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特開2022-155329重質炭化水素中の残留炭素分生産量を推算する方法および重質炭化水素用脱硫触媒の設計方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022155329
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】重質炭化水素中の残留炭素分生産量を推算する方法および重質炭化水素用脱硫触媒の設計方法
(51)【国際特許分類】
   G16C 20/70 20190101AFI20221005BHJP
【FI】
G16C20/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021058770
(22)【出願日】2021-03-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.刊行物名 平成31年度 高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業 事業報告書 2.発行日 令和2年3月31日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター [刊行物等] 1.掲載アドレス http://www.pecj.or.jp/forum http://www.pecj.or.jp/japanese/jpecforum/2020/pdf/jf017.pdf 2.掲載日 令和2年5月11日 3.公開者 新宅泰 [刊行物等] 1.集会名 石油学会熊本大会(第50回石油・石油化学討論会) 2.開催日 令和2年11月13日 3.公開者 新宅泰 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jpi2020f/top 2.掲載日 令和2年11月10日 3.公開者 新宅泰 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jpi2020f/proceedings/list 2.掲載日 令和3年2月1日 3.公開者 新宅泰 [刊行物等] 1.集会名 石油学会「日本・サウジアラビア合同シンポジウム-オンライン技術交流会」 2.開催日 令和3年2月8日 3.公開者 新宅泰 [刊行物等] 1.掲載アドレス等 石油学会「日本・サウジアラビア合同シンポジウム-オンライン技術交流会」の参加者にメールにて一括送信 2.掲載日 令和3年1月21日 3.公開者 新宅泰 [刊行物等] 1.掲載アドレス https://kikx.kfupm.edu.sa/pages/topics/science-and-technology/innovative-refining-and-petrochemicals.php 2.掲載日 令和3年1月27日 3.公開者 新宅泰
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、経済産業省、高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人石油エネルギー技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】新宅 泰
(72)【発明者】
【氏名】早坂 俊明
(57)【要約】
【課題】CCR量実測値との誤差が少なく、精度よくCCR量を推定する方法を提供する。
【解決手段】重質炭化水素中の残留炭素分(CCR)生産量を推算する方法であって、(1)重質炭化水素の性状決定因子と、JIS K 2270-2:2009に準拠して測定された複数の重質炭化水素中のCCR生産量実測値との組み合わせを教師データとして用いた機械学習により教師モデルを生成するステップ、および(2)前記教師モデルに、対象の重質炭化水素の性状決定因子を入力して、前記重質炭化水素中のCCR生産量を推定するステップ、を含む。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重質炭化水素中の残留炭素分(CCR)生産量を推算する方法であって、
(1)重質炭化水素の性状決定因子と、JIS K 2270-2:2009に準拠して測定された複数の重質炭化水素中のCCR生産量実測値との組み合わせを教師データとして用いた機械学習により教師モデルを生成するステップ、および
(2)前記教師モデルに、対象の重質炭化水素の性状決定因子を入力して、前記重質炭化水素中のCCR生産量を推定するステップ、
を含む、方法。
【請求項2】
