(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022152571
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】シトクロムの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/00 20060101AFI20221004BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20221004BHJP
【FI】
C12P21/00 B
C12N1/20 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021055390
(22)【出願日】2021-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】坪田 潤
(72)【発明者】
【氏名】盤若 明日香
(72)【発明者】
【氏名】小川 順
(72)【発明者】
【氏名】安藤 晃規
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AG35
4B065AA01X
4B065AC14
4B065BC02
4B065BC14
4B065CA41
(57)【要約】
【課題】ヘム鉄を含有するシトクロムの新規な製造方法を提供する。
【解決手段】シトクロムを製造する方法であって、ハロモナス属に属する好塩菌を培地中で好気培養して、当該好塩菌にポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積させるPHB蓄積工程と、培地からシトクロムを回収する回収工程と、を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シトクロムを製造する方法であって、
ハロモナス属に属する好塩菌を培地中で好気培養して、当該好塩菌にポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積させるPHB蓄積工程と、
前記培地から前記シトクロムを回収する回収工程と、を含むシトクロムの製造方法。
【請求項2】
前記PHB蓄積工程において、10時間以上好気培養を行う請求項1に記載のシトクロムの製造方法。
【請求項3】
前記PHB蓄積工程後に、前記好塩菌を培地中でpHを調整しながら微好気培養して、当該好塩菌の菌体内に蓄積されたポリ3-ヒドロキシ酪酸を3-ヒドロキシ酪酸として培地中に分泌させる3HB分泌工程を行う請求項1又は2に記載のシトクロムの製造方法。
【請求項4】
前記シトクロムがシトクロムcである請求項1~3のいずれか一項に記載のシトクロムの製造方法。
【請求項5】
前記好塩菌が、ハロモナス・エスピー(Halomonas sp.)KM-1株である請求項4に記載のシトクロムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シトクロムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘム鉄は、鉄とポルフィリンとからなる複合体であり、非ヘム鉄と比較して体内での消化・吸収がよく、他の物質による吸収阻害も起こり難い。そのため、ヘム鉄は、有用な鉄剤として健康補助食品等に用いられている。
【0003】
ところが、多くのヘム鉄は、水に溶解し難い。そのため、ヘム鉄を食品等に用いる際に、食感の低下や食品内への不均一分散といった問題が生じる虞がある。それゆえ、食品へのヘム鉄の使用が大きく制限されていた。
【0004】
そこで、従来から、上記のような問題を生じ難くするための試みが種々行われている(特許文献1及び2)。
【0005】
特許文献1には、動物由来のヘモグロビンを酸性又はアルカリ性雰囲気下でタンパク質分解酵素により分解することで水溶性のヘム鉄を製造する方法が開示されている。この方法により製造されるヘム鉄は、水溶性であるため上記のような問題が生じ難い。
【0006】
また、特許文献2には、ヘム鉄を含有するアルカリ性水溶液と、乳タンパク質を含有する水分散液とを接触させて、ヘム鉄を含む水分散性の高い複合体を製造する方法が開示されている。この方法により製造される複合体は、水分散性が高いため、上記のような問題が生じ難い。
【0007】
また、従来から用いられているヘム鉄は、動物由来であるものが大部分を占めていたため、宗教上の事由や個人の信条により、ヘム鉄含有食品の摂取が躊躇われる場合もあった。そのため、非動物性のヘム鉄を製造する手法として、ヘム鉄を含有するシトクロムをカビに生産させ、このシトクロムを処理してヘム鉄を調製する手法が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5-244899号公報
