(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022154610
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】挿し木苗の生産方法
(51)【国際特許分類】
A01G 2/10 20180101AFI20221005BHJP
【FI】
A01G2/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021057727
(22)【出願日】2021-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中浜 克彦
(72)【発明者】
【氏名】浦田 信明
(72)【発明者】
【氏名】宮内 謙史郎
(72)【発明者】
【氏名】根岸 直希
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、柔らかい挿し穂を効率よく発根させることができる挿し木苗の生産方法を提供することにある。
【解決手段】本発明は、広葉樹又は落葉針葉樹植物の挿し穂を透光性保護材で被覆するとともに、挿し穂が挿し付けられた培地を、培地の少なくとも一部が吸水性部材に接するように載置して、底面灌水して挿し穂から発根させる発根培養工程を含む、挿し木苗の生産方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
広葉樹又は落葉針葉樹植物の挿し穂を透光性保護材で被覆するとともに、挿し穂が挿し付けられた培地を、培地の少なくとも一部が吸水性部材に接するように載置して、底面灌水して挿し穂から発根させる発根培養工程を含む、挿し木苗の生産方法。
【請求項2】
透光性保護材は、フィルム状又は容器状である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
透光性保護材内部の湿度は、80%以上である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
培地の水分度は、60%以下である、請求項1~3に記載の方法。
【請求項5】
吸水性部材が、シート状またはマット状である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
広葉樹植物が、サクラ属植物又はユーカリ属植物である、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
落葉針葉樹植物が、カラマツ属植物である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
発根培養工程が、培地を少なくとも略底部に開口部を有する培養容器中に格納し、開口部を介して培地が吸水性部材に接するように培養容器を吸水性部材上に載置して灌水を行う工程である、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
発根培養工程が、2週間~10ヶ月行われる、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
透光性保護材、
挿し穂を挿し付けるための培地、
挿し穂を挿し付けた培地を格納する培養容器、
及び
吸水性部材、
を含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法を実施するための、植物の挿し木苗育苗用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、挿し木苗の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
挿し木は人為的に切断された植物組織を用いて発根床内で発根させ、独立した一つの植物体を作出する方法であり、遺伝的に均一な苗を大量増殖するのに優れた方法である。
広葉樹や一部の針葉樹の挿し木の発根培養の条件として、湿度は80%以上必要とされている。湿度を上げる方法としては、密閉挿しや挿し木中にミスト散水を繰り返す方法がある。しかし、一般的な密閉挿しでは灌水を腰水で行うため、培地が水分過多状態になり通気性不良が起こり易い。また、ミスト散水を繰り返す方法では地上部への散水(頭上灌水)を頻繁に行うため、挿し穂が痛み易いのが問題である。
【0003】
