(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151815
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/20 20190101AFI20220929BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20220929BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20220929BHJP
C21D 9/08 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
G01N33/20 100
C22C38/00 301Z
C22C38/04
C21D9/08 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022047327
(22)【出願日】2022-03-23
(31)【優先権主張番号】P 2021048600
(32)【優先日】2021-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【弁理士】
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】森口 晃治
(72)【発明者】
【氏名】林 宏太郎
(72)【発明者】
【氏名】筒井 和政
【テーマコード(参考)】
2G055
4K042
【Fターム(参考)】
2G055AA03
2G055BA01
2G055CA09
2G055CA22
2G055CA29
2G055EA08
2G055FA03
4K042AA06
4K042BA01
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、当該金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度を推定すること。
【解決手段】本発明に係る熱処理温度推定装置は、合金成分の含有量に関する含有量データを取得する含有量データ取得部と、含有量データに基づき、合金成分に含まれる元素の分布状態を表現した第1ベクトルを生成する第1ベクトル生成部と、含有量データを用いて、複数の温度に対して熱力学解析計算を行い、金属体に関する物理量の分布状態を表現した第2ベクトルを、それぞれの温度について生成する第2ベクトル生成部と、第1ベクトルと、それぞれの温度での第2ベクトルとの間の類似度を算出し、得られた類似度に基づき、最終熱処理温度を推定する推定部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、当該金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度である最終熱処理温度を推定する熱処理温度推定装置であって、
前記金属体における前記合金成分の含有量に関する含有量データを取得する含有量データ取得部と、
前記含有量データに基づき、前記合金成分に含まれる元素の分布状態を表現した第1ベクトルを生成する第1ベクトル生成部と、
前記含有量データを用いて、複数の温度に対して熱力学解析計算を行い、当該熱力学解析計算の計算結果から、前記金属体に関する物理量について分布状態を表現した第2ベクトルを、それぞれの前記温度について生成する第2ベクトル生成部と、
前記第1ベクトルと、それぞれの前記温度での前記第2ベクトルと、の間の類似度を類似度解析処理により算出し、得られた前記類似度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する推定部と、
を備える、熱処理温度推定装置。
【請求項2】
前記推定部は、前記温度と前記類似度とで規定される平面において前記類似度の最大値又は最小値を与える前記温度を特定し、当該最大値又は最小値を与える温度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する、請求項1に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項3】
前記推定部は、互いに異なる前記元素についての前記第1ベクトル及び前記第2ベクトルの複数の組み合わせのそれぞれについて、前記温度と前記類似度とで規定される平面において前記類似度の最大値又は最小値を与える前記温度を特定し、得られた複数の前記最大値又は最小値を与える温度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する、請求項2に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項4】
前記推定部は、得られた複数の温度の最小値、最大値又は平均値を、前記最終熱処理温度とする、請求項3に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項5】
前記第1ベクトルは、前記金属体における前記物理量に関連する元素の分布状態を表現したベクトルである、請求項1~4の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項6】
前記第2ベクトルは、前記金属体の相分率の分布状態を表現したベクトルである、請求項1~5の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項7】
前記含有量データは、前記合金成分の空間分布を測定及び解析する手法により得られた分析データである、請求項1~6の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項8】
前記含有量データは、前記金属体を電子線プローブマイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyzer:EPMA)により分析することで得られた分析データである、請求項1~7の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項9】
前記第2ベクトル生成部は、前記熱力学解析計算として、CALPHAD(Computer Coupling of Phase Diagrams and Thermochemistry)法による解析計算を実施する、請求項1~8の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項10】
前記類似度解析処理は、関数としてEuclideanDistance、SquaredEuclideanDistance、NormalizedSquaredEuclideanDistance、ManhattanDistance、CosineDistance、CorrelationDistance、MeanEuclideanDistance、MeanSquaredEuclideanDistance、RootMeanSquare、MeanReciprocalSquaredEuclideanDistance、MutualInformationVariation、NormalizedMutualInformationVariation、DifferenceNormalizedEntropy、MeanPatternIntensity、GradientCorrelation、MeanReciprocalGradientDistance、もしくは、EarthMoverDistanceの何れかを用いた解析処理、又は、深層学習処理を利用した類似度解析処理である、請求項1~9の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項11】
前記第1ベクトル生成部は、生成した前記第1ベクトルを用いて、前記合金成分に含まれる元素の分布状態を可視化した第1マッピング画像を更に生成し、
前記第2ベクトル生成部は、生成した前記第2ベクトルを用いて、前記金属体に関する物理量について分布状態を可視化した第2マッピング画像を更に生成し、
前記推定部は、前記第1ベクトル及び前記第2ベクトルに替えて、前記第1マッピング画像及び前記第2マッピング画像を用いて、前記類似度を算出する、請求項1~10の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項12】
前記第1マッピング画像及び前記第2マッピング画像は、グレースケール図である、請求項11に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項13】
推定された前記最終熱処理温度での熱処理時間によって変化する観測量又は物理量である熱処理時間依存量について、当該熱処理時間依存量の時間変化を表す熱処理時間変化関数を導出する熱処理時間変化関数導出部と、
前記金属体の前記熱処理時間依存量に関するデータである熱処理時間依存量データを取得する熱処理時間依存量データ取得部と、
取得した前記金属体の熱処理時間依存量と、前記熱処理時間変化関数と、に基づいて、前記金属体の前記最終熱処理温度での熱処理時間である最終熱処理時間を推定する最終熱処理時間推定部と、
を更に備える、請求項1~12の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項14】
前記熱処理時間変化関数導出部は、複数の異なる時間において特定された前記熱処理時間依存量を用いて、前記時間変化関数を導出する、請求項13に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項15】
前記熱処理時間依存量は、前記金属体の組織の平均自由エネルギーを表現した物理量であり、
熱処理時間tを変数として、前記平均自由エネルギーを表現した物理量をV
P(t)とし、前記含有量データから算出された、温度Tにおける前記金属体の組織の平衡自由エネルギーをE
Eq
T(t)とし、前記含有量データから算出された、温度Tの前記金属体の組織における基準となる状態の自由エネルギーをE
0
T(t)としたときに、以下の式(1)で規定される、請求項14に記載の熱処理温度推定装置。
【数1】
【請求項16】
前記熱処理時間変化関数導出部は、前記式(1)を、以下の式(2)の右辺に示した1又は複数の項の線形結合で表現される関数形でフィッティングし、得られたフィッティング結果を、前記熱処理時間変化関数とする、請求項15に記載の熱処理温度推定装置。
【数2】
ここで、上記式(2)において、tは、熱処理時間を表す変数であり、V
P
0、A
Pi、τ
Piは、それぞれ係数であり、iは、1以上の整数である。
【請求項17】
導出された前記熱処理時間変化関数をデータベース化するデータベース作成部を更に備え、
前記最終熱処理時間推定部は、データベース化された前記熱処理時間変化関数を用いて、前記最終熱処理時間を推定する、請求項13~16の何れか1項に記載の熱処理温度推定装置。
【請求項18】
所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、当該金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度である最終熱処理温度を推定する熱処理温度推定方法であって、
前記金属体における前記合金成分の含有量に関する含有量データを取得する含有量データ取得ステップと、
前記含有量データに基づき、前記合金成分に含まれる元素の分布状態を表現した第1ベクトルを生成する第1ベクトル生成ステップと、
前記含有量データを用いて、複数の温度に対して熱力学解析計算を行い、当該熱力学解析計算の計算結果から、前記金属体に関する物理量について分布状態を表現した第2ベクトルを、それぞれの前記温度について生成する第2ベクトル生成ステップと、
前記第1ベクトルと、それぞれの前記温度での前記第2ベクトルと、の間の類似度を類似度解析処理により算出し、得られた前記類似度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する推定ステップと、
を含む、熱処理温度推定方法。
【請求項19】
推定された前記最終熱処理温度での熱処理時間によって変化する観測量又は物理量である熱処理時間依存量について、当該熱処理時間依存量の時間変化を表す熱処理時間変化関数を導出する熱処理時間変化関数導出ステップと、
前記金属体の前記熱処理時間依存量に関するデータである熱処理時間依存量データを取得する熱処理時間依存量データ取得ステップと、
取得した前記金属体の熱処理時間依存量と、前記熱処理時間変化関数と、に基づいて、前記金属体の前記最終熱処理温度での熱処理時間である最終熱処理時間を推定する最終熱処理時間推定ステップと、
を更に含む、請求項18に記載の熱処理温度推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報処理技術の発達に伴い、所定の物理モデルや数理モデルを利用して、金属材料の組織(金属組織)等を計算解析的に予測する技術の開発が進められている。このような技術を用いることで、実際に金属材料を製造して検証しなくとも、どのような金属組織が得られるかをある程度予測できるため、新たな金属材料の開発期間を削減したり、開発コストを抑制したりできることが期待される。
【0003】
