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特開2022-153417駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための方法及びニューレグリン組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022153417
(43)【公開日】2022-10-12
(54)【発明の名称】駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための方法及びニューレグリン組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/18 20060101AFI20221004BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20221004BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20221004BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20221004BHJP
   C07K 14/48 20060101ALN20221004BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20221004BHJP
【FI】
A61K38/18
A61P9/04 ZNA
A61P43/00 121
A61K45/00
C07K14/48
C12N15/12
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022108771
(22)【出願日】2022-07-06
(62)【分割の表示】P 2020139931の分割
【原出願日】2015-10-08
(31)【優先権主張番号】201410550212.7
(32)【優先日】2014-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】504274712
【氏名又は名称】ゼンサン (シャンハイ) サイエンス アンド テクノロジー,シーオー.,エルティーディー.
(74)【代理人】
【識別番号】100097456
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 徹
(72)【発明者】
【氏名】ミングドング ズホウ
(57)【要約】      (修正有)
【課題】哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医薬および方法を提供する。
【解決手段】哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医薬の製造におけるニューレグリンの使用を提供する。また、哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医薬調製物であって、有効量のニューレグリンを含む、前記医薬調製物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医
薬の製造におけるニューレグリンの使用。
【請求項2】
前記ニューレグリンがNRG-1である、請求項1記載の使用。
【請求項3】
前記ニューレグリンが配列番号:1のアミノ酸配列を含む、請求項1記載の使用。
【請求項4】
前記哺乳動物がヒトである、請求項1記載の使用。
【請求項5】
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医
薬調製物であって、有効量のNRGを含む、前記医薬調製物。
【請求項6】
前記ニューレグリンがNRG-1である、請求項5記載の医薬調製物。
【請求項7】
前記ニューレグリンが配列番号:1のアミノ酸配列を含む、請求項5記載の医薬調製物。
【請求項8】
前記哺乳動物がヒトである、請求項5記載の医薬調製物。
【請求項9】
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための組
成物であって、請求項5記載の医薬調製物及び駆出率が保たれた心不全を治療するための
他の薬物(複数可)を含む、前記組成物。
【請求項10】
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるために使
用されるキットであって、請求項5記載の医薬調製物及び該医薬調製物の使用方法の説明
書を含む、前記キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(発明の分野)
本発明は、哺乳動物における駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させ
るための医薬の製造におけるニューレグリンタンパク質の使用、及び、哺乳動物における
駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるために前記医薬を使用する方
法に関する。詳細には、本発明は、哺乳動物における駆出率が保たれた心不全を予防し、
治療し、又は遅延させるための方法であって、駆出率が保たれた心不全を有しているか、
又は駆出率が保たれた心不全を有するリスクのある特別な集団に、ニューレグリンタンパ
ク質を含む医薬を投与することを含む、前記方法を提供する。特に、本発明は心血管疾患
、すなわち、駆出率が保たれた心不全の治療におけるニューレグリンの新たな適応に関す
る。
【背景技術】
【0002】
(発明の背景)
ニューレグリン(NRG;へレグリン、HRG)はグリア成長因子(GGF)及び新規分化因子
(NDF)としても知られる、分子量44 KDの糖タンパク質の一種である。チロシンキナーゼ
受容体であるErbBファミリーのリガンドとして、ニューレグリンは細胞シグナル伝達に寄
与する。NRGファミリーには4つのメンバー:NRG1、NRG2、NRG3、及びNRG4がある(Falls
