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特開2022-153749ベッカー型筋ジストロフィー心筋症ブタモデル。
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  • 特開-ベッカー型筋ジストロフィー心筋症ブタモデル。 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022153749
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】ベッカー型筋ジストロフィー心筋症ブタモデル。
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20221005BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221005BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20221005BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20221005BHJP
【FI】
A01K67/027
C12Q1/02
C12Q1/686 Z
C12Q1/6869 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】23
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021056429
(22)【出願日】2021-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【弁理士】
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】相原 尚之
(72)【発明者】
【氏名】上家 潤一
(72)【発明者】
【氏名】野口 倫子
(72)【発明者】
【氏名】金井 詠一
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】ベッカー型筋ジストロフィー(BMD)心筋症のモデル大型動物、特に血液循環系の評価によく用いられる該モデルブタ(雄ブタ)及び/又は該モデルブタを系統として維持する保因ブタ(雌ブタ)を確立することを目的とする。
また、併せて、上記BMDモデルブタを出産する母ブタを選別する方法を構築することも目的とする。
【解決手段】BMDモデルブタを出産する母ブタを選別する方法として、該母ブタが出産した雄仔ブタに、麻酔剤投与を行い、該投与によって誘導される心臓の機能低下を指標とすることを特徴とする、母ブタの選別方法を確立すると共に、該選別方法に基づき、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、BMD心筋症モデルブタとなる雄ブタ及び該心筋症の保因雌ブタを構築した。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別する方法であって、該母ブタが出産した雄仔ブタに、麻酔剤投与を行うことによる、心臓の機能低下誘発を指標とすることを特徴とする、母ブタの選別方法 。
【請求項2】
前記母ブタが、変異を有するジストロフィン遺伝子を保因していることを特徴とする、請求項1に記載の母ブタの選別方法。
【請求項3】
前記変異が、ジストロフィン遺伝子のエクソン21~28領域を欠損する変異であることを特徴とする請求項2に記載の選別方法。
【請求項4】
前記麻酔剤投与が、3種混合麻酔(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノール)の筋肉内投与であり、前記心臓機能低下が心不全であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の選別方法。
【請求項5】
前記麻酔剤投与が、アルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与によって麻酔導入した後、イソフルランの吸入投与によって麻酔状態を維持することであり、前記心臓機能低下がチアノーゼ及び/又は不整脈であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の選別方法。
【請求項6】
前記雄仔ブタに前記麻酔剤投与を行う前に、該雄仔ブタにおいて、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雄仔ブタのみを予め選択し、該選択雄仔ブタのみに前記麻酔剤投与を行うことを特徴とする請求項2乃至5のいずれかに記載の選別方法。
【請求項7】
ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタの選抜方法であって、請求項2乃至6のいずれかに記載の選別方法によって選別された母ブタが出産した雌仔ブタにおいて、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雌仔ブタを、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタとして選抜する選抜方法。
【請求項8】
ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタの選抜方法であって、請求項2乃至6のいずれかに記載の選別方法によって選別された母ブタ が出産した雄仔ブタにおいて、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雄仔ブタを、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタとして選抜する選抜方法。
【請求項9】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法で選別された、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した卵子又は受精卵。
【請求項10】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法で選別されたベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫である該心筋症の保因雌ブタ。
【請求項11】
請求項10に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した卵子又は受精卵。
【請求項12】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法で選別されたベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫である該心筋症モデルブタとなる雄ブタ。
【請求項13】
請求項12に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した精子。
【請求項14】
エクソン21~28領域の欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、請求項10に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタ。
【請求項15】
請求項14に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した卵子又は受精卵。
【請求項16】
エクソン21~28領域の欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、請求項12に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタ。
【請求項17】
請求項16に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した精子。
【請求項18】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法で選別されたベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫である該心筋症モデルブタに、薬剤を投与し、麻酔剤投与を行うことによる心臓の機能低下誘発及び/又は血清中心臓傷害マーカーを指標として、該薬剤を評価することを特徴とする、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の治療薬のスクリーニングまたは評価方法。
