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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151974
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】品質劣化が抑制されたわさび根茎
(51)【国際特許分類】
   A23B 7/00 20060101AFI20221004BHJP
   A23B 7/005 20060101ALI20221004BHJP
   A23B 7/154 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
A23B7/00
A23B7/005
A23B7/154
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021054552
(22)【出願日】2021-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000111487
【氏名又は名称】ハウス食品グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 岳夫
(72)【発明者】
【氏名】中村 匡
(72)【発明者】
【氏名】仲田 さおり
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 庸宏
(72)【発明者】
【氏名】岡 佑美
【テーマコード(参考)】
4B169
【Fターム(参考)】
4B169AA01
4B169AA04
4B169HA20
4B169KA07
4B169KB03
4B169KC08
4B169KC33
4B169KD03
(57)【要約】
【課題】品質劣化が抑制されたわさび根茎、その保存方法及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本明細書は、表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のタンパク質1mg当たりのフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性が0.04U/mgタンパク質未満であることを特徴とするわさび根茎、並びに、前記わさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存する保存方法を開示する。本明細書はまた、(1-1)わさび根茎を40℃超60℃未満の温度の水に浸漬すること、及び/又は、(1-2)わさび根茎をエタノール溶液に浸漬することを含む、品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法を開示する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
わさび根茎であって、
表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のタンパク質1mg当たりのフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性が0.04U/mgタンパク質未満(1Uは、41℃、1時間当たりにL-フェニルアラニンから1μmolのシンナム酸を生成する活性を指す)であることを特徴とする、わさび根茎。
【請求項2】
請求項1に記載のわさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存することを含む、請求項1に記載のわさび根茎の保存方法。
【請求項3】
品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法であって、
(1-1)わさび根茎を40℃超60℃未満の温度の水に浸漬すること、及び/又は、
(1-2)わさび根茎をエタノール溶液に浸漬すること
を含む方法。
【請求項4】
(1-1)が、わさび根茎を、40℃超60℃未満の温度の水に5分間以上180分間以下の時間浸漬する工程である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
(1-2)が、わさび根茎を、45v/v%以上90v/v%以下のエタノール溶液に1分間以上10分間以下の時間浸漬する工程である、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
(2)(1-1)及び/又は(1-2)の後に、わさび根茎を冷蔵保存すること
を更に含む、請求項3~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