前記性状決定因子が、重量平均不飽和度、水素質量%、コア質量%、平均芳香環数、および総環数8以上のコアmol%からなる群より選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記機械学習がサポートベクターマシンを用いて行われる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
重質炭化水素用脱硫触媒の設計方法であって、
請求項1~3のいずれか一項に記載の方法により得られる脱CCR活性、並びに、脱硫活性および脱窒素活性からなる反応選択性データと、担体組成、触媒細孔径および含浸液組成とからなる触媒構造データとの相関関係を求めるステップ、および
前記相関関係から触媒活性推定モデルを構築するステップ、
を含む、方法。
【請求項5】
重質炭化水素中に含まれる残留炭素分(CCR)生産量の推算装置であって、
(1)重質炭化水素の性状決定因子と、JIS K 2270-2:2009に準拠して測定された複数の重質炭化水素中のCCR生産量実測値との組み合わせを教師データとして用いた機械学習により教師モデルを生成する機械学習部と、
(2)前記教師モデルに、対象の重質炭化水素の性状決定因子を入力して、前記重質炭化水素中のCCR生産量を推定する推測部と、
を備える装置。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか一項に記載の方法または請求項5に記載の装置を実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項7】
請求項6に記載のコンピュータプログラムを記録した記録媒体。
【請求項8】
請求項6に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重質炭化水素中の残留炭素分生産量を推算する方法に関し、より詳細には、任意の重質炭化水素中の残留炭素分生産量を機械学習により推定する方法、その推算装置、および当該装置を実行させるためのコンピュータプログラム、並びに当該推定方法により得られるデータから重質炭化水素用脱硫触媒を設計する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本国内の製油所ではその多くが重質な中東系原油を処理している。それらの常圧残油(AR)や減圧残油中(VR)には多量の硫黄化合物が含まれるため、水素化脱硫反応等により除去する必要がある。残油水素化脱硫装置(RDS)は主に残油流動接触分解装置(RFCC)の前段装置および、燃料油の製造用途に使用されている。特にRFCCは劣質で安価な重質油を高付加価値な石油製品に転換できることから、日本国内の多くの製油所において基幹装置として稼働しており、RFCCの前処理としてのRDS装置の役割は極めて大きい。
【0003】
重質油中には硫黄分や窒素化合物の他、ニッケル(Ni)やバナジウム(V)などの重金属成分が多く含まれており、それらはRDS触媒のみならずRFCC触媒を被毒し性能を著しく損なう。さらに残留炭素分(Conradson Carbon Residue;以下、略してCCRともいう。)はRFCC装置でのコーク生成量と相関し、RFCC触媒の活性劣化や再生塔でのコーク燃焼制約による装置運転効率低下につながる。そのため、RDSでは重金属成分やCCRを如何に効率よく低減できるかが重要となる。
【0004】
一方、重質油の水素化脱硫反応における各化合物の反応機構は、重質油の分析が困難であったことや対象の分子種が極めて多種多様であることもあり、明確には解明されていない。そのため、RDS反応の鍵となる水素化処理触媒の設計についても、経験や試行錯誤により触媒開発や最適運転条件の検討が行われているのが現実である。
【0005】
ところで、石油は膨大数の炭化水素分子からなる混合物であり、特に重質油は分子量が大きく、かつ複雑な化学構造を有する分子が極めて多種類存在する。そのため、分子の一つ一つについて化学構造を特定し、それらの存在割合をも特定するというのは、非常に困難なことであったが、近年、石油の物性値を推定する手法として、高分解能質量分析装置であるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析計(FT-ICR-MS)による分析結果から求めた物質の構造から物性値を推定する手法(特許文献1、2等)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2014-500506号公報
【特許文献2】特表2014-503816号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
