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特開2022-155258ミスフォールドタンパク質の構造変化に基づく小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法
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  • 特開-ミスフォールドタンパク質の構造変化に基づく小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022155258
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】ミスフォールドタンパク質の構造変化に基づく小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20221005BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20221005BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20221005BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20221005BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20221005BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221005BHJP
   C12Q 1/26 20060101ALI20221005BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20221005BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20221005BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20221005BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20221005BHJP
   A61K 31/352 20060101ALI20221005BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20221005BHJP
   A61P 25/00 20060101ALN20221005BHJP
   A61P 3/04 20060101ALN20221005BHJP
   A61P 3/06 20060101ALN20221005BHJP
   A61P 3/10 20060101ALN20221005BHJP
   A61P 31/00 20060101ALN20221005BHJP
   A61P 35/00 20060101ALN20221005BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z ZNA
C12N15/12
C12N15/53
C12N15/62 Z
C12Q1/02
C12Q1/26
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
A61K31/352
A61P43/00 105
A61P25/00
A61P3/04
A61P3/06
A61P3/10
A61P31/00
A61P35/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021058672
(22)【出願日】2021-03-30
(71)【出願人】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】守村 敏史
(72)【発明者】
【氏名】漆谷 真
(72)【発明者】
【氏名】遠山 育夫
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
4C086
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA40
2G045DA20
2G045FB01
2G045FB13
4B063QA01
4B063QA05
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QR02
4B063QS02
4B063QS05
4B063QS20
4B063QS38
4B063QS40
4B063QX02
4B065AA90Y
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BA21
4B065CA24
4B065CA27
4B065CA46
4B065CA60
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA08
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA01
4C086ZA70
4C086ZB21
4C086ZB26
4C086ZB31
4C086ZC33
4C086ZC35
(57)【要約】
【課題】小胞体内におけるミスフォールドタンパク質の状態を定量的且つリアルタイムに評価することが可能である、小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法を提供する。また、優れた小胞体ストレス改善作用を有する小胞体ストレス改善薬を提供する。
【解決手段】(1)小胞体内侵入シグナルペプチドと、N結合型糖鎖が付加されないホタルルシフェラーゼとから構成される融合タンパク質をコードする核酸が導入された細胞と、被検物質とを接触させる工程、(2)被検物質と接触させた前記細胞のホタルルシフェラーゼ活性を測定する工程を含む、小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法、及びジオスメチンを含む小胞体ストレス改善薬。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)小胞体内侵入シグナルペプチドと、N結合型糖鎖が付加されないホタルルシフェラーゼとから構成される融合タンパク質をコードする核酸が導入された細胞と、被検物質とを接触させる工程、
