(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022150205
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】腫瘍細胞の評価方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6851 20180101AFI20220929BHJP
C12Q 1/00 20060101ALI20220929BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20220929BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20220929BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20220929BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220929BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220929BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220929BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
C12Q1/00 ZNA
A61K39/395 E
A61K39/395 T
A61K31/7088
A61K48/00
A61P35/00
A61K45/00
A61P43/00 121
G01N33/53 Y
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021052697
(22)【出願日】2021-03-26
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】稲澤 譲治
(72)【発明者】
【氏名】井上 純
(72)【発明者】
【氏名】岸川 正大
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
4C085
4C086
【Fターム(参考)】
4B063QA19
4B063QQ24
4B063QQ42
4B063QQ53
4B063QR04
4B063QR32
4B063QR36
4B063QR62
4B063QS25
4B063QX02
4C084AA13
4C084AA19
4C084NA14
4C084ZB26
4C084ZC75
4C085AA13
4C085AA14
4C085BB11
4C085EE01
4C085EE03
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】食道扁平上皮癌(ESCC)の分子的病因は依然として解明されておらず、特に、生存率が低下する進行ESCCに対しては新規治療戦略が必要とされている。
【解決手段】患者由来の腫瘍細胞におけるピルビン酸脱水素酵素成分X(pyruvate dehydrogenase component X、PDHX)遺伝子の増幅及び/若しくは発現、又はピルビン酸脱水素酵素(PDH)活性を指標として腫瘍細胞を評価する方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者由来の腫瘍細胞におけるピルビン酸脱水素酵素成分X(pyruvate dehydrogenase component X、PDHX)遺伝子の増幅及び/若しくは発現、又はピルビン酸脱水素酵素(PDH)活性を指標として腫瘍細胞を評価する方法。
【請求項2】
対照と比較して、PDHXのコピー数及び/若しくは発現量が上昇している場合、又はPDH活性が高い場合にPDH阻害剤の適用が有効と判定される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
PDHX遺伝子の増幅を腫瘍組織におけるPCR及びFISH、患者血液中セルフリーDNAにおけるPCR、ならびに血中循環癌細胞を用いたPCR及びFISH、から選ばれる手法に基づいて評価する、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
PDHX遺伝子の発現を腫瘍組織におけるPCR及び免疫組織化学、ならびに血中循環癌細胞を用いた免疫組織化学、から選ばれる手法に基づいて評価する、請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
更にCD44遺伝子の増幅及び/又は発現を測定する、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
PDH阻害剤がデビミスタット(CPI-613)である、請求項2~5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
患者が食道癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌、膀胱癌、又は乳癌を有する、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
食道癌が食道扁平上皮癌である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
胃癌が腹膜播種性胃癌である、請求項7記載の方法。
【請求項10】
PDHXタンパク質の発現を抑制し得る核酸、又はPDHXタンパク質に特異的に結合する抗体を含む、癌治療剤。
【請求項11】
癌が食道癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌、膀胱癌、又は乳癌である、請求項10記載の癌治療剤。
【請求項12】
他の薬剤又は治療法と組み合わせて使用される、請求項10又は11記載の癌治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍細胞の評価方法に関する。より具体的には、本発明は、腫瘍細胞におけるピルビン酸脱水素酵素成分X(pyruvate dehydrogenase component X、PDHX)遺伝子の増幅及び/若しくは発現、又はピルビン酸脱水素酵素(PDH)活性を指標として腫瘍細胞を評価する方法に関する。本発明はまた、PDH活性を阻害する癌治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は世界中で8番目に多い癌であり、癌関連死の6番目に多い原因である。食道癌には、食道扁平上皮癌(esophageal squamous cell carcinoma、ESCC)と腺癌の2つの主要な組織型があるが、アジアでは、扁平上皮癌が一般的なタイプであり、これは慢性喫煙やアルコール摂取などの環境因子と関連していることが知られている。
【0003】
ESCCの病因に関する理解は深まり、治療戦略の進歩もみられるが、現時点においても、急速な進行、局所再発、遠隔転移により、遠隔転移を有するESCC患者の5人年相対生存率は4.3%と低いままである。
最近の研究では、免疫療法により局所進行及び転移性ESCC患者の生存率を改善できることが実証された(非特許文献1)。
【0004】
本発明者等のグループではこれまでに、DNAメチル化を含むコピー数異常やエピゲノム変化のハイスループットスクリーニングにより、ESCCの病因に関連する多くの遺伝子を同定した(非特許文献2~8)。その中から、創薬ターゲットと期待される遺伝子が見出され、特に、本発明者らがESCCにおける11q22-23増幅の標的として同定したcIAP1/2の阻害剤のための小分子化合物が開発されている(非特許文献9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kojima T等, Curr Oncol Rep. 2017 May;19(5):33
【非特許文献2】Li R等, Am J Transl Res. 2020 May 15;12(5):1553-1568
【非特許文献3】Inazawa J等, Cancer Sci. 2004 Jul;95(7):559-63
【非特許文献4】Nagata H等, Oncotarget. 2017 Jun 6;8(23):37740-37750