らの文献、Exp Cell Res. 284:14-30,2003)。NRG1は神経系、心臓及び胸部で重要な役割
を果たす。また、NRG1シグナル伝達が他の器官系の発達及び機能、並びにヒト疾患の病理
(統合失調症及び乳癌を含む)において役割を担うことが証明されている。NRG1には多く
のアイソマーがある。遺伝子変異マウス(遺伝子ノックアウトマウス)における研究から
、異なるN末端領域又は異なるEGF様ドメインを有するアイソマーが、異なるインビボ機能
を有することが示されている。本発明はNRG-1βに基づいている。
【0003】
NRG-1βは膜貫通タンパク質である(Holmesらの文献、Science 256, 1205-1210,1992)
。細胞外領域はN末端領域であり、免疫グロブリン様ドメイン(Ig様ドメイン)及びEGF様
ドメインを含んでいる。細胞内領域はC末端領域である。細胞外マトリックスメタロプロ
テイナーゼの作用下で、NRGの細胞外領域は酵素による切断後、遊離状態となり、そのた
めに細胞表面上のErbB3受容体への結合及び関連する細胞シグナル伝達の活性化を促進す
る。
【0004】
EGF受容体ファミリーはErbB1、ErbB2、ErbB3、及びErbB4を含む4つのクラスに分類する
ことができ、これらの全てが分子量約180~185 KDの膜貫通タンパク質である。これらはE
rbB2を除いて全て、N末端領域の細胞外リガンド結合ドメインを含む。これらはErbB3を除
いて全て、細胞内C末端領域においてタンパク質チロシンキナーゼ活性を有する。ErbB1が
上皮増殖因子受容体であるのに対し、ErbB3及びErbB4はニューレグリン受容体である。こ
れらのニューレグリン受容体のうち、ErbB2及びErbB4のみが心臓で高発現する(Yardenら
の文献、Nat Rev Mol Cell Biol, 2: 127-137,2001)。
【0005】
NRGがErbB3又はErbB4の細胞外ドメインと結合すると、ErbB3、ErbB4と他のErbB受容体
(通常ErbB2を含む)とのヘテロ二量体、又はErbB4のホモ二量体の形成が誘導され、その
結果これらの受容体の細胞内領域のリン酸化が起こる(Yardenらの文献、Nat Rev Mol Ce
ll Biol, 2: 127-137,2001)。リン酸化された細胞内ドメインは次に、細胞内のシグナル
伝達タンパク質と結合し、それにより下流のAKT又はERKシグナル伝達経路を活性化させ、
かつ一連の細胞応答、例えば細胞増殖、細胞アポトーシス、細胞遊走、細胞分化、又は細
胞接着の刺激若しくは低下を誘導する。
【0006】
NRGは心臓の発達において特に重要な役割を果たす(WO0037095、CN1276381、WO0309930
0、WO9426298、US6444642、WO9918976、WO0064400、Zhaoらの文献、J.Biol.Chem. 273, 1
0261-10269, 1998)。胚発生の初期段階では、NRGの発現は心内膜に限定されており、そ
の後NRGはパラクリンにより末梢心筋細胞へと放出され、細胞膜上のタンパク質チロシン
キナーゼ受容体ErbB4の細胞外ドメインに結合する。ErbB4は続いて、ErbB2とのヘテロ二
量体を形成する。ErbB4/ErbB2複合体の形成及び活性化は、早い時期のスポンジ様心臓の
小柱の形成に必須である。NRGタンパク質、ErbB4、及びErbB2の3つのタンパク質の遺伝子
のいずれかが存在しなくなると、小柱のない胚となり、発生初期に子宮内で死んでしまう
であろう。WO0037095では、ある濃度のニューレグリンがERKシグナル伝達経路を持続可能
に活性化させ、心筋細胞の分化及び成長を促進し、心筋細胞が細胞と接着する場でサルコ
メア及び細胞骨格の再構築を誘導し、心筋細胞の構造を改善し、心筋細胞の収縮を増強す
ることができることが示されている。また、WO0037095及びWO003099300ではNRGが様々な
心血管疾患の検出、診断、及び治療に使用できることが示されている。
【0007】
以下は、本発明に関連する一部の先行技術文献のリストである:1. 「心筋の機能及び
操作(Cardiac muscle function and manipulation)」:WO0037095;2. 「ニューレグリ
ン及びその類似体の新規応用(New application of neuregulin and its analogs)」:C
N1276381;3. 「心血管疾患の治療のためのニューレグリンベースの方法及び組成物(Neu
regulin based methods and composition for treating cardiovascular diseases)」:
WO03099300;4. Zhao YY, Sawyer DR, Baliga RR, Opel DJ, Han X, Marchionni MA、及
びKelly RAの文献、「ニューレグリンは心筋細胞の生存及び成長を促進する(Neuregulin
s Promote Survival and Growth of Cardiac Myocytes)」 J. Biol.Chem. 273, 10261-1
0269 (1998);5. 「筋肉の疾患及び障害の治療方法(Methods for treating muscle dise
ases and disorder: WO9426298:6. 「ニューレグリンを使用した筋管の形成若しくは生
存、又は筋細胞の有糸分裂生起、分化、若しくは生存を増加させる方法(Methods of inc
reasing myotube formation or survival or muscle cell mitogenesis, differentiatio
n or survival using a neuregulin)」:US6444642. 7. 「ニューレグリンの使用を含む
治療方法(Therapeutic methods comprising use of a neuregulin)」:WO9918976;8.
