(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022152431
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】積層体
(51)【国際特許分類】
H01L 41/047 20060101AFI20221004BHJP
B32B 7/025 20190101ALI20221004BHJP
B32B 15/04 20060101ALI20221004BHJP
H01L 41/06 20060101ALI20221004BHJP
H01L 41/47 20130101ALI20221004BHJP
H01L 41/04 20060101ALI20221004BHJP
H01L 41/29 20130101ALI20221004BHJP
【FI】
H01L41/047
B32B7/025
B32B15/04 Z
H01L41/06
H01L41/47
H01L41/04
H01L41/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021055204
(22)【出願日】2021-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岡野 靖久
(72)【発明者】
【氏名】野口 隆男
【テーマコード(参考)】
4F100
【Fターム(参考)】
4F100AA27C
4F100AA30C
4F100AA34C
4F100AB00B
4F100AB00D
4F100AB02D
4F100AB11A
4F100AB11D
4F100AB15D
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4F100AB31D
4F100AR00C
4F100AT00A
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4F100BA04
4F100BA05
4F100BA07
4F100BA10A
4F100BA10D
4F100BA10E
4F100DD01D
4F100EH66D
4F100GB41
4F100JG00C
4F100JG06D
4F100YY00D
(57)【要約】
【課題】圧電体膜および金属膜を有する積層体であって、高温・高湿環境に保存した後であっても、良好な特性を維持できる積層体を提供する。
【解決手段】基板上に積層する積層体であって、少なくとも下部金属膜と、前記下部金属膜の上に位置する圧電体膜と、前記圧電体膜の上に位置する上部金属膜と、を有し、前記上部金属膜における前記圧電体膜側の面である下面の表面粗さP-Vより、前記上部金属膜における前記下面とは反対面である上面の表面粗さP-Vが小さいことを特徴とする積層体。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に積層する積層体であって、
少なくとも下部金属膜と、前記下部金属膜の上に位置する圧電体膜と、前記圧電体膜の上に位置する上部金属膜と、を有し、
前記上部金属膜における前記圧電体膜側の面である下面の表面粗さP-Vより、前記上部金属膜における前記下面とは反対面である上面の表面粗さP-Vが小さいことを特徴とする積層体。
【請求項2】
前記上部金属膜が磁性膜であることを特徴とする請求項1に記載の積層体。
【請求項3】
前記上部金属膜の膜厚が、前記上部金属膜の前記下面の表面粗さP-Vより大きいことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の積層体。
【請求項4】
前記上部金属膜における前記下面は、前記圧電体膜と接し前記上部金属膜と前記圧電体膜との界面を構成する請求項1から請求項3までのいずれかに記載の積層体。
【請求項5】
前記上部金属膜の前記上面は、保護膜で被覆されている請求項1から請求項4までのいずれかに記載の積層体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体膜および金属膜を有しており基板上に積層する積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体の圧電効果や逆圧電効果を利用するものが知られており、また、圧電体膜および金属膜を基板上に積層する積層体として構成することにより、小型化する試みがある(特許文献1等参照)。また、金属膜が磁性膜となっており、圧電体膜と強磁性膜とを有する積層体についても、開発が進められている。このような積層体は、磁電効果(Magnetoelectric (ME) effect)を有しており、離間したところから非接触で送信される磁場や、電磁波、超音波などのエネルギー(入力信号)を電気出力に変換することができる(特許文献2等参照)。すなわち、圧電体膜と強磁性膜とを有する積層体では、外部磁場などが印加されると、磁歪効果により強磁性膜で歪みが発生する。そして、その歪が圧電体膜に伝わり、圧電体膜自体が撓むことで、圧電体層の表面に電荷が発生する。
【0003】
一方、基板上に積層する積層体について、小型で優れた特性を生かすためには、保存信頼性の確保が必要である。従来の積層体では、高温・高湿環境に保存すると、特性低下を示す場合があり、課題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-138972号公報
【特許文献2】実全昭58-040853号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような実情を鑑みてなされ、その目的は、圧電体膜および金属膜を有する積層体であって、高温・高湿環境に保存した後であっても、良好な特性を維持できる積層体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明に係る積層体は、
基板上に積層する積層体であって、
少なくとも下部金属膜と、前記下部金属膜の上に位置する圧電体膜と、前記圧電体膜の上に位置する上部金属膜と、を有し、
