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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151101
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】濃度推定システム及び濃度推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3577 20140101AFI20220929BHJP
【FI】
G01N21/3577
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021054015
(22)【出願日】2021-03-26
(71)【出願人】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】伊佐治 由貴
(72)【発明者】
【氏名】片山 智史
(72)【発明者】
【氏名】藤田 智
(72)【発明者】
【氏名】宮藤 章
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA01
2G059BB04
2G059BB11
2G059CC15
2G059EE01
2G059EE12
2G059HH01
2G059MM01
2G059MM12
(57)【要約】
【課題】赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類のそれぞれの濃度をより精度良く推定できるシステムを提供する。
【解決手段】対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを測定するスペクトル測定部2と、スペクトル測定部2で得られた赤外吸収スペクトルを基に対象混合溶液中のアルコールの濃度を推定するアルコール濃度推定部4と、アルコール濃度推定部4で推定された対象混合溶液中のアルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを取得するスペクトル取得部5と、スペクトル取得部5で取得した赤外吸収スペクトルをスペクトル測定部2で得られた対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから減算するスペクトル減算部6と、スペクトル減算部6で得られた赤外吸収スペクトルから対象混合溶液中の複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する糖類濃度推定部7と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコール発酵に関連するアルコール及び赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類を含む対象混合溶液中の前記アルコール及び前記複数の種類の糖類の濃度を推定するシステムであって、
前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを測定するスペクトル測定部と、
前記スペクトル測定部で得られた赤外吸収スペクトルを基に前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度を推定するアルコール濃度推定部と、
前記アルコール濃度推定部で推定された前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを取得するスペクトル取得部と、
前記スペクトル取得部で取得した赤外吸収スペクトルを前記スペクトル測定部で得られた前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから減算するスペクトル減算部と、
前記スペクトル減算部で得られた赤外吸収スペクトルから前記対象混合溶液中の前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する糖類濃度推定部と、を備える濃度推定システム。
【請求項2】
前記アルコール濃度推定部は、予め定めた、前記アルコールに特有な吸収が現れる波長領域での吸光度と前記アルコールの濃度との関係を基に、前記アルコールの濃度を推定するように構成される請求項1に記載の濃度推定システム。
【請求項3】
前記アルコール濃度推定部は、前記スペクトル測定部で得られた前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを基に、前記アルコールの濃度を推定するための機械学習を行った第一学習済みモデルにより前記アルコールの濃度を推定するように構成され、
前記第一学習済みモデルは、前記アルコール及び前記複数の種類の糖類を含む混合溶液についての赤外吸収スペクトル、並びに当該混合溶液中の前記アルコールの濃度を一つの教師データとして機械学習を行ったものである請求項1に記載の濃度推定システム。
【請求項4】
前記糖類濃度推定部は、前記スペクトル減算部で得られた赤外吸収スペクトルを基に、前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定するための機械学習を行った第二学習済みモデルにより前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定するように構成され、
