(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022153697
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】軸受用線材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221005BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20221005BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20221005BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20221005BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/18
C22C38/50
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021056353
(22)【出願日】2021-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】坂本 昌
(72)【発明者】
【氏名】児玉 順一
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 雅弘
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA06
4K032AA07
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA02
4K032CA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CD03
4K032CF02
(57)【要約】
【課題】軸受用線材の伸線加工性を向上し、中間で焼鈍を行うことなく、伸線加工を行うことを可能とした軸受用線材を提供する。
【課題手段】化学組成として、質量%で、C:0.95~1.10%、Si:0.10~0.70%、Mn:0.20~1.20%、Cr:0.90~1.60%、Al:0.050%以下、P:0.020%以下、S:0.015%以下、O:0.0020%以下、N:0.030%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、初析セメンタイトを含有し、線材の半径をRとしたとき、線材の横断面の中心から(1/2)R以内の中心部において、初析セメンタイトの面積率が3.0%以下であり、パーライトの面積率が94.0%以上であり、初析セメンタイトの平均厚さが0.8μm以下であり、初析セメンタイトの平均アスペクト比が5.0以上である軸受用線材。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成として、質量%で、
C:0.95~1.10%、
Si:0.10~0.70%、
Mn:0.20~1.20%、
Cr:0.90~1.60%、
Al:0.050%以下、
P:0.020%以下、
S:0.015%以下、
O:0.0020%以下、
N:0.030%以下を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
初析セメンタイトを含有し、
線材の半径をRとしたとき、前記線材の横断面の中心から(1/2)R以内の中心部において、
前記初析セメンタイトの面積率が3.0%以下であり、
パーライトの面積率が94.0%以上であり、
前記初析セメンタイトの平均厚さが0.8μm以下であり、
前記初析セメンタイトの平均アスペクト比が5.0以上である
ことを特徴とする軸受用線材。
【請求項2】
前記Feの一部に代えて、質量%で、
Mo:0.25%以下、
B:0.0050%以下、
Ti:0.050%以下、
V:0.20%以下、
Nb:0.20%以下、
Cu:0.25%以下、
Ni:0.20%以下
からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の軸受用線材。
【請求項3】
厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトが面積率で0.5%以下であり、
断面内の硬さの標準偏差がビッカース硬さで25HV以下である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の軸受用線材。
【請求項4】
前記パーライトのうちラメラセメンタイトのアスペクト比が2.0以下である球状パーライトの面積率が10.0%以下である
ことを特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載の軸受用線材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伸線加工性に優れる軸受用線材に関する。
【背景技術】
【0002】
JIS G 4805:2019に規定される高炭素クロム軸受鋼鋼材は、玉軸受の鋼球やコロ軸受のコロ等の素材として用いられる。これら軸受鋼鋼材は、C量が共析点以上の過共析鋼であり、かつ、Crが添加されているため、熱間圧延ままの状態では初析セメンタイトやマルテンサイト組織が現れ、冷間加工性が著しく低くなる。そのため、JIS G 4805:2019は、冷間加工性向上のために熱間圧延鋼材に球状化焼鈍を施す場合があることを記載している。
特に、ニードルベアリング等の細径の軸受製品を製造する場合は、熱間圧延線材を球状化焼鈍して伸線加工することが一般的である。
【0003】
しかしながら、細径軸受部品を製造する際に、熱間圧延線材を球状化焼鈍して伸線加工したとしても、必ずしも十分な伸線加工性が得られない。
そこで、球状化焼鈍した熱間圧延線材を伸線した後、再度、低温焼鈍を行い、さらに伸線を行っている。そして、このような焼鈍回数の増加は、生産効率の低下及びコスト増加を招いている。
近年、コスト削減のため、軸受部品を製造する際の低温焼鈍を省略できる、伸線加工性に優れた軸受用線材が望まれている。
【0004】
伸線加工性に優れた軸受用線材として、組織をパーライトとした線材が提案されている。
例えば、特許文献1に記載の軸受用線材は、パーライトと初析セメンタイトと残部からなるミクロ組織として、初析セメンタイトの面積率を低減し、さらに特定の硬さ分布とすることで伸線性を向上させる技術を開示している。
特許文献2は、初析セメンタイトのアスペクト比の低減、および初析セメンタイトに囲まれた領域の平均径の低減により伸線加工性を向上させた線状または棒状鋼を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2016/063867号
【特許文献2】特開2003-129176号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および特許文献2は、最初の伸線加工前の焼鈍が省略可能な軸受用鋼材を提案している。さらに、中間焼鈍も省略が可能であれば、工業的なメリットが大きい。
