(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022150413
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20220929BHJP
C23C 16/06 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021052999
(22)【出願日】2021-03-26
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】本間 尚志
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF05
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4K030AA03
4K030AA09
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4K030AA18
4K030BA01
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4K030BA18
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4K030BA22
4K030BA29
4K030BA38
4K030BA41
4K030BB13
4K030CA03
4K030JA09
4K030JA10
4K030JA11
4K030LA22
(57)【要約】
【課題】合金鋼等の高速断続切削加工に用いても、優れた切削性能を有する被覆工具の提供
【解決手段】被覆層は、工具基体の側のα層と工具表面の側のβ層を含む積層単位層とする積層体層を1以上有し、
α層は、平均層厚が1.0~20.0μmで、平均組成が(Al
xαTi
1 -xα)(C
yαN
1-yα)、xα:0.60~0.95、yα:0.000~0.015である層を含み、立方晶の結晶粒面積割合が70%以上であり、
β層は、平均層厚0.5~5.0μmで、平均組成がAl
xβMe
yβC
zβN
1-xβ-yβ-zβ(Meは、Ti、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの1種以上)、xβ/(xβ+yβ):0.70~0.95、zβ/(xβ+yβ):0.15~3.00、xβ+yβ:0.15~0.60である層を含み、六方晶の結晶粒と立方晶の結晶粒の合計の面積割合が30%未満である表面被覆切削工具
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と該工具基体の表面に被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
1)前記被覆層は、前記工具基体の側のα層と、工具表面の側のβ層を含む層を積層単位層とする積層体層を1または2以上有し、
2)前記α層は、平均層厚が1.0~20.0μmであるAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、その平均組成を組成式:(AlxαTi1 -xα)(CyαN1-yα)で表したとき、xαは0.60~0.95、yαは0.000~0.015であり、
3)前記α層に占めるNaCl型面心立方構造の結晶粒の面積割合が70%以上であり、
4)前記β層は、平均層厚0.5~5.0μmであるAlとMe(Meは、Ti、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる1種または2種以上の元素)の複合炭化物層もしくは複合炭窒化物層を含み、その平均組成を組成式:AlxβMeyβCzβN1-xβ-yβ-zβで表したとき、xβ/(xβ+yβ)は0.70~0.95、zβ/(xβ+yβ)は0.15~3.00、xβ+yβは0.15~0.60であり、
4)前記β層に占めるウルツ鉱型の六方晶構造の結晶粒とNaCl型の面心立方構造の結晶粒の合計の面積割合が30%未満である、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記表面被覆切削工具のすくい面にはα層とβ層を含む被覆層、逃げ面の表面にはα層のみを含む被覆層を有することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記α層は柱状結晶組織を有し、柱状結晶粒の平均粒子幅Wが0.1~1.2μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体の表面に、被覆層として、Ti-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具があり、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
