(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022151985
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】中性液体蛋白質飲料の製造法
(51)【国際特許分類】
A23L 2/66 20060101AFI20221004BHJP
A23L 2/00 20060101ALI20221004BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20221004BHJP
A23L 2/38 20210101ALI20221004BHJP
【FI】
A23L2/00 J
A23L2/00 B
A23L2/00 F
A23L2/66
A23L2/38 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021054571
(22)【出願日】2021-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】馬場 司
【テーマコード(参考)】
4B117
【Fターム(参考)】
4B117LC03
4B117LC04
4B117LC13
4B117LG11
4B117LK12
4B117LK15
4B117LP14
(57)【要約】
【課題】
本発明の目的は、中性液体蛋白質飲料に比較的多くの植物性蛋白質を配合しても、風味や飲み口を損ねることなく、かつ調合液の低粘性と高分散性といった工程適性をも備えた中性液体蛋白質飲料の製造法を提供することにある。
【解決手段】
下記A)~E)の要件を満たす粉末状植物性蛋白素材を原料液中に分散させ、次いで該原料液を加熱殺菌することにより、該粉末状植物性蛋白質素材を溶解させることを特徴とする、蛋白質含量が1~15重量%である、中性液体蛋白質飲料の製造法。 A)固形分中の蛋白質含量が、80重量%以上、 B)10重量%水溶液のpHが、pH5.5~8、
C)窒素溶解指数(NSI)が、30以下、 D)0.22M トリクロロ酢酸可溶率が、10%未満、 E)嵩密度が0.5g/cm3以上であること。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記A)~E)の要件を満たす粉末状植物性蛋白素材を原料液中に分散させ、次いで該原料液を加熱殺菌することにより、該粉末状植物性蛋白質素材を溶解させることを特徴とする、蛋白質含量が1~15重量%である、中性液体蛋白質飲料の製造法。
A)固形分中の蛋白質含量が、80重量%以上、
B)10重量%水溶液のpHが、pH5.5~8、
C)窒素溶解指数(NSI)が、30以下、
D)0.22M トリクロロ酢酸可溶率が、10%未満、
E)嵩密度が0.5g/cm3以上であること。
【請求項2】
該粉末状蛋白素材中の蛋白質に対するカルシウム含量が0.6重量%以下、かつ蛋白質に対するマグネシウム含量が0.3重量%以下である、請求項1記載の中性蛋白質飲料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は中性液体蛋白質飲料の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛋白質は高分子でゲル化性、増粘性、保水性を有する。蛋白質を高濃度に含む分離大豆蛋白質(Soy Protein Isolate; SPI)等に代表される、粉末状植物性蛋白質製品は、水を含まないため液状の製品に比べて流通がしやすく、保管の管理もしやすい。また該製品は、加工食品に高濃度に配合できるため、様々な加工食品への物性改良材としても幅広く使用されている。
例えば、大豆蛋白質はアミノ酸組成のバランスが良く、また血清コレステロール低下作用に代表されるような生理機能を有している。そのため大豆蛋白質は、栄養面や生理機能面を期待した栄養・健康訴求食品で使用されている。
【0003】