【非特許文献5】Komatsu S等, Carcinogenesis. 2009 Jul;30(7):1139-46
【非特許文献6】Haruki S等, Carcinogenesis. 2010 Jun;31(6):1027-36
【非特許文献7】Tanaka K等, Oncogene. 2007 Sep 27;26(44):6456-68
【非特許文献8】Sonoda I等, Cancer Res. 2004 Jun 1;64(11):3741-7
【非特許文献9】Cai Q等, J Med Chem. 2011 Apr 28;54(8):2714-26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ESCCの分子的病因は依然として解明されておらず、従って病因に基づく有効な治療も見出されていない。特に、生存率が低下する進行ESCCに対しては新規治療戦略が必要とされている。
【0007】
一般に、腫瘍における代謝は、そのエネルギー及び基質の要求を満たすように再プログラムされることが知られている。この代謝リプログラミングは代謝的脆弱性を生み出す場合があるため、癌治療の新たな標的候補を提供し得る。しかしながら、ESCCにおいては、その治療標的としての代謝脆弱性は明らかになっていない。
【0008】
近年、デビミスタット(CPI-613)等の新たな作用メカニズムに基づく抗癌剤が開発されてきているが、本剤による治療有効患者を層別化するためのより多くの情報が必要とされる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、ESCCにおける代謝脆弱性を同定するために、いくつかの代謝経路に関連する遺伝子に対するsiRNAライブラリーによる発現阻害に基づく大規模なスクリーニングを行うと共に、ESCC組織と非腫瘍組織とで異なって発現する複数の遺伝子を同定し、その中で、ESCCの細胞増殖に必須な遺伝子としてピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)成分X(PDHX)に着目した。
【0010】
種々の検討を進めた結果、PDHXの発現はTCAサイクルを介したPDH活性の維持とATPの産生に必要であり、そのノックダウンは癌幹細胞(cancer stem cells、CSC)の増殖とin vivo腫瘍増殖を阻害することが実証された。また、PDHXはESCC腫瘍の11p13での共増幅により、CSCのマーカーであるCD44遺伝子と同時にアップレギュレートされ、これらの遺伝子は癌幹細胞性において協調的に機能することも見出された。さらに、PDH阻害剤であるCPI‐613は、in vitroでのCSCの増殖及びin vivoでのESCC異種移植腫瘍の増殖を阻害した。更に、この効果は、ESCCだけでなく、胃癌等の他の腫瘍においても観察された。すなわち、ESCC等の腫瘍細胞におけるPDH複合体関連代謝の脆弱性が示唆され、これを標的とすることにより、腫瘍に対する新規治療戦略の開発を可能とする知見が得られた。
【0011】
すなわち、本発明は上記の知見に基づいて得られたものであり、以下を提供するものである。
1. 患者由来の腫瘍細胞におけるピルビン酸脱水素酵素成分X(pyruvate dehydrogenase component X、PDHX)遺伝子の増幅及び/若しくは発現、又はピルビン酸脱水素酵素(PDH)活性を指標として腫瘍細胞を評価する方法。
2. 対照と比較して、PDHXのコピー数及び/若しくは発現量が上昇している場合、又はPDH活性が高い場合にPDH阻害剤の適用が有効と判定される、上記1記載の方法。
3. PDHX遺伝子の増幅を腫瘍組織におけるPCR及びFISH、患者血液中セルフリーDNAにおけるPCR、ならびに血中循環癌細胞を用いたPCR及びFISH、から選ばれる手法に基づいて評価する、上記1又は2記載の方法。
4. PDHX遺伝子の発現を腫瘍組織におけるPCR及び免疫組織化学、ならびに血中循環癌細胞を用いた免疫組織化学、から選ばれる手法に基づいて評価する、上記1又は2記載の方法。
5. 更にCD44遺伝子の増幅及び/又は発現を測定する、上記1~4のいずれか記載の方法。
6. PDH阻害剤がデビミスタット(CPI-613)である、上記2~5のいずれか記載の方法。
7. 患者が食道癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌、膀胱癌、又は乳癌を有する、上記1~6のいずれか記載の方法。
8. 食道癌が食道扁平上皮癌である、上記7記載の方法。
9. 胃癌が腹膜播種性胃癌である、上記7記載の方法。
10. PDHXタンパク質の発現を抑制し得る核酸、又はPDHXタンパク質に特異的に結合する抗体を含む、癌治療剤。
11. 癌が食道癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌、膀胱癌、又は乳癌である、上記10記載の癌治療剤。
12. 他の薬剤又は治療法と組み合わせて使用される、上記10又は11記載の癌治療剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、ESCC等の腫瘍の細胞増殖に代謝的に必須な遺伝子として見出されたPDHXを標的とすることにより、腫瘍に対する新規治療戦略の開発が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1-1】ESCC細胞におけるPDHXノックダウンによる腫瘍増殖の阻害を示す。A:siRNAによるPDHXノックダウンがKYSE850細胞及びKYSE170細胞における細胞増殖に及ぼす影響。上段:PDHXタンパク質のウェスタンブロット解析。下段:細胞増殖速度を、0日目(1)と比較した相対比として示す。データは平均値±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.0001)。siNC:対照siRNA処理群、siPDHX-1~3:PDHXに対するsiRNA処理群。B:shRNAによるPDHXノックダウンがKYSE850細胞及びKYSE170細胞における細胞増殖に及ぼす影響。上段:PDHXタンパク質のウェスタンブロット解析。下段:細胞増殖速度を、0日目(1)と比較した相対比として示す。データは平均値±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.0001)。shVector:対照shRNA処理群、shPDHX:PDHXに対するshRNA処理群。
【
図1-2】ESCC細胞におけるPDHXノックダウンによる腫瘍増殖の阻害を示す。C:KYSE850細胞を使用したin vivo腫瘍増殖アッセイ。上段:増殖した皮下腫瘍の代表的な画像。バー:1cm。下段:腫瘍重量(左)及び腫瘍体積(右)の散布図。データは平均値±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.05、
**P < 0.01)。shVector:対照shRNA処理群、shPDHX:PDHXに対するshRNA処理群。D:切除した腫瘍におけるKi‐67タンパク質の免疫組織化学(IHC)分析。左:腫瘍組織の代表的なIHC画像。右:Ki-67陽性細胞のパーセンテージ。両側スチューデントt検定を用いてP値を計算した(
*P < 0.0001)。shVector:対照shRNA処理群、shPDHX:PDHXに対するshRNA処理群。スケールバー: 50μm。
【
図2】KYSE850細胞及びKYSE170細胞におけるPDHXノックダウンによるTCAサイクル活性の低下を示す。A:グルコースから解糖系及びTCAサイクルを経るATP産生の模式図。ピルビン酸がPDH複合体を介する触媒反応によりアセチルCoAに変換される。B-D:対照細胞(shVector)と比較したPDHX阻害細胞(shPDHX)におけるPDH活性(B)、乳酸産生(C)、ATP産生(D)の相対的変化。E:対照細胞(siNC)と比較した、PDHX阻害細胞(siPDHX)におけるATP産生の相対的変化。データは平均値±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.005、
**P < 0.0001)。
【
