(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022149032
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】電気インピーダンス・トモグラフィセンサおよび診断装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/0536 20210101AFI20220929BHJP
【FI】
A61B5/0536
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021050959
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100153763
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 広之
(72)【発明者】
【氏名】武居 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】ダルマ ヌルセティア パンジー
【テーマコード(参考)】
4C127
【Fターム(参考)】
4C127AA06
4C127DD03
4C127EE01
4C127LL04
4C127LL13
4C127LL15
(57)【要約】
【課題】安価であり、極低侵襲性で、かつ、簡易に被測定者の胃を可視化可能な診断装置および当該診断装置に用いられる電気インピーダンス・トモグラフィセンサを提供する。
【解決手段】本開示の電気インピーダンス・トモグラフィセンサ10は、被間隔をあけて、3次元的に配置される複数の電極20と、電極20を保持し、かつ、電極20を被測定者の少なくとも腹部に配置可能な支持体25と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
間隔をあけて、3次元的に配置される複数の電極と、
前記電極を保持し、かつ、前記電極を被測定者の少なくとも腹部に配置可能な支持体と、
を備える、電気インピーダンス・トモグラフィセンサ。
【請求項2】
前記支持体が前記被測定者の少なくとも腹部に所定の圧力を負荷する、請求項1に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサ。
【請求項3】
前記電極が前記被測定者の腹部のみに、間隔をあけて配置される、請求項1または2に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサ。
【請求項4】
前記電極が前記被測定者の腹部および前記腹部の周りに、間隔をあけて配置される、請求項1または2に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサ。
【請求項5】
前記支持体が少なくとも前記被測定者の腹部を覆う、請求項1~4のいずれか1項に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサ。
【請求項6】
前記支持体が少なくとも前記被測定者の腹部および腹部の周りを覆う、請求項1~5のいずれか1項に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサ。
【請求項7】
前記電極の数が4以上である、請求項1~6のいずれか1項に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサ。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサを用いる診断装置であって、
前記電極間に電流又は電位差を印加し、前記電流を印加する場合は電流印加電圧測定パターンに基づき電位差と位相を測定し、前記電極間に前記電位差を印加する場合は電圧印加電流測定パターンに基づき電流と位相を測定する、電流電圧印加測定部と、
あらかじめ決められた前記電流印加電圧測定パターンまたは前記電圧印加電流測定パターン、前記被測定者の腹部輪郭を分割して得たメッシュ座標、および各前記電極の座標を基に、前記被測定者のヤコビ行列を計算するヤコビ行列計算部と、
前記ヤコビ行列計算部で計算された前記被測定者の前記ヤコビ行列と、前記電流電圧印加測定部で測定された前記電位差および位相または前記電流および位相と、から前記被測定者の電気物性分布を計算する電気物性分布計算部と、
を備える、診断装置。
【請求項9】
前記ヤコビ行列計算部において、機械学習を用いて、前記ヤコビ行列を計算する、請求項8に記載の診断装置。
【請求項10】
前記電気物性分布計算部から得られた前記電気物性分布を被測定者の各構成に対応するクラスタに分類することで、前記被測定者の胃壁輪郭情報を得る胃壁輪郭計算部を、さらに備える、請求項8または9に記載の診断装置。
【請求項11】
前記電気物性分布計算部で計算された前記電気物性分布から前記被測定者の胃内部の相対pH分布を推定する、相対pH推定部をさらに備える、請求項8~10のいずれか1項に記載の診断装置。
【請求項12】
前記電気物性分布が導電率差分布である、請求項8~11のいずれか1項に記載の診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気インピーダンス・トモグラフィセンサおよび診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、機能性ディスペプシアを患う人が増えている。機能性ディスペプシアは、精密検査などでは、器質的な異常が無いものの、慢性的な早期満腹感、胃もたれ、および胃痛があり、生活の質を下げる要因となる。
【0003】
機能性ディスペプシアなどの胃に関する疾患の改善には、胃の状態(胃の位置、胃の大きさ、胃の大きさの時間変化、胃内部ΓのpH)を客観的に把握することが重要である。特に、患者自身が、胃の状態を把握するためには、簡易的、かつ、低侵襲的に胃を可視化できることが重要である。
【0004】
胃の状態を低侵襲的に測定する方法として、胃電図(EGG)が一般的ではあるが、データの分析には専門知識が必要であり、患者自身で胃の状態を把握することができない。加えて、胃電図(EGG)は、微弱な胃の筋電値を検出するために、高価なアンプが必要という問題がある。また、超音波エコーにより胃壁輪郭∂Γを可視化することは可能であるが、超音波エコーは患者自身で簡易に使用することができない。
【0005】
簡易、安価で、かつ、極低侵襲性の内臓を可視化する方法としては、電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT: Electrical impedance tomography)を用いた肺用EITシステムがある。
【0006】
肺用EITシステムとして、特許文献1には、患者の胸郭の周りに電極を配置するための電気インピーダンス測定ベルトであって、間隔をあけた複数の電極のアレイと、電極が配置された支持構造とを含み、電極アレイを有する支持構造は、電極が並べられる、角度を付けられた2本の脚部を含み、ベルトが患者の胸郭の周りに巻きつけられると、電極のアレイが、角度を付けられた脚部の頂点が位置することになっている患者の背中から、肋骨と本質的に平行に、患者の胸骨の下方部分へと延在するように、2本の脚部は頂点からある角度で広がっていることを特徴とする、電気インピーダンス測定ベルトが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1の肺用EITシステムは、肺の内容物が気体であるので、被測定者が伏せていても、立っていても、胸部断面に対して十分な画像が得られる。しかし、胃の内容物は液体であり、体位に大きく依存してしまう。そのため、肺用EITシステムを用いても、高精度に胃の状態を可視化することが困難である。
【0009】
本発明は、上記の課題を鑑みてなされたものであり、安価であり、極低侵襲性で、かつ、簡易に被測定者の胃を可視化可能な診断装置および当該診断装置に用いられる電気インピーダンス・トモグラフィセンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、本発明は以下の手段を提案している。
<1> 本発明の一態様に係る電気インピーダンス・トモグラフィセンサは、間隔をあけて、3次元的に配置される複数の電極と、前記電極を保持し、かつ、前記電極を被測定者の少なくとも腹部に配置可能な支持体と、を備える。
<2> 上記<1>に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサは、前記支持体が前記被測定者の少なくとも腹部に所定の圧力を負荷してもよい。
<3> 上記<1>または<2>に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサは、前記電極が前記被測定者の腹部のみに、間隔をあけて配置されてもよい。