特許文献1には、挿し穂が挿し付けられた培地を、少なくとも培地の一部が吸水性部材に接するよう設置して、吸水性部材を介して灌水を行い、挿し穂から発根させることにより、水分環境が均一化され、発根率を向上できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の方法は、通気性は良好となるものの湿度を保持することが難しく、クチクラ層が未発達の、いわゆる柔らかい挿し穂を発根させることが困難な場合がある。
本発明の目的は、柔らかい挿し穂を効率よく発根させることができる挿し木苗の生産方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の〔1〕~〔10〕を提供する。
〔1〕広葉樹又は落葉針葉樹植物の挿し穂を透光性保護材で被覆するとともに、挿し穂が挿し付けられた培地を、培地の少なくとも一部が吸水性部材に接するように載置して、底面灌水して挿し穂から発根させる発根培養工程を含む、挿し木苗の生産方法。
〔2〕透光性保護材は、フィルム状又は容器状である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕透光性保護材内部の湿度は、80%以上である、〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕培地の水分度は、60%以下である、〔1〕~〔3〕に記載の方法。
〔5〕吸水性部材が、シート状またはマット状である、〔1〕~〔4〕のいずれか一項に記載の方法。
〔6〕広葉樹植物が、サクラ属植物又はユーカリ属植物である、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の方法。
〔7〕落葉針葉樹植物が、カラマツ属植物である、〔1〕~〔6〕のいずれか1項に記載の方法。
〔8〕発根培養工程が、培地を少なくとも略底部に開口部を有する培養容器中に格納し、開口部を介して培地が吸水性部材に接するように培養容器を吸水性部材上に載置して灌水を行う工程である、〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載の方法。
〔9〕発根培養工程が、2週間~10ヶ月行われる、〔1〕~〔8〕のいずれか一項に記載の方法。
〔10〕透光性保護材、
挿し穂を挿し付けるための培地、
挿し穂を挿し付けた培地を格納する培養容器、
及び
吸水性部材、
を含む、〔1〕~〔9〕のいずれか一項に記載の方法を実施するための、植物の挿し木苗育苗用キット。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、培地内の通気性が保持できるだけでなく、透光性被覆材を用いて挿し穂を高湿度に保つことが可能となり、広葉樹又は落葉針葉樹植物など柔らかい挿し穂からの発根率を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔1.挿し木苗の生産方法〕
〔発根培養工程〕
(挿し穂)
本発明においては、挿し木苗を得たい広葉樹又は落葉針葉樹植物の挿し穂を用いる。広葉樹植物は、落葉広葉樹及び常緑広葉樹のいずれでもよい。
落葉広葉樹は、広葉樹植物の大半を占め、例えば、サクラ属(Prunus)植物(例えば、サクラ(Prunus spp.)ウメ(Prunus mume)、ユスラウメ(Prunus tomentosa))、クヌギ属(Quercus)植物(クヌギなど(Quercus acutissima))、ブドウ(Vitis)属植物、リンゴ(Malus)属植物、バラ属(Rosa)植物、ジャカランダ属(Jacaranda)植物(ジャカランダ(Jacaranda mimosifolia)など)、ナシ属(Pyrus)植物(ナシ(Pyrus serotina Rehder、Pyrus pyrifolia)など)、が挙げられる。
【0009】
常緑広葉樹は、例えば、ユーカリ属植物、マンゴー属(Mangifera)植物(例えば、マンゴー(Mangifera indica))、アカシア属(Acacia)植物、ヤマモモ属(Myrica)植物、ワニナシ属(Persea)植物(アボカド(Persea americana)など)、ビャクダン属(Santalum)植物(ビャクダン(サンダルウッド;Santalum album)など)が挙げられる。これらのうち、芽が芽鱗で守られていない、葉のクチクラ層が未発達の種(例えば、亜熱帯性/熱帯性種、硬葉樹、等の、照葉樹以外の種)が好ましく、ユーカリ属植物が好ましい。