そして、これらは、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削条件等で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、Ti1-xAlxNからなる第1単位層と、Ti1-yAlyNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、前記第1単位層はfcc型結晶構造を有して、0<x<0.65であり、第2単位層はhcp型結晶構造を有して、0.65≦y<1である皮膜を有し、前記第1単位層および前記第2単位層の各厚さは3~30nmである被覆工具が記載されて、該被覆工具は高い硬度と高い耐酸化性を有しているとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、複数の結晶粒と、前記結晶粒の間の非晶質相と、を含み、前記結晶粒は、それぞれ、fcc構造を有するTi1-xAlxN層と、hcp構造を有するTi1-yAlyN層とが交互に積層された構造を有しており、0≦x<1、0<y≦1、(y-x)≧0.1の関係を満たし、前記非晶質相は、TiおよびAlの少なくとも一方の炭化物、窒化物または炭窒化物を含み、隣り合う前記Ti1-xAlxN層の1層当たりの厚さと前記Ti1-yAlyN層の1層当たりの厚さとの合計厚さは1~50nmである皮膜を有する被覆工具が記載され、該被覆工具は長寿命であるとされている。
【0005】
加えて、例えば、特許文献3には、膜厚2~15μmのfcc構造を主体とする窒化チタンアルミニウム皮膜からなる下層と、膜厚0.2~10μmのhcp構造の窒化アルミニウム皮膜からなる上層とを有する皮膜であって、前記上層は柱状結晶組織を有し、前記柱状結晶の平均横断面径が0.05~0.6μmであり、前記上層における(100)面のX線回折ピーク値Ia(100)と(002)面のX線回折ピーク値Ia(002)との比が、Ia(002)/Ia(100)≧6の関係を満たす皮膜からなり、前記上層が前記下層の上にエピタキシャル成長している被覆工具が記載され、該被覆工具は優れた耐チッピング性や皮膜密着性を有しているとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-124407号公報
【特許文献2】特開2016-3369号公報
【特許文献3】国際公開2018/008554号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、検討の結果、特許文献1~3に記載された被覆工具は、合金鋼の高速断続切削加工に供した場合は被覆工具のすくい面の皮膜(被覆層)における熱亀裂等の異常損傷が発生し、それを起点としたチッピングが発生しやすく、満足する切削性能を発揮するとはいえないものであることを認識した。
【0008】
そこで、本発明は、特に、合金鋼等の高速断続切削加工に用いても、被覆層が優れた耐チッピングを備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、被覆層の組成と結晶構造について鋭意検討したところ、
工具基体の側に、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒を所定割合で有するAlとTiを含む複合窒化物層または複合炭窒化物層(以下、この複合窒化物層または複合炭窒化物層をAlTiCN層とも云う)の所定厚さの層と、
工具表面の側に、ウルツ鉱型六方晶構造(以下、六方晶構造と云うことがある)を有する結晶粒とNaCl型面心立方構造(以下、立方晶構造と云うことがある)を有する結晶粒の合計割合を所定の値以下としたAlとMe(ただし、Meは、Ti、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる一種以上の元素)を含む複合炭化物層または複合炭窒化物層(以下、この複合炭化物層または複合炭窒化物層をAlMeCN層とも云う)の所定厚さの層を
積層単位層とし、この積層単位層を1または2以上積層した積層体を含む被覆層を設けると、
合金鋼の高速断続切削加工においても耐チッピング性が向上するという新規な知見を得た。
【0010】
本発明は、この知見に基づくものであって、
「(1)工具基体と該工具基体の表面に被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
1)前記被覆層は、前記工具基体の側のα層と、工具表面の側のβ層を含む層を積層単位層とする積層体層を1または2以上有し、
2)前記α層は、平均層厚が1.0~20.0μmであるAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、その平均組成を組成式:(AlxαTi1 -xα)(CyαN1-yα)で表したとき、xαは0.60~0.95、yαは0.000~0.015であり、
3)前記α層に占めるNaCl型面心立方構造の結晶粒の面積割合が70%以上であり、
4)前記β層は、平均層厚0.5~5.0μmであるAlとMe(Meは、Ti、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnの中から選ばれる1種または2種以上の元素)の複合炭化物層もしくは複合炭窒化物層を含み、その平均組成を組成式:AlxβMeyβCzβN1-xβ-yβ-zβで表したとき、xβ/(xβ+yβ)は0.70~0.95、zβ/(xβ+yβ)は0.15~3.00、xβ+yβは0.15~0.60であり、
4)前記β層に占めるウルツ鉱型の六方晶構造の結晶粒とNaCl型の面心立方構造の結晶粒の合計の面積割合が30%未満である、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記表面被覆切削工具のすくい面にはα層とβ層を含む被覆層、逃げ面の表面にはα層のみを含む被覆層を有することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記α層は柱状結晶組織を有し、柱状結晶粒の平均粒子幅Wが0.1~1.2μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