本発明は、軸受部品製造工程において、最初の伸線加工前の焼鈍および中間焼鈍の一部を省略できる、伸線加工性に優れた軸受用線材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一形態に係る軸受用線材は、化学組成として、質量%で、C:0.95~1.10%、Si:0.10~0.70%、Mn:0.20~1.20%、Cr:0.90~1.60%、Al:0.050%以下、P:0.020%以下、S:0.015%以下、O:0.0020%以下、N:0.030%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、初析セメンタイトを含有し、線材の半径をRとしたとき、前記線材の横断面の中心から(1/2)R以内の中心部において、前記初析セメンタイトの面積率が3.0%以下であり、パーライトの面積率が94.0%以上であり、前記初析セメンタイトの平均厚さが0.8μm以下であり、前記初析セメンタイトの平均アスペクト比が5.0以上である。
(2)前記(1)に記載の軸受用線材では、前記Feの一部に代えて、Mo:0.25%以下、B:0.0050%以下、Ti:0.050%以下、V:0.20%以下、Nb:0.20%以下、Cu:0.25%以下、Ni:0.20%以下を含有してもよい。
(3)前記(1)又は(2)に記載の軸受用線材では、厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトが面積率で0.5%以下であり、断面内の硬さの標準偏差がビッカース硬さでHV25以下であってもよい。
(4)(1)~(3)の何れか1項に記載の軸受用線材では、前記パーライトのうちラメラセメンタイトのアスペクト比が2.0以下である球状パーライトの面積率が10.0%以下であってもよい。
【発明の効果】
【0008】
前記態様によれば、軸受用線材の組織、初析セメンタイト及びパーライトを適正に制御することにより、優れた伸線加工性を実現することができる。従って、本発明の軸受用線材は、球状化焼鈍することなく伸線が可能であり、軸受の生産性向上及び製造コストの削減が実現する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】旧オーステナイト粒界における初析セメンタイトの析出状態を示す概略図である。
【
図3】初析セメンタイトの厚さ及び長さの測定方法を説明する図である。
【
図4】初析セメンタイトの厚さ及び長さの測定方法を説明する図である。
【
図5】初析セメンタイトの厚さ及び長さの測定方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
軸受用線材において、パーライト以外の金属組織、すなわち初析セメンタイト、フェライト、及びベイナイトは、線材の伸線加工性を阻害する要因となる。一方、初析セメンタイト、フェライト、及びベイナイトを完全になくした軸受用線材を製造することは困難である。
本発明者らは、軸受用線材の組織と伸線加工性との関係を詳細に検討した。その結果、本発明者らは、初析セメンタイトの過剰な析出は伸線加工性を低下させるものの、
-初析セメンタイトの面積率を抑制すること、
-初析セメンタイトの厚さを薄くすること、及び、
-初析セメンタイトのアスペクト比を大きくすること
によって、ベイナイト及びフェライトが若干生成しても伸線加工性が向上するとの知見を得た。
【0011】
以下、上記知見に基づきなされた本発明に係る伸線加工性に優れた軸受用線材の実施形態について説明する。なお、以下に記載する実施形態は、本発明の趣旨をより良く理解させるために記載するものであり、本発明に係る軸受用線材は以下の実施形態の記載に制限されるものではない。
本実施形態に係る軸受用線材(以下、単に線材と呼称する場合がある)は、化学組成として、質量%で、C:0.95~1.10%、Si:0.10~0.70%、Mn:0.20~1.20%、Cr:0.90~1.60%、Al:0.050%以下、P:0.020%以下、S:0.015%以下、O:0.0020%以下、N:0.030%以下、Mo:0.25%以下、B:0.0050%以下、Ti:0.050%以下、V:0.20%以下、Nb:0.20%以下、Cu:0.25%以下、Ni:0.20%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる。
【0012】
なお、本明細書に記載する数値範囲において、「~」を用いて表される数値範囲は、特に指定しない限り、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。よって、例えば、0.95~1.10%は0.95%以上1.10%以下の範囲を意味する。
【0013】
以下に本実施形態に係る軸受用線材の鋼組成について説明する。含有量の単位は特に指定しない限りいずれも質量%である。
<C(炭素):0.95~1.10%>
Cは、軸受製品の耐摩耗性、及び、転動疲労強さを高める元素である。そのため、線材はCを0.95%以上含有する。C含有量は、好ましくは0.96%以上、より好ましくは0.97%以上である。
一方、C含有量が1.10%を超えると、初析セメンタイトの析出量が増加し、伸線加工性を損なうため、C含有量を1.10%以下とする。C含有量は、好ましくは1.05%以下、より好ましくは1.03%以下である。
【0014】
<Si(ケイ素):0.10~0.70%>
Siは、製鋼時の脱酸剤として有用な元素である。また、Siは、軸受用線材を熱間圧延した直後の冷却時に初析セメンタイトの析出を抑制する。更にSiは、パーライト中のフェライト強度を増加させる作用がある。この様な作用を発揮させる為に、線材は0.10%以上のSiを含有する。Si含有量は、好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.20%以上である。
一方、線材が過剰なSiを含有すると、熱間圧延後の冷却中の変態完了が遅延するため、ベイナイト、マルテンサイト等の過冷組織が発生し易くなる。従って、伸線加工性が低下する。そのため、Si含有量を0.70%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.50%以下、より好ましくは0.40%以下である。
【0015】
<Mn(マンガン):0.20~1.20%>
Mnは、線材圧延後の冷却時に初析セメンタイトの生成を抑制する。また、Mnは鋼の焼入れ性及び軸受製品の耐摩耗性を向上させる。この様な作用を発揮させるため、線材はMnを0.20%以上含有する。Mn含有量は、好ましくは0.25%以上、より好ましくは0.28%以上である。
但し、線材がMnを過剰に含有すると、熱間圧延後の冷却過程等で伸線加工性に有害なマルテンサイトが発生し易くなる。また、Mnは、変態完了までの時間が長くなるため生産性が低下する。そのため、Mn含有量の上限を1.20%以下とする。Mn含有量は、好ましくは1.00%以下、より好ましくは0.50%以下である。
