(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022154622
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】回転電機制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 27/08 20060101AFI20221005BHJP
H02M 7/48 20070101ALI20221005BHJP
【FI】
H02P27/08
H02M7/48 F
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021057743
(22)【出願日】2021-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】サハ スブラタ
(72)【発明者】
【氏名】西村 圭亮
(72)【発明者】
【氏名】川村 恭平
【テーマコード(参考)】
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505CC04
5H505DD03
5H505EE48
5H505EE50
5H505EE52
5H505EE55
5H505GG04
5H505HA09
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ17
5H505JJ25
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL41
5H505LL58
5H505MM02
5H770AA05
5H770AA07
5H770BA02
5H770CA06
5H770DA03
5H770DA10
5H770DA41
5H770EA04
5H770EA05
5H770EA11
5H770EA15
5H770EA27
5H770GA19
5H770HA02Y
5H770HA07Z
5H770JA10X
(57)【要約】
【課題】直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータの制御において、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御との間で制御方式を切り替える際に、電圧及び電流の歪みの発生を抑制して円滑に制御方式を切り替える。
【解決手段】回転電機制御装置は、非同期パルス幅変調制御を実行中の状態から動作点が第2境界K22を越した場合に、同期5パルス制御に制御方式を移行させ、同期5パルス制御を実行中の状態から動作点が第1境界K21を越した場合に、非同期パルス幅変調制御に制御方式を移行させる。第1境界K21は、動作点が第1境界K21を越える直前の同期5パルス制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数が、動作点が第1境界K21を越えた直後の非同期パルス幅変調制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定されている。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電源に接続されると共に回転電機に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータを構成する複数のスイッチング素子をスイッチング制御して前記回転電機を駆動制御する回転電機制御装置であって、
前記インバータの制御方式として、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御とを少なくとも備え、
前記非同期パルス幅変調制御は、前記回転電機の回転に同期しないキャリアに基づき出力される複数のスイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、
前記同期5パルス制御は、前記回転電機の回転に同期して、電気角の1周期において5つ出力される前記スイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、
前記回転電機のトルクと回転速度との関係により設定された動作領域に基づいて、前記インバータの制御方式を選択するものであり、
前記同期5パルス制御が選択される動作領域である5パルス領域は、前記非同期パルス幅変調制御が選択される動作領域であるPWM領域に対して、前記回転電機の回転速度が高くトルクが大きい側に設定され、
前記5パルス領域と前記PWM領域との領域境界は、第1境界と第2境界とを有し、
前記第2境界は、前記第1境界よりも、前記回転電機の回転速度が高くトルクが大きい側に設定され、
前記非同期パルス幅変調制御を実行中の状態から、前記回転電機のトルクと回転速度との関係により定まる動作点が変化して前記第2境界を越した場合に、前記非同期パルス幅変調制御から前記同期5パルス制御に制御方式を移行させ、
前記同期5パルス制御を実行中の状態から、前記動作点が変化して前記第1境界を越した場合に、前記同期5パルス制御から前記非同期パルス幅変調制御に制御方式を移行させ、
前記第2境界は、前記動作点が前記第2境界を越える直前における前記非同期パルス幅変調制御による単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数が、前記動作点が前記第2境界を越えた直後の前記同期5パルス制御による前記単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定され、
前記第1境界は、前記動作点が前記第1境界を越える直前の前記同期5パルス制御による前記単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数が、前記動作点が前記第1境界を越えた直後の前記非同期パルス幅変調制御による前記単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定されている、回転電機制御装置。
【請求項2】
前記第1境界及び前記第2境界は、前記インバータの直流側の電圧である直流リンク電圧が高くなるに従って、前記第1境界と前記第2境界との間隔が長くなるように、設定されている、請求項1に記載の回転電機制御装置。
【請求項3】
前記インバータは、交流1相分のアームがそれぞれ上段側スイッチング素子と下段側スイッチング素子との直列回路により構成され、
同じ前記アームの前記上段側スイッチング素子の前記スイッチングパルスと、前記下段側スイッチング素子の前記スイッチングパルスとが、前記スイッチング素子をオン状態に遷移させる有効状態に同時にならないように、両スイッチングパルスが共に非有効状態となるデッドタイムが設けられると共に、直流と交流との間での電力の変換率を示す変調率の指令値に対する、実際の変調率の前記デッドタイムによる低下を補償するデッドタイム補償が実行可能であり、
前記動作点が前記PWM領域において前記デッドタイム補償が実行され、前記動作点が前記5パルス領域において前記デッドタイム補償が実行されず、
前記第2境界よりも前記第1境界側に、前記動作点が前記PWM領域であっても前記デッドタイム補償が実行されない領域が設定されている、請求項1又は2に記載の回転電機制御装置。
【請求項4】
前記デッドタイム補償における補償値が、前記第1境界の側から前記第2境界の側に向かうに従って、前記変調率の増加に従って次第に小さくなるように、設定されている、請求項3に記載の回転電機制御装置。
【請求項5】
直流電源に接続されると共に回転電機に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータを構成する複数のスイッチング素子をスイッチング制御して前記回転電機を駆動制御する回転電機制御装置であって、
前記インバータの制御方式として、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御とを少なくとも備え、
前記非同期パルス幅変調制御は、前記回転電機の回転に同期しないキャリアに基づき出力される複数のスイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、
前記同期5パルス制御は、前記回転電機の回転に同期して、電気角の1周期において5つ出力される前記スイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、
前記回転電機のトルクと回転速度との関係により設定された動作領域に基づいて、前記インバータの制御方式を選択するものであり、
前記同期5パルス制御が選択される動作領域である5パルス領域は、前記非同期パルス幅変調制御が選択される動作領域であるPWM領域に対して、前記回転電機の回転速度が高くトルクが大きい側に設定され、
前記5パルス領域と前記PWM領域との領域境界において、複数相の交流の相ごとに前記制御方式の切り替えを行い、
当該領域境界における前記非同期パルス幅変調制御及び前記同期5パルス制御は、複数相の交流の相ごとに前記スイッチング素子をオン状態又はオフ状態に固定する固定期間を含む変調方式であり、
前記制御方式の切り替えを、切り替え後の前記制御方式における前記固定期間、又は、複数相の交流それぞれの電圧波形が振幅中心と交差する時点、において行うと共に、
