(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151847
(43)【公開日】2022-10-07
(54)【発明の名称】癌細胞株のオルガノイド構造体の製造方法、オルガノイド構造体を製造するための培地添加剤及びオルガノイド構造体を用いる候補物質の抗腫瘍活性検定方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/09 20100101AFI20220929BHJP
C12N 5/095 20100101ALI20220929BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20220929BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
C12N5/09
C12N5/095
C07K14/47
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022049012
(22)【出願日】2022-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2021049395
(32)【優先日】2021-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】591088098
【氏名又は名称】癸巳化成株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】510126379
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立病院機構
(71)【出願人】
【識別番号】521158635
【氏名又は名称】宮崎 香
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 香
(72)【発明者】
【氏名】宮城 洋平
(72)【発明者】
【氏名】前澤 大介
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ61
4B063QR41
4B063QR77
4B063QX01
4B065AA93X
4B065AC12
4B065AC20
4B065BA25
4B065BB19
4B065BC46
4B065BD14
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】癌細胞株からオルガノイド構造体を製造するための新たな方法を提供すること
【解決手段】癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程を含む、オルガノイド構造体を製造するための方法。
【選択図】無し
【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程を含む、オルガノイド構造体を製造するための方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
癌細胞株を二次元培養する工程
上記二次元培養工程において培養容器底面に接着した細胞をトリプシン処理する工程
培養容器底面に接着した細胞の10%以下が上記トリプシン処理により遊離した時点で当該遊離している細胞を回収する工程
上記工程で回収した細胞を培養してスフェロイドを形成する工程、
上記工程で得られた癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程、及び上記工程で得られたオルガノイド構造体から桿状オルガノイド構造体を単離する工程
を含む、方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、
癌細胞株を培養する工程
上記培養により得られた細胞から、以下の(1)及び(2)を満たす細胞を選抜する工程:
(1)上皮細胞マーカーCDH1及び腸上皮幹細胞マーカーLGR5を発現している
(2)転写因子FOXA2を親細胞である前記癌細胞株と比較して2倍以上高発現している
上記工程で選抜した細胞を培養してスフェロイドを形成する工程、
上記工程で得られた癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程、及び上記工程で得られたオルガノイド構造体から桿状オルガノイド構造体を単離する工程
を含む、方法。
【請求項4】
前記スフェロイドの培養をAGM(angiomodulin)の存在下で行う、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記スフェロイドの培養を正常線維芽細胞と成長因子EGFの存在下で行う、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記癌細胞株がヒト由来である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記癌細胞株が大腸癌細胞株、膵臓癌細胞株、乳癌細胞株、肝臓癌細胞株又は肺癌細胞株である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の方法で得られるオルガノイド構造体。
【請求項9】
請求項2又は3に記載の方法で得られる、桿状のオルガノイド構造体。
【請求項10】
AGM(angiomodulin)を含む、オルガノイド構造体を製造するための培地添加剤。
【請求項11】
請求項8又は9に記載のオルガノイド構造体に、in vitroで候補物質を接触させる工程を含む、候補物質の抗腫瘍活性を検定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は癌細胞株のオルガノイド構造体の製造方法、オルガノイド構造体を製造するための培地添加剤及びオルガノイド構造体を用いる候補物質の抗腫瘍活性検定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤開発の現場では効果的な検定系が欠かせない。一般的には、試験管内(in vitro)での初期検定、マウスやサルなどでの動物実験、最後にヒトでの臨床研究で、その有効性が確認される。従来、代表的なin vitro検定ではシャーレ上でのがん細胞の単層培養系(二次元培養)(2D培養)が利用されてきた。しかし、この系での活性は必ずしも三次元(3D)環境にある生体内がん組織に対する活性を反映しないと考えられている。そこで多くの三次元培養法が検討されている(非特許文献1)。例えば、低接着容器上で細胞凝集塊を形成させる方法)があるが、この方法では生体内に近い組織形成がほとんど見られない(非特許文献2)。一方、コーニング(登録商標)社から商品名マトリゲル(Matrigel、登録商標)で販売されている再構成基底膜ゲル内で正常組織又は癌組織を培養する方法が試みられている(非特許文献3~7)。しかし、これらの三次元(3D)培養方法はまだ確立されておらず、簡便さや再現性の観点から、特に初期の抗癌剤開発での使用は現実的でない。従って、いつでも入手でき、かつ容易に維持、保存できる、癌細胞株の効率的なオルガノイド培養法が熱望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Asghar W, El Assal R, Shafiee H, et al. Engineering cancer microenvironments for in vitro3-D tumor models. Mater Today (Kidlington). 2015;18:539-553. doi: 10.1016/j.mattod.2015.05.002.
【非特許文献2】Myungjin Lee M, Mhawech-Fauceglia JP, et al. A three-dimensional microenvironment alters protein expression and chemosensitivity of epithelial ovarian cancer cells in vitro." Labor Invest. 93, 528-542, 2013.
【非特許文献3】Li ML, Aggeler J, Farson DA, et al. , Influence of a reconstituted basement membrane and its components on casein gene expression and secretion in mouse mammary epithelial cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 136-140, 1987.
【非特許文献4】Gao D, Ian Vela I, Sboner A. Organoid Cultures Derived from Patients with Advanced Prostate Cancer. Cell 159, 176-187, 2014
【非特許文献5】van de Wetering M, Francies HE, Francis JM, et al. Prospective Derivation of a Living Organoid Biobank of Colorectal Cancer Patients. Cell 161, 933-945, 2015.
【非特許文献6】Seino T, Kawasaki S, Shimokawa M. et al. Human Pancreatic Tumor Organoids Reveal Loss of Stem Cell Niche Factor Dependence during Disease Progression Cell Stem Cell 22, 454-467, 2018.
【非特許文献7】Debnath, J., Muthuswamy SK, et al. Morphogenesis and oncogenesis of MCF-10A mammary epithelial acini grown in threedimensional basement membrane cultures. Methods 30, 256-268, 2003.
【非特許文献8】Akaogi, K., Okabe, Y., Funahashi, K. et al. Cell adhesion activity of a 30-kDa major secreted protein from human bladder carcinoma cells. Biochem. Biophys. Res. commun., 198: 1046-1053, 1994.
【非特許文献9】Akaogi, K., Okabe, Y., Sato, J. et al. Specific accumulation of tumor-derived adhesion factor in tumor blood vessels and in capillary tube-like structures of cultured vascular endothelial cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93: 8384-8389, 1996.
【非特許文献10】Dexter, D.L., Barbosa, J.A., Calabresi, P. N,N-Dimethyl- formamide-induced alteration of cell culture: characteristics and loss of tumorigenicity in cultured human colon carcinoma cells. Cancer Res., 39: 1020-1025, 1979.
【非特許文献11】Komiya, E., Furuya, M., Watanabe, N. et al. Elevated expression of angiomodulin (AGM/IGFBP-rP1) in tumor stroma and its roles in fibroblast activation. Cancer Sci., 103: 691-699, 2012.