である。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る表面被覆切削工具は、合金鋼の高速断続切削に供しても長寿命である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態において、工具基体の側のα層と工具表面の側のβ層を含む層を積層単位層とする積層体層が1層のときの被覆層を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態に係る被覆工具について、より詳細に説明する。
なお、特許請求の範囲および本明細書において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)を用いて表現する場合、その範囲は上限(M)および下限(L)の数値を含むものとし、下限と上限の単位は同じである。
【0014】
被覆層の構造(全体の構造)
本実施形態に係る被覆工具は、
図1に示すように、工具基体(1)と、被覆層として、この工具基体の側にα層(AlTiCN層)(2)と工具表面の側にβ層(AlMeCN層)(3)を積層単位層とする積層体層を1層または2層以上有している。
図1に示す実施形態は、積層多層が1層のものである。
【0015】
被覆層をこのような構造とすれば、合金鋼の高速断続切削加工においても長期にわたって優れた切削性能を発揮できる。その理由は定かではないが、α層(AlTiCN層)のβ層の有する耐摩耗性とβ層(AlMeCN層)の有する靱性によるものと推定している。
【0016】
また、被覆層は、前記α層とβ層との積層単位層を積層した積層体層を少なくとも一つ有していれば、これ以外の他の層を含んでいてもよい。他の層としては、この積層した層と工具基体との間において密着性を向上させるような下地層や、この積層体層の上でチッピングをする等の損耗を促進するものとはならない上部層などを含んでいてもよい。
【0017】
下地層としては、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、炭窒酸化物層の内の少なくとも1層を、上部層としては、Tiの炭窒酸化物層、酸化アルミニウムの内の少なくとも1層を、それぞれ例示できる。それらの層の組成は、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではなく、従来公知のあらゆる原子比を含むものである。
【0018】
被覆層全体の平均層厚は、下地層と上部層を含み、1.5~25.0μmの範囲が好ましい。この範囲とする理由は、1.5μm未満であると、α層とβ層の特性によってもたらされる被覆層の特性は十分に発揮できないことがあり、一方、25.0μmを超えると、耐チッピング性が低下してしまうことがある。
なお、特許請求の範囲および本明細書において、平均層厚とは、すくい面で測定した平均厚さをいう。
【0019】
以下、α層、β層について詳述する。
【0020】
1.α層
α層は、次のようなものである。
【0021】
(1)平均層厚
α層の平均層厚Lαは、1.0~20.0μmが好ましい。その理由は、この範囲にあると耐摩耗性を十分に確保でき、優れた耐チッピング性を有するためである。そして、この平均層厚は3.0~20.0μmのとき、より一層前述の特性を発揮できる。
なお、α層とβ層の積層体層が複数あるとき、各α層の層厚は、前記範囲にあれば、同じであっても異なっていてもよい。
【0022】
(2)組成
α層は、その平均組成を、組成式:(AlxαTi1 -xα)(CyαN1-yα)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合xαおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合yα(ただし、xα、yαはいずれも原子比)が、それぞれ、xαが0.60~0.95、yαが0.000~0.015であることが好ましい。
【0023】
Alの平均含有割合をこの範囲とする理由は、0.60未満であると、AlTiCN層は硬さに劣るため、耐摩耗性が十分でなく、一方、0.95を超えると、Tiの含有割合が低下し、六方晶構造の結晶粒を含有しやすくなり、耐摩耗性の低下を招くからである。
また、Cの平均含有割合をこの範囲とする理由は、この範囲であれば耐摩耗性を十分に確保できるためである。
【0024】
(3)結晶構造
α層は、NaCl型の面心立方構造(立方晶構造)を有するAlとTiとの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒を含むものである。
ここで、α層が立方晶構造を有するとは、立方晶構造の結晶粒を縦断面(インサートでは、工具基体の表面の微小な凹凸を無視して平らな面として扱ったとき、この平らな面に対して垂直な断面。軸物工具では刃先に対して垂直な断面)に70面積%以上有することである。そして、この面積割合を満足すると、α層の硬さが良好で耐摩耗性が優れるという特性をより確実に発揮することができる。また、立方晶構造の結晶粒は90面積%以上含まれることがより好ましく、100面積%であってもよい。
【0025】
(4)平均粒子幅とアスペクト比
柱状結晶組織を有し、柱状結晶粒の平均粒子幅Wが0.1~1.2μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることがより好ましい。
