(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022150555
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】鋳物のショットブラスト方法
(51)【国際特許分類】
B24C 11/00 20060101AFI20220929BHJP
B24C 1/00 20060101ALI20220929BHJP
B24C 5/06 20060101ALI20220929BHJP
B24C 3/32 20060101ALI20220929BHJP
B24C 3/24 20060101ALI20220929BHJP
B22D 29/00 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
B24C11/00 Z
B24C1/00 Z
B24C5/06 B
B24C3/32 Z
B24C3/24
B22D29/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021053201
(22)【出願日】2021-03-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年2月24日 2020年度(令和2年度)第4回Web_鋳型技術委員会にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】000100805
【氏名又は名称】アイシン高丘株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 強
(72)【発明者】
【氏名】金原 和哉
(57)【要約】
【課題】鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができる、鋳物のショットブラスト方法を提供する。
【解決手段】
鋳物砂を有する砂型により成形された鋳造部品21に対し、投射機11がショット玉25を投射することにより、鋳造部品21の表面に付着した鋳物砂を除去するショットブラスト工程を備えるショットブラスト方法を提供する。ショットブラスト工程では、最大直径が0.1mm~0.6mmの範囲にあって、最大質量が6.4×10
-5g~1.4×10
-3gの範囲にあるスチール製のショット玉25が使用され、投射速度は50m/s~70m/s、投射密度は150g/cm
2~250g/cm
2、投射角度は35°~55°の範囲で設定される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳物砂を有する砂型により成形された鋳物に対し、投射装置が投射材を投射することにより、前記鋳物の表面に付着した前記鋳物砂を除去する砂除去工程を備える鋳物のショットブラスト方法であって、
前記投射材の1つあたりの最大質量は、6.4×10-5g~1.4×10-3gの範囲にあることを特徴とする、鋳物のショットブラスト方法。
【請求項2】
前記投射材は球状であって、
前記投射材の最大直径は、0.1mm~0.6mmの範囲にあることを特徴とする、請求項1に記載の鋳物のショットブラスト方法。
【請求項3】
前記投射材の投射速度は、50m/s~70m/sの範囲にあることを特徴とする、請求項1又は2に記載の鋳物のショットブラスト方法。
【請求項4】
前記投射材の投射密度は、150g/cm2~250g/cm2の範囲にあることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の鋳物のショットブラスト方法。
【請求項5】
前記投射装置は、インペラ式であり、
前記砂除去工程において、前記鋳物を、前記砂除去工程の開始から終了までの間、自転軸を中心として所定の自転速度で自転させ、
前記投射装置が前記投射材を投射する投射方向と、前記自転軸に対して垂直な面とのなす投射角度は、35°~55°の範囲にあることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の鋳物のショットブラスト方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳物のショットブラスト方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の更なる燃費改善に向けて、自動車部品の軽量化と複雑形状化が求められている。このため、各種鋳造部品(以下、「鋳物」という)の品質についても、厳しい基準が課されている。
【0003】
鋳物には、成型時に砂型を用いる砂型鋳造により鋳造されるものが存在する。砂型鋳造においては、溶湯を砂型に注湯し、固化・冷却することで鋳物を成形する。この際、溶湯は、例えば鉄であれば1400℃もの高温に達するため、砂型を構成する鋳型砂の一部が、鋳物の表面に強く焼き付けられてしまう。