前記上部金属膜における前記圧電体膜側の面である下面の表面粗さP-Vより、前記上部金属膜における前記下面とは反対面である上面の表面粗さP-Vが小さいことを特徴とする。
【0007】
本発明に係る積層体は、上部金属膜の下面の表面粗さより、上面の表面粗さが小さいことにより、高温・高湿環境に保存した後であっても、良好な特性を維持できる。その要因の一つとしては、積層体の上表面に近く環境から腐食を受けやすいと考えられる上部金属膜の上面の表面粗さが小さいことにより、上部金属膜の環境からの腐食が抑制されることが考えられる。
【0008】
また、たとえば、前記上部金属膜が磁性膜であってもよい。
【0009】
このような積層体は、磁電効果(Magnetoelectric (ME) effect)を有しており、離間したところから非接触で送信される磁場や、電磁波、超音波などのエネルギー(入力信号)を電気出力に変換することができ、保存信頼性の良好なME素子の一部として、好適に用いることができる。
【0010】
また、たとえば、前記上部金属膜の膜厚が、前記上部金属膜の前記下面の表面粗さP-Vより大きくてもよい。
【0011】
膜厚を下面の表面粗さP-Vより大きくすることにより、上面の表面粗さを小さく抑制しつつ膜厚を確保することができ、高温・高湿環境に保存された後の特性を改善することができる。
【0012】
前記上部金属膜における前記下面は、前記圧電体膜と接し前記上部金属膜と前記圧電体膜との界面を構成してもよい。
【0013】
このような積層体は、上部金属膜と圧電体膜との間に他の膜が介在しないことにより、小型化に有利であり、かつ、変形を機械的に阻害する要素が少ないため、特性的にも有利である。また、上部金属膜と圧電体膜との界面の表面粗さが大きいことにより、結晶性の高い圧電体膜を採用することが可能になり、圧電体膜の特性を向上させることができる。
【0014】
また、たとえば、前記上部金属膜の前記上面は、保護膜で被覆されていてもよい。
【0015】
上面が保護膜で被覆されていることにより、上部金属膜への環境からの腐食をより効果的に防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る積層体を有するME素子の一例を示す平面図である。
【
図3】
図3は、
図1に示すIII-III線に沿う断面図である。
【
図4】
図4は、
図1に示すME素子における積層体の断面図である。
【
図5】
図5は、実施例1の結果を示すグラフである。
【
図6】
図6は、膜厚が薄い領域における実施例2の結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、膜厚が薄い領域から厚い領域までの実施例2の結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、表面粗さと出力電圧に関する実施例3の結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、表面粗さ差と出力電圧に関する実施例3の結果を示すグラフである。
【
図10】
図10は、表面粗さ差と出力電圧差に関する実施例3の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき詳細に説明する。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る積層体32を有するME素子30の一例を示す平面図である。ME素子30は、電源や電気/電子回路と接続され、回路基板に搭載するかパッケージされることにより、エネルギー変換デバイスや磁気センサなどの電子デバイスを構成する。
【0019】
図1に示すように、ME素子30は、全体として略矩形の平面視形状を有する。ME素子30の寸法は、特に限定されず、電子デバイスの用途に応じて適宜決定すればよい。そして、ME素子30は、基板40上に積層する積層体32と、平面視において積層体32の外側を取り囲む外周部34と、を有する。
【0020】
積層体32は、X軸とY軸とを含む平面に沿って形成してあり、略矩形の平面視形状を有する。そして、積層体32は、X軸と平行な縁辺と、Y軸と平行な縁辺とを有し、積層体32の長手方向が、X軸と一致する。なお、
図1~3において、X軸、Y軸およびZ軸は、相互に略垂直であり、Z軸が膜の積層方向に一致する。また、ME素子30および積層体32の説明では、Z軸方向を上下方向として説明を行うが、ME素子30および積層体32の配置としては、Z軸方向が重力方向に一致するように配置される形態のみには限定されない。たとえば、ME素子30および積層体32は、Z軸方向が水平方向に一致するように配置されてもよく、Z軸方向が水平面に対して斜めになるように配置されてもよい。
【0021】
図2は、
図1に示すII-II線に沿う断面図である。
図2に示すように、ME素子30におけるZ軸方向の最下層には、基板40が存在する。この基板40は、X-Y平面の略中央部、すなわちZ軸方向から見て積層体32に重複する部分に、開口部42を有する。基板40は、実質的にME素子30の外周部34にのみ存在している。開口部42のZ軸上方に位置する積層体32は、下部金属膜50と、下部金属膜50の上に位置する圧電体膜10と、圧電体膜10の上に位置する上部金属膜20とを有する。また、本実施形態に係る積層体32では、下部金属膜50と圧電体膜10または圧電体膜10と上部金属膜20との間に他の膜は介在しておらず、下部金属膜50、圧電体膜10、上部金属膜20は、この順で基板40側から積層してある。
【0022】
下部金属膜50は、端部50aと中央部分50bとを一体的に有する。
図1に示す平面視において、下部金属膜50の中央部分50bは、開口部42の開口面よりも小さい略矩形の形状を有する。また、下部金属膜50の端部50aは、中央部分50bのX軸方向の両端に位置し、
図1に示す平面視において、中央部分50bよりもY軸方向の幅が小さい略矩形の形状を有する。下部金属膜50は、上記のような形状を有するため、