【請求項19】
ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタであって、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、該心筋症の保因雌ブタ。
【請求項20】
請求項19に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタから採取、管理および/または凍結した卵子又は受精卵。
【請求項21】
ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタであって、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、該心筋症モデルブタとなる雄ブタ。
【請求項22】
請求項21に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタから採取、管理および/または凍結した精子。
【請求項23】
請求項16又は請求項21に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタに、薬剤を投与し、麻酔剤投与を行うことによる心臓の機能低下誘発及び/又は血清中心臓傷害マーカーを指標として、該薬剤を評価することを特徴とするベッカー型筋ジストロフィー心筋症の治療薬をスクリーニング又は評価する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症ブタモデルを出産する母ブタを選別する方法、エクソン21~28領域を欠損する変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタ及び該雌ブタから採取した卵子又は受精卵、又は、同じく該変異遺伝子を有することを特徴とする、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症ブタモデルとなる雄ブタ及び該雄ブタから採取した精子、に関する。
【背景技術】
【0002】
筋ジストロフィーは、筋線維の破壊・変性(筋壊死)と再生を繰り返しながら、次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性筋疾患の総称であり、骨格筋の変性、壊死を主病変とし、臨床的には進行性の筋低下が認められる。発症年齢や遺伝形式、臨床的経過等から様々な病型に分類され、2015年7月には難病指定されている。該疾患はその遺伝形式から細分類されるが、最も頻度が高いものはジストロフィン遺伝子の変異によるものである。
【0003】
ジストロフィン (dystrophin) は細胞質タンパク質の一種であり、コスタメアとして知られるタンパク質複合体の一部を構成している。該複合体は細胞膜越しに、筋繊維の細胞骨格と周囲に局在する細胞外マトリックスを接続する働きを担っている。ジストロフィンに欠損や変異が生じることで、細胞内シグナル伝達系異常が発生し、不可逆的な筋繊維壊死・筋力低下・疲労などの症状を引き起こす。ジストロフィン遺伝子はX染色体上にあり、劣性遺伝することから、男児に症状が出現し、重症型をデュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy; DMD)、軽症型をベッカー型筋ジストロフィー(Becker muscular dystrophy; BMD)と診断される。
【0004】
DMDはジストロフィンの完全欠損に起因する疾患で、小児期に発症する。10歳前後で歩行不能となり、平均寿命は30歳未満と短く、致死的な経過を示す。これに対し、BMDは、病態はデュシェンヌ型と同じだが、筋力低下等の発症時期が遅く、症状の進行も緩徐、歩行不能となるのは20歳代後半以降である。デュシェンヌ型同様、ジストロフィンに異常を認めるが、DMDではジストロフィンがほとんど発現していないのに対し、BMDでは、部分欠損等の異常ジストロフィンの産生や発現量の低減が知られており、これにより両疾患の症状差異が生じているもの考えられている。
【0005】
BMDの生命的予後はDMDよりはるかに良いが、BMDの中には四肢筋の筋力低下に比較し、早期から心不全を示す例が報告されており、なかには心不全を初発症状としたものも報告されている。心不全を死因とする患者は、DMDでは20%に過ぎないが、BMDでは50%とされ、BMD患者の疾病管理において心機能のコントロールが極めて重要である。
【0006】
また、2020年5月、日本初のDMD治療薬(ビルトラルセン)が発売された(非特許文献1)。DMDは、点突然変異により1つのコドンがタンパク質の合成終了を意味するストップコドンに変化し、ジストロフィンタンパク質が合成されないことで発症するが、該治療薬は、エクソンスキッピングによって、ジストロフィン遺伝子のアウトオブフレーム欠失をインフレーム化することにより、ジストロフィンが完全に欠損しているDMD患者の体内で、エクソン53をスキップした変異ジストロフィンの産生を回復させることを可能にした。これにより、DMD疾患の進行抑制や症状改善が期待される。即ち、斯様な新規治療薬や治療方法の開発が進展することにより、重篤なDMDの症状は、より軽症なBMDに近い状態となる。この為、BMDのみならずDMDに対する治療においても、本来は致死的症状を有するDMDの緩解がなされた後の疾病管理において、BMDでの突然死の最大リスク要因である心機能の低下、例えば、心筋症等の管理が、より重要視されることが予測される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000-316420
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本新薬株式会社、2020年5月20日、News Release、https://www.nippon-shinyaku.co.jp/file/download.php?file_id=3109
【非特許文献2】Teramoto等、2020年発行、Disease Models & Mechanisms、vol.13,9,dmm0444701
【非特許文献3】Rady Ho等、2016年発行、World Journal of Cardiology、vol.8、6、pp.356-361
【非特許文献4】Yamashita等、1976年発行、Anaesthesist、vol.25、pp.76-79
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の通り、BMDに対する治療、または、DMDの治療プロセスのいずれにおいても、心筋症等に代表される、該疾患に特徴的な心機能の低下を制御する研究を進めることは、非常に重要な意味を有している。一般に、疾患の機序や予防・治療方法等を研究する上で、該疾患を模した動物モデルは大変有用なツールとなることが知られている。
これまで、筋ジストロフィーの動物モデルとしては、DMDについては、マウス、イヌ、ブタ等、多様な動物で作成され、治療法の開発に貢献している。特に、イヌやブタといった大型動物でのモデルは、マウス等の小動物モデルによる試験の後に、ヒトでの臨床試験に進む前段階として、薬効薬理試験や性能確認試験を実施する上で大変重要な役割を果たしている。
これに対し、BMDの動物モデルは、2020年にラットでのモデルが報告されたものの(非特許文献2)、大型動物での動物モデルについては、これまで報告されていない。
【0010】
BMDの動物モデルが容易に作成されない理由の一つとして、原因遺伝子であるジストロフィンの如何なる変異がBMD動物モデルを作成する上で適当であるのか明確になっていない点が挙げられる。
DMDはジストロフィンの完全欠損に起因する疾患である為、DMD動物モデルもジストロフィンがほとんど発現しない何らかの変異を加えることで、比較的容易に作成することが可能である。
これに対し、BMDは、ジストロフィンの部分欠損や発現の低減に起因する疾患である為、ジストロフィン遺伝子に如何なる変異が加わることで、イントリンジックなBMDの疾病性状を反映する動物モデルとなりうるのか、不明な点が多い。既に疾患モデルとして報告されているBMDモデルラットでは、ジストロフィン遺伝子の特定部位にインフレーム変異を誘導することで、短縮型ジストロフィン蛋白質のみを発現させているが、野生型ラットと比して、筋肉の機能的差異や心不全症状の発症等は確認されておらず、BMD動物モデルとして疑問点も多い。また、該変異を有するジストロフィン遺伝子への改変により、大型動物でもラットと同様にBMDモデル動物を作成できるかは不明であり、BMDモデル動物を作成しうる、その他のジストロフィン遺伝子変異についても報告は無い。