<4> 上記<1>または<2>に記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサは、前記電極が前記被測定者の腹部および前記腹部の周りに、間隔をあけて配置されてもよい。
<5> 上記<1>~<4>のいずれか1つに記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサは、前記支持体が少なくとも前記被測定者の腹部を覆ってもよい。
<6> 上記<1>~<5>のいずれか1つに記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサは、前記支持体が少なくとも前記被測定者の腹部および腹部の周りを覆ってもよい。
<7> 上記<1>~<6>のいずれか1つに記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサは、前記電極の数が4以上であってもよい。
<8> 本発明の一態様に係る診断装置は、上記<1>~<7>のいずれか1つに記載の電気インピーダンス・トモグラフィセンサを用いる診断装置であって、前記電極間に電流又は電位差を印加し、前記電流を印加する場合は電流印加電圧測定パターンに基づき電位差と位相を測定し、前記電極間に前記電位差を印加する場合は電圧印加電流測定パターンに基づき電流と位相を測定する、電流電圧印加測定部と、あらかじめ決められた前記電流印加電圧測定パターンまたは前記電圧印加電流測定パターン、前記被測定者の腹部輪郭を分割して得たメッシュ座標、および各前記電極の座標を基に、前記被測定者のヤコビ行列を計算するヤコビ行列計算部と、前記ヤコビ行列計算部で計算された前記被測定者の前記ヤコビ行列と、前記電流電圧印加測定部で測定された前記電位差および位相または前記電流および位相と、から前記被測定者の電気物性分布を計算する電気物性分布計算部と、を備える。
<9> 上記<8>に記載の診断装置は、前記ヤコビ行列計算部において、機械学習を用いて、前記ヤコビ行列を計算してもよい。
<10> 上記<8>または<9>に記載の診断装置は、前記電気物性分布計算部から得られた前記電気物性分布を被測定者の各構成に対応するクラスタに分類することで、前記被測定者の胃壁輪郭情報を得る胃壁輪郭計算部を、さらに備えてもよい。
<11> 上記<8>~<10>のいずれか1つに記載の診断装置は、前記電気物性分布計算部で計算された前記電気物性分布から前記被測定者の胃内部の相対pH分布を推定する、相対pH推定部をさらに備えてもよい。
<12> 上記<8>~<11>のいずれか1つに記載の診断装置は、前記電気物性分布が導電率差分布であってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の上記態様によれば、安価であり、極低侵襲性で、かつ、簡易に被測定者の胃を可視化可能な診断装置および当該診断装置に用いられる電気インピーダンス・トモグラフィセンサを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態に係る診断装置の模式図である。
【
図3】電気インピーダンス・トモグラフィセンサにおける電極の配置パターンの一例である。
【
図4】電気インピーダンス・トモグラフィセンサにおける電極の配置パターンの一例である。
【
図5】電気インピーダンス・トモグラフィセンサにおける電極の配置パターンの一例である。
【
図6】電極の位置と電極の番号との関係を説明するための図である。
【
図7A】3D隣接法における電極への電流印加電圧測定パターンを説明するための図である。
【
図7B】3D隣接法における電極への電流印加電圧測定パターンを説明するための図である。
【
図7C】3D隣接法における電極への電流印加電圧測定パターンを説明するための図である。
【
図7D】フル3D法における電極への電流印加電圧測定パターンを説明するための図である。
【
図7E】フル3D法における電極への電流印加電圧測定パターンを説明するための図である。
【
図7F】フル3D法における電極への電流印加電圧測定パターンを説明するための図である。
【
図8A】ストレッチセンサとベンドセンサと支持体との配置の一例を説明するための図である。
【
図8B】被測定者の腹部輪郭∂Ωを説明するための図である。
【
図9】既知の腹部輪郭∂ΩのデータセットIと既知の腹部内部Ωのヤコビ行列のデータセットJについて説明するための図である。
【
図10】ヤコビ行列計算部におけるヤコビ行列J*の計算のフローチャートである。
【
図11】胃壁輪郭計算部におけるクラスタに分類する計算のフローチャートである。
【
図12】相対pH推定部における相対pHを計算するフローチャートである。
【
図13】導電率差分布Δσと相対pHの分布をシミュレーションするための条件を示す図である。
【
図14A】食事前の導電率差分布Δσと相対pHの分布をシミュレーションするための条件を示す図である。
【
図14B】食事中の導電率差分布Δσと相対pHの分布をシミュレーションするための条件を示す図である。
【
図15】液体を飲んだ後の導電率差分布Δσと相対pHの分布を示す図である。
【
図16】固形物を食べている間の導電率差分布Δσと相対pHの分布を示す図である。
【
図17】胃の3Dイメージングの実験装置を示す図である。
【
図18】胃の3Dイメージングの実験プロトコル(実験条件)を示す図である。
【
図19】被測定者1~3の胃内部Γの導電率差分布Δσを示す図である。
【
図20】被測定者1~3の胃内部Γの相対pH分布を示す図である。
【
図21A】被測定者1の胃内部Γの空間平均導電率差と相対pHとの関係を示す図である。
【
図21B】被測定者2の胃内部Γの空間平均導電率差と相対pHとの関係を示す図である。
【
図21C】被測定者3の胃内部Γの空間平均導電率差と相対pHとの関係を示す図である。
【
図22A】第1ステップのファジークラスタリングを用いた後の被測定者の胃壁輪郭∂Γを示す図である。
【
図22B】第2ステップのファジークラスタリングを用いた後の被測定者の胃壁輪郭∂Γを示す図である。
【
図23A】被測定者1の空間平均導電率差<Δσ>と空間平均相対pH<pH*>の時間変化を示す図である。
【
図23B】被測定者2の空間平均導電率差<Δσ>と空間平均相対pH<pH*>の時間変化を示す図である。
【
図23C】被測定者3の空間平均導電率差<Δσ>と空間平均相対pH<pH*>の時間変化を示す図である。
【
図24A】従来法で計測した健常者のpHの時間変化を示す図である。
【
図24B】従来法で計測した胃潰瘍患者のpHの時間変化を示す図である。
【
図25A】被測定者の特定の時間の空間平均導電率差<Δσ>を示す図である。
【
図25B】被測定者の特定の時間の空間平均相対pH<pH*>を示す図である。
【
図26】被測定者の胃の大きさを示すボクセル数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(診断装置)
以下、図面を参照し、本発明の一実施形態に係る診断装置100について説明する。
図1に示すように、診断装置100は、電流電圧印加測定部1及び診断計算部50を備える。診断計算部50は、腹部輪郭推定部2、ヤコビ行列計算部3、電気物性分布計算部4、胃壁輪郭計算部5、相対pH推定部6、及び出力部7を備える。
【0014】
診断装置100の診断計算部50は、例えば、Central Processing Unit(CPU),Read Only Memory(ROM)、Random Access Memory(RAM)及びHard Disk Drive(HDD)/Solid State Drive(SSD)を備える。腹部輪郭推定部2、ヤコビ行列計算部3、電気物性分布計算部4、胃壁輪郭計算部5、相対pH推定部6及び出力部7は、CPUにおいて、所定のプログラムを実行することで実現される。プログラムは、記録媒体経由で取得してもよく、ネットワーク経由で取得してもよい。また、診断装置100の構成を実現するための専用のハードウェア構成を用いてもよい。以下、各部について説明する。
【0015】
(電流電圧印加測定部)
電流電圧印加測定部1について、
図2を用いて説明する。以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0016】
まず方向について定義する。ここでは、被測定者が床面Fに立って測定する場合を例に挙げて説明する。床面Fと平行な一方向をx方向、床面Fに沿って、x方向と直交する方向をy方向とする。z方向は、床面Fと垂直な方向である。z方向は、x方向及びy方向と直交する方向である。以下、+z方向を「上」、-z方向を「下」と表現する場合がある。上下は、必ずしも重力が加わる方向とは一致しない。
【0017】
