(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022149261
(43)【公開日】2022-10-06
(54)【発明の名称】金属表面の粗面処理の評価方法および評価装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/47 20060101AFI20220929BHJP
【FI】
G01N21/47 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021051324
(22)【出願日】2021-03-25
(71)【出願人】
【識別番号】502116922
【氏名又は名称】ジャパンマリンユナイテッド株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000512
【氏名又は名称】弁理士法人山田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】篠原 紀昭
(72)【発明者】
【氏名】樋口 右京
(72)【発明者】
【氏名】中原 慎剛
(72)【発明者】
【氏名】木村 和弘
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB08
2G059EE02
2G059FF01
2G059KK04
2G059MM01
2G059MM03
2G059MM04
(57)【要約】
【課題】金属表面の粗面処理を簡便且つ好適に評価し得る金属表面の粗面処理の評価方法および評価装置を提供する。
【解決手段】粗面処理を施された検査対象の表面の画像データを取得するステップS2と、前記画像データに基づき、予め選定された2つの波長の光に関し、前記画像データの各ピクセルにおけるNDSI値を算出するステップS7と、前記NDSI値に基づき、検査対象の粗面処理に関する評価を行うステップS8~S12とを実行する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗面処理を施された検査対象の表面の画像データを取得するステップと、
前記画像データに基づき、予め選定された2つの波長の光に関し、前記画像データの各ピクセルにおけるNDSI値を算出するステップと、
前記NDSI値に基づき、検査対象の粗面処理に関する評価を行うステップとを実行すること
を特徴とする金属表面の粗面処理の評価方法。
【請求項2】
NDSI値の算出に用いる光の波長は、次の条件に基づき選定されることを特徴とする請求項1に記載の金属表面の粗面処理の評価方法。
条件1)表面粗度の大小に対し、反射率の大小が正に相関していること。
条件2)条件1を満たした上で、2波長の反射光のうち、一方は検査対象の表面粗度による反射率の振れ幅がなるべく小さく、他方はなるべく大きいこと。
【請求項3】
取得された画像データにおいて、対象とするピクセルのNDSI値の平均値を算出し、該平均値に基づいて表面粗度に関する評価を行うこと
を特徴とする請求項1または2に記載の金属表面の粗面処理の評価方法。
【請求項4】
取得された画像データにおいて、対象とする各ピクセルのNDSI値を予め設定された閾値と参照し、発錆に関する評価を行うこと
を特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の金属表面の粗面処理の評価方法。
【請求項5】
取得された画像データにおいて評価の対象とする範囲を選択し、粗面処理に関する評価を選択された前記範囲内で行うこと
を特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の金属表面の粗面処理の評価方法。
【請求項6】
少なくとも予め選定された前記2つの波長の光に基づき画像データを作成する画像作成部と、
前記画像データに基づきNDSI解析を行う解析部とを備え、
請求項1~5のいずれか一項に記載の金属表面の粗面処理の評価方法を実行可能に構成されていること