日本の内閣府発表の「平成23年版 高齢社会白書」によると、65歳以上の高齢者人口は、過去最高の2,958万人となること、5人に1人が高齢者となることが記載されており、超高齢社会(全人口中65歳以上の高齢者の占める割合が、21%を超えた社会)が目前に迫っている。このような中、日本の厚生労働省が推進する「健康日本21」において挙げられている目標が、健康寿命の延伸である。ここで言われる「健康寿命」とは、生涯の間で病気や障害がなく過ごすことができた期間を指し、健康寿命(平均自立期間)=平均寿命-非自立期間(健康を損ない自立して生活できない期間)で表される。
【0004】
健康寿命を延伸させるためには、必要量の栄養成分の摂取が欠かせない。特に蛋白質は、生命の維持に不可欠な物質であり、組織を構築すると共に、様々な機能を果たしている。厚生労働省が示す「日本人の栄養摂取基準」(2010年版)によると、蛋白質の推奨摂取量は、70歳以上の高齢者においても一般成人と同じ1日当たり60gである。しかし、一般に高齢者は、日常の生活活動が不活発である。そのため、高齢者の食欲は低下し、該食事摂取量は少なくなる。したがって、高齢者の場合、少量の摂取量で効率良く蛋白質を摂取することが必要とされる。
【0005】
このような状況下、食品メーカーは、植物性蛋白質の優れた栄養生理機能を活用し、植物性蛋白質の補給を目的とした加工食品の開発に注力している。該加工食品のジャンルの一つとして、中性付近のpHを有する液体蛋白質飲料(以下、「中性液体蛋白質飲料」と略する。)が存在する。しかしながら、中性液体蛋白質飲料は、pHが4未満の酸性の液体飲料に比べて、微生物学上腐敗しやすい性質を有する。そのため、該飲料を密閉容器にパックして流通させる場合には、微生物の管理のため、該飲料の製造は、酸性の液体飲料よりも厳しい加熱条件で、十分な加熱殺菌工程を経なければならない。
ここで、分離大豆蛋白質のような粉末状植物性蛋白質素材は、蛋白質含量が高いため、飲料への蛋白質強化の目的に適している。また該素材は、形態が粉末状であり、任意の濃度に調整して使用することができるため、豆乳のような多量の水を含む素材と異なり、蛋白質添加のために飲料に配合する量が、飲料全体の水分量に影響を与えない利点を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006-75064号公報
【特許文献2】国際公開WO2003/22069号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、蛋白質の強化を目的として粉末状植物性蛋白質素材を中性液体蛋白質飲料に多量に添加する場合、一般に粉末状植物性蛋白質素材を水と調合すると、その保水性によって調合液の粘性が著しく高くなり工程適性を損なう問題がある。
そのため特許文献1では、大豆蛋白質由来ペプチドを用いた飲料が開示されている。このペプチドは、蛋白質分解酵素で高度に加水分解された低分子のペプチドである場合は、粘度が低くかつ溶解性も高く、飲料中において比較的安定な性質を示す。しかし、独特の苦味や臭いを発生すること、そして高コストであることが課題となっている。
また、蛋白質分解酵素で低度に部分加水分解されたものを用いると、調合液の粘度は低下させることができるが、加熱殺菌後の溶解性が低くなってしまう。
【0008】
また、溶解性の高い粉末状植物性蛋白質素材は、水と調合時に瞬時に吸水して大量のダマを作るため、工程適性を損なう問題がある。
これを解決するために、2価金属塩を添加して不溶化する技術や酵素分解して粘性を下げる技術、造粒技術を用いることで、ダマの発生を抑制することは可能である。例えば特許文献2の粉末状大豆蛋白質素材は、特定のDE値を有するデキストリンで粉末状大豆蛋白質素材を造粒する技術によって、強力な攪拌機を使用しなくとも、優れた水分散性を有することが記載されている。
しかし、該素材は、粉末飲料のように一時的な水への良好な分散性が求められる商品への用途を追求したものである。
また、中性液体飲料の場合は、強度の加熱殺菌処理が必須である。そのため、2価金属塩を含有する粉末状植物性蛋白質素材や酵素分解した粉末状植物性蛋白質素材を中性液体飲料に適用すると、飲料の加熱殺菌工程において粗大な凝集物を形成してしまう。その結果、ざらつきの発生や沈殿の発生など、最終商品の品質を損なってしまう。したがって、長期の保存安定性が求められる中性液体蛋白質飲料には適用が難しい。
【0009】