【非特許文献12】Komiya, E, Sato, H., Ise, I. et al. Angiomodulin (AGM/IGFBP-rP1) is a Molecular Marker of Vascular Endothelial Cells Activated by VEGF in Human Breast Cancers. Cancer Med. 3:537-49, 2014 doi: 10.1002/cam4.216.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、癌細胞株からオルガノイド構造体を製造するための新たな方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる状況の下、本発明者らは、多種多様な三次元培養のなかから再構成基底膜ゲルを用いた培養法に着目し、培養条件について多数の試行錯誤を重ねた結果、凝集していない癌細胞を再構成基底膜ゲルで三次元培養するのではなく、当該癌細胞を凝集させてスフェロイドを一旦形成させた上で、当該スフェロイドをゲル中に入れて培養することによりオルガノイド構造体を製造することができ、上記課題を解決し得ることを見出した。また、本発明者らは、三次元培養の際の条件についてさらに鋭意検討した結果、オルガノイド構造体を製造するための培地(ゲル)にAGM(angiomodulin)を添加することにより、非常に独特な桿状のオルガノイド構造体が得られ易いことを見出した。さらに細胞によっては、正常線維芽細胞や表皮成長因子EGFがオルガノイド形成を促進することを見いだした。本発明はこれらの新たな知見に基づくものである。従って、本発明は、以下の項を提供する:
【0006】
項1.癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程を含む、オルガノイド構造体を製造するための方法。
【0007】
項2.項1に記載の方法であって、
癌細胞株を二次元培養する工程
上記二次元培養工程において培養容器底面に接着した細胞をトリプシン処理する工程
培養容器底面に接着した細胞の10%以下が上記トリプシン処理により遊離した時点で当該遊離している細胞を回収する工程
上記工程で回収した細胞を培養してスフェロイドを形成する工程、
上記工程で得られた癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程、及び上記工程で得られたオルガノイド構造体から桿状オルガノイド構造体を単離する工程
を含む、方法。
【0008】
項3.項1に記載の方法であって、
癌細胞株を培養する工程
上記培養により得られた細胞から、以下の(1)及び(2)を満たす細胞を選抜する工程:
(1)上皮細胞マーカーCDH1と腸上皮幹細胞マーカーLGR5を発現している
(2)転写因子FOXA2を親細胞である前記癌細胞株と比較して2倍以上高発現している
上記工程で選抜した細胞を培養してスフェロイドを形成する工程、
上記工程で得られた癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程、及び上記工程で得られたオルガノイド構造体から桿状オルガノイド構造体を単離する工程
を含む、方法。
【0009】
項4.前記スフェロイドの培養をAGM(angiomodulin)の存在下で行う、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【0010】
項5.前記スフェロイドの培養を正常線維芽細胞と成長因子EGFの存在下で行う、項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【0011】
項6.前記癌細胞株がヒト由来である、項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【0012】
項7.前記癌細胞株が大腸癌細胞株、膵臓癌細胞株、乳癌細胞株、肝臓癌細胞株又は肺癌細胞株である、項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【0013】
項8.項1~7のいずれか一項に記載の方法で得られるオルガノイド構造体。
【0014】
項9.項2又は3に記載の方法で得られる、桿状のオルガノイド構造体。
【0015】
項10.AGM(angiomodulin)を含む、オルガノイド構造体を製造するための培地添加剤。
【0016】
項11.項8又は9に記載のオルガノイド構造体に、in vitroで候補物質を接触させる工程を含む、候補物質の抗腫瘍活性を検定する方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、癌細胞株からオルガノイド構造体を製造するための新たな方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】ヒト大腸癌細胞株DLD-1由来細胞のスフェロイド形成(1日目)
【
図2】DLD-1親細胞(DLD1-P)(左)と桿状構造を形成する細胞(DLD1-Wm)(右)のオルガノイド培養(4日目)
【
図3】DLD-1親細胞(DLD1-P)の不均一性とDLD1-Wm細胞の分離
【
図4】DLD-1親細胞(DLD1-P)とDLD1-Wm細胞のMatrigel内での経時的な3D培養
【
図5】オルガノイド培養におけるDLD1-P細胞のブドウ状構造とDLD1-Wm細胞の桿状構造の立体像(6日目)
【
図6】DLD1-Wm細胞オルガノイドにおけるEカドヘリン(左)とラミニン332(右)の発現分布:共焦点蛍光免疫染色像(いずれも赤いシグナル;青はDAPI核染色)。(6日目)
【
図7】DLD1-P細胞とDLD1-Wm細胞おけるインテグリン(Itg)αvとα5の発現レベルの免疫ブロッティング法による分析
【
図8】DLD1-Wm細胞のオルガノイド形成に対するAGMの作用の経時的変化
【
図9】DLD1-Wm細胞のオルガノイド形成に対するAGMタンパク質の作用
【
図10】Mock-DLD1-PとAGM-DLD1-Pのオルガノイド形成
【
図11】DLD1-PとDLD1-Wmの二次元(2D)培養および3Dオルガノイド培養におけるパクリタキセルの作用
【
図12】DLD1-PとDLD1-Wmのオルガノイド構造に対するパクリタキセルの作用(6日目)
【
図13】DLD1-PとDLD1-Wmの二次元(2D)培養および3Dオルガノイド培養における5フルオロウラシル(5FU) の作用
【
図14】DLD1-PとDLD1-Wmのオルガノイド構造に対する5FUの作用(3日目)
【
図15】正常線維芽細胞とEGFの共存下でのヒト大腸がん細胞株HT29のオルガノイド形成
【
図16】正常線維芽細胞とEGFの共存下でのヒト乳がん細胞株T47Dのオルガノイド形成
【発明を実施するための形態】
【0019】
オルガノイド構造体を製造するための方法
本発明は、癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程を含む、オルガノイド構造体を製造するための方法を提供する。
【0020】
本発明において、オルガノイド構造体とは臓器に特異的な種類の細胞の集合体を示し、典型的には、葡萄の房状構造、桿状構造、クリプト構造、腺管構造、シスト構造、分岐形成(branching)等の組織構造を有する細胞集合体を示す。