図2に示す断面において、開口部42のZ軸方向の上部開口面を、X軸方向に掛け渡すように存在している。そして、下部金属膜50の端部50aのみが、ME素子30の外周部34に位置する基板40の表面に存在している。
【0023】
一方で、
図3は、
図1のIII-III線に沿う断面図である。
図3では、下部金属膜50の中央部分50bの断面のみが現れ、
図2に示すように基板40に接続する端部50aが現れない。そのため、
図3に示す断面においては、下部金属膜50を含む積層体32が、開口部42のZ軸上方において、浮遊しているように見える。開口部42の上方に配置される積層体32は、積層体32に含まれる各膜の応力の不均衡によって、反りが発生する場合があるが、その反りは小さいほうが、ME素子30内でのエネルギー伝達ロスを小さくする観点で好ましい。
【0024】
圧電体膜10は、下部金属膜50のZ軸方向の上方に位置し、下部金属膜50と同じか、下部金属膜50より若干小さい略矩形の平面視形状を有する。
図1では、圧電体膜10の平面寸法(X-Y平面上の面積)が、下部金属膜50の平面寸法よりも小さくなっているが、圧電体膜10の平面寸法は、下部金属膜50と同程度の大きさであってもよい。また、圧電体膜10のZ軸方向の上方には、上部金属膜20が存在し、この上部金属膜20も、略矩形の平面視形状を有する。そして、上部金属膜20の平面寸法は、圧電体膜10の平面寸法よりも、さらに若干小さくなっている。上部金属膜20の平面寸法を、圧電体膜10よりも小さくすることで、ME素子30の耐久性が向上する傾向となる。ただし、上部金属膜20の平面寸法は、圧電体膜10の平面寸法と同程度であってもよい。
【0025】
また、
図2に示すように、下部金属膜50の一方の端部50aには、第1取出電極膜51の先端が接続してある。この第1取出電極膜51の後端には、第1電極パッド51aが基板40の表面に形成してあり、第1電極パッド51aを介して、図示しない外部回路が接続可能になっている。
【0026】
さらに、
図2に示すように、下部金属膜50の他方の端部50aは、圧電体膜10の表面の一部と共に、絶縁膜54で覆われている。そして、絶縁膜54の上をX軸方向に掛け渡すように、第2取出電極膜53が形成してあり、第2取出電極膜53の先端は、上部金属膜20に接続してある。この第2取出電極膜53の後端には、第2電極パッド53aが基板40の表面に形成してあり、第2電極パッド53aを介して、図示しない外部回路が接続可能になっている。なお、絶縁膜54があるため、第2取出電極膜53は、下部金属膜50に対して絶縁されている。
【0027】
ME素子30では、積層体32において、圧電体膜10が下部金属膜50と上部金属膜20とで挟まれた状態で積層してある。そのため、圧電体膜10には、下部金属膜50と上部金属膜20とを介して、電圧の印加が可能である。もしくは、圧電体膜10で発生した電荷を、下部金属膜50と上部金属膜20とを介して、取り出し可能となっている。
【0028】
(圧電体膜10)
積層体32における圧電体膜10は、圧電材料で構成してあり、圧電効果または逆圧電効果を奏する。圧電効果とは、外力(応力)が加わることで電荷を発生する効果を意味し、逆圧電効果とは、電圧を加えることで歪が発生する効果を意味する。このような効果を奏する圧電材料としては、水晶、ニオブ酸リチウム、窒化アルミニウム(AlN)、酸化亜鉛(ZnO)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT:Pb(Zr,Ti)O3)、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN:(K,Na)NbO3)、ジルコン酸チタン酸バリウムカルシウム(BCZT:(Ba,Ca)(Zr,Ti)O3)、などが例示される。
【0029】
本実施形態では、上記の圧電材料のうち、特に、PZT、KNN、およびBCZTなどのペロブスカイト構造を有する圧電材料を用いることが好ましい。圧電体膜10として、ペロブスカイト構造の圧電材料を使用することで、優れた圧電特性と、高い信頼性と、を両立して得ることができる。なお、圧電体膜10を構成する上記の圧電材料には、特性を改善するために、適宜他の元素が添加してあっても良い。
【0030】
圧電体膜10の厚みは、たとえば0.5~10μmとすることができる。圧電体膜10の厚みは、たとえば、断面写真を画像解析することで求められる。すなわち、圧電体膜10の厚みは、面内方向で3点以上の箇所で計測を行い、その平均値として算出することが好ましい。なお、圧電体膜10としては、厚みのばらつきが±5%以下と少ないものを用いることが好ましい。
【0031】
圧電体膜10は、エピタキシャル成長膜であってもよい。エピタキシャル成長膜とは、単結晶基板上でエピタキシャル成長した膜を意味する。ここで、エピタキシャル成長とは、成膜の際に、膜の結晶が、下地材料の結晶格子に整合する形で、膜厚方向(Z軸方向)および面内方向(X軸およびY軸方向)に揃いながら成長することをいう。そのため、エピタキシャル成長膜である圧電体膜10は、成膜中の高温状態においては、結晶が、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向の3軸すべての方向において揃って配向した状態の結晶構造をとり(エピタキシャル膜)、成膜後の室温状態においては、結晶粒界がほとんど形成されず、単結晶に近い(完全な単結晶ではない)結晶構造を有する(エピタキシャル成長(した)膜)。
【0032】
圧電体膜10がPZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶の2種のドメインと、菱面体晶のドメインとの計3種のドメインを含むことが好ましい。一方、圧電体膜10がKNNのエピタキシャル成長膜である場合には、斜方晶の2種のドメインと、単斜晶の1種のドメインと(計3種のドメイン)を有することが好ましい。また、圧電体膜10がBCZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶の2種のドメインと、斜方晶の2種のドメインと(計4種のドメイン)を有することが好ましい。