しかも、乾燥した粉末の状態にある粉末状植物性蛋白質素材は、再度水和させる必要があり、これを高濃度に添加して分散安定化することは、例えば液体の豆乳を添加するよりも困難である。
【0010】
以上の状況に鑑みて、本発明の目的は、中性液体蛋白質飲料に比較的多くの植物性蛋白質を配合しても、風味や飲み口を損ねることなく、かつ調合液の低粘性と高分散性といった工程適性をも備えた中性液体蛋白質飲料の製造法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、特定の特性を有する粉末状植物性蛋白質素材を見出し、これを添加することにより、上記課題を解決できる知見を得、本発明を完成するに到った。
【0012】
すなわち本発明は、以下のような構成を包含する。
(1)下記A)~E)の要件を満たす粉末状植物性蛋白素材を原料液中に分散させ、次いで該原料液を加熱殺菌することにより、該粉末状植物性蛋白質素材を溶解させることを特徴とする、蛋白質含量が1~15重量%である、中性液体蛋白質飲料の製造法、
A)固形分中の蛋白質含量が、80重量%以上、
B)10重量%水溶液のpHが、pH5.5~8、
C)窒素溶解指数(NSI)が、30以下、
D)0.22M トリクロロ酢酸可溶率が、10%未満、
E)嵩密度が0.5g/cm3以上であること、
(2)該粉末状蛋白素材中の蛋白質に対するカルシウム含量が0.6重量%以下、かつ蛋白質に対するマグネシウム含量が0.3重量%以下である、前記(1)記載の中性蛋白質飲料。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、中性液体蛋白質飲料に比較的多くの植物性蛋白質を配合しても、風味や飲み口を損ねることなく、かつ調合液の低粘性と高分散性といった工程適性をも備えた中性液体蛋白質飲料の製造法を提供することができる。
より具体的には、本製造法によれば、特定の粉末状植物性蛋白質素材は嵩密度が高く粉立ちも少ないため、調合時に調合タンクへの投入効率を高めることができる。また、本製造法によれば、特定の粉末状植物性蛋白質素材を水と調合した際に、ママコが生じず容易に分散させることができ、また粘度も低いため、調合工程での作業性を向上できる。また、本製造法によれば、加熱殺菌工程において特定の粉末状植物性蛋白質素材は加熱処理されたときに分散状態から容易に水溶化するため、加熱処理前の工程適性と加熱処理後は飲料適性とを両立させた製造法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0015】
(中性液体蛋白質飲料)
本発明の対象である中性液体蛋白質飲料(以下、「本飲料」と称する。)は、液体の状態で製品化され、消費者に飲用されるものである。最近ではRTD飲料(Ready-To-Drink)と呼ばれる飲料や、濃厚流動食が、概念的に包含される。
【0016】
典型的な一つの流通形態として、本飲料は、密封容器に無菌的に充填及び密封されて、そのまま密封容器詰め飲料として消費者に販売される。また別の流通形態として、飲食店のサーバーに入れられ、消費者の要望に応じてカップ等に注入されて提供される。このため、本飲料は長期間液状で保存されても不溶化した蛋白質の沈殿が生じにくいことが厳しく要求される。本発明の効果は、液体飲料の形態において特に奏されるものであり、より長期間保管される密封容器詰め飲料の形態において最も顕著に奏されるものである。
【0017】
また本飲料の液性は、pH6~8の中性付近のpHを示す。特に、本飲料のpHは、pH6.2~7.8が好ましく、pH6.4~7.6がより好ましく、pH6.6~7.4がより好ましく、pH6.8~7.2がさらに好ましい。この範囲中で何れのpH値を選択するかは、当業者が製品の風味等の品質を考慮して適宜設定できる。
なお、本明細書において「中性」という用語は、pH7のみを限定して指すに留まらず、広義の意味で上述した中性付近のpH範囲を指す。
【0018】
好ましい態様として、本飲料は植物ベースの中性液体蛋白質飲料である。「植物ベースの」(plant-based)とは、植物由来の原料を基本として組成されていることを意味する。具体的には、本飲料の全原料中における動物由来原料の割合が、固形分換算で50重量%以下であるのが好ましく、より好ましくは40重量%以下、30重量%以下、20重量%以下、10重量%以下、5重量%以下、3重量%以下、2重量%以下、1重量%以下、0.5重量%以下、又は0重量%である。