【0021】
本発明方法の原料である癌細胞株としては、特に限定されないが、例えば、大腸癌細胞株、膵臓癌細胞株、乳癌細胞株、肝臓癌細胞株又は肺癌細胞株等が挙げられる。本発明において、細胞株とは安定的に継代可能な株化細胞を意味する。本発明においては、再現性の有る検定系を構築する観点から、初代培養細胞ではなく、細胞株を使用する。これらの癌細胞株としては、ヒト等の哺乳動物由来のものが好ましい。より具体的には、癌細胞株としては、大腸癌細胞株であるDLD-1(JCRB9094)、RCM-1(JCRB0256)、HT29(JCRB1383)、CoCM-1(JCRB0257)、SW837(JCRB9115)、WiDr(JCRB0224)等;乳癌細胞株であるT47D(ECACC85102201)、MCF-7(JCRB0134)等;肝癌細胞株であるHep3B(ECACC8602703)等;膵癌細胞株であるCapan-2(ATCC HTB-80)等;胃癌細胞株であるMKN74(JCRB0255)等が挙げられる。上記括弧内のJCRBは、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所のJCRB細胞バンクに登録された細胞番号である。同様に、ECACC番号は欧州細胞バンクECACCの登録番号、ATCC番号は米国細胞バンクATCCの登録番号を意味する。またヒト正常線維芽細胞としては、特に限定されないが、例えば、肺組織由来の正常線維芽細胞OUS-11(JCRB1034)、胎児肺由来の正常線維芽細胞TIG-1(JCRB0501)やWI-38(JCRB0518)等が挙げられる。
【0022】
スフェロイドの形成方法
本発明の方法において再構成基底膜ゲル中での培養に供するスフェロイドは、例えば、培地中に懸濁した癌細胞を凝集させることにより得ることができる。従って、本発明の方法は、再構成基底膜ゲル中でのスフェロイドの培養工程より前に、癌細胞株のスフェロイドを形成する工程をさらに含んでいてもよい。均一なスフェロイドの形成は、例えば、多数の微細セルを有する非接着性培養容器に癌細胞株を播種し、培養することにより行うことができる。
【0023】
癌細胞株を培養してスフェロイドを形成するのに用いる培地としては、DMEM/F12培地、DMEM培地、RPMI 1640培地、MEM培地等を用いることができる。当該培地には、牛血清、抗生物質、増殖因子等の添加物を配合してもよい。当該培地としては、液体培地が好ましい。当該培養を開始する際の培地中の癌細胞株の数は、例えば、2 x 104 ~5 x 105 cells/ml、好ましくは5 x 104 ~2 x 105 cells/mlの範囲で設定できる。培養温度は特に限定されず、30~40℃、より好ましくは35~37℃の範囲で適宜設定できる。培養時間も特に限定されないが、例えば、10時間~100時間、より好ましくは18~70時間の範囲で適宜設定できる。かかる工程により、癌細胞株が増殖、凝集して、スフェロイドを形成する。
【0024】
また、ヒト大腸癌細胞株(DLD-1等)等を用いた実施形態において、スフェロイドの形成に用いる癌細胞株として、癌細胞株を一旦 二次元培養した後、トリプシン処理した際に、培養容器の壁面から遊離しやすい細胞を用いることが好ましい。より具体的には、かかる実施形態においてスフェロイドの形成は困難になり、一部の細胞が小さいスフェロイドを形成する。このスフェロイドを、後述するような方法によって再構成基底膜ゲル中で培養すると少数の桿状オルガノイド体が形成される。桿状オルガノイド体をゲル中から取り出し二次元培養することにより、効率よくスフェロイドを形成し、かつ効率よく桿状オルガノイド体を形成する細胞が得られる。
【0025】
癌細胞株を二次元培養する工程
上記二次元培養工程において、特定の癌細胞株から桿状オルガノイド形成能をもつ細胞を選択するために、培養容器底面に接着した細胞をトリプシン処理する工程
培養容器底面に接着した細胞の10%以下が上記トリプシン処理により遊離した時点で当該遊離している細胞を回収する工程及び
上記工程で回収した細胞を培養してスフェロイドを形成する工程、
を含む方法により得ることができる。
【0026】
より具体的には、癌細胞株を二次元培養する工程は、典型的には、培養容器に培地に懸濁した癌細胞株を入れ、静置培養することにより行うことができる。かかる工程において、基礎培地培地としては、DMEM/F12培地、DMEM培地、RPMI 1640培地、MEM培地等を用いることができる。当該培地には、牛胎児血清、抗生物質、増殖因子等の添加物を配合してもよい。当該培地としては、液体培地が好ましい。二次元培養を開始する際の培地中の癌細胞株の数は、例えば、2 x 104 ~5 x 105cells/ml、好ましくは5 x 104 ~2 x 105 cells/mlの範囲で設定できる。培養温度は特に限定されず、30~40℃、より好ましくは35~37℃の範囲で適宜設定できる。培養時間も特に限定されないが、例えば、12時間~200時間、より好ましくは20~100時間の範囲で適宜設定できる。当該二次元培養工程において癌細胞株が培養容器底面に接着して増殖する。
【0027】
次に、二次元培養工程において培養容器底面に接着した細胞を生理食塩水(PBS)で一回洗浄した後トリプシン処理して回収する。細胞に添加するトリプシン液は0.05~0.25 % (w/v)トリプシン、より好ましくは0.1~0.15 %(w/v) リプシンで、0.02% (w/v)程度のEDTAを含むことが好ましい。トリプシン処理の際の温度は特に限定されず、10~40℃、より好ましくは20~37℃の範囲で適宜設定できる。かかる実施形態において、より長細い、桿状のオルガノイド構造体を形成する細胞を得るため、二次元培養工程において培養容器底面に対する接着が低い細胞を回収ことが好ましい。例えば、トリプシン処理前から培養容器底面に接着していない細胞及び/又はトリプシン処理の初期の段階で培養容器底面から遊離した細胞を回収し用いることが好ましい。より具体的には、トリプシン処理により培養容器底面から遊離した細胞の範囲が培養容器底面の面積に対して10%以下である時点で、当該遊離している細胞を回収することが好ましい。上記遊離している細胞を回収する好ましいタイミングに関し、トリプシン処理により培養容器底面から遊離した細胞の範囲の下限は特に限定されないが、例えば、トリプシン処理により培養容器底面から遊離した細胞の範囲が培養容器底面の面積に対して1%以上、好ましくは5%以上である時点で、当該遊離している細胞を回収することが好ましい。トリプシン処理により培養容器底面から遊離した細胞の範囲は、目視により確認することができる。
【0028】
上記工程で回収した細胞を培養してスフェロイドを形成する工程における培養条件は、前述と同様である。
【0029】
また、本発明者らは、癌細胞株から作製した桿状のオルガノイドを構成する細胞DLD1-Wmが遺伝子CDH1、LGR5及びFOXA2を高発現していることを見出した。従って、癌細胞株として遺伝子CDH1、LGR5及びFOXA2を高発現しているものを選抜し、上記スフェロイド形成に用いることにより、効率的に桿状のオルガノイド構造体を得ることができるため好ましい。これらの遺伝子発現量を詳細に検討し、本発明者らは、以下の方法が桿状のオルガノイド構造体の取得に有効であることを見出した:
