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特開2022-150950イチジク果実の抽出方法およびイチジク果実抽出物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022150950
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】イチジク果実の抽出方法およびイチジク果実抽出物
(51)【国際特許分類】
   A23L 19/00 20160101AFI20220929BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20220929BHJP
【FI】
A23L19/00 A
A23L19/00 Z
A23L33/105
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021053788
(22)【出願日】2021-03-26
(71)【出願人】
【識別番号】507152970
【氏名又は名称】公益財団法人東洋食品研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】沖浦 文
(72)【発明者】
【氏名】高橋 徹
【テーマコード(参考)】
4B016
4B018
【Fターム(参考)】
4B016LC07
4B016LG01
4B016LK04
4B016LK10
4B016LP01
4B016LP02
4B016LP08
4B016LP11
4B018MD09
4B018MD19
4B018MD52
4B018ME14
4B018MF01
(57)【要約】
【課題】イチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の何れかを利用目的に応じて増減できるイチジク果実の抽出方法、および、イチジク果実抽出物を提供する。
【解決手段】イチジク果実にグルコン酸を含有する抽出溶媒を加えてイチジク果実抽出物を抽出する際に、利用目的に応じて抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を変更することで、イチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の濃度を改変するイチジク果実の抽出方法、および、イチジク果実の抽出方法によって抽出されたイチジク果実抽出物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イチジク果実にグルコン酸を含有する抽出溶媒を加えてイチジク果実抽出物を抽出する際に、
利用目的に応じて前記抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を変更することで、前記イチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の濃度を改変するイチジク果実の抽出方法。
【請求項2】
前記アミノ酸類が遊離アミノ酸およびペプチドの少なくとも何れかである請求項1に記載のイチジク果実の抽出方法。
【請求項3】
前記遊離アミノ酸が、リジン、アルギニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンおよびグルタミン酸の少なくとも何れかである請求項2に記載のイチジク果実の抽出方法。
【請求項4】
前記ペプチドがグルタチオンである請求項2または3に記載のイチジク果実の抽出方法。
【請求項5】
前記グルコン酸の濃度が0.1~10%(V/V)である請求項1~4の何れか一項に記載のイチジク果実の抽出方法。
【請求項6】
前記グルコン酸の濃度が0.5~5%(V/V)である請求項1~4の何れか一項に記載のイチジク果実の抽出方法。
【請求項7】
請求項1~6の何れか一項に記載のイチジク果実の抽出方法によって抽出されたイチジク果実抽出物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イチジク果実に抽出溶媒を加えてイチジク果実抽出物を抽出するイチジク果実の抽出方法およびイチジク果実抽出物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食材に含まれる栄養成分や機能性成分を効率よく利用するため、抽出溶媒によって抽出された抽出エキス(食材抽出物)を利用することが行われている。食材抽出物の抽出処理の際に夾雑物などの不要成分を排除する条件を適用すれば、当該食材抽出物は、当該不要成分を極力排除した状態で利用することができる。
【0003】
例えば特許文献1には、カカオ豆に、水、低級アルコール、酢酸エチル等の有機溶剤の1種または2種以上の混合溶媒を加えてカカオ豆抽出物を得ること、抽出物由来のアミノ酸組成物(アンジオテンシンI変換酵素阻害物)を得ること、が開示してある。
【0004】
特許文献2には、回遊魚を熱水抽出した抽出物の固形分に占める遊離アミノ酸の合計量について開示してある。
【0005】
特許文献3には、乾燥タモギ茸を熱水中で煮出し、乾燥タモギ茸に含まれる遊離アミノ酸を含む栄養成分をタモギ茸エキスとして抽出することが開示してある。
【0006】