【0004】
そこで、ショット玉を成形後の鋳物の表面に衝突させて鋳物砂を除去するショットブラスト処理が行われている。従来、ショット玉の最大直径として、2mm程度のものが使用されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のショットブラスト処理では、ショット玉が鋳物に衝突することで、鋳物の内部応力が大きくなり、鋳物が変形してしまうおそれがある。これにより、得られた鋳物製品が、要求される寸法精度を満たさないことが懸念される。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができる、鋳物のショットブラスト方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく、第1の発明の鋳物のショットブラスト方法は、鋳物砂を有する砂型により成形された鋳物に対し、投射装置が投射材を投射することにより、前記鋳物の表面に付着した前記鋳物砂を除去する砂除去工程を備えるショットブラスト方法であって、前記投射材の1つあたりの最大質量は、6.4×10-5g~1.4×10-3gの範囲にあることを特徴とする。
【0009】
第2の発明の鋳物のショットブラスト方法は、第1の発明において、前記投射材は球状であって、前記投射材の最大直径は、0.1mm~0.6mmの範囲にあることを特徴とする。
【0010】
第3の発明の鋳物のショットブラスト方法は、第1又は第2の発明において、前記投射材の投射速度は、50m/s~70m/sの範囲にあることを特徴とする。
【0011】
第4の発明の鋳物のショットブラスト方法は、第1~第3のいずれかの発明において、前記投射材の投射密度は、150g/cm2~250g/cm2の範囲にあることを特徴とする。
【0012】
第5の発明の鋳物のショットブラスト方法は、第1~第4のいずれかの発明において、前記投射装置は、インペラ式であり、前記砂除去工程において、前記鋳物を、前記砂除去工程の開始から終了までの間、自転軸を中心として所定の自転速度で自転させ、前記投射装置が前記投射材を投射する投射方向と、前記自転軸に対して垂直な面とのなす投射角度は、35°~55°の範囲にあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
第1の発明及び第2の発明では、投射材を従来の投射材の質量より小さい範囲に設定していることにより、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができる。
【0014】
ここで、投射材の質量を小さくすると、投射材の有する運動エネルギーが小さくなるため、鋳物砂の除去が不十分となる可能性がある。そこで、第3の発明では、投射材の投射速度を、従来の投射速度よりも速い50m/s~70m/sの範囲としている。また、第4の発明では、投射材の投射密度を、従来の投射密度より小さくならない150g/cm2~250g/cm2の範囲としている。これらの少なくとも一方により、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制しながらも、鋳物砂を十分に除去することができる。
【0015】
第5の発明では、投射装置としてインペラ式を採用し、投射角度を従来の投射角度よりも小さい35°~55°の範囲としている。これにより、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制する効果と、鋳物砂を十分に除去する効果とを一層高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図3】試験片におけるアークハイトと加工後変形量との関係を示すグラフ。
【
図4】試験片におけるアークハイトと砂面積率との関係を示すグラフ。
【
図5】試験片におけるアークハイトと表面粗さとの関係を示すグラフ。
【
図6】ショット玉径と、ショット玉の投射時間と、アークハイトとの関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係るショットブラスト方法を具体化した実施形態について、図面に基づいて説明する。
図1には、ショットブラスト装置10が示されている。ショットブラスト装置10は、鋳造部品に対してショットブラスト法によりその表面に付着した鋳物砂の除去を行う工程(以下、「ショットブラスト工程K4」という)で使用される。
【0018】
本実施形態においては、ショットブラスト処理の対象物として、砂型により成形された鉄製の鋳造部品(以下、「鋳造部品21」という。)を一例として示す。鋳造部品21は、自動車のブレーキディスクロータであって、全体として円盤状に成形され、円の中心を厚み方向に貫通する貫通孔22を有している。
