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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022148860
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】嗅覚検査器具および方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 10/00 20060101AFI20220929BHJP
   G01N 1/00 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
A61B10/00 X
G01N1/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021050693
(22)【出願日】2021-03-24
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】510099970
【氏名又は名称】学校法人順天堂大学
(71)【出願人】
【識別番号】520085486
【氏名又は名称】第一薬品産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000512
【氏名又は名称】弁理士法人山田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 勝久
(72)【発明者】
【氏名】深澤 雄二郎
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA39
2G052AD42
2G052CA04
2G052DA12
2G052DA22
(57)【要約】
【課題】嗅覚の検査を簡便に行い得る嗅覚検査器具および方法を提供する。
【解決手段】放出口3aを備え、軟質の素材を用いて形成された容器1と、容器1内に収容され、ニオイ物質を支持する支持体4とを備えて構成された試料10a~10dを備え、試料10a~10dは、容器1を手指により変形させることで内部に充満するニオイが放出口3aから放出されるよう嗅覚検査器具を構成する。嗅覚検査器具は、ニオイ物質の濃度または種類の異なる複数の試料10a~10dを備えることができ、一個の試料10a,10b,10c,10dに使用されるニオイ物質は、VerdoxまたはSotoloneのいずれかとすることができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放出口を備え、軟質の素材を用いて形成された容器と、
前記容器内に収容され、ニオイ物質を支持する支持体と
を備えて構成された試料を備え、
前記試料は、前記容器を手指により変形させることで内部に充満するニオイが前記放出口から放出されるよう構成されていること
を特徴とする嗅覚検査器具。
【請求項2】
ニオイ物質の濃度の異なる複数の前記試料を備えたことを特徴とする請求項1に記載の嗅覚検査器具。
【請求項3】
ニオイ物質の種類の異なる複数の前記試料を備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の嗅覚検査器具。
【請求項4】
一個の前記試料に使用されるニオイ物質は、VerdoxまたはSotoloneのいずれかであることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の嗅覚検査器具。
【請求項5】
放出口を備えた容器と、
前記容器内に収容され、ニオイ物質を支持する支持体とを備えて構成された試料を備えた嗅覚検査器具を用い、
前記放出口から放出されるニオイ物質を嗅ぎ取り、ニオイを検知できるか否かを判定することで、被験者自身が定期的に検査を行うこと
を特徴とする嗅覚検査方法。
【請求項6】
予め被験者におけるニオイ物質の嗅取りに関する閾値を把握し、該閾値に応じた濃度のニオイ物質を含む試料を検査に使用すること
を特徴とする請求項5に記載の嗅覚検査方法。
【請求項7】
COVID-19の症状としての嗅覚障害の検出に適用されたこと
を特徴とする請求項5または6に記載の嗅覚検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嗅覚を簡易に検査するための器具および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、人の嗅覚は加齢と共に衰えるほか、感冒等の疾患によって一時的に異常(減退や脱失、嗅覚錯誤)が生じたり、認知症の症状や事故の後遺症等としてそれらが生じることがある。逆に、嗅覚に減退や脱失等を生じた患者が、その後回復する場合もある。