【0033】
なお、圧電体膜10としては、エピタキシャル成長した膜でなくてもよく、エピタキシャル成長以外の薄膜法によって形成されたPZT、KNN、およびBCZTなどの圧電体薄膜であってもよい。
【0034】
(上部金属膜)
積層体32における上部金属膜20は磁性膜(強磁性膜)であり、上部金属膜20が強磁性膜であることにより、
図1~
図3に示す素子がME素子30として機能する。ただし、上部金属膜20を圧電体膜10の電極としてのみ機能させる場合には、強磁性を示さない金属膜であってもよい。
【0035】
磁性膜である上部金属膜20は、たとえば、軟磁性高磁歪膜で構成することが好ましく、外部から磁場や電磁波、超音波などが印加されると磁歪効果により歪みを発生させる。軟磁性高磁歪膜とは、保磁力HCやしきい磁場HTHが低い軟磁性体で構成されており、かつ、飽和磁歪λMAXが5ppm以上の膜であることが好ましい。飽和磁歪λMAXは、より好ましくは10ppm以上である。なお、軟磁性体は、飽和磁歪λMAXが1ppm以下の低磁歪材料であることが一般的であるが、本実施形態の上部金属膜20は、軟磁性体であり、かつ、高磁歪特性を有することが重要である。
【0036】
上記のような特徴を有する軟磁性体としては、たとえば、鉄(Fe)-コバルト(Co)-ケイ素(Si)-ホウ素(B)合金、Fe-Si-B合金、Fe-Co-B合金、Fe-クロム(Cr)-Si-B合金、Fe-ニッケル(Ni)-モリブデン(Mo)-B合金、Fe-Si-B-銅(Cu)-ニオブ(Nb)合金、Co-Fe-Ni-Si-B―Mo合金などが挙げられる。上記の軟磁性体は、結晶磁気異方性が、硬磁性体に比べて遥かに小さい。
【0037】
また、本実施形態において、軟磁性高磁歪膜の保磁力HCは、2500A/m未満とすることが好ましい。保磁力HCが低ければ低いほど、ME素子30における磁電効果の応答性が向上する。ただし、保磁力HCを0A/mとすることは困難であり、保磁力HCの下限値は、製造時に使用する成膜装置の仕様にも依存する。軟磁性高磁歪膜の保磁力HCは、5A/m以上、2500A/m未満とすることがより好ましく、5A/m以上、1500A/m以下とすることがさらに好ましい。
【0038】
さらに、軟磁性高磁歪膜のしきい磁場HTHは、2A/m以上、500A/m未満とすることがより好ましく、2A/m以上、350A/m以下とすることがさらに好ましい。なお、本実施形態において、しきい磁場HTHとは、軟磁性高磁歪膜に0.1ppmの磁歪が発生する磁場を意味する。加えて、軟磁性高磁歪膜の磁場感度dλ/dHは、10ppb・m・A-1以上であることが好ましく、15ppm・m・A-1以上であることがより好ましい。なお、本実施形態において、磁場感度dλ/dHは、バイアス磁場として500A/mの直流磁場を印加した環境下における磁歪の変化量を意味する。
【0039】
磁性膜である上部金属膜20は、非晶質相と結晶相とを含むことが好ましい。また、非晶質層と結晶層を含む強磁性膜の上部金属膜20は、含まれる結晶相のほとんどが、面心立方構造(fcc)を有することがより好ましい。ただし、この場合でも、少なくとも一部の結晶相に、体心立方構造(bcc)の結晶相が混じっていてもよい。
【0040】
上部金属膜20の厚みは、好ましくは0.03~5μm、より好ましくは0.1~5μmの範囲内である。なお、上部金属膜20の厚みは、圧電体膜10の厚みと同様にして測定される。上部金属膜20の厚みも、面内方向のばらつきが小さく、圧電体膜10の厚みと同程度のばらつきを有するものを用いることができる。本実施形態では、圧電体膜10の厚みに対する上部金属膜20の厚みの比率(圧電体膜10の厚み/上部金属膜20の厚み)は、好ましくは、1/10~10の範囲内である。
【0041】
(基板40)
ME素子30における基板40は、少なくとも積層体32を支持する絶縁部材などで構成される。たとえば、基板40としては、積層体32の圧電体膜10をエピタキシャル成長させる際に使用する単結晶基板や、積層体32を構成する部分を薄膜法などによる積層する際の基板を用いてもよい。基板40の材質は、Si、MgO、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)などの各種単結晶から選択することができ、特に、表面がSi(100)面の単結晶となっているシリコン基板とすることが好ましい。
【0042】
積層体32における下部金属膜50は、Pt、Ag、Cu、Au、Alなどの導電性金属膜で構成される。圧電体膜10がエピタキシャル成長膜である場合、下部金属膜50もエピタキシャル成長膜であることが好ましい。エピタキシャル成長膜である下部金属膜50としては、Pt、Ir、Auなどの面心立方構造の金属薄膜か、SrRuO3(SRO)やLaNiO3などのペロブスカイト型構造の酸化物導電体膜とすることが好ましい。このような金属薄膜および酸化物導電体薄膜は、単結晶の基板上にエピタキシャル成長させることができ、これにより、下部金属膜50もエピタキシャル成長膜とすることができる。また、下部金属膜50は、上記の金属薄膜と上記の酸化物導電体膜とを積層して構成してもよい(例えば、Pt電極/SrRuO3など)。この場合(複数積層の場合)、下部金属膜50の圧電体膜10側(すなわちZ軸方向の上方)には、酸化物導電体膜が存在することが好ましい。そして、下部金属膜50の平均厚みは、全体として、3nm~200nmとすることが好ましい。
【0043】
なお、変形例に係るME素子として、
図2に示す積層体32とは異なり、
図2に示す強磁性膜としての上部金属膜20と圧電体膜10との間に、上部電極膜が形成してあるものも考えられる。圧電体膜10と強磁性の上部金属膜20との間に上部電極膜を形成する場合、上部電極膜は、たとえば下部金属膜50と同様の材質および厚みとすることができる。
【0044】
図1~
