(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022153135
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒
(51)【国際特許分類】
B23K 35/365 20060101AFI20221004BHJP
B23K 35/30 20060101ALN20221004BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20221004BHJP
C22C 38/44 20060101ALN20221004BHJP
【FI】
B23K35/365 T
B23K35/365 P
B23K35/30 330A
C22C38/00 301A
C22C38/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021056217
(22)【出願日】2021-03-29
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】三浦 瑠太
(72)【発明者】
【氏名】高橋 将
(72)【発明者】
【氏名】渡部 雅大
(72)【発明者】
【氏名】小松 実紗子
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA02
4E084AA03
4E084AA04
4E084AA07
4E084AA09
4E084AA11
4E084AA12
4E084AA17
4E084AA18
4E084AA23
4E084AA25
4E084AA26
4E084AA27
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA11
4E084CA03
4E084CA23
4E084CA24
4E084CA25
4E084CA26
4E084DA02
4E084DA07
4E084EA07
4E084GA03
4E084HA01
(57)【要約】
【課題】溶接作業性が良好で、溶接金属の適正な強度と曲げ性能及び低温靱性が得られる780MPa級高張力鋼用の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒において、被覆剤全質量に対する質量%で、Mn:3.0~6.0%、Ni:3.5~7.5%、Mo:0.3~1.3%、Cr:0.2~1.0%、Si:2.0~5.0%、Si酸化物 のSiO2換算値 :3.5~7.5、Ti:0.2~1.5%、Ti酸化物 のTiO2換算値 :1.0~5.0%、金属炭酸塩:25~45%、金属弗化物:5~15%を含有し、Al2O3換算値:2.0%以下、MgO換算値:0.8%以下、Na換算値とK換算値の合計:1.5~3.0%、Fe:20~30%を含有し、前記Mn、Ni、Mo及びCrの含有量の関係が所定範囲内であり、25~40%の被覆率で塗装することを特徴とする。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線に被覆剤が塗装されている鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒において、
被覆剤の被覆率が溶接棒全質量に対する質量%で30~45%であり、
前記被覆剤の組成が被覆剤全質量に対する質量%で、
Mn:3.0~6.0%、
Ni:3.5~7.5%、
Mo:0.3~1.3%、
Cr:0.2~1.0%、
Si:2.0~5.0%、
Si酸化物のSiO2換算値の合計:3.5~7.5%、
Ti:0.2~1.5%、
Ti酸化物のTiO2換算値の合計:1.0~5.0%、
一種或いは二種以上の金属炭酸塩の合計:25~45%、
一種或いは二種以上の金属弗化物の合計:5~15%を含有し、
Al酸化物のAl2O3換算値の合計:2.0%以下、
Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.8%以下であり、
Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上の合計:Na換算値とK換算値の合計で1.5~3.0%を含有し、
かつ、前記Mn、Ni、Mo及びCrが式(1)で150~300であり、
さらにFe:20~30%を含有し、
不純物からなる残部の合計が1.0%以下である被覆剤を塗装してあることを特徴とする鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
2.3×[Mn]+38.5×[Ni]+4.2×[Mo]+2.1×[Cr]・・・式(1)