【特許文献2】特開2014-113063号公報
【特許文献3】特開2010-280608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に開示された手法では、動物血液中のヘモグロビンを用いるため、動物が衛生的な設備で管理されているとしても、ウイルス等による汚染のリスクが懸念され、このリスクを排除することが困難である。
【0010】
また、特許文献2に開示された手法では、水への分散性が向上しているものの依然として非水溶性であるため、体内へのヘム鉄の移行率が低いという問題がある。
【0011】
また、特許文献3に開示された手法では、カビを用いているが、一般的に、カビは増殖速度が遅いため、実用化が現実的でないという問題がある。
【0012】
以上のように、ヘム鉄含有食品等の製造時に用いられる材料を製造する手法としては、依然として改善すべき点が多数あり、より有用な製造手法の確立が求められている。
【0013】
本発明は以上の実情に鑑みなされたものであり、ヘム鉄を含有するシトクロムの新規な製造方法の提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するための本発明に係るシトクロムの製造方法の特徴構成は、
シトクロムを製造する方法であって、
ハロモナス属に属する好塩菌を培地中で好気培養して、当該好塩菌にポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積させるPHB蓄積工程と、
前記培地から前記シトクロムを回収する回収工程と、を含む点にある。
【0015】
本願発明者らは、ヘム鉄の製造方法について鋭意研究を重ねた結果、ハロモナス属に属する好塩菌を好気培養した際に、好塩菌によるポリ3-ヒドロキシ酪酸(PHB)の蓄積が進行すると、ヘム鉄を含有するシトクロムが培地中に放出されることを見出し、本発明を完成させた。
【0016】
即ち、上記特徴構成によれば、ヘム鉄を含有するシトクロムを製造することができる。当該製造方法により製造されたシトクロムは発酵天然物であるため、そのままヘム鉄として摂取することができる。また、公知の手法によってシトクロムを分解することにより、より純度を高めたヘム鉄とすることもできる。更に、シトクロムは、電子伝達物質としての機能を有するため、ヘム鉄としての機能だけでなく、シトクロムとしての生理機能も期待できる。
【0017】
また、本発明に係るシトクロムの製造方法の更なる特徴構成は、
前記PHB蓄積工程において、10時間以上好気培養を行う点にある。
【0018】
上記特徴構成によれば、好塩菌によるポリ3-ヒドロキシ酪酸の蓄積が進み、培地へシトクロムが放出される。
【0019】
また、本発明に係るシトクロムの製造方法の更なる特徴構成は、
前記PHB蓄積工程後に、前記好塩菌を培地中でpHを調整しながら微好気培養して、当該好塩菌の菌体内に蓄積されたポリ3-ヒドロキシ酪酸を3-ヒドロキシ酪酸として培地中に分泌させる3HB分泌工程を行う点にある。
【0020】
本願発明者らは、ポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積した好塩菌をpHを調整しながら微好気培養し、ポリ3-ヒドロキシ酪酸を3-ヒドロキシ酪酸(3HB)として培地中に分泌させることにより、培地中へのシトクロムの放出量が増加することを見出した。
【0021】
即ち、上記特徴構成によれば、PHB蓄積工程のみを行う場合と比較して、シトクロムの製造量を増加させることができる。
【0022】
また、本発明に係るシトクロムの製造方法の更なる特徴構成は、
前記シトクロムがシトクロムcである点にある。
【0023】
シトクロムcは、他のシトクロムと異なり、水に可溶な物質である。したがって、上記特徴構成によれば、製造されたシトクロムを水への可溶性が要求されるような用途にも使用できる。
【0024】
また、本発明に係るシトクロムの製造方法の更なる特徴構成は、
前記好塩菌が、ハロモナス・エスピー(Halomonas sp.)KM-1株である点にある。
【0025】