例えば以下の特許文献1には、特定の物理モデルを利用して、計算解析的に鋼材組織を予測する技術が提案されており、以下の特許文献2には、機械学習を含む数理モデルを利用して、金属材料の特性値を予測する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008- 7809号公報
【特許文献2】特開2020-115258号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、油井の生産・開発で用いられる油井管には、丸ビレットを穿孔することで製造される、継目無鋼管と呼ばれる軸方向の継目が無い鋼管が用いられることが多い。油井・ガス井においては、鋼管同士をネジで接続した上で地中深くに吊り降ろしていくことで、石油や天然ガス等の輸送ラインを構築している。これらの鋼管は、外側の地層の倒壊を防ぐ役割をするケーシングや、石油・天然ガスの生産に用いられるチュービング等といった利用用途の相違や、敷設深さ方向で要請強度や耐食性が異なること等から、製造条件の異なる「ロット(Lot)」で製造された、様々な鋼管が利用される。
【0006】
敷設現場で長時間放置された鋼管は、ロットを判別するために記された刻印が見えなくなったり、消滅したりすることもあり、どのロットで製造された鋼管であるかが分からなくなることがある。この場合、鋼管を構成する金属組織等が、人間における指紋のようにロット判別に使用可能であれば、油井・ガス井の現場における混乱がなくなることが期待される。
【0007】
このように、上記特許文献1及び特許文献2の技術のように、金属体の製造条件を出発点として、得られる金属体の組織や物性値を予測するのではなく、実際に存在している金属体そのものを出発点として金属体の製造条件を推定できれば、この金属体の製造条件を、金属組織の指標として利用することができる。これにより、金属体の利用者の利便性が向上するものと考えられる。
【0008】
ここで、金属体は、その製造の際1又は複数の工程において熱処理が行われ、最終的に得られる金属体の組織や諸特性を作りこんでいくことが一般的である。そのため、金属体に施される熱処理における温度(より詳細には、熱処理において保持される温度)は、金属体の重要な製造条件の一つであり、金属組織の指標として有用であると考えられる。
【0009】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、当該金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度を推定することが可能な、熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、金属体の空間不均一性を利用し、物理モデルと連成解析することに着想し、以下で詳述する本発明を完成するに至った。
かかる着想に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0011】
(1)所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、当該金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度である最終熱処理温度を推定する熱処理温度推定装置であって、前記金属体における前記合金成分の含有量に関する含有量データを取得する含有量データ取得部と、前記含有量データに基づき、前記合金成分に含まれる元素の分布状態を表現した第1ベクトルを生成する第1ベクトル生成部と、前記含有量データを用いて、複数の温度に対して熱力学解析計算を行い、当該熱力学解析計算の計算結果から、前記金属体に関する物理量について分布状態を表現した第2ベクトルを、それぞれの前記温度について生成する第2ベクトル生成部と、前記第1ベクトルと、それぞれの前記温度での前記第2ベクトルと、の間の類似度を類似度解析処理により算出し、得られた前記類似度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する推定部と、を備える、熱処理温度推定装置。
(2)前記推定部は、前記温度と前記類似度とで規定される平面において前記類似度の最大値又は最小値を与える前記温度を特定し、当該最大値又は最小値を与える温度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する、(1)に記載の熱処理温度推定装置。
(3)前記推定部は、互いに異なる前記元素についての前記第1ベクトル及び前記第2ベクトルの複数の組み合わせのそれぞれについて、前記温度と前記類似度とで規定される平面において前記類似度の最大値又は最小値を与える前記温度を特定し、得られた複数の前記最大値又は最小値を与える温度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する、(2)に記載の熱処理温度推定装置。
(4)前記推定部は、得られた複数の温度の最小値、最大値又は平均値を、前記最終熱処理温度とする、(3)に記載の熱処理温度推定装置。
(5)前記第1ベクトルは、前記金属体における前記物理量に関連する元素の分布状態を表現したベクトルである、(1)~(4)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(6)前記第2ベクトルは、前記金属体の相分率の分布状態を表現したベクトルである、(1)~(5)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(7)前記含有量データは、前記合金成分の空間分布を測定及び解析する手法により得られた分析データである、(1)~(6)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(8)前記含有量データは、前記金属体を電子線プローブマイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyzer:EPMA)により分析することで得られた分析データである、(1)~(7)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(9)前記第2ベクトル生成部は、前記熱力学解析計算として、CALPHAD(Computer Coupling of Phase Diagrams and Thermochemistry)法による解析計算を実施する、(1)~(8)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(10)前記類似度解析処理は、関数としてEuclideanDistance、SquaredEuclideanDistance、NormalizedSquaredEuclideanDistance、ManhattanDistance、CosineDistance、CorrelationDistance、MeanEuclideanDistance、MeanSquaredEuclideanDistance、RootMeanSquare、MeanReciprocalSquaredEuclideanDistance、MutualInformationVariation、NormalizedMutualInformationVariation、DifferenceNormalizedEntropy、MeanPatternIntensity、GradientCorrelation、MeanReciprocalGradientDistance、もしくは、EarthMoverDistanceの何れかを用いた解析処理、又は、深層学習処理を利用した類似度解析処理である、(1)~(9)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(11)前記第1ベクトル生成部は、生成した前記第1ベクトルを用いて、前記合金成分に含まれる元素の分布状態を可視化した第1マッピング画像を更に生成し、前記第2ベクトル生成部は、生成した前記第2ベクトルを用いて、前記金属体に関する物理量について分布状態を可視化した第2マッピング画像を更に生成し、前記推定部は、前記第1ベクトル及び前記第2ベクトルに替えて、前記第1マッピング画像及び前記第2マッピング画像を用いて、前記類似度を算出する、(1)~(10)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(12)前記第1マッピング画像及び前記第2マッピング画像は、グレースケール図である、(11)に記載の熱処理温度推定装置。
(13)推定された前記最終熱処理温度での熱処理時間によって変化する観測量又は物理量である熱処理時間依存量について、当該熱処理時間依存量の時間変化を表す熱処理時間変化関数を導出する熱処理時間変化関数導出部と、前記金属体の前記熱処理時間依存量に関するデータである熱処理時間依存量データを取得する熱処理時間依存量データ取得部と、取得した前記金属体の熱処理時間依存量と、前記熱処理時間変化関数と、に基づいて、前記金属体の前記最終熱処理温度での熱処理時間である最終熱処理時間を推定する最終熱処理時間推定部と、を更に備える、(1)~(12)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(14)前記熱処理時間変化関数導出部は、複数の異なる時間において特定された前記熱処理時間依存量を用いて、前記時間変化関数を導出する、(13)に記載の熱処理温度推定装置。
(15)前記熱処理時間依存量は、前記金属体の組織の平均自由エネルギーを表現した物理量であり、熱処理時間tを変数として、前記平均自由エネルギーを表現した物理量をVP(t)とし、前記含有量データから算出された、温度Tにおける前記金属体の組織の平衡自由エネルギーをEEq
T(t)とし、前記含有量データから算出された、温度Tの前記金属体の組織における基準となる状態の自由エネルギーをE0
T(t)としたときに、以下の式(1)で規定される、(14)に記載の熱処理温度推定装置。
(16)前記熱処理時間変化関数導出部は、前記式(1)を、以下の式(2)の右辺に示した1又は複数の項の線形結合で表現される関数形でフィッティングし、得られたフィッティング結果を、前記熱処理時間変化関数とする、(15)に記載の熱処理温度推定装置。
ここで、下記式(2)において、tは、熱処理時間を表す変数であり、VP
0、APi、τPiは、それぞれ係数であり、iは、1以上の整数である。
(17)導出された前記熱処理時間変化関数をデータベース化するデータベース作成部を更に備え、前記最終熱処理時間推定部は、データベース化された前記熱処理時間変化関数を用いて、前記最終熱処理時間を推定する、(13)~(16)の何れか1つに記載の熱処理温度推定装置。
(18)所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、当該金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度である最終熱処理温度を推定する熱処理温度推定方法であって、前記金属体における前記合金成分の含有量に関する含有量データを取得する含有量データ取得ステップと、前記含有量データに基づき、前記合金成分に含まれる元素の分布状態を表現した第1ベクトルを生成する第1ベクトル生成ステップと、前記含有量データを用いて、複数の温度に対して熱力学解析計算を行い、当該熱力学解析計算の計算結果から、前記金属体に関する物理量について分布状態を表現した第2ベクトルを、それぞれの前記温度について生成する第2ベクトル生成ステップと、前記第1ベクトルと、それぞれの前記温度での前記第2ベクトルと、の間の類似度を類似度解析処理により算出し、得られた前記類似度に基づき、前記最終熱処理温度を推定する推定ステップと、を含む、熱処理温度推定方法。
(19)推定された前記最終熱処理温度での熱処理時間によって変化する観測量又は物理量である熱処理時間依存量について、当該熱処理時間依存量の時間変化を表す熱処理時間変化関数を導出する熱処理時間変化関数導出ステップと、前記金属体の前記熱処理時間依存量に関するデータである熱処理時間依存量データを取得する熱処理時間依存量データ取得ステップと、取得した前記金属体の熱処理時間依存量と、前記熱処理時間変化関数と、に基づいて、前記金属体の前記最終熱処理温度での熱処理時間である最終熱処理時間を推定する最終熱処理時間推定ステップと、を更に含む、(18)に記載の熱処理温度推定方法。
【0012】
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように本発明によれば、所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、当該金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度を推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】金属体の製造工程について説明するための模式図である。
【
図2A】本発明の各実施形態に係る熱処理温度推定装置で実施される熱処理温度の推定処理について説明するための説明図である。
【
図2B】本発明の各実施形態に係る熱処理温度推定装置で実施される熱処理温度の推定処理について説明するための説明図である。
【
図3】金属体の一例としての鉄鋼材料について、電子線プローブマイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyzer:EPMA)で分析した分析結果を可視化した図である。