【0010】
落葉針葉樹は、落葉性の針葉樹であり、例えば、カラマツ属(Larix)植物(例えば、カラマツ(Larix kaempferi)、グイマツ(Larix gmelinii)など)が挙げられる。
【0011】
挿し穂は、植物の少なくとも一部であればよく、緑枝(当年枝)、熟枝(前年以前に伸びた枝)等の枝;頂芽、腋芽などの芽;葉、子葉;胚軸などが挙げられ、枝、芽を含むことが好ましく、緑枝(当年枝)、頂芽枝がより好ましい。挿し穂は、シュートを含んでもよい。これにより、不定根形成が容易となり得る。シュートとは、発根能を有する組織を言い、例えば、枝、茎、萌芽、頂芽、腋芽、不定芽、葉、子葉、胚軸、不定胚、苗条原基、これらの具体例から誘導される多芽体(特開平8-228621号公報)が挙げられ、萌芽が好ましい。
【0012】
(透光性保護材)
本発明においては、透光性保護材で挿し穂を被覆する。これにより、落葉樹植物、当年枝等の柔らかい挿し穂の湿度を適切な範囲に保ち、発根を効率よく行うことができる。
【0013】
透光性保護材は、光透過性を有し(好ましくは、光透過率が80%以上、より好ましくは85%以上、更に好ましくは90%以上)、かつ、水分を実質的に通さない材であればよい。材質としては、例えば、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート等の樹脂、ガラス、不織布等の繊維が挙げられる。透光性保護材の形状は、例えば、フィルム状、容器状、シート状が挙げられる。フィルム状、シート状の透光性保護材としては、農業用ポリエチレンフィルム、農業用ビニールを用いることができる。容器状の透光性保護材としては、苗帽子(例えば、樹脂製、不織布製)を用いることができる。
【0014】
透光性保護材で被覆することにより、培地の水分度を低く保ちつつ、湿度を高くすることができる。湿度は、発根培養期間中の平均値が、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上に調整することができる。これにより、広葉樹および落葉針葉樹植物の当年枝等の柔らかい挿し穂からの発根を促進し、育苗を効率よく行うことができる。上限については特に制限はない。湿度は、圃場管理システムを利用してリアルタイム測定し、その平均値を算出すればよく、後段の実施例でもこの方法で測定した。
【0015】
本明細書において、水分度とは、発根培地の体積含水率(%)を意味する。培地の水分度は、60%以下が好ましく、より好ましくは45%以下、とりわけ好ましくは30%以下である。水分度の測定は、土壌水分センサー(例えば、WD-3、株式会社A・R・P製)を用いた測定方法により、圃場管理システムを利用してリアルタイム測定し、その平均値を算出すればよく、後段の実施例でもこの方法で測定した。
【0016】
(吸水性部材)
本発明においては、挿し床を吸水性部材に載置する。これにより、底面灌水により適量の水を挿し穂に供給でき、通気性を保持できる。吸水性部材は、吸水性を有する部材であればよく、それ自体が吸水性の材料、または吸水性成分を含む材料の、スポンジ、不織布、織布、紙等の加工品(例えば、ポリエステル製不織布)が挙げられ、不織布が好ましい。吸水性部材は、抗菌剤等の吸水性以外の任意の成分を必要に応じて含んでいてもよい。吸水性部材の形状は特に限定されないが、例えば、マット状、シート状が挙げられる。底面給水用マットとしては、例えば、特開2013-100269号公報に記載のものが挙げられる。
【0017】
(培地、透光性保護材、吸水性部材の位置)
挿し穂は透光性保護材で被覆するとともに、挿し穂が挿し付けられた培地は、少なくとも培地の一部が吸水性部材に接するように設置される。これにより、挿し穂を高湿度に保つことができるとともに、挿し穂の水分環境を適度かつ一定に保つことができ、過湿状態を抑制することができ、病害の発生を抑制し良好な発根率を得ることができる。また、複数の挿し穂の発根を同時に行う場合、良好な発根率が得られるだけでなく発根時期等の成長度を揃えることができるので、複数の挿し穂を一括して育苗工程に移行することが可能となる。
透光性保護材は、通常、挿し穂が挿し付けられた培地を被覆する。被覆の方法としては、例えば、挿し穂が挿し付けられた培地を吸水性部材上に載置し、挿し穂の上部から透光性保護材を被せ、透光性保護材の端部と吸水性部材とが接するように固定する方法が挙げられる。固定は、透光性保護材と吸水性部材を着脱可能に行うことが好ましい。これにより、発根時に適切な湿度となるよう調整できる。固定の際には、ピン、ピック等の固定手段を用いてもよい。