本願発明者らは、好塩菌としてハロモナス・エスピーKM-1株を用い、当該ハロモナス・エスピーKM-1株の菌体内にポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積させるようにした場合に、シトクロムcを製造できることを実験により確認している。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係るシトクロムの製造方法について説明する。尚、以下に好適な実施例を記すが、これら実施例はそれぞれ、本発明をより具体的に例示するために記載されたものであって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々変更が可能であり、本発明は、以下の記載に限定されるものではない。
【0027】
〔シトクロムの製造方法の概要〕
本発明のシトクロムの製造方法は、ハロモナス属に属する好塩菌を培養して、培地中にシトクロムを放出させ、培地からシトクロムを回収する方法である。
【0028】
具体的に、本発明のシトクロムの製造方法では、以下の工程を行う。
(1)ハロモナス属に属する好塩菌を培地中で好気培養して、当該好塩菌にポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積させる工程(PHB蓄積工程)と、
(2)培地からシトクロムを回収する回収工程。
【0029】
また、より好ましくは、PHB蓄積工程と回収工程との間に以下の工程を更に行う。
(3)PHB蓄積工程後に、好塩菌を培地中でpHを調整しながら微好気培養して、当該好塩菌の菌体内に蓄積されたポリ3-ヒドロキシ酪酸を3-ヒドロキシ酪酸として培地中に分泌させる工程(3HB分泌工程)。
【0030】
〔PHB蓄積工程〕
本発明の製造方法におけるPHB蓄積工程は、ハロモナス属に属する好塩菌(以下、単に好塩菌ともいう)を培地中で好気培養して、この好塩菌にポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積させる工程である。
【0031】
PHB蓄積工程で用いる好塩菌は、無機塩と単一もしくは複数の有機炭素源とを含む培地にて好気的に増殖し、PHBを自らの菌体内にて蓄積すると同時にシトクロムを培地中に放出する性質を有している。また、蓄積したPHBを3HBとして分泌する際に、PHB蓄積時よりも多くのシトクロムを培地中に放出する性質も有している。
【0032】
この好塩菌は、0.1~1.0Mの塩濃度が生育至適塩濃度である好塩性を有し、時には塩を含まない培地においても生育可能な細菌である。そして、上述のハロモナス属に属する好塩菌は、通常はpH5~12程度の培地にて生育する。
【0033】
このような好塩菌としては、例えば、ハロモナス・エスピー(Halomonas sp.)KM-1株が挙げられる。ハロモナス・エスピーKM-1株は、平成19年7月10日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566茨城県つくば市東1-1-1中央第6)に受託番号FERM P-21316として寄託されている。また、この菌株は、現在国際寄託に移管されており、その受託番号はFERM BP-10995である。当該ハロモナス・エスピーKM-1株の16S rRNA遺伝子は、DDBJにAccession Number AB477015として登録されている。尚、ハロモナス・エスピーKM-1株は、上記PHB蓄積時及び3HB分泌時に放出するシトクロムがシトクロムcである。
【0034】
また、上記好塩菌の生育特性等に鑑みて、本発明におけるPHB蓄積工程で用いる好塩菌は、ポリ3-ヒドロキシ酪酸を蓄積するハロモナス属に属する好塩菌であれば、ハロモナス・エスピーKM-1株に限られるものではない。また、PHB蓄積工程で用いる好塩菌としては、ハロモナス・エスピーKM-1株以外に、ハロモナス・パンテラリエンシス(Halomonas pantelleriensis:ATCC 700273)やハロモナス・カンピサリス(Halomonas campisalis:ATCC 7000597)等も挙げることができる。
【0035】
更に、16SリボゾームRNA配列による分析から、上記の好塩菌に限らず、ハロモナス・ニトリトフィルス、ハロモナス・アリメンタリア等も、PHB蓄積工程にて用いるハロモナス属に属する好塩菌として使用してもよい。
【0036】
尚、上記ハロモナス属に属する好塩菌には、遺伝子が導入されていてもよい。導入される遺伝子は、本発明に係る製造方法において、シトクロムの生産効率等を向上させる機能を発現させるものであれば特に限定されない。例えば、シトクロムの発現量を増大させる遺伝子や、PHBの菌体内への蓄積を上昇させる機能を発現させる遺伝子、PHBを分解する遺伝子等が挙げられる。組換えDNAの当該菌体への導入方法及びこれによる形質転換方法としては、一般的な各種方法を採用できる。
