(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022149116
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】単離リグニン含有物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07G 1/00 20110101AFI20220929BHJP
D21C 11/10 20060101ALI20220929BHJP
D21C 11/00 20060101ALI20220929BHJP
C08H 7/00 20110101ALI20220929BHJP
【FI】
C07G1/00
D21C11/10
D21C11/00 Z
C08H7/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021051110
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113398
【弁理士】
【氏名又は名称】寺崎 直
(72)【発明者】
【氏名】田上 歩
(72)【発明者】
【氏名】塗木 豊
(72)【発明者】
【氏名】辻 志穂
(72)【発明者】
【氏名】金子 令治
(72)【発明者】
【氏名】宮脇 正一
【テーマコード(参考)】
4L055
【Fターム(参考)】
4L055AA02
4L055AA03
4L055AB01
4L055AC06
4L055AG34
4L055BC17
4L055EA20
4L055EA24
4L055EA25
4L055EA30
4L055EA31
4L055EA40
(57)【要約】
【課題】可溶性の高い、低分子化された単離リグニンを製造する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
単離リグニン含有物を製造する方法であって、下記(a)~(d):
(a)木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液のpHを低下させて沈殿物を生成し、前記沈殿物を脱水して、前記沈殿物の脱水ケーキを得ることと、
(b)前記脱水ケーキにアルカリ水を加えて、前記脱水ケーキを含むアルカリ液を生成することと、
(c)前記アルカリ液を120℃以上190℃以下で加熱し、加熱物を生成することと、
(d)前記加熱物のpHを低下させて、単離リグニン含有物を生成することと、
を行い、低分子化された単離リグニンの含有物を得る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離リグニン含有物を製造する方法であって、下記(a)~(d):
(a)木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液のpHを低下させて沈殿物を生成し、前記沈殿物を脱水して、前記沈殿物の脱水ケーキを得ることと、
(b)前記脱水ケーキにアルカリ水を加えて、前記脱水ケーキを含むアルカリ液を生成することと、
(c)前記アルカリ液を120℃以上190℃以下で加熱し、加熱物を生成することと、
(d)前記加熱物のpHを低下させて、単離リグニン含有物を生成することと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記(a)において、前記黒液に二酸化炭素を添加してpHを7以上11以下に調整し、前記沈殿物を生成する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(a)において、前記脱水ケーキの固形分濃度が10~60重量%となるように脱水する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記(a)において、前記黒液に二酸化炭素を添加してpHを7以上11以下に調整し、第1の沈殿物を生成し、前記第1の沈殿物を脱水して、第1の脱水ケーキを得た後、前記第1の脱水ケーキを、無機酸を含む水溶液中に懸濁し、pHを1以上7以下に調整し、第2の沈殿物を生成し、前記第2の沈殿物を脱水して、前記第2の脱水ケーキを得、
前記(b)において、前記脱水ケーキとして、前記第2の脱水ケーキを用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記(a)において、前記第2の脱水ケーキの固形分濃度が10~60重量%となるように脱水する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記(b)において生成する前記アルカリ液のpHが12以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記(c)において、加熱時間が、1~180分間である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記(d)において、前記加熱物に無機酸を添加してpHを1以上7以下に低下させる、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記木材原料が、針葉樹の木材である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記木材原料が、広葉樹の木材である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
請求項1~8のいずれか一項に記載の方法で得られる単離リグニン含有物。
【請求項12】
前記木材原料が針葉樹の木材であり、
当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~6000であり、且つ
当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が75%以上である、
請求項11に記載の単離リグニン含有物。
【請求項13】
前記木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液が、広葉樹の木材をクラフト蒸解して得られる黒液であり、
当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~3500であり、且つ
当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が80%以上である、
請求項11に記載の単離リグニン含有物。
【請求項14】
前記木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液は、広葉樹の木材をソーダ蒸解して得られる黒液であり、