【
図4】本発明の第1の実施形態に係る熱処理温度推定装置の全体的な構成を模式的に示したブロック図である。
【
図5】含有量データの取得について説明するための説明図である。
【
図6】第1マッピング画像の一例を示した図である。
【
図7】本発明の第1の実施形態に係る第2画像生成部の構成の一例を示したブロック図である。
【
図8】第2マッピング画像の一例を示した図である。
【
図9】第2マッピング画像に対応した温度と類似度との関係を模式的に示した説明図である。
【
図11】本発明の第1の実施形態に係る熱処理温度推定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【
図12】本発明の第2の実施形態に係る熱処理温度推定装置で実施される熱処理時間の推定処理について説明するための説明図である。
【
図13】本発明の第2の実施形態に係る熱処理温度推定装置の全体的な構成を模式的に示したブロック図である。
【
図14】本発明の第2の実施形態に係る熱処理時間の推定処理について説明するための説明図である。
【
図15】金属体サンプルに実施した熱処理の一例について説明するための説明図である。
【
図16】得られた金属体サンプルの第1マッピング画像群を示した図である。
【
図17】得られた金属体サンプルの最終熱処理温度の推定値を示した図である。
【
図18】得られた金属体サンプルにおける金属組織の自由エネルギーの分布を可視化したマッピング画像群を示した図である。
【
図19】得られた金属体サンプルにおける平均自由エネルギーの時間変化を示したグラフ図である。
【
図20】得られた金属体サンプルに対応する熱処理時間変化関数を示した図である。
【
図21】本発明の第2の実施形態に係る熱処理温度推定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【
図22】本発明の各実施形態に係る熱処理温度推定装置のハードウェア構成の一例を示したブロック図である。
【
図23】実施例2の金属体サンプルの最終熱処理時間の推定値を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0016】
本発明の各実施形態に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法について説明するに先立ち、金属体の製造工程について、
図1を参照しながら簡単に説明する。
図1は、金属体の製造工程について説明するための模式図である。
【0017】
鉄鋼材料をはじめとする各種の金属体は、金属体の素材となるもの(例えば鉄鋼材料の場合、スラブ、ブルーム、ビレット等の塊状体)に対して、1又は複数の工程で各種の処理を施すことで製造される。例えば
図1に模式的に示したように、素材に対して、工程A、工程B、工程C・・・のように、製造する金属体の形状をはじめとする各種の特徴を実現させるための工程を順次実施していく。ここで、具体的な工程としては、加熱工程、加工工程など、様々なものが存在する。その後、金属体に求める組織(金属組織)や強度(例えば引張強度)等を実現するために、熱処理が施されることが一般的である。
【0018】
例えば、マンネスマン法を用いて継目無鋼管を製造する場合には、素材として円柱状のビレットを準備し、このビレットに対して、加熱炉を用いた加熱工程、ピアサー、マンドレルミル、サイジングミル等を用いた熱間加工工程を経て、所望の形状を有する管状の構造体が製造される。その後、この管状の構造体に対して熱処理が行われ、所望の強度を実現可能な金属組織を有する鋼管が製造される。
【0019】
ここで、上記のように、金属体は、熱処理により最終的に得られる金属体の組織を作りこんでいくことが一般的である。そのため、金属体に施される熱処理における温度(より詳細には、熱処理において保持される温度)は、金属体の重要な製造条件の一つであり、金属組織の指標として有用であると考えられる。
【0020】
そこで、以下で説明する本発明の各実施形態では、実際の金属体から得られる情報を出発点として、かかる金属体に最後に施された熱処理における処理温度を推定する技術について、詳細に説明する。
【0021】
≪第1の実施形態≫
(熱処理温度推定装置について)
本発明の実施形態に係る熱処理温度推定装置は、所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、この金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度(熱処理での保持温度)を推定する装置である。なお、以下の説明において、「金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度」のことを、「最終熱処理温度」と称することとする。
【0022】
<熱処理温度推定技術の概略>
図2A及び
図2Bは、本実施形態に係る熱処理温度推定装置で実施される熱処理温度の推定処理について説明するための説明図である。
図2Aに示したように、金属体の製造に際しては、所定の温度(本実施形態で着目する最終熱処理温度)で熱処理が行われることで、金属体が製造される。本実施形態に係る熱処理温度推定装置では、この製造の流れとは逆に、実際に存在する金属体をサンプルとして用い、この金属体サンプルから得られる情報を用いて、最後に実施された熱処理での熱処理温度を推定する。この推定される熱処理温度が、着目する金属体サンプルについての最終熱処理温度となる。
【0023】
また、金属体によっては、複数の熱処理工程を経て、金属体が製造されることもある。例えば
図2Bに示したように、ある金属体が3段階の熱処理工程を経て製造されるとすると、最終的に得られる金属体をサンプルとして得られる最終熱処理温度は、金属体に最後に施される熱処理である、「熱処理3」での熱処理温度である。また、「熱処理3」に供される前の「中間体2」に着目した場合、「中間体2」に対して最後に施される熱処理は、「熱処理2」となる。そこで、「中間体2」をサンプルとして用いることで、「中間体2」に最後に施される熱処理である「熱処理2」での熱処理温度を得ることができる。同様に、「熱処理2」に供される前の「中間体1」をサンプルとして用いることで、「中間体1」に最後に施される熱処理である「熱処理1」での熱処理温度を得ることができる。
【0024】
このように、以下で説明する熱処理温度推定技術では、着目する金属体に施された最後の熱処理における熱処理温度(最終熱処理温度)を推定することが可能である。また、推定に用いるサンプルを、更に前の熱処理工程に供される金属体へと順番に遡ることで、段階的に更に前の熱処理工程での最終熱処理温度を推定することが可能となる。
【0025】
<金属体について>
次に、
図3を参照しながら、本実施形態に係る熱処理温度推定装置で着目する金属体について、簡単に説明する。
図3は、金属体の一例としての鉄鋼材料について、電子線プローブマイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyzer:EPMA)で分析した分析結果を可視化した図である。
【0026】
より詳細には、
図3は、C:0.3質量%、Si:2.0質量%、Mn:5.0質量%を含有し、残部がFeである鋼板の表面をEPMAで分析した際の分析結果(局所分析データ)を示している。右下の図が、この鋼板を分析した際に得られたコンポ像(CP像)であり、その他の3つの図が、それぞれ、C、Si、Mnの分布を示した面分析結果である。
【0027】
このように、鉄鋼材料をはじめとする金属体(特に、鉄鋼材料)は、含有する元素の分布に関して、空間不均一性が顕著であり、材料そのものが、本質的に、ハイスループット化学で用いられるようなマイクロ/ナノプレートのような状態となっている。このような空間不均一性は、着目する金属体の製造条件を推定する上で、有用な特徴であると考えられる。そこで、以下で詳述する熱処理温度推定装置では、金属体の含有元素に関する空間不均一性に対応する情報を、熱処理温度の推定に利用する。より詳細には、空間不均一性に対応する情報として、着目する金属体の合金元素の含有量に関する情報を用いることとする。
【0028】
なお、本実施形態に係る熱処理温度推定技術が適用可能な金属体は、鉄鋼材料に限定されるものではなく、後述する物理モデルを用いた熱力学解析計算が実施可能な系であれば、任意の金属体について適用が可能である。例えば、マグネシウム、銅、ニッケル、コバルトをベースとする合金系の金属や、アルミニウムやチタン等の非鉄金属からなる金属体についても、好適に適用することが可能である。また、組織(組成分布ともいえる。)が熱処理によって現れるような金属体以外の材料系についても適用が可能であり、例えばアルミナ等のセラミックス材料組織についても、好適に適用することが可能である。
【0029】
<熱処理温度推定装置の構成について>
次に、
図4~
図10を参照しながら、本実施形態に係る熱処理温度推定装置の構成について、詳細に説明する。
【0030】
図4は、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10の全体的な構成を模式的に示したブロック図である。
本実施形態に係る熱処理温度推定装置10は、含有量データ取得部101と、第1ベクトル生成部103と、第2ベクトル生成部105と、推定部107と、出力制御部109と、表示制御部111と、記憶部113と、を備える。
【0031】
含有量データ取得部101は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、入力装置、通信装置等により実現される。含有量データ取得部101は、着目する金属体における、合金成分の含有量に関する含有量データを取得する。
【0032】
含有量データ取得部101が取得する上記の含有量データは、例えば
図3に示したような、金属体の空間不均一性に対応する情報についてのデータである。この含有量データは、金属体を、合金成分の空間分布を測定及び解析する手法を用いて測定及び解析することで得ることができる。このような合金成分の空間分布を測定及び解析する手法として、例えば、EPMAを挙げることができる。また、X線の測定プローブを用いて金属体の表面を走査するような方法等のように、EPMA以外の分析方法を用いることでも、かかる含有量データを得ることが可能である。ただし、EPMAを用いる方がより簡便に含有量データを取得可能であることから、含有量データは、EPMAを用いて着目する金属体を分析することで得ることが好ましい。
【0033】
図5は、含有量データの取得について説明するための説明図である。
EPMA等の測定条件については、特に限定されるものではなく、着目する金属体が適切に測定可能なように、適宜設定すればよい。ただし、測定に用いる金属体の測定領域の1辺の大きさ(
図5におけるL
obs)は、数μm~数十μmの範囲内であることが好ましい。これにより、1つの測定領域は、数μm~数十μm四方の大きさとなる。測定領域の1辺の大きさL
obsは、より好ましくは、20μm~60μmの範囲内である。また、測定に際して、単位長さあたりの測定データ数は、10個/μm以上とすることが好ましい。このような測定データ数となるように測定を行うことで、熱処理温度の推定処理を実施する上で、統計的に有意な数の測定データから構成される含有量データを、効率良く得ることが可能となる。
【0034】
含有量データ取得部101は、このようにして取得された含有量データを取得すると、取得した含有量データを、後述する第1画像生成部103及び第2画像生成部105に出力する。また、含有量データ取得部101は、取得した含有量データを、当該データを取得した日時に関する時刻情報と関連付けた上で、履歴情報として記憶部113に格納してもよい。
【0035】
第1ベクトル生成部103は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。第1ベクトル生成部103は、含有量データ取得部101から伝送された含有量データに基づき、金属体の合金成分に含まれる元素の分布状態を表現した第1ベクトルを生成する。また、第1ベクトル生成部103は、生成した第1ベクトルを用いて、金属体の合金成分に含まれる元素の分布状態を可視化した画像である第1マッピング画像を更に生成してもよい。このような第1マッピング画像を生成することで、生成された第1ベクトルを画像として把握することが可能となり、生成された第1ベクトルをより容易に理解することが可能となる。以下では、第1ベクトル生成部103が第1マッピング画像を更に生成する場合を例に挙げて、説明を行うものとする。
【0036】
なお、本実施形態において、ベクトルとは、物理空間上の位置と数量との対応関係を示す情報であり、数量は、合金成分の含有量、後述する金属体に関する物理量、画素値などである。デジタル情報処理の分野では、物理空間上の点は、番号付け可能であるので、1、・・・、nと番号付けして、数量yの分布は、ベクトル(y1、・・・、yn)と表現するのが一般的である。また、平面上の点は、2重添字ij(i=1、・・・、m、j=1、・・・、n)を用いて番号付けされることが多いが、この場合でも、平面上の数量yの分布は、ベクトル(y11、・・・、y1n、・・・、ym1、・・・、ymn)と表現できるので、本質的な差異が生じるものではない。