【0019】
本実施形態においては、投射材として球状のショット玉25を使用している。ショット玉25は、最大直径:0.6mm、最大質量:1.4×10-3g、材質:スチール(詳しくは、質量比で、C:0.8%~1.2%、Si:0.35%以上、Mn:0.35%~1.0%、P:0.05%以下、S:0.05%以下を含有するもの)、比重:7.85、HV硬度(ビッカース硬さ):360HV~540HVとされている。
【0020】
ショット玉25について直径及び質量を最大直径及び最大質量で規定した理由は、ショット玉25を繰り返し利用する場合において、ショット玉25が欠ける等して一部が微細化されることから、ショット玉25が欠ける等する前の最大値を示すためである。また、ショット玉25の最大質量及び最大直径については、上記の値に限定されるものではなく、所定の範囲内で設定することができる。ショット玉25の最大直径は、0.1mm~0.6mmの範囲とされ、より好ましくは0.3mm~0.6mmの範囲とされ、更に好ましくは0.4mm~0.6mmの範囲とされている。ショット玉25の最大質量は、6.4×10-5g~1.4×10-3gの範囲とされ、より好ましくは、2.6×10-4g~8.9×10-4gの範囲とされている。なお、これらの範囲を定めるための試験については、後ほど説明する。
【0021】
ショットブラスト装置10の構成について説明する。ショットブラスト装置10は、投射材としてのショット玉25を投射する2つの投射機11を備えている。投射機11は、ホッパ12と、導入管13と、インペラ14と、モータ15とを有している。ホッパ12は、上面が開口した箱状をなし、内部にショット玉25を貯留する。導入管13は、ホッパ12に貯留されたショット玉25をインペラ14に供給する。インペラ14は、モータ15を動力源として所定の速度で回転し、回転時の遠心力によりショット玉25を投射する。2つの投射機11は、一方の投射機11が、鋳造部品21の一方の面にショット玉25を投射し、他方の投射機11が、鋳造部品21の他方の面にショット玉25を投射するように設けられている。つまり、鋳造部品21は、その円盤の両面に対して同時にショット玉25が投射されるようになっている。
【0022】
ショットブラスト装置10は、回転軸17と、回転軸17を所定の速度で回転させるモータ18とを有する。回転軸17は、回転軸17の軸線が上下方向に延びるように設けられている。回転軸17には、貫通孔22を貫通した状態で鋳造部品21が保持される。このため、鋳造部品21は、ショットブラスト工程K4において、回転軸17の中心軸線を自転軸として所定の速度で自転している状態で、ショット玉25が投射される。
【0023】
ショットブラスト装置10は、各種設備を電気的に制御するコントローラ30を備えている。コントローラ30は、周知のCPU、ROM、RAM等よりなるマイクロコンピュータを主体として構成されている。コントローラ30には、各モータ15,18がそれぞれ接続されている。コントローラ30は、予め設定された投射条件(投射速度及び投射量)と、鋳造部品21(回転軸17)の自転速度とが実現されるように、各モータ15,18の回転速度を制御する。
【0024】
また、上記の各種条件について、詳しくは、投射速度は、投射機11によるショット玉25の投射速度(m/s)である。投射量は、投射機11によるショット玉25の単位時間当たり投射量(kg/min)である。自転速度は、ショットブラスト工程K4の開始から終了までの1サイクル当たりの、鋳造部品21(回転軸17)の回転数(回転/サイクル)である。
【0025】
ところで、ショット玉25の最大直径をより小さくすると、ショット玉25の比重が一定であれば、ショット玉25の持つ運動エネルギーがより小さくなる傾向がある。このため、ショット玉25の材質や比重を変えずに、ショット玉25の最大直径をより小さくすると、ショット玉25が鋳造部品21の表面の砂を飛ばす力が弱まる傾向がある。
【0026】
また、砂型鋳造では、砂型で鋳造部品21を成形する際に、鋳物砂の形状が鋳造部品21の表面に転写されることがある。そして、ショットブラスト工程K4には、ショット玉25を鋳造部品21に投射することで、鋳造部品21の表面に形成された凹凸を均して表面の粗さを改善するという目的も存在する。しかし、投射するショット玉25の最大直径をより小さくした場合、ショット玉25が鋳造部品21の表面を均す力が弱まる傾向がある。
【0027】
そして、ショット玉25が有する鋳造部品21の表面の砂を飛ばす力や鋳造部品21の表面を均す力が弱まりすぎると、砂の除去や表面粗さの改善が不十分となるおそれがある。さらに、ショットブラスト工程K4の所要時間が長くなるおそれもある。
【0028】