図2に示すように、電流電圧印加測定部1は、電気インピーダンス・トモグラフィセンサ10と制御部30とを備える。電気インピーダンス・トモグラフィセンサ10は、間隔をあけて、3次元的に配置される複数の電極20(電極数Q)と、電極20を保持し、かつ、電極20を被測定者の少なくとも腹部に配置可能な支持体25とを備える。ここで、「被測定者の少なくとも腹部に配置可能な」とは、被測定者が電気インピーダンス・トモグラフィセンサ10を着用した際に、被測定者の少なくとも腹部に、電極20が配置されることをいう。電流電圧印加測定部1は、電気インピーダンス・トモグラフィセンサ10を被測定者が着用後、電極20間に所定の電流または電位差を印加し、電位差または電流を測定する。電流を印加する場合は、あらかじめ決めた電流印加電圧測定パターン(多数ある電極から二つずつの電極を順番に選び、電流を印加し順次電位差を測定するパターン)に基づき、電位差を測定する。このとき、位相(印加電流と測定電位差との時間的なずれ)も測定することが望ましい。電位差を印加する場合は、あらかじめ決めた電圧印加電流測定パターン(多数ある電極から二つずつの電極を順番に選び、電位差を印加し順次電流を測定するパターン)に基づき、電流を測定する。このとき、位相(印加電位差と測定電流との時間的なずれ)も測定することが好ましい。以後、電流を印加する場合を中心に記載し、電位差を印加する場合の詳細な記載を省略する場合もある。ここで、電極20の数Qは例えば、4以上である。電極20が3次元的に配置され、かつ、電極20の数が4以上あることで、後述の腹部輪郭推定部2とヤコビ行列計算部3の演算結果を用いて、胃壁輪郭∂Γの推定、胃内部の相対pH分布の推定をすることができる。計算の精度を高めるために電極の数は多いほうが好ましい。電極20の配置位置は、特に限定されない。電極20の配置としては、被測定者の胃を囲むように電極が配置されることが好ましい。以下に、電極20の配置パターンについて説明する。
【0018】
図3は、被測定者の腹部にのみ間隔をあけて電極20を配置した電極配置パターンの一例である。ここでは、z軸方向に位置を変えて4個ずつ、xy平面で位置を変えて4個ずつ、計16個の電極20を配置している。
図3の電極20間はz軸方向、および、周囲方向に等間隔に離れているが、電極の配置パターンはこれに限定されるものではなく、例えば千鳥配列などでもよい。ただし、z軸方向に最も上に位置する電極20と最も下に位置する電極20との間に被測定者の胃上端部から胃下端部までが入るように配置することが好ましい。また、x軸方向またはy軸方向において、電極20の両端を直径とする円周内に、被測定者の胃左端部から胃右端部までが入るように配置することが好ましい。このように電極20を配置することで、被測定者の電気物性分布をより正確に測定することができる。
【0019】
図4は、被測定者の腹部および腹部の周りに間隔をあけて電極20を配置する電極配置パターンの一例である。ここでは、z軸方向に位置を変えて4個ずつ、xy平面で位置を変えて4個ずつ、計16個の電極20を腹部に配置し、さらに、被測定者の腹部の周りに16個の電極20を配置している。電極20間は等間隔に離れてもよいし、等間隔でなくてもよい。ただし、最も上に位置する電極20と最も下に位置する電極20との間に胃全体(胃上端部から胃下端部)までが入るように配置することが好ましい。また、
図4の配置の場合は、腹部の周りに配置されているので、胃の腹部側だけではなく、背側、および、両脇腹側にも、電流が流れた状態で電位差を測定することができるので、このように電極20を配置することで、被測定者の胃の電気物性分布をより正確に計算することができる。
【0020】
図5は、被測定者の腹部および腹部の周りに間隔をあけて電極20を配置する電極配置パターンの一例である。ここでは、被測定者の腹部の周りにz軸方向で位置を変えて、16個ずつ、計64個の電極20を配置している。電極20間は等間隔に離れてもよいし、等間隔でなくてもよい。ただし、電極20のz軸方向に最も高い位置にある電極20と最も低い位置にある電極20との間に胃全体(胃上端部から胃下端部)が入るように配置することが好ましい。また、
図5の配置の場合は、腹部の周りに配置されているので、胃の腹部側だけではなく、背側、両脇腹側にも、広範囲にわたり電流が流れることとなり、このように電極20を配置することで、被測定者の電気物性分布をより正確に測定することができる。
【0021】
電極20は、電気的に制御部30と接続される。非測定者に電流または電位差を印加できれば、電極20の材質や形状は特に限定されない。電極20としては、例えば、Au、Ag、Cuなどの金属、導電性高分子、表面を金属で被覆した繊維、導電性高分子で表面を被覆した繊維などが挙げられる。
【0022】
電極20と制御部30との電気的な接続方法は、特に限定されない。接続方法としては、例えば、リード線で電極20と制御部30とを接続してもよいし、導電性繊維が編み込まれた配線で電極20と制御部30とを接続してもよい。編み込まれた配線を用いることで、支持部25の快適性が向上する。
【0023】
支持体25は、電極20を保持し、かつ、電極20を被測定者の少なくとも腹部に配置可能であれば、特に限定されない。支持体25は、被測定者の少なくとも腹部に所定の圧力を負荷できることが好ましい。所定の圧力が負荷されることで、電極20と被測定者との密着性が向上し、より正確に電流または電位差を印加し、電位差または電流を測定することができる。また、支持体25は、少なくとも被測定者の腹部または腹部および腹部の周りを覆う。支持体25の材質としては、例えば、エラストマー、革、布などの誘電体が好ましい。支持体25の形状は、特に限定されないが、例えば、ベルト状、腹巻状、スーツ状などが挙げられる。
【0024】
(制御部)
制御部30は、例えば、電流を印加する電流印加電極(または電位差を印加する電圧印加電極)と電位差を測定する電圧測定電極(または電流を測定する電流測定電極)の切り替えを行うためのマルチプレクサ、電圧測定(または電流測定)と位相測定を行うインピーダンスアナライザなどを備える。インピーダンスアナライザとは、印加周波数と振幅を変化させて、インピーダンス、すなわち、測定電位差(印加電位差)と印加電流(測定電流)の比、および、その位相とを計測する部品である。制御部30は、例えば、CPUにおいて、所定のプログラムを実行し、マルチプレクサおよびインピーダンスアナライザを制御することで、インピーダンス測定(電位差と電流の比、およびその位相の測定)を行う。電流電圧印加測定部1内部だけで制御部30を制御し、インピーダンス測定を行ってもよいし、診断計算部50で実行されたプログラムに応じて制御部30を制御し、インピーダンス測定を行ってもよい。インピーダンス測定の結果は、電気物性分布計算部4に送られる。電気物性分布計算部4への情報の伝達方法は特に限定されない。制御部30から有線で診断計算部50の電気物性分布計算部4に送ってもよいし、無線で診断計算部50の電気物性分布計算部4に送ってもよい。
【0025】
制御部30は、あらかじめ決めた電流印加電圧測定パターン(どの電極間に電流を印加し、どの電極間に電位差を測定するかのパターン)に基づき、電極20間に電流を印加し、電位差を測定する。または、制御部30は、あらかじめ決めた電圧印加電流測定パターンに基づき、電極20間に電位差を印加し、電流を測定する。電流を印加する場合、同様に電位差を印加する場合も、どの電極20間に電流(電位差)を印加し、どの電極間で電位差(電流)を測定するかについては、特に限定されないが、3次元的に配置した電極20に「満遍なく」電流(電位差)を印加し電位差(電流)を測定することが好ましい。「満遍なく電流(電位差)を印加し電位差(電流)を測定する」とは、全ての電極20が一度は電流電位差の印加または測定に用いられるように、電流電位差を印加測定することを意味する。電極20への電流印加電圧測定パターンを説明するために、
図5の電極配置パターンにおける電極番号の付け方の例を説明する。以下、
図6を用いて、各レイヤーに8個の電極20があり、4つのレイヤーで構成するときの、電極20の番号のつけ方を説明する。各電極20の番号は、二つの数字から構成され、最初の数字がレイヤー番号を表し、その次の数字が当該レイヤーにおける電極20の位置を表す。電極20の位置を表す番号は、例えば、腹部中央の前から反時計回りに番号を振る。以下、
図7A、7B、7C、7D、7E、7Fを用いて、「満遍なく」電流を印加し、電位差を測定する場合について説明する。なお、その電流印加電圧測定パターンとしては、例えば、3次元(3D)隣接法、フル3次元(フル3D)法などが挙げられる。電流印加電圧測定パターンの数Mは、各電流印加電圧測定パターンで異なる。以下、各電流印加電圧測定パターンについて説明する。なお、以下に説明する電流印加電圧測定パターンは、電圧印加電流測定パターンにも適用することができる。印加する電流値とその印加周波数は、生体への影響や装置の簡便性を鑑みて、例えば、1.0mA以下のHz帯からMHz帯程度までの交流が好ましい。
【0026】
3D隣接法は、隣接する電極間に電流を印加する方法であり、例えば、ひとつのレイヤーに8電極あり、4つのレイヤーの合計32電極の場合を考えて、