但し、[ ]は、各成分の被覆剤全質量に対する質量%を示す。
【請求項2】
前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、
Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.5%以下
であることを特徴とする請求項1記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、
Zr酸化物のZrO2換算値の合計:1.5%以下
であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に直流電源を使用したアーク溶接において、アーク安定性が良好であり、引張強度が780MPa以上の強度が得られ、かつ良好な低温靭性と溶接継手の曲げ性能が得られる鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒に関する。
【背景技術】
【0002】
低水素系被覆アーク溶接棒は、アーク安定性が良好で、耐割れ性や溶接金属の低温靱性が優れていることから、拘束が強い箇所や高張力鋼の溶接に広く使用されている。
【0003】
一方、最近の溶接構造物の大型化にともない、使用される鋼材の高強度化が要望されている。また、天然資源の開発を目的とした大型海洋構造物や球形タンク等では、安全性の確保のため、溶接金属の低温靱性の更なる向上や、強度を十分に確保するなど優れた機械的性能確保が重要となる。しかし、一般的に溶接金属の高強度化と低温靱性の両立は相反する特性のため、高強度化と低温靱性を両立する新たな手法の開発が望まれている。
【0004】
このような状況に対し、溶接金属の機械的性能の向上手段として、いくつかの提案がされている。例えば、特許文献1には、Ni含有量が1質量%以下でも低温靱性が優れた溶接金属を得ることを目的とした被覆アーク溶接棒に関する技術が開示されている。しかし、特許文献1に記載の技術では、直流電源を用いて溶接を行うと磁気吹きや被覆の片溶けが発生し易く十分な溶接作業性が確保できない問題点がある。
【0005】
特許文献2には、490MPa級以上の鋼管円周を、直流電源を用いて多層盛溶接を行うと、アークの安定性に優れ、溶接金属の強度及び低温靱性が優れる低水素系被覆アーク溶接棒の技術が開示されている。しかし、この特許文献2の開示技術は、490MPa級以上の鋼管円周の多層盛溶接に適用されており、引張強さ550~650MPaの溶接材料についての技術である。このため、780MPa以上の溶接材料では十分な特性がえられない。
【0006】
また、特許文献3には、溶着金属の引張強さが590MPa以上において安定した溶接金属の機械的性能、全姿勢溶接における良好な溶接作業性と低温靭性を確保する低水素系被覆アーク溶接棒の技術の開示がある。しかし、この特許文献3の開示技術では、Niを鋼心線に添加するため、溶接棒の価格が高くなる問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2014-151338号公報
【特許文献2】特開2016-203253号公報
【特許文献3】特開2010-253495号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
低水素系被覆アーク溶接棒は、一般的に国内では交流電源を用いて溶接するように設計されているが、最近では球形タンクや海洋構造物の海外における現場溶接など、より安価な電源装置となる直流電源で使用できる低水素系被覆アーク溶接棒の開発が望まれている。
【0009】
低水素系被覆アーク溶接棒を、直流電源を用いて溶接すると、磁気吹きや被覆剤の片溶けが生じてアークが不安定となり、健全なビードが得られないという課題がある。このため、直流電源を使用した場合においても、アークの安定性に優れ、溶接金属の機械性能が良好な鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒の開発が望まれている。
【0010】