【0011】
また、ジストロフィン遺伝子変異を発症原因とする、ヒトの筋ジストロフィー症は、DMD、BMDいずれのタイプにおいても、ジストロフィン遺伝子がX染色体上に局在しているため、劣性遺伝し、基本的に男性でのみ発症することが知られている。よって、ジストロフィン変異遺伝子に起因するBMDモデル動物においても、該変異遺伝子を有する雄動物でのみ発症し、該変異遺伝子をヘテロに有する雌動物では基本的に発症せず、継代維持することが可能である。よって、前者の雄動物はBMDモデル動物として、様々な評価・解析等に供することが出来、後者の雌動物は該BMDモデル動物を系統として維持する保因動物となりうる。
【0012】
上記事情を鑑みて、本発明は、BMDのモデル大型動物、特に血液循環系の評価によく用いられる該モデルブタ(雄ブタ)及び/又は該モデルブタを系統として維持する保因ブタ(雌ブタ)を確立することを目的とする。
また、併せて、本発明は、上記BMDモデルブタを出産する母ブタを選別する方法を構築することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは、上記課題である、BMDの特長を有する疾患モデルブタ、特にBMDに特徴的な心筋症、又は該病症に類似した何らかの心機能低下を有するモデルブタを確立するべく、検討を行った。その結果、ヒトにおいて既知の原因遺伝子を該動物の遺伝子に導入する等の分子遺伝学的な手法を用いる通常の方法(特許文献1)ではなく、様々な遺伝的背景を有する多数のブタから、該疾患を特徴づける何らかの指標を満たすブタを選別することで、BMDモデルブタ、又は該モデルブタを出産する保因ブタを見出す方が、大型動物でのBMDモデルを誘導するジストロフィン遺伝子変異が同定されていない以上、より有効な方法であることを見出した。
【0014】
BMDの症例中には、四肢筋の筋力低下に比して、より早期に心不全を示すケースや、心不全を初発症状とする症例も数多く報告されている(非特許文献3)。特に、手術時における麻酔処置により、心筋障害による突然死や術後の肺感染症等の危険を有することが知られ(非特許文献4)、麻酔管理に難渋する疾患のひとつである。
【0015】
そこで、発明者らは、BMDを特徴づける指標として、一定条件の麻酔処理を行うことで、心臓の機能に何らかの低下が誘発されるのではないか、と考え、鋭意研究を行った。その結果、BMDモデルブタを出産する可能性のある母ブタから生まれた同腹の雄に、様々な麻酔処置を施したところ、例えば、3種混合麻酔剤(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノール)の筋肉内投与の場合は、およそ半分が、心不全により死亡し、アルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与により麻酔導入し、イソフルランの吸入投与により維持した場合には、チアノーゼ、不整脈等の心機能異常症状を確認した。そして、これら異常を確認した雄仔ブタに対して、病理解剖や抗ジストロフィン抗体による免疫染色を行ったところ、該雄仔ブタは、骨格筋及び心筋における変性病変やジストロフィンの発現の低減といった、BMDの特長を色濃く反映しており、更に右心室の拡張といった心筋症の症状も呈していたことから、BMD心筋症モデルブタであると同定した。
【0016】
前記BMD心筋症モデルブタの遺伝子解析を行ったところ、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィンが産生されていることが明らかとなった。当該欠損ジストロフィンによるBMDモデル動物はこれまで報告されておらず、全く新しい系統であることが見いだされた。発明者らは、更に当該変異を人為的に誘導することで、BMD心筋症モデルブタとなることについても検討を加え、発明を完成させた。
【0017】
以上の知見に基づいて、本発明は完成されるに至った。
すなわち、本発明は以下の(1)~(23)に関するものである。
(1)ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別する方法であって、該母ブタが出産した雄仔ブタに、麻酔剤投与を行うことによる、心臓の機能低下誘発を指標とすることを特徴とする、母ブタの選別方法 。
(2)前記母ブタが、変異を有するジストロフィン遺伝子を保因していることを特徴とする、(1)に記載の母ブタの選別方法。
(3)前記変異が、ジストロフィン遺伝子のエクソン21~28領域を欠損する変異であることを特徴とする(2)に記載の選別方法。
(4)前記麻酔剤投与が、3種混合麻酔(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノール)の筋肉内投与であり、前記心臓機能低下が心不全であることを特徴とする、(1)乃至(3)のいずれかに記載の選別方法。
(5)前記麻酔剤投与が、アルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与によって麻酔導入した後、イソフルランの吸入投与によって麻酔状態を維持することであり、前記心臓機能低下がチアノーゼ及び/又は不整脈であることを特徴とする、(1)乃至(3)のいずれかに記載の選別方法。
(6)前記雄仔ブタに前記麻酔剤投与を行う前に、該雄仔ブタにおいて、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雄仔ブタのみを予め選択し、該選択雄仔ブタのみに前記麻酔剤投与を行うことを特徴とする(2)乃至(5)のいずれかに記載の選別方法。
(7)ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタの選抜方法であって、(2)乃至(6)のいずれかに記載の選別方法によって選別された母ブタが出産した雌仔ブタにおいて、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雌仔ブタを、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタとして選抜する選抜方法。
(8)ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタの選抜方法であって、(2)乃至(6)のいずれかに記載の選別方法によって選別された母ブタ が出産した雄仔ブタにおいて、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雄仔ブタを、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタとして選抜する選抜方法。
(9)(1)乃至(6)のいずれかに記載の方法で選別された、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した卵子又は受精卵。
(10)(1)乃至(6)のいずれかに記載の方法で選別されたベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫である該心筋症の保因雌ブタ。
(11)(10)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した卵子又は受精卵。
(12)(1)乃至(6)のいずれかに記載の方法で選別されたベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫である該心筋症モデルブタとなる雄ブタ。
(13)(12)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した精子。
(14)エクソン21~28領域の欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、(10)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタ。
(15)(14)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した卵子又は受精卵。
(16)エクソン21~28領域の欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、(12)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタ。