(2)被検物質と接触させた前記細胞のホタルルシフェラーゼ活性を測定する工程
を含む、小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記ホタルルシフェラーゼ活性が、小胞体内のホタルルシフェラーゼの活性である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ホタルルシフェラーゼ活性が、分泌されたホタルルシフェラーゼの活性である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
タンパク質の翻訳が阻害された状態で行われる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞には更に、小胞体内侵入シグナルペプチドとトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼとから構成される融合タンパク質をコードする核酸が導入され、前記細胞のトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼ活性を測定し、インターナルコントロールとして使用する、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記トゲオキヒオドシエビルシフェラーゼに更に小胞体保留ペプチドが結合してなる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
ジオスメチンを含む小胞体ストレス改善薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法及び小胞体ストレス改善薬に関する。
【背景技術】
【0002】
膜タンパク質や分泌タンパク質は翻訳合成された後、細胞内小器官である小胞体において正しいコンフォメーションに折り畳まれる。そのため、小胞体内には多くのシャペロンタンパク質が存在しており、効率的なタンパク質の折り畳みに寄与している。しかし、この折り畳みはいつも正確に行われるわけではなく、細胞内外からのストレスによって、小胞体内の折り畳み機構が妨害されたり、小胞体に送り込まれるタンパク質量が小胞体の処理能力を超えた場合などには、小胞体内に折り畳みが不完全なタンパク質が蓄積する。この現象は小胞体ストレスと呼ばれ、細胞にとって極めて強い負荷となる。
【0003】
しかしながら、小胞体はこれに対抗する機構を複数持っており、分子シャペロンなどの産生増加、一般のタンパク質の翻訳抑制、ユビキチン-プロテアソーム系による異常タンパク質の分解が亢進することで対応している。通常は、このような機構により小胞体への異常タンパク質の集積が軽減されるが、このタンパク質処理管理機構の処理能力以上に異常タンパク質が小胞体に集積すると、細胞の過剰なストレス応答や細胞死(アポトーシス)が起こると考えられている。
【0004】
このように小胞体におけるミスフォールドタンパク質の蓄積は、小胞体ストレスを惹起し、生活習慣病、感染症、神経難病、癌、糖尿病など非常に多くの疾患の危険因子又は原因として広く認識されている。そのため、小胞体ストレスが疾患治療のターゲットとして注目されている。
【0005】
小胞体ストレスは、細胞質や核で引き起こされる抗ストレス応答、すなわちunfolded protein response (UPR)によってこれまで評価されて、抗小胞体ストレス薬の評価法として最も汎用されてきている。しかし、UPRは核や細胞質で起こる抗小胞体ストレス応答を平均化した指標であり、必ずしもミスフォールドタンパク質の状態をリアルタイムに示す値ではなく、小胞体内ミスフォールドタンパク質の定量性とリアルタイム性を備えた評価系の報告はほとんどない。
【0006】
また、非特許文献1では、小胞体内でホタルルシフェラーゼを発現させて、N結合型糖鎖の阻害薬をスクリーニングする系が報告されている。この実験系は、N結合型糖鎖の阻害により小胞体ストレス及びそれに伴う細胞死を誘導する薬剤を選別することにより、新たな抗癌剤の確立を目的としている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Clinical Cancer Research 2010;16:3205-3214
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、小胞体内におけるミスフォールドタンパク質の状態を定量的且つリアルタイムに評価することが可能である、小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法を提供することを目的とする。また、本発明は、優れた小胞体ストレス改善作用を有する小胞体ストレス改善薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ホタルルシフェラーゼを小胞体内で発現させると、ほとんど分泌されることなく小胞体内でミスフォールド化し、小胞体ストレスを誘導すること、小胞体タンパク質のフォールデングに影響をする小胞体ストレス試薬は小胞体内ルシフェラーゼ活性を誘導するという知見を得た。そのため、小胞体内のミスフォールドタンパク質の構造変化を誘導する、つまり小胞体内ホタルルシフェラーゼの活性を誘導する薬剤は、広く小胞体ストレス関連疾患に応用可能であると考えられる。さらに、このスクリーニング系を利用して、小胞体内ホタルルシフェラーゼ活性を誘導する化合物のスクリーニングを行ったところ、フラボンに属するジオスメチンが濃度依存的にホタルルシフェラーゼ活性を誘導すること、小胞体内ホタルルシフェラーゼ活性の上昇に相関し、ホタルルシフェラーゼの分泌効率が回復することを見出した。
【0010】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次の小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法及び小胞体ストレス改善薬を提供するものである。
【0011】
項1.(1)小胞体内侵入シグナルペプチドと、N結合型糖鎖が付加されないホタルルシフェラーゼとから構成される融合タンパク質をコードする核酸が導入された細胞と、被検物質とを接触させる工程、
(2)被検物質と接触させた前記細胞のホタルルシフェラーゼ活性を測定する工程
を含む、小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法。