本発明は、かかる問題点に鑑みて案出されたものであって、より高強度の780MPa級高張力鋼での直流電源を用いた多層盛溶接において、アーク安定性等の溶接作業性が良好、溶接継手が優れた低温靭性と曲げ加工性を発現する780MPa級高張力鋼用の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、鋼心線に被覆剤が塗装されている鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒において、被覆剤の被覆率が溶接棒全質量に対する質量%で30~45%であり、前記被覆剤の組成が被覆剤全質量に対する質量%で、Mn:3.0~6.0%、Ni:3.5~7.5%、Mo:0.3~1.3%、Cr:0.2~1.0%、Si:2.0~5.0%、Si酸化物のSiO2換算値の合計:3.5~7.5%、Ti:0.2~1.5%、Ti酸化物のTiO2換算値の合計:1.0~5.0%、一種或いは二種以上の金属炭酸塩の合計:25~45%、一種或いは二種以上の金属弗化物の合計:5~15%を含有し、Al酸化物のAl2O3換算値の合計:2.0%以下、Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.8%以下であり、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上の合計:Na換算値とK換算値の合計で1.5~3.0%を含有し、かつ、前記Mn、Ni、Mo及びCrが式(1)で150~300であり、さらにFe:20~30%を含有し、不純物からなる残部の合計が1.0%以下である被覆剤を塗装してあることを特徴とする。
【0012】
2.3×[Mn]+38.5×[Ni]+4.2×[Mo]+2.1×[Cr]・・・式(1)
但し、[ ]は、各成分の被覆剤全質量に対する質量%を示す。
【0013】
また、前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.5%以下であることを特徴とする鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒にある。
【0014】
さらに、前記被覆剤が被覆剤全質量に対する質量%で、Zr酸化物のZrO2換算値の合計:1.5%以下であることを特徴とする鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒にある。
【発明の効果】
【0015】
本発明を適用した鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒によれば、780MPa級高張力鋼での直流電源を用いた多層盛溶接において、鋼材と同等以上の強度が得られ、アーク安定性等の溶接作業性が良好であり、かつ、低温での安定した靱性が得られ、作製した溶接継手において良好な曲げ性能が得られる。したがって、各種鋼構造物に対する溶接継手の信頼性を大幅に向上することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、上述した課題を解決するために、780MPa級高張力鋼での直流電源を用いた多層盛溶接において、この強度と同等以上の強度アーク安定性等の良好な溶接作業性、安定した低温靱性、かつ、作製した溶接継手の良好な曲げ性能を溶接後の溶接継ぎ手において得ることが可能な鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒、特にその被覆剤の成分組成について詳細に検討した。
【0017】
その結果、以下の知見が得られ、その方針に従い各種成分の調整を行うことで本発明を見出した。
【0018】
(1)Mn、Ni、Mo及びCrの含有量を適量とすることで溶接金属の強度及び溶接継手の良好な曲げ性能を確保することができること。
【0019】
(2)金属炭酸塩、Si、Ti含有量を適量にし、鋼心線への被覆率を適正にすると低温での溶接金属の靭性を向上できること。
【0020】
(3)溶接作業性に関するアークの安定化及びスパッタ発生量の低減には、Si、Ti、Ti酸化物 のTiO2換算値 、金属炭酸塩、金属弗化物、及びNa酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上の合計を適量にすることで調整可能なこと。
【0021】
(4)ビード形状及びビード外観はSi酸化物 のSiO2換算値 、Ti酸化物 のTiO2換算値 、金属炭酸塩、金属弗化物、及びMg酸化物のMgO換算値の合計の含有量を適量にすることで改善できること。
【0022】
(5)スラグ剥離性及び被包性はSi酸化物 のSiO2換算値 、金属炭酸塩、金属弗化物及びAl酸化物のAl2O3換算値の合計量を適量にすることで改善できること。
【0023】
(6)溶接棒自体が赤熱する棒焼けを防止するには、Feの含有量を適量にすることで、溶接棒の保護筒の片溶けを防止するには金属弗化物及びFeの含有量を適量にすることで、被覆剤の塗装性等の溶接棒の生産性はNa酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上の合計量を適量にすることで改善できること。