当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~2700であり、且つ
当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が93%以上である、
請求項11に記載の単離リグニン含有物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、単離リグニン含有物を製造する方法および当該方法により製造される単離リグニン含有物に関する。
【背景技術】
【0002】
リグニンは、植物細胞壁などに含まれており、天然に豊富に存在する芳香族ポリマーである。リグニンは、紙パルプ製造プロセスで排出される黒液の主成分という形態で、主にボイラーなどの燃料として利用されてきたが、現在、より広い用途開発が進められており、再生可能な資源として期待が高まっている。
【0003】
リグニンは、紙パルプ製造プロセスにおいて蒸解処理後に植物繊維質を除いて排出される黒液から分離して得ることができる。例えば、サルファイト蒸解法では、酸性亜硫酸塩と亜硫酸の混液を加えて、130~145℃で蒸煮し木材中のリグニンをリグニンスルホン酸塩として溶出する。アルカリ蒸解法の一種であるクラフト蒸解法では、苛性ソーダ(NaOH)と硫化ソーダ(Na2S)を主成分とする薬品を加えて、150~170℃程度で蒸煮し、クラフトリグニンとして溶出する。また、同じくアルカリ蒸解法の一種であるソーダ蒸解法では、苛性ソーダ等のアルカリ水溶液を加えてリグニンを溶出する。
【0004】
リグニンは、化学薬品や樹脂、ゴム等の原料としての利用が期待されている。その都合から、低分子化されたリグニンが求められている。リグニンの平均分子量を低下させるために、150~200℃で黒液流を熱処理し、熱処理された黒液からリグニンを沈殿させる方法が開示されている(例えば、特許文献1)。また、反応性の高いリグニン製品を得るために、黒液をpH12以上の状態で200~300℃の熱処理し、その後pHを下げてリグニンを沈殿物として回収する方法が開示されている(例えば、特許文献2)。また、燃料または化学品の製造で使用可能な高純度のリグニン製品が得られるようにリグニンを少量の酸を用いて分離することが可能な方法が開示されている(例えば、特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5894594号公報
【特許文献2】WO2018/115592
【特許文献3】特表2008-513549号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リグニン製品を化学品の製造原料として供与する場合、そのリグニン製品は、低分子化されているものであることが望ましい。また、そのような製造原料として供与されるリグニン製品は、溶媒に対する可溶性が高いことが望ましい。しかし、黒液から分取される単離リグニン含有物は、必ずしも低分子化や可溶性が十分ではなく、改良が求められていた。特に、可溶性について着目した改善はこれまでなされておらず、木材チップをクラフト蒸解して得られる黒液から単離リグニン含有物を生成する従来の方法では、得られた単離リグニン含有物の可溶性は、例えばアセトンを溶媒とした場合、針葉樹由来のリグニン含有物で60%前後、広葉樹由来で70%前後であった。
【0007】
以上のような状況に鑑み、解決しようとする課題の1つは、十分に低分子化が進んだ単離リグニン含有物を得ることができる方法を提供することにある。
また、解決しようとする更なる課題の1つは、単離リグニン含有物の可溶性を向上させることができる方法を提供することにある。
また、解決しようとする更なる課題の1つは、可溶性の高い単離リグニン含有物を得ることができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示中に提示される発明は、多様な面から把握しうるところ、課題を解決するための手段として、例えば下記のものを含む。
〔1〕 単離リグニン含有物を製造する方法であって、下記(a)~(d):
(a)木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液のpHを低下させて沈殿物を生成し、前記沈殿物を脱水して、前記沈殿物の脱水ケーキを得ることと、
(b)前記脱水ケーキにアルカリ水を加えて、前記脱水ケーキを含むアルカリ液を生成することと、
(c)前記アルカリ液を120℃以上190℃以下で加熱し、加熱物を生成することと、
(d)前記加熱物のpHを低下させて、単離リグニン含有物を生成することと、
を含む、方法。
〔2〕 前記(a)において、前記黒液に二酸化炭素を添加してpHを7以上11以下に調整し、前記沈殿物を生成する、上記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 前記(a)において、前記脱水ケーキの固形分濃度が10~60重量%となるように脱水する、上記〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕 前記(a)において、前記黒液に二酸化炭素を添加してpHを7以上11以下に調整し、第1の沈殿物を生成し、前記第1の沈殿物を脱水して、第1の脱水ケーキを得た後、前記第1の脱水ケーキを、無機酸を含む水溶液中に懸濁し、pHを1以上7以下に調整し、第2の沈殿物を生成し、前記第2の沈殿物を脱水して、前記第2の脱水ケーキを得、
前記(b)において、前記脱水ケーキとして、前記第2の脱水ケーキを用いる、上記〔1〕に記載の方法。
〔5〕 前記(a)において、前記第2の脱水ケーキの固形分濃度が10~60重量%となるように脱水する、上記〔4〕に記載の方法。
〔6〕 前記(b)において生成する前記アルカリ液のpHが12以上である、上記〔1〕~〔5〕のいずれか一項に記載の方法。
〔7〕 前記(c)において、加熱時間が、1~180分間である、上記〔1〕~〔6〕のいずれか一項に記載の方法。
〔8〕 前記(d)において、前記加熱物に無機酸を添加してpHを1以上7以下に低下させる、上記〔1〕~〔7〕のいずれか一項に記載の方法。
〔9〕 前記木材原料が、針葉樹の木材である、上記〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の方法。
〔10〕 前記木材原料が、広葉樹の木材である、上記〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の方法。
〔11〕 上記〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の方法で得られる単離リグニン含有物。
〔12〕 前記木材原料が針葉樹の木材であり、
