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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022153104
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】質量分析装置及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20221004BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20221004BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
G01N27/62 D
H01J49/00 360
H01J49/42 400
H01J49/00 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021056163
(22)【出願日】2021-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小寺 慶
(72)【発明者】
【氏名】石田 宏樹
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041GA08
2G041GA09
(57)【要約】
【課題】複数のプロファイルスペクトルデータを積算することでマススペクトルデータを取得する際に、ノイズの影響を含むプロファイルスペクトルデータを積算することを防ぐことができる質量分析装置を提供する。
【解決手段】質量分析装置1は、1つの試料に対してk回(kは2以上の自然数)の測定を実行してそれぞれ所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータを取得する測定部10、21、22と、前記質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲を設定する質量電荷比部分範囲設定部23と、前記測定部により取得されたk回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、前記n個の部分範囲の各々につき、前記強度値の和であるトータルイオン強度を算出するトータルイオン強度算出部24と、前記n個の部分範囲の各々につき、前記k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行い、外れ値を検出する外れ値検出部25とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1つの試料に対してk回(kは2以上の自然数)の測定を実行してそれぞれ所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータを取得する測定部と、
前記質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲を設定する質量電荷比部分範囲設定部と、
前記測定部により取得されたk回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、前記n個の部分範囲の各々につき、前記強度値の和であるトータルイオン強度を算出するトータルイオン強度算出部と、
前記n個の部分範囲の各々につき、前記k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行い、外れ値を検出する外れ値検出部と
を備える質量分析装置。
【請求項2】
さらに、前記k回分のプロファイルスペクトルデータのうち前記外れ値が検出されたプロファイルスペクトルデータを除いたプロファイルスペクトルデータを積算することによりマススペクトルデータを取得するマススペクトルデータ算出部を備える、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
さらに、
前記マススペクトルデータ算出部で取得されたマススペクトルデータに基づいてマススペクトルのピークを検出するピーク検出部と、
前記ピーク検出部で検出されたピークが出現する質量電荷比を求め、該質量電荷比に対応するイオンを特定するイオン特定部と、
前記イオン特定部で特定されたイオンをプリカーサイオンとして該プリカーサイオンに対応したMS/MS測定を実行する条件を特定するMS/MS測定条件特定部と
を備える請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
さらに、前記外れ値検出部が外れ値を検出した際に、ノイズの発生を示すノイズ発生情報を使用者に通知するノイズ発生情報通知部を備える、請求項1~3のいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記ノイズ発生情報がメンテナンスの実行を促す情報を含むものである、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