【0024】
(7)Ca酸化物のCaO換算値の合計を適量にすることで、アークの安定化及びスパッタ発生量の低減がより改善でき、Zr酸化物のZrO2換算値の合計を適量にすることで、ビード形状及びビード外観がより改善できること。
【0025】
以下、本発明における鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒について、被覆剤中の各組成数値範囲の限定理由について詳細に説明する。なお、鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤中の各成分組成における含有率は、被覆剤全質量に対する質量%で表すこととし、その質量%を表すときには単に%と記載する。
【0026】
[被覆率:溶接棒全質量に対する質量%で30~45%]
被覆剤の鋼心線の外周への被覆率は、溶接時の耐シールド性に大きく影響する。被覆率が鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%(以下、単に%という。)で30%未満では、被覆剤自体が少なくなってシールド不足となり、溶接金属中のN含有量が増加して溶接金属の靱性が低下する。一方、被覆剤の被覆率が45%を超えると、スラグ量が増えすぎてアークが不安定になる。従って、被覆率は30~45%とする。
【0027】
[Mn:3.0~6.0%]
Mnは、金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等から添加され、溶接金属の脱酸剤として必要な元素であり、溶接金属組織を微細化して溶接金属の低温靱性及び強度を高める効果がある。Mnが3.0%未満では、溶接金属の強度及び低温靭性が低下する。また、Mnが3.0%未満では、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなる。一方、Mnが6.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Mnは3.0~6.0%とする。
【0028】
[Ni:3.5~7.5%]
Niは、金属Niから添加され、溶接金属の強度、低温靭性を向上させる効果がある。Niが3.5%未満では、溶接金属の強度及び低温靭性が低下する。一方、Niが7.5%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなる。従って、Niは3.5~7.5%とする。
【0029】
[Mo:0.3~1.3%]
Moは、金属Mo、Fe-Mo等から添加され、溶接金属の強度をより向上させる効果がある。Moが0.3%未満では、溶接金属の強度が低下する。一方、Moが1.3%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Moは0.3~1.3%とする。
【0030】
[Cr:0.2~1.0%]
Crは、金属Cr、Fe-Cr等から添加され、溶接金属の強度をより向上させる効果がある。Crが0.2%未満では、溶接金属の強度及が低下する。一方、Crが1.0%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり、靭性が低下する。従って、Crは0.2~1.0%とする。
【0031】
[Si:2.0~5.0%]
Siは、金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等から添加され、溶接金属の脱酸を目的として使用される。Siが2.0%未満では、脱酸不足となって溶接金属中にブローホールが発生しやすくなり、アークも不安定となる。一方、Siが5.0%を超えると、溶接金属の粒界に低融点酸化物を析出させ、溶接金属の低温靱性が低下する。従って、Siは2.0~5.0%とする。
【0032】
[Si酸化物のSiO2換算値の合計:3.5~7.5%]
Si酸化物は、珪砂、ジルコンサンド、カリ長石、珪酸ナトリウムや珪酸カリウム等の水ガラスの固質分、珪灰石等から添加され、溶融スラグの粘性を高め、適切な粘性のスラグを確保してビード形状を良好にする効果がある。Si酸化物のSiO2換算値 が3.5%未満では、溶融スラグの粘性が低くなり、ビード形状が不良となる。一方、Si酸化物のSiO2換算値が7.5%を超えると、スラグがガラス状になり、スラグ剥離性が不良になる。従って、Si酸化物のSiO2換算値は3.5~7.5%とする。
【0033】
[Ti:0.2~1.5%]