複数相がN(Nは2以上の自然数)相である場合に、各相における前記制御方式の切り替えを、電気角でπ/N、又は2π/Nずつ異ならせて、前記スイッチングパルスを切り替える、回転電機制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直流電源に接続されると共に回転電機に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータを構成する複数のスイッチング素子をスイッチング制御して回転電機を駆動制御する回転電機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特開2006-81287号公報(特許文献1)に開示されているように、インバータを介して回転電機を駆動制御する際の制御方式として、回転電機の回転に同期しない非同期変調制御と、回転電機の回転に同期する同期変調制御とが知られている。一般的に、回転電機の回転速度が低い動作領域において非同期変調制御が実行され、回転速度が高い動作領域において同期変調制御が実行される。同期変調制御の代表的なものは電気角の1周期において1つのパルスが出力される1パルス制御(矩形波制御)であり、非同期変調制御の代表的なものは、いわゆるパルス幅変調制御である。非同期パルス幅変調制御と1パルス制御との間で制御方式を切り替えた場合、1パルス制御のパルスに含まれる高調波成分によって回転電機にショックを生じさせる場合がある。このため、非同期パルス幅変調制御から1パルス制御へ制御方式を切り替える際に、1パルス制御に比べて高調波成分が少ない5パルス制御、3パルス制御を経て制御方式を1パルス制御に切り替えるようなことが行われている。しかし、この方法では、1パルス、3パルス、5パルスといったように同期変調制御において多くの変調パターンを発生させる必要があり、制御が複雑化して回転電機制御装置のコストを増大させる可能性がある。
【0003】
このため、特許文献1では、同期変調制御として、同期1パルス制御と、同期5パルス制御とを備えて、回転電機制御装置の簡素化が図られている。非同期変調制御と合わせると、この回転電機制御装置は、非同期変調制御から同期5パルス制御を経て同期1パルス制御へ制御方式を切り替え可能であるとともに、同期1パルス制御から同期5パルス制御を経て非同期パルス幅変調制御へ制御方式を切り替え可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス変調制御との間で制御方式が切り替わる場合について考える。非同期パルス幅変調制御では、回転電機の回転速度とは無関係のキャリアに基づいてパルスが生成される。ある回転速度において、回転電機の電気角の1周期にn個のパルスが生成されていたとすると、回転速度が2倍になった場合、回転電機の電気角の1周期が半分となるため、生成されるパルスの数はn/2となる。つまり、電気角に対してキャリアの分解能が低くなる。
【0006】
例えば、回転電機が回生動作しており、回転電機の回転速度が下降していき、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと制御方式が切り替わる場合、同期5パルス制御では、回転電機の回転に同期してパルスが生成されるため、回転電機の回転速度に関係なく電気角1周期当たりに十分な数のパルスが生成されている。一方、回転電機の回転速度が高い状態で同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと制御方式が切り替わった場合には、上述したように非同期パルス幅変調制御のキャリアの分解能が低い状態となり、電気角1周期当たりのパルスの数が同期5パルス制御に比べて少なくなることがある。このため、電圧のバランスが悪くなり、電流の歪みも大きくなって、例えばインバータの過電流しきい値を超えるような場合もある。
【0007】
上記背景に鑑みて、直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータの制御において、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御との間で制御方式を切り替える際に、電圧及び電流の歪みを少なく抑えて円滑に制御方式を切り替えることができる技術の提供が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
1つの態様として、上記に鑑みた、直流電源に接続されると共に回転電機に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータを構成する複数のスイッチング素子をスイッチング制御して前記回転電機を駆動制御する回転電機制御装置は、前記インバータの制御方式として、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御とを少なくとも備え、前記非同期パルス幅変調制御は、前記回転電機の回転に同期しないキャリアに基づき出力される複数のスイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、前記同期5パルス制御は、前記回転電機の回転に同期して、電気角の1周期において5つ出力される前記スイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、前記回転電機のトルクと回転速度との関係により設定された動作領域に基づいて、前記インバータの制御方式を選択するものであり、前記同期5パルス制御が選択される動作領域である5パルス領域は、前記非同期パルス幅変調制御が選択される動作領域であるPWM領域に対して、前記回転電機の回転速度が高くトルクが大きい側に設定され、前記5パルス領域と前記PWM領域との領域境界は、第1境界と第2境界とを有し、前記第2境界は、前記第1境界よりも、前記回転電機の回転速度が高くトルクが大きい側に設定され、前記非同期パルス幅変調制御を実行中の状態から、前記回転電機のトルクと回転速度との関係により定まる動作点が変化して前記第2境界を越した場合に、前記非同期パルス幅変調制御から前記同期5パルス制御に制御方式を移行させ、前記同期5パルス制御を実行中の状態から、前記動作点が変化して前記第1境界を越した場合に、前記同期5パルス制御から前記非同期パルス幅変調制御に制御方式を移行させ、前記第2境界は、前記動作点が前記第2境界を越える直前における前記非同期パルス幅変調制御による単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数が、前記動作点が前記第2境界を越えた直後の前記同期5パルス制御による前記単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定され、前記第1境界は、前記動作点が前記第1境界を越える直前の前記同期5パルス制御による前記単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数が、前記動作点が前記第1境界を越えた直後の前記非同期パルス幅変調制御による前記単位回転速度あたりの前記スイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定されている。
【0009】
この構成によれば、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御へ制御方式を切り替える第2境界と、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へ制御方式を切り替える第1境界とを異ならせることによって、両者の間での制御方式が切り替わる際にヒステリシスを持たせることができる。さらに、このヒステリシスによって、制御方式の切り替えの前後において、単位回転速度当たりのスイッチングパルスのパルス数の差を小さくすることができる。その結果、交流電流の歪みが抑制される。具体的には、第2境界は、動作点が第1境界の側から第2境界の側に移動する場合に、動作点が第2境界を越える直前における非同期パルス幅変調制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数が、動作点が第1境界を越えた直後の同期5パルス制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定されている。つまり、制御方式の切り替え時において、パルス数が少ない状態からパルス数が多い状態へと変化するため、安定した切り替えが実現される。また、第1境界は、動作点が第2境界の側から第1境界の側に移動する場合に、動作点が第1境界を越える直前の同期5パルス制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数が、動作点が第1境界を越えた直後の非同期パルス幅変調制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定されている。これにより、制御方式の切り替え時において、パルス数が少ない状態からパルス数が多い状態へと変化することとなり、安定した切り替えが実現される。このように、本構成によれば、直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータの制御において、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御との間で制御方式を切り替える際に、電圧及び電流の歪みを少なく抑えて円滑に制御方式を切り替えることができる。
【0010】