「鬱血性心不全の治療方法(Methods for treating congestive heart failure)」:WO0
064400;9. Holmes WE, Sliwkowski MX, Akita RW, Henzel WJ, Lee J, Park JW, Yansur
a D, Abadi N, Raab H, Lewis GDらの文献、「へレグリンの同定、p185erbB2の特異的活
性化因子(Identification of heregulin, a specific activator p185erbB2)」Science
256, 1205-1210 (1992);10. Falls DLの文献、「ニューレグリン:機能、形態、及びシ
グナル伝達戦略(Neuregulins: functions, forms and signaling strategies)」Experi
mental Cell Research, 284, 14-30 (2003). 11. Yarden Y, Sliwkowski Xの文献、「Erb
Bのシグナル伝達ネットワークを解きほぐす(Untangling the ErbB signaling Network)
」Nature Reviews:Molecular Cell Biology, 2127-137 (2001)。
【0008】
心不全(HF)は収縮期心不全(SHF)及び拡張期心不全(DHF)を含む、様々な心疾患に
より引き起こされる心臓機能不全症候群である。2008年に、欧州心臓病学会(ESC)は「
急性/慢性心不全の診断及び治療ガイドライン(Diagnosis and treatment guidelines of
acute/chronic heart failure)」を発行し、DHFを駆出率が保たれた心不全(HF-PEF)
と定義した。収縮期心不全は、心筋層の収縮性が低下した心臓が、代謝の要求を満たせな
い心拍出、組織又は器官の低潅流、肺循環及び/又は全身循環の鬱血をもたらす病態であ
る。駆出率が保たれた心不全(HF-PEF)は、しばしば正常に機能しない左心室の拡張期弛
緩、低下した心筋コンプライアンス、心筋細胞肥大、及び左心室スティフネス増加の間質
性線維症に起因する拡張期心不全を指し、これは正常に機能しない拡張期充満、低下した
心拍出量、増加した左心室拡張終期血圧、及び心不全の発生をもたらす。米国心肺研究所
の2006年の疫学データから、駆出率が保たれた心不全又は拡張期心不全は心不全を有する
患者の総数の50%超を占めることを示していた。駆出率が保たれた心不全は単独で存在す
る場合があり、また収縮期機能不全とともに出現する場合もある。駆出率が保たれた心不
全は高血圧、糖尿病、及び左心室肥大を有する高齢女性でより発症しやすい。
【0009】
拡張期心不全及び収縮期心不全は類似した症状と徴候を有する。患者は通常、高血圧及
び他の基礎疾患を有する。初期段階の心不全において、原因不明の疲労、低下した運動耐
久性、1分当たり15~20回増加する心拍数は、左心室機能低下の初期徴候となり得る。労
作時呼吸困難、及び発作性夜間呼吸困難、高枕睡眠(high pillow sleep)の症状がその
後に存在し得る。腹水腫又は下肢水腫は患者において主要症状又は単独症状として発生す
る場合があり、同時に患者における損なわれた運動耐久性が次第に発生する。
【0010】
拡張期は複数の因子が関与する、収縮期よりも複雑な生理的プロセスである。従って、
駆出率が保たれた心不全又は拡張期心不全の診断は、収縮期心不全よりも困難である。以
下の条件が満たされる場合、診断を行うことができる:
1. 心不全の典型的な症状及び徴候;
2. 正常なLVEF(又はわずかに減少≧45%)、正常な左心室形態;
3. 根底にある心疾患の証拠が存在する。例えば、高血圧を有する患者は、超音波心臓診
断において左心室肥大、左心房拡大、及び左心室拡張期機能不全の証拠を有する;
4. 増加したBNP/NT-プロBNP;
5. 超音波心臓診断が、心臓弁膜症を示さず、かつ心膜疾患、肥大型心筋症、拘束型(浸
潤性)心筋症などが除外された。
【0011】
駆出率が保たれた心不全又は拡張期心不全は様々な原因と関連し、該原因において左心
室血圧/容積機構は比較的よく認識された病因である。高血圧、肥大型心筋症、大動脈弁
狭窄症を有する患者は有意に増加した心室拡張終期血圧、及び有意に減少した左心室容量
を有し、これらは心室充満に影響を及ぼして、血圧-容量曲線の左への移動及び求心的な
再構築の形成をもたらす。長期間ストレスを過負荷させると、拡張期心不全が発生する。