培地のうち吸水性部材に接する部分は、1つでも2以上でもよく、培地の略底部の少なくとも一部を含むことが好ましく、培地の略底部の少なくとも一部であることが好ましい。
【0018】
(防水性部材)
発根培養工程においては、防水性部材を用いてもよい。防水性部材は、吸水性部材の下部に設置できる。これにより、吸水性部材からの水の漏出を抑制し、挿し穂への灌水を効率よく行うことができる。防水性部材は、防水性を有する部材であればよく、その形状は特に限定されないが、例えば、マット状、シート状が挙げられる。防水性部材としては、例えば、ビニールシート、フィルムが挙げられる。
【0019】
(遮光部材)
発根培養工程においては、遮光部材を用いてもよい。遮光部材は、透光性部材と重ねて(例えば、透光性部材の外層側に重ねて)設置できる。これにより、遮光を行い、発根を促進できる。遮光率は、30%以上70%以下が好ましく、40%以上60%以下がより好ましい。
【0020】
(培地)
培地は、挿し穂が支持され、吸水性及び通気性を有するものであれば特に限定されない。培地は、発根培養工程中、挿し穂を支持した状態で保持できれば特に限定されず、従来慣用の培地を用いることができる。培地としては例えば、砂、土(例、赤玉土)等の自然土壌(好ましくは、赤玉土);籾殻燻炭、ココナッツ繊維、バーミキュライト、パーライト、ピートモス、ガラスビーズ等の人工土壌;発泡フェノール樹脂、ロックウール等の多孔性成形品;固化剤(例、寒天又はゲランガム)などが挙げられる。
【0021】
培地は、肥料成分をを含んでもよい。肥料成分としては、例えば、無機成分、銀イオン、抗酸化剤、炭素源、ビタミン類、アミノ酸類、植物ホルモン類等の植物の栄養素の供給源となり得る成分が挙げられる。肥料成分の形態は特に限定されず、固形物(例、粉剤、粒剤)、又は液体(例、液肥)のいずれでもよい。
【0022】
無機成分としては、窒素、リン、カリウム、硫黄、カルシウム、マグネシウム、鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素、モリブデン、塩素、ヨウ素、コバルト等の元素や、これらを含む無機塩が例示される。該無機塩としては例えば、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム、リン酸1水素カリウム、リン酸2水素ナトリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸銅、硫酸ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ホウ酸、三酸化モリブデン、モリブデン酸ナトリウム、ヨウ化カリウム、塩化コバルト等やこれらの水和物が挙げられる。無機成分として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。本発明で用いられる培地においては、窒素、リン、カリウムが必須元素として含まれることが好ましい。よって、これら無機成分の具体例のうち、窒素、リン、カリウム、窒素を含む無機塩、リンを含む無機塩、及びカリウムを含む無機塩が好ましく、窒素、リン、カリウム、窒素を含む無機塩がより好ましい。無機成分は、1種の場合は約1μM~約100mMとなるように添加することが好ましく、約0.1μM~約100mMとなるように添加することがより好ましい。2種以上の組み合わせの場合はそれぞれ約0.1μM~約100mMとなるよう添加することが好ましく、約1μM~約100mMとなるように添加することがより好ましい。
【0023】
銀イオンとしては、例えば、チオ硫酸銀(STS、AgS4O6)、硝酸銀等の銀化合物(銀イオン源)が挙げられ、STSが好ましい。STSは培地中で、チオ硫酸銀イオンの形態を取り、マイナスに帯電していると推測され、これにより健全な根の発根及び伸長を促進に寄与することができる。培地中に添加する銀イオンの濃度は、銀イオン源の種類その他の培養条件などにもよるが、銀イオン源の濃度として約0.5μM以上約6μM以下が好ましく、約2μM以上約6μM以下がより好ましい。
【0024】
抗酸化剤としては、例えば、アスコルビン酸、亜硫酸塩が挙げられ、アスコルビン酸が好ましい。アスコルビン酸は、培地への残留性が低いため、環境汚染を抑制できる。培地中に添加する抗酸化剤の濃度は、約5mg/l以上約200mg/l以下が好ましく、約20mg/l以上約100mg/l以下がより好ましい。