前記第二学習済みモデルは、前記複数の種類の糖類を含み、アルコールを含まない混合溶液についての赤外吸収スペクトル、及び当該混合溶液中の前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を一つの教師データとして機械学習を行ったものである請求項1~3のいずれか一項に記載の濃度推定システム。
【請求項5】
前記対象混合溶液は、もろみであり、
前記アルコールは、エタノールであり、
前記複数の種類の糖類は、グルコース及びマルトースである請求項1~4のいずれか一項に記載の濃度推定システム。
【請求項6】
アルコール発酵に関連するアルコール及び赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類を含む対象混合溶液中の前記アルコール及び前記複数の種類の糖類の濃度を推定する方法であって、
前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを測定するスペクトル測定工程と、
前記スペクトル測定工程で得られた赤外吸収スペクトルを基に前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度を推定するアルコール濃度推定工程と、
前記アルコール濃度推定工程で推定された前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを取得するスペクトル取得工程と、
前記スペクトル取得工程で取得した赤外吸収スペクトルを前記スペクトル測定工程で得られた前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから減算するスペクトル減算工程と、
前記スペクトル減算工程で得られた赤外吸収スペクトルから前記対象混合溶液中の前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する糖類濃度推定工程と、を含む濃度推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混合溶液中の成分の濃度を推定するシステム及び方法に関し、特に、アルコール発酵に関連するアルコール及び類似する複数の種類の糖類の濃度を推定するシステム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶液中に含まれる成分の濃度を測定する手法としては、従来から種々の手法が用いられている。例えば、溶液の赤外吸収スペクトルを測定し、得られた赤外吸収スペクトルを基に、溶液中の特定の成分の濃度を測定する手法として、特許文献1や特許文献2に開示された手法が提案されている。
【0003】
特許文献1には、尿中の成分について、その単成分水溶液の赤外の波長領域での濃度と吸光度との間の相関関係が高い波長をその成分固有の測定波長として選択し、尿試料に対して赤外光を照射し、測定対象成分について、上記選択した測定波長での吸光度を測定し、多変量回帰分析法によって定量分析する手法が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、赤外吸収法により水の特異吸収波長近傍の吸光度と目的水溶液の吸光度を測定し、各モル濃度当たりの吸光度を求めるとともに、理想水溶液の同モル濃度の吸光度を求め、これら吸光度から目的とする物質の水溶液の活量係数を求め、得られた活量係数を用いて水溶液中の目的とする物質の濃度を測定する手法が開示されている。
【0005】
また、近年、赤外分光分析では、多変量解析手法を用いた分析手法の他、ニューラルネットワーク等を用いた分析手法が用いられることも多くなっている。
【0006】
例えば、特許文献3には、測定対象の赤外吸収スペクトルを測定し、得られた赤外吸収スペクトルと、予め取得された赤外吸収スペクトルとを分類モデルによって比較し、測定対象を同定する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7-294519号公報
【特許文献2】特開平7-239301号公報
【特許文献3】特表2005-509847号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
日本酒やビール、ワインなどの醸造酒の製造では、グルコースなどの糖類を原料とするアルコール発酵が利用される。アルコール発酵中の溶液(例えば、日本酒の製造におけるもろみ)には、糖類の他、アルコール発酵によって生成されたアルコールが含まれている。
【0009】
ここで、上記のようなアルコール発酵中の溶液中に含まれる糖類やアルコールの濃度を赤外分光分析を利用して算出する場合、以下に述べる問題がある。
【0010】
即ち、アルコール発酵中の溶液には、複数の糖類が含まれており、例えば、グルコースとマルトースとが含まれている場合、これらの赤外吸収スペクトルは非常に類似している。
【0011】