RDS生成油中のCCR量を低減することは、RFCC装置でのコーク生成の低減に繋がり、RFCC触媒の活性劣化の抑制や、コーク燃焼制約による装置運転効率低下の抑制につながることから、RDS/RFCC全体最適化において重要な課題である。しかしながら、CCR量がどのような油分子構造と関連し、どのように決定されるのか明らかにはなっていない。
【0008】
上記の課題に対して、出願人は、CCR原因物質が主に多環芳香族であることや、CCR生産量と油の不飽和度(DBE)との間に一定の相関関係があることに気付き、詳細構造解析結果からDBE分布を求め、CCR生産量を推定することを試みた。しかしながら、CCR生産量推定値とCCR生産量実測値との間には一定の誤差が存在し、推定精度に問題があることがわかった。
【0009】
したがって、本発明の目的は、CCR生産量実測値との誤差が少なく、精度よくCCR生産量を推定する方法を提供するものである。また、本発明の別の目的は、推定したCCR生産量に基づく重質炭化水素用脱硫触媒の設計方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、今般、複数の基準油について、特定の分子構造データとCCR生産量の実測値とから、機械学習によって精度よくCCR生産量を推定することができるとの知見を得た。本発明は係る知見に基づくものである。即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0011】
[1] 重質炭化水素中の残留炭素分(CCR)生産量を推算する方法であって、
(1)重質炭化水素の性状決定因子と、JIS K 2270-2:2009に準拠して測定された複数の重質炭化水素中のCCR生産量実測値との組み合わせを教師データとして用いた機械学習により教師モデルを生成するステップ、および
(2)前記教師モデルに、対象の重質炭化水素の性状決定因子を入力して、前記重質炭化水素中のCCR生産量を推定するステップ、
を含む、方法。
[2] 前記性状決定因子が、重量平均不飽和度、水素質量%、コア質量%、平均芳香環数、および総環数8以上のコアmol%からなる群より選択される、[1]に記載の方法。
[3] 前記機械学習がサポートベクターマシンを用いて行われる、[1]または[2]に記載の方法。
[4] 重質炭化水素用脱硫触媒の設計方法であって、
[1]~[3]のいずれか一項に記載の方法により得られる脱CCR活性、並びに、脱硫活性および脱窒素活性からなる反応選択性データと、担体組成、触媒細孔径および含浸液組成とからなる触媒構造データとの相関関係を求めるステップ、および
前記相関関係から触媒活性推定モデルを構築するステップ、
を含む、方法。
[5] 重質炭化水素中に含まれる残留炭素分(CCR)生産量の推算装置であって、
(1)重質炭化水素の性状決定因子と、JIS K 2270-2:2009に準拠して測定された複数の重質炭化水素中のCCR生産量実測値との組み合わせを教師データとして用いた機械学習により教師モデルを生成する機械学習部と、
(2)前記教師モデルに、対象の重質炭化水素の性状決定因子を入力して、前記重質炭化水素中のCCR生産量を推定する推測部と、
を備える装置。
[6] [1]~[3]のいずれか一項に記載の方法または[5]に記載の装置を実行させるためのコンピュータプログラム。
「7」 [6]に記載のコンピュータプログラムを記録した記録媒体。
[8] [6]に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、重質炭化水素の性状決定因子と複数の重質炭化水素中のCCR生産量実測値とを学習データとした機械学習アルゴリズムにより性状決定因子とCCR生産量実測値との相関関係を導き出し、未知の重質炭化水素中のCCR生産量を精度よく推算することができる。
また、本発明の推算方法により推算した脱CCR活性を用いて触媒を設計することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】各重質炭化水素(17種)でのコア質量%とCCR実測値との相関関係を線形回帰により求めた結果を示すグラフ。
図2】各重質炭化水素の一分子当たりの平均内部炭素数と、CCR量との相関関係を線形回帰により求めた結果を示すグラフ。
図3】機械学習アルゴリズムとしてサポートベクターマシンを用いて推定したCCR量と、CCR実測値との相関関係を示したグラフ。
図4】多項式回帰モデルによって、コア質量%のみから推定したCCR値とCCR実測値との相関関係を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[定義]