図3-1】原発性ESCC腫瘍におけるPDHXタンパク質の免疫染色の結果を示す。A:正常な食道の代表的画像と原発性ESCCの2症例(PDHX高発現症例1とPDHX低発現症例2)の画像。正常な食道(左)、症例1(中)、症例2(右)のHスコアはそれぞれ100、180、0であった。スケールバー: 50μm。B:原発性ESCC(n = 70)におけるPDHXタンパク質の発現状態。Hスコアが150を超える症例を「アップレギュレーション」と定義した(70症例中24症例、34.3%)。C(症例3)及びD(shVector処理KYSE850細胞):末端分化を含む腫瘍領域内のPDHX染色の分布。右の画像は左の画像中の四角で囲まれた部分の拡大図。星印:分化中の腫瘍細胞を含む領域。スケールバー: 100μm。
【
図3-2】原発性ESCC腫瘍におけるPDHXタンパク質の免疫染色の結果を示す。E:ESCC腫瘍組織(左)及び隣接する非癌性組織(右)のPDHX(緑)及びCD44v9(赤)による免疫蛍光染色。核をDAPI(青)で染色した。白い点線は、腫瘍(左)又は上皮(Epi)(右)の境界を示し、下のパネルは上のパネルの拡大図を示す。スケールバー: 50μm。
【
図4-1】PDHXノックダウンによるCSC増殖の阻害を示す。A:KYSE850細胞(左)及びKYSE170細胞(右)における対照細胞(shVector)及びPDHX阻害細胞(shPDHX)を使用する腫瘍スフェア形成アッセイ。上:腫瘍スフェアの代表的な画像。下:スフェアの平均サイズ及び70μmより大きいスフェアの数。データは、平均±SEMとして示す。P値は両側スチューデントt検定を用いて計算した(
*P <0.0001)。スケールバー: 200μm。B:対照shRNA(shVector)又はPDHXに対するshRNA(shPDHX)で処理したKYSE850細胞(左)及びKYSE170細胞(右)を二次元培養条件(2D)及びスフェア培養条件下で培養した場合のPDHX及びCD44 mRNAの発現分析。縦軸はアクチンに対する相対発現レベルを示す。P値は両側スチューデントt検定を用いて計算した(
*P < 0.05)。
【
図4-2】PDHXノックダウンによるCSC増殖の阻害を示す。C:対照shRNA(shVector)又はPDHXに対するshRNA(shPDHX)で処理したKYSE850細胞及びKYSE170細胞におけるCD44v9のFACS解析結果。上:代表的なヒストグラム。下:スフェアにおけるCD44v9陽性CSCのパーセンテージ。データは平均±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.0001)。Non staining:対照。D:対照shRNA(shVector)又はPDHXに対するshRNA(shPDHX)で処理したKYSE850細胞及びKYSE170細胞において形成されたスフェアにおけるCD44v9(赤色)の免疫蛍光染色。核をDAPI(青)で染色した。スケールバー: 50μm。
【
図5】92例のESCC症例におけるPDHX及びCD44のコピー数と対応するmRNA発現との相関を示す。A:PDHXコピー数とPDHX mRNAレベルとの相関、B:CD44コピー数とCD44 mRNAレベルとの相関、C:PDHX mRNAレベルとCD44 mRNAレベルとの相関。
【
図6】胃癌細胞におけるPDHXノックダウンによる腫瘍増殖の阻害を示す。左:siRNAによるPDHXノックダウンがHSC-40A細胞における細胞増殖に及ぼす影響。上段:PDHXタンパク質のウェスタンブロット解析。下段:細胞増殖速度を、0日目(1)と比較した相対比として示す。データは平均値±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.0001)。siNC:対照siRNA処理群、siPDHX-1~3:PDHXに対するsiRNA処理群。右:shRNAによるPDHXノックダウンがHSC-40A細胞における細胞増殖に及ぼす影響。上段:PDHXタンパク質のウェスタンブロット解析。下段:細胞増殖速度を、0日目(1)と比較した相対比として示す。データは平均値±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.0001)。shVector:対照shRNA処理群、shPDHX:PDHXに対するshRNA処理群。
【
図7-1】ESCC細胞に対するCPI-613の抗腫瘍効果を示す。A:PDHXの高発現症例(PDHX
high)と低発現症例(PDHX
low)におけるPDH関連遺伝子、PDHA、PDHB、DLAT、及びDLDの発現の比較解析。P値は両側スチューデントt検定を用いて計算した(
*P < 0.005、
**P < 0.01、
***P < 0.05)。B:KYSE850(左)及びKYSE170細胞(右)における、対照細胞(非処理; NT)及びCPI-613処理細胞を使用する腫瘍スフェア形成アッセイ。上段:腫瘍スフェアの代表的な画像。下段:スフェアの平均サイズ及び70μmより大きいスフェアの数を示す。データは、平均±SEMとして示す。P値は両側スチューデントt検定により計算した(
*P < 0.0001、
**P < 0.0005、
***P < 0.005)。
【
図7-2】ESCC細胞に対するCPI-613の抗腫瘍効果を示す。C:In vivo腫瘍増殖アッセイ。D5W(水中5%デキストロース)又はCPI-613で処理したマウスにおける腫瘍重量の散布図(左)及び腫瘍体積(下)。データは平均値±標準偏差で示し、両側スチューデントt検定を用いてP値を算出した(
*P < 0.001)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<腫瘍細胞の評価方法>
本発明者等は、ESCCの症例において、PDHXの発現が高い症例と、発現が低い症例とが存在することを見出した。PDHXの発現が高い場合、PDH活性が上昇して、腫瘍細胞におけるTCAサイクルを介したATPの産生が上昇し、それによって腫瘍細胞にエネルギーが供給されることとなる。このような症例に対しては、PDHXの発現が低い症例と比較して、PDH阻害剤がより好適に作用することができる。
【0015】
すなわち、本発明は、腫瘍細胞におけるピルビン酸脱水素酵素成分X(pyruvate dehydrogenase component X、PDHX)遺伝子の増幅及び/若しくは発現、又はピルビン酸脱水素酵素(PDH)活性を指標として腫瘍細胞を評価する方法を提供する。本発明の方法は、被験体由来の腫瘍細胞を用いて実施するin vitroの方法である。また、本発明は、腫瘍細胞におけるPDHX遺伝子の増幅及び/若しくは発現、又はPDH活性を、腫瘍細胞の評価のためのマーカーとして使用するものである。
【0016】
本発明において、腫瘍細胞は、腫瘍を有する哺乳動物由来の細胞であり、特に、ヒト患者由来の腫瘍組織の細胞であることが好ましい。この場合、腫瘍細胞は、腫瘍摘出手術によって、又は細胞診のために採取された細胞であり得る。あるいは、本発明の方法を治療薬の開発等の研究で利用するためには、腫瘍細胞は、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、サル等の非ヒト哺乳動物由来であるか、又はこれらの非ヒト哺乳動物に移植されたヒト由来の細胞であり得る。
【0017】
ピルビン酸脱水素酵素成分X(PDHX)は、5つの主要サブユニット、PDHA1、PDHB、DLAT、DLD、PDHXから構成され、生体内でピルビン酸をアセチルCoAに変換するPDH複合体の一成分である(Zhou ZH等, Proc Natl Acad Sci U S A. 2001 Dec 18;98(26):14802-7;Kim JW等, Cell Metab. 2006 Mar;3(3):177-85)。ヒトPDHXタンパク質には複数のアイソフォームの存在が知られているが、そのアミノ酸配列及びこれをコードする遺伝子の塩基配列の情報は、例えば米国国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information, NCBI)が管理するデータベースからAccession No.:NP_001128496、Gene ID:8050等として取得することができる。
【0018】