(2)が、わさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存する工程である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法であって、
(3)わさび根茎の、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性を低下させること
を含む方法。
【請求項9】
(3)が、表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のタンパク質1mg当たりのフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性が0.04U/mgタンパク質未満(1Uは、41℃、1時間当たりにL-フェニルアラニンから1μmolのシンナム酸を生成する活性を指す)となるように、わさび根茎のフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性を低下させる工程である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
(4)(3)の後に、わさび根茎を冷蔵保存すること
を更に含む、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
(4)が、わさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存する工程である、請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、わさび根茎及びその保存方法に関する。
本発明はまた、品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
わさび(Eutrema japonicum(Miq.)Koidz.、「本わさび」とも称される)は、古来、魚肉等の調味料として広く用いられてきた香辛料である。わさびの辛味の本体は、わさび中に含まれるグルコシノレート(主としてシニグリン)とミロシナーゼとの酵素反応によって生じるイソチオシアネート(主としてアリルイソチオシアネート)である。なかでも、わさびの生鮮な根茎をすりおろしたものは、辛味及び風味が優れており、その利用価値は非常に高い。
しかし生鮮わさび根茎は保存中に容易に切断面等が変色し商品価値が低下するため、生鮮わさび根茎を商業的に流通させることは容易ではない。
【0003】
特許文献1では、収穫後の本わさび等の香辛野菜の含有水分を20%~50%の範囲に調整した後、-16℃以下に冷凍保存することを特徴とする、香辛野菜の凍結保存法が開示されている。特許文献1には、この方法により、完全乾燥方法による常温保存または完全乾燥に近い乾燥方法による低温保存では、香辛野菜が本来具有する色、香り、味を保持しながら保存することができない、という課題を解決できると記載されている。
【0004】
特許文献2では、根わさび(わさび根茎)を長期保存する手段として、42℃で可塑性を保つことのできる蝋又は固形パラフィンの中に42℃未満の温度で、新鮮な根わさびを封じ込める方法及びその製品が記載されている。
【0005】
特許文献3では、根わさび(わさび根茎)の流通中の品質劣化を抑制するために、わさびの栽培環境と同等の環境でわさびを保存し流通させることのできる、根わさび保存装置が記載されている。
【0006】
非特許文献1では、青果物の鮮度の評価基準は、青果物の種類ごとに異なり、全ての野菜に適用でき数値化が可能な鮮度評価の基準はないことが記載されている。
【0007】
非特許文献2では、カットレタスを50℃の温水に90秒間浸漬し、4℃の冷水で冷ましてから、4℃の冷蔵庫で6日間保管したところ、温水処理なしは継時的に褐変化が進行したが、温水処理したものはほとんど褐変しなかったことが記載されている。非特許文献2では、温水処理によりレタスの褐変化が抑制された原因として、褐変物質の基質であるポリフェノールの合成に関わる酵素フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)の活性が温水処理により低下したことを挙げている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平3-98532号公報
【特許文献2】特開平8-173026号公報
【特許文献3】特開2010-124826号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「青果物の鮮度に関する収穫後生理学」食糧:その科学と技術56,43-66,2018