図7Aを用いて説明をする。z方向が同じ面の1-1電極と1-2電極に電流を印加し、1-3電極と1-4電極、1-4電極と1-5電極といったように、隣接する電極間のそれぞれの電位差を順次測定し、レイヤーの最後の2つの電極(ここでは1-7電極と1-8電極)との間の電位差を測定した後は、レイヤーにおける最後の電極(ここでは、電極1-8)とその1つ上のレイヤーの一番初めの電極(ここでは電極2-1)との間の電位差を測定する。以下、同様の手順で各電極間の電位差を順次測定し、4-7電極と4-8電極まで隣接する電極間の電位差を測定する。次に、z方向が同じ面の1-2電極と1-3電極に電流を印加し、同様に電位差を測定する。
図7Bに示す通り、1-8電極、2-8電極、3-8電極については、ひとつ上のレイヤーの2-1電極、3-1電極、4-1電極の間に電流を印加して、
図7Cに示した通り、同様に電位差を測定する。この場合3D隣接法では、電流印加電圧測定パターンの数Mは、全部で928通りとなる。
【0027】
フル3D法は、基準となる電極と、基準となる電極以外の電極との間のすべての組み合わせ、または、できるだけ多くの電極間で電位差を測定する方法であり、例えば
図7Dで説明をすると、z方向が同じ面の隣接する1-8電極と1-1電極との間に電流を印加し、1-2電極(基準となる電極)と1-3電極のように隣接する電極だけではなく、1-2電極と2-1電極、1-2電極と3-1電極といったように、基準となる電極に隣接していない電極に対しても電位差を測定し、基準となる電極と基準となる電極以外の電極との間のそれぞれの電位差を順次測定する。また、
図7Eに示す通り、z方向が同じ面であっても隣接しない1-8電極と1-2電極にも電流を印加し、同様に基準となる電極と、基準となる電極以外の電極との間のそれぞれの電位差を順次測定する。さらに、
図7Fに示す通り、z方向が同じ面でない隣接する1-8電極と2-2電極にも電流を印加し、同様に電位差を測定する。フル3D法では、電流印加電圧測定パターンの数Mは、全部で189,225通りとなる。
【0028】
以下、本実施形態の診断装置100では、3D隣接法を用いて、電位差を測定した例について説明する。
【0029】
(腹部輪郭推定部)
腹部輪郭推定部2は、
図2および
図8Aに示した通り、例えば、ストレッチセンサ22とベンドセンサ(角度検センサ)24を支持部25上の4点以上の腹部輪郭計測点26に配置し、被測定者が支持部25を着用する前にその腹部輪郭計測点26の座標(x、y、z)の基準点として求め、被測定者が支持部25を着用した後の腹部輪郭計測点26の座標(x、y、z)の変化から、被測定者の腹部輪郭∂Ωを推定する。ストレッチセンサ22とベンドセンサ24は、各電極のz方向の位置とは同じにすることが好ましいが、xとy位置については、独自の位置に設けてもよいし、電極20の座標(x、y、z)近傍に配置してもよい。ストレッチセンサ22とベンドセンサ24は、各電極のz方向の位置におけるxとyの腹部輪郭∂Ωをz方向に重ねて、被測定者の3次元的な腹部輪郭∂Ωを推定する。腹部輪郭計測点26の座標データから被測定者の腹部輪郭∂Ωを得るために、腹部輪郭推定部2は、腹部輪郭計測点26の間(各座標点間)を補う。また、このようなストレッチセンサ22とベンドセンサ24を用いることで被測定者の腹部輪郭∂Ωを正確に推定することはできるが、ストレッチセンサ22とベンドセンサ24を片方だけ用いる、または、両方ともに用いなくても、例えばS、M、Lなどの平均的なサイズの支持部25を用いることで、簡易的には被測定者の腹部輪郭∂Ωを推定することもできる。腹部輪郭推定部2は、腹部輪郭計測点26の位置座標およびBスプライン曲線などの補間曲線を用いて、被測定者の腹部輪郭∂Ωをより精度よく推定する。ここでは、Bスプライン曲線で被測定者の腹部輪郭∂Ωを推定したが、ベジエ曲線、ラメ曲線などを用いてもよい。
図8BにBスプライン曲線で推定された被測定者の腹部輪郭∂Ωを示す。
図8Bに示す通り、例えば、被測定者の腹部輪郭∂Ωを電極がある位置毎に分割し(レイヤー毎に分割)し、各レイヤー毎に、被測定者の腹部輪郭∂Ω
lから∂Ω
4を推定する。得られた各レイヤー毎の被測定者の腹部輪郭∂Ω
lから∂Ω
4から、そのxとy方向だけではなくz方向に対しても、Bスプライン曲線などの補間曲線を用いて、被測定者の3次元の腹部輪郭∂Ωをより精度よく推定する。q番目の電極20の位置は、電極位置からレイヤー層の中心(原点)Oまでの長さr
qと、電極20の位置および原点Oを結んだ線とx軸とのなす角度θと、で表される。得られた被測定者の腹部輪郭∂Ωの情報は、ヤコビ行列計算部3に送られる。
【0030】
ストレッチセンサ22は、伸縮性のひずみセンサである。ストレッチセンサ22は、支持体25を被測定者が測定した際の腹部輪郭計測点26付近の伸縮方向の変位を測定する。
【0031】
ベンドセンサ24は、角変位を測定することができるセンサである。ベンドセンサ24は、支持体25を被測定者が測定した際の腹部輪郭計測点26付近の曲げ方向の変位を測定する。
【0032】
以上の説明では、ストレッチセンサ22およびベンドセンサ24を用いて、腹部輪郭∂Ωを推定する例を説明したが、本実施形態の診断装置100において、腹部輪郭計測点26の座標があれば、ストレッチセンサ22およびベンドセンサ24などのセンサを備えていなくてもよい。センサを用いない場合、例えば、腹部輪郭推定部2の計算に用いられる腹部輪郭計測点26の座標は、診断装置100とは別に測定して得たデータを用いてもよい。
【0033】
(ヤコビ行列計算部3)
ヤコビ行列は、空間に分布する電気物性(導電率、誘電率)の基準に対する変化に対して、電流印加したときの測定電位差(または、電圧印加したときの測定電流)がどれだけ変化するかを示した感度行列である。被測定者のヤコビ行列(感度行列)は被験者の電気物性の空間分布や体形などで異なり、被測定者のヤコビ行列が分かれば電気物性分布を算出することができる。ヤコビ行列計算部3は、あらかじめ決められた電極20の電流印加電圧測定パターン(または電圧印加電流測定パターン)、および、腹部輪郭推定部2で推定した被測定者の腹部輪郭∂Ω(腹部輪郭∂Ωを分割して得たメッシュ座標)と電極20の座標とを用い、被測定者の腹部内部Ωのヤコビ行列J*(*は被測定者のために推定したこと意味する記号)を計算する。ヤコビ行列計算部3は、(1)あらかじめ撮影した被測定者自身の胃X線画像やMRI画像などをベースとして、下記式(9)を用いてヤコビ行列J*を計算し、ヤコビ行列J*をオーダーメイドで作成してもよいし、(2)年齢、性別、国籍、身長、体重などの一般的な情報に基づく胃の3次元位置情報とあらゆる形G個の腹部輪郭∂Ωを第一データベースとし、その第一データベースから、第二データベース(既知の腹部輪郭∂ΩのデータセットIと既知の腹部内部Ωのヤコビ行列のデータセットJ)を作成し、その第二データベースから、腹部輪郭推定部2で推定した被測定者の腹部輪郭∂Ωに対して、機械学習などを用いて被測定者の最適なヤコビ行列J*を選んでもよい。
【0034】
以下、
図9に従って(2)の第一データベースと第二データベースについて説明する。はじめに、第一データベースでは、例えば、一般的に公開されている特定の年齢や国籍や性別の健常者の胃の3次元位置情報(例えば一般的に公開されている胃の3D画像)に対して、太った人ややせた人を想定してあらゆる形(ジオメトリ)G個の腹部輪郭∂Ωの情報(例えば一般的に公開されている胃の3D画像を太った人ややせた人を想定して加工した画像)を用意する。
【0035】
第一データベースでは、g番目のジオメトリの腹部輪郭∂Ωgに対して、Q個の電極20に応じて、適切な解像度が得られるように、その内部Ωgを3次元のメッシュに分割する。例えば、電極20がQ=32個の場合は、既知の腹部輪郭∂Ωgを含む領域を、x-y平面におよそ1024分割、z方向におよそ32分割の合計およそ32768点に分割してメッシュnを作成してもよい(1≦n≦N)。この場合のNは32768点となる。メッシュ数や形状は、電極20の個数や必要な解像度に合わせて適宜設定することができる。なお、この作業は第一データベース内で行ってもよいし、次の第二データベース内で行ってもよい。
【0036】
次に、第二データベースにおける、ジオメトリG個の腹部輪郭∂Ωの情報に対する既知の腹部輪郭∂ΩのデータセットIについて説明する。既知の腹部輪郭∂ΩのデータセットIとは、(Q+3)×N(空間メッシュ数)×G(第1データベースのジオメトリ数)の要素を持った既知の腹部輪郭∂Ωのデータからなる行列である。ここで、Qは厳密には腹部輪郭計測点の数であり、電極数と異なる値をとってもよいが、ここでは便宜上、腹部輪郭計測点の数Qと電極数Qは同じ値とする。腹部輪郭∂ΩのデータセットIは、腹部輪郭推定部2で推定した被測定者の腹部輪郭∂Ω、その腹部輪郭∂Ωから腹部内部Ωを分割して得たN個のメッシュ座標(xn,yn,zn)、および、原点Oからの各電極20までの距離rから構成される。Q+3の3の意味は、g番目ジオメトリn番目メッシュにおける座標位置(xn,yn,zn)であり、Qの意味はg番目ジオメトリにおける腹部輪郭計測点Qの半径rである。