【0016】
<Cr(クロム):0.90~1.60%>
Crは、セメンタイトの固溶温度を高め、軸受製品の焼入れ後に均一な球状セメンタイトを分散させ、耐摩耗性を向上させる。また、Crは、線材圧延後の冷却時に初析セメンタイトの生成を抑制する。しかしながら、Cr含有量が0.90%未満では十分な効果が得られない。そのため、Cr含有量は0.90%以上であり、好ましくは1.00%以上であり、より好ましくは1.30%以上である。
一方、Cr含有量が1.60%超では焼入れ性が過大となるため、線材圧延後の冷却過程でベイナイト及びマルテンサイト等の過冷組織が発生し易くなる。このため、Cr含有量は1.60%以下であり、好ましくは1.50%以下であり、より好ましくは1.45%以下である。
【0017】
<Al(アルミニウム):0.050%以下>
Alは含有しなくてもよい。製鋼時に添加するAlは脱酸元素として有効である。一方、Al含有量が0.050%を超えると、鋼中のAl酸化物系介在物が粗大化するため、線材の伸線加工性及び軸受部品の耐摩耗性が低下する。そのため、Al含有量は0.050%以下とする。より確実に伸線加工性の低下及び耐摩耗性の低下を防ぐために、Al含有量は、0.030%以下であることが好ましい。
Al含有量の下限は0%又は0%超であってもよいが、脱酸元素として積極的に使用する場合、Al含有量は好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。
【0018】
<P(リン):0.020%以下>
Pは、不純物である。Pは、粒界に偏析することで、線材の伸線加工性を低下させる。P含有量は可能な限り低減することが好ましい。そのため、P含有量は0.020%以下であり、好ましくは0.015%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。
P含有量の下限は特に制限する必要はないが、過剰な低減は製造コストを増加させるため、下限が0.005%であってもよい。
【0019】
<S(硫黄):0.015%以下>
Sは、不純物である。Sは、MnSを生成して線材の伸線加工性を低下させる。そのため、S含有量は可能な限り低減することが好ましい。そのため、S含有量は0.015%以下であり、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。
Sの下限は、特に制限する必要はないが、過剰な低減は製造コストを増加させるため、下限が0.003%であってもよい。
【0020】
<O(酸素):0.0020%以下>
Oは不純物である。O含有量が0.0020%を超えると、酸化物系介在物が形成されることにより、線材の伸線加工性や軸受部品の耐摩耗性が低下する。そのため、O含有量は0.0020%以下であり、好ましくは0.0015%以下であり、より好ましくは0.0010%以下である。
O含有量の下限は特に限定されないが、製鋼コストの観点から、O含有量の下限値は0.0001%であってもよい。通常の操業条件を考慮すると、O含有量は、0.0005%~0.0020%が好ましく、0.0005%~0.0010%であることがより好ましい。
【0021】
<N(窒素):0.030%以下>
Nは不純物である。N含有量が0.030%を超えると、粗大な介在物が生成して、線材の伸線加工性や軸受部品の耐摩耗性が低下する。そのため、N含有量は0.030%以下であり、好ましくは0.020%以下であり、より好ましくは0.015%以下である。
Nは、Al、Ti、V、Nb及びBと結合して窒化物を形成する。この窒化物がオーステナイト粒界においてピン止め粒子として機能することで結晶粒を細粒化する。そのため、N含有量が少量であれば、鋼はNを含んでもよい。例えば、N含有量の下限は0.003%であってもよい。結晶粒を微細化する効果さらに高める場合には、N含有量の下限は0.005%であってもよい。
【0022】
本実施形態に係る線材の鋼組成は、以下の様な任意元素を1種又は2種以上、積極的に線材に含有させてもよい。なお、これらの元素は線材に含有させなくても良いので、その下限は0%である。
【0023】
<Mo(モリブデン):0.25%以下>
Moは、焼入れ性を向上させるために、線材に含有させてもよい。この効果を得るためには、Mo含有量を0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすることがより好ましい。
しかしながら、Mo含有量が0.25%超では、焼入れ性が過大となり、熱間圧延後の冷却過程でベイナイト及びマルテンサイト等の過冷組織が発生し易くなる。このため、Mo含有量は0.25%以下であり、好ましくは0.23%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0024】
<B(ボロン):0.0050%以下>
Bは、焼入れ性を向上させるために、線材に含有させてもよい。この効果を得るためにはB含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることがより好ましい。
しかしながら、線材にBを過剰に含有させるとオーステナイト中にFe23(CB)6等の炭化物が形成され、伸線加工性を低下させる。従って、B含有量は0.0050%以下であり、好ましくは0.0040%以下であり、より好ましくは0.0030%以下である。
【0025】
<Ti(チタン):0.050%以下>
Tiは、粗大な酸化物を形成すると伸線加工性を低下させる場合がある。一方、窒化物として析出した場合には、オーステナイト結晶粒の粗大化を防止するため、線材に含有させてもよい。酸化物を粗大化させないためのTi含有量は0.050%以下であり、好ましくは0.030%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。結晶粒粗大化防止を目的としてTiを線材に含有させる場合は、Ti含有量は好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.010%以上である。
【0026】
<V(バナジウム):0.20%以下>
<Nb(ニオブ):0.20%以下>
VとNbは、微細な炭窒化物として析出することで、母材の強度を上昇させる効果があるので、線材に含有させてもよい。粗大な析出物の生成を抑制するためのV含有量及びNb含有量はそれぞれ0.20%以下であり、好ましくは0.15%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。V及びNbを線材に含有させる場合は、上述の効果を得る観点から、V含有量及びNb含有量はそれぞれ0.03%以上が好ましく、より好ましくはそれぞれ0.05%以上である。
【0027】
<Cu(銅):0.25%以下>
Cuは、焼入れ性を向上させるために線材に含有させてもよい。焼き入れ性の効果を発揮させるためには、Cu含有量は0.05%以上であることが好ましく、0.08%以上であることがより好ましい。