1つの試料に対してk回(kは2以上の自然数)の測定を実行してそれぞれ所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータを取得する測定工程と、
前記質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲を設定する質量電荷比部分範囲設定工程と、
前記測定工程により取得されたk回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、前記n個の部分範囲の各々につき、前記強度値の和であるトータルイオン強度を算出するトータルイオン強度算出工程と、
前記n個の部分範囲の各々につき、前記k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行い、外れ値を検出する外れ値検出工程と
を有する質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マトリックス支援レーザ脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI)法では、レーザ光を吸収し難い分析対象物やレーザ光で損傷を受け易い分析対象物(例えばタンパク質から成る物)を分析するために、分析対象物よりもレーザ光を吸収し易く且つイオン化し易いマトリックスと該分析対象物を混合した試料を作製し、この試料にレーザ光を照射することにより、試料中の分析対象物、マトリックス、及びレーザ光の相互作用によって該分析対象物をイオン化する。MALDI法は、分子量の大きな高分子化合物をあまり解離させることなく分析することができ、しかも感度が高く微量分析にも好適であることから、近年、生命科学などの分野で広く利用されている。
【0003】
MALDI法における試料は一般的に、マトリックスを含有する溶液と分析対象物を混合し、この混合液をサンプルプレートに付着させ、混合液を乾燥(混合液中の溶媒を気化)させることにより作製する。このように作製された試料において、分析対象物は試料中に均一に存在するとは限らず、特定の位置に偏在している可能性がある。そこで従来より、1つの試料に対してレーザ光を照射してそれにより生成されたイオンを質量分析し所定の質量電荷比範囲に亘るデータ(プロファイルスペクトルデータ)を取得するという動作を、その試料上でレーザ光の照射位置を変化させながら複数回(例えば数十~数百回)繰り返し、その複数回の測定で得られたプロファイルスペクトルデータを積算することにより、その試料についてのマススペクトルデータを取得する、という処理が行われている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014-212068号公報([0003]-[0006])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このようにプロファイルスペクトルデータを複数回取得する間に、突発的な放電等によってパルスノイズが生じることがある。そうすると、複数のプロファイルスペクトルデータのうちの1つの、或るm/z(質量電荷比)にのみ、パルスノイズによるピークが生じることがある。このパルスノイズによるピークが分析対象物のイオンに由来するピークと同程度又はそれよりも小さければ、複数のプロファイルスペクトルデータを積算したマススペクトルデータでは当該1つのピークが、分析対象物由来の複数回積算されたピークよりも相対的に十分に小さくなるため問題とはならない。しかし、パルスノイズのピークが分析対象物のイオンのピークよりも十分に大きい場合には、積算後のマススペクトルデータにおいても該1つのピークが分析対象物由来の積算されたピークと同程度になることがある。その場合には、当該ピークがパルスノイズに由来するものであるのか、分析対象物のイオンに由来するものであるのかを識別することが困難になる。
【0006】
ここではMALDI法を例として説明したが、MALDI法以外の質量分析方法を用いる際にも、S/N比を高くするために複数のプロファイルスペクトルデータを積算する場合に同様の問題が生じる。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、複数のプロファイルスペクトルデータを積算することでマススペクトルデータを取得する際に、ノイズの影響を含むプロファイルスペクトルデータを積算することを防ぐことができる質量分析装置及び質量分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
1つの試料に対してk回(kは2以上の自然数)の測定を実行してそれぞれ所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータを取得する測定部と、