このため、本実施形態では、ショット玉25の最大直径及び最大質量以外の各種条件について検討を行い、上記の不都合を抑制しつつ、且つ鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができるようにしている。
【0029】
具体的には、投射速度を大きくするほどショット玉25の運動エネルギーが大きくなる傾向があることに鑑み、投射速度は、50m/s~70m/sの範囲とされ、より好ましくは60m/s~65m/sの範囲とされている。
【0030】
鋳造部品21に衝突するショット玉25の数が多いほど、鋳造部品21の表面に付着した砂は落ちていき、鋳造部品21の表面の凹凸は均されていくと考えられる。このことに鑑み、1サイクル当たりの単位面積当たりの投射量である投射密度(g/cm2)について、好ましい範囲を設定している。投射密度は、150g/cm2~250g/cm2の範囲とされ、より好ましくは190g/cm2~210g/cm2の範囲とされている。
【0031】
そして、投射量は、ショットブラスト工程K4の対象物等(詳しくは、ショット玉25の投射対象の表面積と、ショットブラスト工程K4の1サイクル当たりの処理時間)を考慮しつつ、投射密度が上記の範囲となるように、適宜設定することになる。
【0032】
また、投射機11がショット玉25を投射する投射方向と、鋳造部品21の自転軸に対して垂直な面(すなわち、被投射面)とのなす投射角度については、より鋭角に設定すると、鋳物砂に対してより側方からショット玉25が当たることになり、鋳物砂が鋳造部品21の表面から剥離されやすくなる可能性がある。このことに鑑み、投射角度は、35°~55°の範囲とされ、より好ましくは、40°~50°の範囲とされている。このため、2つの投射機11は、一方の投射機11が、鋳造部品21の円盤の上面に対して、投射角度が上記の好ましい範囲となるように設けられており、他方の投射機11が、鋳造部品21の円盤の下面に対して、投射角度が上記の好ましい範囲となるように設けられている。
【0033】
なお、ショット玉25の投射方向にはある程度の広がりがあるため、投射角度にばらつきが生じることになる。このため、ここでいう投射角度とは、投射角度のばらつきの中央値である投射角度θ(
図1参照)を意味するものとなっている。
【0034】
ショット玉25の質量がある程度軽量である場合には、鋳造部品21の回転運動によりショット玉25が受け流されて、鋳造部品21にショット玉25が与える衝撃力が緩和される可能性がある。そして、かかる衝撃力の損失は、鋳造部品21の自転速度を遅くするほど、小さくできる可能性がある。また、鋳造部品21の自転速度を遅くするほど、鋳造部品21の表面において、同じ箇所に衝突するショット玉25の数が多くなり、当該箇所においては、砂の除去や表面粗さの改善は進みやすくなると考えられる。これらのことに鑑みて、自転速度は、1サイクル当たり1回転~5回転の範囲とされ、より好ましくは2回転~3回転の範囲とされている。
【0035】
ここで、本実施形態における鋳造部品21の加工の流れについて、
図2に基づいて説明する。以下、ショットブラスト工程K4の前後の工程を中心に説明する。また、上述のとおり、ショットブラスト工程K4で用いられる装置はコントローラ30により制御される。
【0036】
図2に示すように、鋳造部品21は、溶解工程K1と、鋳造工程K2と、型ばらし工程K3と、ショットブラスト工程K4と、仕上げ工程K5とを経て製造される。なお、ショットブラスト工程K4が、砂除去工程に相当する。
【0037】
溶解工程K1では、鉄スクラップ(鉄屑)や銑鉄等の主原料と、接種剤等の溶解材料とを溶解炉に投入し、誘導加熱等の加熱手段によって加熱する。それにより、溶解材料は溶解されて溶湯となる。
【0038】
鋳造工程K2では、所定の注湯温度に設定された前記溶湯を鋳型に注湯する。ここでは、鋳型として、鋳物砂により構成される砂型を使用する。溶湯は1400°もの高温となるため、鋳型砂の一部が鋳造品の表面に強く焼き付けられる。また、鋳物砂の形状が鋳造品の表面に転写され、鋳造品の表面に凹凸が形成される。
【0039】
その後、型ばらし工程K3では、注湯後に冷却された状態の鋳型を壊して、仕上げ前の鋳造品を取り出す。この際、鋳造品の表面には、鋳物砂が付着しており、鋳物砂の形状が転写されてできた凹凸が形成されている。
【0040】
ショットブラスト工程K4では、ショットブラスト装置10によって、鋳造品の表面処理を行う。これにより、鋳造品の表面に付着した鋳物砂が除去され、鋳造品の表面の凹凸が均されて表面粗さが改善される。
【0041】
その後、仕上げ工程K5では、鋳造品の表面に切削加工等の各種加工を施し、これにより、製品としての鋳造部品21が得られる。
【0042】