本発明の方法の一実施形態では、腫瘍細胞におけるPDHX遺伝子の増幅を指標として腫瘍細胞を評価する。PDHX遺伝子の増幅を検出するためには、例えばゲノムPCRによってコピー数を測定することができる。PDHX遺伝子のコピー数が例えばlog2 変換して2以上である場合に、それに対応してPDHXの発現が上昇し得る。そのようにPDHXのコピー数が上昇している腫瘍細胞に対して、PDH阻害剤の適用が有効と判定し得る。さらに、PDHX遺伝子の増幅を検出する他の方法として、腫瘍組織におけるFISH(Fluorescence in situ hybridization)法、患者血中セルフリーDNAにおけるPCR法、及び血中循環癌細胞(Circulating tumor cells; CTCs)を用いたFISH法、PCR法が適応され得る。
【0019】
本発明の方法の別の実施形態では、腫瘍細胞におけるPDHX遺伝子の発現を指標として腫瘍細胞を評価する。PDHX遺伝子の発現は、PDHX mRNAの発現、及び/又はPDHXタンパク質の発現であり得る。
PDHX遺伝子の発現は、限定するものではないが、例えばPCR、免疫組織化学、ウェスタンブロット等によって評価することができる。
【0020】
PDHX mRNAの発現は、例えば適切なプライマーを用いたPCR反応、又は適切なプローブを用いたハイブリダイゼーションによって検出することができる。プライマー及びプローブの塩基配列は、本明細書の記載及び当分野における技術常識に基づいて、適宜決定することができ、決定した配列に基づいて、合成することができる。プライマー及びプローブには、必要に応じて標識を付すことができる。
【0021】
PDHXタンパク質の発現は、PDHXタンパク質に特異的に結合する抗体、又はその抗原結合性断片を用いた抗原・抗体結合反応によって検出することができる。抗原となるPDHXタンパク質の抗体による検出は、免疫組織化学、ウェスタンブロット等によって検出することができる。
【0022】
抗原が特定されている場合の抗体の作製方法は当分野において周知である。本発明において使用し得る抗体は、PDHXタンパク質又はその断片を非ヒト哺乳動物に免疫して、公知の手法によってポリクローナル抗体として取得することができる。また、モノクローナル抗体は、PDHXタンパク質に対する抗体を産生する抗体産生細胞をミエローマ細胞と融合させて得られるハイブリドーマから得ることができる。
【0023】
抗体はまた、活性が実証された抗体のアミノ酸配列情報又は該抗体をコードするポリヌクレオチドの塩基配列情報に基づいて、遺伝子工学的手法を用い、あるいは化学合成手段を用いて、合成によって取得することもできる。
抗体は必要に応じて標識することができ、また、更に二次抗体を用いて検出することもできる。
【0024】
PDHXの発現は、絶対値又は相対値として算出することができる。相対値として算出する場合、PDHXの発現を、腫瘍細胞及び対照細胞において安定に発現する別のタンパク質、例えばβ-アクチンの発現に対する相対値とすることができる。
【0025】
測定又は算出された発現の値は、対照の値と比較することで、その腫瘍細胞がPDHX高発現細胞であるか低発現細胞であるかについての有用な情報をもたらすことができる。
【0026】
本発明の方法の更に別の実施形態では、腫瘍細胞におけるPDH活性を指標として腫瘍細胞を評価する。PDH(ピルビン酸脱水素酵素)活性の測定は、ピルビン酸をアセチルCoAに変換する酵素活性を測定するものであり、市販されているアッセイキット(例えば「PDH酵素活性マイクロプレートアッセイキット(ab109902、Abcam、Cambridge、UK)」)を用いて測定することができる。PDH活性は、PDHXを含む複合体が関与する酵素活性となるが、本発明者等の知見では、PDHXの発現が高い症例では、PDH複合体を構成するPDHA1、PDHB、DLAT、及びDLDの発現も高い傾向が認められた(実施例14)。
【0027】
測定されたPDH活性の値は、対照と比較することで、その腫瘍細胞がPDHX高発現細胞であるか低発現細胞であるかについての有用な情報をもたらすことができる。
【0028】
ここで、「対照」とは、本発明の方法において、腫瘍細胞において測定されたPDHXの発現及びPDH活性は、PDHX高発現群とPDHX低発現群とでそれぞれ測定し、その境界値としてあらかじめ設定されたカットオフ値と比較して、対象の腫瘍細胞におけるPDHXの発現又はPDH活性が高いと判定することができる。
【0029】
本発明の方法では、対照、又は上記カットオフ値と比較して、PDHXのコピー数及び/若しくは発現量が上昇している場合、又はPDH活性が高い場合にPDH阻害剤の適用が有効と判定することができる。
【0030】
または、本発明の方法において、PDHX遺伝子の増幅及び/若しくは発現、又はピルビン酸脱水素酵素(PDH)活性の測定に加えて、更にCD44遺伝子の増幅及び/又は発現を測定することを含めることもできる。PDHX遺伝子とCD44遺伝子とは、いずれもヒト11番染色体上の11p13領域に200kb以内で近接して存在し、ESCC細胞において共発現・共増幅する可能性がある。特に、CD44のバリアント(CD44v9)は、ESCCを含むヒト癌におけるCSCの周知のマーカーであり、CSCの細胞表面に局在する接着分子としても知られている(Taniguchi D等, Cancer Med. 2018 Dec;7(12):6258-6268;Ishimoto T等, Cancer Cell. 2011;19:387‐400;Yae T等, Nat Commun. 2012;3:883)。
【0031】
また、CD44遺伝子はPDHX遺伝子と協調的に機能しているため、PDHX遺伝子と同時にCD44遺伝子の増幅及び/又は発現を測定することで、測定される腫瘍細胞の幹細胞性及びPDH活性についての情報を取得することができる。
【0032】
本発明の方法と関連づけて適用の有効性を判定することができるPDH阻害剤としては、特に限定するものではないが、例えばデビミスタット(devimistat)が挙げられる。
【0033】
デビミスタットは、Rafael Pharmaceuticals社が開発したがん代謝阻害剤であり、その作用機序に基づいて抗ミトコンドリア薬とされている。リポ酸(リポエート)は、PDH複合体の不活性化のための触媒補助因子として共有結合されるので、リポエート誘導体デビミスタットはPDH活性の阻害を介してミトコンドリア機能不全を強力に誘導することができ、多数の癌において強力な抗腫瘍活性を示すことが報告されている(Stuart, S.D.等, Cancer Metab. 2014, 2, e4;Zachar, Z.等, J. Mol. Med. 2011, 89, 1137-1148)。
【0034】
デビミスタットは、CPI-613(登録商標)の商品名で膵臓癌、白血病、骨髄異形成症候群、リンパ腫、肺癌、胆管癌、大腸癌、骨肉腫等に対する単独又は併用治療での臨床試験が登録されており、転移性膵臓癌及び急性骨髄性白血病においては第三相臨床試験が実施されている。
【0035】
しかしながら、デビミスタットの標的は、PDH複合体の作用であるため、その活性を阻害することは、癌細胞だけでなく正常細胞における代謝も阻害することとなり、副作用が懸念される。
【0036】
本発明者等の知見によれば、癌細胞において、PDH活性が高いものと低いものとが存在することから、本発明の方法によって、腫瘍細胞においてPDHXの増幅/発現の上昇、及び/又は高いPDH活性が検出された場合、その腫瘍の治療においてデビミスタット等のPDH阻害剤の適用が有効であると判定することができる。このことは、本剤の減薬の指標になり得る。
【0037】
本発明の方法は、癌患者、具体的には、限定するものではないが、食道癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌、膀胱癌、又は乳癌を有する患者を対象として実施することができる。特に、対象となる癌は、例えば食道扁平上皮癌等の食道癌、腹膜播種性胃癌等の胃癌であり得る。
【0038】
<癌治療剤>
本発明はまた、PDHXタンパク質の発現を抑制し得る核酸、又はPDHXタンパク質に特異的に結合する抗体を含む、PDH活性を阻害する癌治療剤を提供する。
【0039】
本発明の癌治療剤によって治療する対象となる癌は、特に限定するものではないが、例えば食道癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌、膀胱癌、又は乳癌であり得る。特に、対象となる癌は、例えば食道扁平上皮癌等の食道癌、腹膜播種性胃癌等の胃癌であり得る。