前記質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲を設定する質量電荷比部分範囲設定部と、
前記測定部により取得されたk回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、前記n個の部分範囲の各々につき、前記強度値の和であるトータルイオン強度を算出するトータルイオン強度算出部と、
前記n個の部分範囲の各々につき、前記k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行い、外れ値を検出する外れ値検出部と
を備える。
【0009】
本発明に係る質量分析方法は、
1つの試料に対してk回(kは2以上の自然数)の測定を実行してそれぞれ所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータを取得する測定工程と、
前記質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲を設定する質量電荷比部分範囲設定工程と、
前記測定工程により取得されたk回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、前記n個の部分範囲の各々につき、前記強度値の和であるトータルイオン強度を算出するトータルイオン強度算出工程と、
前記n個の部分範囲の各々につき、前記k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行い、外れ値を検出する外れ値検出工程と
を有する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、プロファイルスペクトルデータが取得される質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個の部分範囲の各々において質量電荷比毎の強度値の和であるトータルイオン強度を算出し、それらn個の部分範囲の各々につき、k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行うことにより外れ値を検出する。プロファイルスペクトルデータが前記のようなノイズの影響を含む場合、いずれかの部分範囲のトータルイオン強度が統計的検定により外れ値として検出される。従って、外れ値とされた部分範囲を含むプロファイルスペクトルデータを除外して積算を行うことでマススペクトルを求めたり、外れ値が検出されたときには分析を中止したりすること等により、ノイズの影響を含むプロファイルスペクトルデータを積算することを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施形態を示す概略構成図。
図2】本実施形態の質量分析装置が有するMS/MS測定条件設定部の構成を示す概略図。
図3】本実施形態の質量分析装置の動作及び本発明に係る質量分析方法の一実施形態を示すフローチャート。
図4】本実施形態において得られる、ノイズを含むプロファイルスペクトルデータの例を示すグラフ。
図5】本実施形態において得られるトータルイオン強度の値を示す表の一例であって、25回分のプロファイルスペクトルデータの各々で得られた、5個のセグメントの各々におけるトータルイオン強度の値を示す表。
図6図5に示した例に対して行ったスミルノフ-グラブス検定の結果を示す表。
図7】本実施形態で求めたマススペクトルの一例を示すグラフ。
図8】比較例で求めたマススペクトルの一例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図1図8を用いて、本発明に係る質量分析装置及び方法の実施形態を説明する。
【0013】
(1) 本実施形態の質量分析装置の構成
図1に、本発明に係る質量分析装置の一実施形態であるMALDI質量分析装置1の構成を示す。このMALDI質量分析装置1は、イオン源としてMALDIイオン源を用い、質量分離器としてイオントラップ型質量分離器を用いた質量分析装置である。MALDI質量分析装置1は、MALDI質量分析実行部10、制御・処理部20、入力部31、及び表示部32を備える。
【0014】
MALDI質量分析実行部10は、真空ポンプ191により真空排気される真空チャンバ19を有し、この真空チャンバ19内に、サンプルプレート90が載置される試料ステージ12と、引出電極14と、四重極型デフレクタ15と、イオントラップ16と、イオン検出器17とが配置されている。
【0015】
ここで、MALDI質量分析実行部10が有する各要素の位置関係を示すために、図1中に示すように、互いに直交するX、Y、Zの3軸を便宜的に定める。通常、X-Y平面は装置の設置面に平行な面であり、試料ステージ12におけるサンプルプレート載置面もX-Y平面に平行である。
【0016】