当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~6000であり、且つ
当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が75%以上である、
上記〔11〕に記載の単離リグニン含有物。
〔13〕 前記木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液が、広葉樹の木材をクラフト蒸解して得られる黒液であり、
当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~3500であり、且つ
当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が80%以上である、
上記〔11〕に記載の単離リグニン含有物。
〔14〕 前記木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液は、広葉樹の木材をソーダ蒸解して得られる黒液であり、
当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~2700であり、且つ
当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が93%以上である、
上記〔11〕に記載の単離リグニン含有物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、低分子化が進んだ単離リグニン含有物を得ることができる。
本発明の一態様によれば、単離リグニン含有物の可溶性を向上させることができる方法が提供できる。
本発明の一態様によれば、可溶性の高い単離リグニン含有物を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本開示において、特に断らない限り、数値範囲に関し、「AA~BB」という記載は、「AA以上BB以下」を示すこととする(ここで、「AA」および「BB」は任意の数値を示す)。また、下限および上限の単位は、特に断りない限り、後者(すなわち、ここでは「BB」)の直後に付された単位と同じである。また、本開示において、「Xおよび/またはY」との表現は、XおよびYの双方、またはこれらのうちのいずれか一方のことを意味する。
【0011】
本開示において「単離リグニン」との用語は、天然リグニンと区別する用語である。天然リグニンは、植物細胞壁中でセルロースやヘミセルロースなどの多糖類と共に強固に複合化して存在しており、何らかの化学的構造の変性なしに単離することは未だ困難である。すなわち、本開示において「単離リグニン」とは、天然リグニンとは区別して、物理的または化学的処置を経て単離されたリグニンのことをいう。単離リグニンは、工業リグニンとも言われる。
【0012】
本開示において「単離リグニン含有物」とは、単離リグニンを含有する物質のことをいう。単離リグニン含有物は、リグニンを含有する植物材料を分解し、天然リグニンを単離して得られる様々な有機化合物を含む混合物でありうる。単離リグニン含有物の成分は、例えば、天然リグニンに由来する芳香族化合物、リグニンの前駆物質で一般にモノリグノールと称される有機化合物、リグニンの生合成経路に存在する有機化合物、リグニンを含有する植物材料の分解時に化学修飾や官能基変換がされた化合物、これらの縮合体、これらが複数結合して成る複合化合物などの1種または2種以上を含む物質でありうる。
【0013】
モノリグノールおよびその類似体としては、例えば、p-クマリルアルコール、コニフェリルアルコール、シナピルアルコール、p-クマリルアルデヒド、コニフェリルアルデヒド、シナピルアルデヒド、p-クマル酸、フェルラ酸、シナピン酸、カフェイルアルコール、カフェイルアルデヒド、カフェ酸、桂皮酸、バニリルアルコール、5-ホルミルバニリン酸、5-ホルミルバニリン、5-ヒドロキシメチルバニリン、5-カルボキシバニリン、p-ヒドロキシベンズアルデヒド、p-ヒドロキシ安息香酸、アセトバニロン、バニリン、バニリン酸、シリンガアルデヒド、シリンガ酸、グアヤコールなどが挙げられる。
【0014】
本発明の単離リグニンの製造方法の一実施形態においては、以下の(a)、(b)、(c)、および(d)の処理が行われる。
(a)木材原料をアルカリ蒸解して得られる黒液のpHを低下させて沈殿物を生成し、前記沈殿物を脱水して、前記沈殿物の脱水ケーキを得ること。
(b)前記脱水ケーキにアルカリ水を加えて、前記脱水ケーキを含むアルカリ液を生成すること。
(c)前記アルカリ液を120℃以上190℃以下で加熱し、加熱物を生成すること。
(d)前記加熱物のpHを低下させて、単離リグニン含有物を生成すること。
以下、上記(a)~(d)の各処理の実施形態を、製造プロセスにおける工程として説明する。
【0015】
<工程(a):(第1の)沈殿物および脱水ケーキを生成する工程>
工程(a)において用いられる黒液は、木材原料のアルカリ蒸解により得られるものを用いる。
【0016】
木材原料としては、好ましくは木材チップなどが用いられる。木材チップは、紙パルプ製造などで通常用いられる形態のものでよく、例えば、上記の木材を切断、裁断、破断、粉砕など木材を物理的に細かくする処理をした後に、そのまま又は所望の形状に成形するなどして調製しうる。
【0017】
原料の木材としては、広葉樹、針葉樹のいずれも使用しうる。広葉樹としては、例えば、ブナ、シナ、シラカバ、ポプラ、ユーカリ、アカシア、ナラ、イタヤカエデ、センノキ、ニレ、キリ、ホオノキ、ヤナギ、セン、ウバメガシ、コナラ、クヌギ、トチノキ、ケヤキ、ミズメ、ミズキ、アオダモ等が挙げられる。針葉樹としては、例えば、スギ、エゾマツ、カラマツ、クロマツ、トドマツ、ヒメコマツ、イチイ、ネズコ、ハリモミ、イラモミ、イヌマキ、モミ、サワラ、トガサワラ、アスナロ、ヒバ、ツガ、コメツガ、ヒノキ、イチイ、イヌガヤ、トウヒ、イエローシーダー(ベイヒバ)、ロウソンヒノキ(ベイヒ)、ダグラスファー(ベイマツ)、シトカスプルース(ベイトウヒ)、ラジアータマツ、イースタンスプルース、イースタンホワイトパイン、ウェスタンラーチ、ウェスタンファー、ウェスタンヘムロック、タマラック等が挙げられる。
【0018】
針葉樹を原料として得られる黒液に含まれるリグニンの分子量は、広葉樹を原料として得られる黒液に含まれるものより大きい傾向がある。本発明の一実施形態によれば、針葉樹を原料として得られた黒液を用いた場合であっても、単離リグニンの低分子化を大幅に進行させることができる。よって、針葉樹由来の木材チップを用いることは、本発明の有利な一実施形態でありうる。
【0019】