Tiは、金属Ti、Fe-Ti等から添加され、脱酸剤として有効であると同時に、アークの電位傾度を低下させてアークを安定化させる効果がある。さらに、溶接金属組織を微細化して溶接金属の低温靭性を向上させる効果がある。Tiが0.2%未満では、その効果が得られず、アークが不安定となる。またTiが0.2%未満では、溶接金属中に酸素量が多くなり、溶接金属のミクロ組織が微細化されないので、溶接金属の低温靭性が低下する。一方、Tiが1.5%を超えると、溶接金属中のTi酸化物の析出が増加し、溶接金属の低温靱性が低下する。従って、Tiは0.2~1.5%とする。
【0034】
[Ti酸化物のTiO2換算値の合計:1.0~5.0%]
Ti酸化物は、ルチール、酸化チタン、チタンスラグ、チタン酸カルシウム等から添加され、アークを安定にし、溶融スラグの粘性を調整してビード形状を良好にする効果がある。Ti酸化物のTiO2換算値が1.0%未満であると、アークが不安定となり、ビード形状が不良になる。一方、Ti酸化物 のTiO2換算値 が5.0%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなってスラグの流動性が悪くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Ti酸化物のTiO2換算値は1.0~5.0%とする。
【0035】
[金属炭酸塩の一種或いは二種以上の合計:25~45%]
金属炭酸塩は、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸バリウム等から添加され、アークの熱で分解してCO2ガスを発生し、溶接金属を大気から保護する効果がある。金属炭酸塩の一種或いは二種以上の合計が25%未満では、シールド効果が不足し、ブローホールが発生しやすくなる。また、金属炭酸塩の一種或いは二種以上の合計が25%未満では、溶接金属中に大気中の窒素が混入し、低温靱性が低下する。一方、金属炭酸塩の一種或いは二種以上の合計が45%を超えると、アークが不安定となってビード形状が凸状になり、スラグ剥離性も悪くなる。従って、金属炭酸塩の一種或いは二種以上の合計は25~45%とする。
【0036】
[金属弗化物の一種或いは二種以上の合計:5~15%]
金属弗化物は、蛍石、弗化マグネシウム、弗化アルミニウム、弗化リチウム、弗化ナトリウム、珪弗化カリウム等から添加され、溶融スラグの流動性を調整してビード外観を良好にする効果がある。金属弗化物の一種或いは二種以上の合計が5%未満では、溶融スラグの流動性が悪くなりスラグ被包性が悪くなってビード外観が不良になる。一方、金属弗化物の一種或いは二種以上の合計が15%を超えると、被覆筒の形状が不完全となって片溶け状態となり、アークが不安定となる。従って、金属弗化物の一種或いは二種以上の合計は5~15%とする。
【0037】
[Al酸化物のAl2O3換算値の合計:2.0%以下]
Al酸化物は、アルミナ、カリ長石等から添加され、アークを安定させるとともにビード形状を良好にする効果がある。しかし、Al酸化物のAl2O3の合計が2.0%を超えると、スラグがガラス状となってスラグ剥離性が不良になる。従って、Al酸化物のAl2O3の合計は2.0%以下とする。
【0038】
[Mg酸化物のMgO換算値の合計:0.8%以下]
Mg酸化物は、酸化マグネシウム、マグネシアクリンカー等から添加され、耐熱性に優れており、被覆剤の片溶けを抑制する効果がある。しかし、Mg酸化物のMgO換算値の合計が0.8%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなるので、ビード形状が凸状となる。従って、Mg酸化物のMgO換算値の合計は0.8%以下とする。
【0039】
[Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上の合計:Na換算値とK換算値の合計で1.5~3.0%]
Naは、珪酸ナトリウム等の水ガラスの固質分を始めとするNa酸化物や弗化ナトリウム等を始めとするNa弗化物から添加され、また、Kは、珪酸カリウム等の水ガラスの固質分やカリ長石等を始めとするK酸化物、珪弗化カリウム等を始めとするK弗化物から添加され、溶接棒製造時の塗装性及び溶接時のアークの安定性を向上する効果がある。Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上の合計が、Na換算値とK換算値の合計で1.5%未満では、アークが不安定になる。また、Na換算値とK換算値の合計が1.5%未満では、生産時の塗装性が悪くなるとともに、溶接棒製造時に被覆剤表面に割れが生じやすくなるなど被覆アーク溶接棒の生産性が低下する。一方、Na換算値とK換算値の合計が3.0%を超えると、アークの吹き付けが強くなり、スパッタ発生量が多くなる。従って、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上の合計は、Na換算値とK換算値の合計で1.5~3.0%とする。なお、Na換算値、K換算値は0%を含む。