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
【0015】
「重質炭化水素」
本明細書において重質炭化水素とは、常温または若干の加温下で流動性を有するが、加熱によっては実質的に気化し得ない高分子炭化水素を主要成分として含有する300℃を超える沸点範囲を有する液状炭化水素油を指し、原油、並びに原油に処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいい、例えば重質の石油系残渣、典型的には常圧残油(AR)や減圧残油(VR)等をいう。
【0016】
「残留炭素分」、「残留炭素分生産量」
本明細書において、残留炭素分(Conradson Carbon Residue、以下、「CCR」と略す場合がある。)とは、上記した重質炭化水素に不可避的に含まれている硫黄分、窒素分、重金属分等の夾雑物のうち炭素分をいうものとする。
また、「残留炭素分生産量」とは、重質炭化水素に含まれているCCRおよびその後の処理により生じたCCR等、全てのCCRの存在量を意味する。以下、残留炭素分生産量を「CCR量」と略す場合がある。
【0017】
「コア」、「シングルコア」、「ダブルコア」
「コア」とは、後述の「JACD」の項で記載する「アトリビュート」の一種であって、具体的には、芳香環またはナフテン環そのもの、芳香環とナフテン環が架橋ではなく直接結合しているもの、芳香環またはナフテン環にヘテロ環が架橋ではなく直接結合しているものである。架橋または側鎖は、コアとは別のアトリビュートであるため、「コア」とは、架橋または側鎖を一切有しないものを意味している。
一方、「シングルコア」とは、上記コアを1個だけ有する分子を指す概念である。分子を指す概念であるため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。「マルチコア」も分子を意味するため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。2個のコアが架橋してなる分子を「ダブルコア」という。
例えば、以下に示すナフタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアではない。
【0018】
【化1】
【0019】
「飽和和度(DBE)」
飽和和度(以下、DBEと略す場合がある。)は、分子における不飽和性、とりわけ、二重結合および環の存在の程度を示すものであり、具体的には、分子式が、「C」である場合、以下の式(1)にて算出される値である。
DBE=c-h/2+n/2+1・・・(1)
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数を示す。)
【0020】
「JACD(ジャックディー)」「Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」
「JACD」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類およびアトリビュートの数により表示するものである。アトリビュートが他のアトリビュートのいずれの位置において結合しているかについては表示しない。
上記において、「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。芳香族化合物においては、具体的には、前述の「コア」、「架橋」および「側鎖」を指す。
この表示方式によると、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造を、必要かつ十分な程度に特定することができる。
以下の化学式で表された分子を例にとって説明する。
【0021】
【化2】
【0022】
この化合物をJACDで表すと、以下の表1のようになる。
【表1】
【0023】
JACDで表示され、構造が特定された分子とは、アトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。
【0024】
[CCR量実測値]
CCR量の実測は、JIS K 2270-2:2009(原油及石油製品-残留炭素分の求め方-第2部:ミクロ法)に準拠して測定される実測値である。具体的には、試料0.15~5gを試料容器に計り取り、コーキング炉に入れて窒素雰囲気下の規定条件で500℃まで昇温した後、さらに500℃で15分維持し、試験容器をデシケータ中で放冷後、質量を量り、残留炭素分を算出して求めた値である。
【0025】
[重質炭化水素中のCCR量の推算方法]