特許文献4には、果実類、ハーブ類、スパイス類、茶類、穀類および野菜類からなる群より選択される少なくとも1種の抽出原料と、水・エタノールなどの抽出溶媒とを混合することで、煩雑な工程を経ずに、抽出成分の損失が抑制された高力価の抽出物を製造できることが開示してある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008-19228号公報
【特許文献2】特開2007-228963号公報
【特許文献3】特開2006-34121号公報
【特許文献4】特開2019-129718号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、様々な食材から食材抽出物が調製され、調味料や栄養強化等の用途で利用されている。食材抽出物の含有成分としては、例えば遊離アミノ酸やペプチド(以後、アミノ酸類)が挙げられる。その中には体内で合成できない栄養素である必須アミノ酸(フェニルアラニン,リジン,ロイシン,イソロイシン等)や、呈味成分(旨味:グルタミン酸,アスパラギン酸、甘味:プロリン,アスパラギン等)、運動時の持久力や筋肉維持に寄与するとされるもの(分枝鎖アミノ酸:ロイシン,イソロイシン等)、抗酸化作用や解毒作用を示すもの(グルタチオン)等、重要なものがある。
【0009】
一方で苦味を呈するもの(リジン、アルギニン、フェニルアラニン,ロイシン,イソロイシン等)、糖と反応して人体に有害な最終糖化生成物(AGEs)を生成し易いもの(リジン,アルギニン)など、場合によっては好ましくない特性を持つものも含まれる。
【0010】
特許文献1~4には、食材に、水(熱水)や、エタノールなどの有機溶剤を含有する抽出溶媒を加えることで、得られた抽出物に遊離アミノ酸などのアミノ酸類が含まれることが開示してある。しかし、これらの技術は何れも、食材抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の濃度を利用目的に応じて増減するものではなかった。
【0011】
イチジク(Ficus carica L.)の果実は糖質、ミネラル、葉酸および食物繊維などの栄養素の他、アントシアニンや植物ステロールなど数種の機能性成分を含むことが知られている。イチジク果実は生食の他にも、乾果やジャムなど様々な加工品として利用される。イチジクの生果や加工品は、共に多くのアミノ酸類を含んでいる。
【0012】
そのため、イチジク果実において、上記の栄養素や機能性成分の濃度、ならびに食味にできるだけ影響を与えることなく、抽出溶媒によって抽出されるイチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類が、利用目的に応じて増減できるように抽出できれば、イチジク果実の用途が拡大すると考えられる。
【0013】
従って、本発明の目的は、イチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の何れかを利用目的に応じて増減できるイチジク果実の抽出方法、および、イチジク果実抽出物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明に係るイチジク果実の抽出方法の第一特徴構成は、イチジク果実にグルコン酸を含有する抽出溶媒を加えてイチジク果実抽出物を抽出する際に、利用目的に応じて前記抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を変更することで、前記イチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の濃度を改変する点にある。
【0015】
本構成では、例えば、ある利用目的において、あるアミノ酸類の濃度を上昇させたいと考える場合は、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を高く(或いは低く)設定して抽出処理を行うことができる。また、本構成では、他の利用目的において、あるアミノ酸類の濃度を低下させたいと考える場合は、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を低く(或いは高く)設定して抽出処理を行うことができる。
【0016】
このように本構成によれば、イチジク果実抽出物を抽出する際に、利用目的に応じて抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を調節することで、イチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の濃度を利用目的に応じて所望の濃度に改変することができる。
【0017】
本発明に係るイチジク果実の抽出方法の第二特徴構成は、前記アミノ酸類が遊離アミノ酸およびペプチドの少なくとも何れかとした点にある。
【0018】
本構成によれば、イチジク果実抽出物において遊離アミノ酸およびペプチドの少なくとも何れかの含有量を、利用目的に応じて所望の濃度に改変することができる。
【0019】
本発明に係るイチジク果実の抽出方法の第三特徴構成は、前記遊離アミノ酸を、リジン、アルギニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンおよびグルタミン酸の少なくとも何れかとした点にある。
【0020】
本構成では、イチジク果実抽出物において必須アミノ酸(リジン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン)の濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変することができる。
