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2022-152351センサ基板の製造方法、センサ基板、センサシステム、及びラマン散乱光検出方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022152351
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】センサ基板の製造方法、センサ基板、センサシステム、及びラマン散乱光検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20221004BHJP
   A61B 5/00 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
G01N21/65
A61B5/00 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021055087
(22)【出願日】2021-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】合田 圭介
(72)【発明者】
【氏名】シャオ ティンフイ
(72)【発明者】
【氏名】リウ リーメイ
(72)【発明者】
【氏名】平松 光太郎
【テーマコード(参考)】
2G043
4C117
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043BA14
2G043BA16
2G043BA17
2G043CA05
2G043CA09
2G043DA06
2G043EA03
2G043EA04
2G043FA06
2G043HA02
2G043HA09
2G043JA02
2G043JA03
2G043KA01
2G043KA05
2G043KA09
2G043LA03
2G043MA06
4C117XA01
4C117XB01
4C117XB02
4C117XC12
4C117XE06
4C117XE43
(57)【要約】      (修正有)
【課題】様々な物体及び生体の表面に装着可能な、表面増強ラマン散乱光の測定に用いるセンサ基板の製造方法、センサ基板、センサシステム、及びラマン散乱光検出方法を提供する。
【解決手段】センサシステム500は、物体又は生体の表面32に装着された、金属ナノメッシュ構造を有するセンサ基板40と、センサ基板40に向けて光を照射する光源502と、光源502からの光の照射によって、金属ナノメッシュ構造に吸着した分子の表面増強ラマン散乱光を検出する検出器516と、を備える。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面増強ラマン散乱光の測定に用いるセンサ基板の製造方法であって、
エレクトロスピニング法によって、所定の材料からなるメッシュ状繊維シートを作製し、
所定の成膜法によって、前記メッシュ状繊維シート上に金属層を形成し、
前記所定の材料を溶解する液体を用いて前記メッシュ状繊維シートを除去することで、金属ナノメッシュ構造の前記センサ基板を得る、製造方法。
【請求項2】
前記メッシュ状繊維シートを構成する繊維の直径は1nm~100μmである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記メッシュ状繊維シートの面積は0.01mm~1mである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記金属層の厚みは0.1nm~0.1mmである、請求項1~3の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記金属層は、表面プラズモン共鳴を示す純金属又は合金からなる、請求項1~4の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記所定の材料はポリビニルアルコールであり、
ポリビニルアルコールからなる前記メッシュ状繊維シートを水で溶解させることで前記金属ナノメッシュ構造を得る、請求項1~5の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
物体又は生体の表面に装着可能な金属ナノメッシュ構造を有し、前記金属ナノメッシュ構造に吸着した分子の表面増強ラマン散乱光の測定に用いるセンサ基板。
【請求項8】
前記金属ナノメッシュ構造の厚みは1nm~100μmである、請求項7に記載のセンサ基板。
【請求項9】