【0012】
心室拡張機能には2つの段階、すなわち弛緩(主導的なエネルギー消費プロセス)及び
心室筋のコンプライアンスを含む。心室筋の弛緩は、主導的なエネルギー消費プロセスで
ある拡張期間中の単位時間当たりの心臓腔血圧の変化である。心室筋のコンプライアンス
は、受動的充満プロセスである拡張期間中の単位容積の変化により引き起こされる心臓腔
血圧の変化である。弛緩は拡張期初期の主導的な心室筋拡張期であり、心筋線維の心臓収
縮前期の長さ及び血圧に戻る能力、かつエネルギー依存的にCa2+を輸送する主導的なエネ
ルギー消費プロセスであり、等容弛緩及び初期拡張期急速充満段階を含む。左心室弛緩は
、等容弛緩(IVRT)持続時間、血圧下降最大速度(-dp/dt)、僧帽弁Eピーク減速時間(
DT)などを含むパラメータにより反映される。二次元超音波心臓診断及び血行力学検査に
より得られるこれらのパラメータは、心臓の拡張期機能をある程度評価するために用いる
ことができる。
【0013】
さらに、駆出率が保たれた心不全について特定の治療法は存在しない。現在の治療ガイ
ドラインは、血圧を制御し、心拍数を減少させ、体液貯留を減少させる標準的な治療薬(
例えば、アンジオテンシン変換酵素阻害剤/アンジオテンシンII受容体阻害剤、β遮断薬
、及び利尿薬)の使用を含むが、これらの薬物では収縮期心不全の症状は改善できるが、
駆出率が保たれた心不全の臨床症状及び予後を改善することはできない。最後に、駆出率
が保たれた心不全又は拡張期心不全を有する患者は、不良な予後、比較的高い割合の再入
院及び繰り返し入院を有し、このことは全体の保健医療制度の負担を増加させる。収縮期
心不全は拡張期心不全の発症の転帰である。いかにして拡張期心不全の初期段階での心臓
拡張期の成績を改善し、拡張期心不全のさらなる悪化を予防するかは、依然として拡張期
心不全の治療における大きな課題である。
【0014】
先行技術の文献に、駆出率が保たれた心不全又は拡張期心不全に関するニューレグリン
タンパク質の役割について報告したものはない。本発明では、哺乳動物へのニューレグリ
ンの投与により、駆出率が保たれた心不全の症状が著しく改善できること、及びニューレ
グリンが哺乳動物における駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるた
めの薬物の製造に使用できることを見出す。
【発明の概要】
【0015】
(発明の内容)
(A. 発明の概要)
本発明は、NRGが心臓の発達並びに成熟心臓の機能の維持にきわめて重要であるという
、科学的発見に基づく。本発明はNRGが心筋細胞のサルコメア、細胞骨格、及び細胞間接
合の形成を強化することができるという、科学的発見に基づく。また本発明は、NRGが動
物モデルにおける心不全を有する動物、及び臨床試験における心不全を有する患者の心臓
機能を改善することができるという、科学的発見に基づく。ニューレグリン、ニューレグ
リンポリペプチド、ニューレグリン誘導体、又はニューレグリンの活性を模倣する化合物
は全て、本発明の範囲内にある。
【0016】
NRGタンパク質は心筋細胞の表面上でErbB受容体と結合し、細胞内でERKシグナル経路を
継続的に活性化させて心筋細胞の構造を変化させることができ、それにより心筋細胞の機
能を向上させる。
【0017】
本発明の第一の態様において、哺乳動物、特にヒトにおいて駆出率が保たれた心不全を
予防し、治療し、又は遅延させるための方法であって、駆出率が保たれた心不全を予防し
、治療し、又は遅延させることを必要とする、又は希望する哺乳動物、特にヒトに、有効
量のNRG若しくはその機能性断片、又はNRG若しくはその機能性断片をコードする核酸、又
はNRGの生産及び/若しくは機能性を向上させる物質を投与し、その結果駆出率が保たれた
心不全を予防し、治療し、又は遅延させる作用を達成することを含む、前記方法が提供さ
れる。
【0018】
第二の態様において、本発明は哺乳動物、特にヒトにおいて駆出率が保たれた心不全を
予防し、治療し、又は遅延させるための医薬調製物であって、有効量のNRG若しくはその
機能性断片、又はNRG若しくはその機能性断片をコードする核酸、又はNRGの生産及び/若
しくは機能性を向上させる物質、及び医薬として許容し得る担体、賦形剤などを含む、前
記医薬調製物を提供する。該医薬調製物は、駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、
又は遅延させるための他の薬物(複数可)と組み合わせて使用することができる。