を特徴とする金属表面の粗面処理の評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材等の金属の表面に施された粗面処理に関する評価を行うための方法およびこれを実行し得る評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材等の金属の表面に対しては、錆を除去したり、塗料の食付きを良くするといった目的で、ショットブラスト等の粗面処理が行われる場合がある。特に船舶においては、船体を構成する鋼材について、対象の箇所に応じて粗面処理の実施が義務付けられている。例えば、防錆塗料の塗膜状態が健全な個所に対してはスイープブラストと呼ばれる軽めの粗面処理が行われるし、健全でない箇所に関しては、より強い度合いの粗面処理が求められる。そして、こうした処理を施された鋼材表面が、粗度や除錆度、清浄度といった所定の要件を満たしているか否かについて、検査官による立会検査が行われるようになっている。ただし、このような立会検査は、検査官が目視により主観的に評価を行う方式がほとんどである。したがって、評価は検査官の技量や経験に依存し、結果にばらつきが発生しやすい。
【0003】
こうした評価方法に起因する評価のばらつきを抑制するため、程度の異なる粗面処理を施した金属表面の写真を基準として準備し、それらと実物と比較対照することで評価を行う方法等も場合によっては採用されている。しかしながら、検査の現場における光学的な条件はまちまちであるうえ、検査対象である金属に経年による退色等が見られる場合もあり、写真を用いたとしても再現性の高い安定した評価を行うことは困難である。
【0004】
そこで、金属表面における粗面処理の程度を客観的に測定するための装置や方法が種々創案され、実用化されている(例えば、下記特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-158820号公報
【特許文献2】特開2019-168353号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1、2に記載の如き技術を用いた場合、表面粗度は評価できても、除錆度や清浄度は評価できず、検査官の目視による評価をこれらの技術のみで代替することはできない。金属の粗面処理を評価するための技術としては、その他にも種々の光学的な技術や方法が開発されているが、例えば一度に評価可能な範囲が著しく狭いなど、いずれも弱点を抱えており、それらも粗面処理の評価技術として実用上、必ずしも十分であるとは言えなかった。
【0007】
本発明は、斯かる実情に鑑み、金属表面の粗面処理を簡便且つ好適に評価し得る金属表面の粗面処理の評価方法および評価装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、粗面処理を施された検査対象の表面の画像データを取得するステップと、前記画像データに基づき、予め選定された2つの波長の光に関し、前記画像データの各ピクセルにおけるNDSI値を算出するステップと、前記NDSI値に基づき、検査対象の粗面処理に関する評価を行うステップとを実行することを特徴とする金属表面の粗面処理の評価方法にかかるものである。
【0009】
本発明の金属表面の粗面処理の評価方法において、NDSI値の算出に用いる光の波長は、次の条件に基づき選定することができる。
条件1)表面粗度の大小に対し、反射率の大小が正に相関していること。
条件2)条件1を満たした上で、2波長の反射光のうち、一方は検査対象の表面粗度による反射率の振れ幅がなるべく小さく、他方はなるべく大きいこと。
【0010】
本発明の金属表面の粗面処理の評価方法においては、取得された画像データにおいて、対象とするピクセルのNDSI値の平均値を算出し、該平均値に基づいて表面粗度に関する評価を行うことができる。
【0011】
本発明の金属表面の粗面処理の評価方法においては、取得された画像データにおいて、対象とする各ピクセルのNDSI値を予め設定された閾値と参照し、発錆に関する評価を行うことができる。
【0012】
本発明の金属表面の粗面処理の評価方法においては、取得された画像データにおいて評価の対象とする範囲を選択し、粗面処理に関する評価を選択された前記範囲内で行うことができる。
【0013】
また、本発明は、少なくとも予め選定された前記2つの波長の光に基づき画像データを作成する画像作成部と、前記画像データに基づきNDSI解析を行う解析部とを備え、上述の金属表面の粗面処理の評価方法を実行可能に構成されていることを特徴とする金属表面の粗面処理の評価装置にかかるものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の金属表面の粗面処理の評価方法および評価装置によれば、金属表面の粗面処理を簡便且つ好適に評価するという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施による金属表面の粗面処理の評価装置の構成の一例を示すブロック図である。