図3に示す第1取出電極膜51および第2取出電極膜53は、導電性を有する膜で構成され、材質や厚みは特に限定されない。たとえば、第1取出電極膜51および第2取出電極膜53は、Ptのほか、Ag、Cu、Au、Alなどの導電性金属を含むことができる。
図1~
図3に示す絶縁膜54は、電気絶縁性を有する膜で構成され、材質や厚みは特に限定されない。たとえば、絶縁膜54の材質に関しては、SiO
2、Al
2O
3、ポリイミドなどを用いることができる。
【0045】
なお、変形例に係るME素子として、
図2に示すME素子30とは異なり、下部金属膜50のZ軸方向の下方(すなわち、基板40と下部金属膜50との間)に、バッファ層が形成してあるものも考えられる。基板40と下部金属膜50との間)にバッファ層が形成してあることで、バッファ層より上層に位置する膜のエピタキシャル成長を促進させることが可能である。また、バッファ層は、開口部42を形成する際に、エッチングストッパ層としても機能する。バッファ層を形成する場合、その厚みは、5nm~100nmとすることが好ましい。
【0046】
また、変形例に係るME素子として、積層体32の上部金属膜20の上面22を被覆する保護膜60(
図3の仮想線(二点鎖線)を参照)を有するものが考えられる。保護膜60としては、たとえば、SiO
2、Al
2O
3、ポリイミドなどの絶縁膜のほか、TiやTaなどの金属膜を用いることができる。保護膜60の厚みは、特に制限されないが、少なくとも10nm程度あればよい。保護膜60を有することにより、環境からのアタックを効果的に防止できる。ただし、保護膜60を有さず、上部金属膜20の上面22が露出する積層体32は、積層体32の変形を阻害する層が少ない点では有利である。
【0047】
図1~
図3に示すME素子30では、積層体32が、特定の周波数の振動モードを有する振動子としても機能する。すなわち、積層体32は、X-Y平面に沿って膜積層体32が伸縮する面内伸縮を生じることができ、面内方向の伸縮振動が可能である。なお、ME素子30は、面内伸縮だけでなく、Z軸方向において積層体32が伸縮する面外伸縮も生じることもできる。
【0048】
積層体32の振動子としての機能に着目した場合、下部金属膜50の端部50aと圧電体膜10の端部が積層してあるが上部金属膜20が無い部分(そのなかでも、特に、開口部42の上方で、積層体32における3層構造部分(振動部38)を、X軸方向両側から支持している部分)が支持部36となる。
【0049】
支持部36は、積層体32の振動部38(振動子)で生じる面内伸縮を妨げないように、積層体32の振動部38に対して剛性の低い形態であることが好ましい。たとえば、支持部36のY軸方向幅は、積層体32の振動部38(または上部金属膜20)のY軸方向幅に対して狭くする。あるいは、支持部36のZ軸方向厚みは、膜積層体32における振動部38のZ軸方向厚みに対して小さくする。支持部36の厚みと幅の積は、振動部38のそれに対して90%よりも小さいことが好ましく、75%よりも小さいことがより好ましい。このように構成することによって、大きな振幅の面内伸縮振動を誘起でき、ME素子30の出力をより大きくすることができる。
【0050】
また、支持部36のX軸方向の長さは、積層体32に伝わる振動波長の1/4程度であることが好ましい。このような長さとすることで、エネルギーが積層体32に効率的に閉じ込められ、ME素子30の出力より大きくできるとともに、アレー化(ME素子30を複数個組み合わせること)した場合の素子間の干渉を抑制することができる。
【0051】
図4は、
図2に示す積層体32の端面の一部分を拡大した拡大断面図である。
図4に示すように、積層体32では、上部金属膜20における圧電体膜10側の面である下面24の表面粗さP-Vより、上部金属膜20における下面24の反対面である上面22の表面粗さP-Vが小さい。なお、表面粗さP-Vとは、基準長さ(JIS B 0633:2001)における最大高さ(ピーク値)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP-V値のことを意味する。
【0052】
このような積層体32は、上部金属膜20の下面24の表面粗P-Vさより、上面22の表面粗さP-Vが小さいことにより、高温・高湿環境に保存した後であっても、良好な特性を維持できる。その要因の一つとしては、積層体32の上表面である上面22は、環境から腐食を受けやすいと考えられるが、その上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vを小さくすることにより、上部金属膜20に対する環境からの腐食が抑制されることが考えられる。
【0053】
特に、上部金属膜20が磁性膜であって、積層体32がME素子30の一部となっている場合、上部金属膜20の磁気特性は、高温・高湿環境で低下しやすい傾向にあり、上部金属膜20が薄い場合はその傾向が顕著である。しかしながら、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vを小さくすることにより、上部金属膜20の上面と積層体32の保存環境との接触面積が小さくなるため、高温・高湿環境に保存した後であっても、積層体32は良好な特性を維持できると考えられる。
【0054】
また、
図4に示す上部金属膜20の膜厚は、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより大きいことが好ましい。薄膜法などで圧電体膜10の上に上部金属膜20を積層して成膜する場合、上部金属膜20の膜厚を上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより大きくすることにより、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vを、下面24の表面粗さP-Vより安定的に小さくすることができる。
【0055】