前記金属ナノメッシュ構造の面積は0.01mm~1mである、請求項7又は8に記載のセンサ基板。
【請求項10】
前記金属ナノメッシュ構造を構成する金属の平均密度は、0.1g/cm~50g/cmである、請求項7~9の何れか1項に記載のセンサ基板。
【請求項11】
前記金属ナノメッシュ構造を構成する金属は、表面プラズモン共鳴を示す純金属又は合金である、請求項7~10の何れか1項に記載のセンサ基板。
【請求項12】
物体又は生体の表面に装着された、請求項7~11の何れか1項に記載のセンサ基板と、
前記センサ基板に向けて光を照射する光源と、
前記光源からの光の照射によって、前記金属ナノメッシュ構造に吸着した分子の表面増強ラマン散乱光を検出する検出器と、
を備えるセンサシステム。
【請求項13】
物体又は生体の表面に装着された、金属ナノメッシュ構造を有するセンサ基板に向けて、光源により光を照射し、
前記光源からの光の照射によって、前記金属ナノメッシュ構造に吸着した分子の表面増強ラマン散乱光を検出器で検出する、ラマン散乱光検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラマン散乱光の測定に用いるセンサ基板の製造方法、センサ基板、センサシステム、及びラマン散乱光検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面増強ラマン分光法(Surface Enhanced Raman Spectroscopy:SERS)は、ナノ構造の金属表面に吸着した分子のラマン散乱を増強する手法であり、分子レベルの構造情報を超高感度に計測することを可能とする。また、SERSにより、環境の影響を受けず、非侵襲で安全な計測を可能とする。従来のSERS計測では、ガラス等の基板上に塗布された金属ナノ粒子上に試料を滴下して、ラマン散乱を計測している(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-012724号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のSERS計測では、センサ基板としてガラス等の硬い基板を用いているため、曲面を有する様々な物体や生体に貼り付けることができず、曲面に吸着した微量な試料の分析や生体モニタリングができないなど、応用範囲が限られていた。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、様々な物体及び生体の表面に装着可能な、表面増強ラマン散乱光の測定に用いるセンサ基板の製造方法、センサ基板、センサシステム、及びラマン散乱光検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るセンサ基板の製造方法は、表面増強ラマン散乱光の測定に用いるセンサ基板の製造方法であって、エレクトロスピニング法によって、所定の材料からなるメッシュ状繊維シートを作製し、所定の成膜法によって、メッシュ状繊維シート上に金属層を形成し、所定の材料を溶解する液体を用いてメッシュ状繊維シートを除去することで、金属ナノメッシュ構造のセンサ基板を得る。
【0007】
本発明に係るセンサ基板は、物体又は生体の表面に装着可能な金属ナノメッシュ構造を有し、金属ナノメッシュ構造に吸着した分子の表面増強ラマン散乱光の測定に用いる。
【0008】
本発明に係るセンサシステムは、物体又は生体の表面に装着された金属ナノメッシュ構造を有するセンサ基板と、センサ基板に向けて光を照射する光源と、光源からの光の照射によって、金属ナノメッシュ構造に吸着した分子の表面増強ラマン散乱光を検出する検出器と、を備える。
【0009】
本発明に係るラマン散乱光検出方法は、物体又は生体の表面に装着された、金属ナノメッシュ構造を有するセンサ基板に向けて、光源により光を照射し、光源からの光の照射によって、金属ナノメッシュ構造に吸着した分子の表面増強ラマン散乱光を検出器で検出する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、金属ナノメッシュ構造を有するセンサ基板を様々な物体又は生体の表面に装着して、表面増強ラマン散乱光を検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】エレクトロスピニング装置の構成を示す模式図である。
図2A】エレクトロスピニング装置によって作製されたメッシュ状繊維シートの模式図である。
図2B】メッシュ状繊維シート上に金属層が形成された複合体の模式図である。
図2C】メッシュ状繊維シートの溶解により得られた金属ナノメッシュ構造の模式図である。