【
図2】粗面処理を施した鋼材表面における光の波長と反射率との関係を示すグラフである。
【
図3】
図2の各波長における各反射率を、特定の波長における反射率に対し正規化して表したグラフである。
【
図4】本発明の実施において算出されたNDSI値と、表面粗度との関係の一例を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施による金属表面の粗面処理の評価方法の手順の一例を説明するフローチャートである。
【
図6】本発明の実施において、表示部に表示される画面の一例を示す図であり、可視光による測定対象の画像と、その選択範囲を表示した様子を示している。
【
図7】本発明の実施において、表示部に表示される画面の別の一例を示す図であり、選択範囲がNDSI値に応じて色分けされた画像を表示した様子を示している。
【
図8】本発明の実施において、表示部に表示される画面のさらに一例を示す図であり、選択範囲がNDSI値に応じて二値化された画像を表示した様子を示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照して説明する。
【0017】
図1は本発明の実施による金属表面の粗面処理の評価装置の構成の一例を示している。評価装置1は、検査のための光を照射する照射部2と、検査対象の画像データを取得する撮像部3と、各種の視覚情報を表示する表示部4と、照射部2や撮像部3、表示部4といった各部への操作を入力する操作部5と、これら各部に電力を供給する電源部6とを備えた簡便な構成の装置である。
【0018】
照射部2は、例えばLED照明装置であり、検査対象に対し検査のための光を照射するようになっている。照射部2の照射する光は、少なくとも後述する2波長の反射光に対応する波長の光を含む必要がある。ここで、「ある波長(λnm)の反射光に対応する波長の光」とは、「その光が検査対象に入射した場合に、λnmの波長の反射光が得られる波長の光」を指す。尚、検査対象が他の光源によって照らされており、それによって後述する画像の取得や検査の手順を支障なく実行できる場合には、評価装置1の構成要素としての照射部2は必ずしも必要ではない。
【0019】
撮像部3は、受光部7と、画像作成部8と、解析部9を備えている。受光部7は、検査対象の表面の反射光を受光し、画像作成部8は、受光部7が受光した光に基づいて検査対象の表面の画像データを作成する。解析部9は、画像作成部8の作成した画像データに基づき、後述する解析を行う。
【0020】
受光部7は、少なくとも後述する2波長の反射光を検出できる必要がある。また、受光部7は、これに加えて可視光を検出できることが好ましく、特にRGBの三原色を検出できるようになっていることが好ましい。このような受光部7を備えた撮像部3としては、例えばハイパースペクトルカメラを用いることができるが、撮像部3は上記2波長を含む光を検出できる装置であれば後述する解析および検査には十分であり、検出可能な光の波長域が一般的なハイパースペクトルカメラよりは狭い装置であってもよい。
【0021】
表示部4は、撮像部3で取得された画像や、解析部9による処理を経た画像、また解析部9による解析の結果を示す文字情報などの視覚情報を表示するディスプレイである。
【0022】
操作部5は、照射部2、撮像部3、表示部4といった各部に対し、使用者が操作を入力するための入力装置であり、例えば撮像部3の本体に備えられたボタン類、あるいは撮像部3の本体に接続されたタッチパネル式のディスプレイ等である。尚、操作部5をタッチパネル式のディスプレイとして構成する場合、操作部5は表示部4の機能を兼ねることもできる。
【0023】
電源部6は、例えば充電式の電池が収容される電池ボックスであり、照射部2、撮像部3、表示部4および操作部5へ電力を供給するようになっている。尚、照射部2や表示部4等にあたる装置が各々充電式電池等の電源装置を備えている場合には、これらへの電源部6からの電力供給は不要である(例えば、表示部4と操作部5がタッチパネル式ディスプレイとして構成される場合、該タッチパネル式ディスプレイには通常、電源装置が標準装備として付属している)。
【0024】