また、薄膜法などで圧電体膜10の上に上部金属膜20を積層して成膜する場合、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vを小さくする観点から、上部金属膜20の膜厚は、1000nm未満とすることが好ましい。なお、上部金属膜20の膜厚と、上部金属膜20の下面24および上面22の表面粗さP-Vとの関係については、実施例2においてデータを示しつつ後述する。
【0056】
図4に示すように、積層体32において、上部金属膜20における下面24は、圧電体膜10と接し上部金属膜20と圧電体膜10との界面を構成する。このような積層体32は、上部金属膜20と圧電体膜10との間に他の膜が介在しないことにより、小型化に有利であり、かつ、変形を機械的に阻害する要素が少ないため、特性的にも有利である。また、上部金属膜20と圧電体膜10との界面の表面粗さが大きいことにより、圧電体膜10に結晶性の良い膜を採用することができ、特性を向上させることができる。
【0057】
なお、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vが30nm以上であることが、上部金属膜20と圧電体膜10との界面の面積が拡大して圧電体膜10の特性が向上する観点から好ましいが、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vは30nm未満であってもかまわない。
【0058】
以下、
図1~4に示すME素子30および積層体32の製造方法について説明する。
【0059】
ME素子30および積層体32の製造では、まず、シリコン基板などの成膜用基板の上に、下部金属膜50と、圧電体膜10と、上部金属膜20とを、成膜する。下部金属膜50と、圧電体膜10と、上部金属膜20との成膜方法としては、蒸着法、スパッタリング法、ゾルゲル法、CVD法、PLD法などの物理的または化学的な方法を用いることができる。また、下部金属膜50、圧電体膜10および上部金属膜20の少なくとも一部をエピタキシャル成長で成膜するような場合には、スパッタリング法を用いることが好ましい。また、上部金属膜20を軟磁性高磁歪膜などで構成される磁性膜とする場合は、スパッタリング法、真空蒸着法、PLD法、イオンビーム蒸着法(IBD法)などといった真空堆積法により上部金属膜20を形成することができ、スパッタリング法により形成することが好ましい。
【0060】
さらに、成膜用基板に成膜された下部金属膜50、圧電体膜10および上部金属膜20については、
図1に示すようなパターンとなるように、パターニング加工を施す。パターニング加工は、フォトエッチングやレーザードライエッチングなどの各種エッチング法、もしくは、リフトオフ法で行うことができる。
【0061】
パターニング加工を施した後には、第1取出電極膜51および第2取出電極膜53と、絶縁膜54とを、
図1に示すような所定のパターンで形成する。また、成膜用基板の一部を、Deep-RIE法などのドライエッチングや、異方性ウェットエッチングなどの方法により除去し、開口部42を有する基板40を形成する。なお、上記のエッチングにより成膜用基板をすべて除去してもよい。この場合、成膜用基板から剥がされた積層体32(振動部38および支持部36を含む)を、別部材として用意した基板40に固定してもよい。このような手順により、積層体32を含むME素子30が得られる。
【0062】
以上、実施形態を示して本発明を説明してきたが、本発明に係る積層体は、上述した実施形態のみには限定されず、他の実施形態や変形例を含むことは言うまでもない。
【0063】
たとえば、ME素子30に含まれる積層体32は、略矩形の平面視形状を有していたが、積層体32の形態は、これに限定されず、楕円形状、円形状、ミアンダ状、もしくは渦巻き状の平面視形状であってもよい。
【0064】
また、ME素子30において、積層体32は、両端が基板40に支持されており、両端固定型の構造を有しているが、積層体は、積層体の一端が自由端となったカンチレバー型の構造であってもよい。また、ME素子30は、
図1に示すような単一素子であってもよいが、複数の単一素子が共通の基板40上に一体的に形成されたアレー素子であってもよい。
【0065】
また、
図1~
図4に示す実施形態では、積層体32における上部金属膜20は磁性膜(強磁性膜)である具体例を中心に説明を行ったが、上部金属膜20が強磁性を示さない金属膜であってもよい。上部金属膜20が強磁性を示さない金属膜である場合にも、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vを下面24のそれより小さくすることにより、高温・高湿環境での保存後における上部金属膜20の劣化を防止できる。
【実施例0066】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
【0067】
(実施例1)
実施例1では、以下に示す手順で、基板40に積層する積層体32を作製した。
表面がSi(100)面の単結晶となっているシリコンウェハ(シリコン基板)の成膜基板上に下部金属膜50、圧電体膜10、強磁性膜である上部金属膜20を、
図2および
図3に示すように成膜した。この際、下部金属膜50は、厚みが(100nm)のPt電極膜と、厚みが(100nm)のSrRuO3(以下、SROと記す)からなる導電性酸化物薄膜との積層膜とし、これらの膜を、成膜基板の上面にエピタキシャル成長させて形成した。また、圧電体膜10としては、厚みが1μmであるPZTのエピタキシャル成長膜を、下部金属膜50の上に形成した。
【0068】
さらに、強磁性膜である上部金属膜20としては、厚みが調整されたFeCoSiB合金膜を、スパッタリング法により圧電体膜10の上に形成した。実施例1では、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが異なる7種類の積層体32である試料を準備した。各試料における上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vは、圧電体膜10の上に形成する上部金属膜20の厚みを変更することにより調整した(実施例2:
図7参照)。
【0069】
実施例1では、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが異なる7種類の積層体32を上述のようにして準備し、準備した積層体を高温・高湿環境(80℃85%)で50時間保存し、各試料について、高温・高湿環境前後において、上部金属膜20の上面22に観察される黒点数をカウントした。上部金属膜20の上面22に観察される黒点数は、実体顕微鏡の50倍視野(2×2mm)で視認される黒点数とした。表1は、各試料の上面22の表面粗さP-Vと、高温・高湿環境前後での黒点の増加数を表したものである。また、
図5は、横軸を上面22の表面粗さP-Vとし、縦軸を黒点増加数として、表1に示す各試料の結果をプロットしたものである。
【0070】
【0071】
表1および
図5からは、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vの値が大きくなるほど、黒点増加数も多くなることが理解できる。実施例1からは、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vを小さくすることが、保存信頼性の向上に対して有効であることが推察される。なお、上部金属膜20の上面22において増加した黒点は、金属酸化、ピンホール、膜剥がれなどの上部金属膜20の各種劣化が生じた箇所に対応していると考えられ、黒点増加数は、上部金属膜20の膜劣化の程度を総合的に示している。
【0072】
(実施例2)
実施例2では、実施例1と同様の手順で、基板40に下部金属膜50と圧電体膜10とを形成した。ただし、実施例1とは異なり、成膜時における圧電体膜10の上面の表面粗さP-Vについては、表面粗さP-Vが互いに異なる3種類の試料を作製した。作製した圧電体膜10の上面の表面粗さP-Vは、それぞれ、25nm、30nm、35nmとした。
【0073】
実施例2では、表面粗さP-Vが25nm、30nm、35nmの圧電体膜10の上面に、実施例1と同様の方法で強磁性膜である上部金属膜20を形成することにより、積層体32を作製した。ただし、上部金属膜20の厚みは、20、25、30、35、40、50nmの6種類の異なる試料を、圧電体膜10の上面の表面粗さP-Vが25nm、30nm、35nmのものそれぞれについて作製した(合計18水準)。さらに、圧電体膜10の上面の表面粗さP-Vが35nmのものについては、上部金属膜20の厚みが100nm、200nm、500nm、800nm、1000nmのものの5水準を追加作製した。
【0074】
作製したそれぞれの試料について、上部金属膜20の上面22(
図4参照)の表面粗さP-Vを測定した。なお、
図4に示すように、上部金属膜20の下面24が、圧電体膜10の上面に接しており、上部金属膜20と圧電体膜10の界面を構成しているため、各試料における上部金属膜20の下面24(
図4参照)の表面粗さP-Vは、圧電体膜10の上面の表面粗さP-Vと同じである。
【0075】
図6は、縦軸を上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vとし、横軸を上部金属膜20の厚みとして、実施例2の各試料をプロットしたグラフである(追加水準は除く)。
図6において、実線は上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vが25nmの試料のプロットを接続しており、破線は上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vが30nmの試料のプロットを接続しており、一点鎖線は上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vが35nmの試料のプロットを接続している。
【0076】
図6の破線および一点鎖線に注目すると、上部金属膜20の厚みが非常に薄い領域(たとえば厚み25nm未満)では、上部金属膜20の厚みの増加に伴って、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vの値が大きくなることが理解できる。しかし、上部金属膜20の厚みが、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-V以上となる領域(すなわち、
図6において上部金属膜20の厚みが上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vと等しい二点鎖線98より右下の領域)では、上部金属膜20の厚みの増加に伴って、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vの値が小さくなる。この傾向は、上部金属膜20の厚みが200nmに達するまで続く(
図7参照)。
【0077】
図7は、縦軸を上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vとし、横軸を上部金属膜20の厚みとして、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vが35nmである試料(追加水準含む)をプロットしたグラフである。
図7に示すように、上部金属膜20の厚みが200nmを超える領域では、上部金属膜20の厚みの増加に伴って、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vの値が大きくなる傾向に転ずる。しかしながら、少なくとも上部金属膜20の膜厚が、1000nm未満であって、かつ上部金属膜20の下面24の表面粗さの値より大きい領域では、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vは、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより小さいと認められる。
【0078】
図6および