【0025】
炭素源としては、ショ糖等の炭水化物とその誘導体;脂肪酸等の有機酸;エタノール等の1級アルコール、などの化合物を使用することができる。炭素源として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。炭素源は、培地中に約1g/l~約100g/lとなるよう添加することが好ましく、約10g/l~約100g/lとなるように添加することがより好ましい。しかし、栽培を炭酸ガスを供給しながら行う場合には、培地は炭素源を含む必要は無く、含まないことが好ましい。ショ糖等の炭素源となりうる有機化合物は微生物の炭素源ともなるので、これらを添加した培地を用いる場合には、無菌環境下で栽培を行う必要があるが、炭素源を含まない培地を用いることにより、非無菌環境下での栽培が可能となる。
【0026】
ビタミン類としては、例えば、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB4)、ピリドキサール、ピリドキサミン、パントテン酸カルシウム、イノシトール、ニコチン酸、ニコチン酸アミド及び/又はリボフラビン(ビタミンB2)等を使用することができる。ビタミン類として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。ビタミン類は、1種の場合は培地中に約0.01mg/l~約200mg/lとなるように添加することが好ましく、約0.02mg/l~約100mg/lとなるように添加することがより好ましい。2種以上の組み合わせの場合はそれぞれ、培地中に約0.01mg/l~約150mg/lとなるよう添加することが好ましく、約0.02mg/l~約100mg/lとなるように添加することがより好ましい。
【0027】
アミノ酸類としては、例えば、グリシン、アラニン、グルタミン酸、システイン、フェニルアラニン及び/又はリジン等を使用することができる。アミノ酸類として、上記具体例の中から1種を選択して、或いは2種以上を組み合わせて用いうる。アミノ酸類は、培地中に約0.1mg/l~約1000mg/lとなるように添加することが好ましく、2種以上の組み合わせの場合は、それぞれ培地中に約0.2mg/l~約1000mg/lとなるよう添加することが好ましい。
植物ホルモンとしては、例えば、オーキシン及びサイトカイニン等の発根促進剤が挙げられる。オーキシンとしては、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、p-クロロフェノキシ酢酸、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4D)、インドール酪酸(IBA)及びこれらの誘導体等が例示され、これらから選択される1種以上又は2種以上を組み合わせて用い得る。また、サイトカイニンとしては、ベンジルアデニン(BA)、カイネチン、ゼアチン及びこれらの誘導体等が例示され、これらから選択される1種以上又は2種以上を組み合わせて用い得る。植物ホルモンは、オーキシン、又は、オーキシンとサイトカイニンの組み合わせが好ましい。
【0028】
培地中の植物ホルモンの濃度は、植物ホルモンを1種用いる場合には0.001mg/l~10mg/lであることが好ましく、0.01mg/l~10mg/lであることがより好ましい。植物ホルモンが2種以上の場合にはそれぞれ、0.001mg/l~10mg/lであることが好ましく、0.01mg/l~10mg/lであることがより好ましい。植物ホルモンの添加方法は特に限定されず、市販品の説明書に従って添加すればよく、例えば、粉末のまま挿し穂の基部に塗布する方法、培地に添加する方法が挙げられる。
【0029】
培地は、本発明の方法を通じて交換せずに使い続けてもよく、途中で交換してもよく、作業の簡便性の観点から、本発明の方法を通じて交換せずに使い続けることが好ましい。培地には、本発明の方法の途中で肥料成分を補充してもよい。
【0030】
(培養容器)