【0040】
PDHXタンパク質の発現を抑制し得る核酸としては、限定するものではないが、PDHXタンパク質のmRNAに対して相補性を有するように設計されたsiRNA、shRNA、miRNA及びアンチセンス核酸を挙げることができる。核酸は、安定性を向上させる目的で、そのヌクレオチドを構成する塩基及び糖を、当分野の技術常識に基づいて改変した人工核酸とすることができる。改変はまた、ヌクレオチド間結合に対しても行うことができる。
PDHXタンパク質に特異的に結合する抗体は、抗原結合性断片であっても良い。
【0041】
当業者であれば、PDHXタンパク質の発現を抑制し得る核酸、及びPDHXタンパク質に特異的に結合する抗体を必要に応じて作製し、PDHXタンパク質の発現を抑制し得るか否かについて確認することができる。
【0042】
本発明の癌治療剤は、単独で、又は他の薬剤若しくは治療法と組み合わせて使用することができる。他の薬剤としては、特に限定するものではないが、例えば有糸分裂阻害剤(微小管作用薬)、アルキル化剤、抗癌性抗生物質、代謝拮抗剤、プラチナ製剤、トポイソメラーゼ阻害剤、分子標的薬、放射性同位元素等の抗癌剤を挙げることができる。他の治療法としては、外科手術、放射線治療等を挙げることができる。
【0043】
また、本発明の癌治療剤は、単独、又は他の有効成分と組み合わせて上記の癌治療剤を有効成分として含有する医薬組成物として使用することもできる。医薬組成物には、本発明の癌治療剤及び他の有効成分の他に、投与形態に応じて、当分野で通常使用される担体、賦形剤、緩衝剤、安定化剤等を含めることができる。
【0044】
本発明の癌治療剤の投与対象患者は、特に限定するものではないが、手術又は化学療法による癌治療後の患者であり、特に腫瘍摘出手術後の患者とすることが好ましい。
本発明の癌治療剤又は医薬組成物は、特に限定するものではないが、例えば静脈内投与、腹腔内投与、腫瘍内投与等の投与経路によって投与することができる。
【0045】
本発明の癌治療剤の投与量は、患者の体重、年齢、疾患の重篤度等に応じて変動するものであり、特に限定するものではないが、例えば0.0001~100mg/kg体重の範囲の有効成分を1日1回~数回、2日毎、3日毎、1週間毎、2週間毎、毎月、2カ月毎、3カ月毎に投与することが可能である。
【実施例0046】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
[実施例1 ESCCにおける細胞増殖の必須遺伝子としてのPDHX遺伝子の同定]
ESCCにおける代謝脆弱性を同定するために、KEGG pathwayデータベース(https://www.genome.jp/kegg/pathway.html)を参照して、TCAサイクル及び解糖系を含む種々の代謝経路に関連する全224個の遺伝子について、各々4個のプールされたsiRNAを含むsiRNAライブラリーをHorizon Discovery(Cambridge、UK)を用いて構築した。
【0048】
次に、224の遺伝子についての4個のsiRNAのそれぞれを、2つのESCC細胞株、KYSE850及びKYSE170細胞(京都大学Shimada Y博士よりご供与、Shimada Y等, Characterization of 21 newly established esophageal cancer cell lines. Cancer. 1992 Jan 15;69(2):277-84)にトランスフェクトした。
【0049】
具体的には、細胞は、10% FBS、100 U/mLのペニシリン、及び100μg/mLのストレプトマイシンを含有するRPMI1640(WAKO、Tokyo、Japan)中、5% CO2で37℃で培養した。各細胞(1×104細胞/ウェル)を96ウェルプレートに播種し、翌日、Lipofectamine RNAiMAX(Thermo Fisher Scientific、Waltham、MA、USA)を用いて、製造業者の説明書に従って、siRNAを10 nMでトランスフェクトした。
【0050】
3日後、細胞をPBS中4%ホルムアルデヒド中の0.1%クリスタルバイオレット(CV)で5分間固定し、過剰のCV溶液を廃棄した後、細胞を水で洗浄し、完全に風乾した。染色した細胞を、プレートを1時間振盪しながら2% SDS溶液で溶解した。560nmの光学密度(OD)をマイクロプレートリーダーを用いて測定し、吸光度パーセンテージを各ウェルについて計算した。陰性対照(siNC)についてプールしたsiRNAでトランスフェクトしたコントロール細胞に対する細胞のOD値を、任意に100%に設定して、生存細胞のパーセンテージを決定した。
その結果、両細胞株において細胞生存率の30%を超える低下を引き起こす43の遺伝子を同定した(データは示さない)。
【0051】
さらに、NCBI Gene Expression Omnibus(GEO)から得られた発現データセット(GSE44021)のin silico解析から、113例のESCC症例の30%以上において、対応する非腫瘍組織と比較して、ESCC腫瘍組織では43遺伝子中13遺伝子の発現が高頻度にアップレギュレートされていることが明らかになった。
【0052】
それらにはTCAサイクル(PC、PDK1、PDHX)、解糖系(LDHB、HK2、HIF1A)、アミノ酸代謝(ASNS、SHMT2、PSAT1、DHFR、GLDC)、ヌクレオチド代謝(PRPS1)、及びオートファジー(RB1CC1)に関連する遺伝子が含まれており、ESCCにおけるこれらの遺伝子と関連した代謝脆弱性の可能性が示唆された。
【0053】
これら13遺伝子の中で、その発癌における意義がほとんど不明であるピルビン酸デヒドロゲナーゼ成分X(PDHX)遺伝子に注目した。発現とコピー数に関するがんゲノムアトラス(TCGA)データを「cBioportal」ウェブサイト(https://www.cbioportal.org)からダウンロードした。
【0054】
ESCC症例92例における相関解析のため、発現値とコピー数値にlog2変換を適用し、相関のピアソンスコアを計算し、コホートの上位20%(92例中18例)を「PDHX高発現群(PDHX-high)」、残りを「PDHX低発現群(PDHX-low)」とした。
【0055】
[実施例2 PDHXに対するsiRNAによる発現阻害の効果]
PDHXの発現阻害の効果を評価するために、いずれもThermo Fisher Scientific(Waltham、MA、USA)から入手したsiRNA(プールされたsiRNA:siPDHX-1(M-009752-01)、個別のsiRNA:siPDHX-2と-3(D-009752-04及びD-009752-05))及び非標的化陰性対照(siNC(siGENOME SMARTpool; D-001206-14))を、Lipofectamine RNAiMAXを使用して、実施例1でも使用したKYSE850細胞とKYSE170細胞に、製造業者の説明書に従って、それぞれ20 nMでトランスフェクトした。
【0056】
トランスフェクトから3日後、実施例1と同様にして細胞を溶解し、全細胞溶解物をSDS-PAGEに供し、タンパク質をポリビニリデンジフルオリド(PVDF)膜(GE Healthcare UK Ltd、Little Chalfont、UK)に移した。0.05% Tween-20及び5%脱脂粉乳を含有するTBSで1時間ブロッキングした後、膜をウサギ抗PDHX抗体(10951-1-AP、Proteintech、Rosemont、IL、USA、1/3000希釈で使用)と共に一晩インキュベートした。対象としてアクチンの発現を検出するために、マウス抗βアクチン抗体(A5441、Sigma-Aldrich、St. Louis、MO、USA、1/5000希釈で使用)を用いた。
【0057】
膜を洗浄し、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合抗マウス又は抗ウサギ免疫グロブリンG(IgG)抗体(両方とも1/5000)に1時間暴露した。結合した抗体を、HRP染色溶液を用いて、又は製造業者の説明書(Cell Signaling Technology、Danvers、MA、USA)に従ってECLウェスタン検出キットを用いて可視化した。
