IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社デンソーの特許一覧 ▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧

特開2022-149108摺動接触部材、ブラシ、および、回転機
<>
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図1
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図2
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図3
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図4
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図5
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図6
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図7
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図8
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図9
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図10
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図11
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図12
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図13
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図14
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図15
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図16
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図17
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図18
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図19
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図20
  • 特開-摺動接触部材、ブラシ、および、回転機 図21
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022149108
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】摺動接触部材、ブラシ、および、回転機
(51)【国際特許分類】
   H02K 13/00 20060101AFI20220929BHJP
   H01R 39/20 20060101ALI20220929BHJP
   H02K 23/00 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
H02K13/00 P
H01R39/20
H02K23/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021051098
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 太郎
(72)【発明者】
【氏名】野須 敬弘
(72)【発明者】
【氏名】浅井 洋光
(72)【発明者】
【氏名】北 英紀
(72)【発明者】
【氏名】山下 誠司
【テーマコード(参考)】
5H613
5H623
【Fターム(参考)】
5H613AA01
5H613AA03
5H613BB04
5H613BB15
5H613BB26
5H613GA09
5H613GB01
5H613GB06
5H613GB08
5H613GB12
5H613GB16
5H623AA10
5H623BB07
5H623GG11
5H623JJ01
5H623LL17
(57)【要約】
【課題】低湿、高温環境下であっても低摩擦化、低摩耗化を実現することができ、連続供給機構を設けることなく、連続的に低摩耗化、低摩擦化を図ることが可能な摺動接触部材、また、これを用いたブラシ、回転機を提供する。
【解決手段】摺動接触部材1は、相手材に摺動接触させる摺動接触面101を備える摺動接触部10を有している。摺動接触部10は、バルク状に形成されている。摺動接触部10は、黒鉛結晶構造20を構成する層201の表面にリン酸塩202が存在するリン酸塩付き黒鉛2を含んでいる。ブラシ3は、摺動接触部材1を有する。回転機4は、ブラシ3を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手材に摺動接触させる摺動接触面(101)を備える摺動接触部(10)を有しており、
上記摺動接触部は、
バルク状に形成されており、
黒鉛結晶構造(20)を構成する層(201)の表面にリン酸塩(202)が存在するリン酸塩付き黒鉛(2)を含む、
摺動接触部材(1)。
【請求項2】
上記摺動接触部は、上記リン酸塩付き黒鉛から構成されている、または、上記リン酸塩付き黒鉛と金属(11)とを含んで構成されている、請求項1に記載の摺動接触部材。
【請求項3】
上記摺動接触部から構成されている、または、上記摺動接触部とは異なる別部材部(12)と、上記別部材部の表面に形成された上記摺動接触部とを有している、請求項1または請求項2に記載の摺動接触部材。
【請求項4】