(17)(16)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタから人為的に採取、保管および/または凍結した精子。
(18)(1)乃至(6)のいずれかに記載の方法で選別されたベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫である該心筋症モデルブタに、薬剤を投与し、麻酔剤投与を行うことによる心臓の機能低下誘発及び/又は血清中心臓傷害マーカーを指標として、該薬剤を評価することを特徴とする、ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の治療薬のスクリーニングまたは評価方法。
(19)ベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタであって、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、該心筋症の保因雌ブタ。
(20)(19)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症の保因雌ブタから採取、管理および/または凍結した卵子又は受精卵。
(21)ベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタであって、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、該心筋症モデルブタとなる雄ブタ。
(22)(21)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタとなる雄ブタから採取、管理および/または凍結した精子。
(23)(16)又は(21)に記載のベッカー型筋ジストロフィー心筋症モデルブタに、薬剤を投与し、麻酔剤投与を行うことによる心臓の機能低下誘発及び/又は血清中心臓傷害マーカーを指標として、該薬剤を評価することを特徴とするベッカー型筋ジストロフィー心筋症の治療薬をスクリーニング又は評価する方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別することが出来、従来見出すことの困難であった、新規のBMD心筋症モデル雄ブタ及び/又は該モデル雄ブタを出産する、BMD心筋症の保因雌ブタを確保することが出来る。また、本発明に係る、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィンによるBMD心筋症モデルブタを該疾患の病態モデルとして用いることにより、筋ジストロフィーに対する効果的で安全な治療剤の為の治療薬開発に貢献しうる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】麻酔ストレスにより心不全で死亡した雄仔ブタ及び心臓。左図:チアノーゼを呈して死亡した雄仔ブタ。右図:高度に拡張した右心室。
図2】麻酔ストレスにより心不全で死亡した雄仔ブタの骨格筋(左図)及び心筋(右図)の病理像。骨格筋に変性(矢印)及び再生像(矢頭)が観察される。心筋が高度に萎縮し蛇行している。
図3】正常雄仔ブタ(左図)、母ブタ(中央図)及び死亡雄仔ブタ(右図)心筋におけるジストロフィンの免疫染色。正常雄仔ブタに比べ、母ブタ及び死亡雄仔ブタの心臓ではジストロフィンの発現が顕著に減少している。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の第1の形態は、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別する方法であって、該母ブタが出産した雄仔ブタに、麻酔剤投与を行うことによる、心臓の機能低下誘発を指標とすることを特徴とする、母ブタの選別方法である。
【0021】
本発明における心筋症とは、心機能障害を伴う心筋疾患をいう。一般に、心筋症には、肥大型、拡張型、拘束型、不整脈原性右室心筋症や、これらに分類できない分類不能型等が存在し、本発明に係る心筋症は、特にいずれかに限定されるものではないが、ヒトのBMD心筋症では拡張型のケースが多く、本発明に係る心筋症としては、拡張型が好ましい。ベッカー型筋ジストロフィー(BMD)心筋症とは、BMDなる疾患に起因して生じる心筋症であり、特に限定はしないが、筋ジストロフィーの症状である筋肉(筋線維)の進行性壊死より、心筋の機能が損なわれることで発症する心筋症であってもよい。
【0022】
BMD心筋症モデルブタとは、BMDなる疾患に起因して生じる心筋症を模したモデルとなるブタである。本来、BMDはジストロフィン遺伝子変異を発症原因としており、該ジストロフィン遺伝子はX染色体上に局在しているため、劣性遺伝し、基本的に男性でのみ発症することが知られている。よって、これを模したBMD心筋症モデルブタは、〔0021〕に記載したBMD心筋症の特長を有するのに加え、基本的には、雄ブタでのみ発症する性状を有している。これは、該モデルブタの性状が、ジストロフィン変異遺伝子及び/又は、該遺伝子と同様に、X染色体上に局在する劣性遺伝の原因遺伝子によって誘導されることを意味する。そして、これは、該原因遺伝子をヘテロに有する雌ブタでは基本的に発症せず、該雌ブタを用いて継代維持することが可能であることをも意味する。後記される、本発明に係る「BMD心筋症の保因雌ブタ」は、ジストロフィン変異遺伝子も含めた該原因遺伝子をヘテロに有する雌ブタであり、本発明に係る「BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタ」も該雌ブタに該当する。
【0023】
本発明のBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタは、上記の通り、BMD心筋症を発症させる、X染色体上に局在する劣性遺伝の原因遺伝子をヘテロに有していればよく、該原因遺伝子は特に限定はしないが、ジストロフィン変異遺伝子であってもよく、好ましくは、エクソン21~28領域の欠損やmRNAの読み枠にずれがない(in-frame)の遺伝子の欠失、重複または点変異微小欠失なジストロフィン変異遺伝子であり、特に好ましくは、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子である。
【0024】
なお、本発明に係る「変異を有するジストロフィン遺伝子」とは、ゲノム上にコードされているジストロフィン遺伝子自体の変異であるだけでなく、ジストロフィン遺伝子からmRNAへの転写段階、及び/又は、mRNAから蛋白質への翻訳段階での不具合により、ジストロフィン蛋白質として何らかの変異(例えば、ジストロフィン蛋白質の構造や発現量など)を伴うものの全てを含むことが出来る。
例えば、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子とは、ゲノム上にコードされているジストロフィン遺伝子において、エクソン21~28領域を欠損しているもの(この場合、残存しているイントロンに差異のある全てのものを含みうる)であってもよいが、これだけでなく、ジストロフィン遺伝子からジストロフィン蛋白質に転写・翻訳されるプロセスにおける何らかの不具合により、結果として、エクソン21~28領域に対応する蛋白質上の部位を欠損したジストロフィン蛋白質を発現する場合も含むことができる。
【0025】
本発明の麻酔とは、薬物などによって人為的に疼痛をはじめとする感覚をなくすことであり、麻酔剤とは、麻酔のために用いる医薬である。一般に、麻酔剤には、全身麻酔剤と局所麻酔剤があるが、本発明においては、特に限定はしない。本発明に係る麻酔剤の主たる目的は、該麻酔剤の投与により、投与動物の心臓に、何らかの機能低下を誘発する為に用いられる。よって、本発明において好ましい麻酔剤とは、投与することで、被投与動物での何らかの心臓の機能を測定できる程度の鎮静効果を持ち、尚且つ、該被投与動物に何らかの心臓の機能低下を誘発しうる麻酔剤である。発明者らは、所有する様々な母ブタが出産した雄仔ブタに、様々な麻酔剤を、多様な条件にて投与した結果、いくつかの好ましい麻酔剤及び投与条件を見出した。即ち、塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノールからなる3種混合麻酔剤の筋肉内投与やアルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与後のイソフルランの吸入投与、塩酸メデトミジン及びミダゾラム筋肉内投与後のプロポフォールの静脈内投与、マフロパンの筋肉内投与後のイソフルランの吸入投与などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