本発明の一実施形態において用いられる黒液は、木材チップをアルカリ蒸解して得られる。アルカリ蒸解は、アルカリ薬品を蒸解液として用いて行われる蒸解方法であれば特に制限はなく、代表的な例として、クラフト蒸解法およびソーダ蒸解法が含まれる。一般に、クラフト蒸解法では、蒸解液として苛性ソーダ(NaOH)と硫化ナトリウム(Na2S)が用いられる。ソーダ蒸解法では、基本的に苛性ソーダを蒸解液として用い、硫化ナトリウムなどの硫黄分を混ぜない。蒸解液には、キノン化合物などの蒸解助剤を添加してもよい。
【0020】
工程(a)では、アルカリ蒸解後に得られる黒液のpHを低下させて沈殿物を得る。アルカリ蒸解により得られる黒液のpHは、アルカリ蒸解の具体的な条件にもよるが、通常、pH12~14程度である。工程(a)では、好ましくは黒液のpHを、11以下に調整しうる。黒液のpHを上記のような上限、例えば11以下とすることにより、リグニンの不溶物を十分に生成することができる。他方、黒液のpHを、過度に低く、例えば1未満とすると、使用する酸の量が増えるため、工程(b)で使用するアルカリ量や、中和時に生成する塩が増加してしまう。そのためpHをこのように過度に低くすることは、実用的な生産方法としての観点からは避けることが好ましい。
【0021】
黒液のpHは、酸および/または二酸化炭素を添加し、懸濁液とすることにより低下させることができる。使用する酸は、無機酸でも有機酸でもよい。無機酸としては、例えば、硫酸、亜硫酸、塩酸、硝酸、亜硝酸、リン酸、炭酸等が挙げられ、中でも硫酸が好適である。また、二酸化塩素発生装置から排出される残留酸を使用してもよい。有機酸としては、例えば、酢酸、乳酸、シュウ酸、クエン酸、ギ酸等が挙げられる。
【0022】
黒液は、pHを調整する前に、エバポレーターなどを用いて濃縮してもよい。黒液中の固形分含有量は、好ましくは10質量%以上、より好ましくは20質量%以上でありうる。
【0023】
上記のように黒液のpHを低下させる調整(例えばpH11以下に調整)を行う際の温度は、好ましくは、室温~100℃、より好ましくは40~80℃でありうる。温度の上限をこのように調整することにより、リグニンの縮合を抑制し、黒液中に含まれているリグニンの分子量が大きくなることを抑制しうる。
【0024】
二酸化炭素を黒液に添加する場合、二酸化炭素を加える方法は特に限定されないが、例えば、大気圧下で吹き込む方法、または密閉容器中で二酸化炭素を吹き込んで加圧(0.1~1MPa)する方法などがある。二酸化炭素としては、純粋な二酸化炭素ガスでもよいが、焼却炉、ボイラーなどから排出される燃焼排ガス、石灰焼成工程などから発生する二酸化炭素を含むガスを用いてもよい。
【0025】
また、必要に応じて凝集剤を添加して、リグニンの沈殿を促進させてもよい。凝集剤としては、例えば、硫酸バンド、塩化アルミ、ポリ塩化アルミ、ポリアミン、DADMAC、メラミン酸コロイド、ジンアンジアジド等が挙げられる。
【0026】
黒液に酸および/または二酸化炭素を添加して、黒液のpHを低下させること、例えば11以下に調整すること、によって、単離リグニンを含有する沈殿物が得られる。この沈殿物を脱水することで、沈殿物を脱水ケーキの形態で分取することができる。液中の沈殿物を脱水処理して分取することにより、夾雑物を除去し、原料に含まれるリグニン由来成分の濃度を高めることができる。また、脱水後、夾雑物をさらに除去するために、洗浄してもよい。
【0027】
沈殿物を脱水、洗浄するための装置としては、フィルタープレス、ドラムプレス、遠心脱水装置、吸引濾過装置等を使用しうる。なお、フィルタープレス装置で脱水する際には、用いるフィルタークロスの透気度は、0.5cm3/cm2/secを超え、60cm3/cm2/sec未満であることが好ましい。フィルタークロスの透気度が0.5cm3/cm2/secを超えると、脱水の際に目詰まりしにくい。また、透気度が60cm3/cm2/sec未満とすることにより、フィルタークロス上にリグニンを保持しやすい。洗浄する際に使用する水は特に限定されないが、工業用水、水道水、炭酸水、希薄な酸等を使用することができ、pHは1~9、温度は20~80℃、電気伝導度が0.2S/m以下であることが好ましい。
【0028】
脱水ケーキの固形分濃度の好ましい上限は、好ましくは60重量%以下、より好ましくは50重量%以下、更に好ましくは40重量%以下でありうる。少なくともこの程度まで脱水しておくことにより、次に続く、アルカリ水の添加量を節約することができる。
他方、脱水ケーキの固形分濃度の好ましい下限については、特に制限はないが、好ましくは10%重量以上、より好ましくは20重量%以上、更に好ましくは30重量%以上でありうる。このような下限値は、上記にて例示した脱水方法で容易に達成することができる。
【0029】
沈殿物を調製する工程(a)の好ましい一実施形態としては、前記黒液に二酸化炭素を添加してpHを7以上11以下に調整し、前記沈殿物を生成する形態がありうる。黒液に二酸化炭素を添加して得られる沈殿物は、工業実務的に「炭酸中和リグニン」とも呼ばれる。
【0030】
焼却炉、ボイラーなどから排出される燃焼排ガスとして二酸化炭素を供給できる設備に併設して本開示の一実施形態を実施する場合においては、設備外への二酸化炭素の排出量を抑制することができる。また設備内で生じる二酸化炭素を利用することは、その設備の運用効率向上の観点でも有益でありうる。
【0031】
好ましい一実施形態として、炭酸中和リグニンの脱水ケーキを、そのまま工程(b)のアルカリ処理に供してもよい。このように炭酸中和リグニンの脱水ケーキを工程(b)のアルカリ処理に供する実施形態は、工程数を減らすことができる点で有利である。
【0032】
また、アルカリ処理を行う前に沈殿物を調製する工程(a)についての他の好ましい一実施形態としては、黒液に二酸化炭素を添加してpHを7以上11以下に調整し、第1の沈殿物を生成し、第1の沈殿物を脱水して、第1の脱水ケーキを得た後、第1の脱水ケーキを、無機酸を含む水溶液中に懸濁し、pHを1以上7以下に調整し、第2の沈殿物を生成し、第2の沈殿物を脱水して、第2の脱水ケーキを得、工程(a)に続いて実施される工程(b)のアルカリ処理に供与する脱水ケーキとして、第2の脱水ケーキを用いるようにしてもよい。第2の脱水ケーキの好ましい固形分濃度は、上述と同様である。
【0033】
第2の沈殿物を生成する際、pHの上限は、好ましくは6、5、4、または3以下としてもよい。第2の沈殿物を生成する工程により洗浄を行うことでリグニン純度が向上し、後に実施する工程(d)で使用する酸(例えば硫酸)の量を低減することができる。また、第1の沈殿物から第2の沈殿物を得る工程で、収率は約半減するため、同量の第1の沈殿物または第2の沈殿物をアルカリ処理に用いた場合を比較すると、第2の沈殿物を用いた方が、得られる目的物(単離リグニン含有物)の量は多くなる。
【0034】
<工程(b):アルカリ液を調製する工程>