【非特許文献2】M. Murata, et al.「Quality of cut lettuce treated by heat shock」Biosci. Biotechnol. Biochem., 68(3), 501-507, 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1~3に記載のように、わさび根茎の保存中の品質劣化を抑制する方法は従来から検討されているが、十分に満足できる方法はいまだ提供されていない。
そこで本明細書では、品質劣化が抑制されたわさび根茎、その保存方法及びその製造方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本明細書には上記課題を解決するための手段として以下の一以上の実施形態を開示する。
[1]わさび根茎であって、
表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のタンパク質1mg当たりのフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性が0.04U/mgタンパク質未満(1Uは、41℃、1時間当たりにL-フェニルアラニンから1μmolのシンナム酸を生成する活性を指す)であることを特徴とする、わさび根茎。
[2][1]に記載のわさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存することを含む、[1]に記載のわさび根茎の保存方法。
[3]品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法であって、
(1-1)わさび根茎を40℃超60℃未満の温度の水に浸漬すること、及び/又は、
(1-2)わさび根茎をエタノール溶液に浸漬すること
を含む方法。
[4](1-1)が、わさび根茎を、40℃超60℃未満の温度の水に5分間以上180分間以下の時間浸漬する工程である、[3]に記載の方法。
[5](1-2)が、わさび根茎を、45v/v%以上90v/v%以下のエタノール溶液に1分間以上10分間以下の時間浸漬する工程である、[3]又は[4]に記載の方法。
[6](2)(1-1)及び/又は(1-2)の後に、わさび根茎を冷蔵保存すること
を更に含む、[3]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7](2)が、わさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存する工程である、[6]に記載の方法。
[8]品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法であって、
(3)わさび根茎の、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性を低下させること
を含む方法。
[9](3)が、表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のタンパク質1mg当たりのフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性が0.04U/mgタンパク質未満(1Uは、41℃、1時間当たりにL-フェニルアラニンから1μmolのシンナム酸を生成する活性を指す)となるように、わさび根茎のフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性を低下させる工程である、[8]に記載の方法。
[10](4)(3)の後に、わさび根茎を冷蔵保存すること
を更に含む、[8]又は[9]に記載の方法。
[11](4)が、わさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存する工程である、[10]に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本明細書に開示するわさび根茎は、冷蔵条件で長期間保存しても、変色などの品質劣化が進みにくい。
本明細書に開示するわさび根茎の保存方法によれば、保存中のわさび根茎の品質劣化を抑制することができる。
本明細書に開示するわさび根茎の製造方法によれば、冷蔵保存時の品質劣化が抑制されたわさび根茎を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、収穫後にトリミング処理し、温水処理を行わず、0℃で4週間保存したわさび根茎の、保存前(上段)及び保存後(下段)の外観の全体の写真を示す。4週間保存後は葉柄痕の切断面が黒色に変色していた。
図2図2は、収穫後にトリミング処理し、温水処理を行わず、0℃で4週間保存したわさび根茎の、保存前(上段)及び保存後(下段)の葉柄根元部及び根茎下部の切断面の写真を示す。4週間保存後は葉柄根元部が萎れており、新芽が伸長していた。根茎下部の切断面が黒色に変色していた。