【0003】
こういった症例の診断や治療の場においては、嗅覚の異常や回復の有無や度合いを把握すべく患者の嗅覚を検査することがあり、こうした検査を行うための技術は、これまでにも種々提案され、実用化されている(例えば、下記特許文献1~3参照)。
【0004】
また近年では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の症例において、嗅覚障害が主な症状の一つとして報告されており、COVID-19の検出や診断のための指標に嗅覚検査を利用することも検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-146573号公報
【特許文献2】特開2010-51715号公報
【特許文献3】特開2020-99612号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、嗅覚検査を目的としてこれまでに開発されている技術は、多くが医療現場にて医師等が医療行為として検査を実施することを想定しており、被験者自身が自らの嗅覚を簡易に検査できるような技術は、本願発明者らの把握している限り実用化には至っていない。例えば上記特許文献1に記載されている技術では、コンプレッサ等を備えた大掛かりな装置が必要であり、被験者の自宅等での検査には向かない。また、上記特許文献2に記載の検査方法は、ニオイ成分を嗅いだ被験者がそのニオイ成分が何のニオイかを回答する方式であり、一度使用して回答を把握したキットと同じキットを、同じ被験者が使用することは原則的にできない。被験者の記憶している回答が正答率に影響してしまう可能性があるからである。よって、毎日の検査など定期的な使用を前提とした場合、種々のニオイ成分の組み合わせによる多彩なカードを用意しておく必要があり、製品の管理等が煩雑である。また、上記特許文献3に記載の検査具は、特許文献1に記載されているような装置と比べると簡素な構成ではあるものの、取扱いが簡単であるとは言えず、相応の知識と技能を有する検査者が検査を行う必要がある。
【0007】
本発明は、斯かる実情に鑑み、嗅覚の検査を簡便に行い得る嗅覚検査器具および方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、放出口を備え、軟質の素材を用いて形成された容器と、前記容器内に収容され、ニオイ物質を支持する支持体とを備えて構成された試料を備え、前記試料は、前記容器を手指により変形させることで内部に充満するニオイが前記放出口から放出されるよう構成されていることを特徴とする嗅覚検査器具にかかるものである。
【0009】
本発明の嗅覚検査器具は、ニオイ物質の濃度の異なる複数の前記試料を備えることができる。
【0010】
本発明の嗅覚検査器具は、ニオイ物質の種類の異なる複数の前記試料を備えることができる。
【0011】
本発明の嗅覚検査器具において、一個の前記試料に使用されるニオイ物質は、VerdoxまたはSotoloneのいずれかとすることができる。
【0012】
また、本発明は、放出口を備えた容器と、前記容器内に収容され、ニオイ物質を支持する支持体とを備えて構成された試料を備えた嗅覚検査器具を用い、前記放出口から放出されるニオイ物質を嗅ぎ取り、ニオイを検知できるか否かを判定することで、被験者自身が定期的に検査を行うことを特徴とする嗅覚検査方法にかかるものである。
【0013】
本発明の嗅覚検査方法においては、予め被験者におけるニオイ物質の嗅取りに関する閾値を把握し、該閾値に応じた濃度のニオイ物質を含む試料を検査に使用することができる。
【0014】
本発明の嗅覚検査方法は、COVID-19の症状としての嗅覚障害の検出に適用することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の嗅覚検査器具および方法によれば、嗅覚の検査を簡便に行うという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施による嗅覚検査器具の形態の一例を示す概要図である。
図2】年齢と嗅覚の関係を検証する実験の結果の一例を示すグラフである。
図3】年齢と嗅覚の関係を検証する実験の結果の一例を示すグラフであり、図2とは別のニオイ物質を用いた結果を示している。
図4】本発明の実施による嗅覚検査方法の手順の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照して説明する。