発根培養工程において、挿し穂を挿し付けた培地は、培養容器に格納することが好ましい。これにより、培地と吸水性部材とが接する部分の調整が容易となり、また、発根培養工程後の育苗工程への移行を、煩雑な作業を省略して円滑に行うことができる。培養容器は、少なくとも略底部に開口部を有することが好ましい。これにより、培地への吸水性部材を介した底面灌水を効率よく行うことができる。開口部の位置は略底部(底面及び底面に近接する側面)の少なくとも一部であればよい。開口部の形状及び形態は特に限定されないが、例えば、点在する2以上の孔でもよいし、底面に1つ又は2つ以上存在する網でもよい。培養容器は、1株の挿し穂を挿し付けた培地を格納できる容器、1株の挿し穂を挿し付けた培地を挿し付けるためのユニットが連結され又は該ユニットに区分けされ、全体として複数の挿し穂を挿し付けられる培養容器が好ましい。これらの容器は、トレーが培地と吸水用部材の接点を妨げるものでなければ、トレーに保持されていてもよい。
【0031】
培養容器としては、培地(土など)が保持され、かつ少なくとも略底部に開口部を有するものであれば特に限定されず、例えばセルトレー、コンテナ(例、特開2017-079706号公報に記載されたコンテナ、マルチキャビティコンテナ(JFA-150、JFA-300)等)、育苗ポット、プランター、およびバット(底面または側面に網状の開口部を有する箱型容器。複数の挿し穂をまとめて挿し付けるものであってもよい。)が挙げられる。培養容器の材質も特に限定はなく、例えば、樹脂、ガラス、木材が挙げられる。
【0032】
(挿し付け)
培地への挿し穂の挿し付け方法は、培地の種類、培養条件等により適宜選択すればよい。また、培地に挿し付ける時に挿し穂の基部に傷をつける等の物理的刺激を加えることも、発根率の向上のために好ましい。挿し穂の基部とは、挿し穂の一端であって根が形成される領域(葉の形成される端部に対し反対側)を意味する。挿し穂として多芽体を用いる場合の基部は、多芽体を分割する際の切断面を有する領域である。挿し穂の基部への傷のサイズ(大きさ、形状など)は特に限定されない。例えば、挿し穂として多芽体を用いる場合、挿し穂の基部(上述の切断面)を正面方向から見た際に十字型となるような傷を付けることが好ましい。傷を付ける際には、ハサミ、ナイフなどの器具を用いることができる。
【0033】
(潅水)
発根培養工程においては、吸水性部材を介して挿し穂に潅水する。すなわち、吸水性部材に給水し、水分が、培地と吸水性部材とが接する部分を介して挿し穂に供給される。吸水性部材への給水は、培地が湿潤するように行うこと、及び/又は、吸水性部材が均一に吸水する状態となるように行うことが、好ましい。これにより、培地の水分環境を適度、一定且つ均一に保持することができる。潅水作業は、手潅水および自動潅水装置のいずれで行ってもよい。
【0034】
発根培養工程の培養期間は、植物種によっても異なるが、通常は2週間~10ヶ月であり、4週間~6ヶ月であることが好ましく、2ヶ月~6ヶ月であることがとりわけ好ましい。発根培養工程は、挿し穂から発根が観察されるまで続ければよい。
【0035】
〔育苗工程〕
発根培養工程の終了後、発根した挿し穂は、育苗して挿し木苗とすることができる。
【0036】
(培地)
育苗工程は、常法に従って行えばよい。例えば、発根後の挿し穂が挿し付けられた培地をそのまま育苗工程で用いることがより好ましい。培地の例は、発根培養工程において説明した培地の例と同じである。育苗工程においては、培地の一部を空気層に接するように設置することが好ましい。これにより、空気根切りが可能となり、ルーピングを抑制できるので、植栽後の活着が向上した挿し木苗を提供できる。培地のうち空気層に接する部分は、1つでも2以上でもよく、培地の略底部の少なくとも一部を含むことが好ましく、培地の略底部の少なくとも一部であることが好ましい。培地のうち空気層に接する部分は、好ましくは、発根培養工程において吸水性部材に接していた培地の一部と同じ部分を少なくとも含むことが好ましく、同じ部分であることがより好ましい。空気層は、培地の一部に接して設けられ、好ましくは、培地の略底部の下に設けられる。空気層を設ける方法は特に限定されないが、例えば、培地、又は培地を格納した容器をトレー、スタンド、架台等に設置して容器が空気層に接するように調整する方法が挙げられる。
【0037】
(容器)
育苗工程において、培地は容器に格納することが好ましい。容器は、発根培養工程で用いていた培養容器とは別の容器でもよいし同じ容器でもよいが、同じ容器が好ましく、発根培養工程で用いていた培養容器をそのまま育苗工程で用いることがより好ましい。これにより、発根培養後の育苗工程への移行を、煩雑な作業を省略して円滑に行うことができる。容器の例は、発根培養工程において説明した培養容器の例と同じである。