【0058】
その結果、
図1A上段に示すように、いずれのESCC細胞においても、PDHXに対するsiRNAのトランスフェクトにより、PDHX発現が効果的にノックダウンされた。
【0059】
実施例1と同様の細胞増殖アッセイを行い、トランスフェクションした日の細胞数を1として3日後まで細胞増殖を測定した結果、siPDHX-1~-3のトランスフェクトにより、陰性対照(siNA)と比較して有意に細胞増殖が阻害されることが確認された(
図1A下段)。
【0060】
[実施例3 PDHXに対するshRNAによる発現阻害の効果]
実施例2と同様の検討を、KYSE850細胞とKYSE170細胞、及びRDHXに対するshRNAを用いて実施した。
【0061】
PDHX遺伝子のショートヘアピンRNA(shRNA)オリゴヌクレオチド(標的配列:5'-GGCAAGATCTGGTCAAAGA-3'(配列番号1))をアニーリングし、pGreenPuroベクター(System Biosciences、Mountain View、CA、USA)に挿入した。shRNAベクターの形質導入のためのレンチウイルスは、pPACKパッケージングキット(System Biosciences、Palo Alto、CA、USA)を用いて、製造者の指示に従って調製した。
【0062】
細胞を、TransDux(System Biosciences、Palo Alto、CA、USA)を用いて、空ベクター(shVector:対照)又はPDHX-shRNAベクター(shPDHX)のいずれかを有するレンチウイルスに感染させた。感染細胞を、1μg/mlのピューロマイシン(Sigma-Aldrich、StLouis、MO、USA)での処理によって選択した。
【0063】
実施例2と同様にしてウェスタンブロット及び細胞増殖アッセイを行った結果、PDHXの発現はshRNAによってもノックダウンされ、細胞増殖も有意に阻害されることが示された(
図1B)。
【0064】
[実施例4 インビボ腫瘍増殖アッセイでの評価]
実施例3でshPDHXによってPDHX発現がノックダウンされたKYSE850細胞、及び対照としてshVectorがトランスフェクトされた細胞を、50%マトリゲルを含む100μLのPBS中に1×107細胞で調製し、6週齢の雌BALB/cヌードマウス(Charles River Laboratories、横浜、日本)の脇腹に皮下注射した(対照群7匹、PDHX抑制群9匹)。
【0065】
腫瘍細胞移植(注入)後、17日間までマウスを飼育した後、腫瘍を摘出し、その重量及び体積を測定して、PDHX発現阻害した群の結果を対照群と比較した。尚、腫瘍体積は以下の式:
4/3×π×(1/2×小径)2 ×1/2(大径)
を用いて算出した。
【0066】
その結果、PDHX発現が阻害されたKYSE850細胞を移植した場合、空ベクターをトランスフェクトされた対照の細胞を移植した場合と比較して、異種移植マウスにおける腫瘍増殖を顕著に抑制した(
図1C)。
【0067】
上記で取得した腫瘍は、ホルマリン固定の後、パラフィン包埋切片を作製した。次いで、免疫組織化学的分析のために、切片をキシレン中で脱パラフィン化し、濃度を段階的に変えたエタノール(100%、90%、80%、70%及び50%)を用いて水に再水和した。10mMクエン酸緩衝液(pH 6.0)中で煮沸することによって抗原を回収した後、切片をメタノール中の0.3%過酸化水素で処理して、内因性ペルオキシダーゼを不活性化した。PBS中のヤギ血清中でインキュベートすることによって非特異的結合をブロックした後、スライドを抗Ki-67抗体(DAKO(#M7240)、Glostrup、Denmark)と共に4℃で一晩インキュベートした。
【0068】
結合した抗体を、ジアミノベンジジンを用いて可視化し(VECTASTAIN Elite ABCキット、Vector Laboratories、Burlingame、CA、米国)、切片をヘマトキシリンで軽く対比染色した。Nikon Eclipse E400(Nikon、Tokyo、Japan)を使用して切片の画像を手動で捕捉し、Ki-67陽性細胞を計数した。
【0069】
図1Dに、空ベクター(shVector)又はPDHX-shRNAベクター(shPDHX)をトランスフェクトしたKYSE850細胞を移植したマウスにおける腫瘍切片の代表的な画像及びKi-67陽性細胞の比率を示す。PDHXの発現がノックダウンされた細胞由来の腫瘍では、対照群のマウスの腫瘍と比較して、細胞増殖マーカーであるKi67陽性細胞数が有意に減少していることが示された(
図1D)。
従って、PDHX発現は、in vivoでのESCC細胞の増殖に必要であることが示唆された。
【0070】
[実施例5 PDHX発現阻害の代謝系への影響の評価]
PDHXはピルビン酸のアセチル-CoAへの変換を触媒するPDH複合体の構成要素であり、それによって解糖系をTCAサイクルにつなげ、TCAサイクルでATPを生成することができる(
図2A)。PDH活性の阻害はこの変換を抑制し、乳酸デヒドロゲナーゼによるピルビン酸の乳酸への変換をもたらすことが報告されている(Sun W等, Life Sci. 2015 Jan 15;121:97-103;Cai Z等, Mol Cell. 2020 Oct 15;80(2):263-278;Yonashiro R等, Cancer Res. 2018 Apr 1;78(7):1592-1603)。
本実施例では、ESCC細胞におけるPDHX発現を阻害した場合のATP産生及び乳酸産生の変化を検討した。
【0071】
実施例3で細胞増殖アッセイを行ったKYSE850細胞及びKYSE170細胞について、PDH酵素活性マイクロプレートアッセイキット(ab109902、Abcam、Cambridge、UK)を用いて、製造者の指示に従ってPDH活性を測定した。同時に、Luminescent ATP Detection Assay Kit(ab113849、Abcam)及び乳酸キット(Clontech Laboratories、Inc、CA、USA)を用いて、製造業者の説明書に従って細胞内ATP産生及び乳酸レベルをそれぞれ測定した。値は、細胞数によって正規化した。
【0072】
その結果、KYSE850及びKYSE170細胞においてshRNAによってPDHX発現が阻害された場合、PDH活性が減少し、細胞内乳酸産生が増加した(
図2B及び2C)。さらに、PDHXの発現が阻害された細胞では、対照細胞(shVector)と比較して、細胞内ATPの産生が有意に減少した(
図2D)。また、PDHX発現のノックダウンによるATP産生の低下は、実施例2においてsiRNAによって阻害された細胞においても認められた(
図2E)。
【0073】
従って、PDHXは、PDH活性の維持とTCAサイクルを介したATP産生を介して、ESCC細胞の増殖において代謝的に不可欠な役割を果たすことが示唆された。
【0074】
[実施例6 ESCC癌幹細胞(CSC)におけるPDHX発現のアップレギュレーション]
70例の原発性ESCC患者から取得された腫瘍及び隣接する正常食道組織のホルマリン固定パラフィン包埋サンプルの免疫組織化学分析により、PDHXタンパク質の発現レベルを検討した。免疫組織化学的分析は、抗PDHX抗体(10951-1-AP、Proteintech、Rosemont、IL、USA)を用いて、実施例4と同様にして行った。
【0075】
PDHX発現の免疫組織化学的分析の評価は、2名によって行った。簡潔には、細胞質PDHX発現の強度スコアを、染色の強度(0:非染色、1+:弱、2+:強)及び陽性細胞のパーセンテージの両方の半定量的評価によって下記の式で計算したHistoスコア(Hスコア):
(2+染色の陽性細胞のパーセンテージ×2)+(1+染色の陽性細胞のパーセンテージ×1)を用いて評価した。その結果、0~200の範囲のスコアが得られた(Bellio C等, Cancers (Basel). 2019 Oct 29;11(11):1678)。
【0076】
図3Aに、正常食道組織、ESCC症例1及び症例2の免疫組織化学の結果を示す。正常な食道組織では、PDHXは分化中の細胞で中程度に発現しているが、幹細胞が主として存在する基底層では発現していない(Hスコア=100)。これに対して、ESCC症例1ではPDHXの高発現を示し(Hスコア=180)、症例2では低発現を示した(Hスコア=0)。すなわち、症例によって、正常組織と比較してPDHX発現が高い場合と低い場合とが存在することが確認された。