そのため、特許文献1や特許文献2に開示された手法のように、濃度を算出したい物質の特有な吸収が現れる波長領域における吸光度を基に濃度を個別に算出する手法では、グルコースやマルトースのように、赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の物質の濃度を個別に算出することが非常に困難である。
【0012】
また、特許文献3に記載された手法のように、ニューラルネットワーク等を利用した分析手法によれば、アルコール及び2種類の糖類が含まれる混合溶液中の各成分の濃度を推定することも可能であると考えられる。しかしながら、複数の種類の糖類の他、アルコールも含まれているため、複数の種類の糖類の濃度を個別に精度良く算出するという観点で改善の余地がある。
【0013】
本発明は以上の実情に鑑みなされたものであり、赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類のそれぞれの濃度をより精度良く推定できるシステム及び方法の提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明に係る濃度推定システムの特徴構成は、
アルコール発酵に関連するアルコール及び赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類を含む対象混合溶液中の前記アルコール及び前記複数の種類の糖類の濃度を推定するシステムであって、
前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを測定するスペクトル測定部と、
前記スペクトル測定部で得られた赤外吸収スペクトルを基に前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度を推定するアルコール濃度推定部と、
前記アルコール濃度推定部で推定された前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを取得するスペクトル取得部と、
前記スペクトル取得部で取得した赤外吸収スペクトルを前記スペクトル測定部で得られた前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから減算するスペクトル減算部と、
前記スペクトル減算部で得られた赤外吸収スペクトルから前記対象混合溶液中の前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する糖類濃度推定部と、を備える点にある。
【0015】
また、上記目的を達成するための本発明に係る濃度推定方法の特徴構成は、
アルコール発酵に関連するアルコール及び赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類を含む対象混合溶液中の前記アルコール及び前記複数の種類の糖類の濃度を推定する方法であって、
前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを測定するスペクトル測定工程と、
前記スペクトル測定工程で得られた赤外吸収スペクトルを基に前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度を推定するアルコール濃度推定工程と、
前記アルコール濃度推定工程で推定された前記対象混合溶液中の前記アルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを取得するスペクトル取得工程と、
前記スペクトル取得工程で取得した赤外吸収スペクトルを前記スペクトル測定工程で得られた前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから減算するスペクトル減算工程と、
前記スペクトル減算工程で得られた赤外吸収スペクトルから前記対象混合溶液中の前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する糖類濃度推定工程と、を含む点にある。
【0016】
上記濃度推定システム及び濃度推定方法の特徴構成によれば、対象混合溶液について測定した赤外吸収スペクトルから当該対象混合溶液中のアルコール濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを減算しているため、減算後の赤外吸収スペクトルは、対象混合溶液中のアルコールが含まれない複数の種類の糖類に由来するものとなる。そして、複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する際に、この減算後の赤外吸収スペクトルを使用する。したがって、アルコールが含まれた赤外吸収スペクトルを基に濃度を推定する場合と比較して、赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類のそれぞれの濃度をより精度良く推定できる。
【0017】
尚、本願において、「赤外吸収スペクトル」とは、主として、有機化合物の分析に有用な近赤外光(波長800~2500nmの光)を照射した際に得られるスペクトルを指すが、この範囲外の赤外光を合わせて照射した際に得られるスペクトルを除外することを意図していない。
【0018】
また、本発明に係る濃度推定システムの更なる特徴構成は、