図7に示すように、上部金属膜20の厚みが、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vの値以上となる領域では、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより小さい値であった。この傾向は、少なくとも上部金属膜20の膜厚が1000nm未満である領域において確認された。
【0079】
(実施例3)
実施例3では、実施例1および実施例2と同様の手順で基板40に積層する積層体32を作製した。表2に示すように、実施例3では、強磁性膜(FeCoSiB合金膜)である上部金属膜20の下面24(
図4)の表面粗さP-Vが、25nm、30nm、35nmの3水準のものを作製した。また、上部金属膜20の上面22(
図4)の表面粗さP-Vについては、10nm、20nm、22nm、25nm、30nm、35nmのものを作製した。表2に示す膜厚は、各試料の上部金属膜20の膜厚を示しており、段差計(KLA-Tenchore社製 触針式プロファイラ)で測定した。
【0080】
【0081】
表2の左側部分には、実施例3で作製した各試料における上部金属膜20の表面粗さを示してある。表2に示すように、試料1~試料6は、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-V(表1(A))から上部金属膜20の上面22の表面粗さP-V(表1(B))を引いた表面粗さ差((A)―(B))が0より大きい(実施例)。これに対して、試料7~試料11は、上部金属膜20の下面24の表面粗さP-V(表2(A))から上部金属膜20の上面22の表面粗さP-V(表2(B))を引いた表面粗さ差(表2(A)―(B))が0以下である(比較例)。
【0082】
さらに実施例3では、準備した試料1~17を高温・高湿環境(80℃85%)で50時間保存し、高温・高湿環境前後における積層体32からの出力電圧の変化を測定した。表2の右側部分には、高温・高質環境保存前に測定した出力電圧(初期出力電圧(表2(C))と、高温・高質環境保存後に測定した出力電圧(保存後出力電圧(表2(D)))と、保存前後での出力電圧差(表2(C)-(D))を示してある。
【0083】
積層体32の出力電圧の測定は、バイアス磁場として500A/mの直流磁場を印加した環境下において、1kHz、0.8A/mの交流磁場を積層体32に加えた場合に、上部金属膜20と下部金属膜50との間に生ずる電位差を測定することにより行った。なお、この出力電圧の値が大きい試料は、積層体32の磁電効果による応答性が優れていると判断でき、また、保存前後での出力電圧差((C)-(D))の値が小さいものは、高温・高質環境での応答性の劣化が小さいと判断できる。なお、表2の右端欄には、各試料における上部金属膜20の厚みを示してある。
【0084】
図8は、縦軸を保存後出力電圧(表2(D))、横軸を上部金属膜20の上面22の表面粗さP-V(表2(B))として、表2に示す各試料1~14をプロットしたものである。
図8に示すように、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが上部金属膜20の下面24の表面粗さP-V以上である比較例の試料7~試料11は、保存後出力電圧が0.7V未満であり小さい。これに対して、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより小さい実施例の試料1~試料6は、保存後出力電圧が0.7V以上であり大きい。これにより、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより小さい試料1~14では、高温・高湿環境での保存後における磁電効果による応答性が、比較例に比べて良いことが確認された。
【0085】
図9は、縦軸を保存後出力電圧(表2(D))、横軸を上部金属膜20の上面22と下面24との表面粗さP-Vの差(表面粗さ差(表2(A)―(B)))として、表2に示す各試料1~1 4をプロットしたものである。
図9に示すように、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより小さくなり、表面粗さ差(横軸)が大きくなることにより、高温・高質環境での保存後の出力電圧(縦軸)の値が大きくなることが解る。特に、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが上部金属膜20の下面24の表面粗さP-Vより5nm以上小さい領域(表面粗さ差5.0以上)で、保存後出力電圧の値が特に良好であることが理解できる。
【0086】
図10は、縦軸を保存前後での出力電圧差(表2(C)-(D))、横軸を上部金属膜20の上面22と下面24との表面粗さP-Vの差(表面粗さ差(表2(A)―(B)))として、表2に示す各試料をプロットしたグラフである。ただし、保存前の出力電圧の違いによる影響を除外するため、実施例における初期出力電圧(表2(C))が最大の試料と最小の試料(試料6と試料3)、比較例における初期出力電圧(表2(C))が最大の試料と最小の試料(試料8と試料10)については、プロットから除外した。
【0087】
図10に示すように、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが、下面24の表面粗さP-Vに対して小さくなり、横軸(表面粗さ差(表2(A)―(B)))が大きくなるにつれ、保存前後での出力電圧差(縦軸)が小さくなる傾向が認められる。
図10からは、上部金属膜20の上面22の表面粗さP-Vが、下面24の表面粗さP-Vに対して小さい試料では、高温・高質環境での応答性の劣化が小さいことが確認された。また、試料1~試料6について、保存前後での出力電圧差(表2(C)-(D))との膜厚との関係に着目すると、膜厚500μm以下の試料1、試料2、試料3、試料5は、保存前後での出力電圧差が0.1mV以下であり、保存前後での出力電圧差が特に小さかった。