その理由は、この0.1~1.2μmの平均粒子幅、2.0~10.0の平均アスペクト比を有する柱状結晶組織が含まれていると、切削工具の切削時の異常損傷を抑制できるからである。
【0026】
2.β層
β層は、次のようなものである。
【0027】
(1)平均層厚
β層の平均層厚Lβは、0.5~5.0μmが好ましい。その理由は、この範囲にあるとすくい面における耐摩耗性を十分に確保でき、優れた耐熱亀裂性と耐チッピング性を有するためである。なお、α層とβ層の積層体層が複数あるとき、各β層の層厚は、前記範囲にあれば、同じであっても異なっていてもよい。
【0028】
(2)組成
β層は、その平均組成を、組成式:(AlxβMeyβCzβN1-xβ―yβ―zβ)で表した場合、AlのMeとAlの合量に占める平均含有割合、xβ/(xβ+yβ)が、0.70~0.95、かつ、CのAlとMeの合量に占める平均含有割合、zβ/(xβ+yβ)が、0.15~3.0、かつ、Alの平均含有割合とMeの平均含有割合の和、xβ+yβが、0.15~0.60(ただし、xβ、yβ、zβはいずれも原子比)を、それぞれ、満足することが好ましい。
【0029】
Alの前記平均含有割合xβ/(xβ+yβ)を前記範囲とする理由は、0.70未満であると、Alの含有によってもたらされる耐熱亀裂性が低下し、一方、0.95を超えると、耐摩耗性が低下するためである。
【0030】
また、Cの前記平均含有割合をzβ/(xβ+yβ)を前記範囲とすれば、潤滑性および耐摩耗性が向上する。
さらに、Alの平均含有割合とMeの平均含有割合の和であるxβ+yβが、0.15未満であると耐熱亀裂性が不十分であり、一方、0.60を超えると耐摩耗性が低下する。
【0031】
(3)結晶構造
β層は、ウルツ鉱型六方晶構造の結晶粒およびNaCl型面心立方構造の結晶粒の合計の面積割合が30%未満であるAlとMeとの複合炭化物または複合炭窒化物を含むものである。
ここで、β層における六方晶構造と立方晶構造の合計が30面積%未満であるとは、これらの構造を有する結晶粒の合計面積が縦断面において30面積%未満と云うことである。この面積割合を満足すると、非晶質相あるいは微細結晶粒が増えてβ層の耐熱亀裂性が良好であるという特性を確実に発揮することができる。
【0032】
3.すくい面にはα層とβ層を含む被覆層、逃げ面の表面にはα層のみを含む被覆層
逃げ面にはα層とβ層を含む積層構造の被覆層を設け、逃げ面の表面にはβ層を含まずα層を含む被覆層を設けることが好ましい。逃げ面にβ層が設けられていてもよいが、耐摩耗性が低いβ層が存在しない方が、β層と一緒にその下地のα層が脱落することを防止でき、工具寿命がより一層向上する。逃げ面の表面をα相のみとする手段は、成膜後の工具表面に対して、逃げ面方向からブラシ処理やブラスト処理等の公知の表面処理を行い、β層を除去することである。
【0033】
4.α層、β層の平均層厚、組成、結晶構造(面積率)の測定
まず、被覆層を集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー(CP:Cross section Polisher)等を用いて、研磨した縦断面を作成する。そして、この縦断面において、工具基体の表面に垂直な方向(層厚方向)を被覆層の層厚、横方向を工具基体に平行な100μmである四角形を測定領域とし、電子線後方散乱解析装置(EBSD:Electron Backscatter Diffraction)を用いて、前記測定領域に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流にて、0.01μmの間隔で照射して得られる電子線後方散乱回折像に基づき、各測定点(以下、ピクセルということがある)の構造解析結果から、結晶構造の異なる領域の境界を画定する。
【0034】
ここで、工具基体の表面に垂直な方向(層厚方向)とは、縦断面(の観察像において、工具基体と被覆層の界面において、その粗さ曲線の平均線を工具基体の表面としたとき、この平均線に対して垂直な方向である
【0035】
すなわち、工具基体がインサートのような平面の表面を有するときは、前記縦断面においてエネルギー分散型X線分析法(EDS:Energy dispersive X-ray spectroscopy)を用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層(後述する下部層が存在すれば、被覆層の代わりに下部層を用いる)と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、縦断面の面内において、この平均線に対して垂直な方向を工具基体に垂直な方向(層厚方向)とする。
【0036】
また、工具基体がドリルのように曲面の表面を有する場合であっても、被覆層の層厚に対して工具径が十分に大きければ、測定領域における被覆層と工具基体との間の界面は略平面となることから、同様の手法により工具基体の表面を決定することができる。
【0037】
すなわち、例えばドリルであれば、軸方向に垂直な断面の被覆層の縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、縦断面の面内において、この平均線に対して垂直な方向を工具基体に垂直な方向と(層厚方向)する。
【0038】
なお、本発明で云う六方晶構造、立方晶構造ではない領域とは、例えば、結晶のような長周期構造をもたないことを表し、非晶質特有のハローパターンあるいはそれに準じた離散的な回折スポットが得られる領域を云う。
【0039】