前記アルコール濃度推定部は、予め定めた、前記アルコールに特有な吸収が現れる波長領域での吸光度と前記アルコールの濃度との関係を基に、前記アルコールの濃度を推定するように構成されている点にある。
【0019】
上記特徴構成によれば、線形回帰分析によってアルコールの濃度を推定でき、この推定されたアルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを対象混合溶液について測定した赤外吸収スペクトルから減算して、対象混合溶液中のアルコールが含まれない複数の種類の糖類に由来するスペクトルを得ることができる。
【0020】
また、本発明に係る濃度推定システムの更なる特徴構成は、
前記アルコール濃度推定部は、前記スペクトル測定部で得られた前記対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを基に、前記アルコールの濃度を推定するための機械学習を行った第一学習済みモデルにより前記アルコールの濃度を推定するように構成され、
前記第一学習済みモデルは、前記アルコール及び前記複数の種類の糖類を含む混合溶液についての赤外吸収スペクトル、並びに当該混合溶液中の前記アルコールの濃度を一つの教師データとして機械学習を行ったものである点にある。
【0021】
上記特徴構成によれば、機械学習を利用してアルコールの濃度を推定でき、この推定されたアルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを対象混合溶液について測定した赤外吸収スペクトルから減算して、対象混合溶液中のアルコールが含まれない複数の種類の糖類に由来する赤外吸収スペクトルを得ることができる。
【0022】
また、本発明に係る濃度推定システムの更なる特徴構成は、
前記糖類濃度推定部は、前記スペクトル減算部で得られた赤外吸収スペクトルを基に、前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定するための機械学習を行った第二学習済みモデルにより前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定するように構成され、
前記第二学習済みモデルは、前記複数の種類の糖類を含み、アルコールを含まない混合溶液についての赤外吸収スペクトル、及び当該混合溶液中の前記複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を一つの教師データとして機械学習を行ったものである点にある。
【0023】
上記特徴構成によれば、機械学習を利用して複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を個別に推定することができる。
【0024】
また、本発明に係る濃度推定システムの更なる特徴構成は、
前記対象混合溶液は、もろみであり、
前記アルコールは、エタノールであり、
前記複数の種類の糖類は、グルコース及びマルトースである点にある。
【0025】
日本酒の製造工程では、もろみ工程と呼ばれる工程がある。もろみは、日本酒の原料となる酒米を蒸した米や麹菌、酵母を仕込んだものであり、このもろみの中ではアルコール発酵が行われている。もろみ工程では、最終的に日本酒の成分が求める基準を満たすように、糖濃度などの条件を調整する必要がある。上記特徴構成によれば、もろみ中のグルコースの濃度を精度良く推定することができるため、もろみの状態をモニタリングして、もろみ工程の条件を適宜調整することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】実施形態に係る濃度推定システムの概略構成を示す図である。
図2】吸光度-濃度相関関係の一例を示す図である。
図3】種々の濃度のエタノール溶液の赤外吸収スペクトルを示す図である。
図4】対象混合溶液の赤外吸収スペクトルの一例を示す図である。
図5】減算後の赤外吸収スペクトルの一例を示す図である。
図6】学習済みモデルを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態に係る濃度推定システム及び濃度推定方法について説明する。尚、本実施形態では、対象混合溶液が日本酒製造工程における「もろみ」であり、もろみ中に含まれるエタノール、グルコース及びマルトースのそれぞれの濃度を推定する場合を例にとって説明する。
【0028】
図1は、本実施形態に係る濃度推定システム1の概略構成を示す図である。図1に示すように、濃度推定システム1は、スペクトル測定装置2(スペクトル測定部)、アルコール濃度推定部4、スペクトル取得部5、スペクトル減算部6及び糖類濃度推定部7を備えるとともに、取り扱う各種情報を記憶する記憶装置8を備える。尚、本実施形態において、アルコール濃度推定部4、スペクトル取得部5、スペクトル減算部6及び糖類濃度推定部7は、情報の演算処理機能や情報の入出力機能、情報の記憶機能などを備える1台又は複数台のコンピュータ装置などを用いて実現される制御装置3の一部である。この場合、アルコール濃度推定部4の機能と、スペクトル取得部5の機能と、スペクトル減算部6の機能と、糖類濃度推定部7の機能とが、コンピュータ装置により実現されるプログラムが、そのコンピュータ装置にインストールされていればよい。
【0029】