図3図3は、収穫後にトリミング処理し、条件7(45℃、30分間)の温水処理を行い、0℃で4週間保存したわさび根茎の、保存前(上段)及び保存後(下段)の外観の全体の写真を示す。4週間保存後も、変色はなく緑色を維持していた。
図4図4は、収穫後にトリミング処理し、条件7(45℃、30分間)の温水処理を行い、0℃で4週間保存したわさび根茎の、保存前(上段)及び保存後(下段)の葉柄根元部及び根茎下部の切断面の写真を示す。4週間保存後は葉柄根元部は萎れておらず、新芽もなかった。根茎下部の切断面も変色はなく緑色を維持していた。
図5図5は、収穫後にトリミング処理し、条件10(50℃、10分間)の温水処理を行い、0℃、5℃又は15℃で一定時間保存後のわさび根茎の外観の写真を示す。
図6図6は、温水処理し0℃で2週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き四角で示し、温水処理をせず0℃で2週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き丸で示す。
図7図7は、温水処理し0℃で6週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き四角で示し、温水処理をせず0℃で6週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き丸で示す。
図8図8上段は、アルコール処理したわさび根茎の、0℃での保存の各時点での外観の写真を示す。図8下段は、温水処理したわさび根茎の0℃で保存した各時点での外観の写真を示す。
図9図9は、アルコール処理したわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、1週間後、2週間後及び4週間後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き四角で示し、アルコール処理をしていないコントロールのわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、1週間後、2週間後及び4週間後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き丸で示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<わさび根茎及びその保存方法>
本発明の第一の実施形態に係るわさび根茎は、表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のタンパク質1mg当たりのフェニルアラニンアンモニアリアーゼ活性が0.04U/mgタンパク質未満(1Uは、41℃、1時間当たりにL-フェニルアラニンから1μmolのシンナム酸を生成する活性を指す)であることを特徴とする。
【0015】
本実施形態に係るわさび根茎は、冷蔵保存したときに長期間、典型的には4週間以上、変色せず冷蔵保存開始前の緑色を保持しているという予想外の効果を有する。本実施形態に係るわさび根茎はまた、ミロシナーゼ活性を有しており、すりおろし等の処理により組織が破壊されると、生鮮ワサビ根茎に特有の香りと辛みを発現することができる。
【0016】
本実施形態に係るわさび根茎において、品質劣化が抑制される原因は、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)活性が低減していることで、褐色化(黒色化)の原因物質の基質となるポリフェノールの産生が抑制されているためであると推定されるが、品質劣化抑制の機構は限定されない。
【0017】
PAL活性の測定方法について具体的に説明する。
【0018】
PAL活性測定のためのわさび根茎の表面の「トリミング処理」とは、わさび根茎の表面の全体を、ピーラーを用いて削ぎ取る処理を指す。削ぎ取る表面部分の厚さは、特に限定されないが、例えば0.5mm~2.0mmの範囲である。トリミング処理を行う前のわさび根茎は、予め、葉柄痕及び根茎下部を切断して切断面を露出させたわさび根茎であってよい。葉柄痕及び根茎下部を切断して切断面を露出させる処理を「一次トリミング処理」と称する場合は、PAL活性測定のための表面のトリミング処理を、一次トリミング処理との区別のために「再トリミング処理」と称する。
【0019】
本発明者らは、品質劣化が抑制されたわさび根茎では、表面をトリミング処理後0℃で5日間保存した時点での、タンパク質1mg当たりのPAL活性が上昇せず、0.04U/mgタンパク質未満、好ましくは0.03U/mgタンパク質未満、であるのに対して、品質劣化が抑制されていないわさび根茎(例えば未処理のわさび根茎)では、表面をトリミング処理した直後のPAL活性は上昇していなくとも、トリミング処理後0℃で5日間保存した時点での、タンパク質1mg当たりのPAL活性が上昇し、0.04U/mgタンパク質以上となることを見出した。