【0019】
別の態様において、本発明は、哺乳動物、特にヒトにおいて駆出率が保たれた心不全を
予防し、治療し、又は遅延させるための組成物であって、本発明により提供される、哺乳
動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医薬調製
物、並びに駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための他の薬物(
複数可)を含む、前記組成物を提供する。
【0020】
本発明はさらに、哺乳動物、特にヒトにおいて駆出率が保たれた心不全を予防し、治療
し、又は遅延させるためのキットであって、1以上の用量の駆出率が保たれた心不全を予
防し、治療し、又は遅延させるために使用される医薬調製物又は組成物、及び該医薬調製
物又は組成物の使用方法の説明書を含む、前記キットを提供する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(B. 定義)
別途定義されない限り、本明細書で使用される全ての技術用語及び科学用語は、本発明
の属する分野の当業者により一般に理解されている意味と同じ意味を有する。本明細書で
引用される全ての特許、出願、公開出願、及び他の刊行物は、その全体が参照により組み
込まれている。本節に記載の定義が参照により本明細書に組み込まれた特許、出願、公開
出願、及び他の刊行物に記載の定義と反対であったり、又はそうでなくとも矛盾する場合
、本節に記載の定義が参照により本明細書に組み込まれた定義に優先する。
【0022】
本明細書で使用される単数形「1つの(a)」、「1つの(an)」、及び「該(the)」は
、文脈により明らかにそうでないことが指示されない限り、「少なくとも1つの」又は「1
以上の」を意味する。
【0023】
本明細書で使用される「ニューレグリン」又は「NRG」は、ErbB2、ErbB3、ErbB4、又は
それらのヘテロ二量体若しくはホモ二量体と結合し、活性化させることができるタンパク
質又はペプチドを指し、ニューレグリンアイソフォーム、ニューレグリンEGF様ドメイン
、ニューレグリンEGF様ドメインを含むポリペプチド、ニューレグリン変異体又は誘導体
、及び上記受容体を活性化させることができるあらゆる種類のニューレグリン様遺伝子産
物を含む。また、ニューレグリンはNRG-1、NRG-2、NRG-3、及びNRG-4タンパク質、ニュー
レグリンの機能を有するペプチド、断片、及び化合物を含む。好ましい実施態様において
、ニューレグリンはErbB2/ErbB4又はErbB2/ErbB3ヘテロ二量体に結合し、これらを活性化
させることができるタンパク質又はペプチドであり、例えば、限定することを目的とする
ものではないが、本発明のペプチドはNRG-1 β2アイソフォームの断片、すなわち177-237
のアミノ酸断片を含み、これは以下のアミノ酸配列を有するEGF様ドメインを含む:
【化1】
。本発明のNRGタンパク質は上記の受容体を活性化させてそれらの生物学的機能を調節す
ることができ、例えば、骨格筋細胞においてアセチルコリン受容体の合成を刺激し、心筋
細胞の分化及び生存並びにDNA合成を促進する。また、NRGタンパク質は生物学的機能に実
質的に影響を及ぼさない保存的変異を有するNRG変異体を含む。当業者には、一般に決定
的でない領域での単一のアミノ酸の変異が、結果として生じるタンパク質又はポリペプチ
ドの生物学的活性を変化させないであろうことは周知である(例えば、Watsonらの文献、
「遺伝子の分子生物学(Molecular Biology of the Gene)」, 第4版, 1987, The Bejacm
in/Cummings Pub.co.,p.224を参照されたい)。本発明のNRGタンパク質は、天然の源から
単離することができ、又は組換え技術、人工合成若しくは他の手段を通じて得ることがで
きる。
【0024】
本明細書で使用される「上皮増殖因子様ドメイン」又は「EGF様ドメイン」は、ErbB2、
ErbB3、ErbB4、又はそれらのヘテロ二量体若しくはホモ二量体と結合し、これらを活性化
させるニューレグリン遺伝子によってコードされ、その内容の全てが参照により本明細書
に組み込まれているWO 00/64400, Holmesらの文献、Science, 256:1205-1210 (1992);米
国特許第5,530,109号及び第5,716,930号; Hijaziらの文献、Int. J. Oncol., 13:1061-10