【0018】
図1は本発明の実施による嗅覚検査器具の形態の一例を示している。本実施例の嗅覚検査器具は、容器1の内部にニオイ物質を収容した形態の複数の試料(試料10a~10d)を備えて構成されている。
【0019】
各容器1は、それぞれ略円筒形状の容器本体2と、該容器本体2の上部開口を覆う蓋体3を備えている。容器本体2は、手指の力で変形可能な軟質の素材(例えば、ポリプロピレン樹脂)で形成され、内部にはニオイ物質の支持体4が収容されている。蓋体3は、容器本体2の上部に取り付けられており、蓋体3の上面にはニオイ物質を放出するための放出口3aが開口している。この放出口3aにおいて、容器1の内部空間は外部と連通している。蓋体3の上面には、さらに放出口3aを覆うように上蓋3bが開閉可能に設けられている。
【0020】
支持体4は、ニオイ物質を保持し、且つ空気中に適宜放散し得る物質であり、例えば脱脂綿である。ニオイ物質は、適当な溶媒に溶かされたうえで支持体に4に染み込まされている。尚、支持体4としては、ニオイ物質の種類等に応じ、脱脂綿以外に種々の固体あるいは液体を使用することができる。
【0021】
このように、本実施例の嗅覚検査器具は極めて単純な構成であり、医療や検査の技能をもたない者でも簡便に取り扱えるようになっている。したがって、このような嗅覚検査器具を用いれば、医師や検査技師のような知識や技能をもたない一般の被験者であっても、簡単に自身の嗅覚を検査することができる。
【0022】
ニオイ物質としては、試料10a~10d毎に異なる濃度または種類の物質が、各容器1内に収容されている。本実施例の場合、嗅覚検査器具は4本の容器1を備えて構成されており、2種類のニオイ物質がそれぞれ2通りの濃度で4本の容器1にそれぞれ収容されている。
【0023】
すなわち、試料10aおよび試料10bの容器1には、ニオイ物質Aを含む溶媒が一定量(例えば1mL)、支持体4に染み込んだ形で収容されており、前記溶媒におけるニオイ物質Aの濃度としては、試料10aと試料10bとで互いに異なる値が設定されている。また、試料10cおよび試料10dの容器1には、別のニオイ物質Bを含む溶媒が一定量、支持体4に染み込んだ形で収容されており、前記溶媒におけるニオイ物質Bの濃度としては、試料10cと試料10dとで互いに異なる値が設定されている。
【0024】
ここで、各試料に封入するニオイ物質の選定と、濃度の設定について説明する。嗅覚検査に使用するニオイ物質は、三叉神経刺激のない物質であること、および単一成分で構成された香料であることが好ましい。
【0025】
鼻腔に分布する三叉神経は、ある種の刺激性物質によって刺激され、この刺激がニオイと錯覚される場合がある。こうした刺激を有する物質を仮に嗅覚検査に使用した場合、ニオイではない刺激によってニオイを感じ取ったと被験者が錯覚する可能性があるため、嗅覚検査器具には三叉神経刺激のないニオイ物質を用いるべきである。
【0026】
また、ニオイ物質に対する感受性には、ニオイ物質の種類によってばらつきがある。このため、2種類以上の成分で構成されたニオイ物質を嗅覚検査に用いた場合、例えば一方の成分のニオイは嗅ぎ取れなくなっているにもかかわらず、他方の成分のニオイを嗅ぎ取れたことで、嗅覚は正常であると誤って判定されてしまう可能性がある。よって、嗅覚検査器具に用いるニオイ物質は単一成分で構成されているべきであり、上記の如き嗅覚検査器具には、各一個の試料につき、単一成分で構成される一種類のニオイ物質が収容されることが好ましい。
【0027】
さらに、ニオイ物質としては、被験者の生活において馴染みのある物質であることが好ましい。本発明の嗅覚検査器具および方法は、例えば被験者が日々の生活において毎朝使用し、自らの嗅覚を定期的且つ継続的に検査するといった使い方を想定している。ここで、嗅覚検査のためのニオイ物質として、ユーザたる被験者にとって馴染みのないニオイや不快なニオイが使用されていると、被験者に使用の都度ストレスが生じ、継続的な使用をやめてしまう虞がある。
【0028】
このような条件に合致する物質として、本願発明者らはVerdoxとSotoloneという2種類のニオイ物質を見出した。これらはいずれも三叉神経刺激のない合成単一香料である。また、Verdoxは青りんご様のニオイ、Sotoloneはカラメル様のニオイを有し、少なくとも日本人の生活に馴染みのあるニオイであって、日本人の日々の使用に向く。そこで、上記嗅覚検査器具においては、各一個の試料10a,10b,10c,10dに収容されるニオイ物質を、それぞれVerdoxまたはSotoloneのいずれかとした。すなわち、上に述べたニオイ物質AとしてVerdoxを、ニオイ物質BとしてSotoloneをそれぞれ採用した。無論、上に説明した条件に合致する物質であれば、これ以外のニオイ物質を用いてもよい。