【0077】
70例についてHスコアに基づいて分類したグラフを
図3Bに示す。症例1のように、Hスコアが150を超える症例を「アップレギュレーション」と定義すると、ESCC症例70例中24例(34.3%)でPDHX発現がアップレギュレートされていた。
【0078】
注目すべきことに、PDHX染色の分布は腫瘍内で不均一であり、その発現は未分化細胞周辺よりも癌細胞の最終分化を表す構造であるケラチン真珠で低いことが見出された(
図3C)。PDHX発現の同様の分布は、KYSE850細胞に空ベクターをトランスフェクトした場合の異種移植片腫瘍(shVector)においても観察された(
図3D)。これらの観察は、PDHX発現と癌幹細胞性との関連性を示唆している。
【0079】
[実施例7 免疫蛍光分析によるPDHX及びCD44v9の発現の評価]
本実施例では、ESCC腫瘍組織の免疫蛍光分析により、PDHX及びCD44v9の発現を検討した。
【0080】
実施例6で用いたESCC腫瘍組織及び隣接する正常食道組織のサンプルを脱パラフィン化した後、抗PDHX抗体(10951-1-AP、Proteintech、Rosemont、IL、USA、1/3,000希釈)及び抗CD44v9抗体(RV3、Cosmo Bio、Tokyo、Japan、1/1,000希釈)と共に一晩インキュベートし、結合した抗体を、それぞれAlexa Fluor488抗ラビットIgG抗体及びAlexa Fluor594抗ラットIgG抗体(両方の抗体について1/2,000希釈; Thermo Fisher Scientific)を使用して可視化した。カバースリップを、DAPIを含むVECTASHILD(Vector Laboratories、Inc.)にマウントし、C2+共焦点蛍光顕微鏡法(ニコン)によって画像を得た。
【0081】
その結果、
図3Eに示すように、PDHXはESCC腫瘍組織内のCD44v9陽性幹細胞で共発現していることが認められた。しかし、隣接する非癌組織の基底層内のCD44v9陽性幹細胞では共発現が認められなかった。このことは、PDHX発現が、ESCC細胞におけるCSC特性と密接に関連し得ることを示唆する。
【0082】
[実施例8 PDHX発現阻害のスフェア形成に対する影響]
ESCC細胞におけるCSCの増殖に対するPDHXノックダウンの効果を評価するために、実施例3でshPDHX又はshVectorをトランスフェクトしたKYSE850及びKYSE170細胞を用いてスフェア形成アッセイを行った。
【0083】
KYSE850及びKYSE170細胞を、1×B-27サプリメント(Thermo Fisher Scientific、MA、USA)、4μg/mLのインスリン(I-6634、Sigma-Aldrich)、20ng/mLのFGF2(F0291、Sigma-Aldrich)、10ng/mLのEGF(E9644、Sigma-Aldrich)、及び5%のPen/Strep(Thermo Fisher Scientific)を含むDMEM-F12 1:1培地(Wako)中の6ウェルUltra-Low-Attachmentプレート(Corning、NY、USA)に103細胞/mLの密度でそれぞれ播種した。
【0084】
10日目に、ウェルあたり3つのランダムな視野を、EVOS細胞イメージングシステム(Thermo Fisher Scientific)を使用してデジタル的に画像化した。各スフェアの直径は、Adobe Photoshop Elements 14(Adobe)を用いて長軸で測定し、3つのウェルの平均サイズを計算し、直径>70μmのスフェアを計数した。
【0085】
その結果、
図4Aに示すように、KYSE850及びKYSE170細胞において、スフェアの数及びサイズは、対照細胞(shVector)と比較して、PDHX発現を阻害した細胞(shPDHX)において顕著に減少した。
【0086】
[実施例9 PDHXの発現阻害のCD44発現に対する影響1]
実施例1に記載した二次元的培養(2D)及び実施例8に記載したスフェア培養(スフェア)のそれぞれにおいて、KYSE850及びKYSE170細胞におけるPDHXのノックダウンがPDHX並びにCD44の発現(転写)に与える影響を検討した。
【0087】
実施例3と同様にしてshVector又はshPDHXをトランスフェクトしたKYSE850及びKYSE170細胞を二次元的培養(2D)又はスフェア培養(スフェア)条件下で10日間培養した後、TRIsure試薬(Nippon Genetics、Tokyo、Japan)を用いて、標準的な手順に従って全RNAを単離した。
【0088】
PrimeScript II 1stストランドcDNA合成キット(Takara Bio Inc、Shiga、Japan、Japan)を用いて全RNAから一本鎖cDNAを生成し、製造業者の指示に従い、KAPA SYBR Fast qPCRキット(Kapa Biosystems、MA、USA)を用いて、ABI PRISM 7500 Fast Real-time PCRシステムを用いてqRT-PCRを行った。続いて、値を対照値によって正規化して、相対発現レベルを決定した。
【0089】
qRT-PCRで使用したプライマーの配列を以下に示す。
PDHX(F; 5'-CCAAAGACGTAGGTCCTCCA-3'(配列番号2), R; 5'- TGGCTAGCATCCAGTGAGTG-3'(配列番号3))
CD44(F; 5'-AGAAGGTGTGGGCAGAAGAA-3'(配列番号4), R; 5'-AAATGCACCATTTCCTGAGA-3'(配列番号5))
β-アクチン(F; 5'-CATGTACGTTGCTATCCAGGC-3'(配列番号6), R; 5'-CTCCTTAATGTCACGCACGAT-3'(配列番号7))
【0090】
PDHX及びCD44の発現について、β-アクチンに対する相対mRNAレベルとして算出すると、
図4Bに示すように、PDHX及びCD44の発現は、いずれも二次元的培養条件(2D)と比較してスフェア培養条件(スフェア)下で転写的にアップレギュレートされていた。そして、CD44の発現レベルは、いずれの細胞及びいずれの培養条件下でも、PDHX発現阻害細胞(shPDHX)では対照細胞(shVector)と比較して有意に低下した。
このCD44発現の低下は、ESCC細胞におけるsiRNAを介したPDHX発現のノックダウン後にも同様に観察された(データは示さない)。
【0091】
[実施例10 PDHXの発現阻害のCD44発現に対する影響2]
CD44v9タンパク質に対して特異的な抗体を用いた蛍光活性化細胞選別(FACS)及び免疫蛍光分析により、PDHXの発現阻害がCD44発現に及ぼす影響を更に検討した。
【0092】
先ず、FACS解析のために、実施例8に記載したスフェア形成アッセイで形成されたKYSE850及びKYSE170細胞のスフェアを、StemPro Accutase(Thermo Fisher Scientific)を使用して解離させ、濾過した後、単細胞懸濁液を、氷上で1% BSAを含有するPBS中の抗CD44v9抗体(Cosmo Bio、Tokyo、Japan、1/500希釈)と30分間反応させ、次いでAlexa Fluor647抗体(1/2,000希釈、Thermo Fisher Scientific)と反応させた。Accuri Flow Cytometer(BD、San Jose、CA、USA)を用いて蛍光強度を測定し、蛍光強度の中央値をFlowJoソフトウェアを用いて計算した。
【0093】
その結果、
図4Cに示すように、CD44v9陽性細胞(CSC)の集団は、対照細胞(shVector)由来のスフェアと比較して、PDHX阻害細胞(shPDHX)由来のスフェア内で顕著に減少することが明らかになった。
【0094】
次いで、免疫蛍光分析により、上記の結果の可視化を試みた。上記したKYSE850及びKYSE170細胞のスフェアを、Cytospin3(Thermo Fisher Scientific)を使用してスライド上に付着させ、氷上で15分間10% TCAで固定し、0.01% Triton X-100及び3% BSAを含有するPBSで1時間ブロックし、次いで、抗CD44v9抗体(1/1,000希釈)と共に一晩インキュベートした。結合した抗体を、Alexa Fluor594抗ラットIgG抗体(1/2,000希釈; Thermo Fisher Scientific)を用いて可視化した。DAPIを含むVECTASHILD(Vector Laboratories、Inc.)で封入後、C2+共焦点蛍光顕微鏡法(ニコン)によって画像を得た。