回転機(4)のブラシ(3)に用いられる、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の摺動接触部材。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の摺動接触部材を有する、ブラシ(3)。
【請求項6】
請求項5に記載のブラシ(3)を有する、回転機(4)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動接触部材、ブラシ、および、回転機に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、様々な分野において、相手材に摺動接触させる摺動接触面を備える摺動接触部を有する摺動接触部材が用いられている。例えば、回転機の分野では、相手材である整流子に摺動接触させる摺動接触面を備えるブラシが知られている。
【0003】
具体的には例えば、特許文献1に、表面および内部に気孔を有する焼結体からなり、気孔内に水の沸点より高い沸点を有する導電性の液体を含浸させた金属黒鉛質ブラシ、これを用いた回転機が開示されている。
【0004】
なお、特許文献2には、リン酸塩処理することにより耐酸化性を向上させた黒鉛粉末が開示されている。同文献によれば、リン酸塩処理された黒鉛粉末は、高温大気中での使用が可能な高温固体潤滑材や鍛造用金型等に好適に用いることができるとされている。また、非特許文献1には、リン酸マグネシウム処理を施した高温下で低摩擦特性を有する黒鉛粉末が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-67702号公報
【特許文献2】特開2008-214112号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Hideki Kita, “OxidationResistance and High-Temperature Lubricating Properties ofMagnesium-Phosphate-Treated Graphite”, J. Am. Ceram. Soc., 88[9]2632-2634(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来技術には、次の課題がある。すなわち、特許文献1の技術では、大電流やアークによる発熱により気孔内に含浸された液体が急激に揮発し、ブラシが割れ損するおそれがある。また、黒鉛自体の耐熱性が向上しているわけではないので、気孔内に含浸された液体を消費し尽くした場合の高摩擦化や、高温での高摩擦化なども懸念される。したがって、この技術では、低湿、高温といった摺動接触部材にとって厳しい環境下において、低摩擦化、低摩耗化を実現可能な摺動接触部材を得ることは難しい。
【0008】
また、特許文献2や非特許文献1の技術は、リン酸塩処理された黒鉛粉末により、高温下で低摩擦化を図ろうとするものである。しかしながら、両文献は、いずれも、リン酸塩処理された粉末状の黒鉛自体を固体潤滑剤として摺動接触部分へ供給し続けた場合の特性について言及するだけである。したがって、これらの技術では、固体潤滑剤としての黒鉛粉末を連続的に供給する連続供給機構を設けることなく、連続的に低摩擦化、低摩耗化を実現することが難しい。そのため、これらの技術は、幅広い産業への適用が困難である。
【0009】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、低湿、高温環境下であっても低摩擦化、低摩耗化を実現することができ、連続供給機構を設けることなく、連続的に低摩耗化、低摩擦化を図ることが可能な摺動接触部材、また、これを用いたブラシ、回転機を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様は、相手材に摺動接触させる摺動接触面(101)を備える摺動接触部(10)を有しており、
上記摺動接触部は、
バルク状に形成されており、
黒鉛結晶構造(20)を構成する層(201)の表面にリン酸塩(202)が存在するリン酸塩付き黒鉛(2)を含む、
摺動接触部材(1)にある。
【0011】
本発明の他の態様は、上記摺動接触部材を有する、ブラシ(3)にある。
【0012】
本発明のさらに他の態様は、上記ブラシ(3)を有する、回転機(4)にある。
【発明の効果】
【0013】
上記摺動接触部材は、上記構成を有する。そのため、上記摺動接触部材は、摺動接触部の摺動接触面を相手材と摺動接触させた場合に、相手材との摺動接触により、摺動接触部の内部に含まれていたリン酸塩付き黒鉛が摺動接触面に露出し、低湿、高温環境下であっても相手材へ潤滑被膜を形成することができる。また、上記潤滑被膜は、相手材との摺動接触により相手材へ早期かつ連続的に形成される。
【0014】
よって、上記摺動接触部材は、低湿、高温環境下であっても低摩擦化、低摩耗化を実現することができる。また、上記摺動接触部材は、連続供給機構を設けることなく、上記潤滑被膜により連続的に低摩耗化、低摩擦化を図ることができる。
【0015】
また、上記ブラシは、上記摺動接触部材を有している。上記摺動接触部材は、摺動接触部がリン酸塩付き黒鉛を含んでいても、上記リン酸塩付き黒鉛の含有量を調節することにより、電気抵抗に与える悪影響を小さくすることができる。そのため、上記ブラシは、低湿、高温といったブラシにとって厳しい条件下であっても、電気抵抗に悪影響を与えずに、通電を伴う整流子との摺動接触時に低摩擦、低摩耗を確保することができる。また、例えば、コーティング処理されたブラシは、コーティング膜の剥がれや摩耗による早期寿命が懸念される。これに対し、上記ブラシは、相手材である整流子との摺動接触により整流子へ連続的に潤滑被膜を形成することができるため、長寿命である。
【0016】
また、一般に、ブラシは、回転機における第一寿命部品である。そのため、上記回転機によれば、長寿命な上記ブラシを有することにより、長寿命な回転機が得られる。
【0017】