本発明の重質炭化水素中のCCR量の推算方法は、重質炭化水素の性状決定因子と、複数の重質炭化水素中のCCR量実測値との組み合わせを教師データとして用いた機械学習により教師モデルを生成するステップ(1)、および前記教師モデルに、対象の重質炭化水素の性状決定因子を入力して、前記重質炭化水素中のCCR量を推定するステップ(2)を含む。以下、本発明の推算方法を構成する各ステップについて詳述する。
【0026】
[教師モデル生成ステップ]
先ず、CCR量が異なる複数の重質炭化水素の詳細構造解析を行い、CCR量と相関すする重質炭化水素の性状決定因子を特定する。例えば、下記表1に示すように、CCR量を既に測定した(CCR量が既知の)重質油17種を準備する。ここで準備する重質油には特に制限はないが、ARやVR、さらにそれら残渣油を水素化脱硫処理して得られる脱硫AR(DSAR)や脱硫VR(DSVR)が挙げられる。なお、表中の数値は、質量%を表す。
【表2】
【0027】
上記の各油は、n-ヘプタンに可溶なマルテンと不溶なアスファルテンに分画した後、マルテンについてはカラムクロマトにより飽和分(Sa),1環(1A),2環(2A),3環以上(3A+),極性レジン(Po),多環レジン(PA),アスファルテン(As)に分画し合計で7つの留分に分画する。分画した7つの留分は、それぞれフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance Mass Spectrometry、FT-ICR MS)を用いて分析し、FT-ICR MSによる構造解析結果からCCR量の推算を行い、推定値と実測値を比較する。例えば、FT-ICR MS分析結果から得られる代表的な性状決定因子を下記表に例示する。
【0028】
【表3】
【0029】
表1に示したようなCCD量が異なる複数の重質炭化水素について、CCR量実測値と当該重質炭化水素の詳細構造との相関解析を行う。例えば、表1に示した複数種の重質炭化水素で相関解析を試みた結果は、下記表3のようになる。
【表4】
【0030】
上記表からも見られるように、ヘテロ原子の量(硫黄および窒素)とCCR量との相関関係は低く、ヘテロ原子の含量がCCR量とは直接は相関しないことが分かる。一方で、H質量%との高い相関関係が見られており、重質炭化水素の水素化は、多様な原料油種においても共通のCCR量の目安となるものと考えられる。このことは、重量平均DBE、コア質量についても高い相関係数が見られたことからも支持される結果である。
【0031】
全体の傾向から、特にコア質量%が特にCCR量と高い相関を示していることがわかる。そこで、コア成分がどのようにCCR量と関連しているか検討するため、芳香環・ナフテン環・ヘテロ環から構成されているコア成分の特に芳香環数およびナフテン環数に着目し、一分子当たりの平均芳香環数および平均ナフテン環数とCCR量との相関解析を実施する。なお、ここに示す一分子当たりの環数は、脂肪族炭化水素を含む全分子に対し、存在量を考慮したmol%基準の環数の割合である、各分子の存在量をmol%基準で算出したデータから計算できる。計算結果は下記表に示されるように、芳香環数の相関係数が0.957と高い一方で、ナフテン環数の相関係数は-0.053と、全く相関を示さない。この結果は、コア構成成分の中でも、特に芳香環数がCCR生成に直接的に相関することを示している。
【0032】
【表5】
【0033】
上記したように、重質炭化水素の性状決定因子のうち、コア質量%が最もCCR量実測値との相関が高いといえるが、各重質炭化水素(17種)でのコア質量%とCCR量実測値との相関関係(図1)を見ると、重質油13および重質油16の2種については、コア質量から推測されるCCR量よりもCCR量実測値が特に高い値となっている。このことはコア質量%のみではCCR量実測値を精度よく推定できないことを示している。また、この2種については、他の油種よりもCCRに移行しやすいコア成分が多いために、コア質量%から予測されるよりも高いCCR量となった可能性がある。さらにいえば、コア成分中の総環数(芳香環数+ナフテン環数)が多いコア割合が高い油種がCCRに移行しやすい可能性がある。そこで、多環コアの代表例として総環数が8環以上であるコアの合計質量割合を算出した結果を表5に示す。
【0034】
【表6】
【0035】
上記表の算出結果から、総環数8環以上のコアの割合が特に高い重質炭化水素種が重質油13および重質油16であることが分かる。CCR分に移行しやすいコアを多く含むと考えられる重質油13および重質油16において、総環数8環以上のコアが特に多かったことは、総環数の多いコア種が、特にCCR分に移行しやすいことを示す。さらには、CCR量を分子構造データから推定するにあたっては、総環数が8環以上であるコアの合計質量割合を考慮する必要があることを示す。