【0037】
PHB蓄積工程で用いる培地は、無機塩及び有機炭素源を含有する。培地のpHは上記好塩菌の生育条件を満たすpHであれば特に限定されないが、具体的には、pH5~12程度にすればよく、pH8.8~12であることがより好ましい。尚、アルカリ性の培地を用いれば、他の菌のコンタミネーションを効果的に防止できるため好ましい。
【0038】
また、培地は、液体培地であってもよいし、固体培地であってもよい。
【0039】
PHB蓄積工程にて用いる培地に配合する無機塩は、特に限定されることはなく、例えば、リン酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、マンガン、鉄、亜鉛、銅、コバルト等の金属塩が挙げられる。
【0040】
例えば、ナトリウムを無機塩として用いる場合は、NaCl、NaNO3、NaHCO3、Na2CO3等を用いればよい。
【0041】
これらの無機塩は、上記好塩菌にとって窒素源やリン源となるような化合物を用いることが好ましい。
【0042】
窒素源は、硝酸塩、亜硝酸塩、尿素、アンモニウム塩等を用いればよく、特に限定されないが、NaNO3、NaNO2、NH4Cl等の化合物を用いればよい。
【0043】
窒素源の使用量は、菌体の生育に影響を及ぼすことなく、シトクロムを製造する目的が達成される範囲において適宜設定すればよく、具体的には、培養初期の培地100ml当たり通常であれば硝酸塩として500mg程度以上とすればよく、より好ましくは1000mg程度以上、更に好ましくは1250mg程度以上である。
【0044】
リン源は、リン酸塩、リン酸一水素塩、リン酸二水素塩等を用いればよく、特に限定はされないが、例えば、K2HPO4、KH2PO4等の化合物を用いればよい。
【0045】
リン源の使用量も、上記窒素源の使用量と同様の観点から適宜設定すればよい。具体的には、リン酸二水素塩として売100ml当たり通常は50~400mg程度とすればよく、より好ましくは100~200mg程度である。
【0046】
尚、これらの無機塩は単一で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
その他の化合物等も含めた無機塩は、総量で通常は0.1~2.5M程度となる濃度で用いればよく、好ましくは0.2~1.0M程度、より好ましくは0.2~0.5M程度である。
【0048】
PHB蓄積工程にて用いる培地に配合する有機炭素源としては、特に限定されない。例えば、トリプトン、イーストエキストラクト、可溶性デンプン、エタノール、n-プロパノール、酢酸、酢酸ナトリウム、プロピオン酸、廃グリセロール、廃蜜糖、木材糖化液、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース等の六炭糖;リブロース、キシルロース、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、デオキシリボース等の五炭糖;スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、ツラノース、セロビオース等の二糖;エリスリトール、グリセリン、マンニトール、ソルビトール、キシリトール等の糖アルコール等が挙げられる。
【0049】
有機炭素源の濃度は、PHBの蓄積が進行し、シトクロムを製造する目的が達成される範囲において適宜設定すればよい。
【0050】
本発明に係る製造方法では、塩濃度が比較的高い条件の培地で、ハロモナス属に属する好塩菌を培養するので、他の菌体の混入、増殖の恐れ等がほとんどない。したがって、培地に対して滅菌処理等を行っても行わなくてもよく、且つ、簡便な設備で培養することも可能である。
【0051】
PHB蓄積工程における好塩菌の培養は、好気培養を採用する。好気培養の条件は、当該菌体が増殖し、且つ、当該菌体内にPHBが著量蓄積するような条件であれば、特に限定されない。
【0052】
具体的には、5ml程度の培地に当該好塩菌を植菌し、所定の撹拌速度で所定の温度にて、一晩振とうしながら前培養を行う。続いて前培養して得られた菌体を、三角フラスコ、発酵槽、ジャーファーメンター等に入った培地中に100倍程度に希釈し本培養(本願におけるPHB蓄積工程での好気培養に相当)する。
【0053】