特に塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノールからなる3種混合麻酔剤の筋肉内投与に関していえば、各麻酔剤の混合比率は、例えば各麻酔剤が最低限10%以上含まれていればよく、好ましくは塩酸メデトミジンの量が他の2剤と同等かそれ以上であり、例えば好ましい投与比率としては塩酸メデトミジン:ミダゾラム:酒石酸ブトルファノール=3:2:2 (ml)であり、投与量は、例えば0.05~5mg/kgであり、好ましくは0.05~0.5mg/kgであり、例えば好ましい投与量としては 0.1 ml/kgである。また、アルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与については、例えばジアゼパムが投与量全体の5~50%含まれていればよく、好ましくは5~20%含まれていればよく、好ましい投与量としてはアルファキサロン5mg/kg、ジアゼパム0.5mg/kgであるが、いずれもこれらに限定されるものではない。
投与頻度についても特に制限は無く、1回の投与で全量を投与してもよいし、複数回に分けて投与してもよく、好ましくは1回の投与で全量を投与することである。
【0026】
本発明の心臓の機能とは、筋肉質の臓器である心臓が、心臓の筋肉(心筋)の律動的な収縮により、あたかもポンプの様に、全身の各部位に血液を循環させる役割を果たすことである。この為、本発明に係る心臓の機能低下とは、何らかの理由によって、心臓のポンプ機能が十分に発揮できなくなる状態のことであり、特に限定はしないが、好適な例として、体に十分な血液を送り出せなくなった状態である心不全を挙げることが出来る。心不全には急性心不全と慢性心不全が存在し、前者の場合は、短時間で激しい呼吸困難などの症状が現れ、重篤な場合は失命するのに対し、後者の場合は、動悸や息切れなどの症状が確認される。本発明に係る心不全は、特に限定はしないが、好ましくは急性心不全である。更に、血液を十分に供給できず、心臓の栄養が不足して心筋が部分的に壊死する心筋梗塞や、心臓の筋肉が肥大し、心筋の重量が増す心肥大といった器質的な障害や、血液中の酸素濃度が低下した際に皮膚や粘膜が青紫色である状態となるチアノーゼ(中心性チアノーゼと末梢性チアノーゼのいずれも含む)や、心拍数及び/又は心拍リズムが一定でない状態及び/又は心電図異常のある状態である不整脈といった現象性の障害や、心収縮の低下や心臓内での血液逆流といった心エコーで検出される異常や、血清中の心臓傷害マーカーの顕著な上昇も該当しうるが、これらに限定されるものではない。
【0027】
上記の麻酔剤の種類及びその投与条件と、該麻酔投与時に指標となる、心臓の機能低下を表す項目については、多様な組み合わせを想定することが出来、当業者であれば、様々な麻酔剤投与条件ごとに、心臓機能低下を表出する多くの項目について、予備的な実験で検討することにより、適当な組み合わせを決定することが出来る。
例えば、今回の検討においては、3種混合麻酔(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノール)の筋肉内投与を、BMD心筋症モデルブタを出産する可能性のある母ブタから生まれた同腹の雄仔ブタに施したところ、約半数が麻酔覚醒後からチアノーゼを呈し、病理解剖した結果、心不全の所見を認めた。
また、該母ブタから生まれた同腹の雄仔ブタに、アルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与による麻酔導入を行い、その後、イソフルランを吸入投与し、該剤の吸入濃度を4%まで徐々に上昇・維持したところ、すべてのブタで異常なく麻酔状態となり、約半数でチアノーゼ、不整脈などの症状が出現した。
以上より、本発明における好適な麻酔剤投与条件及び心臓機能項目の組み合わせの好適な例としては、1)3種混合麻酔(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノール)の筋肉内投与及び心不全及び/又は血清中の心臓傷害マーカーの顕著な上昇の組み合わせや、2)アルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与による麻酔導入及びその後のイソフルランの吸入投与による麻酔状態維持とチアノーゼ及び/又は不整脈及び/又は心不全及び/又は血清中の心臓傷害マーカーの顕著な上昇の組み合わせ、が挙げられるが、これらに限定するものではない。
なお、上記心臓の機能低下と併せて、又は、該機能低下の代わりに、血清中の心臓傷害マーカーを、本発明に係る母ブタの選別方法の指標とすることが出来る。ここで、心臓障害マーカーとは、心筋細胞が何らかの障害を受けた際に、心筋より血液中に放出される因子であり、採血後の血清中に回収され、該因子を定量することで、如何程の障害を心臓が負ったか測定することが出来る。具体的には、特に限定はしないが、心臓由来脂肪酸結合蛋白(H-FABP)、心筋トロポニンI(Troponin I)、トロポニンT(Troponin T)、ミオグロビン(Mb)、クレアチンキナーゼエンザイムMB(CK-MB)又はミオシン軽鎖等があり、好ましくは心筋トロポニンI及びトロポニンTであり、特に好ましくは心筋トロポニンIである。発明者らは、〔0049〕において、BMD心筋症モデルブタへの所定の麻酔処理により、チアノーゼ、不整脈といった心臓機能低下を示す症状の出現と同時に、血清中心筋トロポニンI濃度の上昇を確認している。
【0028】
本発明に係るBMD心筋症モデルブタの性状は、ジストロフィン変異遺伝子及び/又は、該遺伝子と同様に、X染色体上に局在する劣性遺伝の原因遺伝子によって誘導される為、該遺伝子をX染色体上に有する雄ブタでのみ発症し、該原因遺伝子をヘテロに有する雌ブタでは基本的に発症せず、よって、該雌ブタを用いて継代維持することが可能である(〔0022〕)。即ち、特に該原因遺伝子がジストロフィン変異遺伝子である場合、該ジストロフィン変異遺伝子を保因する母ブタから生まれる雄仔ブタ及び雌仔ブタは、いずれも確率的にはおよそ半数しか該変異遺伝子を有しておらず、残り半数は、それぞれBMD心筋症モデル雄ブタ及びジストロフィン変異遺伝子の保因雌ブタとはならないことになる。
【0029】
この為、ジストロフィン変異遺伝子を原因遺伝子とするBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別する目的で、該母ブタが出産した雄仔ブタに、麻酔剤投与を行う際に、予め該変異遺伝子を有していない雄仔ブタ、即ち、正常ジストロフィンを発現する雄仔ブタを除外することが出来れば、より効率的に該母ブタを選別することが可能となる。
【0030】
上記の雄仔ブタにおいて、正常ジストロフィン発現の有無を判断する方法としては、様々な方法が考えられる。特にこれらに限定はしないが、例えば、筋肉における遺伝子・mRNA・蛋白質レベルでのジストロフィン発現解析により、正常なジストロフィン発現の減弱及び/又は異常なジストロフィンの発現や増強などによって判断するのでもよく、筋肉の病理組織検査や抗ジストロフィン抗体を用いた免疫組織染色により、筋肉の変性、壊死、萎縮及び/又は抗ジストロフィン抗原の減少などによるのでもよい。
【0031】
よって、本発明において、ジストロフィン変異遺伝子を原因遺伝子とするBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別する目的で、該母ブタが出産した雄仔ブタに、麻酔剤投与を行う前に、該雄仔ブタにおいて、正常ジストロフィン発現の有無を判断する何らかの方法を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雄仔ブタのみを予め選択し、該選択雄仔ブタのみに前記麻酔剤投与を行ってもよく、特に限定はしないが、正常ジストロフィン発現の有無を判断する方法としては、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査が好ましい方法である。
【0032】
なお、本発明の第1の形態に係る、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別する方法によって選別された該母ブタ、及び該母ブタの子孫であるBMD心筋症の保因雌ブタ及びBMD心筋症モデルブタとなる雄ブタ、はいずれも本願発明の一形態として含まれる。
