程度の低入熱の溶接条件から溶接入熱量60kJ/cmの大入熱で高パス間温度のような高能率の溶接施工条件で溶接をしても、溶接欠陥が生じることなく良好な機械的性質を有する溶接金属を得ることができ、高電流の溶接でもアークが安定してスパッタ発生量が少なく、ビード外観・形状が良好であるなどの溶接作業性に優れる等、高品質な溶接部を高能率に得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を適用したガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの成分組成及びその含有量と、各成分組成の限定理由とについて説明する。なお、各成分組成の含有量は、質量%で表すものとし、その質量%に関する記載を単に%と記載して表すこととする。
【0020】
[鋼製外皮とフラックスの合計でC:0.04~0.10%]
Cは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。Cが0.04%未満であると、大入熱・高パス間温度の溶接施工条件で十分な溶接金属の強度が得られない。一方、Cが0.10%を超えると、溶接金属の強度が高くなり靱性が低下する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でCは0.04~0.10%とする。なお、Cは鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属粉及び合金粉末等から添加できる。
【0021】
[鋼製外皮とフラックスの合計でSi:0.4~1.4%]
Siは、脱酸剤であり溶接金属の酸素量を調整する。またSiは、溶接金属の強度を向上させる効果がある。Siが0.4%未満であると、脱酸不足となり溶接金属の強度が低く、靱性が低下する。一方、Siが1.4%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靱性が安定して得られない。またSiが1.4%を超えると、溶接時に生成するスラグ量が増加してスラグ巻込み等の溶接欠陥が発生しやすくなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でSiは0.4~1.4%とする。なお、Siは鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスから金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加できる。
【0022】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMn:1.7~2.5%未満]
Mnは、大入熱・高パス間温度の溶接施工条件で溶接金属の靱性及び強度を向上させる効果がある。Mnが1.7%未満であると、大入熱・高パス間温度の溶接施工条件で溶接金属の強度が低くなり靱性が低下する。一方、Mnが2.5%以上になると、低入熱の溶接施工で溶接金属の強度が高くなり、靱性が安定して得られない。また、Mnが2.5%以上になると、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にスラグ量が多くなり、スラグ巻込み等の溶接欠陥が発生しやすくなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でMnは1.7~2.5%未満とする。なお、Mnは、鋼製外皮に含まれる成分の他、金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等の合金粉末から添加できる。
【0023】
[鋼製外皮とフラックスの合計でMo:0.6~1.0%]
Moは、Mnが前述の範囲内で、大入熱・高パス間温度の溶接施工条件において、溶接金属の強度を確保するうえで重要である。Moが0.6%未満であると、大入熱・高パス間温度の溶接施工条件で溶接金属の強度が低くなる。一方、Moが1.0%を超えると、低入熱の溶接施工条件で溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が安定して得られない。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でMoは0.6~1.0%とする。なお、Moは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Mo粉から添加できる。
【0024】
[鋼製外皮とフラックスの合計でCu:0.05~0.5%]
Cuは、析出強化作用を有し、変態温度を低下させ溶接金属の組織を微細化して靭性を安定させる効果がある。Cuが0.05%未満であると、この効果が得られず、安定した溶接金属の靭性が得られない。一方、Cuが0.5%を超えると、析出脆化が生じて溶接金属の靭性が低下し、また高温割れが生じやすくなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でCuは0.05~0.5%とする。なお、Cuは、鋼製外皮に含まれる成分及び鋼製外皮表面に施したCuめっき分の他、フラックスからの金属Cu、Fe-Si-Cu等の合金粉から添加できる。
【0025】
[鋼製外皮とフラックスの合計でTi:0.1~0.4%]
Tiは、特に高電流での溶接及び大入熱・高パス間温度での溶接施工時にアークを安定にし、脱酸剤として作用するとともに、溶接金属中にTiの微細酸化物を生成し溶接金属の靭性をより向上させる効果がある。Tiが0.1%未満であると、この効果が得られず、高電流での溶接及び大入熱・高パス間温度での溶接施工時にアークが不安定になるとともに溶接金属の靭性が低下する。一方、Tiが0.4%を超えると、溶接金属中にTiの析出物が多くなり、靭性が低下する。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でTiは0.1~0.4%とする。なお、Tiは、鋼製外皮に含まれる成分の他、フラックスからの金属Ti、Fe-Ti等の合金粉から添加できる。
【0026】
[鋼製外皮とフラックスの合計でB:0.0015~0.010%]
Bは、大入熱・高パス間温度での溶接施工条件において、溶接金属の結晶粒界に生成する粒界フェライトの生成を抑制し靭性を向上させる効果がある。Bが0.0015%未満であると、大入熱・高パス間温度での溶接施工条件で溶接金属の靭性が低下する。一方、Bが0.010%を超えると、高温割れが発生しやすくなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でBは0.0015~0.010%とする。なお、Bは、鋼製外皮に含まれる成分の他、Fe-Si-B、Fe-Mn-B等の合金粉から添加できる。