Cuは0.25%を超えて線材に含有させると、CuSをオーステナイト粒界に析出させて、線材の製造工程において、鋼塊及び線材に疵を発生させる。この様な悪影響を防止するために、Cu含有量は0.25%以下である。Cu含有量は好ましくは0.20%以下であり、より好ましくは0.18%以下である。
【0028】
<Ni(ニッケル):0.20%以下>
Niは、焼入れ性を高め、さらに、軸受製品の靭性を高める効果があるため、線材に含有させてもよい。このような作用を発揮させるには、0.05%以上の含有が好ましい。より好ましくは、Ni含有量は0.08%以上である。
一方、Niは0.20%を超えて線材に含有させると、線材圧延後の冷却において、パーライト変態が終了するまでの時間が長くなるため好ましくない。そのため、Ni含有量を0.20%以下とする。Ni含有量は好ましくは0.18%以下であり、より好ましくは0.15%以下である。
【0029】
<残部>
本実施形態における軸受用線材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼の原料として利用される鉱石、スクラップ、又は製造過程の環境等から混入する元素を意味する。
【0030】
<パーライトの面積率:94.0%以上>
本実施形態に係る線材の主たる金属組織はパーライトである。これにより、伸線加工性を高めることができる。具体的には、パーライトの面積率は94.0%以上であり、96.0%以上が好ましく、97.0%以上がより好ましい。
【0031】
パーライト以外の残部の組織は、初析セメンタイトを含む。パーライト以外の残部の組織は、さらに、フェライト、ベイナイト、球状セメンタイト及びマルテンサイトを含む場合がある。
初析セメンタイトは、通常、下記の特性を有する。
・変形し難いために伸線時に分断する特性
・フェライトとの界面でボイドを生成させる特性
これらのことから、初析セメンタイトは、伸線加工性を低下させる。特に厚い初析セメンタイトはその影響が顕著である。
しかし、本発明者らは、
-初析セメンタイトの生成を少量に調整すること、
-初析セメンタイトの厚さを薄く調整すること、および、
-初析セメンタイトのアスペクト比を大きくすること、
によって、初析セメンタイトが組織中に存在しても伸線加工性を向上できることを見出した。
【0032】
初析セメンタイトは旧オーステナイト粒界に析出したセメンタイトである。ひとつの旧オーステナイト粒は、多角形の外形を成し、よって、
図1に示されるように、ひとつの旧オーステナイト粒の粒界に析出した初析セメンタイトを連結してトレースすると、多角形を形成する。なお、初析セメンタイト量が少ないと、多角形にトレースにできない場合があり、その場合はパーライトコロニー間の境界に存在するセメンタイトも初析セメンタイトと判断する。また、初析セメンタイトは旧オーステナイト粒内に析出したラメラセメンタイトと比較して厚い場合が多いことが一つの特徴である。このような特徴から初析セメンタイトと判断した内、厚さ0.1μm以上のものを本願では初析セメンタイトと定義する。
【0033】
<初析セメンタイトの面積率:3.0%以下>
線材の横断面において、中心から(1/2)R(Rは線材の半径を表す)以内の中心部における初析セメンタイトの面積率は、組織全体の3.0%以下である。これにより、伸線加工性を向上させることができる。初析セメンタイトの面積率は、好ましくは2.0%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
なお、初析セメンタイトは少ないほどよく、初析セメンタイトの面積率の下限は0%超としてもよい。一方、本願の成分範囲で初析セメンタイトを完全に抑制することは、工業生産では困難である。生産設備のコストの観点から、初析セメンタイトの面積率を0.1%以上とすることが好ましい。
【0034】
<厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトの面積率>
好適な伸線加工性を得るために、線材の横断面の中心から(1/2)R以内の中心部において厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトの面積率は、組織全体の0.5%以下が好ましく、さらに好ましくは組織全体の0.4%以下であり、より好ましくは組織全体の0.3%以下である。
【0035】
<初析セメンタイトの平均厚さ:0.8μm以下>
好適な伸線加工性を得るために、線材の横断面の中心から(1/2)R以内の中心部における初析セメンタイトの平均厚さは0.8μm以下であり、好ましくは0.5μm以下であり、より好ましくは0.3μm以下である。
【0036】
<初析セメンタイトの平均アスペクト比:5.0以上>
好適な伸線加工性を得るために、線材の横断面の中心から(1/2)R以内の中心部における初析セメンタイトの平均アスペクト比は5.0以上であり、好ましくは7.0以上であり、より好ましくは10.0以上である。
【0037】
<フェライト、ベイナイト、マルテンサイト組織>
フェライト、ベイナイト、及び、マルテンサイトは、伸線時の変形量が、パーライトと異なるため、き裂の発生又はき裂の伝播箇所となる。従って、フェライト、ベイナイト、及び、マルテンサイトは、伸線加工性が低下する原因である。しかし、前記したように初析セメンタイトの面積率及び形態を制御し、伸線加工性を向上させることで、フェライト、ベイナイト、及びマルテンサイトが少量析出しても、目的の伸線加工性を確保できることを本発明者らは見出した。よって、これらの面積率は組織全体の0%超としてもよい。
本実施形態においてフェライト、ベイナイト、及び、マルテンサイトの合計の面積率は特に定めないが、好ましくは組織全体の6.0%以下であり、より好ましくは4.0%以下である。
【0038】
<球状パーライトの面積率>
板形状のラメラセメンタイトの一部は、パーライト変態時の冷却速度やパーライト変態後の高温での保持により球状に変形する。本願においては、ラメラセメンタイト組織の一部であって、アスペクト比が2.0以下であるパーライトを球状パーライトと定義する。球状パーライトは、加工時の変形量がラメラパーライトと異なるため、加工時のき裂の進展箇所となり、伸線加工性の低下の要因となる。
線材の伸線加工性を向上するため、球状パーライトの面積率を組織全体の10.0%以下とすることが好ましい。より好ましくは球状パーライトの面積率は組織全体の8.0%以下であり、さらに好ましくは6.0%以下である。
【0039】
<初析セメンタイトの面積率、パーライトの面積率の測定方法>
初析セメンタイトの面積率と、パーライトの面積率は、走査電子顕微鏡(SEM)を用いた観察により測定する。測定用試料は、以下の手順で作製することができる。
1.線材を切断し、長手方向と垂直な横断面を観察できるように樹脂埋めする。
2.樹脂埋めした線材を研磨紙又はアルミナ砥粒で研磨し、鏡面仕上げする。
3.鏡面仕上げした部分を、ピクリン酸濃度を3%、温度を40℃としたピクラール溶液で60秒間浸漬することで腐食させる。尚、ピクラール溶液は、ピクリン酸及びエチルアルコールを混合した溶液である。