ここで、子孫とは、母ブタから、該母ブタの遺伝子の一部を承継して生まれるブタのことであり、雌雄いずれをも含む。承継される遺伝子には、〔0022〕に記載した、BMD心筋症モデルブタとなる原因遺伝子が含まれており、特に限定はしないが、好ましくは、何らかの変異を伴うジストロフィン遺伝子であり、特に好ましくは、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子(後述)である。
【0033】
本発明に係る選別方法より、ジストロフィン変異遺伝子を原因遺伝子とするBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタが選別された場合、該母ブタ が出産した雄仔ブタは、BMD心筋症モデルブタとなり、雌仔ブタは、BMD心筋症の保因雌ブタとなるが、〔0028〕に記した様に、雄/雌仔ブタとも、BMD心筋症モデル雄ブタ/保因雌ブタ該当するのは、それぞれ約半数ということになる。
【0034】
そこで発明者らは、上記の選別された母ブタからより効率的に、BMD心筋症モデル雄ブタ/保因雌ブタを選抜する方法として、ジストロフィン変異遺伝子を原因遺伝子とするBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタとして選別された該母ブタに対し、〔0030〕及び〔0031〕に記した、正常ジストロフィン発現の有無を判断するなんらかの方法を実施するという創意工夫を行い、発明を完成させた。
【0035】
即ち、本発明の第2の形態は、本発明の第1の形態に係る選別方法によって選別された、ジストロフィン変異遺伝子を原因遺伝子とするBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタが出産した仔ブタにおいて、正常ジストロフィン発現の有無を判断するなんらかの方法を実施し、ジストロフィンの発現の減弱及び/又は筋肉の変性病変の生じている雄仔ブタ及び雌仔ブタを、BMD心筋症モデル雄ブタ及びBMD心筋症保因雌ブタとして、それぞれ選抜する選抜方法であり、特に限定はしないが、前記した、正常ジストロフィン発現の有無を判断する方法としては、筋肉でのジストロフィン発現解析及び/又は筋肉の病理組織検査が好ましい方法である。
【0036】
更に、発明者らは、本発明の第1の形態である、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別する方法を用いて、様々な家系のブタから、鋭意選別を行った結果、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子をヘテロに有する雌ブタが、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタとなりうることを見出した。更に、該母ブタが出産した仔ブタに対し、本発明の第2の形態に係る選別方法によって、選別を行った仔ブタを解析した結果、該欠損遺伝子を有する雄仔ブタはBMD心筋症モデルブタとなり、該欠損遺伝子を有する雌仔ブタはBMD心筋症を保因する雌ブタとなることを確認した。
【0037】
以上より、本発明の第3の形態は、BMD心筋症モデルブタとなる雄ブタであって、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、該心筋症モデルブタとなる雄ブタ、及び、同じく、BMD心筋症の保因雌ブタであって、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有することを特徴とする、該心筋症の保因雌ブタ、である。
なお、該発明に係るエクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子とは、〔0024〕に既定された「エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子」を人為的に誘導したものを示す。
今回、エクソン21~28領域を欠損した変異ジストロフィン遺伝子は、発明者らによって初めて見いだされ、該遺伝子変異に基づいてBMD心筋症モデルブタが生じることが確認されたため、当業者に公知な既存の手法を用いることによって、該心筋症モデルブタを作成することが可能である。即ち、特に限定はしないが、受精卵の段階でCRISPR/Cas9システムを構成するCas9タンパク質およびガイドRNAを受精卵内に導入する方法や、マイクロインジェクション、エレクトロポレーション、トランスフェクション、リポフェクションなど受精卵へ外来遺伝子を導入する方法などにより、エクソン21~28領域を欠損した変異ジストロフィン遺伝子を有するブタを人為的に作成することは可能である。このことから、該変異遺伝子によって、BMD心筋症モデルブタを作成する方法が完成したことになる。
【0038】
また、〔0032〕及び〔0037〕に記載したBMD心筋症モデルブタとなる雄ブタからから採取、保管および/または凍結した精子、及び/又は、同じく〔0032〕及び〔0037〕に記載したBMD心筋症の保因雌ブタから採取、保管および/または凍結した卵子又は受精卵は、本発明の第4の形態である。
ここで採取とは、動物本体から物理的に分取することであり、特に限定はしないが、例えば、精子については、性成熟に達する時期まで一般飼育した後、用手法により射出させてもよく、精巣上体尾部から精巣上体精子として回収するのでもよい。また、卵子及び受精卵についても、保因雌ブタから外科的に回収することが出来る。精子、卵子及び受精卵の保管方法は、特に限定はしないが、所定の保存液等に浸漬し、超低温状態にて維持することが望ましい。
【0039】
本発明の第5の形態は、本発明の第1の形態に係る方法で選別されたBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの子孫である該心筋症モデルブタに、薬剤を投与し、麻酔剤投与を行うことによる心臓の機能低下誘発及び/又は血清中心臓傷害マーカーを指標として、該薬剤を評価することを特徴とする、該心筋症の治療薬のスクリーニングまたは評価方法である。
該方法に係るBMD心筋症モデルブタは、特に限定はしないが、好ましくは、何らかの変異を伴うジストロフィン遺伝子を有する雄ブタであり、特に好ましくは、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィン変異遺伝子を有する雄ブタである。
また、本発明の第3の形態に係る、エクソン21~28領域の欠損を人為的に誘導した変異ジストロフィン遺伝子を有する雄ブタからなるBMD心筋症モデルブタに、薬剤を投与し、麻酔剤投与を行うことによる心臓の機能低下誘発及び/又は血清中心臓傷害マーカーを指標として、該薬剤を評価することを特徴とする、該心筋症の治療薬のスクリーニングまたは評価方法も、該第5の形態に含まれる。
なお、本発明に係るスクリーニングまたは評価方法の指標は、心臓の機能低下誘発のみであっても特に問題はないが、判断の迅速性が要求される点から、限定はしないが、血清中心臓障害マーカー単独で、又は、該心臓機能低下共に、指標とすることが望ましい。
【0040】
本形態に係る薬剤には特に制限はなく、任意の物質を用いることが可能である。特に限定はしないが、例えば、天然由来の化合物、人工合成された化合物、ペプチド、タンパク質、脂質、核酸(リボ核酸、デオキシリボ核酸等) が挙げられる。該薬剤として、食品由来の物質を用いてもよい。該薬剤は、単一の化合物であってもよく、抽出物等の組成物であってもよい。
【0041】
本形態に係る薬剤の投与においては、薬剤を如何なる投与経路及び/又は投与間隔により、モデルブタに投薬するかについて、特に限定しない。投与経路の例としては、口腔内投与、舌下投与といった経口投与や、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、経皮投与、経鼻投与、経肺投与等の非経口投与などが挙げられるが、これらに限られるものではない。また、投与間隔についても、単回投与、複数回の連続投与、点滴静注投与に代表される、一定期間持続投与等、が例示出来るが、これらに限定されるものではない。
【0042】
本発明に係るブタは、哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科の動物であり、いずれの種類に属するものでもよく、限定はしないが、ブタは類人猿以上に体重や皮膚の状態、内臓の大きさなどがヒトに近く、生理学・解剖学の観点においても、ヒトと類似している動物であり、特に医学・薬学分野の実験用に家畜ブタや小型ブタが用いられる。家畜ブタの主な品種(breeds)としては、大ヨークシャー種、ランドレース種、デュロック種、バークシャー種、ハンプシャー種等及びこれらの交雑種があるが、特に限定はしない。好ましくは、ランドレース、大ヨークシャー、デュロックの交雑種である。小型ブタには、ポットベリー種、ゲッティンゲン種やこれらと家畜ブタの交雑種等があり、更に、小型ブタを品種改良し、更に小型化したミニブタやマイクロブタ等も含まれるが、特にこれらに限定するものではない。