【0037】
データセットIは、以下の式(1)で表される。Igは、既知の腹部輪郭∂Ωgにおける入力変数であり、下記の式(2)で表される。式(2)中のIg
nは、既知の腹部輪郭∂Ωgにおけるメッシュnの入力変数であり、下記の式(3)で表される。式(3)中のXg
nは、既知の腹部輪郭∂Ωgにおけるメッシュnのデカルト座標(xn,yn,zn)を示し、下記の式(4)で表される。式(3)中のrgは、既知の腹部輪郭∂Ωgに配置される電極20の原点からの距離で、下記の式(5)で表される。式(5)中のQは、腹部輪郭計測点の数 (電極数と同じでもよい)を示す。なお、式中のTは行列要素の転置を示し、右辺Rは実数の集合を示し、その上付き文字は行列の要素、または列ベクトルの要素を示し、その下付き文字は行ベクトルの要素を示す。
【0038】
【0039】
既知の腹部内部Ωのヤコビ行列のデータセットJは、例えば、前述した第一データベースとあらゆる形の腹部輪郭∂Ωとから有限要素法を用い、ヤコビ行列Jを計算することで、既知のヤコビ行列のデータセットJを作成してもよい。ヤコビ行列Jは、被測定者の腹部輪郭∂Ωによって変わるので、多数の既知の腹部輪郭∂Ωおよびヤコビ行列Jを用意することが好ましい。ここでは、既知の腹部輪郭∂Ωを∂Ωg(1≦g≦G)とする。Gは、データセット中の既知の腹部輪郭∂Ωの数であり、例えば100から10000である。∂Ωgの種類やGの数は、適宜修正できる。既知の腹部内部Ωのヤコビ行列のデータセットJは、M(電流印加電圧測定パターンの数)×N(空間メッシュ数)×G(第1データベースの数)の要素を持った既知の感度行列である。G個の3次元の形をXベクトル、複数の既知の試料の腹部輪郭∂Ωから有限要素法などで取得した複数のヤコビ行列Jのデータをいう。ヤコビ行列のデータセットJは、あらかじめ決めた電流印加電圧測定パターン(または、電圧印加電流測定パターン)の感度行列である。
【0040】
腹部輪郭∂Ωのヤコビ行列Jは、下記の式(6)で表される。式(6)のMは、電流印加電圧測定パターンの数を示し、Nはメッシュ数を示し、Gはジオメトリ数を示す。ジオメトリg(1≦g≦G)のヤコビ行列Jgは、式(7)で示され、ジオメトリg(1≦g≦G)のメッシュn(1≦n≦N)におけるヤコビ行列Jg
nは、式(8)で示される。ジオメトリg(1≦g≦G)のメッシュn(1≦n<N)の電流印加電圧測定パターンm(1≦m≦M)およびにおけるヤコビ行列要素Jg
nmは、下記の式(9)を用い、計算される。ここで、σnは、電気物性分布の例としてメッシュnにおける導電率を示すが、他の電気物性分布(導電率差分布Δσ、誘電率分布、誘電率差分布、位相分布、位相差分布)でもよい。Anはn番目のメッシュ体積を示すが、計算コストの関係などで簡便に計算したい場合はx-y方向のメッシュ面積を用いてz方向には近似してもよい。Vm(e,d)は、電流印加電圧測定パターンmにおける測定電位差Vを示す。eは電流印加電圧測定パターンmにおける電流印加電極ペアを示し、dは電流印加電圧測定パターンmにおける電圧測定電極ペアを意味する。V(ie)は、電流印加電極ペアeへの電流印加により誘発された、電圧測定電極ペアd間の電位差を示す。V(id)は電圧測定電極ペアdへの電流印加により誘発された、電流印加電極ペアe間の電位差である。∇はナブラ記号で微分演算子である。
【0041】
【0042】
以下、
図9の第二データベースから出力される既知の腹部内部Ωのヤコビ行列のデータセットJと既知の腹部輪郭∂Ωのデータセットを用いて、腹部輪郭推定部2で推定された被測定者の腹部輪郭∂Ωから、あらかじめ決めた電流印加電圧測定パターンm(1≦m≦M)を基に、被測定者のヤコビ行列J*(*は被測定者のために推定したこと意味する記号)を計算する方法について説明する。ヤコビ行列J*を計算する際には、入力変数として、腹部輪郭∂ΩのデータセットIと腹部内部Ωのヤコビ行列のデータセットJを用い、例えば最近傍探索手法やニューラルネットワークなどの機械学習を用いて、被測定者のヤコビ行列J*を計算する。最近傍探索手法としては、特に限定されないが、K近傍法、近似最近傍探索、局所性鋭敏型ハッシュ、kd木などが挙げられる。ここでは、K近傍法を例に挙げて説明する。
【0043】
次に、
図10を用いてK近傍法による被測定者のヤコビ行列J*の計算の方法について説明する。ヤコビ行列計算部3は、腹部輪郭推定部2から送られてきた被測定者の腹部輪郭∂Ω*を既知の腹部輪郭∂Ω
gのデータセットと同じメッシュ数Nとなるように分割する。その後、あらかじめ決められた電流印加電圧測定パターンmと、電流電圧印加測定部1から送られてきた電極20の座標から、メッシュnから入力変数I
*を作成する(S12)。入力変数I
*は、被測定者の腹部輪郭∂Ω*における入力変数であり、下記の式(10)で表される。式(10)中のI
*
nは、被測定者の腹部輪郭∂Ωにおけるメッシュnの入力変数であり、下記の式(11)で表される。式(11)中のX*
nは、被測定者の腹部輪郭∂Ωにおけるメッシュnのデカルト座標(x*
n,y*
n,z*
n)を示し、下記の式(12)で表される。Tは行列要素の転置を示す。式(11)中のr
*は、被測定者の腹部輪郭∂Ωに配置される電極20(正確には、腹部輪郭計測点)の原点Oからの距離で、下記の式(13)で表される。式(13)中のQは、電極20(正確には、腹部輪郭計測点)の個数を示す。
【0044】
【0045】
次に、K近傍法(K-nearest neighbor algorithm, K-NN)による被測定者のヤコビ行列J
*の計算の流れを説明する。ヤコビ行列計算部3は、初期値(例えば、n=1、m=1)を入力する(S13)。次にヤコビ行列計算部3は、まず、被測定者の計測したI
*と第二データベースからの出力である既知の腹部輪郭∂ΩのデータセットIとのユークリッド距離行列Cを計算する(S14)。ユークリッド距離行列Cは、下記の式(14)で表され、I
*
nmとユークリッド距離が小さいクラスター数K個の入力変数I
g
nmを示す。クラスター数Kの数は特に限定されず、例えば5である。ユークリッド距離行列Cは、独自に決めるクラスター数Kとメッシュ数Nの要素K×Nからなる。メッシュn(1≦n≦N)におけるユークリッド距離行列Cnは、下記の式(15)で示され、I
g
nとI
*
nのユークリッド距離を示し、被測定者の計測したI
*とジオメトリg(1≦g≦G)の既知の腹部輪郭∂ΩのデータセットI
gが最小になるようにきめる。次に、ユークリッド距離行列Cと既知の腹部内部Ωのヤコビ行列のデータセットJを用いて、nを固定した時のmにおける被測定者のヤコビ行列J
*
n(要素数はM)を計算する(S15)。それは、下記の式(16)で計算され、J
g
nは既知の腹部輪郭∂Ω
gにおけるメッシュnにおける電流印加電圧測定パターンmのヤコビ行列を示す。
図10には、例えば、メッシュn=5の位置を例として、I
5
*についての例が、記されている。
【0046】
Jnm
*の計算が終わったところで、ヤコビ行列計算部3は、nの数がメッシュ数Nと等しいか判定する(S15)。nとNが等しくない場合は、nの数を1つ上げ、再度S15に戻る(S16)。nとNが等しい場合は、次にmが電流印加電圧測定パターンの数Mと等しいか判定する(S17)。mとMが等しくない場合は、mの数を1つ上げ、再度S14に戻る(S18)。nとmがそれぞれNとMと等しくなれば、ヤコビ行列計算部3は、被測定者のヤコビ行列J*の計算を終了し、電気物性分布計算部4に被測定者のヤコビ行列J*を送る。通常上記の式(3)を用いて、通常のPCでヤコビ行列Jを計算すると、5分以上計算に時間がかかってしまう。本実施形態に係る診断装置100では、既知のデータセットIと腹部輪郭∂Ωgのヤコビ行列のデータセットJを用意し、被測定者の腹部輪郭∂Ωおよび電流印加電圧測定パターンを基に、K近傍法のような機械学習を用いることで、被測定者のヤコビ行列J*を短時間で精度高く計算することができる。
【0047】
【0048】
(電気物性分布計算部)
電気物性分布計算部4は、ヤコビ行列計算部3から送られてきた被測定者のヤコビ行列J*と、電流電圧印加測定部1で測定された電位差および位相(または電流および位相)とから被測定者の電気物性分布を計算する。ここで、電気物性分布とは、例えば、導電率分布σ、導電率差分布Δσ、誘電率分布、誘電率差分布、位相分布、および、位相差分布などである。以後、導電率と導電率差(時間t0の基準に対する時間tの導電率)を区別して記載する場合があり、差を表す記号としてΔを用いる。