項2.前記ホタルルシフェラーゼ活性が、小胞体内のホタルルシフェラーゼの活性である、項1に記載の方法。
項3.前記ホタルルシフェラーゼ活性が、分泌されたホタルルシフェラーゼの活性である、項1に記載の方法。
項4.タンパク質の翻訳が阻害された状態で行われる、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
項5.前記細胞には更に、小胞体内侵入シグナルペプチドとトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼとから構成される融合タンパク質をコードする核酸が導入され、前記細胞のトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼ活性を測定し、インターナルコントロールとして使用する、項1~4のいずれか一項に記載の方法。
項6.前記トゲオキヒオドシエビルシフェラーゼに更に小胞体保留ペプチドが結合してなる、項5に記載の方法。
項7.ジオスメチンを含む小胞体ストレス改善薬。
【発明の効果】
【0012】
本発明のスクリーニング方法は、小胞体内におけるミスフォールドタンパク質の状態を定量的且つリアルタイムに評価することが可能であり、小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング系として有用である。
【0013】
また、ジオスメチンは優れた小胞体ストレス改善作用を有するので、小胞体ストレス改善薬の有効成分として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】小胞体におけるホタルルシフェラーゼのミスフォールド化に関する結果を示す図である。(A)各種ルシフェラーゼの分泌効率(n=3)、(B)各種ルシフェラーゼ遺伝子産物の発現解析、(C) Ig-HA-FLの細胞局在(スケールは10μm)、(D)各種ルシフェラーゼによる小胞体ストレスの誘導(n=3)
図2】小胞体内ルシフェラーゼの活性測定のための至適条件の検討を行った結果を示す図である。(A) Ig-FLのトランスフェクション条件の検討(n=3)、(B) ER-HA-NLの分泌効率(n=3)、(C) ER-HA-NLの細胞局在(スケールは10μm)、(D) ER-HA-NLのトランスフェクション条件の検討(n=3)
図3】N結合型糖鎖付加不全型ホタルルシフェラーゼの構築及び活性測定の結果を示す図である。(A)ホタルルシフェラーゼの小胞体内におけるN結合型糖鎖付加、(B) N結合型糖鎖付加不全型ホタルルシフェラーゼの細胞局在(スケールは10μm)、(C) N結合型糖鎖付加不全型ホタルルシフェラーゼのN結合型糖鎖付加の解析、(D)細胞質及び核に局在に局在する変異ホタルルシフェラーゼの活性解析(n=3)、(E)小胞体に局在する変異ホタルルシフェラーゼの活性解析(n=3)
図4】ツニカマイシン(Tm)及びブレフェルジンA (BrefA)に対する小胞体内ルシフェラーゼの応答の結果を示す図である。(A)野生型小胞体内ルシフェラーゼのツニカマイシンに対する応答(n=3)、(B) N197Q置換を有する小胞体内ルシフェラーゼのツニカマイシンに対する応答(n=3)、(C)小胞体内ルシフェラーゼのブレフェルジンAに対する応答(n=3)
図5】ジチオスレイトール(DTT)及びタプシガルジン(Tg)に対する小胞体内ルシフェラーゼの応答の結果を示す図である。(A) DTTに対するIg-FLwtの比活性の経時的変化(n=3)、(B) Tgに対するIg-FLwtの比活性の経時的変化(n=3)、(C) DTTによる翻訳非依存的IgFLwt活性の誘導(n=3)、(D) Tgによる翻訳非依存的IgFLwt活性の誘導(n=3)
図6】アピゲニン、ジオスメチン、ルテオリンによる小胞体ストレスの抑制に関する結果を示す図である。(A)アピゲニン、ジオスメチン、ルテオリンによるIg-FL(N197Q)活性の亢進(n=3)、(B)ジオスメチンによる翻訳非依存的Ig-FL(N197Q)活性の亢進(n=3)、(C)ツニカマイシンによる小胞体ストレスの誘導(グラフはDMSO処理した対照細胞における発現に対する変動をlog2スケールで示している(対照細胞における相対的発現量は全て0)) (n=4)、(D)ツニカマイシン非存在下でのUPR遺伝子に対するフラボンの影響(n=4)、(E)ツニカマイシン存在下でのUPR遺伝子に対するフラボンの抑制効果(n=4)
図7】フラボンによる小胞体内ミスフォールドタンパク質の小胞体外輸送の亢進に関する結果を示す図である。(A)アピゲニン及びジオスメチンによるIg-FL(N197Q)のHeLa細胞からの分泌亢進(n=3-4)、(B) HeLa細胞からのIg-FLwt分泌におけるフラボンの効果(n=4)、(C)アピゲニン及びジオスメチンによるIg-FL(N197Q)のHEK293A細胞、Neuro2A細胞からの分泌亢進(n=3)、(D)ジオスメチンによるミスフォールドMPZの細胞膜への輸送亢進、(E)ジオスメチンによるミスフォールドMPZの細胞膜への輸送亢進(n=4)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0016】
なお、本明細書において「含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0017】
また、本発明において「核酸」とはRNA又はDNAを意味する。本発明において「遺伝子」とは、特に言及しない限り、2本鎖DNA、1本鎖DNA(センス鎖又はアンチセンス鎖)、及びそれらの断片が含まれる。また、本発明において「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0018】
本発明において、「核酸」、「ヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は同義であって、これらはDNA及びRNAの両方を含み、2本鎖であっても1本鎖であってもよい。
【0019】
スクリーニング方法
本発明の小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング方法は、以下の工程を含むことを特徴とする。
(1)小胞体内侵入シグナルペプチドと、N結合型糖鎖が付加されないホタルルシフェラーゼとから構成される融合タンパク質をコードする核酸が導入された細胞と、被検物質とを接触させる工程、
(2)被検物質と接触させた前記細胞のホタルルシフェラーゼ活性を測定する工程。