4.腐食させた部分を直ちに十分に水洗いした後、冷風又は温風で速やかに乾燥させることで、観察面を得る。
【0040】
このようにして得た観察面から、各金属組織の面積率を、以下の方法で測定する。
1.ピクラール溶液で腐食した線材の横断面試料上の中央部、中心から(1/2)R以内の円領域に、円の中心を交点として直交する十字線を引き、縦、横の線上にそれぞれ(1/4)R間隔の5点をとる。円の中心点の観察位置は重複するため、5点+5点-1点の総計9点を観察位置とする。
2.続いて、9点の観察位置について、少なくとも17μm×17μmの範囲を倍率5000倍でSEM撮影する。
3.撮影したSEM画像の17μm×17μmの領域に、1μm間隔で縦横にそれぞれ15本の直線を格子状に引き、交点が225点となるよう区画する。
4.その後、その交点上の組織を判別し、交点の総数である(225点/視野)×9視野=2025点に対する、特定の組織に判断された交点の比率から、組織の面積率を計算する。
具体的には、
・初析セメンタイトの面積率(%)は(初析セメンタイトと判断された交点総数/2025)×100により算出され、
・パーライトの面積率(%)は(パーライトと判断された交点総数/2025)×100により算出される。
尚、厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトの面積率(%)は、同様に、(厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトと判断された交点総数/2025)×100により算出される。
【0041】
<球状パーライトの面積率の測定方法>
続いて、球状パーライトの面積率も、初析セメンタイトの面積率、パーライトの面積率を測定するのと同じ試料、同じ方法で測定する。2025の交点のうち、交点がパーライトにあり、かつ交点上もしくは交点に最も近いラメラセメンタイトのアスペクト比が2.0以下となる場合、その交点の組織は球状パーライトと判断する。
球状パーライトの面積率(%)は、(球状パーライトと判断された交点総数/2025)×100により算出される。
なお、交点が初析セメンタイトやベイナイト、フェライト、マルテンサイトにある場合は、球状パーライトとは判断しない。
【0042】
<初析セメンタイトの厚さおよび初析セメンタイトのアスペクト比の測定方法>
初析セメンタイトの厚さ及び初析セメンタイトのアスペクト比は、前記の方法で初析セメンタイトの面積率を測定する際に、同時に測定する。
【0043】
<初析セメンタイトの厚さ及び長さの定義>
以下、初析セメンタイトの厚さ及び長さの定義について詳述する。
図2は、旧オーステナイト粒界における初析セメンタイトの析出状態を示す概略図である。
図3は、
図2の初析セメンタイト10aの厚さ及び長さの測定方法を説明する図である。
図4及び
図5はそれぞれ、
図2の初析セメンタイト10b及び10cの厚さ及び長さの測定方法を説明する図である。
本発明の線材において、SEM観察により旧オーステナイト粒界を明瞭に観察することができない場合がある。それでも、
図2のように、隣り合う初析セメンタイトを結ぶ仮想線が旧オーステナイト粒界であることは明瞭であり、旧オーステナイト粒界の決定は容易である。
【0044】
初析セメンタイトは、旧オーステナイト粒界に沿う形状で析出する。具体的には、
図2に示すように、初析セメンタイト10a~10dは、旧オーステナイト粒界20に沿うように析出する。それぞれの初析セメンタイトにおいて、長さを旧オーステナイト粒界に沿う方向に定義し、厚さを旧オーステナイト粒界に垂直な方向に定義する。
初析セメンタイトの厚さは、旧オーステナイト粒界に沿う方向で長さを4等分した間隔で3カ所にて厚さを測定し、それら測定値の平均をその初析セメンタイトの厚さと定義する。なお、初析セメンタイトの厚さの測定において、測定箇所が分岐点や端部である場合は、その箇所は平均に含めない。
【0045】
すなわち、
図3において、初析セメンタイト10aの長さはL1であり、初析セメンタイト10aの厚さはT1、T2、及びT3の平均である。
図2の初析セメンタイト10bのように、分岐を持つ初析セメンタイトについては、各分岐の長さの合計を当該初析セメンタイトの長さと定義する。
すなわち、
図4において、初析セメンタイト10bの長さは、OA、OB及びOCの合計である。また、初析セメンタイトの厚さは、各分岐で前記のように旧オーステナイト粒界に沿う方向で長さを4等分した間隔で3カ所測定し、それら測定値の平均をその初析セメンタイトの厚さと定義する。すなわち、
図4において、初析セメンタイト10bの厚さは、TA1、TA2、TA3、TB1、TB2、TB3、TC1、TC2、及びTC3の平均である。
【0046】
図2の初析セメンタイト10cのように、旧オーステナイト粒界に沿って曲がった形状を持つ初析セメンタイトについては、長さを旧オーステナイト粒界に沿って測定する。すなわち、
図5において、初析セメンタイト10cの長さは、O’DおよびO’Eの合計である。また、厚さは曲がった箇所で分割し、各部位を前記のように旧オーステナイト粒界に沿う方向で長さを4等分した間隔で3カ所測定し、それら測定値の平均をその初析セメンタイトの厚さと定義する。
すなわち、
図5において、初析セメンタイト10cの厚さは、TD1、TD2、TD3、TE1、TE2、及びTE3の平均である。
図2における初析セメンタイトの総長さは、初析セメンタイト10a、10b、10c、10dの長さの合計である。
【0047】
同様の作業を同じ線材にて10視野で行い、平均値を求め、その平均値を線材の初析セメンタイトの平均厚さと定義する。初析セメンタイトの平均アスペクト比は、前記で測定した各々の初析セメンタイトにおいて、長さを厚さで除した値を測定し、その平均を線材の初析セメンタイトの平均アスペクト比と定義する。
【0048】
<線材の硬さ分布>
好適な伸線加工性を得るためには、線材の硬さ分布を制御することが好ましい。線材内において、硬さの不均一の度合いが大きいと、伸線時においても断面内で変形が不均一性になる。従って、伸線材でのデラミネーションの発生要因となり、伸線加工性が低下する。そのため、線材の横断面において、硬さの標準偏差がビッカース硬さで25HV以下であることが好ましく、ビッカース硬さで20HV以下であることがより好ましい。
線材の硬さ分布は、線材の横断面において、中心点を通る直線上で測定する。直線において、表面から70μmの位置をそれぞれ始端と終端とし、その2点とその間を等間隔で9点測定する(つまり1本の直径となる直線上で11点測定する)。同様の作業を直交する直線上でも実施し、合計21点(中心点の測定は1回とする)の標準偏差をその線材の硬さの分布とする。
【0049】
<線材の引張強さ>