以下は導電率差分布Δσに焦点をあてて説明する。既知の被測定者のヤコビ行列J*と、測定した既知の電位差ΔV(時間t0の基準に対する時間tの電位差)から、導電率差分布Δσを求める問題は、不適切逆問題と呼ばれ、例えば、繰り返し計算を使って求めることができる。その繰り返し回数を右数の数字で表す。繰り返し回数0回目の初期の導電率差分布Δσ0は(右上の数字は繰り返し回数)、被測定者のヤコビ行列J*を用い下記の式(17)から計算される。Tは転置行列を示す。式(17)中のΔVは、下記の式(18)に示す通り、あらかじめ決められた電流印加電圧測定パターン(または電圧印加電流測定パターン)M個の要素を持つ列ベクトルである。式(18)中のΔVmの処理の仕方は2つの方法、すなわち、印加電流周波数一定で測定時間差を使う方法と、測定時間一定でいくつかの印加電流周波数差を用いることができる。ここでは測定時間差を使う方法について述べると、電流印加電圧測定パターンm(0≦m≦M)の時間t0のときの測定電位ΔVm(t0)を基準として、時間tのときの測定電位ΔVm(t)からの時間差の測定電位差ΔVを用い、下記の式(19)で表される。また、この式は、Vm(t0)で除してもよい。式(19)中のmは、電流印加電圧測定パターンである。
被測定者の導電率差分布Δσは、初期の導電率差分布Δσ0を繰り返し回数のスタートとして、下記の式(20)を用いて計算される。式(20)中のiは、繰り返し計算回数を表す。式(20)中のRは正則化行列、λは計算を収束させるための、任意のパラメータを示し、例えば、0.01である。Rは例えば、下記の式(21)で表され、既知の被測定者のヤコビ行列J*の関数である。計算された被測定者の導電率差分布Δσは、胃壁輪郭計算部5または相対pH推定部6に送られる。
【0049】
【0050】
(胃壁輪郭計算部)
胃壁輪郭計算部5は、電気物性分布計算部4から得られた被測定者の電気物性分布(導電率分布σ、導電率差分布Δσ、誘電率分布、誘電率差分布、位相分布、位相差分布)を被測定者の胃内部Γ、胃壁輪郭∂Γ、胃外部の構成成分に対応するクラスタに分類することで、被測定者の胃壁輪郭∂Γ情報を得る。さらに、その被測定者の胃内部Γの電気物性分布情報も得る。胃壁輪郭計算部5は、得られた胃壁輪郭∂Γ情報と胃内部Γの電気物性分布情報とを相対pH推定部6および出力部7に送る。胃壁は、その周囲の肝臓、脾臓などの他の組織と比較して、電気物性分布の中でも特に導電率差が高く大きな差があり、導電率差分布Δσをクラスタリングすることにより、胃壁輪郭∂Γを他の臓器と区別して抽出することができる。その胃内部についても、胃酸の分泌により導電率差が高く、したがって、胃壁輪郭∂Γを得ることで、その胃内部Γの導電率差分布Δσを精度高く得ることができる。さらに、導電率差だけでなく、誘電率についても、胃壁は肝臓、脾臓などの他の組織と比較して小さく、結果として、位相にも大きな違いがあり、導電率差だけではく、誘電率や位相などの電気物性を用いてもよい。被測定者の電気物性分布を被測定者の構成成分(胃外部、胃壁輪郭∂Γ、胃内部Γ)に対応するクラスタに分類する方法は、特に限定されないが、例えば、ファジークラスタリング、k平均法、EMアルゴリズム、ISODATA法、最長距離法などが挙げられる。ここでは、ファジークラスタリングを2回繰り返す2ステップファジークラスタリングの例を説明する。
【0051】
図11は、2ステップファジークラスタリング(2Step Fuzzy c-Means algorithm)を用いて、被測定者の電気物性分布(導電率分布σ、導電率差分布Δσ、誘電率分布、誘電率差分布、位相分布、および、位相差分布など)から被測定者の構成成分に対応するクラスタに分類するフローチャートである。以下、電気物性分布として導電率分布σの例をとり、
図11を用いて被測定者の構成成分に対応するクラスタに分類する流れを説明する。電気物性分布計算部4から送られてきた導電率分布σに対し、3種のクラスタK=3とし、胃内部Γの
k=1σ
0、胃壁輪郭∂Γの
k=2σ
0、胃外部の
k=3σ
0に分け、クラスタの初期化を行う(S21)。このとき繰り返し回数jは0とする。次に、k番目にクラスタされているメッシュnの導電率
kσ
nの座標
kr
n=(x
n,y
n,z
n)からクラスタ重心位置
kr
c
jを下記の式(22)を用いて計算する(S22)。次にファジー重みづけ
kμ
jnを式(23)を用いて計算する(S23)。次に、得られたファジー重心
kf
c
jを式(24)を用いて計算する(S24)。クラスタ再設定を式(25)を用いて行う。各クラスタ重心位置
kr
c
jとファジー重心位置
kf
c
jを計算した後、メッシュnにおける導電率σ
nは、下記の式(23)で計算されるメッシュnの座標r
nとファジー重心位置
kf
c
jとの差のユークリッド距離が最小であった重心位置
kr
cにフィジー重みとの積として、導電率
kσ
nがクラスタkに割り当てられる(S25)。各クラスタ再配置後、最新j回目の各ファジー重心位置ファジー重心
kf
c
jとその1回前(j-1)回目の計算における各ファジー重心位置ファジー重心
kf
c
j-1の重心位置とが一致していない場合、S22に戻る(S26)。最新の各ファジー重心位置とその一回前の計算における各ファジー重心位置が一致していれば、ステップ2に移動する。ステップ2ではステップ1と同様であるが、クラスタ数Kは2、すなわち、k=1(胃内部)、k=2(胃壁)のみで計算を行い、再度各クラスタ毎に、クラスタ重心位置
kr
cとファジー重心位置
kf
c
jを計算する。ステップ2では、ステップ1と同様に、クラスタ初期化(S21a)、クラスタ重心位置の計算(S22a)、ファジー重みづけの計算(S23a)、ファジー重心位置の計算(S24a)、クラスタ再設定(S25a)、および判定(S26a)を行う。再度同様の処理を行うことで、被測定者の構成成分にクラスタリングされた電気物性分布が得られる。ファジークラスタリングのような被測定者の導電率分布σを構成成分に対応するクラスタに分類することで、導電率の閾値で分けるよりも高精度に胃壁輪郭∂Γを明確にすることができる。また、胃壁輪郭計算部5は、短時間に胃壁輪郭∂Γを算出することができるので、リアルタイムに胃の形状変化を得ることができ、さらに、胃壁輪郭∂Γと胃内部Γのボクセル数を計算することで胃の大きさの時間変化を求めることができる。胃壁輪郭∂Γの形状変化をリアルタイムに得ることで、胃の診断に重要な、胃全体の運動、胃上部の運動、および、胃下部の運動を把握することができる。
【0052】
【0053】
胃壁輪郭計算部5は、被測定者の胃壁輪郭∂Γと胃内部Γとの境界線、および、胃壁輪郭∂Γと胃外部との境界線を強調するために、従来の方法を用いてもよく、境界線の強調方法は、特に限定されず、例えば、Canny法、ソーベル法・ガウスのラプラシアン法などが挙げられる。
【0054】
(相対pH推定部)
図12は相対pH推定部6で相対pHを求めるためのアルゴリズムの一例であり、以下、電気物性分布として導電率分布σの例をとり、このアルゴリズムに従って説明する。相対pH推定部6は、電気物性分布計算部4から送られた被測定者の電気物性分布(ここでは、導電率分布σ)、および、胃壁輪郭計算部5から送られた被測定者の胃壁輪郭∂Γ情報に基づいて、胃内部Γの相対pHの分布を推定する。推定された相対pH分布は出力部7に送られる。相対pH推定部6は、被測定者の電気物性分布から被測定者の胃内部の相対pH分布を推定してもよい。ここで、相対pHとは、厳密なpHを示すものではなく、次に示す基準に対する相対的なpHを示し、記号ではpH*と*を付けて表記する。胃内部Γに飲料や食事などが入ると、胃壁輪郭∂Γから胃酸(主に塩酸HCl)が分泌され、胃内部ΓのpHが変化する。胃内部Γの厳密な相対pHはpH=-log[H
+]で示され、[H
+]、すなわち、1リットル当たりの溶液中のH
+イオンの濃度molで示される。ます初めに、食事前(飲料中)の相対pHの推定は例えば、コールラウシュの平方根則(オンサガーの導電率式)をベースとした下記の式(26)に基づいて計算される。下記の式(26)において、σは電気物性分布計算部4で計算された導電率を示し、cはこの式から求めたい胃酸濃度である。Λ
∞は、既知の胃酸の極限モル導電率を示し、胃酸を塩酸HClと仮定すると、コールラウシュのイオン独立移動の法則により、273.5×10
4 Sm
2mol
-1となる。また、αとβは、胃内部Γの溶媒の温度、比誘電率、粘性係数から求まる定数であり、溶媒を水と仮定し、胃内部Γの温度を36.5℃(=309.5K)、誘電率80.4、粘性係数η=0.8903×10
-2Pボアズ(1P= 10
-1Pas)を仮定すると、
図12に示した通り、Λ
∞、α、βなどの各定数が得られ、式(26)により、cを求めることができる。ここで注意する点は3つあり、1)cはH
+の濃度ではなく胃酸(電解質濃度)であり、正確な[H
+]を求めるために、HClの電離定数などを考慮してもよいが、胃酸は強胃酸なので簡単のため、電離定数などは考慮しなくてもよく、cを[H
+]とみなしてもよい。また、2)電気物性分布計算部4で計算された導電率σ