ここで、ショットブラスト工程K4では、鋳造品にショット玉25を投射した際に、鋳造品に内部応力が発生する。そして、発生した内部応力が過大であった場合には、仕上げ工程K5において鋳造品の表面に切削加工を施した際に、内部応力が解放されて鋳造品に歪みが発生してしまうおそれがある。
【0043】
しかし、本実施形態のショットブラスト方法を用いることで、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制することができるため、鋳物製品の寸法精度を高くすることができる。
【0044】
ところで、上述のとおり、ショットブラスト工程K4においては、ショットブラスト処理を好適に行うことができる、ショット玉25の最大直径の範囲が存在する。この条件は、以下に説明する試験結果に基づいて定められたものである。
【0045】
まず、鋳造部品21は、製品段階において、「加工後変形量」、「砂面積率」及び「表面粗さ」について、所定の基準値を満たす必要がある。詳しくは、加工後変形量は、ショットブラスト処理の対象物を構成する部分の中で特に変形しやすい所定の部分において、ショットブラスト処理により生じたひずみを測定したものである。砂面積率は、ショットブラスト処理の対象物の表面を顕微鏡で観察し、砂が付着している部分の面積の割合(%)を評価したものである。表面粗さは、鋳造部品21の表面における十点平均粗さRz(JIS B 0601参照)について、ショットブラスト処理前の値を1として、ショットブラスト処理後の値を示した指数である。また、所定の基準値は、例えば、加工後変形量:0.30以下、砂面積率:1.0%以下、表面粗さ:1.0以下として定められる。
【0046】
ここで、加工後変形量、砂面積率及び表面粗さとアークハイトとの間には相関関係がある。このため、加工後変形量、砂面積率及び表面粗さが所定の基準を満足するアークハイトの範囲を定めるための試験(以下、「試験1」という)を実施した。そして、得られたアークハイトの値を満足することができる、ショット玉25の最大直径の範囲を定めるための試験(以下、「試験2」という)を実施した。なお、アークハイトは、所定の試験片に対してショットブラスト処理を施し、曲がり変形した試験片のそりの高さ(mm)を測定して得られる値であり、試験片の内部で発生する残留応力の指標として一般に用いられるものである。
【0047】
[試験片]
試験片は、砂型鋳造により作製したアルメンストリップA片(JIS B 2711に準拠)である。試験片は、溶解工程K1、鋳造工程K2及び型ばらし工程K3を終えた段階のものであって、表面において、鋳物砂の付着及び凹凸の形成が認められる。
【0048】
[試験1]
続いて、試験1について、
図3~
図5を参照しつつ説明する。試験1では、加工後変形量、砂面積率及び表面粗さが所定の基準値以下となるような、アークハイトの範囲を求めた。インペラ式の投射装置により、試験片の片面に対してショット玉25を投射した。試験片にショット玉25を投射すると、試験片がアーチ状に曲がり変形していくため、アークハイトと、加工後変形量、砂面積率及び表面粗さとを段階的に測定した。
【0049】
また、ショット玉25は、最大直径:0.6mm、最大質量:1.4×10-3g、材質:スチール、比重:7.85、HV硬度(ビッカース硬さ):360HV~540HVのものを使用した。
【0050】
投射条件は、投射速度:64m/s、投射密度:76g/cm2、投射角度:試験片の被投射面に対して45°とした。
【0051】
まず、加工後変形量が所定の基準値以下となるアークハイトの範囲を求めるために、アークハイト及び加工後変形量を段階的に測定した。その結果を
図3に示した。
【0052】
図3に示すように、アークハイトが0.21mm以下である場合には、加工後変形量の基準値(0.30以下)を満たした。アークハイトと加工後変形量との間には正の相関関係が見られ、アークハイトを大きくするほど加工後変形量も直線的に大きくなった。以上を踏まえ、加工後変形量が基準値を満たすアークハイトとしては、0.21mm以下の値が好ましい。
【0053】
次に、砂面積率が所定の基準値以下となるアークハイトの範囲を求めた。
【0054】
図4に示すように、アークハイトと砂面積率との間には負の相関関係が見られ、アークハイトが大きいほど砂面積率は小さくなる。そして、アークハイトが0.06mm以上である場合には、砂面積率の基準値(1.0%以下)を満たした。以上を踏まえ、加工後変形量が基準値を満たすアークハイトとしては、0.06mm以上の値が好ましい。
【0055】
次に、表面粗さが所定の基準値以下となるアークハイトの範囲を求めた。
【0056】
図5に示すように、アークハイトと表面粗さとの間には負の相関関係が見られ、アークハイトを大きくするほど表面粗さは小さくなった。そして、アークハイトが0.13mm以上の場合には、表面粗さの基準値(1.0以下)を満たした。以上を踏まえ、表面粗さが基準値を満たすアークハイトとしては、0.13mm以上の値が好ましい。