試料ステージ12の上面に対向する真空チャンバ19の壁面(天面)には、透明な窓192が設けられ、この窓192の外側にはレーザ光源11が配置されている。試料ステージ12は、モータ等を含むステージ駆動部13によりX軸、Y軸の2軸方向に移動自在である。
【0017】
四重極型デフレクタ15はY軸方向に延伸する4本のロッド電極からなり、図示しない電源からロッド電極にそれぞれ印加される直流電圧によって、それらロッド電極で囲まれる空間にイオンの進行方向を略直角に折り曲げる偏向電場を形成する。
【0018】
イオントラップ16は、略円環状であるリング電極161と、そのリング電極161を挟んで対向して配置される入口側エンドキャップ電極162及び出口側エンドキャップ電極164とを含む3次元四重極型の構成である。四重極型デフレクタ15側に位置する入口側エンドキャップ電極162にはイオン入射穴163が、出口側エンドキャップ電極164にはイオン出射穴165が、それぞれ形成されている。図示しない電源からリング電極161、入口側エンドキャップ電極162及び出口側エンドキャップ電極164にはそれぞれ所定の電圧が印加され、それによって、それら電極で囲まれる空間にイオンを捕捉したり、或いは、イオンを該空間内からイオン出射穴165を通して排出したりすることができる。
【0019】
解離ガス供給部18は、MS/MS測定を行う際に、衝突誘起解離(CID:Collision Induced Dissociation)のための解離ガスをイオントラップ16内に供給するものである。
【0020】
制御・処理部20は、機能ブロックとして、測定制御部21、データ収集部22、質量電荷比部分範囲設定部23、トータルイオン強度算出部24、外れ値検出部25、マススペクトルデータ算出部26、MS/MS測定条件設定部27、及び表示制御部28を有する。MS/MS測定条件設定部27はその内部にピーク検出部271と、イオン特定部272と、MS/MS測定条件特定部273とを有する(図3)。
【0021】
測定制御部21は測定を実行するために、MALDI質量分析実行部10に含まれる各構成要素を制御するものである。データ収集部22は、アナログデジタル変換器やデータ格納用の記憶部(いずれも図示せず)を含み、イオン検出器17による検出信号をデジタル化し、所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータとして前記記憶部に格納するものである。これら測定制御部21及びデータ収集部22、並びにMALDI質量分析実行部10により、前記測定部が構成される。
【0022】
質量電荷比部分範囲設定部23、トータルイオン強度算出部24、外れ値検出部25、マススペクトルデータ算出部26、及びMS/MS測定条件設定部27の詳細は、本実施形態のMALDI質量分析装置1の動作の説明と共に後述する。
【0023】
表示制御部28は、表示部32に画像を表示するための制御を行うものである。また、表示制御部28は、MALDI質量分析実行部10で得られるプロファイルスペクトルデータ中にノイズが存在したときにその旨を表示部32に警告表示させる制御を行う警告表示制御部281を含んでいる。警告表示制御部281の詳細は後述する。警告表示制御部281及び表示部32により、後記ノイズ発生情報通知部が構成される。
【0024】
制御・処理部20では、パーソナルコンピューターやワークステーションなどのコンピューターと、該コンピューターにインストールされた専用のソフトウェアにより、上記機能ブロックが具現化される。入力部31は該コンピューターに付設されたキーボードやポインティングデバイスであり、表示部32はディスプレイモニタである。
【0025】
(2) 本実施形態の質量分析装置の動作、及び本実施形態の質量分析方法
図3を用いて、本実施形態のMALDI質量分析装置1の動作、及び本発明に係る質量分析方法の一実施形態を説明する。
【0026】
まず、以下のように、試料に対する測定を行う(ステップ1:測定工程)。初めに、分析対象物とマトリックスを混合した試料をサンプルプレート90の表面に付着させ、該サンプルプレート90を試料ステージ12上に載置する。次に、真空ポンプ191により真空チャンバ19内を真空引きする。
【0027】
以下、測定制御部21による制御に基づき、測定が実行される。まず、ステージ駆動部13により試料ステージ12をX-Y方向に移動させることでサンプルプレート90の表面上の試料を所定の位置に配置し、レーザ光源11からレーザビームを試料に照射することにより、分析対象物、マトリックス、及びレーザ光の相互作用によって該分析対象物をイオン化する。生成されたイオンは、引出電極14により形成される電場によってサンプルプレート90の近傍から上方に引き出され、概ねZ軸方向に進行して四重極型デフレクタ15に到達する。四重極型デフレクタ15により形成される偏向電場によって、イオンの軌道は略90°曲げられる。そしてイオンは、概ねX軸方向に進行し、イオン入射穴163を通ってイオントラップ16の内部空間に入り、リング電極161に印加される高周波電圧によって形成される電場によって一旦捕捉される。その後、入口側エンドキャップ電極162及び出口側エンドキャップ電極164に印加される電圧によって形成される電場によって、イオンは質量電荷比の小さい順(又は逆に大きい順)にイオン出射穴165を通して外部に排出される。イオン検出器17はイオントラップ16から排出されたイオンを順次検出し、入射したイオン量に応じた検出信号を生成して出力する。データ収集部22は、この検出信号を受けてデジタル化し、所定の質量電荷比範囲に亘るプロファイルスペクトルデータとして記憶部に格納する。