【0043】
本発明の第1の態様に係る、雄仔ブタに、麻酔剤投与を行う時期は、特に限定はしないが、好ましくは子豚育成期であり、特に好ましくは、生後3か月齢である。
また、該第1の態様に係る該麻酔剤投与を行う前において、及び/又は第2の態様に係る仔ブタにおいて、正常ジストロフィン発現の有無を判断する何らかの方法を実施する時期についても、特に限定はしないが、好ましくは離乳後の子豚育成期であり、特に好ましくは、生後70日齢である。
【実施例0044】
以下に実施例を示す。これらは、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の改良及び設計の変更を行ってもよい。
【0045】
1.BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの選別
(1)候補母ブタが出産した雄仔ブタに対する麻酔剤投与による心不全発症有無
1-1.概要
発明者らの保有する様々な家系のブタから、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの選別を試みた。ヒトでのBMD患者において、麻酔処置により心筋障害による突然死が誘発される事例があることから、該モデルブタを出産する母ブタ候補の雄仔ブタに、一定条件の麻酔処理を行うことで、心臓の機能に何らかの低下が誘発されるのではないか、と考え、以下の実験を行った。
【0046】
1-2.方法
BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの選別に当たり、該選別の検査対象中の、ある1家系の母ブタから生まれた同腹の雄仔ブタ4頭に、生後3週齢において、3種混合麻酔(塩酸メデトミジン、ミダゾラム、酒石酸ブトルファノール(塩酸メデトミジン:ミダゾラム:酒石酸ブトルファノール=3:2:2 (ml)、0.1ml/kg)を筋肉内投与により麻酔を施した。
上記麻酔剤を投与した雄仔ブタの骨格筋及び心筋での病理組織検査、抗ジストロフィン抗体を用いた組織免疫染色については、以下の方法で行った;格筋及び心筋の病理組織検査(骨格筋及び心筋を10%中性緩衝ホルマリンで固定し、パラフィンブロックに包埋した。ミクロトームを用いて4μmに薄切し、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)を行い、光学顕微鏡で病変の有無を観察した。)、抗ジストロフィン抗体を用いた免疫染色(骨格筋及び心筋のパラフィン切片(4μm)を対象とし、抗ジストロフィン一次抗体には、Abcam社のab3149(希釈倍率100倍)とab15277(希釈倍率500倍, C末端認識抗体)の2種類を用いた。抗原賦活化処理は、immunosaver(日新EM株式会社)を用い、100℃45分で行った。二次抗体には、Alexa fluor 488標識抗マウスIgG抗体(希釈倍率1000倍)と抗ウサギIgG抗体(希釈倍率1000倍)を用いた。VECTASEED with DAPI(水溶性封入剤)にて封入および核染色を行い、蛍光顕微鏡FSX100(Olympus)で観察した。)。
【0047】
1-3.結果
上記した同腹の雄仔ブタ4頭に上記麻酔剤により麻酔を施したところ、4頭中3頭が麻酔覚醒後からチアノーゼを呈し、うち2頭が翌日までに死亡した(図1左図)。これら4頭を病理解剖したところ、麻酔後に異常を示した3頭に心不全の所見を確認し、右心室に高度な拡張を認めた(図1右図)。麻酔で異常を示さなかった1頭には大きな変化は見られなかった。病理組織、抗ジストロフィン抗体による免疫染色及びジストロフィンの発現解析の結果、前者3頭は骨格筋及び心筋における変性病変を認め(図2)、ジストロフィンの発現の低減を認めた(図3右図)。麻酔で異常を示さなかった1頭は、骨格筋及び心筋に異常を認めず、ジストロフィンの正常な発現を認めた(図3左図)。
以上より、今回評価した母ブタが出産した雄仔ブタに施した上記麻酔剤投与条件は、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの選別を行うに当たり、心不全という心臓の機能低下を誘発しうる条件であることが明らかとなった。
また、今回評価した母ブタが出産した雄仔ブタは、BMD心筋症モデルブタの要件を満たしており、特に、骨格筋及び心筋において、筋構造の変性病変及びジストロフィン発現の低下が認められることから、何らかのジストロフィン変異遺伝子が原因遺伝となって、該モデルブタが形成されている可能性が強く示唆された。この為、今回評価した母ブタ及び/又は該母ブタが出産した仔ブタを用いて、更なる検討を行った。
【0048】
2.BMD心筋症モデルブタを形成する原因遺伝子としての新規なジストロフィン変異遺伝子の解明
2-1.概要
上記項目1.にて見出された、BMD心筋症モデルブタを形成する原因遺伝子としてのジストロフィン変異遺伝子が如何なるものであるのか、解明するべく、該モデルブタの筋肉よりmRNAを抽出し、発現している変異ジストロフィンの同定を行った。
【0049】
2-2.方法
上記項目1.のBMD心筋症モデルブタである雄仔ブタから回収・凍結保存した筋肉を検体としてジストロフィン遺伝子mRNA解析を行った。mRNA抽出は、検体をドライアイスで冷やした乳鉢と乳棒で粉末状にした後、RNeasy Plus Micro Kit(QIAGEN)を用い、付属説明書に従い行った。RQ1 RNase-Free DNase(Promega)を用いてDNase処理した。逆転写反応はReverTra -Plus-(東洋紡)を用い、付属説明書に従い行った。得られたcDNAを希釈してテンプレートとしてKODFX neo(東洋紡)を用いてPCRを実施した。プライマーはSus scrofa dystrophin (DMD), mRNA(NM_001012408.1)の配列に基づき設計した。 PCR産物は1%アガロースゲルを用いて電気泳動を行い、Midori Green Advance(NIPPON Genetics EUROPE GmbH)にて染色、UVキャビネットを用いて観察した。確認された目的のバンドを切り出し、NucleoSpin Gel and PCR Clean-up(タカラバイオ株式会社)を用いて精製した。精製したPCR産物のDNAシークエンス解析(ユーロフィンジェノミクス株式会社)を実施した。
【0050】
2-3.結果
上記項目1.にて見出された、BMD心筋症モデルブタを形成する原因遺伝子としてのジストロフィン変異遺伝子を解析した結果、エクソン21~28領域の1041bp(NM_001012408.1 Sus scrofa dystrophin (DMD) mRNA、2966-4006)を欠損したジストロフィンであった。ジストロフィン遺伝子として、該変異遺伝子を有することで、心筋及び骨格筋におけるジストロフィン発現が低減し、雄仔ブタにおいてはBMD心筋症の症状を呈するモデルブタとなり、該変異遺伝子をヘテロに有する雌仔ブタは、該BMD心筋症の保因ブタとなることが示唆された。
【0051】
3.BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの選別
(2)該モデルブタを出産した母ブタが出産した雄仔ブタを用いた、更なる麻酔剤投与条件及び心臓機能低下現象の検討
3-1.概要
上記項目1.にて見出された、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを用いて、該母ブタが出産する雄仔ブタに、上記項目1.での条件とは異なる麻酔処理を行うことで、上記項目1.で具現した心臓の機能低下とは異なる機能低下現象が誘発される事例を検討した。
【0052】
3-2.方法