【0020】
本明細書において、「小胞体ストレスを改善する化合物」とは、小胞体にかかるストレスを改善することができる化合物であればよく、小胞体内のミスフォールドタンパク質の正常な構造への変化を誘導するもの、小胞体に直接又は間接的に作用してストレスを改善するもの、小胞体ストレスに起因して生じるストレスを改善するものなども含まれる。また、「小胞体ストレスを改善する」とは、小胞体ストレスを緩和する、小胞体ストレスに対する抵抗性を増加させるなどと表現することもできる。
【0021】
本発明における融合タンパク質は、小胞体内侵入シグナルペプチドと、N結合型糖鎖が付加されないホタルルシフェラーゼとから構成されることを特徴とする。
【0022】
融合タンパク質は、小胞体内侵入シグナルペプチドが付加されていること、小胞体内でミスフォールド化することから、小胞体に局在化することになる。小胞体内侵入シグナルペプチドとしては、融合タンパク質を小胞体に侵入させることができるものである限り特に制限されず、各種公知の小胞体内侵入シグナルペプチド、及び公知の小胞体内侵入シグナルペプチドを改変したものを広く使用することができる。また、融合タンパク質を発現させる細胞の種類等を考慮して好適な局在化シグナルペプチドを適宜選択することができる。小胞体内侵入シグナルペプチドとしては、例えば、N末端:METDTLLLWVLLLWVPGSTD(配列番号1)等が挙げられる。このようにホタルルシフェラーゼに小胞体内侵入シグナルペプチドが付加され、小胞体内でミスフォールド化することにより、ほとんど分泌されることなく、小胞体ストレスを誘導させる。また、小胞体タンパク質のフォールデングに影響をする試薬は小胞体内ルシフェラーゼ活性を誘導する。
【0023】
「ルシフェラーゼ」とは、一般に、発光が生じる化学反応を触媒する酵素のことを示す。当該酵素の基質となる物質はルシフェリンと呼ばれ、ATPの存在下、ルシフェラーゼの触媒作用により、ルシフェリンが化学変化を起こす際に発光する。現在、ルシフェラーゼは、ホタル及びバクテリアに由来するものが取得されている。ホタルルシフェラーゼの基質は、ホタルルシフェリンである。
【0024】
「ホタルルシフェラーゼ」が由来するホタルの種類としては、特に限定されず、例えば、北アメリカ産ホタル、ゲンジボタル、ヘイケボタル、東ヨーロッパ産ホタル、ツチボタル、オキナワマドボタル、クメジマミナミボタル、シブイロヒゲボタルなどが挙げられる。これらのルシフェラーゼはアミノ酸配列が異なっているが、ATPとルシフェリンとを基質とした生物発光反応を触媒する点において同等である。また、ルシフェラーゼの安定性の向上や発光波長を改変するために一部のアミノ酸配列を置換することで作製された変異ルシフェラーゼも本発明におけるホタルルシフェラーゼに含まれる。特定のアミノ酸配列においてアミノ酸を置換させる技術は公知である。
【0025】
本発明で使用するホタルルシフェラーゼは、N結合型糖鎖が付加されないことを特徴とする。すなわち、天然のホタルルシフェラーゼが、N結合型糖鎖が付加されるコンセンサス配列であるAsn-Xaa-[Ser/Thr](XaaはProでない)を有する場合は、N結合型糖鎖が付加されないようにアミノ酸配列が置換され、当該コンセンサス配列を含まないようになっている。N結合型糖鎖が付加されたホタルルシフェラーゼは、培養上清での活性が安定化せず、分泌効率の解析には不適であるのに対して、N結合型糖鎖が付加されないホタルルシフェラーゼは培養上清での活性が安定であるので、分泌効率の定量が可能となる。
【0026】
融合タンパク質において、小胞体内侵入シグナルペプチド及びホタルルシフェラーゼは、本発明の効果が得られる限り、どのような順序で結合していてもよい。また、これらのタンパク質及びペプチドは直接結合していてもよく、又は間に任意のアミノ酸配列が存在して結合していてもよい。融合タンパク質には、これら2種のタンパク質及びペプチド以外にも、他のタンパク質及びペプチドが結合していてもよい。
【0027】
本発明における核酸は、上記融合タンパク質をコードすることを特徴とする。当該核酸は、融合タンパク質を構成する各タンパク質及びペプチドをコードする核酸を用いて、生化学的切断/再結合などの常法で作製することができる。ホタルルシフェラーゼの遺伝子は、市販品を入手することもできるし、GeneBank等の公共のデータベースに登録されている公知の塩基配列の情報を利用して常法により製造することも可能である。また、小胞体内侵入シグナルペプチドをコードする核酸は、公知のアミノ酸配列又は塩基配列の情報を利用して常法により製造することが可能である。さらに、当該核酸を導入する宿主細胞で使用頻繁の高いコドンに変更することにより発現効率を上げることができる。
【0028】
本発明における細胞は、上記核酸が導入されていることを特徴とする。核酸の導入は当該核酸を含む発現ベクターを利用することにより行うことができる。当該発現ベクターとしては、特に制限されず、公知の発現ベクターを広く使用することができる。上記核酸を導入する細胞の種類等を考慮し、適切な発現ベクターを適宜選択すればよい。発現ベクターは、上記核酸以外にも、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、ポリアデニル化シグナル、選択マーカー、複製起点などを含有し得る。発現ベクターは、自立的に複製するベクター、及び宿主細胞に導入された際に宿主細胞のゲノムに組み込まれ、組み込まれた染色体と共に複製されるもののいずれも使用することができる。また、発現ベクターは、転写因子の結合サイトが可能な限り除かれていることが望ましい。上記核酸は、公知の方法により発現ベクターに挿入することができる。
【0029】
発現ベクターの構築、及び当該発現ベクターの細胞への導入法は周知であり、例えば、Sambrook and Russell, Molecular Cloning, A Laboratory Manual 3rd edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2001)等の記載を参考にして実施することができる。
【0030】
宿主細胞への発現ベクターの導入は、エレクトロポーレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、リポソーム法、マイクロインジェクション法、酢酸リチウム法等の周知の方法により行うことができる。上記核酸を導入する宿主細胞としては、例えば、酵母、真菌、原虫、線虫、寄生虫細胞、昆虫細胞、哺乳動物細胞、植物細胞などが挙げられる。ここでの細胞には、トランスジェニック植物及びトランスジェニック非ヒト動物中の細胞も包含される。また、細胞種も特に制限されず、細胞種を問わず本発明のスクリーニング方法を使用することができる。