【0027】
[フラックス中の金属弗化物:F換算値の合計:0.005~0.10%]
金属弗化物は、アークを集中させて安定させる効果がある。金属弗化物のF換算値の合計が0.005%未満では、この効果が得られず、アークが不安定でスパッタ発生量が多くなる。一方、金属弗化物のF換算値の合計が0.10%を超えると、アークが強くて不安定になり、スパッタ発生量が多くなる。従って、フラックス中に含有する金属弗化物のF換算値の合計は0.005~0.10%とする。なお、金属弗化物は、フラックスからのCaF、NaF、LiF、MgF、KSiF、NaAlF、AlF等から添加でき、F換算値はそれらに含有されるFの含有量の合計である。
【0028】
[フラックス中のSi酸化物:SiO換算値の合計:0.01~0.2%]
フラックス中のSi酸化物は、溶融スラグの粘性を高めてスラグ被包性を向上させてビード止端部のなじみを良好にし、ビード外観・形状を良好にする効果がある。Si酸化物のSiO換算値の合計が0.01%未満であると、溶接ビードの止端部のなじみが悪くなり、ビード外観・形状が悪くなる。一方、Si酸化物のSiO換算値の合計が0.2%を超えると、溶接金属中の酸素量が増加して靭性が低下する。また、Si酸化物のSiO換算値の合計が0.2%を超えるとスラグ量が多くなり、スラグ巻込み等の溶接欠陥が発生しやすくなる。従って、フラックス中に含有するSi酸化物のSiO換算値の合計は0.01~0.2%とする。なお、Si酸化物は、フラックスからの珪砂、正長石、珪酸カリウムからなる水ガラスの固質成分等から添加できる。
【0029】
[フラックス中のNa酸化物及びK酸化物の1種または2種以上:NaO換算値とKO換算値の合計で0.02~0.14%]
Na酸化物及びK酸化物は、アークを安定にする効果がある。Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上がNaO換算値とKO換算値の合計で0.02%未満であると、アークが不安定になり、スパッタ発生量が多くなる。一方、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上がNaO換算値とKO換算値の合計で0.14%を超えると、アークが不安定でスパッタ発生量が多くなる。また、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上がNaO換算値とKO換算値の合計で0.14%を超えると、溶接時に生成するスラグ量が多くなり、スラグ巻込み等の溶接欠陥が発生しやすくなる。従って、フラックス中に含有するNa酸化物及びK酸化物の1種または2種以上はNaOとKO換算値の合計で0.02~0.14%とする。なお、Na酸化物及びK酸化物は、珪酸ソーダ及び珪酸カリウムからなる水ガラスの固質成分、カリ長石、チタン酸ナトリウム等の等の粉末から添加できる。
【0030】
[鋼製外皮とフラックスの合計でAl及びMgの一方または両方:0.25%以下]
Al及びMgは、強脱酸剤で溶接金属中の酸素を低減し、溶接金属の靭性を高める効果がある。しかし、Al及びMgの一方または両方で0.25%を超えると、溶接時にアーク中で激しく酸化反応してヒューム発生量やスパッタ発生量が多くなる。従って、鋼製外皮とフラックスの合計でAl及びMgの一方または両方は0.25%以下とする。なお、溶接金属中の酸素を低減し、溶接金属の靭性を高める効果を得るために、Al及びMgの一方または両方は0.05%以上であることが好ましい。Al及びMgは、金属Al、Fe-Al、金属Mg、Al-Mg等の合金粉から添加できる。
【0031】
本発明のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの残部は、鋼製外皮のFe、成分調整のために添加する鉄粉、Fe-Si、Fe-Mn、Fe-Ti合金などの鉄合金粉のFe分及び不可避不純物である。不純物については特に規定しないが、高温割れ及び溶接金属の靱性の観点から、P:0.03%以下、S:0.03%以下であることが好ましい。
【0032】
また、フラックス充填率は特に限定しないが、生産性の観点からワイヤ全質量に対して8~20%とするのが好ましい。
【実施例0033】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0034】
まず、鋼製外皮にJIS G3141 SPHC(C:0.02質量%、Si:0.01質量%、Mn:0.40質量%、P:0.012質量%、S:0.010質量%)を使用し、鋼製外皮をU字形に成形、フラックス充填率を10~15%で充填してC字形に成形した後、鋼製外皮の合わせ目を溶接して造菅、伸線し、表1に示す各種成分のフラックス入りワイヤを試作した。なお、試作したワイヤ径は1.4mmとした。
【0035】
【表1】
【0036】
表1に示す試作したフラックス入りワイヤを用いて、スパッタ発生量、アーク安定性、ビード外観・形状、X線透過試験による欠陥の有無及び溶接金属性能の調査を行った。
【0037】
スパッタの発生量は、銅製の捕集箱を用いて、1分間溶接した際に発生するスパッタの重量を測定することにより、単時間当たりの値(g/min)を求めた。なお、スパッタの測定は、表2に示す条件No.T1の溶接条件で5回測定した平均値とし、1.5g/min以下を良好とした。
【0038】
アークの安定性は、スパッタ発生量の測定中に10秒間電圧変動を5回測定し、その電圧の大きさを介して評価した。評価は1に時系列的な電圧変動のチャートを示すが、平均電圧に対して±1Vを閾値としたとき、電圧変動が閾値を超える時間が10秒間で90%以下の場合をアーク安定とし、電圧変動が閾値を超える時間が10秒間で10%を超える場合はアーク不安定とした。
【0039】
ビード外観・形状のビード形状は、溶接ビード健全部で手直しが必要なアンダーカットやオーバーラップがないものを良好とした。ビード外観は、部分的な波形の乱れがなく均一に揃っているものを良好とした。
【0040】
溶接作業性及び溶接金属性能は、表2に示す条件No.T2(以下、低入熱という。)及び条件No.T3(以下、大入熱・高パス間という。)の施工条件で、35°レ形開先、ルートギャップ7mmの裏当金付きの試験体を用いた多層盛溶接金属試験を行い、溶接時のアーク安定性及びビード外観・形状を調査した。溶接終了後、裏当金を削除してX線透過試験を行い溶接欠陥の有無を調べた。また、溶接金属部から引張試験片(JIS Z2201 A0号)及び衝撃試験片(JIS Z2202 4号)を採取して機械的性質を調査した。