【0020】
タンパク質1mg当たりのPAL活性は、表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のわさび根茎の表面から0.5gの測定サンプルを採取し、実験2記載の方法により前記測定サンプルから精製酵素液を取得し、実験2記載の方法により前記精製酵素液のPAL活性とタンパク質量を測定し、測定結果から算出することができる。
実験2記載の方法による、前記測定サンプルからの精製酵素液の取得は次の手順で行うことができる。
【0021】
前記測定サンプル0.5gと、5mMの2-メルカプトエタノールを含有する0.2Mホウ酸-NaOHバッファー(pH8.8)(0.2M BB incl.ME)2.3mLと、ポリビニルポリピロリドン0.075gを混合し、混合物を、マルチビーズショッカー(安井器械)を用いて計30秒間破砕する(破砕条件3000rpm)。得られた破砕液を1.5mLチューブに移し、遠心処理して上清のみを採取する。採取した上清を再度遠心し、上清を回収する。この時回収した上清を粗酵素液とする。
【0022】
脱塩カラムPD MiniTrap G-25(Cytiva)に0.2M BB incl.MEを計10mL流し、平衡化させた。平衡化させたカラムに粗酵素液500μLを添加し、その後0.2M BB incl.ME 1mLにより溶出させる。この時溶出させて得られた溶液を精製酵素液とする。
【0023】
実験2記載の方法による、前記精製酵素液のPAL活性の測定は次の手順で行うことができる。
【0024】
0.5Mホウ酸-NaOHバッファー(pH8.8)750μL、10mM L-フェニルアラニン溶液100μL、精製酵素液150μLを混合して反応を開始させる。反応温度は41℃に設定する。反応開始後5分後の反応液、及び65分後の反応液の、290nmにおける吸光度を測定し、反応開始後5分後から65分後の間の吸光度増加量を測定する。0μM、1μM、2.5μM、10μM、25μM、50μM、100μMの濃度のシンナム酸溶液の290nmにおける吸光度を測定し、検量線を作成する。作成した検量線を元に、前記吸光度増加量から、精製酵素液の1時間におけるシンナム酸生成量を計算する。41℃、1時間当たりに1μmolのシンナム酸を生成する活性を1Unitとする。
【0025】
実験2記載の方法による、前記精製酵素液のタンパク質量の測定は、2-D Quant kit(Cytiva)付属の説明書に従い測定することができる。
【0026】
本発明の第二の実施形態は、本発明の第一の実施形態に係るわさび根茎の保存方法であって、前記わさび根茎を-5℃以上10℃以下の温度で保存することを含む方法に関する。この方法によれば、前記わさび根茎を長期間、例えば4週間以上にわたり保存したときの品質劣化が抑制される。前記温度は好ましくは-1℃以上6℃以下であり、特に好ましくは0℃以上5℃以下である。
【0027】
<品質劣化が抑制されたわさび根茎の第一の製造方法>
本発明の第三の実施形態は、
品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法であって、
(1-1)わさび根茎を40℃超60℃未満の温度の水に浸漬すること、及び/又は、
(1-2)わさび根茎をエタノール溶液に浸漬すること
を含む方法に関する。
【0028】
本発明者らは、(1-1)の処理(温水処理)、又は、(1-2)の処理(アルコール処理)により処理したわさび根茎は、ミロシナーゼ活性を有しながらPAL活性が低減しており、長期間、例えば4週間以上、冷蔵保存した場合の、変色や萎れ等の品質劣化が抑制されるという予想外の効果を奏することを見出した。前記わさび根茎は、冷蔵保存後も、生鮮わさび根茎に特有の香りと辛みを呈することができる。
【0029】
(1-1)及び(1-2)において、原料となるわさび根茎は、生鮮わさび根茎であればよい。原料となるわさび根茎は、葉柄痕及び根茎下部を切断して切断面を露出させる一次トリミング処理が施された生鮮わさび根茎であってよい。一次トリミング処理が施された生鮮わさび根茎を用いる場合、一次トリミング処理後できるだけ速やかに、具体的には一次トリミング処理後6時間以内に、好ましくは3時間以内に、特に好ましくは2時間以内に、(1-1)及び/又は(1-2)の処理を施すことが好ましい。
【0030】
(1-1)の温水処理において水の温度は好ましくは41℃以上、より好ましくは42℃以上、より好ましくは43℃以上、より好ましくは44℃以上、より好ましくは45℃以上であり、好ましくは59℃以下、より好ましくは58℃以下、より好ましくは57℃以下、より好ましくは56℃以下、より好ましくは55℃以下、より好ましくは54℃以下、より好ましくは53℃以下、より好ましくは52℃以下、より好ましくは51℃以下である。