スペクトル測定装置2は、対象混合溶液に所定波長領域の赤外光を照射し、吸収スペクトルを測定する装置である。本実施形態において、スペクトル測定装置2は、波長800~2500nmの近赤外光を対象混合溶液に照射した際の吸収スペクトルを測定する。スペクトル測定装置2としては、近赤外分光分析に用いられる公知の装置が利用できる。
【0030】
アルコール濃度推定部4は、スペクトル測定装置2で得られた赤外吸収スペクトルを基に対象混合溶液中のアルコールの濃度を推定する機能部である。本実施形態において、アルコール濃度推定部4は、予め定めた、アルコールに特有な吸収が現れる波長領域での吸光度とアルコールの濃度との関係を基に、アルコールの濃度を推定するように構成されている。尚、アルコールに特有の吸収が現れる波長領域の中でも、特に、吸光度と濃度との間に強い相関を示す(言い換えれば、相関係数が高い)波長領域がある場合には、当該波長領域での吸光度とアルコールの濃度との関係を利用できる。尚、アルコールに特有な吸収が現れる波長領域での吸光度とは、アルコールの特徴的な吸収が現れ、2種類の糖類の特徴的な吸収が現れない波長領域での吸光度を意味する。
【0031】
より具体的に、本実施形態では、種々の濃度のエタノール水溶液について、予め赤外吸収スペクトルを測定し、エタノールに特有の2300nm付近(2288~2308nm)の吸光度と濃度との関係(吸光度-濃度相関関係)をプロットして検量線を作成しておき、これが記憶装置8に格納されている。図2には、本実施形態における吸光度-濃度相関関係の一例として、2296nmにおける吸光度と濃度との関係をプロットしたグラフ及び作成した検量線の一次関数式を示す。したがって、本実施形態では、アルコール濃度推定部4において、スペクトル測定装置2で得られた赤外吸収スペクトル中のエタノールに特有の波長(2296nm)での吸光度と、記憶装置8から読み出した検量線とを基に、対象混合溶液中のエタノールの濃度を推定する。
【0032】
スペクトル取得部5は、アルコール濃度推定部4で推定された対象混合溶液中のアルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルを取得する機能部である。具体的に、本実施形態においては、濃度が2w/v%から2w/v%刻みで20w/v%までの濃度が異なる複数のアルコール溶液(つまり、2w/v%、4w/v%、・・・・18w/v%、20w/v%のアルコール溶液)について予め赤外吸収スペクトルを測定し、この測定した赤外吸収スペクトルが記憶装置8に格納されている。したがって、推定された濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルが格納されている場合には、当該赤外吸収スペクトルを記憶装置8から取得する。一方、推定された濃度に対応する赤外吸収スペクトルが記憶装置8に格納されていない場合には、記憶装置8に格納されている赤外吸収スペクトルを利用した内挿法などによって、対応する赤外吸収スペクトルを作成する。尚、図3には、濃度が2、4、6、8、10、12、14、16、18及び20w/v%のエタノール溶液について実測した赤外吸収スペクトルを示す。
【0033】
スペクトル減算部6は、スペクトル取得部5で取得した赤外吸収スペクトルをスペクトル測定装置2で得られた赤外吸収スペクトルから減算する機能部である。具体的に、本実施形態においては、スペクトル測定装置2で得られた対象混合溶液の赤外吸収スペクトルからスペクトル取得部5で取得したエタノール溶液の赤外吸収スペクトルを減算し、エタノールが含まれない2種類の糖類(グルコース及びマルトース)に由来する赤外吸収スペクトルを得る。例えば、図4に示す赤外吸収スペクトル(エタノールが約8w/v%である混合溶液)がスペクトル測定装置2での測定で得られたものであるとした場合、当該赤外吸収スペクトルから図3に示す8w/v%エタノールの赤外吸収スペクトルを減算することで、図5に示すグルコース及びマルトースに由来する赤外吸収スペクトルが得られる。
【0034】
このように、スペクトル減算部6において、対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから当該対象混合溶液に含まれるアルコール由来の赤外吸収スペクトルを減算することで、減算後の赤外吸収スペクトルが2種類の糖類に由来する赤外吸収スペクトルとなる。これにより、後述する糖類濃度推定部7において、この2種類の糖類に由来する赤外吸収スペクトルを基に2種類の糖類の濃度を推定することになるため、減算前の赤外吸収スペクトル(即ち、アルコールに由来する赤外吸収スペクトルが含まれたもの)を基に濃度を推定する場合と比較して精度が向上する。
【0035】
糖類濃度推定部7は、スペクトル減算部6で得られた赤外吸収スペクトルから対象混合溶液中の2種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する機能部である。具体的に、本実施形態においては、スペクトル減算部6で得られた赤外吸収スペクトルを基に、2種類の糖類のそれぞれの濃度を推定するための機械学習を行った学習済みモデルM(第二学習済みモデル)により2種類の糖類のそれぞれの濃度を推定するように構成される。そして、上記学習済みモデルは、2種類の糖類の濃度の組み合わせが異なり、アルコールを含まない混合溶液の赤外吸収スペクトル、及び混合溶液中の2種類の糖類の濃度を一つの教師データとして機械学習を行ったものである。