【0037】
含有量データは、
図5に模式的に示したように、金属体を測定単位ごとに測定することで得られた、各合金成分(例えば、
図3に例示したような鋼板であれば、C、Si、Mn)の含有量に関する数値データである。第1ベクトル生成部103は、合金成分に含まれる元素の含有量を、例えば測定単位ごとに配置していくことで、第1ベクトルを生成する。また、第1ベクトル生成部103は、合金成分に含まれる元素の含有量を、例えば測定単位ごとに画素値に変換していくことで、第1マッピング画像を生成する。
【0038】
例えば、
図5に示したような1辺の大きさL
obsを有する測定領域において、Mnの含有量を表す含有量データが、3.028~8.315質量%の範囲内に分布していたとする。この際に、例えば8ビットの第1マッピング画像を生成する場合、第1ベクトル生成部103は、3.028~8.315という数値範囲を256等分して、各測定単位におけるMn含有量を、画素値に変換していく。このような処理を測定領域の全域に対して実施することで、金属体が有する合金成分のうち、Mnの分布を可視化した第1マッピング画像を生成することができる。また、第1マッピング画像は、着目する元素の含有量を画素値に変換したものであるから、グレースケール画像とすることが好ましい。
【0039】
このようにして生成される第1マッピング画像の一例を、
図6に示した。
図6は、
図3に示したEPMAの分析結果から得られる含有量データに基づき、Mnの分布を可視化した画像である。
図6において、各画素の色が黒色であるほど含有量が多く、白色であるほど含有量が少ないことを示している。
【0040】
このような第1ベクトル及び第1マッピング画像は、金属体が有する合金成分の一部について生成してもよいし、全ての合金成分について生成してもよい。また、上記では、8ビット階調のグレースケール画像を生成する場合について説明したが、グレースケール画像の階調数は、上記の例に限定されるものではない。
【0041】
第1ベクトル生成部103は、上記のようにして、合金成分のうち少なくとも1種の元素について、第1ベクトルや第1マッピング画像を生成すると、生成した第1ベクトルや第1マッピング画像のデータを、後述する推定部107へと出力する。また、第1ベクトル生成部103は、このようにして生成した第1ベクトルや第1マッピング画像のデータを、当該データを生成した日時に関する時刻情報と関連付けた上で、履歴情報として記憶部113に格納してもよい。
【0042】
第2ベクトル生成部105は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。第2ベクトル生成部105は、含有量データ取得部101から伝送された含有量データを用いて、複数の温度に対して熱力学解析計算を行う。また、第2ベクトル生成部105は、かかる熱力学解析計算の計算結果から、金属体に関する物理量について、分布状態を表現した第2ベクトルを生成する。また、第2ベクトル生成部105は、生成した第2ベクトルを用いて、金属体に関する物理量について、分布状態を可視化した第2マッピング画像を、それぞれの温度について更に生成してもよい。このような第2マッピング画像を生成することで、生成された第2ベクトルを画像として把握することが可能となり、生成された第2ベクトルをより容易に理解することが可能となる。以下では、第2ベクトル生成部105が第2マッピング画像を更に生成する場合を例に挙げて、説明を行うものとする。
【0043】
図7は、本実施形態に係る第2ベクトル生成部105の構成の一例を示したブロック図である。
上記のような機能を有する第2ベクトル生成部105は、
図7に示したように、熱力学解析計算部121と、ベクトル生成部123と、を有している。
【0044】
熱力学解析計算部121は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。熱力学解析計算部121は、含有量データ取得部101から伝送された含有量データを用い、所定の物理モデルに基づき、複数の温度について、着目する金属体に関する熱力学解析計算を行う。かかる熱力学解析計算により、着目する金属体について、含有量データの測定単位ごとに、金属体に関する物理量についての計算結果を得ることができる。
【0045】
ここで、かかる熱力学解析計算により得られる物理量としては、温度によって値が変化するような金属体に関連するものであれば、いずれも使用することが可能である。このような物理量として、例えば、着目する金属体で生成されうる相の生成エネルギーやギブスエネルギー、金属体で生成されうる相の相分率等を挙げることができる。
【0046】
熱力学解析計算部121は、上記のような各種の計算結果のうち、金属体を構成する相の相分率に関する計算結果を少なくとも算出することが好ましい。かかる相分率は、金属体を構成する組織に関する知見として、特に有用なものだからである。
【0047】
また、上記のような熱力学解析計算を実施する温度については、特に限定されるものではなく、着目する金属体を製造する際に行われる熱処理において、採用される可能性がある温度範囲について、少なくとも実施するようにすればよい。また、熱力学解析計算を実施する温度範囲をTa[℃]~Tb[℃]と設定した際に、どのような間隔ΔTで計算を実施するかについても、特に限定されるものではなく、最終熱処理温度に求める精度と、用いるコンピュータ等の情報処理装置に実装された計算リソース等に応じて、適宜設定すればよい。熱力学解析計算部121は、Ta[℃]~Tb[℃]の範囲内で、例えば、ΔT=1℃として温度を設定しながら熱力学解析計算を実施してもよいし、ΔT=10℃程度として熱力解析計算を実施してもよいし、ΔT=0.1℃程度として熱力学解析計算を実施してもよい。ただし、間隔ΔTを小さい値に設定するほど、最終熱処理温度の推定精度が向上すると考えられることから、間隔ΔTは、なるべく小さな間隔に設定することが好ましい。
【0048】
上記のような熱力学解析計算で用いられる物理モデルとしては、例えば、CALPHAD(Computer Coupling of Phase Diagrams and Thermochemistry)法による物理モデルを挙げることができる。また、CALPHAD法以外にも、上記のような物理量に関する情報を解析可能な計算手法であれば、他の方法を用いることも可能である。
【0049】
熱力学解析計算部121は、取得した含有量データに基づく熱力学解析計算を終了すると、得られた計算結果に関するデータを、後段のベクトル生成部123へと出力する。また、熱力学解析計算部121は、得られた計算結果に関するデータを、当該データが生成された日時に関する時刻情報と関連付けた上で、記憶部113に履歴情報として格納してもよい。
【0050】
なお、上記説明では、熱力学解析計算部121が、1つの熱処理温度推定装置10内に実装される場合を例に挙げたが、熱力学解析計算部121は、熱処理温度推定装置10とネットワーク等を介して相互に接続された、各種のコンピュータやサーバ等に実装されていてもよい。
【0051】
ベクトル生成部123は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。ベクトル生成部123は、熱力学解析計算部121による熱力学解析計算の計算結果から、金属体に関する物理量について、分布状態を表現した第2ベクトルを、計算結果が存在する各温度について生成する。また、ベクトル生成部123は、生成した第2ベクトルを用いて、金属体に関する物理量について、分布状態可視化した第2マッピング画像を、計算結果が存在する各温度について更に生成する。これにより、着目した物理量について、様々な温度での分布状態を表現した複数の第2ベクトルからなるベクトル群と、様々な温度での分布状態が可視化された複数の第2マッピング画像からなる画像群とが、生成されることとなる。
【0052】
より詳細には、ベクトル生成部123は、得られた計算結果を、例えば含有量データの測定単位ごとに配置していくことで、第2ベクトルを生成する。また、ベクトル生成部123は、可視化したい計算結果の数値を、画素値に変換する処理を行うことで、第2マッピング画像を生成する。ベクトル生成部123は、例えば、ある計算結果を表す数値が分布している範囲を、生成したい第2マッピング画像の階調数(例えば、8ビットであれば256)に応じて等分割し、計算結果の数値を画素値へと変換していく。このような処理を行うことで、計算結果の数値の分布状態を画像として可視化することができる。なお、第2マッピング画像は、着目する計算結果が示す数値範囲を画素値に変換したものであるから、グレースケール画像とすることが好ましい。
【0053】
例えば、着目する金属体に存在しうる相についての相分率の分布を可視化することを考える。この際、ベクトル生成部123は、相分率が取りうる値の範囲である0~100%の間を、階調数に応じて等分割する。その上で、計算結果が示す金属体の領域ごとに、具体的な相分率の値を画素値へと変換していく。このような変換処理を行うことで、ベクトル生成部123は、相分率の分布を可視化した第2マッピング画像を生成することができる。
【0054】
また、相分率を可視化する場合、相分率の範囲の分割の設定を、キャリブレーションすることが好ましい。これにより、より正確に、相分率の分布状態を可視化することが可能となる。例えば、かかるキャリブレーションとして、正解が既知である系で可視化範囲を試行し、その範囲を決定する方法が考えられる。最小値及び最大値の外側でどの程度の値を取れば、正解温度に近づくのかを予め見極める検証を実施しておくことで、好ましい可視化範囲を事前に決定しておくことができる。また、0~100%の間を等分割するのではなく、計算結果における相分率の最小値と最大値との間を等分割する、分割幅を一定としないで0~100%の間を分割する、分割幅を一定としないで計算結果における相分率の最小値と最大値との間を分割する等の処理を実施してもよい。
【0055】
図8は、上記のようにして生成された、
図3に示したEPMAの分析結果から得られる含有量データに基づきCALPHAD法により計算された、fcc相の相分率の分布を可視化した第2マッピング画像群の一部である。
図8において、各画素の色が黒色であるほど相分率が高く、白色であるほど相分率が低いことを示している。
【0056】
このような第2ベクトルや第2マッピング画像は、熱力学解析計算部121により計算された計算結果の一部について生成してもよいし、全ての計算結果について生成してもよい。また、上記では、8ビット階調のグレースケール画像を生成する場合について説明したが、グレースケール画像の階調数は、上記の例に限定されるものではない。
【0057】
なお、第1ベクトル生成部103で生成される第1ベクトル及び第1マッピング画像と、ベクトル生成部123により生成される第2ベクトル及び第2マッピング画像のそれぞれとは、同じ含有量データを出発点として生成されたベクトル及び画像であるため、ベクトルの成分数や画像サイズ(画像を構成する画素数や画像の大きさ)は互いに等しくなる。
【0058】
第2ベクトル生成部105は、上記のようにして第2ベクトルや第2マッピング画像を生成すると、生成した第2ベクトルや第2マッピング画像のデータを、後述する推定部107へと出力する。また、第2ベクトル生成部105は、このようにして生成した第2ベクトルや第2マッピング画像のデータを、当該データを生成した日時に関する時刻情報と関連付けた上で、履歴情報として記憶部113に格納してもよい。
【0059】
推定部107は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。推定部107は、第1ベクトル生成部103により生成された第1ベクトルや第1マッピング画像と、第2ベクトル生成部105により生成された、それぞれの温度での第2ベクトルや第2マッピング画像と、の間の類似度を類似度解析処理により算出し、得られた類似度に基づき、最終熱処理温度を推定する。
【0060】
従来、2つのベクトル間や2つの画像間の類似度合いを判断するために用いられる類似度は、同種のベクトルや画像(ある程度似ているとわかっているベクトルや画像)の間の類似度合いを数値化するために用いられることが多かった。しかしながら、本実施形態に係る推定部107では、「元素の含有量」の分布状態に関するベクトルや画像(第1ベクトル、第1マッピング画像)と、「ある温度での金属体の物理量」の分布状態に関するベクトルや画像(第2ベクトル、第2マッピング画像)という、全く異なる種類のベクトルや画像間において、あえて類似度を算出する。この際、第1ベクトル又は第1マッピング画像と、1つの第2ベクトル又は第2マッピング画像と、の組み合わせについて、類似度を表す具体的な数値が1つ算出される。
【0061】
ここで、推定部107は、合金成分のある元素についての第1ベクトルや第1マッピング画像と、ある物理量に関する各温度での第2ベクトルや第2マッピング画像と、の類似度を算出するにあたって、第1ベクトルや第1マッピング画像として、第2ベクトルや第2マッピング画像で着目している物理量に関連する元素についてのベクトルやマッピング画像を用いることが好ましい。これにより、第1ベクトルと第2ベクトル、又は、第1マッピング画像と第2マッピング画像という、異なる種類のベクトル又は画像間においても、「着目する物理量に関連する元素」という物理的な意味での関連付けを行うことが可能となり、類似度を算出する意義をより高めることが可能となる。