[i]癌細胞株を培養する工程
[ii]上記培養工程により得られた細胞から、以下の(1)及び(2)を満たす細胞を選抜する工程:
(1)上皮細胞マーカーCDH1及び腸上皮幹細胞マーカーLGR5を発現している
(2)遺伝子FOXA2を、親細胞である前記癌細胞株と比較して2倍以上(好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上)高発現している
[iii]上記工程で選抜した細胞を培養してスフェロイドを形成する工程、
[iv]上記工程で得られた癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程、及び
[v]上記工程で得られたオルガノイド構造体から桿状オルガノイド構造体を単離する工程
を含む、方法を提供する。本実施形態において、上皮細胞マーカーCDH1及び腸上皮幹細胞マーカーLGR5を発現している、とは、これらのマーカー遺伝子を、十分に高いレベル、例えば、親細胞である前記癌細胞株相応に高く発現していることを意味する。より具体的には、本発明において、上皮細胞マーカーCDH1を発現している、とは、例えば、CDH1を、親細胞である前記癌細胞株と比較して0.3倍以上、好ましくは0.5倍以上、より好ましくは0.7倍以上、さらに好ましくは0.9倍以上発現していることを示す。また、本発明において、腸上皮幹細胞マーカーLGR5を発現している、とは、例えば、LGR5を、親細胞である前記癌細胞株と比較して0.3倍以上、好ましくは0.4倍以上発現していることを示す。
【0030】
また、本発明において、より効率的に桿状のオルガノイド構造体を得る観点から、上記工程[ii]に加えて、又は上記工程[ii]に代えて、培養工程により得られた細胞から、以下の(3)及び(4)の一方又は両方の条件を満たす細胞を選抜することが好ましい:
(3)ITGA1、LAMA2、NECTIN3、PROM1/CD133、MYO6、KIF14、RAB12、CDC42BPA、FARP1、RAB30、S100A4、CTHRC1、LY75、ADGRF1、TCF7L2、IGFBP7、FOXA2、ATF3及びPOU2F1からなる群より選択される少なくとも一種(好ましくは少なくとも3種以上、より好ましくは5種以上、より好ましくは少なくとも10種以上、さらに好ましくは少なくとも15種以上、特に好ましくは全て)の遺伝子を、親細胞である前記癌細胞株と比較して2倍以上(好ましくは3倍以上、より好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上)高発現している。
(4)CADM1、MUC13、VIL1、PLCB4、TMEM237、IL33、NIBAN1及びZNF182からなる群より選択される少なくとも一種(好ましくは少なくとも3種以上、より好ましくは5種以上、さらに好ましくは全て)の遺伝子発現が、親細胞である前記癌細胞株と比較して、1/2以下(好ましくは1/3倍以下、より好ましくは1/5倍以下)に低い。上記(3)及び(4)の条件に加え、さらに、タンパク質発現レベルを免疫ブロッティング法で分析するとき、ITGAV及び/又はITGA5のタンパク質レベルが親細胞である前記癌細胞株と比較して2倍以上になる細胞が好ましい。これらの実施形態において、遺伝子発現は、本願実施例と同様に測定することができる。
【0031】
また、当該実施形態において、上記遺伝子発現の特徴を有する細胞を選抜、回収する方法は特に限定されず、例えば、細胞表面タンパク質に対する特異的抗体を用いる方法(細胞ソーティング法、抗体結合磁気ビーズ法等)等が挙げられる。これらの遺伝子発現を指標とすることにより、トリプシン処理をしたり、培養容器底面への接着性を評価したりすることなく、桿状オルガノイド構造体を形成する可能性の高い細胞を取得し得る。
【0032】
再構成基底膜ゲル中でのスフェロイドの培養工程
本発明の方法は癌細胞株のスフェロイドを再構成基底膜ゲル中で培養する工程を含む。本発明において、スフェロイドとは、細胞が凝集してなる略球形の細胞塊を意味する。典型的な実施形態において、再構成基底膜ゲル中で培養開始する際の癌細胞株のスフェロイドの平均粒子径としては、120~180μmであり、50~300μmが好ましい。平均粒子径は、100~200倍程度の顕微鏡写真を撮影し、写真中の任意のスフェロイドを所定の数(例えば、20個)選択し、その粒子径を平均することにより算出することができる。
【0033】
再構成基底膜ゲル中で培養開始する際の癌細胞株のスフェロイドの数としては、例えば、500~8,000個/ml、好ましくは2,000~4,000個/mlの範囲で設定できる。
【0034】
本発明において、再構成基底膜ゲルとは、基底膜成分を多量に含む人工的な細胞外マトリックスを意味する。代表的な再構成基底膜として、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性基底膜調製品が使用される。典型的な実施形態において、再構成基底膜ゲルは、主要構成成分としてラミニンを含む。ラミニンの含有量は特に限定されないが、例えば、30~70質量%、好ましくは50~60質量%である。また、再構成基底膜ゲルは、その構成成分として、コラーゲン(コラーゲンIV等)、エンタクチン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン等を含んでいてもよい。再構成基底膜ゲルがコラーゲンを含む場合、その含有量は限定されないが、例えば、20~40質量%、好ましくは25~35質量%である。また、再構成基底膜ゲルがエンタクチンを含む場合、その含有量は限定されないが、例えば、5~10質量%、好ましくは7~8質量%である。再構成基底膜ゲルは、上記以外に、EGF、bFGF、TGF-β等の増殖因子類を含んでいてもよい。これらの成分が1種単独で又は2種以上を組み合わさって含まれていてもよい。再構成基底膜ゲルとしては、コーニング(登録商標)社から商品名マトリゲル(登録商標)基底膜マトリックス等で販売されているもの等を用いることができる。また、再構成基底膜ゲルの上記組成に関わらず、同等のオルガノイド促進機能を有する合成細胞外マトリックスも同様に使用することができる。
【0035】
スフェロイドを基底膜マトリックスに入れる方法としては、例えば、遠心管に回収したスフェロイドに解凍した再構成基底膜ゲルを氷冷下で混合し、その一部(例えば、約20μl)を容器(例えば、35mmシャーレあるいは24-ウェルプレート)にスポットとして添加した後、容器を逆さにして20~40℃(典型的には37℃)のインキュベータ内で30~60分加温し、ゲル化させる方法を挙げることができる。この後容器を元の状態に戻し、静かに培地を加えて培養する。このようにして、スフェロイドをゲル中に浮遊した状態で培養することができる。かかる方法においてゲル化した基底膜マトリックスに加える培地としては、例えば、DMEM/F12培地、DMEM培地、RPMI 1640培地、MEM培地等の基礎培地に、牛胎児血清や抗生物質、必要に応じて増殖因子等の添加物を配合して使用する。当該培地としては、液体培地が好ましい。