本実施形態において線材の引張強さは定めないが、好ましくは1300MPa以上であり、より好ましくは1350MPa以上であり、さらに好ましくは1400MPa以上である。引張強さの上昇はラメラ間隔の微細化によってもたらされ、ラメラ間隔の微細化は伸線加工後の焼鈍における球状化を促進する。また、引張強さの上昇は、初析セメンタイトの厚さ低減や硬さのばらつき低減をもたらし、伸線加工性を向上させる。ただし、引張強さが過剰に大きいと、伸線時の取り扱いや伸線機への負荷が上昇する。また、伸線前の酸洗もしくはメカニカルデスケーリング時に、水素侵入や曲げ加工性低下に起因する断線が発生する。そのため、線材の引張強さは1700MPa以下であることが好ましく、1600MPa以下であることがより好ましい。
なお、線材の引張強さは、JIS Z 2241:2011に準じて引張試験を行うことで測定される。3本のサンプルから得られた引張強さの平均値を算出することで、線材の引張強さを得る。
【0050】
<伸線加工性評価方法>
軸受用線材の伸線加工性は、工業的には、例えば、線材コイルを伸線した場合の1ロットあたりの断線回数で評価される。また、本発明の軸受用鋼材のようなパーライトを主体とする高炭素鋼の分野では、伸線加工性の指標として、伸線材の捻回特性が用いられる。本発明では、伸線時の断線可能性を予測するため、伸線材を捻回試験に供した際のデラミネーションが発生する真歪の値を採用する。
【0051】
<線材の製造方法>
次に、本実施形態に係る線材の製造方法について説明する。
なお、以下に説明する製造方法は線材を製造する方法の一例であり、以下の手順及び方法に限定するものではなく、本実施形態の構成を実現できる方法であれば、如何なる方法を採用することも可能である。
【0052】
本実施形態に係る線材の製造方法の例としては、まず、上述の化学組成を有する鋼を鋳造する。鋳造後、鋳片にソーキング処理(偏析を軽減させるための熱処理)を施してもよい。その後、分塊圧延にて、線材圧延に適した大きさの鋼片を製造し、線材圧延に供する。
線材圧延は、鋼片を加熱して熱間にて行う。
熱間圧延は、圧延終了時において、平均粒径が15μm~50μmのオーステナイト単相となる条件で行う(第1工程)。
第1工程終了後、10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却を行うことにより、冷却開始から25秒以内の冷却時間で600~670℃の範囲の任意の温度まで冷却する(第2工程)。
第2工程終了後、50~200秒間、第2工程終了時の温度に保温、または第2工程終了時の温度から600℃を下限として冷却を行う(第3工程)。
第3工程終了後、400℃まで5℃/秒以上の平均冷却速度となるように冷却する(第4工程)。
【0053】
本実施形態に係る線材の線径は特に限定されないが、細径軸受の生産性を考慮すると、線材の直径は3.0mm~7.0mmであることが好ましい。
【0054】
なお、第1工程は熱間圧延以外の方法も採用できる。例えば、熱間圧延および室温までの冷却によって線材を得た後、その線材を再加熱して平均粒径15μm~50μmのオーステナイト単相を得ることができる。再加熱により平均粒径が15μm~50μmのオーステナイト単相を作り込むには、線材を950~1020℃の温度に加熱して1分~5分保持すればよい。また、その後の冷却工程については、前記保持に引き続き、2秒以内に600~620℃の鉛浴に90~150秒浸漬した後、取り出し、空冷することで、前記第2工程および第3工程を実現できる。以上の方法はパテンティングと呼ばれる熱処理方法である。
600℃未満まで冷却した後は、400℃まで5℃/秒以上の平均冷却速度となるように制御冷却する(第4工程)。
以下の各工程の説明は、第1工程が熱間圧延である場合とパテンティングを前提とした再加熱である場合との両方を含んでいる。
以下の各工程で示す温度は、加熱、冷却が大気中で行われる場合は線材の表面温度であり、鉛浴などの冷媒中による冷却では冷媒の温度である。
【0055】
<第1工程>
本実施形態に係る線材の製造方法の第1工程では、鋼片を950℃~1300℃に加熱した後、熱間で圧延を行う熱間圧延やパテンティングの加熱により、平均粒径が15μm~50μmのオーステナイト単相とする。
熱間圧延またはパテンティングの再加熱によりオーステナイトの平均粒径を15μm~50μmとするのは、15μm未満では、冷却時に初析セメンタイトの析出が促進され、初析セメンタイトの面積率が上昇することに加え、初析セメンタイトが分断され易く、アスペクト比が小さくなるためである。一方、オーステナイトの平均粒径が50μm超では、パーライトの変態後の粒径が増加し、延性が低下し、伸線加工性が低下する。
オーステナイトの平均粒径は、好ましくは25~40μmである。
【0056】
なお、パーライト主体の組織を持つ線材そのものを観察することにより、パーライト変態前の組織(オーステナイト相)の平均粒径を測定することは困難である。本実施の形態では、オーステナイト単相における平均粒径は、以下の手順により測定する。すなわち、熱間圧延直後、あるいは加熱および定温保持直後の線材の一部を切断して急冷し、組織の主体を過冷組織(マルテンサイト又は下部ベイナイト)とする。急冷された線材の一部をさらに長手方向に垂直な断面で切断し、当該断面を観察することで旧オーステナイト粒径を測定する。具体的には、JIS G 0551:2020に準拠して、切断法により旧オーステナイト粒径を算出する。
【0057】
<第2工程>
第1工程後、10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却開始から25秒以内に600~670℃の範囲の任意の温度まで冷却を行う。
600℃~670℃の範囲の任意の温度までの平均冷却速度を10℃/秒未満とした場合、初析セメンタイトの面積率が増加するため、平均冷却速度を10℃/秒以上とする。前記平均冷却速度は好ましくは20℃/秒以上であり、より好ましくは30℃/秒以上である。平均冷却速度の上限については特に規定するのものではないが、冷却設備の能力を考えると200℃/秒以下が好ましい。
また、前記の温度範囲については、温度が600℃より低いと、ベイナイトが生成し易く、一方、温度が670℃より高いと、初析セメンタイト面積率が増加し、初析セメンタイトが厚くなる。より好ましい温度範囲は、610℃~650℃である。600~670℃の温度範囲はパーライト変態を起こす温度範囲であり、この範囲内に至るまでを前記平均冷却速度で冷却することで、目的の組織とすることができる。なお、冷却後パーライト変態が始まる時点で、600~670℃になるのであれば、一時的に、600℃以下となってもよい。
また、前記の温度範囲までの冷却速度は常に一定でなくてもよい。初析セメンタイトが本実施形態の範囲内に制御できるように、冷却速度が平均で10℃/秒以上となればよい。
【0058】
<第3工程>
第3工程では、線材の組織をパーライトに変態させる。第3工程では、50~200秒間、第2工程終了時の温度に保温、または第2工程終了時の温度から600℃を下限として冷却を行う。
第2工程終了時の温度での保定時間、または第2工程終了時の温度から600℃を下限とした冷却時間が50秒未満ではパーライト変態が完了しない。その結果、ベイナイトの面積率が増加するため好ましくない。一方、200秒超では、初析セメンタイトの厚さが増加することに加えて、フェライトの面積率が増加し、さらに、パーライトのラメラセメンタイトの分断が進行して、球状パーライトの面積率が増加するため好ましくない。