【0062】
例えば、第2ベクトルや第2マッピング画像において、各温度における、ある相の相分率に着目している場合、第1ベクトルや第1マッピング画像で分布状態が表現されている元素は、「着目している相の促進元素(former)」であることが好ましい。例えば、
図8で例示したfcc相の相分率に着目する場合、
図6で例示したような、fcc相の促進元素であるMnについての第1マッピング画像を、類似度の算出対象とすることが好ましい。
【0063】
上記の例以外にも、例えば鉄鋼材料で含有されうる元素と、着目しうる物理量と、の間の関連性が高い組み合わせとしては、例えば以下のものが挙げられる。ここで、フェライト安定化元素・オーステナイト安定化元素については、石田清仁、西澤泰二、日本金属学会誌、36、270(1972)を参考にした。また、セメンタイトに固溶する元素、独自の炭化物を作りやすい元素については、児島明彦、溶接学会誌、77、33(2008)に記載の表5を参考にした。また、窒化物及びホウ化物については、石黒康英、“鉄鋼材料における析出挙動に関する研究”、学位論文、名古屋大学(甲第8507号)(2009)を参考にした。
【0064】
【0065】
また、鉄鋼材料以外にも、例えば非鉄金属体を構成する元素と、着目しうる物理量と、の間の関連性が高い組み合わせとしては、以下のものが挙げられる。ここで、Ti合金については、木村啓造、鉄と鋼、72、113(1986)を参考にした。また、Al合金については、正橋直哉、“アルミニウムの基礎”、ものづくり基礎講座(第30回技術セミナー)(2012)を参考にした。また、Mg合金については、鎌土重晴、“優れた加工性を有する熱処理型展伸マグネシウム合金の開発”、ALCA新技術説明会(2018)を参考にした。
【0066】
【0067】
推定部107が、類似度を算出する際に用いる類似度解析処理については、ベクトル又は画像間の類似度を算出可能な解析処理であれば、様々なものを利用可能である。このような類似度解析処理として、例えば以下の表3に示すような、類似度に対応する関数を用いた各種の処理を挙げることができる。かかる関数は、例えばMathematicaのような各種の数値演算アプリケーションを利用することで、用いることができる。
【0068】
【0069】
なお、上記のような関数の選択にあたっては、適用する金属体に応じて予め検証を実施し、得られた結果から適切なものを選択すればよい。また、場合によっては、複数の関数から推定された最終熱処理温度を平均処理する等のキャリブレーション操作により、類似度の算出方法を決定してもよい。
【0070】
また、推定部107は、類似度を算出する際に、深層学習(Deep Learning)処理を利用した類似度解析処理を用いてもよい。深層学習処理は、機械学習法の一種であるニューラルネットワークを多層に構築したものである。本実施形態においても、深層学習処理の利用は、メトリックラーニング(Metric Learning)との連携で有効となる。
【0071】
メトリックラーニング(計量学習)とは、データ間の関係性を考慮した特徴量空間を学習する手法であり、「どの関係性を重視するか」を制御して、情報検索やクラスタリング、個体認識などを行うものである。深層学習と軽量学習とを連携させたディープメトリックラーニングは、2つの特徴ベクトル間の「距離」がデータの「類似度」を反映するように、ディープニューラルネットワーク(DNN)モデルを訓練する手法となる。
【0072】
例えば、同じクラスに属する(すなわち、類似する)サンプルから得られる特徴量ベクトル間の距離は小さくなる一方で、異なるクラスに属する(すなわち、非類似である)サンプルから得られる特徴量ベクトル間の距離は大きくなるように、DNNモデルを訓練すればよい。ここで「距離」として用いられるのは、例えば表3に示したユークリッド距離やコサイン類似度など、2つのベクトルの間で定義される計量である。DNNモデルは、「特徴量ベクトル」そのものではなく、「2つの特徴量ベクトルの関係性」を学習するモデルであるため、訓練に用いた教師データには存在しない特徴量ベクトルについても対応可能であるという特徴を有する。従って、かかる方法を適用することで、より信頼性の高い類似度関数を得ることが可能となる。
【0073】
推定部107が、上記のような方法を用いて、第1ベクトルと、第2ベクトル群に含まれる第2ベクトルのそれぞれと、の間、又は、第1マッピング画像と、第2マッピング画像群に含まれる第2マッピング画像のそれぞれと、の間で類似度を算出することで、例えば
図9に模式的に示したような、第2ベクトルや第2マッピング画像に対応した温度(範囲:Ta~Tb)と、類似度と、の関係を示した曲線を得ることができる。
【0074】
推定部107は、
図9に例示したような温度と類似度とで規定される平面において、類似度の最大値又は最小値を与える温度を特定し、この最大値又は最小値を与える温度に基づき、最終熱処理温度を推定する。例えば
図9に示した例では、類似度の値が高くなるほど、第1ベクトルや第1マッピング画像と、ある温度での第1ベクトルや第2マッピング画像と、が類似していることを表している。そのため、推定部107は、最大値を与える温度Tfを、最終熱処理温度と推定する。
【0075】
図10は、
図6に示した第1マッピング画像と、
図8に示した第2マッピング画像群ついて、上記表3に示した各関数を算出した結果を示したものである。表3に示した関数は、いずれも、類似度が高くなるほど算出される値が小さくなる関数であるため、最小値を与える温度Tfが、最終熱処理温度と推定される。
【0076】
図10に示したように、表3に示したほとんどの関数において、ほぼ同様の温度において類似度が最小値を示していることがわかる。また、一部の関数においては、最小値ではなく極小値が存在するものや、最小値や極小値を規定できないものが存在する。そのため、事前に検証を実施して、着目する金属体に適切な関数を用いるようにすればよい。
【0077】
また、推定部107は、上記のように、ある1つの元素に関する第1ベクトルや第1マッピング画像と、ある物理量に関する第2ベクトルや第2マッピング画像との組み合わせから最終熱処理温度を推定するのではなく、互いに異なる元素についての第1ベクトルや第1マッピング画像と、その元素に対応する物理量についての第2ベクトルや第2マッピング画像と、の複数の組み合わせを用いて、最終熱処理温度を推定してもよい。
【0078】
例えば、
図3に示したEPMAに基づく含有量データにおいては、C、Si、Mnという3つの元素に関する知見が得られる。そのため、推定部107は、「Cについての第1ベクトルや第1マッピング画像と、セメンタイトの相分率に関する第2ベクトルや第2マッピング画像との組み合わせ」、「Siについての第1ベクトルや第1マッピング画像と、bcc相の相分率に関する第2ベクトルや第2マッピング画像との組み合わせ」、「Mnについての第1ベクトルや第1マッピング画像と、fcc相の相分率に関する第2ベクトルや第2マッピング画像との組み合わせ」という3つの組み合わせのうち2つ以上を用いて、最終熱処理温度を推定してもよい。
【0079】
この場合、推定部107は、互いに異なる元素についての第1ベクトルや第1マッピング画像と、対応する第2ベクトルや第2マッピング画像の複数の組み合わせのそれぞれについて、類似度の最大値又は最小値を与える前記温度を特定する。その後、得られた複数の最大値又は最小値を与える温度に基づき、最終熱処理温度を推定すればよい。具体的には、推定部107は、得られた複数の温度の最小値、最大値又は平均値を、最終熱処理温度とすればよい。
【0080】
推定部107は、上記のようにして着目する金属体について最終熱処理温度を推定すると、得られた推定結果のデータを、後述する出力制御部109へと出力する。また、推定部107は、得られた推定結果のデータを、当該データを生成した日時に関する時刻情報と関連付けた上で、記憶部113に履歴情報として格納してもよい。
【0081】
再び
図4に戻って、出力制御部109について説明する。
出力制御部109は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。出力制御部109は、推定部107から出力された、着目する金属体における最終熱処理温度に関する情報を、熱処理温度推定装置10のユーザに出力する。具体的には、出力制御部109は、推定部107から出力された推定結果に関するデータを、当該データが生成された日時等に関する時刻データと関連付けて、各種サーバや制御装置に出力したり、プリンタ等の出力装置を利用して紙媒体として出力したりする。また、出力制御部109は、推定結果に関するデータを、外部に設けられたコンピュータ等の各種の情報処理装置や各種の記録媒体に出力してもよい。
【0082】
また、出力制御部109は、推定部107による推定結果に関するデータを、後述する表示制御部111に出力することができる。
【0083】
表示制御部111は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。表示制御部111は、出力制御部109から出力された推定結果を、熱処理温度推定装置10が備えるディスプレイ等の出力装置や熱処理温度推定装置10の外部に設けられた出力装置等に表示する際の表示制御を行う。これにより、熱処理温度推定装置10のユーザは、着目する金属体における最終熱処理温度の推定結果を、その場で把握することが可能となる。
【0084】
記憶部113は、熱処理温度推定装置10が備える記憶装置の一例であり、例えば、ROM、RAM、ストレージ装置等により実現される。この記憶部113には、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10が何らかの処理を行う際に保存する必要が生じた様々なパラメータや処理の途中経過(例えば、事前に格納されている各種のデータやデータベース、及び、プログラム等)が、適宜記録される。この記憶部113は、含有量データ取得部101、第1ベクトル生成部103、第2ベクトル生成部105、推定部107、出力制御部109、表示制御部111等が、自由にデータのリード/ライト処理を行うことが可能である。
【0085】
以上、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10について、詳細に説明した。
なお、以上の説明では、以上説明したような機能を有する各処理部が、1つの装置内に実装されている場合を例に挙げたが、以上説明したような処理部の一つ又は複数が、ネットワークを介して接続された、各種のコンピュータ等の複数の装置に分散して実装されていてもよい。この場合、複数の装置全体からなるシステムが互いに連携して稼働することにより、システム全体として、熱処理温度推定装置10の機能を実現することとなる。すなわち、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10の機能は、複数のコンピュータ等に分散して実装されて、熱処理温度推定システムという形で存在していてもよい。
【0086】
以上、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10の機能の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材や回路を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。また、各構成要素の機能を、CPU等が全て行ってもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用する構成を変更することが可能である。
【0087】
なお、上述のような本実施形態に係る熱処理温度推定装置の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、パーソナルコンピュータ等に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどである。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。
【0088】
(熱処理温度推定方法について)
続いて、
図11を参照しながら、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10を用いた熱処理温度推定方法の流れの一例について、簡単に説明する。
図11は、本実施形態に係る熱処理温度推定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【0089】
本実施形態に係る熱処理温度推定方法では、まず、含有量データ取得部101が、着目する金属体の合金成分の含有量に関するデータ(含有量データ)を取得する(ステップS101)。含有量データ取得部101は、取得した含有量データを、第1ベクトル生成部103及び第2ベクトル生成部105に、それぞれ出力する。
【0090】
第1ベクトル生成部103は、伝送された含有量データに基づき、合金成分のうちの少なくとも1つの元素について、第1ベクトルや第1マッピング画像を生成する(ステップS103)。その後、第1ベクトル生成部103は、生成した第1ベクトルや第1マッピング画像を、推定部107へと出力する。
【0091】