図3A】ポリビニルアルコール(PVA)からなるメッシュ状繊維シートの顕微鏡画像である。
図3B図3Aに示すメッシュ状繊維シートに金からなる金属層が形成された複合体の顕微鏡画像である。
図3C図3Bに示すメッシュ状繊維シートを水の噴射で除去することにより得られる金属ナノメッシュ構造の顕微鏡画像である。
図4】人間の皮膚に本実施形態に係るセンサ基板が貼り付けられた例を示す模式図である。
図5】本実施形態に係るセンサシステムの構成を示す模式図である。
図6】各種のセンサ基板上のローダミン6G(R6G)分子のラマンスペクトルを示すグラフである。
図7A】センサ基板上のR6G分子のラマンスペクトルを、異なるR6G濃度ごとに示すグラフである。
図7B図7Aに示すラマンシフトが1361cm-1のときのラマンピークの強度とR6G濃度との関係を示すグラフである。
図8A】センサ基板のクランプリング試験のサイクル数ごとに、センサ基板上のR6G分子のラマンスペクトルを示すグラフである。
図8B図8Aに示すラマンピークの強度とクランプリング試験のサイクル数との関係を示すグラフである。
図9A】センサ基板の伸縮性試験のサイクル数ごとに、センサ基板上のR6G分子のラマンスペクトルを示すグラフである。
図9B図9Aに示すラマンピークの強度と伸縮性試験のサイクル数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。図面を通して、同一又は同様の構成要素には、同一の参照符号を付している。
【0013】
<センサ基板の製造方法>
まず、図1図2A図2C、及び図3A図3Cを参照して、表面増強ラマン散乱光の測定に用いるセンサ基板の製造方法について説明する。本実施形態に係るセンサ基板は、主に以下の3つのステップで製造される:
(i)メッシュ状繊維シートを作製するステップ;
(ii)金属層を形成するステップ;
(iii)金属ナノメッシュ構造を得るステップ。
【0014】
以下、ステップ(i)~(iii)について詳細に説明する。
【0015】
(i)メッシュ状繊維シートを作製するステップ
メッシュ状繊維シートは、エレクトロスピニング法によって作製される。図1に、メッシュ状繊維シートを作製するためのエレクトロスピニング装置100の構成を示す。エレクトロスピニング装置100は、シリンジ12と、ノズル14と、高圧電源16と、コレクタ18と、を備える。
【0016】
シリンジ12内には、ナノ繊維1の材料の溶液が挿入される。本実施形態では、ナノ繊維1の材料としてポリビニルアルコール(PVA)を用いるが、PVA以外の水溶性ポリマーなど、エレクトロスピニング法によってナノ繊維1を得ることができ、液体に溶解するものであれば、別の材料を用いてもよい。
【0017】
シリンジ12の先端部にはノズル14が設けられており、ノズル14には高圧電源16が接続されている。ノズル14に高圧電源16から電圧が印加されると、ノズル14からシリンジ12内のPVA溶液が噴出される。
【0018】
高圧電源16は、ノズル14とコレクタ18に接続されており、ノズル14とコレクタ18との間に予め設定された直流電圧(例えば、10kV~30kV)を印加する。なお、図1では、ノズル14を陽極、コレクタ18を陰極としているが、その逆でもよい。
【0019】
コレクタ18は、ドラム型のコレクタであり、軸周りに回転可能である。コレクタ18は、その軸方向(長手方向)が、ノズル14の長手方向に対して垂直になるように、ノズル14から離間して設けられている。
【0020】
高圧電源16により、ノズル14とコレクタ18との間に電圧が印加されると、ノズル14からコレクタ18に向けてPVA溶液が噴出される。噴出されたPVA溶液がコレクタ18に到達するまでに、PVA溶液中の溶媒が揮発してナノスケールの繊維(ナノ繊維1)となり、このナノ繊維1がコレクタ18の表面に堆積する。このとき、コレクタ18は軸周りに回転しており、ナノ繊維1がコレクタ18の表面に巻き付き、ナノ繊維1が絡み合うことで、図2Aに示すようなメッシュ状繊維シート3が作製される。メッシュ状繊維シート3を構成するナノ繊維1の直径は、例えば、1nm~100μmが好ましく、30nm~2μmがさらに好ましいが、特に限定されるものではない。
【0021】
ここで、シリンジ12及びノズル14は、コレクタ18の軸方向に沿って移動可能である。よって、シリンジ12及びノズル14を回転しているコレクタ18の軸方向(図1のH方向)に沿って往復移動させながら、コレクタ18に向けてPVA溶液を噴出することで、大きな面積のメッシュ状繊維シート3を得ることができる。メッシュ状繊維シート3の面積は、例えば、0.01mm~1mが好ましく、1mm~0.04mがさらに好ましいが、特に限定されるものではない。