【0040】
[Mn、Ni、Mo及びCrが式(1)で150~300]
2.3×[Mn]+38.5×[Ni]+4.2×[Mo]+2.1×[Cr]…式(1)(但し、[ ]は、各成分の被覆剤全質量に対する質量%を示す)
【0041】
上述したMn、Ni、Mo及びCrにおいて、式(1)で得られる値を適正とすることによって、溶接継手の良好な曲げ性能が得られる。式(1)の値が150未満では、良好な溶接継手の曲げ性能が得られない。一方、式(1)の値が300を超えると溶接後のオーステナイト組織が過剰になり、曲げ性能が劣化する。従って、式(1)の値は150~300とする。
【0042】
[Fe:20~30%]
Feは、鉄粉やFe-Mn、Fe-Moといった鉄合金粉や鉄酸化物から添加され、アークの電位傾度を低下させてアーク長を短くして被覆剤の片溶けを防止させる効果があり、特に直流電源を用いた溶接において最も重要な原材料である。Feが20%未満では、アーク長が長くなって被覆剤の片溶けが発生しやすくなる。一方、Feが30%を超えると、熱伝導性が高くなり被覆アーク溶接棒による溶接では溶接後半になると被覆アーク溶接棒自体が赤熱(以下、棒焼けという。)してしまい、溶接が困難となる。従って、Feは20~30%とする。
【0043】
[Ca酸化物のCaO換算値の合計:0.5%以下]
Ca酸化物は、チタン酸カルシウム、珪灰石等から添加され、アークを安定化させてスパッタ発生の低減に効果がある。Ca酸化物のCaO換算値の合計が0.5%を超えると、アークが弱くなって不安定になり、融合不良等の溶接欠陥が発生しやすくなる。従って、Ca酸化物のCaO換算値の合計は0.5%とする。
【0044】
[Zr酸化物のZrO2換算値の合計:1.5%以下]
Zr酸化物は、ジルコンサンド、ジルコニア等から添加され、融点が2700℃と高く、被覆剤及び鋼心線が過熱した際も安定した耐火性を有し、被覆剤の片溶けを抑制する上で有効である。Zr酸化物のZrO2換算値の合計が1.5%を超えると、溶融スラグの粘性が高くなってスラグの流動性が悪くなり、ビード形状が凸状となる。従って、Zr酸化物のZrO2換算値の合計は1.5%以下とする。
【0045】
なお、本発明の鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒の被覆剤の残部は、塗装剤と合金粉とに含まれる不純物である。塗装剤は、ヘクトライト、マイカ等が用いられる。合金粉に含まれる不純物はP、S、Cu、Nb、V、Bなどが挙げられ、特にP及びSは共に低融点の化合物を生成して溶接金属の靭性を低下させるので、不純物の合計は1.0%以下に調整する。
【0046】
また、使用する鋼心線は、JIS G3523:1980 SWY11を用いることが好ましいが、SWY11でなくても良い。鋼心線のCは0.08%以下であることが好ましく、強度を調整するために被覆剤からもCを適正に調整できる。鋼心線のPは靭性を低下させるので0.010%以下、Sはスラグの流動性を悪くするので0.010%以下であることが好ましい。
【実施例0047】
以下、実施例により本発明の効果を具体的に説明する。
【0048】
直径4.0mm、長さ400mmのJIS G3523:1980 SWY11の鋼心線(C:0.08%、Si:0.02%、Mn:0.46%、P:0.009%、S:0.006%)に、表1に示す成分組成の被覆剤を表1及び表2に示す被覆率で塗装した後、乾燥させて各種鉄粉低水素系被覆アーク溶接棒を試作した。この際、被覆剤の成分組成はJIS K1106:2014に記載のICP発光分光分析方法を用いて調査した。試料は試作溶接棒の被覆剤を剥がして回収し、粉砕した粉末試料とした。粉末試料の分解には、酸分解法又はアルカリ融解法を用いた。溶液の一部を噴霧してICP発光分光分析装置のアルゴンプラズマ中に導入し、定量成分の分析線の発光強度又は定量成分の分析線の発光強度の内標準元素の発光強度に対する比を測定した。得られた発光強度から検量線法を用いて試料溶液中の測定対象元素の濃度を求めた。また、SiとSiO2など、金属系と酸化物系の定量分析にはX線回折分析法を用いた。例えば被覆剤中のSi量を、ICP発光分光分析方法を用いて特定し、同じ被覆剤を用いてX線回折分析法で金属系Siと酸化物系Siを測定し、それぞれの定量分析値を求めた。なお、分析精度を高めるために、被覆剤はメノウ乳鉢などで10μm以下の細粒に粉砕することが望ましい。試料充填の手順は、10cm角、厚さ5mm程度の 厚みのある平らなガラス板の上にガラス試料板をおき、深さ0.5mm程度の溝にガラス板で抑え、試料板の表面と試料面が同一面になるように仕上げてX線回折分析装置で分析を行った。