【0021】
また、本構成では、イチジク果実抽出物において、運動時の持久力や筋肉維持に寄与するとされる分枝鎖アミノ酸(ロイシン、イソロイシン)の濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変することができる。
【0022】
また、本構成では、イチジク果実抽出物において、苦味成分(リジン、アルギニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン)の濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変することができる。
【0023】
また、本構成では、イチジク果実抽出物において旨味成分(グルタミン酸)の濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変することができる。
【0024】
また、本構成では、イチジク果実抽出物において、糖と反応して人体に有害な最終糖化生成物(AGEs)を生成し易いアミノ酸(リジン、アルギニン)の濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変することができる。
【0025】
従って、本構成では、利用目的に応じてイチジク果実抽出物に含まれる上記の遊離アミノ酸の濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変(上昇あるいは低下)できる抽出方法を供することができる。
【0026】
本発明に係るイチジク果実の抽出方法の第四特徴構成は、前記ペプチドをグルタチオンとした点にある。
【0027】
本構成では、イチジク果実抽出物において抗酸化作用や解毒作用を示すグルタチオンの濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変(上昇あるいは低下)することができる。
【0028】
本発明に係るイチジク果実の抽出方法の第五特徴構成は、前記グルコン酸の濃度を0.1~10%(V/V)とした点にある。
【0029】
後述の実施例1で示したように、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が0.1~10%(V/V)であれば、イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(リジン、アルギニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、グルタミン酸、グルタチオン)の濃度を、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度依存的に所望の濃度に改変できる。
【0030】
本発明に係るイチジク果実の抽出方法の第六特徴構成は、前記グルコン酸の濃度を0.5~5%(V/V)とした点にある。
【0031】
後述の実施例2で示したように、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が0.5%(V/V)以上であれば、pH値を低くして殺菌処理の加熱条件をできるだけ緩和することができ、かつ食味への影響が小さいと考えられた。また、後述の実施例3で示したように、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が5%(V/V)以下であれば、イチジク果実抽出物は殆ど酸味を感じない、或いは弱い酸味を感じる程度で喫食に支障はないと認められた。
【0032】
本発明に係るイチジク果実抽出物の特徴構成は、第一~第六特徴構成の何れか一項に記載のイチジク果実の抽出方法によって抽出されたイチジク果実抽出物とした点にある。
【0033】
本構成によれば、利用目的に応じて抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を変更した抽出方法によって、所望のアミノ酸類の濃度を利用目的に応じて改変(上昇あるいは低下)したイチジク果実抽出物を供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(リジン)の分析を行った結果を示したグラフである。
図2】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(アルギニン)の分析を行った結果を示したグラフである。
図3】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(フェニルアラニン)の分析を行った結果を示したグラフである。
図4】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(ロイシン)の分析を行った結果を示したグラフである。
図5】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(イソロイシン)の分析を行った結果を示したグラフである。
図6】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(グルタミン酸)の分析を行った結果を示したグラフである。
図7】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(グルタチオン)の分析を行った結果を示したグラフである。