【0019】
(蛋白質)
本飲料は、栄養成分として少なくとも蛋白質を含有する。
本飲料中における蛋白質含量は、該飲料中1重量%以上である。さらに該蛋白質含量は、高い方が本発明の効果を有効に発揮させることができ好ましく、1.5重量%以上が好ましく、2重量%以上がより好ましく、2.5重量%以上がさらに好ましい。また、該蛋白質含量の上限は15重量%以下であり、さらに10重量%以下であることができる。大豆蛋白質などの多くの植物性蛋白質は、本飲料の製造工程中の強加熱による変性で凝集し、本飲料中に該蛋白質の沈殿や分離が生じやすい。そして該沈殿や分離の程度は、製品として長期保存されるほど多くなる傾向にあり、保存中の沈殿、分離は商品価値を大きく損ねてしまう。一方、本発明では植物性蛋白質が高度に含有していても、このような問題が解決されている。
【0020】
本飲料中に含まれる蛋白質は、少なくとも1つの植物性蛋白質を由来とする。植物性蛋白質の種類としては大豆、エンドウ、緑豆、ヒヨコ豆、ササゲ、ソラマメ等の豆類やキャノーラ種子、小麦、米、麻、クルミ等に由来する蛋白質が挙げられ、後述する粉末状植物性蛋白質素材に必要な要件を満たす限り、その起源は特に限定されない。ある実施形態では、植物性蛋白質の種類は、流通量が豊富で原料の確保がしやすい大豆に由来する蛋白質を選択できる。
【0021】
(粉末状植物性蛋白質素材)
本飲料中の蛋白質は、上記の植物性蛋白質を含む蛋白質素材が本飲料中に添加される結果、その全部又は一部が含有することになる。ここで、本飲料の製造法において、必須かつ重要な1つの蛋白質素材が、下記に詳述する特定の「粉末状植物性蛋白質素材」である。
ここで、本明細書において使用される「粉末状植物性蛋白質素材」の用語は、粉末状の製品形態を有する、植物を原料とした蛋白質を主体とする食品素材を指す。
【0022】
典型的な粉末状植物性蛋白質素材の製造例を示す。植物が大豆である場合、大豆原料として脱脂大豆フレークを用い、これを適量の水中に分散させて水抽出を行い、繊維質を主体とする不溶性画分を除去して抽出大豆蛋白(脱脂豆乳)を得る。該抽出大豆蛋白を塩酸等の酸によりpH4.5前後に調整し、蛋白質を等電点沈澱させて酸可溶性画分(ホエー)を除去し、酸不溶性画分(カード)を再度適量の水に分散させてカードスラリーを得、水酸化ナトリウム等のアルカリにより中和して中和スラリーを得、該中和スラリーから得られる分離大豆蛋白を得る。該分離大豆蛋白は、溶液の状態において高温加熱処理装置によって加熱殺菌され、スプレードライヤー等により噴霧乾燥され、粉末状大豆蛋白素材として最終的に製品化される。大豆以外の原料も上記と同様にして得られる。また、上記の製造法に限定されるものではなく、膜ろ過等の大豆蛋白質の純度が大豆原料から高められる方法であってもよい。
【0023】
(粉末状植物性蛋白質の特性)
本飲料に添加される特定の粉末状植物性蛋白質素材(以下、「本蛋白質素材」と称する。)は、それ自体が少なくとも下記A)~E)の要件を満たす特性を有することが必須である。以下、これらの要件についてより具体的に説明する。
【0024】
A)蛋白質含量
本蛋白質素材は、固形分中の蛋白質含量が少なくとも80重量%以上、好ましくは85重量%以上又は90重量%以上であるのが適当である。該蛋白質含量が高いほど、より少量の添加量で高蛋白質な飲料を製造できるため好ましい。
一方、本蛋白質素材は、蛋白質含量を高くするために不溶性食物繊維の含量はなるべく低い方が好ましい。また、該蛋白質素材は液体飲料へ添加されることから、保存中の不溶物の沈殿を防止するためにも、不溶性食物繊維の含量はなるべく低い方が好ましい。具体的には、本素材中の不溶性食物繊維の含量は、固形分中2重量%以下、1重量%以下、又は0.5重量%以下であるのがより好ましい。なお、不溶性食物繊維の含量は、「五訂日本食品標準成分表分析マニュアル」(科学技術庁資源調査会食品成分部会資料(平成9年))に従い、プロスキー変法により測定するものとする。
【0025】