また、第2ベクトル生成部105は、伝送された含有量データに基づき、金属体の物理量の少なくとも1つについて、第2ベクトルや第2マッピング画像を生成する(ステップS105)。より詳細には、第2ベクトル生成部105の熱力学解析計算部121は、伝送された含有量データに基づき、着目する金属体について、複数の温度で熱力学解析計算を実施する。その後、ベクトル生成部123は、得られた熱力学計算結果を用いて、金属体の物理量の少なくとも1つについて、複数の第2ベクトルや第2マッピング画像を生成する。その後、ベクトル生成部123は、生成した第2ベクトルや第2マッピング画像を、推定部107へと出力する。
【0092】
推定部107は、第1ベクトル生成部103により生成された第1ベクトルや第1マッピング画像と、第2ベクトル生成部105により生成された各温度での第2ベクトルや第2マッピング画像と、に基づき、最終熱処理温度を推定する(ステップS107)。より詳細には、推定部107は、第1ベクトル又は第1マッピング画像と、各第2ベクトル又は各第2マッピング画像と、の間の類似度をそれぞれ算出し、類似度の最大値又は最小値を与える温度に基づき、着目する金属体についての最終熱処理温度を推定する。推定部107は、着目する金属体についての最終熱処理温度を推定すると、得られた推定結果を、出力制御部109へと出力する。
【0093】
出力制御部109は、推定部107により推定された金属体についての最終熱処理温度を、出力する(ステップS109)。これにより、熱処理温度推定方法の利用者は、着目している金属体について、最終熱処理温度の推定結果を把握することができる。
【0094】
以上、本実施形態に係る熱処理温度推定方法の流れの一例について、簡単に説明した。
【0095】
なお、本実施形態では、主に、合金成分に含まれる元素の分布状態及び金属体に関する物理量について、分布状態を画像で表現(つまり、可視化)して、それぞれ第1マッピング画像及び第2マッピング画像とする場合について説明した。しかしながら、合金成分に含まれる元素の分布状態及び金属体に関する物理量について、分布状態を必ずしも画像で表現する必要は無く、上記のように、一般のベクトルで表現して、それぞれ第1ベクトル及び第2ベクトルとしてもよい。
【0096】
第1ベクトルは、例えば、上記のように合金成分に含まれる元素の含有量からなるベクトルであってもよいし、合金成分に含まれる元素の含有量から変換された画素値以外の量からなるベクトル等であってもよい。また、第2ベクトルは、例えば、上記のように金属体に関する物理量からなるベクトルであってもよいし、金属体に関する物理量から変換された画素値以外の量からなるベクトル等であってもよい。画素値という条件が無ければ、例えば、有限の階調を有するといった制約はなくなる。そして、一般のベクトルを用いても、本実施形態に記載した類似度解析処理により類似度を算出し、最終熱処理温度を推定することができる。
【0097】
<まとめ>
以上説明したように、本実施形態に係る熱処理温度推定方法及び熱処理温度推定方法によれば、着目する金属体の合金成分の含有量データのみから、金属体の熱処理温度(より詳細には、金属体を特徴づける最終熱処理温度)を推定することができる。これにより、着目する金属体について、その組織を特徴づける縮約指標として、最終熱処理温度を推定可能な技術を提供することが可能となる。これにより、金属体製品の製造ロットの判別等を、以下の実施例に示すように推定精度50℃程度で推定することができ、利用者の利便性を向上させることが可能となる。
【0098】
≪第2の実施形態≫
次に、本発明の第2の実施形態に係る熱処理温度推定装置について、詳細に説明する。
先だって説明したような、第1の実施形態に係る熱処理温度推定装置は、所定の合金成分からなり、熱処理が行われることで製造された金属体について、この金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理温度を推定する装置であった。以下で説明する、第2の実施形態に係る熱処理温度推定装置は、推定した熱処理温度(最終熱処理温度)を利用して、更に、金属体に対して最後に実施された熱処理での熱処理時間を推定する装置である。
【0099】
図12は、本実施形態に係る熱処理温度推定装置で実施される熱処理時間の推定処理について説明するための説明図である。
金属体に対して施される熱処理では、
図12に模式的に示したように、対象となる金属体を所望の最終熱処理温度まで加熱して、かかる最終熱処理温度を、所望の時間だけ保持した後に、所望の温度まで冷却することが行われる。この、最終熱処理温度を保持している時間を、以下では、「最終熱処理時間」と称することとする。
【0100】
(熱処理温度推定装置について)
<熱処理温度推定装置の構成について>
次に、
図13及び
図14を参照しながら、本実施形態に係る熱処理温度推定装置の構成について、詳細に説明する。
図13は、本実施形態に係る熱処理温度推定装置の全体的な構成を模式的に示したブロック図であり、
図14は、本実施形態に係る熱処理時間の推定処理について説明するための説明図である。
【0101】
本実施形態に係る熱処理温度推定装置10Aは、
図13に示したように、含有量データ取得部101と、第1ベクトル生成部103と、第2ベクトル生成部105と、推定部107と、出力制御部109と、表示制御部111と、記憶部113と、熱処理時間変化関数導出部151と、熱処理時間依存量データ取得部153と、最終熱処理時間推定部155と、データベース作成部157と、を有している。
【0102】
ここで、含有量データ取得部101、第1ベクトル生成部103、第2ベクトル生成部105、推定部107、出力制御部109、表示制御部111、及び、記憶部113については、第1の実施形態に係る熱処理温度推定装置10における各処理部と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものであるため、以下では詳細な説明は省略する。
【0103】
熱処理時間変化関数導出部151は、例えば、CPU、ROM、RAM、入力装置、通信装置等により実現される。以下では、推定部107により推定された最終熱処理温度で行われる熱処理において、熱処理時間の長さによって変化する、金属体に関する観測量又は物理量のことを、「熱処理時間依存量」と称することとする。熱処理時間変化関数導出部151は、かかる熱処理時間依存量について、熱処理時間依存量の時間変化を表す熱処理時間変化関数を導出する。
【0104】
鉄鋼材料をはじめとする金属体は、熱処理の間に、金属体から様々なものが抜け出たり、場合によっては侵入したりする。この熱処理の際には、熱処理が施されている金属体と、その外界との間で、各種の物質(例えば、原子、分子等)や、熱エネルギー等の各種のエネルギーのやり取りが行われている。そのため、金属体に施される熱処理を考察する際の考察系は、統計熱力学における、いわゆる「開放系(open system)」であるといえる。
【0105】
熱処理の際に金属体を構成する金属組織から抜け出たり、金属組織に侵入したりする物質等は、金属体に生じる反応に応じて様々なものが考えられる。そのため、例えば合金成分の含有量等のような観測量では、開放系における時間変化に伴う金属組織の変化を考察する際に、考慮すべき対象がケースバイケースになりすぎて、統一的な取り扱いが不便なものになると推察される。
【0106】
そこで、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10Aでは、金属体に生じる反応に依らずに統一的な取り扱いが可能な、科学的な指標を導入する。そして、かかる科学的な指標を、熱処理時間依存量として取り扱う。このような統一的な取り扱いが可能な科学的な指標があれば、かかる指標の時間変化を追跡することで、熱処理時間の推定が可能になる。
【0107】
金属体に生じる反応に依らずに統一的な取り扱いが可能な指標として、各種のエネルギーに関する物理量に着目することが考えられる。かかる指標について、本発明者が鋭意検討した結果、金属組織の平均自由エネルギーに着目することに想到した。
【0108】
いま、熱処理時間tを変数として、金属組織の平均自由エネルギーを表現した物理量(すなわち、着目すべき熱処理時間依存量)をVP(t)と表すこととする。このとき、かかる平均自由エネルギーを表現した物理量VP(t)を、以下の式(101)のように定義する。
【0109】
【0110】
ここで、上記式(101)における右辺第一項は、熱処理時間tを変数とする、金属体の含有量データに基づき、CALPHAD法等の熱力学解析計算により算出された、温度Tにおける金属体の組織の平衡自由エネルギーである。また、上記式(101)における右辺第二項は、熱処理時間tを変数とする、金属体の含有量データに基づき、CALPHAD法等の熱力学解析計算により算出された、温度Tの金属体の組織における基準となる状態の自由エネルギーである。すなわち、上記式(101)における右辺は、金属組織における基準となる状態からの、自由エネルギーの相対的な差分(ΔEEq
T(t))を表しているといえる。
【0111】
ここで、温度Tの金属体の組織における基準となる状態としては、着目する金属体の特性を考慮して適宜設定すればよいが、例えば、上記表1及び表2に示したような、第2ベクトル生成部105において第2ベクトルを生成する際に着目した物理量とすることが好ましい。
【0112】
また、指標VP(t)を算出する際に用いる各自由エネルギーの値は、熱処理時間を推定しようとしている金属体の含有量データ、又は、推定しようとしている金属体と類似した金属体の含有量データと、推定部107により推定された最終熱処理温度と、を用いて、CALPHAD法等の熱力学解析計算や、Phase-Field法等の物理モデルに基づく解析計算から得られた解析計算結果を用いて、算出してもよい。
【0113】
また、熱処理時間を推定しようとしている金属体、又は、推定しようとしている金属体と類似している金属体に対応する合金成分を有する合金素材を用いて、熱処理温度を変えながら実際に複数の金属体サンプルを製造してもよい。その上で、各金属体サンプルの含有量をEPMAにより測定し、得られたEPMAの測定結果(すなわち、含有量の分布状態を示したデータである、含有量データ)を用いて、CALPHAD法等の熱力学解析計算により、指標VP(t)を算出する際に用いる各自由エネルギーの値を算出してもよい。
【0114】
上記のようにして得られた、異なる複数の時間における熱処理時間依存量を、縦軸を熱処理時間依存量の値とし、横軸を熱処理時間とした座標平面にプロットすることで、
図14に模式的に示したようなグラフ図を得ることができる。
【0115】
ここで、上記の平均自由エネルギーVP(t)の算出処理は、第2ベクトル生成部105が有する熱力学解析計算部121により実施されてもよいし、熱処理温度推定装置10Aの外部に設けられた、各種のコンピュータ等の情報処理装置によって別途実施されてもよい。
【0116】
熱処理時間変化関数導出部151は、上記のようにして、複数の熱処理時間tにおいて、VP(t)の値を取得した後、上記式(101)を、以下の式(102)の右辺に示した1又は複数の項の線形結合で表現される関数形でフィッティングし、得られたフィッティング結果を、熱処理時間変化関数とする。なお、以下の式(102)において、tは、熱処理時間を表す変数であり、VP
0、APi、τPiは、それぞれ係数であり、iは、1以上の整数である。
【0117】
【0118】
ここで、統計熱力学において、外力が与えられた状態から出発して、考察系内の広義の歪が集団全体に分散・ランダム化して考察系外へと排出され、ある平衡に至るまでのプロセスは、「緩和現象」と呼ばれる。本実施形態で着目するような自由エネルギーの時間的推移も、典型的な緩和現象である。上記式(102)の右辺第二項において、複数の項の線形結合で表現される関数形を用いているのは、一般的に金属組織の形成過程は複数の反応過程が関与しうる過程であることから、各反応過程に対応する複数の緩和時間τPiを考慮するためである。なお、式(102)において、線形結合の項数iは、フィッティングに用いる熱処理時間依存量の個数や、フィッティング結果等に応じて適宜設定すればよい。このようなフィッティング処理は、例えば市販の数値演算アプリケーション等を用いて非線形の最小二乗法を実施することで、行うことが可能である。
【0119】
熱処理時間変化関数導出部151は、以上のようにして、熱処理時間変化関数を導出すると、導出した熱処理時間変化関数を、最終熱処理時間推定部155及びデータベース作成部157に出力する。また、熱処理時間変化関数導出部151は、導出した熱処理時間変化関数に関するデータを、当該データを生成した日時に関する時刻情報と関連付けた上で、記憶部113に履歴情報として格納してもよい。なお、熱処理時間変化関数導出部151が、導出した熱処理時間変化関数を出力する際には、かかる関数に、熱処理時間依存量の算出に用いた含有量データ等のように、熱処理時間変化関数を特徴づけるような属性情報を関連付けることが好ましい。
【0120】
熱処理時間依存量データ取得部153は、例えば、CPU、ROM、RAM、入力装置、通信装置等により実現される。熱処理時間依存量データ取得部153は、熱処理温度推定装置10Aの内部、又は、外部から、着目する金属体の熱処理時間依存量に関するデータである熱処理時間依存量データを取得する。
【0121】