図8】イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類(アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、プロリン)の分析を行った結果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
本発明のイチジク果実の抽出方法は、イチジク果実にグルコン酸を含有する抽出溶媒を加えてイチジク果実抽出物を抽出する際に、利用目的に応じて前記抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を変化させることで、前記イチジク果実抽出物に含まれるアミノ酸類の濃度を所望の濃度に調節する。
【0036】
また、本発明のイチジク果実抽出物は、以下に説明するイチジク果実の抽出方法によって抽出されたイチジク果実抽出物である。
【0037】
イチジクは、クワ科イチジク属の植物であり、本実施形態ではイチジクFicus carica L.を使用した場合について説明する。イチジクは、例えば日本国内の主要栽培品種である桝井ドーフィン、蓬莱柿が好ましいが、これらに限定されるものではない。
【0038】
本発明では、イチジクの果実を利用する。当該果実は、生果実(乾燥・冷凍・加熱などの処理がされていない、収穫されたままの果実)、乾燥処理を施した果実、冷凍処理を施した果実、加熱処理を施した果実などを使用することができるが、これらに限定されるものではない。乾燥処理、冷凍処理および加熱処理のそれぞれの処理は、公知の手法によって行うとよい。
【0039】
生果実は、例えば適宜、剥皮・薄切り等の前処理(前処理工程)を行った後、-80℃で凍結乾燥(凍結乾燥工程)し、公知の粉砕装置を使用して粉末状に粉砕(粉砕工程)した後、以下に説明する抽出溶媒を添加して抽出処理(抽出工程)に供するとよいが、このような態様に限定されるものではない。また、上記の工程に加えて、例えば抽出処理によって得られた抽出液に吸着剤を添加する吸着剤処理(吸着工程)を行ってもよい。当該吸着剤は、例えばシリカ、珪藻土、活性炭、PVPP(ポリビニルポリピロリドン)、ベンナイトなどを使用することができるが、これらに限定されるものではない。
【0040】
抽出溶媒は、水、熱水、エタノールと水の混合物である含水エタノールなどにグルコン酸を含有させたものである。
【0041】
水は、水道水、精製水および超純水などを使用することができるが、このような態様に限定されるものではない。熱水の温度や含水エタノールのエタノール濃度は、特に限定されるものではない。熱水の温度は好ましくは70~100℃とするのがよく、含水エタノールのエタノール濃度は、95%(v/v)以下、好ましくは30~60%(v/v)とするのがよい。また、エタノール以外の低級アルコール(メタノール、n-プロパノール等)を使用した溶媒を使用してもよい。また、熱水を使用しない場合、抽出工程において加熱処理を行ってもよい。このときの加熱温度は特に限定されるものではない。
【0042】
抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度は、好ましくは0.1%(V/V)以上となるように抽出溶媒に添加するとよい。添加するグルコン酸の上限濃度が10%(V/V)を超えるとイチジク果実抽出物に強い酸味が感じられ、嗜好に影響が出ると考えられるため、10%(V/V)以下にするのがよい。即ち、グルコン酸の濃度が0.1~10%(V/V)であれば、イチジク果実抽出物の嗜好に影響が出難い状態で、イチジク果実抽出物に含まれるこれらアミノ酸類の濃度を、グルコン酸の濃度依存的に改変できる。また、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の好ましい範囲は0.5~5%(V/V)、より好ましい範囲は0.5~1%(V/V)とするのがよい。
【0043】
水分の多い加工食品においては、安全性確保のために加熱を主体とする殺菌処理が必要となる。その加熱条件(温度および時間)はpH値が低いほど緩和される。加工食品の品質(食味、色調、香り)への影響を小さくするには、加熱条件をできるだけ緩和するのが望ましい。
【0044】
イチジク果実は酸味が少ない食味であることに加え、抽出液をさらに濃縮する可能性があることを考えると、抽出溶媒に添加する酸は、酸味の弱い酸の利用が望まれる。また、食品に添加可能な酸の中では、グルコン酸は酸味の強さが弱いため食味への影響が小さく、かつpHを低く維持できると考えられる。
【0045】
即ち、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が0.5%(V/V)以上であれば、pH値を低くして前記加熱条件をできるだけ緩和することができ、かつ食味への影響が小さいと考えられる。また、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が5%(V/V)である場合でも弱い酸味を感じる程度で喫食に支障はないと考えられる。また、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が0.5%(V/V)以上ではアミノ酸類の濃度の変化の割合が小さくなるため、添加するグルコン酸の上限濃度を1%(V/V)としてもよい。