【0036】
培養温度は特に限定されないが、35~40℃の範囲、より好ましくは37℃に設定できる。培養時間も特に限定されないが、例えば、12時間~20日間、より好ましくは24時間~14日間の範囲で適宜設定できる。培養は、静置培養が好ましい。本発明によればスフェロイドを基底膜マトリックスで培養することにより、癌細胞株からオルガノイド構造体を製造することができる。本明細書において、本発明の方法により癌細胞株から得られるオルガノイド構造体を本発明のオルガノイド構造体と示すことも有る。一実施形態において、本発明は上記オルガノイド構造体を提供する。本発明のオルガノイド構造体は、後述する「候補物質の抗腫瘍活性検定方法」等に用いることができる。
【0037】
本発明においては、桿状のオルガノイド構造体を形成する癌細胞株において上記スフェロイドの培養をAGM(angiomodulin)の存在下で行うことによって桿状の構造体形成がより促進される。通常のオルガノイド形成では一週間あるいはそれ以上の培養期間が必要であるが、桿状のオルガノイド構造を形成する場合には1~3日間で形態変化が現れるため、より好ましい。本発明において、オルガノイド構造体が桿状の構造を有する場合、好ましくは、その太さと長手方向の長さとの比は、1:2~1:8が好ましく、1:3~1:6がより好ましい。上記太さと長手方向の長さは、顕微鏡写真等から測定できる。太さは、桿状のオルガノイド構造体の端部から端部までの平均値を示す。通常、桿状のオルガノイド構造体は時間とともに蛇行または屈曲するため、長手方向の長さとは、蛇行する桿状のオルガノイド構造体を直線状にしたと仮想した際の長さを示す。
【0038】
本発明において、AGMとは、本発明者が1994年に報告した、ヒト膀胱がん細胞EJ-1が産生する分子量約3万の細胞接着タンパク質(TAF)であり、IGFBP7、IGFBP-rP1などと呼ばれることもある(非特許文献8,9)。典型的にはGenbank accession No. NP_001544.1又はNP_001240764.1(NCBI gene 3490)に示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドである。本発明において「AGM」には、Genbank accession No.NP_001544.1又はNP_001240764.1に示されるアミノ酸配列と70%以上(好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは99%以上)の同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチド(典型的には上記ポリペプチドとの機能的等価物)も包含される。かかる実施形態において、再構成基底膜ゲル中のAGMの配合量は限定されないが、再構成基底膜ゲルに対し、好ましくは1~50μg/mlの範囲、より好ましくは5~20 g/mlの範囲で配合することができる。AGMは再構成基底膜ゲルと培地の両方またはどちらか一方に添加することができる。
【0039】
また、本発明の一実施形態において、前記スフェロイドの培養工程を正常線維芽細胞の存在下で行うことが好ましい。本発明において、正常線維芽細胞とは癌化していない線維芽細胞を意味する。本発明において、正常線維芽細胞としては、正常組織由来の線維芽細胞のみならず、癌組織や炎症組織の非癌線維芽細胞であってもよい。かかる実施形態において、再構成基底膜ゲル中の正常線維芽細胞の配合量は限定されないが、再構成基底膜ゲルに対し、好ましくは1~10x105細胞/mlの範囲、より好ましくは2~4x105細胞/mlの範囲で配合することができる。また効果は弱くなるが、正常線維芽細胞をゲル中ではなく培養液中に2~10x104細胞/mlの範囲、好ましくは6~8x104細胞/mlの範囲で配合することができる。
【0040】
また、本発明の一実施形態において、前記スフェロイドの培養工程を上皮成長因子EGFをゲルと培養液の両方または培養液のみに添加することが好ましい。かかる実施形態において、EGFの配合量は限定されないが、再構成基底膜ゲルに対し、好ましくは1~50 ng/mlの範囲、より好ましくは5~20 ng/mlの範囲で配合することができる。
【0041】
正常線維芽細胞及び/又はEGFの使用は、癌細胞株として、大腸癌、乳癌細胞、肝癌細胞、膵癌細胞等を用いる場合、オルガノイド構造体の形成のし易さの観点から特に好ましい。本発明において、正常線維芽細胞及びEGFのうち一方を用いてもよいが、両方を用いることが好ましい。また、好ましい実施形態において、正常線維芽細胞及び成長因子EGFとAGMとを組み合わせて用いてもよい。なお後述するように、正常線維芽細胞やEGFはDLD1-P細胞やDLD1-Wm細胞のオルガノイド培養に必ずしも必要ではなく、AGMを添加することが好ましい。しかし、他の癌細胞株のオルガノイド培養には正常線維芽細胞やEGFの添加が重要である。
【0042】
本培養工程を行うことにより癌細胞株からオルガノイド構造体を得ることができる。また上述したように、好ましい実施形態において癌細胞株から桿状のオルガノイド構造体を得ることができる。桿状のオルガノイド構造体は、これまでにない特殊な形状のオルガノイド構造体であり、候補物質の抗腫瘍活性検定等に非常に有用である。
【0043】
回収工程
本発明の方法により得られたオルガノイド構造体は、再構成基底膜ゲルに含まれた状態で、所望の用途(抗癌剤の活性測定試験等)に用いてもよく、再構成基底膜ゲルからオルガノイド構造体を回収した後に用いてもよい。従って、一実施形態において、本発明の方法は、前記培養工程で得られたオルガノイド構造体を、再構成基底膜ゲルから回収する工程をさらに含んでいてもよい。再構成基底膜ゲルからのオルガノイド構造体をの回収方法としては、特に限定されず、自体公知の方法(ピペッティング操作、プロテアーゼ処理等)を適宜用いることができる。桿状のオルガノイド構造体を形成する実施形態においては、上記回収工程としては、例えば、再構成基底膜ゲル中でのスフェロイドの培養により得られたオルガノイド構造体(通常、桿状のオルガノイド構造体とその他の形状のオルガノイド構造体を含む混合物である)のなかから桿状のオルガノイド構造体を、上記に挙げた方法により単離する工程が挙げられる。
【0044】
培地添加剤
本発明はAGMを含む、オルガノイド構造体を製造するための培地添加剤を提供する。本発明の培地添加剤が添加される培地は血清含有培地または無血清培地で、液体培地、寒天培地等だけでなく、基底膜マトリックス等も含まれる。
【0045】
本発明においては、AGMそのものを培地添加剤として用いても、薬学的に許容される各種担体(例えば、安定化剤、pH調節剤、アルブミン、増殖因子等)と組み合わせた組成物として用いてもよい。組成物の実施形態において、組成物中のAGMの含有量は特に限定されず、例えば、5 mg/ml以上、2 mg/ml以上、1 mg/ml以上、0.5 mg/ml以上、0.1 mg/ml以上、0.01 mg/ml以上等の条件から適宜設定できる。この組成物を上記の再構成基底膜ゲルまたは培地あるいは両者に1/100量程度添加して使用する。前述のように、特定の細胞ではAGM存在下でスフェロイド培養を行うことによりオルガノイド構造体が、より桿状の構造を示すようになる。従って、本発明の培地添加剤は、オルガノイド構造体の桿状の構造形成促進剤として用いることもできる。オルガノイド構造体の桿状の構造形成促進剤を添加する細胞は限定されないが、大腸癌細胞株(DLD1-Wm等)等が好ましい。