【0038】
(灌水、湿度)
育苗工程における灌水方法は、特に限定されず、頭上灌水でもよい。湿度条件も、特に限定されない。
【0039】
育苗工程の培養期間は、植物種、移植/定植場所の気候条件等に応じて適宜設定できる。
【0040】
〔その他の一般的条件〕
発根培養工程及び育苗工程において、上述した以外の条件は、挿し穂の発根及び育苗が可能な条件である限り特に限定されない。条件は、発根培養工程及び育苗工程において同一であっても異なっていてもよい。条件は、挿し穂の種類、部位、状態、培地の種類などにより一概に規定することは難しいが、以下に一例を挙げて説明する。
【0041】
(発根および育苗の場所)
発根および育苗の場所は、閉鎖空間(例、ビニールハウス内、炭酸ガス培養室内、温室内、屋内)又は解放空間(例、屋外)であってもよいが、閉鎖空間が好ましい。これにより、温度、湿度等の条件の調整が容易となる。
【0042】
(発根および育苗の温度)
発根および育苗の環境における温度は、挿し穂の発根及び育苗が可能な条件である限り特に限定されないが、例えば、20~40℃であるのが好ましい。
【0043】
(培地のpH)
培地のpHは、4~8が好ましく、pH4程度(例えば、pH4~6)がより好ましい。これにより、雑菌などの増殖を抑制することができる。発根培地及び育苗培地のpHは異なってもよいし、同一でもよい。
【0044】
(光量)
光照射条件は、特に限定されず、太陽光を用いてもよいし、人工光を用いてもよい。光強度は特に限定されないが、光合成有効光量子束密度として表され、約10μmol/m2/s以上約1000μmol/m2/s以下であることが好ましく、約50μmol/m2/s以上約500μmol/m2/s以下であることがより好ましい。
【0045】
光波長は特に限定されないが、約650nm以上約670nm以下の波長成分と約450nm以上約470nm以下の波長成分とを9:1~7:3の割合で含む光の照射下で行うことが好ましく、これらの波長成分を9:1~8:2の割合で含む光の照射下で行うことがより好ましい。かかる波長成分を含む光を照射することで、植物からの発根がより促進され得る。
【0046】
(炭酸ガス濃度)
発根および育苗の環境中の炭酸ガスは、通常は300ppm以上2000ppm以下、好ましくは800ppm以上1500ppm以下となるように供給することが好ましい。炭酸ガスの供給量の制御は、人工気象器等の設備や、二酸化炭素透過性の膜を開口部に有する培養容器などを利用して行われうる。
【0047】
〔2.植物の挿し木苗育苗用キット〕
本発明の方法は、挿し穂を挿し付けるための培地、挿し穂を挿し付けた培地を格納する培養容器、透光性保護材、吸水性部材、及び、トレー、スタンド又は架台を含む、植物の挿し木苗育苗用キットにより、好適に実施することができる。培地、培養容器、吸水性部材、トレー、スタンド、架台の例は、上記本発明の方法にて説明したのと同じである。本発明のキットは、発根前の挿し穂を更に含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。本発明のキットは、防水性部材を更に有していてもよい。また、上記培地、培養容器は、上記本発明の方法で説明したとおり、両工程で共通のものを用いることが好ましいため、各工程ごとに用意する必要はないが、工程ごとに用意してもよい。
【実施例0048】
以下実施例により本発明を説明するが本発明はこれに限定されない。
【0049】
実施例1
2020年5月11日にカラマツ母樹より萌芽した5~15cmの頂芽枝を採取し、下部2~3cmの範囲の葉をすべて切断して挿し穂を調製した。培養容器としてセルトレー(72穴、40cc、穴サイズ36mm、長さ539mm、幅277mm、高さ45mm、明和株式会社製)を用い、赤玉小粒土(簗島商事(株)製)とピートモス(トーホー(株)製)を1対1に混合し、充填して挿し床を調製した。上述のようにして調製した挿し穂の基部(切断部)にルートン(登録商標)(石原バイオサイエンス(株)製、植物ホルモンNAAを含む白色粉末、NAAの濃度は0.4%)の粉末を5~10mg塗布した後、該挿し穂を基部から1.5~2.5cmのところまで挿し床に挿しつけた。通常のビニールハウス内にて、ビニールシートの上に底面給水用マット(商品名:ユニチカ ラブマット(登録商標)U、ポリエステル長繊維不織布、厚さ2.2mm)を設置し、底面給水用マットの上に挿付けたセルトレーを底面が給水用マットに直接触れるように設置した。