例えば、熱処理時間依存量として、先だって説明したような金属組織の平均自由エネルギーVP(t)に着目する場合、熱処理時間依存量データ取得部153は、着目する金属体の含有量データに基づき算出された平均自由エネルギーVP(t)の具体的な値に関するデータを、第2ベクトル生成部105が有する熱力学解析計算部121、又は、熱処理温度推定装置10Aの外部に設けられた、各種のコンピュータ等の情報処理装置から取得する。
【0122】
熱処理時間依存量データ取得部153は、このようにして、着目する金属体の熱処理時間依存量データを取得すると、取得した熱処理時間依存量データを、後述する最終熱処理時間推定部155に出力する。また、熱処理時間依存量データ取得部153は、取得した熱処理時間依存量データを、当該データを生成した日時に関する時刻情報と関連付けた上で、記憶部113に履歴情報として格納してもよい。
【0123】
最終熱処理時間推定部155は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。最終熱処理時間推定部155は、熱処理時間依存量データ取得部153が取得した金属体の熱処理時間依存量と、熱処理時間変化関数導出部151が導出した熱処理時間変化関数と、に基づいて、着目する金属体の最終熱処理温度での熱処理時間である最終熱処理時間を推定する。
【0124】
熱処理時間変化関数導出部151が導出した熱処理時間変化関数は、
図14に模式的に示したように、最終熱処理時間を推定する際の、いわゆる検量線として用いることができる。そこで、最終熱処理時間推定部155は、金属体の熱処理時間依存量と、熱処理時間変化関数と、を用いて、金属体の熱処理時間依存量に対応する値を与える熱処理時間tを推定する。その上で、最終熱処理時間推定部155は、このようにして推定された熱処理時間tを、最終熱処理時間として取り扱う。
【0125】
最終熱処理時間推定部155は、上記のようにして最終熱処理時間を推定すると、得られた最終熱処理時間に関するデータを、出力制御部109へと出力する。また、最終熱処理時間推定部155は、得られた最終熱処理時間のデータを、当該データを生成した日時に関する時刻情報と関連付けた上で、記憶部113に履歴情報として格納してもよい。
【0126】
また、熱処理時間変化関数導出部151により導出された熱処理時間変化関数が、後述するデータベース作成部157によりデータベース化されている場合、最終熱処理時間推定部155は、作成されているデータベースを参照して、着目した金属体に適した熱処理時間変化関数を特定してもよい。その上で、最終熱処理時間推定部155は、特定した熱処理時間変化関数を用いて、最終熱処理時間を推定する。
【0127】
データベース作成部157は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。データベース作成部157は、熱処理時間変化関数導出部151により導出された熱処理時間変化関数を、データベース化して、生成されたデータベースを例えば記憶部113等に格納する。この際、データベース作成部157は、例えば、金属体が有している合金成分の種別や、詳細な含有量データ等のように、熱処理時間変化関数を特徴づけるような属性情報を関連付けた上で、データベースを作成することが好ましい。これにより、最終熱処理時間推定部155は、かかる属性情報に基づいて、所望の熱処理時間変化関数を検索することが可能となる。
【0128】
以上、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10Aについて、詳細に説明した。
なお、以上の説明では、以上説明したような機能を有する各処理部が、1つの装置内に実装されている場合を例に挙げたが、以上説明したような処理部の一つ又は複数が、ネットワークを介して接続された、各種のコンピュータ等の複数の装置に分散して実装されていてもよい。この場合、複数の装置全体からなるシステムが互いに連携して稼働することにより、システム全体として、熱処理温度推定装置10Aの機能を実現することとなる。すなわち、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10Aの機能は、複数のコンピュータ等に分散して実装されて、熱処理温度推定システムという形で存在していてもよい。
【0129】
以上、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10Aの機能の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材や回路を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。また、各構成要素の機能を、CPU等が全て行ってもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用する構成を変更することが可能である。
【0130】
なお、上述のような本実施形態に係る熱処理温度推定装置の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、パーソナルコンピュータ等に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどである。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。
【0131】
<最終熱処理時間の推定処理の一例>
以下では、
図15~
図20を参照しながら、以上説明したような最終熱処理時間の推定処理の一例について、具体的に説明する。
【0132】
図15は、金属体サンプルに実施した熱処理の一例について説明するための説明図である。以下の具体例では、合金成分の平均組成が、0.3質量%C-5.0質量%Mn-Feであったビレット、及び、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feであったビレットを用いて、マンネスマン法により、継目無鋼管を製造した。かかる継目無鋼管の製造に際して、得られた鋼管を、室温から保持温度まで、10℃/秒の平均昇温速度で加熱して、保持温度を100秒、1000秒、20時間、又は、336時間保持した後に、水冷する熱処理を実施した。かかる熱処理は、短時間熱処理での脱炭反応を抑制するために、すべてAr雰囲気下で実施した。ここで、保持温度は、0.3質量%C-5.0質量%Mn-Feのビレットにおいては680℃とし、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feのビレットにおいては780℃とした。
【0133】
これらの合金成分を有する鋼材は、fcc相を主たる相とする金属組織となる。本具体例では、得られた継目無鋼管について、EPMA(JEOL社製JXA-8530F)を用いて、合金成分(C、Si、Mn)の分析を行った。得られた結果のうち、Mn含有量のデータの分布範囲は、0.3質量%C-5.0質量%Mn-Feにおいては、0~7.5質量%となり、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feにおいては、0~2.5質量%となった。
図16は、得られた各金属体サンプルにおける、Mn含有量の分布状態を示した第1マッピング画像群を示した図である。
【0134】
以上のような含有量データを用いて、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10Aにより、最終的に実施された熱処理における熱処理温度を推定する処理を行った。なお、本例では、第1マッピング画像として、Mn含有量の分布状態を示すマッピング画像を生成し、第2マッピング画像として、600~800℃の温度範囲で、fcc相の相分率に関するマッピング画像を生成した(ΔT=1℃とした。)。これらのマッピング画像群を用いて、本実施形態に係る最終熱処理温度の推定方法を用いて、最終熱処理温度を推定した。
【0135】
得られた結果を、
図17に示した。
図17は、得られた金属体サンプルの最終熱処理温度の推定値を示した図である。
図17から明らかなように、本実施形態に係る最終熱処理温度の推定方法により推定した最終熱処理温度は、各熱処理時間のいずれにおいても、実際の保持温度と極めて近い値を示していることがわかる。
【0136】
EPMAにより得られた各含有量のデータと、
図17に示した最終熱処理温度と、を用いて、各熱処理時間について、上記式(101)に準じて、CALPHAD法により、EPMAの各測定位置での金属組織の自由エネルギーを算出し、そのエネルギー値の分布状態を画像化した。この際、着目している合金成分を有する金属体サンプルは、fcc相とbcc相が想定される二相鋼であることから、金属組織の基準となる状態として、fcc相を選択した。得られた自由エネルギーの分布状態を示したマッピング画像群を、
図18に示した。
図18は、得られた金属体サンプルにおける金属組織の自由エネルギーの分布を可視化したマッピング画像群を示した図である。
図18の各図について、自由エネルギーの平均値を算出することで、金属組織の平均自由エネルギーV
P(t)とした。
【0137】
各合金成分について、得られた平均自由エネルギーV
P(t)(t=100秒、1000秒、20時間、336時間)の値の推移の様子を、
図19に示した。
図19は、得られた金属体サンプルにおける平均自由エネルギーの時間変化を示したグラフ図であり、
図19の縦軸は、平均自由エネルギーV
P(t)の値であり、
図19の横軸は、常用対数表示した熱処理時間である。
【0138】
図19に示した平均自由エネルギーの推移に対して、市販の数値演算アプリケーションを用いて非線形の最小二乗法を実施して、熱処理時間変化関数を導出した。なお、かかるフィッティングに際して、式(102)の右辺における項数i=1とした。i=1に設定した式(102)において、未知数は3つであり、算出した平均自由エネルギーV
P(t)の個数は4つであることから、式(102)の各係数を決定することができる。得られた結果を、
図20に示した。
図20は、得られた金属体サンプルに対応する熱処理時間変化関数を示した図である。
図20に示したような熱処理時間変化関数を用い、各熱処理時間tでの平均自由エネルギーの値を用いることで、熱処理時間tを推定することが可能となる。
【0139】
(熱処理温度推定方法について)
次に、
図21を参照しながら、本実施形態に係る熱処理温度推定装置10Aによる熱処理温度推定方法の流れについて、簡単に説明する。
図21は、本実施形態に係る熱処理温度推定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【0140】
本実施形態に係る熱処理温度推定方法では、まず、第1ベクトル生成部103、第2ベクトル生成部105及び推定部107が互いに連携することにより、第1の実施形態で説明した熱処理温度推定方法に即して、着目する金属体の最終熱処理温度が推定される(ステップS201)。得られた最終熱処理温度の推定結果は、熱処理時間変化関数導出部151へと出力される。
【0141】
熱処理時間変化関数導出部151は、取得した最終熱処理温度と、最終熱処理温度の推定に用いられた含有量データと、を用いて、熱処理時間変化関数を導出する(ステップS203)。その後、熱処理時間変化関数導出部151は、得られた熱処理時間変化関数を、最終熱処理時間推定部155へと出力する。
【0142】
また、熱処理時間依存量データ取得部153は、例えば金属組織の平均自由エネルギーのような、着目する金属体における複数の異なる熱処理時間での熱処理時間依存量データを取得し(ステップS205)、取得したデータを、最終熱処理時間推定部155へと出力する。
【0143】
最終熱処理時間推定部155は、取得した、着目する金属体の熱処理時間依存量データと、熱処理時間変化関数と、を用いて、着目する金属体の最終熱処理時間を推定する(ステップS207)。その後、最終熱処理時間推定部155は、推定した最終熱処理時間を、出力制御部109へと出力する。
【0144】
出力制御部109は、最終熱処理時間推定部155により推定された金属体についての最終熱処理時間を、出力する(ステップS209)。これにより、熱処理温度推定方法の利用者は、着目している金属体について、最終熱処理時間の推定結果を把握することができる。
【0145】
以上、本実施形態に係る熱処理温度推定方法の流れの一例について、簡単に説明した。
【0146】
(まとめ)
以上説明したような熱処理時間の推定方法をも含む、本実施形態に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法によれば、着目する金属体の合金成分の含有量データのみから、金属体の熱処理温度と熱処理時間とを推定することができる。これにより、着目する金属体について、その組織を特徴づける縮約指標として、最終熱処理温度及び最終熱処理時間を推定可能な技術を提供することが可能となる。
【0147】
(熱処理温度推定装置のハードウェア構成について)
次に、
図22を参照しながら、本発明の各実施形態に係る熱処理温度推定装置10、10Aのハードウェア構成について、詳細に説明する。
図22は、本発明の実施形態に係る熱処理温度推定装置10、10Aのハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【0148】