【0028】
1つの試料に対して上述したような1回の測定が終了すると、同じ試料上の異なる部位が測定位置に来るようにステージ駆動部13により試料ステージ12が僅かに移動される。そして、上記と同様にして2回目の測定が実行され、これがk回繰り返される。このkの値は入力部31を用いてユーザが指定する。
【0029】
このように1つの試料に対してk回の測定が実施されると、データ収集部22の記憶部には所定の質量電荷比範囲に亘るk個のプロファイルスペクトルデータが保存される。なお、1個のプロファイルスペクトルデータが質量電荷比の異なる多数のデータを有する1群のデータから成るため、記憶部には「k群のデータ」が記録されるということもできる。
【0030】
ステップ2以下では、ステップ1で得られたプロファイルスペクトルデータに基づいてマススペクトルを取得する操作を行う。以下、その操作を、具体例を交えつつ説明する。
【0031】
この具体例では、520.68~5085.97の質量電荷比範囲でプロファイルスペクトルデータを取得し、1つの試料に対して25回(k=25)の測定を実行した。得られた25個のプロファイルスペクトルデータに、0~24の番号を付す。図4に、得られたプロファイルスペクトルデータのうち、ノイズを含むものを示す。図4の下側に示したプロファイルNo. 24のデータでは、m/z=1350付近にパルス状のノイズ(パルスノイズ1)が見られ、同図の上側に示したプロファイルNo. 8のデータではm/z=4800付近にパルス状のノイズ(パルスノイズ2)が見られる。これらパルスノイズ1、2はいずれも、他のプロファイルスペクトルデータには見られない。これらパルスノイズ1、2は、本来の試料由来のピークよりも数十倍大きいため、25個のプロファイルスペクトルデータをそのまま積算することでマススペクトルを作成すると、これらパルスノイズ由来のピークが試料由来のピークと同程度の強度となってしまい、パルスノイズ由来のピークを試料由来のピークと誤認してしまうおそれがある。そこで、本実施形態では以下の操作を行う。
【0032】
まず、ステップ2(質量電荷比部分範囲設定工程)において、質量電荷比部分範囲設定部23は、前述した所定の質量電荷比範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲(「セグメント」とも呼ぶ)を設定する。上記具体例では、n=5とし、各部分範囲を520.68~1520.68(「セグメント0」と呼ぶ)、1520.68~2520.68(セグメント1)、2520.68~3520.68(セグメント2)、3520.68~4520.68(セグメント3)、及び4520.68~5085.97(セグメント4)と設定した。これらnの値及び各部分範囲の質量電荷比の範囲は、入力部31を用いてユーザが指定する。
【0033】
次に、ステップ3(トータルイオン強度算出工程)において、トータルイオン強度算出部24は、k回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、n個の部分範囲の各々が有する複数のm/zでそれぞれ得られた強度値の和(トータルイオン強度)を算出する。図5に、上記具体例において25回分のプロファイルスペクトルデータの各々で得られた、5個の部分範囲の各々におけるトータルイオン強度の値を表で示す。図中に太枠を付した、プロファイルNo. 24のセグメント0におけるトータルイオン強度は、No. 24以外のプロファイルスペクトルデータのセグメント0におけるトータルイオン強度よりも高くなっている。同様に図中に太枠を付した、プロファイルNo. 8のセグメント4におけるトータルイオン強度は、No. 8以外のプロファイルスペクトルデータのセグメント4におけるトータルイオン強度よりも高くなっている。これらはいずれも、上述のパルスノイズが出現したプロファイルスペクトルデータ及び質量電荷比に対応している。
【0034】
但し、特にプロファイルNo. 8・セグメント4のトータルイオン強度は、他のプロファイルスペクトルデータのセグメント4との差がさほど大きくなく、ユーザ(人)がこれらのデータを見てノイズの有無を判断することは困難である。そこで、統計的検定の手法を用いる。すなわち、外れ値検出部25は、n個の部分範囲の各々につき、k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行うことにより、それらトータルイオン強度の外れ値、すなわち所定の範囲から外れた値を検出する(ステップ4:外れ値検出工程)。