なお、特許請求の範囲および課題を解決する手段に記載した括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、実施形態1の摺動接触部材を模式的に示した説明図であり、(a)は、リン酸塩付き黒鉛から構成された摺動接触部を有する摺動接触部材を例示した図、(b)は、リン酸塩付き黒鉛と金属とを含んで構成された摺動接触部を有する摺動接触部材を例示した図である。
図2図2は、実施形態1の摺動接触部材における摺動接触部10に含まれるリン酸塩付き黒鉛を模式的に示した図である。
図3図3は、実施形態1の摺動接触部材を模式的に示した説明図であり、(a)は、摺動接触部から構成された摺動接触部材を例示した図、(b)は、摺動接触部と別部材部とを有する摺動接触部材を例示した図である。
図4図4は、実施形態2の回転機の内部構造を模式的に示した説明図である。
図5図5は、実施形態2の回転機におけるブラシおよび整流子の構造を拡大して模式的に示した説明図である。
図6図6は、実施形態2のブラシの外観の一例を示した説明図である。
図7図7は、実験例1にて作製したリン酸塩付き黒鉛のSEM-EDS像である。
図8図8は、実験例1にて作製した試料4のブラシにおける摺動接触部断面のSEM-EDS分析結果を示したものであり、(a)はSEM像、(b)はC、Ag、O、P、Mgの元素マッピング像である。
図9図9は、実験例1にて作製した試料3Cのブラシにおける摺動接触部断面のSEM-EDS分析結果を示したものであり、(a)はSEM像、(b)はC、Ag、O、P、Mgの元素マッピング像、(c)はAg元素マッピング像、(d)はP元素マッピング像である。
図10図10は、実験例1にて作製した試料4のブラシにおける摺動接触部断面のSEM-EDS分析結果を示したものであり、(a)は画像解析前のカラースケールのP元素マッピング像、(b)は画像解析前のカラースケールのAg元素マッピング像、(c)はグレースケールのP元素マッピング像、(d)は所定領域をトリミングしたグレースケールのP元素マッピング像である。
図11図11は、実験例1にて作製した試料4のブラシにおける摺動接触部断面のSEM-EDS分析結果を示したものであり、(a)は所定領域をトリミングしたグレースケールのP元素マッピング像、(b)は(a)のグレースケールのP元素マッピング像における検出強度ヒストグラム、(c)は「Default」を閾値とした場合の二値化されたP元素マッピング像、(d)は「Default」を閾値とした場合の検出強度ヒストグラム、(e)は検出強度ヒストグラム中の右側の一つのピークのみを手動にて領域指定した場合における二値化されたP元素マッピング像、(f)は検出強度ヒストグラム中の右側の一つのピークのみを手動にて領域指定した場合を示した図である。
図12図12は、実験例2にて得られた摺動トルクの測定結果を示した説明図である。
図13図13は、実験例2にて得られたブラシ摩耗量の測定結果を示した説明図である。
図14図14は、実験例3にて作製した、ディスクサンプルの外観を示した図である。
図15図15は、実験例3におけるディスクサンプルの摩耗試験の概要を説明するための説明図である。
図16図16は、実験例3において、ある摺動距離のときに、ディスクサンプルの回転を中断し、摺動試験機のアーム部から取り外したブロックの摺動面の観察結果を示した図であり、(a)は、ブロックの摺動面の一部を示した光学顕微鏡写真の一例、(b)は、(a)の領域を二値化処理してなる二値化画像の一例を示した図である。
図17図17は、実験例3において、ディスクサンプルとしてリン酸塩処理黒鉛ディスクおよび未処理黒鉛ディスクを使用した場合における、摺動距離(m)と被膜面積比(m/m)との関係を示した図である。
図18図18は、実験例3において、ディスクサンプルとしてリン酸塩処理黒鉛ディスクおよび未処理黒鉛ディスクを使用した場合における、摺動距離(m)と平均摩擦係数(-)との関係を示した図である。
図19図19は、実験例4にて得られた、リン酸塩付き黒鉛置換率(%)と電気抵抗率(μΩ・cm)との関係を示した図である。
図20図20は、実験例5における、ブラシ付き直流モータ実機を模した条件によるブラシの耐久試験方法を説明するための説明図である。
図21図21は、実験例5における、耐久試験終了時点の接触電圧降下(V)とブラシ摩耗量(mm)との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(実施形態1)
実施形態1の摺動接触部材について、図1図3を用いて説明する。図1図2に例示されるように、本実施形態の摺動接触部材1は、相手材(不図示)に摺動接触させる摺動接触面101を備える摺動接触部10を有している。摺動接触部10は、バルク状に形成されており、リン酸塩付き黒鉛2を含んでいる。リン酸塩付き黒鉛2は、黒鉛結晶構造20を構成する層201の表面にリン酸塩202が存在している。以下、これを詳説する。
【0020】
バルク状に形成された摺動接触部10は、塊状の部位である。なお、バルク状には、層状も含まれる。バルク状には、粉体が固められて形成されたものが含まれるが、流動性のある粉体自体は含まれない。また、摺動接触部10の形状は、特に限定されない。摺動接触部10は、例えば、図1(a)に例示されるように、リン酸塩付き黒鉛2からバルク状に構成されることができる。つまり、摺動接触部10の全体が、リン酸塩付き黒鉛2単体より形成されることができる。この構成によれば、摺動接触部材1が相手材と接触する面積に占めるリン酸塩付き黒鉛2の割合が最大となり、潤滑被膜の早期安定形成により、低摩擦耐摩耗が得られるなどの利点がある。この場合、摺動接触部10としては、具体的には、例えば、リン酸塩付き黒鉛2からなる焼成体などを例示することができる。また、摺動接触部10は、例えば、図1(b)に例示されるように、リン酸塩付き黒鉛2と金属11とを含んでバルク状に構成されることができる。つまり、摺動接触部材1は、リン酸塩付き黒鉛2以外にも、金属11などの材料を含んだコンポジット(複合体)として形成されることができる。この構成によれば、低摩擦、低摩耗で導電性の良好な摺動接触部材1などが得られる。また、この構成によれば、バルクの機械強度向上などの利点がある。この場合、摺動接触部10としては、具体的には、例えば、リン酸塩付き黒鉛2と金属11とを含む焼結体、リン酸塩付き黒鉛2と通常の黒鉛と金属11とを含む焼結体などを例示することができる。金属11としては、例えば、銅、銀などの導電性が良好な金属などを例示することができる。これらは1種または2種以上併用することができる。リン酸塩付き黒鉛2は、摺動接触によって摺動接触面101にリン酸塩付き黒鉛2を露出させやすくなるなどの観点から、摺動接触部10内に分散されていることが好ましい。なお、摺動接触部10は、潤滑剤、焼結助剤などの添加材を1種または2種以上含むことができる。