潅水は直接植物体及びセルトレーに対して行わず、底面給水用マットに潅水し、十分に底面給水用マットが濡れるまで行った。底面給水マットを利用した底面潅水により、用土を湿潤させた。潅水作業は、手潅水または自動潅水装置のいずれかにより行った。その後に苗帽子(商品名:アカサカ 苗帽子6号、70×34.5cm、高さ22.5cm、ポリエチレンテレフタレート製、光透過度90%以上)にてセルトレーを被覆し7月まで2カ月間発根培養した。培地としては水を使用した。発根培養期間中、培地の水分度及び湿度を圃場管理システム「みどりクラウド」(株式会社セラク)にてリアルタイム測定し、それぞれ発根培養期間中の平均値を算出した。苗帽子の着脱は、培養期間中行わなかった。培養後の挿し穂を肉眼により観察し、根が確認されれば発根したと判断した(表1)。
【0050】
実施例2
ポリエチレンフィルム(透明マルチ、サイズ幅230cm、長さ1m、厚さ0.03mm、アグリドリーム株式会社、光透過度90%以上)でセルトレーをトンネル状に被覆した以外、実施例1と同様に実施した(表1)。発根培養期間中、フィルムの着脱は行わなかった。
【0051】
比較例1
バットに3~4cm水を張り、セルトレーを浸漬して底面潅水(腰水)を実施した以外、実施例1と同様に実施した(表1)。
【0052】
比較例2
日中6~18時に10分に1回1分間のミスト散水による頭上潅水を実施した以外、実施例1と同様に実施した(表1)。
【0053】
比較例3
苗帽子で被覆しなかった以外、実施例1と同様に実施した(表1)。
【0054】
【0055】
苗帽子により挿し穂を被覆したが灌水を腰水により行った比較例1、挿し穂の被覆を行わず、灌水をミスト散水によった比較例2、底面吸水マットによる灌水を行ったが挿し穂の被覆を行わなかった比較例3と比較して、挿し穂の被覆及び底面吸水マットによる灌水を行った実施例では、挿し穂の発根率及び生存率が高かった。
【0056】
実施例3
2020年5月12日にユーカリ・アルビータ母樹より萌芽した5~10cmの頂芽枝を採取し、6月まで1カ月間発根培養した以外、実施例1と同様に実施した(表2)。
【0057】
実施例4
実施例2と同様のポリエチレンフィルムでセルトレーを被覆した以外、実施例3と同様に実施した(表2)。
【0058】
比較例4
バットに3~4cm水を張り、セルトレーを浸漬して底面潅水(腰水)を実施した以外、実施例3と同様に実施した(表2)。
【0059】
比較例5
日中6~18時に10分に1回1分間のミスト散水による頭上潅水を実施した以外、実施例3と同様に実施した(表2)。
【0060】
比較例6
苗帽子で被覆しなかった以外、実施例3と同様に実施した(表2)。
【0061】
【0062】
苗帽子により挿し穂を被覆したが灌水を腰水により行った比較例4、挿し穂の被覆を行わず、灌水をミスト散水によった比較例5、底面吸水マットによる灌水を行ったが挿し穂の被覆を行わなかった比較例6と比較して、挿し穂の被覆及び底面吸水マットによる灌水を行った実施例では、挿し穂の発根率及び生存率が高かった。
【0063】
実施例5
2020年5月12日にソメイヨシノ母樹より萌芽した当年枝を採取し、1節1葉で5~10cmに調整し、6月まで1カ月間発根培養した以外、実施例1と同様に実施した(表3)。
【0064】
実施例6
実施例2と同様のポリエチレンフィルムでセルトレーを被覆した以外、実施例5と同様に実施した(表3)。
【0065】
比較例7
バットに3~4cm水を張り、セルトレーを浸漬して底面潅水(腰水)を実施した以外、実施例5と同様に実施した(表3)。
【0066】
比較例8
日中6~18時に10分に1回1分間のミスト散水による頭上潅水を実施した以外、実施例5と同様に実施した(表3)。
【0067】
比較例9
苗帽子で被覆しなかった以外、実施例5と同様に実施した(表3)。
【0068】
【0069】
苗帽子により挿し穂を被覆したが灌水を腰水により行った比較例7、挿し穂の被覆を行わず、灌水をミスト散水によった比較例8、底面吸水マットによる灌水を行ったが挿し穂の被覆を行わなかった比較例9と比較して、挿し穂の被覆及び底面吸水マットによる灌水を行った実施例では、挿し穂の発根率及び生存率が高かった。
【0070】
これらの結果は、本発明によれば、培地内の通気性を保持しながら挿し穂を高湿度に保つことができるため、挿し穂からの発根率を向上させることができ、効率的な挿し木苗の生産が可能であることを示している。