【0035】
統計的検定の手法には様々なものが知られているが、上記具体例では、外れ値を求めるのに最も一般的な方法の1つであるスミルノフ-グラブス(Smirnov-Grubbs)検定を用いた。検定結果を図6の表に示す。同図中の「FALSE」はトータルイオン強度が外れ値とは判定されなかったものを示し、「TRUE」はトータルイオン強度が外れ値であると判定されたものである。パルスノイズが出現したプロファイルスペクトルデータ及び質量電荷比に対応しているプロファイルNo. 24のセグメント0及びプロファイルNo. 8のセグメント4のトータルイオン強度が「TRUE」、すなわち外れ値と判定されている。
【0036】
ステップ4において外れ値を検出した(ステップ5においてYESの)場合、マススペクトルデータ算出部26は、k回分のプロファイルスペクトルデータのうち、外れ値検出部25で外れ値が検出されたものを除いたプロファイルスペクトルデータを積算することにより、マススペクトルデータを算出する(ステップ6:マススペクトルデータ算出工程)。上記具体例では、25回分のプロファイルスペクトルデータのうち、外れ値が検出されたプロファイルNo. 8及び24のデータを除いた23回分のプロファイルスペクトルデータを積算する。これにより得られたマススペクトルを図7に示す。併せて、比較例として、プロファイルNo. 8及び24のデータを含めた25回分のプロファイルスペクトルデータを積算したマススペクトルを図8に示す。図8ではパルスノイズ1及び2に対応する2つのピークがマススペクトル中に見られるのに対して、図7にはそれら2つのピークが見られない。このように、本実施形態により、パルスノイズ1及び2の影響を排除したマススペクトルを得ることができる。
【0037】
また、外れ値検出部25は、外れ値を検出したとき、外れ値検出信号を表示制御部28中の警告表示制御部281に送信する。警告表示制御部281は、外れ値検出信号を受信したとき、ノイズが発生したことを示す警告を表示部32に表示させる制御を行う(ステップ7:ノイズ発生情報通知工程)。表示部32に表示する警告は、文字であってもよいし、図であってもよい。また、単にノイズが発生したことのみを表示してもよいが、ノイズが発生した場合には真空チャンバ19内に汚れが付着していることや装置中に何らかの不具合が発生している可能性があることから、メンテナンスを促す表示を行うようにしてもよい。警告表示制御部281による表示を行うと共に、又は当該表示を行う代わりに、外れ値検出部25が外れ値を検出したときにその旨をログファイルに記録するようにしてもよい。
【0038】
一方、ステップ4において外れ値を検出しなかった(ステップ5においてNOの)場合、マススペクトルデータ算出部26は、k回分のプロファイルスペクトルデータを全て積算することにより、マススペクトルデータを算出する(ステップ6’:マススペクトルデータ算出工程)。
【0039】
ステップ5においてYESの場合にはステップ6及び7を経た後に、ステップ5においてNOの場合にはステップ6’を経た後に、表示制御部28は、マススペクトルデータ算出部26で得られたマススペクトルのデータに基づいて、表示部32にマススペクトルを表示させる制御を行う。これにより、表示部32にマススペクトルが表示される(ステップ8:マススペクトル表示工程)。
【0040】
本実施形態ではさらに、MS/MS測定条件設定部27は、マススペクトルデータ算出部26で算出されたマススペクトルデータに基づいて、以下のようにMS/MS測定を実行するための条件を設定する(ステップ9:MS/MS測定条件設定工程)。まず、ピーク検出部271は、マススペクトルデータ算出部26で算出されたマススペクトルデータからマススペクトルのピークを検出する。次に、イオン特定部272は、ピーク検出部271で検出されたピークが出現している質量電荷比の値を求めたうえで、それらの質量電荷比に対応するイオンを特定する。MS/MS測定条件特定部273は、イオン特定部272で特定されたイオンをプリカーサイオンとして、解離ガス供給部18から供給するガスの種類や各電極に印加する電圧等、そのプリカーサイオンに対応したMS/MS測定を実行する条件を特定する。これらイオン特定部272によるイオンの特定、及びMS/MS測定条件特定部273によるMS/MS測定の実行条件の特定のために、MS/MS測定条件設定部27は質量電荷比とイオン(プリカーサイオン)の対応関係、及びプリカーサイオン毎のMS/MS測定の実行条件を記憶した記憶部を有する。
【0041】
このように設定された条件に基づいて、測定制御部21はMS/MS測定を行い(ステップ10)、MS/MS測定が終了すると、一連の動作が完了する。
【0042】
(3) 変形例