【0021】
摺動接触部材1は、例えば、図3(a)に例示されるように、摺動接触部10から構成されることができる。この構成によれば、摺動接触部材1自体を、例えば、低摩擦性、低摩耗性を有する部品とすることができる。また、摺動接触部材1は、例えば、図3(b)に例示されるように、摺動接触部10とは異なる別部材部12と、別部材部12の表面に形成された摺動接触部10とを有する構成とされることができる。この構成によれば、例えば、別部材部12を部品部分とし、摺動接触部10を部品部分に形成した低摩擦性、低摩耗性の機能を有する表面層とすることができる。
【0022】
リン酸塩付き黒鉛2は、図2に例示されるように、黒鉛結晶構造20を構成する層201の表面にリン酸塩202が存在している。リン酸塩付き黒鉛2は、複数の層201を有している。リン酸塩202は、層201の表面に部分的に存在していてもよいし、層201の表面の全体を被覆するように存在していてもよい。図2では、層201の表面に部分的にリン酸塩202が付着しており、層201の表面が部分的に露出した状態とされている例が示されている。また、リン酸塩付き黒鉛2は、層201の層面(ベーサル面)に存在していてもよいし、層201のエッジ面に存在していてもよいし、層201の層面およびエッジ面の両方に存在していてもよい。図2では、リン酸塩付き黒鉛2が層201の層面およびエッジ面の両方に存在している例が示されている。なお、リン酸塩202は、層201に化学的に結合していてもよいし、層201に化学的に結合していなくてもよい。リン酸塩202としては、具体的には、例えば、リン酸マグネシウム、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウム、リン酸リチウム、リン酸ホウ素などの各種の無機リン酸塩などを例示することができる。これらは1種または2種以上併用することができる。
【0023】
リン酸塩付き黒鉛2の微構造は、摺動接触部10の断面についてSEM(走査型電子顕微鏡)-EDS(エネルギー分散型X線分析装置)分析を行うことにより把握することができる。また、リン酸塩付き黒鉛2の微構造は、摺動接触部10に含まれるリン酸塩付き黒鉛2自体を入手できる場合には、そのリン酸塩付き黒鉛2についてSEM-EDS分析を行うことにより把握することもできる。詳しくは、実験例にて詳述する。
【0024】
摺動接触部10は、リン酸塩付き黒鉛2を10質量%以上含む構成とすることができる。この構成によれば、低湿、高温条件下における低摩擦化、低摩耗化の実現、連続的な低摩耗化、低摩擦化の実現を確実なものとすることができる。
【0025】
摺動接触部10がリン酸塩付き黒鉛2と金属とを含んでいる場合、リン酸塩付き黒鉛2の含有量は、低摩擦化、低摩耗化などの観点から、好ましくは、10質量%以上、より好ましくは、15質量%以上、さらに好ましくは、20質量%以上とすることができる。また、リン酸塩付き黒鉛2の含有量は、金属の含有量を十分確保して電気抵抗の増加を抑制するなどの観点から、好ましくは、50質量%以下、より好ましくは、45質量%以下、さらに好ましくは、40質量%以下とすることができる。なお、摺動接触部10におけるリン酸塩付き黒鉛2の含有量は、摺動接触部10の作製時における原料の配合割合から把握することができる。
【0026】
摺動接触部10は、低摩擦化、低摩耗化などの観点から、断面で見て、リン酸塩付き黒鉛2に由来するリン酸塩202の面積率が、好ましくは、5%以上、より好ましくは、10%以上、さらに好ましくは、15%以上とすることができる。また、摺動接触部10は、金属の含有量を十分確保して電気抵抗の増加を抑制するなどの観点から、断面で見て、リン酸塩付き黒鉛2に由来するリン酸塩202の面積率が、好ましくは、40%以下、より好ましくは、35%以下、さらに好ましくは、30%以下とすることができる。
【0027】
なお、摺動接触部10の上記断面は、摺動接触面101に対して垂直な方向に直交する方向を含む面である。また、上記断面における面積率を規定するのは、摺動接触面101は使用による損傷等が存在する場合があり、また、その損傷の程度も異なる場合があることから、精度の高い測定を行うことが難しいためである。また、リン酸塩付き黒鉛2に由来するリン酸塩202の面積率は、摺動接触部10の断面についてSEM-EDS分析を行い、得られたSEM像およびP元素マッピング像等を用いて画像解析を行い、黒鉛部分に存在するリン酸塩202の面積率を測定し、同一画角で4か所以上に対して同様に測定した各面積率の測定値の算術平均値である。
【0028】
摺動接触部材1は、摺動接触部10の摺動接触面101を相手材と摺動接触させた場合に、相手材との摺動接触により、摺動接触部10の内部に含まれていたリン酸塩付き黒鉛2が摺動接触面101に露出し、低湿、高温条件下であっても相手材へ潤滑被膜を形成することができる。この潤滑被膜は、相手材との摺動接触により相手材へ早期かつ連続的に形成される。
【0029】
よって、摺動接触部材1は、低湿、高温条件下であっても低摩擦化、低摩耗化を実現することができる。また、摺動接触部材1は、連続供給機構を設けることなく、連続的に低摩耗化、低摩擦化を図ることができる。
【0030】
摺動接触部材1の用途は、特に限定されない。摺動接触部材1は、例えば、回転機(モータ、発電機)のブラシ(電機ブラシ)、軸受け、鉄道用パンタグラフのすり板など、長期にわたって低摩擦、低摩耗が必要とされる用途等に好適に用いることができる。
【0031】