【0029】
ここで、嗅覚は一般に個人によって差があり、さらに加齢によって衰えることが知られている。つまり、同じ試料をある被験者が嗅いでニオイを嗅ぎ取り、別の被験者が嗅いでニオイを嗅ぎ取れなかった時に、前記別の被験者の嗅覚に異常があると直ちに判断することはできない。嗅覚を正しく検査するためには、個々人の健常時における嗅覚を予め把握し、その嗅覚の閾値に応じた濃度のニオイ物質を検査のための試料として用意する必要がある。
【0030】
図2図3は、それぞれVerdoxまたはSotoloneについて、ニオイを感じ取れる閾値と年齢の関係を比較する実験を行った結果を示している。VerdoxまたはSotoloneそれぞれについて、異なる濃度(Verdoxについてはc1~c4[mg/L]の4段階、Sotoloneについてはc5~c7[mg/L]の3段階)にて調製した試料を準備し、20代から80代の健常者に嗅いでもらい、各ニオイ物質について濃度の閾値(ニオイを嗅ぎ取れる最小の濃度)を検討した。
【0031】
その結果、いずれのニオイ物質についても、概ね50歳を境として、閾値に相違があることが判明した。すなわち、Verdoxについては、50歳未満の被験者はほぼ最低濃度(c1)の試料からでもニオイを嗅ぎ取ることができたが、50歳以上の被験者には、c2以上の濃度の試料でないとニオイを嗅ぎ取れない被験者が多かった。同様に、Sotoloneについても、50歳未満の被験者はいずれも最低濃度(c5)の試料からニオイを嗅ぎ取ることができたが、50歳以上の被験者には、c6以上の濃度の試料でないとニオイを嗅ぎ取れない被験者が多かった。
【0032】
こうしたことを考慮し、上記した本実施例の嗅覚検査器具は、互いに異なる濃度のニオイ物質を収容した複数の試料10a~10dを備えている。具体的には、上記実験結果を踏まえ、50歳未満の被験者への使用と、50歳以上の被験者への使用を想定し、各ニオイ物質について2種類ずつの濃度の試料を備えることとした。すなわち、50歳未満の被験者においてはニオイ物質の濃度が低い試料を用い、50歳以上の被験者においてはニオイ物質の濃度が高い方の試料を用いればよい。無論、嗅覚には個人差があるので、50歳未満であっても普段の健常な状態においてニオイ物質の濃度が高い方の試料しか嗅ぎ取れない被験者は濃度が高い方の試料を検査に使用すればよいし、逆に50歳以上であっても濃度が低い方の試料を嗅ぎ取れる被験者は濃度が低い方の試料を使用してもよい。
【0033】
また、本実施例の嗅覚検査器具では、個人におけるニオイの感受性がニオイ物質の種類によっても異なることを考慮し、上に述べたようにニオイ物質の種類が異なる複数の試料10a~10dを備えている(尚、試料10a,10bおよび試料10c,10dでは、それぞれ同一のニオイ物質(VerdoxまたはSotolone)を用いている)。複数種のニオイ物質を用いて検査することで、より精度の高い嗅覚検査を行うことができる。尚、ニオイに対する感受性は物質の種類によっても異なることから、ニオイ物質Aについては濃度が高い方の試料を使用し、ニオイ物質Bについては濃度が低い方の試料を使用するといった使い方をすることもできる。
【0034】
次に、上記した嗅覚検査器具を用いた嗅覚検査方法の手順の一例を、図4のフローチャートを参照しながら説明する。
【0035】
図1に示す如き嗅覚検査器具を用いて嗅覚検査を行う場合、まず各ニオイ物質について嗅取り可能な閾値を把握し、検査に使用する濃度を特定する(ステップS1)。被験者は、ニオイ物質Aが収容された試料10a,10bの容器1の上蓋3bを開放し、放出口3aが鼻孔から3cm程度下方に位置するように容器1を保持しながら、容器本体2の中央部を手指で径芳香に押し込む。容器本体2の内部には、支持体4から放散されたニオイ物質が充満している。容器1を構成する容器本体2は軟質の素材で構成されているので、押し込むことで変形させることができ、その結果、内部に充満するニオイ物質が押し出される。被験者は、放出口3aから放出されたニオイ物質を嗅ぎ取り、ニオイを検知できるか否かを判定する。ニオイの嗅取りが済んだら、上蓋3bを閉止する。
【0036】