さらに、前記結晶構造の異なる領域の境界を含むようにオージェ電子分光法(AES:Auger Electron Spectrpscopy)と二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)を用いて層厚方向にライン分析を行って得られる組成分析結果を基にα層、β層の鑑別を行う。両層の境界は、前記結晶構造の異なる領域の境界でもある。
【0040】
そして、α層、β層のCの平均含有割合(yα、yβ)は、SIMSによって各層ごとに求める。すなわち、イオンビームによる面分析とスパッタイオンビームによるエッチングを交互に繰り返すことにより、深さ方向の含有割合測定を行う。具体的には、前記各層において、0.05μm以上侵入した箇所から、層厚方向に0.01μm以下のピッチで少なくとも0.05μmの長さで測定を行った平均値を求め、これを少なくとも5箇所行って算出した平均値を、各層のCの平均含有割合として求める。
【0041】
電子線後方散乱解析装置(EBSD)の解析に当たり、隣接するピクセル同士の間で5度以上の方位差がある場合、または隣接する測定点の片方のみがウルツ鉱型の六方晶構造、NaCl型の面心立方構造を示す場合は、これら測定点の中点を粒界とする。そして、この粒界とされた点により囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。
【0042】
ただし、隣接するピクセルすべてと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とは扱わず、2ピクセル以上連結しているものを結晶粒と扱う。このようにして、各結晶粒を決定し、その結晶構造を鑑別することにより、層厚方向に六方晶構造または立方晶構造の結晶粒の面積率を求める。
【0043】
前記各層の境界が画定すれば、画定した各層の境界領域間で平均層厚を求めることができ、また、α層とβ層のAlの平均含有割合(xα、xβ)は、前記オージェ電子分光法(AES)を用いて電子線を照射して層厚方向に複数(例えば、5本以上)のライン分析を行って得られる解析結果を平均することにより求めることができる。
【0044】
ここで、平均幅と平均アスペクト比の算出方法について、説明する。
前述のとおりに結晶粒を特定した後、ある結晶粒iに対して工具基体の表面と垂直方向(層厚方向)の最大長さHi、工具基体と水平方向の最大長さである粒子幅Wi、および面積Siを求める。平均粒子幅は、Wiの平均値である。また、結晶粒iのアスペクト比AiはAi=Hi/Wiとして算出する。このようにして、観察視野内の少なくとも20以上(i=1~20以上)の結晶粒の前記結晶粒のアスペクト比A1~An(n≧20)を求め、[数1]により面積加重平均して、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。
【0045】
【0046】
5.工具基体
(1)材質
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0047】
(2)形状
工具基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0048】
6.製造方法:
本発明の被覆層は、例えば、工具基体もしくは当該工具基体上にあるTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層の少なくとも一層以上の下地層の上に、例えば、次の組成のガス群Aとガス群Bとからなる2種の反応ガス所定の位相差で供給することによって得ることができる。
【0049】
反応ガスのガス組成の一例として、%は容量%(ガス群Aとガス群Bの和を全体としている)として、次のとおりのものを示すことができる。
【0050】
(1)α層形成用の反応ガス
ガス群A:NH3:2.0~3.0%、H2:50~60%
ガス群B:AlCl3:0.60~1.00%、TiCl4:0.07~0.40%、
C2H4:0.00~1.50%、N2:0.0~12.0%、H2:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0051】
(2)β層形成用の反応ガス
ガス群A:NH3:0.5~1.5%、N2:0.0~5.0%、
CH4:0.5~5.0%、C2H4:1.0~10.0%、
H2:20~40%
ガス群B:AlCl3:0.11~1.60%、
Al(CH3)3:0.00~0.24%
MeClx(Meの塩化物):Ti、Si、Zr、V、Cr、Nb、Hf、Mnのいずれか1種または2種以上の元素のMeClxが、それぞれ0.10~0.20%
N2:2.0~10.0%、CH4:0.0~1.0%、
C2H4:0.0~1.5%、H2:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:650~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【実施例0052】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明の被覆工具の実施例として、工具基体の材質としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、工具基体の材質として、前述のTiCN基サーメット、cBN基超高圧焼結体等を用いた場合であっても同様であるし、形状として、前述のドリル、エンドミル等に適用した場合も同様である。