摺動接触部材1は、例えば、リン酸塩付き黒鉛2の粉末と、必要に応じて加えられる、通常の黒鉛の粉末、金属の粉末、および、潤滑剤等の添加剤等とを混合し、得られた混合粉末を、加圧成形した後、不活性ガス下にて焼成することなどによって製造することができる。
【0032】
リン酸塩付き黒鉛2の粉末は、例えば、Mg(HPO等のリン酸塩を含むリン酸塩水溶液に、黒鉛粉末を投入し、ボールミル等により十分に混合した後、これを乾燥して粉砕し、不活性ガス下にて焼成することなどによって準備することができる。このように、摺動接触部材1におけるリン酸塩付き黒鉛2は、リン酸塩処理されてなるもの(リン酸塩処理された状態のもの)を用いることができる。なお、摺動接触部材1におけるリン酸塩付き黒鉛2は、リン酸塩処理液に用いられるリン酸塩に由来するリン酸塩を有することができる。また、特開2008-214112号公報に開示された、リン酸塩処理されてなるリン酸塩処理黒鉛およびその製造方法は、本開示に必要に応じて適宜組み込まれることができる。
【0033】
(実施形態2)
実施形態2のブラシ、回転機について、図4図6を用いて説明する。なお、実施形態2以降において用いられる符号のうち、既出の実施形態において用いた符号と同一のものは、特に示さない限り、既出の実施形態におけるものと同様の構成要素等を表す。
【0034】
図4図6に例示される本実施形態のブラシ3は、本実施形態1の摺動接触部材1を有している。本実施形態において、摺動接触部材1は、リン酸塩付き黒鉛2と金属11とを含む摺動接触部10から構成されることができる。また、リン酸塩付き黒鉛2におけるリン酸塩としては、低摩擦化、低摩耗化などの観点から、無機リン酸塩であるリン酸マグネシウムなどを好適に用いることができる。金属11としては、導電性などの観点から、銅を好適に用いることできる。また、リン酸塩付き黒鉛2の含有量は、金属11の含有量を確保して電気抵抗の増加抑制を図るなどの観点から、好ましくは、10質量%以上50質量%以下、より好ましくは、10質量%以上45質量%以下、さらに好ましくは、10質量%以上40質量%以下とすることができる。
【0035】
ブラシ3は、具体的には、摺動接触部材1と、摺動接触部材1に接続されたリード線30とを有している。なお、リード線30は、ピッグテールと称されることがあり、外部から供給される電気が流れる部分である。本実施形態では、摺動接触部材1は、ロータ41の整流子413に摺動接触させることが可能に形成された摺動接触面101を備える摺動接触部10から構成されている。ブラシ3は、回転機4のロータ41に設けられるコア412に巻回されたコイル414に対して、整流子413を通じて給電を行うものである。
【0036】
本実施形態の回転機4は、図4および図5に例示されるように、本実施形態2のブラシ3を有している。本実施形態において、回転機4は、具体的には、回転電機であり、より具体的には、ブラシ付き直流モータである。なお、回転機4は、発電機として構成することも可能である。
【0037】
回転機4は、より具体的には、ロータ41と、ステータ42と、ブラシ装置43とを有している。ロータ41は、回転軸411と、コア412と、整流子413と、コイル414とを有している。コア412および整流子413は、回転軸411に固定されている。コイル414は、コア412に巻回されるとともに、整流子413に接続されている。ステータ42は、一対の磁石421を有している。一対の磁石421は、N極、S極が向かい合うように配置されている。ロータ41は、一対の磁石421の間に配置されている。なお、磁石421としては、例えば、永久磁石や電磁石を適用することができる。ブラシ装置43は、一対のブラシ3と、ブラシ3を収容する一対のブラシホルダ431と、ブラシホルダ431内に配置された押圧部材432とを有している。なお、図5では片方のブラシ3側が描かれている。押圧部材432は、ブラシホルダ431内にてブラシ3の後端部を押圧し、ブラシ3の先端部に形成された摺動接触面101をロータ41の整流子413に押し付ける。押圧部材432、例えば、バネ材より構成することができる。
【0038】
本実施形態の回転機4は、磁石421のN極、S極による界磁の中で、ブラシ3、整流子413を通じて通電方向を切り替えながらロータ41のコイル414に電流が通電されることにより、連続的な回転が得られる。ブラシ3は、押圧部材432による押圧力(本実施形態ではバネ力)により、回転する整流子413に押し付けられながら通電する。
【0039】
この種のブラシでは、摺動接触による機械的摩耗と、整流子と開離する際に生じるアーク放電による摩耗が生じる。多くの回転機においては、ブラシが摩耗によりその機能を果たさなくなった際に寿命となる(ブラシが第一寿命部品である。)。また、ブラシと整流子と間の電気抵抗は、回転機性能に影響するため、低電気抵抗であることが求められる。また、摩擦による機械損も、回転機性能に影響するため、ブラシと整流子との間の摩擦を低くすることが求められる。
【0040】
本実施形態のブラシ3は、本実施形態1の摺動接触部材1を有している。本実施形態1の摺動接触部材1は、摺動接触部10がリン酸塩付き黒鉛2を含んでいても、リン酸塩付き黒鉛2の含有量を調節することにより、電気抵抗に与える悪影響を小さくすることができる。そのため、本実施形態のブラシ3は、低湿、高温といったブラシにとって厳しい条件下であっても、電気抵抗に悪影響を与えずに、相手材である整流子413との摺動接触時に低摩擦、低摩耗を確保することができる。また、例えば、コーティング処理されたブラシでは、コーティング膜の剥がれや摩耗による早期寿命が懸念される。これに対し、本実施形態のブラシ3は、相手材である整流子413との摺動接触により整流子413へ連続的に潤滑被膜を形成することができるため、長寿命である。
【0041】
本実施形態の回転機4によれば、長寿命な本実施形態のブラシ3を有することにより、長寿命な回転機4が得られる。
【0042】
(実験例1)
20質量%のMg(HPO水溶液に、当該水溶液に対し30質量%となるように黒鉛粉末を投入し、ボールミルにより12時間混合した。これを110℃の大気中にて24時間乾燥させた後、5mm程度の大きさに粉砕し、800℃の窒素雰囲気下にて3時間焼成した。これにより、リン酸塩処理されたリン酸塩処理黒鉛粉末を得た。