上記評価装置1を用いた検査の仕組みについて説明する。検査には、2波長の反射光によるNDSI(Normalized Difference Spectral Index)解析や傾き解析等と呼ばれる手法を用いる。NDSI解析とは、検査対象の表面から得た光のうち、特定の2波長の光を検出し、それらの強度の差によって検査対象の表面の性質等を把握する手法である。金属の表面における光の反射率は表面粗度によって異なるが、その表面粗度による反射率の変化の度合いは、さらに反射光の波長によって異なることが知られている。したがって、検査対象の表面の反射光から特定の2波長の光を検出し、それらの反射率を比較すると、その大小によって表面粗度を把握することができる。具体的には、検査対象の表面に光を照射し、反射光のうち、λ1とλ2という2波長の反射光を検出し、それぞれの反射強度を算出する。そして、下記の式により両者の差を相対値として大小を評価する。尚、下記式(1)において、Rλ1は波長λ1の光の反射率、Rλ2は波長λ2の光の反射率である。
(Rλ1-Rλ2)/(Rλ1+Rλ2) ……(1)
【0025】
このようなNDSI解析の原理自体は既に広く知られているが、本願発明者は特に金属の表面粗度を解析するにあたって最適な反射光の波長を特定する手法を開発し、さらに、粗面処理の評価における表面粗度以外の指標をも併せて評価し得る技術を発明するに至った。
【0026】
まず、表面粗度の解析に適した反射光の波長の特定について説明する。
図2は、鋼材における反射光の波長と、その波長の反射光の反射率を示すグラフである。図中に示された5本の曲線は、各々表面粗度の互いに異なる鋼材における反射率の測定結果を示している。尚、図中に示す各曲線に対応する鋼材の表面粗度は、鋼材Aで最も大きく、鋼材B、鋼材C、鋼材D、鋼材Eの順に小さくなる。
【0027】
ここに示すように、同一の検査対象であっても、反射光の強度は波長毎に異なる。また、波長による反射光の強度の変化率は表面粗度にかかわらず一様というわけではなく、例えば図中における波長pの反射光は、波長qの反射光と比較して、表面粗度によって強度が大きく変化している。
【0028】
これを踏まえ、検査に用いる2波長(λ1、λ2)の反射光を選定する。波長の選定にあたっては、以下の2条件が重要である。
条件1)表面粗度の大小に対し、反射率の大小が正に相関していること。
条件2)条件1を満たした上で、2波長の反射光のうち、一方は検査対象の表面粗度による反射率の振れ幅がなるべく小さく、他方はなるべく大きいこと。
【0029】
条件1は、検査の基本的な正確さを担保するための条件である。例えば
図2に示すグラフでは、波長pおよび波長qの反射光の強度は表面粗度と相関している(すなわち、表面粗度が小さいほど反射率が低く、表面粗度が大きいほど反射率が高い)が、波長rの反射光については、表面粗度の一部領域において反射率の大小が入れ替わっている(鋼材D、Eに着目すると、表面粗度の低い鋼材Eにおける反射光の反射率が、より表面粗度の高い鋼材Dにおける反射率よりも高い)。このような現象の見られる波長の反射光は、条件1に合致せず、検査を行うにあたって適切でない。
【0030】
条件2は、検査の精度を高めるための条件である。上記式(1)を用いるNDSI解析では、両波長の光の反射率の差が大きいほど検出感度が高く、表面粗度の評価に向く。尚、ここでいう「振れ幅がなるべく小さい」「振れ幅がなるべく大きい」とは、条件1に合致する波長の中で、表面粗度による反射率が「最も大きい」あるいは「最も小さい」ことを意味しない。無論、表面粗度による反射率が「最も大きい」あるいは「最も小さい」波長をここで選択してもよいが、必ずしもそれらの波長に限定されない。「2波長の反射光のうち、一方は検査対象の表面粗度による反射率の振れ幅がなるべく小さく、他方はなるべく大きい波長を選定する」とは、これら2波長の光を用いて粗面処理に関するNDSI解析を行うにあたって支障がない程度に、表面粗度による振れ幅の差が大きくなるよう、2波長を選定することを指す。目安としては、例えば表面粗度による反射率の振れ幅(最も反射率の高い表面粗度における反射率と、最も反射率の低い表面粗度における反射率の差)が大きい順に各波長の光を並べた場合に、上位3分の1程度以内に位置する波長から選定された波長をλ1に、下位3分の1以内程度に位置する波長から選定された波長をλ2に、それぞれ設定すれば足りる。あるいは、まず反射率の振れ幅が下位3分の1程度以内に位置する波長の光を波長λ2の光として選定し、波長λ1の光については、反射率の振れ幅がλ2以上である波長の光から選定するといった方法で選定してもよい。