また、別の1つの態様として、直流電源に接続されると共に回転電機に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータを構成する複数のスイッチング素子をスイッチング制御して前記回転電機を駆動制御する回転電機制御装置であって、前記インバータの制御方式として、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御とを少なくとも備え、前記非同期パルス幅変調制御は、前記回転電機の回転に同期しないキャリアに基づき出力される複数のスイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、前記同期5パルス制御は、前記回転電機の回転に同期して、電気角の1周期において5つ出力される前記スイッチングパルスにより前記スイッチング素子が制御される制御方式であり、前記回転電機のトルクと回転速度との関係により設定された動作領域に基づいて、前記インバータの制御方式を選択するものであり、前記同期5パルス制御が選択される動作領域である5パルス領域は、前記非同期パルス幅変調制御が選択される動作領域であるPWM領域に対して、前記回転電機の回転速度が高くトルクが大きい側に設定され、前記5パルス領域と前記PWM領域との領域境界において、複数相の交流の相ごとに前記制御方式の切り替えを行い、当該領域境界における前記非同期パルス幅変調制御及び前記同期5パルス制御は、複数相の交流の相ごとに前記スイッチング素子をオン状態又はオフ状態に固定する固定期間を含む変調方式であり、前記制御方式の切り替えを、切り替え後の前記制御方式における前記固定期間、又は、複数相の交流それぞれの電圧波形が振幅中心と交差する時点、において行うと共に、複数相がN(Nは2以上の自然数)相である場合に、各相における前記制御方式の切り替えを、電気角でπ/N、又は2π/Nずつ異ならせて、前記スイッチングパルスを切り替える。
【0011】
非同期パルス幅変調制御は、回転電機の回転には同期しない変調方式であり、同期5パルス制御は、回転電機の回転に同期した変調方式である。このため、非同期パルス幅変調制御によるスイッチングパルスと、同期5パルス制御によるスイッチングパルスとは、互いに同期していない。このため、両制御の間で制御方式を切り替える際、切り替わりが発生する位相によっては、スイッチングパルスが寸断されたり、パルス幅が大きく延長または縮小されたりする場合がある。このような現象は、一部の相においてのみ発生する場合もあり、その場合には、複数相のスイッチングパルスのバランスがくずれ、その結果、複数相の交流電圧や交流電流のバランスが悪くなる場合がある。例えば、固定期間においてスイッチングパルスを切り替える場合、当該相における電流や電圧は比較的安定している。回転電機制御装置が、本構成のようなタイミングでスイッチングパルスを切り替えると、スイッチングパルスの切り替えに起因する電流及び電圧の歪みが抑制され、複数相の交流電流及び交流電圧のバランスの乱れも抑制される。即ち、本構成によれば、直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータの制御において、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御との間で制御方式を切り替える際に、電圧及び電流の歪みを少なく抑えて円滑に制御方式を切り替えることができる。
【0012】
回転電機制御装置のさらなる特徴と利点は、図面を参照して説明する例示的且つ非限定低的な実施形態についての例示的且つ非限定的な以下の記載から明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】回転電機制御装置を含む回転電機制御システムの構成例を示す模式的ブロック図
【
図2】ベクトル制御による回転電機制御装置の簡易的且つ模式的なブロック図
【
図3】回転電機の動作領域及び制御方式の一例を示す図
【
図4】回転電機の動作領域及び制御方式の比較例を示す図
【
図5】制御方式の切り替え時に電流波形が乱れる例を示す波形図(回生時に
図6の動作領域に従って第1境界において制御方式を同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと切り替えた場合の波形例(
図9に対する比較例))
【
図8】回生時に
図6の動作領域に従って第2境界において制御方式を非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御へと切り替えた場合の波形例
【
図9】回生時に
図7の動作領域に従って第1境界において制御方式を同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと切り替えた場合の波形例(3相のスイッチングパルスを同時に切り替える場合の例を示す波形図(
図23に対する比較例))
【
図10】直流リンク電圧が比較的低い場合の制御領域の例を示す図
【
図11】直流リンク電圧が
図10の例よりも高い場合の制御領域の例を示す図
【
図12】直流リンク電圧が
図11の例よりも高い場合の制御領域の例を示す図
【
図13】同期5パルス制御におけるスイッチングパルスの一例を示す図
【
図14】同期5パルス制御におけるスイッチングパルスを規定するパラメータと変調率との関係を示す図
【
図15】対応可能な変調率の範囲が拡張された同期5パルス制御におけるスイッチングパルスの一例を示す図
【
図16】相対的に高い変調率(比較対象の
図17よりも高い変調率)で同期5パルス制御から非同期パルス幅変調(不連続パルス幅変調)に制御方式が切り替わる場合のスイッチングパルスの一例を示す波形図
【
図17】相対的に低い変調率(比較対象の
図16よりも低い変調率)で同期5パルス制御から非同期パルス幅変調(不連続パルス幅変調)に制御方式が切り替わる場合のスイッチングパルスの一例を示す波形図
【
図18】相対的に高い変調率(比較対象の
図19よりも高い変調率)で非同期パルス幅変調(不連続パルス幅変調)から同期5パルス制御に制御方式が切り替わる場合のスイッチングパルスの一例を示す波形図
【
図19】相対的に低い変調率(比較対象の
図18よりも低い変調率)で非同期パルス幅変調(不連続パルス幅変調)から同期5パルス制御に制御方式が切り替わる場合のスイッチングパルスの一例を示す波形図
【
図20】デットタイム補償値と変調率との関係を示すグラフ
【
図21】デッドタイム補償によって非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御への制御方式の切り替え時に変調率が低下する例を示す波形図
【
図22】デッドタイム補償を行わず、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御への制御方式の切り替え時に変調率が低下しない例を示す波形図
【
図23】3相のスイッチングパルスを時期をずらして切り替える場合の例を示す波形図(回生時、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御への切り替え)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、回転電機制御装置の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1に示すように、回転電機制御システム100は、回転電機制御装置10と、インバータ30とを備えている。インバータ30は、直流電源4(高圧直流電源)に接続されると共に回転電機8に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換する。本実施形態では、回転電機8は、3相交流型の回転電機であり、インバータ30は、直流と3相の交流との間で電力を変換する。回転電機8は、例えば、電気自動車やハイブリッド自動車などの車両において車輪の駆動力源となるものである。また、回転電機8は、直流電源4から電力を供給されて力行する電動機と、車輪等からの動力により発電して直流電源4の側へ電力を回生する発電機との双方の機能を有する。
【0015】
回転電機8が上述したような車両の駆動力源の場合、直流電源4の電源電圧は、例えば200~400[V]である。以下、インバータ30の直流側の電圧(正極Pと負極Nとの間の電圧)を直流リンク電圧と称する。直流電源4は、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池などの二次電池(バッテリ)や、電気二重層キャパシタなどにより構成されていると好適である。インバータ30の直流側には、直流リンク電圧を平滑化する平滑コンデンサ(直流リンクコンデンサ5)が備えられている。直流リンクコンデンサ5は、回転電機8の消費電力の変動に応じて変動する直流電圧(直流リンク電圧Vdc)を安定化させる。
【0016】
図1に示すように、インバータ30は、複数のスイッチング素子3を有して構成される。スイッチング素子3には、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やパワーMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)やSiC-MOSFET(Silicon Carbide - Metal Oxide Semiconductor FET)やSiC-SIT(SiC - Static Induction Transistor)、GaN-MOSFET(Gallium Nitride - MOSFET)などのパワー半導体素子を適用すると好適である。