試料10a,10bのいずれに関してもニオイを検知できたら、被験者におけるニオイ物質Aの嗅取りに関する閾値は、ニオイを検知できた試料におけるニオイ物質Aの濃度以下であると判断できるので、以降の検査には濃度の低い方の試料を使用する。試料10a,10bのうち、ニオイ物質の濃度が高い方のみニオイを検知できた場合は、被験者におけるニオイ物質Aの嗅取りに関する閾値は、両試料におけるニオイ物質Aの濃度の間にあると判断できるので、以降の検査には濃度の高い方の試料を使用する。ニオイ物質Bが収容された試料10c,10dについても、同様に嗅取り可能な閾値を把握し、以降の検査にいずれの試料を使用するかを決定する。
【0037】
こうして決定した試料を用い、検査を行う(ステップS2)。検査時における嗅覚検査器具の使用およびニオイの嗅取りは、ステップS1と同様の手順で行うが、ここではステップS1で使用を決定した試料についてのみ嗅取りを行えばよい。被験者における嗅取りの閾値に応じた濃度のニオイ物質を含む試料を使用することにより、嗅覚の閾値に関する個人差を踏まえ、より適切な嗅覚検査を行うことができる。
【0038】
ステップS2において嗅取りを行った試料のうち、ニオイを検知できなかった試料があったか否かをステップS3で判定する。いずれの試料についてもニオイを嗅ぎ取れた場合は、今回の検査は終了し(ステップS4)、次回の検査を行う(ステップS2)。こうして、ステップS2の検査を定期的に(例えば、毎日決まった時間に)行う。
【0039】
ステップS3において、ニオイを検知できない試料があった場合には、該当する試料の使用期限を確認する(ステップS5)。上述の如き嗅覚検査器具は、繰り返し使用することができ、毎日一回使用する場合には、ニオイ物質の種類や濃度にもよるが、例えば数ヶ月程度は機能が持続する。しかしながら、内部に収容されたニオイ物質は有限であり、使用の度に少しずつ減少していくので、自ずと使用の回数や期間には限界がある。そこで、上記嗅覚検査器具には、使用について上限回数や期限を設定し、その旨を取扱説明書や各試料10a~10dの容器1に明記しておく。被験者は、ステップS2で嗅取りを行った試料の中にニオイを検知できない試料があったと判定された場合、その試料の使用回数の上限や使用期限を確認する。ここで該当する試料について使用回数が上限を超えていたり、使用期限が経過していた場合には、新しい試料に交換し(ステップS6)、再度検査を行う(ステップS2)。
【0040】
ニオイを検知できなかった試料について、使用回数や期限が制限内であった場合は、特定の疾患の疑いがあると判断し、医師の診察や別の検査を受ける(ステップS7)。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の疑いがある場合には、PCR検査等を受検する。
【0041】
以上の如き嗅覚検査器具およびこれを用いた検査方法では、被験者自身が簡単な手順で定期的に嗅覚を検査することができるので、例えばCOVID-19のような特定の疾患のスクリーニングへの利用等が考えられる。
【0042】
嗅覚障害は、現在のCOVID-19の世界的流行の当初より、主な神経学的症状として報告されてきた。COVID-19の症状としては高熱や倦怠感等が挙げられるが、それらの発症と同時あるいはそれ以前に、患者がニオイを感じ取れなくなるという症状が多く見られたのである。COVID-19における嗅覚障害の発症率は報告によって様々であるが、現在のところ、80%以上の症例で嗅覚に対する変化が生じることが明らかになってきている。
【0043】
COVID-19における嗅覚障害の特徴としては、(1)突然に発症すること、(2)咳、発熱、咽頭痛、倦怠感といった他の諸症状と同時またはそれ以前に生じること、(3)PCR検査で陽性と判定される前に生じること、(4)鼻閉や鼻漏など、他の鼻症状を伴わないこと、(5)主観的自己報告より、客観的嗅覚検査において検出率が高いこと、(6)全身症状の重症度とは相関しないこと、等が知られている。このうち、(2)(3)はとりわけ特筆すべき特徴であって、COVID-19感染の診断に嗅覚障害の検査を利用することで、COVID-19患者を早期に発見し得ることが期待される。
【0044】
COVID-19によらない他の嗅覚障害、例えばインフルエンザ感染症、感冒、花粉症等による嗅覚障害は鼻閉や鼻漏などを伴う。また、COVID-19では全身症状の程度にかかわらず嗅覚障害が生じる。こうした特徴は、COVID-19と他の感染症等との鑑別に利用することができる。すなわち、例えば上述の如き嗅覚検査器具を用いた方法により、患者自身が自らの嗅覚異常を検知し、これをもって医師の診察等を受け、医師が鼻閉や鼻漏の有無あるいはその他の症状をも勘案して診断を下すことで、COVID-19に関し迅速且つ正確な診断を行うことができる。例えば検温やPCR検査といった従来の手法に代えて、あるいは加えて、嗅覚障害を指標とした検査を行い、さらに他の臨床症状も加味して診断を行うことで、SARS-CoV-2感染陽性者を早期に且つ数多く検出できる可能性がある。