【0036】
より具体的に、本実施形態における学習済みモデルMは、図6に示すように、入力層11、複数段階の中間層12及び出力層13を備えたニューラルネットワークのモデルであり、深層学習を用いた機械学習によって生成されたモデルである。この学習済みモデルMは、予め実測された多数のデータが多数の教師データとして用いられた機械学習によって生成される。
【0037】
機械学習の際に入力される教師データは、2種類の糖類を含み、アルコールを含まない混合溶液についての赤外吸収スペクトルと、当該混合溶液中の2種類の糖類のそれぞれの濃度とを組み合わせたデータである。つまり、本実施形態では、グルコース及びマルトースを含み、エタノールを含まない混合溶液について予め測定した赤外吸収スペクトルの波形データと、当該混合溶液中のグルコース及びマルトースの濃度とを組み合わせたものが一つの教師データである。したがって、混合溶液中のグルコース及びマルトースの濃度を変えて測定した赤外吸収スペクトルの波形データとグルコース及びマルトースの濃度とを組み合わせた複数のデータがそれぞれ一つの教師データとして機械学習の際に入力される。
【0038】
図6を参照して説明すれば、混合溶液中のグルコース及びマルトースの濃度(例えば、グルコースが3w/v%、マルトースが4w/v%)を出力層13に入力するとともに、当該混合溶液について予め測定した赤外吸収スペクトル(図6中の赤外吸収スペクトル)の波形データを入力層11に入力して、機械学習を行うことで学習済みモデルMが生成される。尚、入力層11に入力する赤外吸収スペクトルの波形データは、グルコース及びマルトースに特有な吸収が現れる波長領域のスペクトルの波形データのみであってもよいし、測定した全波長域のスペクトルの波形データであってもよい。
【0039】
記憶装置8は、濃度推定システム1で取り扱う各種情報等が格納された装置である。具体的に、本実施形態においては、上記吸光度-濃度相関関係の他、各種機能部で得られた情報(アルコールの推定濃度や減算後の赤外吸収スペクトルなど)が格納可能になっている。尚、吸光度-濃度相関関係は、上記のように検量線の一次関数式として記憶装置8に格納されていてもよいし、検量線の作成に必要なデータが記憶装置8に格納されており、アルコールの濃度を推定する際に、これらのデータを基に適宜検量線が作成され使用されるようにしてもよい。
【0040】
次に、以上のような構成を備えた濃度推定システム1を用いて、混合溶液中のアルコール及び赤外吸収スペクトルが類似する2種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する方法について説明する。
【0041】
まず、アルコールとしてのエタノール及び2種類の糖類としてのグルコース及びマルトースを含む混合溶液(もろみ)について、スペクトル測定装置2により赤外吸収スペクトルを測定する(スペクトル測定工程)。尚、以下の説明においては、図4に示す赤外吸収スペクトルが測定されたものとする。
【0042】
ついで、アルコール濃度推定部4において、スペクトル測定工程で得られた対象混合溶液の赤外吸収スペクトルを基に、対象混合溶液中のエタノールの濃度が推定される(アルコール濃度推定工程)。つまり、本例では、図4に示す赤外吸収スペクトルにおける2296nmにおける吸光度を上記検量線の一次関数式に代入して得られる値が対象混合溶液中のエタノールの推定濃度となり、具体的に、エタノールの濃度が8w/v%であると推定される。
【0043】
次に、スペクトル取得部5において、アルコール濃度推定工程で推定された対象混合溶液中のエタノールの濃度と同等の濃度であるエタノール溶液の赤外吸収スペクトルが取得される(スペクトル取得工程)。したがって、本例では、アルコール濃度推定工程で、対象混合溶液中のエタノールの濃度が8w/v%であると推定されたため、記憶装置8に格納された濃度の異なる複数のエタノール溶液の赤外吸収スペクトルのうち、図3中の濃度が8w/v%であるエタノール溶液について測定された赤外吸収スペクトルが取得される。
【0044】
ついで、スペクトル減算部6において、スペクトル取得工程で取得した赤外吸収スペクトルがスペクトル測定工程で得られた赤外吸収スペクトルから減算される(スペクトル減算工程)。具体的に、本例では、図4に示す対象混合溶液の赤外吸収スペクトルからスペクトル取得工程で取得されたエタノール溶液の赤外吸収スペクトルが減算され、図5に示すグルコース及びマルトースに由来する赤外吸収スペクトルが得られる。
【0045】
しかる後、糖類濃度推定部7において、スペクトル減算工程で得られた赤外吸収スペクトルから対象混合溶液中のグルコース及びマルトースのそれぞれの濃度が推定される(糖類濃度推定工程)。本例では、機械学習を行った学習済みモデルMを利用して、図5に示すグルコース及びマルトースに由来する赤外吸収スペクトルからグルコース及びマルトースのそれぞれの濃度が推定される。具体的に、本実施形態では、グルコースが3w/v%、マルトースが4w/v%と推定される。図4に示す赤外吸収スペクトルを測定した混合溶液の実際の濃度は、エタノールが8.5w/v%、グルコースが2.3w/v%、マルトースが4.15w/v%であるため、精度良く推定されている。