本培養の培養温度は、通常20~45℃程度の範囲内で設定可能であるが、30~37℃程度の範囲内で設定することが好ましい。また、撹拌速度は、三角フラスコを用いる場合、通常120~250rpm程度の範囲内で設定可能であるが、120~180rpm程度の範囲内で設定することが好ましい。発酵槽、ジャーファーメンターを用いる場合は上記に匹敵する酸素供給速度となるように酸素供給を行うことが好ましい。更に、本培養の培養時間は、PHBの蓄積が生じる時間であれば、特に限定されるものではないが、好塩菌の菌体内でのPHBの蓄積量が略一定となるまでの時間であることが好ましく、例えば、10時間以上60時間以下である。
【0054】
PHB蓄積工程では、このような培養条件でハロモナス属に属する好塩菌を好気培養すればよい。具体的に、好気培養時の培地中の溶存酸素濃度は、特に限定されないが、菌体が存在しない状態で通常は2mg/Lとすればよく、5mg/L以上が好ましい。
【0055】
PHB蓄積工程での培養方法は、回分培養、半回分培養、連続培養等の培養方法が挙げられ、特に限定はされないが、本発明に係る方法によって用いる好塩菌が他の菌が混入する可能性が極めて低いことを考慮すれば、シトクロムを効率よく製造するための長期の連続培養も可能である。尚、培養環境は、培地が空気に触れる環境とすればよく、培地表面に積極的に酸素を含む気体を吹き付ける方法や係る気体を培地中に吹き込む方法により調整してもよい。また、培養環境は、非滅菌環境下であっても滅菌環境下であってもよい。
【0056】
本発明に係るシトクロムの製造方法においては、PHB蓄積工程を行って好塩菌がPHBを蓄積することで、そのメカニズムについては明らかとなっていないが、当該好塩菌から培地中にシトクロムが放出される。
【0057】
〔3HB分泌工程〕
本発明の製造方法における3HB分泌工程は、PHB蓄積工程後に、好塩菌を培地中でpHを調整しながら微好気培養して、当該好塩菌の菌体内に蓄積されたポリ3-ヒドロキシ酪酸を3-ヒドロキシ酪酸として培地中に分泌させる工程である。
【0058】
具体的に、3HB分泌工程では、PHB蓄積工程後、曝気を止めて、pH調整剤を添加してpHを所定の範囲内に調整し、好塩菌を微好気培養する。
【0059】
尚、微好気培養の条件は、当該菌体内に蓄積されたPHBが3HBとして培地中に分泌されるような条件であれば、特に限定されない。
【0060】
微好気培養を継続した場合、有機酸の生成により、培地のpHは下がる傾向がある。このような培地のpHは適宜公知のpH測定用装置やこれが付随したジャーファーメンター等によって確認することができる。
【0061】
3HB分泌工程では、pHを所定範囲内に調整及び/又は維持する。尚、「調整及び/又は維持」とは、pHの確認を行いながら、pH調整剤を添加してpHが所定範囲内である状態を保つことや、単にpH調整剤を添加して培養開始時のpHを調整し、その後はpHの調整を行わないことを意味する。
【0062】
3HB分泌工程にて調整及び維持するpHは、好ましくは7.5以上、より好ましくは8.0以上、更に好ましくは8.5以上である。
【0063】
ハロモナス属に属する好塩菌は、通常は中程度の高塩濃度且つアルカリ条件下で培養することが可能であるため、夾雑菌の混入・繁殖(コンタミネーション)が少ない。しかしながら、一部乳酸菌には、中程度の高塩濃度且つpH8.4以下の環境下において増殖可能な菌も存在し、このような菌が本発明の培養系にコンタミネーションすると、ハロモナス属に属する好塩菌が分泌した3ーヒドロキシ酪酸又はその塩を乳酸発酵の基質として消費してしまい、更には培地のpHの一段の低下を生じさせる恐れがある。
【0064】
このため、本発明において培地を滅菌せず及び/又は非滅菌環境下でハロモナス属に属する好塩菌を培養して、培地中に3HBを分泌させるためには、3HB分泌工程における培地のpHの調整及び維持をpH8.5程度以上とすることが好ましい。
【0065】
pHの調整時期は、PHB蓄積工程後であれば特に限定されないが、好塩菌の菌体内でのPHBの蓄積量が略一定となった後であることが好ましい。
【0066】
本発明に係るシトクロムの製造方法においては、3HB分泌工程を行って、好塩菌体内に蓄積されたPHBが3HBとして分泌されることで、そのメカニズムについては明らかとなっていないが、当該好塩菌から培地中に放出されるシトクロムの量が増加する。
【0067】
〔回収工程〕
本発明の製造方法における回収工程は、PHB蓄積工程又は3HB分泌工程後の培地中から、シトクロムを回収する工程である。
【0068】
回収工程では、公知の手法を用いてシトクロムを回収すればよい。回収とは、培地中にシトクロムが存在しているときに、PHB蓄積工程や3HB分泌工程の培養を停止し、シトクロムを含む培地と好塩菌体とを分離することである。例えば、液体培地を使用してPHB蓄積工程や3HB分泌工程を行う場合、これらの工程で得られる培養液に放出されたシトクロムが存在するため、これらの工程の培養を停止し、必要に応じて培養液と好塩菌体とを分離手段で分離し、培養液を得ることである。