図1等に示すように、本実施形態では、スイッチング素子3としてIGBTが用いられる形態を例示する。それぞれのスイッチング素子3は、負極Nから正極Pへ向かう方向(下段側から上段側へ向かう方向)を順方向としてフリーホイールダイオード3Fを有して構成されている。
【0017】
インバータ30は、上段側スイッチング素子3Hと下段側スイッチング素子3Lとの直列回路により構成された交流1相分のアーム3Aを複数組(ここでは3組)備えている。本実施形態では、回転電機8のU相、V相、W相に対応するステータコイルのそれぞれに一組の直列回路(アーム3A)が対応したブリッジ回路が構成される。アーム3Aの中間点、つまり、上段側スイッチング素子3Hと下段側スイッチング素子3Lとの接続点は、回転電機8の3相のステータコイルにそれぞれ接続されている。
【0018】
回転電機制御装置10は、直流電源4に接続されると共に回転電機8に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータ30を制御対象とし、当該インバータ30を構成する複数のスイッチング素子3のそれぞれのスイッチング制御信号を生成してインバータ30を制御するインバータ制御装置1(INV-CTRL)と、複数のスイッチング制御信号をインバータ制御装置1からインバータ30に中継するドライブ回路2(DRV-CCT)とを備えている。
【0019】
インバータ30は、インバータ制御装置1により制御される。インバータ制御装置1は、マイクロコンピュータ等の論理プロセッサを中核部材として構築されている。回転電機8の各相のステータコイルを流れる実電流は電流センサ61により検出され、インバータ制御装置1はその検出結果を取得する。また、回転電機8のロータの各時点での磁極位置や回転速度は、レゾルバ62などの回転センサにより検出され、インバータ制御装置1はその検出結果を取得する。また、直流リンク電圧は、不図示の電圧センサ等によって検出され、インバータ制御装置1はその検出結果を取得する。直流リンク電圧は、直流電力に対する交流電力の実効値の割合を示す変調率の設定などに利用される。
【0020】
インバータ制御装置1は、車両制御装置90等の他の制御装置から提供される回転電機8の目標トルクに基づき、電流センサ61及びレゾルバ62の検出結果を用いて、例えばベクトル制御法による電流フィードバック制御を行って、インバータ30を介して回転電機8を制御する。インバータ制御装置1は、モータ制御のために種々の機能部を有して構成されており、各機能部は、マイクロコンピュータ等のハードウエアとソフトウエア(プログラム)との協働により実現される。
図2に示すように、回転電機制御装置10は、トルク制御部11と、電流制御部12と、電圧制御部13とを備えている。
【0021】
トルク制御部11は、車両制御装置90から提供される要求トルク(トルク指令)に基づいて、電流指令を設定する。電流制御部12は、電流センサ61の検出結果と、電流指令との偏差に基づいてフィードバック制御を行い、電圧指令を演算する。電圧制御部13は、電圧指令に基づき、インバータ30のスイッチング素子3のスイッチング制御信号を生成する。ベクトル制御及び電流フィードバック制御については、公知であるのでここでは詳細な説明は省略する。
【0022】
回転電機制御装置10は、インバータ30を構成するスイッチング素子3のスイッチングパターンの形態(電圧波形制御の形態)として、例えば電気角の1周期においてパターンの異なる複数のパルスが出力されるパルス幅変調(PWM:Pulse Width Modulation)制御と、電気角の1周期において1つのパルスが出力される矩形波制御(1パルス制御(1Pulse))との2つを実行することができる。即ち、回転電機制御装置10は、インバータ30の制御方式として、パルス幅変調制御と、矩形波制御とを実行することができる。
【0023】
また、パルス幅変調には、正弦波パルス幅変調(SPWM : Sinusoidal PWM)や空間ベクトルパルス幅変調(SVPWM : Space Vector PWM)などの連続パルス幅変調(CPWM:Continuous PWM)や、不連続パルス幅変調(DPWM:Discontinuous PWM)などの方式がある。従って、回転電機制御装置10が実行可能なパルス幅変調制御には、制御方式として、連続パルス幅変調制御と、不連続パルス幅変調とが含まれる。
【0024】
連続パルス幅変調は、複数相のアーム3Aの全てについて連続的にパルス幅変調を行う変調方式であり、不連続パルス幅変調は、複数相の一部のアーム3Aについてスイッチング素子をオン状態又はオフ状態に固定する期間を含んでパルス幅変調を行う変調方式である。具体的には、不連続パルス幅変調では、例えば3相の交流電力の内の1相に対応するインバータのスイッチング制御信号の信号レベルを順次固定して、他の2相に対応するスイッチング制御信号の信号レベルを変動させる。連続パルス幅変調では、このように何れかの相に対応するスイッチング制御信号が固定されることなく、全ての相が変調される。これらの変調方式は、回転電機8に求められる回転速度やトルクなどの動作条件、そして、その動作条件を満足するために必要な変調率(直流電圧に対する3相交流の線間電圧の実効値の割合)に応じて決定される。
【0025】
パルス幅変調では、電圧指令としての交流波形の振幅と三角波(鋸波を含む)状のキャリア(CA)の波形の振幅との大小関係に基づいてパルスが生成される。キャリアとの比較によらずにデジタル演算により直接PWM波形を生成する場合もあるが、その場合でも、指令値としての交流波形の振幅と仮想的なキャリア波形の振幅とは相関関係を有する。
【0026】
デジタル演算によるパルス幅変調において、キャリアは例えばマイクロコンピュータの演算周期や電子回路の動作周期など、回転電機制御装置10の制御周期に応じて定まる。つまり、複数相の交流電力が交流の回転電機8の駆動に利用される場合であっても、キャリアは回転電機8の回転速度や回転角度(電気角)には拘束されない周期(同期しない周期)を有している。従って、キャリアも、キャリアに基づいて生成される各パルスも、回転電機8の回転には同期していない。従って、正弦波パルス幅変調、空間ベクトルパルス幅変調などの変調方式は、非同期変調(asynchronous modulation)と称される場合がある。これに対して、回転電機8の回転に同期してパルスが生成される変調方式は、同期変調(synchronous modulation)と称される。例えば矩形波制御(矩形波変調)では、回転電機8の電気角1周期に付き1つのパルスが出力されるため、矩形波変調は同期変調である。
【0027】
上述したように、直流電圧から交流電圧への変換率を示す指標として、直流電圧に対する複数相の交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率がある。一般的に、正弦波パルス幅変調の最大変調率は約0.61(≒0.612)、空間ベクトルパルス幅変調制御の最大変調率は約0.71(≒0.707)である。約0.71を越える変調率を有する変調方式は、通常よりも変調率を高くした変調方式として、“過変調パルス幅変調”と称される。“過変調パルス幅変調”の最大変調率は、約0.78である。この0.78は、直流から交流への電力変換における物理的(数学的)な限界値である。過変調パルス幅変調において、変調率が0.78に達すると、電気角の1周期において1つのパルスが出力される矩形波変調(1パルス変調)となる。矩形波変調では、変調率は物理的な限界値である約0.78に固定されることになる。
【0028】
ここで例示した変調率の値は、デッドタイムを考慮していない物理的(数学的)な値である。尚、デッドタイムとは、同じアーム3Aの上段側スイッチング素子3Hのスイッチング制御信号(スイッチングパルス)と、下段側スイッチング素子3Lのスイッチング制御信号とが、スイッチング素子3をオン状態に遷移させる有効状態に同時にならないように、両スイッチング制御信号が共に非有効状態となる期間のことである。従って、デッドタイムが設定されている場合、単純に変調率の指令値に応じた電圧指令に基づいて生成されたスイッチング制御信号により変調すると、実際の変調率は低くなることになる。
【0029】
変調率が0.78未満の過変調パルス幅変調は、同期変調方式、非同期変調方式の何れの原理を用いても実現することができる。過変調パルス幅変調の代表的な変調方式は、不連続パルス幅変調である。不連続パルス幅変調は、同期変調方式、非同期変調方式の何れの原理を用いても実現することができる。例えば、同期変調方式を用いる場合、矩形波変調では、電気角の1周期において1つのパルスが出力されるが、不連続パルス幅変調では、電気角の1周期において複数のパルスが出力される。電気角の1周期に複数のパルスが存在すると、パルスの有効期間がその分減少するため、変調率は低下する。従って、約0.78に固定された変調率に限らず、0.78未満の任意の変調率を同期変調方式によって実現することができる。例えば、電気角の1周期において、9パルスを出力する9パルス変調(9Pulses)、5パルスを出力する5パルス変調(5Pulses)などの複数パルス変調(Multi-Pulses)とすることも可能である。
【0030】