【0036】
次に、CCR量と多環芳香族コアの構造との関連性についても検討した。特に縮合芳香族に着目し、縮合の程度についてコア内部炭素数で評価し、内部炭素数とCCR量との相関解析を調べた。なお、ここでは内部炭素数は、芳香族内部炭素と定義する。内部炭素数の例は下記のとおりである。
【化3】
【0037】
各重質炭化水素の一分子当たりの平均内部炭素数と、CCR量との相関関係を図2に示す。平均内部炭素数とCCR量には決定係数R=0.807と一定の相関が見られるものの、コア質量%とCCR量との決定係数R=0.979や、平均芳香環数との決定係数R=0.916よりも相関係数が低い。これは、芳香環の縮合形態よりも、芳香環数および総環数のほうがよりCCR量の多少を説明できることを示す。このことは、CCR量と高い相関を示すコア質量が、芳香環+ナフテン環+ヘテロコアの各成分の合計からなり、CCR量の推定にはナフテン環やヘテロ環の寄与を考える必要があること、またCCR分に移行しやすい油種のコア構成が、芳香環数ではなく総環数8環以上のコア割合が多いことで特徴づけられたこととも一致する。
【0038】
このようにして、CCR量と重質炭化水素の詳細構造の相関解析にて得られた、CCR量と重質炭化水素構造に関する知見を基に、CCR量と相関すると考えられる性状決定因子を選定し、それを教師データとして、機械学習により教師モデルを生成する。本発明のCCR量の推算方法において使用する重質炭化水素の性状決定因子を、下記表にまとめた。
【0039】
【表7】
【0040】
上記した性状決定因子の中でも、重量平均不飽和度、水素質量%、コア質量%、平均芳香環数、および総環数8以上のコアmol%を使用して、CCR実測値との組合せにより教師データ(教師あり学習データ)とすることが好ましい。
【0041】
上記した重質炭化水素の性状決定因子と重質炭化水素中のCCR実測値とを教師データとして用いて機械学習(教師有り学習)により推定モデルを生成する。機械学習モデルとは、機械学習アルゴリズムによる学習モデルをいう。機械学習の具体的なアルゴリズムとしては、最近傍法、ナイーブベイズ法、決定木、サポートベクターマシンなどが挙げられる。また、ニューラルネットワークを利用して、学習するための特徴量、結合重み付け係数を自ら生成する深層学習(ディープラーニング)も挙げられる。また、教師モデルとは、任意の機械学習アルゴリズムによる機械学習モデルに対して、事前に適切な学習データを用いてトレーニングすることで得られた(学習を行った)モデルである。教師モデルは、事前に適切な学習データを用いて得ているが、それ以上の学習を行わないものではなく、追加の学習を行うこともできる。
【0042】
機械学習のアルゴリズムのなかでも、本発明においてはサポートベクターマシンを用いることが好ましい。サポートベクターマシンは、二値分類(パターン認識)および実数値関数近似(回帰予測)のタスクを実行する学習機械である。サポートベクターマシンは、そのn次元入力スペースをより高次元の特性スペースに非線形的にマッピングする。この高次元特性スペースでは、線形分類器が構築される。
【0043】
[CCR量を推定するステップ(2)]
重質炭化水素のCCR量が未知である試料について、JACD等を用いて性状決定因子を求め、上記した教師モデルを用いて重質炭化水素中のCCR量を推定する。図4は、機械学習アルゴリズムとしてサポートベクターマシン(SVM)を用いて推定したCCR量と、CCR実測値との相関関係を示したものである。なお、教師モデルの生成には、統計解析用プログラミング言語である”R”および解析ソフト“R-studio”を、サポートベクターマシン(SVM)の実装には”e1071”パッケージを用いた。推定モデルの評価は、実測値と推定値を比較し、残差平方和および決定係数Rを計算することで行った。
【0044】
また、機械学習アルゴリズムとしてサポートベクターマシンを用いて推定したCCR量と、比較のため従来の多項式回帰モデルによってコア質量%のみから推定したCCR値と、CCR実測値を表7に示す。なお、表中の数値は、質量%を表す。推定モデルの汎用性を確認するため、教師データ以外の重質油18および19のCCR実測値と推定値についても、図3および表7に示した。
【0045】
【表8】
【0046】
図3からもわかるように、決定係数R=0.994と、精度よくCCR量が推定できていることが確認できる。特に、表7に示す通り、推定モデル構築に用いなかった検証用データのCCR量推定においても残差が小さく、サポートベクターマシンで構築したモデルの汎用性の高さがわかる。また、コア質量%だけでなく、H質量%やDBE等の芳香環水素化の進行の指標となる油性状や、多環コアのCCR化への寄与をモデル構築のパラメータとして反映させたことも、推定精度向上に寄与しているものと考えられる。推定精度については、教師モデル生成に用いた重質炭化水素種をさらに拡大することや、CCR量と相関する性状決定因子を追加することにより、さらに向上する。