【0031】
本発明における細胞としては、小胞体内侵入シグナルペプチドとトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼとから構成される融合タンパク質をコードする核酸が更に導入されたものを使用することもできる。このようなトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼの活性は、インターナルコントロールとして使用することができる。トゲオキヒオドシエビルシフェラーゼとしては、トゲオキヒオドシエビ(Oplophorus gracilirostris)に由来するルシフェラーゼである限り特に制限なく使用することができ、ルシフェラーゼの安定性の向上や発光波長を改変するために一部のアミノ酸配列を置換することで作製された変異ルシフェラーゼも本発明におけるトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼに含まれる。トゲオキヒオドシエビルシフェラーゼとしては、例えば、プロメガ株式会社が販売するNanoLucTMが挙げられる。トゲオキヒオドシエビルシフェラーゼには、小胞体内侵入シグナルに加え、小胞体保留ペプチド(例えば、C末端:KDEL(配列番号2)、HDEL(配列番号3))が結合していることが望ましい。このような小胞体保留ペプチドが結合していることで、トゲオキヒオドシエビルシフェラーゼが小胞体に留まることができ、インターナルコントロールとしてより好適に使用できるようになる。
【0032】
被検物質は特に制限なく使用でき、例えば、低分子化合物、高分子化合物、生体高分子(タンパク質、核酸、多糖類等)などが挙げられ、このような化合物を含む種々の化合物ライブラリーも使用できる。
【0033】
細胞と被検物質とを接触させる方法は、これらが接触する限り特に限定されず、例えば、細胞を含む溶液(例えば、培養液)と被検物質とを混合する方法が挙げられる。
【0034】
ホタルルシフェラーゼの活性の測定は、例えば、ホタルルシフェラーゼのルシフェリンとの反応により発生する光量を測定することにより行うことができる。発生した光量の測定方法は、公知の方法を広く適用できる。発生した光量の測定及びそれに基づく解析を行う装置類、解析ソフトなどは、特に限定されず、一般的なものを使用することができる。測定は、撮像によって行ってもよく、そのような装置としては、例えば、ルミノメーター、発光顕微鏡、発光イメージャー、発光検出装置などが挙げられる。
【0035】
また、ホタルルシフェラーゼ活性の測定としては、例えば、小胞体内のホタルルシフェラーゼの活性及び分泌されたホタルルシフェラーゼの活性を測定することが挙げられる。
【0036】
本発明のスクリーニング方法は、タンパク質の翻訳が阻害された状態で行うこともできる。このようにタンパク質の翻訳が阻害された状態でスクリーニングを実施することで、細胞応答によるルシフェラーゼ活性の変動を最小限に抑えることができる。タンパク質の翻訳の阻害は、公知の方法を広く適用でき、例えば、タンパク質合成阻害剤(シクロヘキシミド、エメチンなど)、RNA合成阻害剤(アクチノマイシンD)などを添加することにより行うことができる。
【0037】
小胞体に局在化させたトゲオキヒオドシエビルシフェラーゼ活性を更に測定し、その測定結果をインターナルコントロールとして使用することで、小胞体タンパク質のタンパク質量を細胞間で補正することが可能となる。
【0038】
本発明のスクリーニング方法において、細胞と被検物質とを接触させた場合のホタルルシフェラーゼ活性が、被検物質と接触させていない場合と比較し、例えば、1.3倍以上、1.5倍以上、1.8倍以上又は2.0倍以上向上していた場合、当該被検物質を小胞体ストレスの改善に有用な化合物として選択することができる。
【0039】
本発明のスクリーニング方法は、(1)小胞体内のミスフォールドタンパク質の構造修復のみにフォーカスを当て、リアルタイム性の特徴を担保するスクリーニング系であり、(2)被検物質の添加から解析までの時間を大幅に短縮でき、(特に翻訳を停止することにより)細胞応答によるルシフェラーゼ活性の変動を最小限に抑えることが可能であり、(3)薬剤の評価が、リフォールドの結果上昇するホタルルシフェラーゼの分泌効率によっても可能であり、偽陽性の化合物の数を低減でき、(4)ホタルルシフェラーゼを非N結合型糖鎖とすることにより定常状態での培養上清におけるホタルルシフェラーゼ活性を安定化させ、分泌効率の定量性を著しく向上させることができる。本発明のスクリーニング方法は、ミスフォールドタンパク質の構造変化に基づく小胞体ストレスを改善する化合物のスクリーニング系として有用である。
【0040】
小胞体ストレス改善薬
本発明の小胞体ストレス改善薬は、ジオスメチン(diosmetin)を含むことを特徴とする。
【0041】
ジオスメチンは、優れた小胞体ストレス改善作用を有するので、小胞体ストレス改善薬の有効成分として有用である。特にジオスメチンは、新たなタンパク質の翻訳なしに、小胞体内ルシフェラーゼの活性を亢進し、更に小胞体内に蓄積したミスフォールドタンパク質の輸送も亢進させる。
【0042】
本明細書において、「小胞体ストレス改善薬」とは、小胞体にかかるストレスを改善することができるものであればよく、小胞体内のミスフォールドタンパク質の正常な構造への変化を誘導するもの、小胞体に直接又は間接的に作用してストレスを改善するもの、小胞体ストレスに起因して生じるストレスを改善するものなども含まれる。また、「小胞体ストレス改善薬」とは、抗小胞体ストレス薬、小胞体ストレス抑制薬、小胞体ストレス軽減薬などと表現することもできる。
【0043】
小胞体ストレス改善薬には、ジオスメチンのみを使用することもでき、ビタミン、生薬など日本薬局方に記載の他の医薬成分と混合して使用することもできる。
【0044】
小胞体ストレス改善薬を調製する場合、ジオスメチンを、医薬品において許容される無毒性の担体、希釈剤若しくは賦形剤とともに、タブレット(素錠、糖衣錠、発泡錠、フィルムコート錠、チュアブル錠、トローチ剤などを含む)、カプセル剤、丸剤、粉末剤(散剤)、細粒剤、顆粒剤、液剤、懸濁液、乳濁液、シロップ、ペースト、注射剤(使用時に、蒸留水又はアミノ酸輸液や電解質輸液等の輸液に配合して液剤として調製する場合を含む)などの形態に調製して、医薬用の製剤にすることが可能である。