【0057】
上記の結果を踏まえ、加工後変形量、砂面積率及び表面粗さのいずれについても所定の基準値が満足されるように、アークハイトの範囲を設定する。アークハイトは、0.13mm~0.21mmの範囲に設定され、より好ましくは0.18mm~0.20mmの範囲に設定される。
【0058】
なお、表面粗さについて上記のような基準値が課されない鋳造製品の加工時においては、加工後変形量及び砂面積率の基準値が満たされるように、アークハイトを0.06mm~0.21mmの範囲に設定してもよい。
【0059】
[試験2]
続いて、試験2について、
図6を参照しつつ説明する。試験2では、試験1により得られたアークハイトの好ましい範囲が満足されるような、ショット玉25の最大直径の範囲を求めた。インペラ式の投射装置により、試験片の片面に対してショット玉25を投射した。投射開始から7秒経過するごとに、試験片のアークハイトを測定した。
【0060】
ショット玉25は、最大直径が0.4mm、0.6mm及び1.0mm(各最大直径に対応する最大質量は、2.6×10-4g、8.9×10-4g及び4.1×10-3g)のものを使用して、それぞれ試験を行った。ここで、アークハイトが略一定の値で安定していない場合には、その時点では、試験片の被投射面において、ショット玉25が衝突していない部分が多く残されていると考えられる。よって、当該時点では、砂面積率が十分小さくなっておらず、ショット玉25の投射を続行することで、砂面積率が改善する余地があると考えられる。このため、試験2では、アークハイトが略一定の値で安定した時点において、アークハイトの値が好ましい範囲内にあるか否かに基づいて、当該最大直径(最大質量)のショット玉25を使用することの適否を判定した。
【0061】
また、ショット玉25の投射条件については、投射速度:64mm/s、投射密度:76g/cm2、投射角度:試験片の被投射面に対して45°とした。
【0062】
ショット玉25の最大直径が0.4mm(最大質量:2.6×10-4g)の場合には、試験片のアークハイトは、ショットブラスト処理の開始から70秒後には、好ましい範囲(0.13mm~0.21mm)内となった。そして、84秒後に略一定の値となり、好ましい範囲(0.13mm~0.21mm)内となった。ただし、より好ましい範囲の下限値(0.18mm)には達していなかった。
【0063】
ショット玉25の最大直径が0.6mm(最大質量:8.9×10-4g)の場合には、試験片のアークハイトは、ショットブラスト処理の開始から21秒後には、好ましい範囲(0.13mm~0.21mm)内となった。35秒後には、より好ましい範囲(0.18mm~0.20mm)内となった。そして、77秒後には略一定となり、この時点のアークハイトの値は、好ましい範囲(0.13mm~0.21mm)内となっていた。
【0064】
ショット玉25の最大直径が1.0mm(最大質量:4.1×10-3g)の場合には、試験片のアークハイトは、ショットブラスト処理の開始から7秒後には、好ましい範囲(0.13mm~0.21mm)内の値となるが、この時点では、略一定の値となっていなかった。そして、開始から21秒後には、好ましい範囲の上限値(0.21mm)よりも大きくなった。その後も増大を続け、42秒後においても略一定の値とならなかった。つまり、ショット玉25の最大直径が1.0mmの場合には、アークハイトが略一定の値で安定するよりも前に、好ましい範囲に対して過大となってしまい、最大直径が1.0mmのショット玉25のように直径の大きなショット玉25は、本実施形態のショットブラスト処理には不適であると考えられる。
【0065】
なお、使用するショット玉25を、最大直径:0.4mm(最大質量:2.6×10-4g)のものより小さいものとした場合であっても、ショット玉25の投射時間をより長くとることで、アークハイトを(より)好ましい範囲内に到達させられる場合がある。しかし、生産効率の観点からは、ショットブラスト工程K4の所要時間が長くなり過ぎることは好ましくない。このため、ショット玉25の最大直径は小さくし過ぎないことが好ましい。
【0066】
以上を踏まえ、ショット玉25の最大直径は、0.1mm~0.6mmの範囲に設定され、より好ましくは0.3mm~0.6mmの範囲に設定され、更に好ましくは、0.4mm~0.6mmの範囲に設定される。
【0067】
ショット玉25の最大質量は、6.4×10-5g~1.4×10-3gの範囲とされ、より好ましくは、2.6×10-4g~8.9×10-4gの範囲とされる。
【実施例0068】
以下、本実施形態の鋳物のショットブラスト方法を実施例によって説明する。
【0069】
1.ショットブラスト処理