【0069】
具体的な分離の手法は、遠心操作やろ過等の公知の固液分離操作を採用できる。また、培養の停止方法も特に限定されない。例えば、PHB蓄積工程や3HB分泌工程後に好塩菌を加熱、酸処理等の方法によって殺菌する方法や固液分離操作を行って培地と好塩菌とを分離する方法を採用し得る。
【0070】
培地中のシトクロムの存在を確認する方法は、菌種や培地成分、培養条件等により変わり得るものであるので、これらの要素を考慮して適宜決定する。例えば、経時的に培地を採取し、これをキャピラリー電気泳動等の分析方法に供して、シトクロムの存在を確認できる。
【0071】
尚、培養液中のシトクロムを分離する方法としては、カラムクロマトグラフィーや膜分離が挙げられる。例えば、3HB分泌工程後の培養液中には、シトクロム以外に3HBも含まれている。シトクロムと3HBとでは、分子の大きさが極端に異なるため、限外ろ過膜を用いることで、両者を分離することが可能である。
【実施例0072】
以下、本発明を実施例に基づいてより詳細に説明する。尚、本発明が実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0073】
以下の実施例及び比較例では、表1に示すSOT改5(Spirulina platensis Medium改5)を基本にした培地を用いた。この培地は、Spirulina platensis Medium(国立環境研究所のHP)であり、NaHCO3及びNa2CO3の量を調整し、窒素源のNaNO3を5倍に、リン源のK2HPO4を4倍に増加させて調整した。上記の培地を調整した後のpHは9.4±0.1であり、オートクレーブ等の滅菌操作は行わずにそのまま用いた。
【0074】
【0075】
培養の際には、上記培地に対して26%スクロース水溶液を追加したものを使用した。
【0076】
〔実施例1〕
容積90Lのジャーファーメンターに上記スクロース水溶液を追加した培地を50L張り込み、ハロモナス・エスピーKM-1株を40時間好気培養した(PHB蓄積工程)。その後、適切な分子量分画の膜分離を組み合わせることで、濃縮液側にヘム鉄を含む赤色成分が分離された(回収工程)。この濃縮液について、Native PAGE(登録商標)によるタンパク質分離を行い、赤色成分が存在するバンドを切り出してアミノ酸配列を決定したところ、シトクロムc5(Accession Number WP_010626206.1)であると同定された。
濃縮液中のタンパク質1g当たりの鉄量をICPで測定したところ、50mgであることが判明し、実施例1では、スクロース1kgからシトクロムcとして1.1g、ヘム鉄として55mgを製造できることを確認した。
【0077】
〔実施例2〕
容積90Lのジャーファーメンターに上記スクロース水溶液を追加した培地を50L張り込み、ハロモナス・エスピーKM-1株を40時間好気培養した(PHB蓄積工程)。その後、曝気を止めて、pHを調整しながら5時間微好気培養し、菌体内に蓄積されたPHBを3HBとして菌体外に分泌させた(3HB分泌工程)。続いて、実施例1と同様に、膜分離を行い、濃縮液を回収した(回収工程)。濃縮液について、紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、ヘム鉄に特有の450nm付近のOD値が実施例1の約8倍程度であった。このことから、3HB分泌工程を行うことで、シトクロムcの放出量が顕著に増大することが確認できた。
また、濃縮液中のタンパク質1g当たりの鉄量をICPで測定したところ、440mgであることが判明し、実施例2では、スクロース1kgからシトクロムcとして10g、ヘム鉄として4400mgを製造できることが確認できた。
【0078】
〔比較例〕
容積90Lのジャーファーメンターに上記スクロース水溶液を追加した培地を50L張り込み、ハロモナス・エスピーKM-1株を10時間好気培養した。その後、MF膜を用いた膜分離により菌体を除去した。ついで、MF膜の透過液に対してUF膜による膜分離を行ったところ、濃縮液及び透過液のいずれでも赤色成分が検出されなかった。
このことから、ハロモナス属に属する好塩菌を好気培養しても、PHBの蓄積が起こらなければ培地中にシトクロムが放出されないことが確認できた。
【0079】
以上のことから、ハロモナス属に属する好塩菌を用いて、PHB蓄積工程を行うことで、シトクロムcを製造できることが確認できた。更に、PHB蓄積工程後に、3HB分泌工程を行うことで、シトクロムcの製造量を増加できることが確認できた。