【0031】
具体的な選定の手順の一例を以下に説明する。まず
図2において、条件1を満たし、且つ表面粗度による反射率の振れ幅がなるべく小さい波長qの反射光を、検査に用いる一方の反射光(波長がλ2の反射光)として選定する。
【0032】
次に、各検査対象における波長λ2の光の反射率を基準とし、その他の波長の光の反射率を正規化する。この正規化された反射率に基づいて
図2のグラフを描き直すと、
図3のようになる。この
図3のグラフにおいて、上記条件1、2に合致する他方の波長(波長λ1)を選定する。表面粗度の大小と反射率の大小が正に相関し、且つ表面粗度による反射率の振れ幅がなるべく大きいという条件には、例えば波長pの反射光が該当するので、この波長pの反射光を、検査に用いる他方の反射光(波長がλ1の反射光)として選定する。
【0033】
尚、検査対象が鋼材である場合、波長λ1の光としては620nm以上700nm以下程度、波長λ2の光としては450nm以上520nm以下程度の波長の光をそれぞれ選択すると、検査にとって特に好適である(すなわち、これらの波長が上記条件1、2によく合致する)ことを本願発明者らは見出している。ただし、この数値は無論、検査対象を構成する金属の種類によって変わり得る。鉄以外の金属に対して本発明の評価方法を実施する場合には、上記と同様の手法により、検査に用いる2波長(波長λ1、λ2)の光を特定すればよい。また、検査対象が鋼材であっても、試験の方法等によっては、波長λ1、λ2の光として好適な光の波長は上記の数値とは異なり得る。上に例示した数値はあくまで一例であることを留意すべきである。
【0034】
このような原理により、
図1に示す如き評価装置1を用いて検査対象の表面粗度を検査する場合、まず照射部2から検査対象へ光を照射し、撮像部3で検査対象の表面の画像データを取得する。すなわち、受光部7で受光した光から、画像作成部8で画像データを作成する。ここで取得される画像データは、例えば検査対象の表面を数cm×数cm~1m×1m程度の範囲で撮影した画像である。解析部9は、この画像データのうち、適当な範囲(得られた画像のうち、検査対象とする一部の領域を選択してもよいし、画像データの全体を対象としてもよい)に含まれる各ピクセル毎に、波長がλ1およびλ2の光の強度に基づき、上記式(1)を用いてNDSI値を算出する。ピクセル毎に得られたNDSI値の平均値を算出すれば、これを表面粗度を示す値として評価することができる。
【0035】
こうして算出したNDSI値と、鋼材の表面粗度との実際の関係の一例を
図4に示す。横軸は、粗面処理を異なる度合いで施した種々の鋼材について粗度計を用いて計測した表面粗度、縦軸は各鋼材について上記方法により算出したNDSI値である。ここに示すように、両値は強い相関を示し(尚、サンプル数n=24、相関係数r=0.958である)、NDSI値が表面粗度の指標として有用であることがわかる。
【0036】
また、同NDSI値は、表面粗度のみならず除錆度の評価にも用いることが可能である。金属表面における反射光に基づくNDSI値は、上述の如く表面粗度に応じて変動するが、除錆度にも影響され、錆のある部分においては表面粗度によらず大きい値を示すことが本願発明者の研究により判明している。例えば鋼材において、上記手法により決定した波長の光(620nm≦λ1≦700nm、450nm≦λ2≦520nm)に基づき、上記式(1)によりNDSI値を算出する場合、錆のある領域(発錆部)においては、NDSI値は概ね一定値(具体的な値は計測環境等によって変動するが、例えば60程度)を示す。したがって、NDSI値が60以上であれば、その部分には錆が存在すると判断することができる。すなわち、例えば上記評価装置1によって取得された画像データにNDSI値が60以上を示す領域があった場合には、その領域は発錆部であると判断することができる。そして、NDSI値が60未満であるピクセルの割合を除錆度として把握することができる。
【0037】
上述の如き評価装置1(
図1参照)を用いた検査の手順は、例えば
図5に示すフローチャートに表すことができる。
【0038】