工程(b)では、上述の工程(a)の処理によって調製される脱水ケーキにアルカリ水を加えて、工程(a)で得られた脱水ケーキを含むアルカリ液を生成する。
【0035】
脱水ケーキに加えるアルカリ水としては、例えば、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属炭酸水素塩、アルカリ金属リン酸塩、アルカリ金属カルボン酸塩、アルカリ土類金属水酸化物、アルカリ土類金属炭酸塩、アルカリ土類金属炭酸水素塩、アルカリ土類金属炭酸水素塩、アルカリ土類金属カルボン酸塩、アンモニア、アミン化合物、アルカリ金属アルコキシドからなる群より選ばれる1種以上の水溶液が挙げられる。なかでも、反応性およびコストの点からは、好ましくはアルカリ金属水酸化物水溶液が挙げられ、特に好ましくは水酸化ナトリウム水溶液が挙げられる。
【0036】
脱水ケーキにアルカリ水を加え、懸濁して、工程(a)で得られた脱水ケーキを含むアルカリ液を調製する。アルカリ液のpHは、好ましくは11より大きく、より好ましくは12以上に調整しうる。また、アルカリ液の溶液濃度の好ましい上限は、好ましくは60重量%以下、より好ましくは40重量%以下、更に好ましくは20重量%以下でありうる。他方、アルカリ液の溶液濃度の好ましい下限については、特に制限はないが、好ましくは1%重量以上、より好ましくは3重量%以上、更に好ましくは5重量%以上でありうる。
【0037】
<工程(c):アルカリ加熱工程>
工程(c)では、上述の工程(b)の処理によって調製されるアルカリ液を120℃以上190℃以下の温度範囲で加熱し、加熱物を生成する。
工程(c)にて得られる加熱物には、木材原料中に存在するリグニンよりも低分子化した単離リグニンが含まれている。
【0038】
加熱温度の下限は、pHの程度や加熱時間などの条件にもよるが、好ましくは120℃以上、より好ましくは140℃以上、更に好ましくは150℃以上でありうる。
加熱温度の上限は、pHの程度や加熱時間などの条件にもよるが、190℃以下、好ましくは180℃以下、より好ましくは170℃以下でありうる。
より低分子化した単離リグニン含有物を得るため、および、可溶性の高い単離リグニン含有物を得るために、上記のような加熱温度に調整することが好適である。
【0039】
加熱時間の下限は、pHの程度や加熱温度などの条件にもよるが、好ましくは1分間以上、より好ましくは30分間以上、更に好ましくは60分間以上でありうる。
加熱時間の上限は、pHの程度や加熱温度などの条件にもよるが、好ましくは300分間以下、より好ましくは240分間以下、更に好ましくは210、180、又は150分間以下でありうる。より低分子化した単離リグニン含有物を得るため、および、可溶性の高い単離リグニン含有物を得るために、上記のような加熱時間に調整することが好適である。
【0040】
上記(a)~(c)のプロセスに示すように、黒液のpHを一旦下げて生成する沈殿物を、改めてpHを上げて、高アルカリ性条件下に曝して加熱処理をすることにより、単離リグニンの低分子化を促進することができるものと推測される。また、上記(a)~(c)のプロセスにより、単離リグニン含有物の可溶化を促進することができるものと推測される。
【0041】
<工程(d):固液分離する工程>
工程(d)では、上述の工程(c)の処理によって調製できる加熱物(単離リグニンを含む液またはスラリー)のpHを低下させて、改めて沈殿物を生成させ、単離リグニン含有物を得る。沈殿物としての単離リグニン含有物を脱水し、水で洗浄することによって、脱水ケーキの形態で、単離リグニン含有物を分取することができる。沈殿物の脱水、洗浄などの処理は、工程(a)において説明した装置を用いて行うことができる。
【0042】
pHを低下させるためには、工程(c)で得られる加熱物に酸を添加しうる。酸は、無機酸でも有機酸でもよく、上記工程(a)にて例示されたものと同様であり、好ましくは硫酸を用いうる。pHは、好ましくは6以下、より好ましくは5以下、更に好ましくは4または3以下にまで低下させうる。このようにpHを低下させることにより、単離リグニンを豊富に含む沈殿物を得ることができる。また、作用機序は必ずしも明確ではないが、pHをこのように低く調整することで、最終的に得られる単離リグニン含有物の可溶性を高めることができると考えられる。
【0043】
工程(d)で生成する沈殿物は、さらに脱水及び洗浄してもよい。洗浄は洗浄ろ液の電気伝導度が0.2S/m以下になるまで行うことが望ましい。単離リグニン含有物の沈殿物を脱水、洗浄するための装置としては、工程(a)と同様にフィルタープレス、ドラムプレス、遠心脱水装置、吸引濾過装置等を使用することができる。単離リグニン含有物の沈殿物を洗浄するために使用する水は、工程(a)で洗浄に使用する水と同様の水を用いうる。洗浄水のpHは、好ましくはpH6~8でありうる。
【0044】
工程(d)で得られる単離リグニン含有物は、有機溶媒を添加して溶解させ、不純物である不溶物を分離することによって、更に精製してもよい。添加する有機溶媒としては、糖類の非溶媒または貧溶媒が好適であり、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、2-メトキシルエタノール、ブタノールなどを含むアルコール類、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフランなどを含むエーテル類、アセトンやメチルエチルケトンなどを含むケトン類、アセトニトリルなどを含むニトリル類、ピリジンなどを含むアミン類、ホルムアミドなどを含むアミド類、酢酸エチル、酢酸メチルなどを含むエステル類、ヘキサンなどを含む脂肪族炭化水素、ベンゼン、トルエン等を含む芳香族炭化水素などのうち、一種類または複数種を混合したもの、あるいは一種類または複数種を混合し、水を加えたものを用いうる。上記のうちでも、アセトンが好適でありうる。懸濁液中の不溶物を固液分離する方法としては、フィルタープレス、ドラムプレス、遠心脱水装置、吸引濾過装等を使用しうる。
【0045】
本開示におけるいくつかの実施形態によれば、低分子化されており、有機溶媒などの溶媒に対する可溶性が高い単離リグニン含有物を得ることができる。このような単離リグニン含有物は、熱硬化性樹脂、分散剤、接着剤などの材料または原料として利用しやすいことが期待される。
【0046】
上記開示の方法により得られる単離リグニン含有物の好ましい一実施形態は、例えば、重量平均分子量が1500~6000であり、且つ、アセトンへの可溶性が75%以上である、単離リグニン含有物でありうる。
【0047】
単離リグニン含有物の重量平均分子量の上限は、包括的には、好ましくは6000以下であり、より好ましくは5000以下であり、更に好ましくは4000、3500、3000、2700、または2500以下でありうる。