【0049】
【0050】
【0051】
上記の各種試作溶接棒を用い、表3に示す成分の板厚20mmの鋼板を開先角度:20°、ルートギャップ:16mmの裏当金付開先とし、直流電源を用いて溶接電流:170A、溶接入熱:19kJ/cm、予熱・パス間温度:95~120℃の条件で溶着金属試験体を作製した。さらに、表3に示す成分の板厚20mmの鋼板を開先角度:60℃、ルートフェイス:2mm、ルートギャップ:2.5mmの突合せV型開先とし、直流電源を用いて溶接電流:80~140A、溶接入熱:24kJ/cm、予熱・パス間温度:95~120℃の条件で溶接、裏はつり加工を行い、同様の条件にて溶接し、溶接継手を作製した。
【0052】
【0053】
【0054】
溶接作業性の評価は、各試作溶接棒を用い、上記溶接時にアーク安定性、スパッタ発生量、ビード形状・ビード外観、スラグ剥離性、片溶け及び棒焼けの有無を目視にて調査した。溶接終了後、AWS A5.5に準じてX線透過試験を行い、溶接欠陥の有無を調査した。溶着金属試験体の板厚中央から引張試験片(AWS B4.0:2007)及びVノッチ衝撃試験片(AWS B4.0:2007)を採取した。引張試験は、引張強さが810~920MPaを良好、靱性の評価は、試験温度-50℃でシャルピー衝撃試験を実施し、吸収エネルギーの5回のうち、最低値と最高値を除いた3回の平均値が40J以上を良好とした。曲げ性能の評価は溶接継手から曲げ試験片(AWS B4.0:2007)を採取し、割れ長さの合計が3.2mm以下を合格とし、割れ長さの合計が3.2mm超を不合格とした。それらの試験結果を表5にまとめて示す。
【0055】
[溶接作業性]
(アーク安定性)
溶接時にアークが安定しており、アークが消失しなかった場合を良好、一度でもアークが消失した場合を不良とした。
【0056】
(スパッタ発生量)
溶接時のスパッタ発生量が少ないことが好ましい。具体的には、銅製の捕集箱を用いて、1分間溶接した際に発生するスパッタの重量を測定することにより、単時間当たりの値(g/min)を求めた。なお、スパッタの測定は、表4に示す溶接条件で5回測定した平均値とし、2.0g/min以下を良好とした。
【0057】
(ビード形状・ビード外観)
溶着金属のビード波形が均一で乱れが無く、手直しが必要なアンダーカットおよびオーバーラップが発生しないことが好ましい。溶着金属の余盛高さ及びビード幅の均一性に優れたビード形状を有することが好ましい。具体的には、溶着金属のビード表面において、ビード波形に乱れがある場合及び、手直しが必要なアンダーカットおよびオーバーラップが発生した場合を不良とした。
【0058】
(スラグ剥離性)
溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグを簡単に除去できることが好ましい。溶接後、溶接ビード表面上の凝固スラグをチッピングハンマー(全長300mm、重さ350g)を用いて、持ち手を中心に円弧に軽い力で振り下ろして叩いた時に、スラグに亀裂が入りその後簡単に除去できる場合を良好、スラグに亀裂が入らない場合を不良とした。
【0059】
(被覆剤の片溶け)
溶接中に被覆剤の一部が欠けることなくアークが溶接棒と水平に発生し、アーク拡がりが均一で安定していることが好ましい。溶接中に被覆剤の一部が欠け、アークが溶接棒と水平以外の方向に偏向し、アーク拡がりが不均一になる場合を不良とした。
【0060】
(棒焼け)
溶接時に赤熱して溶接中に被覆剤が脱落することが無いことが好ましい。溶接時に溶接棒の色が変わらず同じ場合を良好、溶接時に赤熱して溶接棒の色が赤色に変色した場合を不良とした。
【0061】
[溶接欠陥]
具体的には、AWS A5.5に準じてX線透過試験を行い、溶接金属におけるきずを判定した。きずが無い場合を良好、きずが一つでもある場合を不良とした。
【0062】
【0063】