67 (1998); Changらの文献、Nature, 387:509-512 (1997); Carrawayらの文献、Nature,
387:512-516 (1997); Higashiyamaらの文献、J. Biochem., 122:675-680 (1997);及びWO
97/09425に記載された、EGF受容体結合領域と構造的に類似したポリペプチド断片を指す
。特定の実施態様において、EGF様ドメインはErbB2/ErbB4又はErbB2/ErbB3ヘテロ二量体
に結合してこれらを活性化させる。特定の実施態様において、EGF様ドメインはNRG-1の受
容体結合ドメインのアミノ酸配列を含む。いくつかの実施態様において、EGF様ドメイン
は、NRG-1の177~226、177~237、又は177~240のアミノ酸残基を指す。特定の実施態様
において、EGF様ドメインはNRG-2の受容体結合ドメインのアミノ酸配列を含む。特定の実
施態様において、EGF様ドメインはNRG-3の受容体結合ドメインのアミノ酸配列を含む。特
定の実施態様において、EGF様ドメインはNRG-4の受容体結合ドメインのアミノ酸配列を含
む。特定の実施態様において、EGF様ドメインは米国特許第5,834,229号に記載されている
ように、
【化2】
のアミノ酸配列を含む。
【0025】
本明細書で使用される「駆出率が保たれた心不全(HF-PEF)」は、正常左心室駆出率を
伴う心不全(HFNEF)、左心室駆出率が保たれた心不全(HF-PLVEF)、収縮期機能が保た
れた心不全(HF-PSF)、拡張期心不全(DHF)としても知られ、心筋細胞肥大及び間質性
線維症により引き起こされる正常に機能しない左心室拡張期弛緩及び低下した心筋コンプ
ライアンス、増加したスティフネスに主に起因し、正常に機能しない左心室拡張期充満、
低下した心拍出量、増加した左心室拡張終期血圧、及び心不全の発生をもたらす正常な又
はわずかに低下した左室駆出率(LVEF)を指す。駆出率が保たれた心不全は単独で存在し
得るか、又は収縮機能不全と同時に出現し得る。
【0026】
本明細書で使用される「等容弛緩時間(IVRT)」は、心室が血圧下降の等容閉鎖状態に
ある場合に、大動脈弁及び房室弁が閉鎖した状態にありながら、心室が弛緩し始めること
を意味する。左心室弛緩が正常に機能しない場合、IVRTは延長する。左心室弛緩が改善さ
れると、IVRTは減少する。
【0027】
本明細書で使用される「血圧下降速度(-dp/dt)」は、等容弛緩時間中の左心室血圧
の下降速度を指す。値が大きいほど、左心室血圧の下降速度は速くなり、心臓拡張機能が
向上する。血圧下降速度は心筋の弛緩を評価するための信頼できる指標の1つである。
【0028】
本明細書で使用される「僧帽弁Eピーク」は、心臓僧帽弁オリフィー(orifiee)の早期
拡張期ピーク(E)を指し、左心室急速充満期間の弁オリフィーを介した最大血流速度を
反映する。僧帽弁オリフィー血流曲線のEピークは、左心室の早期拡張期能動的弛緩を表
し、左心室の弛緩を反映する。
【0029】
本明細書で使用される「Eピーク下降時間(DT)」は僧帽弁Eピークの下降の減速時間、
言い換えれば、左心房への早期拡張期僧帽弁運動により引き起こされる血流の減速を指し
、急速な充満期間の左心房血圧変化を反映する。値が小さいほど、より迅速に血圧が変化
する。能動的弛緩の減少は通常、疾患の早期段階に発生し、左心室の早期拡張期充満容積
の低下、Eピークの低下、及びDTの>240 msの延長として現れる。
【0030】
本明細書で使用される「駆出率が保たれた心不全の治療のための他の薬物(複数可)」
は、アンジオテンシン変換酵素阻害剤/アンジオテンシンII受容体阻害剤、β受容体アン
タゴニスト、カルシウムアンタゴニスト、環状アデノシン一リン酸、カテコールアミン、
硝酸エステル、ホスファターゼ阻害剤、利尿薬、レニンアンジオテンシンアルドステロン
系(RAS)アンタゴニスト、心筋エネルギー最適化薬などを含む、駆出率が保たれた心不
全の治療のための公知の薬物を指す。
【実施例0031】
(実施例)
(実施例1:高血圧心不全ラットの心臓機能に対する組換えヒトニューレグリンの作用の
試験)
【0032】
この試験は心不全を有するSHR高血圧ラットにおける組換えヒトニューレグリン(rhNRG
)の治療効果に関するものである。方法:SHR高血圧ラット系統、標準的な給餌、給餌の
間の心臓機能変化のモニタリング。16月後、駆出率(EF)は70%まで低下し、心不全の高
血圧ラットモデルが成功裏に樹立されたことが示唆された。高血圧心不全ラットを無作為