検査に先立ち、撮像部3に補正のための白板のデータを取得し、NDSI値の算出に用いる光強度を設定しておく(ステップS1)。上記式(1)で表されるNDSI値の算出に用いる各値(Rλ1およびRλ2)は反射率であり、すなわち相対値であるが、この相対値の算出にあたり、白板の明度を分母として用いるのである。つまり、後のステップで取得される画像のあるピクセルにおいて、ある波長の光の強度を、ステップS1で取得した白板のデータにおける同じ波長の光の強度で割った値が、そのピクセルにおけるその波長の光の反射率である。尚、このステップS1は、光学的な条件が大きく異ならない限り、各現場毎に一度のみ実行すれば十分である。
【0039】
検査対象の表面に照射部2から光を照射し、検査対象の表面の画像データを取得する(ステップS2)。ここでは、少なくとも上記2波長の光について画像データを作成するが、これに加えてその他の波長、例えばRGBにあたる波長の光による画像データを作成してもよい。
【0040】
取得した画像データの明度等を補正し(ステップS3)、ピクセル毎に取得された各波長の光強度のデータを、ガウシアンフィルタ等を用いて平滑化する(ステップS4)。
【0041】
画像データを、表示部4に表示する(ステップS5)。ステップS2においてRGBにあたる波長の光による画像データを作成した場合、このステップS5では、表示部4に例えば
図6に示すように、RGBによる検査対象の画像を表示することができる。
【0042】
評価装置1のユーザは、表示部4に表示された画像のうち、粗面処理の評価の対象とする領域を選択する(ステップS6)。この時の選択範囲の一例を
図6中に矩形で示す。ここに示した例の場合、表示された画像のうち、検査に使用し得る表面の様子を捉えた部分は中央の領域であるので、この領域を選択する。以降の粗面処理に関する評価を行うステップは、ここで選択された範囲内で行う。
【0043】
尚、このステップS6は、例えばステップS2で取得された画像内に異物など、検査に使用したくない部分がある時などに実行する工程であって、必要がなければ省略してもよい。また、このステップS6における領域の選択を行う場合、ユーザの操作によらず、評価装置1によって自動的に行うようにしてもよい。その場合、例えば、表示部4に表示される画像のうち選択する一定の領域を予め記憶しておき、記憶した前記領域を、画像毎に評価の対象として選択するように設定しておけばよい。また、表示される画像の全領域を、評価の対象として自動的に選択するよう設定してもよい。
【0044】
選択した領域に含まれる各ピクセルについて、上記2波長の光の反射率を計算し、NDSI値(上記式(1)参照)を算出する(ステップS7)。
【0045】
続いて、各ピクセルについて算出されたNDSI値に基づき、表面粗度、ブラスト率、発錆部の面積、除錆度といった検査対象の粗面処理に関する評価を行い、さらにそれらに基づき、粗面処理の品質に関する最終的な評価を行う。表面粗度とブラスト率を求める工程はステップS8、S9、発錆部の面積と除錆度を求める工程はステップS10、S11である。
【0046】
ステップS8では、ステップS7で求めた各ピクセルのNDSI値の平均値を算出する。この平均値に基づき、予め実験で求めたNDSI値と表面粗度の関係(
図4参照)から、表面粗度とブラスト率を算出する(ステップS9)。ここで、ブラスト率とは、粗面処理によって対象表面に適正なアンカーパターンが形成された面積の比率であり、表面粗度と相関している。表面粗度はNDSI値に基づいて
図4から求めることができるが、表面粗度とブラスト率は相関するので、
図4から求めた表面粗度に基づいてブラスト率も求めることができる。
【0047】
ステップS10、S11では、取得された画像において、対象とする各ピクセルのNDSI値を予め設定された閾値と参照し、発錆に関する評価を行う。まずステップS10では、画像データを、ステップS7で求めた各ピクセルのNDSI値に基づいて二値化する。二値化に用いる閾値は、予め実験により求めた発錆部の判定に適したNDSI値である。NDSI値が閾値以上であるピクセルは発錆部にあたり、NDSI値が閾値以上であるピクセルの割合に基づき、発錆部の面積および除錆度を算出することができる(ステップS11)。
【0048】
ステップS7~S11においては、表示部4にて対象物の画像や、各種数値等を適宜表示することができる。例えば、ステップS7で各ピクセルについてNDSI値を算出した後、NDSI値の大小に応じて各ピクセルを色分けした画像を、