【0022】
なお、ドラム型のコレクタ18の代わりに、平板コレクタを用いてもよい。
【0023】
図3Aに、PVAからなる直径500nmのメッシュ状繊維シート3を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した画像(以下、SEM画像という。)を示す。図3AのSEM画像のスケールバーは、5μmを表している。
【0024】
(ii)金属層を形成するステップ
次に、熱蒸着法により、メッシュ状繊維シート3上に金属層5を形成する。金属層5は、図2Bに示すように、メッシュ状繊維シート3の繊維の半円領域に形成された半円筒形をなす。なお、熱蒸着法以外の成膜法を用いて、メッシュ状繊維シート3上に金属層5を形成してもよい。
【0025】
金属層5は、表面プラズモン共鳴を示す純金属又は合金からなる。金属層5の金属として、金(Au)、銀(Ag)、アルミニウム(Al)、白金(Pt)、チタン(Ti)、亜鉛(Zn)、スカンジウム(Sc)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、インジウム(In)、スズ(Sn)、イットリウム(Y)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、ストロンチウム(Sr)、タングステン(W)、カドミウム(Cd)、タンタル(Ta)若しくはこれらの合金、又は、インジウムスズオキシド(ITO)、インジウム亜鉛オキシド(IZO)、アルミニウムドープ亜鉛酸化物(AZO)、ガリウムインジウム亜鉛酸化物(GIZO)、亜鉛酸化物(ZnO)若しくはこれらの混合物が挙げられる。金属層5の厚みは、例えば、0.1nm~0.1mmが好ましく、5nm~200nmがさらに好ましいが、特に限定されるものではない。
【0026】
図3Bに、図3Aのメッシュ状繊維シート3上に、Auからなる厚み150nmの金属層5が形成された複合体(PVA/Au複合体)のSEM画像を示す。図3BのSEM画像のスケールバーは、400nmを表している。
【0027】
(iii)金属ナノメッシュ構造を得るステップ
最後に、メッシュ状繊維シート3の材料を溶解し、金属層5を溶解しない液体を用いて、メッシュ状繊維シート3を除去することで、図2Cに示すような半円筒形の金属層5からなる金属ナノメッシュ構造7を得る。
【0028】
例えば、PVA/Au複合体からメッシュ状繊維シート3を除去する場合、まず、対象表面(例えば、人間の皮膚)に水を噴射して、PVA/Au複合体をその対象表面に載せ、続けて、金属層5にさらに水を噴射することで、メッシュ状繊維シート3が溶解する。このとき、金属ナノメッシュ構造7の裏側にわずかに残存したPVAが接着剤となり、金属ナノメッシュ構造7を対象表面に貼り付けることができる。
【0029】
ここで、金属ナノメッシュ構造7の厚みは、例えば、1nm~100μmが好ましく、30nm~100μmがさらに好ましいが、特に限定されるものではない。金属ナノメッシュ構造7の面積は、メッシュ状繊維シート3と同じく、0.01mm~1mが好ましく、1mm~0.04mがさらに好ましいが、特に限定されるものではない。また、金属ナノメッシュ構造7の金属の平均密度は、0.1g/cm~50g/cmが好ましく、0.1g/cm~10g/cmがさらに好ましいが、特に限定されるものではない。
【0030】
図3Cに、図3Bのメッシュ状繊維シート3を水の噴射で除去することにより得られる金属ナノメッシュ構造7のSEM画像を示す。図3CのSEM画像のスケールバーは、400nmを表している。
【0031】
このように、金属ナノメッシュ構造7によって、SERS用のフレキシブルなセンサ基板を実現することができ、様々な形の対象表面に合わせて貼り付けることができる。また、上述の製造方法により、大面積のセンサ基板を製造することができるだけでなく、様々な形状のセンサ基板も製造することができる。
【0032】
また、PVAからなるメッシュ状繊維シート3の直径を約500nm、Auからなる金属層5の厚みを約150nmとすることで、金属ナノメッシュ構造7の局所表面プラズモン共鳴(LSPR)の効果を最大にすることができる。
【0033】
図4に、フレキシブルなセンサ基板40を人間の皮膚(前腕部)に貼り付けた例を示している。このように、人間の皮膚にセンサ基板40を貼り付けることで、後述のセンサシステム(図5参照)を用いて、金属ナノメッシュ構造7に吸着した人間の汗などを測定して健康状態を把握することができ、SERSを利用したウェアラブルセンサを実現することができる。
【0034】