0は単位のある絶対値ではなく、相対値であるので、式(26)で求めたcも相対値とみなしてもよい。さらに、3)cは単位体積当たりの電解質濃度であるので、水などの飲んだ溶媒の体積Vが既知であるとより正確な比較が可能である。式(26)で求めたcは、飲んだ水が既知の場合はその水体積Vw、空腹時の胃体積V0、時間tの胃体積Vtで除して単位体積当たりの値でもよいし、相対値を前提としているので、Vw、V
0、Vtなどで除さなくてもよい。以下、シミュレーションに従って、液体を飲んだ場合および固形物を食べた場合について説明する。
【0055】
【0056】
まず、表1、
図13、
図14A、および
図14Bに示したシミュレーション条件、すなわち、
図13に示した腹部と胃のジオメトリに表1で示した条件で、
図14A食事前(飲料中)(BM)条件、および、
図14B食事中(DM)条件において、電磁気シミュレーションを行った。ますはじめに、液体を飲んだ場合について、説明する。一般的に、健常者の胃は、200mL程度の液体は胃に入ると胃道(胃体管)を通り数分から数10分程度で十二指腸に排出され、空腹時の胃体積V
0の膨張や胃の蠕動運動は小さいと言われている。これらの液体が胃に入った場合は、空腹時の胃体積V
0の変化はほぼないと仮定できる。粘性が高い液体の場合は、粘性摩擦力が大きくなり胃の蠕動運動によって排出され、胃内部Γの体積変化があるので、後述する固形物の場合で説明する。飲料を飲んだ際の胃の相対pHの推定は、以下の方法で行うことができる。飲料を飲んだ後の相対pHは、例えば、下記の式(27)から計算される。下記の式(27)において、σ
BM
0は、液体を飲む前に計算された空腹時の導電率を示し、σ
BM
tは、液体を飲んだ後の時間tの導電率を示し、Λ
∞は極限モル導電率差を示し、αとβは定数であり、c
BM
0H+は液体の飲む前の空腹時の胃酸濃度を示し、c
BM
tH+は、液体を飲んだ後の時間tの胃酸濃度c
BM
tH+を示す。c
BM
0H+とc
BM
tH+との和は、下記の式(28)で表される。式(28)において、m
0は胃酸(H
+)の質量を示し、Δmは液体を飲んだ後の胃酸の質量の変化分を示す。V
0は液体を飲む前の空腹時の胃体積である。c
BM
0H+は、液体を飲む状態で測定して得られた結果から求めた導電率分布σから、式(26)を用いて計算することができ、V
0も液体を飲む前の測定で得られた結果から求められた胃壁輪郭∂Γによって求めることができる。[H
+]は、下記の式(29)で表される。式(26)および式(29)から相対pHを求めることができる。このように、液体を飲んだ後に得られた導電率分布σから式(29)を用いて相対pHを計算することできる。これによって、
図15に示す通り、食事前(飲料中BM)の導電率分布σ及び相対pHの分布が得られる。
【0057】
【0058】
【0059】
次に、固形物を食べた場合について、説明する。固形物を食べた場合、または、粘性の高い液体を飲んだ場合は、胃に入ったものは、胃の蠕動運動によって排出される。一般的に、健常者の胃は、液体の場合よりも長い時間をかけて、固形物を十二指腸に排出され、空腹時の胃体積V
0からの膨張や胃の蠕動運動は大きく、一方、機能性ディスペプシアなどの胃に疾患がある患者は、空腹時の胃体積V
0からの膨張や胃の蠕動運動は小さいと言われている。そのため、時間tにおける胃内部Γの体積VtとV
0とを比べることで、胃の状態を調べることができる。固形物を食べた場合、または、粘性の高い液体を飲んだ場合の胃の相対pHの推定は、以下の方法で行うことができる。固形物を食べた後、または、粘性の高い液体を飲んだ後の相対pHは、例えば、下記の式(30)から計算される。下記の式(30)において、σ
DM
0は、固形物を食べる前に計算された導電率分布σを示し、σ
DM
tは、固形物を食べている間の時間tのときに計算された導電率分布を示し、Λ
∞は、極限モル導電率差を示し、αとβは定数であり、c
DM
0H+は固形物を食べる前の胃酸濃度を示し、c
DM
tH+は、固形物を食べている間の時間tにおける胃酸濃度を示す。c
DM
0H+とc
DMt
H+との和は、下記の式(31)で表される。式(31)において、m
DM
0H+は固形物を食べる前の胃酸(H
+)の質量を示し、Δm
DM
tH+は固形物を食べている間の胃酸の質量の変化分を示し、V
DM
0H+は固形物を食べる前の胃体積を示し、V
DM
tH+は固形物を食べている間の胃体積変化分を示す。c
DM
0H+は固形物を食べる前の測定で推定された導電率分布σから式(26)を用いて計算することができる。V
DM
0H+は、固形物を食べる前の測定から推定された胃壁輪郭∂Γから求めることができ、V
DM
tH+は、固形物を食べている間の測定から推定された胃壁輪郭∂Γから求めることができる。[H
+]は、下記の式(32)で表される。式(26)および式(32)から相対pHを求めることができる。これによって、
図16に示す通り食事中(DM)の導電率分布σ及び相対pHの分布が得られる。
本実施形態に係る診断装置100は、電流電位差の測定から画像表示までが短時間(0.1秒~1秒程度)であり、かつ、演算も短時間にできるので、食事中の胃の形状変化および相対pHの変化をリアルタイムに測定することができる。
【0060】
【0061】
(出力部)
出力部7は、胃壁輪郭計算部5から送られた胃壁輪郭∂Γと胃壁輪郭∂Γ内における、導電率分布σ、導電率差分布Δσ、誘電率分布、誘電率差分布、位相分布、位相差分布、さらには、相対pH推定部6から送られてきた相対pH分布を出力する。なお、出力部7は、胃壁輪郭計算部5の前の電気物性分布計算部4から送られた導電率分布σ、導電率差分布Δσ、誘電率分布、誘電率差分布、位相分布、位相差分布を出力してもよい。これらの電気物性分布と相対pH分布は、3D(三次元)空間と時間の4D(四次元)画像、時間を固定した3D画像、その3D画像を空間的に平均化した2D画像や1D(一次元)値、および、時間的に平均化した時間平均値などに換算して、それらの出力を表示してもよい。以降、空間平均の記号として< >を用いる場合がある。
【0062】
胃の運動機能には適応性弛緩(胃上部の運動機能で胃に食べ物を入れる機能)と胃排出能(胃下部から十二指腸に消化物を排出する機能)との2種類があり、胃疾患の症状には、胃上部の運動機能低下による適応性弛緩異常を原因とする「早期飽満感」と、胃下部の運動機能低下による胃排出能異常を原因とする「胃もたれ」がある。したがって、出力部7では、胃全体の体積V0の時間変化を表示してもよいし、その胃体積全体ではなくて、胃上部(胃底部)、胃中部(胃体部)、胃下部(幽門部)を区別して、表示してもよい。さらに、胃疾患の病態のひとつとして、例えば、胃の知覚過敏による胃痛(心窩部痛、心窩部灼熱感)があり、胃中部(胃体部)からの胃酸の分泌が重要となる場合もある。したがって、相対Phについても、胃全体の相対pHを表記してもよいし、胃上部(胃底部)、胃中部(胃体部)、胃下部(幽門部)を区別して、表示してもよい。
【0063】
被測定者の構成成分にクラスタリングされた電気物性分布の出力先は特に限定されない。出力先は、液晶ディスプレイのような表示部であってもよいし、HDDのような記憶装置であってもよい。
【0064】
以上、本実施形態に係る診断装置100を詳説した。なお、本発明の技術的範囲は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。上記の実施例では、胃壁輪郭計算部5の計算の後に、相対pH推定部6で相対pHを計算していたが、先に相対pH推定部6で相対pHを計算した後、胃壁輪郭計算部5を計算してもよい。
【0065】
その他、本発明の趣旨に逸脱しない範囲で、前記実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、前記した変形例を適宜組み合わせてもよい。
【実施例0066】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
(実施例1)
次に、本実施形態に係る診断装置100の有効性を検証するために実験した例について説明する。なお、本実験は千葉大学大学院工学研究院生命倫理審査委員会の承認のうえ実施した。被測定者は三人(22歳男性(被測定者1)、30歳男性(被測定者2)、32歳男性(被測定者3))で、そのうち二人(22歳と30歳男性)は健常者であるが、一人の32歳男性は軽度の機能性ディスペプシアを患っており、胃の調子が悪く朝食があまり食べられない症状を持つ。被測定者は、
図17に示した8(x,y方向)×4(z方向)=32個の電極20を備えたスーツ状の支持体25を装着した。あらかじめ決めた電流印加電圧測定パターンは、前記
図7A~Cに示した3D隣接法とした。電流電圧印加測定部1の電極間の印加周波数は1450Hzで、印加電流は1mAとし、各電極間に電流を印加し電位差を測定した。腹部輪郭推定部2では、被測定者三人ともに同様の体系をしているため、代表して一人の腹部に対して、ベンドセンサ(角度検出センサ)とストレッチセンサにて輪郭測定位置の座標を計測し、レイヤー1からレイヤー4までの形状である腹部輪郭∂Ω