【0031】
(1-1)の温水処理は、前記温度の水に5分間以上180分間以下の時間浸漬する工程であることが好ましい。前記時間は好ましくは8分間以上、より好ましくは9分間以上、より好ましくは10分間以上であり、好ましくは150分間以下、より好ましくは140分間以下、より好ましくは130分間以下、より好ましくは120分間以下である。
【0032】
(1-2)のアルコール処理で用いるエタノール溶液の濃度は、特に限定されないが、好ましくは45v/v%以上90v/v%以下である。エタノール溶液は好ましくはエタノール水溶液である。前記濃度のエタノール溶液としては、食品添加物として市販されている77v/v%エタノール含有アルコール製剤、及び前記アルコール製剤の希釈液が例示できる。希釈液は好ましくは水による希釈液である。
【0033】
(1-2)のアルコール処理の時間は、特に限定されないが、好ましくは1分間以上、より好ましくは2分間以上、より好ましくは3分間以上であり、好ましくは10分間以下、より好ましくは7分間以下、より好ましくは5分間以下である。
【0034】
本発明の第三の実施形態に係る、品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法は、
(2)(1-1)及び/又は(1-2)の後に、わさび根茎を冷蔵保存すること
を更に含むことが好ましい。
【0035】
冷蔵保存とは、典型的には-5℃以上10℃以下の温度での保存である。前記温度は好ましくは-1℃以上6℃以下であり、特に好ましくは0℃以上5℃以下である。(1-1)及び/又は(1-2)の処理を受けたわさび根茎では、ミロシナーゼ活性を有しながらPAL活性が低減されているため、長期間、例えば4週間以上にわたり保存したときの品質劣化が抑制される。
【0036】
<品質劣化が抑制されたわさび根茎の第二の製造方法>
本発明の第四の実施形態は、
品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法であって、
(3)わさび根茎の、フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)活性を低下させること
を含む方法に関する。
【0037】
本発明者らは、わさび根茎のPAL活性を添加させたわさび根茎は、長期間、例えば4週間以上、冷蔵保存した場合の、変色や萎れ等の品質劣化が抑制されるという予想外の効果を奏することを見出した。
【0038】
(3)は、好ましくは、表面をトリミング処理し0℃で5日間保存後のタンパク質1mg当たりのPAL活性が0.04U/mgタンパク質未満となるように、わさび根茎のPAL活性を低下させる工程であり、より好ましくは、ミロシナーゼ活性を残存させながらPAL活性を低下させる処理であり、具体的には、前記(1-1)、及び/又は、前記(1-2)である。
【0039】
本発明の第四の実施形態に係る、品質劣化が抑制されたわさび根茎の製造方法は、
(2)(3)の後に、わさび根茎を冷蔵保存すること
を更に含むことが好ましい。
【0040】
冷蔵保存とは、典型的には-5℃以上10℃以下の温度での保存である。前記温度は好ましくは-1℃以上6℃以下であり、特に好ましくは0℃以上5℃以下である。(3)の処理を受けたわさび根茎は、長期間、例えば4週間以上にわたり保存したときの品質劣化が抑制される。
【実施例0041】
<実験1:温水処理による鮮度保持>
わさび根茎の収穫後に直ちに、わさび根茎の葉柄痕及び根茎下部を切断し、切断面を露出させる一次トリミング処理を行った。わさび根茎から生える葉柄の根元部を残した。
【0042】
一次トリミング処理後のわさび根茎を、温水中に浸漬した(温水処理)。温水処理後にわさび根茎の表面の水をふき取り、紙に包み、更にポリプロピレン袋に包み、発泡ポリスチレン容器内に収容した状態で、0℃、5℃又は15℃の温度条件下に2週間、4週間、6週間又は9週間保存し、保存後の状態を観察した。
【0043】
比較のために、一次トリミング処理後のわさび根茎を、温水処理を行わずに同様に冷蔵保存し、保存後の状態を観察した。
【0044】
温水処理の水温及び時間、並びに、各条件のわさび根茎を0℃で4週間保存後の外観の観察結果を下記の表に示す。各条件で3本のわさび根茎を処理した。
【0045】
【表1】
【0046】
黄色に変色していた条件13、14、15で温水処理し0℃4週間保存後のわさび根茎を喫食したところ、生鮮わさび根茎に特有の香り及び辛みは感じられなかった。辛みの発現に関与する酵素ミロシナーゼが、温水処理により失活したことが原因と推測した。
【0047】
図1及び図2に、温水処理を行わずに(条件1)0℃で4週間保存したわさび根茎の、保存前(図1上段、図2上段)及び保存後(図1下段、図2下段)の外観の写真を示す。保存後のわさび根茎は、褐変により切断面が黒く変色しており、葉柄の根元部分の萎れが顕著であった。また葉柄の根元部分から新芽が伸長していた。