本発明は上記実施形態には限定されず、種々の変形が可能である。
【0043】
上記実施形態では外れ値を求める際にスミルノフ-グラブス検定を用いたが、トンプソン検定等の他の統計的検定の手法を用いてもよい。
【0044】
上記実施形態において、MS/MS測定条件設定部27は省略し、表示部32に表示されるマススペクトルに基づいてユーザがMS/MS測定の条件を入力部31から入力するようにしてもよい。また、MS/MS測定を行わない場合には、MS/MS測定条件設定部27と共に解離ガス供給部18を省略してもよい。
【0045】
上記実施形態では、k回分のプロファイルスペクトルデータ中にノイズピークが存在したときに、表示部(ディスプレイモニタ)32に警告を表示しているが、その代わりに、ブザーの鳴動やランプの点灯等で警告を行うようにしてもよい。また、これらの警告を行うことは必須ではなく、警告表示制御部281を省略してもよい。
【0046】
上記実施形態では、k回分のプロファイルスペクトルデータのうちの一部にノイズピークが存在したときに、ノイズピークが存在するプロファイルスペクトルデータを除いたロファイルスペクトルデータを積算してマススペクトルを算出しているが、このようなノイズピークが存在したときにはマススペクトルの算出を行わずに警告の通知のみを行うようにしてもよい。
【0047】
上記実施形態ではイオントラップ型質量分離器を用いたが、飛行時間型質量分離器等、他の質量分離器を用いてもよい。
【0048】
上記実施形態ではMALDI質量分析装置を対象としたが、それ以外の質量分析装置にも本発明を適用することができる。
【0049】
[態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0050】
(第1項)
第1項に係る質量分析装置は、
1つの試料に対してk回(kは2以上の自然数)の測定を実行してそれぞれ所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータを取得する測定部と、
前記質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲を設定する質量電荷比部分範囲設定部と、
前記測定部により取得されたk回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、前記n個の部分範囲の各々につき、前記強度値の和であるトータルイオン強度を算出するトータルイオン強度算出部と、
前記n個の部分範囲の各々につき、前記k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行い、外れ値を検出する外れ値検出部と
を備える。
【0051】
(第6項)
第6項に係る質量分析方法は、
1つの試料に対してk回(kは2以上の自然数)の測定を実行してそれぞれ所定の質量電荷比の範囲内の質量電荷比毎のイオンの強度値から成るプロファイルスペクトルデータを取得する測定工程と、
前記質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個(nは2以上の自然数)の部分範囲を設定する質量電荷比部分範囲設定工程と、
前記測定工程により取得されたk回分のプロファイルスペクトルデータ毎に、前記n個の部分範囲の各々につき、前記強度値の和であるトータルイオン強度を算出するトータルイオン強度算出工程と、
前記n個の部分範囲の各々につき、前記k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行い、外れ値を検出する外れ値検出工程と
を有する。
【0052】
第1項に係る質量分析装置及び第6項に係る質量分析方法によれば、プロファイルスペクトルデータが取得される質量電荷比の範囲を分割した、それぞれ複数の質量電荷比を含むn個の部分範囲の各々において質量電荷比毎の強度値の和であるトータルイオン強度を算出し、それらn個の部分範囲の各々につき、k回分のトータルイオン強度の値について統計的検定を行うことにより外れ値を検出する。プロファイルスペクトルデータが前記のようなノイズの影響を含む場合、いずれかの部分範囲のトータルイオン強度が統計的検定により外れ値として検出される。従って、外れ値とされた部分範囲を含むプロファイルスペクトルデータを除外して積算を行うことでマススペクトルを求めたり、外れ値が検出されたときには分析を中止したりすること等により、ノイズの影響を含むプロファイルスペクトルデータを積算することを防ぐことができる。
【0053】
なお、部分範囲毎のトータルイオン強度の外れ値を検出する代わりに、質量電荷比毎の強度の外れ値を検出すると、何らかの原因で本来の質量電荷比からわずかにずれた位置に出現した試料由来のピークを誤ってノイズとして検出してしまうおそれがある。それに対して第1項に係る質量分析装置及び第6項に係る質量分析方法では、複数の質量電荷比を含む部分範囲を単位として統計的検定を行うため、本来の質量電荷比からわずかにずれた試料由来のピークが含まれていても部分範囲単位では外れ値とはならず、誤検出を防ぐことができる。