【0046】
以上のように、本実施形態に係る濃度推定システム及び濃度推定方法によれば、アルコール及び複数の種類の糖類を含む混合溶液中の各成分の濃度を推定することができる。特に、複数の種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する際に、アルコールが含まれない複数の種類の糖類に由来する赤外吸収スペクトルを使用する。そのため、アルコールが含まれる赤外吸収スペクトルを使用する場合よりも複数の種類の糖類の濃度を精度良く推定できる。
【0047】
〔別実施形態〕
〔1〕上記実施形態では、対象混合溶液が「もろみ」であり、アルコールがエタノール、赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類がグルコース及びマルトースの2種類の糖類である態様としたが、これに限られるものではない。対象混合溶液は、アルコールと赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類とを含む溶液であれば、特に限定されるものではない。
【0048】
〔2〕上記実施形態では、糖類濃度推定部7において、学習済みモデルMを用いて2種類の糖類のそれぞれの濃度を推定する態様としたが、これに限られるものではなく、減算後の赤外吸収スペクトルを基に2種類の糖類の濃度をそれぞれ別々に推定することが可能であれば、どのような態様であってもよい。
【0049】
〔3〕上記実施形態では、アルコール濃度推定部4において、アルコールに特有な吸収が現れる波長領域での吸光度とアルコールの濃度との関係を基に、アルコールの濃度を推定する態様としたが、これに限られるものではない。
例えば、アルコール濃度推定部4を、スペクトル測定装置2で得られた赤外吸収スペクトルを基に、アルコールの濃度を推定するための機械学習を行った学習済みモデル(第一学習済みモデル)によりアルコールの濃度を推定する態様であってもよい。この場合、学習済みモデルは、アルコール及び2種類の糖類を含む混合溶液についての赤外吸収スペクトル、及び当該混合溶液中のアルコールの濃度を一つの教師データとして機械学習を行ったものである。
このような態様を採用した場合、機械学習の際に入力される教師データは、アルコール及び2種類の糖類を含む混合溶液についての赤外吸収スペクトルと、当該混合溶液中の少なくともアルコールの濃度とを組み合わせたデータである。つまり、エタノール、グルコース及びマルトースを含む混合溶液について予め測定した赤外吸収スペクトルの波形データと、当該混合溶液中のエタノールの濃度とを組み合わせたものが一つの教師データである。したがって、混合溶液中のエタノールやグルコース、マルトースの濃度を変えて測定した赤外吸収スペクトルの波形データとエタノールの濃度とを組み合わせた複数のデータがそれぞれ一つの教師データとして機械学習の際に入力される。
尚、この態様を採用した場合、入力層に入力する赤外吸収スペクトルの波形データは、エタノールに特有な吸収が現れる波長領域のスペクトルの波形データのみであってもよいし、測定した全波長領域のスペクトルの波形データであってもよい。
また、アルコール濃度推定部4は、上記以外の態様であってもよく、対象混合溶液について測定した赤外吸収スペクトルを基に当該対象混合溶液中のアルコールの濃度を推定することが可能であれば、どのような態様であってもよい。
【0050】
〔4〕上記実施形態では、対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから当該対象混合溶液に含まれるアルコール由来の赤外吸収スペクトルを減算する際に、対象混合溶液中のアルコールの濃度と同等の濃度であるアルコール溶液の赤外吸収スペクトルをスペクトル取得部5が取得し、この取得した赤外吸収スペクトルを対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから減算する態様としたが、これに限られるものではない。例えば、ある所定濃度のアルコール溶液の赤外吸収スペクトルに対して、対象混合溶液中のアルコール濃度に応じた係数を掛けるなどの補正を行ったものをスペクトル取得部5が取得し、この補正した赤外吸収スペクトルを対象混合溶液の赤外吸収スペクトルから減算する態様であってもよい。
【0051】
上記実施形態(別実施形態を含む)で開示される構成は、矛盾が生じない限り、他の実施形態で開示される構成と組み合わせて適用することが可能であり、また、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本発明の実施形態はこれに限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、アルコール発酵に関連するアルコール及び赤外吸収スペクトルが類似する複数の種類の糖類を含む対象混合溶液中のアルコール及び複数の種類の糖類の濃度を推定するシステムに利用できる。
【符号の説明】
【0053】
1 :濃度推定システム
2 :スペクトル測定装置(スペクトル測定部)
4 :アルコール濃度推定部
5 :スペクトル取得部
6 :スペクトル減算部
7 :糖類濃度推定部
8 :記憶装置
11 :入力層
12 :中間層
13 :出力層
M :学習済みモデル
図1
図2
図3
図4
図5
図6