また、単離リグニン含有物の重量平均分子量は、一般的にはより小さい方が好ましいと言いうる。上記開示の方法によれば、得られる単離リグニン含有物の重量平均分子量の下限値は、包括的には、好ましくは2100、1800、または1500以上でありうる。
【0048】
概して、針葉樹から得られた黒液中に含まれるリグニンは、広葉樹のそれに比べて重量平均分子量が大きい傾向がある。本開示におけるいくつかの実施形態によれば、針葉樹を木材原料とした黒液からであっても、単離リグニン含有物の重量平均分子量を上記のように大幅に小さくすることができる。広葉樹の場合、広葉樹から得られた黒液中のリグニンの重量平均分子量は針葉樹よりも元々小さい場合がありうるが、広葉樹での場合あっても、上記のような重量平均分子量まで十分に低分子化できる。
【0049】
上述のとおり、得られる単離リグニン含有物の重量平均分子量は、木材原料の種類によって変わりうる。また、得られる単離リグニン含有物の重量平均分子量は、蒸解方法の種類によっても変わりうる。木材原料の種類、蒸解法の種類に分けて、単離リグニン含有物の重量平均分子量を示すと、以下のような数値でありうる。
【0050】
針葉樹の木材を原料とする場合、得られる単離リグニン含有物の重量平均分子量の上限は、好ましくは6000以下であり、より好ましくは5000以下であり、更に好ましくは4000以下でありうる。
針葉樹の木材を原料とする場合、得られる単離リグニン含有物の重量平均分子量の下限値は、好ましくは2500、2100、1800、または1500以上でありうる。
針葉樹の場合は、クラフト蒸解法であってもソーダ蒸解法であっても、上述の重量平均分子量の上限値および下限値については概ね同じと言いうる。
【0051】
これに対し、広葉樹の木材を原料とする場合には、クラフト蒸解法とソーダ蒸解法によって、上限値および下限値については異なりうる。
広葉樹の木材を原料とし、クラフト蒸解法により黒液を得る場合には、得られる単離リグニン含有物の重量平均分子量の上限値は、好ましくは3500以下であり、より好ましくは3200以下であり、更に好ましくは3000または2800以下でありうる。
広葉樹の木材を原料とし、クラフト蒸解法により黒液を得る場合には、得られる単離リグニン含有物の重量平均分子量の下限値は、好ましくは2200、2100、1800、または1500以上でありうる。
【0052】
広葉樹の木材を原料とし、得られる単離リグニン含有物のソーダ蒸解法により黒液を得る場合には、重量平均分子量の上限は、好ましくは2700以下であり、より好ましくは2600以下であり、更に好ましくは2500、2400、または2300以下でありうる。
広葉樹の木材を原料とし、得られる単離リグニン含有物のソーダ蒸解法により黒液を得る場合には、重量平均分子量の下限値は、好ましくは2000、1800、または1500以上でありうる。
【0053】
単離リグニン含有物の可溶性を示す指標として、有機溶媒としてアセトンを用いた場合の可溶性を用いうる。単離リグニン含有物のアセトンへの可溶性は、包括的には、好ましくは75%以上であり、より好ましくは80%以上であり、更に好ましくは85、86、87、89、90、91、92、又は93%以上でありうる。
【0054】
針葉樹から得られた黒液中から得られる単離リグニン含有物のアセトン可溶率を上記のように高めることは、従来の方法では容易ではなかった。しかし、本開示におけるいくつかの実施形態によれば、針葉樹由来の木材原料からであっても、高いアセトン可溶率を有する単離リグニン含有物を得ることができる。
【0055】
針葉樹の木材を原料とする場合、アセトン可溶率は、好ましくは75%以上であり、より好ましくは80%以上であり、更に好ましくは85、86、87、88または89%以上でありうる。
【0056】
他方、広葉樹の場合には、アルカリ処理を経ない場合であっても、針葉樹の場合に比べれば、アセトン可溶化率を高めることが可能である場合があることを本発明者らは見出したが、それでもなお、本開示のいくつかの実施形態ほどに高く向上させることは困難であった。本開示のいくつか実施形態によれば、広葉樹の場合であっても、下記のようなアセトン可溶化率まで向上させることができる。
【0057】
広葉樹の木材を原料とし、クラフト蒸解法により黒液を得る場合には、アセトン可溶率は、好ましくは80%以上であり、より好ましくは83%以上であり、更に好ましくは85、87、または90%以上でありうる。
【0058】
広葉樹の木材を原料とし、ソーダ蒸解法により黒液を得る場合には、アセトン可溶率は、好ましくは85%以上であり、より好ましくは90%以上であり、更に好ましくは92、または93%以上でありうる。
【0059】
本開示における単離リグニン含有物の好ましい実施形態としては、例えば、以下のようなものが挙げられる。
【0060】
木材原料として針葉樹の木材を用いて得られる単離リグニン含有物であって、当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~6000であり、且つ、当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が75%以上であるもの。
【0061】
広葉樹の木材をクラフト蒸解して得られる黒液を用いて得られる単離リグニン含有物であって、当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~3500であり、且つ、当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が80%以上であるもの。
【0062】
広葉樹の木材をソーダ蒸解して得られる黒液を用いて得られる単離リグニン含有物であって、当該単離リグニン含有物の重量平均分子量が1500~2700であり、且つ、当該単離リグニン含有物のアセトン可溶化率が93%以上であるもの。
【実施例0063】
以下に実施例を挙げて本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲が下記の実施例に限定されるものではない。
【0064】
<分子量分析>
重量平均分子量(Mw)は、水系GPCにより測定した。溶離液は0.5mol/lの水酸化ナトリウム水溶液を使用し、カラム担体は東ソー HT-55、検出法はRIおよびUV法、流速1.0ml/minの条件で測定を行った。測定に使用するサンプルは0.5mol/lの水酸化ナトリウム水溶液に、濃度0.1%となるように各サンプルを溶解し、それぞれ測定を行った。測定終了後、ポリエチレングリコールの分子量106、410、1480、3,870、10、370の5点の結果から得られた検量線を使用し、各サンプルのGPCチャートよりMwを計算した。