上記項目1.での母ブタと同一家系の母ブタより生まれた同腹の雄仔ブタ(生後3か月齢)6頭に対して、アルファキサロン及びジアゼパムの筋肉内投与により麻酔導入(アルファキサロン5mg/kg、ジアゼパム0.5mg/kg)し、イソフルランの吸入投与(濃度1.5~2%)により維持した。イソフルラン吸入濃度を4%まで徐々に上昇させ、状態の変化を、体色や可視粘膜の色調の変化、心電図により観察した。その後、病理解剖し、骨格筋及び心臓における病変の有無を検査し、更に、骨格筋及び心筋の病理組織標本を以下の要領で作成・観察した。即ち、骨格筋及び心筋を10%中性緩衝ホルマリンで固定、パラフィンブロックに包埋し、ミクロトームを用いて4μmに薄切後、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)を行い、光学顕微鏡で病変の有無を観察した。抗ジストロフィン抗体を用いた免疫染色は以下の要領で実施した。即ち、骨格筋及び心筋のパラフィン切片(4μm)を対象とし、抗ジストロフィン一次抗体には、Abcam社のab3149(希釈倍率100倍)とab15277(希釈倍率500倍, C末端認識抗体)の2種類を用いた。抗原賦活化処理は、immunosaver(日新EM株式会社)を用い、100℃45分で行った。二次抗体には、Alexa fluor 488標識抗マウスIgG抗体(希釈倍率1000倍)と抗ウサギIgG抗体(希釈倍率1000倍)を用いた。VECTASEED with DAPI(水溶性封入剤)にて封入および核染色を行い、蛍光顕微鏡FSX100(Olympus)で観察した。ジストロフィン遺伝子の発現解析としては、凍結保存した筋肉を検体に用いて、ジストロフィン遺伝子mRNA解析を実施した。mRNA抽出は、検体をドライアイスで冷やした乳鉢と乳棒で粉末状にした後、RNeasy Plus Micro Kit(QIAGEN)を用い、付属説明書に従い行った。RQ1 RNase-Free DNase(Promega)を用いてDNase処理した。逆転写反応はReverTra -Plus-(東洋紡)を用い、付属説明書に従い行った。得られたcDNAを希釈してテンプレートとしてKODFX neo(東洋紡)を用いてPCRを実施した。プライマーはSus scrofa dystrophin (DMD), mRNA(NM_001012408.1)の配列に基づき設計した。PCR産物は1%アガロースゲルを用いて電気泳動を行い、Midori Green Advance(NIPPON Genetics EUROPE GmbH)にて染色、UVキャビネットを用いて観察した。確認された目的のバンドを切り出し、NucleoSpin Gel and PCR Clean-up(タカラバイオ株式会社)を用いて精製した。精製したPCR産物のDNAシークエンス解析(ユーロフィンジェノミクス株式会社)を実施した。麻酔処置前後の血清を採取し、心臓傷害マーカーである心筋トロポニンI 濃度をELISAキット(High sensitivity pig cardiac troponin-I ELISA, Life Diagnostics, Inc)により測定した。
【0053】
3-3.結果
雄仔ブタ6頭に上記条件にて麻酔を行ったところ、すべての豚で異常なく麻酔状態に陥った。6頭中3頭はイソフルラン濃度を上昇させることより、チアノーゼ、不整脈といった心臓機能低下を示す症状が出現し、BMD心筋症モデルブタであることが示唆された。病理解剖の結果、麻酔下で症状が発現した該3頭を含めた4頭の雄豚で右心室の拡張、心嚢水の増加、点状出血といった所見が認められた。病理組織検査の結果、雄仔豚6頭のうち病理解剖で異常を認めた4頭で心筋及び骨格筋で変性病変を確認した。また、ジストロフィンの発現解析の結果、雄仔豚6頭のうち同一の4頭でジストロフィンの発現の低減を認めた。 血清中心筋トロポニンI 濃度は、雄仔豚6頭のうち病理解剖で異常を認めた4頭で処置後に上昇した。
以上より、上記項目1.での母ブタと同一家系の母ブタが出産した雄仔ブタに、上記項目1.とは異なる麻酔剤投与条件を施すと、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタの選別を行うに当たり、死亡に至る心不全症状とは異なる心臓の機能低下現象、即ち、該モデルブタを死亡させることなく、心臓機能の異常(軽度のチアノーゼや不整脈など)を評価しうること、および、該心臓機能異常と共に、心臓傷害マーカーである血清中の心筋トロポニンI濃度が上昇すること、が明らかとなった。
【0054】
4.BMD心筋症の保因雌ブタの効率的な選抜方法確立
4-1.概要
上記項目1.に係るBMD心筋症モデルブタを出産する母ブタが出産した雌仔ブタから、BMD心筋症の保因雌ブタを効率的に選抜する選抜方法の確立を試みた。具体的には、正常なジストロフィン発現量が減少している雌仔ブタを見出すべく、該母ブタが出産する全ての雌仔ブタにおいて、筋肉を一部採取し、該筋肉での正常ジストロフィンの発現解析及び病理組織検査を実施した。
【0055】
4-2.方法
上記項目1.での母ブタと同一家系の母ブタから生まれた同腹の雌仔ブタ8頭を、生後70日において、イソフルランの吸入により麻酔し(濃度1.5~2%)、内腿部の筋肉を1cm大で切除した。切除した筋肉を半割し、片方はホルマリン固定、パラフィン包埋し、病理組織標本の作製、抗ジストロフィン抗体を用いた免疫染色に用いた。具体的には、10%中性緩衝ホルマリンで固定し、パラフィンブロックに包埋した後、ミクロトームを用いて4μmに薄切し、HE染色及び抗ジストロフィン一次抗体(Abcam社のab3149(希釈倍率100倍)を用いた免疫染色を行った。
もう一方の筋肉片よりmRNA、DNAを抽出し、遺伝子検査を行った。即ち、該筋肉片をドライアイスで冷やした乳鉢と乳棒で粉末状にした後、RNeasy Plus Micro Kit(QIAGEN)を用いmRNAを抽出した。RQ1 RNase-Free DNase(Promega)を用いてDNase処理した。ReverTra -Plus-(東洋紡)を用い逆転写反応を行った。得られたcDNAを希釈してテンプレートとしてKODFX neo(東洋紡)を用いてPCRを実施した。PCR産物は1%アガロースゲルを用いて電気泳動した。確認された目的のバンドを切り出し、NucleoSpin Gel and PCR Clean-up(タカラバイオ株式会社)を用いて精製した。精製したPCR産物のDNAシークエンス解析(ユーロフィンジェノミクス株式会社)を実施した。
【0056】
4-3.結果
検査対象の8頭中4頭において、ジストロフィンの発現が減弱し、そのうち3頭では筋肉の変性病変も認められたことから、その3頭を保因雌ブタとして選抜した。該保因雌ブタのうち1頭を母ブタとして選定し、該母ブタが産出した仔ブタも同様の病態を示すことを確認した。
以上より、新生児ブタからの筋生検により、ジストロフィンに異常を持つ仔ブタを早期に特定することができ、これにより、BMD心筋症の保因雌ブタの効率的な選抜方法が確立された。
【0057】
5.BMD心筋症モデルブタからの精子及びBMD心筋症の保因雌ブタからの卵子・受精卵の採取及び凍結保存
5-1.概要
エクソン21~28領域を欠損するジストロフィン変異遺伝子を原因遺伝子とするBMD心筋症モデルブタから精子を、また、該BMD心筋症の保因ブタから卵子・受精卵を、それぞれ採取し、凍結保存を試みた。
【0058】
5-2.方法
BMD心筋症モデルブタである雄ブタを、性成熟に達する時期(7か月齢)まで一般飼育し、用手法により射出精子を採取するとともに病理解剖時に精巣上体尾部から精巣上体精子を採取し、常法を用いて0.25~0.5 mLストロー内で凍結保存した。
また、BMD心筋症モデルの保因ブタである雌ブタを、性成熟に達する時期(7か月齢)まで一般飼育し、外科的に卵子又は受精卵を採取し、ブタ胚ガラス化保存液キット(機能性ペプチド研究所)を用いてガラス化保存した。
【0059】
5-3.結果
前記精子及び卵子・受精卵共、良好な状態で採取し、凍結保存出来た。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係る方法によれば、BMD心筋症モデルブタを出産する母ブタを選別することが出来、従来見出すことの困難であった、新規のBMD心筋症モデル雄ブタ及び/又は該モデル雄ブタを出産する、BMD心筋症の保因雌ブタを確保することが出来る。これにより、異なる発症原因に基づいた様々な該心筋症モデルを獲得することが出来、BMD心筋症に対して、重層的な研究及び原因解明が可能となる為、BMD心筋症の治療・予防等に関連する多くの産業に利用することが出来る。
また、特に、本発明に係る、エクソン21~28領域を欠損したジストロフィンによるBMD心筋症モデルブタは、ヒトのBMD心筋症と症状等が酷似している為、該モデルブタを、該疾患の病態モデルとして用いることにより、不明点の多いベッカー型筋ジストロフィー心筋症の病態生理の解明、あるいは治療薬の研究が容易となり、医療・創薬分野における利用可能性は極めて高い。
更に、近年のDMD治療薬の開発により、重篤な症状を呈するDMD患者の症状を、比較的軽微なBMD様症状に緩和することが可能となった為、本発明に係るBMD心筋症モデルブタを用いることで、BMD治療薬のみならず、DMDの新規治療薬開発の可能性までも期待できる。
図1
図2
図3