【0043】
得られたリン酸塩処理黒鉛のSEM-EDSによる分析結果を図7に示す。図7に示されるように、リン酸塩処理黒鉛は、黒鉛結晶構造を構成する層201の表面にリン酸塩202としてのリン酸マグネシウムが存在するリン酸塩付き黒鉛であることが確認された。なお、SEMには、日立ハイテクノロジーズ社製の「SU8010」を用いた。また、EDSには、Bruker社製の「Xflash(登録商標)5060FlatQUAD」を用いた。
【0044】
上記リン酸塩処理黒鉛粉末の作製時に原料に用いた黒鉛粉末(リン酸塩処理をする前の黒鉛粉末)を未処理黒鉛粉末とした。なお、上記リン酸塩処理黒鉛粉末、および、未処理黒鉛粉末は、後述する各実験例に共通して用いられる原料である。
【0045】
銅粉末と未処理黒鉛粉末とを質量比で60:40となるように秤量し、混合した。得られた混合粉末をリード線と共に加圧成形し、得られた成形体を不活性ガス下で焼成することにより、バルク状焼成体を得た。これにより、質量%で、銅60%と黒鉛40%とを含むバルク状の摺動接触部から構成された摺動接触部材を有するブラシを作製した。これを試料1Cのブラシとする。なお、試料1Cのブラシは、リン酸塩付き黒鉛置換率が0%である。
【0046】
試料1Cの作製において、未処理黒鉛粉末の30%をリン酸塩処理黒鉛粉末に置換し、銅粉末と未処理黒鉛粉末とリン酸塩処理黒鉛粉末の質量比を60:28:12とした点以外は同様にして、質量%で、銅60%と黒鉛28%とリン酸塩付き黒鉛12%とを含むバルク状の摺動接触部から構成された摺動接触部材を有するブラシを作製した。これを試料1のブラシとする。なお、試料1のブラシは、リン酸塩付き黒鉛置換率が30%である。
【0047】
試料1Cの作製において、未処理黒鉛粉末の70%をリン酸塩処理黒鉛粉末に置換し、銅粉末と未処理黒鉛粉末とリン酸塩処理黒鉛粉末の質量比を60:12:28とした点以外は同様にして、質量%で、銅60%と黒鉛12%とリン酸塩付き黒鉛28%とを含むバルク状の摺動接触部から構成された摺動接触部材を有するブラシを作製した。これを試料2のブラシとする。なお、試料2のブラシは、リン酸塩付き黒鉛置換率が70%である。
【0048】
試料1Cの作製において、未処理黒鉛粉末の100%をリン酸塩処理黒鉛粉末に置換し、銅粉末とリン酸塩処理黒鉛粉末の質量比を60:40とした点以外は同様にして、質量%で、銅60%とリン酸塩付き黒鉛40%とを含むバルク状の摺動接触部から構成された摺動接触部材を有するブラシを作製した。これを試料3のブラシとする。なお、試料3のブラシは、リン酸塩付き黒鉛置換率が100%である。
【0049】
銀粉末と未処理黒鉛粉末とを質量比で70:30となるように秤量し、混合した。得られた混合粉末をリード線と共に加圧成形し、得られた成形体を不活性ガス下で焼成することにより、バルク状焼成体を得た。これにより、質量%で、銀70%と黒鉛30%とを含むバルク状の摺動接触部から構成された摺動接触部材を有するブラシを作製した。これを試料2Cのブラシとする。
【0050】
試料2Cの作製において、未処理黒鉛粉末の50%をリン酸塩処理黒鉛粉末に置換し、銀粉末と未処理黒鉛粉末とリン酸塩処理黒鉛粉末の質量比を70:15:15とした点以外は同様にして、質量%で、銀70%と黒鉛15%とリン酸塩付き黒鉛15%とを含むバルク状の摺動接触部から構成された摺動接触部材を有するブラシを作製した。これを試料4のブラシとする。なお、試料4のブラシは、リン酸塩付き黒鉛置換率が50%である。
【0051】
試料2Cの作製において、銀粉末と未処理黒鉛粉末とリン酸マグネシウム粒子(Mg(PO粒子)とを質量比で70:28.8:1.2となるように秤量し、混合した点以外は同様にして、質量%で、銀70%と黒鉛28.8%とリン酸マグネシウム粒子1.2%とを含むバルク状の摺動接触部から構成された摺動接触部材を有するブラシを作製した。これを試料3Cのブラシとする。
【0052】
試料4のブラシの摺動接触部を樹脂包埋後、バフ研磨し、断面を出した。次いで、上記SEM-EDSを用い、加速電圧6kV、倍率180倍にて、断面観察および元素マッピング分析を行った。その結果を、図8に示す。図8に示されるように、摺動接触部は、銀と、黒鉛と、リン酸塩としてのリン酸マグネシウムを筋状に含む黒鉛とを有していることがわかる。図8において、リン酸塩としてのリン酸マグネシウムを筋状に含む黒鉛部分が、黒鉛結晶構造を構成する層の表面にリン酸塩が存在するリン酸塩付き黒鉛に帰属する部分である。
【0053】
一方、リン酸マグネシウム粒子を単体で添加した試料3Cのブラシについて、上記と同様にしてSEM-EDS分析を行った結果を、図9に示す。図9に示されるように、試料3Cのブラシでは、筋状のリン酸マグネシウムは確認できず、黒鉛粉末の外表面に粒子状のリン酸マグネシウムが分布している様子が確認された。この結果から、試料3Cのブラシは、黒鉛結晶構造を構成する層の表面にリン酸塩が存在するリン酸塩付き黒鉛を含んでいないと判断することができる。
【0054】
また、上述した試料4のブラシの摺動接触部断面について、上記SEM-EDS分析によるP元素マッピング像、Ag元素マッピング像を用いて画像解析を行い、リン酸塩付き黒鉛に由来するリン酸塩の面積率を測定した。具体的には、180倍で撮影したP元素マッピング像について、写真画像解析ソフト(米国国立衛生研究所製、ImageJ)を用いて二値化処理した。図10(a)に画像解析前のカラースケールのP元素マッピング像を、図10(b)に画像解析前のカラースケールのAg元素マッピング像を示す。なお、図10(a)、(b)は、いずれも、図面作成上の制約から、カラースケール画像をグレースケール化したものである。P元素マッピング像は、Pの検出強度が高い部分、Pの検出強度が低い部分、未検出部分に大別されることがわかる。Pの検出強度が低い部分は、図10(b)よりAgが存在しており、点分析にてスペクトルを確認したところ、Agの連続X線を検出していることが確認された。よって、本実験例において、Pの検出強度が低い部分にはリン酸塩が存在していないと判断することができ、Pの検出強度が高い部分の面積率を求めればよいことになる。二値化解析を進める前に、先ず、図10(c)に示されるように、上記ImageJにて、カラースケールのP元素マッピング像を8-bitグレースケールのP元素マッピング像に変換した後、図10(d)に示されるように、このグレースケールのP元素マッピング像から、スケール等を避けて縦0.45mm×横0.70mm程度の大きさの領域をトリミングした。なお、グレースケールのP元素マッピング像も、カラースケールのP元素マッピング像と同様に、Pの検出強度が高い部分、Pの検出強度が低い部分、未検出部分に大別されることがわかる。