【0065】
<アセトン可溶率>
100mlビーカーに固形分90%以上に乾燥した、各サンプルを絶乾4.0g採取し、その後、アセトンを40ml注ぎ、室温(約25℃)で5時間、300~400rpmの条件で撹拌し、その後、No.2の定性濾紙を用いてアセトン可溶部と不溶部に分離した。分離後、各サンプルを50℃で2日、真空乾燥機を用いて乾燥し、乾燥後の可溶部と不溶部の重量より、アセトン可溶率を算出した。
【0066】
〔実施例1〕
<工程(a):沈殿物および脱水ケーキの生成工程>
針葉樹チップを用いてクラフト蒸解を行い、得られた黒液500ml(pH13.6)を60℃まで冷やし、保温しながら炭酸ガスを噴き込み、pHを約10に低下させることにより、(第1の)沈殿物を生成した。
【0067】
(第1の)沈殿物を含む液を、ブフナー漏斗を用いて濾過し、(第1の)脱水ケーキとして、固形分濃度30.2%の単離リグニン濾過ケーキ(炭酸中和リグニン)を得た。
【0068】
<工程(b):アルカリ液を生成する工程>
工程(a)で得た炭酸中和リグニン、絶乾30gに対し、50%の水酸化ナトリウム溶液19.7mlを添加し、その後、炭酸中和リグニンの溶液濃度が10.0%になるよう純水を加え、アルカリ液を生成した。
【0069】
<工程(c):加熱工程>
工程(b)で得たアルカリ液を、6連式マルチダイジェスターを用いて170℃で2時間加熱し、加熱物(スラリー)を生成した。
【0070】
<工程(d):単離リグニン含有物を含む液を得る工程>
工程(c)で得た加熱物(スラリー)を50℃まで冷やし、保温しながら、当該スラリーのpHが2になるまで撹拌しながら8N硫酸を添加した。その後、50℃で1時間撹拌を続け、単離リグニン含有物を含む液を得た。
【0071】
<工程(e):脱水・洗浄し、単離リグニン含有物を回収する工程>
工程(d)で得たリグニン含有物を含む液をブフナー漏斗で濾過し、得られた単離リグニンケーキに50℃の温水150mlを加え、濾過した。濾液の電気伝導率が0.2S/m以下になるまで濾過、洗浄を繰り返し、単離リグニン含有物を得た。
【0072】
<単離リグニンケーキの乾燥>
工程(e)で得られた単離リグニン含有物を、50℃の送風乾燥機で約2日乾燥し、固形分濃度約95%の粉体を得た。
【0073】
<重量平均分子量(Mw)、アセトン可溶率の測定>
得られた単離リグニン含有物の重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は3,350g/mol、アセトン可溶率は92.2%であった。
【0074】
〔実施例2〕
実施例1にて、工程(a)で得られた炭酸中和リグニン(第1の脱水ケーキ)、絶乾60gに対し、炭酸中和リグニンの溶液濃度が10.0%になるよう純水を加え、50℃に加温した後、pHが2になるまで撹拌しながら8N硫酸を添加した。その後、50℃で1時間撹拌を続けた。硫酸処理により生じた第2の沈殿物を含む液をブフナー漏斗で濾過し、得られた濾過ケーキに50℃の温水300mlを加え、濾過した。ろ液の電気伝導率が0.2S/m以下になるまで濾過、洗浄を繰り返し、第2の脱水ケーキを得た。
【0075】
第2の脱水ケーキに対し、実施例1における工程(b)の溶液濃度を15%、工程(c)の加熱時間を1時間にそれぞれ変更し、以下、実施例1と同様にして単離リグニン含有物を得た。乾燥後のリグニン含有物の重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は3,600g/mol、アセトン可溶率は91.7%であった。
【0076】
〔実施例3〕
<工程(a):沈殿物および脱水ケーキの生成工程>
実施例1の工程(a)において、針葉樹チップの代わりに広葉樹チップを用いたこと以外は、実施例1の工程(a)と同様にして、(第1の)沈殿物を生成した。実施例1の工程(a)と同様の方法により濾過を行い、(第1の)脱水ケーキとして、固形分濃度27.7%のリグニン濾過ケーキ(炭酸中和リグニン)を得た。
【0077】
<工程(b):アルカリ液を生成する工程>
上記工程(a)で得た炭酸中和リグニン、絶乾30gに対し、50%の水酸化ナトリウム溶液19.7mlを添加し、その後、炭酸中和リグニンの溶液濃度が15.0%になるよう純水を加え、アルカリ液を生成した。
【0078】
<工程(c):加熱工程>
工程(b)で得たアルカリ液を、6連式マルチダイジェスターを用いて160℃で2時間加熱し、加熱物(スラリー)を生成した。
【0079】
<工程(d):単離リグニン含有物を含む液を得る工程>
工程(c)で得た加熱物(スラリー)を50℃まで冷やし、保温しながら、当該スラリーのpHが2になるまで撹拌しながら8N硫酸を添加した。その後、50℃で1時間撹拌を続け、単離リグニン含有物を含む液を得た。
【0080】
<工程(e):脱水・洗浄し、リグニン含有物を回収する工程>
工程(d)で得た単離リグニン含有物を含む液をブフナー漏斗で濾過し、得られた単離リグニンケーキに50℃の温水150mlを加え、濾過した。濾液の電気伝導率が0.2S/m以下になるまで濾過、洗浄を繰り返し、単離リグニン含有物を得た。
【0081】
<単離リグニンケーキの乾燥>
得られた単離リグニン含有物を、50℃の送風乾燥機で約2日乾燥し、固形分濃度約95%の粉体を得た。
【0082】
<重量平均分子量(Mw)、アセトン可溶率の測定>
得られた単離リグニン含有物の重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は2,730g/mol、アセトン可溶率は93.5%であった。
【0083】
〔実施例4〕
実施例3にて、工程(a)で得られた炭酸中和リグニン(第1の脱水ケーキ)、絶乾60gに対し、炭酸中和リグニンの溶液濃度が10.0%になるよう純水を加え、50℃に加温した後、pHが2になるまで撹拌しながら8N硫酸を添加した。その後、50℃で1時間撹拌を続けた。硫酸処理により生じた第2の沈殿物を含む液をブフナー漏斗で濾過し、得られた濾過ケーキに50℃の温水300mlを加え、濾過した。ろ液の電気伝導率が0.2S/m以下になるまで濾過、洗浄を繰り返し、第2の脱水ケーキを得た(実施例4の工程(a))。
【0084】
上記本実施例4の工程(a)で得た第2の脱水ケーキに対し、実施例1における工程(b)の溶液濃度を20%、工程(c)の加熱時間を1時間にそれぞれ変更し、以下、実施例1と同様にして単離リグニン含有物を得た。乾燥後の単離リグニン含有物の重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は2,550g/mol、アセトン可溶率は93.8%であった。
【0085】
〔実施例5〕
<工程(a):沈殿物および脱水ケーキの生成工程>