【0046】
候補物質の抗腫瘍活性検定方法
一実施形態において、本発明は、本発明のオルガノイド構造体に、in vitroで候補物質を接触させる工程を含む、候補物質の抗腫瘍活性を検定する方法を提供する。
【0047】
より具体的には、例えば、オルガノイド構造体をin vitroで候補物質の存在下で培養し、オルガノイド構造体の生細胞数、体積又は長さを測定する工程、オルガノイド構造体の成長を抑制する候補物質を選抜する工程を含む、方法により候補物質の抗腫瘍活性を検定することができる。本発明の検定方法には、再構成基底膜ゲル中でスフェロイド培養する工程を候補物質の存在下で行ってオルガノイド構造体を形成及び成長させる方法;及び、再構成基底膜ゲル中でスフェロイド培養を開始した後の適当な時点(例えば、培養開始後2~6日のいずれかの時点、好ましくは培養開始後3~5日のいずれかの時点、より好ましくは培養開始後4日の時点)で、候補物質を含む新しい培地(培地としては、例えば、候補物質を配合する以外、上記スフェロイド培養に用いるものと同様の組成の培地を使用することができる)に培地を交換し、オルガノイド構造体を培養する方法も包含される。さらに、スフェロイドを別容器に移すことなく、スフェロイドを形成させた非接着性培養容器をそのまま使ってオルガノイド形成と候補物質の検定を行う方法も包含される。オルガノイド構造体をin vitroで候補物質の存在下で培養する工程は、「オルガノイド構造体を製造するための方法」において記載したような再構成基底膜ゲル中でおこなってもよく、液体培地を用いてもよい。液体培地としては、DMEM/F12培地、DMEM培地、RPMI 1640培地、MEM培地等を用いることができる。当該培地には、10%牛胎児血清、EGF、AGM等の添加物を配合してもよい。培養開始する際の培養系中のオルガノイド構造体の数としては、例えば、20~500個/ml、好ましくは50~100個/mlの範囲で設定できる。
【0048】
培養温度は特に限定されず、20~45℃、より好ましくは35~37℃の範囲で適宜設定できる。培養時間も特に限定されないが、例えば、1~10日間、より好ましくは2~6日間の範囲で適宜設定できる。抗腫瘍活性の検定に単離したオルガノイド構造体を用いる場合の培養は、静置培養でも攪拌培養でもよいが、攪拌培養が好ましい。
【0049】
オルガノイド構造体の生細胞数を測定するためには、ミトコンドリアの還元能を測定する試薬(例えば、フジフィルム社 Cell Counting Kit)やATP測定試薬を用いて行うことができる。体積又は長さを測定する方法は、本発明が属する技術分野において使用される方法を定義用いることができ、例えば、顕微鏡写真から長さを測定する方法、顕微鏡写真から測定した[オルガノイド構造体の長さ]×[オルガノイド構造体の幅]2を体積と近似する方法等が挙げられる。また、NIH imageJのような画像解析ソフトを用いてオルガノイド構造体のサイズをより簡単には求めることもできる。
【0050】
本発明の典型的な実施形態において、上記で測定したオルガノイド構造体の生細胞数又はサイズが、候補物質の非存在下で上記と同様にして培養したコントロールのオルガノイド構造体と比較して、有意に小さい場合に当該候補物質が抗腫瘍活性を有すると評価することができる。
【実施例0051】
I.実験材料と方法
I-1. 実験材料
ヒト大腸がん細胞株DLD-1(JCRB9094)、ヒト大腸がん細胞株RCM-1(JCRB0256)、ヒト大腸がん細胞株HT29(JCRB1383)、ヒト大腸がん細胞株CoCM-1(JCRB0257)、ヒト大腸がん細胞株SW837(JCRB9115)、ヒト乳がん細胞株T47D(ECACC85102201)、ヒト肝がん細胞株Hep3B(ECACC8602703)、ヒト膵がん細胞株Capan-2(JCRBATCC HTB-80)、及び肺がん組織由来正常線維芽細胞OUS-11(JCRB1034)はJCRB細胞バンクから購入した。このDLD-1細胞はp53変異とK-RAS変異をもつことが報告されている。スフェロイド作製用低接着96穴プレートとしてAGC社のEZSPHEREプレートを使用した。同等なプレートとして、SPHERICALPLATE 5D(水戸工業)、Nunclon Sphera 培養システム(Thermo Scientific)、Elplasia(Corning)などがある。
【0052】
I-2.大腸がん細胞株DLD-1のオルガノイド培養
本研究では予めDLD-1大腸がん細胞にしっかりしたスフェロイド形成させ、再構成基底膜Matrigel内での形態形成を促進させることを考えた。先ずDLD-細胞を通常の培養容器(スミロン社製10cm培養ディッシ)及び増殖液体培地(DMEM/F12+10%牛胎児血清培地)を用いて3~4日間培養した。この、DLD-1細胞の全体を通常のトリプシン処理によって回収し、非接着性96穴プレート(例、EZSPHEREプレート)に15x10
3細胞 / 穴(0.1ml)の密度で播種し、15時間程度培養すると、細胞は徐々に凝集し、直径50~100μmの球状体(スフェロイドspheroid)(ボール状の細胞集塊)を形成した(
図1左)。2~6ウェルに形成されたスフェロイドを培地および少量の洗浄液を含め1本の1.5ml遠心管に回収した。この遠心管を800回転/分で2分遠心分離した。この際、ピペットを用いて上清を静かに吸い取り、遠心管の底にスフェロイドと上清約20μl程度を残し、氷冷した。この遠心管に、氷水中で融解したMatrigel(Corning社)を0.05 ml/ウェルの割合で加え、軽いピペッティングによりスフェロイドを分散させた。この分散Matrigelを35-mmディッシュの3か所(24ウェルプレートの場合は1か所)に20 μl/スポットで素早く添加し、ディッシュを逆さにした状態でCO
2インキュベータに入れ、37℃で約1時間固化させた(hanging drop法)。その後、容器を正常な状態に戻し、3 mlの上記増殖培地を加え、37℃で培養を行った。4日培養するとスフェロイド表面に溝または割れ目が形成された(
図2A)。
【0053】
DLD-1親細胞(DLD1-P)から桿状オルガノイド形成細胞(DLD1-Wm)を得るために以下の操作を行った。DLD1-P細胞は均質ではなく、1週間程度単層培養すると低接着性もしくは浮遊性の細胞集団が表れた(
図3A、矢印)。これらの細胞を分別するために、DLD1-P細胞を約5x10
4 cells/mlの密度で播種し、37℃で7日間単層培養した。次に、培養容器底面に接着した細胞を生理食塩水(PBS)で一回洗浄した後、0.1 % (w/v)トリプシン/0.02%(w/v)EDTA/PBSを用いて20℃でトリプシン処理し、目視で約5%の細胞が底面から遊離した時点で遊離した細胞を回収し、低接着性細胞集団を集めた。この細胞を増殖培地に150x10
3細胞/mlの密度で分散させ非接着性プレートEZSPHEREに15x10