本実施形態では、回転電機制御装置10は、上述した空間ベクトルパルス幅変調(SVPWM)による連続パルス幅変調(CPWM)、不連続パルス幅変調(DPWM)、5パルス変調(5Pulses)、矩形波変調(1Pulse)により、インバータ30を駆動制御する。本実施形態では、不連続パルス幅変調は、非同期変調方式を採用している。空間ベクトルパルス幅変調(連続パルス幅変調)を用いた制御方式は、「非同期パルス幅変調制御」であり、5パルス変調を用いた制御方式は、「同期5パルス制御」であり、矩形波変調を用いた制御方式は、「同期1パルス制御(矩形波制御)」である。
【0031】
図3は、トルク及び回転速度によって示された回転電機8の動作領域を例示している。K1、K2、K3は、各動作領域の領域境界を示している。第1領域境界K1よりも低回転速度の領域で最も回転速度が低い領域では、非同期パルス幅変調制御の内、連続パルス幅変調制御(CPWM)が実行される。第1領域境界K1よりも回転速度が高く第2領域境界K2よりも回転速度が低い領域では、非同期パルス幅変調制御の内、不連続パルス幅変調制御が実行される。第2領域境界K2よりも回転速度が高く第3領域境界K3よりも開園速度が低い領域では、同期5パルス制御が実行される。第3領域境界K3よりも高回転速度の領域で最も回転速度が高い領域では、同期1パルス制御が実行される。第2領域境界K2よりも低回転速度側の動作領域を「PWM領域」と称し、第2領域境界K2と第3領域境界K3との間の動作領域を「5パルス領域」と称する。
【0032】
図3には、非同期パルス変調については、電圧指令の波形とスイッチング制御信号(スイッチングパルス)の波形とを例示している。不連続パルス幅変調の電圧指令は、位相の60°分(π/3分)の固定期間を有している。同期変調については、電圧位相(0~2π)とスイッチング制御信号(スイッチングパルス)の波形とを例示している。
【0033】
上述したように、回転電機制御装置10は、直流電源4に接続されると共に回転電機8に接続されて直流と複数相の交流との間で電力を変換するインバータ30を構成する複数のスイッチング素子3をスイッチング制御して回転電機8を駆動制御する。回転電機制御装置10は、インバータ30の制御方式として、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御とを少なくとも備えている。上述したように、非同期パルス幅変調制御は、回転電機8の回転に同期しないキャリアに基づき出力される複数のスイッチングパルスによりスイッチング素子3が制御される制御方式である。また、同期5パルス制御は、回転電機8の回転に同期して、電気角の1周期において5つ出力されるスイッチングパルスによりスイッチング素子3が制御される制御方式である。また、回転電機制御装置10は、回転電機8のトルクと回転速度との関係により設定された動作領域に基づいて、インバータ30の制御方式を選択する。同期5パルス制御が選択される動作領域である5パルス領域は、非同期パルス幅変調制御が選択される動作領域であるPWM領域に対して、回転電機8の回転速度が高くトルクが大きい側に設定されている。
【0034】
ここで、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス変調制御との間で制御方式が切り替わる場合、つまり、第2領域境界K2において制御方式が切り替わる場合について考える。非同期パルス幅変調制御では、回転電機8の回転速度とは無関係のキャリアに基づいてパルスが生成される。ある回転速度において、回転電機8の電気角の1周期にn個のパルスが生成されていたとすると、回転速度が2倍になった場合、回転電機8の電気角の1周期が半分となるため、生成されるパルスの数はn/2となる。つまり、電気角に対してキャリアの分解能が低くなる。
【0035】
図5は、回転電機8が回生動作しており、回転電機8の回転速度が下降していき、第2領域境界K2を越えて同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと制御方式が切り替わる場合の波形例を示している(回生/下り)。
図5には、上から、3相電流波形(U相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iw)、3相の上段側スイッチング素子3Hのスイッチング制御信号(「3Phase_Pulse_H」と示す、上からU相、V相、W相、以下同様)、3相の下段側スイッチング素子3Lのスイッチング制御信号(3Phase_Pulse_L)、制御方式の切り替え信号(「PWM_sel」と示す、“Hi”で同期5パルス制御、“Low”で非同期パルス幅変調制御、以下同様)、同期制御の電圧位相(「sPos」と示す、以下同様)、を示している。横軸は全て時間(t)である。
図5に示すように、制御方式が切り替わる直前では、回転電機8の回転に同期してパルスが生成されるため、電気角1周期当たりに十分な数のパルスが生成されている。一方、非同期パルス幅変調制御へと制御方式が切り替わった直後には、上述したようにキャリアの分解能が低い状態であるから、非同期パルス幅変調制御における電気角1周期当たりのパルスの数は同期5パルス制御に比べて少なくなる。このため、電圧のバランスが悪くなり、
図5に示すように、制御方式の切り替え直後の3相電流の歪みが大きくなる。この例では、W相電流Iwが過電流しきい値OCを超えている。
【0036】
今日、電気自動車やハイブリッド自動車において車輪の駆動力源となる回転電機に対して、小型化の要望が強くなっている。回転電機を小型化した場合には、より高回転で駆動させる必要性が高まる。また、より高い回転速度においても高いトルクの出力が要求される。
図4は、比較例として、従来の回転電機の動作領域を例示したものである。
図3と
図4との比較より、例えば第2領域境界K2が設定される動作領域のトルクが、
図3に比べて
図4の方が遙かに低いことが判る。つまり、近年では、より高い回転速度より高いトルクでの駆動が、回転電機に求められ、それによって、電流も大きくなるために、上述したような問題が生じ易くなっている。
【0037】
そこで、本実施形態では、
図7に示すように、5パルス領域とPWM領域との領域境界である第2領域境界K2が、第1境界K21と第2境界K22とを有する。第2境界K22は、第1境界K21よりも、回転電機8の回転速度が高くトルクが大きい側に設定されている。回転電機制御装置10は、回転電機8のトルクと回転速度との関係により定まる動作点がPWM領域に位置し、非同期パルス幅変調制御を実行中の状態から、動作点が変化して第2境界K22を越した場合に、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御に制御方式を移行させる。また、回転電機制御装置10は、動作点が5パルス領域に位置し、同期5パルス制御を実行中の状態から、動作点が変化して第1境界K21を越した場合に、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御に制御方式を移行させる。つまり、第2領域境界K2における制御方式の切り替えに際してはヒステリシスを設けている。
【0038】
図6は、回転電機8の動作領域の従来例を示しており、
図7は、本実施形態に係る回転電機8の動作領域の一例を示している。
図6及び
図7共に、第2領域境界K2はヒステリシスをも有するように、設定されている。但し、従来の動作領域(
図6)では、本実施形態の動作領域(
図7)に比べて、ヒステリシスが小さい。
図8は、回転電機8が回生動作中に回転速度が上昇していき、
図6の動作領域に従って第2境界K22において制御方式を非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御へと切り替えた場合の波形例である(回生/上り)。また、上記において参照した
図5は、回生時に
図6の動作領域に従って第1境界K21において制御方式を同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと切り替えた場合の波形例に相当する。
【0039】
図5及び
図8に示す例では、共に高回転域まで不連続パルス幅変調(DPWM)が実行されており、パルス数が少なくなっている。しかし、
図8に示すように上りの場合には、回転速度が上昇して第2境界K22を越えた場合に、パルス数が増加する。つまり、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御への移行時にパルス数が増加している。パルス数が増加することより、交流電圧の歪みが少なくなり、交流電流の歪みも小さくなる。その結果、制御方式の切り替え時においても、過電流等が発生する可能性は低い。
図8に示すように、この場合には、制御方式の切り替え時において交流電圧の歪みが大きくはなく、交流電流の歪みも大きくはない(詳細は後述するが、
図5の例と比べて小さい)。従って、制御方式の切り替え時において、過電流等が発生する可能性も低くなる。
図8に示すように、U相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwの何れも過電流しきい値OC未満であり、過電流状態は生じていない。尚、
図6における第2境界K22は、例えば変調率0.7455に相当する動作点に対応する。
【0040】
換言すれば、第2境界K22は、動作点が第1境界K21の側から第2境界K22の側に移動する場合に、動作点が第2境界K22を越える直前における非同期パルス幅変調制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数が、動作点が第2境界K22を越えた直後の同期5パルス制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定されている。つまり、制御方式の切り替え時において、パルス数が少ない状態からパルス数が多い状態へと変化するため、安定した切り替えが実現されている。