次に、上記ImageJの「Threshold」により二値化処理を行った。図11(a)のグレースケールのP元素マッピング像(つまり、上述した図10(d)のグレースケールのP元素マッピング像)における検出強度ヒストグラムは、図11(b)に示される通りであり、明確な3つのピークにより分離されることがわかる。「Default」を閾値とした場合、図11(c)、図(d)に示されるように、検出強度ヒストグラム中で右側の二つのピークが領域として選択され、P検出強度が高い部分とP検出強度が低い部分との合計面積率(本実験例では、26.99%)が算出される。そのため、図11(f)に示されるように、検出強度ヒストグラム中の右側の一つのピークのみを手動にて領域指定し、図11(e)に示されるように、P検出強度が高い部分の面積率(本実験例では、7.19%)を得た。この時の閾値は、下限側は、検出強度ヒストグラム中の右側二つのピークの中間値とし、上限側は、最大値に設定した。このような画像解析を、同一画角で4カ所以上に対して行い、得られた黒鉛部分に存在するリン酸塩(本実験例ではリン酸マグネシウム)の面積率の算術平均値を求めたところ、その値は6.3%であった。
【0055】
(実験例2)
相手材として銅板材を用い、この銅板材に試料1Cのブラシ、試料1のブラシを摺動接触させ、摺動試験を行った。試験条件は、周温:低温30℃、高温100℃の2水準、絶対湿度:0.1g/m以下、周速:23m/s、接圧:0.15MPa、電流:4A/cm、摺動接触時間(試験時間):8時間とした。試験中、ブラシと銅板材の摺動で発生するトルクを、ブラシを保持するホルダに連結させたトルク計により計測した。試験終了後、光学顕微鏡観察によりブラシの長さを計測し、初期長さからの減少分を求め、その長さをブラシの摩耗量とした。図12に、試験開始7時間から8時間の間の1時間における平均の摺動トルクを示す。図13に、ブラシ摩耗量を示す。
【0056】
図12および図13に示されるように、低湿(絶対湿度0.1g/m以下)かつ低温(30℃)の環境下、低湿かつ高温(100℃)の環境下のいずれの場合においても、リン酸塩付き黒鉛を含む摺動接触部を有する摺動接触部材を用いた試料1のブラシは、リン酸塩付き黒鉛を含まない摺動接触部を有する摺動接触部材を用いた試料1Cのブラシに比べ、摺動トルク(摩擦力)が小さく、ブラシ摩耗量が少ないことがわかる。また、特に、低湿かつ高温の環境下においては、試料1のブラシは、試料1Cのブラシに比べ、摺動トルクの低減、ブラシ摩耗量の低減効果が高かった。
【0057】
この結果によれば、リン酸塩付き黒鉛を含む摺動接触部を有する本開示の摺動接触部材は、低湿、高温といった摺動接触部材にとって厳しい環境下であっても、低摩擦化、低摩耗化を実現することができることがわかる。低湿環境下にて低摩擦化、低摩耗化の効果が得られる理由としては、吸着水等の水分子が無くてもリン酸塩によって黒鉛の層間力が弱められるためと推定される。
【0058】
(実験例3)
リン酸塩処理黒鉛粉末を加圧成形し、得られた成形体を不活性ガス下で焼成することにより、バルク状焼成体を得た。このバルク状焼成体から縦6mm×横65mm×厚み5mmの大きさのディスクサンプルを切り出した。これをリン酸塩処理黒鉛ディスクという。
【0059】
上記リン酸塩処理黒鉛ディスクの作製において、リン酸塩処理黒鉛粉末に代えて未処理黒鉛粉末を用いた点以外は同様にして、ディスクサンプルを得た。これを未処理黒鉛ディスクという。図14に、ディスクサンプルの外観を示す。
【0060】
次いで、図15に示されるように、摺動試験機のアーム部91の先端部に固定したクロムモリブデン鋼製のブロック(縦10mm×横10mm×厚み5mm)92をディスクサンプル93の板面に押し当てた。次いで、摺動半径19mm、負荷30N、摺動速度1m/sの条件にてディスクサンプル93を外部駆動にて回転させ、摺動距離(L)120000mまでの摩擦係数を測定した。また、摺動距離10000mおきにディスクサンプル93の回転を中断してブロック92を取り外し、ブロック92の摺動面の観察を行った。上記摺動試験機には、ナノビア社製の摺動特性評価システム、T50型マイクロトライボメーターを用いた。なお、図15のディスクサンプル93の板面に描かれている環状の部位930は、摺動痕である。
【0061】
上記ブロック92の摺動面の観察は、光学顕微鏡を用いてブロック92の摺動面を倍率40倍にて撮影することにより行った。また、撮影した写真から縦10mm×横10mmの大きさの摺動面領域をトリミングし、画像解析ソフト(米国国立衛生研究所製、ImageJ)を用いて二値化処理した。この二値化処理では、上記ImageJにて8-bitグレースケール画像に変換した後のヒストグラムに、いずれの摺動距離の時点においても、ブロックの素地と摺動接触により形成された被膜との明確な二つのピークが認められたため、「Default」を使用して閾値を設定した。上記二値化処理による二値化画像に占める被膜の面積率を被膜面積比(m/m)として算出した。図16(a)に、トリミングした摺動面領域(ブロックの摺動面の一部)の一例を示す。図16(b)に、図16(a)を二値化処理してなる二値化画像の一例を示す。また、図17に、ディスクサンプルとしてリン酸塩処理黒鉛ディスクおよび未処理黒鉛ディスクを使用した場合における、摺動距離(m)と被膜面積比(m/m)との関係を示す。また、図18に、ディスクサンプルとしてリン酸塩処理黒鉛ディスクおよび未処理黒鉛ディスクを使用した場合における、摺動距離(m)と平均摩擦係数(-)との関係を示す。