【0045】
ここで、軽度の嗅覚障害は患者の生活の中で自覚されない場合があるため、嗅覚障害の早期診断には客観的な嗅覚検査が有用であるが、上述の如き本実施例の嗅覚検査器具および方法によれば、客観的な基準を簡便に提供でき、精度の高い迅速な検出が可能である。
【0046】
無論、上述の嗅覚検査器具および方法は、COVID-19の検出以外にも、嗅覚障害を伴う種々の疾病等に有用である。例えば、インフルエンザ感染症、感冒、花粉症等による嗅覚障害の検査にも利用できるし、あるいは嗅覚刺激療法等への利用も想定できる。
【0047】
嗅覚刺激療法は、頭部外傷等に起因して嗅覚障害を負った患者の嗅覚回復のためのトレーニングに活用される療法である。嗅覚神経には、一般的な神経細胞と異なり再生するという特性があり、例えば一日数回、特定のニオイを嗅ぐトレーニングを数ヶ月程度続けることで、患者の嗅覚が再生する場合がある。また、同様の嗅覚刺激療法は、COVID-19による嗅覚障害を発症した患者の嗅覚回復にも利用できる可能性がある。
【0048】
こうした嗅覚刺激療法に上述の嗅覚検査器具を使用する場合には、図4で説明した手順と類似の手順により、患者自身がトレーニングを行うことができる。例えば、嗅覚障害を負った患者が嗅ぎ取れないニオイ物質について、図1に示す如き試料を準備し(ここで、試料に収容するニオイ物質の濃度は、例えば図2図3に示す如き健常者における年齢と閾値との相関を考慮して高めに設定する)、これを使用回数の上限や使用期限を考慮しつつ定期的に嗅ぐようにすればよい。
【0049】
以上のように、上記本実施例の嗅覚検査器具は、放出口3aを備え、軟質の素材を用いて形成された容器1と、容器1内に収容され、ニオイ物質を支持する支持体4とを備えて構成された試料10a~10dを備え、試料10a~10dは、容器1を手指により変形させることで内部に充満するニオイが放出口3aから放出されるよう構成されている。このようにすれば、単純な構成の嗅覚検査器具により、一般の被験者でも簡単に嗅覚検査を行うことができる。
【0050】
本実施例の嗅覚検査器具は、ニオイ物質の濃度の異なる複数の試料10a~10dを備えている。このようにすれば、被験者における嗅覚の閾値に応じた試料を用い、好適な嗅覚検査を行うことができる。
【0051】
本実施例の嗅覚検査器具は、ニオイ物質の種類の異なる複数の試料10a~10dを備えている。このようにすれば、複数の種類のニオイ物質について検査を行うことで、より精度の高い嗅覚検査を行うことができる。
【0052】
本実施例の嗅覚検査器具において、一個の試料10a,10b,10c,10dに使用されるニオイ物質は、VerdoxまたはSotoloneのいずれかとすることができる。このようにすれば、三叉神経刺激のない合成単一香料をニオイ物質として使用することで、好適な嗅覚検査を行うことができる。また、生活に馴染みのあるニオイを用いることで、日々の使用に適した嗅覚検査器具を提供することができる。
【0053】
また、本実施例の嗅覚検査方法においては、放出口3aを備えた容器1と、容器1内に収容され、ニオイ物質を支持する支持体4とを備えて構成された試料10a~10dを備えた嗅覚検査器具を用い、放出口3aから放出されるニオイ物質を嗅ぎ取り、ニオイを検知できるか否かを判定することで、被験者自身が定期的に検査を行う。このようにすれば、被験者自身が簡単な手順で定期的に嗅覚を検査することにより、例えば特定の疾患の患者を早期に発見することができる。
【0054】
本実施例の嗅覚検査方法においては、予め被験者におけるニオイ物質の嗅取りに関する閾値を把握し、該閾値に応じた濃度のニオイ物質を含む試料10a,10b,10c,10dを検査に使用するようにしている。このようにすれば、嗅覚の閾値に関する個人差を踏まえ、より適切な嗅覚検査を行うことができる。
【0055】
本実施例の嗅覚検査方法は、COVID-19の症状としての嗅覚障害の検出に適用することができる。このようにすれば、COVID-19に関し迅速且つ正確な診断を行うことができる可能性がある。
【0056】
したがって、上記本実施例によれば、嗅覚の検査を簡便に行い得る。
【0057】
尚、本発明の嗅覚検査器具および方法は、上述の実施例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0058】
1 容器
3a 放出口
4 支持体
10a 試料
10b 試料
10c 試料
10d 試料
図1
図2
図3
図4