<センサシステムの構成>
次に、図5を参照して、センサ基板40を用いてラマン散乱を測定するセンサシステムについて説明する。本実施形態に係るセンサシステム500は、図5に示すように、物体又は生体の表面32に装着されたセンサ基板40と、光源502と、ミラー504と、ハーフミラー506と、レンズ508と、フィルタ510と、レンズ512と、分光器514と、検出器516と、を備える。
【0035】
光源502は、単一波長の連続波(CW)半導体レーザーを発振する。測定対象に応じて、種々の波長のレーザーを採用することができる。
【0036】
ミラー504は、光源502からの入射光を反射して光軸を変える。ミラー504で反射された光は、ハーフミラー506及びレンズ508を介してセンサ基板40側へ導かれる。
【0037】
ハーフミラー506は、光源502からの入射光の一部を透過する。また、ハーフミラー506は、センサ基板40からの散乱光(レイリー散乱光、ラマン散乱光など)の一部を反射する。
【0038】
レンズ508は、ハーフミラー506とセンサ基板40との間に位置しており、レンズ508の焦点位置にセンサ基板40が配置される。レンズ508は、ハーフミラー506からの透過光を集光してセンサ基板40に向けて照射する。センサ基板40に光が照射されると、センサ基板40からの散乱光がレンズ508によってコリメートされ、ハーフミラー506に入射される。具体的には、センサ基板40の金属ナノメッシュ構造7に吸着した分子から、表面増強ラマン散乱光が発生する。
【0039】
フィルタ510は、ハーフミラー506からの反射光のうち、レイリー散乱光を除去し、ラマン散乱光を透過するノッチフィルタである。
【0040】
レンズ512の集光位置に分光器514の入口が配置されており、レンズ512は、フィルタ510からの透過光(ラマン散乱光)を分光器514に集光する。分光器514は、レンズ512から出力された光を分散する。
【0041】
検出器516は、分光器514の出口側に配置されており、分光器514からの分散光の強度を検出し、検出した強度を電気信号に変換する。検出器516として、例えば、charge-coupled device(CCD)検出器を採用することができるが、これに限定されない。なお、検出器516をコンピュータ(図示せず)に接続させ、検出器516で得られた測定データをコンピュータで収集して保存することができる。
【0042】
このように、簡易な構成でSERSのセンサシステム500を実現することができる。また、センサシステム500のうち、センサ基板40を除く構成要素を一体化して、小型のハンドヘルド機器を提供することができる。
【0043】
なお、センサ基板40の金属ナノメッシュ構造7に吸着した分子のラマン散乱光を測定可能なものであれば、図5のセンサシステム500とは異なる構成を採用してもよい。例えば、ハーフミラー506の代わりに、波長選択的な反射率を有するダイクロイックミラーを用いてもよい。さらに、フィルタ510として、ノッチフィルタの代わりに、ロングパスフィルタを用いてもよい。また、図5に示すような自発ラマン分光システムの代わりに、コヒーレントラマン分光システムを採用してもよい。
【0044】
次に、図6図9Bを参照して、センサシステム500を用いた測定(実施例1~4)について説明する。
【実施例0045】
図6に、各種のセンサ基板に吸着したローダミン6G(R6G)分子のラマンスペクトルを示す。各種センサ基板として、シリコン基板(以下、「シリコンセンサ基板」と呼ぶ。)、シリコン基板上に厚み150nmの金膜が設けられたセンサ基板(以下、「金膜センサ基板」と呼ぶ。)、及び本実施形態の金属ナノメッシュ構造7を有するセンサ基板40を使用している。
【0046】
励起波長785nm、励起パワー2mWの半導体レーザーを用い、積算時間(integration time)を20秒とし、シリコンセンサ基板上の濃度1MのR6G溶液のラマンスペクトルをグランドトゥルース(ground truth)として測定すると、図6の最上段のグラフに示すように、明確にラマンピークを観測することができる。
【0047】
励起パワーを0.2mWに下げ、且つ、R6G溶液の濃度を100nMに薄めると、図6の上から2番目及び3番目のグラフに示すように、シリコンセンサ基板と金膜センサ基板の双方において、ラマンピークが消失していることがわかる。
【0048】
一方、同一の条件下(励起パワー:0.2mW;R6G溶液の濃度:100nM;積算時間:20秒)で、本実施形態のセンサ基板40上でのR6G分子のラマンスペクトルを測定すると、図6の最下段のグラフに示すように、1185cm-1、1314cm-1、1361cm-1、1509cm-1付近において明確にラマンピークを観測することができ、励起パワーとR6G溶液の濃度が大きいグランドトゥルースよりもラマン信号が増強されていることがわかる。