【0054】
(第2項)
第2項に係る質量分析装置は、第1項に係る質量分析装置においてさらに、前記k回分のプロファイルスペクトルデータのうち前記外れ値が検出されたプロファイルスペクトルデータを除いたプロファイルスペクトルデータを積算することによりマススペクトルデータを取得するマススペクトルデータ算出部を備える。
【0055】
第2項に係る質量分析装置によれば、外れ値が検出されたプロファイルスペクトルデータを除いたプロファイルスペクトルデータを積算することにより、複数(k回分)のプロファイルスペクトルデータ中に含まれるノイズの影響を排除したマススペクトルデータを取得することができる。
【0056】
(第3項)
第3項に係る質量分析装置は、第2項に係る質量分析装置においてさらに、
前記マススペクトルデータ算出部で取得されたマススペクトルデータに基づいてマススペクトルのピークを検出するピーク検出部と、
前記ピーク検出部で検出されたピークが出現する質量電荷比を求め、該質量電荷比に対応するイオンを特定するイオン特定部と、
前記イオン特定部で特定されたイオンをプリカーサイオンとして該プリカーサイオンに対応したMS/MS測定を実行する条件を特定するMS/MS測定条件特定部と
を備える。
【0057】
第3項に係る質量分析装置によれば、前記マススペクトルデータ算出部で取得されたマススペクトルデータに基づいてイオンを特定し、該イオンをプリカーサイオンとして特定された測定条件に基づいてMS/MS測定を実行する。そのため、ユーザの手間を要することなく容易に、且つ、ノイズの影響を除去して確実にMS/MS測定を行うことができる。
【0058】
(第4項)
第4項に係る質量分析装置は、第1項~第3項のいずれか1項に係る装置においてさらに、前記外れ値検出部が外れ値を検出した際に、ノイズの発生を示すノイズ発生情報を使用者に通知するノイズ発生情報通知部を備える。
【0059】
第4項に係る質量分析装置によれば、外れ値検出部が外れ値を検出した際にノイズ発生情報を使用者に通知するため、ノイズが発生したことを使用者が知ることができる。ノイズ発生情報としては、音(ブザー、音声等)や光、あるいは画面上に表示される文字や図等が挙げられる。
【0060】
第4項に係る質量分析装置のうち第2項を引用するものは、ノイズ発生情報を使用者に通知すると共に、マススペクトルデータ算出部において、外れ値が検出されたプロファイルスペクトルデータを除いたプロファイルスペクトルデータを積算することによりマススペクトル(外れ値除外マススペクトル)データの取得も行う。表示部の画面上には警告と共に(又は警告は画面上には表示せずに)、外れ値除外マススペクトルを表示してもよいし、ユーザによる選択操作に応じて、外れ値非除外プロファイルスペクトル(外れ値が検出されたプロファイルスペクトルデータを含めて積算したもの)と外れ値除外マススペクトルのいずれか又は両方を表示するようにしてもよい。あるいは、ノイズが発生する場合には質量分析装置に何らかの異常が生じていることも考えられるため、マススペクトルデータの取得は行わずにノイズ発生情報の通知のみを行うようにしてもよい(第4項に係る質量分析装置のうち第2項を引用しないもの)。
【0061】
(第5項)
第5項に係る質量分析装置は、第4項に係る質量分析装置において、前記ノイズ発生情報はメンテナンスの実行を促す情報を含むものである。
【0062】
第5項に係る質量分析装置によれば、使用者にメンテナンスの実行を促す情報(文字、音声等)を通知するため、それを受けた使用者がメンテナンスを実行することにより、それ以降、正常な状態で質量分析を行うことができる。
【符号の説明】
【0063】
1…MALDI質量分析装置
10…MALDI質量分析実行部
11…レーザ光源
12…試料ステージ
13…ステージ駆動部
14…引出電極
15…四重極型デフレクタ
16…イオントラップ
161…リング電極
162…入口側エンドキャップ電極
163…イオン入射穴
164…出口側エンドキャップ電極
165…イオン出射穴
17…イオン検出器
18…解離ガス供給部
19…真空チャンバ
191…真空ポンプ
192…真空チャンバの窓
20…制御・処理部
21…測定制御部
22…データ収集部
23…質量電荷比部分範囲設定部
24…トータルイオン強度算出部
25…外れ値検出部
26…マススペクトルデータ算出部
27…MS/MS測定条件設定部
271…ピーク検出部
272…イオン特定部
273…MS/MS測定条件特定部
28…表示制御部
281…警告表示制御部
31…入力部
32…表示部
図1
図2
図3
図4
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図6
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図8