【0062】
図17に示されるように、相手材であるブロックに形成される被膜の被膜面積比(R)は、初期の立ち上がりにおいてはリン酸塩処理黒鉛ディスクおよび未処理黒鉛ディスクのいずれを用いた場合も差がない。
【0063】
未処理黒鉛ディスクを用いた場合、摺動距離が20000mでは、被膜面積比が0.15程度であり、その後、被覆面積比は緩やかに増加している。例えば、摺動距離が120000mである摺動後においては、被覆面積比は0.4程度となっている。これに対し、リン酸塩処理黒鉛ディスクを用いた場合、摺動距離が20000mでは、被膜面積比が0.3程度と高く、未処理黒鉛ディスクを用いた場合の約2倍になっている。さらに、摺動距離が40000mでは、被覆面積比が0.5程度となっており、被覆面積比の曲線が急速に立ち上がっていることがわかる。すなわち、リン酸塩処理黒鉛ディスクを用いた場合には、未処理黒鉛ディスクを用いた場合に比べ、相手材(ブロック)との摺動接触により、相手材へ早期に被膜が形成されていることがわかる。また、被覆面積比の曲線が急速に立ち上がった後は、被覆面積比が減少することなく推移していることから、連続的に被膜が形成されていることがわかる。つまり、リン酸塩処理黒鉛ディスクを用いた場合には、未処理黒鉛ディスクを用いた場合に比べ、少ない摺動距離にて被膜が形成され、しかも、被膜形成速度が大きく、減少にも転じていない。この結果によれば、リン酸処理黒鉛ディスクを用いた場合には、未処理黒鉛ディスクを用いた場合に比べ、相手材(ブロック)との摺動接触により、相手材へ早期かつ連続的に被膜が形成されることがわかる。なお、上記結果から、摺動接触部材は、相手材に摺動接触させる摺動接触面を備える摺動接触部を有しており、摺動接触部は、バルク状に形成されており、かつ、上記摺動試験および上記ブロックの摺動面の観察において摺動距離L=20000mで被膜面積比Rが0.3以上、摺動距離L=40000mで被膜面積比Rが0.5以上とすることができる。
【0064】
また、図18に示されるように、リン酸塩処理黒鉛ディスクを用いた場合には、未処理黒鉛ディスクを用いた場合に比べて、摩擦係数が小さく、低摩擦性に優れることがわかる。また、相手材との摺動接触によって形成される被膜は、潤滑性を発揮できる潤滑被膜であることがわかる。このように、リン酸塩処理黒鉛ディスクは、未処理黒鉛ディスクに比べ、摺動接触による摩耗を低減できることがわかる。
【0065】
上記結果によれば、本開示の摺動接触部材は、相手材との摺動接触により、摺動接触部の内部に含まれていたリン酸塩付き黒鉛が摺動接触面に露出し、相手材へ潤滑被膜を早期かつ連続的に形成することができるといえる。また、本開示の摺動接触部材は、連続供給機構を設けることなく、上記潤滑被膜により連続的に低摩耗化、低摩擦化を図ることができるといえる。
【0066】
(実験例4)
試料1C、試料1~3のブラシの作製における各バルク状焼成体から電気抵抗率測定用のテストピースを切り出した。各テストピースについて電気抵抗率(μΩ・cm)を四端子法により測定(n=4)した。電気抵抗率の測定温度は、20℃である。その結果を図19に示す。
【0067】
図19に示されるように、未処理黒鉛をリン酸塩付き黒鉛に置換しても、電気抵抗率が増大することがないことがわかる。上記結果によれば、摺動接触部がリン酸塩付き黒鉛を含んでいても、電気抵抗に悪影響を与え難いことがわかる。そのため、本開示の摺動接触部材は、ブラシ等、相手材との摺動接触時に通電を伴う摺動接触部材として好適に用いることができるといえる。
【0068】
(実験例5)
試料2Cのブラシ(銀70質量%:黒鉛30質量%)、試料4のブラシ(銀70質量%:黒鉛15質量%:リン酸塩付き黒鉛15質量%)を用い、ブラシ付き直流モータ実機を模した条件にて耐久試験を行った。耐久試験は、具体的には、次のように行った。
【0069】
図20に示されるように、外部電源により回転駆動可能なクロムモリブデン鋼製のシャフト51のシャフト周面に、一対のブラシ3を、シャフト軸方向に離間させた状態で接触させた。また、直流電源52のプラス側を一方のブラシ3に電気的に接続するとともに、直流電源52のマイナス側を他方のブラシ3に電気的に接続した。そして、ブラシ3に通電しながら、シャフト51にブラシ3を摺動接触させ、ブラシ摩耗量、耐久試験終了時点の接触電圧降下を測定した。耐久試験の条件は、ブラシの接触面圧:94300N/m、摺動速度:9.7m/s、環境温度:120℃、ブラシの面粗度:3μm、シャフトの面粗度:1.6μmとした。図21に、耐久試験の結果を示す。
【0070】
図21によれば、リン酸塩付き黒鉛を含む摺動接触部を有する摺動接触部材を用いた試料4のブラシは、リン酸塩付き黒鉛を含まない摺動接触部を有する摺動接触部材を用いた試料2Cのブラシに比べ、大幅な摩擦低減効果があることが確認された。また、高抵抗な無機塩であるリン酸マグネシウムがついたリン酸塩付き黒鉛自体は、通常の黒鉛に比べて抵抗が高い。そのため、このようなリン酸塩付き黒鉛を、低電気抵抗化が求められるブラシに含まれる通常の黒鉛と代替えすることは、当業者にとって通常困難であると考えられる。しかし、上記結果によれば、リン酸塩付き黒鉛を用いた場合でも、リン酸塩付き黒鉛の含有量を調節することにより、接触電圧降下の増大(=電気抵抗の増大)を招くことがないことがわかる。したがって、本開示のブラシは、電気抵抗に悪影響を与えずに、ブラシ摩耗量を低減することができ、回転機の長寿命化に寄与することができる。
【0071】
本発明は、上記各実施形態、各実験例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。また、各実施形態、各実験例に示される各構成は、それぞれ任意に組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0072】
1 摺動接触部材
10 摺動接触部
101 摺動接触面
2 リン酸塩付き黒鉛
20 黒鉛結晶構造
201 層
202 リン酸塩
3 ブラシ
4 回転機
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21