【0041】
一方、
図5に示すように、下りの場合には、回転速度が減少して第1境界K21を越えた場合に、パルス数が減少している。つまり、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御への移行時にパルス数が減少している。パルス数が減少することにより、交流電圧の歪みが大きくなり、交流電流の歪みも大きくなる。その結果、制御方式の切り替え時において、過電流等が発生する可能性が高くなる。
図5は、W相電流が過電流しきい値OC以上となっており、過電流状態が生じている場合を例示している。尚、
図6における第1境界K21は、例えば変調率0.7055に相当する動作点に対応する。
【0042】
下りにおけるこの問題に対処するため、本実施形態では、
図7に示すように、第1境界K21をより低回転速度の側に移動させている(第2境界K22は
図6と同じ。)。つまり、より回転速度が低い動作領域まで同期5パルス制御を実行することによって、パルス数の減少に伴う交流電圧及び交流電流に歪みが生じることを抑制する。第1境界K21がより低回転速度の側に移動することで、制御方式が非同期パルス幅変調制御に切り替わった場合におけるパルス数が増加する(
図9参照)。
図9は、
図7に示す制御領域の区分(第1境界K21)に従って第1境界K21において制御方式を同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと切り替えた場合の波形例である。制御方式の切り替え時におけるパルス数の急激な減少が抑制されるため、
図9に示すように、交流電圧及び交流電流に生じる歪みも抑制される。U相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwの何れも過電流しきい値OCを超えていない。本実施形態では、尚、
図7における第1境界K21は、例えば変調率0.55に相当する動作点に対応する。
【0043】
換言すれば、第1境界K21は、動作点が第2境界K22の側から第1境界K21の側に移動する場合に、動作点が第1境界K21を越える直前の同期5パルス制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数が、動作点が第1境界K21を越えた直後の非同期パルス幅変調制御による単位回転速度あたりのスイッチングパルスの数よりも小さくなるように設定されている。これにより、制御方式の切り替え時において、パルス数が少ない状態からパルス数が多い状態へと変化することとなり、安定した切り替えが実現される。ここでは、回生時における問題点とその改善案について説明したが、力行時においても同様の現象が発生する。そして、力行時においても、同様の対応によって当該問題点を改善することができる。
【0044】
ところで、発明者らによる実験やシミュレーションによれば、第2領域境界K2、特に第1境界K21は、直流リンク電圧Vdcに応じて設定されると好ましいことが判った。
図5、
図6、
図7、
図9を参照して上述したような改善は、直流リンク電圧Vdcが比較的高い場合(例えば700[V]以上)を例として実施した。この電圧の場合、3相電流の最大電流は、比較的小さく抑制されているが、直流リンク電圧Vdcが低くなると、制御方式の切り替え時における回転速度が下がり、より低回転で同期5パルス制御を実行することとなる。このため、同期5パルス制御の定常状態において最大電流が大きくなる。
【0045】
そこで、本実施形態では、第2領域境界K2、特に第1境界K21が、直流リンク電圧Vdcに応じて設定される。
図10~
図12は、直流リンク電圧Vdcがそれぞれ異なる場合の制御領域を例示している。
図10は、これら3つの中で、直流リンク電圧Vdcが比較的低い場合(例えば500[V]程度)の制御領域の例を示しており、
図11は、直流リンク電圧Vdcが
図10の例よりも高い場(例えば600[V]程度)合の制御領域の例を示しており、
図12は、直流リンク電圧Vdcが
図11の例よりもさらに高い場合(例えば700[V]程度)の制御領域の例を示している。
【0046】
図10~
図12に示すように、第1境界K21及び第2境界K22が、インバータ30の直流側の電圧である直流リンク電圧Vdcが高くなるに従って、第1境界K21と第2境界K22との間隔が長くなるように、設定されている。本実施形態では、第2境界K22は同じであり、第1境界K21が、直流リンク電圧Vdcが高くなるに従って第2境界K22の側に近づき、両者の間隔が狭くなっている。このように第1境界K21を移動させることによって、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御に制御方式を切り替える際の回転電機8の回転速度が、直流リンク電圧Vdcが異なっていてもほぼ一定となり、同期5パルス制御の定常時の電流の増加が抑制される。
【0047】
本実施形態では、
図10~
図12に共通して、第2境界K22における変調率は例えば0.7455である。また、
図10の第1境界K21における変調率は力行時及び回生時に共通して例えば0.7である。
図11の第1境界K21における変調率は力行時及び回生時に共通して例えば0.6である。
図12の第1境界K21における変調率は、力行時は例えば0.55、回生時は例えば0.5である。これらの変調率は、相対的な変調率の違いを示すための例示であり、本実施形態を限定するものではない。
【0048】
当然ながら、第1境界K21及び第2境界K22の双方を直流リンク電圧Vdcに応じて変更してもよい。また、当然ながら、上述したような電流の増加が問題ないような場合には、直流リンク電圧Vdcに拘わらず、第1境界K21及び第2境界K22が固定されていてもよい。
【0049】
ところで、このように同期5パルス制御の適用範囲をより低い変調率にまで広げると、従来のパルス生成アルゴリズムでは対応できない可能性がある。
図13は、同期5パルス制御におけるスイッチングパルスの一例を示している。
図13には、同期変調における電気角の1周期を示している。上段は同期制御の電圧位相(
図5、
図8~10等の「sPos」に相当)の“0”~“2π”の範囲を示している。続いて、U相のスイッチングパルスの一例、V相のスイッチングパルスの一例、W相のスイッチングパルスの一例を示している。このアルゴリズムでは、電圧位相の半周期“π”の内、“2/3π”が固定期間θfとして設定されている。電圧位相の半周期中で固定期間θfを除く残りの期間には、2箇所に第1期間θ1(=1/6π(=30[deg]))が設定されている。第2期間θ2は、同期5パルス制御においてデューティーを決定する位相であり、それぞれの第1期間θ1の中に設定される。
【0050】
上述したように、例えば、変調率が0.5程度まで同期5パルス変調の適用範囲を拡張する場合、固定期間θfは、“2/3π”よりも小さくする必要が生じる。同期5パルス制御による変調率は、第1期間θ1と第2期間θ2とにより決定することができるので(第1期間θ1によって固定期間θfも変わる)、以下のように第1期間θ1と第2期間θ2とを求める。
【0051】
まず、変調率を“Midx=0.5”として、第1期間θ1を“0~π/3(=60[deg])”の間で変化させながら第2期間θ2を下記式(1)に基づいて算出する。
【0052】
【0053】
同期5パルス制御では、高次高調波成分を抑制しつつ、スイッチングパルスを生成する。従って、式(1)で算出した第1期間θ1及び第2期間θ2の値を用いて、下記式(2)より、5次、7次、11次、13次の高調波成分“an”を算出する。下記式(2)において、“n”は、高調波成分の次数を示している。
【0054】
【0055】
次に、式(2)で求めた高調波成分より、高調波のファクター“Disfac”を演算する。
【0056】
【0057】
図14は、同期5パルス制御におけるスイッチングパルスを規定するパラメータ(θ1、θ2)と変調率との関係を示している。
図14においてプロット点は式(1)に基づいて求めたθ1、θ2の値を示す。プロット点のない曲線は、プロット点をつないで得られる近似曲線に対して、式(3)で求めたファクターに基づくフィルタを掛けて得られた特性曲線である。この特定曲線からマップを作成することで、同期5パルス制御におけるスイッチングパルスを生成することができる。
【0058】
図14から明らかなように、いわゆる過変調領域となる変調率が0.7以上の高い変調率では、第1期間θ1が“π/6”(=30[deg])以下となるため、
図13に示したように、電圧位相の半周期“π”の内、“2/3π”(=120[deg])を固定期間θfとして設定することができる。しかし、上述したように、より低い変調率まで同期5パルス制御を行うとすると、固定期間θfを短くする必要がある。例えば、固定期間θfを“π/2”(=90[deg])とすることによって、第1期間θ1を“π/4”(=90[deg])まで設定することが可能となり、変調率0.4程度まで同期5パルス変調を適用可能となる。
図15は、このようにして対応可能な変調率の範囲が拡張された同期5パルス制御におけるスイッチングパルスの一例を示している。本実施形態においては、
図15に示すように、第1期間θ1を“π/4”(=90[deg])として、同期5パルス制御によるスイッチングパルスが生成される。
【0059】