【0045】
小胞体ストレス改善薬に含まれるジオスメチンの割合としては、例えば、0.01~99質量%、0.1~80質量%、1~70質量%などが挙げられる。
【0046】
小胞体ストレス改善薬の投与量は、患者の体重、年齢、性別、症状などの種々の条件に応じて適宜決定することができる。また、本発明の小胞体ストレス改善薬は、ヒトを含む哺乳動物に対して投与される。
【0047】
なお、本発明の小胞体ストレス改善薬には、医薬部外品も包含される。
【0048】
本発明の小胞体ストレス改善薬は、優れた小胞体ストレス改善作用を有していることから、小胞体ストレスに関連する疾患である神経難病、生活習慣病、感染症、癌、糖尿病などの発症予防、症状軽減及び治療のために好適に使用することができる。
【実施例0049】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0050】
実験材料と方法
・実験材料
今回実験に使用した試薬は下記の通りである。ジチオスレイトール(DTT, Nacalai Tesque [14128-62])、シクロヘキシミド(Chx, Nacalai Tesque [06741-91])、タプシガルジン(Tg, Sigma-Aldrich [T9033-.5MG])、ブレフェルジンA (BrefA, Merck Millipore [203729-1MGCN])、ツニカマイシン(Tm, Merck Millipore [654380-10MGCN])、アピゲニン(Med Chem Express [HY-N1201])、ルテオリン(Med Chem Express [HY-0162])、ジオスメチン(Selleck Chemical [S2380])、抗HA抗体(Covance [MMS-101R] [MMS-101R])、抗GRP78抗体(Abcam [ab21685])、抗GM130抗体(Protein Tech [11308-AP])、抗β-アクチン抗体(Santacruz Biotechnology [sc-4778])、抗ホタルルシフェラーゼ抗体(Novus [NB100-1677SS])、FLAG抗体(Cell Signaling Technology [14793S])、西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗マウス、抗ウサギ、抗ヤギIgG (Jackson)、Alexa-488標識抗マウス、-594標識抗ウサギヤギIgG (Thermo Fisher Scientific [A11029, A11037])、Alexa-488標識抗マウス、-568標識抗ヤギロバ抗体(Biotim [20014-0.5 mL, 20160-0.5 mL])。
【0051】
・細胞培養、トランスフェクション、ウェスタンブロッティング
今回使用したHeLa細胞、HEK293A細胞、Neuro2A細胞は10%牛胎児血清(Sigma-Aldrich [F7524])及びペニシリン-ストレプトマイシン(Nacalai Tesque [26253-84])含有ダルベッコ改変イーグル培地(Nacalai Tesque [08458-45])を用いて培養した。細胞へのトランスフェクションは、後に記載している細胞表面タンパク質のビオチン化実験を除いた全ての実験についてViofectin transfection reagent (Viogene [VFT1001])を用いて行った。12 wellプレートに40-60%の密度でプレーテングされた細胞に、総量250 ng/cm2のプラスミド量でトランスフェクションを行なった。トランスフェクションの24時間後、一回PBSで細胞を洗った後、プロテアーゼ阻害剤(Roche [11873580001])及び脱リン酸化阻害剤(Nacalai Tesque [07575-51])を含む細胞溶解液(50 mM Tris [pH8.0], 2 mM EDTA, 150 mM NaCl, 0.1% SDS, 1% Triton (登録商標) X-100)でタンパク質を抽出後、エッペンチューブに移し不溶分画を遠心により除去し、次いでSDS-PAGEのサンプルバッファー添加後100℃5分加熱処理を行なった。こうして得られたタンパク質サンプルは、12.5% SDS-PAGE (SuperAceTM; Fujifilm Wako [196-14981])により分離し、PVDFメンブラン(Merck Millipore [IPVH00010])に転写後、ウェスタンブロッティングに供した。発色にはSuper SignalTM West Pico (Pierce [34577])により行い、データーはLAS4000 及びLAS4000mini (GE healthcare)により取得した。
【0052】
・免疫染色
トランスフェクション細胞は4%パラホルムアルデヒドで10分間固定後、0.1% Triton X-100で処理し、各種1次抗体を室温60分反応させた。次いで、Alexa488/564/594標識2次抗体で可視化し、DAPI含有マウント剤(Fluorokeeper; Nacalai Tesque [12745-74])で封入した後、共焦点レーザー顕微鏡(SP-8, Leica)で観察した。
【0053】
・リアルタイムPCR
培養はタンパク質解析の実験同様に、12 wellプレートを用いた。トータルRNAはNuculeospin RNA plus (Macherey-Nagel [740984.50])を用い回収し、oligo-dT20 (Thermo Fisher Scientific [18418020])及びSuperscript III (Thermo Fisher Scientific [18080093])を用いた逆転写によりcDNAを合成した。cDNA中におけるHSPA5、PPP1R15A、DTTI3、sXBP1、GAPDH遺伝子の発現は、サーマルサイクラー(Light cycler; Roche)とKOD SYBR qPCR Mix (TOYOBO [QKD-201])、各遺伝子特異的プライマーを用いて解析した。発現量はGAPDH mRNAをインターナルコントロールとしΔΔCTにより評価した。
【0054】
・レポータアッセイ