B)10重量%水溶液pH
本蛋白質素材は、その10重量%水溶液のpHが5.5~8であることが重要である。好ましくはpH6~7.5、より好ましくはpH6.5~7の範囲であることが適当である。該水溶液のpHが上記範囲であることは、中性液体飲料を製造する際に余計なpH調整が不要となり、工程適性の向上に寄与する。
【0026】
C)窒素溶解性指数(NSI)
本蛋白質素材は、水への溶解性が低いこと、すなわち水への溶解性の指標として、NSI(Nitrogen Solubility Index:窒素溶解指数)が30以下であることが重要である。さらに好ましい態様では、該NSIは29以下、28以下、27以下、26以下又は25であり得る。またNSIの下限は特に限定されないが、5以上、10以上、15以上又は20以上であり得る。なお、NSIは後述の所定の方法に基づき、全窒素量に占める水溶性窒素(粗蛋白)の比率(重量%)で表すものとし、本発明においては後述の方法に準じて測定された値とする。
NSIが高すぎると、粉末状植物性蛋白質素材は保水性が高くなりすぎ、調合液の調製時の粘度が高くなり、瞬時に吸水することでダマが発生しやすくなる。これにより、調合液の調製工程の効率が低くなり、ひいては中性液体飲料の製造効率を落とすことに繋がり好ましくない。NSIが上記範囲であることは、調合液の調製を容易にし、工程適性の向上に寄与する。
【0027】
なお、本蛋白質素材のように低いNSIの特性を付与する手段としては、カルシウム塩やマグネシウム塩等の2価金属塩を添加して、蛋白質と2価金属を反応させて不溶化する手段がある。しかし、本蛋白質素材中に多くのカルシウム塩やマグネシウム塩を添加することは、不可逆的な不溶性蛋白質を形成させる。これにより、本飲料の製造工程中の加熱殺菌によって粗大な凝集を生じてしまう。そのため、ざらつきの発生による飲み口の悪化や、保存中の沈殿の発生により、本飲料として所望の品質を担保することが困難となり得る。
【0028】
そのため、好ましい態様としては、本蛋白質素材中の蛋白質に対するカルシウム含量は0.6重量%以下で、かつ蛋白質に対するマグネシウム含量は0.3重量%以下であり得る。該カルシウム含量は、さらに0.55重量%以下、0.5重量%以下、0.4重量%以下、0.3重量%以下又は0.2重量%以下であることができる。該マグネシウム含量はさらに0.2重量%以下、0.15重量%以下又は0.1重量%以下であることができる。さらには本蛋白質素材は、製造中にカルシウム塩又は/及びマグネシウム塩が全く添加されていないものであり得る。なお、カルシウム及びマグネシウムの含量は、公定された原子吸光法で測定される。
【0029】
D)0.22M トリクロロ酢酸可溶率
本蛋白質素材は、その蛋白質がプロテアーゼ等により加水分解されていないことが重要である。加水分解がされていないことの指標として、0.22M トリクロロ酢酸可溶率(以下、「TCA可溶率」と称する)を用いることができる。該数値は、粉末状植物性蛋白質素材を蛋白質含量として1.0重量%となるように水に分散させ十分撹拌した分散液について、全蛋白質に対する0.22M トリクロロ酢酸に溶解する蛋白質の割合を、ケルダール法により測定したものである。蛋白質の加水分解が進行するにつれて、TCA可溶率の値は上昇する。
【0030】
本蛋白質素材は、このTCA可溶率が10%未満であることを特徴とする。ある実施態様では、TCA可溶率は上限が9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下又は4.5%以下であり得る。かかる範囲のTCA可溶率可溶率を有する本蛋白質素材は、本飲料の製造工程中における加熱殺菌工程により、不可逆的な凝集を生じることなく水溶化され、良好な飲み口の飲料を製造することができる。より高いTCA可溶率を有する、すなわち酵素分解された粉末状植物性蛋白質素材は、調合液の粘性を抑えることができる一方で、前述した加熱殺菌工程で不可逆的な凝集を生じてしまうため、好ましくない。
【0031】
E)嵩密度
本蛋白質素材は、嵩密度が0.5g/cm3以上であることが重要である。該嵩密度は、0.55g/cm3以上、0.6g/cm3以上又は0.65g/cm3以上であり得る。ちなみに、典型的な分離大豆蛋白である「フジプロF」(不二製油(株)製)の場合、嵩密度は約0.45g/cm3である。