以下、制御方式が非同期パルス変調と同期5パルス変調との間で切り替わる前後のスイッチングパルスの数と、切り替え時の変調率との関係について説明する。
図16及び
図17は、上りにおける例であり、第1境界K21において同期5パルス制御から非同期パルス幅変調(不連続パルス幅変調)に制御方式が切り替わる場合のスイッチングパルスの一例を示している。
図16に比べて
図17の方が低い変調率で制御方式が切り替わっており、
図16は変調率0.7055で、
図17は変調率0.55で制御方式が切り替わった場合を例示している。
図18及び
図19は、下りにおける例であり、第2境界K22において非同期パルス幅変調(不連続パルス幅変調)から同期5パルス制御に制御方式が切り替わる場合のスイッチングパルスの一例を示している。
図19に比べて
図18の方が高い変調率で制御方式が切り替わっており、
図18は変調率0.7455で、
図19は変調率0.65で制御方式が切り替わった場合を例示している。
【0060】
図16では、高変調率、高回転速度において同期5パルス制御から非同期パルス幅変調に制御方式が切り替わっており、切り替え後には大きくパルス数が減少している。このため、
図5を参照して上述したように、制御方式の切り替え直後に3相電流が乱れて跳ね上がりを生じ、最大値が過電流しきい値OVを越える電流が流れる。一方、
図17では、
図16よりも、低変調率、低回転速度で制御方式が切り替わっており、切り替え後にパルス数が増加している。このため、制御方式の切り替え直後であっても、3相電流の乱れが少なく、過電流しきい値OVを越えるほど大きな電流の跳ね上がりはない。
【0061】
図18では、高変調率、高回転速度において非同期パルス幅変調から同期5パルス制御に制御方式が切り替わっており、切り替え後にはパルス数が増加している。このため、制御方式の切り替え直後であっても、3相電流の乱れが少なく、過電流しきい値OVを越えるような大電流の跳ね上がりはない。
図19では、
図18よりも低変調率、低回転速度で制御方式が切り替わっている。このため、切り替え前のパルス数は、
図18に比べて
図19の方が多くなる。このため、
図18に比べて
図19の場合には、切り替え後におけるパルス増加が抑制的であり、
図18に比べて3相電流の安定度は低くなる。このため、3相電流の最大値は
図18に比べて
図19の方が大きくなる。しかし、
図19の場合も、過電流しきい値OVを越えるほど大きな電流の跳ね上がりはない。
【0062】
ところで、上述したように、インバータ30は、交流1相分のアーム3Aがそれぞれ上段側スイッチング素子3Hと下段側スイッチング素子3Lとの直列回路により構成されている。そして、スイッチングパルスには、同じアーム3Aの上段側スイッチング素子3Hのスイッチング制御信号(スイッチングパルス)と、下段側スイッチング素子3Lのスイッチング制御信号とが、スイッチング素子3をオン状態に遷移させる有効状態に同時にならないように、両スイッチング制御信号が共に非有効状態となる期間としてのデッドタイムが設けられている。このため、指定された変調率に応じて生成されたスイッチングパルスでインバータ30を制御しても、指定された変調率よりも低い変調率での変調となる。そこで、回転電機制御装置10は、変調率の指令値に対する、実際の変調率のデッドタイムによる低下を補償するデッドタイム補償を実行可能である。例えば、回転電機制御装置10は、デッドタイムの分、予めデッドタイムを考慮して、出力される変調率が所望の変調率となるように、変調率の指令値を高くするような補償処理が実行される。
【0063】
キャリアに基づいてスイッチングパルスが生成される非同期パルス幅変調制御では、スイッチングパルスの変化点に誤差を生じやすいが、電圧位相に基づいてスイッチングパルスが生成される同期5パルス制御では、スイッチングパルスの変化点に誤差が生じにくい。このため、本実施形態では、非同期パルス幅変調制御ではデッドタイムを設け、同期5パルス制御ではデッドタイムを設けていない。つまり、動作点がPWM領域においてデッドタイム補償が実行され、動作点が5パルス領域(及び1パルス領域)においてデッドタイム補償が実行されない。
【0064】
ここで、非同期パルス幅変調制御(不連続パルス幅変調制御)から同期5パルス制御へ制御方式が切り替わる場合を考える。上述したように、非同期パルス幅変調制御ではデットタイムが設けられており、デッドタイム補償も実行されている。一方、同期5パルス制御では、デットタイムが設けられておらず、デッドタイム補償も実行されていない。このため、制御方式が切り替わると、デッドタイム補償の分、変調率の指令値が大きく低下することになる。
【0065】
図21は、デッドタイム補償によって非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御への制御方式の切り替え時に変調率が低下する例を示す波形図であり、
図22は、デッドタイム補償を行わず、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御への制御方式の切り替え時に変調率が低下しない例を示す波形図であり、
図20は、デットタイム補償値と変調率との関係を示すグラフである。
図21に示すように、制御方式の切り替えと共に変調率が急激に低下している。これによって、電圧が急激に変化し、3相電流に大きな歪みが生じる。一方、
図22では、制御方式の切り替え時には変調率に大きな変化は見られない。従って、電圧の急激な変化が抑制され、3相電流の歪みも抑制される。
【0066】
ここで、例えば全ての領域においてデッドタイム補償を行わないことも可能である。しかし、そのようにすると変調率が低い動作領域において誤差が大きくなり、制御の精度が低下するおそれがある。そこで、例えば、第2境界K22よりも第1境界K21の側に、動作点がPWM領域であってもデッドタイム補償が制限される領域が設定されていると好適である。このような領域が設けられることによって、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御へ制御方式が切り替わる際に、変調率の大きな変動が抑制され、交流電流に生じる歪みも抑制される。
【0067】
ここで、デッドタイム補償の制限とは、デッドタイム補償を実行しないことでも良いし、デッドタイム補償の補償値を減じることであってもよい。また、デッドタイム補償の急激な変化を抑制して安定した制御を行う観点より、デッドタイム補償における補償値が、第1境界K21の側から第2境界K22の側に向かうに従って、変調率の増加に従って次第に小さくなるように設定されていると好適である。例えば、
図20に示すように、第1変調率MI1から第2変調率MI2に向かって、変調率が次第に大きくなるに従って次第に小さくなるように補償値が設定される。
【0068】
例えば、
図7に示す動作領域において、第1境界K21における変調率を第1変調率MI1とし、第2境界K22における変調率を第2変調率MI2とする。そして、
図20に示すようにデッドタイム補償の補償値が設定されると、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御への制御方式の切り替え時に変調率が急激に変化することを抑制できる。
【0069】
尚、このようなデッドタイム補償への対応は、必須ではない。デッドタイム補償による交流電流の歪みが問題とならないような場合には、デッドタイム補償が制限されなくてもよい。
【0070】
上述したように、非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御へ制御方式を切り替える第2境界と、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へ制御方式を切り替える第1境界とを異ならせることによって、制御方式の切り替えの前後において、単位回転速度当たりのスイッチングパルスのパルス数の差を小さくすることができる。つまり、同期5パルス制御が選択される制御領域を従来に比べて拡大することによって、制御方式の切り替えの前後において、単位回転速度当たりのスイッチングパルスのパルス数の差を小さくすることができる。その結果、例えば、
図5と
図9とを比較して上述したように、交流電流の歪みが抑制される。
【0071】
しかし、制御方式の切り替えを3相同時に行うと、3相交流電流のバランスが崩れる場合がある。以下、
図9及び
図23を参照して説明する。
図9の波形図は、3相のスイッチングパルスをモード切替時刻taにおいて同時に切り替える場合の例を示している。一方、
図23の波形図は、3相のスイッチングパルスを時期をずらして切り替える場合の例を示している。尚、
図9及び
図23共に、回生時において、
図6の動作領域に従って第1境界において制御方式を同期5パルス制御(5Pulses)から非同期パルス幅変調制御(DPWM)へと切り替えた場合の例を示している。力行時及び回生時において同様の挙動となるため、ここでは回生時を例として説明する。
【0072】
上述したように、非同期パルス幅変調制御は、回転電機8の回転には同期しない変調方式であり、同期5パルス制御は、回転電機8の回転に同期した変調方式である。このため、非同期パルス幅変調制御と、同期5パルス制御とは、互いに同期していない。このため、両制御の間で制御方式を切り替える際のパルスパターンはその都度異なることになる。そして、切り替わりが発生する位相によっては、3相電圧や3相電流のバランスが悪くなる場合がある。即ち、相対的に高い変調率、高い回転速度において、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へと制御方式が切り替わる場合、力行においても回生においても、3相電流の歪み(電流の跳ね)が発生する場合がある。