【0059】
<第4工程>
第4工程では、第3工程の保温または冷却の終了時点の温度から400℃までを平均冷却速度5℃/秒以上で冷却する。第4工程の平均冷却速度を5℃/秒以上とする理由は、5℃/秒未満の平均冷却速度では、変態後も高温で保持されることになり、ラメラセメンタイトの分断が進行するためである。平均冷却速度の上限については本実施形態において規定するものではないが、平均冷却速度を大きくするためには設備コストがかかるため、平均冷却速度を20℃/秒未満とすることが好ましい。
【0060】
線材温度が400℃以下では、線材の性質への熱影響は軽微である。よって、400℃以下となった後は、400℃までの冷却方法を継続してもよいし、また大気によって冷却してもよい。
【0061】
以上説明した製造方法による線材は、C、Si、Mn、Crを規定量含有し、初析セメンタイト面積率が3.0%以下であり、パーライトの面積率が94.0%以上であり、初析セメンタイト厚さが0.8μm以下であり、初析セメンタイトのアスペクト比が5.0以上であって、伸線加工性に優れている。
本発明の線材を用いれば、従来の製造工程では必要としていた伸線前の球状化焼鈍を省略しても良好な伸線加工性が得られる。
【実施例0062】
以下、本発明に係る線材の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明の軸受用線材は、下記実施例に限定されるものではない。
本実施例では、以下の表1及び表2に記載の鋼組成に調整した鋼片を準備し、鋼片を加熱炉にて1100℃まで加熱した後、熱間圧延で直径4.0mmおよび5.5mmの線材を製造した。オーステナイト粒径は圧延条件の調整によって制御した。
【0063】
熱間圧延後の冷却については、圧延後の温度から600~670℃の温度範囲までの平均冷却速度(表3における第2工程の冷却速度1)、600℃となるまでの時間、600℃から400℃までの平均冷却速度(表3における第4工程の冷却速度2)について、表3に示すそれぞれの値に制御して熱間圧延を行った。
なお、A6では、熱間圧延後、パテンティング処理を施した。パテンティング処理では、950℃で2分保持した後、2秒以内に620℃の鉛浴に浸漬し、100秒浸漬した後、鉛浴から取り出し、空冷した。
また、B18では、熱間圧延後、球状化焼鈍(SA焼鈍)を行った。球状化焼鈍では、850℃で3時間保持した後、600℃まで10℃/時間で冷却を行った後、空冷した。
各実施例及び比較例で用いた製造条件を表3に示す。
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
表4に、各試料の下記組織の測定結果を示す。
・初析セメンタイトの面積率(%)
・厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトの面積率(%)
・パーライトの面積率(%)
・球状パーライトの面積率(%)
尚、表4の組織の欄の表示の意味は下記の通りである。
P:パーライト、
B/F:ベイナイト/フェライト、
θ:初析セメンタイト、
M:マルテンサイト、
球状θ:球状セメンタイト
【0068】
上記組織の測定は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた組織の観察により行った。
まず、以下の手順で測定用試料を準備した。
1.線材を切断し、長手方向と垂直な横断面を観察できるように樹脂埋めする。
2.樹脂埋めした線材を研磨紙又はアルミナ砥粒で研磨し、鏡面仕上げする。
3.鏡面仕上げした部分を、ピクリン酸濃度を3%、温度を40℃としたピクラール溶液ピクラール溶液で60秒間浸漬することで腐食させる。尚、ピクラール溶液は、ピクリン酸及びエチルアルコールを混合した溶液である。
4.腐食させた部分を直ちに十分に水洗いした後、冷風又は温風で速やかに乾燥させることで、観察面を得る。
【0069】
このようにして得た観察面から、初析セメンタイト、厚さ0.5μm以上の初析セメンタイト、パーライト、及び、球状パーライトの面積率を、以下の方法で測定した。
1.ピクラール溶液で腐食した線材の横断面試料上の中央部、中心から(1/2)R以内の円領域に、円の中心を交点として直交する十字線を引き、縦、横の線上にそれぞれ(1/4)R間隔の5点をとる。円の中心点の観察位置は重複するため、5点+5点-1点の総計9点を観察位置とする。
2.続いて、9点の観察位置について、少なくとも17μm×17μmの範囲を倍率5000倍でSEM撮影する。
3.撮影したSEM画像の17μm×17μmの領域に、1μm間隔で縦横にそれぞれ15本の直線を格子状に引き、交点が225点となるよう区画する。
4.その後、その交点上の組織を判別し、交点の総数である(225点/視野)×9視野=2025点に対する、特定の組織に判断された交点の比率から、組織の面積率を計算する。
具体的には、
・初析セメンタイトの面積率(%)は(初析セメンタイトと判断された交点総数/2025)×100により算出し、
・厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトの面積率(%)は、(厚さ0.5μm以上の初析セメンタイトと判断された交点総数/2025)×100により算出し、
・パーライトの面積率(%)は(パーライトと判断された交点総数/2025)×100により算出し、
・球状パーライトの面積率(%)は、(球状パーライトと判断された交点総数/2025)×100により算出した。
【0070】
なお、組織の判定が困難である場合は、倍率を5000倍に拡大して組織観察を行い、組織の判定を行い、計測を行った。
【0071】
表4に、下記の測定結果も併せて示す。
・初析セメンタイトの厚さ(μm)
・初析セメンタイトのアスペクト比
初析セメンタイトの厚さ及び初析セメンタイトのアスペクト比は、前記の方法で初析セメンタイトの面積率を測定する際に、同時に測定した。
【0072】
また、表4に、各試料の下記の評価結果も併せて示す。
・引張強さ(TS:MPa)
・PBS(パーライトブロックサイズ:μm)
・線材の硬さ分布(断面内の硬さ分布の標準偏差:HV)
・伸線限界(真歪)
【0073】
<引張強さ>
引張強さは、JIS Z 2241:2011に準じて引張試験を行った。3本のサンプルから得られた引張強さの平均値を算出することで、線材の引張強さを得た。なお、サンプル長さは400mmとし、クロスヘッドスピードを10mm/min、治具間を200mmとして、引張試験を行った。
【0074】
<PBS(パーライトブロックサイズ)>
PBSは、後方散乱回折装置(EBSD)を用いて測定を行った。得られた線材のC断面を樹脂埋め込み、アルミナ研磨を行い、更に、コロイダルシリカを用いて研磨することにより歪を除去したのち、測定に供した。なお、研磨は電解研磨などでもよい。