嵩密度が上記範囲であることにより、本蛋白質素材は比重が大きく嵩の低い、いわば「細かい砂」のような性状であり、粉立ちも少なく、中性液体蛋白質飲料の製造工程における調合時に、同じ重量を調合するときの作業スピードが速くなり、調合タンクへの投入効率を高めることができる。
なお、嵩密度は、「POWDER TESTER model PT-X」(ホソカワミクロン(株)製)を用いて、タッピング回数は180回に設定して測定する。
【0032】
(本蛋白質素材の製造)
以下に、本発明の要件A)~E)をすべて満たす、本蛋白質素材を製造するための参考態様を、大豆の場合を例に以下に示す。ただし、本発明の技術的思想は要件A)~E)の特性を有する本蛋白質素材を本飲料の製造に適用することを本質とするものである。したがって、本蛋白質素材の製法が、特定の植物の種類や特定の製造態様に限定されないことは当然である。
【0033】
本蛋白質素材を製造するには、下記のように従来の分離大豆蛋白を製造する工程をベースとすることができる。ただし、蛋白質を濃縮する方法は、一般的な酸沈殿による方法を採用できるし、膜ろ過による濃縮法や濃縮大豆蛋白から水抽出する方法なども採用できる。
蛋白質を抽出するための大豆原料としては、脱脂大豆を使用するのが一般的だが、全脂大豆や部分脱脂大豆も使用できる。全脂大豆や部分脱脂大豆を使用した場合には、抽出工程後に高速遠心分離を行って上層に分離した油分を除去し、低油分化できる。
次に大豆原料と水とを混合し、スラリー状態に分散させ、必要により撹拌しつつ蛋白質を抽出する。
次に、該スラリーから不溶性食物繊維(オカラ)を遠心分離機やろ過等の分離手段により除去し、抽出大豆蛋白溶液(豆乳)を得る。
次に、該抽出大豆蛋白溶液からオリゴ糖や酸可溶性蛋白質などの酸可溶性画分(ホエー)を除去し、大豆蛋白質の濃縮液を得る。典型的な手段としては酸沈殿法を用いることができ、該抽出大豆蛋白溶液のpHを塩酸やクエン酸等の酸により4~5の等電点付近に調整し、蛋白質を不溶化させ、沈殿させる。次に遠心分離やろ過等の分離手段により酸可溶性画分を除去し、酸不溶性画分である「カード」を回収して再度適量の水に分散させてカードスラリーを得る。なお、酸沈殿法以外の大豆蛋白質の濃縮手段としては、限外濾過等が挙げられる。
そして、得られたカードスラリーを最終的にpH7付近に調整した中和スラリーを得る。そして、全工程の間に少なくとも1回以上の高温加熱処理によって加熱殺菌を行う。該加熱処理は、何れも直接蒸気吹込み式高温瞬間加熱処理が好ましい。該加熱処理は、高温高圧の水蒸気を直接大豆蛋白溶液に吹き込み、加熱保持した後、真空フラッシュパン内において急激に圧力開放させるUHT殺菌の方式である。この加熱処理条件は、100~170℃、好ましくは110~165℃の範囲で、加熱時間は0.5秒~5分間、好ましくは1秒~120秒間が適当である。この際、加熱処理の対象となる大豆蛋白質を含む溶液又はスラリーは、製造工程の各段階で調整されるpHに応じて3~12の範囲において加熱処理されるが、該加熱処理方式が採用される市販の加熱殺菌装置を用いることができ、VTIS殺菌装置(アルファラバル社製)やジェットクッカー装置等を用いることができる。そして、最終的に、スプレードライヤー等で乾燥し、粉末状大豆蛋白素材を得る。スプレードライヤーによる乾燥の方法としては、ディスク型のアトマイザー方式や1流体、2流体ノズルによるスプレー乾燥のいずれも利用できる。
ここで、本発明のA)~E)の要件を全て満たす粉末状大豆蛋白質素材を得るために、下記の工程を任意に採用できる。ある任意の実施態様としては、抽出工程後のスラリーから不溶性食物繊維を除去して抽出大豆蛋白溶液を得る工程において、不溶性食物繊維の混入がなるべく少なくなるように、長時間の遠心分離を行ったり、複数回の遠心分離を行ったりして、不溶性食物繊維の含量が最終製品の粉末状大豆蛋白素材中に1重量%以下、好ましくは0.5重量%以下、より好ましくは0.2重量%以下となるように除去することができる。別の態様としては、上記の様な工程を付加しない選択もできる。また、任意の実施態様としては、本蛋白質素材の製造工程において、水溶性大豆多糖類、水溶性エンドウ多糖類、ペクチン等のペクチン性多糖類や、アルギン酸エステル等の水溶性多糖類を添加することができる。該水溶性多糖類の添加は、本蛋白質素材の製造工程中において、噴霧乾燥工程より前の工程において、植物性蛋白質を含有する溶液中に添加して良く混合することにより達成される。これによって、本水溶性多糖類は本蛋白質素材から物理的に分離できない、一体化した状態となる。