に陰性対照群、NRG処置群、及びカプトプリル処置群へと群別した。1処置周期においてrh
NRGを5日間連続で投与し、2日間休薬するものとし、NRG群に3処置周期を行った。第2及び
第3処置周期の終了時に、各群のラットを超音波心臓診断で調べ、心機能変化を決定した
。第3処置周期の後、ラットの血行力学を検出した。
【0033】
(1. 実験動物)
1.1 系統、起源:SHR高血圧ラット系統を中国科学院動物センター(Animal Center of
Chinese Academy of Sciences)から購入した。また、SHRの対照としてのWKY系統を中国
科学院動物センターから購入した。
【0034】
1.2 性、週齢:雄、6週齢。
【0035】
1.3 給餌:通常のげっ歯類飼料、自由に飲水、12時間明暗周期
【0036】
(2. 試験薬物)
【0037】
明細事項:Shanghai Zensun Sci & Tech社で生産したNeucardin(商標)、61アミノ酸
【0038】
(3. 試験材料)
【0039】
3.1 心臓超音波診断装置:Philips Sonos 5500
【0040】
3.2 カプトプリル:Sino American Shanghai Squibb Pharmaceutical社
【0041】
(4. 実験方法)
【0042】
4.1 高血圧心不全のラットモデルの樹立
【0043】
SHR高血圧ラット系統、通常の給餌、給餌中に心機能変化をモニタリングする。16月後
、SHRラットの駆出率(EF)は70%まで低下し、LVDd及びLVDsは有意に増加し、高血圧心
不全ラットモデルが成功裏に樹立されたことが示唆された。
【0044】
4.2 群分け及び投与
【0045】
モデルが成功裏に樹立された後、ラットを無作為に陰性対照群、NRG処置群、及びカプ
トプリル処置群に群別した。rhNRGは、連続する5日間投与し、2日間の休薬期間をとるこ
とを1処置周期とし、1日1回、6.5 μg/kgの用量で静脈内投与した。全部で3処置周期にわ
たり投与を行った。同時に、NRG群には飲用水を1日2回、胃内投与により与えた。カプト
プリルは1日2回連続投与で、10 mg/kgを胃内投与により投与した。NRG賦形剤は3処置周期
にわたって尾静脈注入により投与した。陰性対照群には飲用水を胃内投与により与え、NR
G賦形剤を尾静脈注入により与えた。
【0046】
4.3 超音波心臓診断試験
【0047】
処置前及び第2及び第3処置周期の終了時に、ケタミン麻酔後に超音波心臓診断で試験し
て、心機能変化を決定した。
【0048】
4.4 血行力学測定
【0049】
第3処置周期の終了時に、ラットを3%ペントバルビタールで腹腔内注入により麻酔した
。首に正中切開を入れ、左総頸動脈を隔離して挿管し、動脈及び左心室血行力学パラメー
タを測定した。
【0050】
(5. 実験結果)
【0051】
陰性対照群と比較すると、NRGは高血圧ラットにおける血行力学を有意に改善すること
ができ、これらの群間で-dp/dtは統計的な差を示した(それぞれ-7467.6±715.8及び-
5488.1±1340.3、P=0.016);そしてカプトプリルは高血圧ラットの血圧を有意に減少さ
せることができた(174.5±33.0対216.5±23.2、及び228.0±26.0;p=0.029,p=0.017
)。
【0052】
(6. 結論)
【0053】
6.5 μg/kgの用量のrhNRGを、高血圧心不全ラットに1処置周期において連続5日間投与
し、2日間の休薬期間を設けた。2周期又は3周期の処置の後に、rhNRGは左心室拡張終期及
び収縮終期容積拡大をさらに予防し、並びに血行力学を改善させることができ、その結果
高血圧心不全ラットの心機能が改善される。表1に示されているように、カプトプリルは
血圧を下げることにより高血圧心不全ラットの心機能を向上させることができるのに対し
、rhNRGは血圧を下げることによるのではなく、等容拡張期における左心室の下降速度-d
p/dtを上昇させることにより、高血圧心不全ラットの心機能を向上させることができる。
【0054】
表1 3処置周期後の各群の血行力学パラメータ
【表1】
【0055】
(実施例2:駆出率が保たれた心不全患者の心機能に対する組換えヒトニューレグリンの
作用の試験)
【0056】
駆出率が保たれた心不全を有する患者の心機能に対する組換えヒトニューレグリンの作
用を評価するため、予備臨床試験を上海交通大学附属第六人民医院(Sixth People's Hos
pital Affiliated to Shanghai Jiao Tong University)において実施した。試験には、