測定は、線材の中心から(1/2)R以内を)倍率300倍以上で撮影し、1視野150μm×150μmの領域で0.4μm/stepでフェライト結晶方位データマップを採取し、結晶方位差9°以内でかつ10ピクセル以上連結されているものを同じパーライトブロックとして、PBSの測定を測定した。同様の操作を複数視野実施し、測定視野50000μm2以上で測定し、得られた粒径の平均をPBSとした。
【0075】
<線材の硬さ分布>
線材の硬さ分布は、前記の測定で用いた樹脂埋めサンプルを用いて実施した。
線材の横断面において、中心点を通る直線上で測定を行った。
直線において、表面から70μmの位置をそれぞれ始端と終端とし、その2点とその間を等間隔で9点測定した(つまり1本の直径となる直線上で11点測定した)。
同様の作業を直交する直径上でも実施し、合計21点(中心の測定は1回)の標準偏差をその線材の硬さの分布とした。
硬さの測定は、ビッカース硬さ試験機を用いて、荷重200gfで実施した。
【0076】
次に、伸線加工性の評価試験について述べる。
<伸線限界(真歪)>
前記のように製造して得た線材について、球状化焼鈍を施すことなく、伸線前工程として、酸洗による脱スケール処理、ボンデ、石灰被膜塗付による潤滑被膜処理を行った後、伸線加工性の試験を行った。
伸線加工性評価試験は、各線材を25m採取し、乾式の単頭式伸線機にて、1パスあたりの減面率を20%程度、伸線速度を50m/分で伸線を行った。伸線後、採取したサンプルを捻回試験に供し、捻回試験時デラミネーションが発生した際の真歪(2×Ln(d0/d)、d:伸線材の線径、d0:伸線前の線材の線径、Lnは自然対数)の値で伸線加工性を評価した。
表4では、デラミネーションが発生した真歪の値を、「伸線限界」として記載している。なお、捻回試験は、負荷荷重を引張破断強度の1%とし、捻回評価したサンプルの長さは伸線材の線径の100倍で、各パスで3回ずつ評価した。
以下の表4に以上の結果を纏めて示す。
【0077】
【0078】
試験例のA1~A20は、いずれも適切条件を採用した線材であり、すべての熱間圧延線材で球状化焼鈍を施すことなく、真歪1.5超の伸線加工を行ってもデラミネーションが発生せず優れた伸線加工性を示した。
【0079】
上述の実施例では、C:0.96~1.05%、Si:0.12~0.61%、Mn:0.23~1.11%、Cr:0.91~1.55%を含む鋼材から線材を製造した。これらの鋼材は、Oを0.0015%以下、Nを0.011%以下、Alを0.025%以下に抑えている。
また、一部の試料については、上述の組成に加え、Moを0.03~0.23%、Bを0.0001~0.0030%含む鋼材から線材を得ることができた。
これらの線材では、初析セメンタイトとパーライトと球状パーライトを含む組織であった。また、これらの線材では、初析セメンタイトの面積率が0.3~2.6%であり、初析セメンタイトの厚さが0.2~0.8μmであり、初析セメンタイトのアスペクト比が5.2~25.6であり、パーライトの面積率が94.7~99.5%である組織を有していた。
これら実施例試料は、デラミネーションが発生する真歪が1.6~2.3の範囲の値を示し、いずれの試料も以下に説明するB1~B18の試験例に比べて良好な伸線加工性を示した。
【0080】
一方、B1~B18の試験例は、本発明で規定する要件のいずれかを満たしていないため、伸線加工性が本発明の実施例に比べて劣位であった。
B1はC含有量が高かったため、線材の初析セメンタイトの面積率が増加し、伸線加工性が好適ではなかった。
B2はSi含有量が低かったため、線材の初析セメンタイトの面積率が増加し、伸線加工性が好適ではなかった。
B3はSi含有量が高く、B4はMn含有量が高く、B7はCr含有量が高く、B8はMo含有量が高かったことに起因し、伸線加工性が好適ではなかった。
B5はMn含有量が低かったため、初析セメンタイトの面積率が増加し、初析セメンタイトのアスペクト比が低下し、パーライトの面積率が減少したため、伸線加工性が好適ではなかった。
B6はCr含有量が低かったため、初析セメンタイトのアスペクト比が低下し、パーライトの面積率が減少したため、伸線加工性が好適ではなかった。また、Cr含有量が低いため、軸受け鋼として、耐摩耗性の不足などが懸念される。
【0081】
B9はB含有量が高かったため、粒界に介在物が析出し、伸線加工性が好適ではなかった。
B10、B15では、第2工程の冷却速度1が小さかったため、初析セメンタイトの面積率が増加した。また、B10では初析セメンタイトの厚さが増加し、B15では初析セメンタイトのアスペクト比が小さかった。これらの結果、B10及びB15では伸線加工性が好適ではなかった。
B11では、オーステナイト粒径が小さく、かつ、第2工程の冷却速度1が小さかったため、初析セメンタイトの面積率が増加し、初析セメンタイトの厚さが増加し、かつ、初析セメンタイトのアスペクト比が小さかった。これらの結果、B11では、伸線加工性が好適ではなかった。
【0082】
B12では、第3工程の時間が長かった。その結果、B12では、初析セメンタイトの面積率が1.0%以下と低かったものの、初析セメンタイトのアスペクト比が低下し、かつ、パーライトの面積率が減少し、ラメラセメンタイトの球状化が進行したため、伸線加工性が好適ではなかった。
B13では、初析セメンタイトの面積率及び初析セメンタイトの厚さは本発明の要件を充足していたが、オーステナイト粒径が小さかった。そのため、B13では、初析セメンタイトのアスペクト比が小さくなり、伸線加工性が好適ではなかった。
B14では、第2工程の冷却速度1での冷却後、600℃未満になるまでの時間が短かったため、マルテンサイトやベイナイトが析出したため、パーライトの面積率が少なくなった。その結果、B14の伸線加工性は、好適ではなかった。
【0083】
B16では、初析セメンタイトの面積率が3.0%以下と低いものの、第4工程の冷却速度2が小さかったため、セメンタイトの球状化が進行した。その結果、パーライトの面積率が少なく、かつ、球状パーライトの面積率が多くなり、伸線加工性が好適ではなかった。
B17では、600℃未満になるまでの時間が非常に短かったため、パーライト変態完了前に焼きが入り、マルテンサイトが生成し、パーライトの面積率が少なかった。これによりB17では、伸線時に断線が発生した(表4の「伸線限界の項目が「-」は、伸線時に断線が発生したことを表す)。
B18では、球状化焼鈍後に伸線した例であるが、本発明例と比較して、伸線加工性は劣位であった。
なお、A1~A20の試験例は、1315~1504MPaの優れた引張強さを示した。これら線材の引張強さは1300MPa以上であることを特徴とする。
【0084】
表4に示すA1~A20の試験例において、パーライトブロックサイズ(PBS)の値は、7.7~15.2μmとなった。パーライトブロックのサイズは、5.0~18.0μmの範囲が望ましい。
本発明によれば、従来の線材の製造工程において伸線加工前に必要としていた球状化焼鈍を略すことができ、従来の伸線加工中に必要としていた中間焼鈍も略することが可能となるため、生産性の向上、製造コストの削減に寄与し、産業上の利用可能性が高く産業上の貢献も大きい。