【0047】
図4は、比較のため、従来の多項式回帰モデルによって、コア質量%のみから推定したCCR値とCCR実測値との相関関係を示したものである。決定係数R=0.982と、コア質量%によりCCR量の多くは説明出来ているが、表7の検証用データの推定結果に注目すると、CCR量の推定値が実測値と1%以上異なっており、コア質量%のみからの多項式回帰によるCCR量推定モデルは汎用性が低く、実用上は誤差が課題となる。
【0048】
[重質炭化水素中のCCR量をコンピュータにより推算する装置および該装置を実行させるためのコンピュータプログラム]
CCR量推算装置の実施形態を説明する。コンピュータに本発明のプログラムを実行させることにより、コンピュータがCCR量推算装置として機能する。
【0049】
本装置は、演算装置を備えている。演算装置は、1つのCPUで構成してもよいし、通信回線を介して互いに接続された複数の演算装置で構成されてもよい。また、本装置は、記憶部を備えていてもよく、その場合、演算装置に内蔵されていてもよいし、外部装置であってもよいし、通信回線を介して接続された記憶装置であってもよい。
【0050】
本演算装置は、重質炭化水素の性状決定因子と、複数の重質炭化水素中のCCR実測値との組み合わせを教師データとして用いた機械学習により教師モデルを生成する機械学習部、教師モデルに、対象の重質炭化水素の性状決定因子を入力して、前記重質炭化水素中のCCR量を推定する推測部、および演算を行う演算部とを備えている。
【0051】
演算部は、機械学習部に入力された対象の重質炭化水素の性状決定因子と教師モデルから演算を行う。演算部で行う計算は、ハードウェアまたはソフトウェア、またはこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0052】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的または永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0053】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0054】
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的にまたは個別に実行されてもよい。また、本明細書において、システムとは、複数の装置の論理的集合構成であり、各構成の装置が同一筐体内にあるものに限定されるものではない。
【0055】
[重質炭化水素用脱硫触媒の設計方法]
本発明の別の実施形態による重質炭化水素用脱硫触媒の設計方法についても説明する。上記のようにして、未知の重質炭化水素であっても、CCR量をJIS K 2270-2:2009に準拠して測定することなく、FT-ICR MSによる構造解析結果から精度よくCCR量を推定することができる。さらに、FT-ICR MSの構造解析結果からは硫黄含量や窒素含量も求められるため、元素分析等の他の分析を用いることなく、FT-ICR MS分析のみを行うことで、簡便に、脱CCR活性、脱硫活性、および脱窒素活性からなる反応選択性データを得ることができる。これらのデータから、脱硫反応・脱窒素反応・脱CCR反応など、RDS装置内で起きている種々の反応の進行状況を確認することで、RDS反応の全体を把握しながら、脱硫触媒設計を行うことができる。
なお、RDS生成油中の硫黄量の測定に、FT-ICR MSの構造解析ではなく、JIS K 2541-7に準拠した測定法を用いても良い。また、RDS生成油中の窒素量の測定に、FT-ICR MSの構造解析ではなく、JIS K 2609に準拠した測定法を用いても良い。
【0056】
具体的には、RDS装置内で起きている種々の反応を想定した反応選択性データ(脱CCR活性、脱硫活性、および脱窒素活性)と、触媒の構造データ(例えば、担体組成、触媒細孔径および含浸液組成)との相関関係を求め、得られた相関関係から触媒活性推定モデルを構築することで、脱硫触媒の設計を行う。推定モデルは、反応選択性データと触媒の構造データとの組み合わせを教師データとして用いた機械学習により構築してもよい。機械学習には、上記と同様のアルゴリズムを用いることができる。
【0057】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能である。
図1
図2
図3
図4