48 wellプレートに40-60%の密度でプレーテングされた細胞に、総量250 ng/cm2の量でトランスフェクションを行なった。24時間後、必要な場合、培養上清を回収後、PBSで一度洗った後、添付の可溶化バッファーで細胞抽出液を作製した。培養上清、細胞抽出液ともにエッペンチューブに移し、最高回転数で5分間遠心し混雑物を除去した後、luciferase assay system又はdual-luciferase (登録商標) reporter assay system (Promega [E1500, E1910])を用いて発光させ、ルミノメーター(GLOMAX 20/20n, Promega)により活性測定を行なった。分泌効率は上清の活性を細胞抽出液で割った相対値で、細胞におけるホタルルシフェラーゼの比活性はホタルルシフェラーゼ活性をトゲオキヒオドシエビ由来ナノルシフェラーゼ活性で割った相対値で評価した。
【0055】
・細胞表面のビオチン化実験
FLAGエピトープをC末に融合した変異MPZ遺伝子はpCDNA3.1 (Thermo Fisher Scientific [V79020])にクローニングし、Lipofectamine 2000 (Thermo Fisher Scientific [11668500])を用い、タンパク質の解析同様に12 wellプレートに準備されたHeLa細胞に強制発現させた。24時間後、発現細胞は更に10μMのアピゲニン、ジオスメチン、ルテオリンで4時間処理した。細胞表面タンパク質はsulfo-NHS-LC biotin (Thermo Fisher Scientific [21335])により標識し、ビオチン化タンパク質はneutral avidin agarose resin (Thermo Fisher Scientific [29200])を用いて精製した。総タンパク質及び膜タンパク質はWestern blottingにより解析し、小胞体からの細胞膜への輸送の評価は、細胞表面 MPZ-FLAGの量を全MPZ-FLAGの相対比で評価した。
【0056】
・定量解析
定量解析はGraphPad Prism 7.0 (GraphPad Software)を用いて行なった。2群の比較は Student’s t-testにより、3群以上の比較はone-way又はtwo-way analysis of variance (ANOVA)と適切なpost-hoc testsを組み合わせて行なった。全てのグラフは平均±標準偏差で示し、有意差は次の様に表記している:*、p<0.05;**、p<0.01;***、p<0.001;****、p<0.0001;ns, not significant (p>0.05)。
【0057】
結果
・小胞体におけるホタルルシフェラーゼのミスフォールド化(図1)
トゲオキヒオドシエビ由来ナノルシフェラーゼ(NL)、ウミシイタケルシフェラーゼ(RN)、ホタルルシフェラーゼ(FL)(すべてPromega)にマウス免疫グロブリンカッパ軽鎖シグナルペプチド及びインフルエンザHAペプチドを融合した遺伝子をpCDNA3.1を用いHeLa細胞に250 ng/cm2の濃度でトランスフェクションし、培養上清と細胞抽出液とのルシフェラーゼ活性の比により分泌効率を計算した(図1(A))。強制発現細胞は更に無血清培地で24時間培養し、培養上清及び細胞抽出液における外来遺伝子産物の発現をウェスタンブロッティングにより解析した(図1(B))。ホタルルシフェラーゼをトランスフェクションした細胞について、固定後、図に示す抗体により免疫染色を行い、外来遺伝子産物の細胞局在を解析した(図1(C))。各種ルシフェラーゼを強制発現した細胞については、total RNAよりcDNAを合成し、小胞体ストレスにより発現誘導される4種のUPR遺伝子の発現をリアルタイムPCRにより解析を行った(図1(D))。小胞体内に強制発現させたホタルルシフェラーゼは分泌されずに小胞体に蓄積し、UPRを誘導する事から、このタンパク質は小胞体内でミスフォールド化していることが明らかとなった。
【0058】
・小胞体内ルシフェラーゼの活性測定のための至適条件の検討(図2)
非特異的なルシフェラーゼ活性の誘導を抑制するために、Ig融合FL遺伝子を可能な限り既知の転写因子の結合サイトを除いたpGL4.10 (Promega [E6651])にヒトサイトメガロウイルスプロモーター下に導入し、様々な濃度でHeLa細胞にトランスフェクションしUPR遺伝子の発現をリアルタイムPCRにより解析した(図2(A))。その際、DNAの総量をプロモーター及びルシフェラーゼ遺伝子を除いたバックボーンプラスミドで250 ng/cm2に調整した。その結果、0.1 ng/cm2以下のIg-FLプラスミド濃度ではいずれのUPR遺伝子の有意な活性化は観察されなかった。
【0059】
トランスフェクションの効率と小胞体へのタンパク質量の流入を補正する目的で、Ig-HA-NLのC末に小胞体保留ペプチドであるKDELを付加し、分泌効率の低下(図2(B))と、小胞体での蓄積(図2(C))を確認した。Ig-NL-KDEL(以降ER-NL)遺伝子は、上記と同様にヒトサイトメガロウイルスプロモーター下で発現できるようにpGL4.10に組換え、各種濃度で細胞にトランスフェクションし、分泌効率の検証を行なった(図2(D))。その結果0.25 ng/cm2以下の遺伝子導入で、分泌効率の抑制は安定化した。
【0060】
・N糖鎖付加不全型ホタルルシフェラーゼの構築及び活性測定(図3)
Ig-FL発現細胞の細胞抽出液をN糖鎖切断酵素であるEndo Hで処理しSDS-PAGEで泳動パターンを解析した(図3(A))。その結果、Endo H (Promega [V4871])存在下でIg-FLの分子量は低分子方向にシフトしたことから、ホタルルシフェラーゼは小胞体内でN糖鎖付加の修飾を受けることが明らかとなった。
【0061】
ホタルルシフェラーゼには一箇所N糖鎖付加のコンセンサス配列が存在する(N 197-S198-S 199)。N-糖鎖不全型ホタルルシフェラーゼを構築する目的で、元々の細胞質や核に局在するホタルルシフェラーゼ(以降CN-FL)とIg融合型FLの197番目のグルタミンをアスパラギンに、199番目のセリンをアラニンにそれぞれ置換した変異体を作製し、HeLa細胞に強制発現させた。その結果、Igに融合した野生型FL(Ig-FLwt)のバンドより変異型のバンドは下方にシフトした(図3(C))。このような泳動度の違いはCN-FLでは観察されなかった。また、野生型及び変異型Ig-FL発現細胞の免疫染色を行ったところ、変異による細胞局在の変化は認められなかった(図3(B))。