【0046】
アミノ酸類は、イチジク果実に含まれるアミノ酸類であれば特に限定されるのではない。このようなアミノ酸類としては、例えば、必須アミノ酸(イソロイシン・ロイシン・バリン・ヒスチジン・リジン・メチオニン・トリプトファン・フェニルアラニン・スレオニン)や非必須アミノ酸(アスパラギン・アスパラギン酸・アラニン・アルギニン・システイン・シスチン・グルタミン・グルタミン酸・グリシン・プロリン・セリン・チロシン)、遊離アミノ酸(タンパク質を構成しないアミノ酸、テアニン・オルニチン・シトルリン・タウリン等)、ペプチド(ジペプチド、トリペプチド、テトラペプチド等)などが挙げられる。
【0047】
本実施形態におけるアミノ酸類は、遊離アミノ酸およびペプチドの少なくとも何れかとする場合について説明する。上記の遊離アミノ酸のうち、特に、リジン、アルギニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンおよびグルタミン酸の少なくとも何れかとするのがよい。また、上記のペプチドのうち、特に、3つのアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)から成るトリペプチドであるグルタチオンとするのがよい。
【0048】
リジン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンは、必須アミノ酸に分類される。本発明のイチジク果実の抽出方法によってイチジク果実抽出物におけるこれらアミノ酸の抽出濃度を上昇させることで、得られたイチジク果実抽出物を摂取した場合、当該イチジク果実抽出物は必須アミノ酸を効率よく摂取できる食材となり得る。
【0049】
ロイシン、イソロイシンは、運動時の持久力や筋肉維持に寄与するとされる分枝鎖アミノ酸に分類される。本発明のイチジク果実の抽出方法によってイチジク果実抽出物におけるこれらアミノ酸の抽出濃度を上昇させることで、得られたイチジク果実抽出物を摂取した場合、当該イチジク果実抽出物は、運動時の持久力や筋肉維持に寄与するとされる分枝鎖アミノ酸を効率よく摂取できる食材となり得る。
【0050】
リジン、アルギニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンは苦味を呈するアミノ酸に分類される。本発明のイチジク果実の抽出方法によってイチジク果実抽出物におけるこれらアミノ酸の抽出濃度を上昇(或いは低下)させることで、得られたイチジク果実抽出物を摂取した場合、当該イチジク果実抽出物は、苦みの多い(或いは苦みの少ない)食材となり得る。
【0051】
グルタミン酸は旨味を呈するアミノ酸に分類される。本発明のイチジク果実の抽出方法によってイチジク果実抽出物におけるこのアミノ酸の抽出濃度を上昇させることで、得られたイチジク果実抽出物を摂取した場合、当該イチジク果実抽出物は、旨味の多い食材となり得る。
【0052】
リジン、アルギニンは、糖と反応して人体に有害な最終糖化生成物(AGEs)を生成し易いアミノ酸に分類される。AGEsは分解され難く、生体組織への蓄積は老化や様々な病気(糖尿病,高血圧,がん等)を引き起こすといわれている。糖を含んだ果実抽出液では、濃縮過程でAGEs生成が促進する可能性があるため、本発明のイチジク果実の抽出方法によってイチジク果実抽出物における両アミノ酸の抽出濃度を低下させることで、AGEsの摂取ならびに体内でのAGEs生成を抑制できる食材となり得る。
【0053】
グルタチオンは抗酸化作用や解毒作用を示すペプチドに分類される。本発明のイチジク果実の抽出方法によってイチジク果実抽出物におけるこのペプチドの抽出濃度を上昇させることで、得られたイチジク果実抽出物を摂取した場合、当該イチジク果実抽出物は、抗酸化作用や解毒作用に優れた食材となり得る。
【0054】
本発明のイチジク果実の抽出方法では、例えば、ある利用目的において、あるアミノ酸類の濃度を上昇させたいと考える場合は、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を高く(或いは低く)設定して抽出処理を行うことができる。一方、他の利用目的において、あるアミノ酸類の濃度を低下したいと考える場合は、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を低く(或いは高く)設定して抽出処理を行うことができる。
【0055】
本明細書における「利用目的」とは、例えば調味料、サプリメント、薬剤、飼料および食品添加剤などを製造する用途に供することをいうが、これらに限定されるものではない。
【0056】
このように本構成によれば、イチジク果実抽出物を抽出する際に、利用目的に応じて抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度を変更すれば、イチジク果実抽出物に含まれる所望のアミノ酸類の濃度を利用目的に応じて所望の濃度に改変することができる。
【実施例0057】
〔実施例1〕
以下に本発明のイチジク果実抽出物の抽出方法について説明する。
イチジク果実は、東洋食品研究所附属農場で栽培している「桝井ドーフィン」種より収穫したものを使用した。収穫したイチジク果実において剥皮・薄切り(前処理工程)した果肉片を-80℃で凍結させた後、凍結乾燥器(FDU-2100:東京理化器械株式会社)で約24時間処理して凍結乾燥させた(凍結乾燥工程)。
【0058】