【0048】
図3及び図4に、条件7(45℃、30分間)の温水処理を行い0℃4週間保存したわさび根茎の、保存前(図3上段、図4上段)及び保存後(図3下段、図4下段)の外観の写真を示す。保存後のわさび根茎は、切断面の変色はなく、緑色を維持していた。また、保存後も葉柄の根元部分の萎れはなく保存前と同程度のハリを維持していた。保存後の新芽の伸長は観察されなかった。
【0049】
条件10(50℃、10分間)の温水処理を行い0℃、5℃又は15℃で一定時間保存後のわさび根茎の外観の写真を図5に示す。0℃で2週間、4週間及び6週間保存後のわさび根茎に変色はなく緑色が維持されていた。写真は示さないが0℃で9週間保存後も条件10で温水処理したわさび根茎の切断面に変色は認められなかった。5℃で2週間及び4週間保存後のわさび根茎も変色は認められなかった。5℃で6週間保存後に黒色に変色が観察された。15℃では2週間保存後に黒色に変色した。
【0050】
条件5~12の温水処理を施したわさび根茎は、0℃で4週間保存後も生鮮わさび根茎に特有の香り及び辛みが感じられたことから、辛みの発現に関与するミロシナーゼ活性は残存していることが確認できた。
【0051】
<実験2:温水処理をしたわさび根茎のPAL活性の測定>
実験1において温水処理をしたわさび根茎が冷蔵保存下で4週間以上黒く変色しなかった原因として、褐色化(黒色化)の原因物質の基質となるポリフェノールを産生するPAL(フェニルアラニンアンモニアリアーゼ)活性が温水処理により失活していることを本発明者らは推定した。
【0052】
実験1と同様の手順で、わさび根茎を、収穫後に直ちに一次トリミング処理し、次いで条件10(50℃、10分間)の温水処理を行い、0℃の温度条件下に2週間又は6週間保存した。比較のために、わさび根茎を、収穫後に直ちに一次トリミング処理し、温水処理を行わずに、0℃の温度条件下で2週間又は6週間保存した。各条件のわさび根茎を10本ずつ用意した。
【0053】
こうして得られた、温水処理し0℃で2週間又は6週間保存後のわさび根茎、及び、温水処理をせず0℃で2週間又は6週間保存後のわさび根茎のPAL活性を以下の手順で測定した。
【0054】
(再トリミング処理)
0℃で2週間又は6週間保存後のわさび根茎の表皮の全体をピーラーで削ぎ落とした。この操作を「再トリミング処理」とした。
【0055】
再トリミング処理の直後、並びに、再トリミング処理後に0℃で3日間、5日間、及び7日間保存後に、わさび根茎の表層を、ピーラーを用いて0.5g採取しサンプルとした。
【0056】
(酵素抽出)
0.2Mホウ酸-NaOHバッファー(pH8.8)に2-メルカプトエタノールを終濃度5mMになるように加えた(以下、0.2M BB incl.MEと呼ぶ)。
【0057】
前記サンプル0.5g、0.2M BB incl.ME 2.3mL、ポリビニルポリピロリドン0.075gを混合し、マルチビーズショッカー(安井器械)を用いて計30秒間破砕した(破砕条件3000rpm)。
破砕液を1.5mLチューブに移し、遠心処理して上清のみを採取した。採取した上清を再度遠心し、上清を回収した。この時回収した上清を粗酵素液とした。
【0058】
脱塩カラムPD MiniTrap G-25(Cytiva)に0.2M BB incl.MEを計10mL流し、平衡化させた。平衡化させたカラムに粗酵素液500μLを添加し、その後0.2M BB incl.ME 1mLにより溶出させた。この時溶出させて得られた溶液を精製酵素液とした。
【0059】
(PAL(フェニルアラニンアンモニアリアーゼ)活性測定)
0.5Mホウ酸-NaOHバッファー(pH8.8)750μL、10mM L-フェニルアラニン溶液100μL、精製酵素液150μLを混合して反応を開始させた。反応温度は41℃に設定した。
【0060】
反応開始後5分後の反応液、及び65分後の反応液の、290nmにおける吸光度を測定し、反応開始後5分後から65分後の間の吸光度増加量を測定した。
【0061】
0μM、1μM、2.5μM、10μM、25μM、50μM、100μMの濃度のシンナム酸溶液の290nmにおける吸光度を測定し、検量線を作成した。作成した検量線を元に、前記吸光度増加量から、精製酵素液の1時間におけるシンナム酸生成量を計算した。
41℃、1時間当たりに1μmolのシンナム酸を生成する活性を1Unitとした。
【0062】
(タンパク質定量)
2-D Quant kit(Cytiva)付属の説明書に従い、精製酵素液のタンパク質量を測定した。
【0063】
各サンプルから抽出した精製酵素液のタンパク質1mg当たりのPAL活性(U/g=μmol/h/mg)を算出した。
【0064】
(結果)