【0062】
各種ホタルルシフェラーゼの活性を解析する目的で、上記の結果を参考に、0.02 ng/cm2のIg-FLとその5分の1量(0.004 ng/cm2)のER-NL発現プラスミド、及び0.005 ng/cm2のCN-FLと0.015 ng/cm2のCN-NL発現プラスミドを総量250 ng/cm2になるようにバックボーンベクターで調節し、HeLa細胞にトランスフェクションし、ホタルルシフェラーゼ及びトゲオキヒオドシエビ由来ナノルシフェラーゼ活性をそれぞれ測定し、その相対的比活性(FL/NLの野生型の値を100%とした時の相対値)を計算した。その結果、CNタイプではどちらの変異体もその比活性は大きく低下した(図3(D))。一方、変異による影響は小胞体タイプでは少なく、特にN197Q変異体の活性は野生型のそれに一致した(図3(E))。図中のFLはホタルルシフェラーゼ活性、NLはトゲオキヒオドシエビ由来ナノルシフェラーゼ活性、RLUはFL/NLの相対的活性値を示している。
【0063】
・ツニカマイシン及びブレフェルジンAに対する小胞体内ルシフェラーゼの応答(図4)
Ig-FLwt又は同程度の活性を示したIg-FL(N197Q)とER-NLを、図3(E)と同じ条件でHeLa細胞にトランスフェクションし、N糖鎖付加阻害剤であるツニカマイシン(Tm) 1μMに対するそれぞれのホタルルシフェラーゼの比活性を経時的に計算した(controlとして溶媒として用いたDMSOを0.1%処理した)。また、CN-FLの応答も同時に解析する目的で、CN-FLwtは図3(D)と同条件で、CN-FL(N197Q)は著しく活性が低下することから野生型の活性と合わせるために0.02 ng/cm2のCN-FL(N197Q)と0.025 ng/cm2のCN-NL発現プラスミドをバックボーンベクターと共にトランスフェクションした。いずれのCN-FL由来の比活性は大きな変化が認められなかった(図4(A))。一方、Ig-FLwt活性はツニカマイシン処理4時間目から上昇を始めるのに対し、N糖鎖付加を受けないIg-FL(N197Q)活性は8時間目に有意に低下した(図4(B))。
【0064】
小胞体タンパク質の構造変化を直接誘導せずに、小胞体からゴルジ体への輸送を抑制することにより小胞体ストレスを惹起するブレフェルジンA (BrefA)を200 nM、8時間処理した細胞におけるIg-FLwt及びCN-FLwt活性の変化を解析した(図4(C))。その結果CN-FLwtの比活性はDMSO処理細胞と変化は観察されなかったが、Ig-FLwtの比活性はブレフェルジンA処理により大きく低下した。
【0065】
・ジチオスレイトール及びタプシガルジンに対する小胞体内ルシフェラーゼの応答(図5)
図3(D)、(E)と同様の条件でトランスフェクションしたHeLa細胞を用い、小胞体タンパク質の構造変化を誘導する二つの小胞体ストレス試薬、1 mMジチオスレイトール(DTT)及び125 nMタプシガルジン(Tg)に対する小胞体内ホタルルシフェラーゼの比活性を経時的に解析した(図5(A-B))。その結果、両薬剤共に添加直後から強いIg-FLwtの比活性を誘導した。しかし、特にTgは時間経過と共に、CN-FLの比活性も誘導した。
【0066】
非特異的な反応を排除する目的で、DTT及びTg処理と同時に翻訳阻害剤であるシクロヘキシミド100μg/mLを処理し、Ig-FLwt及びCN-FLwtの比活性を解析した。この実験ではHeLa細胞に図3(D)、(E)で用いた倍量のレポータープラスミドをバックボーンベクターと総量250 ng/cm2の条件でトランスフェクションした(図5(C-D))。その結果、いずれの薬剤も翻訳非依存的にIg-FLwtの比活性(及び絶対量)を、処理前より大きく亢進することが明らかとなった。
【0067】
・アピゲニン、ジオスメチン、ルテオリンによるツニカマイシン誘導性小胞体ストレスの抑制(図6)
N197Q変異を含む小胞体内ルシフェラーゼ活性を誘導する化合物を食品成分よりスクリーニングした結果、構造上フラボンに分類されるアピゲニン、ジオスメチン、ルテオリンがヒットした。再度図4(B)と同条件でHeLa細胞にトランスフェクションし、翌日各試薬で2時間刺激しルシフェラーゼの比活性を測定した(図6(A))。全てのフラボンは濃度依存性にIg-FL(N197Q)活性を亢進した。各フラボン10μMとシクロヘキシミド100μg/mLとを同時に処理して1時間後のルシフェラーゼ活性を測定した(図6(B))。アピゲニンは比活性の減弱を有意に抑制し、ジオスメチンは翻訳非依存的にホタルルシフェラーゼ活性を薬剤添加前より大きく亢進した。HeLa細胞に2μMのツニカマイシンを4時間処理し、4種のUPR遺伝子の発現変化をリアルタイムPCRにより解析した(図6(C))。HeLa細胞に2μMのツニカマイシン非存在下(図6(D))又は存在(図6(E))で、各フラボン10μMを処理し、UPR遺伝子の発現変動をリアルタイムPCRにより解析した。
【0068】
・フラボンによる小胞体内ミスフォールドタンパク質の小胞体外輸送の亢進(図7)
HeLa細胞に過剰量(250 ng/cm2)のIg-FL(N197Q)及びIg-FLwtをトランスフェクションし、分泌効率を解析した。その結果、アピゲニン及びジオスメチンはIg-FL(N197Q)の分泌効率を有意に亢進し、その効果は小胞体からゴルジ体への輸送をブレフェルジンAにより阻害することにより消失した(図7(A))。一方、同じ実験をIg-FLwtを用いて行った場合、薬剤による分泌亢進傾向は確認できたが、培養上清におけるIg-FLwtの変動が大きく、有意差を持って示すことができなかった(図7(B))。Ig-FL(N197Q)の分泌亢進はHEK293A細胞やNeuro2A細胞でも確認できた(図7(C))。
【0069】
Charcot-Marrie-Tooth病関連変異MPZをHeLa細胞に強制発現させ、細胞表面タンパク質をビオチン化により精製後、ウェスタンブロッティングにより解析した(図7(D))。MPZの総タンパク質量に対する細胞表面タンパク質の相対量をデンシトメトリーにより解析した結果、3種のフラボン処理により、MPZの細胞表面の相対量が増加する傾向が認められ、特にジオスメチン処理細胞では統計学的な有意差が示された(図7(E))。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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