ショットブラスト工程K4で使用するショットブラスト装置10を用いて、砂型鋳造により全体として略円盤状に成形された鋳造部品21に対してショットブラスト処理を施した。鋳造部品21が回転軸17の中心軸線を自転軸として自転している状態で、2つのインペラ式の投射機11が、鋳造部品21の円盤の上下両面に対して同時にショット玉25を投射するようにした。
【0070】
ショット玉25は、最大質量:1.4×10-3g、最大直径:0.6mm、材質:スチール、比重:7.85、HV硬度(ビッカース硬さ):360HV~540HVのものを使用した。
【0071】
投射条件は、投射速度:64m/s、投射密度:76g/cm2、投射角度:45°とした。自転速度は、2回転/1サイクル以下の低速とした。
【0072】
2.評価
上記1.でショットブラスト処理を施した後の鋳造部品21につき、アークハイト、表面粗さ、砂面積率及び加工後変形量を測定した。なお、アークハイトについては、専用のアルメンストリップ(A片)を用いて測定した。各評価項目の測定結果を、評価項目ごとの所定の基準値(上限値)を1とした場合の指数として示すと、アークハイト:0.96、表面粗さ:0.49~0.76、砂面積率:0.1~0.5、加工後変形量:0.4~8.0であった。つまり、全ての評価項目において上限値を下回る結果となっており、良好な結果が得られた。
【0073】
また、上記のショットブラスト処理を、更に2サイクル継続した。かかる場合においても、アークハイト及び加工後変形量は所定の基準値を超過することはなく、且つ表面粗さ及び砂面積率については、サイクルを継続するほど好ましい結果が得られた。すなわち、投射密度については、76g/cm2とすると好ましい結果が得られ、152g/cm2とするとより好ましい結果が得られ、228g/cm2とすると更に好ましい結果が得られた。
【0074】
以上の結果から、本実施例のショットブラスト方法は、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができるものであり、鋳物の表面における鋳物砂の除去及び表面粗さの改善についても、要求される水準を満足することができるものであることが明らかとなった。
【0075】
以上説明した本実施形態によれば、以下の優れた効果が得られる。
【0076】
本実施形態では、投射材の最大質量を上記の範囲とすることで、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができる。
【0077】
本実施形態では、投射材として略球状のショット玉25を用いている。そして、ショット玉25の最大直径を上記の範囲とすることで、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができる。
【0078】
本実施形態では、投射機11がショット玉25を投射する際の投射条件(投射速度、投射密度及び投射角度)を上記の範囲とすることで、砂の除去や表面粗さの改善が不十分となったり、ショットブラスト工程K4の所要時間が長くなったりといった不具合を抑制しつつ、鋳物の内部応力が大きくなり過ぎるのを抑制し、鋳物製品の寸法精度を高くすることができる。
【0079】
本実施形態では、ショットブラスト工程K4の開始から終了までの間、鋳造部品21を所定の自転速度で自転させている。そして、投射機11は、インペラ式のものを採用している。かかる場合においても、投射角度を上記の範囲とすることで、ショットブラスト処理がより好適に実施できるようになる。
【0080】
(他の実施形態)
以上の実施形態は、例えば次のように変更して実施できる。
【0081】
(1)ショットブラスト工程K4で用いる投射材は、球状のものに限らず、例えば角を有する形状のもの(いわゆる「ショットグリッド」)であってもよい。ただし、球状の方が、ショットブラスト処理後の鋳物の表面が滑らかとなる傾向があるため好ましい。また、材質については、投射材の質量及び硬度が同一であれば特に限定されない。
【0082】
(2)上記実施形態の投射装置としては、インペラ式のものに限らず、ノズルからショット玉25を投射するノズル式のものを用いてもよい。
【0083】
(3)ショットブラスト処理の対象物である鋳物の形状及び用途は、上記実施形態に示された具体的態様に限定されない。
【0084】
(4)鋳造部品21の自転軸は、上下方向に延びるものである必要はなく、例えば水平方向に延びるものであってもよい。
【0085】
(5)鋳物は、ショット玉25の投射を受ける際に、必ずしも自転状態でなくてもよく、例えば静止状態であってもよい。
10…ショットブラスト装置、11…投射機、12…ホッパ、13…導入管、14…インペラ、15…モータ、17…回転軸、18…モータ、21…鋳物としての鋳造部品、22…貫通穴、25…投射材としてのショット玉、30…コントローラ。