図6に、温水処理し0℃で2週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き四角で示し、温水処理をせず0℃で2週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き丸で示す。
【0065】
図7に、温水処理し0℃で6週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き四角で示し、温水処理をせず0℃で6週間保存後のわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、5日後及び7日後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き丸で示す。
【0066】
条件10(50℃、10分間)の温水処理を施した後に0℃で2週間又は6週間保存したわさび根茎では、再トリミング処理後のどの時点でもPAL活性は上昇しなかった。
【0067】
一方で、温水処理を施さずに0℃で2週間又は6週間保存したわさび根茎では、再トリミング処理から3日後、5日後及び7日後にPAL活性が上昇した。再トリミング処理から5日後及び7日後のタンパク質1mg当たりのPAL活性がどのサンプルでも0.03U/mg以上であった。
【0068】
この結果は、わさび根茎を温水処理することによりPAL(フェニルアラニンアンモニアリアーゼ)活性が失活することが、温水処理をしたわさび根茎の、冷蔵保存中の変色が抑制される原因であることを裏付ける。
【0069】
<実験3:アルコール処理による鮮度保持>
実験1と同様に、わさび根茎の収穫後に直ちに、わさび根茎の葉柄痕及び根茎下部を切断し、切断面を露出させる一次トリミング処理を行った。わさび根茎から生える葉柄の根元部を残した。
【0070】
一次トリミング処理後のわさび根茎を、アルコール製剤(食品添加物)(77%エタノール含有)に3分間浸漬した。浸漬処理後に水で洗浄し、わさび根茎の表面の水をふき取り、紙に包み、更にポリプロピレン袋に包み、発泡ポリスチレン容器内に収容した状態で、0℃の温度条件下に4週間保存し、保存前、2週間後及び4週間後の各時点の状態を観察した。
【0071】
比較のために、実験1と同様に、一次トリミング処理後のわさび根茎を50℃の温水に10分間浸漬処理し、0℃の温度条件下に4週間保存し、保存前、2週間後及び4週間後の各時点の状態を観察した。
【0072】
図8上段に、アルコール処理したわさび根茎の0℃で保存した各時点での外観の写真を示す。図8下段に、温水処理したわさび根茎の0℃で保存した各時点での外観の写真を示す。アルコール処理したわさび根茎は、温水処理したわさび根茎と同様に、0℃で4週間保存後も黒色への変色はみられなかった。
【0073】
アルコール処理したわさび根茎は、0℃で4週間保存後も生鮮わさび根茎に特有の香り及び辛みが感じられたことから、辛みの発現に関与するミロシナーゼ活性は残存していることが確認できた。
【0074】
<実験4:アルコール処理をしたわさび根茎のPAL活性の測定>
実験3において3分間アルコール処理をしたわさび根茎を3本用意した。
コントロールとして、収穫後に直ちに一次トリミング処理したわさび根茎を3本用意した。
【0075】
各わさび根茎の表皮の全体をピーラーで削ぎ落とした。この操作を「再トリミング処理」とした。なお実験2と異なり、再トリミング処理の前にわさび根茎の冷蔵保存は行わなかった。
【0076】
再トリミング処理の直後、並びに、再トリミング処理後に0℃で3日間(0.43週)、7日間(1週間)、14日間(2週間)及び28日間(4週間)保存後に、わさび根茎の表層を、ピーラーを用いて0.5g採取しサンプルとした。
実験2に記載の手順に従い、各サンプルから抽出した精製酵素液のタンパク質1mg当たりのPAL活性(U/mg=μmol/h/mg)を算出した。
【0077】
図9に、アルコール処理したわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、1週間後、2週間後及び4週間後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き四角で示し、アルコール処理をしていないコントロールのわさび根茎の、再トリミング処理の直後、3日後、1週間後、2週間後及び4週間後の、タンパク質1mg当たりのPAL活性を白抜き丸で示す。
【0078】
アルコール処理したわさび根茎では、再トリミング処理後のどの時点でもPAL活性は上昇しなかった。
【0079】
一方で、アルコール処理をしていないコントロールのわさび根茎では、再トリミング処理から3日後、1週間後及び2週間後にPAL活性が上昇した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9