【0095】
その結果、
図4Dに示すように、対照細胞(shVector)由来のスフェアと比較して、PDHX阻害細胞(shPDHX)由来のスフェアではCD44v9陽性細胞(CSC)が内で顕著に減少していることが明らかになった。
従って、PDHX発現は、CD44発現を正に調節することによって、ESCCにおけるCSCの増殖と密接に関連していることが示唆された。
【0096】
[実施例11 ESCC腫瘍におけるPDHX及びCD44遺伝子の共増幅]
PDHX及びCD44遺伝子は、胃癌を含む多くの種類のヒト癌において共増幅することが知られている(Fukuda Y等, Genes Chromosomes Cancer. 2000 Dec;29(4):315-24;Starczynowski DT等, J Clin Invest. 2011 Oct;121(10):4095-105;Ong CA等, J Natl Cancer Inst. 2014 Apr 28;106(5):dju050)。実際、これら2つの遺伝子はTCGA PanCancer Atlas研究において、32種類の癌タイプの10,967例中114例(1.04%)で共増幅に関与し、それらの変異頻度は胃癌(胃腺癌)(440例中17例、3.9%)、ESCC(92例中3例、3.3%)、及び頭頸部扁平上皮癌(523例中14例、2.7%)で高かった。
【0097】
本発明者等の研究においても、11p12‐p13の15Mb内のゲノム領域のコピー数比の分析から、PDHX及びCD44遺伝子が11p13アンプリコンを有する3つのESCC症例において、重なり合う最小領域(SRO)内に局在することが明らかとなった(データは示さない)。
更に、92例のESCC92例において、PDHX及びCD44のコピー数及びmRNAレベルを算出して相関解析を行った。
【0098】
mRNAレベルの算出は、実施例9と同様のqRT-PCRを用いて行い、ゲノムPCRは、以下の配列を有するプライマーを用いて行い、二倍体リンパ球由来のゲノムDNAを対照として用いて、相対的DNAコピー数を測定した。
【0099】
PDHX(F; 5'-TGGCATCGACGAATTTACTG-3'(配列番号8), R; 5'-TTGGCATTTCCCTCTTCATC-3'(配列番号9))
CD44(F; 5'-CATGGTCCATTCACCTTTATGTT-3'(配列番号10), R; 5'-AGAGGAAGGGTGTGCTCTGA-3'(配列番号11))
【0100】
その結果、
図5A~5Cに示すように、PDHXとCD44のmRNA発現レベルはそれぞれのコピー数と正の相関を示し、両遺伝子のmRNAレベルも有意な相関を示した。
【0101】
更に、ゲノムPCRとFISH解析を用いて、別のESCC細胞株であるYES3細胞において、PDHXがCD44と共増幅され、PDHXのノックダウンにより、2D及びスフェア培養条件下ともに細胞増殖が抑制されることが確認された(データは示さない)。
【0102】
このように、PDHXとCD44は遺伝子増幅により共活性化され、ESCC及び胃癌を含むヒト癌における癌幹細胞性において協調的に機能する可能性がある。
【0103】
[実施例12 PDHX増幅胃癌細胞株におけるPDHX発現阻害による細胞増殖阻害]
本発明者等の先行研究では、腹膜播種を有する胃癌患者の腹水から樹立されたHSC-40A細胞(国立がんセンターの柳原博士からご供与)を含む胃癌細胞株で11p13領域が高頻度に増幅されており、CD44遺伝子がこの11p13増幅の標的である可能性が示された(Fukuda Y等, Genes Chromosomes Cancer. 2000 Dec;29(4):315-24)。
【0104】
本発明者等がHSC-40A細胞を用いて検討した結果においても、ゲノムPCR及びFISH解析によってPDHX及びCD44遺伝子の共増幅が確認された(データは示さない)。
【0105】
本実施例では、実施例2及び3と同様にして、HSC-40A細胞にPDHXに対するsiRNA又はshRNAを導入し、PDHXノックダウンがin vitro細胞増殖を阻害するか否かを検討した。
その結果、
図6に示すように、ウェスタンブロット及び細胞増殖アッセイによって、HSC-40A細胞におけるPDHXの発現はsiRNA及びshRNAのいずれによってもノックダウンされ、細胞増殖も有意に阻害されることが示された。
【0106】
[実施例13 in vivo腫瘍形成試験]
空ベクター(shVector)又はPDHXに対するshRNA(shPDHX)をトランスフェクトしたHSC-40A細胞(200μlのPBS中1×107個の細胞)をヌードマウス(各群5匹)に腹腔内注射し、腫瘍形成に対するPDHX発現阻害の影響を検討した。
【0107】
その結果、下記表1に示すように、対照細胞(shVector)を有するマウス5匹全てで腫瘍の転移性の結節が観察された。一方、PDHX阻害細胞(shPDHX)を有するマウス5匹では1匹のみで観察されたが、これらの結節は、対照細胞(shVector)で構成される結節と比較して小さかった。
【0108】
【0109】
[実施例14 PDH複合体構成タンパク質の発現]
実施例1でESCC症例92例中のPDHX発現に基づいて決定したPDHX高発現群(PDHX
high)及びPDHX低発現群(PDHX
low)のそれぞれについて、PDHA1、PDHB、DLAT、及びDLDのmRNA発現をそれぞれ調べたところ、これらはいずれもPDHX低発現群(PDHX
low 症例、n = 18)と比較して、PDHX高発現群(PDHX
high 症例、n = 18)で有意にアップレギュレートされており、PDH複合体の活性化がESCC腫瘍におけるPDH関連遺伝子の発現と関連することが示唆された(
図7A)。
【0110】
[実施例15 PDH阻害剤CPI-613のESCC細胞における抗腫瘍効果]
本発明者等は、PDHXを高度に発現するKYSE850及びKYSE170細胞の腫瘍増殖に対するCPI-613の抗腫瘍効果をin vitro及びin vivoで調べた。
先ず、実施例8と同様のスフェア形成アッセイを行った。デビミスタット(CPI-613)は、100μMの濃度で添加し、10日間スフェア培養を行った。
【0111】
その結果、
図7Bに示すように、デビミスタット(CPI-613)は、KYSE850及びKYSE170細胞の両方によって形成されるスフェアの数及びサイズを、対照群(NT)と比較して有意に減少させた。
【0112】
また、実施例4と同様のin vivo腫瘍増殖アッセイのために、6週齢の雌BALB/cヌードマウス(Charles River Laboratories(横浜、日本))の脇腹にKYSE850細胞(50%マトリゲルを含む100μLのPBS中の1×107細胞)を皮下注射し、腫瘍体積が100~150mm3に達した時点で、CPI-613(Cayman Chemical、Ann Arbor、MI、USA)を25mg/kg/週で2回腹腔内(IP)注射により投与した。D5W(水中5%デキストロース)を対照ビヒクルとして使用した。
【0113】
腫瘍細胞移植(注入)後、17日間マウスを飼育した後、腫瘍を摘出し、その重量及び体積を測定して、CPI-613処理群の結果をビヒクル投与群(D5W)と比較した。その結果、KYSE850異種移植モデルにおけるインビボ腫瘍増殖は、ビヒクル(D5W)と比較して、CPI-613の腹腔内投与によって顕著に阻害された(
図7C)。
【0114】
したがって、PDHXの高発現は他のPDH関連遺伝子のアップレギュレーションと密接に関連している可能性があり、CPI-613による処理は、PDHXを高発現するESCC腫瘍、特にESCC幹細胞に対して治療的に有効であり得る。
本発明により、新たな腫瘍細胞マーカーとしてのPDHXを用いて腫瘍細胞を評価し、デビミスタット(CPI-613)等のがん代謝阻害剤の適用可否についての有用な情報を提供することができる。従って、本発明は、がん代謝阻害剤の適用のためのコンパニオン診断薬として利用することが期待される。