偽薬群に2名の患者を、及び実験群に2名の患者を含めた。
【0057】
(1 主要な参加基準)
【0058】
1.1 左心室駆出率(LVEF)≧50%(二次元超音波心臓診断);
【0059】
1.2 ニューヨーク心機能(NYHA)II又はIIIレベル;
【0060】
1.3 慢性心不全の明らかな診断(履歴、症状、徴候を含む)、臨床症状が過去1ヶ月に
安定していた;
【0061】
1.4 心不全の標準的な治療を受けていた患者が、少なくとも1ヶ月にわたって標的用量
若しくは最大忍容用量に到達したか、又は直近1ヶ月以内に用量が変更されなかった;
【0062】
1.5 インフォームドコンセント用紙を理解し、署名する。
【0063】
(2. 試験薬物)
【0064】
名称:注入用組換えヒトニューレグリン
【0065】
明細事項:250 g/バイアル
【0066】
剤形:注入用凍結乾燥粉末
【0067】
投与経路:静脈内点滴
【0068】
偽薬(ゼロ用量):
【0069】
名称:凍結乾燥された組換えヒトニューレグリンの賦形剤
【0070】
剤形:注入用凍結乾燥粉末
【0071】
投与経路:静脈内点滴
【0072】
(3. 投与経路、投薬量及び処置の経過は表2に示される)
表2 投薬量、経路及び処置の経過
【表2】
【0073】
(4. データ収集:)
二次元超音波心臓診断の僧帽弁フローのスペクトルは、スクリーニング期、第11~13日
、及び第30日に検出した。
【0074】
(5. 結果と考察:)
表3 僧帽弁フローのスペクトルにおけるIVRT及びDTの数値的変化
【表3】
【0075】
表3の結果から、偽薬を投与された患者のIVRT及びDT値が漸増したのに対し、NRGを投与
された患者のIVRT及びDT値は有意に低下したことが示され、拡張期機能がある程度向上す
ることが示された。
【0076】
上記実施例は発明の保護範囲を制限するものではない。本発明の目的及び範囲から逸脱
することなく、当業者であれば本発明を調整し、変更することができる。従って、本発明
の保護範囲は具体的な実施例によるのではなく特許請求の範囲により規定されるものとす
る。
【配列表】
2022153417000001.app
【手続補正書】
【提出日】2022-08-03
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本願明細書に実質的に記載された、新規な物、方法及び製造方法。
【手続補正書】
【提出日】2022-08-03
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0076
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0076】
上記実施例は発明の保護範囲を制限するものではない。本発明の目的及び範囲から逸脱
することなく、当業者であれば本発明を調整し、変更することができる。従って、本発明
の保護範囲は具体的な実施例によるのではなく特許請求の範囲により規定されるものとす
る。
本件出願は、以下の構成の発明を提供する。
(構成1)
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医
薬の製造におけるニューレグリンの使用。
(構成2)
前記ニューレグリンがNRG-1である、構成1記載の使用。
(構成3)
前記ニューレグリンが配列番号:1のアミノ酸配列を含む、構成1記載の使用。
(構成4)
前記哺乳動物がヒトである、構成1記載の使用。
(構成5)
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための医
薬調製物であって、有効量のNRGを含む、前記医薬調製物。
(構成6)
前記ニューレグリンがNRG-1である、構成5記載の医薬調製物。
(構成7)
前記ニューレグリンが配列番号:1のアミノ酸配列を含む、構成5記載の医薬調製物。
(構成8)
前記哺乳動物がヒトである、構成5記載の医薬調製物。
(構成9)
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるための組
成物であって、構成5記載の医薬調製物及び駆出率が保たれた心不全を治療するための他
の薬物(複数可)を含む、前記組成物。
(構成10)
哺乳動物において駆出率が保たれた心不全を予防し、治療し、又は遅延させるために使
用されるキットであって、構成5記載の医薬調製物及び該医薬調製物の使用方法の説明書
を含む、前記キット。
【外国語明細書】