3細胞 / 穴(0.1ml)の密度で播種し、約15時間程度培養すると、大部分の細胞は分散形態を示しスフェロイドを形成できなかったが、一部の細胞が小さいスフェロイドを形成した(
図1中央)。これらの細胞を上記のように回収し、Matrigel内で培養すると、一部のスフェロイドが長く伸びた棒状(桿状または線虫様)構造(worm-like structure)のオルガノイドを形成することが分かった(
図3B、矢印)。培養4日目によく伸びた桿状オルガノイド体を1個だけ、顕微鏡下で1 mlピペットチップを用いてゲル中から取り出し二次元培養に移した。この様にして選別されたDLD-1細胞をDLD1-Wmと名付けた。DLD1-Wm細胞は効率よくスフェロイドを形成し(
図1右)、かつ効率よく桿状オルガノイド体を形成することができた(
図2B)。二次元培養において、DLD1-P細胞が非常に密なコロニーを形成するのに対して、DLD1-Wm細胞はやや広がった形態を示した(
図3C、D)。
【0054】
DLD-1細胞に対するAngiomodulin(AGM)の作用を調べるために、ヒト膀胱がん細胞EJ-1の培養液上清から抗AGM抗体を用いて精製した(Genbank accession No. NP_001544.1、非特許文献11)。精製AGMタンパク質をDLD-1のスフェロイドを分散させたMatrigel内に5μg/mlで、さらに培養液中に2.5μg/ml濃度で添加して培養した。
【0055】
I-3.DLD-1大腸がん細胞のオルガノイド培養を用いた抗がん剤の検定
上記の方法で、スフェロイド分散Matrigelを35-mmディッシュの3か所に20 μl/スポットで添加した。抗がん剤のパクリタキセルと5フルオロウラシルは、それぞれ10 mM、30 mMの濃度でDMSO液に溶かし、培養液中のみに指定の濃度で添加し、37℃に培養した(DMSOの最終濃度0.05%以下)。オルガノイド培養の5日目に培養液を静かに吸い取った後、ディッシュにCell Counting Kit-8(同人化学)を添加した新しい培養液を加え、CO2インキュベータ内で3時間37℃に加温して、発色させた。各ディッシュから0.2 mlの培養液を96穴ELISAプレートに移し、450nmの吸光度を測定した。各ディッシュのスフェロイド数に差があるため、全スフェロイド数を数え、吸光度の補正を行って表示した。
【0056】
I-4.DLD-1以外のがん細胞株のオルガノイド培養
DLD-1細胞以外のがん細胞株に対しては、DLD-1細胞と同様な方法でスフェロイドを形成させ、Matrigel内で培養した。しかし、殆どの細胞でオルガノイド形成は見られなかった。そこで、Matrigel中あるいは培地中に線維芽細胞や上皮成長因子EGFを補助因子として加えた。線維芽細胞の影響を調べるためには、EZSPHEREプレートからスフェロイドを回収する際に、その遠心管にDLD-1細胞とほぼ同数のOUS-11線維芽細胞を加え、上記の遠心分離でスフェロイドと一緒に沈降させ、Matrigel中に分散させた。EGFは培地中に最終濃度10 ng/mlで加えた。多くの細胞株が両方の添加でオルガノイド体を形成した。
【0057】
II. 研究の成果と考察
II-1. DLD-1親細胞(DLD1-P)とDLD1-Wm細胞の特徴
本研究ではDLD-1大腸がん細胞の低接着細胞群のなかから桿状オルガノイを形成するユニークな細胞DLD1-Wm を取り出した。短時間のトリプシン処理で得られる低接着細胞の大部分はスフェロイドを形成できないのに対して、DLD1-WmはDLD1-Pと同様に綺麗なスフェロイドを形成できることから、DLD-1細胞には機能的に異なる複数の細胞が混在することが分かる(
図1)。DLD1-PおよびDLD1-Wmを単層培養すると、前者が丸みを帯び,密着したコロニーを形成するのに対して(
図3C)、後者の細胞は細胞間接着がやや弱く、角張ったコロニーを形成した(
図3D)。なお、DLD-1細胞株を樹立したDexterらは、この細胞株が形態的に異なる複数の細胞からなることを報告しているが、DLD1-Wmのような桿状のオルガノイドについては報告されていない(非特許文献10)。
【0058】
両細胞のスフェロイドをMatrigel内で培養すると、DLD1-Pでは3日目でスフェロイド表面に小さい割面が生じ、それが徐々に顕著になり、7日目ではブドウの房のような、または大腸がん組織の腺構造に似た構造を形成した(
図4上段)。一方、DLD1-Wmのスフェロイドでは1日目にやや長丸い形状になるスフェロイドが表れ、その後5日目まで、スフェロイドが顕著に伸長し、桿状構造を呈した。培養5日目頃には桿状体の伸長は停止し、折れ曲がりが促進された(
図4下段)。この結果から、DLD1-WmがDLD1-Pよりも素早くオルガノイド構造を形成することが分かる。また、DLD1-Wmによる桿状体オルガノイド形成は全てのスフェロイで見られるわけではなく、その割合や桿状体の伸長速度は実験条件にやって変動した(
図2B下段)。DLD1-PとDLD1-Wmの長期培養で形成される特徴的な形態形成の立体構造を
図5に示す。これらの結果はDLD-1細胞の簡単なorganoid培養が可能であり、またDLD-1細胞株にはMatrigel内で異なる組織形成を行う、少なくとも2種のがん幹細胞が含まれることを示唆する。
【0059】
DLD1-Wmの桿状構造における、上皮細胞間接着分子Eカドヘリン(E-cadherin)と上皮組織を裏打ちする基底膜タンパク質ラミニン332(Lm332)の発現分布を蛍光免疫染色し、共焦点顕微鏡で断面画像を観察した(
図6)。いずれも桿状体周囲が強く染色された。Eカドヘリンは桿状体表面を覆う一層のがん細胞の周囲に、ラミニン332は桿状体外側に蛍光シグナルが見られた。桿状体中央部には染色シグナルが見られず、中空になっているように見える。これらの結果は桿状体が基底膜に囲まれた一層の上皮細胞からなること、すなわち正常大腸や分化型大腸がんの腺管構造に類似する構造であることを示す。DLD1-Wmスフェロイドの一部は長期培養でDLD1-Pに近い房状構造を形成するので、上記の管腔構造は両細胞に共通の特徴と考えられる。
【0060】
上記2種の細胞のオルガノイド構造の大きな差異に関与する可能性のあるタンパク質として、インテグリンαvとα5の発現レベルを免疫ブロッティング法で分析した。その結果、DLD1-Pに比べてDLD1-Wmにおいてインテグリンαvとα5の発現レベルが高い結果が得られた(
図7)。なお、E-cadherin分子に関しては両細胞間で明確な差が認められなかった。
【0061】
STR DNA分析の結果、DLD1-Wmは他種細胞の混入によるものでなく、DLD1-PとDLD1-Wmは同一ヒトがん組織由来であることが確認された。
【0062】
本研究で発見したDLD1-Wm細胞の顕著な桿状オルガノイド形成は、正常上皮や患者由来癌組織のオルガノイド培養を含め、かつて報告されたことがない、特異な形態形成と言える。
【0063】
II-2. DLD-1細胞のオルガノイド形成に対するangiomodulin (AGM)の促進作用
正常大腸幹細胞の分化はパネート細胞が産生するWint3aなどの因子によって調節されることが知られている。また、周囲の正常線維芽細胞も分化促進因子を産生することが知られている。
【0064】