【0034】
上記要件A)~E)を全て満たす本蛋白質素材は、植物性蛋白質素材の製造メーカー、例えば不二製油株式会社等から購入する、又は製造メーカーに製造を依頼することによって、入手することができる。
ちなみに、不二製油株式会社では上記A)~E)の全特性を備える新たな粉末状植物性蛋白質素材を提供できる。したがって、当業者はこれを指定すれば容易に当該製品を入手することができる。なお、従来の市販の粉末状大豆蛋白質素材である「フジプロ」シリーズ、「ニューフジプロ」シリーズ、「プロリーナ」シリーズなどは、いずれも上記A)~E)の全特性を満たす粉末状植物性蛋白質素材に該当しない。したがって、これらを用いたとしても本製造法には適用できない。
【0035】
(飲料に配合される他の原料)
本飲料は、任意の実施態様として、上述の本蛋白質素材の他に、当業者の製品設計に合わせて種々の原料を配合することができる。他の原料の種類や添加量は特に限定されるものではない。
例えば、各種の果汁(柑橘類、ブドウ等)、糖類(ショ糖、果糖ブドウ糖液糖、デキストリン等)、甘味料(スクラロース、アスパルテーム等)、油脂(菜種油、大豆油、EPA、DHA等)、蛋白質の分散安定剤(カルボキシメチルセルロース、微結晶セルロース等)、乳化剤(レシチン、脂肪酸エステル等)、pH調整剤(クエン酸、フマル酸、酒石酸、リン酸、水酸化ナトリウム、重曹等)、ミネラル(カリウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩等)、ビタミン(A,B,C,D,E,P,K等)、キレート剤(クエン酸ナトリウム、重合リン酸塩等)香料、生理機能素材(イソフラボン、サポニン、乳酸菌末、ペプチド類、グルコサミン等)等を適宜配合することができる。
【0036】
(中性液体蛋白質飲料の製造)
本飲料は、公知の方法により製造することができ、例えば原料の調合、加水、撹拌、溶解、pH調整、均質化(ホモゲナイザー等)、容器への充填、密封、加熱殺菌等の工程を経て製造することができる。これらの工程は任意に順序を変えることができ、また複数回行うことができる。特に、本飲料は中性であるため、加熱殺菌は中性飲料に関して微生物の管理上公的に定められた方法及び条件で実施する。加熱殺菌装置としては、プレート式殺菌機、チューブ式殺菌機等が一般に用いられる。加熱殺菌の条件は、例えば約120~150℃で1~60分とすることができる。
【0037】
(測定方法)
本発明における分析値は以下の測定方法に従うものとする。
<pHの測定方法>
試料40gに、360mlの25℃イオン交換水を加えて、ホモミキサーで5分間撹拌し、完全に溶解させる。得られた溶液を任意のpH計測器で測定する。
【0038】
<NSIの測定方法>
試料3gに60mlの水を加え、37℃で1時間プロペラ攪拌した後、1400×gにて10分間遠心分離し、上澄み液(I)を採取する。次に、残った沈殿に再度水100mlを加え、再度37℃で1時間プロペラ撹拌した後、遠心分離し、上澄み液(II)を採取する。(I)液および(II)液を合わせ、その混合液に水を加えて250mlとする。これを濾紙(NO.5)にて濾過した後、濾液中の窒素含量をケルダール法にて測定する。同時に試料中の窒素量をケルダール法にて測定し、濾液として回収された窒素量(水溶性窒素)の試料中の全窒素量に対する割合を重量%として表したものをNSIとする。
【実施例0039】
以下、実施例等により本発明の実施態様をより具体的に説明する。なお、例中の「%」と「部」は特記しない限り「重量%」と「重量部」を示す。また試験材料に使用した各種粉末状植物性蛋白質素材は、全て不二製油(株)製の市販品又は試作品を用いた。
【0040】
■試験材料