表1、表2及び表5中の溶接棒No.1~No.13が本発明例、溶接棒No.14~No.28は比較例である。本発明例であるNo.1~No.13は、被覆剤のMn、Ni、Mo、Cr、Si、Si酸化物のSiO2換算値、Ti、Ti酸化物のTiO2換算値、金属炭酸塩、金属弗化物、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Na酸化物、Na弗化物、K酸化物及びK弗化物の1種または2種以上のNa換算値とK換算値の合計、Fe、被覆率がいずれも適量であるので、アーク状態が良好でスパッタ発生量が少なく、保護筒の状態も良好で、棒焼けも発生せず、ビード外観、ビード形状、スラグ剥離性及びスラグ被包性が良好であるなど溶接作業性が良好で、生産性も良好で、溶接欠陥も無く、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが良好であり、以下の式(1)の値が適正であったため、溶接金属の曲げ性能も良好で、極めて満足な結果であった。
【0064】
2.3×[Mn]+38.5×[Ni]+4.2×[Mo]+2.1×[Cr]・・・式(1)
但し、[ ]は、各成分の被覆剤全質量に対する質量%を示す。
【0065】
さらに、No.6、No.10、No.11はCa酸化物のCaO換算値の合計が適量であるので、その他の本発明例よりもアーク状態が良好で、スパッタが少なかった。
【0066】
また、No.1、No.3、No.12はZr酸化物のZrO2換算値の合計が適量であるので、その他の発明例よりも被覆剤の片溶けが抑制されていた。
【0067】
比較例中、溶接棒No.14は、Mnが多く、Siが少ないので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低く、アークが不安定で、ブローホールが発生した。
【0068】
溶接棒No.15は、被覆率が高く、Mnが少なく、Si酸化物のSiO2換算値が少ないので、溶着金属の引張強さが低く、吸収エネルギーが低く、ビード形状が不良で、アークが不安定で、ブローホールが発生した。
【0069】
溶接棒No.16は、Niが多く、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が多く、Na換算値とK換算値の合計が多いので、溶着金属の引張強さが高く、スラグ剥離性が不良で、アークが強く、スパッタが多かった。さらに、以下の式(1)の値が大きいため、溶接金属の曲げ試験が不合格であった。
【0070】
2.3×[Mn]+38.5×[Ni]+4.2×[Mo]+2.1×[Cr]・・・式(1)
但し、[ ]は、各成分の被覆剤全質量に対する質量%を示す。
【0071】
溶接棒No.17は、Niが少なく、金属炭酸塩の合計が多いので、溶着金属の引張強さ及び吸収エネルギーが低く、スラグ剥離性が不良で、ビード形状が凸になり、アークが不安定であった。さらに、以下の式(1)の値が小さいため、溶接金属の曲げ試験が不合格であった。
【0072】
2.3×[Mn]+38.5×[Ni]+4.2×[Mo]+2.1×[Cr]・・・式(1)
但し、[ ]は、各成分の被覆剤全質量に対する質量%を示す。
【0073】
溶接棒No.18は、Moが多く、金属弗化物の合計が多いので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低く、アークが不安定で、片溶けが発生した。
【0074】
溶接棒No.19は、Moが少なく、金属弗化物の合計が少ないので、溶着金属の引張強さが低く、スラグ被包性が不良で、ビード外観が不良であった。
【0075】
溶接棒No.20は、Crが多く、Ti酸化物のTiO2換算値が少ないので、溶着金属の引張強さが高く、吸収エネルギーが低く、ビード形状が不良で、アークが不安定であった。
【0076】
溶接棒No.21は、Crが少なく、Na換算値とK換算値の合計が少ないので、溶着金属の引張強さが低く、アークが不安定で、生産性が不良であった。
【0077】
溶接棒No.22は、Siが多く、Feが多いので、吸収エネルギーが低く、棒焼けが発生した。
【0078】
溶接棒No.23は、Tiが少なく、Ti酸化物のTiO2換算値が多く、Feが少ないので、吸収エネルギーが低く、ビード形状が凸状であり、アークが不安定で、片溶けが発生した。
【0079】
溶接棒No.24は、Si酸化物のSiO2換算値が多く、Tiが多いので、吸収エネルギーが低く、スラグ剥離性が不良であった。さらに、Ca酸化物を添加したが、Ca酸化物のCaO換算値の合計が多かったため、アークが不安定で、融合不良が発生した。
【0080】
溶接棒No.25は、金属炭酸塩の合計が少ないので、吸収エネルギーが低く、ブローホールが発生した。さらに、Zr酸化物を添加したが、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が多かったため、ビード形状が凸状であった。
【0081】
溶接棒No.26は、被覆率が低く、MgO酸化物のMgO換算値の合計が多いので、吸収エネルギーが低く、ビード形状が凸状であった。