凍結乾燥したイチジク果実は、フードミル(IFM-720G:岩谷産業株式会社製)で破砕し粉末にした(粉砕工程)。
【0059】
抽出溶媒は、水(超純水:ミリQ水)に、グルコン酸(富士フィルム和光純薬製)を加えたものを使用した。グルコン酸の濃度が7種類(0,0.01,0.1,0.5,1,5,10%(V/V))となるように抽出溶媒をそれぞれ調製した。
【0060】
果実粉末1.0g、抽出溶媒35mLを共栓付き三角フラスコに入れて室温で120rpm×5分間の撹拌を行った後、低温(4℃)で24時間静置抽出した。抽出処理液の全量を共栓付き50mL容メスシリンダーに移し、前記三角フラスコ内を抽出溶媒で洗浄してその液をメスシリンダーに入れて50mLに定容した。抽出処理液は0.45μmメンブランフィルターでろ過した(抽出工程)。この抽出工程をそれぞれの抽出溶媒を使用して行った。
【0061】
上記の処理によって得られた抽出液(イチジク果実抽出物)に含まれるアミノ酸類の分析を行った。分析は、液体クロマトグラフ-四重極飛行時間型質量分析計(LC-Q-TOF/MS)を用いて行った。
【0062】
LC装置はLC-20AD XRシステム(株式会社島津製作所)、カラムはScherzo SS-C18150mm×2mm,粒径3μm(インタクト株式会社)を用い、カラム温度は45℃、移動相はA液:ギ酸/酢酸/水=0.2/0.2/99.6(V/V),B液:200mMの酢酸アンモニウム/メタノール=50/50(V/V)を使用し、流速0.3mL/分で,B液比率を分析開始時~1分:0%,5分:2%,25分:40%,26~35分:100%,35.01~45分:0%とするグラジエント条件で分離した。
【0063】
MS装置はmicrOTOF QII(ブルカージャパン株式会社)を用いた。分析条件は以下の通りとした。
イオン化法:ESI(ポジティブモード)
測定範囲:m/z 50~1000
キャピラリー電圧:-4500V
ネブライザーガス:N(1.6Bar)
乾燥ガス:N(8L/分,200℃)
【0064】
質量補正基準物質は、5mMギ酸ナトリウム(水/イソプロピルアルコール=50/50(V/V))を用いた。試料を水で2倍に希釈し、10μLを注入した。定量には、各成分の分子イオンm/zでの抽出イオンクロマトグラムを用い、内部標準として添加したアントラニル酸(137.14ng/10μL)のピーク面積で補正した。標品で検量線を作成し定量した。解析にはCompass Data Analysis(ブルカージャパン)を用いた。結果を図1~8に示した。
【0065】
それぞれの分子イオンm/zは以下の通りである(誤差範囲は±0.05)。
リジン:147.11
アルギニン:175.11
フェニルアラニン:166.08
ロイシン&イソロイシン:132.10
グルタミン酸:148.06
グルタチオン:308.09
アスパラギン:133.06
アスパラギン酸:134.04
グルタミン:147.07
プロリン:116.07
【0066】
リジン(図1)は、グルコン酸の濃度が0%のときのピーク面積値(約38000)に比べて、前記濃度が0.1%(V/V)のときのピーク面積値(約11000)が約29%、
前記濃度が0.5%(V/V)のときのピーク面積値(約4700)が約13%、
前記濃度が1%(V/V)のときのピーク面積値(約4000)が約11%、
前記濃度が5%(V/V)のときのピーク面積値(約2800)が約7%、
前記濃度が10%(V/V)のときは不検出、となった。
【0067】
アルギニン(図2)は、グルコン酸の濃度が0%のときのピーク面積値(約180000)に比べて、前記濃度が0.1%(V/V)のときのピーク面積値(約71000)が約40%、
前記濃度が0.5%(V/V)のときのピーク面積値(約45000)が約26%、
前記濃度が1%(V/V)のときのピーク面積値(約37000)が約21%、
前記濃度が5%(V/V)のときのピーク面積値(約28000)が約16%、
前記濃度が10%(V/V)のときのピーク面積値(約23000)が約13%、となった。
【0068】
フェニルアラニン(図3)は、グルコン酸の濃度が0%のときのピーク面積値(約66000)に比べて、前記濃度が0.1%(V/V)のときのピーク面積値(約22000)が約33%、
前記濃度が0.5%(V/V)のときのピーク面積値(約15000)が約23%、
前記濃度が1%(V/V)のときのピーク面積値(約11000)が約17%、
前記濃度が5%(V/V)のときのピーク面積値(約7900)が約12%、
前記濃度が10%(V/V)のときのピーク面積値(約6700)が約10%、となった。
【0069】
ロイシン(図4)は、グルコン酸の濃度が0%のときのピーク面積値(約43000)に比べて、前記濃度が0.1%(V/V)のときのピーク面積値(約18000)が約41%、
前記濃度が0.5%(V/V)のときのピーク面積値(約12000)が約29%、
前記濃度が1%(V/V)のときのピーク面積値(約12000)が約28%、
前記濃度が5%(V/V)のときのピーク面積値(約7000)が約17%、
前記濃度が10%(V/V)のときは不検出、となった。
【0070】
イソロイシン(図5)は、グルコン酸の濃度が0%のときのピーク面積値(約17000)に比べて、前記濃度が0.1%(V/V)のときのピーク面積値(約7500)が約45%、
前記濃度が0.5%(V/V)のときのピーク面積値(約5000)が約30%、