図9に示すように、モード切替時刻taにおいて、U相、V相、W相の全相のスイッチング制御信号が同時に切り替わる場合、3相交流波形のバランスについては、改善の余地があると言える。このような波形の歪み(3相のバランスの乱れ)は、互いに同期していない変調方式間でのパルスパターンの切り替えに起因するため、制御方式の切り替えに伴うパルスパターンの切り替えは、3相電圧や3相電流が安定している位相で実行されることが好ましい(
図23を参照して後述する)。
【0073】
非同期パルス幅変調制御及び同期5パルス制御は、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御との間で制御方式が切り替えられる領域において、複数相の交流の相ごとにスイッチング素子3をオン状態又はオフ状態に固定する固定期間を含む変調方式である。例えば、非同期パルス幅変調制御では、不連続パルス幅変調が実行されており、不連続パルス幅変調は固定期間を含む変調方式である。また、同期5パルス制御も、
図13~
図15を参照して上述したように、固定期間を含む変調方式である。回転電機制御装置10は、制御方式の切り替えを、切り替え後の制御方式における固定期間に実施するとよい。尚、固定期間は、各相によって異なる位相に設定されているから、5パルス領域とPWM領域との領域境界において、複数相の交流の相ごとに制御方式の切り替えが行われると好適である。
【0074】
また、各相の固定期間は、電気角の1周期において均等に配置されるので、複数相がN(Nは2以上の自然数)相である場合には、電気角でπ/N、又は2π/Nずつ異ならせて、各相における前記制御方式を切り替えるとよい。本実施形態のように、3相交流の場合には、“π/3”(=60[deg])ずつ、或いは“2π/32(=120[deg])ずつ、3相それぞれの相ごとに制御方式の切り替えが行われると好適である。
【0075】
上述したように、
図9は、3相のスイッチングパルスをモード切替時刻taにおいて同時に切り替える場合の例を示している。これに対して、
図23は、3相のスイッチングパルスを“π/3”ずつ異ならせて切り替える場合の例を示している。
図9を参照すると、例えば、V相のスイッチングパルスはモード切替時刻taにおいて安定しておらず、また、U相のスイッチングパルスもHi期間が長くなっている。つまり、3相のスイッチングパルスのバランスが崩れている。その結果、W相電流の振幅が他の2相の電流に比べて大きくなり、3相電流のバランスが乱れることになる。一方、
図23を参照すると、制御方式の切り替え時(モード切替時刻ta)には、3相何れのスイッチングパルスも切り替えられず、その後、最も早く固定期間を迎えるU相のスイッチングパルスが時刻tuにおいて切り替えられている。その後、時刻tuよりも“π/3”後の時刻twにおいてW相のスイッチングパルスが切り替えられ、さらにその“π/3”後の時刻tvにおいてV相のスイッチングパルスが切り替えられている。
【0076】
図23の例では、各相のスイッチングパルスを“π/3”ずつ異ならせて切り替える形態を例示したが、各相のスイッチングパルスを“2π/3”ずつ異ならせて切り替えてもよい。この場合には、制御方式の切り替え後、最も早く固定期間を迎えるU相のスイッチングパルスが時刻tuにおいて切り替えられ、その後、時刻tuよりも“2π/3”後の時刻tvにおいてV相のスイッチングパルスが切り替えられる。そして、さらにその“2π/3”後の時刻tw2においてW相のスイッチングパルスが切り替えられる。
【0077】
例えば、スイッチング素子3がオン状態に固定される固定期間は、U相上段、W相下段、V相上段、U相下段、W相上段、V相下段の順に、“π/3”出現する。制御方式の切り替えは、スイッチングパターンと同期していないため、制御方式を切り替えた後、最初に固定期間が現れる相は、その都度異なる。回転電機制御装置10は、制御方式を切り替え後、最も早く固定期間を迎える相のスイッチングパルスを切り替え後の制御方式のスイッチングパルスに切り替え、その後、“π/3”ごと、或いは“2π/3”ごとに順次、他の相のスイッチングパルスを切り替え後のスイッチングパルスに切り替える。上段側ばかり或いは下段側ばかりで切り替える場合には、“2π/3”ごとに切り替えるとよい。また、ここでは複数相の交流が3相の交流である場合を例示したが、複数相がN(Nは2以上の自然数)相である場合に、電気角でπ/N、又は2π/Nずつ異ならせて、各相における制御方式を切り替えるとよい。
【0078】
尚、上記のように固定期間においてスイッチングパルスを切り替える場合、当該相における電流や電圧は比較的安定している。従って、スイッチングパルスを基準とするのではなく、電流や電圧を基準として、スイッチングパルスを切り替えてもよい。例えば、制御方式の切り替えは、複数相の交流それぞれの電圧波形が振幅中心と交差する時点において行われてもよい。尚、複数相の交流それぞれの電圧波形が振幅中心と交差する時点とは、交流電圧が振幅中心と一致する時点ではなく、交流電圧が定格の最大振幅の概ね10%以内の電圧値である期間でよい。尚、当然ながら、このようにして固定期間内に設定されるスイッチングパルスの切替時刻(パルス切替時刻:tu,tv,tw,tw2等)は、条件を満たしていれば、モード切替時刻taと同じ時刻であってもよい。
【0079】
回転電機制御装置10は、多くの場合、マイクロコンピュータを中核とした電子回路によって構成されている。また、スイッチングパルスは、予めパターンがメモリ等の記憶装置に記憶され、マイクロコンピュータに内蔵されたDMA(Direct Memory Access)コントローラ等を用いて当該メモリから読み出されて出力される場合も多い。マイクロコンピュータにDMAコントローラが1つしか備えられていないと、上述したように、異なるタイミングで各相のスイッチング制御信号を出力することは困難である。しかし、このDMAコントローラが1つのマイクロコンピュータに複数個搭載されている場合、例えば3つ搭載されている場合には、それぞれのDMAコントローラを各相のスイッチングパルスの出力用に割り当てることができる。そのような場合、異なるタイミングでのスイッチングパターンの切り替えも容易に実行することができる。マイクロコンピュータが複数のDMAコントローラを備えていても未使用であることも多いが、そのようなDMAコントローラも有効に活用することによって、さらに円滑に制御方式を切り替えることができる。
【0080】
このように、回転電機制御装置10が、制御方式の切り替えを、切り替え後の制御方式における固定期間、又は、複数相の交流それぞれの電圧波形が振幅中心と交差する時点、において行うと共に、複数相がN(Nは2以上の自然数)相である場合に、電気角でπ/N、又は2π/Nずつ異ならせて、各相におけるスイッチングパルスを切り替えることによって、制御方式の切り替え時における電流の歪みをさらに抑制することができる。
【0081】
当然ながら、制御方式の切り替え時における電流の歪みが許容可能な場合や、回転電機制御装置10の中核となるマイクロコンピュータの仕様等に応じて、各相におけるスイッチングパルスが同じタイミングで切り替えられてもよい。
【0082】
ところで、上記においては、(A)非同期パルス幅変調制御から同期5パルス制御へ制御方式を切り替える第2境界と、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御へ制御方式を切り替える第1境界とを異ならせ、同期5パルス制御が選択される制御領域を従来に比べて拡大すること、(B)スイッチングパルスの切り替えタイミングを各相で異ならせること、によって、非同期パルス幅変調制御と同期5パルス制御との間で制御方式を切り替える際に、電圧及び電流の歪みを少なく抑えて円滑に制御方式を切り替えることができることを説明した。ここで、(A)と(B)とは、それぞれ単独で実施されても良いし、(A)と(B)との双方が合わせて実施されてもよい。
【符号の説明】
【0083】
1:同期、3:スイッチング素子、3A:アーム、3H:上段側スイッチング素子、3L:下段側スイッチング素子、4:直流電源、8:回転電機、10:回転電機制御装置、30:インバータ、K21:第1境界、K22:第2境界、Vdc:直流リンク電圧、θf:固定期間
【手続補正書】
【提出日】2022-02-02
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0046
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0046】
図10~
図12に示すように、第1境界K21及び第2境界K22が、インバータ30の直流側の電圧である直流リンク電圧Vdcが高くなるに従って、第1境界K21と第2境界K22との間隔が長くなるように、設定されている。本実施形態では、
後述するように、第2境界K22
における変調率は同じであり、第1境界K21
における変調率が、直流リンク電圧Vdcが
低くなるに従って
高くなることで第1境界K21が第2境界K22側に近づき、両者の間隔が狭くなっている。このように第1境界K21を移動させることによって、同期5パルス制御から非同期パルス幅変調制御に制御方式を切り替える際の回転電機8の回転速度が、直流リンク電圧Vdcが異なっていてもほぼ一定となり、同期5パルス制御の定常時の電流の増加が抑制される。