lから∂Ω
4を求め、Bスプライン曲線を用いて、被測定者の3次元の腹部輪郭∂Ωを推定した。ヤコビ行列計算部3では、前記
図10に基づいて被験者の体系に合わせたヤコビ行列J*を求めた。電気物性分布計算部4では、誘電率分布と位相分布は用いずに、導電率差分布のみを画像化した。本実施例の診断装置の胃壁輪郭計算部5では、2ステップファジークラスタリングを用いた。以上の実験条件において実験を開始した。
【0068】
以下、
図18を用い計測時間と飲食行為との関係について説明する。計測時間は3分毎であり、各時間はt
0~t
40の記号で示してある。被測定者は実験開始前から6時間以上飲食をせず、その空腹状態を初期状態として、実験開始前の30分間からは、座位の姿勢で安静状態とし生理条件を整えた。実験開始後、30分間おきに水を200mLずつ、3回に分けて合計600mLの水を飲み、90分後には、いなりずし3つを食べた。このいなりずし3つは質量300gで、胃内を想定しシェーカーにて液状にしたところ、およそ100mLの粘性液体に相当した。計測は合計120分間で3分ごとに41回(実験開始時0分のときも含めて計測)行い、実験開始時t
0の空腹状態の計測電位差V0を基準とした。1回目の水200mLを、実験開始時(t
0)の計測直後に、30秒程度の時間で速やかに飲料した。その後、2回目の水200mLを、30分後(t
10)の計測直後に、30秒程度の時間で速やかに飲料した。その後、3回目の水200mLを、60分後(t
20)の計測直後に、30秒程度の時間で速やかに飲料した。その後、いなりずし3つ300gを、90分後(t
30)の計測直後に、4分程度の時間で速やかに食べ終え、計測を続けた。
【0069】
図19は、電気物性分布計算部4が出力した被測定者三人(ふたりは健常者で一人は軽度ディスペプシア患者)の3Dの導電率差分布Δσの出力画像であり、2ステップファジークラスタリングの処理をする前の画像で、実験開始3分後t
1(水を200mL飲んだ直後)、実験開始33分後t
11(2回目の水を200mL飲んだ直後)、実験開始63分後t
21、(3回目の水を200mL飲んだ直後)、実験開始93分後t
31(食事中)である。
図19の実験開始後t
1の図で、点線で囲った部分は、胃の3D位置を示すところである。
図19の上に記載された図は、電極配置パターンを示す。
【0070】
図20は、相対pH推定部6が出力した相対ph[-]を示す。ここでは、相対pH推定部6は胃壁輪郭計算部5の出力前で実行し、相対pH推定部6の結果を胃壁輪郭計算部5の入力とした。
図20は、実験開始3分後t
1(水を200mL飲んだ直後)、実験開始33分後t
11(2回目の水を200mL飲んだ直後)、実験開始63分後t
21、(3回目の水を200mL飲んだ直後)、および実験開始93分後t
31(食事中)における被測定者1~3の相対pH分布を示す図である。
図20の実験開始3分後の図の点線で囲った部分は、胃の3D位置を示すところである。
図20の上の図は、電極配置パターンを示す。
【0071】
図21A、21B、21Cは、相対pH推定部6でのオンサガー導電率式による空間平均導電率差<Δσ>と空間平均相対pH<pH*>の対応グラフであり、各時間における40点の空間平均導電率差(実験開始時t0のときの導電率差を基準とし、時間tのときの空間平均導電率差<Δσ>)から、空間平均相対pH<pH*>を求めた結果である。
図21Aが被測定者1(健常者)の結果であり、
図21Bが被測定者2(健常者)の結果であり、
図21Cが被測定者3(軽度機能性ディスペプシア患者)の結果を示す。
【0072】
図22Aおよび22Bは、
図19の電気物性分布計算部4が出力した被測定者の一人(被測定者1:健常者)の導電率差Δσの3D画像をベースとして、胃壁輪郭計算部5が出力した(a)第1ステップのファジークラスタリング(
図22A)と(b)第2ステップファジークラスタリングとの2ステップファジークラスタリング(
図22B)を用いた後の胃内部Γ(k=1)と胃壁輪郭∂Γ(k=2)の空間位置を示した3D画像である。
図22Aの第1ステップで、3種のクラスタ(胃内部Γの
k=1Δσ、胃壁輪郭∂Γの
k=2Δσ、胃外部の
k=3Δσ)に分け、さらに、
図22Bの第2ステップで、2種のクラスタ(胃内部Γの
k=1Δσと胃壁輪郭∂Γの
k=2Δσ)に分け、胃壁輪郭∂Γと胃内部Γを抽出したもので、実験開始から3分後t
1(水を200mL飲んだ直後)と、93分後t
31(食事をした直後)を代表的に示したものである。
【0073】
図23A、23B、23Cは、被測定者三人に対して、本実施例の診断装置の出力である2種のクラスタ(胃内部Γの
k=1Δσと胃壁輪郭∂Γの
k=2Δσ)内に位置する各ボクセルにおける空間平均導電率差<Δσ>を左縦軸に示している。さらに、本実施例の診断装置の出力である相対pHの時間変化(右縦軸に相対pH<pH*>と表記)を示している。横軸は、時間(t1~t40)を示す。
図23Aは、被測定者1(健常者)の結果である。
図23Bは、被測定者2(健常者)の結果である。
図23Cは、被測定者3(軽度機能性ディスペプシア患者)の結果である。次にその<Δσ>の時間変化について、各時間のt1~t40について、説明する。この
図23A、23Bの被測定者(健常者)の示す通り、水200mLを飲料した直後、すなわち、t
1、t
11、t
21の空間平均導電率差<Δσ>は、水により胃酸が薄まり導電率差が急激に減少し、その後の計測時間では胃酸が分泌され<Δσ>の減少が緩やかまたは増加し、その後胃酸の分泌が止まり、液体が胃から排出されるため、<Δσ>が減少する傾向を示す。いなりずしを食事をした直後のt
31でも、<Δσ>に同様の傾向があるが、食事は固形物で消化に時間がかかり胃から排出される時間も長く、胃酸の分泌も長い時間続くため、<Δσ>の減少傾向は、水の場合と比べてそれほど顕著ではないことがわかる。しかしながら、
図23Cの被測定者3(軽度機能性ディスペプシア患者)では、大きく異なる傾向を示す。例えば、いなりずしを食事をした直後のt
31では、<Δσ>はほとんど変化しない。
【0074】
次に、この相対pHについて説明する。この
図23A、23Bの被測定者(健常者)の示す通り、水200mLを飲料した直後、すなわち、t
1、t
11、t
21の相対pHの空間平均値相対pHは、胃酸が分泌されるために、急激に上昇し、その後、胃酸が希釈されるため相対pH<pH*>のなだらかな上昇があり、その後の計測時間では胃酸が分泌され相対pHが増加の傾向を示した。いなりずしを食事した直後のt
31でも、<pH*>は増加の傾向があることがわかる。しかしながら、
図23(c)の被測定者(軽度機能性ディスペプシア患者)では、大きく異なる傾向を示す。例えば、いなりずしを食事をした直後のt
31では、<pH*>はほとんど変化しない。以上より、本実施形態に係る診断装置によって、食前食後の胃内部Γの相対pHの可視化が可能であることが確認された。
【0075】
ちなみに、
図24A、24Bは、従来技術の侵襲性の高い胃用相対pH測定装置(直接鼻腔からセンサを直接胃内部Γに挿入し胃内部Γ相対pHを計測する装置)により、計測した例であり(蘆田潔:24 時間相対pH モニタリング.竹本忠良 監:日本消化性潰瘍学,医科学出版社,1995により引用)、同様の傾向が見られる。
図24Aは、健常者の結果であり、
図24Bは胃潰瘍患者の結果である。
【0076】
図25Aは、2クラスタリング後の胃内部Γ(k=1)と胃壁輪郭∂Γ(k=2)の空間平均導電率差<Δσ>の時間変化[-]を、特に注目する時間である、t
1(t
0で計測後に水200mL飲んだ直後)、t
11(t
10で計測後に水200mL飲んだ直後)、t
21(t
20で計測後に水200mL飲んだ直後)、および、t
31(t
30で計測後にいなりずしを食事した直後)を示したものであり、
図25Bはそのときの相対ph[-]である。これらの図に示す通り、健常者と機能性ディスペプシアを患う患者とはその傾向が大きく異なることがわかる。
【0077】
図26は、
図19から2種のクラスタ(胃内部Γの
k=1Δσと胃壁輪郭∂Γの
k=2Δσ)のボクセル数を算出したもので、実験開始3分後33分、63分後t
1、t
11、t
21 の平均値(水を200mL飲んだ直後)を基準として、実験開始93分後t
31(食事をした直後)とを、一人の健常者と、機能性ディスペプシア患者とを比較した結果である。その結果、水を飲んだ直後に対して食事をした直後の胃体積が、健常者はΔV
31=23%と大きく増加したが、機能性ディスペプシア患者ではΔV
31=6%しか増加しなかった。このことより、運動機能の形状を抽出することができることが確認された。
【0078】
以上、詳説したように、本実施形態に係る診断装置100は、微弱電流(微弱電位差)を印加するだけの極低侵襲で短時間に高い精度で被測定者の胃の状態を診断することができる。