前記濃度が1%(V/V)のときのピーク面積値(約5000)が約30%、
前記濃度が5%(V/V)のときのピーク面積値(約4200)が約26%、
前記濃度が10%(V/V)のときのピーク面積値は不検出、となった。
【0071】
以上より、リジン、アルギニン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンはグルコン酸の濃度が増加するに従い、抽出量が減少する(グルコン酸の濃度が減少するに従い、抽出量が増加する)と認められた。即ち、グルコン酸の濃度が0.1~10%(V/V)であれば、イチジク果実抽出物に含まれるこれらアミノ酸の濃度を、グルコン酸の濃度依存的に改変できることが判明した。また、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が0.5%(V/V)以上では前記アミノ酸の濃度の変化の割合が小さくなった。グルコン酸の濃度が0.5~5%(V/V)であれば、これらアミノ酸のイチジク果実抽出物に含まれる濃度がグルコン酸を添加しないときに比べて30%以下になることが判明した。
【0072】
一方、グルタミン酸(図6)は、グルコン酸の濃度が10%のときのピーク面積値(176000)に比べて、前記濃度が5%(V/V)のときのピーク面積値(約165000)が約94%、
前記濃度が1%(V/V)のときのピーク面積値(約170000)が約98%、
前記濃度が0.5%(V/V)のときのピーク面積値(約169000)が約96%、
前記濃度が0.1%(V/V)のときのピーク面積値(約74000)が約42%、
前記濃度が0.01,0%(V/V)のときのピーク面積値は不検出、となった。
【0073】
グルタチオン(図7)は、グルコン酸の濃度が0.5,1,5,10%のときのピーク面積値(約230000)に比べて、前記濃度が0.1%(V/V)のときのピーク面積値(約125000)が約55%、
前記濃度が0.01,0(V/V)のときのピーク面積値(約25000)が約11%、となった。
【0074】
以上より、グルタミン酸、グルタチオンはグルコン酸の濃度が減少するに従い抽出量が減少する(グルコン酸の濃度が増大するに従い抽出量が増加する)と認められた。即ち、グルコン酸の濃度が0.1~10%(V/V)であれば、イチジク果実抽出物に含まれるこれらアミノ酸類の濃度を、グルコン酸の濃度依存的に改変できることが判明した。また、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が0.5%(V/V)以上では前記アミノ酸類の濃度の変化の割合が小さくなった。グルコン酸の濃度が0.5~5%(V/V)であれば、これらアミノ酸類のイチジク果実抽出物に含まれる濃度がグルコン酸を添加しないときに比べて10倍以上になることが判明した。
【0075】
一方、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、プロリン(図8)においては、グルコン酸の濃度が増大しても、これらアミノ酸のイチジク果実抽出物に含まれる濃度は有意に増減しないことが判明した。
【0076】
〔実施例2〕
上記の処理によって得られた抽出液(イチジク果実抽出物)のpH測定を行った。
pH測定は、コンパクトpHメータ LAQUAtwin(株式会社堀場製作所製)を用いた。調製した各抽出液のpHを表1に示した。
【0077】
【表1】

【0078】
グルコン酸無添加(0%)ではpHは5.9であったが、グルコン酸の添加割合が0.5%(V/V)以上であればpHは4.0未満となった。
【0079】
pH5.9ではイチジク果実抽出物を120℃で4分以上加熱する必要があるが、pH4.0未満(グルコン酸の添加割合0.5%(V/V)以上)では65℃で10分程度まで軽減できる。即ち、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が0.5%(V/V)以上であれば、pH値を低くして前記加熱条件をできるだけ緩和することができ、かつ食味への影響が小さいと考えられる。
【0080】
〔実施例3〕
グルコン酸を抽出溶媒に添加して抽出したイチジク果実抽出物の食味評価を行った。
食味評価は、2人のパネラーにより尺度法を用いて行った。
【0081】
抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が1%(V/V)である場合のイチジク果実抽出物は、殆ど酸味を感じず、当該濃度が5%(V/V)である場合でも弱い酸味を感じる程度で喫食に支障はないと認められた。そのため、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度は5%(V/V)以下とするのがよい。また、抽出溶媒に含まれるグルコン酸の濃度が10%(V/V)を超えると強い酸味が感じられ、嗜好に影響が出ると認められた。
【0082】
以上より、抽出溶媒にグルコン酸を添加してpHを低下させることによる食味に対する影響や、微生物制御・殺菌加熱条件軽減の観点から、グルコン酸添加濃度は10%(V/V)以下が適切であると認められた。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、イチジク果実に抽出溶媒を加えてイチジク果実抽出物を抽出するイチジク果実の抽出方法に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8