針葉樹チップを用いてソーダ蒸解を行い、得られた黒液500mlを70℃まで冷やし、保温しながら炭酸ガスを噴き込み、pHを約8に低下させることにより(第1の)沈殿物を生成した。
【0086】
(第1の)沈殿物を含む液を、ブフナー漏斗を用いて濾過し、(第1の)脱水ケーキとして、固形分濃度34.4%の単離リグニン濾過ケーキ(炭酸中和リグニン)を得た。
【0087】
<工程(b):アルカリ液を生成する工程>
工程(a)で得た炭酸中和リグニン、絶乾30gに対し、50%の水酸化ナトリウム溶液19.7mlを添加し、その後、炭酸中和リグニンの溶液濃度が10.0%になるよう純水を加え、アルカリ液を生成した。
【0088】
<工程(c):加熱工程>
工程(b)で得たアルカリ液を、6連式マルチダイジェスターを用いて170℃で2時間加熱し、加熱物(スラリー)を生成した。
【0089】
<工程(d):単離リグニン含有物を含む液を得る工程>
工程(c)で得た加熱物(スラリー)を50℃まで冷やし、保温しながら、当該スラリーのpHが2になるまで撹拌しながら8N硫酸を添加した。その後、50℃で1時間撹拌を続け、単離リグニン含有物を含む液を得た。
【0090】
<工程(e):脱水・洗浄し、単離リグニン含有物を回収する工程>
工程(d)で得たリグニン含有物を含む液をブフナー漏斗で濾過し、得られた単離リグニンケーキに50℃の温水150mlを加え、濾過した。濾液の電気伝導率が0.2S/m以下になるまで濾過、洗浄を繰り返し、単離リグニン含有物を得た。
【0091】
<単離リグニンケーキの乾燥>
得られた単離リグニン含有物を、50℃の送風乾燥機で約2日乾燥し、固形分濃度約95%の粉体を得た。
【0092】
<重量平均分子量(Mw)、アセトン可溶率の測定>
得られた単離リグニン含有物の重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は4,490g/mol、アセトン可溶率は87.3%であった。
【0093】
〔実施例6〕
<工程(a):沈殿物および脱水ケーキの生成工程>
実施例4において、実施例3にて広葉樹チップを用いてソーダ蒸解して得た黒液を用いたこと以外は、実施例4の工程(a)と同様にして、第2の脱水ケーキを得た。
【0094】
上記工程(a)で第2の脱水ケーキに対し、以後の工程を、実施例1と同様に行って、単離リグニン含有物を得た。乾燥後の単離リグニン含有物の重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は2,220g/mol、アセトン可溶率は94.8%であった。
【0095】
〔比較例1〕
実施例1にて、工程(b)以降を行わず、工程(a)にて得た炭酸中和リグニンの、重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は6,420g/mol、アセトン可溶率は2.2%であった。
【0096】
〔比較例2〕
実施例2にて得た第2の脱水ケーキの、重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は5,380g/mol、アセトン可溶率は64.1%であった。
【0097】
〔比較例3〕
実施例3にて、工程(b)以降を行わず、工程(a)にて得た炭酸中和リグニンの、重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は4,860g/mol、アセトン可溶率は2.4%であった。
【0098】
〔比較例4〕
実施例4にて得た第2の脱水ケーキの、重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は3,730g/mol、アセトン可溶率は70.3%であった。
【0099】
〔比較例5〕
実施例5にて、工程(b)以降を行わず、工程(a)にて得た炭酸中和リグニンの、重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は10,310g/mol、アセトン可溶率は2.3%であった。
【0100】
〔比較例6〕
実施例1の工程(a)で用いた黒液500mlを、6連式マルチダイジェスターを用いて170℃で2時間加熱し、加熱物(スラリー)を生成した。
【0101】
得られた加熱物(スラリー)を50℃まで冷やし、保温しながら、当該スラリーのpHが2になるまで撹拌しながら8N硫酸を添加した。その後、50℃で1時間撹拌を続け、単離リグニン含有物を含む液を得た。
【0102】
リグニン含有物を含む液をブフナー漏斗で濾過し、得られたリグニンケーキに50℃の温水300mlを加え、濾過した。濾液の電気伝導率が0.2S/m以下になるまで濾過、洗浄を繰り返し、単離リグニン含有物を得た。
【0103】
得られた単離リグニン含有物2を、50℃の送風乾燥機で約2日乾燥し、固形分濃度約95%の粉体を得た。
【0104】
<重量平均分子量(Mw)、アセトン可溶率の測定>
得られた単離リグニン含有物の重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は6,140g/mol、アセトン可溶率は69.7%であった。
【0105】
比較例6の結果から、黒液を、炭酸中和を介さずに、直接アルカリ加熱処理した液を硫酸で処理しても、十分には低分子化せず、アセトン可溶率も向上しないことが示された。
【0106】
〔比較例7〕
実施例1、工程(a)で得た黒液500mlを、6連式マルチダイジェスターを用いて170℃で2時間加熱し、加熱物(スラリー)を生成した。
【0107】
得られた加熱物(スラリー)を60℃まで冷やし、保温しながら炭酸ガスを噴き込み、pHを約10に低下させることにより沈殿物を含む液を生成した。
【0108】
沈殿物を含む液を、ブフナー漏斗を用いて濾過し、固形分濃度28.5%のリグニン濾過ケーキ(炭酸中和リグニン)を得た。
【0109】
<単離リグニンケーキの乾燥>
得られた炭酸中和リグニンを、50℃の送風乾燥機で約2日乾燥し、固形分濃度約95%の粉体を得た。
【0110】
<重量平均分子量(Mw)、アセトン可溶率の測定>
得られた炭酸中和リグニンの重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は4,760g/mol、アセトン可溶率は2.4%であった。
【0111】
比較例7の結果から、炭酸中和せずに黒液のアルカリ加熱処理を行い、その後に炭酸中和を行っても、この手順で得られる炭酸中和ケーキはアセトンに対する可溶性は低いことが示された。
【0112】
〔比較例8〕
実施例6にて得た第2の脱水ケーキの、重量平均分子量、アセトン可溶率をそれぞれ測定した結果、重量平均分子量は2,810g/mol、アセトン可溶率は91.5%であった。
【0113】
実施例1~6、比較例1~8の結果の一覧を表1に示す。
【0114】