図7に示す如く表示することができる。また、ステップS10にてピクセルを色分けした画像を、発錆部を示す画像として
図8に示す如く表示することができる。ユーザは、例えばこれらの画像を
図6に示す如き画像と見比べ、
図6の画像に表れている検査対象の表面のうち、どの領域で表面粗度やブラスト率が高いか(または低いか)、あるいは、どの領域が発錆部にあたるか等を把握することができる。また、検査対象の表面に汚れ等が付着していた場合は、その位置を
図6に示す画像から把握することができる。また、
図7、
図8に示す画像においてNDSI値の異常な領域が見られた場合には、その領域が目視でどのように見えるか(その領域に汚れや錆等が存在するかどうか)を
図6に示す画像で確認することができる。
【0049】
尚、表示部4には、
図6~
図8に示す如き画像に加え、各種の値などの文字情報(例えば選択した領域におけるNDSI値の平均値や、発錆部の検出に用いるNDSI値の閾値、これらに基づいて算出された表面粗度やブラスト率、除錆度など)を適宜表示することもできる。また、表示部4がタッチパネル式のディスプレイであり、操作部5の機能をも兼ねている場合には、操作ボタン等を表示することもできる。
【0050】
ステップS9で求めた表面粗度またはブラスト率と、ステップS10で求めた除錆度から、粗面処理の品質を評価する(ステップS12)。ここでの評価は、検査対象や分野、現場等によって種々に異なる評価基準との整合性を考慮して決定する。船舶の鋼材におけるスイープブラストの品質評価では、例えばブラスト率が30%以上、且つ除錆度が90%以上であれば合格とされるので(尚、これらの数値は一例であって、具体的な基準は対象や現場によって異なり得る)、NDSI値から算出された表面粗度に応じたブラスト率と、二値化によって算出された除錆度に基づき評価を行う。尚、このステップS12における評価は、予め入力された基準(事業所や船主監督など、装置を運用する環境に応じて予め設定しておいた、ブラスト率や除錆度等に関する基準値)に基づき撮像部3の解析部9で行ってもよいし、ステップS9やステップS11の結果に基づいて人が行ってもよい。
【0051】
表示部4に表示された結果(表面粗度、ブラスト率、発錆部面積、除錆度、粗面処理の品質、のうち一部または全部、あるいはその他の情報)を記録したり、図示しない印刷機で印刷するなど適宜出力して(ステップS13)、検査を終了する。
【0052】
このように、本実施例の如き評価方法および評価装置では、検査に適した波長として予め特定された2波長の光の反射率を用い、NDSI解析によって表面粗度や発錆度に関する評価を行う。表面粗度または発錆度のいずれかを評価する技術であれば、これまでにも種々提案されているが、その両方を同じNDSI解析によって簡便に評価し得る技術は、本発明者の知る限り類例がない。金属表面の粗面処理の評価にあたっては、表面粗度と発錆度の両方を評価する必要があり、検査官の目視による検査は無論これを充足していたのであるが、これまでに開発されてきた機械的な評価技術では、表面粗度または発錆度のいずれかを評価する装置または方法を提供するに留まり、両方を一度に評価することはできなかった。本実施例のようにすれば、簡単な計算による両方の指標を評価し、さらにはそれらに基づいて粗面処理に関する評価そのものまでを出力することができる。
【0053】
また、上記の如き評価装置1では、検査対象の表面について1m×1m程度までの範囲を一度に検査することができる。これは、検査官が目視により評価する範囲と同等の範囲である。粗面処理の品質を評価するために開発された従来の装置の中には、検査対象の表面に関してごく狭い範囲しか一度に検査できない装置も存在するが、上に説明したような評価装置1であれば、一度の操作で十分に広い範囲を検査することができる。また、表面粗度や除錆度の評価にはごく単純な演算処理を行えば足りるので、ある程度大きいピクセル数の画像についてピクセル毎に演算を行ったとしても、演算や評価の結果が出るまでに要する時間はわずか(長くて数秒程度)である。よって、画像を取得すれば、その場で検査対象の粗面処理に関する評価を確認できる。このように、本実施例では、評価の精度のほか、評価項目、評価を行う範囲、評価に要する時間においても、従来の検査官の目視による検査を十分に代替し得る。
【0054】
また、評価には特定の2波長の光のみを用いるため、必ずしも高価なハイパースペクトルカメラを利用する必要はなく、