粉末状大豆蛋白質素材のサンプルとして、プロテアーゼによる酵素分解を行っていない、一般的な非分解タイプの市販品A、酵素分解を行っている市販品B,C、酵素分解と2価金属塩の添加がされている市販品D,Eを用意した。次に、新たに粉末状大豆蛋白質素材として製造した試作品「B20」を用意した。これらは全て、不二製油(株)に問い合わせれば入手できる。
これらの粉末状大豆蛋白質素材の固形分中の蛋白質含量、10%溶液のpH、NSI、TCA可溶率、カルシウム(Ca)含量、マグネシウム(Mg)含量について分析を行った。各分析値を下記表1に示した。なお、CaとMgの含量は蛋白質に対する含量として示した。
【0041】
【0042】
■試験例1(テストT1~T6)
市販品A~E及び試作品の各粉末状大豆蛋白質素材をそれぞれ用いて、中性液体蛋白質飲料を下記の通り調製した(T1~T6)。
粉末状大豆蛋白質素材56g、グラニュー糖30gおよび水914gを容器に投入して、ホモミキサーで5000rpm、5分間撹拌し、完全に分散させ、調合液を調製した。その後、調合液をpH6.8になるようにクエン酸または水酸化Naを適量加え、さらにホモミキサーで5000rpm、5分間撹拌した。
得られた調合液をさらにホモゲナイザーに供して15MPaの高圧で均質化処理を行い、殺菌前分散液を得た。
殺菌前分散液を直接蒸気吹込み式高温瞬間加熱処理装置に供し、145℃で10秒間加熱殺菌し、中性液体蛋白質飲料を調製した。
得られた各飲料の品質評価として、加熱殺菌による耐熱性評価、および官能評価を行った。
【0043】
(耐熱性評価法)
T1~T6で得られた飲料を40g分取し、5000Gで5分間遠心分離した。遠心分離した液の上清を除去し、沈殿重量を測定した。そして、加熱殺菌による耐熱性評価の指標として、下記式により遠心沈殿率を算出し、遠心沈殿率が7.5%以下の場合に合格とした。
(式)遠心沈殿率(%)=沈殿重量÷40×100
【0044】
(官能評価法)
大豆蛋白質の風味評価に熟練したパネリスト10名に依頼して各飲料を試飲してもらった。「飲み口」と「風味」に関して下記の基準で官能評価を行い、合議によりA~Dの評価を付けてもらい、B評価以上を合格とした。
○飲み口の評価基準
A:粘性、粉っぽさ、ざらつきがなくすっきりしている。
B:わずかに粘性、粉っぽさ、ざらつきを感じるが良好
C:粘性、粉っぽさ、ざらつきを感じやや飲みにくい
D:粘性、粉っぽさ、ざらつきを強く感じ飲料用途に適さない
○風味の評価基準
A:大豆臭や苦み、その他異風味をほとんど感じない
B:大豆臭や苦み、その他異風味を少し感じるがマスキング不要な風味
C:大豆臭や苦み、その他異風味を感じるがマスキング可能な風味
D:大豆臭や苦み、その他異風味を強く感じ、飲料用途に適さない
【0045】
■試験例2
試験例1の飲料の製造を実際の大きなスケールで行った場合を想定した、より緩やかな撹拌条件での原料の調合テストを行い、各粉末状植物性蛋白質素材の水への分散性の評価を行った。
表1の各粉末状大豆蛋白質素材を飲料の蛋白質濃度が5%になる量を1L容器に入れ、粉末状大豆蛋白質素材との合計が500gになるように水を入れた。φ=7cmの十字型プロペラを用いて、400rpmで撹拌した。その後、得られた分散液を目開き710μmの篩に通した。
次いで、篩上部に残ったダマの水分を軽くふき取った後に、そのダマ重量(g)を測定して分散性を評価した。ダマ重量が10g以下である場合に合格とした。
【0046】
【0047】
【0048】
(考察)
表4,5より、粉末状大豆蛋白質素材として試作品を添加した試験区T6の飲料のみが、耐熱性、分散性、風味、飲み口の点で、市販品A~Eを添加したT1~T5の飲料よりも高い合格品質を示した。すなわち試作品の特徴は、大豆蛋白配合量が高い場合においても、調合液を作製する際の分散性が非常に良好であり、さらに加熱殺菌後に凝集沈殿を生じない耐熱性の高い素材であることが示された。また、酵素分解ありの粉末状大豆蛋白質素材を用いたT2~T5では、加熱殺菌後の独特の異味が総じて感じられたが、試作品は異味を感じることがなく、風味の点でも良好であった。
したがって、当該試作品が有する特性を持つ粉末状大豆蛋白質素材を原料として中性液体蛋白質飲料を製造する方法が非常に有益であることが示された。