【0053】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、このプレス成形体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~C、およびISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体D~Fをそれぞれ製造した。
【0054】
次に、これら工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、各層をCVDにより形成し、表10、表11に示される本発明被覆工具1~20を得た。
成膜条件は、表2~4に記載したとおりであるが、概ね、次のとおりである。ガス組成の%は容量%(ガス群Aとガス群Bの和を全体としている)である。
【0055】
(2)α層形成用の反応ガス
ガス群A:NH3:2.0~3.0%、H2:50~60%
ガス群B:AlCl3:0.60~1.00%、
TiCl4:0.07~0.40%、
C2H4:0.00~1.50%、N2:0.0~12.0%、H2:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0056】
(1)β層形成用の反応ガス
ガス群A:NH3:0.5~1.5%、N2:0.0~5.0%、
CH4:0.5~5.0%、C2H4:1.0~10.0%、
H2:40~50%
ガス群B:AlCl3:0.11~0.70%、
Al(CH3)3:0.00~0.25%
MeClx(Meの塩化物):0.10~0.20%、
(MeClx(Meの塩化物)の具体名は表3に記載)
N2:2.0~10.0%、CH4:0.0~1.0%、
C2H4:0.0~1.5%、H2:残
MeClxは、Me成分ごとに前記%を満足すればよい。
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:650~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.26~0.40秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0057】
また、本発明被覆工具1~20は、表8に示された成膜条件により表9に示された下地層、上部層を形成した。
【0058】
比較の目的で、工具基体A~F表面に、表5~7に示される条件によりCVD装置による成膜を行うことにより、表10、11に示される比較被覆工具1~10を製造した。また、比較被覆工具1~6は、表8に示された成膜条件により表9に示された下地層、上部層を形成した。
【0059】
本発明被覆工具1~20および比較被覆工具1~10について、前述した方法により、各層の組成、平均層厚、立方晶構造および六方晶構造の結晶粒の面積率、NaCl型の面心立方構造の結晶粒の面積率を求め、結果を表10、11に示す。
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
なお、表10、表11において、以下の注記がある。
注1:本発明被覆工具5、15のα層・β層の形成についてはα層/β層の積層を2回繰り返し、計4層の膜を形成した。平均層厚LαおよびLβはそれぞれの合計値。
注2:六方晶の面積割合とは、六方晶結晶構造を有する結晶粒(%)
注3:立方晶の面積割合とは、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割(%)
注4:「逃げ面のみ」とは、被覆層がα層のみであるときは○印、そうでないときは×印
注5:比較被覆工具3、4、8、9はα層を成膜せず、β層のみを成膜した(「-」は含有しない、または、該当するものがないことを示す)。
注6:組成の合計は、小数第3位の数値の四捨五入により、1に満たない場合、または1を超える場合がある。
注7:「*」は、請求項1の規定を満足していない。
【0072】
次に、前記本発明被覆工具1~20および比較被覆工具1~10について、次の切削試験1(本発明被覆工具1~10、比較被覆工具1~5)および切削試験2(本発明被覆工具11~20、比較被覆工具6~10)を行い、その結果を表12、表13にそれぞれ示す。
【0073】
1.切削試験1:乾式高速正面フライス、センターカット切削加工
カッタ径: 125mm
被削材: JIS SCM440 幅100mm、長さ400mmブロック材
回転速度: 891/min
切削速度: 350m/min
切り込み: 2.0mm
一刃送り量: 0.2mm/刃
切削時間: 8分
(通常切削速度は、150~250m/min)
【0074】
2.切削試験2:乾式高速断続切削加工
被削材: JIS SCM440 長さ方向等間隔4本の縦溝入り丸棒
切削速度: 300m/min
切り込み: 1.5mm
送り: 0.2mm/rev
切削時間: 5分
(通常切削速度は、150~200m/min)
【0075】
【0076】
【0077】
表12、表13に示される結果から、本発明被覆工具1~20は、いずれも被覆層が優れた耐チッピング性を有しているため、鋳鉄等の高速断続切削加工に用いた場合であっても熱亀裂およびチッピングの発生がなく、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具1~10は、鋳鉄等の高速断続切削加工に用いた場合チッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼を含む高速断続切削加工の被覆工具として用いることができ、しかも、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応が可能である。