熱処理温度推定装置10、10Aは、主に、CPU901と、ROM903と、RAM905と、を備える。また、熱処理温度推定装置10は、更に、バス907と、入力装置909と、出力装置911と、ストレージ装置913と、ドライブ915と、接続ポート917と、通信装置919とを備える。
【0149】
CPU901は、中心的な処理装置及び制御装置として機能し、ROM903、RAM905、ストレージ装置913、又はリムーバブル記録媒体921に記録された各種プログラムに従って、熱処理温度推定装置10、10A内の動作全般又はその一部を制御する。ROM903は、CPU901が使用するプログラムや演算パラメータ等を記憶する。RAM905は、CPU901が使用するプログラムや、プログラムの実行において適宜変化するパラメータ等を一次記憶する。これらはCPUバス等の内部バスにより構成されるバス907により相互に接続されている。
【0150】
バス907は、ブリッジを介して、PCI(Peripheral Component Interconnect/Interface)バスなどの外部バスに接続されている。
【0151】
入力装置909は、例えば、マウス、キーボード、タッチパネル、ボタン、スイッチ及びレバーなどユーザが操作する操作手段である。また、入力装置909は、例えば、赤外線やその他の電波を利用したリモートコントロール手段(いわゆる、リモコン)であってもよいし、熱処理温度推定装置10、10Aの操作に対応したPDA等の外部接続機器923であってもよい。更に、入力装置909は、例えば、上記の操作手段を用いてユーザにより入力された情報に基づいて入力信号を生成し、CPU901に出力する入力制御回路などから構成されている。ユーザは、この入力装置909を操作することにより、熱処理温度推定装置10に対して各種のデータを入力したり処理動作を指示したりすることができる。
【0152】
出力装置911は、取得した情報をユーザに対して視覚的又は聴覚的に通知することが可能な装置で構成される。このような装置として、CRTディスプレイ装置、液晶ディスプレイ装置、プラズマディスプレイ装置、ELディスプレイ装置及びランプなどの表示装置や、スピーカ及びヘッドホンなどの音声出力装置や、プリンタ装置、携帯電話、ファクシミリなどがある。出力装置911は、例えば、熱処理温度推定装置10、10Aが行った各種処理により得られた結果を出力する。具体的には、表示装置は、熱処理温度推定装置10、10Aが行った各種処理により得られた結果を、テキスト又はイメージで表示する。他方、音声出力装置は、再生された音声データや音響データ等からなるオーディオ信号をアナログ信号に変換して出力する。
【0153】
ストレージ装置913は、熱処理温度推定装置10、10Aの記憶部の一例として構成されたデータ格納用の装置である。ストレージ装置913は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)等の磁気記憶デバイス、半導体記憶デバイス、光記憶デバイス、又は光磁気記憶デバイス等により構成される。このストレージ装置913は、CPU901が実行するプログラムや各種データ、及び外部から取得した各種のデータなどを格納する。
【0154】
ドライブ915は、記録媒体用リーダライタであり、熱処理温度推定装置10、10Aに内蔵、あるいは外付けされる。ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体921に記録されている情報を読み出して、RAM905に出力する。また、ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体921に記録を書き込むことも可能である。リムーバブル記録媒体921は、例えば、CDメディア、DVDメディア、Blu-ray(登録商標)メディア等である。また、リムーバブル記録媒体921は、コンパクトフラッシュ(登録商標)(CompactFlash:CF)、フラッシュメモリ、又は、SDメモリカード(Secure Digital memory card)等であってもよい。また、リムーバブル記録媒体921は、例えば、非接触型ICチップを搭載したICカード(Integrated Circuit card)又は電子機器等であってもよい。
【0155】
接続ポート917は、機器を熱処理温度推定装置10、10Aに直接接続するためのポートである。接続ポート917の一例として、USB(Universal Serial Bus)ポート、IEEE1394ポート、SCSI(Small Computer System Interface)ポート、RS-232Cポート、HDMI(登録商標)(High-Definition Multimedia Interface)ポート等がある。この接続ポート917に外部接続機器923を接続することで、熱処理温度推定装置10、10Aは、外部接続機器923から直接各種のデータを取得したり、外部接続機器923に各種のデータを提供したりする。
【0156】
通信装置919は、例えば、通信網925に接続するための通信デバイス等で構成された通信インターフェースである。通信装置919は、例えば、有線もしくは無線LAN(Local Area Network)、Bluetooth(登録商標)、又はWUSB(Wireless USB)用の通信カード等である。また、通信装置919は、光通信用のルータ、ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)用のルータ、又は、各種通信用のモデム等であってもよい。この通信装置919は、例えば、インターネットや他の通信機器との間で、例えばTCP/IP等の所定のプロトコルに則して信号等を送受信することができる。また、通信装置919に接続される通信網925は、有線又は無線によって接続されたネットワーク等により構成され、例えば、インターネット、家庭内LAN、社内LAN、赤外線通信、ラジオ波通信又は衛星通信等であってもよい。
【0157】
以上、本発明の実施形態に係る熱処理温度推定装置10、10Aの機能を実現可能なハードウェア構成の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用するハードウェア構成を変更することが可能である。
【実施例0158】
以下では、実施例を示しながら、本発明に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法の一例にすぎず、本発明に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法が下記の例に限定されるものではない。
【0159】
(実施例1)
以下では、第1の実施形態に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法に対応する実施例について、具体的に説明する。
本実施例では、合金成分の平均組成が、0.2質量%C-5.0質量%Mn-2.0質量%Si-Feであったビレットを用いて、マンネスマン法により、継目無鋼管を製造した。かかる継目無鋼管の製造に際して、得られた鋼管を800℃で60秒間保持する熱処理と、かかる熱処理の後に実施される、鋼管を700℃で60秒間保持する熱処理と、を行った。
【0160】
得られた継目無鋼管について、EPMA(JEOL社製JXA-8530F)を用いて合金成分の分析を行った。その結果、C含有量、Mn含有量、Si含有量のデータの分布範囲は、C:-0.211~2.299質量%、Mn:3.028~8.315質量%、Si:1.291~2.663質量%となった。
【0161】
以上のような含有量データを用いて、熱処理温度推定装置により、最終的に実施された熱処理における熱処理温度(本例では、700℃)を推定する処理を行った。なお、本例では、第1マッピング画像として、Mn含有量の分布状態を示すマッピング画像を生成し、第2マッピング画像として、600~800℃の温度範囲で、fcc相の相分率に関するマッピング画像を生成した(ΔT=1℃とした。)。
【0162】
類似度を算出するための関数として、数値演算アプリケーションMathematicaに実装されている距離関数であるEuclidean Distance及びSquared Euclidean Distanceを使用し、それぞれの関数について、距離の最小値を与える温度を特定した。各関数から得られた温度を平均することで、最終熱処理温度とした。
【0163】
その結果、得られた最終熱処理温度は、658℃であった。実際の熱処理温度が700℃であることから、推定誤差は約50℃(詳細には、42℃)であることがわかった。
【0164】
なお、念のために、C含有量とセメンタイトの相分率、及び、Si含有量とbcc相の相分率の2つの組み合わせについても別途推定を行ったところ、最終熱処理温度は、それぞれ、668℃、666℃と推定された。
【0165】
以上より、本発明に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法を用いることで、着目する金属体について、最終熱処理温度を精度よく推定可能であることがわかった。
【0166】
(実施例2)
以下では、第2の実施形態に係る熱処理温度推定装置及び熱処理温度推定方法に対応する実施例について、具体的に説明する。
本実施例では、まず、
図15を参照しながら説明した、合金成分として、0.3質量%C-5.0質量%Mn-Feを有する継目無鋼管について、
図16~
図19を参照しながら説明した最終熱処理時間の推定処理を実施した。これにより、
図20に示したような、0.3質量%C-5.0質量%Mn-Feについての熱処理時間変化関数を導出した。
【0167】
次に、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feであったビレットを用いて、
図15を参照しながら説明したような熱処理により、継目無鋼管を製造した。その後、
図16~
図19を参照しながら説明した最終熱処理時間の推定処理に即して、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feについての、熱処理時間依存量データ(より詳細には、金属組織の平均自由エネルギーV
P(t)、t=100秒、1000秒、20時間、336時間)を算出した。かかる熱処理時間依存量データを用いた熱処理時間の推定処理により最終熱処理時間を推定し、実際の熱処理時間とどの程度の解離がみられるのかを検証した。
【0168】
ここで、0.3質量%C-5.0質量%Mn-Fe合金と、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Fe合金の双方は、先だって説明したように、fcc相とbcc相が想定される二相鋼であることから、緩和時間τPは、2つの合金で大きく変わらないと判断した。その上で、0.3質量%C-5.0質量%Mn-Feについての緩和時間τP(1/τP=2.36383×10-5)を、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feについての熱処理時間変化関数の緩和時間τPとして用いることとした。
【0169】
0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feの熱処理時間変化関数を導出するにあたって、緩和時間τPを他の合金系から流用したことで、式(102)における求めるべき未知数は、V
P
0とA
Pの2種類となる。算出した4つの平均自由エネルギーV
P(t)のうち、t=100秒の値と、t=336時間の値(具体的な値は、
図23に示した通りである。)と、を用いて、0.2質量%C-1.5質量%Si-1.5質量%Mn-Feの熱処理時間変化関数を導出したところ、V
P
0=-1.67460、A
P=0.95913を得ることができた。すなわち、本実施例で得られた熱処理時間変化関数は、
図20に示した場合とは異なる、V
P(t)=-1.67460+0.95913×exp(2.36383×10
-5×t)となった。
【0170】
導出した上記の熱処理時間変化関数と、算出した4つの平均自由エネルギーV
P(t)のうちt=1000秒、20時間のそれぞれの値と、を用いて、最終熱処理時間を推定した。得られた結果を、
図23にまとめて示した。
【0171】
図23に示したように、t=1000秒とした熱処理についての最終熱処理時間の推定結果は、4027秒となり、実際の熱処理時間の4.0倍の値となった。また、t=20時間とした熱処理についての最終熱処理時間の推定結果は、14時間となり、実際の熱処理時間の0.7倍の値となった。
【0172】
t=1000秒についての推定結果では、実際の熱処理時間の4.0倍の値を示したが、熱処理時間が短時間では金属組織の自由エネルギーの変化が小さいために、誤差が大きくなる傾向があることから、かかる傾向に則した結果が得られたものと推察された。また、本実施例では、熱処理時間t=4種類のみ(すなわち、EPMAの測定データについても、t=4種類のみ)と、測定回数Nがそもそも小さいために、誤差が大きくなったとも考えられる。
【0173】
一方、t=20時間についての推定結果では、ファクター2以下の誤差で推定が実施出来ていることがわかる。これより、推定に用いる熱処理時間tの個数を適切に調整することで、より精度の高い熱処理時間の推定が可能になるものと考えられる。
【0174】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。