【0049】
図6より、R6Gについて、センサ基板40の金属ナノメッシュ構造7によるラマン散乱光強度の増強度(enhancement factor)は、(2mW/0.2mW)×(1M/100nM)×(8,000/4,500)~10となることがわかる。
【実施例0050】
図7Aに、異なるR6G濃度で測定されたセンサ基板40上のR6G分子のラマンスペクトルを示す。ここで、半導体レーザーの励起波長を785nm、励起パワーを0.2mW、積算時間を20秒とした。図7Bに、図7Aのラマンシフトが1361cm-1のときのラマンピークの強度とR6G濃度との関係を示す。図7A及び図7Bより、R6G濃度が高くなるほど、ラマンスペクトルの強度が大きくなり、ラマンピークが検出可能な最小濃度は、約10nM(=10-8M)であることがわかる。
【実施例0051】
次に、図8A及び図8Bを参照して、センサ基板40の柔軟性試験について説明する。手袋の掌側にセンサ基板40を貼り付け、手を閉じて開く動作によってセンサ基板40をしわくちゃにするクランプリング(crumpling)試験を行った(図8Bの差し込み図参照)。
【0052】
クランプリング試験では、手を閉じて開く動作を1000サイクル行った。図8Aに、サイクル数がゼロ回、10回、50回、100回、200回、500回、1000回のときのR6G分子のラマンスペクトルを示す。図8Aに示すように、1000サイクルのクランプリングをしても、ラマンスペクトルはほとんど変化せず、明確にラマンピークを観測することができる。
【0053】
図8Aの4つのラマンピークの強度とクランプリング試験のサイクル数との関係を図8Bに示す。図8Bより、1000サイクルのクランプリングをしても、R6G分子のラマンピークの強度がほとんど変化しないことがわかる。
【実施例0054】
次に、図9A及び図9Bを参照して、センサ基板40の伸縮性試験について説明する。予め50%ストレッチされたポリジメチルシロキサン(PDMS)基板上にセンサ基板40を貼り付け、PDMS基板とともにセンサ基板40を伸ばして解放させる伸縮性試験を行った(図9Bの差し込み図参照)。
【0055】
伸縮性試験では、伸ばして解放する動作を1000サイクル行った。図9Aに、サイクル数がゼロ回、200回、400回、600回、800回、1000回のときのR6G分子のラマンスペクトルを示す。図9Aに示すように、1000サイクルの伸縮を行っても、ラマンスペクトルはほとんど変化せず、明確にラマンピークを観測することができる。
【0056】
図9Aの4つのラマンピークの強度と伸縮性試験のサイクル数との関係を図9Bに示す。図9Bより、1000サイクルの伸縮を行っても、R6G分子のラマンピークの強度がほとんど変化しないことがわかる。
【0057】
以上のように、本実施形態のセンサ基板40を物体又は生体に貼り付けてラマン散乱光を観測することができ、センサ基板40が、高い柔軟性、伸縮性、粘着力、生体融和性を有することがわかる。
【0058】
人間の腕以外にも、センサ基板40を様々な物体及び生体の表面に貼り付け、種々の検査対象を低濃度(~10nM)で、無標識且つin situで検出することができる。例えば、センサ基板40を人間の頬やコンタクトレンズに貼り付けることで、涙からバイオマーカーを検出することができる。また、センサ基板40を、電柱、マスク、エレベータのコントロールパネル、ドアハンドル、ドアノブ、コンピュータのキーボードなどに貼り付けることで、環境モニタリングや感染症サーベイランス(infection surveillance)を可能とする。さらに、センサ基板40を果物や野菜に貼り付けて農薬等を検査することにより、食品の安全性を確保することができる。
【符号の説明】
【0059】
1 ナノ繊維
3 メッシュ状繊維シート
5 金属層
7 金属ナノメッシュ構造
12 シリンジ
14 ノズル
16 高圧電源
18 コレクタ
100 エレクトロスピニング装置
32 表面
40 センサ基板
500 センサシステム
502 光源
504 ミラー
506 ハーフミラー
508 レンズ
510 フィルタ
512 レンズ
514 分光器
516 検出器
図1
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図3C
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B