図1に示す如き評価装置1は安価に製造し得る。また、撮像部3や照射部2は、電池式の電源部6により稼働し、電源ケーブル等は不要であるので、例えば船殻構造物の内部のような検査現場にも容易に持ち込むことができ、簡便な検査が可能である。また、撮像部3は一般的なカメラ装置と同等のサイズの装置として構成でき、表示部4や操作部5はタッチパネル式のディスプレイ等の装置として構成できるので、一人でも評価装置1を現場に携行し、簡単な操作で評価を行うことができる。
【0055】
このような本実施例の金属表面の粗面処理の評価方法および評価装置は、例えば造船の塗装に先立つブラスト作業後の検査において、現状の目視評価に代えて定量的な評価を行う技術として活用することができる。例えば粗面処理について、合格か不合格かの評価が人によって分かれるような場合に、客観的な基準を提示する方法として利用できる。あるいは、塗装作業の初心者に対する訓練や教育のためのツールとしての利用等も想定できる。訓練や教育の現場では、検査官あるいはそれに相当する知識や経験を持つ人員を都度用意することが難しい場合があるが、そういった状況下でも、検査官と同等の評価基準を提示し、もって訓練や教育に役立てることができる。
【0056】
尚、上述の評価装置1の構成や評価の手順はあくまで一例であって、同様の原理にて評価を好適に実行できる限りにおいて、装置の構成や手順は適宜変更し得る。例えば、評価装置1を構成する画像作成部8や解析部9について、上では撮像部3に設けた受光部2にて受光した光から画像を作成し、これを解析する場合を説明したが、例えば外部の装置から検査に用いる画像データを画像作成部8にて取得し、これを解析部9が解析するようにしてもよい。この場合、評価装置1は、少なくとも画像生成部8と解析部9とを備えていれば十分である。また、評価の工程について、上では説明の便宜上、表面粗度に関する評価手順と発錆度に関する評価を並行して行うことを想定して説明したが、これらを順に個別に実行するようにしてもよい。
【0057】
以上のように、上記本実施例の金属表面の粗面処理の評価方法においては、粗面処理を施された検査対象の表面の画像データを取得するステップS2と、前記画像データに基づき、予め選定された2つの波長の光に関し、前記画像データの各ピクセルにおけるNDSI値を算出するステップS7と、前記NDSI値に基づき、検査対象の粗面処理に関する評価を行うステップS8~S12とを実行することを特徴とする金属表面の粗面処理の評価方法にかかるものである。このようにすれば、従来の検査官の目視による検査を代替し、客観的な評価を行うことができる。
【0058】
上記実施例において、NDSI値の算出に用いる光の波長は、次の条件に基づき選定することができる。このようにすれば、金属表面の粗面処理に関し、正確で精度の高い評価を行うことができる。
条件1)表面粗度の大小に対し、反射率の大小が正に相関していること。
条件2)条件1を満たした上で、2波長の反射光のうち、一方は検査対象の表面粗度による反射率の振れ幅がなるべく小さく、他方はなるべく大きいこと。
【0059】
上記実施例においては、取得された画像データにおいて、対象とするピクセルのNDSI値の平均値を算出し、該平均値に基づいて表面粗度に関する評価を行うことができる。
【0060】
上記実施例においては、取得された画像データにおいて、対象とする各ピクセルのNDSI値を予め設定された閾値と参照し、発錆に関する評価を行うことができる。
【0061】
上記実施例においては、取得された画像データにおいて評価の対象とする範囲を選択し、粗面処理に関する評価を選択された前記範囲内で行うことができる。
【0062】
また、上記実施例の金属表面の粗面処理の評価装置1は、少なくとも予め選定された前記2つの波長の光に基づき画像データを作成する画像作成部8と、前記画像データに基づきNDSI解析を行う解析部9とを備え、上述の金属表面の粗面処理の評価方法を実行可能に構成されている。このようにすれば、簡便な構成の装置により、上述の作用効果を奏することができる。
【0063】
したがって、上記本実施例によれば、金属表面の粗面処理を簡便且つ好適に評価し得る。
【0064】
尚、本発明の金属表面の粗面処理の評価方法および評価装置は、上述の実施例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0065】
1 評価装置
7 受光部
8 画像作成部
9 解析部