本発明者らは1994年に膀胱癌細胞が分泌する新規細胞接着タンパク質TAFを見出した(非特許文献8)。その後このタンパク質は癌組織の血管に多量に発現することが判明し、angiomodulin(略称AGM)と改名した(非特許文献9)。このタンパク質はIGFBP7やIGFBP-rP1と呼ばれることもある。最近、AGMががん組織の活性型線維芽細胞において過剰に発現し、またインテグリンαVβ3に結合することを報告した(非特許文献11、12)。そこで、精製AGMタンパク質がDLD1-Wm細胞の桿状体形成に及ぼす影響を調べた。その結果、AGMが、DLD1-Wmの桿状体形成の割合、伸長速度、折れ曲がりを促進することを見いだした(
図8、9)。
【0065】
一方、DLD1-P細胞に対しては、AGMの効果は明確ではなかったが、長期間の培養で房状構造がより顕著になると思われた。AGMのDLD-1細胞に対する効果をさらに確認するために、DLD1-P細胞にAGMを強制発現させたDLD1-P細胞(AGM-DLD-1)と空ベクターを導入した対照細胞(Mock-DLD1-P)のオルガノイド培養を行った(
図10)。AGM-DLD1-PではMock-DLD1-Pに比べて培養初期に短い桿状形態を示すスフェロイド体が増加したがさらなる伸長は見られなかった。さらに長期の培養ではMock-DLD1-Pに比べて房状構造が非常に顕著になった。これらの結果は、AGMがDLD1-Wm細胞やDLD1-P細胞に対してオルガノイド促進作用をもつことを示す。これらのAGMの作用はその受容体であるインテグリンαVβ3を介していると考えられる。
【0066】
なお上記2種の細胞に対してWint3aタンパク質の効果は明らかでなかった。また、正常線維芽細胞OUS-11をMatrigel中に共存させたとき、DLD1-Wm細胞に関しては効果が明確でなかったが、DLD1-P細胞のオルガノイド形成がやや促進された。
【0067】
上記のように、AGMタンパク質はDLD1-Wm細胞のオルガノイド形成を促進した。AGMタンパク質が種々の正常細胞やがん細胞のオルガノイド培養補助剤として応用できる可能性がある。
【0068】
II-3.DLD1-WmおよびDLD1-P細胞のオルガノイド培養を用いた抗がん剤の検定
DLD1-WmおよびDLD1-P細胞は、Matrigel内では短期間で正常大腸あるいは大腸がん組織に似た組織構造を示すことから、抗がん剤のスクリーニングに利用できることが期待される。この可能性を調べるために、代表的な抗がん剤であるパクリタキセル(PT)と5-フルオロウラシル(5FU)の効果を調べた。
【0069】
通常の二次元(2D)単層培養系においてDLD1-WmはDLD1-Pに比べてPTに対して非常に高い感受性を示した。一方、正常肺がん組織由来正常線維芽細胞(OUS-11)はこの条件下で高い抵抗性を示した(
図11A)。DLD1-WmのPTに対する感受性はオルガノイド培養では2D培養に比べてさらに増加し、DLD1-Pとの感受性の差もさらに拡大した(
図11B、12)。
【0070】
5FUに関しても同様な実験を行った結果、DLD1-WmとDLD1-Pともに2D培養に比してオルガノイド培養では5FUに対して高い感受性を示した(
図13A)。オルガノイド培養DLD1-WmはDLD1-Pに比してやや高い感受性を示したが、その差は小さかった(
図13B、14)。また、両細胞ともに5FUに対する感受性はPTに対するそれよりも非常に低いことが分かった。これらの結果は、本研究で明らかにしたDLD-1大腸癌細胞(DLD1-Wm、DLD1-P、AGM-DLD1-P)のオルガノイド培養系が、迅速で簡単な抗癌剤の初期スクリーニングに有望であること示す。特に、DLD1-Wmはその顕著な形態変化と抗がん剤に対する高い感受性から極めて有望である。本研究では調べていないが、AGM強制発現DLD1-Wm(AGM-DLD1-Wm)も検定細胞として同様に有望と思われる。
【0071】
II-4.他のヒトがん細胞株のオルガノイド培養
DLD-1細胞以外のヒトがん細胞株でも本法により同様なオルガノイド培養ができるかどうかをスフェロイド形成能がある癌細胞株を用いて検討した。5種の大腸がん細胞株に加え、乳がん細胞、肝がん細胞、膵がん細胞の各一種について調べた結果、それらのスフェロイドを単独でマトリゲル中で培養しても明確なオルガノイド形成は見られなかった。しかし、そこに正常線維芽細胞(OUS-11)と成長因子EGFの両者または一方を加えると、いくつかの細胞で明確なオルガノイド形成が見られた。
【0072】
例えば、HT29大腸がん細胞株では線維芽細胞の共存で少しオルガノイド形成が見られ、そこにEGFを添加すると腺上皮に特徴的な袋状のオルガノイド形成が明確になった(
図15)。EGF単独の効果は見られなかった。他の大腸癌細胞株(RCM-1、CoCM-1、SW837、WiDr)でもほぼ同様な結果が得られた。またT47D乳がん細胞株では線維芽細胞の共存で一定のオルガノイド形成が見られ、さらにEGFを培地に加えることにより乳腺上皮様の分岐のオルガノイド形成が見られた(
図16)。その他、Hep3B肝癌細胞株やCapan-2膵臓癌株でも線維芽細胞の共存で、上記とは異なる、オルガノイド構造体と見られる形態変化が見られた。
【0073】
以上のように本研究は、予めしっかりした癌細胞スフェロイドを形成させた上で、正常線維芽細胞とEGFの両方またはいずれか単独での共存下、再構成基底膜ゲル内で培養することにより多くの癌細胞株のオルガノイド形成が可能になることを明らかにした。DLD-1大腸癌細胞株では線維芽細胞やEGFの共存は必ずしも必要ではなく、AGMが促進作用を示した。
【0074】
III. DLD1-Wm及びDLD1-Pの遺伝子解析
再構成基底膜ゲル中でブドウの房状のオルガノイド構造体を形成する大腸癌細胞株(DLD1-P)とそこから得られた桿状オルガノイド構造体を形成する細胞(DLD1-Wm)の二次元培養下での遺伝子発現をRNAseq解析で比較すると、DLD1-Wm/ DLD1-P が2倍以上あるいは1/2以下の差がある遺伝子は196個得られた。これらの中で重要なものと、差は小さいが特に重要と思われる遺伝子の発現レベルを表1にしめす。
【表1】
両方の細胞は上皮細胞マーカーCDH1(Eカドヘリン)および大腸上皮幹細胞マーカーLGR5のレベルが高く、DLD1-WmではDLD1-Pに比べて転写因子FOX2Aの発現が高いのが特徴である。さらにDLD1-WmではDLD1-Pに比べて細胞表面タンパク質のITGA1、NECTIN3、PROM1が高く、逆にCADM1、VIL1、MUC13などが低い。全体として、DLD1-WmはDLD1-Pに比べて間葉系細胞に近い特徴をもつ。従って、発現レベルに大きな差がある細胞表面タンパク質に対する特異的抗体を用いた方法、例えば細胞ソーティング法や抗体結合磁気ビーズ法など、によって上記のトリプシン法を使わずに、DLD1-Wm細胞の選別が可能である。さらに、インテグリン(ITG)遺伝子の差に基づき、特異的基質、例えば間質型コラーゲンやフィブロネクチンへの接着速度の差を利用して細胞を選別できる可能性がある。また、親細胞から限界希釈法などにより直接クローニングし、主な遺伝子の発現レベルをフローサイトメトリー、RT-PCR、免疫ブロッティング法などの方法で比較してDLD1-Wm細胞を選別することも可能である。