【0041】
強度の評価は、引張強さが490~690MPa、靭性の評価は、0℃におけるシャルピー衝撃試験を各5本実施し、吸収エネルギーの平均値が80J以上、最低値が60J以上を良好とした。それらの結果を表3にまとめて示す。
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【0044】
表1及び表3中のワイヤ記号W1~W10が本発明例、ワイヤ記号W11~W22は比較例である。本発明例であるワイヤ記号W1~W10は、フラックス入りワイヤ中のC、Si、Mn、Mo、Cu、Ti、Bの含有量が適量で、フラックス中の金属弗化物のF換算値の合計、Si酸化物のSiO換算値の合計、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNaO換算値とKO換算値の合計が適量であるので、スパッタ発生量が少なく、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に、アークが安定して、ビード外観・形状が良好で、溶接欠陥がなく、溶接金属の引張強さ及び吸収エネルギーの平均値及び最低値ともに良好であった。
【0045】
なお、Al及びMgの一方または両方の合計が適量であるワイヤ記号W2、W5、W6及びW9は、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に溶接金属の吸収エネルギーの平均値が100J以上得られ極めて満足な結果であった。
【0046】
比較例中ワイヤ記号W11は、Cが少ないので、大入熱・高パス間温度の溶接条件で溶接金属の引張強さが低かった。また、Si酸化物のSiO換算値の合計が多いので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にスラグ巻き込みが生じ、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0047】
ワイヤ記号W12は、Cが多いので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に溶接金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低値であった。また、金属弗化物のF換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多く、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にアークが強く不安定であった。
【0048】
ワイヤ記号W13は、Siが少ないので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に溶接金属の引張強さ及び吸収エネルギーが低値であった。また、Si酸化物のSiO換算値の合計が少ないので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に溶接ビードの止端部のなじみが悪くビード外観・形状が不良であった。
【0049】
ワイヤ記号W14は、Siが多いので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にスラグ巻き込みが生じ、溶接金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低値であった。また、金属弗化物のF換算値の合計が少ないので、スパッタ発生量が多く、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にアークが不安定であった。
【0050】
ワイヤ記号W15は、Mnが少ないので、大入熱・高パス間温度の溶接条件の溶接金属の引張強さ及び吸収エネルギーが低値であった。また、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNaO換算値とKO換算値の合計が少ないので、スパッタ発生量が多く、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にアークが不安定であった。
【0051】
ワイヤ記号W16は、Mnが多いので、低入熱の溶接条件で溶接金属の引張強さが高く、吸収エネルギーの最低値が低かった。また、Mnが多いので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にスラグ巻き込みが生じた。
【0052】
ワイヤ記号W17は、Moが少ないので、大入熱・高パス間温度の溶接条件で溶接金属の引張強さが低かった。また、Bが少ないので、大入熱・高パス間温度の溶接条件で溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0053】
ワイヤ記号W18は、Moが多いので、低入熱の溶接条件で溶接金属の引張強さが高く、吸収エネルギーの最低値が低かった。また、Bが多いので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に初層に高温割れが生じた。
【0054】
ワイヤ記号W19は、Cuが少ないので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に溶接金属の吸収エネルギーの最低値が低値であった。また、Na酸化物及びK酸化物の1種または2種以上のNaO換算値とKO換算値の合計が多いので、スパッタ発生量が多く、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共にアークが不安定で、スラグ巻き込みが生じた。
【0055】
ワイヤ記号W20は、Cuが多いので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に初層に高温割れが生じ、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0056】
ワイヤ記号W21は、Tiが少ないので、大入熱・高パス間温度の溶接条件でアークが不安定で、溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。また、Al及びMgの一方または両方の合計が多いので、スパッタ発生量が多く、ヒュームの発生量も多かった。
【0057】
ワイヤ記号W22は、Tiが多いので、低入熱及び大入熱・高パス間温度の溶接条件共に溶接金属の吸収エネルギーが低値であった。なお、Al及びMgの合計が少ないので、吸収エネルギーを向上する効果は得られなかった。